もう一度湯に浸かりなおして(ぶすーっと拗ねている真央をなだめすかして)風呂から上がると、脱衣所の方までなにやら美味そうな匂いが漂ってきていた。月彦はくんくんと鼻を鳴らしながら、用意されていた新しい浴衣と下着に着替えると、匂いに導かれるようにふらふらと母屋の方へと歩き出した。。
外はもう日が落ちてすっかり暗く、そんな中屋敷の一室だけが赤々と光を放っていて、月彦は迷わずその部屋へと直行した。
が、部屋の中に入ろうかと足を一歩踏み出してすぐに月彦は部屋を間違ったか、と後ずさりした。その部屋は十二畳ほどのやや細長い部屋で、隅に木と紙で作られた灯籠が置いてあり、長方形の黒いテーブルが部屋の中央に陣取っていた。その上にはまるで今から宴会でも始まるのかと思う程の馳走が並んでいた。
後ずさりして廊下に出た所で、左手の方から膳を抱えてしずしずと歩いてくる春菜に出くわした。
「あら、月彦さん。お湯加減はいかがでした?」
月彦の前で足を止め、そっと首を傾げて微笑みかけてくる。が、月彦は咄嗟に引きつった笑みのようなものを浮かべただけで、相づちは打てなかった。
「もう、これで最後ですから。月彦さんも座ってくださいな」
春菜は膳を室内に運び込み、テーブルの上に並べると座布団の上に座るように月彦を誘導した。
仕方なく、月彦は春菜に促されるままに座布団の上にあぐらをかいた。座布団が置かれていたのは丁度長方形のテーブルの長い辺の真ん中辺りで、明らかに月彦が主賓という待遇だった。
大皿には白身、赤身の刺身やツマ、紫蘇の葉等が綺麗なコントラストを描きながら盛られていた。別の皿には真っ赤な、巨大な足の長い蟹が乗っかっていた。しっかりと茹でられてはいるものの、その姿は生き生きとしていて今にも動き出しそうだった。
他にも芳香を限りなく放つ炊き込み御飯、煮付け、焼き魚、茶碗蒸し等々…………テレビでしか見たことのない様な料理がずらりと目の前に並んでいた。
匂いにつられるように、懐でふて寝していた真央がくんくんと鼻を鳴らしながら顔を覗かせるも、月彦の方は完全にあっけにとられていた。
「……ええと、後からどなたか居らっしゃるんですか?」
「いいえ、お客様は月彦さんと真央ちゃんだけですよ?」
春菜はにっこりと微笑んで、小皿にとりわけましょうかと自ら箸と皿を手にした。
「いや、でも……こんな……」
いくらなんでも豪華すぎる……と月彦は尻込みしつつも、ごくりと生唾を飲んでいた。今日は起きてからというもの、茶と草団子しか口にしていないのだ。腹はかなり減っていた。
「遠慮なさらないでくださいな。見た目ほど材料費も手間もかかってませんから」
貧乏性を出す月彦を安心させるように春菜は微笑みかける。ちょちょいと刺身や煮付けなどを小皿にとりわけ、月彦の前に並べた。と、同時に真央の前にも、刺身を数きれ載せた皿を置いた。今度は真央は一も二もなく飛びつき、ぺろりと刺身を平らげた。
「……ほんとすみません、突然こんな……厄介になったばかりか、ご馳走まで……」
無邪気に刺身に食いつく真央を見て、月彦は照れのようなものを感じながら、ぺこりと春菜に頭を下げた。
「いいえ、こちらこそ。お客様がいらっしゃるのなんて久しいですから、ついつい料理にも力が入るというものですわ」
春菜はふふふと微笑んで、まるで夫に寄り添うような仕草でそっと月彦の隣に正座した。その仕草、笑み共に心底、自分の料理を食べてもらえるのが嬉しいといった感じだ。
月彦は箸を握りながらも、料理にはなかなか手がつけられなかった。というのも、単純に食事が豪華すぎて受け付けない……というだけの理由ではなかった。
脳裏に、浴場での……桔梗とのやりとりが蘇る。春菜様は妖狐を恨んでいる―――そう言った彼女の目は、月彦を怖がらせようと嘘や冗談を言っている目ではなかった。
「……お刺身、お嫌いですか?」
月彦が余程神妙な顔で黙りこくっていたからだろう、春菜が少し寂しそうに声をかけてきた。その言葉で、月彦は慌てて現実に引き戻された。
「い、いえっ……そういうわけじゃないんですけど……」
と、月彦は上ずった声を出して春菜を見る―――が、春菜は少しも笑ってはいなかった。いや、笑顔は浮かべている、が、それはどこか張り付いたような、仮面のような笑みだった。
「桔梗が、何か言いましたか?」
「えっ……」
いきなり図星を突かれて、月彦は思わず顔が強ばった。演技をする余裕もなかった。月彦のリアクションに納得がいったのか、春菜がふふふと口元を綻ばせた。
