それはさながら、熱く焼けた石の塊を下腹部に埋め込まれているかのようだった。
「んぁっ……ぁっ……」
 じわり、じわりと。僅かずつではあるが、しかし確実に全身へと伝播していく“熱”。冬場の寒気に晒されて尚暑苦しいと感じる程に、全身が火照りきっていた。
 深夜、すっかり寝入っている父親の隣で、真央はシーツにツメを立てるようにして悶える。いつもならば、二人解け合うように体を重ねている筈の時間帯だったが、今宵に限ってはろくに肌に触れられてもいなかった。
 否、今宵だけではない。昨夜も、その前も抱いては貰えなかった。
(父さまぁ……)
 一昨日よりも昨夜のほうが、そして昨夜よりも今宵のほうがより耐え難い。いっそ、強引に襲ってしまおうか――真央の中で、そんな誘惑が刻一刻と強まっていく。
(したい……したいよぉ……父さまァァ……)
 しかし、それは出来ない。そんな事をすれば、恐らくは父親を本当に怒らせてしまうだろう。何故ならば、こうして側に置かれながらも一切抱いてもらえないのは、そういう罰であるからだ。
(したい……したい……シたい…………ぅ…………)
 呼吸の度に、否が応にも月彦の匂いが鼻腔を擽り、それが脳髄を痺れさせるほどに興奮を促してくる。思わず、利き腕を下着の中へと這わせてしまいそうになり、真央は理性を総動員させて右手の動きを止めた。そうやって一時的な快楽を求めた所で何の解決にもならず、むしろ事の後で“本物の快楽”を得られない事で今以上の焦燥に身を焦がすハメになる事を経験から知っていた。
(これは……罰……)
 そう、罰なのだ。“悪さ”をしてしまった自分への、罰。“母親”の様にならない為の、良い娘となるために必要な事なのだ。
「はぁぁぁぁ…………ふぅぅぅ………………んっ……ふぅぅ…………」
 全身の細胞一つ一つに至るまでが牡の肉体を求め、そしてそれが得られない事に耐え難い苦痛を感じ、強烈な揺さぶりをかけてくる。
(だめ、だめ……ちゃんと我慢して、……“良い子”にならなきゃ……)
 それこそが、父親が求めている事だと、無論真央には解っている。母親の様になるな、良い子に育てと。そのことに異を唱えるつもりも、逆らうつもりも毛頭無い。
 しかし。
「んっ……はっ、ぁ…………」
 全身を襲う“焦れ”に堪えかねるように真央は寝返りをうち、掛け布団をずらして己の体の大部分を寒気に晒し、“放熱”をする。己の胸元の辺り、しっとりと汗を吸ったパジャマを撫でつけながら、火照った体には毛布もその上の掛け布団も大仰過ぎると感じた。
「父さま……」
 真央は俄に体を起こし、闇の中でよく光る目で寝息をたてている月彦を見下ろす。そこにあるのは愛しい愛しい父親の寝顔に他ならない。
 であるのに、何故――まるで“獲物”か何かのように感じられてしまうのだろう。
(シたい……早く……父さまと………………ううん、もう、父さまじゃなくったって…………)
 誰でもいいから、食べてしまいたい――そんな食欲にも似た衝動にぶるりと身を震わせながら、真央はまるで己の内に沸いた考えから逃げ込むように布団をかぶり、目を閉じた。
 
 

『キツネツキ』

第二十九話

 

 





 真央が何か隠し事をしている――そんな疑念を懐き始めたのは、一体いつからだったろうか。
(……一週間、くらい前からか?)
 恐らくそんなものだろう、と月彦は思う。普段は別段何がどうという事もないのだが、時々不意に挙動不審な対応をしたりして、はてな?と思う事が一週間ほど前から続いているのだ。
(はて、何だろう?)
 またぞろ男がちょっかいでも出してきたのだろうか。にしては、別段黙って一人でこっそり出かけている節もなければ、不審な電話がかかってきているという事も無い。その線は薄いのではないか、と月彦は思う。
(うーん、直接真央に問いただすって手もあるが……)
 いくら父と娘とはいえ、全てをさらけ出さねばならないというものではない。月彦とて、真央に秘密にしている事は沢山あるし、真央もまたそうであったとしても咎める権利はないと思うのだ。
(でもそれは、真央にとって本当に害が無けりゃ……の話だ)
 具体的にどういったケース、とは言い難いが、いつぞやのように早めに気がついてやれなかったが為に、取り返しのつかない事になりかける――といった事は避けたい。
 そんな微妙な板挟みから、具体的な行動がとれないまま日数だけが過ぎていき、ただただ漠然とした不安だけが募っていた頃、月彦は“それ”を見つけた。
「む……?」
 湯上がり。髪を乾かす手間の差の分月彦のほうが早く自室へと戻り、机の上に置かれていたそれへと目を止めた。
「なんだ、見慣れないノートだな」
 別段、何の変哲も無いただの大学ノートと言ってしまえばそれまでだが、月彦や真央が普段使っているノートとは種類が違うため、それが自分の机の上に置かれていることに奇妙な違和感を覚えたのだ。
 はてな、と思い、月彦が手に取ろうとしたその刹那。
「ダメぇぇぇええええええええええええええ!」
 電光石火の勢いで部屋に飛び込んできた真央に、すんでの所でノートをかっさらわれた。
「ま、真央……?」
「父さまは見ちゃだめ! これは私と由梨ちゃんの日記帳なんだから!」
 真央はノートを両手で抱きしめるようにして月彦から距離を取る。
「真央と……由梨ちゃんの?」
 それは、所謂交換日記という奴だろうか。
(成る程……そういう事だったのか)
 確かに、真央と由梨子は所謂親友と言ってもいい間柄だ。そういった“遊び”をするのも尤もらしいと言える。
「解った解った。そういう事なら俺は見ないから、早いところ目の届かないところに隠すんだ」
 苦笑混じりに月彦は真央に背を向け、“隙”を作ってやることにした。
(こういう類の隠し事なら、いくらでも大歓迎だ)
 またぞろ厄介事かと危惧していた月彦としては、愛娘のあまりに微笑ましい秘密に些か拍子抜けをする思いだった。
(いやいや、拍子抜けだなんてとんでもないな。平和が一番だ)
 微かな落胆と、大きな安堵を胸に秘め、その後はいつものように愛娘とイチャつく夜を過ごした。


 翌日、月彦は家庭科調理室の片隅で、久方ぶりの由梨子と二人きりの昼食を楽しんでいた。
「最近、ちょっと外を走ったりしてるんです」
 体力をつけようと思って――そう、由梨子は小声で付け足した。
「外を走るって……朝に?」
「いえ、朝はちょっと時間が無いですから。夜とかに、弟が部活から帰ってきた後、付き合ってもらう感じです」
「そっか、武士君が一緒なら安心だな」
 さすがに由梨子一人で夜道を走るというのは感心できない所だが、弟と一緒ならば万が一は起きないだろう。
 しかし。
「でも、体力をつけるにしても、何もこんな真冬じゃなくてもっと暖かくなってからのほうがいいんじゃないかな?」
 特に、人一倍寒がりな由梨子にとっては、冬場のジョギングなど苦行以外の何物でも無いだろう。月彦が最も心配するのは、体力をつけるためのジョギングで由梨子が逆に体調を崩してしまわないか、という事だった。
「いえ、そんな……暖かくなるまでなんて、待ってられませんから。…………一刻も早く、体力をつけないと…………」
 ちらり、と。隣に座っている由梨子がなにやら訴えるような目で見上げてくる。無論月彦は、由梨子が唐突に体力作りなど始めた理由が、健康の為でも入院で失った体力を取り戻す為でもなく、偏に幾度となく命の危険を感じた為である事など気がつかなかった。
「そっか。由梨ちゃんがそこまで言うんだったら、俺も止めないよ。……そうだな、体力作りか……武士君も部活の後でいつも付き合うのは大変だろうから、時々俺が代わろうか?」
「えっ……」
 由梨子は一瞬喜びの声を挙げて、そしてすぐに思案するように視線を伏せた。
「……それ、は……やっぱりダメです。先輩と……一緒に走れるのは嬉しいですけど……先輩に、これ以上体力をつけられたら……私……」
 ハッと、そこまで言って由梨子は口を噤み、そして慌てて言葉を続ける。
「そ、それに……多分、真央さんがそんな事許してくれないと思います。……大丈夫です、弟は自転車で付いてくるだけですから、疲れとか、そんな……」
「まぁ、由梨ちゃんがそう言うなら……」
 些か釈然としないものを感じつつも、文字通り由梨子がそう言うのならと月彦は申し出を断念する事にした。
(……うーん、どうも最近、由梨ちゃんとの距離が遠い気がするなぁ…………)
 単純に二人きりで過ごせる時間が少ない事なども、その理由の一つだろう。今日とて、由梨子が機転を利かせて教室を抜け出してこなければ、こうして二人きりの時間を持つ事も出来なかったのだから。
(またクリスマスの時みたいに、一日中一緒に居られたらいいんだけど……)
 そして、時間を気にする事無くまったりと体を重ねる事ができたらどんなに良いか。
(うーん、久しぶりに由梨ちゃんとシたいなぁ……)
 ただキスをして、抱きしめてやるだけで下着が透けるほどに溢れさせてしまうこの後輩の体を、心ゆくまで堪能したい――そんな思いが、ムラムラと首を擡げてくる。
(ただ濡れやすいだけじゃない……由梨ちゃんって、感度もメチャクチャ良いし)
 真央や雪乃も、巨乳の割には感度は良い方なのだろうが、由梨子の感じやすさに比べれば別格だ。剛直を挿入したままピンとそそり立った乳首を攻めると、見ていて痛々しいまでに背を反らせ、キュンキュン締め付けてくるのだから堪らない。
(それに、お尻の方も…………)
 月彦自身、別段アナルセックスが好きというわけではない。わけではないのだが、顔を真っ赤にして必死に感じていないフリをしながら、それでも声を押し殺しながらイく由梨子が可愛くて堪らなくて、拒絶されるのを承知でつい求めてしまうのだ。
(……いかんいかん、こんな事考えてたら、本当に由梨ちゃんを襲っちゃいそうだ)
 ムクムクとやる気を出し始めた分身の気を逸らす意味でも、何か違う話題を振る必要があった。
「……そうだ、由梨ちゃん。真央から聞いたんだけど、交換日記してるんだって?」
「はい。まだ始めたばかりですけど」
 クスリと、何かを思い出すように由梨子が微笑む。
「昔、友達三人で半年間交換日記をしたことがあるんです。小学生の頃でしたけど……その話を真央さんにしたら、自分もやってみたいって……」
「なるほど……確かに真央はそういうのやったこと無いだろうからなぁ……」
 純粋な幼さ故の好奇心でやってみたいと言い出すのも無理はないかもしれない。
「ごめん、由梨ちゃん。真央の我が儘に付き合わせちゃって……」
「我が儘だなんて……私も結構楽しんじゃってますから、気にしないで下さい。……あっ、でも……先輩は絶対見ないで下さいね?」
 女の子同士の秘密がいっぱい詰まってますから――そう小声で囁いて、由梨子は少し悪戯っぽく笑う。
「解ってるって。絶対見たりしないから、俺の悪口でも何でも安心して書いていいよ」
 月彦もまた、冗談めかして言い、二人声を合わせるようにして笑う。ああ、これが平穏というものなのだと、月彦は目尻に涙がにじみそうな程に、一時の安息を噛みしめていた。



 日記は絶対に見ない――そう、由梨子に誓った。実際そうするべきだと思ったし、むやみに人のプライバシーを覗くのは人として最低の行為だと思っているし、何より真央には“普通の女の子”を目指して欲しい月彦としてはこういった“普通の遊び”こそ是非とも奨励したいところだった。
 絶対、二人の邪魔だけはしないでおこう――月彦は固く心に決めていた。決めていたのだが、その決心が俄に揺らぎ始めるまで、さして時間はかからなかった。
 理由は。
「あの……先輩……」
 学校の休み時間、移動教室の際に不意になにやら思い悩んだ風の由梨子に声をかけられた。
「うん?」
「あっ、いえ……すみません、何でも無いです」
 しかし、肝心の用件は聞けぬまま、由梨子は踵を返しまるで逃げるように走り去ってしまう。はてな、と月彦は軽く首を傾げ、その時は変な由梨ちゃんだなと、そう思ったきりだった。
 しかし、“それ”は一度では終わらなかった。学校ですれ違った際、二人きりで“密会”をしている際、不意に由梨子が言葉を止め、何かを考え込むような……そんな奇妙な態度をたびたび見せるようになったのだ。
 最初は深く追求しなかった月彦も、何度かそのような事が続くうちに不審に思い、由梨子に尋ね返してみた。が、由梨子から帰ってくる答えはただ一つ。
「……何でもないですから」
 そう言って、すぐに話題を強引に逸らしてしまうのだ。何でもない筈は無いのだが、しかし由梨子からは聞き出せそうに無い。真央にそれとなく由梨子の様子が変ではないかと探りを入れてみたが、特に変わりはないようだと愛娘は言う。
(むう……)
 一体全体何が起きているのだろうか。もしや、由梨子になにかショックを与えるような事でもしてしまったのではと、過去の己の所業などを振り返ってもみたが、どうにも心当たりが無い。
 もしや、姉がまた何かちょっかいを出したのでは――という危惧は、入院したまま身動きがとれない姉にそのような事が出来る筈も無く、また必要性も感じないという事から打ち消された。
 そうやって一つ一つ原因となりそうな事柄を消去していき、最後に残ったのが“真央との交換日記”だった。
(時期的にも、一致する……)
 由梨子が不審な態度を取り始めたのは、真央との交換日記を初めて間もなくだ。本来ならば一番最初に疑わねばならない事柄ではあったのだが、“きっと女の子同士の健全な遊びをしているに違いない”という希望的観測が優先順位を後ろへ後ろへとずらしていったのだ。
(しかしこれは……“解決”しなきゃいけない事なのだろうか)
 確かに、由梨子の様子はややおかしい。月彦と顔を合わせるたびに何かを警戒するような、それでいて何かを言いたげな、なんとも不審な態度をみせたりするが、それはほんの一瞬の事で基本的にはいつもの可愛い後輩のままではある。
(そのうち、時間が解決するって事も……)
 ひょっとしたら、由梨子の事も実は日記など何の関係も無く、単純に家族の間で何かトラブルがあっただけなのかもしれない。たとえば弟の武士との間でケンカでも起きて、その仲裁の相談をしようとしていただけなのかもしれないのだ。
(うん、そういう事だってありうる。やっぱりここは下手に動かない方がいい)
 と、一時はそう思った。思ったのだが――。
(でも、もし何か……取り返しのつかないトラブルだったら……)
 日が経つにつれ、そのような疑念がムクムクと首を擡げてくる。馬鹿な、たかが交換日記如きで何が起きるというのだと、己の心を説得するが、どれほど説得を続けても“でも、もしかしたら”が消えてくれないのだ。
 何より――月彦は囚われ始めていた。
(…………真央と由梨ちゃん、どんな日記を書いているんだろう)
 女の子同士の交換日記――その中身に、月彦は秘密の花園めいたなんとも甘美な好奇心を擽られ始めていた。


 最初は、間違いなく由梨子の身を案じての事だった。しかしこうして実際に秘密の日記帳を目の前にすると、奇妙な胸の高鳴りを禁じ得ないこともまた事実。外見上は何の変哲もない大学ノートであるというのに、その中に思春期の女の子同士の秘密が描かれているかと思うと、ノートが輝いてすら見えるから不思議だった。
(真央は……大丈夫、まだしばらく風呂から上がってこない)
 鬼の居ぬ間になんとやら。最初のうちこそ真央はマメに日記帳を隠したりしていたが、やがて父親がさほど興味を示さず、見ようともしないという空気を悟るや肝心の内容を書き込む時以外は基本的に鞄の中に入れっぱなしになっていた。
 だから、真央の目さえ盗めば、内容を覗き見る事はさほど難しくはない。そう、あくまで“物理的には”だが。
(………………本当に、見ていいものなのだろうか)
 絶対に見ない、邪魔をしない――由梨子に一度はそう誓った。例えどんな大義名分があっても、これから行う行為はその誓いに反する事だ。
(いや、そうじゃなくても……人の日記帳を覗くなんて……)
 人として最低の行為だと、胸の内で諫める声が聞こえる。コソコソと日記を覗くような事をするよりも、由梨子に会った時に直接問いただすべきだという声も。
(……そうだよな、やっぱり日記を見るなんて……最低だ)
 そう思い、月彦も一度は大学ノートを真央の鞄の中へと戻し、疑念雑念を振り払うようにベッドに横になった。
 が。
(…………見てみたい)
 ウズウズと、体の内側から強烈な好奇心が沸き起こり、十分と経たずにとても横になってなどいられなくなる。
(……少しだけ、少しだけ読んで問題なさそうだったら、すぐに読むのを止めよう)
 月彦はそっと大学ノートを手に取り、白紙の側からパラパラとめくり、“一番最近の日記”が書かれている頁を捜す。
(あった。これは……由梨ちゃんのだな)
 丁寧な字を見れば一目瞭然。昨日の日付と、天気。気温と湿度まで書かれたその下につらつらと続く日記本文に、月彦はすかさず目を走らせた。
(…………なんだ、意外に普通だな……)
 二,三行目を通して最初に浮かんだ感想がそれだった。序盤は、学校での出来事、級友達から聞いた面白い話や、抜き打ち小テストをよくやる数学教師への非難めいた事などが書かれていた。どうやらこの教師、抜き打ちで小テストをやっては点数の低かった生徒には膨大な宿題を出すらしく、かなり嫌われているらしい。
(ふむ……由梨ちゃんって数学苦手なのか) 
 日記の中で、必要十分な点数をとれず、自分も宿題を課せられてしまった旨が書かれていた。そして、自分が数学が苦手になってしまったのは、高校に上がってあの教師が担当になってからだという事、中学の頃はむしろ得意分野であった事など。月彦自身「あるある」と共感を覚えるような内容だった。
(教え方との相性ってあるよなぁ……)
 教師が替わって、それまでの得意分野が苦手に、逆に苦手分野が得意になるということは学生であれば誰でも経験する事だろう。由梨子の場合はそれが極端に悪い方へと作用してしまった例なのかもしれない。
 数学教師への愚痴(?)の後は、どうやら昼間真央としたらしい会話の補足じみた話が続いていた。休み時間に女子の一人が、○○は男子の××の事が好きらしいという話をしていたが、実はこれは嘘で実際にはその女子の方が××の事が好きで人一倍意識している、といった感じだ。
 下手に××と話したりすると、その娘から思いきり敵視されて悪い噂を流されたりするから注意した方がいいと注意を呼びかけ、逆に別の友達は男子の△△の事が好きで、彼女の恋は自分は応援してあげたい等々、月彦としてはなんとも体が痒くなるような、それでいて顔がちょっと緩んでしまうような内容が続き、結局月彦が期待したようなトラブル、重い悩みのようなものは何も書かれていないまま、その日の日記は終わっていた。
(ん……?)
 否、正確には、もう一行だけ文章が残されていた。それはどうやら日記ではなく、前日の真央の日記に対する返信のような文章だった。
「“最後になりましたけど、先輩の件は……私にもどうしたら良いかわからないです。まずちゃんと真偽を確かめてから、真央さんの方で一度先輩とよく話し合ってみたほうがいいと思います”………………?」
 由梨子の日記の最後に書かれていた文章を声に出して読み、はてなと月彦は首を傾げた。これは一体全体どう解釈すべきなのだろうか。思い悩んでいたのは由梨子だとばかり思っていたが、実際は真央が由梨子に相談を持ちかけていて、その返事に由梨子は苦慮していただけという事だろうか。
「ふむ……」
 月彦は再び大学ノートに視線を落とし、ゴクリと生唾を飲む。由梨子の日記は、やむを得ない事情から仕方なく目を通してしまった。本来ならばここで読むのを止めるべきであるのだが、こうなった以上、さらに前日に遡って真央の分まで目を通す必要があるのではないだろうか。
(勿論、“原因”を探るために仕方なく……そう、仕方なく読むんだ)
 とても嫌々といった風には見えない、なんともソワソワとした手つきで、月彦は大学ノートのページをめくった。


 ※月※日 くもり

 今日、また父さまにぶたれた。
 夕ご飯が終わって、お風呂に入って、部屋に戻った後、「どうしていつもの場所に来なかったんだ?」って。
 うん、本当はまたお昼休みに呼び出されてたの。でも、怖かったからずっとゆりちゃんの側に居たの。それが、父さまを怒らせちゃったみたい。
 最近の父さま、すごく怖い。まるで人が変わっちゃったみたい。発情したケモノみたいに、家でも学校でもエッチを強要してくるの。
 朝、学校に行く前とか、部屋で着替えてたらいきなり押し倒されて、そのままレイプされたり、時間がない時とかは、口でさせられたり……。
 父さまの“命令”もどんどんエスカレートしてきてる。昨日なんて、帰ってくるなり裸にされて、大型犬用の首輪をつけられて、「“わん”って鳴け」って……。そのまま、義母さまが買い物から帰ってくるまで「これはシツケだ」って、いっぱいいやらしい事をされて、犯されたの。犬がするみたいに、後ろから……何度も、何度も。
 父さま、もう普通のエッチじゃ物足りないみたい。いつもそうやって、私の心を削って、屈服させるような……そういうのじゃないと、満足できないみたいなの。
 父さまも、多分……ゆりちゃんや他の人の前だと“いつも通り”なんだと思う。義母さまといっしょの時は、父さまいつもニコニコしてるし……だけどね、二人きりになったとたん、目をギラってさせて、なめるみたいに私の方を見てくるの。
 視線で犯されるって、ああいう事を言うんだと思う。隠したり、嫌がったりしたらまたぶたれるから、私は父さまの言いなりになるしかないの。
 パジャマを脱ぐように命令されて、下着だけの格好になったとたん、髪の毛をぐいってつかまれて、無理矢理膝立ちにさせられた。そのまま顔を父さまの……うん、ズボンがもうパンパンになっちゃってる股間に押しつけられて「しゃぶれ」って……。
 父さまはひざまづかせて口でさせるのがすごく好きみたい。父さまにぶたれたり、怒られたりしない様、一生けんめいシてると、だんだん父さまの息が荒くなってきて……。
 ハァ、ハァ……って、まるで私の耳元で喘がれてるみたいに大きな声だった。私の頭をつかんでる父さまの手に、段々力がこもってきて。あぁ、父さまイきそうなんだなぁ……って思った瞬間、ぐいいって喉の奥まで押し込まれて、そのままびゅうっ……って出された。
 息が出来なくて、とっても苦しかったけど、歯を立てたり、吐き出したりしたら、もっとヒドい事をされるから、全部飲み込むしか無かった。むせながら見上げると、父さまのギラギラした目が、私を見下ろしてた。冷たい……完全に、私の事を性欲を処理するドレイか何かとしか思ってないような、そんな目だった。
「淫乱なメス狐め」
 私を見下ろしながら、低い、背筋が凍るような声で、父さまが吐き捨てた。父さま、どうしてそんなひどい事を言うの?……そんな事、絶対言えない。口答えなんかしたら、オシオキをされるから。
「お前にふさわしい扱いをしてやる」
 そう言って、父さまは机の引き出しから薬の入った小ビンを取り出した。そう、前に書いたのと同じお薬だよ。一つぶ飲んだだけで、体が燃えるみたいに熱くなって、シたくてシたくてたまらなくなっちゃうお薬……。
「真央、いくつ飲ませて欲しい?」
 父さまがニヤニヤしながら、そんな事を聞いてくる。飲みたくないなんて言えるわけがない。一つぶだけ、ううん二つぶだけって答えても、父さまはきっとニコニコしながらその三倍以上の量を無理矢理飲ませてくるに決まってる。
「四つ、飲ませて下さい」
 私は迷って、そう答えた。私の答えがよほどおかしかったのか、父さまは声をあげて笑った。
「四つ、か。一つ飲んだだけでもハァハァ言いながら悶えるクセに、相変わらず欲ばりだな、真央は」
 そう言って近づいてきて、父さまは私の耳の中でボソリとささやいてきた。「淫乱」って。そう言うと、私が一番傷つくって解ってるから。
 父さまは小ビンから丸薬を四つ出して、豆まきみたいにじゅうたんの上にまいた。私はそれを、犬みたいに口で拾って、四つとも全部飲んだ。
 薬の効果が出るのはすぐ。ぽう……ってお腹の辺りが熱くなってきて、段々それが全身へと広がっていって、心臓がドクン、ドクンって波打ち始める。肌が火照っていつもの何倍もビンカンにって、ちょっと身じろぎをするだけで声が出ちゃいそうになる。
 気が付くと、ハァ、ハァって、私自身がケダモノみたいな息づかいになってた。頭がクラクラして、ボーッとして、全身から汗が噴き出して、体の中心の方がムズムズして、どんどん溢れてきて……。
 父さまはしばらく、私がそんな風になるのを観察しながらニヤニヤしてた。そして不意に、髪の毛をつかまれてぐいって、顔を上げさせられた。
「真央、四つじゃ足りないだろ? もっと飲ませてやる」
 えっ――そんな声を出したような気がしたけど、すぐに口の中はいくつもの丸薬で一杯にされた。抵抗して、半分くらいは吐き出したけど、残りは全部飲み込まされた。
 だめ、死んじゃう!……そう思って、薬をすぐに吐き出そうとした。けど、それは父さまに止められた。私は必死に、こんなに沢山、一気に飲んだら危ないって訴えたけど、父さまは聞いてくれなかった。
 かぁ……って、体がさらに熱くなってきた。心臓は壊れたみたいに波打って、頭の中はいやらしいことで一杯になって、そのことしか考えられなくなった。そう、父さまが言った通り、淫乱なメス狐そのものに、私は作り替えられた。
 何か、ひどくはしたない言葉で、私は父さまを求めたと思う。なんて言ったのかはよく憶えてないし、憶えていても、絶対日記なんかには書けない。
 その後は、朝までケダモノみたいに犯され続けた。私も記憶がトんじゃうくらいイかされ続けて、何度も何度も失神して、それでも父さまは止めてくれなくて、声がかれそうになるくらい叫ばされたの。
 途中、後ろから私を犯しながら、父さまが言ったの。「真央、生理は来たか?」って。私は、父さまのすごく太くて……固く反ったのでゴリゴリ削るみたいにされて、とても返事なんて出来なかったから、精一杯首を振ったの。
 そしたら、父さま……「来たらすぐに言え。真っ先に孕ませてやる」って。そう言って私の奥にぐいいいいって押し込んできて、いきなりびゅぐんっ、びゅぐんって……。
 熱いのがいっぱい注ぎ込まれて、すぐに私もイかされた。雷に打たれたみたいに体がビクンッって勝手にはねて、ケイレンするみたいに震えて……スゴい声、でちゃったと思う。
 ゆりちゃんも知ってるよね?……父さまに中出しされると、体がどんな風になっちゃうか。それが、薬のせいで何倍も、何倍もスゴいのが来るの。……本当に、スゴくて……体、溶けちゃいそうなくらい……。
 それだけでも失神しそうなくらい気持ちいいのに、父さまって……いつも“その続き”があるよね。ぎゅうって抱きしめられたまま、またグリグリって、父さまの熱くて濃いの、塗りつけるみたいに動かされて、ふぁぁってトロけちゃいそうなのに、何度も、何度も小刻みにイかされて……。
 くたぁ……ってなっちゃった私を抱きしめながら、父さまが言うの。今まで、好きになった女は全部で三人、全員レイプして、こんな風に何度も何度も犯して中出しして、必ず孕ませてきたって。一人は小学校の頃の同級生で、二人目は中学の頃の年上の女の子で、三人目が私の母さまで、四人目が私なんだって。
 父さま、本気で女の子の事が好きになると、その子の事レイプしたくて堪らなくなるみたいなの。それも、一回だけじゃダメ……何度も何度も犯して、身も心も自分のものにして、孕ませないと満足ができないんだって。
 だからね、私――


