悪魔に仕えし黒の聖女

 ある村に、一人の魔女が旅の末、辿り着きました。魔女は、村のそばに塔を立てて住むつもりだと言いました。
 すると、村の教会で育てられていた孤児の女の子が、周りの世話をするので一緒に塔に住まわせてくださいと言いました。村人たちは反対しましたが、女の子の決意は固く、魔女と女の子はとても背の高い塔に一緒に暮らすことにしました。
 村人たちは、何とか、天使のように可愛らしい女の子を連れ帰す手を考えました。一瞬で塔を作ってしまう魔女など、不気味でとても悪いものに違いないからです。
 鉱山で儲けた村の人たちはとてもお金持ちだったので、傭兵たちを雇い、塔から女の子を取り返してもらうことにしました。
 しかし、傭兵たちは帰ってきません。何度も別の傭兵たちを雇って塔に向かわせましたが、決して村には戻ってきませんでした。きっと、悪魔のような魔女の術にかかり、命を落としたに違いありません。
 仕方なく、教会の司祭さまが勇気を振りしぼって塔に話し合いに行き、毎月決まった日、一日だけ女の子を村に返すことを約束してもらいました。
 最初の日、塔に帰ろうとする女の子を、村の人たちは閉じ込めました。しかし、次の日覗いてみると、女の子はいませんでした。次の月も、その次の月も、女の子はいつの間にか姿を消し、塔に帰ってしまうのでした。
 村人たちは、自分たちの命や財産をとられるのではないかと、女の子を恐れるようになりました。悪魔のような魔女と暮らすうちに、もう女の子も悪魔になってしまったのだと気づいたのです。
 せめて、この手であの子を浄化してあげたい。教会の司祭さまは、年月を経て聖女のような姿に成長した女の子を教会に呼ぶと、村人たちみんなの前で、悪魔を払う術をかけました。すると、女の人の綺麗な声が言うのです。
「この子は、祝福を受けた子です。この子がそばにいることにより、魔女の魔法を封じているのです。この子を閉じ込めても無駄なのは、神の思し召しです」
 人々は驚き、女の子を塔に返すことにしました。
 村人たちに見送られて、笑顔で手を振りながら、女の子は、内心ほくそ笑んでいました。村人たちのお金が、彼らが教会に行っている間に、全部塔に移されているからです。
 塔に帰ると、傭兵たちと一緒に作戦成功を祝って宴会をしていた魔女が、大喜びで女の子を迎えました。
「上手くいったね。本当に、お前は素敵な子だよ。こんな素晴らしい作戦を思いつくなんて。もう、魔法の腕もわたしより上なんじゃないかい?」
「いいえ。それより、次の村への作戦ですが……
 女の子は、すぐに次の作戦を話し始めました。

「――というわけで、それから長い間、魔女と女の子と傭兵たちは、塔で楽しく暮らしたということです」
 長い黒髪をひとつに束ねた魔女が、苔の生えた橋を渡りながら、語り終えた。橋に柵はないが、幅が広いため、中央を歩いていれば滑り落ちる心配は無い。
(容赦のない魔女だね。その女の子、セティアみたい)
 頭の中に響く少年の声に、セティア、と呼ばれた魔女は、ただ、ほほ笑みで応えた。
(ところで、その村や塔はどうなったの? もう、辺りにはないみたいだけど)
 少年は、魔女と視界を共有しているらしい。遠くの者と話すための魔法〈テレパシー〉と視界を共有する魔法〈ビジョン〉は、魔術師でない者にも馴染み深い魔法だ。
「村は、財産をなくした人々がどこかに移っていって、無くなったらしいけど……
(じゃあ、塔は? そこに住む人たちもいなくなったの?)
 少年の声に、セティアは、今度は顔に苦笑いを浮かべて答える。
「さあね。面白おかしく暮らしたいあの人たちのことだから、またどこか、おもしろそうな場所に移ったんだろうな」
 最後のほうは独り言のように言い、橋の上を歩いていく。
 橋は長く、円柱状をしていた。河面に向けられた部分を見ることができれば、等間隔に、窓らしい穴が開いていることがわかっただろう。
 しかし、魔女はそれを見ることもなく、河の向こう側に目を向けて歩き続ける。
 その上を、小鳥がさえずりながら、飛び越えていった。