エルトリア探訪日記

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・2007年7月11日:第6話 恐怖! 古城に彷徨う少女の霊PART1(上)
・2007年7月11日:第6話 恐怖! 古城に彷徨う少女の霊PART1(下)


第6話 恐怖! 古城に彷徨う少女の霊PART1(上)

 話は、昨日にさかのぼる。
 昨日は、建物の外で初めての実技の授業があった。と言っても、基礎魔術実技の最初だけに、一番簡単な、人差し指の先に小さな光を灯す〈マピュラ〉という魔法の実技だ。
 初めて見る実技担当の先生は、アキュリア・テルミという、ちょっときつそうな感じの、美人魔術師だった。彼女がテキパキと、魔法の注意点などを教えてくれる。
 光を扱う授業のためだいぶ遅い時間に始められ、空は周囲は薄暗くなっていた。でも、あれは見間違えじゃない。
 ふと古城に目をやったわたしは、窓に銀色の輝きを見た。小さくて顔は良くわからないけど、わずかに光を反射する銀髪、そして、その姿がだいぶ身長の小さな人物のものであることはわかる。
 ――子ども? マリーエちゃんはこっちにいるし、学生さんにあんな小さな子がいるとは思えないけど……。
「アイさん、話、聞いてる?」
「は、はいっ」
 急にきつい声が飛んできて、思わずそう返事をしてしまう。
「それじゃ、あんた、次やってみて」
 振られて一瞬焦るものの、基礎的な魔法の使い方は予習しているし、こっそり練習したりもしていた。上の空ながら、何とか指先に光を灯すことができた。
 でも、心の中は、喜びとか安心とかではなく、さっきの窓の光景に捕らわれている。
 ――あれが、噂の少女の幽霊……? 別棟じゃなくて、こっちで見かけた人ってのはいたんだろうか。道化師さんが夢魔かもしれないとか言ってたのも覚えてる。
「どうかしたの、ぼーっとして」
 授業が終わっても窓を眺めたままのわたしに、レンくんが声をかけてくる。
「いや、べつに……レンくん、この研究所で一般の人の子どもの姿って見たことある?」
 わたしが知らないだけで、わりと良くある――とまではいかなくても、例のあることなのかもしれない。
 道化師さんの話じゃそれは滅多になさそうだし、けっこうあちこち動き回ってるわたしが知らないのに、レンくんがそういうことを見たり聞いたりしてる、ってのも望み薄そうだけど。
「一般の人は見たことないなあ。住み込みでここで働いてる人はいるようだけど、そういう人なら格好でわかるし、子ども連れっていうのは……。それで、それがどうしたの?」
「いや、ちょっと聞いてみただけだから」
 あはは、と無駄な笑いを付け加えて、わたしは逃げるように建物に駆け入った。
 あれが何かの見間違いだったとは思えない。でも、それをレンくんに言ったところでしょうがない。無駄に怖がらせるだけかもしれないし。
 でも、誰かに話したいのも確かだった。
 この話をするには道化師さんが適任な気がするが、外にもいなかったし、その辺を眺めても見つからないので、どうしようもない。
 一番話をしやすい相手はビストリカだけど、この件についてはあまり関係なさそうだし、とりあえず、食堂で夕食をさっさととったあと、部屋に置いておいた鞄を手にして、すぐ捕まえられる備え役のところに行ってみる。
「どうした、わんが怪しい動きをしていないか見張りに来たかい」
 陽も沈み、だいぶ暗い空の下、物見台に、常に周囲を見通す浴衣姿がある。
 備え役は、主にこの人の笛で異変を知る。何か大きなことがあれば、その情報は必ず知っているはずだ。
「そんなことはなですよー。ただ、女の子との幽霊の件が気になってるだけで」
「幽霊……あれかい。ここしばらく、何も騒動はないがね」
 四楼儀さんは身を起こして、物見台の縁に背中を預ける。
「夢魔の恐れもあると心配する向きもあったものの、別棟も静かなものだよ。このまま収束するんじゃないかねえ」
 わたしは悟っている。それが、はかない願望であることを。
 そもそも、何でわたしはそんなことを訊くのか――と、彼も思い至ったらしい。さらに、表情でも読み取ったのか。
「……おんし、何か見たのかね?」
 いつもは怠惰に半分閉じられた目に、少し鋭さが加わる。
「ただの見間違いかもしれないけど、ついさっき、窓に子どもの顔が見えてさ」
 内心は見間違いなんかじゃないと思ってるけど、やっぱり他人にはっきり断言するには自信がない。
「では、幽霊は別棟からこちらに移動してきたというわけかね。だとしたら、お主がこっちでの目撃者一号だ」
「じゃ、気のせいかなあ……」
「それは、これから次第だろう。また、今度はこちらで騒動が起こるやもしれんし」
 その騒動が、このときすでに目前まで迫っている――なんてことには、このときは当然、誰も気がついていなかった。

