＜sp2-4＞

　　月彦は側の巨岩にもたれるようにして立つと、ぐいと肉柱を誇張するように突きだした。
「さあ、春菜さん」
　月彦に声をかけられ、びくんと体を震わせてから、春菜は恐る恐る……という感じで眼前の肉柱に両手を伸ばす。湯に濡れた細い指がしなやかに、ゆっくりと絡み付いてくる。グロテスクに血管の浮き出た赤黒い肉柱にはあまりに不釣り合いなその白い指は如何にも頼りなく、儚げだった。
「……早く」
　少し、苛立ったような声で月彦が呟くと、春菜は観念したのか、キュッと瞼を閉じて、口づけをするように肉柱の先端へと唇を近づけた。
「んっ……」
　微かに吐息の漏れる唇を割開きながら、肉柱が徐々にその口腔内へと埋没していく。春菜は一度口いっぱいにその肉塊を頬張ってから、一旦抜き、そして再度唇を寄せると、ちろちろと舐めるように舌を這わせ始める。
「うっ……ッ……」
　春菜の舌が触れたとき、月彦は思わず呻き、仰け反っていた。キスをしたときは気がつかなかったが、春菜の舌は猫のそれのようにザラザラとしていて、ただ舐められているだけでもかなりの刺激があった。
「……続けて下さい」
　月彦は少し上ずった声で言いながら、撫でるように春菜の髪に手を載せた。春菜は、月彦に促されるままに、肉柱の付け根から、先端までをそのザラ舌で丹念に舐め上げる。
「んはっ……んっ……」
　竿の部分をひとしきり舐めたかと思えば、今度は先端の方へと一気に駆け上がってきて、ちゅっ……と吸い付き、僅かにわき出ている透明な液を啜り、糸を引いて唇を離す。そのままカリ首のあたりを舌先で引っ掻きながら、啄むようなキスを各所に残していき、再び筋を辿るように舐め上げる。
　月彦はザラ舌の新鮮な感覚の虜になっていた。痛いこそばゆいような、妖猫族特有のその舌、真央や真狐との絡みでは得られない快楽がそこにはあった。
「……春菜さん」
　たっぷりとザラ舌の感触を堪能した後、月彦はついついと手招きをして、春菜に自分の方を向かせた。そして、その大きな耳の中にそっと、思いついた考えを囁きかける。えっ……と、春菜が声を漏らして、俄に顔を赤くした。
「……これで、いいんですか？」
　春菜は、如何にも重そうな双乳を両側から押し上げ、にゅむりと肉柱を挟み込む。月彦が満足げに頷くと、そのまま胸を上下させてにゅりにゅりと擦り始める。巨乳が動く都度、その下辺が湯にあたり、たぷたぷと音を立てた。
「……上手、ですね」
　月彦が褒めると、また春菜は少し顔を赤くして、左右の乳を僅かにずらすようにして動きに変化をつけ始めた。僅かにとろみのある温泉の湯がローションの代わりになってにゅるにゅむと巨乳の合間で擦りあげられる肉柱は左右に揺れ、快哉を叫ぶようにビクビクと震える。
「口も……」
　月彦が小声で促すと、春菜は言われるままに肉柱の先端に唇をつけた。
「んっ……！」
　僅かに噎びながら、先端をくわえ込み、ザラ舌で丹念に愛撫する。同時に、にゅむにゅむと巨乳で竿を圧迫し、擦りあげる。
　視覚的にも、感覚的にも否応なく興奮が高められ、月彦は徐々に息を荒くしていった。春菜の動きに合わせて、自らも少しずつ腰を動かし、柔らかい乳の感触をこれでもかと堪能する。人妻の、熟れた肉体は天然のローションと相まり、膣の中とはまた違った快楽を月彦に与えた。
「春菜……さん……っ……」
　絞り出すような声。月彦は息を乱しながら、春菜の頭を両手で掴むと、ぐっと自らの股間に押しつけた。春菜が苦しげに噎ぶが、お構いなしとばかりに、そのまま腰を使い、はあはあと息を荒げていく。
　後頭部の痺れが、徐々に大きくなっていた。視界が真っ白に染まり、火花が散る。痺れが、徐々に全身に広がり、腰の辺りに収束していく。
「くっ―――」
　収束したものが一気に爆ぜ、駆け上るその瞬間、月彦は顎を引いて、かり……と爪で軽く春菜の髪を引っ掻くようにした。刹那のうちに、白濁とした奔流が肉柱の先端から迸り、眼前のメス猫を汚す―――筈だった。
「ッ……あ、くっ……！？」
　突然襲ってきた、その未知の感覚に月彦は軽い混乱に陥った。がくんっ、がくんと腰が揺れ、耐え難い焦燥と、痛みが肉柱の方から伝わってくる。ずっ……と、何かが肉柱の先端、鈴口を塞ぐようにめり込んできていた。
「は、はるな……さっっ……」
　月彦が苦痛めいた声を上げると、春菜は肉柱の先を口に含んだまま、僅かに顔を上げて月彦の方を見た。濡れた瞳が悩ましげに細められ、その奥には紫色の妖しい光が宿っていた。
　噴出口を塞がれ、行き場を失った白濁汁が暴れるように、肉柱がビクビクと波打つ。その都度、月彦は如何ともしがたい苦痛と同時にそれらが取り払われる瞬間への期待を無意識に高めていた。
　一分……いや、ひょっとすると数分、もしかしたら十秒にも満たない時間の後、春菜はつっ……と鈴口に差し込んでいた舌先を引き抜いた。と、同時にストローかなにかからジュースでも吸い上げるように、溜まりに溜まっていた精液を吸い上げた。
