語る人形たちの宴

 普段以上に暗い森に、黒雲が影を落としていた。強い風が木々を揺らし、ギギギ、と、しわがれた笑い声のような、不気味な音をたてる。風はさらに厚い雲を森の上空に召喚し続けていて、大粒の雨が大地を叩き始めるのも時間の問題だった。
 そんな天候の中、風で折れそうなくらいに幹が反った木々の間を、小柄な旅人が歩いていた。長い黒髪と、特殊な繊維でできているらしいマントが激しくなびく。風体からして魔術師らしい、黒ずくめの少女だった。
 彼女は闇色の瞳を上げ、高い木々に隠れるようにして建っている屋敷を見た。ずいぶんと古びた、暗い雰囲気をまとった屋敷だった。
(何か、幽霊でも出そうな雰囲気だね)
 少し高い、少年らしい声が響いた。少女の周囲には人の姿はない。
「誰も住んでいないようだしねえ。まあ、それは入ってみてのお楽しみ」
 少女は、声に出さずに答える。遠くにいる相手と会話する魔法、〈テレパシー〉を使っているらしい。少年が屋敷を見ているということは、映像を転送する〈ビジョン〉の魔法も併用しているのだろう。
(セティア。村で聞いた話だと、大昔に魔術師が住んでいたんだろう? 何か感じないか?)
 頭のなかに響く声に答えるように、セティアと呼ばれた少女はもう一度屋敷に目をやった。木と茂みで入り組んだ獣道から出て、彼女は玄関のそばまで来ている。
 二階を見上げると、部屋のうちの一つの窓で慌てたようにカーテンが動いたのが見えた気がした。
(誰かいるのかな)
「魔力は、いたるところから感じるけども。ヒトの気配はないね」
 軽く肩をすくめると、彼女は玄関に向かった。一応ノッカーを使うが、反応がないので、勝手に両開きの扉を開ける。〈ロック〉の魔法も、鍵もかかっていなかった。
 古びた、豪奢な造りの屋敷だった。高い天井に、蜘蛛の巣にまみれたシャンデリアが吊るされている。
 慎重に辺りを見回しながら、セティアは奥に向かった。
(村の人の話だと、屋根裏だったよね)
 ここに一番近い、名も無き村で、セティアはこの屋敷についての詳しい情報を得ていた。かつてここに住んでいた魔術師がしもべとしていた使い魔が、今もここに住み、主人が帰ってくるのを待ち続けているという。好奇心から、それが本当かどうか確かめるため、森を抜けるついでに屋敷に寄ることにしたのだった。
 魔力は、上から感じる。セティアは、二階へ続く木製の階段に足をかけた。埃が舞わないよう、ゆっくりと足を運ぶ。ギシギシという音がなった。
(腐ってて抜け落ちたら嫌だね)
 手すりを右手でなぞりながら、女魔術師は溜め息を洩らした。
「落ちる前に飛ぶさ。翼はなくても大丈夫」
(翼がある者として見ても、うらやましいね。ボクはここから出られないから、あの空のほんの片隅もボクの物にはならないってわけだ)
「その代わり、色々な秘密をのぞけるじゃないか。かつて魔術師が住んでいた屋敷の秘密とかさ」
 階段を渡りきって、薄暗い廊下の向こうにあるドアに目をやる。そこに何かが潜んでいる――強力な魔力を持つ者が――それが、セティアには感じられた。
 彼女は腰に吊るした短刀を抜き、音をたてないよう、慎重にドアの前に歩み寄る。
「覚悟はいい?」
(何見たって驚かないよ)
 楽しげな声に後押しされ、少女は取っ手に手をかけた。