 物見台をあとにすると、わたしは医務室のドアを開ける。ビストリカとお茶がてら、幽霊の話をまとめておきたかった。
「ビストリカ――」
 声をかけて医務室の中へ入るなり、そこに、見覚えのある、でも見慣れない姿を見つけて、一瞬口ごもる。
 ビストリカ、それに今日の医療係の学生さん、銀髪を短く刈り込んだシエナさんのほかにカップを手にしているのは、ウェーブのかかった長い茶色の髪に、キツめの目の若い女性。
「あら、遅かったじゃない。いつも夕食前には来るって聞いてたけど」
「はあ……ちょっと用事がありまして」
 わたしが近くのベッドに腰かけると、シエナさんが手早くカップにお茶を入れ、渡してくれる。今日のお茶請けは何処から用意して来たのか、木の実のジャムが入ったお饅頭だった。
「そう言えば、さっき、授業中に何を見てたの?」
 テルミ教授は、冷めかけたお茶を一口すすり、こっちに目を向ける。よそ見していたのは、しっかり気づかれていたらしい。
 それにしても……素直に言うべきかどうか、言うとしてどう説明すればよいのやら。
 ビストリカだけが相手なら、素直にありのままを言えばいいだけだけれど、相手がどういう反応をするのか予想がつかないと迷う。
 まあ、ここは少し、お茶を濁しておくか――というのが、わたしが出した結論だった。
「ああ、窓から、見たことのない子どもの顔が見えた気がしたもので。たぶん気のせいなんでしょうけど」
 できるだけ何でもないことに見せかけたような、軽い調子で言ったつもりだった……のに、三人の表情は凍りつく。
「そ、それって銀髪の……」
 普段別棟で過ごしてるシエナさんは当然、あのウワサのことも知っているのか。顔を強張らせて訊いてくる。
「ええ、銀髪でしたけど……」
「ちょ、ちょっとそれって、例のウワサの……」
「そうとしか思えませんよね……」
 顔を見合わせる三人。
 女の子の幽霊出没事件って、そんな有名になってたのか……。
 でも、考えてみれば、別棟にも教えに行く先生たちと別棟で暮らす学生さんなんだから、こっちの地球人たちと違って、耳に入って当たり前か。
 ビストリカが少し必死にすら思える表情で、ひっしとテルミ先生の手を取った。
「アキュリアさん、わたくし、今夜は遅くまでここにいないといけないんです。一緒にいてくれません?」
「う、うん、あたしも今から一人で戻るのもちょっと怖いし」
 すでに、窓の外は闇に染まっている。曇っているのか、星の輝きも月明かりさえも見えない。
 夜の古城は、通路の壁揺れるローソクの火も頼りなく、幽霊の噂話がなかったとしたってちょっと不気味だ。
「シエナさんは別棟ですから仕方ないとしても……アイちゃんも、もう少しここにいてくれませんか? 部屋に戻るときは、二人で送っていきますから」
「わたしはべつに、かまわないけど……」
 医務室にいるよりむしろ、わたしの部屋のほうが孤立してるし、幽霊とか出そうで怖い。とはいえ、あんまりそういうのを怖がる性質でもないんだけれど。