「くぉらぁぁぁあああああああああああああ!!!!」
 途中まで目を通すや、月彦は自室から飛び出し、階段を四段とばしで駆け下り、脱衣所へと駆け込んでいた。
「きゃっ」
 と、髪を乾かしていたらしい真央が咄嗟に下着しかつけていない胸元をドライヤーで隠すような仕草をする。
「父さま、どうしたの……?」
 覗かれて嬉しいのが半分、恥ずかしいのが半分といった顔の真央が恐る恐る尋ねてくる。が、月彦は無論真央のそのような態度は一切無視し、その眼前に大学ノートをつきつけた。
「どうしたの、じゃねえ! なんだこのエロ日記は!」
 自体を把握しかねるように、真央は一瞬固まった。固まった後、月彦の手からひったくるように大学ノートを奪った。
「酷い! 父さま、私と由梨ちゃんの日記勝手に見たの!?」
「その件については謝る!」
 月彦は胸を張ったまま、堂々と言い放った。
「勝手に日記を見た事は悪かった。けどな、真央……その内容は何だ!」
「な、何……って……ふ、普通の日記……だよ?」
 日記を背に隠すようにしながら、真央はうわずった声で答える。
「確かに、普通の日記だ。……由梨ちゃんが書いてる方はな。だが、真央……俺が一体いつお前をぶった! いいや、それだけじゃない、他にも嘘ばっかり書きやがって、由梨ちゃんが誤解したらどうするんだ!」
 否、実際誤解されているのだろう。そうでなければ、由梨子のあの態度は説明がつかない。
「ち、違うの! 父さま、私の話を聞いて!」
「……何が違うんだ、言ってみろ」
 盗人にも三分の理――月彦は仕方なく真央の言い分に耳を傾けてやる事にした。
「さ、最初はね、日記にちょこっと父さまとのことを書こうって、そう思っただけだったの。でも、父さまのことを書いてるうちに段々興奮してきちゃって……それで、ちょっと大袈裟に書いちゃっただけで……嘘とか、そういうのじゃないの」
「………………。」
 月彦は、答えに窮した。これをはたして釈明と呼んでよいのだろうか。
「…………………………つまり、悪気はなかったと。そう言いたいのか?」
 真央はしばし逡巡し、こくりと頷いた。むう……と、月彦は唸る。
(はて、これはどうするべきか)
 由梨子の様子がおかしかったのは、偏に真央の書いたエロ日記が原因であったのは明白だ。何故そんなものを書いたのかという事についての真央の釈明は“書いているうちにムラムラしてなんとなく”という事らしい。
 わかった、真央。これから気を付けるんだぞ?――そう言って諭すことは容易い。容易いのだが。
(……真央、なんだその目は)
 不安げな、しかしどこかキラキラと期待に輝く愛娘の目が、月彦にその一言を言わせない。
 月彦には、無論解っている。真央が一体何を期待しているのか。言うまでもなく、それが今までのパターンだったからだ。
(……まさか、全て計算尽くか?)
 初めから仕置きをされるのを目的に、あえてあんな日記を書いたという事なのだろうか。それとも、本当にノリと勢いだけでなんとなく書いてしまい、バレてしまったからには折角だからオシオキもされたいというだけなのだろうか。
(……誰に、似たんだ)
 前者だとしたら、考えるまでもない。例え後者だとしても、この場合真央に“仕置き”をするのは、仕置きにならない事は明白だった。
(……真央、今日という今日は……俺は心を鬼にするぞ)
 思えば、今までは甘やかし過ぎだったかも知れない――月彦は思う。真央が望んでいるからという理由で、何度も我が儘を許してきた。
 その結果がこれだ。杞憂でもなんでもなく、真央は間違いなく性悪狐への道を歩み始めている。今はまだ、悪事がバレた時の“お仕置き”が目的で悪さをしているだけだが、やがて悪さ自体が目的となるかもしれない。
 そうなったら、最早手の施しようが無い。――そう、母親がそうであるように。
「ふむ……悪気はなかった、という事は裏を返せば……謝るような事は何もしてない、そう思ってるって事だな?」
 声を出来るだけ低く――そう、真央が脅え、その裏ゾクリと身震いして喜ぶような声で、月彦はさらに続ける。
「真央がどういうつもりで書いたにせよ、あの嘘だらけの日記のせいで俺は迷惑を被った。……どうやら真央にはそれが解っていないらしいな」
 脅えている真央の頬を撫でるようにして、月彦は囁く様に言う。「お仕置きだな」――と。
「ひっ……やっ、父さま……お願い……止めて……」
 心底脅えたような声で、真央が許しを請う――が、その実、期待と興奮に瞳をしっとりと濡らしている事にも、無論月彦は気が付いている。
 クスリと、月彦は笑みをひとつ零す。
「……真央、安心しろ。いつもみたいな仕置きはしない。……勿論、あの日記に書かれてたような事もしない」
 えっ、と。真央が俄に落胆したような声を出す。どうやら、“日記に書かれていたようなプレイ”を望んでいたらしいが、無論月彦は真央のその要求を無視する。
「どうもいつもやってるような“仕置き”じゃあ真央には効果が無いみたいだからな。……これからは悪さをしたらきちんとした罰を、逆に良い子にしてられたら“ご褒美”をやる事にする」
「きちんとした罰……って……?」
 文脈から、“ご褒美”というのが所謂エッチであるという事は真央には伝わっただろう。となれば、“罰”は――。
「何もしない」
 月彦はきっぱりと言った。
「俺の目から見て、真央がきちんと反省して良い子になったと判断できるまで、エッチは一切無しだ」
「そん、な……父さま……」
「その代わり」
 教育は、飴と鞭。それくらいは、月彦も解っている。
「真央がきちんと言いつけを守って、真狐の誘いにも耳を貸さずに良い子で居られたら、その時は真央が望むままいくらでも可愛がってやる」
 真央の後ろ髪から首、肩へと、月彦はゆっくり撫でつける。
「あまあま風でも、お仕置き風でも、真央が好きな方で、魂が飛びそうになるくらいイかせてやる」
「ぅ……ぁ…………」
 体を撫でつけられながら想像でもしたのか、真央がぶるりと身を震わせる。
「するっ、良い子にする、から……だから……父さまぁ……」
「ダメだ。まずは悪さをした罰が先だ」
 早くもモジモジし始めた真央を突っぱね、月彦はくるりと背を向ける。
(……これでいいんだ)
 僅かな迷いを押し殺すようにして、月彦は一人脱衣所を後にした。



 翌日の昼休み、月彦は早速由梨子を捕まえて、事の弁明にあたった。
「…………というわけで、真央が日記に書いてた事は全部作り話だから!」
 最初に、不可抗力的に日記を見てしまった事の謝罪、そして真央の日記内容がいかにデタラメであるかを月彦は力説した。
「勿論、真央をぶったりもしてないし、昼休みに呼び出したりもしてない! 全部真央の妄想で、事実無根の嘘っぱちだから!…………由梨ちゃん?」
 力説するも、いまいち由梨子からの反応が気迫で、月彦はつい言葉を止めてしまった。
「あっ、いえ……すみません。ちゃんと聞いてはいたんですけど……真央さんの日記が作り話だっていうのは、薄々解ってました。解ってましたけど、……だた、先輩の事ですから、ひょっとしたら……って、少し疑ってました」
 すみません、と由梨子に頭を下げられ、月彦は慌てて首を振った。
「由梨ちゃんが謝るような事はないって! 悪いのは嘘ばっか書きまくった真央と、勝手に日記を見ちまった俺の方だし」
「……真央さんの日記も、初めの頃は普通の日記だったんです。……でも、段々あんな風に……私も、あんな交換日記は初めてでしたから、どう返していいか解らなくって……」
「……本当にごめん、真央にはよく言っといたから」
 確かに、交換日記であのようなエロ妄想を書かれたら、反応に苦慮するのは当然だろう。
「…………真央さん、どうして……あんな日記を書いてたんでしょうか」
 まるで、独り言のように由梨子は呟く。
「ああ、それは――」
 偏に、“お仕置き”をされる口実が欲しかったから――という言葉を、月彦はぐっと飲み込んだ。
「特に理由なんかなくて、“なんとなくそうなっちゃった”って、真央は言ってたよ」
「…………本当に、それだけなんでしょうか」
 ぽつりと、これもまた、まるで独り言のように、由梨子は呟く。
「どういう事……?」
「……多分、邪推だって……解ってるんです。でも……あれは、私へのあてつけじゃないかって……そう考えてしまうんです」
 嫌な女ですよね――最後まで、独り言のように呟いて、由梨子は視線を伏せる。
「それは……そんな事は、無いと思う。うん、絶対無い」
 月彦としても、真央がまさか主目的以外にそのような副次的な威嚇効果をも計算にいれて行動を起こしたとは思えないし、思いたくもなかった。もしそうだとしたら、ますます“母親似”になってきているという事だからだ。
「真央も、由梨ちゃんの事は一番の親友だと思ってる筈だし、……そりゃまあ、色々あったけど、あてつけなんて――」
 そんなこと、する筈がないと否定しようとして、はたと言葉が止まってしまう。止まってしまったのは勿論、「あの嫉妬深い真央ならやりかねないかもしれない」とちらりと思ってしまったからだ。
(いやでも……大丈夫、だよな……?)
 確かに、いろいろと血なまぐさい事もあったが、二人の関係は見事に修繕された筈だ。少なくとも、表だって対立するという事は殆ど無くなったように月彦には思えた。
 しかし、そう考えているのは自分だけで、真央の中では今だ由梨子は許し難い存在なのかもしれない――その懸念はゼロではない。
(猫は執念深いってよく言われるが……)
 はたして、キツネもそうなのだろうか。



 疑心暗鬼に陥った月彦をよそに、真央は白々しいまでに“良い子”だった。
「ねえねえ父さま、美味しい? このコロッケはね、私が捏ねたんだよ?」
 最早定番となった、霧亜を欠いた三人での夕食。
「あとね、あとね、こっちの和え物も私が作ったの!」
 食べて食べて、と言わんばかりに真央に勧められ、月彦は苦笑しながらもそれらを口へと運ぶ。
(ふむ、普通に美味しいじゃないか)
 ひょっとしたら、何か混ぜモノでもしているのではという疑念はどうやら杞憂だったらしい。
「今夜は真央ちゃんがいっぱい手伝ってくれたから、ちょっと作りすぎちゃったわね。明日霧亜にも持っていってあげようかしら」
 三人で食べるには明らかに過多な量詰まれたコロッケの山を見ながら、葛葉がくすくすと微笑む。
「ねえ、美味しい?」
「うむ、いつもの二割増しくらい美味しい」
 じぃ、と見上げるようにして訴えかけてくる真央に頷き返すようにして、月彦はコロッケとさやいんげんのごま和えを交互に食べる。食べながら、真央の頭を良い子、良い子とばかりに撫でたりもした。

「見て、父さま! 今日の宿題、ちゃんとやったよ!」
 夕食の後、月彦が自室のベッドでまったりしていると、びっしりと答えの書き込まれた宿題プリントの束を突きつけるようにして見せられた。
「ふむ、ふむ……答えもちゃんと合ってるみたいだな、偉いぞ、真央」
 日本史の宿題らしいプリントにさっと目を通し、月彦はまたしても良い子、良い子と真央の頭を撫でる。
「それからね、お部屋の片づけもしたの!」
「ほう、言われてみれば……」
 月彦はぐるりと部屋を見回してみた。確かに片づいている。
「お風呂掃除もして、義母さまと一緒に買い物にも行ったんだよ?」
「それはまた……随分張り切ったな。最初から飛ばすと後が続かないぞ?」
 苦笑しながら、月彦はまるで飼い猫が飼い主に甘えるようにすり、すりと身を寄せてくる真央の頭を撫でつける。が、真央は「それだけなの?」とでも言わんばかりに露骨に不満そうな顔をする。
「ねぇ、父さま……私、ちゃんと良い子にしてたよ?」
 母譲りの、女子高生にしては明らかに規格外れな質量の乳を押しつけるようにしながら、真央がモゾモゾと跨ってくる。無論、部屋着のトレーナーの下はいつものようにブラなどはつけていない。
「ダメだ、真央。まだ“無し”だ」
 鼻息荒くすり寄ってくる愛娘の肩を掴み、ぐいと引き離す。
「そんな一日二日良い子にしてたからって、簡単に“ご褒美”が貰えると思ったら大間違いだぞ」
「そんな……父さま、ズルい……。良い子にしてたらご褒美くれるって言ったのに」
「これから先も、真央がちゃんと良い子にするなら勿論“ご褒美”はやる。…………シたい時だけ“良い子”になるだけじゃダメだぞ、真央?」
 さわさわと、後ろ髪を撫でぴこぴこする耳を撫で、月彦は諭す――が、真央はうーっ、と口を尖らせるようにして露骨に不満を露わにする。
(……ちょっと厳しすぎるか……?)
 決心が、俄に揺らぎそうになる。が、すぐに月彦は思い直した。ここで甘やかすからダメなのだと。
(うむ、躾は最初が肝心だ。最低でも一週間は様子見だな)
 たわわに押しつけられる巨乳の感触に理性をグラグラ揺らしながら、月彦は俄に決心した。一週間という期限はもちろん真央の事を考えての事でもあるが、自分が我慢できる限度が恐らくそれくらいだろうという読みも入っている。
(すまない、真央……しかしこれも全部お前の為なんだ)
 真狐の二の舞にするわけにはいかない。まだ修正の効くうちにきちんと良い子に戻してやらねばならないのだ。
「解るな、真央。シたいのは俺だって同じだ。だけど我慢する。真央がちゃんと良い子にしてるって解って、そのご褒美の時までな」
 もちろん隠れて由梨ちゃんとシたりもしない――月彦は入念に諭しながら、真央の後ろ髪を優しく撫でた。真央が憎くて意地悪をしているわけではないんだぞ?――そう言い含めるかのように。
 月彦の意志が通じたのか、真央は渋々ながらも頷いた。そして、その日から真央にとっても、そして月彦にとっても辛い辛いムラムラライフが始まった。



 真央は、約束を守った。目立った悪さはせず、毎日を粛々と送っていた。……表向きは。
 というのも。
「ねぇ……父さま、まだダメなの?」
 回りに人が居る時は大人しいのだが、一度二人きりになるや否や、所構わずすり寄ってきては、鼻息荒く誘惑を始めるのだ。
「ダメだ」
 勿論、月彦は頑健に突き放すが、心中はその外見ほど冷静ではない。
(真央のやつ……日に日に大胆になりやがる……)
 こうして夕食後、自室に二人で居る時が、特にひどい。強引にベッドに押し倒してくる事など当たり前。乳を押しつけるようにして体を擦りつけてきて、焦れったげに体中をなで回しながら耳元に荒い息を吐きかけてくる。気をしっかり保たなければうっかり誘いに乗ってしまいそうになるのだ。
(それに、なんか……匂いも……)
 こうして密着されていると、否が応にも感じる、なんとも甘い匂い。嗅いでいるだけで、内なるケモノが目覚めそうになるそれは、まさしくフェロモンと呼ぶのに相応しいものだった。
 それが、日に日に耐え難いものになるのだ。
(いや、そう感じるのは……俺も、ムラムラしてるから……か?)
 或いはその両方かもしれない。兎に角、密室に性欲を持て余している若い男女が二人、その状況で我慢を続けねばならないというのは凄まじい苦行には相違なかった。
(ダメだ、このままじゃ……)
 己の理性の限界を悟るや、月彦は真央を押しのけるようにして立ち上がった。
「風呂に入ってくる!」
 叫ぶように声を荒げて、月彦は着替えを手に脱衣所へと駆け込んだ。手始めに洗面器に冷水を汲み、立て続けに三杯頭から被った。そうでもしなければ、高ぶりかけた己の獣性を抑えきれなかった。
「はぁっ、はぁっ……真央のやつ……こうなったら、意地でも耐え抜いてやる」
 じき予定の“一週間目”ではあるのだが、そこで“ご褒美”をやるのも考え直すべきかも知れないと月彦は思うのだ。確かに、良い子にしていろと命じてからというもの、真央は目立った悪さはせず表面上は“良い子”を装ってはいる。が、しかし暇さえあればああして迫り、母譲りの肉体を武器になし崩し的に籠絡してしまおうというその性根が気に入らない。
(俺がそうそう簡単に誘惑に乗るとでも思ってるのか!)
 甘くみられたものだ――と鼻で笑う反面、しかしそこまで我慢する必要はあるのかという疑問が首を擡げてくるのもまた事実。
 実際問題として、真央はきちんと言いつけ通りに良い子にしているではないか。否、それは前からそうであったとも言える。そう、基本的には良い子なのだが、時折ふっと悪事を企んだり、或いは母親のそれに手を貸したりする事が問題なのだ。
 それを抑制するためにも、容易に誘いには乗らない、厳格な父親像というものを作る必要があるのではないか。
(……誘惑には、屈しない!)
 そう、これは己の心を鍛える為でもあるのだ。何かとその場の雰囲気に流されて、やることをやってしまう己と決別するために必要な事なのだ――月彦は必死に“我慢する為の理由”をいくつも作りだしては、溢れ出しそうな程に猛っている己の獣欲を塗り込め、封印する。
 そうやって無理矢理にでも押さえ込まなければ、これから先も長く続くであろう戦いを乗り越えられそうになかったからだ。
(……ふぅぅ……よし、大分落ち着いてきた)
 愛娘の出す濃厚なフェロモンから解放され、冷水で体を清め精神を落ち着けた結果、月彦は股間がギン勃のままではあるが、聖人のような境地へとたどり着いた。
 が。
「……父さま」
 カラカラと、脱衣所の引き戸が開く音と同時に愛娘がぴょこりと顔を覗かせ、月彦はぎくりと胸を弾ませた。
「私が背中流してあげる」
 引き戸のくもりガラス越しに、既にバスタオル一枚になっている真央の姿が見える。ダメだ、と断ってしまいたかった。が、それを言えば真央に“効果アリ”と悟られ、より大胆なモーションをしかけられるのではないだろうか。
「ん、じゃあ頼もうかな」
 極めて平然と、月彦は言い放った。勿論、心中は外見ほど穏やかではない。ひたひたと、真央が浴室へと入ってくる。抑えてはいるのだろうが、それでもふぅ、ふぅと微かに荒い吐息が耳につく。が、月彦はあえて気が付かないフリをして、真央に背中を向ける形で風呂椅子に座った。
「じゃあ、お湯をかけるね」
「うむ」
 ざばぁ、と頭から湯を何度かかけられ、ほどなくしゃかしゃかとスポンジで背中が擦られ始めた。
「んっ、真央……もう少し強くしてくれてもいいぞ」
 言葉の通り、より強く背中が擦られる。が、程なく真央の手が止まった。
「……真央? っって、うひゃああっ!」
 思わず素っ頓狂な声を挙げてしまったのは、スポンジとは全く違ったものが擦りつけられたからだ。
「こっ、こらっ……真央っ……何をっ……」
「……腕、疲れちゃったの」
 しれっと言って、真央は己の両乳をこれでもかと月彦の背中に押しつけ、上下に揺すってくる。
「う、腕が疲れたって……あのなぁっ……」
 にゅり、にゅりと塗りつけられる巨乳の感触に、思わず声がうわずってしまいそうになる。柔らかい果肉と、ツンと固くなった先端がボディソープを潤滑油に上下に移動し、まるで巨大な舌で舐められているかのようだった。
(くっ……こ、こんなっ……この程度の事で、俺の決心が揺らぐとでもっっ……)
 実際、グラグラと凄まじく揺れているわけなのだが、月彦は必死にポーカーフェイスを装った。
「よ、良し……もう十分だぞ、真央。次は俺が背中を流してやる」
 このまま真央に背後と主導権をとられ続けるのはなんともまずい気がして、月彦はやや強引に立ち上がると、不満そうな真央の肩を押すようにして風呂椅子へと座らせた。
「んっ」
 湯をかける度になんとも艶めかしい声を出すのは態とか、それとも無意識か。真央と同じ日数だけ禁欲を強いられている月彦としては、そんな声を聞かされるだけでムラムラと襲いたくてたまらなくなってくる。
(くそう……ほんと、いい体してるよなぁ……)
 むしゃぶりつきたくなる様な――そんな表現がまさに相応しい。すべすべとした白い肌に、男好きのする肉付き。こうして背中を眺めているだけで押し倒したくて堪らなくなってしまう。
(いかんいかん、素数だ、素数を数えるんだ)
 雑念を振り払うように首を振りながら、シャンプー、リンスと順番に真央の頭を洗い、湯で流す。
「次は、背中だな」
 三桁の素数を順に思い浮かべながら、月彦はスポンジにボディソープを塗りたくり、極めて事務的に真央の背中を洗う。洗いながら、己自身も段々息が荒くなっていくのを月彦は感じた。
(襲いたい……)
 叶うならば、今すぐ真央を押し倒し、屹立しきった剛直を根本まで埋めてしまいたい。月彦自身そうしたいと願い、そして恐らく真央もまたそうされたいと願っているに違いないのだが、それが出来ないのが辛いところだった。
(ここで襲ったら、真央にナメられる)
 誘えば、落ちる男だと思われる。至極、躾も巧く行かなくなるだろう。
(我慢、我慢だ……)
 背中をあらかた洗い終え、最後ににょきりと延びた尻尾の方へと月彦は手を伸ばす。スポンジを使わず、直接ボディソープを混ぜ込むようにしてわしゃわしゃと擦った。
「あふっ……あぁんっ」
 尻尾を扱くようにして洗う都度、真央はそんな声を挙げて身をくねらせた。特に、付け根の方をこしゅこしゅと擦り挙げるとますます甘い声を挙げ、性欲を直に刺激するようなその声に月彦は耳を覆いたくなった。
(っっ……そんなに、欲しそうな声を出すな、真央……)
 痛いほどに血の集結している股間の疼きに歯を食いしばって堪えながら、月彦は洗面器で湯を汲み、泡を洗い流した。
「父さま、前も……」
「ん?」
「前も、洗って」
 おずおずと、胸元と秘部を手で隠すようにしながら、真央が体を月彦の方へと向ける。禁欲を重ねてきている月彦としては、その光景を見ただけで鼻血を吹きそうになってしまった。
「ま、前は自分で洗えるだろ」
 が、無論そのような同様はおくびにも出さず、あくまで平然と、月彦は言った。
「……洗い方、忘れちゃった」
 しかし真央は惚けるように言い、胸を隠していた手を下ろしてそのたわわな巨乳を露わにする。白い果実の表面を水滴が滴り、つんとしたピンク色の突起がまたなんとも艶めかしく、月彦はごくりと生唾を飲んでしまう。
「あ…………洗い方を、忘れた、のか…………それじゃあ、しょうがないな」
 突っぱねるべきではあった。そうすべきだったのだが、月彦自身、巨乳に触れたいという欲求に抗いきれなかった。あくまで、洗うだけ。洗うだけならば――そう自分を誤魔化しながら、スポンジを手にとり、真央の“前”を洗う。
「んぅ……んふっ……んっ……」
 首や、肩口、脇、腹――スポンジで優しく擦るたびに、真央は艶めかしい声を出す。無論月彦は聞こえないフリ、聞こえたとしても全く動じないフリをしながら、あくまで機械的に真央の体を洗う。
 よし、作業の全行程は終了した、とばかりに立ち上がろうとした月彦の手を、不意に真央が掴む。
「待って、父さま……おっぱい……ちゃんと洗って」
「な、何言ってんだ。ちゃんと洗ったぞ」
「だめ、もっとちゃんと……手で洗って」
「手でって……ひっ……」
 真央の手が、月彦の手からスポンジを奪い、そして空手になった掌を、自らの胸にむにゅうと押しつける。指が埋没していく感覚に、月彦は背筋に怖気すら走った。
 洗って、と真央は囁くように重ねて言った。やむなく、月彦は言われるままに両手で真央の両乳を洗った。
「ぁっ、ぅっ……くぅんっ、んっ……」
 むにゅ、むにゅとボディソープを潤滑油に、これでもかというほどに真央の両乳を揉みくちゃにする。その手つきは、途中から“洗い”ではなく完全に愛撫と化していたが、無論そのことに真央が異論を唱える筈もない。
「父さま……こっちも……」
 堪りかねたような声で、真央が月彦の右手を、自分の足の付け根の方へと導く。
「大事な、場所だから……ゆ、指で……奥まで、洗って」
 指先に、真央の秘部が触れる。とろりとした蜜と、柔らかい――しかし、熱を孕んだ肉の感触に、月彦はまたしてもごくりと生唾を飲んだ。
(……挿れたい)
 切に、そう感じた。この猛りっぱなしの剛直を今すぐ突き入れてやりたいと。
「解った。指で洗えばいいんだな」
 しかし、月彦は堪えた。花弁を指で広げ、襞をなぞるようにして動かし、とろとろと溢れてくる蜜の感触と、真央の全身から発散されるなんとも甘いフェロモンにくらくらしながらも、賢明に“洗った”。
「はぁ、はぁ……ぁんっ……ゆ、び……もっと、奥……奥、まで入れて……ちゃんと洗って、父さま……」
 真央に引き寄せられたのか、自ら近寄ったのか。気が付くと、半ば抱き合うような形で、月彦は真央の秘部を“洗って”いた。耳のすぐそばに真央の唇があり、呼吸の度に湿った吐息が甘い声と共に耳にかかる。
(っ……くっ……真央の、中……すげぇ……)
 埋没させた人差し指と中指にとろとろの蜜が絡み、熱を孕んだ媚肉が吸い付くようにして締め付けてきて、まるで未知の生物の口腔内でしゃぶられているかの様だった。
「あぁぁぁぁぁっ……ぁはっぁ……ぁんっ……ぁあっ……!」
 その窮屈な膣肉をこじ開けるようにして指を動かすと、たちまち真央が甘い声をあげてしがみついてくる。ひょっとしたら、それは我慢に我慢を重ねた故の幻聴だったかもしれない。が、しかし……月彦は確かに聞いた。
「ねぇ……父さま、シよ?」
 耳を舐めるようにして、そんな悪魔の囁きが月彦の心を揺さぶる。否、最早“舐めるように”ではない。あむ、あむと月彦の耳を甘く噛むようにしながら、舌をゾゾゾと這わせ、猛りっぱなしの肉柱をそっと手で撫でつけてくる。
「父さまァ……お願い。……すごく、シたいの」
 それは、ただの“懇願”ではない。どこか暗示めいた“強制力”を含んだ言葉だった。じぃんと、頭の奥が痺れ、自分が自分ではなくなっていく感覚――そう、“これ”は前にも味わった事がある――“これ”に身を委ねてはダメと、内なる自分が警鐘を鳴らす。
「……いいや、ダメだ」
 月彦はにべもなく首を振り、あっさりと指を引き抜いて洗面器に湯を汲み、やや乱暴に真央にかけた。うぅぅーっ、と真央が恨むような目で見上げてくるが、月彦はぷいとそっぽを向いて視線を合わせない。
(……危ない危ない……今までの俺だったら、“アレ”で落ちていただろうな!)
 頭の奥が痺れかけた一瞬、脳裏をよぎった一人の女性の姿。その時の思い出が、流されてしまいそうになった自我に冷静さと分別を取り戻させた。ズキズキと痛い程に屹立した股間を隠すようにしながら、月彦は一人さっさと湯船へと逃げ込んだ。
(躾……全ては躾の為だ。でも、本当にこれで良いのか……?)
 ひょっとして自分は、何か致命的な間違いを犯しているのではないのか――ジト目で睨みつけてくる真央の視線から逃げるように顔を逸らしながら、月彦は己の方針に一抹の不安を感じずにはいられなかった。


