第6話 ダイスの反逆


題名通り、反逆するダイスと服従するモンスリーの対比が見もの。

ラナは、かつて世界を破滅させた兵器、ギガントが地下要塞で保存されていることを知り、ラオ博士がレプカに抵抗している理由を知る。同じとき、ダイスも「太陽エネルギーの平和利用」という美名に隠されたレプカの支配欲を知る。

このあとコナンとともに捕まったラナは、コナンの額に追放者の烙印を押すとレプカに脅されても屈しない。この場面は、『ラピュタ』の最後、「王の間」でのシータとムスカのやりとりに似ている。

違いは、『コナン』では、かなり早い時期に冒険と戦いの意味が登場人物にも見ている者にも明らかにされること。

『ラピュタ』では、なぜ「天空の城」が没落したのか、物語終盤にならないとシータは気づかない。見ている方でもパズーがそう思っているから、ラピュタは宝島のようなところと思わされている。

『ラピュタ』のほうが冒険の激しさではずっと勝っているのに、『コナン』に比べて、どこか暢気な旅を抜けきらない理由はここにある。『コナン』のほうがずっと緊迫した物語に思われる。

シータとラナの決定的な違いもここにある。


屈服しないラナを見た時、モンスリーは目を剥いて驚く。自分なら間違いなく屈しているから。しかし、モンスリーにもまだ意地がある。レプカが思いつきで下す指示は適当に聞き流し、現場への指示は自分の言葉でしなおしている。

同じように中間管理職的な部下でも、『風の谷のナウシカ』に登場するトルメキア軍のクロトアには野心はあってもそれを実現する指導力がない。クシャナの威光がなければ現場の指揮さえままならない。失敗の言訳ばかりのカリオストロ家の執事ジョドーは比較にもならない。

モンスリーとダイスは、宮崎作品の脇役のなかでも突出してひねくれている。


ところで、レプカははじめコナンを殺そうとするのではなく、地下住民と同じ反逆者の烙印を押すぞといって脅す。この脅しは、インダストリアの外から来たコナンには通用しないだろう。コナンはインダストリアで生きたいと思っているわけではない。彼ははじめから部外者で反逆者だから。

自分のもの差しを振り上げで脅せば、誰でも屈服すると信じているところに、すべての権力者の落とし穴がある。

高慢で、常に沈着冷静を装う権力者レプカは異常事態にパジャマの寝姿で飛び起き、焼きごてはコナンに壊されて、おもちゃの鉄砲のようになる。宮崎駿は、権力者がうろたえる姿を執拗に描き、彼らをまず高い砦から引きずり下ろす。

まず、奴らを笑え