第一章 フェイヴァニカの遺跡


  三、旅人たちの出会い


 中央広場に駆けつけてきた警備兵たちは状況を理解すると、二人の魔術師を取り囲む。
「これはどういうことだ? 二人とも、詰め所に来てもらおうか」
 六人のなかで年長者らしい男が、油断なくそう告げた。だが、当事者二人は一様に、このベテラン警備兵に対して抗議の視線を向けている。
「どうして? これ、全部やったの、あの人だよ?」
 少年魔術師が学院生を指さす。すべての視線が、青年魔術師に集まった。
 学院生は慌てながらも、さらに怒りを込めて叫ぶ。
「その原因を作ったのはお前だろ! お前がいきなり、何の理由もなくオレの杖を砕いて侮辱したんだ! ……あんたらも見てただろ!?」
 と、近くの野次馬たちに問い掛ける。きかれた者たちは、できれば関わりたくない様子だったが、にらみつけられて恐る恐るうなずいた。
 どうやら、双方とも言っていることは事実らしい。野次馬たちからそのことを確認した警備兵たちは、しばらく考え込んだ後……学院生は名前と所属だけを聞いて、少年魔術師だけを連行することにした。
 なんとなく納得のいかないシリスたちの前で、少年は無言で、意外に素直にその決定に従う。野次馬たちもつまらなそうに、それぞれの仕事や用事に戻る。一応後で事情聴取されることになった学院生も、この場は捨てゼリフを残して去って行った。
「まったく、最近のガキはしつけがなってないな」
「まったくだ。オレはこれでも二五だぞ」
 いつの間にかシリスのとなりに来ていた巨漢の剣士が、溜め息交じりにぼやく。シリスとリンファから見ても、彼のことばには少しも同意できなかったが。
「そうかな……あの少年、事情があるように見えたけど」
 シリスは眉をひそめ、独り言のように言った。
 あれだけ集まっていた人の姿が今は散り散りになり、中央広場に立っているのは、彼ら三人だけになっていた。そこへ、背後から、小さな姿が近づいて来る。
「ねえ、おじさん」
 誰かが、剣士の手を引っ張った。
 再び『おじさん』といわれて少しムッとしたらしいが、剣士は声の主を見ると、顔をほころばせた。見下ろしたそこにいたのは、十歳になるかならないか、くらいの、小さな男の子である。
 何かを訴えようとしている男の子に、リンファはしゃがみこみ、目の高さを合わせた。
「どうしたの? わたしたちに、何か用?」
 優しく語りかけるリンファに、男の子は必死に答える。
「ねえ、お姉ちゃんたち……お願い、あのお兄ちゃんを助けてあげて」
 ――最初は、優しい少年の親切心からのことばだと思われたが……どうやら違うらしい。彼は不思議そうにしている大人たちに、一生懸命に説明した。
 それによると、つい、先ほどのことだという。男の子は、お使いの帰り道にここを通りかかり、石畳の出っ張りに足を引っ掛けたのだ。
 まったくの偶然である。転んだ少年が、読書しながら歩いてきた、あの魔法学院生の青年とぶつかってしまったのは。
 怒った学院生が杖で男の子を殴ろうとしたとき、その杖を魔法で凍らせて砕き、あの少年魔術師がこう言ったのだ。
『魔法学院の魔術師は杖を棍棒みたいに振り回すことしか知らないの? しかも、自分より弱い者しか相手にしないんだね』
 その挑発は、相手の注意を男の子から自分に向けさせるためのもの。そんなことは、この小さな男の子にもわかっていた。
「詰め所に行こう。事情を話せばわかってくれるよ」
「おい、この子も連れて行ったほうがよくないか? 証言してもらったほうが……
 今にも走り出そうとしているシリスを、慌てて剣士が制した。事情を話してくれた少年も、ついてきたそうである。
 だが、リンファが首を振り、それをたしなめる。
「そうしたらこの子もまた、あの学院生と顔をあわせることになるかもしれない。それで恨みをかったら、彼のしたことが無駄になるもの」
 それに、子どもの証言だといって信用されないかもしれない。非公式に解決する必要があった。
 納得した男の子に見送られて、三人は一番近くの詰め所に向かった。中央区の警備隊の詰め所は、中央広場から東通にわずかに入ったところにある。行き交う人々や馬車の間を縫うように移動しながら、先頭のシリスは時々立ち止まる。
 周囲を見回してみるが、警備兵も、連行される少年の姿も見えなかった。おそらく、まだ詰め所には着いていない時間帯だ。広場を出た時間差はそう大きくないはずである。
「おかしいな……いくらなんでも、いなくなるのが早すぎるぜ」
 身長二メートル近い剣士が見回しても、求める姿は見つからない。とりあえず詰め所に駆けつけてみるが、なかをのぞいても、誰もいなかった。
 別の詰め所に向かったのかと思い、三人は引き返してみることにした。来た時と同じ道を辿っていく。
 そして、ある小路の前に差し掛かった、その時――
「なんだ……?」
 つぶやき、シリスは足を止める。
「どうしたんだ?」
「いや、今、声が……
 シリスは訝しげに応じ、暗い小路をのぞき込んだ。
 クスクス……と、確かに、無邪気な笑い声が小さく響く。
 思わず警戒して小路の奥の闇のなかに視線を向ける三人に、しかし、何の警戒心も恐れも感じさせない声がかかる。
「何を焦っているの? あの警備兵たちなら、今頃ぼくを探して、あっちこっち的外れなところ捜している頃だと思うよ」
 小路の影のなかから現われたのは、間違いなく、あの少年魔術師だった。おもしろそうに、シリスたち三人を見下ろしている。どこか馬鹿にしたような、鼻につく口ぶりに、剣士は少しムッとしたらしい。
「おいおい、せっかく心配してきてやったのに、それはないだろ。それに、オレはこれでもまだ、お兄さん、って呼ばれてもいい歳だぞ」
 どうやら、よほど気にしていたらしい。
 だが、少年は、そんな相手を見上げて一言。
……老け顔」
「ふ、老け顔って言うなあ!」
 無表情で言う少年と、必死にわめく剣士。
 このどうしようもないやり取りを見ていたシリスは、通りの人々が注目しているのに気づいて、ようやく用件を思い出した。警備兵が捜しているのだから、いつまでも同じところにとどまっているわけにはいかない。
「とにかく、ちゃんと誤解を解いたほうがいいと思うな。後々面倒になるかもしれないし、それが、あの男の子のためでもあるしね」
「確かに面倒なことになるのはイヤだな」
 シリスのことばに、少年もそう言って同意する。口には出さないが、あの男の子のことを聞いたとき、彼は一瞬、小さくほほ笑んでいた。本当はそちらの理由のほうが大きいのかもしれない。
「その件に関しては、〈疾風の源〉亭のマスターに相談すれば、何とかなると思うの」
 リンファの提案に、少年魔術師も同意した。
 シリスとリンファに、巨漢の剣士と少年魔術師。ただでさえ目立つ四人は、警備兵に見つからないよう、急いで東通りを引き返していった。