「あの娘ったら……どうしてお客様に意地悪ばかりするのかしら」
春菜は困ったような笑みを浮かべて、自ら箸を動かして、月彦の前の小皿の中から刺身を一切れつまみ上げ、そっと自分の口へと運んだ。ゆっくりと咀嚼して、嚥下する。
「毒なんて入ってませんから、安心なさってくださいな」
「……すみません。そんなつもりじゃ……なかったんですけど……」
やや早口に頂きます―――と言いながら、月彦は率先して箸を動かし、春菜と同じように刺身を取り、口に含んだ。もう疑ってはいない、と表明するかのように。
そもそも毒を盛るのならば、昼間の時点で草団子にでもしこんでおけばよかったのだ。わざわざ夕食まで待つ必要はないのだ、と自分の疑念を説得する。
刺身を口に含み、噛む。白身魚のぷりぷりとした食感が絶妙の歯ごたえとして月彦に快感を与えた。淡泊だが、濃厚なうまみが口いっぱいに広がり、普段月彦が食べているようなどの刺身の味とも比べものにならなかった。この味に比べたら今まで食べてきた白身の刺身などは味のないコンニャクみたいなものだ―――
そう思わされる程に。
立て続けに、小皿に取られた数きれを月彦は無言のうちに食べ尽くしていた。それでも足りぬとばかりに大皿から直接取り、頬張り、嚥下した。
刺身の味にやや飽きると、今度は煮付け、吸い物に手を出した。煮付けに入っているのは鯛の身だろうか、甘辛く煮てあり、レンコンやにんじん等の味と相まってこれまた美味かった。吸い物は煮付けとは逆に味付けは薄く、塩味で、中には鰻の肝が入っていた。煮付けの甘辛さと相まって、鰻の肝ごと、汁を全部飲み干した。他にもアワビの刺身に酒蒸し、とろろ汁、蟹の足等々。月彦は餓鬼の如く喰い漁った。
「ぷはぁっ……」
一旦息をついて、そこで月彦は思い出したように春菜の方を見た。彼女はあれから料理には全く手をつけず、月彦の食べっぷりをさも楽しそうに静かな笑みで見守っていた。
「あの、食べないんですか?」
「私は味見の時に、だいぶお腹が膨れてますから」
春菜はふふふと笑んで、それでも全く食べないのは月彦が気兼ねすると思ったのか、ちょいちょいとタコの身のわさび漬けに箸を伸ばしてコリコリと噛みしめた。
確かに、これだけの料理を一つ一つ味見をしていたらそれだけで腹が膨れてしまいそうだ、と月彦は一人で納得した。
月彦も真央もたっぷり時間をかけて胃が張り裂ける一歩手前まで食べたが、それでも料理はまだ半分以上残っていた。月彦は勿体ない、と思ったが、春菜の説明を聞いてすぐに納得をした。
余り物は屋敷の猫たちにあげるのだというのだ。月彦はそれを聞いて、初めからそう言ってくれれば、腹八分目くらいであとは猫たちにより多くの馳走を残したのにと思った。
桔梗の姿は食事が終わるまでとうとう見えなかったが、恐らくは食事の用意の後かたづけに追われていたか、はたまた自分たちと共に食事をするのが単純に嫌だったのだろうと推測した。
食事が終わり春菜が膳を片づけ終わるやいなや、月彦も真央もぐでんと畳の上に横になった。腹が膨れて座っているのも苦しかった。
小一時間ほどそうして横になっていると、月彦は夜風が室内に舞い込んでくるのを感じた。障子は開け放たれたままで、庭の方からは微かに水の流れるような音と、鈴虫の声が聞こえた。
はて……と思ったのはこの季節、こういう水が多い場所であるのに、蚊は全く居ないなということだった。何か、蚊を寄せ付けない仕掛けでもあるのか、月彦には解らなかった。
廊下に出て、板張りに腰掛けながら、月彦はぼんやりと月を眺めていた。月は満月にはほど遠く、曲刀を思わせる程に鋭く尖っていた。視線を落として水面に映った月が、鯉たちが起こす波紋によってゆらゆら揺れるのを楽しんでいると、春菜が盆を手にしずしず歩いてくるのが分かった。
盆の上には、くすんだ色をした瓢箪と、おちょこが二つのっていた。
「お月見しながら、一杯いかがですか?」
そっと春菜は盆を月彦の隣に置き、それを挟むように自らも座った。「良い夜ですね」と月彦と同じように庭の池と、夜空に目をやった。
「……あの、もしかして……お酒ですか?」
「ええ、お嫌いですか?」
嫌いとか好きとか以前に、二十歳前だから基本的に飲んじゃいけないんだよな、と月彦は思うが、口にしないことにした。月彦とて、ビールくらいなら何度も飲んだことがある。
「あまり、飲めない方なんですけど……」