 “仕置き”による禁欲が始まって三日も経った頃には、真央はもう溜まりに溜まった性欲で爆発寸前になっていた。。
 最初こそ、ただの一風変わった仕置きなのだと思った。程よく我慢して、ムラムラを貯めた後、ガッツリとケダモノのようなエッチをするのだろうと。そうタカをくくっていた。
 だが、そうではないらしいという事は、真央も薄々感じ始めていた。
(父さまが、シてくれない……)
 どれほどモーションをかけても、きわどい誘いをかけても、月彦が乗ってこないのだ。それも、手酷く拒絶するのではなく、なんとも未練じみた顔をしながら渋々拒絶するといった具合なのが、真央にはなんとも理解不能だった。
 思えば、過去にも似たような事があった。些細な行き違いから、何となくすれ違いが始まり、月彦との行為が途絶えてしまったまま、悶々と過ごした日々――今回の事は、それに近いようであり、ある意味まったく違うとも言えた。
 シたいのならば、素直にすればいいと真央は思うのだ。事実、自分がそうであるし、今までは月彦とて、己の本能に素直に従い、あれほど濃密な夜を過ごしてきたではないか。
(由梨ちゃんとの日記にウソを書いたのが、そんなにダメな事なの? 父さま)
 このような苦行じみたことを強いられるのは、それが原因としか思えないのだが、真央にはどうしても己の行った事がさほど悪いことだとは思えない。
 別に、誰を傷つけたわけでもないではないか。親友相手に、ちょっとウソを交えたノロケ話をしただけなのに、何故こうも辛い目に合わされるのか。
(父さま、私のことが嫌いになったの……?)
 だから抱いてくれないのだろうか。そうは思いたくはなかったが、そうとでも思わなければあまりに無慈悲なこの仕打ちに説明がつかない。
(苦しい……)
 と、真央は思う。始終全身の肌が火照り、暑苦しくて堪らない。頭を巡るのは、父親と過ごした濃密な夜の記憶ばかり。
 そして――。
「……んっ……」
 学校の授業中ですら、頭を淫らな妄想が取り巻いて離れない。シャープペンを握り、黒板に書かれた数列を必死にノートに書き込みながらも、頭の中では父親に押し倒され、陵辱を受ける自分の姿を想像し、吐息を荒げてしまう。
(だ、め……こんな事、考えてたら……)
 どれほど授業に集中しようとしても、妄想が頭から離れてくれない。シャープペンを握る手が時折引きつったように痙攣してしまうのは、然るべき場所へと向かいそうになるのを必死に止めているからだ。
(ぁっ、はぁ……んっ……)
 妄想の中で、真央は月彦に押し倒され、その両胸をこれでもかと揉みしだかれる。服の上から、ぎゅうと、痛い程に強く。
(ぁっ、ぁっ、だめっ……だめっ……父さまぁァ……)
 胸を一頻り揉みくちゃにされた後、乱暴に下着を下ろされ、猛りきった剛直が秘部へと押し当てられる。しかし、そう容易く挿れては貰えない。真央は仕方なく、自ら両手を己の尻へと沿え、自ら押し開くようにして、月彦におねだりをする。
「――っ……はっ……ァ……!」
 妄想の中の出来事に、思わず声が出てしまった。クラスメイトの何人かが、驚いたように振り返り、真央は慌てて己の口を覆った。妄想の中でも、そうやって月彦に口を塞がれていた。
『声が大きいぞ、真央』
 真央の口を塞いだまま、月彦がさらに囁いてくる。
『クラスメイトの前で犯されるのが、そんなに興奮するのか?』
 最早、現実と妄想が入り交じり始めていた。まるで、授業中に教室で父親にレイプされているかのような、そんな錯覚さえ覚えて、真央は抑えがたい興奮に身もだえする。
(だ、め……もう、限界……)
 このままでは、とても授業どころではない。妄想と現実が入り乱れ、そのうち頭がおかしくなってしまうのではないか。
 真央は恐る恐る挙手をした。
「あの……先生、気分が悪いので、保健室に行ってもいいですか?」
 初老の数学教師は板書の手を止め、真央の言い分とその顔色を比べるように何度か瞬きをした。事実、具合が悪そうと見たのだろう。
「保健委員、付いていってあげなさい」
「あっ、私が付き添います」
 と真っ先に席を立ったのは由梨子だった。真央は由梨子の肩を借りるようにして教室を出、やや早足で保健室へと急いだ。
「大丈夫ですか? 真央さん」
 ぜえぜえと息を荒げながら、真央は由梨子の好意を嬉しく思う反面、邪魔だとも感じていた。
 早く、早く一人きりになりたいのに――そんな焦れったい気持ちを抑え込んで、真央は掠れた声で「大丈夫」と返した。
「もう、大丈夫だから……一人で行けるから、由梨ちゃんは教室に戻って」
「でも……」
「一人で大丈夫だから」
 付いてこないでと、叫びたいのを堪えて、真央は微笑を沿えて親友を説得した。そのなんとも切迫した雰囲気に押されるようにして、由梨子は渋々教室へと戻った。その姿が見えなくなったのを確認してから、真央は女子トイレの個室へと駆け込んだ。
「はぁっ、はぁっ……んんっ……」
 便座カバーの上に腰を下ろすや、服を脱ぐのももどかしいとばかりに、真央は制服の上から己の胸元をまさぐり、スカートの下へと右手を忍ばせた。
「ふーっ……ふーっ……ふーっ……」
 左手で胸をこね回しながら、しかし右手はスカートの下でわさわさと太股の回りをはい回るだけ。そう、これほどシたくてシたくて堪らなくなっている自分に対して、“父親”はそうそう簡単に下着の中へと手を入れてはくれないからだ。
(あぁぁ……父さま、お願い……焦らさないでェ……)
 妄想の中で、真央は懇願した。しかし、月彦はそんな陳腐な懇願などで、真央の望みを叶えてはくれない。
 代わりに、真央の眼前に猛りきった己の剛直を擦りつけるようにしてつきつけ、命じた。
『舐めろ、真央』
 はい――と、あっさり真央が返事をした事が、月彦は少し不快な様だった。そう、真央の中では、嫌がる相手に無理矢理しゃぶらせるのが好き――という風に、月彦は位置づけられていた。
 真央はスカートの下から右手を出すと、その人差し指と中指を重ねて口へと含んだ。
「んくっ……んちゅっ、ちゅぶっ、んんっ……!」
 そのまま、まるで月彦のそれに奉仕するかおように舌を絡め、吸う。あえて呼吸まで止めてその行為に没頭したのは、その方がより“リアリティ”があるからだ。
(父さまのが……喉の奥、まで……)
 頭を掴まれ、喉奥まで突き入れられた時の事を思い出しながら、真央は一心不乱に指をしゃぶる。呼吸を止めているせいで、徐々に息苦しくなってくるが、それも喉奥まで剛直を押し込まれて呼吸もままならないのだと“妄想”することで、身震いするほど真央は興奮した。
「んふっ、んんっ、んんっ……!」
 妄想の中で、真央はがっしりと頭を掴まれ、気遣いなど全くない動きで何度も、何度も喉奥を突かれる。そして、最後には奥で――。
「んんんっ、んんっ!!!!」
 指をしゃぶったまま、真央は噎ぶように鳴き、ごくりと口腔内に溜まった唾液を飲み干す。勿論それは真央の中では濃厚な精液であり、ゾクゾクするような快感と共に、真央は何度も喉を鳴らした。
「ふーっ……ふーっ……ふーっ…………」
 唾液に濡れた指を、糸を引きながら唇から離し、真央は漸く呼吸を再開する。肩を揺らすようにして呼吸を整えながら、その右手を徐々にスカートの下へと這わせていく。
 同時に、左手では制服の前をはだけ、ブラを押し上げるようにして露出した乳房を、直に弄り始める。
(あぁっ、ぁっ……父さま、父さまぁァ……)
 己の手には余るたわわな質量を持て余すように捏ね、捏ねながら指先は固く尖った先端を痛い程に摘み上げる。
「あァァッ――っっっ……!」
 思わず声を上げてしまいそうになり、慌てて唾液に濡れた右手で口を覆った。真央は止むなくスカートからハンカチを取り出し、それを口に含むようにして声を押し殺すことにした。――そのハンカチも、父親に下着を脱がされ、それを口に詰め込まれたのだと妄想すると、より一層興奮が高まった。
(はぁっ、はぁっ……ダメっ、父さま…………ぁぁ……)
 妄想の中で、真央は悪鬼のような顔をした月彦に犯されていた。抵抗は無意味、思いやりなど一切無い獣欲のみの手つきでこれでもかと胸元をまさぐられ、息が詰まるほどにそそりたった肉柱で貫かれる。
「んっ、ふっ……んんっ、んっ!」
 口に含んだハンカチを唾液でしとどに濡らしながら、真央は下着を膝上まで下ろし、狭い個室の中で体勢をかえる。丁度、露わになった胸元を便座カバーの上に押しつけるような形で、尻のみを個室のドアの方へ向けて高々と上げる。そう、まさにそうして後ろから犯されているかのように。
「ふーっ……ふーっ……ふーっ……んんんんぅ!」
 右手が、蛇のように這い、最も濡れそぼっている場所へと埋没する。勿論、妄想の中ではそれは指などではなく、はち切れんばかりになっている肉柱であり、真央は埋没させた指を広げたり、曲げたりしながらますます妄想に耽っていく。
(あぁぁっ、ダメっ……父さま……そんなに乱暴にしないで……壊れちゃう……!)
 しかし、妄想の中の月彦は、真央がどれほど懇願しても決して動きを緩めたりはしない。それどころか、固い先端をぐいぐい押しつけるようにして被さってきて、耳元に意地悪く囁くのだ。
『何を言ってるんだ。痛いくらいの方が好きだろ、真央は』
 違う――と、真央が否定しようとすると、ぴしりと尻を打たれた。それに反応するように、真央は下半身をびくりとはねさせる。二度、三度と妄想の中で尻を打たれた後には、もう太股から膝のあたりまで溢れさせた蜜が伝わろうとしていた。
『尻を叩かれると興奮するのか。……変態だな、真央は』
 いやっ、酷いこと言わないで父さま――涙混じりに否定しながらも、その実、貶められれば貶められるほどに体の奥が燃えるように熱くなるのを、真央は感じた。
『ああ、悪い。…………変態って言われるのより、“淫乱”って言われた方が興奮するんだったな、真央は』
 意地悪く囁かれ、ずちゅんっ、と一際強く突き上げられる。
「アはァッ……!」
 体を芯から揺さぶるその衝撃に、真央は思わず舌を突き出すようにして喘ぎ、ハンカチを吐き出してしまう。
「はーっ、はーっ……だ、めぇ……あっ、あんっ……父さまぁ……こ、え……出ちゃう、みんなに、聞かれちゃう……あぁっ、ぁっ、ぁっ!」
 勿論、月彦は動きを止めたりはしない。真央の腰のくびれをしっかりと掴み、杭でも打ち込むように強く、何度も何度も真央の中を突いてくる。
「だ、めっ……やっ、もっ……イくっ……イッちゃう……イくっ……イクゥッ……!!!」
 絶頂の瞬間、真央は尻をはねさせ、尻尾をぴんと逆立てながら声を荒げた。ひょっとしたら、女子トイレの外まで漏れてしまったかもしれないが、そんな事はどうでも良かった。
「はーっ……はーっ……はーっ………………」
 呼吸を整えながら、真央は“現実”を把握する。勿論背後には月彦など居ないし、肉襞が痛いほどに締め付け、絡みついているのも自分の二本の指だ。
(だ、め……足りない……)
 絶頂によって、僅かに晴れた頭の霧が、再び妄想を呼び覚ます。そう、ただ一度イかされたくらいでは全く足りないのだ。
(もっと、もっと……欲しい……)
 指が、真央の意志とは無関係に動き出す。同時に、背後に経つ月彦の気配が如実に濃くなり始める。
『どうした、真央。まだ満足できないのか?』
 意地悪く囁きかけられ、真央は身震いしながら小さく頷いた。


 授業そっちのけで、指がふやけるほどに自慰に耽っても、溜まりに溜まった性欲は全くと言っていい程に解消されなかった。
 否、むしろ増大したかにすら思える。
「んっ、はっ、ぁ……」
 帰路も、自然早足になる。一刻も早く家にたどり着かなければ、溢れた蜜が太股まで垂れてしまいそうだった。
 玄関にたどり着くや、急いで鍵を開け、靴を散らかすようにして脱ぎ、自室へと駆け込んだ。そのままベッドへ飛び込み、鼻面を月彦のマクラへと擦りつける。
(父さま、父さまァァ……)
 くん、くんと鼻を鳴らし、父親の匂いを胸一杯に吸い込みながら、真央は自慰を再開する。焦れったげに服をはだけ、うつぶせのまま膝だけを立てるようにして下着を下ろし、露わになった場所に指を這わせる。
(あぁ……父さま、襲ってぇ……レイプしてぇえ!)
 叫びたいほどに強く願いながら、真央は愛しい牡の匂いを胸一杯に吸い込み、妄想に更ける。
 やがて――。
『……どうした、真央。学校であんなにシてやったのに、まだ足りないのか?』
 狐耳の裏に息がかかるほどの間近で、月彦の声がした。
「んぁあっ……足り、ないのぉ……父さま、の……熱くて濃いの……びゅく、びゅくってぇ、欲しいのぉ……!」
 最早、“声”を遠慮する必要など無い。真央は牡を誘うように尻尾と尻を振りながら、はしたなく声を荒げていた。
(あぁぁ……早く挿れてェ……父さまのでイッパイにシてぇ……!)
 己の下半身に手を這わせながら、真央は切に願うが、矢張りそう簡単には挿れてはもらえない。その“焦らし”が、真央にはゾクゾクするほどに堪らない。
『どうした、真央。挿れて欲しい時はどうすればいいのか忘れたのか?』
 尾の付け根を弄りながら、月彦がくつくつと笑う。真央はハッとして、おずおずと右手を伸ばし、下着が延びてしまうのも構わず足を広げ、尻を突き出すようにして秘裂を指で広げる。
(あぁ……父さまに見られてる……私が、我慢出来なくて……ヒクヒクってさせながら、溢れさせちゃってる所……全部、見られてる……)
 体が燃えるような羞恥と、それを上回る快感に真央はゾクリと尻尾の毛を逆立てる。
逆立てながら、さらに“おねだり”をする。
「はぁっ、はぁっ……おね、がい……父さまァァ……早く犯してェ……いやらしい淫乱マゾ狐の真央にオシオキしてぇえ!」
 もう待ちきれないとばかりに、真央は切ない声を上げる――その時だった。人のそれよりもよく聞こえるその耳が、不審な音を拾ったのは。
 その音が、携帯のバイブ音だというのはすぐに解った。勿論、真央は無視しようとした。妄想と自慰に耽っている最中に携帯に用など無いからだ。
 だが。
『携帯をとれ、真央』
 “月彦の声”が無視を許さない。えっ、と声を出しながらも、それでも真央はしぶしぶスカートのポケットから携帯電話を取り出した。メールではなく通話の着信、由梨子からだった。
『電話に出ろ』
 と、月彦は言う。でも……と真央はさりげなく拒絶の意を示そうとするが、長らく無茶な命令を享受する事で快感を得てきた体が、真央の意志を無視して通話ボタンを押してしまう。
『あっ……もしもし、真央さん?』
「う、うん……何? 由梨ちゃん」
 真央は可能な限り平生を装いながら返事を返す。――耳の後ろで、くつくつと悪い笑みが聞こえた。
『……今日、すごく調子が悪そうでしたから……ちょっと、心配になって……電話してみたんですけど……』
「ありがとう、由梨ちゃん。……ちょっと、熱っぽかっただけだから――っ……!」
 平然と答えを返そうとした矢先、不意に固く尖った胸の先端が抓るようにして“自分の左手”に引っ張られる。
「ァはぁっ……ぁっ、んんんっ……!」
『……真央さん?』
 不審そうな由梨子の声に、真央は慌てて携帯を顔から遠ざけた。が、耳の後ろの声が会話を続けろ、と命令をする。真央は渋々、携帯を顔の側まで戻した。
「ご、ごめんね、由梨ちゃん……今、ちょっと――ンンンッ!」
 左手が、真央の意志に逆らうように体をはい回り、濡れそぼった秘裂を刺激する。真央は慌てて制服の袖で口を覆うが、声を押し殺しきれない。
(やっ……由梨ちゃんに聞こえちゃう……!)
 かつて無いほどの緊張――そして、興奮。ゾクリと、尾の付け根から快感が奔るのを、真央は感じた。……また、耳の後ろで笑い声がする。
 正直に言え、と声が聞こえた。“何”を“誰”に言えばいいのか、真央にはすぐに解った。
(ダメっ……そんなの……お願い、父さま許して……!)
 真央は心の中で必死に懇願した。しかし、その懇願が決して通らない事も薄々感じていたし、そうやって冷たく却下されることを真央自身望んでもいた。
 言え、と。また耳の後ろで声がする。そのなんともひやりとした声に、真央の興奮は頂点に達した。
『真央さん? 本当に大丈夫ですか?』
「うん……大丈夫……今ね――」
 ごくりと、真央は生唾を飲み込む。心配をしてくれている由梨子に向かって、自分は今、とんでもないことを言おうとしている。果たして、由梨子は驚くだろうか、それとも呆れるだろうか。
 自分が今から吐くはしたない言葉に対して、由梨子が一体どんな反応を返すのか、見てみたい――そんな好奇心めいたものが、ウズウズと真央の中で膨らんでいく。
(だって、仕方ないの……父さまの命令だから)
 死ぬほど恥ずかしい――けど、仕方ない。命令なのだから――そんな狂った倫理に突き動かされて、真央はゆっくりと唇を開いた。
「今……オナニーしてるの……」
 えっ、と。そんな声が受話器から返ってきた。あぁ、もう後戻りはできないと真央は思った。
「由梨ちゃんと話しながら……自分で、シてるの……」
 まるでうわごとのように喋りながら、真央は自分が例えようもない程に興奮し始めているのを感じた。親友と話をしながら、自慰をしている――そんな非現実的なシチュエーションに、身悶えしながら秘裂へと指を埋める。
『あ、あの……真央さん、意味がよく……』
 由梨子は戸惑っている様だった。当然だと、真央は思う。
「……父さまがね、最近……エッチしてくれないの」
 くちゅ、くちゅと己の蜜壷を指でかき回しながら、真央は恨みがましくも雅な声で続ける。
「交換日記に……ンぅ……嘘、書いた……ぁんっ……罰、だって……だから、一人で、シてるの……」
 由梨子からの返事はない。通話状態は続いているから、恐らく受話器の向こうで絶句しているのだろう。
 そんな由梨子の常識的な反応が、さらに真央の興奮を高めた。……また、ゾクリと、尻尾の付け根が痺れる。
「学校でも……我慢、できなくて……ンッ……保健室行くフリして……本当はトイレでずっと、シてたの……」
 “自白”をすればするほどに、興奮が高まり、比例して天井知らずに快感が増していく。……病みつきに、なりそうな程に。
『ええと…………真央さん、大丈夫みたいで安心しました。じゃあ――』
 また、明日学校で――きっとそんな言葉が続くのだろう。それを聞く機会が無かったのは偏に、
「切らないで!」
 由梨子の言葉を真央が止めたからだ。
「お願い……最後まで、聞いて……んぅっ……ぁんっ……」
 ちゅぐ、ちゅぐと指の動きを激しくさせながら、真央は切なげに喘ぐ。耳の後ろの声が、先ほどからしきりに命じているのだ。はしたなくイく時の声を、由梨子にも聞かせろ――と。
(あぁっ、ダメ……早く、電話切らないと……本当に由梨ちゃんに聞こえちゃう……!)
 そう叫んだのは、真央の良識、常識と呼ばれる部分だった。しかし、そんな良心の警告すらも、真央は興奮の材料へと変えてしまう。
「あぁんっ……ねぇ……由梨ちゃん聞こえる? ぐちゅ、ぐちゅって……スゴい音……部屋中に響いて……本当に、父さまに突かれてる、みたい……あぁぁンッ!!」
 由梨子からの返事はない。が、真央には見える。受話器の向こうで、固唾を呑むようにして耳を澄ませている由梨子の姿が。
(はぁ、はぁ……だ、め……気持ち、良くて…………指、止まらない……よぉ……)
 “音”が伝わるようにと、携帯をベッドの上に置き、真央はそれを跨ぐようにして膝立ちになり、自慰を続ける。固く尖った乳首を抓るようにして乳を揉みしだき、秘裂へと埋めた指を広げ、曲げる。
(はぁっ、はぁっ……だめぇっ、こんなのっ……由梨ちゃんに軽蔑されちゃうっ……嫌われちゃう……!)
 いけない、今すぐ止めなければ――そう思えば思うほど、それほど淫らな行為をしているという興奮が、途方もない快楽を呼ぶ。至極、指は止まらず、真央はあっという間に高みへと登ってしまう。
「ぁああッ……ァあッ……やっ、めっ……とう、さまぁァ……ひっ、ぁっ……イくっ……イくっゥゥ……ぁっ、ァァァァァッ!!!!」
 ぷしゅっ、と潮を吹きながら、真央は盛大にイく。同時にそれは、“ある種”の禁忌を犯す快楽を知った瞬間でもあった。