 部屋はかび臭く、何年も掃除されていないようだった。ずっと閉められたままのカーテンが、窓から一筋の光も通さない。
 燭台も近くに見当たらなかったので、セティアは呪文を唱えた。〈ライト〉の魔法が完成すると、かまえた短刀の先に光がともる。
 その明かりに照らし出されたものを見て、一瞬彼女は息を飲んだ。そこにうずくまっているものの輪郭……それは、確かに人間に酷似していた。以前どこかで見た、『考える人』と名づけられた像に似ている。
 そう、人間よりは、像に似ていた。ボロきれのような服を身につけてはいるが、肌は土とも木ともつかない茶色で、毛髪のようなものは一切生えていない。
(人間ではないね)
 警戒しながら、歩み寄ってみる。
 刹那、不意に人型のものが顔を上げ、ビー玉のような瞳を向けた。
「そう、ボクは人間じゃナイ、魔法人形サ。ご主人サマがこの屋敷に帰るまで、留守を預かっているんだヨ」
 少しくぐもったような声で、ぎこちなくことばを紡ぐ。パクパクと顎が上下するのを見て、セティアは人形に違いないというのを確信した。
(ボクの声が聞こえるの?)
「魔法人形だからネ。ご主人サマは、ボクをゼペットと名づけてくれたんダ。それで、あんたたちは誰サ」
 名前を聞いているのだろう、とセティアは理解した。ここの主人とやらが、初対面の相手に対する態度を教えていたのだろうか、と思いながら、自己紹介する。
「わたしはセティア。セティア・ターナー。諸国を旅する魔術師だよ」
「ふーん。ご主人サマと同じだネ。で、その声は誰」
(ボクはシゼル。風霊の谷に住んでる。わけあって、セティアにボクの変わりに世界各地を旅してもらっている)
 〈ビジョン〉と〈テレパシー〉を使い、セティアはシゼルに自分の周囲の出来事を中継しているのだ。彼は居ながらにして旅を体験しているのである。
 魔術師のしもべだけあって魔法には詳しいらしく、ゼペットは納得顔でうなずいた。
「なるほど。……でサ。せっかくのお客さんだから、夕食でもご馳走してあげようと思うんだケド。そろそろ、みんな起きてくるころだし」
「みんな?」
 首を傾げるセティアの前で、魔法人形はカクカクと関節を伸ばし、立ち上がった。慎重は二メートル余りある。
「じゃ、ついてきてネ」
 言うなり、少し危なっかしく歩き出す。
(ご馳走って、人間が食べられるものなのかな?)
「むしろ、わたしがご馳走だったりしてね」
 そうなれば、屋敷ごと破壊して逃げればいいだけだ。セティアは悪い冗談を言いながら、ゼペットの後を追った。
 案内された食堂の長テーブルには、セティアとシゼルにとっても無事に『おいしそう』という感想を抱ける料理が並んでいた。そして、様々な格好をした人形たちがすでに席についている。長い金髪に可愛らしいスカートの、小さな女の子がよく与えられるような人形や、ブリキの兵隊、赤い鼻のピエロが目を向けている。
 セティアは、テーブルの端の席に案内された。
(おとぎ話の世界みたい)
「今日、我らが屋敷を訪れた客人に幸多からんことを祈り、乾杯」
 ゼペットがグラスを掲げると、他の人形たちもそれに倣った。セティアも慌ててグラスを取り、なかに注がれている赤黒い液体の香りをかいでみた。
(それ、飲めるの?)
 声が聞こえてしまわないよう、シゼルは小声で――つまり、テレパシーの出力を下げて問う。
「ああ、ワインだよ。年代モノだな」
 一口含み、じっくり味を確かめる。セティアは、とりあえず毒などはないと判断したようだった。
 シチューやステーキ、山菜サラダに焼きたてのロールパン、自家製らしいジャム、ポークウィンナー、木苺パイなど、料理の種類は様々だった。人形たちが役割分担して鳥や牛を育てたりしているのか、と考えて、セティアは人形たちのほうを見た。とても、料理のために働いているようには見えない。
「普段は、こんな風に食事したりはしないのサ」
 そばに座っているゼペットが、セティアの表情を見て疑問に答えた。
「お客さんが来た時だけ、宴が開かれる。食事は魔法で異空間に蓄えられているものだヨ、もちろん、人体に影響はナイ」
(ふーん、便利だね)
 何を期待していたのか、シゼルはつまらなそうに相づちを打った。
 ワインを飲み干し、ゼペットはセティアに向き直った。
「どうして、ここまで歓迎するんだと思う? 聞いて来たんだろう、ボクたちのコト」
……ことばを呪文とする人形たち」
 少女は、村で聞いたことを口にする。その意味は、村の長老たちも知らないようだったが。
 ついにその秘密が語られると知って、セティアとシゼルはゼペットの次のことばに集中した。それに気づいて照れたように頭を掻きながら、長身の魔法人形は説明する。
「実は言うと、この屋敷には呪いがかけられてるのサ」
(呪い……?)
「そ。この屋敷に入った人間は、次に太陽が昇るまで、ずっと話しをしていないといけないんだヨ。十分間何も言わないと酸素がなくなるのサ」
「一晩も話し続けないといけないって……
 驚きのあまり、セティアは沈黙した。しかし、慌てて食堂内にある柱時計を見る。
「まだ、大丈夫。〇時からなんだ。でも、話し続けないと外には出られないか死んじゃうかだから気をつけてネ」
(そんなあ……
「ご主人サマの魔法だからどうしようもないヨ。それに、みんな楽しみにしているから、頑張ってほしいナ」
 見ると、確かに人形たちは、何かの期待感に包まれている雰囲気だった。なかには、時々チラチラとこちらに目を向ける者もいる。耳をすますと、かすかにざわめきを構成する会話のひとつが聞こえた。
「今日のヒトは、一体どんな話しをしてくれるんでしょうねえ」
「色々回ってる旅人だから、期待できそうだナ」
「少しはご主人サマの行方がわかればいいが……
 皆、口々に今夜のことを話している。セティアの話によほど期待しているようだ。
 彼らの注目の的になっている旅人は、溜め息交じりに言った。
「仕方ない。まあ、一晩くらいは話してあげるよ」
(おもしろそう。ボク、今のうちに寝ておくね)
「わたしもそうしよう」
 香り高いワインを飲み干し、彼女は席を立った。