「はううぅっっ！！！」
　刹那、月彦は悲鳴に近い声を上げながら、弓なりに体を仰け反らせて天を仰いでいた。ドリュゥウウッ！！そんな音を立てながら、肉柱の管の中にたっぷり溜まっていた白濁汁が吸い上げられる。通常の射精の場合の数倍の速度で尿道を駆け上がっていくそれらは、途方もない快感と満足感を月彦に残して、春菜の唇の中へと吸い込まれていった。
「んっ……ぷっっんっっっ……」
　気品に満ちた、形の良い眉の間に皺を刻みながら、春菜は口腔内にこれでもかと溢れる生臭い液体を喉を鳴らして嚥下する。ごくりっ、ごくんっ、ごくっ……後から後から溢れてくるゲル状のそれに、とうとう追いつかず、口の端からとろりと白いものが一筋、垂れた。
「はあぁ…………ああぁあっ……！」
　月彦は春菜の髪の毛を掻きむしりながら、最後の一滴までその口の中に流し込むと、ようやく両手を離した。少し遅れて、春菜がゆっくりとした動作で顔を上げる。ちゅぽっ……と音を立てて、その唇から肉柱が引き抜かれた瞬間、春菜は僅かにけほけほと噎び、口の端から垂れた白濁を左手で拭った。
「……これで、許して、……頂けます……か？」
　はあはあと呼吸を乱しながら、春菜は恐る恐る月彦の顔を見上げる。頼りなげな瞳には先ほど一瞬見せたような妖しい光は微塵もなく、不安に満ち、今にも涙が溢れてしまいそうだった。
　月彦はそれを見下ろしながら、またあのゾクゾクとこみ上げてくるものを感じていた。頭の後ろが痺れて、くっ……と、口の端が歪む。
「春菜さん、それは……これを見てから言ってもらえませんか」
　と、月彦は股間の肉柱を誇張するように、春菜の鼻面につきつける。あれほど盛大な射精をした直後だというのに、その肉柱は幾ばくもしなびることもなく、むしろ膨張したのではないかと思うほどに力強く屹立し、天を仰いでいた。
「……そん、な……」
　春菜は信じられないとばかりに僅かに首を振り、そして俄にその場から逃げ出すような素振りをした。―――が、それよりも早く月彦の両腕が春菜を捕らえる。
「逃がしませんよ」
　月彦が意地悪く囁きかけ、ぎゅうと両腕に力を込める。包容というにはあまりに荒々しいその中で、春菜は観念したように体の力を抜き、瞼を閉じた。
「……向こうを向いて、手を着いてください」
　月彦に促されるままに、春菜は巨岩の方を向き、そこに両手をついた。僅かに振り返り、怯えるような視線を月彦に向けてくる。
「……尻、上げて」
　心中の不安を示すように、頼りなさげな動きをする猫尻尾の中程を掴み、ぐいと乱暴に引き上げる。春菜が小さく悲鳴を上げて、肉付きの良い尻を上げると丁度、月彦に下半身を差し出すような形になる。その光景に、思わずゴクリと喉が鳴る。
　巨大な白桃のような尻に手を伸ばし、撫で回しながらふと、月彦は昼間のことを思い出していた。和服の上からでもありありと解るほどに熟した、美味そうな肉体―――それを今、好き放題にしていると思うだけで、鼻血が出そうなほどに興奮が高まる。
　本能の赴くままに、両手で尻肉を掴む。ぐにぃっ、と力を込め、そのまま円を描くようにこね回すと、ぞわぞわと尻尾が毛を逆立てながら直立を始めた。その付け根の辺りに、舌を這わせる。
「あっ……！」
　と、声を出して、春菜がびくんと体を震わせる。それまで、やや膝がくの字に曲がっていたのが、ぴんっ……！とつま先立ちするように強ばった。月彦は両手で尻を揉み捏ねながら、まるでむしゃぶりつくように舌を這わせる。。
「あっ……あっ……ぁっ…………そこっっ……ぁっ…………だめっっ…………尻尾、っ……ぁっっ……！」
　そして時折、尾の付け根の辺りへと舌を這わせると、春菜は巨岩にカリカリと爪を立てながら声を荒げる。上半身は岩に乳を押しつけるような形で脱力している反面、下半身は両足がぴんと強ばり、尻だけを高く上げて、尻尾も直立させていた。丁度、牝猫が尻尾の付け根を撫でられるとそうするように―――。
「ぁっ……い、嫌っっ……私っ…………尻尾っ、だめなんですっっ……ぁっふっっ……そんなっっ……擦っっ……あぁぁ……！」
　ぴんと両足をつっぱらせたまま、尻だけを左右に振っていやいやをする。が、そんなことはお構いなしに、月彦は尻尾の付け根の辺りを強く擦りあげ、キュッと窄まった菊座の辺りからつつつと舌を這わせ、最後には尻尾を甘噛みするということを繰り返す。その都度、春菜は押し殺しきれないといった声で戦慄き、何かを我慢するようにびくびくと尻を震わせた。
「ぁっっ……あふっっぁ……だ、ダメっっぁっあっ、あァッッ！！」