 受話器越しに荒々しい吐息を聞きながら、由梨子はやや茫然自失としていた。
 状況に思考が追いつかないとはまさにこの事。一体全体何が起きているのか理解するよりも早く事態は進み、荒い息づかいのみが聞こえてくる携帯の通話状態を終了させて尚、しばし由梨子は放心した。
 とりあえず、順に整理してみようと思った。昼間学校で真央の様子がおかしかったのは、偏に欲求不満であったからであり、そうなってしまったのは交換日記で嘘を書いてしまった事に対する折檻であるらしい。
 その為、真央は辛抱しかねるようにして授業を抜け出して自慰に耽り、今尚自宅でもそうしていたと、そういう事になるだろうか。
 真央らしいと言えば、らしい事だと、由梨子は思う。そもそも月彦、真央の二人の性欲と精力が異常な事は由梨子は身をもって知っている。その二人がどんな理由があるにせよ禁欲生活を強いられれば、破綻を来して暴走してしまうのは自明の理のようにも思える。
(でも、だからって……)
 何も電話越しにその様を見せつける必要は無いではないかと、由梨子は思う。確かに、自分と真央はいわゆる一般的な級友とは違い、僅かながらも身を絡ませ合うような事もした仲だ。そういう意味では、ただの“親友”に比べてさらに親密な仲だと言えなくもない。
 やはり、当てつけなのだろうか――そう思って、由梨子はすぐにその考えを打ち消した。それはおかしいと思うのだ。自分に対する当てつけ、牽制なのならば自慰ではなく、それこそ月彦との行為の最中を見せつけてくる方がより効果的だ。何より、そもそも先ほどの事は真央の方から聞かせようと思って電話をかけてきたわけではない、全ては偶然だったのだ。
 つまり、性欲を抑えかねて自慰に耽っているところにたまたま級友から電話がかかり、それすらも興奮と快感を増す材料にしてしまった――というのが妥当な所だろう。
 そこまで考えて、由梨子は奇妙な安堵を得た。実のところ、先だっての日記の件以来、実は自分は真央に嫌われているのではないかと、密かに危惧していたのだ。
 心当たりがいくらでもあるだけに、実はニコニコと笑顔で応対しながらも、その実腹の底では殺したいほどに憎まれているのではないかと。
(……日記も、本当にムラムラして何となく……書いちゃったんですね)
 数日エッチを我慢しただけで、あれ程までに見境を無くしてしまう真央の事だ。さもありなん、と由梨子は思って苦笑してしまう。真央の性欲のすさまじさを笑ったのではない、つまらない事をマイナス方向に考え、くよくよしていた自分がおかしかったのだ。
 そうやって安心してしまうと、先ほどの真央の常識はずれな行為も可愛くすら思えてくる。恐らく本当に、気が狂いそうな程に欲求不満になってしまっていて、自力では制御しきれなくなってしまっているのだろう。
 ここはひとつ、親友のために自分が月彦に口を利いてあげるべきだろうか――そんな事を考えて、はたと由梨子は気付く。真央が長らく抱かれていないということは即ち、月彦の方も欲求不満になっているという事ではないかと。
(真央さんがあんなになるくらい溜まってるなら、先輩だって……)
 シたくてシたくて堪らなくなってる筈ではないのか。そう考えると、月彦を説得して真央を抱いてやるように諭すのが、なんとも“惜しく”思えてくる。
(……ダメっ、そんなに……溜まってる先輩の相手なんてしたら……)
 今なら、月彦を誘うのは容易ではないか――そんな考えが沸いて、由梨子はすぐさま首を振った。普段でさえ、心臓が止まりそうなほどにイかされ、喘がされてしまうのだ。ましてや、欲求不満気味の月彦相手では――本当に殺されてしまうかもしれない。
(でも……)
 そうされるのが怖い、と感じる反面、愛しい相手にそこまで激しく愛されてみたいとも思う。或いは、溜まりに溜まった後だけに、月彦の心も自分の方に向きやすいのではないか。
(ダメ……私、真央さんにあてられてる……)
 思考がいやらしい方向へと向かってしまうのは、先ほどさんざんに電話越しに真央のサカリ声を聞かされたせいだ。例え同性であっても、体が火照ってしまうような雅な声。ましてや由梨子には“その気”もある。効果は抜群だった。
「ンッ……」
 それとなく、部屋着の上から体を撫でつけてみる。丁度、遅効性の毒がじわじわと効いてきたかのように、真央の喘ぎ声を聞かされた効果が出始めていた。
 そのまま自慰を始めてしまう事は簡単だったが、由梨子はあえて我慢することにした。きっとその方が、より巧く誘えるような気がしたからだ。



 月彦は、苦悩していた。己の決めた戒めと、肉欲の狭間で、だ。
(真央の奴……一人でシたな……!)
 学校から帰り、自室へと入るや月彦はそう確信した。部屋の中に、なんとも甘ったるい、とろけそうな程に濃密な牝のフェロモンが充満していたのだ。唯一の救いは、それらを発散させたであろう本人はシャワー中のようで部屋には居ない事だった。
 不幸中の幸いだ、と月彦は思う。もし、学校から帰って部屋に入るや、一人エッチ真っ最中の真央と遭遇してしまっていたら、その場で襲いかかってしまっていたかもしれないからだ。
 とりあえず、部屋の換気を行い、あとはいつものようにしらばっくれる事にした。真央もまたいつものように大胆にモーションをかけてきたが、月彦は必死に自制した。夕食と風呂をすませた後、真央がショーツだけの姿でしがみつくように添い寝をして、甘えるように耳を唇で食む食むしてきても、歯を食いしばって堪えた。

 お陰で夜は殆ど眠れず、うつらうつらとしたまま朝食を済ませ、学校へと向かった。午前中の授業は殆ど寝て過ごし、昼休みになって漸く自分が弁当を忘れてしまっている事に気が付いた。
 あくびをしながらのそのそと売店へと向かう廊下の途中で――月彦は由梨子に出会った。
「ぐはあっ」
 と、由梨子の姿を見るなり、内なる月彦――いわゆる残機ともいう――が血反吐を吐いて倒れた。由梨子は、黒タイツを履いていた。
「先輩、これから売店ですか?」
 無論由梨子はそんな内なる月彦が瀕死になっている事などつゆ知らず、眩しいくらいの笑顔で寄り添ってくる。その距離がいつになく近いように感じたが、それはきっと気のせいだと月彦は思った。
「うん、今日弁当忘れたから……パンでも買おうかな、と……」
 視界に由梨子の足が入らぬよう、あらぬ方向を見ながら、月彦は答える。まるで幽霊とでも話をしているかのような不自然さだが、やむを得ぬ事だった。
「じゃあ、私も一緒に食べても良いですか?……ちょっと、先輩に相談したいこともありますし……」
「え……俺に、相談……?」
 ただの昼食の誘いであれば、今日は友達と食べるからと断るつもりだった。無論、由梨子が嫌いだからではなく、黒タイツに包まれた足が眩しすぎるからだ。
「はい……先輩にしか、できない相談なんです」
「そ、そうか……それならしょうがない……パン買ったら、すぐ、いつもの場所に行くよ……」
 ぎこちなく言って、月彦はそそくさと売店へと向かった。向かいながら、頭の中では由梨子の相談とは一体何かを考えていた。
(……なんて間の悪い……)
 学校に黒タイツを履いてくるのは、遠回しな“今日、抱いて欲しい”という合図なのではないかと、月彦は普段から勝手にそう判断していた。事実そうであるのかは由梨子に聞いた事がないから解らないが、少なくとも今までは断られた事は一度も無い事から、あながち間違いではないのではないか、と月彦は思う。
(でも、今はダメだ……真央に、バレる……)
 毎日悶々としていた父親が、突然スッキリと悟りを開いた聖人のように清らかになっていれば、一体何をしたのかは明らかだ。自分には我慢をさせておいて――と、恐らく並々ならぬ程に真央は怒るだろう。最悪、グレてしまうかもしれない。
(だから、ゴメン……由梨ちゃん。家には行けないけど、でも相談にはのるから)
 心の中で詫びながら、月彦は菓子パン二つと豆乳を手に、由梨子との待ち合わせ場所である家庭科調理室へと走った。

「相談っていうのは、スカートの事なんです」
 いつものように、調理室の調理台の影でひっそりと身を寄せ合うようにして昼食を食べ終わるや、由梨子が神妙な顔で騙り始めた。
「スカート……がどうかしたの?」
 黒タイツが目に映らないようにスカートだけを見るのは、とても大変な作業だった。不自然に目を泳がせたり、瞬きの回数を増やしたりしてみても、それはなかなか達成することが出来なかった。
「今日、廊下で生活指導の先生に注意されたんです。スカートが短すぎるって」
「へぇ……別に、そんなに短くはないと思うけどなぁ……」
 まるで、まじまじと由梨子のスカートの丈を見ながら言っているような口調だが、月彦が実際に見ているのは調理室の窓の先、遠くの空に見えるアドバルーンだった。
「あの、先輩……できればその……ちゃんと見てもらえますか?」
 短いかどうか――そう言って、由梨子は膝立ちになり、スカートとその下の空間を見る様、月彦に強要する。ぐはぁっ、と。今度は残機用のミニ月彦が三人ほど血反吐を吐いて倒れ込んだ。
「うーん……短い、ような気もするけど……でも他の女子だってこれくらいだろうし、由梨ちゃんだけが注意されるのは変だと思うよ」
「そうですよね。他の女子なんて、ここまで上げちゃって殆ど下着見えちゃってる娘とかも居ますし、注意するならその子達の方ですよね」
 “ここまで”を由梨子のスカートで直にやられ、ついに内なる月彦は全員が卒倒してしまった。
「あ、あの……由梨ちゃん?」
「はい?」
「えーと、その……あんまり、そんな風に気軽にスカート上げてみたりとか、そういう事……男子の前でやったりしないほうがいいよ」
「大丈夫です。先輩の前でしか、絶対にやりませんから」
 無邪気に微笑んで、由梨子はまたしても、すすすとスカートを持ち上げていく。
「こんなに短いのだって、先輩がそのほうが良いって言ってくれるなら、私……きっと履いちゃいます」
「い、いや……言わない、絶対言わないから……だから……」
 早くスカートを下ろして――死にかけの虫が鳴いているような声で言いながら、月彦はあまりに刺激的な光景に自らの目を手で覆った。覆いながらも、しかし指の隙間から見てしまうそれは、持ち上げられたスカートの下に見える、黒タイツでコーティング済みのなんとも美味しそうな脚だった。
「……先輩、変です。どうして今日はこっちを見て喋ってくれないんですか?」
「いや……実は首を寝違えちゃって……」
 我ながらナイスな言い訳だと、月彦は思った。由梨子がニコニコと笑顔を浮かべたまま、月彦が“寝違えた”と言い張る首の視線の真ん前に座り直すまでは。
「くっ……」
 月彦は咄嗟に視線を逸らそうとした――が、それは殆ど意味を成さなかった。座り直した由梨子が、そのままもたれ掛かるようにして抱きついてきたからだ。
(うわっ、ちょっ……うわっ、うわぁああっ……!)
 フワリと甘い――真央のそれとは違う、“女の子の匂い”が鼻腔から強烈に月彦の脳を揺さぶり、理性をかき乱す。
「先輩……どうして、ちゃんと見てくれないんですか?」
 甘えるような、それでいて拗ねるような声で、由梨子が耳元で囁く。
「先輩に見て欲しくて、今日は黒のタイツ履いてきたんですよ?」
 囁きながら、由梨子はすすすとスカートの裾を脚の付け根の方へとずらしていく。否が応にも月彦の視界の中で、黒タイツの占める割合が多くなる。
「そ、それは……うん、とても嬉しいよ、由梨ちゃん……」
 純粋に、その好意が嬉しいと、月彦は引きつった声で答えた。
「……それだけですか?」
 しかし、月彦の答えが由梨子には不満だったらしい。さらに体を密着させてきて、月彦の太股を跨ぐようにしてもたれ掛かる。
「それとも、私の誘い方……下手ですか?」
「いや、えーと……その……由梨ちゃん、ここって一応、学校の中……なんだけど……」
「そんなの、解ってます。……でも、学校じゃないと……先輩と二人きりになれないじゃないですか」
 暗に、最近家に来てくれないと、責められているような気がした。事実、ここのところ由梨子の家はおろか、まともにデートをした記憶すら無い。せいぜい霧亜入院の報告をした時くらいだろうか。
「ご、ごめん……由梨ちゃん……最近、なかなか時間、とれなくて……」
 否、本当は時間ならある。あるが、真央の躾中である手前、他の女性と交わるわけにはいかないのだ。
「今日……今日は、ダメですか?」
「えっ……今日……!?」
 家族の帰りが遅いんです、と由梨子は小さく呟いた。
「それに、なんだか今日は……すごく……先輩に口でしてあげたい気分なんです」
 呟きながら、由梨子は艶めかしい手つきで、月彦の股間の辺りを撫でつけてくる。ズボンのジッパーの上から、剛直の膨らみを確認するかのように。そう、月彦さえその気なら、今すぐここで口でシてもいいと言うかのように。
「ちょっ……由梨ちゃん……それ、マズイって……」
 挑発的な発言もさることながら、そのように剛直まで刺激をされては、例え由梨子が嫌がっていても無理矢理口にねじ込んでしまいそうだった。ましてや、そうしてあげたいと言われては――。
(口で……ちょっとシてもらうだけなら……)
 真央にはバレないのではないか。そう、一回だけ……一回だけ由梨子に抜いてもらえば……。
(いや、でも……一回で……収まるか?)
 自分の性分、過去の所業を顧みて、とても一回では済むはずがないと、月彦は思い直す。そう、ここで自分を甘やかしてしまったが為に、過去何度痛い目に遭ったのかと、賢明に歯を食いしばり、そして堪えた。
「ごめん、由梨ちゃん……ちょっと、っていうかかなり……心の動く誘いなんだけど……今は、ダメなんだ」
 何より、ここで肉欲に負け由梨子を抱いてしまっては、真央に対して示しがつかなくなってしまう。
(……っ……本当に、これでいい……のか?)
 以前にも感じた、奇妙な違和感。全ては真央の為――そう思って歯を食いしばって堪えてはきたが本当にこれで良いのだろうか。何か見落としはしていないだろうか。
(いや……そう思うのは、俺の心が弱いからだ)
 今すぐにでもこの溜まりに溜まった性欲を解消してしまいたくて、その為の言い訳を必死に考え出しているだけなのだ。
(でも、一体いつまで我慢すれば……)
 最初に漠然と一週間と決めはした。しかし、本当にそれで良いのだろうか。ただ、性欲を貯めて、そして一気に発散させた――それだけの事になりはしないだろうか。
(それじゃあ、何の意味もない……)
 ではどうすれば良いのか。その方策が、月彦には思いつかない。


 学校帰りにもう一度誘ってみよう――由梨子がそう思ったのには、勿論理由がある。家庭科調理室では失敗こそしたが、由梨子の見たところ月彦の胸中はかなりグラついている様だった。きっともう一度、より大胆に誘えば落ちる――そう確信に近い思いが、由梨子を行動的にしていた。
(まずは、どこか二人きりになれる場所に……)
 いきなり家に誘っても、恐らく来てはくれないだろう。まずは二人きりになり、じっくり時間をかけて誘惑して、月彦をその気にさせる必要があった。
(……やだっ、考えただけで……)
 じゅんっ……と、下腹の奥が疼く。同時に、胸の奥からわき上がってくる不思議な高揚感。そう、他ならぬ由梨子自身、必死に我慢しようとしている月彦を誘惑するというその行為自体を楽しいと感じ始めていた。
(先輩……必死に私の方見ないようにしてた……)
 それは、そうしないと我慢できなくなりそうだからなのだろう。暗に魅力的だと言われているようで、由梨子は身震いするほどに嬉しかった。。
 月彦が視線を必死に目を逸らしたり、自分の一挙手一投足にビクついたりする度に、その心中の葛藤を想像して胸がときめいた。もっと大胆に迫ってみたら、どうなるだろうか――由梨子自身、途中からそのような誘惑と戦わねばならない程に、楽しくて堪らなかった。
 はやくあの続きがやりたくて、そして何よりも“その先”が待ち遠しくて、五時限目、六時限目はそれこそ一日千秋の思いで過ごした。その間も、頭の中は如何にして上手に月彦を誘い出し、その気にさせるかという事柄のみを考え続けた。
 そう、由梨子の頭はまさに“それ”で一杯になっていた。その為、月彦と二人きりになる為の最大にして最後の障害がまだ残っている事を失念してしまっていた。
「由梨ちゃん、一緒に帰ろっ」
 HR終了の挨拶が終わり、後は鞄を手に教室を出るだけ――完全にそのことしか考えていなかった由梨子は、不意に“親友”からかけられた声にその動きを完全に止めた。
「あっ、真央さん。すみません、今日はちょっと寄らないといけないところがあって……」
 心臓が口から飛び出しそうな程に狼狽しつつも、由梨子はさも平然と“言い訳”をして、その脇を通り抜けようとする。――が、その腕がしっかりと親友に掴まれ、足を止めざるを得なかった。
「寄らなきゃいけない所って、何処? 私も一緒に行ってもいい?」
「えっと……それは――」
 掴まれた手首から伝わってくる、真央の異常な“熱”に、由梨子は微かに恐怖した。そもそも、このような展開になるのを避ける為に(そして、昨日の出来事の後でバツも悪いから)今日は朝からそれとなく真央を避け続けたというのに。
「ちょっと由梨ちゃんに話があるの。用事があるなら終わるまで待ってるよ」
 えっ――と、由梨子は思わず掠れた声を出した。これは暗に“一人では帰さない”と言われたようなものだ。
(まさか……気付かれた……?)
 昼休みにこっそり月彦に会っているのを見られたのだろうか。勿論そのような事にならぬ様、十二分に警戒はしたが、それでも絶対に見られていないという保証はない。
「あの、真央さん……その話って、どうしても今日じゃないとダメですか?」
 一か八か、由梨子は切り出してみるが、真央は一も二もなく頷いた。この時点で、放課後こっそり月彦を誘うという由梨子の狙いは完全に水泡に帰したと言って良かった。
「…………解りました。じゃあ、私の方の用事はまた今度にします」
「ごめんね、由梨ちゃん。でも、大事な事だから」
 “昨日の事”のバツの悪さなど微塵も感じさせない、どこか吹っ切れたような真央の微笑み。腕を引かれるようにして、由梨子は教室から連れ出された。
「ちょ、ちょっと……真央さん、手……痛いです」
 ぐいぐいとただならぬ力で引っ張られ、由梨子はたまらず悲鳴を上げた。
「ごめんね、由梨ちゃん。……でも、急がないと……」
「えっ……急ぐって……」
「ううん、何でもないの。早く行こっ」
 今度は真央が背後へと回り、背中を押すようにして急かされる。とても異を唱えられる雰囲気ではなく、由梨子はしぶしぶ昇降口へと向かう足を速めた。

 訳も分からぬまま、由梨子は真央に引きずられるような形で自宅へと帰ってきた。途中、話なら別に喫茶店でも――と切り出したのだが、にべもなく却下された。却下の理由は「大事な話だから、絶対に他の人には聞かれたくない」との事だった。
「由梨ちゃん、今日はお家の人も居ないよね?」
 玄関の鍵を開けていると、不意にそのような事を聞かれた。
「居ませんけど……」
 肯定すると、真央はやっぱりという顔をする。そして、鍵が開くや否やまたしても由梨子の背を押すようにして強引に家の中へと入ってしまう。そのまま由梨子の部屋へと上がりこみ、肩を押さえつけるようにして由梨子をベッドに座らせると、自分もその隣へと腰を下ろした。
「あっ、私何か飲み物とってきますね」
 奇妙な危機感を感じて、由梨子は慌てて立ち上がった――が、その腕が真央に掴まれる。
「飲み物なんかいらないから、座って」
「でも……」
「座って」
 真央に押し切られる形で、由梨子は渋々ベッドに座る。気が付くと、先ほどまでより真央との距離が狭まっていた。……太股同士が、触れあうほどに。
「あ、あの……真央さん。それで話っていうのは……」
「うん、そのことなんだけど……」
 そっと、手が握られる。真央の指から、掌から、“熱”が伝わってくる。
「…………由梨ちゃんって、体温低いよね」
「えっ……そう……ですか?」
 確かに、冷え性ではある。故に冬場は四肢が冷えて辛くてたまらない。
「ま、真央さんは……体温、高いみたいですね」
「うん。すごく……体が火照って、暑苦しいくらいなの。……だから、由梨ちゃんの手……ひんやりしてて気持ちいい……」
 さす、さすとまるで使い捨てカイロかなにかを揉むように、真央が両手で由梨子の手を握り、さすってくる。
「ねえ、由梨ちゃん……寒くない?」
 ぎゅうっ、と。強く手が握られ、真央がさらに身を寄せてくる。否、もはや凭れかかっていると言うのが正しい程に。
「へ、部屋の中ですから……そんなに寒くは……」
「私は……熱いの……」
 ふぅ、ふぅと俄に息を荒げながら、さらに真央が体重をかけてくる。先ほどまで由梨子の手をさすっていた手が、さわりと。黒タイツの上から太股を撫でつけてくる。
「あ、あのっ……真央さん……!?」
「由梨ちゃんの肌……ひんやりしてて、気持ちいい……」
 咄嗟に、逃げようとした。だが、それよりも早く、そして強い力でベッドへと押し倒された。
「ちょっ……止めて下さい……! こんなっ……」
「……………………由梨ちゃん、今日……父さまとエッチするつもりだったでしょ」
 突然低い声で囁かれて、由梨子は咄嗟に全ての動きを止めた。
「えっ……何、言……って……」
「それくらい解るんだよ? だって今日の由梨ちゃん……朝からずっとムラムラしてるみたいだったし」
「そ、そんな……ムラムラなんかしてません!」
「してたよ。だって、ほら……」
 真央が鼻先を由梨子の胸の辺りへと埋め、すん、すんと慣らす。
「甘ぁい匂いがする。ムラムラして、エッチしたがってる女の子の匂いだよ」
「っっっ……や、止めて下さい! そんな、デタラメ……」
 図星を突かれて、由梨子は咄嗟に真央をはね除けようとした。――が、叶わない。尋常ではない力で両腕を押さえつけられ、逃げられない。
「ダメ、逃げないで、由梨ちゃん。……この匂い、すごく好きなの……もっと嗅がせて」
「ま、真央さんっ……ぁっ……」
 由梨子は身動きができず、ただただ真央のしたいようにされるしかなかった。すう、はあと真央が呼吸をする度に、熱く湿った吐息が制服、下着を通り越して素肌へとかかる。
(あっ……)
 と思ったのは、真央の肩越しに尻尾が見え始めたからだった。ふっさりとした毛を蓄えた尻尾が、ぶんっ、ぶんと左右に振られ、せり出した狐耳も猫のそれのようにピコピコと揺れていた。
「いやらしい匂い……由梨ちゃんも父さまにシてもらえなくて溜まってるの?」
「そんな、……事……」
 またしても図星を突かれ、由梨子は返答に困った。“演技”をしようにも、一体どのようにすれば真央の不興を買わないかが解らない。
(真央さんは……怒ってる……? それとも――)
 ただ、月彦と隠れて会おうとしていた事を咎めようとしているだけなのだろうか。それとも、何か他に狙いがあるのだろうか。
(あっ……)
 と、その時由梨子は気が付いた。真央が、自分を見下ろす目に。
「ねぇ、由梨ちゃん……キスしよ?」
 普段、学校で見る真央とは違う目。そう、まさに野生動物が捕らえた獲物を見るかのような目。――肝が、冷えた。
「キス、しよ?」
 拒否する事など出来なかった。例え嫌だと藻掻き叫んだ所で結果は変わらない。――そう、由梨子がかつて何度も経験した事だ。
(真央さんは、怒ってるわけじゃ……ない)
 ただ、純粋に。
「んくっ……」
 欲情していたのだ。



