NO.12 長い記憶の回帰 - PART II

 その扉は、今までのものとは違っていた。木製で、そう頑丈そうにも見えない。それに、そこがこれまでの通路の終着地点だというのもある。
 あの公園以来、人の姿、それ以外の生物も、まったく見なかった。司祭長がいるというなら、この扉の向こう――キイは、そう確信する。
 彼女はドアノブに手をかけると、音をたてることなく押し開けた。
 正面に、巨大なモニターがあった。それに、コンソールが並んでいる。奥に1つだけドアがあった。そこはどうやらブリッジのようだ。
 あっけなく、目的の人物が視界の中央に現われる。その人物は迎え入れるように両腕を開き、オパールの瞳を向けた。その瞳には、恐ろしいほど感情がない。白い顔に張り付いた笑みも、どこか仮面のようだ。
「あなたが司祭長ベリアラムか……
 キイはゆっくりとなかに入った。罠を警戒しながら、相手に近づく。
 長い、淡く輝く金色の髪。身にまとった白い布は、神話に登場する古い神のものに似ている。背の高い、優しげな女性が、司祭長ベリアラムの姿だった。
「そう、〈宇宙の使徒〉の司祭長よ。司祭たちを統べる……
「なぜ……
 疑問が多すぎて、キイはわずかな間、沈黙した。彼女が頭のなかを整理する前に、ベリアラムは口を開いた。
「この船の、それとも乗員のこと? もう、始末しただけよ。必要なくなったから。彼らは、何も知らないもの」
「何を知らないというんだ?」
 ようやく質問したキイのことばに答えず、ベリアラムは背を向けた。巨大なモニターには、輝く星が散った宇宙の深淵が映し出されている。
「〈宇宙の使徒〉は大きくなり過ぎたの。本来の目的を知る者は私の他におらず、我が駒となるべき者たちが先走り、邪魔にすらなる。でも、こうして今、目的を遂げるチャンスが来た……
 モニターの映像が切り替えられた。そこには、キイにとって見馴れた小型宇宙船の姿があった。
 司祭長は振り返り、どこか恍惚とした表情でその船のオーナーを見つめる。
「障害は、あなただけ。あなたさえ消えれば、長きに渡る計画も完了する」
「調整者を崇めてるんじゃなかったのか……?」
 一歩間合いを詰め、キイが問う。
 調整者に組する司祭たちが目的にとって邪魔だということは、この司祭長は調整者の敵となるはずだ。司祭長個人の目的とは、一体何なのか。
「調整者に操られた権威など、欲しくはなかった。でも、彼らにとって、私は支配者でなくてはいけなかったの。ちっぽけな支配者ね。それに、彼らは存在するべきではないのよ、歴史の調整者など……
「宇宙のために、とでも言うつもりか? ゼクロスをどうしようと言うんだ?」
「悪いようにはしないわ。あなたも知っているでしょう、彼が調整者に造られたこと。彼の製作者も私と同じことを考えていたの。だから、彼はもともと、調整者のための宇宙船ではなく、対調整者用の兵器なのよ」
 言いながら、手を差し出す。彼女は、銀色の大鎌を握った。
「返してもらうわよ。もともと、私たちの物なのだから」
 キイは、無表情で相手の目を見上げた。その手のなかに、光の槍が現われる。戦いは避けられそうになく、どちらにも、避けるつもりはなかった。
「あなたが、最後の障害。排除させてもらうわ」
「やってみるといい……
 ことばを交わすのも汚らわしいというように言い捨て、キイは軽く槍を持ち上げた。
 十秒以上もの間、2人は銅像のように立ち尽くしていた。
 最初に動いたのは、ベリアラムだった。不意にその姿が消えたかと思うと、キイの背後に現われる。大鎌が宙を薙いだ。
 一撃をかわしたキイに、ベリアラムはさらに追撃をかける。払った鎌をわずかに引き戻し、鋭い先端を突き出す。
 それを右に跳んでかわし、キイは鎌に添って光の槍を突き出した。だが、その攻撃が届くより先に、相手は姿を消している。
 少しの間、キイは室内で1人になる。彼女は辺りを見回しながら、神経を張り詰めて気配を探った。次に相手が姿を見せるのは、どこか。