　春菜が一際高い声を上げて、びくんと尻を大きく震わせた。それは一度だけに留まらず、びくんびくんと立て続けに十数回、痙攣するように続いた。それまでぴんと突っ張っていた両足ががくがくと震えて、今にも崩れ落ちそうになる。それを支えるように、月彦が両手でグッと尻肉を掴む。両手の親指でぐいと秘裂を割開くと、溜まっていた蜜がトロリと糸を引いて白い湯へとしたたり落ちた。
　月彦は口元を緩ませて、先ほどから硬直しっぱなしの肉柱の先端を割り開いたそこへとあてがった。
「ひっっ……やっ…………やぁっ……ぁ……」
　反射的にびくりと春菜が体を震わせて、腰を引くような素振りを見せる。と、月彦は両手を尻から腰のくびれへと移動させて、逃げられないようにしっかりと掴んだ。
「挿れます、よ……」
　春菜の体に覆い被さりながら、先ほどから伏せっぱなしの猫耳の中に囁きかける。やっ……と春菜が小さく悲鳴を上げた瞬間、月彦の手に力が籠もった
「い、嫌っっぁっっ、っっっあッくっっふッ！！！！」
　春菜が叫ぶのも聞かず、月彦は両腕に力を込め、春菜の尻を引き寄せながら、自らも腰を突き出した。大きく膨れあがった肉柱の先端が、控えめにヒクつく肉唇を軋ませながら割開き、ずぷずぷと埋まっていく。
　春菜の膣はゾッとするほど熱く、火照っていて、トロトロの蜜ですっかり濡れそぼっていた。肉柱をゆっくりと進ませると、その大きさに合わせるように柔軟に膣道が広がり、歓迎するようにちゅるちゅると締め付けてくる。
「あっっふ…………くひっっ……！！」
　尻尾を立てたまま、春菜が苦しげに息を吐く。月彦は一旦挿入の手を止めてから、その体に覆い被さった。
「……まだ、半分くらいしか入ってませんよ」
「えっ……そん、な…………ぁ、ひっっあッッッ！！！」
　春菜が口を開いた瞬間、一気に月彦は腰を突き出し、ごちゅっ……とその最奥を突く。そのままぐっ……ぐっ……と先端を子宮口に擦りつけるように突きだし、春菜の膣の感触を堪能する。
「ぁっ……ぁっ…………こんな、奥、まで…………ッあふっっ、ぁっっ…………」
　春菜は体を串刺しにする肉杭の圧迫感に息もまともに吸えず、はっ、はっ……と浅い呼吸を何度も繰り返す。
　一方、月彦は最奥まで挿入したまま、再び春菜に被さり、ギュウと抱きしめた。まるで、この牝は自分のものだ―――そう主張するように、肉槍を突き刺したまま、たぷたぷと揺れる巨乳を鷲づかみにして、絞るように揉む。
「……凄く、深くて……痛いくらい絡みついてきますね…………最高です、春菜さん」
　白いうなじに舌を這わせながら、ぐりんぐりんと月彦は腰をくねらせる。その都度、深く刺さった肉槍がねじれ、春菜は叫ぶような声を上げた。体は両手でがっしりと抱きしめられ、牛のように実ったその乳房にはかぎ爪のような指がしっかりと食い込み、さらには体の中心部に深く、肉の杭が突き刺さっていては逃げるに逃げられない。
「あくぅぅうっっ！　そ、……なっっ……動かさないで、くださっっふっっあっ、くッ……んんんんっっ！！！」
　動かさないで―――その春菜の意志を汲んだように、その膣が痛烈に締まった。ぷちゅっ……と音を立てて、余分な恥蜜が結合部から飛び出すほどに、肉襞が剛直にみっちりと吸い付いてくる。月彦もあまりの密着感に、思わずうぅと呻いてしまう。
「春菜さん、締めすぎ、です……」
　両手で、キュッ、と胸の先端をつまみ上げながら、月彦は小刻みに腰を前後させ始めた。初めはただ、体を揺さぶっているだけのそれが、徐々に抽送へと変わっていく。小刻みなその動きはこちゅこちゅと音を立てて春菜の子宮を揺さぶり、声を上げさせた。
　動けば動くほど、その動きを抑制するように膣内は締まった。それを、無理矢理割開くようにして先端を埋めていく。舌と同じように、僅かにザラっとした膣壁は恥蜜のローションと相まって絶妙な刺激を肉柱へと与えてくる。ザラ舌の口戯宜しく、月彦にとっては未知の快楽だった。
　抱きしめるようにして双乳を掴んでいた手を離し、再び春菜の腰へと添える。と、それが合図だったかのように、月彦は大きく腰を引き、一気に突き入れた。白い尻が、柏手を打ったような音を立ててぷるんと揺れる。
「やっっ……つ、月彦さっッッ……あひッぃいィッ！あ、あくっ……ふ、んふっぅ！ッ……はあ、あっんっっ、くっあッあぁッ……！」
　春菜がたまらず悲鳴を上げるも、月彦は一切容赦せず、肉の槍を春菜の膣へと突き刺していく。月彦が腰を引くと同時に、肉柱の後を追うようにして狭まる膣内。それらが再び押し開かれ割り開かれ、奥の奥までみっちりと凶悪な肉塊に占領され、最後にはごちゅんっ、と子宮を揺さぶる一撃を残して、再び肉槍は戻っていく。
　何度も何度も、春菜が声を荒げて制止を懇願しても、尻尾を固く直立させて絶頂を迎えても月彦は手を止めない。むしろ、春菜が叫ぶような声で懇願する都度、サディスティックな笑みを口の端に浮かべて、より一層激しく月彦は責め立てた。
