「先輩っ!」
 今まさに刃の先がのど元に触れようとした刹那、由梨子に腕を引かれるようにして月彦はベッドから転げ落ちた。一瞬遅れて、愛娘の手に握られた包丁がざっくりと、刃の根本までベッドにめり込む。
「…………どうして避けるの? 父さま」
 包丁をベッドから引き抜き、再び真央が振りかぶる。間一髪、月彦は床を転がるようにしてその凶刃をかわした。視界の外で、どすんと。床に包丁の突き刺さる鈍い音がして、改めて月彦は背筋を冷やした。
「ま、待て……真央、落ち着け!」
「おち……つけ?」
 包丁を床から引き抜き、まるで初めて聞く言葉でも耳にしたように真央は首を傾げる。その立ち姿に違和感を感じてしまうのは、手に握られた凶器のせいだけではなかった。由梨子の前だというのに、耳も、そして尻尾も隠していない。それは明らかに、真央が平生の精神状態ではない証だった。
「と、とにかくだ……まずは俺の話を聞くんだ、な? 包丁なんか振り回したら危ないだろ? それをこっちに――」
 なんとか宥めながら、凶器を取り上げようと差し出した手目掛けて、ぴゅんと風きり音を立てて包丁が振るわれる。宥めの言葉は途中で悲鳴へと代わり、月彦は鋭い痛みと共に右手を引っ込めた。
「……だめです、真央さん!」
 さらに振りかぶり、包丁を振り下ろそうとする真央に組みかかるようにして由梨子が飛びつく。その手から包丁が離れた瞬間を逃さず、月彦が拾い上げ、咄嗟に窓から外に捨てた。
「…………危ない所だった……由梨ちゃん、助かったよ」
「いえ……だって、あのままだったら…………真央さん、大丈夫ですか?」
 由梨子に飛びかかられ、床に倒れるように伏せたまま、真央はぴくりとも動かない。しかし、月彦も由梨子も、微妙な距離を保ったまま声をかけこそすれ、近寄って抱き起こす事など出来なかった。
「……嘘つき」
 まるで、地獄の底から呪うような声だった。伏せたまま、ゆっくりと肘を立て、真央は上体を起こす。
「浮気、しないって……帰ってきたら一緒にクリスマスやろうって、言ったのに……」
「ま、真央……」
 嗚咽ともとれるような声を漏らす愛娘に対して、それ以上の言葉を紡ぎ出す事が出来なかった。
「嘘つきッ、嘘つきッ、嘘つきぃ!!!」
 犬歯を剥き出しにして、鬼女の如き形相で真央は呪いの言葉を吐き続ける。
「父さまの事、信じてたのに……信じてたのに、信じてたのに……信じてたのにッ!!!!」
「っ…………」
 両目から涙を溢れさせる愛娘に、月彦は何も言えなかった。ただ、由梨子と二人、身を寄せ合ったまま唇を噛みしめる事しかできなかった。
「ま、真央……とりあえず、落ち着くんだ、な? 長旅で疲れてるだろ? まずは風呂でも入って、それからゆっくり話を――」
 先ほど斬られた手とは逆の手を差し出し、いつものように髪を撫でて落ち着かせようとした矢先、鋭い音を立ててその手が打ち払われる。
「……触らないで」
 およそ見たことのない、親の仇でも見るような目でギロリと睨み付けられる。その眼光のあまりの迫力に、由梨子がぎゅうと身を寄せてきた程だ。
「……嫌い」
「ま、真央……」
「父さまなんか大ッ嫌いッ!!」
 再度延ばした手を打ち払って、真央が部屋から駆けだしていく。月彦は慌てて追おうとするが、生憎の全裸。先に服を着るべきか否かと一瞬迷った時にはもう、玄関のドアが閉まる音が耳に届いていた。


 
 


 

『キツネツキ』

第二十六話

 

 


 大急ぎで服を着て、月彦は真央を追って玄関から飛び出した。が、最早真央の後ろ姿など見える筈もなく。月彦に出来る事はといえば、近所迷惑覚悟で愛娘の名を呼びながら駆け回る事のみだった。
 小一時間ほどそうして探し回り、いい加減心当たりも無くなった所で月彦は追跡を断念した。肩を落として部屋に戻ると、部屋着に着替えた由梨子が思い詰めた顔でベッドに座っていた。
 月彦も無言のままその隣に座る。どちらが声を出すこともなく、しばしそうして呆然と過ごした。
「……あの、真央さんは――」
 沈黙は三十分ほどは続いただろうか。不意に由梨子がそんな言葉を口に出した。
「……見つからなかった。この寒さだから、そのうち戻ってくる……って思いたいけど」
 果たして真央は戻ってくるだろうか――そのことを思案するが、月彦にはどうしてもこのまま戻ってくるとは思えないのだった。
(でも、だとしたら……何処に行くんだ……また、里帰りか……?)
 “里”とやらで真央がどういった生活をしているのか、月彦はまるで知らなかった。或いはきちんとした家があるのかも知れないが、あの真狐の性格上とてもそうは思えないのだ。
(……くそ、そもそもなんでこんな事になったんだ……真央が帰ってくるのは二十七日じゃなかったのか……)
 だからこそ、由梨子を招待したのだというのに。それがまさかこのような事になるなんて。
(……悪い夢なら、覚めてくれ……)
 本当はまだ二十四日の夜で、もうしばらくしたら目が覚めるのではないか。そんな期待を込めて月彦は己の頬を抓ってみたが、どうやら人生そう甘くはないらしかった。
(……由梨ちゃんもショック受けてるみたいだ……当たり前、だな……)
 浮気の現場を押さえられて、刃物まで振り回されたのだ。ショックを受けない方がおかしいだろう。
「…………ごめん、由梨ちゃん。こんな事になっちゃって……」
「……いえ、そんな……謝らないで下さい。……いつかは、って……覚悟は、してましたから」
 それに、と由梨子はさらに言葉を続ける。
「本当に謝らなきゃいけないのは、私の方です。私さえ居なかったら、先輩と真央さんがこんな風になることもなかったんですから……」
「いや、由梨ちゃんが謝る事はない。由梨ちゃんとの事は、雰囲気に流されたとか、そういうんじゃなくて……少なくとも、俺は本気だった。由梨ちゃんとの事で後悔するような事は何もない」
 そう、後悔するのは由梨子との事ではない。何故早く真央に打ち明けなかったのかと、その事ばかりだ。
(永遠に隠し続ける事なんて……出来る筈がないのに……)
 いつかは破綻する。それは分かり切っていたことだ。なのに、その場その場の安寧を求める余り、問題を先送りにし続けた。挙げ句が、この有様だ。
「あ、先輩……」
「ん?」
「手、怪我してます……手当しないと」
「ああ……いいよ、もう血も止まったみたいだし」
「でも……」
「いいんだ」
 右手の甲の辺りに、すでに凝固した血の塊が張り付いていたが、出血した量を見る限り、そう深い傷とも思えなかった。
(こんな傷くらい……)
 痛みはあるが、毛ほども苦痛ではなかった。愛娘の今の胸中を想像するだけで、その万倍もの痛みを心に感じるからだ。
「……あの、先輩……私、帰った方が……いい、ですよね」
「えっ……」
「真央さんが戻ってくるかも知れませんし……その時、私は居ない方が……」
 先輩も話をしやすいんじゃ――と、由梨子は掠れるような声で付け加えた。
「……確かに、そうかも……しれない。真央が戻ってくるとは思えないけど……」
 由梨子の言うとおり、万が一戻ってきたときにその場に由梨子が居れば、また修羅場となってしまうかもしれない。今回は自分が怪我を負っただけで済んだが、次も由梨子が無事とは限らないのだ。
 由梨子の身の安全の為にも、一度家に帰すべきだ――月彦はそう判断した。