 上にかすかな動きを感じ、床を転がる。大きな音が響き、金属の床がえぐれた。めり込んだ鎌の先端を引き抜き、司祭長は立ち上がったキイに跳びかかる。その跳躍力も、やはり人ならざるものだ。
「覚悟!」
 鎌が横に払われる。キイは横に跳んだ。ベリアラムはそのまま振りぬき、柄の部分を叩きつけようとする。それを、キイは右手の槍で受け流した。
 武器は、ASを使えばいくらでも発現させられる。ベリアラムが大鎌を引き戻し、再び払おうとするのと挟み込むように、もう一方の手に鎌が現われ、キイの背中を狙った。
「くっ」
 跳ぶ彼女の下で、鎌が組み合わさった。それと同時に、消える。ベリアラムごと。
 気配を感じるまでもない。キイは慌てて身を捻った。銀の大鎌が、その頭上めがけて振り下ろされようとしている。無理矢理それをかわしながら、彼女は渾身の力を込め、槍を突き出す。
 小さな衝突音が響いた。曖昧な手ごたえを感じながら、床に着地する。
 彼女よりほんの少し遅く、ベリアラムは落下した。その閉ざされた左目から、赤い液体が流れ落ちている。
「何者なの、あなたは……
 その顔に初めて驚きの表情を浮かべ、司祭長は、すでに体勢を立て直し、息も乱さずに昏い目を向けている相手を凝視した。
「そんなこと、どうだっていいじゃないか。私を排除するんだろう……?」
 彼女はゆっくりと、膝をついたままの司祭長に歩み寄る。
 司祭長は立ち上がり、笑った。
「負けたわ。あなたの速さも、動体視力も、技の正確さも、私が持ち得ないもの。それが何のためにあるのかわからないけど、私が目的のために得た力に勝っていたということね」
 彼女は、奥のドアに向かった。ドアがスライドし、その姿を飲み込む。
「どこへ……
 後を追い、彼女はドアから出ようとした。だが、踏み出そうとした足に床の感触を感じず、彼女は焦って足を引っ込めた。
 上下に伸びたトンネルを見下ろすと、例の青白い液体が波打っていた。ベリアラムの姿はない。
「ふうん……
 一歩身を引いたそのとき、聖船〈アトラージュ〉全体が大きく揺れた。
 液体が濁り、青から赤に変わる。
「道連れにする気か……
 揺れは一気に激しくなっていた。遠くに爆音を聞きながら、キイは壁を伝い、コンソールに辿り着く。画面には、揺れを避けてわずかに浮上したゼクロスの機体を映し出していた。
 揺れに定まらない視界のなか、パネルを凝視し、慎重に操作する。ドアやハッチのロックを外し、脱出口を作るために。
 画面で、ハッチが開き始めた。それにほっとする間もなく、キイは跳び退き、転びかける。コンソールから次々と火花が散った。壁や天井にヒビが走り、不気味な轟きが通路の向こうから聞こえてくる。
「間に合うかな……
 まるですでに答を知っているような調子で。
 彼女はつぶやき、肩をすくめた。

 ハッチは急に開き、しかし、半分の隙間を残して止まった。ゼクロスが不審に思うより先に、隙間から見覚えのある姿が現われる。
『フォーシュさん!』
 ますます激化する揺れに苦労しているフォーシュの元に機首をめぐらせ、ゼクロスは彼女を安定した機体のなかに回収する。ブリッジに入ると、フォーシュは安心したように溜め息を洩らした。
 だが、まだ安心はできない。
「キイが何かしたようね。今の最大の目的は脱出かしら」
『では、ASが使えるはずですね』
 ハッチは、今のままではゼクロスが通ることは到底不可能だ。彼は、ASを使い、力を収束させる。そして、それを標的に向けて放つ。
 単純な作業に、ASは応えた。太い光の束が、半分開いたハッチを周囲の壁ごと消し飛ばす。
『退路は確保しました。あとは、キイが戻ってくれば……
 壁のなかで爆発が起きた。ゼクロスはとっさに退避する。広いはずの空間内が、今となってはひどく狭く思えた。揺れ、崩壊していく空間で、ゼクロスは何とかよい位置を取ろうとする。
 だが、天井が崩れだすと、その機体の上に落下し始める。ダメージはないが、機体が揺れた。
「頭が痛くなりそうね……
『フォーシュさん……
 ゼクロスが申し訳なさそうに告げる。
