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・2007年9月20日:第15話 水霊祭の夜に(上)
・2007年9月20日:第15話 水霊祭の夜に(下)
第15話 水霊祭の夜に(上)
水霊祭。それは、いわゆるお祭の一種らしい。各地で行われる時期が違うそうだけど、エレオーシュでは今日行われ、出店も並ぶ。さすがに、花火はないそうだけれど。
陽が沈みきったあと、わたしたち魔法研究所の地球人たちは、自由にエレオーシュのお祭が行われている辺りに出入りしていいことになった。ちゃんと研究所の人が外へ続く通路にいて、関係ない場所へは出入りできないことになっているという。
ビストリカは、医務室。お祭り見物はできない。それに、テルミ先生も通路の見張りに駆り出されている。
「何か、欲しいものはない? 奢るよ」
昼間のうちに、わたしはそう質問していた。鬼姫さんに渡されたあの一〇〇〇レアルの半分は手付かずのままだ。
「そうねえ……あたしは、〈シュフルベルの実〉がいいわ」
「あ、わたくしも、できればそれがいいです」
と、テルミ先生の提案にビストリカが賛成する。
「普段はエレオーシュでは買えない、とっても美味しいお菓子なんですけれど、お値段がちょっと高めで……。だから、できたらでいいんですけれど」
「じゃあ、それにするよ」
いくら値段が高いったって、お菓子なら高が知れてるだろう。
――という昼間のことを思い返しながら、わたしは一人、出店の並ぶ通りを歩く。一人、と言っても、そこかしこに水色のローブ姿や、見慣れた姿があるんだけれど。
相変わらず足もとには薄く水が流れているし、建物も完全に西洋風だけれど、雰囲気は日本で馴れ親しんだお祭に良く似ていた。花火がない変わりに、魔法の光で綺麗にライトアップされた水陰柱が夜空に浮かび、あちこちでグラスに入った色つきの水が飾られてたり、やっぱり水に関する展示物が多い。
そういうのを眺めながら、とりあえず、〈シュフルベルの実〉という単語を探す。屋台には興味を引くものもあるが、念のため、お土産を買うまではお金を使わないでおく。
やがて、屋台の連なりを半分くらいまで見終わったとき、目的のお店を見つけた。
シュフルベルの実、ひとつ七レアル。見た目は握り拳大のキャンディーのような、左右にねじる白い包装がしてある。
「あの、これ、十個ください」
いくら買えばいいのかわからず、とりあえずそれだけ買うことにする。
すると、店主の白髭を生やしたおじさんはちょっと驚いたように目を見開いた。
「へえ、お金持ちだねえ。誰かに頼まれたのかい?」
「え、ええ、友だちの分もまとめて買ってくるように頼まれてるんです」
何か、お金持ちに見られるのが嫌で、言い訳をする。べつに嘘ではないし。
「まあ、この辺じゃ余り売らないから、けっこう別の街から買いに来たりもするからねえ」
幸い、おじさんは納得顔で紙袋に十個入れてくれる。
それを抱え、わたしはお祭散策を再開。
お祭は、賑わっているところは賑わっているけれど、それだけに、端のほうとか静かなところでは妙な寂しさがある。それもまた独特の雰囲気だ。
これが、ヴィーランドさんやレンくんが一緒だともっとひたすら賑やかなのかもしれないけれど、わざと遅めに出てきたせいか、彼らの姿はない。
何か、一緒だとお土産買いづらいし。わたしが大金を手にしていることは何か不公平な気がして、ほかの地球人には言っていなかった。
その分、寂しいお祭りになっちゃったかなあ、と思いつつ、一休みしようと通りを外れる。
すると、小路に、昼間も見た姿があった。
「あら、お土産買えたみたいね」
テルミ先生は、半透明な素材でできた石垣に腰を下ろしていた。
「わかっていると思うけど、ここから先は行けないわよ。慣れてないと迷うだけだし」
「ええ、一休みしようと思って……たくさん買ったから、ひとつ、ここで食べません?」