と、一応断ってから、春菜の杯を受けた。おちょこを両手で支え、ちょろちょろと注がれる液体を神妙そうに凝視する。酒の色は微かに緑がかった透明色で、アルコールの匂いとは別に、それまで嗅いだことのない類の芳香が鼻腔を突く。
「特製のマタタビ酒です。寝酒には丁度良いんですよ」
春菜は慣れた手つきで、自らの杯にもマタタビ酒を注ぎ、そっと持ち上げた。
「……いただきます」
月彦は春菜に促されるままにおちょこ同士をかちんと馴らして、口をつけた。マタタビ酒は思っていたほどクセはなく、ほどよい辛みと甘味が交互に舌を刺激しながら、ゆっくりと喉を駆け下りていった。
「……ふう。……ちょっと、強いお酒ですね」
「あら……何かで割りましょうか?」
「いえ、これくらいなら大丈夫です。それよりも……」
月彦はおちょこの底に僅かに残った酒をくいと煽り、言葉を切った。春菜は空いた杯にそっと酒を注ぎ、「なんでしょう?」と優しく聞き返した。
「……どうして、会ったばかりの俺達にここまでしてくれるんですか? いくら古い友人に頼まれたから……といっても―――」
「歓迎されすぎてかえって怪しい……ですか?」
ぎくり、と月彦は肩を揺らして春菜の方を見た。毎度々々よくもこう話の核心を正確に突いてくるものだと月彦は内心感心していた。
春菜はそっとおちょこに口を付けては舐めるように酒を含み、嚥下する。
「……単純に、私が男の方に奉仕するのが好きだから――というのでは、納得して頂けませんか?」
じっ……と、春菜は目を細め、熱を帯びた視線を月彦の方に向けてくる。微かに頬が上気し、瞳も濡れているように見えるのは酒のせいだろうか。
「いや……納得いかないとか……別にそういうんじゃ……」
今度は心臓だけを跳ねさせて月彦は慌てて言葉だけの否定をした。急にマタタビ酒が回ってきたのか、赤くなった顔を隠すように顔を背ける。
ふふ……と、視界の外で春菜が微笑む声が聞こえたが、月彦はしばらくまともに春菜の方を向けなかった。
沈黙が続いた。酒の量だけが微量ながら減っていく、そんな月見だった。
月彦はといえば、ちびりちびりとマタタビ酒を口に含みながらも、時折盗み見るように春菜の方に視線を走らせていた。
何故今まで気づかなかったのだろう―――と思う。否、気にとめるゆとりがなかった、というべきかもしれない。
溢れんばかりの母性に被われた、悩ましげな体がそこにはあった。着物の上からでもハッキリと解るほど豊かな胸元、腰のくびれ、思わず撫でさすりたくなるような、男好きのする尻。
真狐のようにあからさまに発散される色気とはまた違う、慎ましやかな色気と言うべきか。きちんとした衣類を着こなし、精一杯隠そうとしても隠しきれず、やむなしに男を引きつけてしまうような……そんな魅力が、春菜にはあった。
「……どうか、なさいました?」
「―――っっっ……!」
春菜に声をかけられて初めて、月彦は鼻息を荒げながら彼女の首から下を食い入るように凝視していた自分に気がついた。
「す、すみませんっっ……!」
慌てて謝りながら、ぷいとそっぽを向いた。だが、そのあまりに艶めかしい体のラインは、月彦の脳裏に焼き付いたまま、離れなかった。
月見をしていた二人の元へ桔梗が来たのは、それから小一時間ほど経った頃だった。床の用意ができた旨を春菜に報告した後、桔梗は瓢箪や杯などを盆に乗せて片づけ始めた。
月彦も、既に寝入っていた真央を起こさぬようにそっと抱き上げ、春菜に連れられて寝室へと移動した。寝室は朝、月彦が寝ていた部屋よりも若干広い小部屋だった。
部屋の中央には寝れば体が埋まりそうなほどにふかふかした純白の敷き布団が敷かれていた。ご丁寧に、そのすぐ脇にかなりサイズダウンはしているもののもう一つ布団が敷かれているのは、恐らく真央用なのだろう。
月彦は真央をそっと寝かせ、掛け布団(といっても、ちょっとした毛布のようなものだが)をかけてやると自らもすぐに横になった。が、なにぶん気が昂っているのか、まだ当分は眠れそうになかった。
昂っているのは酒のせいではなかった。いや、確かに補助的な役割もしているかもしれないが、とにかく今の月彦の一番の関心事は側にいる春菜のことだった。
先ほど一瞬見せた、熱っぽく濡れた瞳。それとは対照的に、カラカラにひび割れた大地を思わせるような、情欲に対する飢え―――それらがある種のシグナルとして、月彦の牡の部分をがっつんがっつんに刺激してくるのだった。
もちろんそれはただの気のせい、妄想である可能性が高い。春菜自身は少しも、月彦に対して誘うような仕草は見せないし、その操の帯も固く閉ざされた錠前のように、何人をも寄せ付けない威厳がある。
