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・2007年7月25日:第8話 塔の謎と伝説の杖(上)
・2007年7月25日:第8話 塔の謎と伝説の杖(下)
第8話 塔の謎と伝説の杖(上)
いつもの授業のあと、教室内は妙にそわそわしていた。普段ならすぐに外へ出てアメフトやサッカーやハンドボールやらに興じるヴィーランドさんやレンくんも、何やら話をしている。
それを席に座ったまま不思議そうに見ていたところ、アンジェラさんが声を掛けて来た。
「アイちゃんは明日、どうする? 何人か先生が一緒について、行きたい人みんなで街のほうに出てみるんだけど」
それを聞いて、わたしは小学校の遠足を思い出した。まあ、街に学校があれば、むしろこういう研究所に遠足に来るものだろうけど。
「んー、街に行くのは凄く魅力的なんだけど……今はまだ、この研究所に興味が尽きないんですよね」
エレオーシュの街中へ行く機会も、これが唯一ということはないはず。まだ、図書館から借りて読みたい本も多い。
「そっかあ。じゃあ、お土産買ってくるね」
「期待してます」
と言って、部屋を出るアンジェラさんを見送り、どうやってお金を用意するんだろ、という疑問にやっと気がついた。
――まあ、何か売るのか……研究所から、もしくは先生からいくらかお小遣いがもらえるのかも。
しかし、わたしにとっては余り関係のないこと。疑問を頭の隅に追いやって、一旦部屋へ戻ってから、借りていた本を図書館に返し、新しい本を借りる。今日借りたのは、『マーザ大陸の歴史第四巻』と、『直接作用系統魔法の心得』だ。
それを鞄に入れて、読書する場所を選ぶ。最近、陽射しがきつくなってきたので、どこか涼しい場所がいい。
すでに外に出たヴィーランドさんたちの元気な声を聞きながら、わたしは城の周囲を歩いた。疲れたときは部屋のベッドの上でゴロゴロしながら読んでたりもするけど、大抵は外で読む。
そうして歩いているうちに、わたしは、日陰に見覚えのある小柄な姿を見つけた。
「パルくん、外に顔見せるようになったんだ」
声を掛けると、銀髪の少年はこちらを一瞥し、すぐに目をそらす。
「別にいいだろ」
「へえ、『英雄ポスタルの冒険』か。同じ作者の『魔術師シナンの受難』もおもしろかったよ」
読んでる本の表紙に書かれた題を見てそう言うと、彼はさらに顔をそむけ、
「うるさいな。あっち行けよ」
と一蹴されてしまう。
「寒くならないうちに中に入るんだよ」
相変わらずだなあ、と思いつつ、そばを離れる。
どこか、風通しの良い日陰はないものか……そう考えて歩くうちに、わたしは思い出す。
――そうだ、あるじゃないか。思い切り風通しが良くて景色も良いところが。
と、いうことで、駆け出したわたしが向かうのは、通い慣れた物見台。
「お
さすがに、四楼儀さんも日陰で寝そべっている。でないと、ガンガン直射日光が照りつけるここじゃ、日射病直行だ。
「いてもいなくてもいいような、気を使わない人がいるところだと気が楽ですね」
「おい」
と突っ込みを入れるものの、実際、彼は気を使う様子もなく、眠ってるんだか起きてるんだかわからない目で景色を見ている。正直、どうでもいいのだろう。お互い気にすることなく、時を過ごす。
が、やがて四楼儀さんが動いた。上体を起こすと、一体何処に目がついているのやら、今までぼーっと眺めていたどこかとは別の方向を見下ろす。
極力動かないようにしているこの人が動くとしたら、何か問題が発生したとき。
わたしは本の内容より、何が起きたのかのほうに興味を引かれて、彼の視線を追った。
まばゆい光を反射する湖の端に、見覚えのある木が稲穂のように頭をもたれていた。そして、その上によじ登っている、見覚えのある金髪の少女の姿。
「あそこって、確か危ないんじゃ」
あの木は腐ってるとか何とか……道化師さんに言われたことを思い出す。
わたしが思わず声を上げる前に、四楼儀さんは面倒臭そうに笛を取り出している。
しかし、見たところでは、近くに人の姿はない。
それでも笛の音を聞きつけ、建物の中からでも備え役の人が駆けつけるんだろうけれど――わたしは、それを黙って待ってはいられなかった。
「行ってくる」