 帰り支度を手早く済ませ――汚れた制服の処理が一苦労だったが――二人揃って玄関を出た。
「一人で帰れますから、先輩は家で真央さんを待っててあげて下さい」
「いや、そういうわけにはいかないよ。こんな夜更けに……ちゃんと家まで送るから」
「でも……」
「……それに、万が一……帰り道の途中で真央とばったり会っちゃったりしたら、今度は由梨ちゃんが危ないかも知れない」
「そんな……」
「とにかく、由梨ちゃんがなんて言っても、俺は送るから」
 由梨子のキャリーバッグを手に、月彦は一足先に歩き出す。それに釣られる形で、由梨子も歩き出した。
 道中、殆ど言葉を交わさなかった。
(真央にも、由梨ちゃんにも……かける言葉が見つからない……)
 一体なんと言えばいいというのか。頭の中をいくら探しても、今の状況に適した言葉は見つからなかった。
「あの、先輩……」
「うん?」
「真央さんの、事なんですけど……さっき…………」
 さも切り出しにくそうに、由梨子が小声で呟く。
「……いえ、やっぱり……今はやめておきます。もう少し、落ち着いてから……」
「……うん、その方がいいと思うよ」
 由梨子が何を聞こうとしたのか、察しはつかなかったが、どんな内容にせよショック状態では巧く思考を働かせる事すら困難だろう。
 由梨子を家の前まで送り届けて、月彦は一人家路についた。それとなく遠回りをし、ひょっとしたら真央が寒さを凌いでいるのでは――と期待を込めてコンビニエンスストアや、公園の物陰などを見て回ったが、見つけることは出来なかった。
 そうして長らく外に居たせいか、家に帰った時には心底体が冷えてしまっていた。部屋に戻る前に風呂でも入って暖まろうと、脱衣所へと入るなり月彦は愕然とした。
「なっ……」
 まるで泥棒でも入ったのではないかという程に、脱衣所が散らかっていたのだ。散らかっているのは、主に衣類。その中には由梨子のものも交じっていた。本来ならば、帰り支度の際にこれらも持って帰る筈が、ショックのあまり失念してしまったのだろう。
「……散らかしたのは、真央……か」
 自分と由梨子が一緒に風呂に入った時には、きちんと洗濯籠の中に仕舞われていたものだ。恐らく、まず玄関先で由梨子の靴に気がついて、そして部屋に上がる前に脱衣所の方へと立ち寄ったのだろう。一体真央はどんな気持ちでこの洗濯籠をひっくり返したのだろうか――その時の愛娘の心境を考えて、月彦は胸に鋭い痛みを覚えた。
 何となく風呂に入る気を無くして、月彦は脱衣所を後にした。
「痛ッ……」
 暗い廊下で何か尖ったものを踏みつけて、月彦は咄嗟に片足を上げた。手探りにスイッチを押して明かりをつけると、どうやらプラスチックの破片を踏みつけたらしかった。
「何だ……これ……」
 緑色のプラスチックには見覚えがあった。まさか――と思って台所へと行くと、 そこではクリスマスツリーが見るも無惨に変わり果てていた。恐らくは、真央が握っていた包丁によって壊されたのだろう。ズタズタに切り裂かれたツリーは、まるで真央の心の様相を表しているかの様だった。
「っ……」
 月彦は、唇を噛みしめた。痺れるような痛みと共に、口の中いっぱいに鉄錆の味が広がったが、それでもかみ続けた。そうしなければ、立っている事すら出来なくなりそうだった。
「真央っ……」
 居たたまれなくなって、逃げるように台所を後にした。特に考えもなしに居間へとやってきて、月彦はそこで由梨子の二つ目の忘れ物を発見した。
 そして。
「これは……」
 ソファの上に、見慣れない紙袋が置かれていた。可愛らしい柄の袋の上の口がこれまた可愛いキツネの顔のシールとリボンで閉じられていた。最早疑うべくもなく、真央が用意したものだった。
 月彦は一瞬だけ躊躇って、そして結局は袋の口を開けた。中には完成した手編みのセーターと、一枚のメッセージカードが入っていた。
「“メリークリスマス 大好きな父さま”…………」
 母譲りのいびつな文字を読み上げたその刹那、月彦はとうとう涙を堪えきれず、その場に崩れ落ちた。
「真央っ……俺は、俺は……っ………」
 月彦は、泣いた。人目も憚らず、顔をぐしょぐしょにして、泣き続けた。


 