当然月彦も変な考えは起こしても、行動までは起こせず、先ほどから悶々と股間が持ち上がろうとするのを沈めることに専念していた。元より、毎日々々鼻息荒くすり寄り、モーションをかけてくる母狐やら娘やらの相手をしていた所だ。たった一日“息抜き”をしただけで辛抱たまらなくなるくらいにまで回復力が高まっているのかもしれない。
月彦が布団を見るなり早々に横になり、そして俯せになったのはつまるところそういう理由だった。仰向けだと、興奮の度合いを隠すのが難しかったのだ。
そんな状態だったから、春菜が就寝前に簡単な按摩でもしましょうか、とそういう旨を申し出たとき、月彦は大いに迷ったのだった。
マッサージ自体は嫌いではなかった。それに春菜は如何にも達者そうだ。きっと今まで誰にされたのよりも心地よいことだろう。
だが、同時に危険な因子も孕んでいるように思えた。それはいわゆる、春菜との直なふれあいによって自分の昂りが増し、暴走しやしないかという危惧だ。もちろん月彦としても、(些か妖しい点は多々あるが)世話になっている恩人に無理矢理襲いかかるようなマネはしたくないから、最大限そういうことにならないように努力するつもりだった。だが、物事には万が一ということもある。
それに、春菜は見た目ほど弱々しい女性ではないのではないか――そんな考えも月彦の脳裏に沸きつつあった。特に、昼間の――桔梗が頬を張られた時の光景を思い出すたびに、背筋にひやりとしたものが伝うのを禁じ得ない。あの、空気を引き裂く雷鳴のような音を立てる張り手、あんなものをうけたら並の人間なら首から上が無くなってもおかしくないのではないか。
だとすれば、春菜を無理矢理押し倒すなどという事はそもそも不可能なことであり、同時に彼女の機嫌を損ねることは自分にとって、いや真央にとっても死に直結するのではないか。……そう考えると、股間の高ぶりも些か収まるのだった。
なんだかんだと逡巡した挙げ句、結局月彦は春菜の按摩を受けることにした。月彦が俯せに寝ているので、春菜は体をまたぐように、初めは腰の上あたりに乗り、優しく背中と肩の当たりをなで始めた。
腰の辺りから、春菜の体温と、ふくよかな太股の感触が布越しに伝わってきて、月彦は思わず上ずった声をあげてしまった。咄嗟に、月彦は真央の方に視線を泳がせてしまう。習慣で、真央以外の女性に対して何らかのアクションを起こしたときはかならず真央の機嫌をチェックしてしまうようになっていた。……幸い、というべきか、真央はすーすーと寝息を立てていた。寝る子は育つと言うが、本当に今日はよく寝る、と月彦は思った。
「肩は……そんなに凝ってないみたいですね」
細くしなやかな指が、しっかりとした握力でぐっ、ぐっ……と肩の辺りをまさぐる。それがなんともこそばゆく、月彦はつい心地よさそうな吐息を漏らす。
春菜の按摩は、殆ど愛撫と言ってもよかった。時折微かな痛みも伴うが、しかしそれは按摩の心地よさをより際だたせるためのものであり、例えるならスイカに塩のような感じだった。背中や腕の筋肉を解しに解しながら、春菜は体を徐々に下方にスライドさせ、揉む場所も同様に下げていった。
ふいに、ふわりと、何かの香りが月彦の鼻腔をついた。それは、桃のような桜のような、微かに甘ったるさを含んだような、春の訪れを思わせるような香りだった。
馬鹿な……今はもう夏も盛りだ―――月彦はそんな反論を頭の中で呟きながらも、その香りを肺いっぱいに吸い込み、堪能していた。何処かで嗅いだことのある香りだ……とも思った。何処で嗅いだかはすぐに思い出せた。何のことはない、昼間、春菜と初めて庭で会ったとき、既に彼女はこの香りを漂わせていたのだ。
不快な匂いではなかった。むしろ、安らぎと満足を同時に感じるような、心地よい香りだった。嗅いでいるだけでこれ以上なく体の緊張がほぐれ、リラックスでき、まるで羊水に包まれて母の胎内に戻ったような、絶対の安心感が全身を包み込む。
先ほどまであれほど頭を悩ませた股間の滾りもどこへやら、月彦はいつの間にかうとうとし始めていた。ふと、春菜が何かを言ったようだが、それは月彦の鼓膜を振動させ、電気信号として脳までは伝わったが、それを正確に理解するだけの意識がもうなかった。おぼろげに、腰の筋肉は使い込まれ、疲労が溜まっている……そういう類の、苦笑めいた言葉だったような気がした。
