気がつくと、夜の街を走っていた。
 肉体的な限界で走れなくなるまで走り続け、そうなって漸く、月彦は足を止めた。どうやら上着と鞄を置いたまま飛び出して来たらしいが、取りに戻ろうという気は起きなかった。
 一体どうしてこんなことになってしまったのか、月彦は混乱の最中にあった。勿論最初から狙っていたわけではない。少なくとも、家に呼ばれた時点では、純粋に夕飯を楽しむだけのつもりだった。その筈だったのだ。
「…………っ……」
 今思い出しても、背筋が冷える。現実に自分がとった行動とは認めたくない程に外道極まりない――鬼畜にも劣る所業に、気分まで悪くなる。視界がグルグルと回転するように歪み、夜の街をさすらいながら月彦は幾度となく嘔吐した。
 何故。そう、その単語ばかりが、頭の中を埋め尽くす。一体何故こんなことになってしまったのか。雪乃に怒鳴り散らし、仲違いをしてしまったからなのか。姉からの呼び出しを無視してしまったからなのか。真央からの無言の圧力に耐えかねて由梨子の部屋に逃げ込んでしまったからなのか。
 否。
 月彦はズボンのポケットに手を入れ、“元凶”を取り出す。“あんな事”をしでかしてしまったというのに。上着も鞄も忘れてきてしまったというのに。“これ”だけは忘れずに後生大事に持って来てしまったというのは皮肉としか言い様がない。
 そう、携帯なぞ持ってしまったのが間違いだったのだ。こんなもの、持つべきではなかった。葛葉や霧亜の言うことを素直に聞いていればよかったのだ。
 月彦は携帯を握りしめ、大きく振りかぶる。何かに怒りをぶつけずにはいられなかった。――刹那、まるで携帯が己の危機を察したかのように震え出した。
「着信……?」
 ぞくりと、寒気を覚える。恐る恐る画面を見ると、それは雪乃からの着信であることを示していた。
 無視しようかとも思った。しかし今更雪乃がどんな用件でかけてきたのかが気になって、月彦は通話に出ることにした。
「……もしもし」
『もしもし……あ、紺崎くん? ごめんね、こんな時間に』
 こんな時間――そんなに遅い時間だろうか。腕時計に視線を落とすと、既に十時を回っていた。
「一体何の用ですか」
 月彦は苛立ちを隠そうともせずに、先を促した。受話器の向こうで、雪乃が小さく悲鳴を漏らすのが聞こえた。
『…………本当は、直接会って話をしたかったんだけど…………紺崎くんに一言謝りたくて』
「へぇ、それは奇遇ですね」
 口元が歪むのを感じる。ダメだ、一体何を言おうとしている――月彦は焦りを覚えるが、自分の行動を止められない。
「俺も、先生に謝らなきゃいけないことがあるんですよ」
『えっ……?』
「実は俺、ずっと前から先生に隠れて矢紗美さんと付き合ってたんです」
 ぇっ――雪乃の声は、掠れていた。
「休みの日に矢紗美さんの部屋に泊まったり、デートしたり。ああ、もちろんセックスもいっぱいシましたよ。ひょっとしたら先生とシた回数より、矢紗美さんとシた回数の方が多いんじゃないかっていうくらい、たくさんシました」
 雪乃からの返事はない。受話器を握りしめたまま完全に固まっているのかもしれない。
「ははっ、びっくりしましたか? でも、先生も悪いんですよ? 俺がそういうクズだって気づかずに、いつまでも恋人気分に浸ってたんですから。俺は先生のことなんてまったく好きじゃないのに、先生の体だけが目当てで先生に話を合わせてただけなのに、そのことに気がつかなかったんですから先生も同罪ですよね?」
『ま、待って……紺崎くん……何を――』
「さようなら、先生」
 月彦は一方的に通話を切り、そのまま携帯を握っていた手から力を抜く。開かれたままの携帯が乾いた音を立てて地面に転がり、月彦はそれを思い切り踏みつける。
「ははっ。言ってやった。言っちまった」
 何度も、何度も踏みつけ、最後は思い切り蹴り飛ばして、側溝へと落とす。そのまま、踊るような足取りで走り出す。
「ははっ、はははははっ」
 自然と、笑いがこみ上げてくる。足が軽い。まるで、長い間絡みついていた重石が消えたかのようだった。
 そうだ、隠していたから。抱え込んでいたから苦しかったのだ。全て正直に話してしまえば、何の問題も無かったのだ。
「はははははっ!」
 折角だから、このまま全て白状してしまおう。まずは何処に行こう。由梨子の部屋に行き、洗いざらいぶちまけるというのも悪くない。あの優しい由梨子が、一体どこまで許してくれるのか興味をそそられる所だ。それとも白耀の所だろうか。菖蒲とのことを知って尚、今までのように振る舞えるのか確かめなければならない。
「はははははははははっ!」
 足が軽い。全てを話してしまおうと決めた途端、羽根でも生えたかのようだった。今なら空すら飛べそうな程に。
 月彦は、夜の街を走り続けた。


 


 
 

 

 

 

 

『キツネツキ』

第五十八話

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 



 以前から悩んではいた。それでなくとも、ここのところ「携帯さえあれば……」という状況が多すぎた。山での遭難未遂然り、井戸監禁事件然り。どちらも下手をすると命を失っていたかもしれない痛恨時であり、それだけに月彦の考えを変えるには十分過ぎた。
「……母さん、俺、携帯を持とうかと思うんだ」
 夕食後、洗い物をしている葛葉にまずは打ち明けた。やはりこういう重大事は、最初に保護者に相談するべきだと思ったからだ。
「携帯……持たせてなかったかしら?」
 水を止め、手を拭きながら葛葉が振り返る。
「いや……あれは姉ちゃんに……」
「あら、そういえばそうだったわね。……でも、霧亜が持たなくていいって判断したなら、持たなくてもいいんじゃないかしら」
「いやでも、最近やっぱり不便な気がしてさ……。それに、こないだバイトやってお金もあるから、ある程度までは自分で出せるし……」
「でも……大丈夫かしら」
「大丈夫って……何が?」
「ほら、ねぇ。今まで、携帯を持たずにやってきたわけでしょ? 大変なことになっちゃったりしないかしら」
「た、大変なことって何だよ! ていうか、むしろ俺の周りはみんな持ってるんだから、大変なこともなにもないと思うんだけど!」
 どうやら、葛葉は携帯を所持することをあまり快くは思っていないらしいということがひしひしと伝わってくる。自分で金を出すと言っているにもかかわらずこの渋りようなのだから、家計の問題ではないらしい。
「とりあえず、一晩きちんと考えてみなさい。それで朝になっても考えが変わらなかったら、母さんはもう何も言わないわ」
「………………解った。考えてみる」
 とはいったものの、内心ではいまさら考えるまでもないと月彦は思っていた。すでに熟慮は済ませた。あとは葛葉の了解を得られるかどうかだけだったのだ。
(そして了解は得られた。明日の放課後にでも、早速買いに行くか)
 交渉の結果に満足した月彦は、ほくほく顔で自室へと戻るのだった。

「父さま、携帯買うの?」
「ああ。ついに決心した。明日買って来る」
 ベッドに寝そべり、真央といちゃつきながらも月彦ははっきりと断言した。
「どういうのにするの?」
「それはまだ決めてない。けど、スマホ型にはしなくていいかと思ってる」
 別に携帯でゲームをやりたいわけではない。とにかく非常時に連絡がとれさえすればいいのだ。
「いざって時に連絡がとれればそれでいいからな。どれを買っても、真央のやつと連絡がつかないってことはないんだろ?」
「私もよくわからないけど……多分そうだと思う」
「まぁ、明日学校で友達にいろいろ聞いてみるさ。自分で調べるより、その方が確実だ」
「あっ……んっ」
 話は終わり、とばかりに月彦は真央の胸元へと手を伸ばす。真央もまた、この後の展開を察して、体を差し出すように脱力し、瞼を閉じた。


 朝、朝食時に葛葉にやはり決意は変わらないという旨を示すと、もはや反対はされなかった。あとは学校に行き、友人達に“オススメ”を尋ね、購入するだけだ。月彦は自分の前途が光に満ちるのを感じていた。
 が。
(…………でも、問題が無くもないんだよな)
 そもそも、何故今まで携帯を持つのを渋っていたか。それはひとえに、あまり連絡をとりたくない相手の存在に一因する。
(………………携帯買ったって、教えないわけにはいかない……よなぁ)
 雛森雪乃。部活顧問にして、決して浅からぬ付き合いが続いている相手である。携帯を購入すれば、当然知人友人らとは連絡先を交換しあうことになるだろうが、月彦は可能ならばその枠に雪乃を入れたくはなかった。
(……でも、入れないわけにはいかない……よな)
 隠し通せるなら、まだいい。しかし隠していたにもかかわらずバレてしまった時が問題なのだ。その際、想定されるめんどくささ指数は50万MP(めんどくささの単位。1MPが大体冬の朝のゴミ出しの際に感じるめんどくささに相当)を遙かに超える。
 ならば、最初から素直に教えたほうがまだ被害も少なくすむというものだ。
(…………まぁ、あんまりしつこいようなら、最悪それを理由に先生との関係を清算するって手もアリか)
 案外、いいキリになるかもしれない。問題も前向きに考えれば、なんとかなるものだ。
 そう、月彦の前途は明るかった。明るいものだと、勘違いしていた。


「つーわけで、携帯を買うことにした」
 昼休み、和樹と千夏らと共に屋上に集まるなり、早速とばかりに月彦は切り出した。
「携帯……?」
「ヒコが?」
「そう、俺が」
 頷く月彦の前で、和樹と千夏はなにやら身を寄せ合い、ひそひそ話を始める。
「おいヤバいぞ、天変地異の前触れじゃねえか」
「あかん、うちまだ死にとうない」
「大げさだ。……とはいっても何を買えばいいのかさっぱりわかんねーから、オススメを聞きたい」
「オススメって言われてもなぁ」
「ちなみにうちはコレ使ってるで」
 そう言って、千夏はポケットからなんとも可愛らしいデザインの携帯を取り出す。
「……えらいシンプルだな」
 スマホ型ではなく、まるで子供の玩具のようなデザインの携帯だった。ボタンの数も少なく、実際に機能しているところを見ていなければ間違いなく玩具だと判断していたことだろう。
「へっへー、買うた時出てたん中で一番やっすい奴やで」
 機能性よりも値段だと、千夏は言う。当然のように、料金プランも使用料金がもっとも抑えられるものにしているのだという。
「へー……でもさすがにこれは無いな。カズは?」
「俺のはこれだ」
 そう言って出されたのは、意外にもスマホ型だった。
「それ新しい奴か?」
「うんにゃ。型落ちで安かったやつだ。でも通話とメールくらいしか使ってねーな」
「へー………………で、オススメは?」
「一番安いんでええんやない?」
「そうだな。安さは大事だ」
「………………まぁ、確かに、な」
 考えてみたら、千夏はバイトで生活費を稼ぎながら一人暮らしをしている苦学生。故に支出には人一倍うるさい。静間和樹もまた、月彦が知る限りソーシャルゲームに湯水のように課金したり、中毒のようにスマホを弄り続けるようなタイプの男ではない。
(…………この二人に訊くのが、そもそも間違いだったのか)
 しかし、安さが一番という意見も確かに真理かもしれない。
(うーーーーん………………よし、姉ちゃんにも相談してみよう!)
 かつては携帯を取り上げた張本人だが、さすがの霧亜も病室から出張ってきてまで取り上げたりはしないだろう。
 月彦は放課後、直接取扱店に行かずに、まずは霧亜の見舞いに行くことに決めた。



 


 たまには何かお土産でも持っていったほうがいいのだろうか――放課後、病院へと赴きながら、月彦はふとそんなことを考えた。携帯を買うために、財布に多めに金を入れていることが、そういう発想を生んだのかもしれない。
(…………でも、露骨にいやな顔されたりすると、ショックだからなぁ)
 食欲が落ちているらしいから、美味しい食べ物がいいだろうか。しかし食欲のない時に食べ物を持って来られるのも迷惑かもしれない。ならば暇がつぶせる雑誌か。しかし雑誌も、読みたいものは自分で買っている節がある。
(うーーーーーん…………そうだ、肉まん!)
 コンビニの前を通りがかった際、肉まんフェアの幟を目にしてうっかり足を向けそうになり――ハッと立ち止まる。以前、由梨子の入院の際にやらかしたことを思い出し、顔まで赤くなる。自己嫌悪に苛まれ頭をかかえて蹲る月彦の傍らを、不審そうな目をした客たちが出て行く中、
「…………お土産は、やめとこう」
 漸くに決心がつき、立ち上がると同時に歩き出す。――が、その歩みが三歩と持たない。
「……………………でも、姉ちゃんにじゃなくて、看護士さん達にだったら喜んでもらえるかな」
 優柔不断の極み。踵を返した月彦は再度コンビニの前まで戻り、意を決して入店する。ひょっとしたら、霧亜への待遇も良くなるかも知れないと、ありったけの肉まんを購入した。

「あーーーっ! つっきー!」
「やっ、みゃーこさんも来てたんだね」
 病室に入るや、主の帰りを待ちわびていた子犬のように都が飛びついてくる。都を受け止めながら、ちらりと霧亜の方へと目をやるが、相も変わらず霧亜は意地でも弟の存在は無視すると言わんばかりに視線を窓の外へと向けていた。
「……つっきー、何か食べ物持ってる?」
 くんくんくん。
 またしても都が犬のように鼻を鳴らし、全身をまさぐってくる。
「あぁ、さっきまで肉まんを持ってたんだけど、全部看護士さんたちにあげちゃったんだ」
「肉まん……!」
 じゅるりと、都が涎を啜る。都が居ると解っていれば、都の分くらいは残したのだが、さすがに今更返してくれとは言いづらい。
「丁度良かったわ。都」
 ちょいちょいと、霧亜が都を呼び、戸棚の中から財布を取り出すや、ぴっと千円札を一枚都に渡す。
「暖かいものを食べたいと思ってた所だったの。都が好きなのをいくつか買ってきてくれる?」
「わかった! すぐ行ってくる!」
「あぁ待ってみゃーこさん! おつかいなら俺が――」
「私は都に頼んだのよ」
 都を止めようとした手が、霧亜の言葉で止まる。都が病室から飛び出していき、月彦はがっくりと肩を落とした。
(…………なんて、間の悪い)
 まさか、今日に限って霧亜が暖かい食べ物を求めていただなんて。看護士にふるまったりせず、やはり一度病室へと持って来るべきだった。そこで霧亜がいらないと言うのならば、改めて振る舞うべきだったのだ。
「ちょっと、こっちに来て座りなさい」
「……はい」
 お叱りを受けるのも当然の失態だ。月彦は言われるままにベッドの側まで来て、来客用の丸椅子へと腰を下ろす。
「母さんから聞いたわ。携帯を買うんだって?」
「…………うん」
 バカ――霧亜が吐き捨てるように、小声で呟く。
「止めときなさい。あんたには必要ない物よ」
「でも、欲しいんだ」
「持つな、って言ってるの」
 ぐぬ、と。いくら姉とはいえ、そこまで頭ごなしに言われる筋合いはないと、月彦は抗議の視線を送る。
「…………あんたの為を思って言ってやってるのよ」
「俺だって、きちんと考えて判断したんだ。それにこないだから、携帯が無いせいで酷い目に遭ったり、危うく死にそうになったりしたから、そういう意味でも持ってたいんだよ」
「……どういうこと?」
 ぴくりと、霧亜が眉尻を揺らす。月彦は仕方なく、山で遭難しかかった件について話した。話を聞くにつれて、霧亜は頭痛を堪えるように目元に手を当てた。
「………………初耳よ。ったく、どうして懲りないの。山に入る時はあれほど油断するなって言っといたでしょ」
「油断はしてなかった! だけど、予想外の事態が起きまくって……」
 ここで下手に都の名前を出してしまえば、後々都が叱られてしまうかもしれない。月彦はあえて言葉を濁した。
「…………他にも、真狐の奴に枯れ井戸に閉じ込められたり、いろいろヤバかったんだ。だから自衛手段として持ってたいんだ」
「………………っ……あのクソ女ッ」
 真狐の名を聞くや、霧亜はあからさまに怒気を発し、だむと食事用の簡易テーブルへと拳を叩きつける。
「……わかったわ。あんたがそこまで必要だって思ってるなら」
 霧亜は大きくため息をつくや、ベッドと壁の間から小さな紙袋を取り出し、掛け布団の上に置く。てかてかと光沢を放つそれは、月彦ですら知っている携帯のシェアにかけては業界ナンバーワンのドコマデモ社の紙袋だった。
「これを使いなさい。月々の料金は自分で払うのよ」
 霧亜は袋の中から赤い二つ折りの携帯電話を取り出し、ぽーんと月彦の方へと投げてくる。
「は……? え?」
 取りこぼしそうになりながらもキャッチする。手元の携帯電話と霧亜とを交互に見ながら、月彦は尚も混乱の最中にあった。
「あんたのことだから、どうせ何を買ったらいいのかとかサッパリなんでしょ。私が選んで、契約も済ませておいたから、それを使いなさい」
「で、でも……姉ちゃん……」
 霧亜は、携帯を持つことに反対ではなかったのか――なのに何故、と。月彦は尚も混乱から立ち直れない。
 はあ、と。霧亜が大きくため息をつく。
「いるの? いらないの?」
 姉の言葉に、月彦は背筋を正しながら震え上がり、同時に感謝していた。霧亜は、いつまでたっても事態の理解が出来ないダメ弟の為に、選択肢を二つに絞ってくれたのだ。
「い、要る! 要ります!」
「説明書とか諸々この袋の中に入ってるわ」
 さらに、霧亜は手元に残って居た紙袋もぽーんと放ってくる。
「あ、ありがとう……姉ちゃん。……えと、いくらくらいかかったのかな?」
「昔取り上げたものを返しただけよ。お金はかかってないわ」
 そんなはずは無い――そう口にしかけて、飲み込む。霧亜から投げられた携帯はどう見ても新品だ。新たに購入したとしか思えない。
(…………けど、金を受け取る気はない、ってことか)
 霧亜にしてみれば、乞食が道ばたに置いている空き缶に小銭を入れてやったくらいの感覚なのかもしれない。
「…………ありがとう、姉ちゃん。大事に使――」
「たっだいまー! きらら、いろいろ買ってきたよー!」
 月彦の言葉は、勢いよく戻って来た都の声にかき消された。
「病室では大声を出さない」
「えへへ、ごめんね。ほらほら、つっきーも一緒に食べよ?」
「あ、ありがとう、みゃーこさん」
 携帯を紙袋に入れ、足下に置きながら都から渡された肉まんにかぶりつく。
「きららも、はいっ」
「ありがとう。……あら、水差しのお茶が切れてるわ」
 ちらりと、霧亜が都に目配せをする。
「もらってくる!」
「あっ、みゃーこさん今度こそおれが――」
 今度は、止める間もなく都が飛び出していく。そんな月彦の前に、霧亜が半分に割った肉まんを差し出してくる。
「こっちはあんたが食べなさい」
「えっ、でも……」
「多すぎるの。でも残すと都が悲しむから。ほら早く」
「わ、わかった!」
 半分――というより、2/3ほどの肉まんを、月彦は大慌てで口の中へと押し込む。ばたーんと勢いよくドアを開けて都が戻って来たのは、何とか飲み込み終えた瞬間だった。
 戻って来た都の手には、お茶の入った水差しと、三つの紙コップを乗せた盆が握られていた。
「コップももらってきた! はい、つっきーの」
「ありがとう、みゃーこさん」
「きららも」
「ありがとう」
 霧亜はお茶の注がれた紙コップを受け取り、口をつける。そして徐に、残り1/3程の肉まんにも口をつける。じぃぃ、とその様子を見ていた都だったが、霧亜がきちんと飲み込むのを見て、零れるように笑った。



「じゃーねーきらら!」
「俺もみゃーこさんと一緒に帰るよ。姉ちゃん、今日はありがとう」
 微かに口元を綻ばせ、手を振る霧亜に見送られて、月彦は都と共に病室を後にする。
「今日はつっきーが来たから、きらら嬉しそうだった!」
 病院の廊下を歩きながら、都は霧亜が嬉しいと自分も嬉しいとばかりに声を上げる。
「……どうかな。本心では、みゃーこさんと二人きりのほうが良かったって思ってるんじゃないかな」
「きらら、いつもちょこっとしか食べないのに、今日は肉まん一個全部食べた! つっきーのおかげ!」
「ははっ……」
 全身で歓びを表現する都に、月彦は罪悪感を禁じ得ない。もちろん、実は2/3は自分が食べた――などといって都を悲しませる気はないが、結果的に霧亜の嘘に加担していることには違いがない。
(…………姉ちゃん、なんかどんどん食が細くなってないか)
 ついに念願の携帯電話を手に入れたというのに、いまいち喜ぶ気にはなれない。いっそ病院を移った方がいいのではないだろうか。
(いや、待てよ。そういやこないだまみさんに――)
 ハッと。月彦が万能薬の件を思い出しかけた時だった。
「つっきー、それ何?」
「え? これ?」
 じいと。都が興味深そうに月彦の下げている紙袋を見ていた。
「ああ、携帯電話だよ。俺もそろそろ持った方がいいかなって思ってたら、姉ちゃんがくれたんだ」
「都もきららにもらった! おそろい!」
 都は飛び上がるように跳ね、ポケットから黄色の携帯電話を取り出した。都はおそろい、とは言ったが、デザインという意味では月彦のそれとは似ても似つかないものだ。恐らく都は「霧亜にもらった」という意味でおそろいと言ったのだろう。
「そうだ。早速みゃーこさんのアドレス登録させてよ」
「いいよ! 都のにつっきーのもいれる!」
 記念すべきアドレス登録一人目は町村都――とはならなかった。何故なら、月彦の携帯電話には既に自宅と葛葉、そして真央の電話番号が登録されていたからだ。
(……でも、姉ちゃんのだけが……)
 恐らく霧亜が前もって登録しといてくれたのだろう。しかし肝心の霧亜のアドレスが登録されておらず、月彦は軽くショックを受けた。
(…………まぁいいさ。帰ってから、真央に聞いてこっそり登録しとこう)
 ただし霧亜への連絡は、本当に重要な連絡だけに留めよう。間違っても、着信拒否などされてしまわないように。
「つっきー! お祝いしよう!」
「へ……お祝い?」
「うん!」
 都は大きく頷く。
「……えっと、何のお祝いか聞いてもいいかな?」
「つっきーが携帯もらったお祝いにハンバーグ食べに行こう!」
「…………えーと」
 何故それでお祝いなのか――とは、言えなかった。絶妙なタイミングで、きゅーっ、と都のお腹が鳴ったからだ。
「………………さっき肉まん食べたよね?」
「うん! でもお腹ぺこぺこ!」
 そんな馬鹿な、と絶句する月彦の腕が、都に掴まれる。
「ちょっ、待っ……みゃーこさん、病院内は走っちゃダメだって!」
 グイグイと、大型犬に引っ張られる子供の様に。月彦は病院を後にするのだった。



「お腹いっぱいになった? みゃーこさん」
「うん! 都はね、もうね、大満足だよぉー」
 喜悦の声を上げながら、都はぱたりと大の字に寝転がる。そんな都に苦笑しつつ、月彦はテーブルの上の皿を盆の上にまとめ、流しへと運ぶ。
 始めはファミレスへ行こうという流れの筈だった。しかし都と話をしているうちに、ファミレスのハンバーグよりも手作りのハンバーグの方がいいと言われ、極めつけに“週に一度ハンバーグを作る約束”が全く履行されていないという話まで持ち出されて、やむなく行き先をスーパーマーケットへと変えざるを得なかった。
(……材料代がけっこーかかっちまったけど)
 都は、食べた。それはもう、ハンバーグを饅頭かなにかのように。ごはんのおかずという発想は都には無いらしく、うまうまとひたすらハンバーグだけを食べ続けた。さすがにその食いっぷりに不安を感じた月彦が、半ば強制的に千切りキャベツも同量食べるように指示した程だ。
(まぁ、果たせなかった約束の分まで作ってあげたと思えばいいか)
 調理にも相応の時間をとられてしまったが、霧亜のおかげで携帯を買いに行くというミッションは短縮された。都が心底喜んでくれたのならば料理の1時間や2時間くらいと、苦笑しながら洗い物をしていると。
「みゃーこさん?」
 思わず笑みが漏れる。まるで洗い物をしている母親に甘えるように、都が背後から抱きついてきたからだ。
「つっきー、それ終わったら帰っちゃう?」
「そうだね。もう八時前だし、明日も学校だしそろそろ帰らないと」
「………………やだ」
 拗ねたような声と共に、ぎゅうーっと。息苦しいほどに抱きしめられる。
「ちょっ……苦しいよ、みゃーこさん」
「………………つっきー、一緒にお風呂入ろ?」
「お、お風呂!?」
 思わず皿を落としてしまいそうになるも、すんでのところで掴む。
「ねえねえ、一緒にお風呂しよ?」
「ちょ、ちょっと待ってみゃーこさん……お風呂って……今日はもう帰らないと」
「つっきー、今日は帰っちゃだめ」
「ダメって言われても……」
「…………つっきーと、えっち……したいの」
 囁くように言われたその言葉に、洗い物をする手がぴたりと止まった。
「……えっち、したい」
「うぐ……で、でも……」
 心が揺れる。語彙が豊富ではない都だからこそ、その率直な物言いには他の誰でも真似出来ない説得力があった。
「えっち、しよ?」
 月彦の脳裏に、“都の味”が強烈な快感と共にフィードバックする。弾力に富んだ乳房。張りのある、健康的な小麦色の肌と、全身のしなやかな筋肉。そしてそれらに裏付けされた、極上の締まりの良さ。流す汗は月彦の中の野性を大いに刺激し、その高スペックぶりに相方である剛直までもが嫁にするならこの女にしろと猛り狂う。そう、優秀な子をたくさん産めそうという生物学的見地から判断するならば、都ほど繁殖相手として適任な女性は居ないのではないかとすら思える程に、下半身が強烈に惹きつけられる相手なのだ。
(そんな、相手に……)
 “お誘い”を受けて、断れる筈が無い。気がついたときには、月彦は側にあったタオルで濡れた手を拭き、ポケットから携帯電話を取り出していた。
「あっ、もしもし……母さん? うん、うん……姉ちゃんが全部やってくれたみたいで……うん、今みゃーこさんの部屋なんだけど――」
 ちょっと今日は帰りが遅くなりそうだ――早口に葛葉に説明をしながら、月彦は早くも携帯電話が役に立った事を喜ぶと同時に、やっぱりこういう使い方が主になるのだろうかと。
 上機嫌な猫のように体を擦りつけてくる都の頭を撫でながら、携帯電話のこの先の使い道に不安を覚える月彦だった。