　巨悪な質量の肉槍にこれでもかと突かれ、何度もイかされ、春菜が上半身をくったりと巨岩にもたれさせ両足が今にも崩れ落ちそうなほどガクガクと揺れる頃になって、漸く月彦の方にもその兆しが見えてきた。
　ごちゅんっ、ごちゅんと長いストロークで恥蜜を掻き出すように突いていた腰の動きを途端に制止させて、目の前に広がる、春菜の白い背中を両手で慈しむように撫で回す。
　春菜はといえば、はーっ……はーっ……と月彦の動きが止まって尚、肩を激しく上下させて荒い息をついていた。背中には湯とはちがう、玉のような汗がいくつも滲んでいた。月彦はそれらを集めるように背中を愛撫し、ついと脇の下を通って、先ほどまで今にもこぼれ落ちそうな程に前後左右に暴れ回っていた双乳をしっかりと掴んだ。
「……このまま、膣内《なか》で……いいですか？」
　ぼそぼそと囁きかけると、それまで呼吸を整えることに必死だった春菜が、はっ……と月彦の方を振り返った。
「だ、ダメっ……ですっ、そんなっっ……外っ、外に―――あくぅううッ！！！」
　春菜が喋り終える前に、月彦は体を起こして動きを再開させた。もとより、意見など聞くつもりはない―――そういう動きだった。春菜の腰のくびれをしっかりと掴み、先ほどまでの長いストロークとは違う、小刻みに腰をゆすってパンパンと尻を鳴らして責め立てる。
「あっ、ぁっあァッ！ ぁっっくっっ……だめっっ…………月彦さんっっ、外でっっ……外、でぇェッッ！！」
　凶悪な質量の肉塊にむちゃくちゃに掻き回されながら、春菜は泣きそうな声で嘆願する。が、その嘆願を嘲笑うように、肉槍が一際深く挿入された。
「やっ―――」
　春菜が怯えるような声を出した瞬間、びくびくと肉槍が震えた。次の瞬間、びゅるっ……と、濃いゲル状の白濁が勢いよく打ち出さる。びゅっ、びゅるっびゅ！―――立て続けに、何度も、何度も。
「あッ……あぁッ……やっっ、な、膣内《なか》…………に……ぃぃ……」
　弁の壊れた水道管のように、びゅくびゅくと絶え間なく打ち出される白濁の奔流。終わりが無いのかと思いたくなるほど、執拗に打ち出され、膣内を白く汚した、
　ふぅう……と月彦が満足げに息を吐き、びくびくと痙攣する肉襞の感触を楽しみながら、ゆっくりと腰を前後させた。まるで自分の出した白濁汁を肉襞に塗りつけ、マーキングでもするように……。
「つき、彦……さん……これで、もう…………」
　はーっ、はーっと息を荒げながら、春菜が振り返り、哀願の視線を向けてくる。これでもう、終わりにしてください―――そういう目だ。
　月彦は一瞬、終わりにしても良いかなと思った。二度の射精でだいぶスッキリしていたし、微かに疲労も溜まっていたからだ。だがその時また、例の甘い香りがつんと鼻腔を突いた。同時に、ジンジンとした……痺れのようなものが広がる。……たちまち、消えかけていた性欲がむらむらと頭を擡げてくる。
「……ダメですね」
　冷淡な口調だった。そして同時に、僅萎えかけていた剛直がぐぐぐと力を取り戻す―――春菜にもそれがわかったのか、僅かに怯えるような声を出した。
「あぁ……そんな…………っ……」
　春菜が悲鳴を上げる。それが、新たな陵辱の合図だった……。

　

---

　変な気分だった。
　露天風呂で春菜を抱きながら、月彦は意識の隅で漠然とそう感じた。何かが変だ、と。
　確かに、男として……春菜の魅力に性的欲求を感じたのは事実だ。だが、それはあくまで『うわぁ……この人綺麗だなぁ』程度のもので、決して無理矢理押し倒して、貞操を奪ってやりたいと思うような暴力的なものではなかった。
　以前、何度か媚薬や強壮薬のようなものを飲まされ、ケダモノの如くなったこともあった―――が、それとはまた違った感覚だった。
　具体的にどう違うか……と問われれば、月彦は首を傾げざるを得ない。とにかく、春菜に『やめて……』と言われれば言われるほど、興奮が高ぶり、収まりがつかなくなる。
　春菜が懇願すればするほど、月彦の中の暴力的な部分が増大し、底抜けに意地悪な口調になる。そして、平気で、春菜との約束を反古するのだ。
　そんな”意地悪な月彦”を意識の片隅で見守る自分が居る―――そんな感じなのだ。絶頂を迎えた瞬間だけ、僅かに”意地悪な月彦”は顔を引っ込めるが、すぐにまた交代することになる。そのきっかけが、あのジンジンと後頭部が痺れるような感覚だった。

　露天風呂で、月彦はこれでもかというほど春菜を抱いた。春菜は背後から強引に、しっかりと腰を掴まれ、崩れ落ちることすら許されず、白濁と愛液に濡れた太股をがくがくと揺らして、犯され続けた。
　月彦が射精をして、マーキングをするように肉襞に精液を塗りつけてると春菜は泣きそうな声で制止を呼びかけてくる―――が、そのたびに月彦は鼻息荒くいきり立ち、剛直も力を取り戻し、再び彼女の体を嬲った。
