エルトリア探訪日記

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・2008年04月11日:第30話 混沌呼ぶ使者(上)
・2008年04月11日:第30話 混沌呼ぶ使者(下)


第30話 混沌呼ぶ使者(上)

 それがやって来たのは、早朝のことだった。気がついたのは、いつでも早起きの道化師さん。
「どうやら、使者がルルークに着いたようだ。市場で必要な物をそろえてから合流するそうだが」
 白い小鳥に姿を変えていた紙の文章を読んで、彼は起きて来たみんなを見回す。
 みんなって、ひとりだけ姿が見えないけど。
「なあ、オレたちも市場に行ってみようぜ。買い物してるなら、荷物持ちくらい必要だろ」
 ヴィーランドさんは、もう身体を動かしたくて仕方ないらしい。
 そんな彼も、再会したときにはずい分疲れ切っていたんだけれど。
 彼らがどんな経緯でルルークにたどり着いたのか、詳しい話はもう聞いている。助けた少年を送り届けに横道に逸れ、小さな村を訪れたところ、川の氾濫で村の食糧庫の大半が水に浸かって多くの食べ物が駄目になり、手持ちの食べ物を分けてあげたり、無事な食糧を運ぶのを手伝ったり……親切ゆえに、大変だったようだ。
 四楼儀さんは役立たず……ではなく、彼の魔法がかなり手助けになっていたらしい。意外だ。
「馬車の準備もある。早めに打ち合わせをしておいたほうがいい。わたしも行こう」
「わたしも行きます」
 と、わざわざ宣言することもない。結局、起きて来ない四楼儀さんを除く全員で市場に行くことになる。四楼儀さんには、やって来た伝令魔法の紙にメモを残していくことにする。
 ここからの旅に必要な買い物は、わたしと道化師さんで済ませていた。これは本当に、アクセル・スレイヴァの使者に会いに行くためだけの行動だ。
 そう言えば、わたしと道化師さんのここまでの道のりについては、道化師さんが説明していた。彼がリダの村の孤児院出身であることも。まあ、かいつまんだ説明だったから、わたしが見た――と思う、彼の葛藤とかは、聞いているみんなにはわからなかっただろうけど。
 そして、ビストリカの驚きの表情の意味も、知っているのはわたしと本人だけ。
 で、警備隊のほうはというと。
 みんなで街を歩いていると、ちらほらとその制服姿を見かける。でも、こちらを一瞥するくらいで、それ以上接触してこない。何かわたしたちに触れないほうがいいと判断する情報でもあったのか、単に魔術師が連れ立って歩いているのが怖いだけなのか、理由は判断しかねるけれど。
 わたしたちは間もなく、様々な店の並ぶ市場につく。露店は入れ替わりが激しいらしく、わたしが最初に来たときとはけっこう商品も商売人の顔ぶれも変わっている。
 銘創館には、再度訪れてみた。リダで出会った商人とその奥さんが、満足そうに、あのニコマークを展示していた。あれから、ニコマークを一目見たいというお客さんがたくさん訪れ、ますます商売繁盛しそうだ、と喜んでいた。
 あれの正体を知るわたしからするとちょっと複雑なものはあるが、丸く収まってるんだから、まあ、いいだろうという感じ。
 ところで、銘創館も繁盛しているけれど、その向かいにも大きなお店がある。銘創館は木造だけれど、〈旅の羅針盤店〉というこっちの店は白い大きなテントにいくつかの店が入っている、地球で言うところのデパートのようになっていて、その名の通り、旅や屋外で使うような商品を取り揃えていた。
「買い物するとしたら、あっちだな。オレも、新しい釣り道具を見てみたいしなー」
 どちらかと言えば後者メインに聞こえるジョーディさんのことばではあるけれど、言ってることはその通りなので、旅の羅針盤店に向かう。もともと旅人が出入りする町だけに、テントの出入り口周辺だけでも、かなりの人込みだ。
「なあ、こんな人の山の中から、アクセル・スレイヴァの使者ってのを見つけ出せるのか……?」
 ヴィーランドさんの疑問はごもっとも。そういえば、わたしたち、まだ使者がどんな人なのかも、全然知らない。
「アクセル・スレイヴァの者は、その紋章を身につけている。それに、近づけば向こうが気がつくだろう」
「それもそうですね……」
 思わず笑いながら、納得する。
 道化師さんは言わずもがな、ジョーディさんはトカゲ人間だし、ビストリカもあきらかに魔術師だし、自分じゃ普通に思えるわたしの服だって、こっちじゃ珍しいようだし。きっとヴィーランドさんもわたしと似たようなもんだろう。