 瞼の向こう側に陽光を感じて、月彦はゆっくりと瞼を開けた。まるで記憶は無かったが、どうやらソファにもたれ掛かったままいつの間にか寝入ってしまったらしかった。この真冬の最中、そんな寝方でも風邪を引かずに済んだのは愛娘のセーターのお陰だろうか、それともさらにその上から羽織った後輩のカーディガンのお陰だろうか。
(朝……か……)
 むくりと体を起こして、最初に月彦が向かったのは洗面台だった。鏡の向こうに現れた酷い形相の男に一瞬ぎょっとするも、洗顔を済ませると男の顔も幾分は見れるものに変わった。
 タオルで濡れた顔を拭いていると、不意に電話が鳴り出した。もしや、真央では――そんな淡い期待を抱きながら、月彦は即座に受話器を手に取った。。
『もしもし……先輩……ですか?』
 恐る恐る、薄氷を踏むような口調で聞こえてきたのは由梨子の声だった。
「うん、俺だよ」
『ぁっ……』
 落胆と安堵が入り交じったような、そんな声だった。月彦には、由梨子のそんな胸中がよく分かった。
『やっぱり、その……真央さんは……まだ……』
「うん、帰ってきてないみたいだ」
 ひょっとしたら、自分が寝入っている間にひょっこり戻ってきて二階に上がっているのかもしれないが、月彦はあえて確認をせずに断定した。
『そう、ですか……』
「そうだ、由梨ちゃん。うちに洗濯物と、あとカーディガン忘れてたよ」
『ぁっ……そういえば……すみません、すぐ、取りに行きますから』
「いや、いいよ。俺が持っていくから、由梨ちゃんの家かどこかで今から会えないかな」
『そんな……わ、私が取りに行きますから! だから――』
「いや、俺が持っていくよ。シャワー浴びて着替えたら、すぐ持っていくから」
 半ば強引に言い放って、月彦は受話器を置いた。
 由梨子に電話で言った通りに、シャワーを浴びて着替えて、由梨子の忘れ物を手にすぐに家を出た。こちらから持っていく――と強引に言ったのは、真央の残り香が強い家の中に一人で居る事が堪らなく辛く感じたからだ。
 由梨子の家へと向かう途中で、息を切らせて駆けてきた由梨子本人とばったり遭遇した。
「先輩……」
「由梨ちゃん……?」
「あっ、いえ……今日、家には弟が居ますから……」
「そっか……休みだもんな。あっ、これ忘れ物だよ」
 と、紙袋を差し出すなり、ひったくるようにして奪われた。
「ありがとう、ございます……あの、でも……先輩、できれば、こういうのは自分で……」
「…………?」
「……すみません。まだ、私……少し混乱したままで……あの、良かったらどこかで少し、話でもしませんか?」
「そうだね、俺もそうしようと思ってた」
 真央の事は、自業自得とはいえ一人で考えるには辛すぎた。“罪”を分かち合える相手が居るのならば、それに越したことはなかった。
 
「あの、先輩……真央さんの、事なんですけど……」
 手近な喫茶店の隅席へと座り、適当な飲み物を注文するなり、早速由梨子が話を切り出した。
「私、一晩……考えたんです。でも、やっぱり……昨夜の事は、夢なんかじゃないですよね」
 由梨子の言う通り、夢であったらどんなに良かった事か。月彦自身、何度そうであって欲しいと願ったか知れなかった。
「先輩……真央さんの事で、いえ……真央さんと真狐さんの事で、私に隠してること……無いですか?」
「……え?」
 ここで漸く、月彦は自分の懐いている懸念と由梨子の疑念が同じものではないという事に気がついた。
(あっ……そういえば――)
 と、思い出したのは昨夜の事だ。真央のあの姿、由梨子の前だというのに、耳も尻尾も隠していなかった。当然、由梨子に見られた筈だ。そして、その上……「父さま」とも。
「気が動転して、ありもしないものが見えてしまったんじゃないのか、って……思ったんです。でも、あの時……真央さんに飛びついたときに触った、あの尻尾の感触は……」
「……っ……」
 最早、隠すことなど出来ないのかもしれない。――否、或いは平時であれば、何か適当な嘘で誤魔化して、はぐらかそうと思ったかもしれない。
 しかし、今は。
(……そうだ、この際だ……由梨ちゃんには、全部……本当のコトを……)
 信じて貰えるかどうかは分からない。しかし、己のついてきた嘘のせいで愛娘を傷つけ、この上さらに由梨子にまで嘘をつく気力は、月彦には残されていなかった。