月彦がすうすうと寝息を立て始めて程なく、春菜も按摩の手を止めた。それからしばし、月彦の様子を観察でもするように、黙って彼の体を見下ろし続けた。
「月彦さん」
すっ……と、衣擦れの音を立てて、春菜の体が月彦に被さる。両肩にそっと手を添えて、上になっている月彦の左耳に口づけでもするかのように、唇を寄せた。
「……もう、眠ってしまわれましたか?」
小声で囁きかけ、そして返事を待つように、春菜はしばしの間その両耳を頻繁に動かした。だが、月彦からの返事はない。春菜は満足そうに、その尻尾をくねらせた。目論見通り……そんな動きに見える。
春菜の瞳に、微かに妖しい光が宿る。いかがわしさに満ちた、灰色とも紫ともつかぬ光だ。獲物を糸でグルグルに巻き終えた時の蜘蛛の目ですら、ここまで妖しくは光らない。
春菜はぺろりと舌を出して唇を濡らすと、そっと月彦の耳に何かを囁き始めた。囁くうちに、春菜はたちまち呼吸を乱し、ぶるっ……と体を震わせる。肩に添えた手に僅かに力が籠もり、ぎゅ……と爪が食い込んだ。……やがて、月彦の顎が僅かに上下した。まるで春菜の囁きに同意したような、そんな動きだった。
春菜はしばし、名残惜しむように身を寄せた後、ついと立ち上がった。
その後の彼女の行動は実にてきぱきとしていた。月彦の体に掛け布団をかけ、室内灯代わりの灯籠の灯を消し、足音を立てずに廊下に出ると、障子をそっと閉めた。
寝室には、狐の父娘の寝息だけが木霊していた。姿形は違えど、血のつながりとはかくあるものか、不思議と呼吸のリズムだけは見事なまでに一致していた。
月彦は知らなかった。自分が一体何を飲まされ、何を囁かれたのか。……そして、年月を重ねた妖猫ほど、巧みに“猫をかぶる”ということを。
月彦が激しい喉の渇きを覚えて目を覚ましたとき、辺りはまだ闇に包まれたままで夜の明ける兆しすらない真夜中だった。
全身にグッショリと寝汗をかいていた。何かとてつもない悪夢でも見たような気がするが、どうしてもその内容は思い出せなかった。
掛け布団をはね飛ばすようにして飛び起き、障子を開けて廊下に飛び出た。ケダモノのような動きだった。全身の筋肉に力が漲っているのが、自分でもありありと理解できた。
だが、それよりなにより―――と、月彦はまず水を求めた。まだ、起きたばかりで深い思考ができないというのもあったのかもしれない。とにかく水だ、水を飲まなければ……月彦はうろうろと夜の屋敷を徘徊し始めた。だが、一向に台所らしき場所にはたどり着けなかった。
仕方ない……とばかりに、彼は庭に躍り出て、時折聞こえてくる音を頼りに添水の所まで行き、そこの水を掬って飲んだ。
月彦は竹の切り口に注がれるそれを両掌で受け止め、何度も飲んだ。水は冷たく、心地よく喉を駆け下りていった。
幾度と無くそれをくりかえして漸く喉の渇きは収まった。だが、依然として全身の滾りは消えなかった。まるでいつぞやの、真狐に薬を飲まされたときのようだった。
このままでは、布団に戻っても眠れない―――そう月彦が思った時、ふいに耳元のあたりにゾクリとした感覚が走った。慌てて振り返るが、後ろには何も居ないし、誰も立ってはいなかった。特に風が吹いた気配もない。
湯殿へいこう―――という考えが唐突に頭の中に湧いた。湯でも浴びて、汗を出して、さっぱりすれば、心地よく眠れるのではないか―――月彦の足はすぐに湯殿の方へとむいた。
夜の屋敷はシンと静まりかえり、あれほどいた傷だらけの猫たちも何処にもいなかった。猫はそもそも夜行性であるから、何処かへ出かけているのか。それとも何か専用の寝床があって、夜はそこに戻っているのか、月彦には解らないし、興味も湧かなかった。
湯殿へ―――月彦の足は不乱に動き、とにかくその場所を目指して歩き続けた。脱衣場に近づくにつれ、なぜかは解らないが、息が徐々に乱れた。息だけではない、心臓までもが、普段の倍近くのスピードで波打っていた。……足が、自然と早足になった。
脱衣所の引き戸を開けると、何かの香りが月彦の鼻腔を突いた。桃のような桜のような、そういった甘い香りの残滓だった。その香りに誘われるように、月彦は何の迷いもなく脱衣所に入り、全裸になった。
脱衣所を出、少し冷たい石敷きの上をひたひたと歩く。浴場は真っ暗かと思いきや、意外にも明るかった。所々目立たない場所に石灯籠があり、そこに明かりが灯してあるようで、足下も見えない……というような事はない。
月彦は夕方そうしたように、足先から白く濁った湯の中に体を沈めた。全身がチクチクとこそばゆかった。
「……あれ……?」
