第二章 光亡き街


  二、夜闇の攻防


 芸術の都、アーモラティスタから離れるようにして、双方はじりじりと間を詰めながら移動した。一歩の踏み込みで武器が届く間合いを探りながらも、戦いの口火を切ったのは、やはりお互いの魔法だった。
「〈マナグラント〉」
「〈レイブリード〉!」
 己のレイピアに魔力を込めるリンファと、ブリザードのような、無数の黒いつぶてを放つシルベット。
「〈マナウォール〉」
 ロイエが結界を張り、闇に溶け入る雪のようなつぶてを相殺した。無数の小さな爆発が半透明な赤い膜の表面で消えると、いくつか、相殺し切れなかった粒が残り、標的に向かっていく。だが、シリスたちは、勢いを失ったそれを軽くかわした。
 ブリザードを追ってシリスに向かっていたシルベットの曲刀が、シリスの槍と組み合わされて高い金属音を響かせる。
 一方、突進するシルベットを隠れ蓑に、シムスは別の角度から攻撃を加える。
「くそっ、やられてたまるか!」
 人間など比べ物にならない凶悪な力を持つとされる、魔族。その魔族が放つ一撃を、ザンベルは歯を食いしばり、相手の武器に劣らないほど大きな剣で受け止める。
「おおっ、なんという腕力! 是非仲間に欲しいものだな」
 シムスは楽しげな表情で感嘆を上げ、息ひとつ乱さず、重そうな斧を振るう。ザンベルとそう変わらない体格だが、その身のこなしの速さでは一枚上手だった。無駄のない、老獪な立ち振る舞いからは、長い戦歴を思わせる。
 一旦跳び退いて間を空けながら、ザンベルは唇をかんだ。
 鍛え抜き、訓練で積み上げた筋力、勘、読み、技、戦闘に必要なその他のもの――それを、魔族だから、という一言で飛び越されてしまうのは屈辱だった。否、実際は、魔族も生まれながらに強いわけではない。彼らが今まで過ごしてきた、封印されていた時期を抜かしても実質数百年もの時間。それこそが、決して跳び越せないはずの実力の差だった。
 舌打ちして、ザンベルは大きく踏み込む。シムスは悠然と待ち受けていた。
 再び、武器が組み合わされる。刃を相手に押し付けようと、力と力が真っ向からぶつかり合う。
 自分の、誇りをかけた部分。
 『力』の勝負には負けられない。ザンベルは剣の柄を握り締め、精神を高めていった。