 “そう”だと解ってしまえば、あとは気持ちの切り替えの問題だった。
「ふーっ……ふーっ……ふーっ……んぅ……!」
 真央が女同士でシたいと望むので在れば、そもそも由梨子には断る理由は少ない。元々、真央の事は好きではあったし、欲情に近い感情を懐いた事も一度や二度ではない。
「んくっ、んちゅっ……んんっ……んっ……はぁっ……ふぁぁぁ……」
 ましてや、真央の指摘したとおり、今日は“朝からムラムラしていた”所だ。渡りに船とまではいかないものの、渡りに浅瀬くらいのつもりで、由梨子は真央の意向に応じる事にした。
「あ、つい……からだ、あつい……の……」
 長い、ねっとりと絡み合うようなキスを終える度に、真央が制服を一枚はだけ、ベッドの外へと放る。放った後は、さわさわと由梨子の体をなで回すように手を這わせて、同じように服を脱がせてくる。
 由梨子はあえて抵抗はせず、真央の好きにさせていた。理由の一つは、欲情した真央がどうするのか観察してみたいという好奇心だった。
 由梨子の経験人数は、四人。うち男性は月彦一人であり、残る三人の女性のうち一人が他ならぬ真央だった。
 ただ、あれは月彦の意向で絡まされたいわばお遊びのようなもので、実際真央と二人きりの場合、どういった挙動をするのか由梨子は知らない。それを知ってから“攻める”のでも遅くはないと思ったのだ。
 そこまで考えて、由梨子は気が付いた。このような事態になっても意外に冷静な自分に――だ。
(……“あの人”の時とは違う。……霧亜先輩との時は、緊張して、何も考えられなかった)
 佐々木円香との交際については、思い出したくない事の方が多い。後半は特にそうだった。霧亜との時は、緊張して何も考えられないまま抱かれ、イかされ続けた。そして、“初めての男性”である月彦との時も、やはり緊張して自分がリードをとることなど出来なかった。
 いうなれば、それらの経験が、今由梨子に生まれている“余裕”を作っていると言えた。眼前で、己の内からわき上がる情欲を如何ともしがたく、抑えかね御しかね本能の赴くままに快楽を追い求める真央が微笑ましくすら見える。
「……真央さん、せめて……シャワーを先に浴びてからにしませんか?」
 それとなく切り出すが、真央は即座に首を振った。シャワーを浴びる時間すら待てない程に“溜まって”いるのかもしれない。
「ふーっ……ふーっ…………ふーっ……」
 真央が、とうとうブラウスまではだけ、暑苦しいとばかりにベッドの外へと放り出す。肌着の類はつけておらず、そのままブラまで外してしまう。
 あぁ、と。由梨子は思わず感嘆の声を漏らしてしまいそうになった。クラス一どころか、恐らく学年一、学校一であろうサイズの乳房に、羨望を感じずにはいられない。
 無論、真央と同等まで欲しい――とは思わない。しかし、もう少しだけ大きくなって欲しいと、切に願うようになったのはいつからだったろうか。
「っ……」
 真央にブラウスのボタンを外され、ブラが――月彦に抱かれる事を想定して、肌着の類は着ず、ブラもお気に入りのものにしていたのだが――露出した瞬間、由梨子は咄嗟に胸元を隠しそうになった。偏に、真央の巨乳に対するコンプレックス故だ。
「……由梨ちゃんの、可愛い……」
 そして、恐らく悪気はゼロの真央の呟きが、由梨子の胸に突き刺さった。
(違う……私のが、標準なんですよ? 真央さんのが……規格外なだけで……)
 それを口に出して説明する事自体、“負け”のように思えて、由梨子は微かに唇を噛む事で屈辱に耐えた。
「それに……ひんやりしてて、気持ちいい……」
 呟きながら、真央が体を重ねてきて、すり、すりと擦りつけてくる。確かに真央の言う通り、由梨子には真央の肌が燃えるように熱く感じられた。
 真央の手が、由梨子の背へと這ってくる。その意図を悟って、由梨子は俄に背を反らせて体を浮かせた。
 程なく、ブラのホックが外され、肩のほうへと押し上げられる。隠すものが何も無くなったその場所へ、ずしりと。息が詰まるほどのボリュームを蓄えた巨乳が押しつけられる。
「んっ……!」
 すりっ、すりと乳同士を擦りつけあうような真央の動きに、由梨子は微かに声を漏らす。真央のそれに比べれば控えめな膨らみの先端、固く尖った突起が柔らかい肉に刺激され、擦られるたびに、ぴりぴりとしたものが由梨子の中を駆けめぐる。
 そういえば、こういう感じだった――と、由梨子は思い出していた。男に、月彦に抱かれるのとは違う。女同士特有の、柔肌同士をすりあわせた時のこの感覚を、純粋に懐かしいと、由梨子は思う。
「はっぁんっ……由梨ちゃんの……固くって、コリコリってしてて……すごく、気持ちいい…………」
 ふぅ、ふぅとそれこそケモノのような息づかいで、真央は夢中になって乳をすり当ててくる。まるで、己の質量で由梨子のものを押しつぶそうとするかのように。
(……それは、ひょっとして自慢……ですか?)
 そのように感じてしまうのは、やはりコンプレックス故なのだろうか。恐らくは邪推なのだろうが、しかしそれは、“動く”良い切っ掛けになった。
「真央さん」
「ひゃんっ……!?」
 それまで全くの無抵抗、されるがままだった由梨子に突然尻尾を強く握られ、真央は素っ頓狂な声を上げた。
「……確か、尻尾……こうされるの好きでしたよね」
「ひぁっ……やっ……由梨、ちゃっ……尻尾、ダメぇえ………………ぁぁぁ……」
 尾の付け根を握り、こす、こすと軽く擦り上げただけで、真央はくにゃりと脱力し、由梨子にしがみつくようにして悶え声を上げる。
 くすりと、由梨子は小さく微笑み、空いている手で真央の顎をくいと持ち上げ、そっとキスをした。キスをしながら、さらに強く、尻尾を擦る。
「んぁあッ! やっ……そん、な……らめっ、え……尻尾、こしゅこしゅって、されっ、たら……すぐ、イッちゃう……!」
「尻尾……そんなに気持ちいいんですか?」
 それは、由梨子には未知の快楽だった。しかし、真央の反応でだいたいのコツは解った。
 由梨子はあっさりと、真央の尻尾から手を離す。たちまち、真央が焦れったげに尻尾をくねくね、体をモジモジさせ始める。
 そして、“何か”を期待しているような、真央の目。“それ”に促されたかのように、ゾクリと、悪寒にも近いものが、由梨子の背筋を迸った。
「……真央さん、一つ約束してくれますか?」
 由梨子は真央の後ろ髪を撫で、そのまま頬を撫でつけ、再び顎を掴む。
「今日、これからする事は……先輩には絶対秘密にして下さい。……真央さんが、それを守ってくれるのなら――」
「ぇっ……ぁっ、やっ……ひゃんっ……!」
 由梨子は再び真央の尾を掴み、そして優しく……扱く。
「先輩より……は無理ですけど、同じくらい感じさせて、イかせてあげます。……約束、守れますか?」
「父さまには……秘密……? んぁっ……んっ、ぁっ、ぁっ……ぁっ……」
 再び尻尾を優しく扱く。真央が考える時間は、さして長くはなかった。
「んっぁ……まも、る……約束、守る、からぁっ……ゆり、ちゃん……おねっが…… ぁっ……!」
「……わかりました。約束ですよ? 真央さん」
 尻尾を扱く手に、少しずつ力を込める。擦るたびに、真央が甘い息と同時に切ない声を漏らし始める。
「ぁんっ、ぁっ、ぁっ……尻尾っ……ひんっ……ぁッ、ぁッ、ァッ……」
「くす……尻尾、こうされるの……余程気持ちいいんですね」
 由梨子には未知の快楽――しかし、真央のとろけきった顔を見れば、どれほどの快感が得られるのかは一目瞭然だった。ひょっとしたら、男が男性器の摩擦によって得られる快楽よりも凄まじいのではないかとすら、由梨子には見えた。
(焦らすのも面白そうですけど……)
 溜まりに溜まっている真央に対して、それはあまりにも意地悪だろうと、由梨子は思う。真央の反応を見ながら、徐々に強く、時に弱く優しく、尻尾を扱いていく。
「ぁっ、ぁっ、ぁあっ……ぁっ……ンぁっ! ぁぁぁ……いいっ……尻尾……すごく、いいの……ねっ、キス……キスしよっ……んんンっ……!」
 勿論、断る理由などない。唇をあわせ、舌を絡め合いながら、由梨子は尻尾を扱く手を加速させていく。
「ンンッ、んんっ、んふっ……ンンンンッッ……ンぁぁぁああああァァッ!!」
 堪りかねたように真央が顔を上げ、鳴く。尻尾の毛を逆立てながら、ビクッ、ビクと腰を震わせる。
(……この、声……っ……)
 特等席で真央のサカり声を聞きながら、由梨子は己の内にゾクゾクとわき上がってくるものを感じていた。まるで、声そのものに催淫効果でも含まれているかのように――興奮が止まらなくなる。
「真央さん……」
 ドクドクと、早鐘のように胸が高鳴る。もっと、もっと“その声”が聞きたい――そんな歪んだ欲求に突き動かされ、由梨子はくたぁ……と脱力している真央の体を押しのけるようにして、自らが“上”になる。
「すごく……可愛いです。……食べてしまいたい、くらい……」
 食欲にすら似た衝動に突き動かされて、由梨子もまたケダモノとなった。

 


 

  
「そうだ、なんでこんな簡単な事に気が付かなかったんだ!」
 学校が終わるなり、逃げるように自室に引きこもり、悶々としながらゲームなどをして気を紛らわしていた月彦は、突如己の脳裏に浮かんだ名案に快哉を上げた。
「何も教育方針に悩まなくても、すぐ側に“あの女の子供”で“ちゃんとした大人”になってる例が居るじゃないか!」
 言わずもがな、白耀の事だ。男と女という違いはあるものの、月彦としてはあれくらいきちんと良識を備えた人物になってくれれば文句はない。
「最初から、白耀に相談すりゃ良かったんだ」
 一体全体どのように育てられ、躾られたのか。勿論、その方針がそのまま真央に通じるという事はないだろうが、必ず参考にはなるはずだ。
 そうと決まれば話は早い。早速月彦は階下へと降り、真田邸へと電話を掛け――ようとして、踏みとどまった。
「……まだ、早いか」
 仮にも白耀は料亭の主人だ。平日のあまり早い時間に電話を掛けても迷惑になるだろう。勿論、月彦とて電話で直接相談をするつもりは毛頭無く、今日の所は週末あたりに訪ねる旨を伝えたいだけではあるのだが、それとて別段、もう少し遅い時間に伝えても差し障りのない用件でもある。
(それに……夜の方が、白耀本人が電話に出る確立が高いしな)
 時間が早いと、紺崎月彦を(そして恐らく真央も)疎んでいるあの従者が電話に出る割合が格段に高くなるのだ。先方の機嫌にもよるが白耀への取り次ぎをにべもなく却下されたりする事もしばしばあるから月彦としては堪らない
(メイドとしては、失格なんじゃないか……あの人……)
 確かに、炊事洗濯などの能力は高そうではあるが、愛想が致命的なまでに悪い。主人である白耀には確かに懐いているようだが、それも時折主人を主人と思わぬ行為に走る事も少なくない。
(まあでも、“猫”ってそういうもんだよな……)
 飼い主にすり寄るも、無視するのも全て気分次第。何より己の欲求が第一であり、それを満たすためならば飼い主の背中すら足蹴にして箪笥の上へと駆け上る――それが猫という生き物だと月彦は思っていた。
 真田邸への電話は夜にしようと考え直して、月彦は再び自室へと戻った。
 が、どうにも手持ちぶさたな感が否めない。
「…………むぅ……」
 普段どれほど、真央と互いの体を使った遊びに興じている時間が長いかを痛感する瞬間だった。こうして一人きりになるとどうにも時間の流れが遅く感じられて仕方がない。
(はて……俺は真央が来る迄は毎日なにをやっていたんだっけか)
 なにやら真央との仲が拗れるたびに同じような事を考えている気もするが、記憶を辿るも、思い出すのは和樹や千夏とやったくだらない遊びの事ばかり。
 そして――
「………………。」
 机の引き出しを開けて取り出したのは、プラスチック製の六つのカップ。月彦はそれを机の上に出し、かちゃかちゃと慣れた手つきで弄り始める。
 まだ中学に上がる前だっただろうか。テレビでスポーツスタッキングの名人の技が放送された事があった。翌朝、学校で千夏、和樹らとその話題になり、詳しい経緯は忘れたがそれから一時期の間、仲間内の間だけでこれがブームになった事があったのだ。
(懐かしいなぁ……練習中、カチャカチャ音がうるさいって、姉ちゃんに何度も蹴りいれられたっけ……)
 その上、こんな簡単な事も出来ないのかと、練習に練習を重ねたタイムを初見の姉にあっさり抜かれたりもした。そのショックをバネにより一層の精進を続けた結果、仲間四人の中ではダントツに早くなることができたわけなのだが。
(そうそう、和樹と千夏は速攻で飽きて、最後まで張り合ってきたのは……妙子だけだったなぁ)
 くだらない、こんな事が早くなって何になるのか――ぶつくさと言いながらも必死にカップを積み上げ、重ね直していく級友の姿を思い出して、月彦はつい笑みをもらしてしまう。
「……まだ出来るかな」
 右手と左手にそれぞれ重ねたカップを持ち、それらを使って三段、二段、一段のピラミッドを造り、再び元の要に三つずつ重ねたカップへと戻す。次はやや早く、その次はもっと早くそれを繰り返してみる。
「ふむ、結構覚えてるもんだな」
 昔取った杵柄とでもいうべきか。意外に鮮やかな己の手腕に感心しつつ、はてそういえばと月彦はさらに引き出しの奥を探った。
「そうそう、これもやったなぁ……」
 引き出しから取り出したのは、チョップカップ専用のボールとカップだった。ただカップを詰んだり重ねたりすることのタイムを競うことに飽きてきた頃、次にトライしたのがこのカップとボールを使った手品だった。
 この頃になると、最早千夏と和樹の二人はもっぱら見る専門。妙子だけはくだらないと言いつつも練習を続けていたが、結局人に見せられるレベルには到達できなかった。
「よしよし、次は……」
 昔通りの手際でチョップカップが出来る事に満足した月彦は、さらに引き出しから、シェイカーカップ用のカップを取り出した。カップを使ったジャグリング用のカップなのだが、底の部分に重りが仕込んであり、それをお手玉のように放っては多少ぎこちないながらも再び手に持ったカップに重ね直していく。
「おおー、結構やるじゃないか、俺も」
 そういえば自分はこんな特技を持っていた――と、月彦は奇妙な感心をした。どれもこれも、血の滲むような特訓の末身につけた技であるのだが、まるでとってつけた芸のように感じられるのは、きっと長らく出来る事自体を忘れていたせいだろうと思う事にした。
「……これ、真央に見せてやったら、驚くかな」
 すごい、父さま、大好き!――オーバーモーションで抱きついてくる真央の姿を想像して、月彦はつい鼻の下を伸ばしてしまう。そこまで感激されたのなら仕方がない――と、躾の件も忘れて妄想の中で何故か服を脱ぎかけた所で、はたと。月彦は部屋の外の暗さに気が付いた。
「げっ……もうこんな時間か」
 久しぶりのカップ遊びに興じる内に、知らず知らずのうちにとんでもない時間が経ってしまっていたらしい。時計を見ると、既に七時を回っていた。階下からは、いつの間にか買い物から帰ってきたらしい葛葉が鼻歌交じりに包丁の音を立てていた。
(真央は……まだ帰ってない……よな……)
 学校帰りに由梨子や他の級友達と何処かに遊びに行った――としても、些か遅すぎる。
(まさか、また――)
 最悪のケースを想定して、月彦はカップを引き出しに戻すのも忘れて、即座に部屋を飛び出し、玄関へと向かった。靴を掃き終え、いざ外へとドアノブを握ろうとしたその刹那、ドアが勝手に外へと開かれた。
「ただいま――あ、父さま」
「ま、真央っ……良かった、無事だったのか」
「無事……?」
 きょとんと首を傾げる真央に、いやなんでもない、と月彦は愛想笑いをした。
(そうだよな、“あんな事”そうそう起きるわけがない)
 杞憂ならばそれに濾したことはない、と胸をなで下ろしていると、その脇を真央が靴を脱いでそそくさと台所へと向かう。
「……ん?」
 そのことに奇妙な違和感を感じて、月彦もまた慌てて靴を脱いで真央の後を追った。
「ま、待て! 真央!」
「? どうしたの、父さま」
 くるりと、真央が不思議そうに振り返るも、月彦自身何故真央を引き留めたのか解らなかった。はて、どうしたものかと首を捻りかけた矢先、左手に持ったままだったカップの存在を思い出した。
「そ、そうだ……見てろよ、真央。今からスゴい事やるからな」
 月彦は咳払いを一つして、立て続けにシェイカーカップの技の中では比較的高難易度の技である三カップリリース、二カップリリース・イン・カップ・デュアル・パス等を立て続けにやってのけ、さらに華麗に決めポーズまで決めた。
(…………フッ、我ながら会心の出来だ)
 もし町中で行えば拍手喝采間違いなし、おひねりの嵐となる事請け合いだろう――が、しかし待てど暮らせど真央からの拍手も歓声も一向に聞こえてこなかった。
「……それがどうかしたの?」
「えっ……あっ、いや……えーと……」
 にこりともせずに言われて、月彦は途端に恐縮な心境に追い込まれた。
「他に用事がないなら、私シャワー浴びてくるね」
「あ、はい……どうぞ……」
 とたとたと、いやに軽いステップで着替えを取りに行く真央の後ろ姿を見送った後、月彦はがっくりとその場に崩れ落ちた。
「……それがどうかしたの、って……真央、芸をやった人間にそれだけは言っちゃいけない言葉なんだぞ……」
 月彦は、文字通り計り知れないショックを受けた。が、それはあくまで自身の芸を真顔でスルーされた事に対するものでしかなかった。

「父さま、土曜日兄さまの家に行くの?」
 と、真央に声を掛けられたのは、夕飯も終わり丁度良い頃合いだとばかりに真田邸へと電話をかけ、無事白耀本人に約束を取り付けた直後だった。
「ん、ああ……ちょっと、な」
「ふぅん……」
 てっきりまた露骨に機嫌が悪くなるかと危ぶむ月彦をよそに、真央は珍しく感心なさそうに呟く。
「じゃあ、私も由梨ちゃんちに遊びに行ってもいい?」
「由梨ちゃんの所に?」
 はてな、と。月彦は少しばかり思案したが、別段却下しなければならない理由も思いつかなかった。
「んー……まぁ、いいか。帰りが遅くなるときは、ちゃんと母さんに連絡いれるんだぞ?」
「うんっ」
 真央は元気よく頷き、そしてボソリと小声で「ひょっとしたらお泊まりになるかもしれないけど」と付け加えたが、これは月彦の耳には届かなかった。
「……父さま、私今日は疲れたから、先に寝るね。おやすみなさい」
「えっ、……ちょ、真央っ……」
 言質さえとればもう用はない――とでもいうかのように、真央は一人先に二階へと上がってしまう。
「寝るって……まだ九時だぞ」
 普段ならばベッドに入るのは大体十一時過ぎ。そこから徐々にイチャイチャが始まり、実際に就寝するのは早くて二時前後、必要以上に燃えてしまった時などは徹夜になってしまったりするのだが。
(……まぁ、真央が先に寝ててくれるなら……ありがたいか)
 また昨夜のように、ムラムラ悶々としたペッティングまがいの誘惑に晒され、眠れぬ夜を過ごすよりはその方が有り難い、と月彦は思ってしまう。
(………………俺もさっさと風呂入って寝るか)
 考えてみれば、ここのところ毎日のように真央にペッティングまがいの誘惑を受け続け、まともに眠れた試しがなかった。真央が大人しく寝るというのであれば、便乗して寝てしまうのが一番に思える。
 風呂を済ませ、明かりの消えた自室に入った時にはもう真央の寝息が聞こえていた。月彦は愛娘を起こさぬ用、そっと後ろ手でドアを閉め、静かにベッドの中に潜り込んだ。
 眠りは、すぐに訪れた。