その時、月彦ははたと“正気”に戻った。本当の意味で目を覚ました、というべきか、途端にきょろきょろと周囲を見回すようなことをした。
「なんで俺……こんな所に居るんだ……?」
独り言を呟き、ついさっき夜中に目を覚ましてからの自分の行動を振り返った。喉が渇いて、目を覚まし、水を飲み、汗を流して心地よく眠るために湯殿に来る―――とても道理にかなった行動のように思えるが、今にして思えば、どの行動も自分の意志ではない気がしてきたのだった。
まるで……予め誰かに吹き込まれたことを、そうとは気づかずにやってしまったような―――。
「…………ッ……!?」
ちゃぷっ……と、魚が跳ねるような音が聞こえて、咄嗟に月彦は身構えた。浴場は相変わらずもうもうと立ちこめる湯気に包まれていて、数メートル先の視界も利かなかった。ちゃぷっ……また、音がした。
月彦が音のした方向を凝視していると、その願いが天に届いたように、僅かな風が吹いた。それは立ちこめる湯気を僅かに散らせ、視界を少しばかり広げる役割を果たした。
うっすらとした影が、月彦の視界に浮かび上がった。それは湯気というスクリーン上に、石灯籠の光で浮き彫りにされた影絵のように、ちゃぷちゃぷという音と連動して動いていた。
猫……?―――影の形と、その動きから月彦は咄嗟にそう判断した。猫が一匹、温泉に浸ったまま前足で顔を洗っている……そういう動きに見えたのだ。ただ、月彦が戦慄したのは、その影の大きさがゆうに人間の身長を超えていることだった。
「化け猫……?」
影の形容はまさにその一言に尽きた。……次の瞬間、月彦の呟きに反応するように、“影”がくるりと彼の方を向いた。
「……月彦さん?」
聞き慣れた声で、影が語りかけてきた。と、同時に、今度は風も吹いていないのにさぁぁ……と湯煙が瞬く間に晴れ始めた。みるみるうちに視界が広がる―――月彦の視線の先に居たのは、巨大な化け猫ではなく、肩まで湯に浸かった春菜だった。
「あっ……」
月彦はしばし呆然と立ちつくした後、思い出したように背を向け、肩まで湯に浸かった。
「す、すみません!」
反射的に、月彦は謝っていた。別に、女湯というわけではないのだから、月彦が入っても何の問題も無いはずなのだが、そこまで気が回らなかった。
月彦の対応が可笑しかったのか、くすくすと春菜が笑みを漏らした。
「すぐ、出ますから……!」
腰をかがめたまま、脱衣所の方に月彦は向かおうとした。……が、その矢先、ついと両肩に何かが触れた。
「逃げないでくださいな。……私も寝付かれなくて、退屈していた所なんですから」
耳元にかかる吐息で、両肩に乗っているのが春菜の手だとわかった。一体いつのまに、音も立てずさして湯も波立たせず一瞬のうちに真後ろに―――そう考えるより先に、つ……と、背中にも何かが触れた。いっ……と月彦は声を漏らして、屈んだままぴんと背筋だけを伸ばした。
同時に……ふわりと、何かの香りが鼻腔をついた。何度も嗅いだ、あの香りだ。
「月彦さんも寝付かれないから……ここにいらっしゃったんじゃないんですか?」
「そう……ですけど」
生返事をしながら、月彦はここに来たのははたして本当に自分の意志だったのかと自問自答していた。
「それとも“化け猫”と一緒では……お風呂もゆっくり入れませんか?」
「っっっ……!」
ぎくりと、電気ショックでも食らったように心臓が大きく跳ねる。そのまま、早鐘のようにドクドクと波打つ。
呼吸も荒くなっていた。大きく肩を上下させて息をする都度、例の甘い香りが肺一杯に広がる。ジン……と頭の後ろの辺りが痺れるような感覚。それに合わせて、思考が徐々に鈍くなっていく……。
ついと、肩から春菜の手が離れ、月彦は反射的に振り返った。『化け猫』と言ったにも関わらず、春菜は別段気を悪くした風もなく、普段と変わりない笑みを静かに浮かべていた。
ジン……と、また頭の中に痺れのようなものが走る。まるで甘い香りそのものに麻酔効果でもあるかのように、その香りを嗅げば嗅ぐ程、思考能力が落ちていくようだった。
目が、春菜の方に釘付けになっていた。春菜の微笑、左目の泣き黒子、僅かに見えるうなじ、細い首、水面に1/3程覗いている、彼女の豊かな胸。水が白く濁っているため、水中に没している部分は殆ど見えなかった。それが余計に、月彦の興奮をかき立てる。
今更だが、月彦はようやく自分が勃起していることに気がついた。春菜の体に興奮しているのは言うまでもない。霧散しかけた思考能力で漠然と、湯が濁っていて良かったと思った。透明な湯であれば、まず隠し通すことは不可能だっただろう。
