NO.2 調整者たちの暗躍 - PART I

  Day:1 PM10:57 1番ゲート

 フォーシュ・ファンメルは1人、夜のメイン・ストリートを歩いていた。
 夜、とはいえ、恒星の光に満ちた空を持たない宇宙ステーションにおいては、ただの区切りのようなものだ。人工太陽がその光の強度を増減するものの、宇宙には昼夜に限らず活動する種族もいる。特に変わった種族でなくても、夜行性の者もいるのだ……性格や職業によって。
 フォーシュは、性格も職業も、夜の行動に適していた。
 しかし、その姿は太陽のように人目をひきつける。ひとつに束ねられた黄金の髪も、青空のような澄んだ瞳も、完全には闇に隠れきれていない。
 今は、隠す必要もないが。
 彼女はステーションの外側に向かっていた。アーチロードと呼ばれる、中央部から何本ものびた通路の先、やはりいくつも並んでいる、様々な宇宙船やシャトルが寄港するゲート……地元の者や、スケジュール通りの寄港の船のクルーでこんな夜中に出入りする者は少ない。
「よぉ、来たか」
 彼女を認識したシステムがドアをスライドさせ、通い慣れた1番ゲートに足を踏み込むなり、青年が待ちかまえていた様子で声をかけてきた。
 ジェイン・ラスロー。シグナ・ステーション専属の若きメカニックである。
「今時鉛玉かねぇ」
「レトロな物が好きなの」
 ジェインは油で汚れた作業服の袖で軽くバレルをこすると、黒光りする拳銃を投げてよこした。コルトパイソンだ。フォーシュが修理を頼んでいた物である。
「それで、代金は?」
「いや、いい」
 受け取った銃を用意していたホルスターに収めてベルトに付け、尋ねたフォーシュに向かい、ジェインはなにやらニヤニヤ笑いながら首を振って見せた。
「その代わり、明日の夕食でも……
 と、誘いかける彼のことばを遮って、
「これくらいもあれば充分でしょう。つりはいらないわ」
 フォーシュは冷たく突き放すように、クレジットを突きつけた。相手は溜め息を洩らしつつ、渋々小さな四角いチップを受け取る。
 その時、一部始終を見ていたシグナが冷やかすように声をかけた。
『相変わらずつれないね、フォーシュは』
 このステーションを管理する、事実上機能的に最高を誇る人工知能。気候と惑星配列のために電波状況に問題を抱える惑星エルソン本土に代わり、その玄関口となっているだけでなく、長旅の中継地点でもあるステーションの機能を統括する、中枢システムだ。フォーシュも仕事の上で、散々シグナの力を借りている。
 そのためか、少しだけフォーシュの口調が和らいだ。
「私は毎日仕事なのよ。ここ最近は忙しいし、食事を途中で中断することもよくあるわ」
 フォーシュはフリーのエージェントである。このステーションはシグナの管理下で安全である分、警備等に割いている人手は少ない。それでも、これだけの巨大なステーションとなると、時には人の手による捜査の必要なことも出てくるのだ。
 その事例のほとんどに、フォーシュは関わっている。フリーでありながら、ステーションの職員に近い。あるいは、事件の捜査関係に置いては、職員以上に欠かすことのできない人物と言えるだろう。
「大変だな。まあ、ギャラクシーポリスがこの辺りのパトロールを強化してくれるって話だし、あと少しの辛抱だ」
『辛抱してるのはジェインだろうね』
「うるさい」
 図星らしく、ぶっきらぼうに言い返すジェイン。それをよそに、もうここに用は無いと言いたげに、フォーシュはきびすを返す。
 ジェインが気づいた時には、すでにその姿は闇に消えていた。
「ほんっとつれないな……
『ま、そのうち何とかなるさ』
「そっちはどうなんだよ」
 他に誰もいないゲートを振り返り、ジェイン。
『べつに問題があるわけではないから』
 シグナはことばを濁した。