 ひょっとしたら、霧亜は都が男と一緒に風呂に入るというようなシチュエーションを全く想定していなかったのではないだろうか。都の部屋の、お世辞にも広いとは言えない浴室に入ると、ついそんな邪推をしてしまう。
(………………みゃーこさんとヤッてるって、もし姉ちゃんにバレたら殺されるかもしれない)
 年上年下の隔てなく、まるでその辺に成っている果実でももぐかのように容易く口説き落とし、味見をして少しでも気に入らなければあっさりと棄てる――まるで同性に怨みでもあるかのような悪癖のある霧亜が、こと都に関してだけは掌中の珠の如き扱いだ。その珠が既にキズモノにされているなどという事実は、決して知られるわけにはいかない。
「えへへ、つっきーと一緒のお風呂、ひさしぶり!」
「わわっ、ちょっ……みゃーこさんそんなに押したら危ないって」
 湯船に湯は溜まっているが、入る前に体を洗わねばならない。しかし洗い場のスペースは一畳にも満たず、一人ならばともかく二人では立っていても窮屈だ。であるのに、都は遠慮無く背中から飛びついてきて、月彦は危うく足を滑らせそうになる。
(ていうか、胸が! おっぱいが背中に!)
 なんとも弾力に富んだ感触に、否が応にも下半身が反応する。月彦はやむなくシャワーヘッドを手に取り、えいやとばかりに背後の都にお湯を浴びせて反撃する。
「わぷぷ」
「ほら、みゃーこさん離れて。体洗わないといつまでたってもお湯に浸かれないよ?」
 仕方なく、という具合に都が体を離し、月彦はシャワーヘッドを元の場所に戻し、スポンジを手に取り、ボディソープを塗る。
「ほら、みゃーこさん向こう向いて。俺が背中洗うから」
「やぅんっ、つっきぃ……くすぐったいよぉ!」
「ほらほら、暴れちゃダメだって。泡が飛んじゃうから」
 都はどうやら解っていてわざと暴れているらしい。まるで躾のなっていない子供のようにスポンジから逃げ続け、結局浴室中が泡だらけになってしまった。
「こーら! もぉ怒ったぞ!」
 月彦がスポンジを投げ捨て、両手で直に都の体を抱くように捕まえる。と見せかけて、その掌は都の胸をしっかりと掴んでいた。
「きゃー! きゃー!」
 もみゅもみゅと、ボディソープをローション代わりに両胸をこね回すと、都は擽ったそうに声を上げる。
「あっ、あっ……んっ……」
 が、揉み続ける内に次第に声の質が変わる。こりこりと、堅くなりはじめた先端をさらに刺激すると、都はすっかり大人しくなった。
「んっ、ンッ……つ、つっきぃ……」
 もじもじと、都が足踏みでもするように体をくねらせる。月彦は左手で胸を触りつつ、右手を滑らせ、都のヘソを越えてさらにその下へと伸ばしていく。
「あっ、やッ……!」
 指先が茂みに触れた瞬間、都が声を上げて右手の動きを制すようなそぶりを見せる。が、月彦が実際に手を止めると、都の右手もまた月彦の右手首を掴んだまま止まった。
「……止めちゃ、や」
 都は背を月彦に預けるようにもたれ掛かりながら、月彦の指を秘裂へと導いてくる。
「わかったよ、みゃーこさん」
 指を、秘裂へと触れさせる。
「ぁッ……! ぁぁあッ」
 そのまま、都の中へと侵入させる。既に中はじっとりと熱を帯びていて、粘膜を僅かに擦っただけで、都は全身を震わせて声を上げた。
「つ、つっきぃの指……冷たいよぉ……」
 振り返るようにしての、ジト目。
「…………俺の指が冷たいんじゃなくて、みゃーこさんのナカが熱いんだよ」
「でもでも、つっきぃも……“こっち”はすごく熱くなってる……」
 “こっち”というのがどっちのことなのか、もちろん月彦にはすぐに解った。先ほどからギン立ちの股間が、都が体をくねらせる度に背中やら尻やらに当たっているからだ。
「ね、つっきぃ……来て?」
 すぐにでも欲しい――都の目はそう語っていた。が、月彦はあえて都の訴えには気づかないフリをした。
「あッ、あっ、あっ」
 人差し指と中指の2本で、都のナカを解す。ぷりぷりの媚肉が美味そうに指をしゃぶってくるのが何とも心地よいが、指を動かすとさらにねっとりと絡みついてくるのが堪らない。
(早く、挿れたい)
 切にそう思う。個人的な感情抜きに、体が都に惹きつけられる。本能が、野性が、都を孕ませたいと背中をグイグイ押してくるのだ。
「ね、ねぇ……つっきぃ……指じゃ、やだよぉ……!」
 月彦の腕の中で、都がはあはあと悶え出す。にゅぷにゅぷと、軽く出し入れを続けているだけで、トロリとした蜜が溢れ出し、太ももまで濡らしていた。
「早く……欲しい…………はぁはぁ…………つっきぃ……」
 とうとう都が背後へと手を回し、直に剛直を愛撫し始める。辿々しくもその手はしっかりと剛直を握り、扱くように上下する。
「…………っ……みゃーこ、さん」
 まるで、指で焦らしている月彦を責めるような絶妙の愛撫。狙ってではなく、剛直に触れる際どの程度力を込めていいのかが解らず、結果的にそっとしか触れない――そんな手つきがなんとももどかしく、結果的に月彦は追い詰められていく。
「…………壁に手をついて、お尻をもうちょっと上げてもらえるかな」
 うん――都は笑顔を零しながら頷き、言われた通りの姿勢をとった。


 先端をねじ込み、押し返そうとする程の強烈な弾力を味わいながら奥へ、奥へと進めていく。
「あぁぁッッッ………………はぁぁぁああっ………………♪」
 喜悦の声を漏らす都を背後から抱きしめ、顎先を指で優しく撫でる。そのまま振り返るように誘導して、キス。
「んむっ……ンッ……はぁっ……つっきぃの……都のナカでぴくぴくってしてる……」
「そりゃあ……みゃーこさんのナカがすっごく熱くて、気持ちいい……ッ……から……」
 体質――なのだろうか。都のナカは、雪乃や由梨子らと比べても、肉質がねっとりとしているように感じる。その強力な摩擦に、思わず腰砕けになりそうな程に。
「ね、つっきぃ……ぱんっ、ぱんって、シて?」
 が、いつまでも腰砕けになっているわけにはいかない。都に促されて、月彦は抽送を開始する。
「あっ、あんっ! あん!」
 都の注文通り、小麦色のお尻が弾ける程に強く突く。
「あぁっ! あッ! あぁぁぁぁッ!!!」
「みゃーこ、さんっ……!」
 時折被さるように都の体へと手を這わせ、胸を揉みしだき、唇を重ねる。突けば突くほどに都はさらに体温を上げ、剛直を通じて月彦までが汗だくになる程だ。
「みゃーこさん!」
 同じく汗だくの都の体を抱きしめる。後ろ髪に鼻を擦りつけ、都の匂いを胸一杯に吸い込むと、剛直がさらに硬くなるのを感じる。
「ぁっ、や……つっきぃの……グンって……あぁぁぁぁ……!」
 体を起こし、都の腰をしっかりと掴んで、突く。
「あぁん! あんっ! あんっ! あんっ!」
 都の中を、強烈な快感が迸っているのを、粘膜越しに感じる。もっと、もっと感じさせたいと、月彦は何度も角度を変え速度を調節しながら、都がより切ない声で鳴くポイントを捜す。
「ああぁぁッ! あんっ! ぁっ! はぁはぁ……つっきぃ……はぁはぁはぁ…………き、気持ちいい……気持ちいい、よぉ……!」
「俺も、だよ、みゃーこさん。……みゃーこさんのナカ、すごく、いい……」
 しかし、都をより感じさせたいという思いすらも、徐々に快楽の波に呑まれていく。純粋に、都の体を味わい尽くしたいという思考に、月彦は支配されていく。
「はぁはぁ……みゃーこさん……みゃーこさん…………みゃーこさん…………!」
「あっ、あッ、あッアッアッあッだめっ、だめっ、つっきぃっ……だめっ、だめっ……止めっっあッ、あッ、あッ、あッ、あッ……!」
 早すぎるペースに次第に都が悲鳴を上げる。片手を壁につきながらも、もう片方の手は制止をせがむように月彦の手首を掴む。
 が、月彦は止まらない。
「みゃーこさん! みゃーこさん! みゃーこ、さッ…………ッ……!」
「あんっ! あんっ! あンッ……! つ、つっきぃ……もぉ……あァァァァッッッ!!!!!」
 我を忘れて都を突き続け、限界と同時に剛直を突き入れ、射精する。
「あぅううっっ……ンッ! やっ……熱いの、いっぱい入ってくるぅぅ…………」
「っ……ごめっ……みゃーこさっ…………射精、止まらなっ…………くっ……」
 どぷどぷと白濁液を注ぎ込みながら、月彦は足から力が抜けて崩れ落ちそうになるのを辛くも支える。
「つっきぃ……」
 都の右手が、月彦の右手を、甲の側から握ってくる。
「お風呂、入ろ?」
 肩で息をしながら、月彦は頷く。もはや、体を洗うなどということはどうでもよくなっていた。


 


 
「つっきぃ……ちゅっ……つっきぃっ…………ちゅっ、ちゅっ……」
「みゃーこさん、くすぐったいよ」
 狭い湯船の中でたっぷりイチャイチャした後、浴室を出て体を拭くのもおざなりにベッドへと転がり込んだ。
 ベッドでは、都が“上”だった。
「つっきぃ、今度は都がいっぱい気持ちよくしてあげるね」
 月彦の顔にたっぷりとキスを降らせた後、都は自ら腰を持ち上げ――
「ンッ……くふっ……ぅ……っ!」
 剛直を、己の中へと埋没させていく。
「う、ぉ……みゃーこ、さんっ……」
「ンッ……つっきぃの、都の一番奥まで来て、グイグイ押してるよぉ……」
 苦しげな声とは裏腹に、都はすぐに腰を回し始める。
「はぁぁっ……んぁぁっ……つっきぃ…………つっきぃ…………」
 とろんと、濡れた瞳で月彦を見下ろしながら。都はぐりん、ぐりんと腰を回す。
(う、ぁ……スゲっ……こういうのも、肉体美って言うのか……?)
 都が腰を使うと、なめらかな肌に一瞬割れた腹筋が浮かぶのだ。その生物的な美しさに、月彦は思わず見とれてしまう。
「……やだ、つっきぃ……都のお腹、ジロジロ見てる……」
 が、月彦の視線は途中で都の両手によって遮られた。
「いや、みゃーこさんのお腹綺麗だなぁ、って……」
 何故隠すのだと、月彦は両手で腹部を庇うように押さえている都の手を退けようと試みる――が、意外に都の抵抗は頑強だった。
「ちょっ、みゃーこさん、どうして隠すんだよ!」
 都は答えなかった。が、しかし先ほどまでのような――興奮による紅潮とは明らかに違う、羞恥に顔を赤くしながら腹部を隠し続けていた。
(お腹がぷにぷにでたるんでるとかならともかく………………みゃーこさんの基準が解らない)
 裸を見られるのも、胸を見られるのも平気――ではないのかもしれないが――なのに、何故か腹筋が割れている所を見られるのは嫌らしい。
「……だって、都のお腹……男の子みたい…………」
 そしてとうとう、消え入りそうな声で都は呟いた。
「いや、それは違うよ、みゃーこさん。男でもこんな立派な腹筋持ってる奴は少ないよ!」
「うーっ!」
「……じゃなくて! 俺は好きだよ、みゃーこさんのスリムなお腹! たるんでるより全然いいよ!」
「…………本当?」
「こんなことでウソつかないって。モデルやってる人とかだって、腹筋はすごく鍛えてるって話だし、腹筋が割れてるからって恥ずかしがることはないよ」
 必死のフォローの甲斐もあり、腹部を隠している都の手からは徐々に力が抜け始めていた。
「ほら、恥ずかしがらないで見せてよ」
「…………うん」
 都が、手を退ける。綺麗な小麦色の肌に、都が腰を動かす度に腹筋の筋が浮かび上がる。月彦はそれに、優しく触れる。
「やんっ」
「はは、すごく硬いや。でも、綺麗だよみゃーこさん。ううん、綺麗だし、すごくカッコイイよ」
 むしろ、俺の方が腹筋を鍛えないといけないのでは――そんな自責の念すら浮かぶほどだ。
「………………あのね、つっきぃ」
「うん?」
「都ね、今まではね、お腹を人に見られたくないって、思ったことなかったの」
「そりゃあ……別に恥ずかしがるようなお腹じゃないんだし……」
「でもでも、今、つっきぃに男の子みたいにお腹が割れてる所を見られて、すっごく恥ずかしいって思ったの」
 都自身、何故そう思ったのかが解らない――そんな言い方だった。
「……都、おかしくなっちゃったのかな」
「そんなことないよ。…………それはきっと、みゃーこさんが“女らしくなった”ってことなんだと思うよ」
 自由奔放に生きているように見える都だが、その実強いコンプレックスを抱いていることを、月彦は知っている。自分だけが違う、自分はおかしいのだという思い込みだけは、都にさせるわけにはいかない。
「大丈夫、みゃーこさんは変じゃない。むしろすっごく魅力的なんだから。そうじゃなかったら――」
 月彦はちらりと、視線を自分の股間の方へと向ける。
「俺もこんな風にならないよ?」
「ぁぅ…………つっきぃ……」
 都が目を潤ませ、被さるように抱きついてくる。そのまま唇を奪われ、れろり、れろりと舌を絡ませる。
「んぁっ……んぅっ……れろっ、ちゅっ……つっきぃっ……んっ、ふっ……」
 長い、長いキス。れろれろれぇっ、とたっぷりと舌を絡ませた後、やや息を乱しながら都が唇を離した。
「好きだよ、つっきぃ。きららの次くらいに……ううん、きららと同じくらい、好き」
「ははっ、ありがとう、みゃーこさん。でも、そんなに気を遣わなくて大丈夫だよ。“姉ちゃんの次”で俺はもう大満足だからさ」
「つっきぃ……好き。大好き」
 再度、唇を奪われる。そのまま、都が腰を使い始める。
「ちゅっ……ちゅっ……都、頑張るから……つっきぃ、いっぱい気持ちよくなってね?」
 返事をする前に、再度キス。ぐいぐいと、都が腰をくねらせる。
「ンンッ、んふっ……はぁっ……はぁっ…………つっきぃ……つっきぃっ…………!」
 徐々にその動きは激しく、荒々しく。
「ぅっお……みゃーこさっ……!」
 ぎっしぎっしとベッドを軋ませながら、都が体を跳ねさせる。
「ああァアッ……! つっきぃっ…………!」
 都が獣のように声を荒げながら、大きく仰け反る。背を逸らしながらも、ぐりん、ぐりんと腰をくねらせる。
「ッ……みゃーこ、さっ……それ、すっげぇ擦れて…………!」
 剛直の先端に凄まじい摩擦を感じて、月彦は危うく達しそうになってしまう。強い刺激を感じているのは恐らく都も同じなのだろう。その喘ぎ声はさらに大きくなる。
「はぁはぁはぁっ……つっきぃの、すっごく硬いよぉ…………ああぁぁぁッ!! あぁぁぁぁっ!! あああァァァァッ!!!」
 都自身、快楽の凄まじさに混乱しているかの様だった。そのくせ、腰の動きだけは自分でも止めることが出来ないのか、卑猥な音を立てながら都は遮二無二腰を振り続ける。
「あんっ、あんっ……どうしよぉ……つっきぃ……気持ちいいの、止まらないよぉ…………」
「大丈夫、だから……みゃーこさん、ほら……手を繋いでてあげるから」
 泣きそうな声を上げながらも、くいくいと腰を動かすのを止められない都に苦笑を漏らしそうになるも、あくまで真顔で月彦は右手を差し出し、都と指を絡めて握り合う。
「怖い事なんて何もないから。ちゃんとほら、イくまで続けて?」
 都は頷き、ぎゅーーーーっ、と痛いほどに月彦の右手を握ったまま腰を振る。
「あんっ、あンっ、あっ、あっ……ン!」
「ただ前後させたり、回したりするだけじゃなくて、みゃーこさんが気持ちいいって思う所に擦りつけるようにするといいよ」
「んぅ…………こ、こう……? …………ァッッッ…………!」
 恥ずかしがるように顔を赤らめながらアドバイス通りにしようとして――思わぬ快感にビクンと。都は目を白黒させて動きを止めた。
「……そこが気持ちいいんだ?」
 今までマグロに徹していた月彦はきゅぴんと目を光らせるや、同時に左手で都の足の付け根を掴み、ベッドのスプリングを利用して突き上げる。
「アッッ!……だ、だめっ……つっきぃは動いちゃ…………あンッ!」
「俺だって、みゃーこさんを気持ちよくさせてあげたいから。……なるほど、“ここ”だね?」
「アッアッあァァッ!! だめ、だめっ……つっきぃ……そこ、ダメぇっ……」
「ダメだよ、みゃーこさん。……逃がさない」
 握ったままの右手はふりほどかせないし、体を浮かして逃がすこともさせない。ぐりぐりと、月彦は的確な角度で突き上げて、都を喘がせ、追い詰めていく。
「だめっ、だめっ……つっきぃ……おね、がっ…………イッちゃう…………都だけ、イッちゃう……からぁ!」
「大丈夫だよ、みゃーこさんに俺も合わせるから。みゃーこさんは好きな時にイッていいよ」
 むしろ、早く達してもらわないとこっちのほうがヤバいと――相手が真央や真狐ならば見破られるほどに、月彦の方が切羽詰まっていたりする。
「あッ、あッ、あッあっ、あっあっあっ! つっきぃ……つっきぃっ……イクッ……イクッ……イクッゥゥウウ……ッッッ!!!!!」
「っっ……くっ……みゃーこ、さんっ……!」
 ねっとりとした媚肉が絞るように剛直に絡みつくのを感じながら、月彦もまた都の中で果てるのだった。


 恐らく、都の中に何か溜まっているものがあったのではないだろうか。騎乗位で互いに絶頂を迎えた後も都は甘えるようにじゃれてきて、イチャイチャが高じてそのままセックス――という流れがさらに二度、三度と繰り返された。最後は殆ど精魂尽き果てるように眠りに落ちた都の隣で、月彦も微睡む――が。
「きらら……」
 都の寝言で、ハッと意識が覚醒する。月彦に身を寄せるように眠る都は、目尻から一粒の涙を覗かせていた。
(…………みゃーこさん)
 ひょっとしたら、都は性欲ではなく不安を紛らわしたくてセックスに興じたのかもしれない――そんなことを考えながら、月彦もまた疲れと絶頂の余韻から来る気怠さに身を委ね、やがて眠りの谷へと落ちていった。



 そのまま熟睡し、都と共に朝を迎えられれば良かったのだろうが、学校があってはそうもいかない。
 早朝、月彦はすやすやと眠る都を起こさぬ様そっとベッドから這い出てこっそりと帰宅した。日の出前の殺人的な寒気に身を切り刻まれながら大急ぎで帰りつく。さすがにもう一眠りする時間は無さそうだが、せめて朝帰りはごまかそうと。寝間着に着替えてこっそりとベッドに滑り込もうとしたところで。
「……父さま?」
 真央が目を覚ましてしまった。
「わ、悪い……起こしちゃったか」
 帰りに霧亜の病室に寄ったら都と晩飯を食べることになってしまって、そのまま長居するはめになってしまったのだと。聞かれもしないのに早口に説明してしまったのは、月彦自身後ろめたさがあったからかもしれない。
「父さま、これ……」
 真央はひとしきり月彦の話しに耳を傾けた後、どうやらベッドの中まで持ち込んでいたらしい小さな紙包みを差し出してきた。
「これは……?」
「父さまが携帯電話買うみたいって由梨ちゃんに話したら、お祝いに二人でストラップをプレゼントしようってことになって、昨日二人でお店を回って買ってきたの」
 簡単なラッピングをされた紙包みの中から出て来たのは、携帯のストラップだった。オレンジ色の紐部分と、プラスチック製の小さな狐の人形が三体くくりつけられている。どうやら父狐と母狐と子狐の3匹らしい。
(………………真央と由梨ちゃんが……俺の為に……)
 二人からのプレゼントでなければ、真っ先に母狐の人形だけは引きちぎっているところだが、月彦は泣く泣く我慢することにした。
「……そっか、ありがとうな、真央。早速つけておくよ」
 月彦はポケットから携帯を取り出し、ストラップをくくりつける。ついでに真央から霧亜のアドレスと由梨子のアドレスを聞き出し、連絡先に登録した。
(あとは学校でカズや千夏のを教えて貰って――)
 問題は“その後”だ。月彦は一端寝間着に着替え、ベッドに潜り込んで愛娘の柔らかい体をぎゅうと抱きしめながら、最大の問題を吟味していた。
 そう、雛森雪乃に、携帯の購入を伝えるかどうかを。


 冷静に考えて、やはり雪乃にだけ教えないというわけにはいかないだろう。ただし拘束率は上げたくない。教えるにしても、細心の注意を払わねばならない。
 翌朝、欠伸を噛み殺しながら登校した月彦は、幼なじみ二人に加えさらに普段からわりと交流のあるクラスメイトらと休み時間の度にアドレスを交換した。千夏と交換した際にしれっと妙子のアドレスも登録した為、連絡先の項目は一気に賑やかなものになった。
(……さてと。次は――)