　端から見れば、一方的な陵辱に見えなくもないそれがどれほど続いたか、わからない。月彦は背後から突くのに飽きると、今度は手頃な石の上に座り、向かい合うようにして春菜の体を貪った。両手で尻を抱え、上下に揺さぶりながら突き上げ、眼前でたぷたぷと揺れる乳の先端を吸う。
　結合部からはぐぷぐぷとくぐもったような音が常に響き、幾度となく中出しされたそこは恥毛まで真っ白に染まっていた。

「ぅっ、ぁっっ……あふっぁっっ……つ、月彦っっさっっんっっぁあっぁっ…………ッ！！」
　特大の肉槍で下腹部を掻き回されながら、春菜は月彦の背中に両手を回し、掻きむしった。絶頂―――というには、あまりに頻繁な波に翻弄され、ギュウギュウと月彦にしがみつく。そしてその肉襞も、両腕と同じように痛烈に月彦の肉柱を締め上げた。
「くっ…………！」
　月彦も僅かに呻き、ぐっと尻を掴む手に力を込める。と、同時にドクドクと春菜の膣奥で白濁が弾け、どぷっ……と結合部から溢れ、湯にぼたぼたと落ちた。
「あ、ひっ……ぃッッ…………！」
　月彦の肩に爪を立てながら、春菜は自らの体内に新しく吐き出された白濁汁の感触に身震いする。しばし、ぶるぶると体を震わせた後、糸の切れた某のようにかくんと月彦の胸板にもたれ掛かった。
「…………っ……ね、が…………い、です。後生、ですから……もう、これ、で………………」
　ぜえぜえと息を切らし、そして恐る恐る月彦を見上げる。涙で潤んだ瞳には不安と怯えが入り交じり、ゆらゆらと揺れていた。
「……そう、ですね」
　月彦も僅かに、疲労の色が濃くなった顔で、安堵を促すような笑みを春菜に向けた。今日はもう、終わりにしましょう―――そう言うつもりだった唇が、空をきった。言葉は出ない。ジィン……と、また頭の奥が痺れた。
「……続きは、春菜さんの部屋に行ってからにしましょうか」
「ぇっ…………続き、って……」
　えっ……という顔をする春菜に、月彦は微笑みかけながら剛直の先でぐりぐりと膣奥を抉った。あふっ……と春菜が声を漏らして身震いする。その耳に、月彦はそっと鼻面をねじ込む。
「……まだ、抱き足りないんですよ」
　囁き、白く細い毛を優しく食む。月彦はこの短い睦み合いの中で、そうすると春菜が反論も抵抗もできなくなるのを知ったのだ。
「体を洗って、それから部屋で…………」
　いいですね？とばかりに、巨乳の先端をついとつまみ上げる。春菜は戸惑うように、紫色の光が籠もった瞳をゆらゆらと揺らして、そして小さく頷いた。

　春菜の寝室は、月彦のそれよりも狭い、質素な部屋だった。畳敷きの四畳ほどの小部屋……まさに”寝るため”だけの部屋だった。これほどの大邸宅の持ち主にしては、意外すぎる気もするが、そんなことは今の月彦にはさして関係なかった。
　露天風呂で一旦体を洗い、そして申し訳程度に服を着て、春菜の案内の元に彼女の寝室へと来た。部屋の中央には白い布団が既に敷かれていた。枕元には灯籠が置かれていたが、灯が入っていないため、室内は殆ど真っ暗闇だった。
　月彦は障子の戸を後ろ手に閉めると、一も二もなく布団に春菜を押し倒した。春菜は僅かに悲鳴を上げる他は、さして抵抗する素振りをみせなかった。するだけ無駄と悟ったのか、それとも抵抗するだけの体力ももう無いのかは分からない。
　疲れは、当然月彦の方にもあった。全身が気怠く、筋肉に乳酸がたっぷりと溜まっているのがありありと解る―――が、不思議と眠気は感じない。むしろ頭は冴えに冴えていた。
「春菜さん……」
　障子紙越しで僅かな月明かりが入ってくる以外は、殆ど真っ暗と言っていい空間。月彦は手負いの獣のように荒々しい息を吐きながら、春菜に被さる。脱衣所を出るときにやむなしに来た浴衣の下にはなにもつけておらず、既に膨張しきった肉根が十数度の射精も何のそのとばかりに力強く屹立していた。
　春菜は力無く組み敷かれながらも、その瞳だけはキラキラと輝かせていた。恐らく、彼女の意図的なものではなく、妖猫族の特徴なのだろう。殆ど明かりの無い場所でも、猫の目だけは煌々としているものだ。
「……あぁっ……」
　月彦の右手が、襦袢の上から春菜の胸元に触れた。ふくよかなそれは仰向けになって尚形を崩さず、弾力を保ったままだった。月彦はゆっくり、円を描きながら揉みしだき、そのままごく自然な動きで襦袢の下へと手を差し込んだ。
「……乳首、勃ってますね」
　意地悪く囁きかけると、春菜は小さく声を漏らして、身を固くした。春菜のそんな小さな抵抗など関係ないとばかりに、月彦は襦袢の下で、すくい上げるようにして乳肉を揉む。
「ぁ……やっっ…………」
　襦袢を両側に割り開き、両方の乳房を露出させると春菜は僅かに声を漏らした。月彦は一瞬春菜の顔に目をやった後、その下でツンとせりあがっている突起部にむしゃぶりついた。
「ぁ、あんっ……！」
　絞るようにこねながら、ピンピンにしこった乳首をちうちうと吸い上げる。春菜は左手の甲を唇にあてながら、しばし声を押し殺すようにしていたが、やがてそれも漏れ始めた。