  Day2 AM7:09 アーチロード

 翌朝、フォーシュは昨日も訪れた、ゲートの入り口が並ぶアーチロードを巡っていた。
 これはもう、毎日の散歩代わりのようなものである。加えて、今回は特に事前情報があった。情報の内容自体は曖昧だが、シグナからのものなので、何かが起こるのは確かに違いない。
 しかし、今朝に限って、ゲートに出入りする者はなかった。
『昼に寄港予定の船もないし……朝でなければ深夜か』
 フォーシュが仕事中は欠かさず着けているイヤホーンから、シグナの声が響いた。
「緊急に寄港する船は怪しすぎるものね。すでに相手はステーション内にいるのでしょう。何か手はないの?」
『危険物を持ち込んだ者はいないはずだけど、やろうと思えば検査なんてどうにでもできる。その可能性までつぶしていく検査をすることは不可能だね。時間がかかり過ぎるし、ステーションにほとんど何も持ち込めない』
 シグナは常にステーション内を監視しているが、それにも限度というものがある。意識して特に調べなければ、爆薬を隠しているかどうかまではわからない。それに、日常に必要なもので凶器となり得る物も多い。プロなら、そういった物を利用するだろう。
 もちろん寄港時に検査はある。しかし、その内情はシグナのことば通りだ。
「出直したほうがよさそうね」
 フォーシュは肩をすくめ、アーチロードを後にした。

  AM7:13 〈プロミネンス〉

「困ったものですね」
 ラッセル・ノードは溜め息交じりに言い、苦笑して向かいの席の人物を見やった。
「べつに私たちが困ることもありませんが」
「そうかもしれないがね」
 相手、スランメル・クラインも肩をすくめた。
 シグナ・ステーションを管轄するエルソン政府所属の最新宇宙船、ルータ。その艦長と副長という組み合わせだ。
 メイン・ストリートの脇にあるレストラン〈プロミネンス〉には、多くの宇宙の旅人たちが朝食をとりに来ている。中にはエルソン人クルーの姿も多く見受けられた。
「なにせ、もうすぐ長旅に出るからな。見ていて寂しい気もする」
 2人は、すでに朝食は済ませ、空の食器を前にしていた。そこに、イヤホーンから呼び出し音が響く。
 次に耳に触れたのは彼らの船を制御する人工知能、ルータの声ではない。よく似ているが微妙に違う、シグナの声。
『おはようございます、クライン艦長、ノード副長。エルソン情報部から連絡が入っています。後で中央局までお越しください』
「了解。……ところで、シグナ」
 極めて事務的な調子のシグナに、クラインは切り出した。
「あまりルータと話をしていないようだな。寂しがっていたよ」
『仲が悪いわけではありませんよ』
 冗談めかして言うクラインに、シグナは話を見越して先手を打った。まるでその話題が持ち出されるのを予測していたようだ。
『ルータはクルーがいなくなって5分後にはいつもすぐに休んでいますからね。情報の疎通の必要もないのなら、わざわざ起こして話をする必要もないでしょう』
 シグナとルータは人間で言うなら兄弟と言っていい。しかし、その関係はどことなくよそよそしかった。最初は、やはり人とはものの感じ方が違うものなのか……と、関係者は思っていたが、どうも逆らしい。
「人と変わらず、複雑な感情があるものだ」
 通信が切れた後、クラインは溜め息混じりに言った。
 問題は、原因がさっぱりわからないことだった。ルータにもわからないらしい。シグナには、きいても適当に誤魔化されてしまう。
「ゼクロスがいれば多少はマシなんだが」
 ――つまり、真相はこうだった。
 エルソン政府も知らされていない、ステーションでもごく一部の者しか知らないことだが、シグナはASを所持していた。シグナはそのことを、ルータにも悟られたくないのだ。ASは危険を呼ぶことも多いために。
 しかし、ゼクロスはシグナの秘密も知っている。そして、自分のASを隠すことも造作ない。ASの設計者は彼なのだ。裏ではその公式発表を訝る者も多かったが。
「ゼクロスは今夜寄港するようですよ。まあ、なんだか大丈夫な気がしてきました」
 会話のない兄弟を心配する親の気分になっていたクラインに、何を思いついたのか、ノードは笑顔でそう言った。