『キイの居場所を探すためにこの船のシステムを調査しました。解除不能の自爆プログラムが作動しています。あと3分10秒足らずで爆発します』
……それで、キイは見つかったの?」
『いいえ。システムもだいぶ崩壊していますから……。お願いします、あと、あと1分だけ』
「あなたの好きにしなさい」
 フォーシュはいつものように、無感動に言った。
『感謝します……
 爆発が起こり、壁や天井の破片が飛び散る。重い破片が何度も当たり、バリアを張った機体が大きく揺れた。火が噴き出すが、やがて赤く濁った液体が流れ込み、チラチラと燃えていた炎は消える。液体はどんどんなだれ込み続け、ゼクロスはそれを避け、高度を上げた。
 やがて水位は、プラットフォームの上にまで上昇する。だが、液体が流れる通路からは、現われる姿はない。
「まだ待ってていいのよ」
 1分たったと見ると、フォーシュはささやいた。
『あと……あと、少しだけ……

 噴水から、赤い液体があふれていた。キイは足首まで液体につかりながら、大きなガレキを避け、出口まで進んだ。揺れに足をとられ、転びそうになり、両手を液体のなかの床につく。
 その手首を、別の手がしっかりとつかんだ。
「何……!」
 液体のなかに、男が倒れていた。うつろな目を、ただキイに向けている。
 周囲を見回すと、倒れた者も、噴水に半身を突っ込んだ者も、死んだはずの者全員が、彼女に感情のない目を向けていた。
「簡単にはいかないか」
「覚悟してきたんだろう?」
 不意に、キイの腕をつかんでいた手が蹴り飛ばされた。キイが見上げると、黒ずくめの人物が、フードの奥で笑っていた。
「時が来たと、そういうことさ」
「そういうことか……
 キイは苦笑した。どこか悔しげでもある、独特の笑みだ。
「このまま、消えてしまうのが手っ取り早いのだろうけど。約束したからね。コンサートに行くって」
 ズルズルという音がした。遺体が、揺れをものともせずに立ち上がり、徐々に2人に近づいて来る。
 キイはさらに、そのうつろな目をした者たちとは違う姿をふたつ、視界の隅に捉えた。その姿は、死者たちとはまったく違う雰囲気をまといながら、生気を感じさせない。実物ではなく立体映像だろう、と、キイは即座に判断した。
 取り囲まれた2人は、それぞれの得物をかまえる。《時詠み》は右の袖口を上げて左手を添え、キイは、その手に光の槍を握った。
「戦うつもりはない。少なくとも、今はその必要はあるまい」
 長い銀髪の男が、無表情で言った。
「気づいてはいたのだがな。ベリアラムのちっぽけな叛乱など、我々の前では取るに足りぬことだ。それでも、ASの力は欲しい。だが、ゼクロスの製作者の動きも考えると、予想以上の陰謀が働いているのかもしれない」
「少しは懲りたってことかい?」
 無駄だとはわかっているだろうが、《時詠み》が袖口を向ける。
「いつまでもそんな小さな陰謀にかまってはいられないからな。とりあえず、手を引いてやるってことさ。こんなことでいちいち騙したりはしないから、安心するといい」
 長大な棍棒を肩に担いだ巨漢が、面倒臭そうに答えた。
「せいぜい平和に生きることだ」
「ご忠告、どうも」
 消え失せていく調整者たちには興味がないらしく、キイは周囲に注意を向けていた。ゾンビと化した乗員たちが、包囲網を狭めてきている。
「ま、最後だからな。やれるだけのことはやろう」

 爆発まであと1分。
 その瞬間が刻まれたとき、ゼクロスはじっと席に座っているフォーシュに、できるだけ抑揚のない口調で声をかけた。あまり成功しているとは言えなかったが。
『フォーシュさん、そろそろ行きましょう。キイなら、きっと平気な顔をして戻って来ますよ。これ以上は待てません』
……いいの? 無理しなくていいのよ」
……い、いいえ、もうこうしている間にも時間が……脱出します!』
 一気に出力を上げ、破壊された出口を抜ける。
 青白く輝く液体に満たされていた聖船は、今や不気味な赤に染まっている。それは、どんどんよどんでいった。
 爆発に巻き込まれないよう、充分距離をとってから、機首をめぐらせる。カウントダウンは、十秒を切った。
『キイ……