「……月彦さん、大丈夫ですか? 顔……赤いみたいですけど」
はたと我に返ると、すぐとなりに春菜の体があった。先ほどから黙り込んでいる月彦を心底心配するように、少し首を傾げて、困ったような顔をしている。……手を伸ばせば、すぐ届く距離だ。
はーっ……はーっ……息を荒げながら、月彦は値踏みするように春菜の体に視線を這わせる。きめの細かい、白い肌がほんのりと上気してピンク色に染まり、所々僅かに汗が浮かんでいた。上辺だけ覗いている胸元も氷山の一角、その大きさは恐らく真狐と同等かそれ以上だろう。そして、今だ白濁の湯に隠れて見えない……
彼女の全身、きっとむしゃぶりつきたくなるような、熟れた肢体であろうことは想像に難くない。
今すぐにでもその体を抱き寄せ、唇を吸い、腹立たしいまでに大きく実った胸元をもみくちゃにしてやりたかった。月彦がそれをしないのは頭の中に僅かに残る、理性と常識がブレーキをかけているからだった。目の前に美味そうなエサがあるからといって、すぐに飛びつくのではケダモノと変わりない。そこを抑制してこその人間……であるのだが、普段から何かとケダモノになることを強いられている月彦としては、些か難しい注文だった。
春菜に対する情欲を我慢すればするほど、後頭部の痺れが強くなっていった。そして痺れが増せば増すほど、こうして我慢していることが馬鹿馬鹿しくなってくるのだった。
いっそ、このまま立ち上がって、自分がどれほど興奮しているのか、その証を見せつけてやろうか―――そんな邪な考えすら、浮かんでくるのだ。その時、このメス猫の良妻面がどのように歪むのか、見てみたい―――。
ざばぁっ……と、湯が滴るような音が聞こえた。殆ど同時に、きゃあという悲鳴も。それすら、キーンという耳鳴りの彼方から聞こえてきたような、酷く現実味に乏しい声だった。
「つ、……月彦、さん?」
怯えるような声を上げて、春菜がにわかに立ち上がり、数歩後退ろうとした―――その右手を、ぐっと月彦が掴む。
「あのっ……何をっっ…………」
困惑しているのか、その大きな耳が大げさに立ったり、伏せたりを繰り返す。春菜は掴まれた右手を振り払うように揺さぶる――が、月彦が予想していたよりも、その力は遙かに弱々しいものだった。それよりなにより、彼女がそういうふうにゆさぶった反動でゆさゆさと揺れる胸元の方が、月彦の関心を引いた。
「あぁっ……」
春菜が声を上げたときには、月彦はその右腕を引き寄せ、背後から抱きしめるようにして左胸を握りしめていた。荒々しい吐息を春菜の後ろ髪、猫耳の裏辺りに吐きかけながら、右腕でこれでもかとばかりに、胸元をまさぐり始める。
つい先ほどまで、白濁とした湯に包まれていたその塊は片方だけですら、月彦の掌中に収まりきることはなく、指に力を込めてぎゅうと握りしめれば、心地よい弾力をしっかりと残して、指の合間から白い肉を覗かせた。
「ぁっ……!」
春菜は突然のことにどうして良いかわからないのか、僅かに抵抗するような素振りを見せる以外は極めて大人しかった。その背に、月彦はぐっ……と、固く屹立したものを押し当てる。途端に、ひっ……と声を漏らして、春菜が身を固くする。
「……春菜さん、挿れたい」
せっぱ詰まった声が、口から漏れた。月彦は喋りながらも、まるで他人が自分の口を勝手に動かしているような、そんな違和感を憶えた。
「い、いけません……月彦さんっ……そんなっっ……」
春菜が拒否するように、いやいやと首を振って体を揺らす。だが、そんなか細い抵抗では、月彦の懐中から脱することはかなわない。
月彦は両手で、春菜の体をしっかりと抱きしめた。ぐにっ、と左手で、右の乳房を掴み、つつと指を這わせて先端を探した。
「あふっ……」
指先が、固くなり始めたそれに触れたとき、春菜は微かに甘い声を漏らした。さらに、月彦がくりくりと弄り始めると、途端に体を震わせ、押し殺したような声を呼吸の合間に漏らし始める。
春菜の声に呼応するように、その尻尾がゆらゆらと動き始め、月彦の腹のあたりに何度か触れた。ひたひたに濡れた毛の感触が、痛こそばゆい。
「春菜さん……」
囁きながら月彦は耳の付け根のあたりに鼻を擦りつける。猫耳がぴんっ、ぴんと虫でも払うように動く。くん……と鼻を鳴らすと、しっぽりと濡れた髪からあの……独特の甘い香りがした。