 PM8:50 12番ゲート

『いつもよりも警備が強化されていますね。何かあるのでしょうか』
 控えめな照明が点灯しただけのゲート内に、やはり控えめな声が響いた。透き通るような、美しい声。
「強化されていると言っても、ここの警備員の人数じゃたかが知れてるね。ギャラクシーポリスに連絡するほどのことにはなっていないんだろう」
『まだ、なっていないだけかもしれませんよ』
 ほとんど気にしていないような唯一のクルーのことばに、慎重に警戒を促す。
 他に人の姿のない薄暗いプラットフォームで、一見芸術家志望の美少年にも見える、小柄な女性が笑った。
「心配性だねえ、ゼクロスは。私はただ、宿を探して、後は寝るだけだよ」
『途中で事件が起こるかもしれません』
「私とは関係ないな。うまく逃げるさ」
『寝込みを襲われたら?』
「ASで事前に感知できる。それに、2階に登って来るまでにシグナかパトロールにでも見つかるだろう」
『宿が火事になるかもしれない』
「どうしても私をふかふかのベッドでは寝かせたくないのか、きみは」
『寂しいんですよぅ~』
 相棒のすねたようなことばに、彼女は再び笑った。出身地、本名、年齢、経歴――すべてが謎に包まれたゼクロスのオーナーにて艦長、キイ・マスターの名を持つ女性が。
 しばらく困ったような様子を見せた後、ゼクロスはしっかりした口調に戻って言った。
『キイ、わかっているでしょう。今夜はなんだか、そんな夜です』
 とても論理的とは言えないセリフ。しかし、キイはゼクロスがASを所持しているのを知っていたし、彼女自身、いつもとは違う雰囲気を感じていた。
「わかっているさ。だからって、何もわからず、どこにも行かず、ずっと安全な扉の内側にいるのは主義に合わないんだ」
『私も扉の向こう側に行けたら』
 ゼクロスは言いかけて止めた。
 扉の向こうは、シグナの管轄である。シグナもこの雰囲気に気づいていることだろう。
『キイ、気をつけて』
「ああ、お休み」
 いつもと違うことばで見送られて、キイはアーチロードに出た。
 辺りに人の気配はない。いつもと同じ光景――しかし、まったく違うようにも見える。
 キイは笑った。不敵な笑みを浮かべて辺りを見回す。
「嵐の前の静けさか……

  PM9:24 コントロールセンター

 カント・スターリン博士はいつも通り点検を終えると、すぐ近くの家への帰路についた。
 しかし、すぐに見覚えのある小柄な姿が立ち塞がる。
「おお、あんたか……
 博士は安堵と警戒が混じったような複雑な表情で相手を見た。
 見た目は、十代前半の少女。長い赤毛を無造作に流し、大きなルビーのような瞳はどこか深刻そうに曇っている。まるで、すでに一生分悩み尽くし、すべてをあきらめてしまったかのようだ。
 いや、それでもあきらめきれていないような。
「あまりいいニュースはない」
 外見に合わない落ち着いた声で、彼女は言った。
「連中、ついに本格的に動き出したようだ。やはりすでに仲間を侵入させているだろう」
「では、わしらではかなわないか……。アルファ、どうすればいい? ステーションに戦える者などいない」
 平和主義のエルソンのステーションなのだ。ステーション自体に武器などない。
「シグナのASのことを知るのはわしとジェイン、それに局長くらいなものだ。フォーシュ辺りは気づいているかもしれんが、だからと言ってどうにもならん」
 博士は天井を仰いだ。シグナも話を聞いているはずだ。
 アルファ、と呼ばれた少女は、小さくうなずく。
「シグナにASを使わせるような事態は極力避けたい。……私の立場もそろそろ限界だ。私は調整者であってそうではない。そろそろ決着を着けようと思う」
 博士は驚き、アルファを凝視した。
 すべての事情を知る者はいない。
 シグナはASを持っていた。いつの間にか。
 やがて、それに気づいたころには、アルファは理由も言わずにシグナらの守護者になっていた。ステーションの、エルソンの守り神のように。
 そして、別の調整者たちがシグナ、あるいはそのASの所有権を奪おうと働きかけてくるようになった。時折、裏世界の住人がこのステーションにも入り込むようになる。
 そういった異常事態を回避できたのには、アルファの力によるところが大きい。フォーシュの協力や、アルファと同じくらいに正体不明な者の力もあったが。
 しかし、調整者たちとの決別となると……いくらアルファといえ、危険過ぎる。
「私はとうに死んだも同然だった。今は、生きているなら、少しは意味のあることをしたい」
 博士の心を見透かしたように、アルファは淡々と告げた。
 冷静だが、決意を感じさせる声。
『本当にいいのか?』
 黙って聞いていたシグナが、信じられない、といった調子の声を上げる。
 アルファは、ほんのかすかにだが、笑ったように見えた。
「もっと早くこうするべきだった。約束のない約束のようなもの……。それより、事態は差し迫ってきている。監視に手を抜くな」
『当たり前だよ』
 少しムッとして、シグナ。
 博士は、アルファが全面的に協力してくれるにしても、まだ安心できなかった。敵となる相手は、調整者だ。
「何とかなるだろうか?」
「いきなり全面対決にはならないだろうが……
 アルファもまた、気を抜けない、といった調子で言う。
「今夜司祭どもが集う。分散されると厄介だ」
『今夜戦争か……?』
「最悪の場合、キイとゼクロスにも協力を求めよう」
『しかし博士……
「モメてるねえ」
 唐突に声がかかった。どこか卑屈な男の声だ。
 博士とアルファは同時に背後を振り返る。
 その時、炎が舞った。

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