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第6話 恐怖! 古城に彷徨う少女の霊PART1(下)

 それにしても……意識してしまうと、よけいにこの古城の夜が不気味に感じられる。
 別棟に帰るシエナさんを外まで送り、また医務室に戻ってくると、わたしとビストリカ、テルミ先生は、好きな本のことや、最近の魔法やそれに関わる道具について話していた。もちろん、魔法関連じゃわたしはほとんど聞き手だけど。
 そういえば、例の黒い小袋入り『英知の砂』については、ビストリカから聞いていた。一時的に魔力を高める薬だという。ちゃんと中身も確認してもらったので、実は妙な効果を発揮する毒でした、なんてことはない。
 まあ、今のところ使い道がないので、しっかり袋の口をしまって鞄の内側のポケットに突っ込んだままなんだけど。
「それにしても、なんで幽霊なんかが出るようになったのかしら。ここ古いんだから、昔の住人が最近になって出始めたってのもおかしいわよね」
 新しいお茶をティーポットからカップに注ぎながら、テルミ先生が話のつなぎにそうぼやいた。
「確かに、何かきっかけでもないと、こういう騒動って起きないでしょうね。備え役の人たちの話じゃ、わたしたちがこっちに来てから数日後、最初の目撃情報があったそうですけど」
 わたしたち地球人がやってきたのがきっかけだとすると――実はもう一人召喚された女の子がいたとか、あるいは、幽霊も一緒に召喚されて来た……とか?
 いくらでも想像力を働かせることはできるけれど、それが何度も目撃されたあと、いまさらこっちにやって来るってのも――。
 あれ? そういえば、わたしが見かけた銀髪の男の子ってどうだったんだっけ?
 わたしが今日見たのは、彼だったんだろうか。しかし、一般人がここにいるのもおかしいはずだし……。
「わたしたち地球人がこっちの世界に来たころの混乱をついて、誰か町の子どもが紛れ込んで夜に徘徊している……とか」
 一番現実的な予想は、そんなところか。
 わたしのことばに、しかし二人は、あまり肯定的ではなさそうな顔をする。
「幽霊じゃないっていうなら、怖くないんだけどねえ……」
「でも、別棟で幽霊を見た人たちの話じゃ、目の前で姿が消えたとか、宙に浮いていたのを見たそうですよ」
「うーん……わたしたちが来て数日後あたりに、何か特別なことはなかったの?」
 町の子どもとの見間違え説は完全に否定された。打つ手なしの状況じゃ、推理するには新しい情報が必要だ。
「特別なことですかー……」
 ビストリカは腕を組み、目を閉じて考え込む。
「あなたたちが来たのが物凄く特別な出来事だったから、ちょっとやそっと変わったことがあっても、忘れてるのよね」
 同じく、天井の隅辺りに目をやって当時の記憶を思い出そうとしながら、テルミ先生が肩をすくめる。
 確かに、大きな事件があると、小さな『変わったこと』の印象は薄れるものだ。でも、そこが怪しいかも。
 やがて、ビストリカが口を開く。
「今までにも何度かあったことですし、特別と言っていいのかわかりませんが……あのころ丁度、東の塔の地下が開かれたんですよね」
「地下が開かれた……?」
「塔やお城の地下もそうですけど、お城のもともとの持ち主が残していった荷物を詰め込んだまま、開かずの間になっている部屋があるんです。それを解放して、お掃除とか荷物の整理をするんですよ」
 開かずの間って……怪し過ぎ。
「ああ、ときどき、荷物からいい物が出てくるのよね。この指輪、北の塔から出てきた荷物を分けるときに抽選で引き当てたの」
 と、テルミ先生がルビーに似た宝石がついた指輪を見せる。