 ある意味では、携帯の私生活への導入を一番躊躇わせた相手――大ボス雪乃との対決は、昼休みに行われた。
「……それで、紺崎くん。大事な話って何かしら?」
 いつもの進路指導室で、互いに持参した弁当箱を前にした状態で、雪乃がどこかそわそわとした様子で水を向けてくる。その浮かれた様子を見るに、どうやらデートの誘いか何かだと勘違いしているのは間違いないのだが、それを否定するよりも本来の用件をさっさと言ってしまった方が早いと、月彦は判断した。
「実はですね。…………携帯を買ったんです」
 単刀直入。月彦は携帯をテーブルの上へと置く。
「………………。」
 雪乃からの反応は無かった。というよりも、まるで時が止まったかのように、瞬きも、呼吸すらも停止していた。
「………………え?」
「いやあの……ですから携帯を買ったんですけど……」
「………嘘でしょ?」
 へ?――今度は月彦が固まる番だった。
「大方どっかから古い携帯拾ってきて、私をからかおうって魂胆なんでしょ。その手には乗らないんだから」
「はぁ……。まぁ、先生がそう言うなら」
 ほっ、と。月彦は安堵のため息混じりに携帯をしまう。まさかこんな形で――不可抗力的に雪乃にアドレスを教えずに済むとは思わなかった。これでめんどくさい事態は回避できたと、月彦が箸を手に弁当箱の蓋を開けようとした時だった。
 ばんっ!――唐突に雪乃が両手をテーブルにつき、立ち上がった。
「……………………ちょっと待って。まさか本当に……携帯買ったの?」
「…………ええ。買いましたけど……」
「“買いましたけど”じゃなーーーい! もぉ! 紺崎くんってばどうしてそんなにアッサリしてるの? そういう大事なことはもっとこう……ほら、あるでしょ!」
「いや……先生の言ってる意味がわかりません。俺の言い方が悪かったんですか?」
「悪かったとかそういうんじゃなくて……あぁもう! 紺崎くんちょっとこっち来なさい!」
「えっ……え?」
 言われるままに席を立ち、テーブルをぐるりと回り込むや、月彦は唐突に抱きしめられた。
「あーもー! ちょー嬉しい! 紺崎くんが携帯持ってくれるなんて夢みたい!」
「うわっ、ちょっ……せ、先生!?」
 ぎゅうぎゅう抱きつかれながら、キスの雨を降らされて月彦はたじたじと後退。その分雪乃が押してきて、どんっ、と。背中から月彦は壁に衝突した。
「ねえねえ、携帯持つのあんなに嫌がってたのに、どうして急に持つ気になったの?」
 殆ど壁に押しつけられるように迫られて、額がくっつくような距離で問われる。
「きゅ、急に……というわけじゃ……俺も、前からいろいろ考えてて……やっぱりそろそろ持った方がいいかな、って……」
「ウソばっかり。本当はもっと二人きりの時間を増やしたいって思ったからなんでしょ? 隠したってバレバレなんだから」
「いやぁ……はは……」
「紺崎くんのそういう所、焦れったいけど私は好きよ? 普段素っ気ない分、こういうサプライズされると余計にキュンって来ちゃうんだから……まさか狙ってるわけじゃないわよね?」
「と、とりあえず……座りませんか? 先生……あの、万が一誰かに見られたりしたら……」
 むーっ、と雪乃は不満そうに唸り、しぶしぶ体を離した。が、ただ離れるのではつまらないとばかりに、その場で強引にアドレス交換をさせられ、それで漸く月彦は解放され椅子へと戻る事が出来た。
「……で、紺崎くん。一つ聞きたいんだけど、携帯買ったのはいいとして……なんでスマホにしなかったの?」
「なんで……って言われても……俺にはこれで十分かなって思っただけですけど」
「全然十分じゃないでしょ! 今時ガラケーじゃ何も出来ないじゃない!」
「そ、そんなことないですよ! ちゃんと通話もできるし、メールも送れるし、写真だって撮れるんですよ!?」
「そうだけど……まぁいいわ。折角紺崎くんが自分の主義を曲げて私に合わせてくれたんだもの。今度は私が歩み寄ってあげる」
 いや別に先生に歩み寄ったわけでは――と喉まで出かかるも、グッと飲み込む。
「あぁん、でもホント嬉しいわぁ。これでいつでも、寂しくなったら紺崎くんの声が聞けると思うと、それだけで毎日が楽しくなりそう」
「いつでも……って、ちょっ……先生! 一つ約束してください!」
「約束?」
「本当に大事な用がある時以外、むやみに電話をかけたりメールしたりしないって約束して欲しいんです」
 きょとんと。まるで芸をする猫でも見たように雪乃が目を丸くする。
「紺崎くんったら、何をトンチンカンなこと言ってるの? そんなんじゃ携帯買った意味がまったくないじゃない」
「守ってもらえないなら、俺は携帯で先生と連絡を取るのを拒否せざるを得ません」
「……って、どうしてそうなるの!? 些細なことでも連絡取り合えるのが携帯の利点でしょ!?」
「確かにそうなんですけど……」
 マズイ流れだと、思わざるを得ない。案の定雪乃はこれ幸いにと拘束率を上げるつもりだ。しかし、こればかりは譲るわけにはいかない。
「…………こういう話をすると泥臭くなっちゃうから避けたかったんですけど……携帯ってお金かかるじゃないですか。俺、無理言って携帯買ってもらったから、使用料金自分で払わなきゃいけなくて……だから、本当に必要な時以外あまり使いたくないんです」
「使用料金って……そんなの、いくらでも私が肩代わりしてあげるわ。それなら良いでしょ?」
「全然良くないです! 携帯の料金を先生に払ってもらうなんて恥ずかしすぎます!」
「紺崎くん、それは違うわよ。紺崎くんは学生で収入だってないんだから、社会人できちんと働いてる私がそのくらい肩代わりするのはむしろ当然の流れだと思わない?」
「少なくとも俺は当然だとは思えません」
「むーっ……ほんっと紺崎くんって頑固なんだから」
 いや、頑固さでは先生と矢紗美さんには遠く及ばないですよと、言えたらどんなにいいか。
「解ったわ。あんまり無理言って、紺崎くんにやっぱり携帯持ちたくないーなんて言われたら本末転倒だし、私が譲ってあげる。仕方なくよ?」
 これは貸しよ?とでも言わんばかりの口調で、雪乃は大きく肩を上下させる。
「ただし、朝のモーニングコールと、夜のナイトコールは毎日すること。これは譲れないわ」
「なっ、ちょっ……ま、毎日はさすがに勘弁してください!」
「だーめ。私も譲ったんだから紺崎くんも譲りなさい」
「いやでもさすがにそれは…………」
「”それは”? まさかとは思うけど、めんどくさいから嫌だなんて言わないでしょうね?」
「だ、だって……起きる時間はともかく、寝る時間なんてまちまちじゃないですか! もし先に寝ちゃってたら逆に起こすことになりますよ!」
「じゃあ、寝る時間をだいたい決めておけばいいんじゃないかしら」
「そんな無茶な……」
「それか、メールで今日は何時くらいに寝る予定とか先に知らせておくとか」
 そこまで手間をかけてやらなければならないことなのだろうか。月彦は次第に目眩を覚える。
「…………そもそも、モーニングコールって、俺が先生にかけるんですか? それとも先生が俺に?」
「そうねぇ……じゃあ、朝は私がかけるから、夜は紺崎くんがかけるのはどうかしら?」
「………………せめて、電話じゃなくてメールにしませんか?」
「やだ。ちゃんと紺崎くんの声が聞きたいの!」
 ああもう――月彦はもう顔を覆いたくなる。だから携帯なんか持ちたくなかったんだと、喉まで出かかる。
 月彦のそんな気分の何割かを、さすがに雪乃も感じ取ったのだろう。
「………………もぉっ、解ったわよ。紺崎くんがそこまで反対するなら、メールで我慢してあげるわ。その代わり、もし忘れたりなんかしたら――」
「……忘れたら?」
「………………………………お泊まり」
「え」
「だーかーら、罰としてお泊まりするの!」
「へ、平日でも……ですか?」
「…………じゃあ、週末お泊まりでいいわ」
「もし連続で忘れたりなんかしたら……」
「そんなことは無いと思いたいけど、もしそんなことになったら……そうねぇ」
 んー、と。雪乃は唇に指を当て、天井を見るようにして考え込む。
「罰ゲームとして、なんでも1こだけ言うことを聞くとかでいいんじゃないかしら? もちろん、願い事は常識の範囲内で、よ?」
「……えーと、今までのは俺が忘れた時、でいいんですよね。ちなみに先生が忘れた時はどうするんですか?」
 まさか雪乃が忘れてもお泊まりとかいう、雪乃だけが丸儲けするシステムではないだろう。
「私は絶対忘れたりなんかしないけど……そうねぇ……じゃあ、紺崎くんが望む時に、好きなだけおっぱいを触らせてあげるとかでどうかしら」
「…………なんか、俺の罰に比べて随分楽じゃないですか?」
「そ、そんなことないわよ! どんなときでもって言ったでしょ? 授業中とか、真夜中とかでもちゃんと触らせてあげるんだから、ちゃんと釣り合ってるわよ!」
「いや、授業中って――」
「だから、教室でじゃなくって……と、トイレとかで……」
「…………成年誌とかだとよくありますけど……」
 実際にやろうとすると、不自然すぎて噂が立つのは避けられないのではないだろうか。
「とにかく! 朝は私がメールするから、紺崎くんはちゃんと返信すること! 夜は紺崎くんがメールして、私が返すから!」
「……わかりました」
 それくらいならば、何とかなるだろう。
(…………案の定、先生はめんどくさかったけど……だけど、これなら……)
 パイプ椅子を軋ませながら、背中を預ける。月彦は、己の“戦果”に満足した。

 

 

 

 

 

 

 ――のも、つかの間だった。
「それで、紺崎くん。“今夜”のことだけど」
「へ? 今夜……?」
 談笑まじりに昼食を終え、弁当箱を片付けようとしていた矢先、月彦は思いも寄らぬ攻撃に顔を引きつらせた。
「ほら、お祝いしなきゃいけないでしょ?」
「いや、待ってください……なんのお祝いですか」
「だから、紺崎くんが携帯を買った記念っていうか……ね?」
「別にそんな……祝われるようなことじゃないですよ」
「でもでも、折角だし。ケーキとか買って簡単にお祝いするのもアリじゃないかしら」
「ケーキって……いくらなんでも大げさですよ」
「じゃあ、ケーキなしで代わりに紺崎くんが食べたいもの食べさせてあげる。外食でも私が作るのでもどっちでもいいわよ?」
「いえ、今日は――」
 最後まで口にする間も無く、しゃらっぷ!とばかりに雪乃がテーブルを叩く。
「もうっ……私だって本当はそんなのどうでもいいの! とにかく…………うーっ…………こ、紺崎くんが携帯持ってくれて嬉しいから、今夜は……久々に……シたいなぁ、って……つまり、そういうコト!」
「シたいって…………先生……今日はまだ火曜日……なんですけど……せめて週末……」
「だーめ。………………ホントは、今すぐシたいくらいなんだから」
 完全に獲物を狙う肉食獣の目で見られ、月彦は俄に萎縮してしまう。
「今日は部活は無し。ホームルームが終わったら、紺崎くんは先に帰って待っててね。私も出来るだけ早く帰るから」


 断れる雰囲気ではなかった。ましてやすっぽかして直帰などしようものなら、怒り狂った雪乃が何をするか解らない。そう、自宅の電話しかないから、気安くかけることが出来なかった以前とは違うのだ。それこそ、夜通し携帯を鳴らされかねない。
(……もちろん、電源を切ることは出来る、けど……)
 それではそもそも携帯の意味がないし、永遠に電源を切り続けるわけにもいかない。何より、翌日は学校で顔を合わせるのだ。
(…………まぁ、先生も鬼じゃないんだ。明日も学校あるんだし、さすがに“泊まり”にはならないだろう)
 とはいえ、面と向かってはっきりと「シたい」とカミングアウトした雪乃がどれほど荒ぶるかは予想出来ない。覚悟だけは決めて、月彦はなるべく人目を避けて雪乃のマンションへと向かった。
「おじゃまします、っと。おっ、居た居た」
 雪乃から預かっている合い鍵で中に入るや、暗がりの中からニャア、という鳴き声と共にノンが現れる。
「久しぶりだな、ノン。俺のこと覚えてるか?」
 どうやら覚えているらしく、ノンは月彦の足下まで忍び寄るや体を擦りつけてくる。
「よしよし、今おやつをやるからな」
 マンションに向かう途中のコンビニで買った猫用おやつ(カツオの切り身をボイルしたもの)を解してエサ皿にいれてやると、ノンはたちまちがっつくように食べ始めた。
「はは、お腹減ってたんだな。いっぱい食べて早く大きくなるんだぞ?」
 背中を撫でてやると、ノンはニャアと大きく鳴き、またはぐはぐと食べ始める。月彦は食卓の椅子に座ったままノンの後ろ姿を眺め、ノンが食べ終わって膝の上に乗ってくると今度はその体を撫でてやった。
「…………大事にされてるみたいで、良かった」
 あの雪乃の事であるから、子猫を飼うのはあくまで家に呼ぶ口実と割り切って、ひょっとしたらおざなりな世話しかしてないのではないか――そんな危惧が全く無かったと言えば嘘になる。が、少なくともノンの様子を見るに、無下にされていないのは間違いない様だ。
「トイレもきちんと綺麗にしてあるし……良かったな。いい飼い主に拾われたぞ、お前」
 顎の下をうりうりと擦ってやると、ノンは擽ったそうに声を上げて暴れる。爪を出した前脚で月彦の人差し指を持つように掴み、そのままあぐあぐと甘噛みしてくる。
「それは食べ物じゃないし、おっぱいも出ないぞ?」
 もちろんノンもただじゃれているだけなのだろう。
(あぁ、でもやっぱ猫は可愛いなぁ……うちでも飼いたいなぁ)
 こうして触っているだけで癒やされる――月彦は時間を忘れてノンをモフリ続けていた。事実、その耳がドアノブが回る音を拾うまで、月彦はほわわんとした世界の住人になっていた。
「よいしょ、っと。遅くなってごめんねー……って、どうしたの? 明かりもつけないで」
「あぁ、先生。ちょっとノンちゃんと遊んでたら我を忘れてしまって…………それ何ですか?」
「言ったでしょ、お祝いだって。ケーキと、あとシャンパン買ってきちゃった」
「シャンパンまで買って来たんですか!」
「ちょっとね、奮発しちゃった。紺崎くんもシャンパンなら飲めるでしょ?」
「まぁ……飲めなくはないですけど」
 てきぱきと、リビングの電灯をつけたりグラスを出したりケーキを出したりと。忙しなく動く雪乃を尻目に月彦は唖然としたまま固まっていた。そんな月彦の膝からノンが飛び降り、雪乃を出迎えるようにその足に体を擦りつける。
「ただいま、ノン。すぐごはんあげるからね」
「あ、一応さっきおやつならあげときましたよ」
「あら、じゃあ晩ご飯は少なめで大丈夫かしら。良かったわねー、ノン」
 やはり、大事にされているのだろう。雪乃に撫でられ、ノンは心地良さそうに鳴く。
「紺崎くんもお腹空いてるでしょ? ケーキとかいろいろ準備して持っていくから、ソファに座ってテレビでも見てて」
「そんな、俺も手伝いますよ」
「ケーキを切って、シャンパンを開けるだけだもの。二人でやるほうが時間かかっちゃうわ」
 苦笑混じりに言われ、月彦も納得してとなりのリビングへ移り、ソファに腰をおちつける。テレビをつけ、BGM代わりに音声を垂れ流していると、すぐに雪乃もやってきた。
「お待たせ、紺崎くん」
 案の定、雪乃はテーブルに盆を置いて隣へと座る。そのままごろにゃーんとばかりにもたれ掛かられ、月彦はつい乾いた笑みを浮かべてしまう。
「何も考えずにショートケーキにしちゃったけど、良かったかしら?」
「いいと思いますよ。ショートケーキ俺も好きですから」
 ちゃんと洋菓子専門店で買ってきたのだろう。1/8にカットされたショートケーキは、スーパーなどで売っている量販品とは明らかに違っていた。その断面から見えるスポンジ一つとっても、職人のこだわりを感じさせるような色合いを醸し出している。
(あれ、でもなんで一皿しかないんだ?)
 グラスはちゃんと二人分用意されており、傍らには未開封のシャンパンも鎮座している。が、カットされたケーキは一皿だけ。
「……………………。」
 何となく、この後の展開が想像出来てしまい、月彦はつい目を瞑って眉間をモミモミしてしまう。そんな月彦を尻目に、
「じゃあ、まずは乾杯しましょ」
 雪乃は素手であっさりと栓を抜き、ほんのり黄金色の液体をグラスへと注いでいく。
「はい、それじゃあ……紺崎くん、携帯購入おめでとー! かんぱーい!」
「かんぱーい」
 かつん、とグラスを鳴らし、シャンパンを口に含む。
(…………あれ?)
 と首を傾げていると、一気に飲み干してしまったらしい雪乃がんふふと笑った。
「残念、実はこれノンアルコールなの」
「いや全然残念じゃないですけど……でも美味しいですね。俺はこっちのほうが好きかもしれません」
 改めて、グラスの残りを口に含む。口の中で弾ける炭酸の刺激と、果実系の甘苦いようなのどごしに、思わずほう、と息を漏らしてしまう。
「んふふーっ、紺崎くぅん」
「わわっ、ちょ……先生どうしたんですか! ノンアルコールじゃなかったんですか!」
 ごろにゃーんと、酒の入った猫のようにしなだれかかられ、月彦はグラスを落としそうになってしまう。
「んー、お酒じゃないの。なんていうか……雰囲気に酔ってるの」
「雰囲気……ですか」
「そ。もうね、今日の私はメロメロなの。…………あーんもぉ紺崎くん大好きぃーーー!」
「ちょっ、先生落ち着いて下さい! 今日は一体どうしたんですか!」
 今度はぎゅうぎゅう抱きつかれながら、頭を擦りつけるようにグリグリされ、痛こそばゆさに笑い転げそうになってしまう。
「ねえねえ、ケーキも食べるでしょ?」
「い、頂きます……」
「はい、あーん」
 あぁ、やっぱり――ケーキ皿を左手に。ケーキの先っちょが乗っかったフォークを右手にした雪乃に対し、月彦は観念したように口を開ける。
「あー……んむぐ……あっ、本当に美味しいですね」
「でしょでしょー? もうね、美味しすぎて食べ出すと止まらなくなっちゃうから、私の中でずーっと封印してたお店のケーキなの!」
 だけど今日は特別――そう言って、雪乃に皿とフォークを渡される。
「……あーん」
「あーん♪」
 食べさせてもらって。お返しに食べさせて。シャンパンを飲んで。
 それは、シャンパンが空になって買ってきたケーキが全て無くなるまで続けられた。


「ねえ、紺崎くん」
「な……んですか?」
「何か私にしてほしいコト、ない?」
 シャンパンが無くなり、ケーキも食べ終え。ほとんどソファの上に押し倒されるような形で雪乃に密着されて。
「して欲しいコト……ですか?」
「うん。何でもいいのよ? 今日はね、紺崎くんの我が儘を聞いてあげたい気分なの」
「何でも……」
 ごくりと、喉を鳴らしてしまう。
(何だろう……何かあるかな)
 止めて欲しいコトならすぐ思い浮かぶのだが、いざして欲しいことは無いかと問われても、すぐには思いつかなかった。
(…………雰囲気的に、エッチなお願いを聞いてあげるって感じなんだろうけど……)
 本来ならば、雪乃の様なグラマラスな女教師にそんなことを言われれば期待と興奮で頭がおかしくなりそうなものだが、普段から割とエッチなお願いが通ってしまうのと“聞いてもらった後のめんどくささ”を知っている為か、不思議な程に心が沸き立たなかった。
(いやでも、さすがに今日は……)
 雪乃なりの、携帯の購入を決断したことに対するお礼ということなのだろう。つまり、後から“代金”を徴収されることは無いのかもしれない。
(…………それならそれで)
 ググンと、下半身に血が集まるのを感じる。考えても見れば、雪乃は普段からもっと甘えて欲しいというようなことを漏らしてもいた。つまり、ここで雪乃に甘えて見せること自体、雪乃を喜ばせることになるのではないか。
(……とはいえ)
 何をして貰えばいいのか、それが問題だ。折角のおねだりチャンスなのだから、単純に口でシて欲しいとか、おっぱいでシて欲しいというのではもったいないオバケが出現しかねない。
(…………お尻でシたい、とか)
 雪乃の“初めて”をもう一つ――というのはどうだろう。月彦は吟味し、断念する。自分が思っている以上に、雪乃がそういった行為に抵抗を感じる可能性が否めないからだ。
(……となると)
 思いつくのはコスチュームプレイ。そして真っ先に脳裏に浮かんだのは、先日見せられて我を忘れるほどに興奮させられたあの衣装だ。
(レーシングスーツを着た先生とシたい……って……言ってみるか?)
 ぴっちりと体のラインを写し取り、そのくせ胸元だけが窮屈で収まりきらないとかいうあの姿を思い出すだけで理性が吹っ飛びそうになる。そう、これならば雪乃も首を横には振らないのではないだろうか。
(ただ……)
 問題は、それを頼んでしまったが故に、折角水に流れた形になっているバイクの件を雪乃が思い出してしまう可能性があることだ。レーシングスーツを着た雪乃は垂涎ものだが、リクエストしたが最後、今度こそ大型免許を取らされるかもしれない。
「…………紺崎くん、いくらなんでも悩みすぎ。…………私に聞いて欲しいお願い、そんなにいっぱいあるの?」
 呆れたような、困ったような。でもまんざらじゃないような、そんな笑顔。
「いいのよ? 一つずつ順番でも。紺崎くんがシて欲しいこと、ぜーんぶシてあげる」
 恐らく雪乃はお願いを一つに絞れなくて困っていると思っているのだろう。本当にそうであれば、どんなに良かったか知れない。
「いや、えーと……ははっ…………いろいろ考えてみたんですけど、お願いしたいことって特にないみたいです」
「………………何それ。どういう意味?」
 ぴくりと、雪乃が笑顔を硬直させたかと思えば、見る見るうちに眉の角度を上げていく。あわわと、月彦は大慌てで弁明しなければならなかった。
「ど、どういう意味っていうか……えーとその……」
 じぃぃ、と。睨むような目で見据えられる。気のせいか、背中へと回された雪乃の手の爪が、首に食い込んでいるようにも感じる。
「シて欲しいことがあるにはあるんですけど……ふ、不可能なんです!」
「不可能?」
「ええと、その…………こ、コスプレして欲しいなぁ、って、思ったんですけど……」
 怒り顔が、見る見るうちに笑顔に戻る。笑顔をさらに通り越して、デレ顔に。
「コスプレって……ま、まぁ……確かに……それは無理……ね。うん……持ってる服だったらいくらでも着てあげられるけど」
「で、ですよね……。それに、思ったんです。先生って、やっぱりその……スーツ姿が一番似合うっていうかムラムラ来るっていうか……」
「スーツ……が、好きなの?」
 雪乃が自分の格好を見下ろし、ふっ、と余裕の笑みを見せると同時に、体を擦りつけるようにして密着度を上げてくる。
「あわわっ」
「やっぱり、紺崎くんって“そういうの”が好きなんだ?」
「ひ、否定はしません……ていうか、先生……ちょ、苦しいんですけど……」
 重い、とはさすがに言えなかった。しかし雪乃は意に介さず、密着したままさらに足まで絡めてくる。
「折角だから、紺崎くんの“好み”も詳しく聞いちゃおうかしら」
「俺の……好み?」
「そ。スーツはスーツでも、どんなのが好きか、とか」
「どんなのって言われても……」
「じゃあ、まず色は何色が好きなの?」
「色……ですか………」
 月彦は記憶を辿る。何色のスーツを着た雪乃に、一番むらっ、と来たかを。
「黒……とか、紺、とかですかね。グレーとかはあんまり……」
「へえ? とっても参考になるわ。…………じゃあ、たとえば今日の格好なんかは、紺崎くんのツボだったりするの?」
 今日の雪乃は濃紺のスーツ、しかもタイトミニだ。月彦は己の気持ちに嘘をつけず、頷かざるを得ない。
「ちなみにスカートは、やっぱり短い方が好み?」
 雪乃はわざと右足を折り曲げ、太ももを露出させながら――しかも、月彦がそこを見るように後頭部に手を添えて視線誘導までしながら――問うてくる。
「そりゃあ……で、でも先生……だからって――」
「もちろん解ってるわ。紺崎くんはともかく、他の男子生徒に下着を見られたりするのは絶対嫌だもの。…………でも、学校じゃなくってこんな風に二人で一緒に居る時なら、すっごいミニ穿いちゃうのもアリかな?」
「すっごいミニって…………そんなの穿かなくたって、先生は十分過ぎるくらい魅力的ですよ」
「それじゃあ足りないの。もっとこう、紺崎くんが我を忘れて飛びかかってくるくらい、夢中になって欲しいの」
「そんな……」
 真央みたいなことを――とは、さすがに言えない。
「ねえ、紺崎くん。今度一緒に洋服買いに行かない?」
「服……って、まさか……」
「実際に試着して、紺崎くんが一番ムラムラしちゃうスーツを捜すの。もちろん、紺崎くんが気に入ったのはちゃんと買って、帰ってから…………ね?」
 名案だ、とでも言うかのように、雪乃は目を輝かせる。
「や、止めましょう! そんなの……そんなコトされたら、俺マジでケダモノみたいになっちゃいますから!」
「いいじゃない。…………見たいなぁ、ケダモノになっちゃった紺崎くん」
 雪乃の手がもぞもぞと這い、カッターシャツのボタンを外し始める。
「……なんだか、興奮してきちゃった。ねえ、紺崎くん……今の格好じゃ、ケダモノにはなれそうもない?」
「………………先生、分かってて言ってますよね?」
 こんな色気ムンムンの女教師にソファに押し倒されて密着されて。足まで絡ませられて。ギンギンになってしまっている股間を必死に悟られまいと腰を逃がそうとしても、太ももをぐりぐりすり当てられて。
 ケダモノになれそうもない?も無いもんだと、月彦は憤慨さえする。
「煽ったのは先生なんですから、きちんと責任とって下さいよ?」
 そんな自分の“返し”すらも、きっと雪乃の狙い通りなのだろうなと。薄々気づきながらも、月彦は目の前の女教師の体を貪らずにはいられないのだった。


 ソファをベッド代わりに、時折キスを挟みながら雪乃の胸を触ったり髪を撫でたり。かと思えば上と下を入れ替えられ、キスをされながらシャツの下へと手を入れられ、胸板を撫でられ、乳首を弄られる。負けじと月彦も雪乃の背中に手を伸ばし、そのまま尻肉を鷲づかみにする。
「やんっ…………紺崎くんのえっち」
「先生こそ。年端もいかない男子の上に跨がって、シャツの下まで手をいれてきて……教師失格ですよ?」
「いーの。仕事か紺崎くんどっちか選べって言われたら、私は迷わず紺崎くんを取るから」
 ちゅっ、と頬にキスをされ、そのままれろれろと首まで舐められる。
「紺崎くん、さ。おっぱい好きって言ってるけど」
 れろ、れろ。
 今度は、耳の裏まで舐め上げられる。
「実は結構お尻も好きよね?」
「…………否定はしません」
 現在進行形で雪乃の尻を鷲づかみにしている以上、認めざるを得ない。
「…………生徒側から言わせて貰えば、胸よりもむしろお尻の方が、目にする機会は多いですから」
 雪乃のこの尻を揉みくちゃにしたいと欲情している男子生徒はかなりの数に上るだろう。“その尻”を好きにしているのだと思えば、興奮はもとより優越感すらも得ることが出来る。
「ンっ……もぉっ……お尻ばっかり見てないで、ちゃんと授業も真面目に受けないとダメよ?」
 めっ、とばかりに雪乃が額を指でつんと突いてくる。言葉とは不思議なもので、月彦の耳には「黒板に書かれた文字なんかより、私に夢中になってないと承知しないんだからね?」としか聞こえなかったりする。
「じゃあ、これ以上先生を見てエロい気持ちにならない様にしないといけませんね。…………今日はこのまま帰ってもいいですか?」
「……バカ。そんなの、絶対許さないんだから」
 こつんと、今度は額をぶつけられ、そのまま唇が奪われる。雪乃にされるがままというのも癪で、月彦も積極的に舌を使いながら体を入れ替えて、雪乃の体をソファに押し倒す。
「……いいわよ」
 月彦の狙いを察して、雪乃が体を開く。ブラウスのボタンを外し、ブラをずらすなり、飛び込むようにして谷間に顔を埋める。
(ふおぉぉぉおっ……!)
 乳肉の柔らかさを顔全体で受け止めながら、さらに両手で揉み、捏ねる。
「ふふっ……やっぱり、紺崎くんは“こっち”が一番なのね。……あんっ」
 捏ねながら、胸の頂きを交互に吸う。もちろん母乳が出たりはしないが、そんな事は関係ないとばかりに、月彦は先端を舐り、舐め回し、甘噛みする。
「ンッ、ンッ……あンッ……ダメっ……そんな、強くっ……ンンッ……噛んじゃっ……」
 ソファの上で身悶えしながら、雪乃が徐々に息を荒げる。さらに、たっぷりと胸を舐った後、徐々に体を下方へとずらしていき――
「やっ……だ、ダメっっ……」
 スカートの下へと潜り込む。むっとする程に濃厚な牝の香り。湿気たっぷりの空気を肺一杯に吸い込み、湿った下着へと、鼻先を擦りつける。
「やっ……ぁぅ……ダメッ……そこ、はっ…………」
「シャワーも浴びてないのに、ですか?」
 雪乃の台詞を先取りしながらスカートから顔を上げる。そこには、赤面しながらも期待に満ちた女教師の顔があった。
(…………解ってます。本当は好きなんですよね?)
 恐らく、雪乃は認めないだろう。が、好きなのはほぼ間違いない。殆ど抵抗する素振りを見せないのも理由として考えられるし、何よりも。
(…………矢紗美さんが好きだから、先生も好きな可能性は高い、よな)
 唇を重ねながら、手をスカートの下へと忍ばせる。キスで誤魔化しながら、ストッキング、下着の順に脱がすという、なんともおざなりなものだが、雪乃はされるがままだった。片足を下着から抜くや、さりげなくキスを中断。
 月彦は再び、スカートの内側へと、頭を潜らせる。
「…………だ、ダメッ……!」
 今更ダメもないものだと、噴き出してしまいそうになりながら、月彦は秘部へと口づけをする。
「あッ……!」
 ビクンと、雪乃が背を逸らし、ソファを軋ませる。さらに、指を宛がい広げながら、れろり、れろりと。
「あッ、ぁ、ぁッ、あぁぁ〜〜〜ッッッ……!」
 雪乃が、頭を押さえるように髪をかきむしってくる。が、構わず舌を動かし続ける。自分以外、何者も触れたことが無いであろう、ピンク色の敏感な粘膜の味を楽しむように。
「ああぁぁっ……だ、だめえっ…………はァンッ! はぁはぁはぁ……こ、紺崎くんっ……やだっっ…………ああぁぁぁッ!!!!」
 時折、派手にじゅるじゅると音を立てて吸い上げながら、月彦はたっぷりと。今晩お世話になる場所の下ごしらえを続けるのだった。