 月彦は、全てを暴露した。
 神隠しに遭ったことと、その内実。真央との本当の馴れ初めと、本当の関係。そして、真央とその母親の正体まで。
「……信じて貰えないかもしれないけど」
 由梨子に話をする中で、何度その一言を挟んだかは分からない。由梨子は真剣な目で、時折頷きながら話が終わるまで無言で聞き入っていた。
「……じゃあ、真央さんは先輩の子供……なんですか?」
「うん。……やっぱり、信じられないかな」
 それが当然だと、月彦は思う。自分だって、由梨子に実は同い年くらいの娘が居ると突然言われても信じる事はできないであろうから。
「多分……いえ、間違いなく……突然そう言われたら、信じられなかったと思います。けど……」
 由梨子はやや目を伏せ、そして唇を噛むような仕草をする。
「昨夜の、真央さんの姿と……真狐さんに会った時に何度か感じた違和感……その答えがやっと分かった感じです」
「嘘をついててごめん……でも、そういう事にしておくのが、一番無難だと思ったんだ」
「謝らないで下さい。私も、先輩の判断は間違ってないと思いますし……ただ……」
 と、由梨子は些か表情を曇らせる。
「真央さん……間違いなく、先輩の子供……なんですよね?」
「真狐が嘘ついてなきゃ、間違いはないってことになるんだけど……」
「親子なのに……その……真央さんと……エッチ、してたんですか?」
「うっ……」
 当然のツッコミだった。由梨子に全てを暴露したからには、当然返ってくるであろう質問であるのに、月彦には即答をすることができなかった。
「それは、つまり……えーと、その……なりゆきっていうか、その場の流れっていうか……」
「普通、どんな場の流れがあっても実の娘には手出したりしないと思うんですけど……」
「がはぁっ……」
 由梨子の正論過ぎる正論に、月彦は思わず胸を押さえた。
(ヤバい……由梨ちゃんが、引いてる……)
 ずきずきと、胸を抉るような痛みに呼吸困難に陥りながらも、月彦は早くも真央の素性を暴露したことを後悔していた。何故親子という事までバラしてしまったのか、それこそ養父だからとでも誤魔化せばよかったのだ。
「ゆ、由梨ちゃんは……真央と一緒に暮らしたことがないからそんな事が言えるんだ! あの体で、あの胸で毎晩一緒に風呂に入ったり、添い寝されたりなんかしたら、男なら……誰だって……!」
 なんとか己の正当性をとそんな言葉を口にするも、どうやらさほどの説得力は無いらしかった。
「……確かに、真央さんは…………魅力的だとは思いますけど……それでも……やっぱり、手を出すのはやりすぎだと思います」
 貴方は人間失格です、と遠回しに言われた気がして、月彦は胸の奥に鋭い痛みを覚えた。
「正直、真央さんが人間じゃなかった、っていう話より、先輩と真央さんが実の親子っていう事の方がショック……です。それって……近親相姦、ですよね?」
「うぐ……」
「先輩、ひょっとして……霧亜先輩とも――」
「いいいや、それはない! それはないから!」
 慌てて否定するが、しかし由梨子の目から疑惑の光を完全に消し去る事は出来ない様だった。
(まずい……このままじゃ、由梨ちゃんにまで愛想尽かされかねない……)
 なんとか話題を逸らさねば、と月彦は必死に頭を巡らせた。
「ま、まぁ……そういうわけだからさ。多分……真央は真狐の奴が保護してるんじゃないかって思うんだ。……ああ見えて、真央には甘い奴だからさ……」
「……真央さんが真狐さんの娘……っていう事は、先輩……真狐さんとも……してるって事ですよね?」
 しまった、これはやぶ蛇だったかもしれない――ちらり、と上目遣いに伺ってくる由梨子の目に、微かな悋気の炎を見て、月彦は咄嗟に顔を目線を逸らしてしまった。
「いや、それは……さっきも言った通り……攫われて、ほとんどレイプされたみたいなものだからさ……」
「じゃあ、真狐さんとは……最初の一回だけなんですか?」
「……………………うん」
 長い沈黙の後、月彦は頷いた。
「それに俺、真央の事は好きだし……大切にしたいって思ってるけど……母親のアイツは別だから。好きでもなんでもない、むしろ嫌いな奴の筆頭みたいな女だから、由梨ちゃんが気にするような事はないって」
 真狐も含めた三股をしていた、等と思われては堪らないとばかりに、月彦は必死に弁明をするが、由梨子は黙り込んだまま浮かない顔をしている。
「先輩、この事を知ってるのって、先輩だけですか?」
「いや、姉ちゃんと……あと一応母さんも知ってる……事になるのかな」
「………………」
 また、由梨子が浮かない顔になる。その顔の奥で、一体どのような思案が行われているのか、月彦は不安で堪らなかった。
(何故だ……由梨ちゃん、確かに信じられない話かもしれないけど……)
 そんなに真剣な顔で思い悩むような事でもないのではないかと、月彦は思う。どうも由梨子が考えている事は、単純に真央の正体やそれに纏わる事だけではないような気がするのだ。今にも由梨子の口から「先輩とはもうこれきりですね」と言われそうで、月彦は動揺を隠しきれなかった。
「……少し、安心しました」
「えっ……?」
「真央さんが、単純に先輩の恋人とかじゃなくて……“娘”なのなら、“万が一”は無いんじゃないか、ってそう思うんです」
「万が一……って、まさか……」
「私、本当に恐かったんです。もし、あのまま……真央さんが本当に帰って来ないなんて事になったら……って。だから、昨夜も一睡も出来なかったんです」
「………………。」
 由梨子に言われて気がついた――とはまさにこの事だった。確かに、由梨子の言うとおり、あのまま真央が本当に帰らない――帰って来れない場所に行ってしまうという事になる可能性もゼロでは無かったのだ。
(……何で俺、その事を考えなかったんだろう)
 そこにまで考えが至れば、泣き崩れたまま寝入ってしまうなどといった事は無く、それこそ由梨子のように不安で一睡も出来ないという事になった筈だ。
(なんとなく、大丈夫だって……思ったから、かな……本当に何となく、だけど……)
 真央が自殺などする筈がないと、確かな根拠など何もないのにそう感じてしまうのだ。そしてそれは由梨子にその可能性を指摘された後でも変わっていなかった。
「大丈夫ですよ、先輩。真央さんは、きっと帰ってきます。ただ、問題はその後……ですけど……」
「……そう、だね」
 由梨子の言うとおり、真央はいつかきっと帰ってくる。それは月彦もうっすらと感じている事だった。否、信じていると言ってもいい。時間はかかるかもしれないが、必ず自分の待つ家へと帰ってくる。
 だが、問題はその先だ。何事もなくそれまで通り――という訳にはいかないだろう。きっと、何らかの決断を迫られる筈だ。
「あの、先輩……もし、その……“そういう事”になったら、私は……覚悟は出来てますから」
「由梨ちゃん……覚悟、って……」
「先輩の言うとおり、真央さんが先輩の“娘”なら……先輩、真央さんを捨てたりなんて出来ませんよね。……だったらもう、答えは……決まってるじゃないですか」
 捨てられるのは自分に決まっていると言わんばかりに、由梨子は寂しい笑みを浮かべる。
「私なら大丈夫です。短い間でしたけど、先輩には一杯夢を見せてもらえましたから。……しばらくは、凄く辛いと思いますけど……でも、大丈夫ですから」
「由梨ちゃん……っ……」
 そんな事はない、と言ってやりたかった。しかし、そんな口約束をしたばかりに、後日さらに辛い目に遭わせてしまうかもしれない事を考えると、どうしても口にはできなかった。
「……今日は、私……このまま帰りますね。いろいろ、しばらく一人で考えてみたいですし……真央さんの事で何か分かったら、その時は教えて下さいね」
「……由梨ちゃん、ごめん。本当に……」
 健気な笑顔を見せる後輩に、月彦は謝る事しか出来なかった。