と、わたしがシュフルベルの実を取り出すと、彼女もちょっと嬉しそうに受け取る。
「いいわね。贅沢な一休みだわ」
わたしも、それを包み紙から取り出してみた。円形の、モナカかパイのように見えるお菓子が顔を出す。
テルミ先生を横目に、ほぼ同時に一口。すると、ふわっと生地が舌の上で溶け、中の餡が滲み出す。果汁とべたつきのない水飴を合わせたような、甘くて優しい味だった。
「おいしいです」
「あー、久々に食べたわ。ありがとね」
短くことばを交わしてからは、しばらくの間、色とりどりに照らされた水の流れを見ながら、黙ってお菓子を味わう。
――パルくんがいたら、食べさせてあげたかったな。それに、早く、ビストリカにも食べさせたいなあ。
でも、このまますぐに帰るというのももったいない。せめて、端まで祭を見物して帰りたいところだ。
「それじゃ、そろそろ行きます」
「気をつけて。あんまり、遅くならないうちに帰るのよ」
そういや、わたしたちが帰らないうちは先生たちも帰れないし、こんな遅くまで、みんな大変だ。
そう思うと、ちょっとだけ、地球で日常的に会ってた高校の先生たちだって同じような感じで大変だったよなあ、とか思ったりもする。
出店の並ぶ通りに戻って、わたしはとりあえず、お金の心配はないとわかったので買いたいものがあれば買うことにする。
半透明な水筒つきの冷たいジュース。可愛いトッピングがされた焼き菓子。フライドポテトっぽいもの。神経衰弱やダーツのようなゲーム。どれも興味深い。
とりあえずジュースを買ってブラブラしていると、行く手から飛んでくるのはもうだいぶ馴染みのあるやり取り。
「レディ、いずれまたー」
「会わんでいいっ」
左手のハンカチの端を口にして、涙ながらに女の人に右手を振っている青年に、それを引きずるフリスさん――フリスティさん、だけど、本人がそう呼べと言うので、そう呼ぶことにしている。
彼女、家族と別れてしばらく研究所にいるつもりらしい。果たして、あのナンパ男を更正できるのやら。とりあえず、ほかの備え役の人たちとしては、多少シェプルさんが扱いやすくなったと評判みたいだけれど。
彼女はこっちに気づくと、声をかけてくる。
「あ、あんたも来てたの。ネタンには及ばないけど、けっこう、ここの祭もデカイわね。適当に楽しんでおきなさいよ」
ぞんざいな喋り方をするけど、決して悪い人でないことはもうわかっている。
「ええ、けっこー楽しんでますよ。そうだ、これ買い過ぎちゃったから、良かったらもらってください」
右手に婚約者を吊るしたままの彼女は、左手でわたしが差し出したお菓子を受け取ると、少しだけ頬を染める。
「く、くれるの? あ、ありがと。これ、けっこう好きなの」
「だそうですよ、シェプルさん。覚えておいたほうがいいんじゃないですか?」
とわたしが話を振ると、貴族の青年は急に立ち上がり、
「何を言っているんだい、ボクは一度目や耳にしたレディの好みは忘れないよ! それに、スリーサイズもね。フリスのサイズは上から――」
べちゃ。と、ふたたびフリスさんに潰される。
「ま、こいつの処理はわたしが何とかするから」
「お、お疲れさまです……」
わたしはしばらく茫然と、フリスさんと引きずられているシェプルさんを見送っていた。
賑やかで愉快な人たちが去ると、周りはだいぶ静かになる。もう、出店の端が近いし。
どうせなら行けるところまで行こうと、お店の並びを越えて、通りの突き当りまで歩いてみる。
どうやら、そこは小さな公園に続いているらしい。
「――お前も、も少し愛想があれば可愛げも出るんだけどなあ」
「可愛げなど必要あるか」
木々の間から、聞き覚えのある声による会話。そのまま出て行ってみると、木の根元に座る道化師さんと、退屈そうに立っているジョーディさんがこっちを見る。
「よお。もう、祭りは堪能し終えたか?」
そう訊いてくるジョーディさんに、わたしは鞄に吊るしてる水筒や片手に抱えた紙袋を見せる。