「だったらわざわざ捜さなくても、ここらで待ってりゃいいんじゃないか?」
 と、ヴィーランドさん。
「でも、ちょっとどんな物が売っているのかも見てみたいですし……」
「オレは釣り道具が見たくてなあ」
 ビストリカとジョーディさんが、ほぼ同時に言った。
 わたしも、この店は初めてだし、商品を眺めてみたい。お金も充分あることだし。
 即席オークションでせしめた二万二千レアルのことは、みんなに話してある。旅の準備に半分ほど使ったが、『あとは適当にアイが自分で判断して使えばいい』という感じのことを言われていた。
 この先何があるかわからないし、そんなに金を使う当てもないけれど、ちょっとくらい自分のために使ってもバチは当たらないはず。
「では、わたしがここで待っていよう。そのほうが目印になりやすいだろう?」
 自分が一番目立つことを大いに自覚してらっしゃる道化師さんが、店の正面脇にある、低いベンチに腰を下ろす。
「オレも待ってるよ。窮屈なのは得意じゃないし」
 ヴィーランドさんは、店内の込み具合を想像してうんざりしている様子。
「じゃ、頼みますね」
 店に入るのはわたしとビストリカ、それにジョーディさん。
 ――そういや、四楼儀さん、そろそろ起きたかなあ。
 心の片隅で、一応、ちょっとだけいない人のことを気にしながら、二手に分かれる。わたしとビストリカは装身具売り場へ。ジョーディさんはもちろん、釣具売り場へ行くんだろう。
 店内はやっぱり、たくさんの人でごった返している。壁代わりの木箱の山で仕切られているものの、天井近くは空いているので、全体の賑わいがうるさいくらいに響いてくる。
 何か買いたい物があるわけではなく、わたしはただ漠然と、何かいい物ないかなあ、と眺めていた。
 でも、ビストリカはわたしとは違ったらしい。
「ねえ、アイちゃん。これ、可愛いと思いません?」
 彼女が手にしていたのは、綺麗な青や赤、緑の羽根を束ねて作られた、小さな鳥の人形つきのキーホルダーのようなもの。
 リビート先生の講義で聞いたけれど、幸運をもたらすとされているお守りのひとつで、旅人が縁起を担いで荷物に着けて行くことも多いという。
 この店の客にも旅装の人が多いけれど、似たようなお守りをリュックやベルトにつけている人が多いようだった。
「そうだね。そういう縁起を担ぐのもいいものだし」
「わたくしたちの分も欲しいとは思うのですけれど……」
 彼女は一呼吸置いて、こちらを見た。いつになく真剣な、澄んだ水色の目。
「あの……わたくし、マユカちゃんにお礼がしたいんです。あの子が喜ぶようなプレゼントがあればいいのですけど……」
 ――そうか。ビストリカらしいな。
 でも、あのハンカチは、もともと彼女がビストリカへのお礼としてくれたものだ。プレゼントを返すのに、そんなに悩む必要はないだろう。
「マユカちゃんは、ビストリカにたくさん勇気付けられたお礼にハンカチをくれたんだし、なんだって喜ぶと思うよ。それこそ、お礼の手紙一通だっていいと思う」
「……でも、わたくしもマユカちゃんに勇気をもらいました。だから、是非お礼がしたいんです」
 一瞬目を見開いたあと、彼女はいつもの、穏やかなほほ笑みを顔に浮かべて言う。
「わたくしはあの孤児院で育ちました……十歳まででしたけれど。十歳のころ地元の老夫婦に引き取られて、その直後、孤児院と周囲の家が火事になったんです。たくさんの子どもたちが死にました。本当はわたくしも、同じ運命を辿っていたのかもしれません」
 滑らかで穏やかで、まるで普通の世間話をしているような口調だったけれど、内容は衝撃だった。
 今まで家族のように暮らしていた人たちを一気に失って、自分だけ助かったような状況で。優しいビストリカにとって、どれほど残酷だっただろう。
 でも、ちょっと嬉しかった。話してくれて。
「あの孤児院に行くのが、怖かった時期もありました。でも、マユカちゃんのような、強く明るく生きている子どもたちと触れ合って、過去を悔いたり嘆いたりするより、今ある命を大事にしようって思えたんです」
 そう思えるようになるまで、ビストリカにも色々葛藤があったんだろうなあ。それを乗り越えてきた彼女は強いと思う。
 だからって、最近やっと孤児院を訪れることができた道化師さんが弱いとは思わないけれど。彼とビストリカでは、事情が違う。そこで生きている人を見ることができるようになるまでが難しいんだ、きっと。
 ともかく、わたしはこのとき、ちょっと感動していた。

