第一章 フェイヴァニカの遺跡


  八、古代都市の決着


 熟練した魔術師のなかには、独自に魔法を開発する者もいる。ロイエが唱えている呪文も、おそらく彼が作りあげたものだろう。魔力が高い魔術師が独自の魔法を作り出すとしたら、それは自らの限界に挑む強力な魔法である場合が多い。
 それに気づいたセヴァリーが、少年魔術師に向けて雷撃を放つ。
 だが、呪文を唱え続けているロイエを水の膜が包み、電撃を遮った。おそらく、魔封石のような、魔法の力が封じられた道具の効果だろう。
 それを見て、大鎌を振るいながら、セヴァリーは苦笑する。
「なるほど……純水ですか」
 つぶやくと、彼はロイエを守る水の膜の手前で、電撃を弾けさせる。
 青白い電撃は一瞬球体となり、次の瞬間高熱の火花を散らした。急激に熱せられた水の膜は蒸発し、遮るもののなくなった電撃がロイエの身体を駆け抜ける。
……っ!」
 身体の自由を奪われ、彼は倒れこんだ。四肢が痺れていうことをきかない。それでも彼は、立ち上がろうともがいた。
「ロイエ!」
 セヴァリーから間合いを取って、シリスが駆け寄る。セヴァリーは追撃しなかった。
「一時的に動けなくしただけですよ」
 苦笑する〈千年の魔術師〉の横に、ゼピュトルが滑り込んだ。
「並みの冒険者でないことはわかった。わけありのようだな……しかし、一体誰から使命を受けているというのだ?」
 背後を警戒しながら、聖獣はゆっくりとロイエに近づく。ロイエは、シリスに治療魔法をかけてもらっていた。彼は杖を握り締め、警戒した様子で聖獣をにらみつけるが、少しためらった後、素直に質問に答える。
「ぼくの師匠……アートゥレーサさまだよ」
「なるほど、それで……
 そのことばで、シリスとリンファは納得した。
 この遺跡は、女神メヌエを守護神としたものである。アートゥレーサはメヌエの姉の一人だ。悲劇的な最期を迎えた妹が関わる遺跡が新たに発見され、それが魔族に狙われていると聞き、放っては置けなかったのだろう。
 セヴァリーとゼピュトルも、そのことに思い至ったらしい。
「そういうことですか……よく知っていますよ。古代都市スプリルルガは、メヌエを祭っていましたからね」
 セヴァリーの手から光の大鎌が消えた。戦う気はなくなったらしい。
「よいでしょう。古代神の意志が介入しているとなれば、話は別です。それに、あなたたちなら簡単に死ぬことはない。しかし、ここのことを外に洩らされるのは困ります。余計な犠牲者を出したくなければ、誰も近づけないことです」
「それはわかっているわ」
 リンファが言い、剣を鞘に収める。シリスがザンベルを魔法で治療し、それぞれが武器を収めて一箇所に集合する。
「その辺のガレキでも持っていって都合のいい報告を考えましょう。戻るときに結界を張った上で通路を崩して行けば、そうそうなかに侵入されることもない」
「それは任せよう」
 獣らしく前足を舐めて毛づくろいをしていたゼピュトルが、うって変わって知的な目を向ける。
「目的が同じなら、いずれまた会うこともあるでしょう。そのときは、できれば味方でいたいですね」
 セヴァリーはかすかに笑みを浮かべて言うと、聖獣とともに姿を消した。
 