「……じゃあ、先生。行きますよ?」
 膝は絨毯に、肘はソファの上に突く形で斜めに四つん這いになっている雪乃を、背後から貫いていく。
「はぁっ…………はぁっ…………んっ……ぅっ……ンンン……!」
 じっくりと、剛直に媚肉をなじませるように。時折腰をくねらせながら、徐々に徐々に埋没させていく。焦りは禁物だ、何よりも、雪乃は“ゆっくり”が好きなのだから。
「あァァッ……紺崎くんの、入ってっっ…………ンンッ……ッ……!」
「先生……っ……」
 ずんっ、と。根元まで挿入し、そのまま雪乃に被さるようにして重なる。
「すごく、気持ちいいです。先生の、ナカ」
「や、やだ…………そんなコト、言わなっ……ンンッ……!」
 しかし、ジッとしていられるのもそう長くはない。雪乃の体を、数多の男子生徒に眠れぬ夜を過ごさせている恥知らずな体を早く蹂躙したくて堪らなくなる。
「ま、待っっ…………ゆっくりっ…………あっッ……ひぃっ…………ンンッ……ああぁっ、あんっ……! あんっ!」
 ぱんっ、ぱんっ。
 腰を打ち付ける度に、白い尻肉が波打つ。今回、可能な限り衣類は残してある。タイトミニはまくり上げただけだし、ブラウスは前をはだけさせただけ。上着を脱がしてすらいない。
(…………あぁ、これっ……たまんねえっ……!)
 見下ろす光景は、まさに“女教師を背後から”であり、否が応にも剛直が反り返るのを感じる。
(…………先生の言う通り、俺はそういうシチュエーションが好きなのかもしれない)
 そう思う。が、だとしたらそれは間違いなく雪乃のせいだとも思う。何故なら、雪乃と関係を持つ以前は、女教師を見て特別ムラムラと来るようなことは無かったからだ。
(先生をっ……後ろ、から…………!)
 欲望のままに、突く。しかし、すぐに物足りないと思い始める。体勢的に、どうしても思い切り動くことが出来ないからだ。
「…………先生、すみません。良いですか?」
 堪りかねて、雪乃に耳打ちをする。立ってシたい――と。
「た、立って……って……もぉっ……そんな、のっ……あんっ!」
 おずおずと雪乃が立ち上がる――や否や、月彦は思いきり突き上げる。
「ま、待っっ……ちょっ、紺崎くっっ……ああああッ! あぁっ……ンンッ!!!」
 手をソファの背もたれの上に乗せただけの不安定な雪乃を、背後から突き上げる。が、さすがに姿勢が不安定過ぎたらしい。互いに縺れるように体勢を崩し、ソファの上に転んでしまった。
「す、すみません……先生、大丈夫ですか?」
「大丈夫、だけど……やだっ、ンッ…………!」
 返事を待つ余裕もなしに、月彦は抜け落ちてしまった剛直を再挿入する。もはや、姿勢に拘る余裕はなく、普通にソファに座る形の雪乃を、正面から貫く。
「あっ、ンッ……あふぅっ……くふぅぅぅっ……!」
 両足を広げさせながら、根元まで貫く。雪乃が苦しげに呻きながらも、両手を背中に回してくる。
「ちょっと……落ち着いて、紺崎くん………………ね?」
「は、はい……」
 月彦は深呼吸をする。確かに、雪乃の体を求めすぎる余り、少々先走り過ぎていたかもしれない。
 ちゅっ、と。唇が触れあうだけのキス。雪乃は照れ混じりに笑う。
「紺崎くんが、“後ろから”が好きなのはよくわかってるつもりよ? 正直、私も嫌いじゃないんだけど……」
 きゅっと、雪乃が抱きつく手に力を込める。
「やっぱり私はこんな風に、向かい合って……紺崎くんの顔を見ながら、一緒に気持ちよくなるのが好きよ?」
「せん、せい……」
 頭から冷や水を浴びせられた気分だった。言われてみれば、先ほどまでの自分は自分だけが気持ちよくなろうとしてはなかったか――。
「……すみません、俺……」
「あっ、ごめんね……叱ってるわけじゃないのよ? さっきも言ったけど、紺崎くんにケダモノみたいに求められるのも、嫌いじゃないし……」
 だけど、今日は見つめ合いながら一緒に気持ち良くなりたい気分――言外に、雪乃が言わんとすることを察して、反省の意味も込めて唇を重ねる。
「…………本当にすみませんでした、先生」
「だから謝らないで、私はっ……あん……!」
 軽く突き、再度唇を重ねる。
「あンッ……んっ……んむっ、んんっ……!」
 ちゅっ、ちゅっ、ちっ……唇を吸い合うようなキスを続けながら、ゆっくりと腰を使う。ぎゅうっ、と。脇を潜って肩を掴んでいる雪乃の手に力が籠もるのを感じる。
(……っ……ナカ、も……)
 まるで月彦の行動を褒めるように、肉襞が絡みついてくる。背後からがむしゃらに突いていた時とは雲泥の快感に、早くも腰の周りが痺れ出す。
「ンッ……んっ……あはぁっ…………いい、よ、紺崎くん…………すっごく…………はぁはぁ…………凄く、良い…………あんっ!」
「…………俺も、です……先生の、ナカ……さっきよりッッ…………っ……」
 腰が、勝手に動いてしまう。
 ぐりんっ、ぐりんと抉るように突くと、忽ち雪乃は声を震わせながら喘ぎだした。
「あっあァァァァァァッッッ……良いぃぃっ…………紺崎くんっっ……あァァァッ…………はぁはぁはぁ…………」
「凄い……どんどん濡れてきてますよ、先生。もうソファまでびしょびしょです」
「だっ…………だってぇ…………これ、ホントに気持ちぃっっ…………ンぁああッ! はぁはぁはぁっ…………だめぇっ……ホントに、気持ちいいのぉっ…………」
「…………気持ちいいなら、全然ダメじゃないですよ」
 苦笑混じりに、キス。そして、さらに突く。
「ンンンンンッ!!!」
 喉奥で噎ぶ雪乃を、さらに突き上げる。
「ンンンッッッ! ンンッッ……!!!」
 突いて。突いて。突いて、思い切り引いて――。
「ンンンッッ…あッ……あぁあんっ!!」
 思い切り、突く。耐えかねるように、雪乃が仰け反り、声を上げる。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ…………紺崎くん…………もうっ……私、……もう、もう…………」
「わかってます。俺ももう、限界ですから」
 雪乃が、ホッとしたように笑顔を零す。そして両手で巻き込まれるような形で、今度は雪乃に唇が奪われる。
「……一緒にイこ?」
 そして、雪乃は唇を離しざまに――聞き取れなくてもかまわないとばかりに――小声で呟いた。
 もちろん、月彦は聞き逃さなかった。返事の代わりに、ぐりんっ、と。
「…………あンッ!」
 腰をくねらせ、突き。抉り。
「あぁッ……あぁぁっ……! あぁぁぁぁぁぁっ……!!」
 ヒクヒクッ……!
 ヒクヒクヒクッ……!
 まるで絶頂を堪えているように小刻みに痙攣する雪乃のナカを蹂躙するように。
「だ、だめっ…………やっ……も、っっ……イッ…………イッ…………ちゃう………………!」
 掠れた声で藻掻く雪乃の目をしっかりと見据えながら、何度も何度も腰を打ち付けていく。
「イくっ…………イくっ…………イクッ…………イクッッッ………………!」
 絶頂を必死に我慢しているのが、痛々しいほどに伝わってくる。そんな雪乃に興奮をかきたてられながら、月彦もまた絶頂を堪え続けていた。“一緒に”とはいえ、先にイくのではなく、あくまで雪乃をイかせてから果てるのが、男の努めであるとでもいうかのように。
「イクッ……イクッ………………イッっっっ…………〜〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!」
 雪乃が、声を引きつらせながら、イく。痙攣する膣肉を無理矢理こじ開けるようにして剛直をねじ込み。
「……っ……せん、せぇっ……!」
 どぷ、どぷと。呆れるほど大量の精液を注ぎ込みながら。
 月彦もまた、果てた。



 

 

 私生活への携帯電話の導入において、最も障害となるのは雪乃の存在だと思っていた。雪乃のことであるから、きっと毎日のように電話をかけてきたり、四六時中メールを送ってきたりするに違いないと。
 その月彦の予想は、いい意味で外れた。
(…………意外に来ないな)
 朝のモーニングメールについては予め送ると言われていたからしょうがないとして、それを除けば少なくともメールが多すぎてうんざりする、というようなことは無かった。
(………………考えてみれば、毎日学校で顔合わせるんだし、時々一緒に昼飯だって食べるし、放課後部室で会ったりもするし……)
 雪乃としても、わざわざメールをする程の用事が無いのかもしれない。朝晩のメールが少々面倒ではあるものの、雪乃からの構って攻勢が思いの外緩やかであることもあって、徐々に余裕すら持ち始めていた。
(…………なんだ、こんなことならもっと早くに携帯を持っとくんだった)
 などと、余裕を通り越して油断までしていた。
 “裏ボス”は、そんな月彦のすぐ側まで迫ってきていた。

 学校が終わり、由梨子へのメールをポチりながら歩道を歩いていた月彦は、不意にクラクションを鳴らされて顔を上げた。
「はぁい、紺崎クン。元気してた?」
「矢紗美さん……!」
 非番なのだろうか。矢紗美は私服で、運転しているのも自前の軽自動車だった。反射的に携帯をポケットに隠す――が、間に合ったかどうかは分からなかった。
「ねえ、ちょっと話があるんだけど」
 矢紗美は微笑を浮かべたまま、目だけで助手席に乗れと促してくる。背筋が凍るようなその微笑に、月彦は首を横に振る。
「大人しく乗った方が身のためよ、紺崎クン」
「う……わ、分かりましたよ!」
 矢紗美の剣幕に押され、月彦は辺りを見回して見知った顔が無いのを確かめてから、素早く助手席に乗り込んだ。
「とりあえず、学校の近くから離れるわね」
 すかさず矢紗美が車を発進させる。そのまま十五分ほど車を走らせ続け、河川敷の一角へと車を停めるまで、矢紗美は一言も口を利かなかった。
「さて、と」
 エンジンをかけたまま、矢紗美がシートベルトを外す。
「何の話か、もちろん紺崎クンは分かってるわよね?」
「…………もしかして、携帯の件ですか?」
「うんっ」
 なんとも無邪気な頷き方だった。
「雪乃から聞いてビックリしたわ。あの子のハシャギっぷりも大概だけど、そんなのはどうでも良いの。正直うんざりするくらいウザかったけど、雪乃の性格を考えればそうなるのも当然だから、それはいいの」
 でも――と、矢紗美は凍てついた目で、ジトリと睨め付けてくる。
「一つだけ教えて。紺崎クンが携帯を買ったのはいいとして、どうしてそのことを私が雪乃から聞かされないといけないのかしら?」
「えーと……先生からじゃ、ダメ……なんですか?」
 ぴくぴくと、矢紗美が眉を痙攣させる。どうやら、論外の質問をしてしまったらしかった。
「…………ふぅん、そういうコト言うんだ? さんざん雪乃より私のほうが好きだなんて言っといて、そのくせ雪乃にだけ連絡先を教えるなんてさすがね紺崎クン」
「あっ……いやその……別に、矢紗美さんを放っといたわけじゃ……」
 事ここに至って漸く、月彦は何故矢紗美が怒っているのかを理解した。
「ほら、先生は部活の顧問でもあるわけで、教えないわけにはいかなかったんですよ! それが結果的に矢紗美さんを後回しにする形になっちゃったわけで……」
「ふーん、まるで雪乃には本当は教えたくなかったみたいな言い方ね」
「そりゃあ……ああいや、そういう意味じゃなくって……なんていうか……拘束率が上がりそうだなぁ、って」
「そういえば雪乃が言ってたわ。朝晩にメール送り合ってるんだって?」
「ええ……正直、ちょっとめんどくさいって思うんですけど……先生にどうしてもと頼まれて……」
「でも、別れる気はない、と」
 独り言めいた矢紗美の呟きが、鋭いナイフのように胸を刺す。
「確かに紺崎クンの言い分も分かるのよね。今みたいに、毎日顔を合わせるような状況で別れ話して、学校に行く度に気まずい思いをすることになるっていうのが嫌なんでしょ?」
「そ、そうなんです! 先生とは、どうしても毎日顔を合わせますから……」
「うんうん。紺崎クンの言い分はよーーーく分かるの。でもさ、“今回みたいなコト”をされると私としてもさすがに黙ってらんないっていうか、浮かれまくってる雪乃をちょっと地獄に落としてやろうかなーなんて思ったりするワケなのよね」
「………………解りました、矢紗美さん。………………どうすれば許してくれますか?」
「さっすが紺崎クン。話が早くて助かるわぁ」
 芝居がかった声で、矢紗美はぱんと手まで叩く。
「んもう、紺崎クンだってもう察しがついてるんでしょ? 雪乃とするより濃くて気持ちがたっぷり籠もってるエッチしてくれたら、それで許してあげる」
「………………そういえば、矢紗美さんは俺より、俺の下半身の方が好きなんでしたね」
 今の月彦に言える、せめてもの嫌味だったが、矢紗美はまったく堪えた様子もなく、けろりとした顔で言った。
「じゃ、早速私の部屋に行こっか。下半身のオマケの紺崎クン?」



 早く早くと、殆ど手を引かれるように寝室へと連れ込まれ、そのままベッドへと引きずりこまれた。
「ちょ、ちょっと矢紗美さん! いくらなんでもがっつきすぎです!」
「何言ってるの? どうせ明日は学校だからーとか言って、今日はお泊まりしてくれないんでしょ?」
 だったらちんたらしている暇はないとばかりに上着が脱がされ、ネクタイが解かれ、ベルトにまで手を伸ばされる。
「だ、だからがっつきすぎですって! せめてもうちょっと雰囲気作りっていうか……」
「なぁに? ベッドでしばらくイチャイチャしてから本番したいってコト?」
「それも一つの手ですけど……先生だって、いくらなんでもこんな風にベッドに引っ張り込んだりはしませんよ?」
「むーっ…………わかったわよ。紺崎クンはどうしたいの?」
「どうしたいっていうか……」
 言われて、気がつく。一体自分はどうしたいのだろうか。
(強いて言うなら、家に帰らせて欲しい)
 ただでさえ、都の家に長居して朝帰り。雪乃の家に長居して朝帰りと朝帰りが続いているのだ。矢紗美が好きとか嫌いとかの前に、今日くらいは早めに帰って真央とイチャイチャしたいところなのだ。
「…………そうですね。折角ですから、制服姿の矢紗美さんとシたいです」
 今のVネックセーターにミニという部屋着も決して嫌いではないが、前回の制服エッチは強烈な印象となって月彦の中に刻みつけられていた。
(…………特に、フェラが凄かった)
 下半身だけ裸に剥いた矢紗美に睨み付けられながらのフェラはこうして思い出すだけで頭の芯が痺れる程に強烈だった。もし雪乃のように「ワガママを聞いてあげる」と言われたら、1も2もなくお願いしたいくらいだ。
「制服……ねぇ。紺崎クンの頼みだから聞いてあげたいところだけど、前もって言ってくれないとさすがに準備が、ね」
「そう、ですか……。じゃあ――」
 代案を考えようとした、その時だった。ぶぶぶと、ポケットの中で携帯が震えだした。
「あっ……」
 ちらりと矢紗美を見ると、どうぞ、というジェスチャー。月彦はそっとポケットから携帯を取り出し、画面を見る。
(……先生だ)
 これで真央や由梨子だったらどうしようと思っていただけに、月彦は安堵の息をつきながら通話ボタンを押した。
「もしもし、先生どうしました?」
『どうしましたじゃないわよ! 紺崎くん今どこにいるの!?』
「えっ……どこって……」
 凍り付く。まさか、矢紗美の車に乗る所を見られてしまったのか。
『もぉ! 今日は月島さんが休みだから、部室でイチャイチャできるって思ってたのにいつまで待っても紺崎くんこないし。まさかと思って靴箱見たら帰っちゃってるし!』
「あ……あぁ、そういうことですか。すみません、今日はちょっと用事があって――…………って、ちょっっっ!!!」
 もぞもぞと、なにやら下半身を這い回る何かに気を取られて、月彦が視線を向けたそこで、ベルトを外そうとしている矢紗美の姿に思わず声が裏返った。
『紺崎くん?』
「あっ、いえ何でも………………や、矢紗美さん! 何やってるんですか!
 にやにやと、どこかの性悪狐のように意地の悪い笑みを浮かべながら、矢紗美はろくに抵抗の出来ない月彦のズボンをあっさ下ろしてしまう。
 おかまいなく、どうぞ話を続けて――唇の形だけでそう言い、さらに下着までずらしにかかる矢紗美に、月彦はもう完全にパニックに陥っていた。
『ちょっと、もしもーし。聞こえてるー?』
「あ、はい……聞こえてます…………ぅぁ……」
 ぬろりと、剛直が生暖かいものに咥えこまれる感触に、思わず声が出てしまい、慌てて口を覆う。
『まったくもー。こういう時の為の携帯でしょ? 用事があって帰るなら、一言そう言ってくれればいいのに』
「そ、そう……ですね……次からは、そう、しま……しままままままっ」
『しまままま?』
「な、何でも無――……くぁっっ…………!」
 平生を装うとしても、自然と声が裏返りそうになり、月彦は口を手で覆うしか術がない。
ちょっ……矢紗美さん! ふざけるのもいい加減に……ッッ…………
 ちゅぱっ、ちゅぷ、ちゅぶぶぶぶ。
 くぽっ、ぬぷっ、くぷくぷっ。
 矢紗美からの反論は、凄まじいばかりの“口撃”だった。月彦はみしみしと携帯が軋むほどに握りしめながら、ベッドの上で藻掻き続ける。
「んふ。そんなに気持ちいいんだ?」
 心底この遊びを楽しんでいるような、矢紗美の声。もちろん月彦は間違っても雪乃に声が届いたりしないよう、必死にマイク部分を手で覆い続ける。
『紺崎くんどうしたの? さっきから声が変よ?』
「す、すみません……多分電波が悪いんだと思います」
 脂汗を流しながら、なんとか取り繕う。そうこうしている間も剛直はしゃぶられ続けているのだが、雪乃にだけは決して悟られるわけにはいかない。
(くっ……なんだこの状況……先生の声が聞こえてるのに、矢紗美さんに口でされて……っ……)
 本来ならばありえないシチュエーションに、頭どころか体まで混乱していた。力ずくで矢紗美を引きはがしたいところだが、下手に悲鳴でも上げられてそれを雪乃に聞かれてしまってはそれこそ終わりだ。
『………………電波って感じじゃなさそうだけど………………ねえ、紺崎くん今家に居るの?』
「えっ…………そう、ですけど……」
 突然何を言い出すのかと、月彦は焦りを禁じ得ない。
(ていうか、早く切って欲しいんだけど……)
 こんな状況で話をすればするほどボロが出そうで、月彦は気が気でなかった。しかし、自分の側から強引に通話を切ったのでは、拭いきれない不自然さが残る気がして、どうしても出来ない。
『……本当に家?』
 ギクッ。
 反射的に通話を切ってしまいそうになるのを、辛くも堪える。
「ほ、本当に家……ですよ? や、やだなー、先生こそどうして疑うんですか?」
 だめだ、そうじゃない。それでは疑いが増すだけだ――自分の下手すぎる言い訳に、月彦はもう泣きたくなる。
『別に疑ってるわけじゃないんだけど……なんか、紺崎くんの声、焦ってるみたいだから』
 焦ってなんか――その言葉は、喉を絞られるような呻きに変わった。矢紗美が舌先を窄めて、鈴口を抉るように舐めてきたのだ。
(ちょっ、矢紗美さん……ほんと勘弁してください!)
 その後も先端部分だけをしつこく舐められて、月彦はろくに喋ることが出来なかった。いっそ、さっさと射精をして終わらせられれば良いのだが、そこは矢紗美も心得たもので、月彦がイきそうになると途端に愛撫を緩めてくるのだった。
「じ、実はその……お腹が痛くてトイレに行く所だったんです! 汚い話になってしまってすみません! とにかくそういう事なんで、それじゃ!」
 これ以上話をしていると、本当にバレてしまいかねない――そう判断して、月彦は強引に通話を打ち切った。
「あーあ、切っちゃった。折角楽しんでた所だったのに」
「い、いいいい加減にしてください! こっちは楽しむどころかハラハラドキドキしっぱなしでしたよ!」
「んふふー、でも、すっごく気持ち良かったでしょ?」
 れろ、れろと剛直に舌を這わせながら、矢紗美が悪戯っぽく笑う。
「ぐ……や、矢紗美さんがフェラ巧いのはよく分かりましたから……こんな悪戯はもう金輪際っ……」
 くぽっ、くぷぷっ。
 ぬぷっ、くぷっ、くぷっ、くぽっ。
 深く咥えこまれ、そのままレロレロと舌で裏筋を舐められながら頭を前後するように舐められ、月彦はもう何も言えなくなってしまう。
「んーーーーーっ………………ッッッっぱっ! んふふーっ……紺崎クンの先走りチンポ汁すっごく美味しっ。ちょーっと舐めただけで、ドバドバ出てくるし」
「っっ……わかり、ました。もう……俺の負けでいいですから……早く……」
「早く……なに?」
 にやにや。
 矢紗美はただ、手で優しく扱くだけで、時折思い出したようにぺろりと舐めるだけだ。そんな刺激ですら、イくにイけない月彦にとって、思わず体を震わせてしまうほどの刺激なのだが、絶頂には足りない。
「…………イかせて、ください」
 ここで意地を張っても苦しいだけだ。月彦はやむなく、矢紗美が聞きたいであろう言葉を口にした。
「イかせて欲しかったら、もっぺん雪乃に電話かけて」
「んなっ……」
「アハッ、嘘々。ちゃーんとお姉さんの口でイかせて、ドロッドロの濃ゆーい麻薬チンポミルク、ごくごくって飲んであげる」
 ちゅっ。剛直の先端にキスをするように唇をつけ、そのままぬろりとしゃぶられる。
「うぁっ……」
 既に絶頂スレスレだった月彦は、それだけで達しそうになるも、堪える。あれほどイきたくてイきたくて堪らなかったというのに、いざイかされようとすると反射的に我慢をしてしまうのだから、ままならないものだと言わざるを得ない。
「っ……ぁっ……! 矢紗美、さんっ……くっ……うっ…………!」
 しかしそんなやせ我慢も、本気の矢紗美の前では何の役にも立たなかった。月彦はあっさりとイかされ――
「ンンンンっっ……んふっ………………んふっ…………んふっっ…………」
 ごきゅ、ごきゅと矢紗美が喉を鳴らすのを、剛直越しに感じ取りながら、浮かせていた背をベッドへと落とす。
「んっ……ぅっ……んくっ……ふぅ……すっごい量…………こんなに出ちゃうなんて、ちょー気持ち良かったでしょ、紺崎クン?」
「ぐ……ひ、否定は……しません」
「…………ねえ、今度はさ、逆でシてみない?」
「逆?」
「私が雪乃に電話かけるから……今度は紺崎クンが……ね?」
「じょ、冗談じゃないですよ! いくらなんでも不自然過ぎてバレます! 絶対にバレますって!」
「そうかなぁ? 雪乃ってば結構鈍いし、意外とイケるんじゃない?」
「絶 対 バ レ ま す!」
 むぅ、と矢紗美は唸り、しかしすぐに気を取り直したように笑顔を零した。
「じゃあさ」
 身を寄せ、意味深にスカートの裾を手前側に引き寄せる。
「代わりに、紺崎クンの太ぉくて硬ぁい麻薬チンポで、いーーーーっぱい中イキさせてさせてくれる?」
「……もし嫌だって言ったら?」
「雪乃に電話かけて、紺崎クンに襲われそうーーーって泣きついちゃう」
「…………それは困りますね」
 苦笑しながら、月彦は矢紗美の肩を押し、被さるように唇を奪う。
「困るから、仕方なく、矢紗美さんの要求を呑みます」


 