別に断る必要はないだろうが、そう言い残して、わたしは物見台をあとにした。
あの木の、一番高い部分辺りで、マリーエちゃんはしがみつくようにしていた。よく、そこまで登ったものだと思う。
彼女は必死にしがみつきながら、こちらに泣き出しそうな目を向けてきた。風はそんなに強くないのに、今にも風に押されて落ちてしまいそうに見える。
「マリーエちゃん、何でそんなところに?」
「あ、あたし、ちゃんと降りられると思って……でも、あ、足がすくんで、動けなくなっちゃったの」
マリーエちゃんはしっかり幹にしがみついたまま震えている。自分で身体を動かせないんじゃあ、飛び降りるのをわたしが受け止めるというのも無理か。
それじゃあ、危険は大きいけれど、方法はひとつだけ。迎えに行くしかない。
わたしは幹に手をかけると、うまく足場になる溝や出っ張りを捜しながら、木を登り始めた。
マリーエちゃんにとっては巨木だろうけど、さすがに落ちて命に関わるほどの高さじゃない。ちょっとくらい怪我したとしても、魔法で治してもらえるだろう、たぶん。
そう楽観しながら登るものの、さすがに高い位置に来ると怖い。妙に揺れている感覚があるし、手元でギシギシ嫌な音がする。手が汗で滑って、冷やりとする瞬間もある。
それでも何とか、マリーエちゃんに手が届いた。
「しっかりつかまって」
上から覆いかぶさるようにして抱きしめると、マリーエちゃんもしっかりしがみついてくる。
あとは、ゆっくり降りるだけだけど……
ミシッ。
嫌な音がして、足場が少し傾いた。思わず、浮かしかけた身体を伏せてしまう。
ただでさえ、ちょっとでも上体を起こすと強風に晒される。そのうえ木が折れかけていて、恐怖心を煽った。
でも、ここで動きを止めてしまっては二次遭難だ。
少女の胴を片手で抱えながら、ゆっくりと下がっていく。マリーエちゃんも、何とか手足を動かし、下がり始める。
――頼む、降りるまでもってくれ。
そんな祈るような気持ちとは裏腹に、バリバリと、何かが裂けるような音が聞こえた。根元の少し上辺りから、木の表面に大きく亀裂が入っていく。
「あ」
思わずこぼれる、気の抜けた声。
しかし、捨てる神あれば拾う神あり。いつの間にか下に来ていた道化師さんが慌てて手を広げている。
と、視界に、もうひとつ姿が入る。白いお洒落な服に身を包んで、キラキラ輝く目で見上げるのは――
「さあ、レディたち、ボクの胸に飛び込んでおいで!」
わたしは迷わず、マリーエちゃんを抱えたまま崩れる木の幹を蹴って、道化師さんのほうへ飛び降りる。
そして、道化師さんがわたしたちを受け止め――られるはずもなく。
「だ、大丈夫ですかっ?」
何かげしっと音がしたかと思うと、わたしはマリーエちゃんとともに見慣れた奇怪な姿の上にいた。急いでどいて、声をかける。
「ああ……何とか、な」
彼は頭を撫でながら立ち上がり、わたしたちを見る。その視線が、マリーエちゃんの手の辺りでとまった。
よく見ると、彼女の手の甲に、裂けた木の断面で切ったらしい傷がついていた。そんなに深い傷ではないだろうけど、小さな白い手に血の筋が浮かぶのが痛々しい。
「医務室に行こう」
と、手を取りかけた背後で、シェプルさんが声を上げる。
「おお、美しいレディの柔肌が、何ということだ……お嬢さん、ビストリカ嬢のもとへ行かなくても、ここには治癒魔法使いがいるのだよ。さあ、綺麗な小さなお嬢さん、お手を拝借」
そうだ、うっかり忘れてた。この備え役の二人も治癒魔法が使えるんだっけ。
「じゃあ、道化師さん、お願いします」
「な、なぜーっ?」
不服そうなシェプルさんの声は無視することにする。
――だって、何か穢れそうなんだもん。
悲劇の主人公のような仕草で天を仰ぐシェプルさんの横で、道化師さんが危なげなく治癒魔法を使い、マリーエちゃんの傷を治す。彼女の手が泡のような光に包まれたかと思うと、肌はいつものすべすべに戻っていた。
「念のために、医務室に送ろう。シェプル、あとの見回りは頼むぞ」
「ええっ、ボクだけレディたちから離れろっていうのかい?」
「そうだ」
疲れているらしく、道化師さんは短く応じる。
そりゃ、シェプルさんにわたしたちを送らせるなんて、羊の群に飢えた狼を投げ込むようなものだしなあ。
「本城の周囲の見回りだけならきみだけでも大丈夫だろう。わたしもあとから合流する」