 由梨子とは喫茶店の前で別れ、月彦は一人家路についた。ひょっとしたら、案外真央が帰ってきているのではないか――そんな期待は、帰宅してすぐに消え失せた。
 しばし、自室で呆然としたあと、台所と脱衣所の片づけをした。自室の窓から放り投げた包丁を拾い、洗って包丁入れに戻した後、はたと。居間に出しっぱなしになっているレンタルDVDに気がついて、二度手間だと苦笑しながら散歩がてらに返却した。
 凡そ用事らしい用事を終えて自室へと戻り、そこで月彦はまたしても呆然とした。
 何をやろう、という気にもならなかった。気になるのは真央の安否の事ばかりだが、しかし自分にはそれを知る術がない。そのことがもどかしく、悔しかった。
「……どうせまた、真狐の奴が助けてるに決まってるんだ」
 或いは、今回の事は全て真狐に仕組まれた事なのではないか――そんな考えが唐突に沸いた。そもそも、真狐が真央に里帰りの話を持ちかけさえしなければ、自分は由梨子を家に招く事も無かったのだ。
「……そうか、そういう事か」
 真狐は当然の事ながら、由梨子と自分の関係を知っている。簡単に真央にバラさなかったのは、最悪のタイミングで三人をかち合わせる為だったのではないか。
「……アイツなら、やりかねない」
 そもそも、真央が何日で帰ってこれるかという目安自体、真狐が出したものだ。それが正確である保証など何処にもなく、真央が予定よりも二日も早く帰ってきたのはその分真狐がサバを読んでいたからなのだろう。
 何故その事に気が付けなかったのだろう。そもそもあの女の“親切”ほど疑ってかからねばならないものはないのに。それを容易く信じてしまった自分が、月彦は許せなかった。
(いや、違う……責任転嫁だ)
 確かに真狐は自分に罠を仕掛けた。だが、そもそもその罠の原因を作ったのは己自身だ。悪いのは全て真狐で、自分には非はない――などと開き直るつもりは毛頭無かった。
(真狐には、後で個人的にお礼参りをするとして……問題は真央だ……)
 仮に家に戻ってきたとしても、やはり由梨子が危惧している通り、何もかも今まで通りとはいかないだろう。
(……何とか、巧くやる方法は無いものか……)
 しかし、どれほど思案を重ねても妙案は生まれなかった。そもそも、そんな都合の良い案があれば、このような事態になることもなかったのだ。

 どれほどそうして、自室で思案に耽っただろうか。真央は必ず帰ってくる――とは思うものの、はたして本当にそうだろうかと。月彦は些か不安に苛まれ始めた頃に、その電話はかかってきた。
 階下の方から響く、電話の呼び出し音にはたと、月彦は我に返った。気がつくと、外はもう日が暮れていた。
 もしや、今度こそ真央では――期待に胸を躍らせながら階段を転げるようにして降り、月彦は飛びつくようにして受話器を手に取った。
「もしもしっ!?」
『もしもし、月彦?』
 しかし、受話器から聞こえてきたのは愛しい娘の声ではなく、みょうに浮かれた母親の声だった。
「なんだ、母さんか……どうしたの?」
『あら、女の子からの電話でも待ってたのかしら』
 電話の向こうでふふふと笑みが漏れる。
「別に、そういうわけじゃないけど。……で、どうしたの?」
『それがねえ、ちょっと困ったことになっちゃって……』
「えっ……」
 葛葉の口から漏れた“困った”の言葉に、思わずどきりと胸が跳ねてしまう。
(考えてみりゃ……)
 そもそも、今回の事は葛葉の“忠告”を聞かなかったから起きたようなものではないか。葛葉の言うとおり、クリスマスを普通に級友達と過ごしていれば、少なくとも真央が家を飛び出すような事にはならなかった筈だ。
『実はね、少し帰るのが遅れそうなの。……もうしばらく一人で留守番することになっても大丈夫かしら?』
「それは……全然大丈夫だけど……」
 葛葉の“困った”からまたぞろどんな厄災が――と覚悟をきめていただけに、些か拍子抜けな内容だった。
(むしろ有り難い……母さんが帰ってきたとき、真央が居なかったらなんて言やいいんだ……)
 そういう意味でも、葛葉の帰宅が遅れるのは願ったり叶ったりだった。
『そうよね、もうすぐ霧亜も真央ちゃんも帰って来るんだし、大丈夫よね』
 ぐさり、と葛葉の一言が鋭く胸を抉る。そうなのだ、葛葉は二十七日に真央が帰ってくると思っているのだ。
「ま、まぁ……姉ちゃんは兎も角として、俺たちはちゃんと巧くやれるからさ。心配しないで思い切り羽を伸ばしてきなよ」
『あらあら、まるで母さんに帰って来て欲しくないみたいな言い方ね』
「そんな事ないって、あっ……今晩飯作ってる途中だから、もう切るよ」
 早口に言って、月彦は受話器を置いた。あまり長話をして、クリスマスの事について聞かれても困るからだ。
「……にしても、母さんが行ったのって……確か温泉、だよな……」
 今時の温泉地では犬を大量に放し飼いにでもしているのだろうか。葛葉の声をかき消さんばかりに聞こえてきた犬の鳴き声に、月彦は首を捻りながら自室へと戻るのだった。


 翌朝、月彦は些か肝を潰す目覚めをした。
 いくら真央の安否を気遣っても、結局出来る事といえば真狐のバカタレがやってくるか、或いは真央が自分から連絡を入れるのを待つかの二通りだけ。どちらも己の身一つでは如何ともしがたく、結局月彦は一人、モヤモヤと眠れぬ夜を過ごす事となったわけなのだが。
(なんだ……何か、気配が……)
 瞼を開ける事に躊躇いを感じる、とはこの事だろうか。室内に満ちる、どこか敵意を含んだぴりぴりとした気配に、月彦の頭は急速に覚醒した。
(目を、開けたら……殺られる……っ……)
 まるでどう猛な虎かなにかがすぐ側で息を潜め、獲物が動く瞬間をしとめようと待ちかまえているかのようだった。
(まさか、真央……か?)
 いくら丸一日顔を合わせていないとはいえ、ここまで気配が変わってしまうものだろうか。とはいえ、いつまでもそうして狸寝入りをしているわけにもいかず、やむなく月彦はうっすらと目を開けた。
「んなっ……!?」
 そして、眼前の――ベッドの脇に立ち、己を見下ろしている人影に思わずそんな悲鳴めいた声を上げてしまった。大あわてで月彦は布団をはね除け、体を起こす。
「えと、あれ……菖蒲、さん?」
 いつものエプロンドレスに身を包み、灼熱の溶岩すらもひと睨みで凍り付かせるような冷ややかな目で己を見下ろしているのは間違いなく菖蒲だった。
(一体いつからそこに……)
 まさか一晩中では無いだろうが、五分や十分といった短い時間でもなさそうだった。毅然とした従者の立ち振る舞いは相変わらず凛としていて様になっていたが、そのしなやかな尻尾の動きが、些か待ちくたびれた感を如実に表していたからだ。
(何か用があるなら、一言声をかけてくれればいいのに……)
 一体いつからそうして待たれていたのか、その前に一体どうやって家に侵入されたのか、疑問は尽きなかった。
(春菜さんといい、菖蒲さんといい、どうしてこう……)
 妖猫族の女性というのは人の背後をとったり、何かと肝を冷やすような現れ方をするのだろうか。
「………………とても、迷惑……しています」
 月彦が対応に苦慮していると、不意に菖蒲がぽつりと独り言のように呟いた。
「え……迷惑……って」
「早く……連れ帰って頂けませんか」
「連れて帰…………まさか、真央が!?」
 従者は答えず、くるりと背を向けると足音も立てずに部屋を出て行ってしまった。
「ま、待って、菖蒲さん! 俺も――」
 