「あっっッ! あッッ……あアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 矢紗美が、サカり狂った声を上げ、イく。そんな矢紗美を、容赦なく月彦は突き、犯す。
「あっ、やっ! イッてる……イッてるっ、からぁっ! らめっ、やっあーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
 尻だけを持ち上げた姿勢のまま突かれ、矢紗美が痙攣するように全身を震わせ、声を荒げる。尚も容赦なく、月彦は突く。
「あヒぃっっ……やっ……もう、無理っ……もっ、許しっっ……あぁん! あんっ、あんっ! やっ……い、イくっ……またイッちゃうぅぅ!!!」
「いいですよ、好きなだけイッてください。……中イキ、大好きなんでしょう?」
 最も、いくら好きでも数時間の内に三桁に届きそうなほど味わわされてはむしろ苦痛かもしれませんけど――月彦は口元に笑みすら浮かべながら、矢紗美を突き続ける。
「あッ、あッ、あッ、イクッ……イクッ、あぁーーーイクイクイクッッッイグッッゥウウウッ!!!!!!」
 大きく体を跳ねさせ、矢紗美がイく。合わせて、月彦も矢紗美を深く、深く貫き、その子宮に己の遺伝子を刻みつける。
「はーーーーっ……………………はーーーーーっ……………………はーーーーーっ………………」
 涙と、汗と、涎のシミをシーツに広げながら、ぐったりと伏せている矢紗美に被さるように、その体を抱きしめる。
「も、もぉ……紺崎クン……激し、すぎ…………」
「矢紗美さんが激しくシて欲しそうな顔してましたから」
「……ばかっ…………ぁん!」
 ぜえぜえと息を整えている矢紗美の中を軽く小突いてから、今度は仰向けにさせる。足を開かせ――
「やっ、だ、ダメッ……ちょっ……休ませッッ…………ンンッ!!」
 力の入らない体で抵抗をする矢紗美の両手をねじ伏せ、ベッドに押しつけながら――挿入する。
「……それに、“先生とするより濃いの”をして欲しいって言ったのは矢紗美さんですよね?」
 目尻に涙すら浮かべる矢紗美を見下ろしながら、月彦は口元を歪ませる。矢紗美とのセックスは“この瞬間”が楽しいのだと、改めて噛み締める。いつも勝ち気でグイグイ押してきて隙あらば主導権を握ろうとしてくる矢紗美が、フッと弱気を覗かせる――その瞬間が堪らないのだ。
 月彦の興奮を現すように、剛直が堅く、反り返る。矢紗美の口元が「ひぃっ」の形に動くのを見下ろしながら、月彦はさらに突き上げる。
「あっ、ぁっ、ダメッ、ダメッ……ぁぁぁぁぁぁァァァ〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」
 剛直を締め上げながら、矢紗美がイくのを感じる。ヒクつく肉襞を擦りあげながら、しかし月彦は徐々にペースを落としていく。
「んっ……ふっ……ちゅっ……ンンッ……!」
 被さるように唇を重ね、矢紗美の体を抱きしめる。ゆっくり、小刻みに腰を使いながら舌を絡め合う。
 ゆっくり、時間をかけて。まるで快感を溜めるように、何度も何度も何度も何度も矢紗美の奥を優しく小突く。時折抉るように腰を回し、回しては突き。まるで“良いモノ”を見せてもらったお礼だとでも言わんばかりに、優しく突き上げる。
「ンッ…………ンッ………………ンンッ………………ンンッ……………………!」
 刃物を手にした殺人者に追われ、階段を駆け上がるような激しさから一転、花嫁衣装を纏った恋人の手を優しく引き、一段一段踏みしめるようにゆっくりと階段を上がるセックスへ。終始激しく攻めるよりも、むしろその方が矢紗美には“効く”ということを、月彦は経験から知っているのだ。
「ンンッ……んふぁっ……んぷっ……れろっ……んふっ……!」
 証拠に、キスの合間に漏れる喘ぎが徐々に音階を上げていく。溜まりかねるように矢紗美はその手を這わせ、月彦の体に爪を立ててくる。
「ンンッ……ンンーーーーーっ!!!」
 さらには自ら腰をくねらせ、喉奥で声を荒げる。剛直を締め上げる粘膜の感触から、次の絶頂が近いことを月彦は悟る。
「……紺崎クンッ……一緒、にっ……」
 喘ぐように言って、矢紗美は再度、食らいつくように唇を重ねてくる。応じるように舌を絡めながら、大きく腰を引き――突く。
「……っっっ………ンンンッ…………! …………ッッあァァッ……ッッッーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
 最後の瞬間、弾かれたように矢紗美が声を上げ、大きく背を反らせる。搾り取るように剛直を締め上げられながら月彦もまた果て、あらん限りの牡液を放出しながら脱力した。

 

 

「ねぇ、お願い。今晩泊まっていってぇ、エッチはナシでいいからぁ」
「いや、明日も学校がありますから……」
 絶頂の余韻を楽しむように、三十分ほどイチャイチャ&キスを繰り返した後、今度は一転甘えるように抱きついてくる矢紗美に、月彦はなかなかベッドから出ることが出来なかった。
「いいじゃない。明日朝早くに家まで送っていってあげるから……ね?」
「ね?って言われても……そもそもどうしてそんなに“お泊まり”に拘るんですか?」
「そんなの、側に居ればシたくなった時にいつでも出来るからに決まってるじゃない」
「…………さっき“エッチはナシでいいから”って言いましたよね?」
 これだから雛森姉妹は油断ならないと、月彦は思わざるを得ない。
「それに、昨日雪乃と寝た後はちゃんと家に帰ったんでしょ? つまり、今夜うちに泊まれば、“雪乃に勝った”事になるじゃない?」
「…………なるほど、本音はそこですか」
 そしてこの対抗意識の強さ。実の姉妹で何故そこまでと――実の姉とは張り合う気すら起きない程に実力差を認めている月彦としては――思わざるを得ない。
(ていうか、先生も先生だ……なんでそんな事まで喋るんだ……)
 一体全体仲が良いのか悪いのか。それは恐らく、本人達にも分からないのではないか。
「とにかく、お泊まりだけは勘弁してください」
 ちゃんと“満足させた”んだから――と、両目に込めて訴えると、矢紗美は不満そうに唸りながらも、渋々引き下がった。
 のもつかの間だった。
「そーだ! 危うく忘れる所だったわ」
 ハッとした矢紗美が、ベッドの側に落ちていたハンドバッグを拾い、枕元へと引き寄せる。
「紺崎クンも、ほら。携帯とって。アドレス交換しとかなきゃ」
「……やっぱり、するんですか」
 苦笑混じりに、月彦も脱ぎ捨てた制服から携帯を拾い上げる。
「大丈夫よ、私は雪乃みたいにめんどくさい女じゃないから。時々エッチのお誘いに使うくらいで、基本放置よ?」
「…………応じられるかどうかは分かりませんけど…………あの、矢紗美さん。一つお願いしたいことがあるんですけど……」
 月彦は登録し終えた矢紗美のアドレスを指さして、矢紗美に見せる。
「この、名前の所……変えてもいいですか?」
「私からのメールや着信を、雪乃に見られても大丈夫なように?」
 じとーっ、と。矢紗美は軽蔑の目を向けてくる。
「いやまぁ……その、先生に限らず、ひょっとしたら何かのアクシデントで家族に見られたりするかもしれませんから……先生のアドレスは、一応部活の顧問ですから言い訳が効きますけど、矢紗美さんの名前が入ってると“どうして?”ってなっちゃう可能性が……」
「ふーん。雪乃はきちんと実名で登録するのに、私だけ男名前で登録されちゃうんだ。ふぅーーーーーん」
「矢紗美さん……拗ねないで下さい」
 ぷいと、背を向けるように寝返りをうってしまった矢紗美を、あやすように抱きしめる。
「折角私がお誘いメール出しても、男から気持ち悪いメールが来た、みたいな文面になっちゃうんだ。あーあ、最悪」
「………………つまり、偽名でも女性の名前ならいいんですか?」
「むーっ…………」
 どうやらそれも不満らしく、矢紗美はしばらくぶうたれていた。が、さらに時間をかけてあやし、褒め、最後は殆ど泣き落としで了解を得た。
「紺崎弓子……ねぇ。なんだか親戚のおばさんみたい。余計に怪しまれたりしない?」
「なまじ聞いた事ないような名前だと、さっき矢紗美さんが言った通り先生に見られたら“んん?”ってなっちゃいますよ。これなら、親戚とか従姉妹とか、いくらでもごまかせますから」
 問題は、葛葉に見られた場合だが、あの母親の性格からして息子の交友関係をわざわざ確認しようとはしないだろう。そう、月彦が警戒したのはむしろ葛葉よりも真央の方だ。
(…………名字が同じなら、親戚だと思う……はず!)
 もちろん、わざわざアドレス帳を真央に見せたりはしないし、真央も見ようとはしないだろう(と月彦は信じている)。しかし何事も用心はしておかねばならない。
「しょうがないから、それでいいわ。…………でもその代わり、少しでも邪険にされてるって感じたら、すぐに雪乃に“弓子さん”の件チクっちゃうんだから」
「……怖いこと言わないでください。出来るだけメールとかの返信はしますから」


 “破綻”が見え始めたのは、いつからだっただろうか。少なくとも、矢紗美とアドレス交換をした時点では、そんな兆候は無かった。
「…………ねえ、ケータイ買ったんなら連絡先教えてよ」
 休み時間に、ややぶうたれ顔の珠裡にそう言われた時も、特に問題は感じなかった。同様にラビにも連絡先を教えて欲しいとねだられ、二つ返事でアドレスを交換したが、その時などはアドレス帳に並んだ連絡先の豊富さに、誇らしさすら抱いたものだ。
(……俺は、必要とされてる人間なんだ!)
 完璧超人である霧亜の弟である関係上、何かと劣等感を抱き続けた月彦にとって、これはささやかな自信になった。
(…………でも、さすがにちょっと返信が大変になってきたな)
 そう、雪乃や矢紗美だけが問題ではなかったのだ。見えない重圧が少しずつ、しかし確実にのしかかって来ているのを感じる。
 大丈夫、問題はない――そう虚勢を張るが、しかし亀裂は確実に、月彦の周囲を蝕み始めていた。

「ぶちょーさーん!」
 放課後の帰宅途中、聞き覚えのある声に呼ばれて月彦は振り返った。遙か後方で、通学用の自転車に跨がったハーフJCが手を振りながら近づいてくるのが見えた。
「レミちゃん!?」
 キィッ、とブレーキ音を立てて目の前で自転車が止まる。黄金色のショートカットが、夕日を受けてキラキラと輝き、月彦は笑顔を浮かべながらも眩しさに目を細める。
「えへへー、おひさ! おねーちゃんに聞いたよ! ぶちょーさん、とうとう携帯買ったんだね!」
「まあ、ね。さすがに不便かな、って思って」
「私も連絡先教えて貰ってもいいかな?」
 特に断る理由も思いつかない。レミと連絡先を交換する。
「ありがとっ、ぶちょーさん。ねえねえ、早速だけど……おねーちゃんとぶちょーさんって何か進展あった?」
「いや……レミちゃんには悪いけど、そういったことは何もないよ」
「むむむー、おねーちゃんめ……ぶちょーさんにガンガンアタックしなさいって言ってるのに」
「いやぁ……ガンガンアタックされても困るんだけどね」
 ラビのことは可愛いと思うし、放っておけないと感じるという意味では、感情的にレミに近いものを抱いてもいる。が、しかし異性としては、どうしても見れない。
「…………ぶちょーさんって、絶対色仕掛けに弱いと思うんだけどなぁ。押しまくれば、簡単にオトせそうなのに」
「……レミちゃん。そういう偏見は良くないよ」
 俺はチョロくないと、月彦は憮然とする。そのまま、レミは悪びれもせずスーパーの安売りがあるからと、走り去っていってしまった。

 レミからのメールが届いたのは、その日の夜。夕飯の後、自室で真央とイチャついていた時だった。
「あれ? 携帯が震えてる」
 ベッドの中で真央の体を抱きしめながら胸をモミモミしていた月彦は、一端手を止め、枕元に置かれている携帯を確認する。
(……レミちゃんから? 一体どうしたんだろう)
 不審そうに見つめる真央に画面を見られないようにしながら、月彦はメールの内容を確認する。
「ぶっ」
 と思わず声に出してしまったのは、レミからのメールの内容が想像を遙かに超えてぶっ飛んだものだったからだ。
(レミちゃん……なんてことを……!)
 そう、内容とはいっても、件名や文章がおかしいという意味ではない。添付されていた画像が問題なのだ。
 それは明らかに、入浴を前に脱衣中のラビを盗撮したものだった。上下ともに白で統一された下着姿のラビが前屈みになり、今まさにショーツを下ろそうと両手の指を引っかけようとしているその姿に、月彦は咄嗟にメール画面を閉じてしまう。
(……つ、月島さん……ブラより先にショーツ脱ぐんだ……って、問題はそこじゃない!)
 月彦は画像に目が行かぬように配慮しながら、レミが打ち込んだ文面を読む。
(“どう? ぶちょーさん。おねーちゃんスタイルいいでしょ?”って……)
 確かに――そう頷いてしまいそうになって、慌てて首を振る。本人が送ってくるならばともかく、盗撮した写真を送りつけるとは何事だと、ここは憤慨せねばならない。
(えーと……“レミちゃん、二度とこういうことしないように! 月島さんに怒られるよ!”で、返信、って)
 メールを打ち終えたのもつかの間、十秒と空けずに携帯が震え出す。またしてもメール、今度の差出人は“紺崎弓子”となっていた。
(今度は矢紗美さんか……えーと内容は………………って!)
 件名は“現在自宅で一人寂しく晩酌中”。本文の方は仕事の愚痴が長々と書き込まれ、最終的には気晴らしにエッチがしたいといったものだった。
(…………こないだしたばっかりじゃないですか、矢紗美さん!)
 そして矢紗美のメールにも画像が添付されていた。前屈みになって、シャツの首元を指で引っかけるようにして谷間を露出させての自撮り。このままアダルトサイトの広告に使えそうな、見事な胸チラ写真だった。
(…………無視したら、後々めんどくさそうだな)
 仕方なく、月彦は丁寧な文面で断りをいれる。そうしてメールを打ち終わると、今度はレミからの返信がきた。今度の土曜日、もし予定がなければ姉とデートして欲しいといった内容だった。どうやら、盗撮の件については反省するつもりはないらしい。
(土曜は無理、っと)
 打ち終わると、今度は矢紗美からの返信。どうやらかなり酔っているらしく、本文はもう支離滅裂。卑猥な単語のオンパレードで、おまけの添付画像は仰向けに寝そべり、ホックの外れたブラが胸の上に乗っているだけの自撮りだった。
(…………これに返信したら、今度は電話がかかってきそうな気がする)
 きゅぴーんと、危機を察知して、矢紗美のメールには触れないでおくことにした。やれやれと、携帯を枕元に戻そうとすると、また着信。
「だーーーーっ! 今度は誰だ! …………って、みゃーこさんか」
 今度もメール、内容は晩ご飯に食べたつくねが美味しかったというもの。ほっこりしながらも、律儀に返信メールを打っていると。
「………………私、お風呂入ってくる」
「あっ、ちょっ、真央!」
 ぷいと、真央がベッドから抜け出し、そのまま部屋から出て行ってしまう。
「って、また着信……今度は先生か」
 しかも、通話。真央を追いたいが、追えば雪乃からの電話には出られなくなる。月彦は泣く泣く通話ボタンを押した。
「もしもし、俺です」
『紺崎くん大変なの! ノンが、ノンが……!』
 受話器の向こうから聞こえる雪乃の声は、ほとんどパニック寸前だった。
「落ち着いてください、先生。ノンちゃんがどうしたんですか?」
『さっき、急に吐いたの! げぇっ、って、なんか変なの食べちゃってたみたいで……』
「吐いた……?」
 それはもしや、アレではないのか。月彦には、心当たりがあった。
「先生、もしかして吐いたのって、毛玉じゃないですか?」
『毛玉……なのかしら……確かに毛の塊みたいだけど……』
「それなら大丈夫です。毛玉を吐くのは、猫にとっては割と当たり前のことですから。特にノンちゃんみたいに長毛種の猫はしょっちゅう吐くもんですよ」
『そ、そうなの? 病院連れて行かなくても大丈夫かしら』
「大丈夫……とは思いますけど……心配なら一応連れて行ったほうがいいかもですよ。俺も専門家じゃないんで……」
『…………とりあえず明日まで様子見て、具合悪そうだったら連れて行くことにするわ。ありがとう、紺崎くん。すごく助かったわ』
「ノンちゃんの事は俺だって他人事じゃないですから。様子が変だったらいつでも教えて下さい。できる限り力になりますから」
『うん、その時はお願いね。………………ところで、紺崎くん、今なにしてた?』
「今……ですか? 部屋でまったりしてた所ですけど」
『折角だし、ちょっと話でもしない? まだ寝るような時間じゃないでしょ?』
 月彦は壁掛け時計を見る。時刻は八時をやや過ぎた辺り。確かに寝るには早すぎる。
「お風呂入らなきゃいけませんから、あんまり長くは無理ですけど」
 リミットは、真央が風呂から上がるまで――月彦はそう決めて、当たり障りの無い話を雪乃と続けた。
 が。
「あれ、なんか変な音が……」
『キャッチの音じゃないかしら?』
「キャッチ……あぁ、本当だ」
 着信――相手は、紺崎弓子。携帯を耳に当てたまま、月彦は静かに天を仰いだ。
「……………………すみません、先生。そういうわけですから」
『わかったわ。紺崎くんと話せたおかげで、今夜はぐっすり眠れそう。じゃあ、明日学校で、ね?』
 通話が切られ、自動的に相手が切り替わる。
「…………はい。もしもし、矢紗美さんどうかしましたか?」
『おっそぉーい! 一体誰と話してたの!? どーせ雪乃なんでしょ! 紺崎クンの浮気者! ヤリチンクズ男!』
「推測の通りです。飼い猫のノンちゃんが吐いたから、心配してかけてきたんですよ」
『もぉー、そんなのどうでもいいからぁ! 紺崎くぅん……タクシー回すから、今から部屋に来ない?』
 怒鳴り声から、一転甘え声。月彦はわざと、矢紗美に聞こえるようにため息をつく。
「行きません。明日も学校ですから」
『今ね、すっっっっ………………っごくエッチしたい気分なの。今来てくれたら、すっっごいコトいーーーっぱいシてあげる』
「…………矢紗美さんは割といつも“エッチしたい気分”の人じゃないですっけ」
『その“いつも”の何百倍もシたいの! ねぇ、紺崎クンの麻薬チンポ欲しいのぉっ、今すぐ来てハメハメしてぇ?』
「…………わかりました。矢紗美さん酔っ払ってるんですね。それもかなり。冷たい麦茶でも飲んで、お風呂で汗流してさっさと寝た方がいいですよ」
 酔っ払いの相手はしてられないと、月彦は強引に通話を切る。尚も電話をかけてくる矢紗美に、いい加減にしないと着信拒否にしますよと、脅しのメールを送ると、漸く止まった。
「よし。これで真央の所に行ける!」
 と、ベッドから腰を上げると、また携帯が震えだした。
「だーーーーーっ! 今度は誰だ!」
 和樹からのメールだった。バラエティ番組に、お前好みの巨乳美女が水着で出てるから早くテレビをつけろ――そこまで読んで、月彦はベッドに携帯を叩きつけた。
「知るか! 見るか!」
 今度こそ真央の元へ――と、部屋を後にしかけて。
「……………………いやでも、万が一ってこともあるか」
 一体何が万が一なのかは分からないが、とにもかくにも月彦はリモコンを手にとり、和樹からのメールに記載されたチャンネルに合わせる。
「………………なんだ、全然たいした事ないじゃないか」
 あいつは俺の好みをまったく分かってない――やれやれと、和樹にダメ出しのメールを打っていると、体から湯気を立ち上らせた真央が戻ってきた。
「あっ……真央……もう風呂入ってきたのか」
「うん」
 真央はちらりと、テレビ画面へと視線を走らせ、そこに映っているのが水着を着た巨乳美女だと知るや、無言でテレビの前に座ってチャンネルを変え、ゲーム機のスイッチを入れた。
「…………じゃあ、俺も……入ってくる、かな」
 さりげなく携帯を拾い、脱衣所まで持っていく。……結局、その夜はどれほどちょっかいを出しても真央が乗って来ず、一度もさせてもらえないまま月彦は悶々と朝を迎える羽目になったのだった。



 “そんな事”が、一度では終わらなかった。
 ある時は、真央とキスを交わしながらパジャマのボタンを二つほど外したところで、
「あっ、着信だ」
 携帯を手に取る。珠裡からだった。
『…………ツキヒコ?』
「おう、珠裡。どうした?」
『えっ……とね。ママにね、この間勉強頑張ったから、ゲーム買ってもらったの。ツキヒコの家にあるやつと同じやつ』
「へぇ、良かったじゃないか」
『でも、やり方がよくわからないの。ちょっとうちに来て教えてよ』
「えっ……と……」
 携帯を手にしたまま、ちらりと真央の方へと目をやる。真央は何も言わない。しかしその目は早く電話を切れと、如実に訴えかけていた。
『わ、分かった……珠裡。今度暇な時に行って教えてやるから』
 とにかく今は忙しい――そう早口に行って、通話を切る。携帯を放って、改めて真央に身を寄せる。
「悪い、真央。珠裡がゲーム買ったけどわかんないって――」
 また着信。見ると千夏からだった。
「なんだこれ…………犬の写真?」
 文面、そして添付されている画像を見るに、それは明らかに妙子に送る筈のものが間違って送信されたもののようだった。送る相手を間違えているぞとメールを打っている途中で、千夏の方から間違えたというメールが届き、月彦は打っていたメールを全消去する。
 そしてまた着信。またしても添付画像つきのメール。雪乃からで、ノンが仰向けに寝ている画像と、そんなノンにメロメロになっている雪乃の親ばかならぬ飼い主バカな本文に、苦笑しつつも返信をする。
「………………無視すればいいのに」
 その呟きは声として発せられることはなく、唇の形だけの呟きに留まった。当然月彦の耳には届かず、
「わ、悪い……真央、また……もしもし、みゃーこさん?」
 家でも仕事を忘れられないビジネスマンよろしく携帯に追われる月彦を尻目に、真央はすっかり衣類を正してしまい、つまらなそうにテレビを見始めてしまった。
 そしてその日も、月彦はさせてもらえず、悶々と一夜を過ごした。


 おかしい。こんな筈じゃなかった――日々携帯の対応に追われながら、月彦は困惑していた。
(何なんだこれは。携帯って、こんなに時間を割かれるモノなのか)
 学校の休み時間の度にメールをチェックしてはメールにそれぞれ返信していく。送り主はまちまちであり、同じ相手が連続して送ってくることはまれで(雛森姉妹を除く)、それだけに無視するわけにもいかず、月彦は律儀に返信し続けていた。

 が、そんな疑問も日々の忙殺の中に埋もれてしまった。家に居る間も携帯の対応に追われ、真央は日に日に不機嫌を隠そうともしなくなっているし、雪乃も共に昼食を摂る際に頻繁に携帯が震えるのを見て「紺崎くんって、人気者なのね」と露骨に嫌味を言ってきたりする。
 いつ、誰に携帯の履歴を見せろ、或いはアドレス帳を見せろと迫られるかと不安ばかりが大きくなる。それでも携帯を手放すことが出来ず、月彦の足は自然と“不安をごまかせる場所”へと向かった。

「……ごめん、由梨ちゃん。なんか毎日来ちゃって……もし迷惑だったら、遠慮無く言ってね」
「迷惑なんかじゃないです。……むしろ嬉しいです。気兼ねなんかしないで、自分の部屋みたいに寛いで下さい」
 そう。毎日のように学校帰りに通っても、由梨子は嫌な顔一つせずに迎えてくれる。その全身から溢れる癒やしオーラは由梨子の部屋全体に満ち満ちて、日に日に帰るのが億劫になる程だ。
(……俺の方が、年上なのに)
 本来ならば、自分の方が包容力を見せねばならないところだ。しかし実際は逆、由梨子の部屋で膝枕をしてもらったり、身を寄せ合ってどうということのないテレビ番組などを見ながら一緒に笑うことが、何物にも代えがたい希少な時間に感じるのだ。
「あっ」
 ベッドの上で、壁を背に互いに凭れ合うようにして身を寄せ合っていた矢先、唐突に由梨子が思い出したように声を上げた。
「どうしたの? 由梨ちゃん」
「すみません、先輩。今日は……バイトの日でした」
「あっ……そういや、そっか」
 由梨子は、週に何日か白耀の店を手伝いにいっている。その時ばかりは、由梨子の部屋でまったり――というわけにはいかない。もちろん由梨子は留守中部屋に居ても構わないとは言ってくれているが、由梨子の居ない由梨子の部屋はただの部屋だ。長居しても、何の癒やしも得られない。
「…………嫌だな」
「えっ……ぁっ……せ、先輩っ!?」
 気づいた時には、由梨子の腕を引き、強引に押し倒していた。
「ま、待って下さい……あの、ホントにもう、すぐ出ないと……」
 嘘ではないのだろう。由梨子にしては珍しく抵抗が強い。……それが、今日に限って妙に興奮をかきたてる。
「今すぐ、由梨ちゃんとシたい。……ダメかな?」
「…………で、でも…………」
 困り果てたように、視線を逸らす由梨子にますます興奮する。ひょっとしたら、日々携帯の相手に追われて思いの外ストレスが溜まっていたのかもしれない。
 由梨子を困らせてみたい――そんな歪んだ欲望に、月彦は支配されていた。
「あの、先輩……明日じゃ、ダメ……ですか?」
「ダメだ。……今すぐシたい」
 由梨子の口から、呻きともつかない掠れた声が漏れた。どうやら、由梨子にとって白耀への義理というのはよほど強いものらしい。
「……わかり、ました…………あの、せめて……連絡だけは、させてください」
 それもダメだ――とは、さすがに言えなかった。職場への連絡すらさせてもらえず、困惑しきっている由梨子を犯す――それは妄想に留めて、実際には白々しくも体調不良を理由に欠勤を伝える由梨子を静かに見守った。
「……はい、本当にすみません…………はい、失礼します」
 由梨子が、通話を終える。と同時に、月彦はその体に被さっていた。
「ありがとう、由梨ちゃん」
 唇を重ねる。その後は、日付が変わるまで、由梨子の体を愛で続けた。