 ゼクロスが痛々しい声をしぼり出す。フォーシュは顔をしかめ、モニターのなかに視線を戻すなり、光が弾け散ったのを見る。
 目に痛くないよう加工されてはいるが、それでも眩しいほどだった。光が広がるのに少し遅れ、機体が揺れる。
 美しい光景ではあった。だが、フォーシュにはそう思っていられる余裕はない。重い沈黙のなか、ただ、メインモニターの映像を見守っている。彼女は、沈黙を破ることができなかった。破ってはいけない気がしていたのである。
 暗い気分で、彼女らはしばらくの間、動きを止めていた。
……行きましょう。GPのほうが気になりますし、私は、キイを見つけて早く戻らないと。絶対、無事のはずです……絶対……約束、したんですから……
……そうね」
 フォーシュには、そう答えるしかなかった。
 爆発がある程度勢いを失うと、原形を留めていない聖船のもとに取って返す。白いチリが、雪のように一面に浮かんでいた。爆発の中心では、まだ小さな爆発が繰り返され、そのたびに、宇宙空間に衝撃波を放つ。もう、だいぶ弱くなっていたが。
 チリや破片が漂う辺りを調査しながら、ゼクロスは爆発の周囲を旋回した。
 状況は、調査に適しているとは言えない。白一色の視界に、電波状況も悪かった。やがて彼は普通の機器での調査をあきらめ、ASを使って周囲の状態を探ろうとする。
「こんなところで使うなんて、もったいない。あとで使えなくなるよ」
 ブリッジに続く通路から、突然声がかかった。
 何の気配もなかったはずだ。それに、ゼクロスは常に船内の状態を把握している。フォーシュは、茫然とその姿を見ていた。ゼクロスも、同じ気分だろう。
 相手がいつも通り艦長席に腰を下ろしてから、フォーシュはようやく口を開いた。
「相変わらず、何の脈絡もない登場ね、キイ……
「相変わらずなら、私にとっては普通ということでしょう?」
 そう言って、キイは笑った。どこかいたずらっぽい笑み。
『キイ……よかった……でも、どこか違うような……?』
 ほんのちょっとした仕草や、表情、身のこなし、それに雰囲気。ゼクロスは、確かにキイ・マスターだと確認したその人物から、今までの彼女とは違う何か、奇妙な違和感を感じていた。
 キイは笑みを浮かべたまま、席で背を伸ばす。
「ASを使い続けて、私もさすがに疲れてきたよ。死相でも見えるかい?」
『ま、まさか! GP船もいなくなっているようですし……早く帰りましょう。座標設定、ハイパーAドライヴ起動』
「うまく使われてるわね……
 色を失っていくメインモニターを見ながら、フォーシュは小声でつぶやいた。



エピローグ

 彼は長い夢を見ていた。不思議な夢を。
 見知らぬはずの女性が、忘れていた事実を告げるのだ。その内容は、とても悲しい物語。しかし、同時に、どこか安心させられるような――。
 ただ、その夢を失った時に残ったのは、世界を失ったような大きな喪失感だった。
 まだ意識がはっきりしないうちに、周囲にある唯一の人間の姿が、口を開いた。
「やっと起きたか。どうだ、気分は?」
 白衣の青年は苦笑まじりに問う。
『はい、アスラード博士……他の皆さんは? それに、キイはどこです?』
「ああ、今出払っているがね、すぐに戻るよ。ところでゼクロス、キイがティシア・オベロンのコンサートがどうとか言っていたが」
 カート・アスラード博士のことばに、ゼクロスは約束を思い出し、ほぼ同時に、現在が聖船〈アトラージュ〉崩壊から3日と約12時間が過ぎていることを知った。
『あ……も、もう手遅れなんですね~!』
「だから言ったじゃないか」
 別の部屋から姿を現わし、キイはあきれたように言った。〈リグニオン〉のスタッフとともに買い出しに行っていたのか、手に買い物袋を抱えていた。
「無理なんだよ……あの後どうなったか、わかってるだろう」
 オリヴンに戻った後、ゼクロスはASの力で、昏睡状態のままの人々を治療した。そこで、キイもようやく自分のASの使用を停止する。疲弊しきったゼクロスは卒倒し、キイも疲れ切ってすぐに休んだ。