　一際強く吸い上げ、唇だけで乳房を持ち上げるようにすると、春菜はそれにあわせるように体を弓なりにしならせた。ちゅぱっ、と音を立てて月彦が唇を離すと、途端に甘い声を出して、再び背を布団につける。少し遅れて、ぴくぴくと震える乳首に糸のようになった唾液がふりかかり、絡み付く。
　月彦はたっぷり時間をかけて、春菜の巨乳を堪能した。春菜のそれは真狐のより僅かに大きいような気がしたが、どちらにせよ男を狂わせる巨乳という点で変わりはない。
　柔らかい肉に唾液を塗りつけるようになめ回しながら、月彦は襦袢の紐を解きにかかった。真っ暗闇というのと、舌で愛撫をしながらということもあって、少しばかり時間がかかった。紐を解いてしまえば、あとは左右に開くだけだ。
　あっ……と声を出したのは春菜だった。襦袢を左右に開いた瞬間、両手を足の付け根に這わせて、そこを隠すような素振りをしたのだ。いまさら……と月彦は苦笑をしながら、春菜の両手首を掴み、強引にその場所から引きはがした。
「やっ、やぁっ…………！」
　それまでされるがままだった春菜が急に暴れ出す―――を、月彦は無理矢理、両腕の付け根を押さえつけた。そのまま春菜の上に被さり、いきり立った股間の凶器を上手い具合に秘裂へとあてがう。
「ぁっ……くっっ、うッ！！！」
　肉の槍が深々と突き刺さった刹那、春菜はくぐもった声を上げてびくりと体の動きを止めた。まるで、肉のピンで串刺しにされ標本にされた、淫らな揚羽蝶のように。
　その一瞬のうちに、月彦は春菜の背中へと両手を回し、しっかりと上半身を固定したまま膝を立て、ズンッ、ズンッと腰を大きなストロークで春菜の中を掻き回した。
「ぁっっ、ぁあっぁっぁっ、うっっ！ くっ……はっ、ぁっ！！！」
　月彦の背中を掻きむしりながら、春菜が悲鳴を上げる。凶悪な肉根が無茶目茶に春菜の体の中を掻き回し、グチョグチョにしていく。
「ッ……春菜さん、爪……痛いっ、ですっ、よっ」
　仕返しだ、とばかりに、月彦は春菜の耳を甘く噛む。あッ……と春菜が声を上げるのも構わず、くにくにと優しく歯先で弄りながら、その内側をぞぞぞとなめ回しながら、剛直の先端で膣奥をぐいぐいと押し込む。―――あああァッ！、と大声を上げて、春菜が一瞬体を跳ねさせた。耳を舐められ、びくびくと体を跳ねさせて暴れる春菜を月彦はさらに押さえつけ、無理矢理に肉槍を突き刺す。そのまま、∞を描くようにぐりんっ、ぐりんと腰をくねらせ、何度も何度も春菜を戦慄かせた。
「はぁっ……ぁっ、ああァあぁッッ！！！ くっっ……ッ！はふっぁ、きッ……彦っ、さっっ……ぅッ……やめっっ……もっっ……やめっっあひぃぃィッ！！！」
　月彦の腰に、白い太股を絡み付かせながら、春菜はのけぞり、懇願する。既に瞳からは涙が溢れ、いやいやと首を振る都度、泣き黒子を濡らして雫が布団へと滴り落ちた。
「はあぁっっ…………ぅッ……！」
　月彦が大きく息を吸い、吐く。それに合わせて、ぐりぃっ、と剛直を奥深くまで埋没させる。それが何を意味するのか、幾度となく繰り返された春菜は咄嗟に全身を強ばらせた。
「あああぁあッぁ……また、膣内……でっっ……………………」
　どくんっ、どくんとはき出される濁液の感触に、春菜は僅かに膣襞を痙攣させて脱力した。が、月彦は何事も無かったように体を起こすと、春菜の腰を掴み、そのまま後ろに倒れ込んだ。
「えっ…………きゃッ……！」
　強制的に男に跨るような体位へと導かれ、春菜が戸惑いの声を上げる。
「そん、な…………まだ………………」
　肩で息をしながら、春菜が呟く。両手で肩を抱き、怯えるようにぶるぶると体を震わせる。上気した肌と、すっかり濡れそぼった瞳のせいで、見ようによっては陵辱が続くことを喜んでいる風に見えなくもない。
「……動いて下さい」
　月彦は必要なことだけ呟くと、ずんっ、と一度だけ腰を上げて春菜を突き上げた。あうっ、と小さく呻いて、春菜が腰を動かし始める。
　はーっ……はーっ……、荒い息を吐きながら、バランスを取るように両腕を軽く曲げて広げ、春菜は腰を前後させる。だがその動きは如何にも辿々しく、弱々しい。
「…………なんならまた、後ろから突いてあげましょうか」
　少しばかり苛立った口調で月彦が呟くと、途端に春菜は体を竦ませた。ひっ……と声を漏らし、それから一瞬動きが止まる。
　次の瞬間から、春菜は大胆に腰を使い始めた。月彦の胸板に両手を置き、ぐっ、ぐっ……と前後左右に揺するような動きをしたかと思えば、今度はダンサーの様に腰を大胆にくねらせ始めた。
　その反動で、たっぷんたっぷんと巨乳が揺れる。月彦は一言、重そうですね……と意地悪に囁いてから、両手でそれらを押し上げ、もみくちゃにした。
