第一章 フェイヴァニカの遺跡


  七、追跡者たちの邂逅


 その空間は、広いドームのようになっていた。白い円形の床の中央には、オカラシア大陸の一部で利用されている、いわゆる『ワープゲート』らしい装置がそびえている。床以外は透明な素材でできていて、ライトに照らされた湖の底のほうを透かして見ることができた。
 美しいエメラルドグリーンを背後に、小さな魚たちの群れや、珍しい魚、綺麗な模様の淡水魚など、加えて魚以外の水中生物なども、泳ぎ、行き交っている。それを見上げて、一行はしばらく立ち尽くしていた。
……きっと、上からは見えないようにしてあるんでしょうね。一通り調べたら、一旦戻ってヴァティルさんに報告したほうがいいと思うの」
 我に返ると、リンファは中央の装置に近づいた。シリスたちもそれにならう。
 ワープゲートは、オカラシア大陸の遺跡でよく見かける、人や物を一瞬で離れたところに運ぶことができる装置だ。透明な太い筒に移動させたいものを入れ、周囲の計算装置を操作して動かすものらしい。ただ、今まで知られているワープゲートと違うのは、そばに小さな祭壇のようなものが備付けられていることだ。
「ここに、動力源となる何かをセットするんだな」
 装置を一通り調べた後、シリスは祭壇をのぞき込む。祭壇は中央にくぼみがあり、底から太いパイプが伸びて、透明な太い筒に付属した箱型の装置につながっている。
「この装置にも魔力が込められているね……。やっぱり、魔法文明と科学文明、両方の恩恵を受けた遺物ってことか」
 じっと装置を眺めていたロイエが、納得したように言う。
 古代文字が書かれているわけでもなく、これ以上調べても、詳しいことはわかりそうにない。シリスとリンファは調べるのをあきらめ、顔を上げた。
 それと同時に、室内の気配が微妙に変化していることに気がつく。
「どうした?」
 頭脳労働は任せた、という様子で座り込んでいたザンベルは、そのかすかな異変には気がつかなかったらしい。
 シリスも、気配をかすかに感じただけだ。一瞬、気のせいかもしれない、と思う。
 だが、姿のないまま、次には声が現われた。
「おやおや……気配は隠したはずですが。やはり、普通の人間ではありませんでしたか」
 聞き覚えのない苦笑混じりの声と同時に、その声の主は、気配を隠すのをやめた。
 押し寄せる、怒涛の威圧感と強力な気。
 さらにもうひとつ、別の気配がとなりに生まれる。
……魔族」
 ロイエのつぶやきにも、緊張がはしる。
 彼らの前、壁際に、二つの姿が現われた。
 一人は、銀髪にアメジストの瞳、白い法衣姿だった。短身痩躯の美少年で、外見的にはロイエと同年くらいか。だが、魔族や神の外見はあてにならない。
 もう一人は、人間の姿をしていなかった。
 虎くらいの大きさの、金色の毛をした獣で、耳の後ろに一本ずつ角が生えている。額の真ん中に虹色の玉石があり、大きな目は、知性の光を宿していた。
「あなたたち、ここのことを誰に報告するつもりです? できれば、このことから、すぐに手を引いて欲しいのですが」
 かすかな、独特な笑みを色白な顔に浮かべ、白い法衣の少年が声をかける。
 その様子を観察していたロイエが、何かに思い当たったらしい。
「知ってる……あの銀髪、白い法衣といい、〈千年の魔術師〉セヴァリーと同じだ」
 その名は、シリスとリンファも知っていた。消魔大戦以来、様々な民話伝承に登場する、大魔術師の名前だ。大体が人々を助けて活躍するという役どころで、人気は高い。
 少し前までは想像上の人物だと思われていたが、数十年前から、マドレーア王国の魔術師の塔を住処としているという噂が、まことしやかに流れていた。
 ロイエの解説に、相手は再び苦笑した。
「そんなに有名になっていましたか。やれやれ……名前が売れるというのも、困ったものですね」
「あれだけあちこちで名のっているのだ、当然だろう」
 連れのことばに、獣があきれたように言う。
 彼が人間のことばを話したことにザンベルは仰天したようだが、後の三人には予想がついていた。
 この世界には、高い知能と魔力を持つ、聖獣や魔獣というものが存在する。この金色の獣はおそらく、聖獣と呼ばれるもののほうだろう。
「その正義の大魔術師さまが依頼達成を邪魔してわたしたちの依頼料を奪おうなんて、どういうつもりなの?」