 土曜日、先に家を出たのは真央の方だった。“友達の家に遊びに行く”にしては少々時間が早すぎるようにも感じたが、だからといってそれを問いただすのも変な気がして月彦は特に気に止めなかった。
(それに、なんか最近は良い感じだしな)
 先日まで、あれ程毎日ムラムラしていた真央が、それこそ憑き物が落ちたかのように大人しくなっていた。最初は不審にも感じたが、ようは体が慣れたのだろうと、月彦は楽観的に考えていた。
(アレは、一種の禁断症状だったんだな、うん)
 薬物中毒などから抜け出す際に体が苦しむのと同様であり、その期間を過ぎればあとはそうでもないのだろうと。
「……よし、俺も出かけるか」
 白耀への“土産”を紙袋に詰め、月彦もまた家を出た。電車を経由し、真田邸の裏口へとついたのは日も随分高くなった頃だった。呼び鈴を鳴らすと、程なく愛想の悪い従者が現れ、門の中へと招き入れられた。屋敷へと通される途中で、月彦は庭木の手入れをしていた白耀に出会った。
「やあ、月彦さん」
 白耀はなんとも清々しい笑みを浮かべ、早足で月彦の側へとやってきた。
「お待ちしてました、どうぞこちらへ」
 まるで国賓でももてなすような丁寧な口調、仕草で応接室へと案内される。白耀のそういった対応がくすぐったくもあるのだが、以前にも何度か普通に友人として接して貰える様に頼んでみて悉く失敗している手前、最早慣れるしかないと月彦は自分に言い聞かせていた。
「悪いな、白耀。休みの日に邪魔したりして……迷惑じゃなかったか?」
「そんな……迷惑だなんて。僕にとっても、月彦さんと過ごす時間は貴重なものですから。むしろ、月彦さんがお暇な時であれば、こちらからお招きしたいくらいです」
 無論、多分に世辞なのであろうが、それでも好青年に屈託のない笑顔でそう言われれば、例え世辞だと分かり切っていても悪い気などしないというものだった。
 白耀の案内で――といっても、既に幾度と無く訪れ、案内など無くとも台所の場所から厠の場所まで知り尽くしてはいるのだが――応接室へと通された。以前ならばそこに飾られていたボトルシップ群がすっかり無くなってしまっているのは、恐らくは真央に中核となる船を差し出してしまったからなのだろう――と、月彦は思っていた。
 尻に根が生えそうなほどに座り心地の良いソファに腰を落ち着けるなり、月彦は早速に“土産”のほうを渡す事にした
「そうだ、今日来たのはちょっと相談したい事があるのと、あとこれを返そうと思ってな」
「……これは…………」
 紙袋を受け取るなり、ハッと白耀が息を飲む。
「しかしこれは、真央さんに……」
「うん、確かに真央が欲しいつって貰ったものだけど……大事なものなんだろ?」
 白耀はすぐには答えなかった。が、その沈黙が、雄弁過ぎる程に真実を物語っていた。
「やっぱりこういうのはさ、本当に大事にしてくれる人の手にあるべきだと思う。少なくとも、俺の部屋の本棚の上で埃を被ってるよりは、白耀の家でコレクションとして大事にされるほうがいいに決まってるさ」
 真央には代わりになにか買ってやることにする――と冗談交じりに付け加えて漸く、白耀は得心がいったらしかった。
「……心遣い、感謝します」
「元々白耀のものだった物を返しただけだ、感謝される程の事じゃない」
 感極まった白耀の姿に、矢張り持ってきて良かったと、月彦は心中で大きく頷いた。大事なコレクションの中核が戻ってきた事が余程嬉しかったのか、白耀は早速とばかりに紙袋を手に応接室を後にした。無論、月彦もそうして欲しくて持ってきたのだから、一人部屋に残される事に不満を感じる筈もない。
「……お茶をお持ちしました」
 この足音を全く立てない従者が、一体どのようにして部屋に入ってきているのかを疑問に感じる心も、既に無い。自分の前と、白耀の前に如何にも機械的な仕草でティーカップを並べる従者に月彦は簡単な礼の言葉を言ったが、返事らしきものが返ってくることなく、従者の気配は室内から消えた。
(……まあでも、マシになった方か)
 こうしてきちんと“飲めるお茶”を出してくれるようになった分、昔よりは良いと思えた。
(……前はコップが凍ってたり、持った瞬間取っ手が取れるようなコップだったり、散々だったしなぁ……)
 話が弾んでついつい夜更けまで長居してしまった時などは、十分おきに茶漬けを勧められたりしたものだ。
(……歓迎されてない……のかな、やっぱり)
 昔のようにあからさまな敵意を向けられる事は無いとはいえ、やはり“お邪魔虫”には違いないのかもしれない。
(もしかして……白耀と菖蒲さんって、もう結構深い仲になってるとか……?)
 ありうる話だ――と、月彦は思う。一応とはいえ、白耀も女性恐怖症を克服しつつあるという話は既に聞いている。となれば、最早好き合った男女が一つ屋根の下で二人、なるようになるのが極々自然な流れではないか。
(……前に聞いた時は、まだヤッてはいないって言ってたが…………)
 ひょっとしたら、今日も自分が訪ねなかったら二人でデートなりなんなり過ごす予定だったのではないだろうか。
(……こりゃあ、白耀に悪いことしたかもしれないな)
 もしそうだとしたら、真央の教育方針など相談している場合ではないかもしれない。白耀はああいう男であるから、例えそのような予定があったとしても恐らくは快く来訪を快諾してくれるであろうが、たとえ白耀自身はそれでよくとも、“その相手”の方はたまらないだろう。
(……真央の事を相談する前に、一応白耀に探りをいれておくか)
 返答次第では、急用を思いついてでも即座に真田邸を後にする必要もある。月彦は紅茶を啜りながら、白耀の帰りを待つことにした。
 五分ほど待っただろうか。息を弾ませるようにして白耀が慌てて応接室へと戻ってきた。
「すみません、月彦さん。お待たせしてしまって」
「ん、いや、気にするなって。……それより白耀、ちょっと聞きたいことがあるんだが……」
「何でしょうか」
「うん、まぁ……その、なんだ……。…………………………最近、菖蒲さんとはどんな感じだ?」
 ハッ、と。眼前の優男が俄に頬を赤らめるのを月彦は見逃さなかった。そして、障子戸のさらに向こう、廊下の方から微かな物音が聞こえたのも。
「……ど、どんな感じ……とは、どういう意味でしょうか」
 応接室には、一応ながらも火鉢が置かれている。火が消えかかっているせいで暖気は十分とはいえず、むしろ肌寒いくらいであるのだが、白耀は懐紙を取り出すと汗を拭うような仕草を始める。
「…………菖蒲さんとは、もう寝たのか?」
 そんな白耀の純情っぷりがおかしくて、月彦はあえてストレートな表現を用いた。途端、白耀は手に取りかけていたティーカップを派手な音を立てて取りこぼしてしまった。
「す、すみません……あ、菖蒲!」
 白耀は慌ててテーブルの上に飛び散った紅茶を懐紙で拭き、従者の名を呼ぶが返事は皆無。席を外していて近くには居ないのか、それとも手の放せない雑務に追われているのか。やむなく飛び散った茶の後かたづけは主と客の二人でやらねばならなかった。
「……で、どうなんだ? 白耀」
 後かたづけを終え、狼狽えたままの白耀に月彦は改めて念を押す様に尋ねた。
「……あ、菖蒲とは……そういう事は……しません……第一、僕たちにはまだ……早すぎます!」
「……早すぎる?」
 意外な答えに、月彦はついオウム返しに尋ねてしまった。はい、と白耀は力強く頷く。
「そういう事はもっと……お互いの事をよく知り、十分に段階を踏んで少しずつ距離を詰めていくものだと、僕は思います」
 この男は一体何を言っているのだろう――白耀の、まるで懺悔のような言葉を聞きながら、月彦はなんとも理解しづらいものを感じた。
(百七十年も一緒に居るくせに、もっとお互いの事を知らないとダメ……だと……?)
 なんと気の長い話だろうか。それとも、ただの人間の自分とは時間の感覚が違うだけなのだろうか。
「……解った。じゃあ、デートとかはしてるのか?」
「で……デートだなんてとんでもありません! と、時々……一緒に散歩をしたりする事はありますが……デートだなんて……そんな……………」
「散歩……」
 散歩という単語一つでこれほど気が遠くなる思いをしたのは、生まれて初めてだった。
「はい。……月彦さんが仰りたい事は、僕にも解ります。でも、僕達はこれで良いんです。事を急いでも良い結果にならないのは、真央さんの時によく解りましたから」
「それは……」
 また別の問題だと、言ってやりたかった。あの性悪狐が絡んだ場合を一般化するのは間違っていると。
 しかし、それをただ言った所で果たして白耀は考えを変えるだろうか。
「……白耀、今“僕たちにはこれで良い”って言ったよな?」
「ええ……言いましたが……」
「それはちゃんと……菖蒲さんも納得してる事なのか?」
 えっ、と白耀が言葉を詰まらせた時だった。突然、室内に“気配”が沸いた。
「失礼します。お茶の代えをお持ちしました」
 気のせいか、いつになく明朗とした声が死角から聞こえたかと思えば、飲みかけのティーカップが勝手に下げられ、新しいものへと換えられた。
(おや……)
 と思ったのは、新しいカップから立ち上るえもいわれぬ芳香がなんとも鼻を擽るからだった。茶の事などは月彦には全く解らないが、それでもこのお茶が先ほどの茶よりも数段格が上であることだけは間違いなかった。
(珍しい事もあるものだ)
 白耀からの催促もなしに新しい茶が持ってこられる事など滅多にないのだ。ましてや、前の茶よりも上等な茶に差し替えられた事などひょっとすると初めてではなかろうか。
「あぁ、菖蒲……丁度良かった。僕にも新しい茶を――」
 先ほど不注意から茶を全て零してしまった白耀は自ら空になったカップを差し出すようにして“お代わり”を求めるが、従者はまるで主の言葉が聞こえなかったかのようにツンと背を向けると、そのまま死角の中へと消えてしまった。
「……あれ?」
 目を疑うような従者の行動に首を捻りながら、白耀は渋々からになったティーカップをテーブルの上に戻した。
「……菖蒲さん、ひょっとして今日……機嫌悪いのか?」
「いえ、そんな筈は……」
 ぼそぼそと、二人テーブルの上で囁き会うように密談するが、白耀自身先ほどの菖蒲の行為の理由を計りかねている様だった。
「まぁいい、話を戻そう……白耀はそれでいいとしても、菖蒲さんの方も本当にそれでいいって納得してくれたのか?」
「納得も何も……菖蒲とは、あまりそういった話はしませんから……でも、きっと僕と同じ気持ちだと――」
「失礼します」
 まるで白耀の言葉を切るかのようなタイミングで、唐突に従者の言葉が室内に響いた。
「紺崎さま、お茶菓子など如何でしょうか?」
「えっ、俺……?」
 まさか菖蒲に話し掛けられるとは思わず、月彦は素っ頓狂な声で答えてしまった。既に菖蒲の手に握られている盆の上の皿には、さも美味そうな和洋折衷の茶菓子が盛られていた。
「せ、折角だし……もらおうかな」
 辿々しく答えると、従者はニッコリと笑みを浮かべてまるで月彦にだけ食べろとでもいうかのように、月彦の真ん前に菓子の盛られた皿を置いた。
「どうぞ、ゆっくりしてらしてくださいまし」
 ぺこり、と。まるで誰が主かといったような辞儀をして、菖蒲はまたしても死角へと消える。
「あ、菖蒲……新しい茶を――」
 という白耀の声は、またしても無視された。ここまで露骨に示されれば、さすがに月彦にも菖蒲の本意というものが見えてきた。
(…………菖蒲さん、焦れてるんだな)
 そうとでも思わなければ、このあからさまな贔屓の説明がつかなかった。
(さて、問題は……)
 眼前の純情男も、そのことに気がついたかどうかだった。月彦はまだ暖かいごま団子を囓りながらちらりと、白耀の方へと視線を走らせる。
「…………菖蒲は、月彦さんに想いを寄せているのかもしれません」
「んなっ」
 まるで血でも吐くかのような白耀の重い言葉に、月彦は思わずごま団子を喉に詰まらせる所だった。
「くヵっ……カッ……げほっ、げほっ…………馬鹿っ、なんでそうなるんだよ!」
「いえ、前々からうすうす感じてはいたんです。思い返せば、いつも月彦さんがいらっしゃると伝えた途端、急に素っ気なくなったり、かと思えば料理に使う刃物の手入れを入念に始めたりと落ち着きがなくなってましたから」
「ちょっ……白耀! そんな話初耳だぞ!」
「僕も、最初は気のせいかなと思っていましたから。……でも、先ほどの態度で、はっきりと解りました」
「待て待て待て! それはお前の勘違いだ! 菖蒲さんは間違いなくお前一筋だから!」
 態度が素っ気なくなるのは、暗に“またあの男が来るんですか?”と抗議しているだけなのだろうし、刃物の手入れをするのも馳走を振る舞いたいとかそんな可愛げのある理由ではなく、無礼な真似をしたら斬って捨ててやろうくらいの意気込みなのではないか。
(ていうか、そんなに嫌がられてるんなら教えてくれよ、白耀……)
 さすがにそこまで嫌がられていると知っていれば、例え白耀に用がある時でも家ではなく別の場所で待ち合わせて用を済ませたりする等といった配慮ができたというのに。
「とにかくだ、そんな一緒に散歩できれば満足とか、そんな緩い考えは今すぐ捨てるんだ」
「しかし……」
「しかしも糞もない! いいか、白耀。“いろいろ”あって、女性に対して奥手になるのは解る。解るけどな……男なら時には大胆に攻める事も必要だぞ?」
「失礼します」
 力説するやいなや、またしても死角から声が聞こえた。
「火鉢の炭の代えをお持ちしました」
 澱みのない、さも機械的な動作でてきぱきと、暖房能力を失いかけていた火鉢を蘇らせるその様は如何にもメイドの鏡といった仕事ぶり。そのふくよかなお尻から延びた猫尻尾がちりんちりんと楽しげに鈴を鳴らす様を見る限り、上機嫌であるのは間違いがなさそうだった。
 そして、仕事を終えるなり死角へと消える――今まではそのまま気配すらも消えてしまっていたのだが、今回は違った。背後にいつまでも残る菖蒲の気配、どうしたことかと月彦が振り向こうとした矢先、突如その首に冷たい手が触れた。
 ひっ――と、思わず声を漏らしそうになるのを辛うじて我慢できたのは、その手が首を絞めようとしたのではなく、肩を揉もうとしたのだと解ったからだった。
「あ、菖蒲……さん……?」
 恐る恐る真意を尋ねるも、返事はない。強いて言うなら、肩を揉むひどくやさしい手つきが返事の代わりだった。そう、“もっと言ってやって下さい”という菖蒲の意志が両肩からひしひしと伝わってくるのだ。
「紺崎さま、今夜は泊まっていかれますか?」
「えっ、いや……一応、夜には帰る予定だけど」
「左様でございますか……夕食は食べていかれますか?」
「えーと……じゃあ、そうしよう……かな」
「では、夕食は腕によりをかけて作らせて頂きますね」
 嬉々とした声を残して、菖蒲の“気配”が消える。そして意識を眼前の方へと戻すと、そこには全てを失い、絶望に打ちひしがれたような顔をした白耀が居た。
「……やはり、菖蒲は月彦さんの事を………………」
 それが誤解であると白耀に解らせる為には、夕食までの時間の殆どを費やさねばならなかった。


 



 

 どうやら、これはデートという事らしい――遅まきながらに、由梨子はその事に気が付いた。土曜日に、一緒にどこか遊びに行こうと誘われたときは、単純に遊ぶだけだと思って了承した。そして実際に朝待ち合わせをして、行き当たりばったりで街へと繰り出し、映画館の前を通りかかった際に成り行きで映画を見た後、ぶらぶらと古書店やブティックなどを回り、腹ごなしもかねて喫茶店で小休憩をする事になった。
 そこで、さも楽しそうに満面の笑みでチョコパフェを食べる真央の姿を見て、はたと、由梨子は気が付いたのだ。これはデートらしい、と。
(どうして、こんな事に…………)
 由梨子自身、別段真央とのデートが嫌というわけではない。真央の事は嫌いではないし、そもそもデートじゃなくとも真央と二人で出かけるのは純粋に楽しいと思う。
 問題は、何故急に“遊び”ではなく“デート”になってしまったのかという事だった。
 改めてそのことを自覚すると、これでもかという程に真央の方からピンク色の波動が寄せられている事が解る。しっとりと潤みを帯びた瞳は間違いなく想い人を見るそれであり、そのあまりに強烈すぎる波動に由梨子はもう真央の方をまともに見る事ができなくなっていた。
(原因は……やっぱり……)
 先日の“アレ”なのだろうか。ムラムラの極限に達している真央に押し倒され、同じくムラムラ気味だった由梨子もまたそれに応じ、久しぶりに女同士の秘め事を心ゆくまで堪能し、ついつい“本気”を出してしまった。
 どうやらそれが、思いの外真央に気に入られたらしい。そうでなければ、この強烈なピンクの波動は説明がつかない。
(先輩には内緒、って……言ったけど……)
 本当に内緒にしてしまって良かったのだろうか。真央との事が済んですぐに、月彦に報告すべきではなかったか。
(……ううん、大丈夫……だって、コレは……遊び……ただの、お遊び、だから)
 “浮気”ではない。否、たとえ浮気だったとしても、以前月彦自身が口にしていたではないか。自分への罰として、二人の浮気を許す――と。
(でも、あれは……あの時一回だけ……っていう意味だったかもしれない)
 少なくとも、月彦自身はそういうつもりで口にしていた可能性はある。だとすれば、今こうして真央とデートをしているのは、非常にマズイのではないだろうか。
「由梨ちゃん……どうしたの?」
 お腹痛いの?――余程浮かない顔をしていたのだろう、パフェを食べ終わった真央が覗き込むようにして顔色をうかがってくる。
「いえ、ちょっと……この店空気悪すぎますね。出ましょうか」
 昼食時で喫煙席しか空いておらず、確かに多少煙たくはあったが体調を崩す程ではなかった。あくまで建前だったが、その場の取り繕いとしては十分だった。
「ねぇ、由梨ちゃん」
 会計を済ませ、外に出るや否や、真央が腕を絡ませるようにして密着してくる。
「そろそろ私、……由梨ちゃんの部屋に行きたいな」
「え……と……」
 断ろう――と、由梨子は思った。正直な所、真央とそういう事に興じるのは決して嫌ではない。嫌ではないのだが………………“その後”が怖い。
(先輩にバレたら……)
 一体どうなるのだろうか。怒られるのか、恨まれるのか、それとも――。
「ねぇ、お願い、由梨ちゃん」
 あの夜が忘れられないの――真央の囁きが、直接由梨子の芯を揺らす。それは単なる言葉ではなく、不思議な強制力を持った響きだった。
「でも……」
 由梨子は、なんとか“それ”に抗おうとした。
 しかし――。
「ね、由梨ちゃん。いいでしょ? …………シよ?」
「……かり、ました……真央、さんが……そこまで、言うなら……」
 まるで、他人に勝手に口を動かされたような――そんな奇妙な錯覚。自分の足が、自宅へと向かうのを、由梨子には止めることができなかった。



 幸いにも、と言うべきか。家族は皆留守にしていて、真央を部屋に連れ込む事に関して何ら障害はなかった。
(ううん、連れ込むって言うよりは……)
 誘い込まれたのは自分の方ではないだろうか。それは恐らく間違っておらず、後々の事を考えれば真央の誘いを蹴った方が無難ではあると分かり切っているのに、由梨子にはどうしてもそれが出来なかった。
(もしかして――)
 真央に引かれるようにして自室への階段を上がりながら、由梨子は思う。月彦が、血が繋がっているにもかかわらず何故娘の真央と関係を持ってしまったのか。その答えが、まさに“これ”ではないかと、由梨子は思うのだ。
(抗えない……)
 頭は、間違いなく正気。であるのに、真央の誘惑をはね除けられない。自分の意志とは無関係に手足が動き、部屋へと招き入れてしまう。
「……やっと二人きりになれたね、由梨ちゃん」
 ドアを閉め、ベッドに二人並んで腰を下ろすなり、ちゅっ、ちゅっと真央に舐めるようなキスをされる。そのまま強引にベッドに押し倒され、体を跨ぐようにして真央が上になると、より大胆に唇を奪われた。
「んちゅっ、んんっ……んんっ、んむっ……」
 例え“本心”は違えども、そうされれば勝手に唇と舌が応じてしまう。慣れ親しんだ“女の子の味”に、欲情も、する。
 真央の肩越しに、さも機嫌よさげに揺れるふっさりとした尻尾が見えた。右に、左に、ふぁさ、ふぁさと振られるたびに、ピンク色の粒子のようなものが散っている様に見える。
「由梨ちゃん……大好き」
 鼻息荒く呟いて、真央が衣類の上から体をなで回してくる。――由梨子はもう、観念する事にした。
「……私もですよ、真央さん」
 最早、なるようにしかならないのだ。この際、下手な抵抗をしても仕方がない。由梨子は気持ちを切り替え、“楽しむ”事にした。
 由梨子は自ら動いて、再び真央とキスをする。くち、くちと水音を立てるようにしてキスを続けながら、真央の背へと手を回して抱きしめ、その右手を徐々に真央の尻の方へと下げていく。
「ンぁ……っ……」
 スカートを捲し上げるようにしてぶんぶん振られている尻尾の付け根をそっと握り、優しく扱くようにする。次第に、キスの合間合間に真央が堪りかねるような声を上げ始める。
「んぁぁ……ふぁっ、ぁ……尻尾、いい……あふっぅ……」
 前回の経験から、そうやって尻尾を愛撫してやれば脱力し、“その後”の事がやりやすくなる事を由梨子は知っていた。
 真央がもどかしく感じるほどの愛撫をしばらく続けた後、由梨子は真央と体を入れ替えるようにして“上”になる。
「はぁ……はぁっ……由梨、ちゃん……んんっ……!」
 潤んだ目で自分を見上げる真央に微笑みを一つ、被さるようにして再び唇を奪い、薄手のセーターの上から憎たらしいほどに質量たっぷりな胸元をやや強めにこね回す。
「ンンンぅぅ……!」
 唇を防がれたまま、真央が些か苦しげに呻く。が、それが他ならぬ歓喜の声であることも、由梨子は知っていた。
 もっと強く、痛いほどにこね回して欲しい――真央の挙動が痛烈なまでにそう物語っていたが、由梨子はあえて無視をした。セーターを捲し上げ、激しく上下する腹部に軽くキスをし、てろりと舐めた後、流れるような動作で真央のスカートの内側へと潜り込む。
「あンっ……!」
 真央が甘い声を上げたのは、潜り込む際に鼻先が微かに下着に触れたからだ。スカートの内側は、既に濃密なフェロモンが充満していて、由梨子はそれらを胸一杯に吸い込みながら、真央の太股の付け根にそっとキスをした。
(頭が……痺れそう……)
 濃すぎるフェロモンが、興奮以上の“何か”の作用を由梨子に及ぼし始めていた。反射的に由梨子はキュッと太股を閉じるような仕草をしたが、そんな事で“止まる”筈もなかった。
「……っ……」
 このまま真央のフェロモンを至近距離で嗅ぎ続けていたら頭がどうにかなってしまいそうな気がして、由梨子は逃げるようにスカートの中から体を起こした。
「由梨ちゃん……」
 不安げな目で見上げながら、そっと真央は由梨子の手を握ってくる。その手を“熱い”と感じないのは、由梨子自身の体も火照り始めているからだった。
「ねぇ、由梨ちゃん……この前の“アレ”……また、シて?」
 不安げな、しかし期待の交じった目で見据えられ、由梨子はゾクリと身震いをした。
(ダメ……そんな目で、見ないで下さい、真央さん……)
 ゾクゾクと、悪寒にも似た興奮を覚えながら、由梨子は自分が変わっていくのを感じた。



「……いやー、相変わらずっつーか、白耀んちの風呂は格別だなぁ」
 相撲取りが十人は同時に入れそうな程に広い檜風呂にゆったりと浸かりながら、月彦は今にも歌い出さんばかりにくつろいでいた。
(……“土産”を届けて、“相談”したらさっさと引き上げる筈だったんだが……)
 気がつくと夕食を馳走になり、挙げ句風呂にまで浸かってしまっている。我が事ながらなんと流されやすいのだろうと、月彦はもはや苦笑しか沸いてこなかった。
「喜んで頂けて何よりです」
 その傍らには、同じく湯に浸かった白耀がその白い肌をほんのりと赤らめていたりするのだが、これがまたそうと知らなければ女性が入浴している様にしか見えなかったりする。無論、月彦はすでに何度か共に風呂に入り慣れてはいるのだが、最初の頃などはなんとも女性的な肌の質感などに一瞬どきりとしてしまった事もあった。
(……ほんと、女に生まれてりゃー、すげえ美人だったんじゃなかろうか)
 そのことが惜しいようでもあり、反面ほっとしたりもする。
「……まぁ、とにかくアレだ。白耀はもう少し男らしくなった方がいいかもな。外見的に、っていうよりは内面的にって事だが」
「……男らしく、ないですか?」
「ちょっと、な。いや、落ち着いた感じでそれはそれで良いとは思うんだが、好きな女に関する事くらい、多少がっついてるくらいのほうがいいと思うんだ」
「……本当に、菖蒲もそれを望んでいるんでしょうか」
「夕飯前にそのことは何度も話し合っただろ? 菖蒲さんは間違いなくお前の奥手っぷりに焦れてる、それは間違いない!」
 その証拠に、もっと積極的に行けと白耀をたきつければたきつけるほどに夕飯のおかずがどんどん豪華になるわ、夕食後はデザートまで出てくるわと普段ならば考えられないサービスの目白押しだったのだ。
「……月彦さんの仰る事も解ります。……しかし、そういった“距離”というものは無理をして縮めなければならないものでしょうか」
「……ふむ」
 白耀の言葉に、月彦は若干考えさせられた。確かに菖蒲がそれを望んでいる以上、白耀をたきつける事は正しい事のように思えるのだが、それは逆に白耀の気持ちを無視することにはなりはしないだろうか。
(……難しいな。いっそさっさとヤッてしまえば全て丸く収まる気がするんだが)
 そういった“丸く収まり方”が繊細な白耀には我慢ならないことなのかもしれない。
「解った。白耀がそこまで言うなら、俺も無理には焚きつけないでおこう」
「……すみません、我が儘ばかり言ってしまって……」
「いいや、白耀の場合はきちんと自分の中に芯があるって事だろうから、良いんじゃないかな」
 ただ徒に女性の体に触れる事を怯えていた頃とは違う、好きだからこそ大切にしたい――そんな白耀の思いがひしひしと伝わってきて、月彦はむしろ微笑ましくすら感じるのだった。
「……失礼します」
 不意に、カラカラと脱衣所の戸が開かれ、これまた器用にメイド服をたすきがけにして袖と裾を引き絞った従者が現れた。
「宜しければ、お背中を流しましょうか」
「あぁ……そうだな。俺は白耀の後でいいや」
「い、いえ……僕は自分で流しますから」
「ん、そうか? じゃあ、俺だけ頼もうかな」
 既に湯船に入る前に体は洗っているから、別段改めて流してもらう必要などは無いのだが、こういった人の親切は受けないとかえって失礼にあたると月彦は思っていた。
 故に、ざっぱぁと何の遠慮もなしに湯船から立ち上がったわけなのだが、その刹那、“場”が凍り付いた。
「ん……?」
 見れば、いつも冷静沈着、氷の仮面でもつけているかのように無表情な従者は、口を「いっ!?」の形に引きつらせたまま身構えるような姿勢で硬直していた。その尻尾の毛は何かとてつもないモノでも見てしまったかのように逆毛立ってしまっている。はてなと月彦が白耀に視線を戻すと、白耀もまたぷいと逃げるように視線を反らせてしまった。
(……はて? なんか前にもこんな事があったような……)
 月彦は首をひねりながらぺたぺたと歩き、風呂椅子へと腰掛けた。程なく金縛りから解放された従者がふるえる手で背中を流してくれたのだが、場の奇妙な空気が消える事は無かった。