 慌てて出かける準備をするも、無愛想な従者が律儀にそれを待っている筈もなく、結局月彦は一人で真田邸へと向かう事になった。
(そうか、考えてみりゃ……白耀は真央の兄ちゃんなんだもんな……)
 真央が白耀の元に駆け込む事は、十分に考えられた事だ。であるのに、何故その事が念頭にも浮かばなかったのか――。
(何となく……真央は白耀の事眼中にないって感じだったってのもあるが……)
 だとしても、やはり電話くらいは入れるべきだった。月彦は己の手抜かりを呪いながらも、震える手で白耀邸の裏口の門を叩いた。
「はーい、どちら様ですかー?」
「えっ……」
 てっきり、またあの無愛想な従者が足音も立てずに背後に回るのではないか――既に振り返る用意までしていた月彦は、予想とはうってかわった愛娘の明るい声に思わず度肝を抜かれてしまった。
「あっ、えと……俺……だけど……」
 躊躇いながらも、しかし扉の反対側まではしっかりと聞こえる声で、月彦は返した。返事は無く、がちゃがちゃと錠前を外すような音が聞こえて、程なく扉は開かれた。
「ぁ、真央……」
 無事だとは思っていた。思ってはいたが、いざこうして愛娘の姿を確認すると、ついつい目頭に熱いものが浮かびそうになってしまう。
(さて、ここからが本番だぞ……)
 どんな悪口雑言も覚悟していた。殴られたり、蹴られたり、引っかかれたり、噛みつかれたり――さすがに刃物で刺される覚悟だけはつかなかったが――とにかくどんな目にあっても真央を連れて帰る所存だった。
 しかし。
「兄さまのお知り合いの方ですか?」
「え……?」
 まるで、大企業の受付嬢のような屈託のない笑みと共にそんな事を言われ、月彦は思わず固まってしまった。
「な、何言ってんだ、真央……俺だよ、ほら――」
「にーさまーーーー、お客さまだよーーーーーっ!」
 だが、そんな月彦の言葉を無視するように、真央はくるりと背を向けるととたとたと屋敷の方へと駆けていってしまった。仕方なく、月彦は門扉を潜り、その後に続く。
(一体どうしたってんだ? 真央……だよな?)
 確かに、外見が幾分変わってはいた。一体何処で手にいれたのか、この屋敷にそぐわないゴスロリ調のミニスカート(寒くないのだろうか?)にツインテールという出で立ちは、如何にも小悪魔といった印象を懐かせるが、間違いなく真央本人の筈なのだ。
「やあ、月彦さんでしたか」
「白耀……」
 消えた真央の姿を捜して庭を歩いていると、先に屋敷の主と出くわした。車椅子に乗り、今にも命の火が消えてしまいそうだった以前とはうって変わって、その立ち姿は初めて会った時と同じく、まるで涼風の様だった。
 その快方を喜ぶよりもなによりも、当然月彦としては愛娘の事が気がかりだった。
「悪い、勝手に入っちまった。……真央を見なかったか?」
 と、尋ねるが早いか、どこからともなく現れた真央がたたたっ、とまるで磁石か何かのように白耀の側に張り付く。
「居た居た、もぉ……兄さまどこ行ってたの?」
 そしてそのまま、白耀の手にしがみつくようにしてぴったりと身を寄せ、発情期の牝猫のようにすりすりと体を擦りつける。
「……ちょっと部屋で読書を…………っと、良かった。月彦さん、実は僕も貴方にお伺いしたいことが――うわっ」
 挙げ句、困ったような笑みを浮かべる白耀の左頬に、飛び跳ねるようにしてキスをする始末。これには、さすがの月彦も頬肉をぴくりと震わせた。
「……なんだ、俺の知らない間に随分真央と仲良くなったんだな、白耀?」
「い、いえ……そんな、違うんです! ま、真央さんっ、駄目ですって!」
「どうして? 兄さま、“他の人”が見てる前だとオクテだよね。……昨日の夜はあんなにスゴかったのに」
「なぬっ!?」
 ぴくぴく、と月彦が眉を震わせるのと、屋敷の奥のほうでどんがらがっしゃーんと凄まじい物音がするのはほぼ同時だった。
「ぶっ……ま、真央さん! 何、言って……ち、違いますから! 僕は何も――」
「ねぇ、兄さまぁ……早くお布団の部屋行って昨日の続きシよ? それとも、一緒にお風呂の方がいい?」
 むぎゅうっ、と母譲りの巨乳の間に白耀の腕を挟むようにしながら、真央が妖女じみた声で囁くと、これまた屋敷の方からがしゃーん、ぱりーんと凄まじい音が鳴り響く。
「ちょ、ま、真央さっ…………あ、菖蒲えええええええええええ!!」
 堪りかねたように白耀が大声を上げると、屋敷の方から聞こえていた騒音がピタリと止んだ。
「お呼びですか」
 殆ど間を空けずに、背後からなんとも事務的な声が聞こえたが、月彦はもう驚かなかった。
「す、少しの間でいいから……真央さんと遊んでてくれないか。僕は、月彦さんと話があるから」
「畏まりました」
「えっ、そんな……兄さ――むぎゅっ」
 返事をするなり、無愛想な従者はいとも簡単に白耀から真央を引きはがすと、そのまま抱きかかえるようにして屋敷の中へと消えていった。
(……っていうか、今……当て身したよな、絶対……)
 真央の身が些か不安ではあったが、それよりも眼前の男から“事の真相”を聞き出すのが先決だった。
「ふう……手荒な事になってしまってすみません……でも、漸くこれで、一昨日の夜からの疑問が解決できそうです。……とにかく、中へどうぞ」
「ああ、そうだな……俺も、白耀に聞きたいことが沢山出来ちまった」
 痙攣する頬肉と眉を指先で丁寧にほぐしながら、月彦は笑顔で白耀の後に続いた。