「年代物の葡萄酒とか、漬物とか、当時の地図や芸術品、本や魔法の品物まで……ここの元の持ち主ってロクな死に方じゃなかったって聞いたけど、趣味は良かったみたいよ」
「でも、その部屋が問題なんじゃ……」
「幽霊が閉じ込められてたってわけ? 部屋の開放の際は備え役の人たちがいつも見てるけど、そんな気配はなかったそうよ」
「普通の幽霊ならそうかもしれないけど……」
 熟練した魔術師が一体何処まで気配を感じ取れるのか知らないが、幽霊の気配と夢魔の気配は違うかもしれない。
 でも、これ、言っていいのかな? いや、言うのがダメならそもそもわたしにも言わないだろう。
「夢魔だったらわかるものなんですか?」
 意を決して口に出してしまうと、相手は驚いたように目を見開く。
「夢魔って……あんた、ほんと妙なこと知ってるわねー。確かに、人に紛れ込むのが上手い夢魔なら厄介ね。中には、まったく気配を悟らせないヤツもいるそうだし」
「その可能性もあるってことですね……」
 ビストリカが言って、カップを傾け、一息ついた。
 話し声が途切れると、辺りは不気味なくらい静かだ。
 もう、わたしを除く地球人や多くの先生方は自分の部屋に戻り、食堂のおばちゃんやお手伝いの人たちもとっくに家に帰っているころだろう。
 この建物内で、起きて動いている者はかなり少ないはず。
 押し潰されそうなほどの沈黙に耐え切れなくなったように、テルミ先生がわざとらしく咳払いをする。
「ああ、どうせだから、今日はここに泊まっちゃおうかしら。これから怪我人が出ないことが条件だろうけど」
「たまに、ベッドの感触を確かめるのもいいかもしれませんね……」
 ビストリカも、少し眠たそうだ。
 わたしはどこか緊張しているのか、目が冴えていた。たとえ柔らかいベッドの中に入ろうとも、すぐには眠れそうもない。
「今日から毎晩、こういう状況が続くんですよね……わたくし、少々不安です。わたくしが不安がっていても仕方がないのでしょうけど……」
 そうだ、いつ騒ぎが起きるのかなんてわからない。幽霊に怯える者は、いつ幽霊が出るのか、今日からずっとそれに怯えて過ごさなければならなくなる。
 まあ、知らなければ怯えることもない。今のところ、わたしを除いた地球人たちは幽霊騒動についてもほとんど知らなそうだし。
「つまりそれは、幽霊なんて、滅多に出てくるものじゃないってことでもあるでしょ」
 我ながら気休めじみたことを言って、ベッドの上に上体を倒す。
 退屈だ。
 頭の中にその感覚が生まれた辺りで、わたしは、その退屈な時間の中にはなかった刺激に気がついた。
 目を向けると、ビストリカとテルミ先生も気がついたらしい。
 近付いてくる、カツカツという高い靴音。位置関係から言って、医務室の前にやって来る者は、どこかへ行く途中ではなく、医務室そのものが目的であることがほとんどだ。
 誰かがここへやって来る。
「どなた、でしょうね……?」
 ビストリカの声にも、緊張の色が見える。
「だ、大丈夫よ。何が来たって、あたしが受けて立ってやるから」
 テルミ先生のほうはなぜか、壁の隅に立てかけたあったホウキを手にかまえた。
「こんな夜中にうろつくヤツなんて、ろくな相手じゃないに決まってるわ。幽霊であろうと、なかろうと」
 ことばは勇ましいが、足が震えてるのは武者震いなんだろうか。
「……幽霊でなければいいけど」
 ぼそっと付け加えて、木製のドアに忍び寄る。
 わたしも鞄を両手にしっかり抱え、彼女のそばへ。
 足音は、どんどん大きくなってくる。あきらかに、こちらをめざして。
 やがて、気配はドアの前へ――。


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