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第30話 混沌呼ぶ使者(下)

「……そっか。強いね、ビストリカ。マユカちゃんたちが強くて明るいのには、きっと、ビストリカの影響もあるんだよ」
「そ、そんなことは……」
「ねえ、二人でプレゼント、選ぼうか。お金はわたしが出すよ」
 照れ臭そうに頬を染めるビストリカに、そう提案する。彼女も今のわたしが無駄にお金持ちなのを知っているので、最初は遠慮していたものの、すぐに賛成してくれた。
 二人で、細々とした物を眺める。本当はちゃんとしたアクセサリー屋さんとかを回ったほうがいい物が手に入りそうだけれど、みんなを待たせてそこまで本筋から逸れるのは気が引けた。
 それにしても、どんなプレゼントがいいんだろう。実用的な物で、可愛い物だといいんだけれど。
 そんな話をしていると、背後から覚えのない声がかかる。
「誰かへのプレゼントをお捜しかしら?」
 振り返ったそこにいるのは、淡い茶色の長髪の、グラマラスな美女だった。薄手のクリーム色のコートを着て、大荷物を抱えている。
「話からして、相手は小さな女の子ね。その子、髪は短い? それとも、長い?」
 ちょっと驚きながら、わたしは思わず、素直に答える。
「肩の下、くらいはあったかなと……」
「それじゃあ、オススメはこの辺ね」
 と、彼女が右手で示した辺りにあるのは、髪飾りや結い紐の棚。確かに、こういう物なら、実用的で可愛いし、いいかも。
「ありがとうございます。何を買おうか、迷ってしまいまして」
「どういたしまして。それと……」
 ビストリカに笑顔を返してから、彼女はこっちを向いた。別の棚から、商品のひとつを手に取る。
「あなたには、こういうのがあったほうが安全じゃない?」
 そう言って広げて見せたのは、革のベルト。黒地で、白い糸で波のような刺繍がしてある。腰にするようなベルトではなく、両端に、開閉可能なリングがついていた。
「こういう場所を訪れるのは、今回が最後ってわけじゃあないでしょう? それなら、鞄につけといたほうがいいわよ。人込みの中じゃ、ひったくりやスリなんかがいることもあるから」
 なるほど、そういうことか。鞄で片手が塞がって不便なこともあるし、引ったくりに遭わないとも限らないから、買っといて損はない。
 でも、次の一瞬、夢魔に襲われたときに殴れなくなるかなあ、という危惧を抱くが、眺めのベルトか、着脱が速くできるようなのを選べばいい、ということで解決。
「それじゃあ、それも買いましょうか。……ええと、お姉さんも、旅の準備とか?」
 彼女の背負う荷物には、保存食やロープなど、旅に必要な物が多く見られる。
 わたしの問いかけに、彼女はいたずらっぽくほほ笑んだ。
「そう、旅の準備。あなたたちと、これから一緒に旅立つ準備よ」
 ――え?
 あっけに取られるわたしたちの前で、彼女は、コートの袖をめくる。そこにあるのは、アクセル・スレイヴァの紋章が彫り込まれた腕輪。
 この人が……アクセル・スレイヴァの使者?
「わたしは、アウレリア・ミスバーン。アクセル・スレイヴァから、あなたたちをサビキの水陰柱へ案内するために任命されたの」
 まだ事態が完全には飲み込めないわたしたちに、彼女はにっこり笑って見せた。

 結局、マユカちゃんには可愛いデザインの結い紐をビストリカの手紙につけて送ることにして、わたしは、シンプルなベルトを買った。ボタンひとつで着脱自在のスグレ物だ。
「あなたたちに会えて良かったわ。それも、こんな可愛いコたちと一緒に行けるなら、大歓迎よ」
 アウレリアさん――通称リアさんは、陽気で世話好きそうな、気のいいお姉さんという感じだった。
 ――でも、まさか会ったばかりであんな別れ方をするとは。
 店を出て、すでに外にいたジョーディさんと、待っていた道化師さん、ヴィーランドさん、それに……いつの間にかやってきた四楼儀さん。
 その、四楼儀さんがこちらを見た、そのときに運命は決まっていた。
「――あ」
 リアさん、なぜか嬉しそうな表情で声を洩らす。四楼儀さんは悪い方向での驚愕。
「すまない、わんは先に行く。サビキで合流しよう」
 不思議そうに見送るわたしたちの前で、さっと身をひるがえして逃げる四楼儀さんと、それを追うリアさん。
「ゴメンね、わたしは行かなきゃいけないの。サビキの水陰柱の場所はわかるでしょ? それじゃあ、そこで落ち合いましょう」
 言いながら、脚を速め、人込みの中に消えていく。
 その正体を知ったときと同じように、わたしとビストリカは、あっけに取られたまま彼女が去っていくのを見送っていた。

 結局、リアさんとはすぐに別れ、四楼儀さんとも別れたわたしたちは、コートリーで借りたのと同じような馬車を借りて、ルルークを出発した。
 ――一体、なんだったんだろうなあ、あの二人。知り合いだったのは確かみたいだけれど。
 ビストリカたちにも話を聞いてみたけれど、事情を知っている人はいない。『あいつ、あんまり自分のこと話さないからなあ』とは、ジョーディさんの談。
 ともかく、馬車はルルークを出て、東に移動中。ようやく、ほかのみんなのあとを追えそうだなあ。まあ、サビキでさらに用事があるんだけれども。
 わたしは、ルルークで購入しておいた厚い座布団に感謝しながら、馬車の旅を楽しむことにした。


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