「…………紺崎くん、ちょっと携帯見せてくれない?」
 ボタンを押す手が止まる。視線を携帯の画面から、眼前の雪乃へと移す。
「どうしてですか」
「どうしても何もないでしょ。折角一緒にお昼食べてるのに、ずーっと携帯弄ってるなんて変よ。一体誰とそんなにメールをやりとりしなきゃいけないのかしら?」
「それは………………言いませんでしたっけ。姉が入院してるんです。暇だから、しょっちゅうメールを送ってきて、しかも返信しないと後でめちゃくちゃ怒られるんですよ」
 嘘だった。霧亜は一度もメールなど送ってきたことはない。今打っていたメールは珠裡への返信だ。
「じゃあ、見ても何の問題も無いわよね?」
 雪乃が手を差し出してくる――が、もちろん渡すわけにはいかない。
「先生、俺の言葉を疑うんですか」
「疑ってるわけじゃないわ。ただ、紺崎くんとお姉さんがどんなやりとりしてるのか気になるだけ」
「他愛ないやりとりですよ。身内ネタばかりですから、他人が見ても全く面白くないと思います」
「あら。じき“他人”じゃ無くなるんだし、そういう身内ネタを今から勉強出来るなら、むしろ見たほうがいいんじゃないかしら」
 そう来たか――月彦は目頭を押さえる。いつかは訪れるだろうと思っていた局面だが、対応策を用意していなかったことが悔やまれてならない。否、そもそも対応策などあるのだろうか。
(…………一応、危ない内容のメールとかは、返信したあとすぐ消すようにしてるけど)
 裏を返せば、取れた対応策はそれだけだったりする。必要ではあるが、十分とはとても言えない対策で、一体どれほど雪乃を納得させられるだろうか。
(一番ヤバいのは、アドレス帳の“紺崎弓子”を詳しくチェックされるパターンだけど、さすがにそこまではしない……よな?)
 名前こそ違うが、メールアドレスや番号そのものをチェックされれば、雪乃がよほどずぼらな性格でない限りは姉のそれと同じであると気づくだろう。かといって「アドレス帳だけは見ないで下さい」などと言えるわけもない。
「早く」
 笑顔を浮かべながら、雪乃が急かしてくる。笑ってはいるが、その笑顔の裏で浮気を疑っているのは明白だ。
「……先生、俺は先生の携帯を見せろーなんて言ったこと一度も無いですよね」
「紺崎くんが見たいなら、いつでも見せてあげるわよ?」
「いいえ、見なくて結構です。俺はそこまで先生のプライバシーを侵害する気はないですから」
「携帯を見るのは、プライバシーの侵害だって言いたいの?」
「親しき仲にも礼儀ありって、昔の人も言ってるじゃないですか。携帯を見せろって言うのは、一線を越える行為だと思います」
「それは……わかってるけど…………でも、不安なの」
「不安……ですか」
 雪乃は頷く。
「いくらなんでも、紺崎くん携帯に没頭しすぎよ? ゲームやチャットアプリで遊んでるならともかく、メールのやりとりでそれって絶対おかしいもの。一体誰と話してるんだろうって、気になるじゃない」
「だから、姉です」
「だから、それをはっきりと確認して、安心したいの」
 ダメだ、雪乃は譲る気はないらしい――月彦はため息と共に、覚悟を決める。
「分かりました。先生がそこまで言うなら、俺も覚悟を決めます。…………ただし、俺は先生に見せたくないと思ってるものを見るんですから、ひょっとしたら先生にとってショッキングな内容になってるかもしれませんよ」
「それは…………あ、ある程度は覚悟してるわ」
「ある程度……ですか」
 月彦は携帯を閉じ、雪乃の方へと差し出す。
「………………渡す前に一つだけ。今メールを打ってた相手は、姉じゃなくて従姉妹の友達にです。ただ、本文の内容を見てもらえれば分かる通り、当たり障りの無い世間話です。先生に変に疑われるのが嫌で、姉からのメールって嘘をつきました。すみません」
「ま、待って……やっぱり、私だけ見るのはフェアじゃない気がするから……」
 雪乃は月彦の携帯を受け取るや、慌てて自分の携帯を取り出し、差し出してくる。
「はい。紺崎くんも見ていいわよ、私の携帯」
「いえ、俺は……」
「いいから! じゃないと、不公平でしょ!」
 殆ど押しつけられるように渡される。月彦のようなガラケーではなく、スマホタイプだが、画面が消灯したまま何の操作もすることができない。
「先生、これ電源入ってないみたいですけど」
「あ、そっか。ちょっと貸して」
 どうやら、指紋を照合して操作を受け付けるようになるシステムらしい。操作できる状態で渡されたスマホを、適当に弄る。もとより、雪乃のプライベートを探る気はないから、それなりに何かを見ている振りだけすれば良かった。
「………………ねえ、紺崎くん。アドレス帳に随分女の子の名前が多い気がするんだけど」
「従姉妹の友達や、姉の友達の人たちです。あとは、親戚とかですね」
「親戚、ねぇ……この弓子さんって人、しょっちゅう電話かけてきてるみたいだけど」
「親戚の叔母さんです。一人息子が引きこもりとかで、よく相談されるんです」
「……月島さんが入ってるのはどうして?」
「同じ部活のメンバーですよ。何も不思議じゃないと思いますけど」
「月島レミって、確か……」
「妹さんです。先生も会ったことありますよね」
「町村都……白石妙子……天川千夏……これみんな女の子よね?」
「みゃーこさんは入院してる姉の親友で、妙子と千夏は幼なじみですよ」
 むむむと唸りながら、雪乃は引き続き携帯をポチる。雪乃のそんな姿を見ながら、月彦ははてなと、首を傾げていた。
(…………なんだ、デジャヴ……?)
 以前にもこうして携帯をチェックされたことがあった気がして、記憶を探る――が、そんな筈はないと首を振る。
「…………紺崎くん、メールの内容とかは、さすがに見られたくないわよね?」
「まあ、そりゃあ…………でも、先生がどうしてもって言うのなら我慢しますよ」
「………………いいわ。紺崎くんを信じる」
 意外なことに、雪乃は着信履歴とアドレス帳を確認しただけで携帯を返却してきた。月彦もまた、雪乃に携帯を返す。
「私のも変な所はなかったでしょ?」
「まぁ……ざっとしか見てないですけど」
「紺崎くんのも……ざっとしか見てないけど…………通話も特定の子とばかりやりとりしてるわけじゃなさそうだったから、そこは安心したわ」
 言ってる側から、携帯が震える。見ると、都からのメールだった。今から霧亜の病室に見舞いに行くとのこと。わざわざ報告しなくてもとも思うが、そこはそこ、無邪気な都に合わせて、月彦は律儀に返信をする。
「……………………やっぱり、携帯に構い過ぎじゃないかしら」
 ぽつりと漏らされた雪乃の言葉は、さらなる着信の振動にかき消された。


 携帯を触る時間は減らず、代わりに由梨子の部屋に通う頻度が増えた。さすがにバイトを休ませることはしなかったが、由梨子がバイトで部屋を空ける際にも帰らずに残り続けることが増えた。
 家に帰りたくないのではない。家に居るときに着信があるのが嫌なわけでもない。真央が側に居る時に着信があるのが嫌なのだ。仮にそれまでどれほど和んだ雰囲気であったとしても、メールの着信一発で真央は露骨にヘソを曲げてしまう。雪乃や矢紗美からの着信でやむなくトイレに籠もって小声で話をした後などは、同じベッドで寝てくれない程なのだ。
(…………ダメだな。完全に中毒になってる感じだ)
 由梨子の部屋で千夏や和樹らにメールを打ちながら、これではいけないと月彦は首を振り、携帯を放り投げる。そこへ丁度、飲み物を用意した由梨子が戻って来た。
「先輩……?」
「いや……ちょっと、ね。最近携帯触りすぎかな、って思ってさ」
「…………それは………………でも、ちょっと羨ましいです。私のは、先輩の1/10も鳴りませんから」
 テーブルを挟んで――ではない。テーブルを前に、ベッドの縁に凭れるように、二人並んで座る。由梨子の腰に手を回して抱き寄せると、頬に色めいた息がかかる。
「……今まで付き合いが悪かった分、きちんと返さなきゃって思ってたら本当にキリなくってさ。なんて言うか……返信しないと、無視された、って相手に思われそうで」
「わかります。でも、相手も同じ風に考えちゃったりして、延々続いちゃったりするんですよね」
「そうそう! どうでもいい話なのに、いいキリが見つからなかったりね」
 そして言ってる側から着信。ブーンブーンと携帯が震え、月彦は手を伸ばしかけて――止める。
「先輩、いいんですか?」
「いいんだ。こんなこと続けてたらおかしくなっちまう。少しは毒を抜かないと」
 苦笑しながら、由梨子の方へと体重をかける。この流れはもう、由梨子も慣れているらしく、大人しく押し倒され、絨毯の上に仰向けになる。
「あんっ……せ、先輩……今日も、ですか?」
「ごめん……由梨ちゃんと一緒に居ると、我慢できなくなっちゃって」
「で、でも……昨日も、一昨日も………………んっ……!」
「由梨ちゃんとシたいんだ。……いいだろ?」
 ブラウスのボタンを外し、手を忍ばせる。由梨子の頬にキスをし、れろりと舐めてから、唇を奪う。
「んふっ……ンンッッ…………ま、待っ……せんぱっ……きょ、今日は……ぁン!」
「分かってる。昨日みたいに激しくはしないから」
 アレは由梨子がバイトから帰ってくるのを待ってからということで、その分のムラムラを全てぶつける形になってしまった。
「あっ……先輩、また……」
「いいんだ。今は、由梨ちゃんに夢中になりたい」
 ブーンブーンと鳴る携帯を無視して、月彦は由梨子の髪を優しく撫で、唇を重ねた。



 真央が家の階段で足を滑らせ、右足を捻挫したことを知ったのは、夜十一時過ぎに帰宅した際のことだった。
「えっ……そん、な……」
「何度も電話したのよ? なのにちっとも出ないんだもの」
 あっ、と。月彦は思いだしたようにポケットの携帯を取り出し、画面を開く。確かに、通話の着信が5件、うち3件が葛葉のものだった。メールについては、合計で37件の着信があったが、恐らくその中に葛葉からのものも含まれているのだろう。
「ご、ごめん……ちょっと、携帯見てなくて…………真央は?」
「二階よ。もう寝ちゃってるかもしれないわね」
 月彦はすぐに二階へと上がり、そっと自室のドアを開ける。つんとした湿布の匂いが鼻腔を劈く。灯りは消えており、葛葉が言った通り真央は既にベッドに入っている様だった。
「………………すまん、真央」
 月彦は静かにドアを閉め、一階へと下りる。真央が足を痛め、激痛に苦しんでいたことなどつゆ知らず、由梨子の体に溺れていた自分に嫌気が差す。
「………………これじゃあ、携帯を持たせている意味が無いわねえ」
 洗い物をしながら、葛葉が漏らした一言がぐさりと心臓を貫く。その通り、まさにその通りだ。“こういう時”の為に、自分は携帯を持つ決心をしたのではなかったか――。
(…………携帯は、必ず見なきゃ……)
 二度と、大事な連絡を見過ごすわけにはいかない。次は、捻挫では済まないのかもしれないのだから。

 意外にも――というべきだろうか。翌朝目を覚ました真央は普段通りだった。むしろ、うっかり寝返りでもして痛めている足に触ってはいけないと、絨毯の上に布団を敷いて寝ていたことを冗談交じりに責めてきたほどだ。
「そんなに酷い怪我じゃないから、連絡なんかしなくていいって義母さまに言ったんだけど……」
「いや、大事なことだ。そういう連絡だって知ってたら、俺はすぐに駆けつけてた。遠慮なんかしなくていいんだぞ?」
「でも……」
 真央はふっと、表情を曇らせる。
「今の父さま、由梨ちゃんと一緒に居るのが一番楽しそうだから、邪魔したくなかったの」
「……っ……!」
 愛娘の言葉に、月彦は心臓を絞られたような声しか出せなかった。



 

 恥ずかしがる真央を説得して、抱きかかえたまま階下へと降り、朝食を摂る。どうやらまったく歩けないほどに酷い捻挫ではないらしく、真央は一人でも歩けると強がっていた。が、大事をとって今日は休んだ方がいいと葛葉と二人がかりで説得し、ついでに真央の世話をする為に自分も休みたいという月彦の主張は、あっさりと却下された。
「私がいるから大丈夫。ズル休みはダメよ?」
 でも、と逡巡する月彦だったが、最後は葛葉に背中を(手で物理的に)押される形で玄関の外へと追いやられた。
(……まぁ、母さんがちゃんと見てくれるなら安心か)
 念のため、昼休みにでも一度電話を入れよう――そんなことを考えながら、月彦はいつもの道を一人で登校するのだった。

「…………紺崎くーん、どういうことかしら?」
「へ……?」
 が、学校に着くなり、教室に行く間も無く雪乃に文字通り首根っこを掴まれ、物陰へと連れ込まれた。
「昨日の夜の分と今朝の分、って言えば分かるかしら?」
「あっ………………」
 おやすみのメールと、おはようのメール。そのどちらも(おはようの方は返信だが)怠ってしまっていたことを、今更ながらに思いだして、月彦は戦慄した。
「す、すみません! 昨日はちょっと、従姉妹が怪我しちゃってドタバタしてて……」
「うんうん、そういうこともあるわよね。……でも、約束は約束よね?」
「や、約束……?」
「お・と・ま・り。そういう約束だったでしょ?」
「いや、待って下さい先生。確かにそんな話はしましたけど、今言った通り昨日は――」
「だーめ。ただでさえ紺崎くん、ここのところ全然部活にも顔出してないでしょ? 寂しくて死んじゃいそうなんだから、今日はぜーーーったい逃がさない」
「って、今日ですか!?」
「だって“連続”でしょ? つまり、私は紺崎くんにお願いを聞いて貰う権利があるわけ。だから、週末じゃなくて今夜お泊まりって言ってるの」
「…………せめて、明日にしてください。今日は早く帰りたいんです」
 そう、せめて今日くらいは急いで帰って、真央の側に居てやりたい。今まで逃げ回っていた分、たっぷりと優しくしてやりたい。
「ダメって言ってるでしょ? もし勝手に帰っちゃったりしたら、家まで迎えに行っちゃうんだから」
 しかし、月彦の意向は容易く却下された。ひょっとしたら雪乃は、月彦が照れ隠しに嫌がるフリをしているだけ――とでも思っているかもしれない。
 それは、とんでもない間違いだった。
「いい加減にしてください!」
 声を荒げ、同時に体を撫でつけていた雪乃の手を、乱暴に払いのける。
「いつもいつも自分の都合ばかり押しつけて、こっちの都合はお構いなしですか! 今日は早く帰らなきゃいけないから無理なんです!」
 一息に言って、ハッと我に返る。雪乃はショック状態なのか、目を丸くしたまま色を無くしていた。
「…………失礼します」
 唇を噛み、その場を離れる。騒ぎを聞きつけて何事かと集まり始めていた生徒をかき分けるようにして、月彦は自分の教室へと戻った。


 真央の件に引き続いて、なんともばつの悪い、苦い味が口の中に残り続けるような、そんな気分だった。それでもまたいつ携帯に大事な連絡が来るともしれないから、休み時間の度にチェックだけは欠かさない。その中で返せるものには返事をするが、他愛のないものは極力流すようにした。その中に一通、雪乃からのものがあった。
 件名は“ごめんなさい”の一言。本文は空白だった。それだけで、雪乃に与えてしまった衝撃の大きさが分かろうというものだった。
(………………こんな筈じゃなかった)
 謝らなければいけないのはこちらの方だ。雪乃はただ平常運転だっただけで、落ち度があったわけではない。あれは、ただの八つ当たりだ。謝罪しなければならない――しかし、月彦はどうしても謝ることが出来なかった。



 放課後、HRが終わってメールをチェックした月彦は、その中に混じっていた一通に心の底から震え上がった。
 
 送信者:紺崎霧亜
 件名:来なさい
 本文:(空白)

 霧亜から携帯を受け取ってからというもの、通話はおろかメールの一通すら来たことは無かった。それだけに、月彦は衝撃を受けた。
(これって……)
 月彦には確信があった。これは間違いなく“お叱り”だと。恐らくは、昨夜の真央の件で叱られるに違いない。否、叱られるだけで済めばまだいい。下手をすると、携帯を没収されるかもしれない。
 比喩ではなく、体が震える。ひょっとしたら、怒っているわけではなく単純に会いたいだけなのでは――などという楽観的な物の見方など、しようとも思わない。あの姉が、そんな理由で弟を呼びつけることなどあり得ないからだ。
(…………用件がわかりきってるなら……)
 メールは、ちゃんと見た。用件も察しがつく。ならば、無理に行かなくても良いのではないか――思考が“逃げ”に傾く。真央のことがあり、さらには雪乃まで傷つけてしまった。こんな時にさらに霧亜にまでボロクソにこき下ろされては、さすがに心が持たないかもしれない。
(……帰ろう)
 帰って、早く真央の側に行こう。そう思って昇降口へと歩き出した所で。
「あっ、先輩……!」
「由梨ちゃん……」
「あの、昨日……真央さんが階段から落ちて捻挫したって…………私も、今朝真央さんからのメールで知って……」
「あぁ、でも大丈夫、大した怪我じゃないみたいだよ。明日には学校も来れると思う」
「そ……う、ですか。良かったです……あの、本当はお見舞いに行きたいんですけど……」
「分かってる、今日はバイトの日だからね。俺も今日は急いで帰るよ」
「すみません、先輩。……あの!」
「うん?」
「………………いえ、なんでもない、です」
 由梨子は首を振り、そして取り繕うように笑顔を取り戻して、昇降口へと消えていった。 
 途中で言葉は止められてしまったが、月彦には由梨子が何を言おうとしたのか、分かった気がした。
(…………なんか、由梨ちゃんの部屋に行きにくくなりそうだな)
 そしてそれは、予感ではなかった。


 後になって思えば、霧亜からのメールを無視するなどということは、神の言葉に逆らうが如き愚行の極みであったと言わざるを得ない。たとえどれほど心が消耗していようが、行ってきちんと叱られるべきだったのだ。。
 何故なら、霧亜のメールを無視してしまったことで、見舞いに行く事すら出来なくなってしまったのだから。
(…………みゃーこさんは来い、来いってせっついてくる、けど……)
 メールを無視してしまった手前、どうしても足が向かない。そしてそれは、由梨子の部屋も同様だった。
 由梨子の部屋で、由梨子とイチャついたせいで、真央が怪我をした――その両者には何の関係も無いはずなのに、由梨子の部屋に行こうとする度に、胸の奥がズキリと痛む。そう、家に帰って初めて真央の怪我を知った、あの痛みを。
 雪乃もあれ以来、めっきりメールも通話もしてこなくなった。学校で会っても、ぎこちないやりとりしか出来ず、しこりは大きくなるばかり。反対に矢紗美の方が、雪乃と喧嘩したらしいという情報を聞きつけたのか、猛烈にアタックをかけてきているが、月彦はもうまともに対処をするだけの意欲を無くしていた。
 真央の側に居てやりたいと思う――しかし、それもまた苦痛を伴う行為だった。捻挫はそう簡単には治らない。真央が片足を庇うように歩いている姿を見るだけで、まるでお前のせいでこうなったと責められている気分にさせられる。真央自身は決して月彦を責めたりせず、自分の不注意だからの一点張りなのがより一層月彦の心を締め上げた。
 夜は眠れず、食欲も殆ど無くなり、久しぶりに体重計に乗ったら10キロ近く体重が落ちていた。何か、大事な歯車が狂ってしまっているのは間違いないのだが、かといって携帯を捨てる事も出来ない。既に携帯無しの生活など考えられないほどに依存してしまっているし、またいつ大事な連絡があるとも限らないからだ。
「………………本当、しょうがない子ねぇ」
 だからきちんと考えてから決めなさいと言ったのに――食欲がないと夕飯を断った際、葛葉にそんな苦言をため息混じりに言われたが、後の祭り。
(……そうだよ、母さんや姉ちゃんの忠告を、もっとちゃんと聞くべきだったんだ)
 携帯など持つべきではなかった。自分で考えて決断した結果がこの体たらくだ。
 月彦はもう、自暴自棄になりかけていた。

 学校が終わった。しかし、家には帰る気がしない。由梨子の所に行くのも気が重い。雪乃とはしこりが残ったままだ。或いは矢紗美ならば快く出迎えてくれるかもしれないが、代わりに体を要求されるかもしれない。それは、今の月彦にとってひどく億劫に思える要求だった。最悪、雪乃の時のように八つ当たりをしてしまうかもしれないと思えば、到底顔を合わせる気にはなれなかった。
 行き場を無くして、適当に辺りをぶらついてみる。或いは今ならば、あの性悪狐が絡んできてもいい暇つぶしになるかもしれないとすら、月彦は思っていた。
 しかし、来ない。そう、あの女は“来て欲しい”とか“来ればいいのに”と思っている時は、絶対に現れないのだ。何故なら、人が喜ぶことをするのが何より嫌いな、性格の歪んだ女なのだから。
「あれーっ、ぶちょーさん?」
「レミちゃん……」
 きぃ、とブレーキ音と共に背後からやってきた自転車がすぐ隣で停車する。性悪狐は現れなかったが、代わりに思いもよらなかった相手との遭遇に、月彦は純粋に笑顔を零した。少なくともこれで、あてもなく辺りをぶらつかなくても良くなったからだ。
「どーしたの? なんか顔色悪いみたいだけど……」
 レミはサドルから降り、自転車を押しながら月彦の隣に並んでくる。
「光の当たり具合じゃないかな。……レミちゃんは夕飯の買い物?」
「うん! 今日はね、久しぶりにおとーさんから生活費の振り込みがあったから、奮発してカレーにするの!」
「へぇ、レミちゃんが作るカレーならきっとすっごく美味しいんだろうね」
 いつぞやの合宿を思い出して、月彦はほっこりする。今の自分の状況に比べて、レミの笑顔のなんと無邪気なことか。
 そのまぶしさに、月彦は羨望すら覚える。
「そーだ! 良かったらぶちょーさんも一緒に食べる?」
「俺も? でも……」
 月島家の財政は厳しい。食費もカツカツなのでは――口にこそ出せないが、他のどの家に夕食に呼ばれるよりも心苦しさが先行してしまうのは否めない。
「ね、ね、良いでしょ? 久しぶりにぶちょーさんといっぱいお話もしたいし、一緒にごはん食べよ?」
「……まぁ、レミちゃんがそこまで言うなら……じゃあ、少しだけお呼ばれしようかな」「やったー! ぶちょーさん、大好き!」
「うわっ、ちょっ、レミちゃん自転車が倒れちゃうって!」
 レミが両手で抱きついてきた為、月彦は慌ててレミの自転車が倒れてしまわない様にハンドルを支えてやらねばならなかった。
「ホントはね、さっきおねーちゃんから帰りが遅くなるってメールがきたから心細かったの! でもでも、ぶちょーさんが来てくれるならちょー安心だよ!」
「どうかな? 俺がレミちゃんを襲っちゃうかもしれないよ?」
「やんっ。ダメだよ、ぶちょーさん。レミはまだ13才だよ?」
 ぴょんと、レミが跳ぶように離れ、ハンドルに手を戻す。
「はは、冗談だよ」
「ふふっ。でもね、レミもぶちょーさんのコトは好きだよ? もしおねーちゃんにぶちょーさん以外の彼氏が出来ちゃったら、その時は遠慮無くレミに告ってね? ぶちょーさんなら即OKしちゃうから」
「ありがとう、レミちゃん」
 もちろん本気ではなく、冗談なのだろう。月彦もそれが分かっているから、適当に話を合わせるだけで本気にしたりはしない。
 しない……が。
(……月島さんもそうだけど、レミちゃんも意外と……)
 先ほど抱きつかれた時に感じた、“中学生の割りに、意外と発育は良い”という手応えを、月彦はいつまでも忘れることが出来なかった。



 程なく、月島家に到着した。
「ぶちょーさん、ちょっと開けてみる?」
 レミが玄関の鍵を開け、悪戯っぽく場所を譲る。自分の代わりに開けてみせろ、と言いたいのだろう。玄関の引き戸の立て付けの悪さは前回見て知っているが、中学生に出来ることが高校生に出来ないわけはない。
(えーと、確か……)
 前回レミがやっていた開け方を思い出しながら、軽く押し込み、斜めにするようにしてガタガタと揺さぶってみる――が、開けられない。隙間は空くが、手すらも入らないほどの幅だ。
「レミちゃん、これ……鍵かけなくていいんじゃないかな」
 苦笑混じりに言って、レミに場所を譲る。レミはやはり慣れたもので、あっさりと開けてしまった。
「でもね、お姉ちゃんはもっと上手だよ? 開ける時に音が出ないもん」
「へえ……月島さん不器用っぽいのに……案外暗殺者とかに向いてたりして」
 レミに促されて、中へと上がる。狭い玄関を抜けて、四畳半の居間まで来ると、背後でレミが早速とばかりにエプロンを着けていた。
「あっ、レミちゃん。俺も何か手伝おうか?」
「んーん、大丈夫だよ、ぶちょーさん。うちはほら、狭いから台所に二人立つなんて無理だもん」
 言われてみれば、確かに狭い。並んで立つことは出来るだろうが、左右を入れ替わったりするのはかなり厳しいだろう。レミの言う通り、手伝おうとすればかえって邪魔になってしまうかもしれない。
「料理は任せて、ぶちょーさんは寛いでていいよ! ……テレビは映らないままだけど」
「気を遣わなくて大丈夫だよ。適当に時間潰してるから」
 携帯を取りだそうとして――止める。が、何か大事な連絡が来ているかもしれないと思い直して、渋々開く。
(…………真央とか、母さんのだけチェックすればいいよな)
 由梨子からのメールがあれば見ようと思ったが、着信は無かった。いつも返信に追われている姿を見せていたから、遠慮もあるのだろう。真央からの着信も葛葉からの着信も無く、月彦はそのまま携帯を閉じる。
「……そういえば、レミちゃん」
「なーに、ぶちょーさん」
「今日、月島さん帰りが遅いって言ってたけど、何時くらいに帰ってくるの?」
「何時……かなぁ。メールには書いてあった気がするけど………………なんか部活で星の観測をするから、それが終わったら帰るーって感じだったような?」
「星の観測ぅ!?」
「うん。…………あれ? でもぶちょーさんはうちに来てるよね? なんで???」
「えーと、それは……」
 月彦は携帯を開き、そして雪乃からのメールを捜す。
(……あぁ、なるほど……そういうことか)
 雪乃からの一斉送信で、今夜は星の観測をやる旨が通達されていた。恐らくは、雪乃なりの仲直りの第一歩――なのではないだろうか。ラビともきちんと仲良くしているということをアピールしつつ、会話のきっかけを掴もうという雪乃の狙いは明らかだった。
(…………失敗した、な。先生と仲直りするチャンスだったかもしれないのに)
 今からでも学校に戻れば、まだ間に合うのかもしれない。しかし一度腰を落ち着けてしまった今、どうにも立ち上がることが億劫に感じる。メールを見逃してしまったのはきっとそういう運命だからに違いない。
「……ほら、アレだよ。星の観測って夜遅くまで学校に残るだろ? で、うちは部員が俺と月島さんしか居なくて、そんな夜遅くに男女二人きりになるのはまずいから、だから今日は月島さんだけ観測して、明日は俺が観測することになってるんだ……と思う」
 ちょっと苦しい言い訳だったかな――説明しながら、そう感じる。そもそも監督役として雪乃が居るのだ。夜の校舎に二人きりだからまずい――というのは成り立たない。
「ふーん、天文部って大変なんだね」
 しかしレミは別段疑問にも思わなかったのか、しゃかしゃかと米を研ぎながら頷いている。
 ほっ、と息をついたのもつかの間。
「でも、残念だったね、ぶちょーさん。夜の校舎に二人きりなんて、おねーちゃんを押し倒す絶好のチャンスだったのに」
「…………レミちゃん。そういうのは漫画とか、お話の中だけのことだよ。実際にそんな、二人きりだから押し倒してどうこうみたいなことは出来ないよ」
「そうかなぁ? ぶちょーさんなら、おねーちゃんも絶対嫌がらないと思うんだけどなぁ?」
「それと、いい機会だから言っとくけど、月島さんの盗撮画像を送ってくるのも本当に止めて欲しい。月島さんにも悪いし、あんなことしてたらレミちゃんの携帯料金だって跳ね上がるだろ?」
「あはは……そーなの! それが恐くて、最近はちょっと控えてるんだけど……でもね、撮るだけ撮ったのなら、携帯の中にいっぱいあるんだよ? もうね、殆ど全部見えちゃってるやつとか――」
「だ、だから要らないって!」
 調理を中断して、携帯を取りだそうとするレミを再度台所へと押し込む。
「もー、ぶちょーさんってひょっとして草食系? そんなんじゃ、いつまで経ってもおねーちゃんとの距離は縮まらないよ?」
「だからね、レミちゃん。俺は別にそんな………………」
 レミには悪気はないのだろう。本気で、姉と紺崎月彦がベストカップルだと信じて、二人をくっつけようとしているのだろう。
(……気持ちは嬉しいけど)
 普段ならば、きっと気にもならなかった。或いは、レミがそこまで言うのなら、ラビが将来的に彼氏をきちんと持てる様、手助けをするくらいの協力は惜しまなかったかもしれない。
(…………迷惑だって、はっきり言ってやるべきか?)
 心が、ザワつく。今までは可愛いと思いこそすれ、鬱陶しいなど思いもしなかったのに、途端にレミの言動が耐えがたいほどに不快に思えてくる。人に構っている余裕など無い、自分のことだけで精一杯なのだと、怒鳴り散らしたくなるのを、辛うじて飲み込む。
(…………いっそ)
 “男の怖さ”を教えてやろうか。よく知りもしない男を、無防備に家に上げるとどうなるのか。しかも、親は不在――唯一の同居人である姉も、夜が更けるまでは帰ってこないと判明している。
「………………。」
 また、心がザワつく。目が、自然とレミの方へと向く。セーラー服の上からエプロンをつけ、鼻歌交じりに調理をしているレミの後ろ姿を見て、無意識のうちに生唾を飲んでしまう。
 “食べる”には、明らかに早すぎる体つきだ。しかし、見た目とは裏腹に服の下は意外にも育っていることは、先ほど抱きつかれた時の感触からも分かっている。
(…………そうだ、ちょっとからかうくらいなら)
 紺崎月彦は、見た目ほど善人ではない――そう警告してやるくらい、構わないのではないか。レミにとってもいい人生勉強になるだろう。
 月彦は静かに立ち上がり、レミの背後へと忍び寄った。