 一方、シリスとシルベットは、軽く武器を合わせては離れる、というのを繰り返していた。お互い慎重なのか、相手の力量を測るように、間を大きくとっている。
 シルベットは時折魔法を使ったが、リンファやロイエに相殺されてしまうのはわかっているので、ほとんどは牽制のためのものだった。リンファは隙を突こうとレイピアをかまえているが、シルベットは常に誰にも背後を向けないように気を配っている。ロイエのほうは、面倒臭そうにしながらも腰を抜かした少女を守っていた。
「だっ、だめだよ……勝てないよ! に、逃げるしかないって、ねえ……
 動くこともできず、少年魔術師の背後でへたり込んだまま、少女は怯えた声でささやく。
「あんたたち狂ってるよ、勝てるわけないのに」
「その通りだな」
 五、六合打ちかわし、再びシリスから離れたところで、突然シルベットが口を開いた。
「確かに強いが……我々が殺せないほどではない」
 言って、今までとうって変わって、激しく突進する。二本の曲刀をめまぐるしく振るいながら、彼はシリスたちにとって聞き覚えのある呪文を唱えた。
「すべてを飲み込む赤きベールよ、狂おしくのたうち舞い踊る炎の壁よ、その内に捕えしすべての敵を焼き尽くせ」
 術者の腕がよいほど呪文が短くなるのと同時に、魔法に加えられたアレンジなどにより、同じ魔法の呪文でも、内容が微妙に異なってくる。だが、古代語でつづられるそれは、それぞれの魔法の標識となる部分で判別できた。
 シルベットの呪文が完成する直前、ロイエは攻撃用の魔法の呪文を唱えていた。リンファは呪文を唱えていては間に合わないと見て、呪文無しで使える下級防御魔法を放った。
「〈マナウォール〉!」
 赤い光の膜が広がる。だが、それでは力不足であることは、つい昼間、相手と同じ魔法を使ったリンファにはよくわかっている。さらに被害を少なくするため、赤い光を放つ点から逃れるように走る。ロイエを除く三人は。
「ロイエ?」
 シリスが足を止め、微動だにしないロイエを振り向く。考えてみれば、少女を背後にした彼が、この短時間に彼女を引きずって移動することはできないだろう。どうにもならないと思いながら、シリスはそのそばに駆けつけた。
「〈オールバーン〉!」
 シリスが少女のもとに辿り着かないうちに、魔法は解放された。
 そして――同時に、ロイエもまた、完成した魔法を放つ。
「〈アイスバーグ〉!」
 それは、リンファも知らない魔法だった。
 シリスが一瞬感じた、肌が焼け付くような熱風は、冷気にさえぎられた。空気中にキラキラ光るものが集まっていき、それは氷の塊と化すと、一気に巨大な氷山へ成長する。広がりかけていた炎のじゅうたんの上に、透明な触手が伸びた。
「何っ、あなどったか!」
 シルベットがその顔に、初めて表情らしい表情を浮かべた。一方、ロイエはいつもの、どこか鼻につく、得意げでいたずらっぽい笑顔だった。
「集団でたかってくればともかく、たかが中級魔族じゃない。シリスもリンファも、遊んでないで本気出したら?」
 不敵に笑い、少し驚いた様子のシリスとリンファを振り向く。リンファのほうは少年と似たような笑みを浮かべてうなずいた。シリスが返した表情は、困ったような苦笑いである。
「油断するな、シルベット」
「承知している」
 魔族二人は短いことばを交わすと、素早く突進した。今度は、シリスがシムスと、ザンベルがシルベットと斬り結ぶ。ザンベルがシルベットのスピードについていくのは無理があるので、リンファが魔法で援護する。
「やはりあなどっていたか」
 打ち下ろされる斧をうまく受け流し、シリスは鋭い突きを放つ。斬撃は受け止められる可能性が高いので、彼は突きを多用した。当たれば大きいが、斧は剣などに比べると、やはり動作が鈍い。シムスはうまくスキを殺し、フェイントをかけるが、シリスは誘いに乗らず、ひたすら突きを連発した。
「槍を武器にしてずいぶん経つだろう」
 さすがに余裕がなくなってきたものの、シムスは息を乱さずに問う。斧で払った後、すぐに突きに転じ、それをシリスにマントではたかれながらも、バランスは崩さない。
「ああ、かなり経つよ……でも、いいのは腕より槍だけどね」
 一瞬、シリスの優しげなおもてに、残酷なほほ笑みが浮かぶ。彼が放った突きは、軽くかわされていた。彼はそのまま、槍の穂先を相手に向ける。
「デウスよ!」
「ぬ……!」
 封魔槍デウスから、風の刃が放たれた!
 風を切る音は刹那だけ響き、シムスの胸が鎧ごと切り裂かれた。血飛沫がひび割れた鎧と地面を濡らす。
「ぬかったか……
 魔族は言い、一歩、よろめくように足を引いた後、草を散らしながら、どうと音をたてて倒れた。
 シリスはそれを最後まで見届けず、視線を別の方向に動かす。まだ、戦いは終わっていない。
 ザンベルはリンファとロイエからの援護魔法を受け、なんとかシルベットの攻撃をしのいでいた。戦いなれた傭兵は戦法を変え、防戦に回っている。シリスが加勢するのを想定してのことだろう。
 意識を失ったシムスに背を向け、シリスは残る一人に向かって駆け出した。