と、歩き出す道化師さんに、わたしとマリーエちゃんもついていく。
振り返ってみると、シェプルさんは、頭を両手で抱えるようにして『おお、これも神の試練か!』などと絶望の声を上げていた。
第8話 塔の謎と伝説の杖(下)
医務室では、ビストリカと女学生のクレハさん、それに、アキュリア・テルミ教授が、いつもの茶飲み話をしていた。
道化師さんが説明すると、ビストリカが仕事中の顔になって、色々と質問してきた。何だか、一番心配されていたけど、わたしは至って無傷だ。
マリーエちゃんはほかに怪我がないとわかると、ちょっとはにかんだ笑顔でお礼を言って出て行く。それを見送りながら、わたしがまだビストリカにつかまってるその横で、なにやら良くわからない光景が展開される。
テルミ先生が、いきなり女の子を前にしたシェプルさん並に目を輝かせて、ギュッと道化師さんの手を握った。
「いいところに来てくれたわ! 是非是非、あなたに頼みたいことがあるの」
「頼みたいこと?」
相手の勢いに少し押されながら、道化師さんが問い返す。
「先生、まさか、道化師さんに謎を解いてもらおうと……」
黒目黒髪のクレハさんがあきれ声を上げると、テルミ先生はなぜか焦ったように首を振る。
「そ、そんな不公平なことはしないわよ。ただ、伝説の杖とやらを、一目見てみたいだけで」
「伝説の杖っ?」
思わず声が出た。
RPGとかファンタジー小説でお馴染みの、伝説の武器。そんなものが実在するなら、是非見てみたいものだ。激しく好奇心を刺激される。
「凄い力を秘めた、伝説の杖と呼ばれる物が、東の塔の開かずの箱にあるらしいんです。でも、謎を解かないと箱は開けられないとか……いくら頑張っても開けられないので、シヴァルド学長が、開けた者に杖をあげるって言ってるんです」
ビストリカが説明すると、テルミ先生のほうは、舌打ちしたそうな顔をする。
――道化師さんに謎掛けを解かせて、杖を奪うつもりだったのか。
それはともかく。
「面白そうじゃないですか。塔に行ってみましょうよ」
「わたしには、備え役の仕事が」
「そんなのいいから、いいから」
道化師さんとしては巡回の続きが気になるんだろうけれど、それをテルミ先生が無理矢理引っ張って、医務室の外に向かう。これ幸いと、わたしも追うことにした。
「気をつけて行ってくださいね」
ビストリカと、ちょっとついてきたそうなクレハさんを残して、本城を出て東の塔へ。ヴィーランドさんたちがアメフトやってるのを遠目に見つつ、わたしは初めて、塔のそばにやってきた。
尖塔の先は、城の頂点より高い。高いところからの眺めに興味があるが、残念、目的地は二階だという。
最初は渋ってた道化師さんも、興味はあるらしい。
「早く謎解きとやらに挑戦して、早く仕事に戻るぞ」
「とか言って、ほんとは伝説の杖が欲しいんでしょー」
「そういう先生も、欲しいんじゃないですか」
「わたしはただ、伝説の杖ってどんな姿形なのかなっていう純粋な知的好奇心からの行動で……」
テルミ先生が言い訳を並べ立てる間にも、狭い階段を登って、小さな部屋に辿り着く。
正面に、石の箱。その上の平らな部分に、四角いくぼみがあった。くぼみには、小さなパネルが敷き詰められている。
その前に立つ、見覚えのある少年の姿。
「パルくんも来てたの?」
声を掛けると、銀髪の少年は、いたずらを咎められたかのようにびくっと振り返ると、明後日の方向を向いた。
「悪いかよ。お前らも謎解きに挑戦しに来たんだろ!」
彼が眉を吊り上げて言うと、テルミ先生がむっとしたように口を開く。
「誰、この子」
「学長の血縁者だそうです」
わたしが答えると、もともときつめの先生の目がつりあがる。
「いい、坊や。年上に対する口の利き方を覚えなさい」
「口うるさいよ、おばさん」
「お、おばっ――」
禁句だろう、それは。
そう思いながらも、わたしの目は箱の蓋の部分に釘付けだった。
くぼみの中のパネルには、自然の事物を模したような文字。
――ははーん、これを正しく並べろというわけか。
「お前らなんかに、解けるもんか」
挑発的に言いながら、彼は壁際に避ける。一応、わたしたちの挑戦を見守るつもりらしい。
わたしたちっていうか、道化師さんの。
「『すべてを囲むものこそすべての囲いを打ち砕く』、か」