　さすがは元人妻というべきか、春菜は腰の使い方を心得ていた。年期だけでいえば、恐らく月彦など足下にも及ばないだろう。乱雑に、若さに任せたような責めをする月彦とは裏腹に、熟練された動きでじわりじわりと月彦を追い込んでいった。
「んっ……いいですよ、春菜さん……。もっと、動いて…………」
「っ………………は、い……ぁっ……ッんっっ……！」
　春菜は月彦に促されるままに、ますます腰の動きを早めていく。それに比例するように、呼吸も、喘ぎも荒くなった。
　途中で一休み……ということは許されていない。腰の動きを落とせば、途端に月彦の指がわさわさと動き、巨乳をもみくちゃにしては敏感な乳首を摘み、こね、催促するように引っ張り上げるのだ。
　春菜の動きが荒っぽくなるにつれ、結合部から漏れる音も大きくなる。ぐぷっ、ぐちゅっ、ちゅぶっ―――春菜が動きにあわせて白っぽく白濁したとろとろの蜜があふれ出し、月彦の腰と、布団を濡らしていった。
「はっ……はっ……　ぁっ、ぁあぁっっっんんっっんッぁッ…………ッッッ！！！」
　春菜が僅かに甲高い声を上げて、びくびくと体を震わせる。それに呼応して、膣内のほうはこれでもかと肉柱を締め上げてきた。
「ッ…………春菜、さんっ……！」
　月彦は咄嗟に、春菜の腰をぐっと掴んでいた。彼女が腰を引けないように、逃げられないように、だ。その状態のまま、ぐっと腰を突き出すように持ち上げた。刹那のうちに、びゅっ……と、絶頂の証である牡液が溢れて、春菜の膣を白く染め上げる。
「あぁぁ……うッ……」
　熱い白濁のうねりを受けて、僅かに春菜が色っぽく喘ぐ。そのまま、びくんっ、びくんと肉襞を痙攣させて、かくんと脱力した。……その尻を、ざわざわと月彦の手が這う。
「……春菜さん、まだですよ」
　後頭部の、ジンジンとした痺れに促されるように、月彦は呟いていた。
「……今度は、尻尾を擦りながらシてあげます」
　ざわっ……と、月彦の手が、春菜の猫尻尾へと伸びる。あっ……と、春菜が身を竦ませるが、月彦は手を止めない。
「あぁ…………月彦、さん…………」
　月彦にぐったりと持たれながら、春菜が泣きそうな声で呟く。だが、声とは対照的に、その瞳は妖しい光に満ち、唇には愉悦の色が浮かんでいた……。

　

　

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　―――真夜中。
　風の音か、虫の声か、知らせか、昼間寝過ぎたのか、もしくはただ布団と毛皮のせいで体温が上がりすぎて寝苦しかったのか、とにかく何らかの理由で真央は唐突に目を覚ました。
　むくりと体を起こして、部屋の様子をうかがう。……室内は当然暗く、真央はまだ夜中だと知って僅かに落胆した。
　布団から抜け出し、ぶるぶると体を震わせる。布団の中に入っていたせいで毛皮に変なクセがついて気持ち悪かったのだ。
　しばらく毛繕いなどをして、ようやく得心がいったのは数分後だった。これでばっちりっ、父さま見て―――そんな仕草で、真央は月彦が寝ている筈の布団の方をくるりと見た。
　がーん！
　真央は口をあんぐりと開けてわが目を疑うように数回瞬きをした。となりで寝ているはずの月彦の姿はそこにはなく、布団だけが乱雑に捲られ、もぬけのからだったからだ。真央の脳裏に、ふと昼間のことが思い浮かんだ。団子を食い過ぎて昼寝をしている間に、月彦は自分を置いてどこかへ行ってしまっていたのだ。
　すぐに戻ってくるかと思って、真央はしばらくジッと待っていた。が、月彦は一向に戻ってこなかった。そのうち、だんだんと真央の心中で、時限装置のように不安がその容積を大きくしていった。そしてそれは唐突に爆ぜた。
　捨てられた！―――と思った。
　慌てて真央は屋敷を、庭を走り回り、月彦を探した。程なく月彦の匂いを見つけ出し、一心不乱に駈けた。月彦は温泉に入っていた。
　慌てふためく真央を見て、月彦はさも不思議そうに首を傾げていた。真央は父親のそんな顔を見て安堵すると同時に腹も立てた。突然置いて行かれ、自分がどれほど不安だったのか毛ほども伝わってないと思った。
　突然ただの狐に戻ってしまい、訳が分からないのは真央も同じだった。もしかしたら一生このままかもしれない―――その不安もある。だからこそ今は少しでも月彦の側に居たかったのだ。それなのに……。
　……それでも、月彦が何度も謝り、体を撫でてくれたりするうちに、少しずつ真央の中で許してあげようかな……という気持ちの方が大きくなっていった。なんだかんだで、真央はやっぱり月彦のことが好きだった。
　その時のことを思い出しながら、真央はしばし呆然と畳の上に座り込んでいた。きっとトイレだろう、すぐ戻ってくるだろう、そう自分を言い聞かせて、月彦を待ち続けた。
　十分ほど経過すると、真央は座っていられなくなった。うろうろと、月彦の布団の周りを回ったり、開かれたままの障子の外にそっと顔を出して辺りの様子をうかがったりし始めた。