 はぁ、はぁ、ふぅ、ふぅ……
 薄暗い室内に木霊する、獣のよ。うな息づかい。果たしてそれは己の口から発せられているのか、それとも今自分が見下ろしている相手の息づかいなのか。
 由梨子にはもはやそんな簡単な事すら判断が付かなくなっていた。
「真央さん……」
 由梨子は、見る。赤のブラとショーツ、そして黒の靴下だけの姿で、息も絶え絶えといった風にベッドに座り込んでいる真央を。その両手は他ならぬ由梨子の手によって後ろ手に縛り上げられ、さらにアイマスクによって視界のほうも完全にふさがれていた。
 由梨子はそっと右手を真央の髪へと這わせ、撫でるようにして頬の方へと下ろし、そのまま唾液にぬれた真央の唇へと指を這わせた。
「んんっ……んっ……」
 人差し指と中指の二本を真央の口腔内へと差し込むと、たちまち真央は由梨子の指を吸い、舐め始めた。
(ぁぁ……っ……)
 指先が丹念にしゃぶられるその感覚に、由梨子はゾクリと悪寒にも似た快楽に身を震わせる。
(真央、さん……)
 冷静に考えるまでもなく、“これ”は異常な状況であると由梨子には解っている。眼前には、半裸で拘束された同級生が涎をこぼしながら一心不乱に自分の指をしゃぶっているのだ。どうしてこういう状況になったのか等由梨子にはもはや解らない。
 解るのは、これから先、どうすればより真央が喜ぶか――という事だけだった。
「んぁっ……ぁっ……」
 由梨子はひとしきり指で真央の唇を愛でた後、ついと指を引き抜いた。そのまま唾液にぬれた指で頬へと触れ、首、そして胸元へと這わせる。
「ぁっ、やっ……」
 やや乱暴な手つきでブラを外し、そのたわわな質量を解放する。つんと、堅くそそり立った先端を唾液にぬれた手でつまみ、キュッと引っ張り上げる。
「ァァッ!」
 たちまち、真央が悲鳴を上げ、膝立ちをするようにして背を反らせる。同じ女性である由梨子には、当然そのようにされたらどれほどの痛みが走るのか想像に易かったが、それでも尚一切の加減はしなかった。
「やっ、い、痛っ……由梨ちゃ……止め……っ……ァアッ!!」
 真央が震える声で懇願する。由梨子はそんな声などまるで聞こえない――という体を装い、しかし唐突に指を離した。途端、真央は糸の切れた操り人形のようにかくんと脱力し、ベッドの上に尻餅をつく。
 その肩を由梨子がつかみ、ぐいと力任せにベッドに押し倒した。
「ぁ……」
 惚けたような声を上げる真央を、由梨子は再びベッドの上に立ち、見下ろす。視界もきかず、両腕も封じられたその無防備な姿が、堪らなく由梨子の加虐心をかき立てる。
「ぁっ、ぁぁぁあッ、ぁあ!」
 由梨子は無意識的に、真央の体の中で最も目立つその胸元を踏みつけた。靴下越しに乳房の柔らかな感触と、そしてこりこりに凝った先端の感触を感じながら、ぐりぐりと、ひねるようにして踏みつける。
「やっ、ぁっ……おっぱい、そんなっ……ァァァッ!!!」
「……真央さん、ひょっとして……感じてるんですか?」
 由梨子はうすら笑みすら浮かべながら、さらにぐりっ、と足をひねるようにして踏みつける。
「縛られて、目も塞がれて、おっぱい踏みつけられて感じてるんですか?」
「やっ……ち、違っ……ぁぁぁァァァッ!!!」
 足の裏で先端をこするようにして踏みつけると、真央はさらに甲高い声を上げ、頭を振りながらかすかに暴れる。まるで、陸に打ち上げられた魚の様に時折体を跳ねさせるその様を見ていると、より強く踏みつけてやりたいという気分にさせられる。
「……っ……」
 そして、真央をそのように無慈悲に踏みつければ踏みつけるほどに、下腹の辺りにキュンと痺れるような刺激が迸る。それはかつて、円香をそのように踏みつけにした時とは段違いの快楽だった。
(嘘……どうして、こんなに……)
 下腹から全身を突き抜ける、とろけるような快楽に晒されながら、由梨子は俄に冷静さを取り戻していた。改めて、自分はとんでもない事をしていると認識するも、しかしそれを止められない。それどころか、より強く、踵を押しつけるようにして真央を踏みつけてしまう。
「ァァァァアッ!!!」
 びくぅッ――真央が一際大きく声を上げ、体を跳ねさせる。その様を見て、由梨子は自分が意地の悪い笑みを浮かべてしまっている事に遅まきながらに気が付いた。
「くす……こんな事されてイッちゃうなんて、真央さんは本当に変態ですね」
 それとも――と、由梨子は真央の胸元から足を退かし、今度は頭を踏みつけるようにして身を屈める。
「淫乱、って言われたほうが嬉しいですか?」
「い、イヤッ……ァァッ……」
 絶頂の余韻の交じった、真央の悲痛な声がさらなる快楽を由梨子に与える。その事に身震いしながらも、由梨子は頭の奥で恐怖にも似たものを感じていた。
(やだ……私、何、して……)
 クラスメイトを、親友を言葉で詰りながら、頭を踏みつけにするなど正気の沙汰ではない。そうだと頭では解っているのに止められず、それどころか禁忌を犯しているような自分の行為にかつて無いほどの興奮を覚えてしまっているのだ。
「……ンッ……」
 つつと、何かが太股を這う感触に由梨子はつい声を漏らしてしまう。気が付けば、あまりの興奮に下着どころか太股を伝うほどに溢れさせてしまっていた。
「真央さん……」
 頭の芯が熱く、滾っているようだった。下腹の疼きも堪えがたく、それら全てが眼下で横たわっている親友せいに思えて、腹立たしくさえある。さあ、次はどのように責めてやろうか――そんな事を考えている自分を、由梨子はまるで他人の思考を読んでいるような気分で見守るしかなかった。
(違う、こんなの……私じゃない……)
 まるで、何かに憑かれでもしたかの様。由梨子は徐に真央の頭から足をどけると、自ら溢れさせたものでぐっしょりと濡れた下着をするりと脱いだ。
「真央さんがゾクゾクするくらいいやらしい声ばかり上げるせいで、下着が汚れちゃったじゃないですか。どうしてくれるんですか?」
 何という言いがかりだろうか――無論由梨子の中の冷静な部分は己の口から出た暴論に目眩にも近いものを感じたが、実際の由梨子はそれこそ人が変わったような意地の悪い笑みを浮かべ、髪の毛を掴んで膝立ちにさせ、まるめた下着を息も絶え絶えな真央の口の中へと押し込んだ。
(……っ! 止めて……!)
 そう叫んだのは、他ならぬ由梨子自身だった。勿論その叫びは声とはならず、ただ心の中で小さな波紋を起こしたに過ぎなかったが。
「私がいいって言うまで吐き出したらダメですよ」
 言うが早いか、由梨子は髪を掴んでいた手を離し、真央を俯せに倒した。その目が次に捕らえたのは、焦れったげに左右に揺れる尻尾だった。
「んンふっ……!」
 その付け根を掴んだだけで、真央は膝を立てるようにして声を上げる。勿論、口の中に詰め込まれた下着は律儀に咥え続けたままだ。
「尻尾……こんなに勃たせて……触って欲しいって事ですか?」
「んんっんんんっ!」
 真央は必死に首を振るが、それが見え透いた芝居であることなど、由梨子には解っていた。だから、やんわりと尻尾を扱き始めた。
「ンンふぅ……!」
 嫌がっているような、しかしまんざらでもないような――それでいて、刺激の弱さが不満そうな、そんな息づかいだった。
 由梨子は、尻尾を扱く手の動きを徐々に早く、強くしていく。
(……っ……だ、め……頭……痺れる……)
 まるで、男性器でも扱いているような手つきで擦り上げながら、由梨子は己の中に最後まで残っていた“正気”が消え去っていくのを感じた。そう、さながら尻尾に触れる事で手を通して毒でも刷り込まれてしまったかの様に――。
「ンンッ、んっ……んっ……んっ……んっ……!」
 由梨子の手の動きに合わせるようにして、真央が息を漏らす。上体を伏せたまま膝だけを立てたその姿勢からさらに、下半身を差し出すように突き出したその姿に、由梨子はつい苦笑を漏らしそうになってしまう。
(…………そうやっていつも、先輩に“おねだり”をしているんですか?)
 尻尾を刺激され、我慢できなくなった真央がそうして下半身をさしだしている様が目に見える様だった。そして、幾度となくそうやって月彦を誘惑し、寵愛を受けてきたであろう真央がますます憎たらしく思えてくる。
「ンンンっ……ンゥ……!」
 焦れったげに、そして切なげに真央が尻尾を振る。それは、尻尾だけでは物足りない、という事だと、由梨子はすぐに察した。由梨子自身、尻尾のすぐ下、既に色が変わるほどに溢れさせたその場所がなんとも美味そうに見え、できればすぐにでも下着を下ろし唇を付けて甘い蜜を啜りたいのは山々ではあったのだが。
「ダメですよ、真央さん」
 由梨子は冷徹に真央の要求を却下し、尾の付け根をキュッと強く握りしめた。
「私は、先輩みたいに真央さんを甘やかしたりはしません。…………きっちり躾て、男の子とするよりも女の子同士のほうが気持ちよくなれるって、教えてあげます」
 まずは、真央が気が狂いそうになるくらい、尻尾だけで焦らしてやろう――完全に正気を失した由梨子には、そうすることが至極当然のように思えた。


「そういえば、何か相談したいことがあると仰ってませんでしたか?」
 白耀が不意に思い出した様に言ったのは、湯上がりに火鉢の脇で将棋などをさしている時だった。
 一瞬はてなと思い、記憶を巡らせてはたと、月彦は本来の用件を思い出した。
「そ、そうだ! 忘れる所だった!」
 いつもとはうって変わった居心地の良さについつい和み、くつろいでしまっていた。危うくただの楽しいお泊まり会になってしまう所だった。
「……実は、相談っていうのは真央の事なんだ」
「真央さんの件……ですか。僕がお役に立てるような事なら良いのですが」
「それなら大丈夫。いろいろ考えた結果、白耀に聞くのが一番的確で手っ取り早い筈なんだ」
 と言うより、他にまともに相談できる相手がいないというべきか。妖狐の教育方針など普通の人間は聞かれても答えようがないであろうし、何より“母親”に尋ねるなどもってのほかだった。
「実はな……最近、ちょっと目に余るようになってきたんだ」
「目に余る……?」
「悪戯っていうか、悪巧みっていうか……勿論、俺なりに叱ったりもしてるんだが、いまいちそれが正しいのか自信が無くなってきてな」
「ああ、そういう事でしたか」
 白耀はまるで月彦の不安を吹き飛ばそうとするかのように、からりと笑った。
「真央さんは確か……まだ五つくらいでしたよね。そのくらいの妖狐の子供は、誰も彼も悪戯好きなものです。真央さんだけが特別なわけじゃありませんから、安心して下さい」
「そ、そういうものなのか……何せ、母親が“アレ”だからな……このままああなるんじゃないかと不安で堪らなくてな……」
「…………よく、解ります。僕自身、ああなってしまうんじゃないかと、どれだけ不安だったか……」
 ふっ、と二人して天井を見上げ、遠い目をする。同じ傷を持つ者同士にしか分かり合えない絆だった。
 しばしの沈黙。月彦は側の火鉢の網の上でちりちりと良さげな音を立てて膨らんでいるかき餅を手に取り、お手玉をするようにしながらはふはふとかぶりつき、茶で流し込んでふうと一息をつく。
「……んじゃ、とりあえずは今まで通り、悪さをしたらちゃんと叱ってやるようにすれば、あとはそのうち悪戯癖とかは収まるって事でいいのか?」
「そうですね。あと十年もすれば自然と落ち着いてくると思いますよ。僕がいい例です」
「……十年……か」
 白耀はさも気軽そうに言うが、月彦は十年という長さに気が遠くなる思いだった。
「まてよ、僕がいい例……ってことは、白耀も昔はやんちゃだったのか?」
「ははは……お恥ずかしい話ですが、月彦さんの仰る通りです。昔は些細な悪戯をしてはよく母に――」
 と、そこまで口にした瞬間、白耀はピタリと言葉を止めてしまう。そのままの姿勢で固まってしまい、はてなと月彦が首を傾げるや、次第にぶるぶると体を震わせ始める。
「……白耀?」
「は、母に………………うわああああああああああああああああ!!」
 突然声を荒げたかと思えば、狂人のように髪を掻きむしりガチガチと歯を鳴らし踞るようにして伏せてしまう。
「おいっ、白耀! 大丈夫か!?」
 大声で呼びかけても、白耀は反応を返さない。肩を抱くようにしたまま踞り、何かしきりに呟いている。月彦が耳を峙ててみると、それは“ごめんなさい”と“もうしません”の二つが呟かれているらしかった。
「白耀! しっかりしろ!」
 これはいかんと、月彦は白耀の肩を揺さぶるようにして無理矢理体を起こさせ、その頬を二,三発強烈に張り飛ばした。
「あっ……」
 と、その虚ろな目が漸く月彦を捕らえたらしかった。
「す、すみません……少し取り乱してしまったみたいで……」
「大丈夫か? 一体どうしたんだ」
 全然“少し”ではないと思いつつも、月彦はとりあえず白耀に深呼吸をさせ、その背を撫でてやった。
「……ちょっと、昔を思い出してしまって……」
「…………そうか。解った。無理には聞かない」
 下手に聞いてまた発作を起こされても困ると、月彦は話題を終わらせようとした。
「……あれは、まだ三つになったばかりの頃だったと思います」
 しかし、月彦の言葉が聞こえなかったのか、白耀は今だ震えの止まらない体を抱きしめるようにしながら、ぽつりぽつりと語り出した。
「確か、小さな狐火を使えるようになったばかりで、いろんなものを燃やしてみたくてウズウズしてた時の事です。家の縁の下に潜って小さな虫なんかを焼き殺して遊んでたら、不意に目の前にだらりと垂れ下がったものが見えたんです……」
 自白とも懺悔ともつかない口調で、白耀はさらに言葉を続ける。
「それは、縁側でひなたぼっこしながら昼寝していた母の尻尾の先だとすぐに解りました。勿論、そんなものに火をつけたらあとでこっぴどく怒られるのは解ってました……けど、どうしてもやってみたいという誘惑に勝てなかったんです。それで……」
「……火をつけちまった、と」
 最早言わずもがなな事を月彦はあえて口にした。
「……どうして」
 がしっ、と。月彦の腕が尋常ではない力で掴まれた。眼下には、悪鬼に取り憑かれたような顔をした白耀が居た。
「どうしてあんな酷いことが出来るんですか! 相手はまだ三つになったばかりの、しかも自分の子供ですよ!? それなのに、あんな、あんな――」
 うっ、と言葉を詰まらせるや、白耀はのたうつようにして乱暴に障子戸を開け放ち、廊下へと転がり出るや忽ち嘔吐した。
 その背をさすってやりながら、月彦は思った。真央は少々甘やかされすぎではないか――と。


「っ……くっ……ンっ……ふふっ……真央さん、上手ですね。……さすがです」
 ベッドに腰かけ、由梨子は心地よさそうに漏らす。開いた足の間には級友にして親友、それでいて恋敵でもある真央が四つんばいのままスカートの下へと頭を潜らせていた。
「っ……ンッ……」
 喘ぎ声の大半を吐息として漏らしながら、由梨子はスカート越しに真央の頭を撫でる。その視線の先には、先ほどまでさんざんに焦らしながら弄り、弄りながら焦らした尻尾がゆらゆらと頼りなげにそそり立っていた。膝下まで脱がしたピンクの下着まですっかり色が変わってしまっているが、そこまでやって尚、由梨子はまだ一度も真央をイかせなかった。
 お願い、由梨ちゃん……イかせてぇッ!――そう懇願する真央に、由梨子は冷徹に言い放ったのだ。まずは奉仕するのが先だと。
「っ……はァ……ッ……真央さん……もっと。もっと……指で、広げるみたいにして……奥まで……ンッ……!」
 気取った仮面は、高まる性欲と焦燥によって徐々にはげ落ち始めていた。行為の主導権を握る楽しさは、命令のままに奉仕をする親友の姿と相まって由梨子に身震いするほどの興奮を呼び、支配者の悦楽を覚えさせる。
(やだ……これ、スゴい…………溢れて、止まらない…………!)
 愛撫による刺激そのものよりも、“命令”してその通りに“させる”というシチュエーションそのものに、由梨子は興奮していた。思い返せば、今までの相手は全て年上であり、殆どと言って良いほどに由梨子はイニシアチブを握る事が出来なかった。
「んくっ、……ぷぁっ……んんっ……」
 スカートの下で、溢れ出る蜜を処理しかねているような真央の呻き。当然だろう、由梨子自身、これはヤバいのではないかと背筋が冷える程に興奮してしまっているのだ。真央に処理をさせていなければ、とっくにベッドシーツを通してその下のベッド本体にまで染みてしまっている事だろう。
 いつもであれば、そこまで溢れさせてしまう自分の体を呪い、茹でられたように顔を赤く染めてしまう所であるが、今の由梨子にはそこまで体裁を気にする余裕はなかった。眼前にいる恋敵にして親友でもある女をどういたぶり、苛めてやろうかという思案で頭が一杯だったからだ。
 そう、既にそんな考えを懐く自分を恥じるような理性さえ、由梨子は失っていた。
「ぁっ…………ぅっ、……ぅンッ……!!」
 “妄想”で頭が一杯になった瞬間、由梨子の興奮は最高潮に達した。控えめに声を押し殺しながら、体をぶるりと震わせ、イく。下半身から痺れるような快楽が迸り、まるで射精でもするかのように蜜が飛び、真央の顔を濡らす。
「ふーっ……ふーっ……ふーっ…………真央さん、もう良いですよ」
 初めは撫で、次には抑えつけるようにして沿えていた手を離し、由梨子は真央の頭をスカートの下から抜かせた。とろりとした蜜で濡れたその顔を目にするなり、由梨子は顔射をしたがる男の気持ちが分かったような気がした。
 要するに、これは刻印なのだ。
(あぁ……真央さん、またそんな目で……)
 脅えるような真央の上目遣いに、由梨子はぶるりと体を震わせてしまう。こんな目で見上げられたら、例え慈悲に満ちあふれた神父や聖母であっても、己の内側から沸き起こる邪な考えに口の端をつり上げてしまうのではないかと思わせる程に、真央の目は見る者の加虐心を擽るのだ。
(……先輩をああいう風にしてしまったのは、真央さんだったんですね)
 或いは、月彦が真央をこのようにしてしまったのだろうか。真相は、今の由梨子にはどうでもよかった。兎に角、真央を苛めたくて仕方がなかった。
「真央さん、今度は私がシてあげますから、ベッドの上に上がって下さい」
 由梨子は普段通りの――否、普段以上に優しい物言いで促した。そう、逆にその優しさが怖いと、真央が思う事を意図しての演技。
 言われるままに、おずおずと真央がベッドの上に上がる。その体は既に殆ど全裸に近く、唯一身につけているものといえば膝上まで下ろされたままの下着のみだ。由梨子にはまるでそれが己に残された最後の理性のように思え、一も二もなく指をかけて真央の体から剥ぎ取ってしまった。
 そのまま真央の足を広げさせ、吸い寄せられるように股ぐらへと顔を近づけた。事実、吸い寄せられたのだ。異性どころか同性すらも狂わせるほどに濃密濃厚なフェロモンは既に部屋中に充ち満ちて、由梨子の脳を痺れさせていた。
「あっ、ぁああんっ!」
 声を抑えていた由梨子とはうって変わって、真央は由梨子の唇が軽く触れただけで過敏に反応し、声を荒げた。
「ぁっ、ぁっ、ぁっ……やっ、ンッ……!」
 由梨子は秘裂を指で広げ、ピンク色の粘膜をなぞるように舌を這わせる。溢れる蜜を啜ると、舌が溶けそうになるほどに甘く感じられて夢中になってすすり上げた。
「ゆりっ、ちゃ……あぁぁんっ……ぁあっ……んっ……そこ、そこ、いいっ……あんっ!」
 五分ほど夢中になって蜜を啜って漸く、由梨子は気が付いた。これはただ真央を喜ばせているだけだという事に。そう、これではダメなのだ。自分が聞きたいのは、単なる官能の喘ぎ声ではない。もっと悲痛な、それでいて艶のある声なのだ。
 その為にはどうすれば良いか――由梨子は殆ど考える前に、ぴんと勃起している淫核へと狙いをさだめ、ちゅっと吸い付くようにしてキスをする。真央が驚いたような声を上げて体を強張らせたその時、由梨子はくっ、と微かに歯を立てた。
「いッ……ぁっ、ああァァーーーーーーーーッ!!!!」
 それは、耳にしているだけで下半身が痺れ、太股まで濡れてしまうような雅な声だった。背を弓なりに反らせ体を跳ねさせながらイく真央の姿を見下ろしながら、由梨子もまた己が軽く達してしまったのを感じた。
(……真央さんの、声を聞いただけで……)
 なんといういやらしい声で鳴くのだろう。そんな声を聞かされたら、女の自分でさえますますむしゃぶりつきたくなるというのに。ましてや、男の月彦であれば――。
(……ズルいですよ、真央さん)
 貴方には天与のものが多すぎます――そんな抗議の視線を真央に向けて、由梨子は右手を真央の秘裂へと這わせ、誘うようにヒクついている場所へと指を埋没させていく。
「ぁっ、やっ……まだっ…………ァァァァッ!!」
「くすっ…………真央さんって、ココ擦られるの好きでしたよね」
 前回の情事の際、大体のツボは把握した。由梨子は中指と人差し指を埋没させ、真央の中で折り曲げるようにしてザラザラとした場所を入念に愛撫する。
「ぁっ、ァッ、あッ……ぁっ……やっ、ぁっ、だめっ、そこっ、弱い、のぉ……はぁぁぁぁぁぁ……っ……」
 だめ、と言いながら真央は由梨子の右手を掴んできて、そのくせ腰のほうは愛撫をねだるように焦れったくくねらせる。その相反する行動が由梨子にはおかしく、微笑を浮かべながらさらに指先で真央の弱点を刺激する。
「あっ、あっ、あっ……!」
 真央は徐々に目を潤ませ、うっとりと細めるようにして喘ぎを漏らす。由梨子の愛撫に完全に陶酔しきっているかのように体から無駄な力を抜き、されるがままになる。
「だめっ、だめぇっ……そこ、そんなに擦られたら……イくっ…………イきそうっ……だめっ、だめっ、イくっ……すぐイッちゃうッ……だめぇえっ……!」
「……ここ弄るのダメなんですか? じゃあ、止めましょうか」
 興奮のあまり、混乱さえしているような真央の物言いに優しい笑みを返し、由梨子はあっさりと愛撫を止めてしまう。
「やぁぁぁっ! だめっ、止めないで、もっとシてぇ……!」
「真央さんがダメって言うから止めたんですよ? それなのに止めるのはダメだなんて、私はどっちを信じればいいんですか?」
 由梨子は苦笑しながら、少しだけ愛撫を再開させる。如何にももどかしい、真央を絶対にイかせない程度の弱さで。
「ぁっぁ……ぁぁっ、ぁっ……やっ、ゆり、ちゃ……お願い……意地悪、しないでぇ……」
 真央は由梨子の右手を掴んだまま、イヤイヤをするように首を振る。目尻に涙を浮かべたその顔が、由梨子にはどうしても「お願い、もっと意地悪してぇ……!」という様にしか見えない。
(それに、こうして焦らせば焦らす程に……)
 埋没させている指が、徐々に動かしづらくなってきているのを由梨子は感じていた。トロトロの蜜にまみれた肉襞がキュウッ、と絡みついてきて、そのままウネウネと由梨子の指をしゃぶるように蠢くのだ。
 由梨子は思う。もしや、これが所謂“名器”と呼ばれるものなのではないかと。その証拠に、由梨子自身先ほどから一体何度生唾を飲み込んだか知れない。もし自分が女ではなく男であり、男性器があれば、一も二もなくこの感触を味わってみたくて堪らないだろう。
(本当に、ズルい……)
 何の努力も為しに、天性これだけの魅力を備えている真央が心底妬ましいと思う。だから、多少の意地悪くらいはして当然なのだと。訳の分からない論理が由梨子の中で組み上がっていく。
「真央さん、イかせて欲しいですか?」
 そう、自分には意地悪をする権利があるのだ。そんな想いが、由梨子の歪んだ欲望を実現させる為の口実と化した。
 由梨子は真央に添い寝をして、そのまま背後から抱きすくめるように身を寄せ、そっと真央の狐耳の中に唇を差し入れる。
「…………先輩よりも私の方が良い、って言えたら、イかせてあげますよ」
 正気でさえあれば、絶対に口にしない言葉だった。事実、真央の中で月彦以上の存在になるのは不可能であると、そもそもそう在る必要すらないと思っていた。
 だが今の由梨子は、こう命じる事で真央が一体どういう反応を返すのか――その好奇心に抗えなかった。
「ぇ……そんな、事……」
「この場限りの嘘でも構いませんよ。……言えないなら、このままお終いにするだけです」
 そっと指を引き抜くような仕草をすると、真央は慌てて由梨子の右手を握る手に力を込めた。
「真央さん? どうするんですか?」
「ぁ、ぅ…………で、でもぉ…………」
「嘘でもいいんですよ? それに、先輩には絶対言いません。私だって、真央さんにそんなことを言わせたなんて事、絶対秘密にしたいですから」
「あ、あんっ!」
 真央の覚悟を促すように、由梨子は狐耳をはみはみしながら空いている手でもぎゅもぎゅと乳をこね回す。しかし、肝心の右手は微動だにさせない。真央が腰をくねらせて擦りつけようとしても、巧みに指を引いてかわし続ける。
「はぁ、はぁ……い、言う……言うから、シてぇ……イかせてぇ……!」
 嘘でも構わない、とはっきり明言したのが効いたのだろうか。由梨子の予想よりも遙かに容易く真央は堕ちた。
「だったら早く、ほら……真央さん?」
 んっ。と、真央は唾を飲み込むように唇を噛み、そしておずおずと唇を開いた。
「父さま、より……由梨ちゃんのほうが……いいの……」
 嘘とはいえさすがに後ろめたいのか、真央は由梨子から視線を逸らすようにしながらぽつりと呟く。
「くす、本当に言っちゃったんですね。……真央さん、そんなにイかせて欲しいんですか?」
「っ……だ、だって……ぁっ……ン……」
 戸惑う真央の顎を由梨子は左手で掴み、後ろを向かせながら口づけをする。そうして舌を絡ませながら、由梨子はゆっくりと右手の動きを再開させる。
「んんっ……んんんっ…………」
 真央が微かに喉奥で噎び、そしてうっとりと目を細める。真央のそんな反応に由梨子は満足しながら、ゆっくり、ゆっくり。少しずつ、人差し指と中指の先で、真央の弱い場所を擦る。
「んんっ、ちゅっ、んんっ……んんふっ……んんっ……!」
 徐々に強く、早く。真央の喉奥の叫びから、由梨子にもその快楽が伝播するかのようだった。由梨子は右手の指でザラザラの部位を刺激しながら、同時に左手で淫核を愛で、真央が達する直前に強く抓り上げた。
「ひァアッ! あッ、あァァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!」
 ゾクゾクゾクッ……!
 真央の甲高い嬌声に、由梨子もまた身震いしてイく。そう、自分が聞きたいのは真央のこの声なのだ。この声が、もっと聞きたい――由梨子は舌なめずりして、愛撫を再開させた。