「うふふふふ……今日は好きなもの食べていいわよ。もちろん自腹だけど」
 上機嫌のリンファが、夕食のメニューを吟味しながらそう告げた。
 彼女の機嫌の良さは、ひとえに依頼料がガッポリ入ったことから来ている。遺跡の壁の一部を持って返り、当り障りのない報告とともに、入り口が魔族の襲撃により破壊され、森にガーゴイルが住み着いたので、しばらくは近づかないほうがいいと忠告したのだ。結界の効果も一週間は続くので、しばらくは時間を稼げるだろう。
 報告を終えた彼らは、アーモラティスタ中心街の〈光のステージ〉亭で夕食をとっているところだった。
「ほんと、仕事の後の一杯はうまいな。今日はご馳走だぜ!」
 右手に蒸留酒がなみなみと注がれたカップ、左手にステーキの切れ端を刺したフォークを握り、やはり上機嫌でザンベルが言う。一方そのとなりの席でホットミルクをすすっているロイエは、不満げに他の三人の様子をうかがっている。
「そんなことより、これからどうするの? 結局魔族の目的もわからなかったし、あの遺跡や、あの二人の正体は?」
「それについては、心当たりがある。あのセヴァリーだよ」
 揚げた米団子をフォークに刺し、シリスがロイエの問いかけに応じた。
「彼……四大魔王の一人だね」
 何気ない彼の一言に、ロイエは目を丸くした。
 不老の秘宝の使い道をめぐり、古代神セイリスと大天神ルテが戦い争い、双方の配下として、秘宝のカケラで新たな神と魔族が生まれた。やがてルテ側が勝利し、セルティストはいくつにも分けられ、そのうちのひとつ、魔界に魔族たちが封じられた――後に消魔大戦と呼ばれる戦い。
 だが、封印を免れた者たちもいる。セイリスの配下のなかでも最強と言われた四大魔王のリーダー、セヴァリーもそのなかの一人だ。
「名前まではともかく……それは知ってるよ。実際には戦いに参加しなかったから、力の封印だけで済んだんだよね。なら、あの二人は町を襲撃した連中のことも知ってる可能性が高いな」
 セヴァリーはすぐ離反したとはいえ、セイリスやその部下たちと顔を合うわせたことも多いだろう。それで、大体相手の予測はついているはずである。
「彼らの話だと、あのワープゲートは古代都市スプリルルガに続いているのよね。でも、動力源が必要みたいよ……それを、連中が狙っているとすると……
「動力源って、やっぱりドラゴンブレストでしょう?」
 リンファのことばに、ロイエが付け加える。シリスやリンファも、やはりロイエと同じように予想していた。
 源竜魂――ドラゴンブレストは、世界に三つとないと言われている。ひとつは西の魔法大国、神聖フィアリニア王国の司祭長の神殿に、もうひとつは、パンジーヒア王国のジェッカ総本山に保管されている。また、エスターレの町には、最後の源竜が眠っていると噂されていた。
「フィアリニアの司祭長の部下に知り合いがいるんだけどよ……あの神殿から何かを奪い取れるとは思えねえぜ」
「ぼくも、そう思うよ……
 聖王都トロイゼンに行ったことがあるのか、珍しくザンベルとロイエの意見が合う。
「かと言って、パンジーヒアのジェッカ神殿からっていうのもな……エスターレのほうは、ただの噂かもしれないし……
 シリスが困ったように言い、ココアを一口。
 同じようにハーブティーを口に含み、話を聞いていたリンファが、考え込んでいるシリスとロイエにいたずらっぽい笑みを向け、口を開いた。こういうときの彼女はなにかとんでもないことを思いついていると、シリスは知っている。
「そもそも、あの動力源になったドラゴンブレストはどこへ行ったのかしら? それに、一度あの遺跡に行った者は、いつでも魔法で行けると思うの」
「つまり……連中はすでに手に入れてしまったってこと?」
 そうだとすると、魔族たちの目的は達成されてしまったのかもしれない。
「違うね……そう決まったことじゃない。この件に関わりのない神や魔族の気まぐれかもしれないよ。じゃなきゃ、遺跡の情報を狙う必要もないし」
 シリスのことばに、ロイエが首を振った。動力源を手に入れたのなら、すぐにスプリルルガを支配できているはずだろう。関係者にガーゴイルが差し向けられていることからして、ドラゴンブレストを手にしたい目的がスプリルルガではないというのも考えにくい。
「ってことは、ドラゴンブレストはかなり前に持ち出されていて、まだ連中も見つけていないってことだな」
 納得すると、シリスはサンドウィッチにかじりつく。
「まあまあ、難しいことはそれぐらいにして、ぱーっとやろうぜ」
 ザンベルが手を伸ばして、両隣のシリスとロイエの肩に手をのせた。
「成り行きだけど、オレたちは仲間だ。これからよろしく頼むぜ」
「事件が解決するまでの間だよ」
 ロイエは即座に、嫌そうに言い返す。
 一方、シリスは苦笑しながら言った。
「ああ、よろしく頼むよ」
 ザンベルが注文した料理が、次から次と運ばれてくる。
 アーモラティスタの夜は、まだこれからだった。