「……ぶちょーさん?」
 レミの声が、ひどく間の抜けたものに聞こえた。台所に立つレミの手を引き、そのまま居間に引き倒してしまうのは容易い。しかしそれではただの強姦だ。そんなことをしたいわけではなかった。
「レミちゃん、そのまま。料理しながらでいいから、聞いて欲しいんだけど」
 レミの背後に立ち、月彦は続ける。
「……レミちゃんは、本当に俺と月島さんにくっついて欲しいと思ってる?」
「えっ……そんなの、当たり前じゃない。ぶちょーさんは優しいし、おねーちゃんもぶちょーさんのコト好きみたいだし……」
 レミはやや窮屈そうにしながらも野菜を刻み、ボウルの中へと移していく。
「でもさ、俺が本当に好きなのは…………月島さんじゃなくて、レミちゃんなんだ」
 淀みなく動いていたレミの手が、ぴたりと止まる。そんなレミの反応が初々しくて、月彦はつい口元に笑みを浮かべそうになってしまう。
「…………も、もーっ! ぶちょーさんってば、いきなり変なコト言うから包丁で手切りそうになっちゃったじゃない。女の子からかっちゃダメだよ、ぶちょーさん」
「……からかったわけじゃないんだけどな」
 決死の告白を冗談と受け取られてショック――そう伝わるように、声のトーンを落とす。
「ぶちょーさん? 冗談……だよね?」
「冗談じゃないよ」
 肩に手を置いた瞬間、レミはビクンと大きく体を震わせた。月彦はそのままレミに正面を向かせ、透き通った海のような碧眼をジッと見つめる。
「俺は、レミちゃんが好きだ。だから、月島さんとは付き合えない」
「そん、な…………だ、ダメだよ、ぶちょーさん! ぶちょーさんは、おねーちゃんと一緒にならなきゃいけない、のに……」
「変だな。俺の記憶が正しければ、確かさっき……告白すればすぐOKするって、レミちゃんはそう言ってたような」
「それは……おねーちゃんに彼氏が出来たらの話で……そ、それに……何年も先の話だと思ってた、から……」
「じゃあ、俺のこと好きだって言ってくれたのも、嘘?」
「そ、それ……は……」
「レミちゃん、顔を背けないで。ちゃんと俺の目を見て答えて」
「あぅぅ…………ま、待って、ぶちょーさん……! レミね、ちょっと頭が混乱してて…………だ、だめっ、何も考えられない!」
 ふしゅーっ。レミは顔から湯気を噴き、その場に崩れ落ちてしまう。
(……純情だな、レミちゃんは)
 ここで全ては冗談だとネタバラシすれば、レミは怒るだろうか。怒りを通り越して、ショックすら受けるかもしれない。それはそれで悪くないという気がして、月彦は喉まで言葉が出かかった。
 しかし、黙った。
「…………レミちゃん。これは大事な話だから、あっちでしようか」
 この獲物は、まだしゃぶれる――そう直感で感じたからだ。月彦はレミの手を取り、立たせて居間へと移動した。


「……どう? レミちゃん。少しは落ち着いた?」
「………………うん」
 レミは相変わらず赤面したままだが、小さく頷いた。
「ごめんね、ぶちょーさん。レミ、頭がこんがらがってて……」
「俺の方こそごめん。やっぱり、ちょっと早かったかな」
 首を振る。もちろん演技だ。
「せめて、レミちゃんが高校に上がるまで黙ってるべきだった。……でも、レミちゃんがあんまりしつこく月島さんとくっつけようとするからさ」
 レミが、肩を縮こまらせる。見れば、レミは女座りではなく、正座をしていた。その上で肩を縮こまらせ、両手でスカートを握りしめている。レミのそんな様子に、月彦は痺れるような快楽を感じていた。
「…………ねえ、ぶちょーさん……レミ、どうすればいいと思う?」
「それはレミちゃんが決めることだよ。……レミちゃんはどうしたい?」
「…………わかんない」
 言葉が途切れる。何かを振り切るように頭を振って、続ける。
「…………でも、やっぱりぶちょーさんとおねーちゃんに、一緒になって欲しい」
「つまり、俺とは付き合いたくないんだね、レミちゃんは」
「そうじゃない、そうじゃないの!」
 レミは大きく首を振り、強く否定した。
「おねーちゃんが…………おねーちゃんがぶちょーさんのコト好きだから……だから……」
「俺とレミちゃんが付き合っちゃったら、月島さんがショックを受けるから、だから付き合えない……そういうコトかな?」
「うぅ……」
 レミは逡巡の末、小さく頷いた。
「なる程、ね。…………つまり、月島さんがショックを受けない形なら、レミちゃんは付き合ってくれるわけだ」
「えっ……ぶちょーさん、それってどういう……」
「もしレミちゃんが俺と付き合ってくれるなら、俺も月島さんと本気で付き合う……そういうのはどうかな?」
「えっ……えっ? ごめん、ぶちょーさん……よく、わからな……」
 くすりと、笑みを一つ。レミの手を掴み、引き寄せる。
「きゃっ」
 短い悲鳴と共に、レミが胸の中に飛び込んでくる。すぐに体を戻そうとするのを、がっしりと抱きしめる。
「……レミちゃんが、俺のモノになるなら。俺の言うことを何でも聞いてくれるなら、俺も月島さんの“彼氏”になる。そう言ってるんだよ」
 腕の中のレミは震えていた。恐怖か、或いはそれ以外の理由によるものか。その蒼い目には困惑が色濃く宿り、呼吸は見ていて哀れなほどに乱れていた。
「待って、待って……ぶちょーさん……そんなの、変だよ…………それに、もし――」
「絶対バレないよ。レミちゃんが月島さんに喋らない限り、ね」
「でも、でも……!」
「もちろん、決めるのはレミちゃんだ。レミちゃんがどうしても嫌なら、俺も無理にとは言わないよ」
 正し、その場合ラビと付き合うこともない――言葉にはしないが、言外にそう匂わせる。
「そん、な……酷いよ、ぶちょーさん…………そんなの…………」
「俺はレミちゃんが好きだって言ってるのに、月島さんと付き合えって言うレミちゃんの方が酷いと思うけどな。…………それに、こういう条件でも出さない限り、レミちゃんは俺のモノになってくれないだろ?」
「だって……ぶちょーさんは…………おねーちゃんが…………」
 レミは目尻いっぱいに涙を溜めながら、イヤイヤをするように首を振る。そろそろ仕上げか、と思う。
「分かった。じゃあ、こうしよう。今からレミちゃんにキスをするから、俺の提案を受け入れるならそのままジッとしてて。もし受けないなら、俺を突き飛ばすなりなんなりして、キスから逃げて」
 月彦は指先をレミの顎先に当て、自分の方を向かせる。が、力は込めない。レミの背中を抱いている左手にも、必要以上の力は込めない。レミが逃げようと思えば、いつでも逃げられる状態に置くことがフェアであり、“その後”のレミを縛る大事な鎖になるからだ。
「やっ……ぶちょーさん……そんなの、ダメだよぉ……」
「ダメなら逃げていいよ。ほら、逃げようと思えばいくらでも逃げられるだろ?」
 しかし、レミは逃げない。目尻いっぱいに涙を溜めたまま、最後には覚悟を決めたように瞼を閉じた。
 程なく、唇が触れる――まるでそれを待っていたように、レミの涙が頬を伝った。


「………………逃げなかったね?」
「ぁっ……」
 レミの頬を撫で、涙の後を拭う。
「つまり、OKしてくれたってワケだ」
 否定の言葉など口にさせない。レミが息を吸った瞬間、唇を奪う。
「んンンンッ……!」
 暴れることも許さない。強く抱きしめ、動きを封じる。そうした後で、徐々に。徐々にレミの唇を侵略する。
「んぁ……ぁふっ……」
 レミにとって、ひょっとしたらファーストキスだったのかもしれない。未成熟な女子中学生の唇の味を楽しむように、月彦は舌を差し入れ、舌を絡めていく。
(……レミちゃんの口、小さいな)
 否、口だけではない。腕の中にあるレミの体も、やはり小さい。13才という年齢を考えればむしろ発育している方とも言えるレミの体だが、こうして直に触れてみるとなるほど。由梨子よりもさらに一回り小さいということがよく分かる。
(……やべ、なんか興奮してきた)
 自分は、手を出してはいけないモノに手を出している――レミの小さな口が。体が、かつてないほどに背徳の味を醸し出す。
 月彦は夢中になってレミの唇を舐め、その甘い唾液を啜った。
「んぁっ……んっっ……ぷぁっ……はぁはぁっ……ンンッ……!」
 時折息継ぎのようにレミが身をよじり、唇を離す――が、すぐにキスで塞ぐ。甘い、なんと甘い唾液なのか。とろりと脳の奥まで痺れるような幼い味に、次第に体が熱くなる。
「……可愛いよ、レミちゃん」
 れろり、れろり――乾いた涙の跡をたどるように舌を這わせながら、その体へと手を伸ばす。エプロン越しに胸元を揉み、さらにスカート、太ももへと這わせながら、レミの耳をほじくるように舐める。
「やっ、ぁっ……ぶちょーさっっ……耳、っ……やっ……ンンンッ!!!」
「耳、弱い?」
 尋ねるまでもないことだった。耳をれろり、れろりと舐めただけで、レミは声を震わせて体を跳ねさせる。月彦はここぞとばかりに耳を舐めあげ、レミの意識がそちらに集中しているのを幸いに手を、スカートの下へと潜り込ませていく。
「……っ……! ぶ、ぶちょーさっっ…………だ、だめぇぇぇ……!」
 太ももを撫でるように付け根へと這う手を、レミが慌ててスカートの上から押さえつける。が、月彦が舌先を窄めて耳穴をほじくるように刺激すると、その抵抗もたちまち形骸化した。
「だめっ……だめっ…………ぶちょーさっ…………こんな、コト……」
 レミは頬を紅潮させ、肩を大きく揺らしながら息も絶え絶えに必死にイヤイヤをしていた。このままでは過呼吸でレミが失神してしまうかもしれない――だが、月彦は手を止めない。
(……こういう時は、“手”を止めちゃダメだ)
 レミに落ち着く時間を与えてはいけない。冷静な判断力を持つ余裕を与えず、混乱の渦に落としたままなし崩しにコトを運んでしまったほうがいいということを、月彦はこれまでの経験から悟っていた。
「やっ……やぁッ……だ、めっ……ぶちょーさっ……止めっ……っン!」
 たっぷりと4,5分はキスと愛撫を続けた後、スカートの下でぎゅうと閉じられた太ももをこじ開け、下着の上から秘裂を指でなぞり上げる。事ここに至り、レミは本気で月彦の手を押しのけようとしている様だったが、所詮は女子中学生。“力ずく”で男子高校生に敵うわけはない。
「っ……やっ、ぁ……嫌ッ……嫌ぁぁだ、めっ……ぶちょーさっ……そんな、所……触らなっ……!」
「へぇ…………レミちゃん、ちゃんと生えてるんだね。こっちも金髪なのかな?」
 下着の中へと指を忍ばせながら意地悪く囁くと、レミはますます顔を赤くし、言葉にならない呻き声のようなものを漏らし始める。その両手がスカートの下へと伸びている月彦の右手を必死に掴み、動きを制そうとしているのがなんともいじらしく、さらなる興奮をかきたてる。
「だめっ……だめっ………………アッ!」
 イヤイヤをするレミの秘裂を、指先で優しく弄る。溢れる、とはお世辞にも言えない量の蜜を指先に絡めながら、くちくちとしつこい程に弄り続ける。
「アッ…………ァッ…………ァッ……!」
 もちろん深く指を入れたりはしない。入り口付近を浅く指でかき回し、或いは割れ目を指でなぞる。レミの反応を注意深く観察しながら、その腕に込められた力が徐々に。徐々に萎えていくのを感じながら、月彦は尚も弄る。
「だめっ…………ダメッ………………アァッ…………ァァッ…………ァッ……!」
 さらに唇を重ね、指の動きと連動するように舌を絡ませる。徐々に。徐々にではあるが、くたぁ、と。レミの体が次第に脱力し始める。ギュッと閉じていた太ももが、まるで月彦の愛撫を受け入れるように開く。さらにくち、くちと水音を立てながら弄り続けると――
「アッ……ァァァァァァ!」
 レミは腰を跳ねさせながら、とうとう大股開きしてしまった。もはや、右手を押さえていた両手も、ただ添えられているだけになっている。
「レミちゃん」
 声をかける。しかしレミはすぐには反応しなかった。二度、三度と声をかけてようやく反応を見せ、目をぱちくりさせる。まるで夢の途中で現実へと引き戻されたような――そんな目だった。
「俺のも触って」
 目で、ズボンの下から存在を誇張しまくっている股間を指し示す。レミは辿々しくも右手を動かし、ズボンの上から剛直を撫でつける。しっとりと涙に濡れた碧眼はどこかどんよりと濁っており、立て続けに降りかかる“非日常的な出来事”に、どうやらレミは正常な判断力を無くしてしまっているらしかった。
 結果。
「ジッパーを下ろして」
 月彦が命じるままに、レミは右手を動かし、剛直を“隙間”から解放する。
「触って」
「………………あっ……」
 レミの小さな手が、ギンギンにそそり立つ剛直を握りしめる。その剛直の“熱”が気付けになったのかもしれない。レミの目に、意思の光が戻るのが、月彦にも分かった。
「そのまま、優しく扱くように動かして」
「……んっ」
 しかし、意思の光が戻って尚、レミは言われるままに剛直を扱く。自分が何をしているのかを理解したうえで、それでも得体の知れないものに突き動かされるように剛直を触り続けるレミの姿に、月彦はますます剛直を硬くする。
「ぶ、ぶちょーさん…………私……」
「いいんだよ、レミちゃん。…………ほら、俺も触るから」
「あんっ……! …………ぶ、ぶちょーさぁん…………これ、すっごく、熱くて…………」
 優しく、しかしねっとりとかき回すような指使いで、レミの秘所を弄る。はぁはぁと悶えながら、レミもまた剛直を握り、上下に擦る。勃起した男性器を触るのも、ひょっとしたら見るのも初めてかもしれないレミの手つきはなんともぎこちなかったが、そんなレミに手コキさせているという背徳感が、僅かな快感を何万倍にもしていた。
 お返しに、とばかりに。月彦もまた優しく、レミの敏感な場所を刺激し続ける。
「あっ、あんっ! やっ、あんっ! ぶ、ぶちょーさぁんっ……!」
「気持ちいい? レミちゃん」
 囁くように言うと、レミは小さく、何度も頷いた。
「もう少し、足を開いて……そう。……手、止めないで」
 ハッとしたように、レミが扱く手の動きを再開させる。愛撫を喜ぶように、剛直がビクビクと震え、先端からは透明な蜜が溢れ出す。やがてそれはレミの手に絡み、にちゃにちゃと音を立て始める。
「いいよ、レミちゃん……凄く」
 そうしろと言ったわけでもないのに、レミは蜜を剛直に塗りつけるように扱き始めていた。なかなか見所がある子だと感心しながら、同時にこれならと思う。
「…………レミちゃん、口でシてくれないかな?」
「くち、で……?」
 はぁはぁと肩で息をしながら、レミが見上げるように視線を向けてくる。
「そう、手じゃなくてレミちゃんの口でシてほしい」
「……そん、な…………あァッ!」
「いいだろ? 頼むよレミちゃん」
「あッ、あっ、あんっ! あっ……!」
 甘く、優しく。まるで“恋人”がおねだりするような声でレミに囁きながら、にゅぷにゅぷと指を動かす。
「ほら、レミちゃん。……返事は?」
 たっぷり五分ほどレミに声を上げさせた後、愛撫の手を止める。レミは肩を弾ませながら、こくりと頷いた。
「ありがとう、レミちゃん」
 月彦はレミの体を解放する。レミも、“口でする”というのがどういうことなのか知識としては知っていたのだろう。体をずらし、四つん這いのような形で、剛直へと顔を近づけてくる。
「ぁっ…………はっ…………ンッ…………はぁっ…………はぁっ…………」
 しかし、いざギンギンにそそり立つ剛直を前にして、レミは怯えるように躊躇いの吐息を漏らす。何度か口をつけようと前に出掛けて、その都度止まる――ということを二度、三度と繰り返し、とうとう月彦の方が焦れてしまった。
「……早く」
 つい、苛立つような声になってしまった。レミの後ろ髪を掴み、強引に剛直の方へと引き寄せる。
「やっっンッ……」
「ほら、レミちゃん?」
 レミが寸前で顔を背けた為、その頬に先走り汁を擦りつけるような形になる。レミも漸く覚悟が決まったのか、おずおずと口を開け、腫れ物にでも触れるような動きで、剛直に口づけをした。
「……そう、そのまま……舐めて」
 ゾゾゾゾッ――レミがちろちろと小さな舌で剛直を舐め始めるや、寒気にも似た快感が背筋を走る。ほんの十数分前まで、キスすらしたことがなかったであろう金髪ハーフ女子中学生にフェラをさせているのだという背徳感に、思わず体が震える。
(やっべ…………これ、すっげぇ興奮する……)
 忽ち息が荒くなる。レミの口戯はちろちろと舌で舐めるだけの、気持ちいいというよりはくすぐったいものだったが、それですらも手コキの数倍の快感に思わず声を漏らしそうになる。
「レミちゃん、もっと……れろぉっ、って舌を押しつけるみたいに……そう…………ッ…………」
 目を閉じると、剛直に押し当てられるレミの舌の感触を強く感じた。汚れを知らない――純真無垢な舌が今、肉欲の化身とも言える剛直を舐め、カウパー液を啜っている。この先レミが何人の男と付き合うのかは分からないが、最初に男の味を覚え込ませたのは自分なのだと、月彦は自分勝手な優越感に身震いする。
「……咥えて」
 限界を感じて、レミの口を先端に誘導し、咥えさせる――が、不慣れなレミには先端を口に含ませるのが限界だった。ぬろりと、レミの唇に飲まれる感触と共に、月彦は両手でレミの頭を掴んだ。
「飲っ……んで……ッ……!」
 どくんと、体が揺れるほどの反動を伴い、精液が迸るのを感じる。そういえば、最近は誰ともまともにシてなかった――そんなことを思うも、後の祭り。
「ンンンンッ!? ぷはっ……けほっ、けほっ……けほっ………………!」
 しかし、レミの口腔内に射精したと思ったのもつかの間、目を白黒させながらレミは強引に口を離してしまった。うげぇと唾液混じりの白濁汁を吐くレミの顔に、二度目三度目の射精と共に白濁汁が張り付いていく。
「……ダメだよ、レミちゃん。ちゃんと飲んでくれないと」
「そん、なっ…………無理、だよぉ……ぶちょーさん……すっごく、苦いし……口の中に張り付いて……きゃんッ」
 弱音を吐くレミの頭を掴み、再度剛直に口づけさせる。
「ダメだ。俺が月島さんと付き合う代わりに、レミちゃんは何でも言うことを聞いてくれるんだろ? ………………ちゃんと出来るようになるまで、何度でもやらせるよ」
 血走った目でレミを見下ろしながら、月彦は完全に欲望の虜と化していた。