「――――はッ!?」
 突然、稲妻のようなものがキュピーンと頭を貫いたような気がして、月彦ははたと辺りを見渡した。
「……紺崎様?」
 床の用意をしていた菖蒲が怪訝そうな声を出すも、月彦自身、一体全体何がどうしたのか全く解らなかった。
「あ、いや……なんか今、変な感じがして……」
 まるで、自分のあずかり知らない所でとんでもないことが着々と進行しているような――そんな悪寒めいたものを一瞬感じたような気がしなくもなかったのだ。
 戸惑う月彦をよそに、寡黙な従者はてきぱきと床の用意を済ませる。恐らくは予め来客用の寝室として作られたであろう四畳一間の寝室はどこか懐かしささえ覚えてしまう造りだった。
「菖蒲さん、白耀……大丈夫かな」
 不意に、隣の寝室で横になっている白耀の事が気がかりになって、つい月彦は漏らしてしまった。従者は一瞬、お前が余計な事を言ったから白耀さまは……、と言いたげな顔をして、すぐに無表情に戻った。一時は大分親密度が増したかにみえた菖蒲だったが、白耀の体調を崩してしまったせいで再び警戒すべき相手というカテゴリに振り分けられてしまったらしい。
「少し微熱があるようですが、薬もお飲みになられましたし、あとは一晩横になっていれば大丈夫だと思います」
「そっか……良かった。…………まさかあそこまでトラウマが凄いとはな……悪いことしちまった。朝になったら、改めて謝らないとな」
 別段、無理に聞きだしたわけではなく、どちらかというと白耀が自ら口を滑らせたような形ではあるのだが、そもそもの切っ掛けはといえば間違いなく自分ということで、月彦は責任を感じていた。
 そんな思案をしている間にも、従者はてきぱきと寝具の配置を済ませ、静かに寝室を後にする。
「あ、菖蒲さん!」
 その背に――正確には、既に障子戸の向こうに行ってしまっている菖蒲の陰に――月彦は反射的に声をかけていた。
「……何か御用ですか?」
 すっ、と何故か障子戸を僅かに開けて片目だけを覗かせるようにして菖蒲が答える。
「あっ、いや……用って程の事じゃないんだけど……」
 そもそも、何故自分は菖蒲を呼び止めたのだろうか。月彦自身、その理由を計りかねていた。
(何だろう、この感じは……何か、ひどく大事なことをやり忘れてしまっているような……)
 例えるなら、毎日の日課をうっかり忘れたまま床に入ろうとしているかのような違和感。目が、本能的に菖蒲の方へと向く。
「菖蒲さん、良かったら……一晩同じ布団で寝てみない?」
「…………は?」
 まるで狂人を見るような目で言われ、月彦は氷水をぶっかけられたような思いがした。
「ごめん、違うんだ。そんな事が言いたかったんじゃなくて……」
 月彦は慌てて頭を巡らせる。が、何故か菖蒲を布団へと誘うような言葉しか沸いてこない。
「……用件が無いのでしたら下がらせて頂きます。……お休みなさいまし」
「あっ、ちょっ――」
 今度は、待ってはくれなかった。ぴしりと障子戸を締めるや、どういうからくりか菖蒲の姿は文字通り陰も形も消え失せてしまっていた。
「どうする……部屋を捜して夜這うべきか……?」
 そんな事を呟いてはたと、月彦は己の正気を疑いたくなった。
(俺は何を言ってるんだ……?)
 一体全体何がどうなって菖蒲を夜這いせねばならないのか。そもそも何故そのような発想が己の中から出てきたのか。
(大体、そんな事出来るわけないだろ。下手すると冗談抜きで殺される)
 あの菖蒲の身のこなしを見れば、ただの人間に過ぎない自分など到底太刀打ちできる筈が無いという事くらい解るというものだった。
(……でも、なんとか寝技にさえ持ち込んでしまえば…………)
 それとなく頭の中でシミュレーションなどを始めてしまって、またしてもハッと正気に戻るや月彦は部屋の柱に強かに額を打ち付けた。
「だからっ、何でそうなるんだ! 俺の頭はどうなってんだ!」
 こつ、ごつと発情期のサイのように頭をぶつけ続け、今度はそのせいでくらくらと立ちくらみを覚えて月彦はすとんと布団の上に腰をおちつけた。そのまま寝てしまうのが一番なのだが、どういうわけかそういう気にならないのだ。
(……だって、考えてみたら俺……今回まだ何もしてないぞ?)
 このままでは終われない――そんな強迫観念にも似た想いを懐いて悶々と布団の上で悶え続け、何故か小一時間の後にはやはり夜這いに行くしかないという結論になってしまっていた。
 月彦は音もなく障子戸を開け、廊下へと躍り出た。冬の寒気が一層身に染みるが、そんな事はどうでもよかった。
(……さて、菖蒲さんの部屋は……どっちだ?)
 何度も真田邸へと通い、大体の構造は頭の中にあったが、あの寡黙な従者の私室だけは一度も見たことがなかった。となれば、消去法で一度も行ったことがない部屋を捜していけば良いのではないか。
 そこまで考えて、月彦は気が付いた。何か、細い糸のようなものが先ほどからしきりに鼻を擽っているのだった。勿論それは糸などではなく、微かな、本当に微かな牝の残り香に他ならなかった。
 成る程、“これ”か――月彦はほくそ笑み、足音を殺したまま匂いを辿っていく。歩を進めるたびに、次第に匂いが強くなってくる。程なく、真田邸のブラックボックスの一角であるこじんまりとした部屋――何故かその部屋だけは引き戸ではなく、洋風のドアという作りになっていて、地味に目立っていた――の前まで来た時には、仄かに香る適齢期の牝の匂いが目にまで見える様だった。
(……いける、多分だけど……ヤれる!)
 今ならば、例え菖蒲があの目で追えない動きをしたとしても、即座に腕を掴み引き倒すくらいの真似は出来る――そんな得体のしれない自信を溢れさせながら、月彦はゆっくりとドアノブへと手を伸ばした。
「…………月彦さん?」
「はうううううッ!?」
 突然背後から声を掛けられ、月彦は変な悲鳴を上げて文字通り飛び上がった。慌てて振り返ると、小さな提灯を手にした白耀が幽鬼のような顔で立っていた。
「は、白耀!? 違うんだ! これは、その……っていうかどうしたんだ! 具合悪いなら寝てなきゃダメだろ!」
「はぁ……そのつもりだったんですが、どうにも寝付かれなくて……菖蒲がまだ起きているなら何か暖かい飲み物でも用意してもらおうかと思ったのですが……」
「そ、そうだったのか……でも、菖蒲さんもう寝てるみたいだぞ?」
 さすがは真央の兄。こういう事にかけては鋭い勘をしていると月彦は内心密かに納得していた。
「そうみたいですね。部屋の明かりも消えてるみたいですし……わざわざ起こすのも…………それに菖蒲は寝起きが……」
 ぶつぶつと、白耀は力無く独り言を呟き、ふらりふらりと自分の寝室へと戻りかけて、はたと思い出したように足を止めた。
「そういえば、月彦さんはどうなさったんですか?」
「……いや、俺のほうは寝る前にちょっとトイレでも、って思ったんだが、暗くて迷っちまったみたいでな……白耀みたいに、提灯を持ってくりゃよかったと後悔していたところだ」
 勿論方便だった。何より、愛娘との訓練(?)のお陰で月彦の目は闇の中でもよく見えるという特性を備えつつあった。が、無論そのような事、白耀は知るはずもない。
「そうでしたか。屋敷の明かりの配置も、少し考えないといけないかもしれませんね……厠でしたら部屋に戻る途中にありますから、僕が案内しますよ」
「悪いな、頼む」
 余計な邪魔が入った――とは、月彦は思わなかった。むしろ安堵の方が強い。
(……危なかった……危うく取り返しのつかない事をしてしまうところだった)
 先ほど自分がやろうとしていた事を思いだして冷や汗が出る思いだった。
(仮に巧く夜這えたところで、白耀になんて言やいいんだ……全く……)
 自分で自分が恐ろしいとはまさにこの事だと思いながらも、月彦の視線は目の前を歩く白耀へと向く。元々肌が白く、線が細い白耀は見ようによってはそれこそ、下手な女よりも女らしく見える。
(……白耀って本当に男なのかな)
 ふと、そんな疑問が胸の中に沸く。見れば見るほどに、その後ろ姿は背の高い美女にしか思えなくなり、裸に剥いてみたくて堪らなくなってくる。
「って、風呂場で何度も裸を見てるだろうがああああああああああああああああああ!!!!!」
 己の内に沸いた黒い衝動を全否定するかのように月彦は叫び声を上げ、手近な柱に頭突きをした。
「つ、月彦さん!? いきなりどうしたんですか?」
「はーっ……はーっ……はーっ…………何でもない、何でもないんだ」
 己が危うく禁断の一歩を踏み出しかけたことに、月彦はかつて無いほどの恐怖を覚えていた。
(真央とヤッてないからだ。溜まってるから変な事を考えてしまうんだ)
 白耀は言った。悪戯が過ぎるのは、この時期の妖狐の子供ならば致し方のない事だと。教育方針が間違っているからではないと。ならば最早何の遠慮もなく――ヤれるではないか。
(そうだ……帰るまでの辛抱だ……それくらいなら我慢できる。できなくてどうする、人として)
 そう、帰ったらそれこそ心おきなく欲望の限りをぶつけてしまおう――布団に戻って尚月彦は眠れず、悶々としながら妄想に更けるのだった。



「はむっ、んくっ、ちゅ……んんっ、あむっ、んんっ……!」
 互いの唇と舌で、互いの唾液を掬い舐め取り啜り合うようなそれを果たしてそれをキス等という上品な言葉でくくっていいものか。文字通り息をする間も勿体ないとばかりに口づけをせがまれ、由梨子は酸欠で頭痛すら感じた。
「っ……ぷハァッ……ま、真央……さん……もうっ……ぁっ、ぁぁぁぁぁぁぁァァァッ!!」
 一体いつのまに衣類を脱がされてしまったのだろう。否、その前に攻守入れ替わってしまったのは一体いつからだったのか。
 最初は、間違いなく自分が真央を責めていた。しかし気が付いてみれば、裸に剥かれねっとりと絡みつくようにして全身を愛撫されている。
 既に、先ほどまでの――というには、あまりに過去の事のように思えてならないが――頭が痺れる程の興奮と狂気は疲労の蓄積と共に過ぎ去り、由梨子は限りなく正気に近い状態に戻されていた。
 しかし、眼前にいるケダモノは静まるどころかますます猛り、文字通りサカリのついた獣のように由梨子に迫ってくる。
「あぁぁっぁっ、ぁあんっ! ンンッ……!」
 耳を這う舌の動きと、硬く尖った胸の先端を摘むようにして転がされ、由梨子は叫ぶような声を上げそうになり慌てて口を塞いだ。
「スゴい……由梨ちゃんのココ、溢れっぱなしだよ?」
「だ、ダメです……真央さん……そんなにっっ……んんんンンンンッ!!!」
 蜜を掻き出すように指を動かされ、由梨子は腰を撥ねさせながら必死に口を塞ぐ。宮本家の決して厚くはない壁の向こうに、弟が居る事は物音から解っていた。
 弟だけではない。他の家族――母親も間違いなく帰宅している筈だった。玄関先にある見慣れない靴を見れば、由梨子の部屋に来客が来ているだろうことは想像に難くない。事実、部屋を三度ほど尋ねられノックをされたが、そのどれにも由梨子は応える事はできなかった。
(絶対、変に思われてる……)
 娘と、その友達らしい靴の持ち主が鍵をかけた部屋に籠もりきりで一体何をしているのか。いくらでも邪推ができる材料には違いがない。
 だからこそ、由梨子としては家族の帰宅を感じ取った瞬間、なるべく早めにこの“遊び”を終わりにし、さりげなく真央を家まで送っていこうと、そう思ったのだ。
 だが――。
「ま、真央さん……本当に、もう……か、家族も帰ってきてますし……」
 由梨子は必死に説得を試みるが、真央は聞く耳を持たず、ちろちろと由梨子の体を舐めるようにキスをしながらその股ぐらへと顔を近づけ――。
「ァッ……ンンッ! ンンーーーーーッ!」
 指で由梨子の秘裂を広げるようにして舌を差し込んでくる。媚肉の味を楽しむような舌の動きに由梨子の腰は撥ね、太股を痙攣させるようにして容易くイかされてしまう。
「んんっ、熱いのが、ぴゅっ、ぴゅって……由梨ちゃんのイき方、男の子みたい」
 先ほどまでは、望んでさせていた行為も、このような状況に置かれては全く意味合いが変わってくる。最早、完全に攻守は逆転、由梨子は追いつめられる立場だった。
「はあはあっ、だめっ……真央さんっ……お願いですからっっ……ッ……!」
 イかされたからといって、真央の愛撫が止まる事はない。卑猥な音を響かせながら己の秘部にむしゃぶりつく親友に由梨子は必死に懇願をするが、聞き入れてもらえない。
(だめ……聞いてもらえない……一体どうしたら……)
 由梨子はこの状況に既視感を感じて記憶を振り返り、そしてすぐに該当する経験を拾い上げた。
 そう、月彦とのそれにそっくりなのだ。
「ま、真央……さぁん……もう、私……ンンンンンッ!!」
 初めは対等、或いは自分のほうが多少責めていても、気が付くと立場が逆転。一方的に責められ、特に弱い場所をしつこくしつこく何度も刺激されてこれでもかとあられもない声を上げさせられる。そして、もう無理、止めて下さいという声は無視される所までそっくりだった。
 ――勿論由梨子には、先ほどまでまさに自分が“月彦のように”真央を責めていたという事に関しては自覚は無かった。
「……由梨ちゃん、どうして声……我慢するの?」
 立て続けにイかされた由梨子が必死に呼吸を整えていると、不意にもぞりと、真央が体を起こし、きゅうとしがみついてくる。
「そ、れは……だって、家族に、聞こえちゃうじゃないですか」
「聞かれるの……嫌?」
「あ、あたりまえ……です……真央さんだって……」
 そうじゃないのかと言いかけて、由梨子ははたと気が付いた。暗闇の中、猫かなにかのようによく光る真央の目が、一際怪しく光った事に。
「ま、真央……さん?」
 直感が告げていた。逃げろ――と。
「い、嫌ッ……っ……」
 立ち上がってベッドから出る――ことなど出来なかった。何度も、何度もイかされたせいで手足に力は入らず、ただ這うような真似が出来たのみだった。
 無論、そんな事で真央から逃げられる筈もない。きゅうっ、と巨大な蛇が巻き付くように、真央に背後から抱きしめられる。
「……由梨ちゃん」
 耳の裏に、真央の荒々しい息づかいがかかる。その指が由梨子の肌を滑るように這い、徐々に下へと延びていく。
「やっ……真央さんっ、そこは……ひっ……!」
「由梨ちゃん、ここ弄られるのも好きだったよね?」
 まるで、先ほどの由梨子の言葉を真似るような物言い。真央の指が触れた瞬間、由梨子はキュウと力を込めてその場所を閉じた。その上から、無理矢理潜ろうとするかのように、真央が指を擦りつけてくる。
「あッ……!」
 蕩けたような声が出てしまって、由梨子は慌てて口を噤んだ。背後の親友が、くすりと笑った気がした。
「由梨ちゃん、指……挿れていい?」
「だ、ダメ……です……絶対、だめ……止めて下さい!」
 断固として拒否しながら、由梨子は思い出していた。そう、前にも……こんなやりとりをしたことがあった。真央ではない相手と。
「どうしても、ダメ?」
 口調こそ媚びるような物言いだが、その実、ぬらついた指を強引に挿れようとするかのように押しつけられ、由梨子は片時も気が抜けない。
「だ、ダメ……です……はっ、ぁぁぁぁぁっっ…………!」
 そう、ダメだと言っているのに。ぐりぐりと――恐らくは中指――真央の指がねじ込むような動きで由梨子の最も触れられたくない場所へと侵入してくる。
(だめっ……ダメッ、ェぇえ!)
 ガクガクと奥歯が鳴りそうになる。己の体を駆けめぐるものを由梨子は必死に否定しながら、ろくに力の入らない手でベッドシーツを引きちぎらんばかりに掴み、堪える。
「由梨ちゃん、もっと力抜いて」
「っ……嫌、です……真央さん、指、抜いっ……はぁぁぁぁぁあッ!!」
 声を抑えるのが遅れてしまい、由梨子は壁が震える程にあられもない声を上げてしまう。
「だめっ、だめっ……止めて、下さい……そこ、本当に嫌なんです……」
 必死の懇願に、答えはない。変わりにとでもいうかのように耳をはむはむされ、さらに侵入を拒もうと必死に力をいれているその場所をほぐそうとするように指を動かされ、由梨子はまたしても声を上げそうになってしまい、慌ててマクラに噛みついた。
「ひぐっ……ンンッ……ンンンッ!!!」
 違う、これは、快感などではない。全身が溶けてしまいそうな程に甘美な、それでいて電撃のように強烈な“何か”に翻弄されながら、由梨子は目尻に涙すらにじませて必死に堪える。
 そう、堪えねばならなかった。“これ”を快感だと認めてしまったら、取り返しのつかない一歩を踏み出してしまう事になるような気がしたからだ。
「由梨ちゃん、ダメだよ」
 しかし、そんな由梨子の健気であまりにもか細い抵抗を嘲笑うかのように、真央の手があっさりとマクラを持ち上げ、由梨子の前からどけてしまう。
「由梨ちゃんが恥ずかしくて堪らないお尻の穴弄られて、我慢してるのにそれでも気持ちよくなってイッちゃう時の声、ちゃんと聞かせて」
「ま、真央……さん?」
 一瞬、この真央には月彦が乗り移っているのではないかと、由梨子は愚にも付かないことを考えてしまう。
「い、いや……おね、が……ホントに止めっ……ンンンッ……!!!」
 敏感な穴に指を出し入れされて、由梨子は慌てて手で口を覆った。
「……声、我慢しちゃダメって……言ったよね?」
 冷たい、それでいて奇妙な圧力を感じる真央の声。まるで強烈な光でも浴びせられているかのように、その響きは由梨子の精神を浸食した。
「手、握って。イくまで絶対離しちゃダメだよ?」
 真央に促され、由梨子は背中で右手と左手それぞれお互いの手首を握り合うように命じられる。初めは、そのまま縛られるのかと思った。そしてすぐに、それよりも遙かに恐ろしい事をされたのだと気が付いた。
(手が……離れない……!?)
 そのことに気が付いて、慌てて手を離そうと試みるも、由梨子に許されるのはまるで芋虫かなにかのように身をよじることのみだった。
 背後で、くすくすと笑い声が聞こえた。
「由梨ちゃんがいけないんだよ? ちゃんと言ったこと守ってくれないから」
「う、嘘……どうして……ひアッ……!」
 再び、敏感な穴に真央の指が挿入される。ぐに、ぐにと指が動くたびに、まるで媚薬でも塗りつけられているかのように体が熱く火照ってくる。
「アはァァ……ひぅっ……やぁっ……止めっ……止めっ……ンぁああッ!!」
「くすっ……お尻の穴気持ちいい? 由梨ちゃん」
 由梨子に出来ることは、ただひたすらに歯を食いしばり、賢明に首を横に振る事のみだった。
「由梨ちゃんって時々強情だよね。…………指を増やしたら、素直になれるかな?」
「ひィ……や、止め……そんな……指、増やすなんて……裂けちゃいます……」
「父さまのだって入るんだから大丈夫だよ」
「だ、ダメ! 真央さん止めて下さい!」
 新たな指が穴の入り口へと触れた瞬間、由梨子は半狂乱のように暴れた。最後の抵抗だった。
「……由梨ちゃんがちゃんと素直になれたら、止めてあげる」
 強引に潜り込もうとしていた指が不意に止まるや、急に真央がそんな優しい声を出す。
 またしてもデジャヴ――由梨子はまるで、鏡を見ているような錯覚を覚えた。
「“私はお尻の方が感じる変態です”って。ちゃんと言えたら、お尻弄るの止めてあげる」
「そんなっ……」
「私は由梨ちゃんに気持ちいいところ全部教えたのに、由梨ちゃんだけ隠すなんてズルいよ。……ほら、由梨ちゃん」 
「っ……だからってッ……あぁっ……」
 だからといって、そのような言葉を軽々しく口にできる筈がない。例え建前だと割り切った所で、心の奥底で澱のように残るであろうことは目に見えていた。そう、自分は例え――強制されたにしろ、口に出して認めてしまったのだと。
(これは……さっきの仕返し……?)
 そうとしか思えない。しかし、だとしたら由梨子は納得がいかなかった。何故なら、“アレ”は真央自身望んだ事では無かったのか。
 勿論、真央の口から直に聞いたわけではない。わけではないが、あの何かを期待するような目を向けられれば、言わずもがなというやつではないのか。それに対して仕返しをされるというのは何とも納得のいかないところだった。
「じゃあ、まずは二本」
「ンぁあッ! ひぁっ、はひっ……くひぃ…………やっ、こんなの、だめっ……ぁぁぁぁぁっっ……!」
 そんな由梨子の思案とは関係なく、無慈悲に指が増やされる。新たに入れられたのは薬指だろうか。ぐい、ぐいとまるでその場所を広げようとするかのように動かされ、迸る“快楽以外の何か”に翻弄されて由梨子は背骨がとろけそうになってしまう。
「スゴい……由梨ちゃん、本当に気持ちよさそう……」
 まるで羨望を含んでいるかのような、真央の声。息を弾ませ、目を爛々と輝かせ、夢中になって指を動かし、由梨子を戦慄かせる。
「じゃあ、ちょっと早いけど、三本目挿れちゃおうかな」
 はあはあと、興奮を抑えかねるような真央の声に由梨子は雷に打たれたように過敏に反応した。
「っ……だ、ダメっ……これ以上、は………………言いますっ……言います、からぁ……」
 くっ、と一度唇を噛み、僅かに呼吸を整える。“自分”を説得するのに、些か時が必要だった。
(これは……無理矢理言わされるだけ……それだけの事……)
 恐らくは、真央もそうだったのだろう。何度も、何度も。まるで暗示でも刷り込むように由梨子は頭の中で繰り返して、恐る恐る口を開いた。
「わ、私は……お尻で感じる――」
「“お尻の方が”だよ。由梨ちゃん」
 間違えちゃダメだよ?――とでも言うかのように、真央の指が由梨子の敏感な場所で折れ曲がる。由梨子は苦痛ではない“何か”にまたしてもとろけそうになりながらも、再び口を開いた。
「私は……お尻の方が感じる……変態……です……」
「“だから、いっぱいお尻を弄って、イかせてください”……ほら、続けて?」
「なっ……」
「早く」
 焦れるような真央の声と、言わないなら……とばかりに“入り口”に触れる三本目の指の感触に、由梨子は弾かれるように口に出していた。
「だ、だから……いっぱいお尻を弄って、イかせて、下さい!」
 半ばヤケになったように由梨子が声を荒げたその刹那、くすくすと、背後で“何か”が嗤った。
「……由梨ちゃん、ご褒美あげるね」
 真央が由梨子の耳を舐めるような距離で囁き、そして指を動かす。
「ぁっ、あっ、あっ……いやっ……いやっ……お尻っ、嫌ッ……ぁっ……あァーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
 真央の指によって与えられる“それ”は紛れもなく快感へと変わり、そして由梨子はかつてないほどのサカり声と共に意識を昇天させた。


 早朝、月彦は殆ど駆け足で自宅へと急いでいた。結局夜は眠れず、せめて朝食を一緒にと食い下がる白耀の申し出を丁重に辞して帰ることにしたのは、無論理由があった。
(真央と……ヤりたい……!)
 否、ヤらねばならない――強迫観念にも似た思いから、月彦は家路を急いだ。昨夜の事もある、これ以上自分を押さえつければ、一体いつどこで誰を相手に暴走してしまうか不安で堪らなかった。
(それに、真央だって……)
 同じだけ我慢させているのだ。表向き平然としていても、中身はムラムラの嵐だろう。きっと抱きすくめてやっただけでハァハァと身悶えするに違いない。
 あれこれと妄想を膨らませながら月彦は自宅へと駆け込み、すぐに真央の姿を捜したが何処にもなかった。丁度買い物に出かけようとしていた葛葉の話では昨夜は帰らなかったとの事だった。
(……てことは、由梨ちゃんちに泊まったのか)
 これが男の家であれば一大事なのだが、由梨子の家ならばまぁ問題は皆無だろう。きっと恐らくお菓子作りかなにかをして盛り上がり、そのままなんとなく泊まり込んでしまったに違いない。
(まぁ、そんな事はいいから、早いところ帰ってこい!)
 いっそ由梨子の家に電話をかけて帰ってくるように促してやろうか――そんな考えが浮かんだが、月彦はあえて我慢した。こうしていつ帰ってくるか解らない真央を待ちながらムラムラしている時間もそんなに悪くないと思ったからだ。
 程なく、葛葉が買い物から帰って来たが、真央は一向に帰ってくる気配が無かった。月彦はソワソワしながら玄関先で待っていたが、さすがに焦れて受話器を手にとろうとしたところで、玄関の方から待ちに待った黄色い「ただいま」が聞こえた。
「真央っ! 帰ったか!」
 月彦は飛び上がるような勢いで快哉を叫び、殆どスキップのような足取りで真央を出迎えた。
「父さま、ただいま」
「おう、昨日は由梨ちゃんちに泊まったのか? 楽しかったか?」
 うん、とおざなりな返事をして、真央はそそくさと靴を脱ぐや月彦の脇を抜けるようにして台所へと向かう。
 はてなと、月彦は俄に首を傾げた。
(……なんか、反応が冷たくないか……?)
 いつもであればそれこそ「父さま、ただいまー!」と元気よく胸に飛び込んで来る筈なのに。
(……そういえば、ここ数日、真央の反応が冷めてたような……)
 そこではたと、月彦は思い至った。
(……そうか。ずっと相手してやらなかったからヘソ曲げてるんだな)
 いつもの事じゃないかと思い直して、月彦は焦らずじっくり機会をうかがう事にした。そう、何も焦る事はないのだ、日が落ち夜になれば同じ布団で眠ることになるのだから。
 
 今すぐにでも腕を引きベッドに押し倒し衣類を剥ぎ取って犯し尽くしたいのを我慢して、月彦はあえて待った。夕食を食べ、居間でテレビを見、風呂を済ませ――そしてまるで新婚初夜の婿のような気分でベッドに座ったまま、真央が上がってくるのを待った。
 やがて、とたとたと小気味のよいリズムで階段を上がってくる音が聞こえ、月彦のムラムラは最高潮に達した。
「真央っ!」
「きゃっ……!?」
 部屋に入ってきたパジャマ姿の真央を、食虫植物が羽虫を食らうように月彦は両腕で抱きすくめた。
「父さま……?」
 きょとん、と目を丸くしている真央の唇を奪おうとして、月彦は人生で初めての経験をした。キスが空ぶったのだ。
(……ん?)
 再度唇を奪おうとするも、直前でぷいと真央が顔を背け、これも失敗してしまった。
「……父さま、止めて。そういう気分じゃないの」
「なっ……ま、真央……?」
「もう離して」
 まるで赤の他人に向けるかのような冷たい声に、月彦は頭の先からふしゅらふしゅらと性欲が抜けていくのを感じ、脱力するようにして真央から手を離した。
 真央はそのまま月彦の脇を抜け、一人でベッドに潜ってしまう。月彦も渋々部屋の電気を消し、その隣へと潜り込む。
「……真央?」
 そして、隣で寝ている真央にそっと声を掛けてみるが、反応は皆無。真央は、まるで月彦を拒絶するかのように背を向け、沈黙をもって月彦への返事とした。


 

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