「充分楽しみましたよ。まあ、お神輿も花火もないのは残念でしたけど」
「お神輿?」
と訊いてきたのは道化師さん。これを読んでる人は知ってるだろうから割愛するけど、わたしは日本のお祭りについて説明する。エルトリアにも、似たようなものは別のお祭りにはあるらしい。
「祭りの形式も地方によるからな。いずれ、ほかの祭りに遭遇する機会もあるだろうさ」
「楽しみにしておきましょう……と、そうだ。これ、道化師さんにも」
などと言いつつわたしが取りい出したるは、例のお菓子。明らかに買い過ぎて鞄に入らないので減らしたい。
「いいのか? ありがとう」
少し戸惑ってから嬉しそうに受け取る。フリスさんの反応にちょっと似てるかも知れない。
「ジョーディさんも……」
「いや、オレはいい。そういう柔らかい菓子って苦手でなー」
と、ジョーディさんのほうは手を振る。そういう好みって、やっぱり口や舌の構造の違いとかも関係あるのかな。
――残るは六個。もう一個二個減らせば、鞄に詰め込めそうなんだがなー。まあ、その前に抱えてでもとっとと帰ってしまえばいいんだけれど。
「そろそろ帰ったほうがいいだろう。備え役や警備隊の目があるとはいえ、夜中になれば何があるかわからん」
「そうですね」
ここまで歩いてきているうちに、だいぶ夜の闇が濃くなってきている。素直に言うことを聞いて、わたしは帰ることにする。
公園の木々を抜け、適当に研究所方面に足を向けているつもりで、ちょっと狭い小路へ。
お祭りの通りから少し離れたところに出たが、それでも道なりに進めば研究所に辿り着く。
辿り着くはずだった。
第15話 水霊祭の夜に(下)
星明りも強いし、水の明りにも照らし出されているというのに、歩けば歩くほど、見当違いの場所に向かっている気になる。
住宅街らしい場所を歩く。何か、同じところを何度も通っているような。研究所の位置関係はわかっているはずなのに、一向に見えてこない。
――迷った?
通行人に道を聞こうにも、住宅街の大部分はもう眠りについているらしく、道行く人の姿はない。
――ど、どうしてこんなことに?
普通ならあり得ないような選択をする人がいる。本人はごく普通に過ごしているつもりなのだ。それが結果的に、引く可能性の低いクジを引き当てるような……。
わたしはけっこう、そういう性分だと自覚していた。だから、気をつけてたつもりなのに。
もう、引き返しても無駄なこともわかっている。だから、同じ迷うなら前に進んだほうがいい、とか思い込むことにした。内心ちょっと泣きそうだけど。
立ち止まって、ふと空を見上げる。そうだ、水陰柱を目印にすれば、多少は位置関係がわかるかも。
などと思ったところで、肩を叩かれる。
「アイさん、こんなところで何をしてるんです?」
びっくりして、声もなく振り返ると、人の好さそうな教授の顔が覗き込んでいた。
――よ、良かった……。
膝から力が抜けそうになりながら、ほっと息を吐く。
「それがその、迷ってしまいまして……。研究所までの道のりを教えていただけるとありがたいんですけど」
「ああ、それなら、地図を描いてあげるよ」
リビート・ディルスラック教授は、窓から明りの漏れる家を手で示す。
「うち、すぐそこだから」
窓からは、十歳前後の二人の男の子が顔を出していた。
――既婚者らしいことは聞いていたけど、お子さまがいるとは……。
ちょっと驚きながら、わたしは大人しく、ディルスラック家の居間に迎えられた。奥さんは常にほほ笑んでいる綺麗な人で、ほのぼのした家庭を作ってそうだ。
テーブルについて奥さんが出してくれたお茶を一口飲むと、少し落ち着く。同じテーブルについて、こっちをそわそわしながら見ている男の子たちの視線が少々こそばゆいが。
ディルスラック……ではここでは紛らわしいので、リビート先生は、棚から取り出してきた紙に、羽ペンでさっさと地図を描いていく。要点を捉えた、わかりやすい地図だ。
「何だか……手慣れてらっしゃいますね」