 警察やマスコミなどが騒がしく、他にもわずらわしいことは多いが、キイや〈リグニオン〉関係者は、それからうまく逃れる術を心得ていた。首都ベルメハンの上空に浮かぶこの研究施設に入るには、なかの者が入り口を開かなくてはいけないのだから、〈リグニオン〉内にいれば面倒事に追われることもない。
『そういえば、フォーシュさんは? それに、GPは……
「フォーシュは、ロッティが迎えに来たよ。GPに提出する書類があるそうだ。ランキムもAS搭載船になったし、GPも、戦いたくはないだろうな。あとは、ロッティとランキム次第だよ」
『刑事に戻れるのでしょうか……?』
「戻りたいと言えば、むしろ歓迎されると思う。だから、2人次第なのさ」
 おそらく、戻りたいと思わないのではないだろうか。キイは、そう考えているようだった。では、ロッティは、これからどうするつもりなのか。
「たぶん、何でも屋でもやるんじゃないか」
 アスラードが妙におもしろそうに笑いながら、キイとゼクロスの予想を代弁した。
「そんなところでしょうね」
 相づちを打ち、キイはアスラードのとなりに来た。ゼクロスのシステムに接続された監視モニターをのぞくと、金属性の柵を乗り越える。
「もうどこか行くのか?」
 軽い身のこなしでゼクロスのハッチに跳び移るキイに、アスラードが残念そうに声をかける。
「皆によろしくお伝えください。とりあえず、約束を果たそうと思いまして」
『約束?』
 ブリッジに入ってくる画家志望の少年のような姿に、ゼクロスは疑問を告げる。キイは艦長席に腰を下ろし、笑った。
「コンサートのチケットが取れたのさ。特別招待だよ。私たちの話を聞いて、ティシア・オベロンに頼んでくれたんだ。場所は、シグナ・ステーションだよ」
『本当ですか!? しかし、誰が……?』
「わからないかい?」
 彼女はおもしろそうに、天井を見上げる。
「もうあれからけっこう日にちがたってるからね……ルータだよ。もう帰ってきている。いつかのお礼だってさ」
 いつか、というのは、フラクサスでのことだろう。ルータを護衛してフラクサスIIIに送り届け、その惑星内で〈宇宙の使徒〉の陰謀を暴いたあと、エルソンの最新宇宙船は、いずれ礼をすると言って彼らと別れたのだ。
『なるほど……早く、会いたいですね。それと、コンサートも楽しみです』
……それだと、コンサートがついでみたいじゃないか」
『そんなことありませんよ。早く行きましょうよ』
 発進準備を整えたゼクロスに、アスラードが手を振った。
……気をつけてな」
『大丈夫ですよ』
 キイが、外部スピーカーから答える。
『では博士、行って来ますね』
「行ってらっしゃい」
 ハッチが開き、青空が広がる。報道用か、警察のものか、いつもより行き交う飛行機やヘリが多い。
 なかには、〈リグニオン〉に、あるいはそのゲートから姿を見せたゼクロスに寄って来ようという姿もあるが――
 ゼクロスは一気に加速し、飛行物の狭い間を縫って、上昇した。そのスピードに手出しできるものはなく、チャンスを狙っていたマスコミも、一瞬にして姿を消す宇宙船を見送り、茫然とし、あるいは舌打ちする他ない。
「悪いね」
 下を映すサブモニターに意地悪く言い、キイはメインモニターに視線を戻した。
 大気圏を脱出し、画面内には闇が広がり、それが完全な黒一色に染まると、淡い星々の姿がはっきりし始める。それも一瞬のことで、星は流れる光の線となり、機体を取り巻く。
「相変わらず、こういう時は速いんだよね、きみは」
『そんなことありません。ゆっくり行ったっていいんですよ? しかし今回の場合、ティシアさんを待たせることになってしまいますから』
「そうかねえ。速くルータに会いたいだけじゃないか」
『違いますっ! そ、それは確かに、会いたくないはずもないですけど……
「ふうん、やっぱり……
『だから、違いますって』
 目的地が画面に映し出されるまで、キイとゼクロスは、他愛のない会話を続けていた。

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