「はぁぁぁぁぁぁっっ………………!」
 レミの頭を押さえつけるようにして剛直をしゃぶらせながら、月彦は法悦の声を漏らす。男性器に奉仕するには小さすぎる口腔内へと惜しみなく白濁汁を注ぎ込み、汚す。
「ンンッッ…………んくっ…………んくっ…………」
 ごきゅごきゅと、レミが精液を飲み干すのを振動で感じ取る。月彦は褒めるように、レミの髪を優しく撫でる。
「いいよ、レミちゃん。上手に出来るようになったね」
 ちゅぽっ――剛直を引き抜くや、レミは途端にしゃくりあげるように体を揺らすが、口を閉じて体を強ばらせる。そして、腹部を気にするようにエプロンの上から触る。
(…………たっぷり飲ませちゃったからな)
 量的には、普段真央や由梨子らに口でしてもらった時の三倍以上だろうか。“溜まっていた”ということもあったが、何より“レミに飲ませる”ということに尋常で無いほどの興奮を感じ、ついリテイクを連発してしまった。
(……でも、まだだ)
 まだ、満足にはほど遠い。何故なら、まだレミの一番大事なものを貰ってない――月彦は、深呼吸を繰り返すレミを、畳の上へと押し倒す。
「やっ……ぶ、ぶちょ−……さん?」
「うん?」
「も、もう……これ以上、は…………」
「ダメだよ、レミちゃん。…………俺は、レミちゃんの“初めて”が欲しい」
 ここまで来て引く男など居るわけがない。月彦はレミのスカートの下へと手を這わせ、下着を脱がしにかかる。レミは辛うじて抵抗はしたものの、それはどこかおざなりだった。状況的に諦めているのかもしれなかった。
「……ぶちょーさん……待って……最後に、もう一度聞かせて…………レミが、ぶちょーさんの言うことちゃんと聞けば……おねーちゃんとも……」
「もちろん。そういう約束だからね」
 ホッと、レミが安堵の息を吐く。安心したレミの足から下着を取り去り、足を開かせる。
「でも――」
 そこではたと、月彦は動きを止める。
「折角だし、レミちゃんにもちゃんと言ってもらおうかな」
「え……?」
「後からそんなつもりじゃなかったとか、無理矢理だったとか……レミちゃんはもちろんそんなこと言わないとは思うけど。やっぱりちゃんと言葉で聞きたい」
 つまり――月彦はレミの耳に唇を添え、言うべき言葉を囁く。
「ぁぅ……そんな、コト…………」
「言えないなら、約束は全部無かったことにするしかないな」
 そう。男性器を口でしゃぶってまで、姉とくっつけようとしたことも、全て無かったことになる。ハッとしたように、レミは――唇を噛んでから――言葉を紡ぎ始めた。
「れ、レミの……処女、を……貰って、ください…………おねがい、します……」
「うーん……なんか違うな。なんていうか、心がこもってない」
「そんな……」
「ほら、レミちゃん。もう一回」
「ぅぅ…………れ、レミは……ぶちょーさんのコトが好き、です……大好きなぶちょーさんに、しょ……処女、を……貰って欲しい、です……お願い、します…………」
「……いいよ、レミちゃん。さっきより凄く良い。…………ところでレミちゃん、処女っていうのは本当?」
 えっ――レミがそんな掠れた声を上げる。
「さっきキスをしたときも、なんか慣れてる感じだったし、俺のに触る時も割と抵抗無さそうに触ってたし、フェラも初めてにしては随分巧かったし……本当は経験あるんじゃないの?」
「そん、な……だ、だって……それは、ぶちょーさんが言う通りにしてただけで……」
「分かってる、俺もレミちゃんは処女だって、俺が初めての相手だって信じたい。…………だから、“証拠”が見たい」
「証拠……?」
「うん。……とりあえず、裸になってよ」
「は、裸に……?」
「俺もレミちゃんの裸を見て安心したいんだ」
 甘く、囁くように言うと、レミは渋々ながらも脱衣をしようとして――しかしその手が止まる。もちろん月彦は、止まってしまったレミの手をすぐにでも動かす“言い分”に心当たりがあった。
「…………レミちゃん。自分は“お姉ちゃん”の裸を勝手に他人に見せたりしておいて、自分のは見せたくないっていうのはズルいんじゃないかな?」
「ぁぅ…………で、でも…………」
「大丈夫だから。……ほら、レミちゃん?」
 “目”で促す。レミは羞恥に顔を染めて畳の上に立ち、唇を噛みながらもエプロンを外し、制服を脱ぎ始める。インナーも脱ぎ、淡いイエローの、ショーツと揃いの色のブラをも取り去り、最後に靴下を脱ごうとしたところで「それはいい」と月彦が止めた。
「…………うん、想像してた通り、すごく綺麗な裸だよ、レミちゃん」
「ぁ……っ……」
「ダメだよ、隠さないで。両手は“気をつけ”の位置」
 胸元と股間を隠そうとするレミの手をまっすぐ伸ばさせ、太ももへとつけさせる。全裸で直立不動の姿勢になった女子中学生の体を、月彦は文字通り舐めるように観察する。
(ハーフだから、なのかな。色白で、足も長いな。胸も“膨らみかけ”だけど、揉めるくらいにはあるし……)
 むしゃぶりつきたくなるような裸という意味では、レミのそれはなんとも衝動を抑えがたいものだった。
「ぶ、ぶちょーさん……も、もう……これ、で……」
 恥ずかしくて堪らないのだろう。レミは顔を真っ赤にして足まで震わせている。
「ダメだよ、レミちゃん。ただ裸になっただけじゃ、何の証拠にもならないよ」
「えっ……だって、ぶちょーさんが裸になれって……」
「うん。言ったけど、ただ裸になるだけじゃダメだ」
 月彦は携帯を取り出し、そのままぱしゃりと。レミの裸を“撮影”する。
「やっ……ぶちょーさん! ダメぇ!」
 ギョッとしてレミが両肩を抱くようにしてしゃがみ込んでしまうが、間一髪間に合わなかった。携帯を操作して確認すると、全裸状態のレミの姿が顔から太ももまでばっちりと保存されていた。
「ほら、レミちゃん立って」
「やっ……」
「大丈夫、絶対に誰にも見せたりなんかしないから。……第一、こんなもの他の人に見られたら、俺だってタダじゃ済まないよ」
 苦笑混じりに言って、再度レミを立たせる。
「少し、足を開いて。……そう、いい子だね、レミちゃん」
「だ、ダメだよ……ぶちょーさぁん……そんなトコロ……撮らないで…………っっ…………」
 レミの抗議を無視して、月彦は薄く金色の恥毛の生えたその場所へと携帯を近づけ、無慈悲に撮影ボタンを押す。
「……っ……!」
「隠しちゃダメだよ、レミちゃん」
 咄嗟に隠そうとするレミの手を引きはがし、お仕置きとばかりに何度も、何度も執拗に撮影をする。別にレミの恥部の画像が何枚も欲しいわけではない。レミが処女であるかどうかに拘っているわけでもない。単純に、レミが涙目になりながら羞恥に震えている姿に、堪らないほどに興奮するのだ。
「どうしたの、レミちゃん。恥ずかしい写真撮られてもしかして興奮してる? ずいぶん息が荒いみたいだけど」
 実は興奮しているのは月彦の方もであるのだが、おくびにも出さない。
「じゃあ、ほら、きちんと携帯のカメラで撮って“証拠”にするからさ。レミちゃん、自分の指で広げて、よく見えるようにして?」
 レミに自分で秘裂を広げさせ、ピンク色の蠢く粘膜を携帯の画面一杯に映し出しながら、月彦はたっぷりと時間をかけてその場所を観察し、そして焦らしに焦らして漸くシャッターボタンを押した。
「はは、すごい。ばっちり映ってるよ、レミちゃんの処女膜が。良かったね、これでレミちゃんは間違い無く“未経験”だって証明されたよ」
「やっっ……やぁぁ! ぶちょーさん消して! お願いだから消して!」
「分かった、消すよ。レミちゃんがどうしてもって言うのなら。………………全部が終わった後に、ね」
「終わった……後……?」
「うん。……ほら、レミちゃん。裸になってそれで終わりって話じゃなかっただろ?」
 囁きながら、月彦はレミの腕を引き、自らの懐へと招き入れる。
「ぁっ……ま、待って……ぶちょーさっ……ま、まだ……心の準備、が……」
「大丈夫、俺は出来てる」
 この後に及んでまだ抵抗しようとするレミを組み敷き、座布団の上に押し倒しながら足を開かせ、その間へと体をねじ込む。
「待って、待って……ぶちょーさん……レミは……レミは……」
 先端を、レミの未成熟な秘裂へと押し当てる。先ほどの“遊び”による興奮の為か、尋常では無い硬度になってしまっているそれをなんとか制御し、挿入に耐えるレベルに調節しながら、ゆっくりと進めていく。
「やっ……っ……ぁッ……!」
 先端が、レミの秘裂を割り開く。そのまま、挿入を続けていく。
「ぁッ…………あッ……がッ……っ……!」
「ッッ……さすがに、キツい、な…………」
 やはり早すぎたのか――しかし、止まれない。細心の注意を払いながら、ゆっくりとレミの中をこじ開け、己の形を刻んでいく。
 やがて、先端に抵抗を感じる。そう、過去に何度も味わった――レミが紛れもない、処女である証を。
(レミ……ちゃん……!)
 レミの呼吸を読み、一気に――貫く。
「あッ……がッ……ぎっ………………あああぁぁぁッ……いギィ…………ッ!!!」
「痛っ……つ…………れ、レミちゃん、大丈夫?」
 よほどの激痛に襲われたのだろう。レミは暴れ、藻掻き、あろうことか月彦の右肩の辺りに噛みついたのだ。幸い、上着は脱いでいたがシャツは着たままだった為、歯が刺さるといったことはなかった。――が、かなり強く噛まれたらしく、痛みはなかなか引かなかった。
「はぁっ……はぁっ…………はぁっ…………はぁっ………………」
 レミは両目から涙を溢れさせながら、ぐったりと四肢を投げ出していた。その目は虚空を泳ぎ、それだけでも破瓜の痛みと衝撃が見てとれる程だった。
(…………レミちゃんの、処女を…………)
 まだ年端もいかぬ少女のそれを奪った――そのことに、身震いするほどの興奮を覚える。禁忌というエッセンスに彩られたそれは、まるで濃密な麻薬のように抗いがたい快感を月彦に焼き付ける。
(……っ……ダメだ、止まれ……ない……)
 単純に、純粋にレミのことが好きで、その処女を奪うことだけが目的だったのなら、ここで引き下がるのもアリだった。しかし今は、レミの体を使って己の欲望を満たすことしか、月彦の頭には無かった。
「…………レミちゃん、動くよ」
 だがレミは無反応。仕方なく、月彦は勝手に動くことにした。
「あッ……あッ……ぎぃっ……!」
 しかし、すぐにレミが悲鳴を上げ、月彦の体を引っ掻くようにして制止を懇願してくる。――が、月彦は動きを止めない。
「大丈夫。だんだん良くなるから」
 レミを宥めるようにキスをし、腰の動きも労るようにゆっくりと、優しく。
(あぁっ……でも、このキツさ……たまんねぇっ……!)
 キツい由梨子の中よりも、さらにキツく、痛いほどに締め上げてくる。男を知らない肉襞がおっかなびっくりしているのを、無理矢理蹂躙しているような錯覚に、月彦は次第に腰の動きが速くなるのを止められない。
「いッ……ぎッ……やっ……ぶちょーさっっ……ダメッッ……痛っっ……!」
「我慢して、レミちゃん……もう少し、もう少しだから」
 一度出せば、少しは頭も冷静になる。手加減もしてやれる。しかし、今はとにかく、早くレミに己の遺伝子を刻みつけたくて、その子宮が窒息するほどに注ぎ込みたくて、堪らない――月彦は息を弾ませながら、剛直を何度も打ち込んでいく。
「……っ……レミっ……ちゃっ……」
 悲痛めいた声を漏らすレミの体を好き放題に突き上げ、限界が訪れると同時に――出す。
「くっ、あっ……!」
 どびゅるるっっ、びゅるぅっ、びゅうッ……!
 先ほど、あんなに口に出したのに――そう思う程に、大量の精液がレミの中へと撃ち出されるのを感じる。
「ア、ア、……えっ……う、嘘っ………………だ、だめっ…………ぶちょーさっっ……外っっ、外っ、にぃ!!」
 暴れるレミの両手首を掴み、畳の上に押しつけながらの射精。
「やっ……やぁぁぁっ…………中に、出さないでぇええっっ!!!……だめっっ、中はダメぇぇえっ……おね、がっ……妊娠っ、しちゃう……赤ちゃん出来ちゃうぅ!」
 どびゅっ、どぷっ、どくっ。
 嫌がるレミに、あくまで中出しを慣行する。その幼さの残る体に、男の味をたっぷりと染みこませる。子宮を、汚す。
「はーっ……はーっ……レミ、ちゃん……」
 喘ぐというよりは、殆ど泣きじゃくっているようなレミの顔を見下ろすことで、興奮が増す。そう――月島レミという、まだあどけなさをふんだんに残した女子中学生に中出しをしているという事実が、さらなる興奮を呼ぶのだ。
「……アア、ア…………」
 射精を受けて、体を強ばらせていたレミが、俄に脱力する。その全身からは諦観がにじみ出し、ぜえぜえと呼吸の度に胸元を上下させている様は痛々しい程だ。
「…………すごく良かったよ、レミちゃん」
 そんなレミの姿に、罪悪感よりも何よりも強い衝動がわき起こる。そう、もっと、もっと月島レミの体を味わいたいという、牡としての本能が。
「……次は、ちゃんと優しくするから」
 死体のように四肢を投げ出したままのレミの腰を掴み、持ち上げながら。月彦は欲望のままに、抽送を再開させるのだった。



 レミの声に、艶めいたものが混じりだしたのは、一体いつからだろうか。
「あッ……あっ、ンっ……あぁっ、あっ、あっ!」
 ぱちゅん、ぱちゅんと白く濁った液を散らしながら、月彦は突き上げる。レミは月彦に掴まれている腰だけを上げ、上半身はぐったりと伏せたまま突かれるままになっていた。せめて頬が擦れたりしないようにと、顔の下に座布団を挟ませはしたが、その座布団も開きっぱなしの口から漏れる唾液と涙にすっかり色が変わってしまっていた。
「はぁはぁっ……レミちゃんの中、最高だよ。めちゃくちゃ具合が良くって、クセになる……」
 月彦はもう、猿のように腰を振り続けていた。レミの中は剛直で刺激し、何度も射精を繰り返すことで大分こなれ、完全に月彦好みの状態に仕上がっていた。
「あっ、あっ、あっ、あっ……あっ、あっ、あっ……!」
 レミの口から漏れる声も、もはや悲鳴ではない。間違いなく、快感によってはじき出されているものだ。レミの体は、順当に開発されてきている――それが、月彦が張り切る要因の一つでもあった。
「やっ、ぁっ……ぶちょー、さっ…………速っっ…………ぅんっ……! あっ……あぁァッ! あァァァッ!!!」
 知らず知らずのうちに、剛直を打ち付ける速度が上がってしまい、レミが座布団を握りしめながら藻掻きだす。
「やぁっ……! やめっ……そん、なっ……揺すらっっ……!」
「うん? レミちゃん……揺すられるのが弱いのかな」
 ならばと。月彦はレミの両手を掴み、手綱のように引きながら、強く突き上げる。
「っ……やっ……あッ! だ、めっ……やめっ……おね、がっ……あんっ!」
 すっかり諦めたように大人しくなっていたレミが暴れ出す。しかしそれも、月彦にしてみれば皿の上に盛られた刺身がまだ動いている程度のものでしかない。――そう、“獲物の活きがいい”ということが、月彦をますます張り切らせる。
「ああァァッ! ああァァッ……ああァァァァァッ!!!」
 キュンキュンと剛直を絞るように締めながら、レミが獣のような声を上げ始める。
「あーーーーーーーッ!!! あーーーーーーッ!!!」
 ビクビクと、体を痙攣させ、背をくの字に折り曲げる。激しい収縮を繰り返す膣内を強引に突くと、レミは掠れたような声を上げた。
「レミちゃん……イッた?」
 といっても、レミには絶頂がなんたるかはまだ分からないだろう。不自然な痙攣を繰り返すレミの体を、月彦は自分も達するべく、小刻みに突き上げる。
「レミちゃん……レミちゃんっ……」
 自分でも無意識のうちに、レミの名を呼んでいた。無性にレミのことが愛しく、抱きしめてキスをしてやりたくなる――が、それは射精の後の楽しみにとっておくことにして、月彦は遮二無二突き上げる。
「ああぁぁっ、ああっ、あっ……ま、またっ…………だ、めっ……も、ッッ…………きそう…………」
「レミちゃんもまたイきそう? もうすこし、我慢して……次は、一緒にイきたいから」
 レミの手を離し、被さるようにして抽送を早めていく。レミが声を上げ、座布団を握りしめる。そのレミの手を、さらに上から握りしめながら、13才の体にはあまりに不釣り合いな肉塊を、無慈悲にも突き入れ続ける。
「はぁはぁ……はぁはぁはぁ………………だ、だめっ……もうっっ…………」
「ふぅふぅっ……レミちゃん、レミちゃんっっ…………レミ、ちゃっっ……」
 どくんっ――射精の衝撃に、体が揺れる。咄嗟にレミの体を両手で抱きしめ、密着する。
「ふッッ……ぅぅぅぅぅっ…………」
 レミの中にぴったりと密着させた先端部から、弾けるように白濁汁が撃ち出される。痺れるような快感に脱力しながら、月彦は宝物でも抱くようにレミを抱きしめる。
(あぁ……最高だ……これからしばらくはレミちゃんの所に通いたいくらいだ)
 ラビの留守を狙って、じっくりと開発してやるのも悪くない。そうだ、まずはふくらみかけのちっぱいを成長させるのもいいかもしれない。そういえばまだレミの胸にはまともに触ってもいないではないか。
 さっそく感触を確かめようと――愛しげにレミの体をまさぐる月彦の腕が“異常”を感じたのはその時だった。
「えっ……?」
 それは、月彦の何百回という経験の中で、一度も経験したことのない動きだった。腕の中で、レミの体が大きくうねり、しゃくりあげるようにして――。
「うぷっ………………ッ……げぇええッ!」
 唐突に、レミは吐いた。一度ならず、二度、三度と吐き、白くどろりとしたものが座布団と、畳の上に広がった。
「れ、レミちゃん……?」
 慌てて、月彦は体を離したが、尚もレミは苦しげにはき続ける。レミが吐いたものは紛れもない――胃液混じりではあるが――大量の精液だった。
「はぁっ…………はぁっ…………吐きそう、だから……揺すら、ないでって…………だから…………」
 レミは涙目のまま苦しげに言って、そのままぴちゃりと。自分が吐いた精液の上に体を横たえてしまった。
(“……きそう”って、イきそうじゃなくて吐きそうって言おうとしてたのか)
 レミが吐いた精液の量を見て、月彦は肝を冷やす。いくら真央とご無沙汰で貯まりに貯まっていたとはいえ、こんなにも大量にレミに飲ませていたのかと。それはもう、レミが気分を悪くし、さらに体を揺さぶられて吐いてしまったのも仕方ないと納得できる程の量だった。
(…………っ…………俺……………………なんて、ことを……)
 ゾッと肝を冷やす――同時に、まるで憑き物が落ちたかのように、頭が冷静さを取り戻す。そして改めて、眼前の光景、自分がやってしまったことの重大さに、月彦は顔色を無くした。
(なんで……俺、レミちゃんと…………なんでだよ…………なんで……!)
 確かに、執拗にラビとくっつけようとするレミを、少しだけ疎ましいと感じてはいた。だからといって、こんな目に遭わせていいわけがない。
(謝ら、ないと…………でも――)
 これは、謝って許される範疇を超えている。とにもかくにも、レミの体を吐瀉物の海から抱き起こそうと手を伸ばした瞬間。
 月彦は、第三者の気配を感じた。
(えっ……?)
 すぐには信じられなかった。もしこの気配が気のせいなどではなく、文字通り第三者のものであったとすれば、月島レミ強姦の現行犯以外どんな見方もされないだろう。つまり、今この状態を誰かに見られるということは、イコール紺崎月彦の社会的死を意味する。
 だから、これは気のせい――と言いたいわけではない。月彦には別に理由があった。そう、月島家の玄関は立て付けの極めて悪い引き戸なのだ。自分の手では開けることすらままならず、慣れているレミの手を持ってしてもガタガタと大きな音を立てながらやっと開けられるという代物だ。
 そんな音がしていたのなら当然気づくはずだ。だが月彦はそんな物音は聞いていない。だから、この気配は気のせいだ――そう思い込もうとした月彦の脳裏に、レミの言葉が稲妻のように迸る。

 ――お姉ちゃんはもっと上手だよ? 開ける時に音が出ないもん。

 そう、レミの言葉が真実ならば、気配の主として考えられるのはただ一人しか居ない。月彦は顔を引きつらせたまま、玄関の方へと目をやった。
「つ……月島……さん?」
 玄関に立っていたのは、紛れもない月島ラビ。レミと同じ蒼い目は大きく見開かれ、唇は小刻みに震えていた。

 そして月彦は、ラビの絶叫を聞いた。




 気がつくと、夜の街を走っていた。
 家中を震わすようなラビの悲鳴が轟く最中、大慌てで衣服を整えて月島家から逃げ出して、自分がどこをどう走ってきたのかすらも分からない。どこに居るのかも分からない。
 肉体的な限界で走れなくなるまで走り続け、そうなって漸く、月彦は足を止めた。どうやら上着と鞄を置いたまま飛び出して来たらしいが、取りに戻ろうという気は起きなかった。
 一体どうしてこんなことになってしまったのか。月彦は混乱の最中にあった。勿論最初からレミを襲うことを狙っていたわけではない。少なくとも、レミに誘われて家に呼ばれた時点では、純粋に夕飯のカレーを楽しむだけのつもりだった。それが次第に、レミを鬱陶しく感じ始め、軽い嫌がらせをしてやろうと思ったのが、そもそもの間違いだった。
「…………っ……」
 今思い出しても、背筋が冷える。現実に自分がとった行動とは認めたくない程の外道極まりない――鬼畜にも劣る所業に、気分まで悪くなる。視界がグルグルと回転するように歪み、夜の街をさすらいながら月彦は幾度となく嘔吐した。
 何故。そう、その単語ばかりが、頭の中を埋め尽くす。一体何故こんなことになってしまったのか。雪乃に怒鳴り散らし、仲違いをしてしまったからなのか。その前に姉からの呼び出しを無視してしまったからなのか。真央からの無言の圧力に耐えかねて由梨子の部屋に逃げ込んでしまったからなのか。
 否。
 月彦はズボンのポケットに手を入れ、“元凶”を取り出す。“あんな事”をしでかしてしまったというのに。上着も鞄も忘れてきてしまったというのに。“これ”だけは忘れずに後生大事に持って来てしまったというのは皮肉としか言い様が無い。
 そう、携帯なぞ持ってしまったのが間違いだったのだ。こんなもの、持つべきではなかった。葛葉や霧亜の言うことを素直に聞いていればよかったのだ。
 月彦は携帯を握りしめ、大きく振りかぶる。ズキリと、先ほどレミに噛まれた右肩が鋭く痛んだが、何かに怒りをぶつけずにはいられなかった。――刹那、まるで携帯が己の危機を察したかのように震えだした。
「着信……?」
 ぞくりと、寒気を覚える。まさか、ラビだろうか。恐る恐る画面を見ると、それは雪乃からの着信であることを示していた。
 無視しようかとも思った。しかし今更雪乃がどんな用件でかけてきたのかが気になって、月彦は通話に出ることにした。
「……もしもし」
『もしもし……あ、紺崎くん? ごめんね、こんな時間に』
 こんな時間――そんなに遅い時間だろうか。月彦は腕時計に目を落とす。ラビが帰ってきたのは恐らく八時過ぎくらいだった筈だが、今はもう既に十時を回っていた。
「一体何の用ですか」
 月彦は苛立ちを隠そうともせずに、先を促した。受話器の向こうで、雪乃が小さく悲鳴を漏らすのが聞こえた。
『…………本当は、直接会って話をしたかったんだけど…………紺崎くんに一言謝りたくて』
「へぇ、それは奇遇ですね」
 口元が歪むのを感じる。ダメだ、一体何を言おうとしている――月彦は焦りを覚えるが、自分の行動を止められない。
「俺も、先生に謝らなきゃいけないことがあるんですよ」
『えっ……?』
「実は俺、ずっと前から先生に隠れて矢紗美さんと付き合ってたんです」
 ぇっ――雪乃の声は、掠れていた。
「休みの日に矢紗美さんの部屋に泊まったり、デートしたり。ああ、もちろんセックスもいっぱいシましたよ。ひょっとしたら先生とシた回数より、矢紗美さんとシた回数の方が多いんじゃないかっていうくらい、たくさんシました」
 雪乃からの返事はない。受話器を握りしめたまま完全に固まっているのかもしれない。
「ははっ、びっくりしましたか? でも、先生も悪いんですよ? 俺がそういうクズだって気づかずに、いつまでも恋人気分に浸ってたんですから。俺は先生のことなんてまったく好きじゃないのに、先生の体だけが目当てで先生に話を合わせてただけなのに、そのことに気がつかなかったんですから先生も同罪ですよね?」
『ま、待って……紺崎くん……何を――』
「さようなら、先生」
 月彦は一方的に通話を切り、そのまま携帯を握っていた手を開く。開かれたままの携帯が乾いた音を立てて地面に転がり、月彦はそれを思い切り踏みつける。
「ははっ。言ってやった。言っちまった」
 何度も、何度も踏みつけ、最後は思い切り蹴り飛ばして、側溝へと落とす。そのまま、踊るような足取りで走り出す。
「ははっ、はははははっ」
 自然と、笑いがこみ上げてくる。足が軽い。まるで、長い間絡みついていた重石が消えたかのようだった。
 そうだ、隠していたから。抱え込んでいたから苦しかったのだ。全て正直に話してしまえば、何の問題も無かったのだ。
「はははははっ!」
 折角だから、このまま全て白状してしまおう。まずは何処に行こう。由梨子の部屋に行き、洗いざらいぶちまけるというのも悪くない。あの優しい由梨子が、一体どこまで許してくれるのか興味をそそられる所だ。それとも白耀の所だろうか。菖蒲とのことを知って尚、今までのように振る舞えるのか確かめなければならない。
「はははははははははっ!」
 足が軽い。全てを話してしまおうと決めた途端、羽根でも生えたかのようだった。今なら空すら飛べそうな程に。
「はは……は……?」
 車道に飛び出してしまっていると気がついたときにはもう全てが手遅れだった。大型トラックのヘッドライトの光が視界いっぱいに広がり、激しいクラクションが両耳を劈いたときにはもう、その体は衝撃と共に宙を舞っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 薄れゆく意識の中で、月彦は母親の、ため息混じりの声を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――ぉぁああああっっっっ!!!?」
 びくんと、バネ仕掛けの人形のように体を跳ねさせながら、月彦は飛び起きた。
「はぁっ……はぁっ…………はぁっ…………はぁっ…………ゆ、め……?」
 見慣れた自室。灯りは消え、カーテンの隙間からも光は見えない。夜、日の出前。寝間着姿。だというのに、まるで全力疾走した後のように全身汗だくだった。
「はぁはぁ……はぁはぁ……」
 肩で息をしながら、体に触る。何か、凄まじい衝撃を受けたような気がしたからだ。しかしどれほど体を調べても、異変はおろか痛みすらない。そこで漸く、自分は夢を見ていたのだと納得した。
(でも……)
 肝心の夢の内容が思い出せなかった。ただ、ひどく怖い内容の夢だったという実感だけがある。思い出そうとするだけで体が震え、歯が鳴り出して止まらなくなる。
「とう……さま?」
「真央……悪い、起こしちまったか」
 寝ぼけ眼を擦っている愛娘が、いつになく愛しいと感じる。怖い夢というのは、或いは真央を失う夢だったのかもしれないと思いながら、真央の髪を優しく撫でつける。
「……ちょっと汗かいちまったから、シャワー浴びてくるな」
「あっ……じゃあ、私も……」
「ダメだ。…………真央まで来たら、シャワーだけじゃ済まなくなるだろ?」
 苦笑混じりに頬にキスをして、ベッドから出る。
「あれ……?」
 着替えを手に部屋を出ると、階段の方から光が漏れていた。どうやら葛葉は既に起きているらしい。一階に下りると、台所の方から包丁の小気味の良い音が聞こえて来て、月彦は音に誘われるように顔を出した。
「おはよう、母さん」
「おはよう。今日はずいぶん早いのね」
 言われて、月彦は時計を見る。てっきりまだ夜中だとばかり思っていたが、時計の針は六時過ぎを指している。いつも起きるのは七時であるから、確かに早いと言われれば早い時間だ。
「……なんか変な夢見ちゃったせいで、目が覚めちゃって。シャワーでも浴びてくる」
「あらあら。ごはんはまだもう少しかかるから、ゆっくり浴びてらっしゃい」
 葛葉に見送られて、台所を後にしようとしたところで――
「あっ、そうそう」
 と、引き留められた。
「結局どうするの?」
「どう……って?」
「携帯。一晩じっくり考えなさいって昨日言ったでしょう?」
「あっ……」
 そういえばそうだったと、今更ながらに思い出す。
(やべ……すっかり忘れてた)
 妙な夢を見たせいだろうか。まるで、一晩考えろと言われたのがひと月もふた月も前のように感じた。
「そりゃあ、もちろん携帯は――」
 要る――そう答えかけて、止まる。全身が不自然に硬直し、油のような汗が滲み出す。
 決して、明確な理由があるわけではない。心当たりがあるわけでもない。なのに。
「……まだ、欲しいかしら?」
 首を傾げ、困った様な笑みを浮かべる葛葉のそれは見慣れた、いつもの母親の微笑だ。そう、いつも目にしている笑顔であるはずなのに、どういうわけか今日だけは。まるで“まだ懲りないの?”――そう言われている気分にさせられる。
「………………いや、いろいろ考えてみたけど、やっぱり要らないかな」
 気づいた時には、苦笑混じりにそう返していた。
(いや、待て! 違う、携帯は必要なんだ。またこないだみたいな事になったら――)
 早く今の言葉を取り消さなくては――しかし、出来ない。まるで携帯を持つという行為を、全身の細胞一つ一つに至るまで拒絶しているかのように。
「あら。本当に良いの? 昨日はあんなに欲しがってたのに」
「欲しい、けど……携帯持ったら持ったで、いろいろ大変なことも多そうだしさ。もうしばらくは今のままでいいかな、って思ったんだ」
「そう。一晩きちんと考えてそう思ったなら、母さん何も言わないわ」
 葛葉が、再び調理台へと向き直る。そんな葛葉の背中に何事か言いかけて、止める。
 何か引っかかる。釈然としない――しかし、それを具体的に口にすることが出来ない。月彦はモヤモヤとした気分を抱えたまま、脱衣所へと向かった。

 
 汗だくの寝間着を脱ぎ、洗濯機へ放る――瞬間。
「痛っ……つ……!」
 唐突に、右の肩の辺りがズキリと痛んだ。てっきり寝違えたのかと思うも、痛んだのは一度きりだけだった。
「何だ……?」
 まるで、何かに噛みつかれたかのような痛みだった。しかし、触ってみた感じではどうもなっていない。念のため洗面台の鏡に映してみても、やはり歯形などは残っていない。
「……変だな」
 首を捻りながら、月彦は熱いシャワーを浴びる。謎の痛みに襲われたのも結局一度きりで、朝食の頃にはもう、月彦は気にも留めなくなっていた。


 


 


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