「ああ、昔、友人の手伝いをやっていたんです。フレック・スールーという、変わり者だけどそこそこ有名な地質学者で……そこの地図も、彼からもらったんですよ」
先生の言うように、壁に世界地図らしきものが貼られている。エレオーシュがあるマーザ大陸を中央に、別の大陸ひとつに、大きな島ふたつとナントカ諸島がいくつか描かれていた。地球と違い、南極大陸と北極大陸はないらしい。
「変わり者、というと……? 魔術師のかたなんですよね?」
『変わり者』などと聞くと、わたしは好奇心を刺激されてしまう。
「ええ。エルトリア水没の危機を、一般魔術師たちができる範囲内の方法で救えないかどうか、地形学や地質学の分野から探っているんです。サヴァイブの町という、科学の進んだところに住んでるんで、町の人たちも乗り気みたいですね」
科学、か。
日常的に魔法と触れ合っているせいか余り感じないけど、エルトリアもそれなりの科学レベルを持ってると思う。とりあえず、上下水道は完備だし。
「でも、魔法の方が凄いよー」
ふむふむ、とわたしが考えているところに、不意に男の子の声が思考を遮った。
そりゃ、父親は魔術師で魔法研究所の教師だもの。魔法のほうが凄いって思うのは正しい。
――などとほほ笑ましく思っていたのだけれど……。
「今日も、翼のある人たちが北に飛んでったよ。あんな風にビュンビュン飛んで行けるほうが凄い。サヴァイブの飛竜船なんてメじゃないさ」
え……翼のある人? どこかで見たような。
わたしがちょっと不思議がっていると、
「アクセル・スレイヴァの高位師官ですね。北のコートリー辺りで何かあったのか、ここ数日良く見かけます。何か物騒な問題じゃないといいんですけど」
リビート先生が親切に説明してくれる。物騒な事件、がちょっと気になったが、そこは訊かないほうがいいような気がした。
完成した地図をもらって、わたしは早々に先生の家を出ることにする。一家団欒の邪魔しちゃわるいし。
帰り際、ふと思い出して、わたしは例のお菓子をふたつ取り出した。
「お礼と言っては何ですけど……良かったらこれ、食べてください。重いんで減らしたいんです」
「え、いいの? ありがとうございます」
と、奥さんが柔らかなほほ笑みを向けてくる後ろで、子どもたちが目を輝かせている。
「送っていかなくても大丈夫かい?」
「ええ、地図が詳しいんで平気です。ありがとうございました、おやすみなさい」
玄関前まで見送ってくれる先生たちにお礼と別れを告げて、わたしはふたたび、夜闇の中を歩き始めた。
――まだそんなに時間は経ってないと思うけど……捜されてないといいな。
そんな不安を抱きつつも、地図のおかげで心理的余裕はある。これさえあればもう迷わない、って感じだ。
誰かとすれ違うようなこともなく、あと一本道を渡ればお祭りの通りに届く、というところまで来た。
そこで、わたしは近づく気配に気がつく。反射的に振り返ると、そこには。
「あら、あなた、アイちゃんじゃなぁい」
淡い金色の髪から突き出た犬耳に、揺れる尾っぽ。夜闇にこれほど不釣合いな人はそうそういない。
「キューリル先生、この辺に宿を取ってるんでしたっけ……」
「そうなのよー。それで……幻術のほうは、どこまでできるようになったのぉ?」
そう訊いてくる彼女の金色の目が、妖しく細められる。……あの、怖いんですけど。
「どこまで、って……」
説明しかけて、わたしは、実演したほうが早いと思い、呪文を唱え始める。
「〈イーミテッド・ポーマサウザス〉」
ふわっと、夜闇に白いものが浮かび上がった。それはヒラヒラ羽を動かしつつ、周囲を飛び回る。
蝶の幻影。わたしが幻影を出していられるのは、今のところ、せいぜい三〇秒だけど。
蝶が消えると、先生はパチパチと手を叩く。
「凄いじゃなーい! それができれば、ほかにも色々と応用が利くでしょー。それで充分、充分」
満足そうに言うと、わたしの手を引っ張って歩き始める。
「え……? あの、どこへ?」
「お墓」
――はぁ?