 『語り』は、二階の大部屋で行われるのが通例らしかった。〇時にあと数分まで迫ったころ、セティアは屋敷の者たちが集まってくるのを待ちながら、開け放った窓の外を眺めていた。夜闇のなか、雨が静かに降りそそいでいたが、風はほとんどなくなっていた。
「一種の結界が張られているな。まあ、破れないこともないけどね、付き合ってみるのも一興か」
(そうだよ、みんな楽しみにしているんだから)
 セティアは苦笑し、振り返った。木の椅子を持参している者や、直接床に座り込む者、なかにはメモをとろうというのか、ペンと紙の束を手にしているものもいる。
 やがて、柱時計がボーンボーンと不気味に揺れる音を出し、『語り人』は口を開いた。

 セティアはまず、大陸の六王国の各地を旅した時の話をした。彼女の話に一区切りがつくまで、人形たちは大人しく話を聞いていた。一息つくと、途端に、旅先で食べた名物料理の調理法や、小さな村の風習、冒険者に同行した時の怪物との戦いなどについて聞かれたが、なんと言っても必ず聞かれることは、使用した魔法のことと、出会った魔術師についての話だ。セティアは、人形たちが屋敷の主人の行方の手がかりを求めていることに気づき、高名な魔術師の噂話なども話して聞かせた。
「〈魔王の落とし子〉や〈疫病神〉、〈月法師〉、〈降魔の魔女〉とか、そういう有名どころは知ってるんだがねえ」
 パイプをくわえた船乗り風の人形が言った。
 彼が口にした二つ名を持つ魔術師たちは、数百年を生きるという強力な者だ。この屋敷の主人もそれらの魔術師と並ぶ腕の持ち主らしい。
「〈命封精〉イグニ、って知らないか?」
……聞いたことないな」
 魔術師の名はかなり記憶しているセティアだが、初めて聞く名だった。
 船乗りなど一部の人形たちはかなりがっかりした様子だが、セティアはかまわず話を続けた。彼女の話を一言も聞き漏らさないように、皆、じっくりと耳を傾けている。
 セティアは、話題が尽きるということはなかった。しかし、聞いているほうは、旅の話がずっと続いているうちに、どうしてもひとつの疑問を抱く。
「どうしておねえちゃんは旅をしているの?」
 背中からゼンマイが突き出した小さな男の子の人形が、きしんだ音をたてて首を傾げる。
「それはまあ……護衛や届け物などの依頼を受けたり、経緯があってのことだよ。自分の性格って言うのが一番の理由ではあるけどね……ひとつのところに留まるのは好きではないし」
「今も、依頼を受けてるの?」
「ああ、まあ……
 と言って、彼女は黙った。代わりに、少し遠くから聞こえてくるような声が、人形たちの疑問に答える。
(それはね、ボクの依頼だからだよ)
「お兄ちゃんが? 今、どこにいるの?」
……ボクは、風霊の谷にいる。谷の、ある塔の一番上に)
 人形たちは博識で、風霊の谷についても知っているようだった。谷には、神聖な力を持つ有翼族が住んでいる。神話に登場する天使の末裔ではないかと言われる閉鎖的な種族だ。
(ボクは生まれつき身体が弱いんだ。そう長くは生きられないって言われている。だから、短い余生のうちに色々なものを見たり、聞いたりしたいと思ってね)
 だからセティアに、魔法で中継しながら各地を旅してくれるように頼んだのだ、と彼は言った。
 人形たちはそれからしばらく無言だった。

「ホント、ありがとうネ。きみたちのおかげで有意義な時間を過ごせたヨ」
 ゼペットは身をかがめて玄関をくぐり、屋敷の前まで見送りに出た。セティアはあくび混じりに首を振る。
「こちらこそ、貴重な体験だったよ」
(でも、命がかかってたからね、ちょっと冷や冷やした)
 シゼルが眠たげな声で言う。そのことばに、ゼペットは奇妙な表情をした。人間の表情に例えると、苦笑が一番近いかもしれない。
 訝しげなセティアとシゼルに、長身の人形は言う。
「命を奪うなんて、暴力的なことシナイ。ただ、人間ではなくなってたろうけどネ」
……人形になってたってこと?」
「ああ。昨日、きみたちにご主人サマの行方をきいた人たちのなかに、ちょっと必死な人たちがいただろう? 彼らみたいにネ」
 彼のことばに、セティアとシゼルは、少しの間驚いて黙っていた。
 だが、やがて、ゼペットに別れを告げて木々の間に姿を消していく。
 空は、昨日とはうって変わって晴れ渡っていた。

 屋敷がもう見えなくなったころ、セティアはシゼルがあくび混じりに言うのを聞いた。
(あの屋敷の主人、どこにいるんだろうね。セティアも、名前も聞いたことないんだよね)
 濡れた草や木の枝で滑らないよう気をつけながら、セティアは歩いていた。不意に、その唇が歪み、おどけたような笑みを形作る。
……案外、あのなかにいたのかもよ」
(人形たちのなかに? まさか)
 驚いたようなシゼルの声に、魔女は本気か冗談か、よくわからない表情で続ける。
「あそこの主人はいたずら好きみたいだしね……
 彼女は、自分が歩いてきたほうを振り返った。
 木々と生い茂った草に阻まれ、屋敷の姿はもう見えなかった。