箱の前面に、文字が連ねてあった。それを読み上げて、道化師さんは腕を組む。
もうすでに、何人もの挑戦者が箱を開けようとしたのだろう。箱全体が綺麗に磨かれてるし、力づくで開けようとしたらしい、板を擦ったような痕もあった。それでも無理ということは、やはり謎を解くほかにないということか。
「すべてを囲うもの、を表現すればよいのだろうが……」
「すべてを囲うもの……空?」
パネルをじっくり観察してみる。絵柄は四種類。波、木、太陽、風を表わしているようだ。
わたしはそのうちの一枚を手にとって、あちこちから眺めてみた。手のひらにすっぽり収まるくらいの、正方形の石の板だ。片方の四角い面に模様が刻まれているほかに、細工は何もない。
「四種類が三つずつじゃ、一種類でほかを囲むことなんてできないし」
下に波、上に木、その上に風、さらに上に太陽とか……は、もう誰かがやっているだろう。まったく思いつかない。
「それみろ、できないじゃないか」
後ろで馬鹿にするパルくんに、テルミ先生はイラついた様子でにらみを利かせるが、わたしは、煽られると、余計にやってやる、という気になる。とはいえ、考えても一向に閃かないことに、少し悶々としてくるのも確か。
「こういうものは、発想の転換が重要なんだ。あり得なそうな、それでいて、わかってみれば他愛のない答の場合が多い。すべての模様を使うとは限らないし、上下左右も関係するかもしれない」
道化師さんのことばに、わたしはパネルを全部取ってみた。
「とりあえず、一枚ずつ真ん中においてみたら?」
と、先生が言うのでやってみるが、持ち上げようとしても、箱の蓋はビクともしない。
「真ん中を空けるのもありえるが、それでは並びを考えると、きりがないな」
とりあえず真ん中空けで適当に並べるが、それでも開かない。やっぱり、並びも関係あるのか。
こういうちまちましたことをやってると、やっぱり、苛々してくる。
「逆に、模様は、実は関係ないというのもあり得るかもしれないな……」
それを聞きながら、わたしはほとんど投げ遣りになっていた。
パネルを、全部裏返しにしてはめる。
と、蓋の下のわずかな隙間に指を入れてみると。
「……あれ?」
意外に軽く、蓋が持ち上がる。
「開いたっ!」
わたしの左右から覗き込むテルミ先生に道化師さん、それにパルくんも思わず駆け寄って顔をのり出してきている。
果たして、伝説の杖とやらは、どんなものなのか――
興味津々で箱の中を覗くと、余りに予想外の姿が横たわっているのが見えた。
柄は数十センチで、金と銀の帯の螺旋。その先に赤い宝石が飾り付けられ、金色の蝶が包むように舞う。さらに、青やピンクの線が星型を模した形を描き、リボンが巻きつけられている。
杖というより、魔法少女物のアニメで見かけるような、いわゆるステッキだ。
「か、可愛くはあるけど……お洒落じゃないわね」
覗き込んだときの勢いとは逆に、一気に身を引くテルミ先生。
そして、その横で。
「ま、まあ、良かったじゃないか、アイ。きみの手柄だ」
「いいえぇ、謎を解いたのは道化師さんですよ、どうぞどうぞ」
「わたしは杖は持たない主義だ。それに、蓋を開けたのはきみだろう」
「わたしみたいな初心者には荷が重すぎますよ、伝説の杖はやっぱり、それこそ道化師さんみたいな伝説級の魔術師が持たなきゃ。ちょっと似合いそうだし」
「似合いそうとか言うなっ! それを言うなら、これはあきらかに女性か子ども向けだろう」
伝説の杖の押し付け合いをするわたしと道化師さん。
これをどうおさめるべきか、絶対杖は欲しくない――と考えるわたしの目に、じっと杖を見下ろしている少年の姿が映る。
「そうだ、パルくん、この杖、もらってくれない?」
試しに持ちかけてみると、彼は目を輝かせる。
「いいのか? ……くれるなら、も、もらってやってもいいぞ」
喜びの笑顔を見せたあと、すぐにプイと横を向く。相変わらず、素直じゃないなあ。
でも、彼が杖をもらってくれるというのなら、わたしたちには好都合だ。
「どうぞどうぞ」
――こうして、何の伝説に登場するのかよくわからない伝説の杖は、パルトゥース・シヴァルドの手に渡ったのだった。
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