あっ……、と春菜が惚けたような声を出したとき、その顎の先を月彦の左手が掴んでいた。そのまま、くいと後ろを向かせ、そのふくよかな唇に月彦は吸い付く。
「あむっ……ぅ……」
柔らかい下唇を歯で優しく食み、吸う。ちゅ……と音を立てて一旦口を離した後、今度は深く重ね、やや乱暴に舌を割入れた。……春菜が、微かに歯を閉じるような素振りを見せると、抵抗するなとばかりに、乳房を握りしめたままの右腕に力を込めた。そのまま指で、固くしこり始めた乳首をくりくりと弄り、つまむと、春菜は喉を震わせながら、月彦の舌を受け入れた。
「あっ……んっぅ、ふっっ……」
月彦の舌の動きは、決して上手と言えるものではなかった。どちらかというと乱雑な、荒々しいものだった。その動きは女性をとろけさせる為とか、喜ばせるためのものではなく、一方的に女の味を貪るためだけのものだった。春菜は侵略者のように自らの口腔で暴れ回る舌の動きに最初は戸惑いながらも、徐々に自分の舌を絡ませていく。
春菜の舌の動きが僅かに活発になると、月彦はそれを褒めるように、右腕を動かして、円を描くようにして彼女の胸を優しく揉んだ。……喉の奥で微かに春菜が噎ぶ。
月彦はゆっくりと春菜の胸元をまさぐりながら、彼女の唇に細く尖らせた舌を埋没させていった。それを橋渡しにして、唾液をとろとろと春菜の舌の上に落としていく。くちゅ……ちゅぷっ、ちゅっ―――時折その舌をくねらせながら、たっぷりと唾液を流し込み、春菜がこくりと喉を鳴らしてそれらを嚥下すると、ようやく月彦は唇を離した。
「はっぁ……」
二人が同時に、熱っぽい息を吐いた。
「……春菜さん、いいですか?」
月彦はオモチャでもねだるような声で、春菜の背中に屹立したままの肉柱を擦りつけ、猫耳の中に囁きかけた。肉柱の先には、既に先走りの透明な汁が滲んでいて、月彦が先端を擦りつけるたび、それらが塗りつけられていく。
「ぁあっ……そんなっ……ッ……ダメ…………です………………」
背中に熱いものが擦りつけられる都度、春菜は声を震わせて抵抗の意を示す。だが、それもか細い……毅然として要求をはねのけるのではなく、どこか勢いに飲まれて、流されてしまいそうな、そういう危うさを含んだ抵抗だった。
月彦が猫耳の中に口を忍ばせ、中に生えている白い、細い毛を食むように舌で愛撫し始めると、春菜はより一層甲高い声で鳴いた。ぴちゃんっ、ぴちゃんっ、と尻尾で水面をうちながら、ぶるるっ……と体を震わせ、腰を焦れったそうにくねらせる。
つ……と、月彦の右手が乳房から離れ、きゅっとしまったウエストを通ってそのまま下へと向かうと、その目的を察したのか、春菜はびくんっ、と大きく体を跳ねさせた。
「だっ、だめっ……ですっ……!」
月彦の中指が濡れた恥毛に触れようとした刹那、春菜の右手が手首を掴んでそれを制そうとした。だが、弱々しいその力は月彦にとってさしたる障害とはならず、指先はあっさりと目的の場所へと到達した。
固く勃ちはじめた突起をわざとさけて、月彦はその下へと指を這わせた。春菜の抵抗とは裏腹に、そこは熱く蕩けた蜜に満ち、瞬く間に月彦の指はとろとろになってしまった。
くちくちと指先で蜜を弾くようにして肉唇を弄ると、春菜は惚けたような声を出して僅かに脱力した。さらに……と月彦の指が蜜泉の中に潜り込むような素振りを見せると、今度は一転抵抗するように体を強ばらせた。月彦は一旦手を止め、再びその大きな耳の中へと鼻面をねじ込んだ。
「あふっ……うっ…………!」
白い毛を唇に含み、唾液を含ませた後舌で転がし、凍えるように小刻みに揺れる耳の裏側を丹念に舐め上げる。余程敏感な場所なのか、唾液を塗りつけられる都度、春菜は泣きそうな声を上げて体を震わせた。その右手がくっ……と月彦の腕を掴み、何かに耐えるように爪を立てる。
「ま、待って…………待ってくださいっっ…………」
堪えきるのは無理と判断したのか、突然春菜が叫ぶような声を上げた。ちゅ……と、小さく口づけをした後、月彦は一旦顔を離して春菜を見下ろした。
「く、口で…………口で……します、から…………だから…………」
月彦を見上げながら、懇願するように言った。だから、それで許してください……と目尻に涙を溜めて。
「…………わかりました」
懇願する春菜の表情にゾクゾクとこみ上げてくるものを感じながら、月彦は小さく頷いた。僅かに、口の端を歪ませて、心の奥では既に、その約束を反故することを考えながら…………。
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