「……というわけで、一昨日の夜中突然真央さんが尋ねてきたんです。いえ、それは別に構わないんですが……様子がちょっと尋常ではなかったので、何かあったんだろうとは思ったんですが……」
「成る程、つまり真央は一昨日の夜からずっと白耀の所に居たのか」
「ええ……勿論僕もすぐに月彦さんの方に連絡しようとは思ったんですが、真央さんに自分がここに来ている事は秘密にしてほしいと念を押されたので、どうしたものかと困っていた所なんです」
「………………。」
 なるほど、根が正直な白耀らしい、と月彦は思う。そしてそんな馬鹿正直な主に変わって、従者がこっそりSOSを出したという事なのだろう。
「あの、月彦さん……差し出がましい事かもしれませんが……真央さんと喧嘩でもなさったんですか?」
「喧嘩……うん、まあ……そんな所だ」
 さすがに、己の浮気が原因だとは、月彦には言えなかった。
「俺が……クリスマスに真央との約束を破っちまって……それでこんな事になっちまったんだ」
「そうだったんですか……それで……真央さんは……」
 まるで、我が事のように白耀は物憂げな顔をする。
「まあ、でも良かった。この寒い中、もし真央が野宿でもしてたらどうしようってずっと気を揉んでたんだ。白耀の所なら安心だな……とりあえずは」
 そう、まさに“とりあえずは”といった所だった。無論月彦は、先ほど真央と白耀がかわしていた話の内容を忘れたわけではなかった。
「ところで、白耀? さっきなんか……真央と妙な話をしてなかったか?」
「妙、というと……?」
「その……真央と寝たとか、一緒に風呂に入ったとか」
「あっ……いいいええええ、そんなっ……僕は、何もしてませんから!」
 応接室の椅子から慌てて立ち上がり、白耀は顔を真っ赤にして否定する。
「だ、だいたい昨日はほとんどずっと……真央さんまともに口も聞いてくれなくて、それが、月彦さんがいらした途端、あんな風に……」
「……ほう」
 一応、嘘は言っていない――様に見えるが、月彦は鵜呑みにはしていなかった。
(元はと言えば、こいつは真央を口説こうとした男だ)
 と、色眼鏡で見れば見るほど、白耀の仕草の一つ一つが胡散臭く見えるのだ。
(本当は、真央と寝たんじゃないのか……?)
 家を飛び出てきて、何処にも行く宛のない真央に優しく声をかけ、そのままモノにしてしまったのではないか。そんな邪推すら、頭をよぎる。
(いや、こいつは良い奴だ……白耀は、そんなこすっからい真似はしない……)
 そう、邪推は良くない。自分の娘と、そして白耀を信じよう――そう思うが。
(でも、こいつは……真狐の子供、だ)
 母親がああな以上、その血が流れている真央と白耀もそうではないと言い切れるだろうか。
「あの、月彦さん……重ねて言いますけど、僕は本当に真央さんとは何もしていませんから」
「分かってるって。そう何度も言わなくても、俺は白耀を信じてるよ 」
 と、月彦なりに笑顔で返すが、その目が卵を狙う蛇のようにぎらついた光を帯びている事に本人だけが気がついていなかった。
「それに……今の僕には、菖蒲が居ますから。だから、誓って……真央さんに手を出したりしません」
 絶対手を出さない――と言われたら言われたで、今度は「俺の娘はそんなに魅力がないのか?」と突っかかりたくなるから不思議だった。
「まぁ……とにかくだ。色々事情も分かった所で、そろそろ真央を連れて帰ろうと思うんだが……」
「そう……ですね、こちらとしては、真央さんの好きなだけ、いつまででも居て下さって構わないんですが……あ、いえ、別に下心があって言っているわけではなく……」
 ぎろり、と疑惑の目を向けると、白耀は慌てて言葉を付け足した。
「ただ……菖蒲が……どうやら、あまり真央さんの事を好きではないみたいで……」
「ああ、それは……そう、だろうな……」
 想いを寄せる主人にあそこまでベタベタする女に好意を抱ける従者は居ないだろう。ましてや、過去にその母親と共謀して主人を罠にはめた女であれば尚更だ。
「まぁ……真央もそうとう怒ってるだろうから、スンナリとは行かないと思う。出来れば、どこか隅っこの部屋で真央と二人きりで話をしたいんだが……」
「分かりました。では北側の離れを使って下さい。あまり人が立ち寄らない部屋の方が月彦さん達も話がしやすいでしょうし……」
 尤も、この屋敷には僕と菖蒲しか居ませんが――と、苦笑しながら白耀は席を立つと、早速その離れへと月彦を案内した。
「こちらで少し待っていて下さい。すぐに菖蒲を呼んで、真央さんも連れてきますから」
「頼む」
 ぺこり、と白耀に小さく頭を下げて、月彦は離れの部屋に入った。畳敷きの六畳ほどの和室には家具らしい家具はなく、ただ部屋の隅に火の入っていない火鉢と、座布団が四つ重ねられていた。
 押入が無い所を見ると、寝泊まりする為の部屋ではなく、純粋に談議をするための部屋らしかった。月彦は自分の分と、あと真央の分の座布団を用意して、そこに鎮座した。
 程なく、火の入っていなかった筈の火鉢の方からパチパチと、炭が弾けるような音がし始めた。恐らくは、屋敷の中を走り回る木偶人形達と同様、何らかの仕掛けによるものなのであろうが、その原理を特に追求しようという気は起きなかった。ようは、暖かければそれでいいのだ。
「ふむ……とりあえず、凶器になりそうなモノは……ないな……」
 なるべく平和的に解決はしたいが、“謝罪”の途中いつまた真央が逆上してしまうか分からない。とりあえず座布団と火鉢ならば、助けを呼ぶ間も無く息の根を止められるという事はないだろう。
(まずは、謝る。全ては……それからだ)
 浮気を黙っていた事に関しては、完全に自分の方に非がある。それをしっかりと謝罪した後で、家に帰ってくるかどうかは真央自身の判断に任せるしかない。
(もし、嫌だって言われたら……その時は――)
 ぐっ、と月彦が拳を握った時だった。和室の入り口の障子戸の前に、すっと人型の影が差した。
 月彦は、ゆっくりと深呼吸をした。