 リンファが平然と、やや偏った見方からの質問を投げかける。
 それに、法衣の少年――〈千年の魔術師〉セヴァリーも、困った様子で答える。
「そういうつもりではないのですよ。ただ、この古代都市スプリルルガのことを誰かに知られては困るのです。ここのことを探る魔族がいましてね」
「あんたのことじゃないの?」
 ロイエの問いに、彼は首を横に振り、
「わたしは好きで関わっているわけではありませんから。しかし、巨大な力を手にして災いを撒こうとしている者を、見逃すわけにはいきません」
 きっぱりと否定した。
 だが、一方のロイエも引き下がる様子はない。
「だからって、ぼくたちが手をひく理由にはならないんじゃない。ぼくはどうしても使命をやり遂げなきゃいけないんだ」
 彼も何の迷いもなく言い放つ。
 セヴァリーはとりあえず、他の三人の意見も聞きたい、といった様子で視線をめぐらせる。
「オレは別に、周り次第だけどよ」
 興味本位で首を突っ込んだだけのザンベルは、シリスとリンファに目をやった。
「わたしは手を引くつもりはないわ。依頼料がもらえなくなるのよ。それに、古代都市って、いかにも財宝がありそうじゃない」
 目を爛々と輝かせて言うリンファ。
 セヴァリーは最後に、何か考え込んでいる様子のシリスに、その美しいアメジストの瞳を向けた。
……きみたちみたいな強力な者が出てくるってことは、相手もよほど強いだろうね。でも、それで手を引くわけにはいかないよ」
 セヴァリーと聖獣は、その答を予測していたようだった。
 〈千年の魔術師〉は溜め息を洩らし……抑えていた威圧感を解放する。
「やはり、ことばでは分かり合えませんでしたか……
 一変した気配に反応し、シリスたちも戦闘態勢に入る。条件反射のように武器を取り、呪文を唱え始め――
「あなたたちに資格があるか、試させてもらいますよ」
 セヴァリーの手に、光の大鎌が現われた。それを握ると、彼は一瞬にして、シリスの目の前に現われる。
 ギィン!
 高い金属音とともに、槍と大鎌が組み合わされる。
「〈ライトニング〉!」
 同時に呪文無しでの青い電撃が、シリスに向かって触手を伸ばす。
「〈マナウォール〉!」
 それとタイミングを合わせて、リンファが防御魔法でシリスを守る。もちろんシリスも、すでに呪文を唱えていた。
「〈ボムフィスト〉!」
 こちらも間合いゼロの、普通ならかわすことは不可能な攻撃である。
 だが、相手も普通ではない。セヴァリーはこの攻撃を、人ならざる反射神経と跳躍力で、大きく跳び退いてかわした。
 追撃の隙を与えず自ら突進し、さらに攻撃の手を激しくする。
「わたしたちの敵は、少なくとも今のわたしよりは強いですよ!」
 神速の攻撃を繰り出しながら、セヴァリーが叫ぶ。
 お互い手加減はしているが、速さも技術もシリスよりセヴァリーが上だった。それに、鎌という珍しい武器のため、攻撃の予測がしづらい。そのうえ、大魔術師だけあって、魔法の腕も超一流なのだ。
 相手の不意をつかなければ――。
 攻撃を受け流し、後退するシリスの視界に、もうひとつの戦いが入る。
「わたしは、浮遊大陸ルーンドリアの聖獣王、ゼピュトルだ。手合わせ願おう」
 そう自己紹介した聖獣は、ザンベルの斬撃を、外見通りの俊敏さで軽くかわした。
 長大な魔力剣の一撃は当たりさえすればダメージは大きいが、武器も、それにザンベル自身の身体も大きいため、どうしても姿の小さい者より予備動作が大きくなる。もちろんザンベルの動きはそれを計算した上で洗練されたものだが、それ以上に相手の動体視力と回避動作は尋常ではない。
 ロイエが魔法で援護するが、ザンベルにかけた防御系魔法は、魔法で無効化されてしまう。
「子ども扱いかよ……
 ゼピュトルは、しようと思えば攻撃魔法も使えるのだろう。それをしないのは、手加減しているからに違いなかった。
 攻撃はことごとくかわされ、爪で肌を切り刻まれる。舌打ちしながら、ザンベルは相手の動きを何とか目で追うので精一杯だった。
「一気に決めたほうが良さそうだね……
 ロイエは言い、援護用に唱えていた呪文を中断する。
「ぼくは、ここであきらめるわけにはいかない」
 彼は、他の魔術師も聞いたことのない呪文を唱え始めた。