　三十分ほど経過した時、再び真央の心の時限爆弾が火を噴いた。
　はたしてトイレに行ったままこんなに長く帰ってこないことがあるのだろうか―――そう思った瞬間、膨らんでいた不安が爆ぜたのだ。
　捨てられた！ 今度こそ捨てられた！
　かなり短絡的だが、真央は真っ先にそう思った。そして思ってしまったが最後、ジッと待っていることなど出来るはずもなく、真央は駈けだしていた。
　春菜の屋敷の廊下はよく磨かれているせいか、とてもよく滑った。真央はかつかつと爪を立てながら、縦横無尽に屋敷を走り回った。
　まず最初に向かったのは風呂場だった。もしかしたらまた入っているかもと思ったからだ。岩風呂の岩から岩へとびょんびょんはね回りながら、真央は温泉の中を具に見て回った。時折、クォォーン！と、泣くような声を上げて月彦を呼んだが、返事は無かった。
　温泉の何処にも月彦の姿を見つけられず、真央はしょんぼりしてそこから離れ、よじよじと廊下に登った。はぁ……と、ため息の一つもつきたい気分だった。
　と、その時、真央の耳に何かが聞こえた。咄嗟に、その大きな耳をぴくぴくと震わせて、まるで衛星からの電波を受信するときのアンテナのように、耳を色んな方向に向けた。
　よく聞き取れない……真央は不満に思いながら、その声の聞こえる方にひたひたと歩き出していた。近づくにつれ、徐々に声の内容がハッキリしてきた。女の声だった。
　それが、春菜の声で、しかも喘いでいる声だと解った途端、真央は頭に血を上らせていた。
　父さまが浮気をしている！―――これまた短絡的だが、真央は咄嗟にそう思って声が聞こえる方に駈けだしていた。
　許せない！
　許せない！
　許せない！
　自分がこんな姿になった側から、他の女を抱くなんて！
　きっとあの年増猫女が父さまを誘惑して誑かしたんだ！―――真央はぎりぎりと歯を鳴らしながら一直線に廊下を走った。　
　もはや、月彦に捨てられたらどうしよう……などという、消極的な考えは真央の頭の中には微塵も残っていなかった。むしろ、他の女に手を出した父親の指の一本でも噛みちぎってやらねばこの怒りはおさまらないとばかりに、鬼気迫る顔をしていた。
　その怒りも、月彦と春菜が絡み合っている場所に近づけば近づくほど加速度的に増していった。春菜の声がよりハッキリと聞こえ出すからだ。真央には解った、春菜は口ではさも嫌そうな言葉を呟いているが、その実、心の中では自分の申し出が冷たく否定されることを望んでいる。むしろ、月彦の牡の部分を刺激し、征服欲を焚きつける為に態とそういう素振りをしているのだと。
　汚い女だ！―――真央は春菜に対して思いつく限りの誹謗中傷悪口雑言を脳内に並べ立てながら走った。
　その前足が突然空を切った。と、同時に全身を奇妙な浮揚感が包み込んだ。何が起きたのか解らず、混乱した真央はじたばたと手足を振って暴れた。
「……妖狐の娘、何処へ行く。そっちは春菜様の寝室だぞ」
　声が聞こえてようやく、真央は自分が抱え上げられているということを知った。くるりと振り返る、見知った顔だった。桔梗とかいう、生意気な女だ。
「父親のことが心配か。……安心しろ、春菜様の気が済めば無事解放されるだろう」
　桔梗はくつくつと嗤いながら、離せ離せと暴れる真央の鼻先をつんと押した。真央がムキになってその指に噛みつこうとするとひょいと指を引く。真央ががちっ、と歯を鳴らすのを見て、桔梗はまた笑う。キーッ！と真央は怒りを露わにしてじたばたと暴れる。
「……しかし、春菜様も春菜様だ。お寂しいのは解るが……虎鉄様の代わりをよりにもよって人間に求めるとは…………」
　理解できない、と桔梗は首を振る。その腕の中では相変わらず真央が暴れ、桔梗の袖の布地に噛みついたり、引き裂くように爪を立てたりしていた。
「大人しくしろ。私は貴様達のことを思って止めてやったのだ。……今、春菜様の邪魔をして機嫌を損ねてみろ、下手をすれば貴様共々あの男も八つ裂きにされるぞ」
　ああ見えて怒ると怖い方なんだぞ、と桔梗は懇々と説明した。が、真央は桔梗の言葉がまるで耳に入っていないのか、一向に暴れるのをやめない。両耳とも、春菜の部屋の方を向き、不機嫌そうにぴくぴくと動いていた。
　仕方ない……と、桔梗は人差し指を出し、真央の眉間の辺りをトンッと軽く突いた。その指先が一瞬だけ暗く光り、鈍い光がそのまま真央の眉間へと吸い込まれていく。程なく、真央は瞼を閉じ、くーくーと寝息を立て始めた。
「……あいつも、ただの人間にしてはよくやる。……もしかしたら、あの女が来るまでもつかもしれんな」
　桔梗は春菜の部屋の方角に目をやり、ぴくぴくと大きな耳を動かした。悲鳴とも嬌声ともつかぬ春菜の声が、情事がまだ続いていることを示していた。
「枯れるのが先か、迎えが先か……」
　桔梗は呟きながらくるりと踵を返してその場を後にする。既に空は蒼く白み始めていた。