何ゆえ、わたしはお墓へ行かなくてはならないのか。地図を見ると、確かに近くに市営の墓地があるらしいが……。
「あたし、聞いちゃったのぉ。一部の学生や地球人たちが、これから肝試しをするんですってぇ。だから、あたしたちで楽しくさせてあげましょーよ」
などといってるうちに、思ったより小さな感じの墓地に入る。白い墓石が並ぶ中央辺りまで入ってキューリル先生が足を止めたところに、地球人が呼ぶところのリンゴが一個、置いてあった。
ははあ、これを取りに来るわけだな。
「まずは、周りの演出ねえ」
キューリル先生が早口で呪文を唱える――さすが、よどみがない。
「〈イーミテッド・カイファーファ〉」
霧の幻術だ。墓地に、不気味な霧が立ち込める……それらしい怖さの演出。
「あとは、相手が来てから考えましょー」
と、わたしたちは大きめの墓の陰に隠れた。
なぜわたしが抵抗せずにいるかというと……ちょっと乗り気だったからだ。肝試しに来る人たちには悪いけど、実力を試したいというのもある。
間もなく、男女二人組の学生さんが姿を現わす。
「リンゴ……どこかな? 早く帰りたいよ」
「大丈夫だって。幽霊なんて出るわけないだろ」
と、男子学生が女学生を慰めていたのだが。
「えいっ」
キューリル先生が足のない女の姿を横切らせると、二人は悲鳴を上げ、男子学生が我先にと逃げ出していく。それを足腰フラフラになりながら追いかける女学生。
――ひでえ。
「こういうときって、本性が出るわよねえ」
とか言ってる先生、目が物凄く怖く楽しそうに輝いてます。
でも、わたしもただ見ているわけじゃない。次々やって来る学生さんや、アンジェラさんにレンくんといった同じ地球人にも、幻術をぶつける。わたしが使える幻術なんて、血痕付の紙や人魂を飛ばすくらいだけど。
「こんなことになるはずないって聞いたけどなあ」
パートナーになった女学生が泣きそうなので、レンくんが少し困ったように言いながら退散していく。
――あー……怖がらせる役の人はいないはずなんだ。そろそろバレないか?
そう思っていると、次にやってきたのは……リフランさんとシエナさん。ここでわたしがやってるとバレたらあとが怖いかも。
「なんか……不気味な雰囲気。ここだけ霧に包まれてるなんて」
と、シエナさん。ちょっと不安そうに見回している。
それに同意しながら、リフランさんは早くリンゴを取ってしまおうと、彼女の手を引いてこっちに向かってくる。
「取らせないわよぅ」
キューリル先生の攻撃。霧の一部が盛り上がり、手のようになってせり出してくる。
リフランさんは少し怯むものの、慌てずに足もとの小石を拾い、投げつけた。
「やっぱり……これは幻術だよ。こういうことをするのは、キューリル先生かな」
うわ、鋭い。
わたしのとなりの先生も、ちょっと悔しそうな表情。
「そっか、幻術か。上手く魔力は隠してあるけど、全然襲ってこないものね」
シエナさんもほっとした様子で、もう霧のバケモノには目もくれず、リフランさんについていく。
漂う人魂も、足のない女の姿にも目もくれない。幻だとバレるとどうしようもない……これが幻術の最大の弱点か。
リフランさんがリンゴを手に取る。キューリル先生が悔し紛れに、リンゴに鋭い牙のある口を開けさせたりするが、リフランさんは一瞬怯んだだけ。
「先生の幻術のおかげで、肝試しとしては楽しかったんじゃないかな」
「そうね。みんなはけっこう怖がってたみたいだけど」
帰り際なんか、笑顔で談笑してたりする。
そして、それを見送ったあと。
「キーッ! 悔しーっ!」
耳を逆立て、地団太を踏むエミール族。
まあ……先生の存在自体が、ヒントになったみたいだからなあ。バレるのもしょうがないかも。
「ああいうカンの鋭い人たちもいますよ。前の組の人たちから、情報もらってるわけだし。とにかく、お疲れさまでした。楽しかったですよ」
そう言って鞄から差し出すは、やっぱりあのお菓子。これで残り三つだけど、それだけあれば充分。
相手は目を丸くすると、急に抱きついてくる。
「ありがとうありがとうアイちゃあぁんっ。あなたは、幻術使いの希望だわっ」
「はぁ……あ、ありがとうございます」
墓場で女二人抱き合ってるのも何だかなあと内心思いながら、そう返しておく。
もう、だいぶ夜も更けている。わたしは宿に戻る先生と別れて、どうにかこうにか、研究所へ帰る学生さんたちに紛れ込むことができた。
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