「すまんっ、真央! 俺が悪かったっっっっっ!!!!!」
 真央が障子戸を明けるなり、月彦は即座に頭を畳に擦りつけた。
「いろいろ言いたいことはあると思うが、まずは黙って俺の話を聞いてくれ!!」
 畳に手と額をつけたまま、月彦は声高に叫んだが、しかし肝心の真央の返事はなしのつぶて。月彦はしばし、顔を伏せたまま真央の反応を伺ったが、やはり何の言葉も返ってこなかった。
 恐る恐る顔を上げると、真央は後ろ手に障子戸をしめたままの体勢で座布団に座りもしていなかった。
「ええと、確か……兄さまの知り合いの“月彦さん”でしたっけ。私に何か御用ですか?」
 眩しいばかりの屈託のない笑みに加えて、なんとも白々しい声でそんな事を言いながら、真央は座布団をやや月彦から離すように引いてからその上に座る。
「真央、何を言ってるんだ……」
「さっきからずっと、言おう、言おうと思ってたんですけど――」
 真央はまたにっこり、と。毒々しさすら漂う“受付嬢笑み”を浮かべる。
「初対面なのに、真央、真央と軽々しく人の名前を呼ばないでもらえますか?」
「っ……真央、浮気のせいで頭に来てるのは分かる。だけど、頼む、真面目に話を聞いてくれ」
「何の話かさっぱり分かりませんけど、何か言いたいことがあるなら早く仰ってくれませんか?」
 さも、語尾に「はやくこの部屋を去って兄さまといちゃいちゃしたいんです」とつけたそうな愛娘の毒々しい笑顔に、月彦は唇を噛みしめる。
「……分かった。真央……確かに、由梨ちゃんと浮気をしてる事を隠してたのは、俺が悪かった。この通りだ」
 どんっ、と月彦は畳に額を擦りつける。
「だけどな、決して……決して出来心とか、軽い気持ちでとか……そういうんじゃないんだ。……本当に、どうしようもないくらいに、由梨ちゃんの事が好きなんだ」
「……ひょっとして、私……喧嘩を売られてるんでしょうか?」
 顔を上げると、真央は相変わらずのニッコリ顔だが、ひくひくと眉が痙攣をしていた。
「お、俺が言いたいのは……俺は、真央の事が好きだ。一番好きだ……それは間違いない。だけど、由梨ちゃんも、限りなくそれに近いくらい好きなんだ。自分ではもう、どうにもならないくらい……だから、隠れて会うしかなかった……解ってくれ、真央……」
「お話はようく解りました。これ以上ここに居ても不愉快になるだけみたいですね」
「ま、待て! 真央! とにかく……まずは家に帰ってきてくれないか……由梨ちゃんとの事は、その後でじっくり話し合おう」
 つれなく立ち上がる真央に月彦は手を伸ばすが、その手が愛娘の肌に触れる事は無かった。
「……馴れ馴れしいですよ?」
 もう少しで触れられる――という所で、ぺしんと打ち払われたからだ。
「“月彦さん”もこんな所で油を売ってないで、大好きな後輩と一緒にデートでもしたら如何ですか?」
「真央、頼む……帰ってきてくれ! 俺は……お前が居ないと――」
 真央は素っ気なく背を向け部屋から出ると、月彦の言葉を切るように大げさに音を立てて障子戸を閉めた。それが、“交渉決裂”の合図だと言わんばかりに。


 “説得”はもう少し日を空けてからの方がいいかもしれない――白耀にそんな言い訳をして(そしてその背後で漆黒のオーラを立ち上らせる従者からの強烈な視線から逃げるように背を向けて)、月彦は帰路についた。
 謝罪と説得がすんなり行くとは元より思ってはいなかった。しかし、これほどとりつく島もないとは思わなかった。
(……やっぱり、“もう二度と浮気はしないから戻ってきてくれ”って、言ったほうがよかったのかな……)
 そう、真央を連れ戻す事だけを考えるのならば、そう言うのが恐らく、一番ではあるのだ。しかし、月彦には口が裂けても言えなかった。
(そんな言い方をしたら、由梨ちゃんとの事が本当に遊びみたいになっちまうじゃないか)
 由梨子に対しての想いが、月彦にそんな嘘を突くことを許さないのだ。結果、月彦に言える事と言えば、己の本心を包み隠さずにさらけ出す事だけだった。
(でも、そうだよな……そんなんで、真央が許してくれる筈がない……か)
 何処の世界に、「浮気をしたのは謝る! でも、お前と同じくらい彼女の事が好きなんだ! だから許してくれ!」等と彼氏に言われて、浮気を許す女が居るだろうか。
(……っ……やっぱり、ダメ……なのか)
 どちらか片方だけを、選ぶ時が来てしまったのか。当然、真央を捨てて由梨子を選ぶ――という選択肢もある。
 あるのだが――しかし、いざその時になって自分が選ぶのは、やはり真央だろうと月彦は思う。
(由梨ちゃん……ごめん、やっぱり……真央は、特別なんだ……)
 母親こそ本当にどうしようもない女だが、父さま、父さまと甘えてくる真央は本当に可愛いのだ。一緒に暮らしていた時こそ、四六時中発情しっぱなし、所構わずモーションをかけられて時折疎ましく思ってしまった事もあったが、そんな事は愛嬌のうちなのだ。
(……それに、やっぱり……由梨ちゃんじゃ………………)
 ただ二人で仲むつまじく過ごすだけならば、良い。由梨子こそ最高のパートナーと言える。しかし、一度夜になり、一緒にベッドに入るとなると、話は別だ。
 或いは、真央と出会う前の自分であれば、由梨子との事で十二分に満足してしまったのかもしれない。しかし、今は違う。夜な夜な真央に求められ無駄に鍛え上げられその環境に適応してしまった体が、真央から離れる事を許さないのだ。
(真央と……ヤりたい……がっつり、犯りたいっ……)
 ただでさえ、二十四日の夜は生殺しのようなセックスしか出来なかったのだ。二十五日に至ってはこれからという所で真央に見つかり、結局中途半端なまま終わる羽目になってしまった。
(さっきだって……白耀の家じゃなかったら……)
 果たして最後まで我慢できたかどうか。あれが自室であれば、あくまでつれない素振りをしようとする真央を無理矢理ベッドに引きずり込み、犯していただろう。。
(畜生……一緒に住んで、すっかり慣れちまってたけど……やっぱり真央って、すっげぇエロい体してるよな……)
 白耀の所に居て手が出せないから、尚更そう感じてしまうのかもしれない。或いは、溜まりに溜まった性欲が、その捌け口を求めて真央の方へと想いを傾けているのかもしれなかった。
(真央……頼むから、早く帰ってきてくれ……でないとっ……)
 でないと、どうなってしまうのだろうか。このまま真央に愛想をつかされ、未来永劫真央とできなくなったら――それは、あまりに恐ろしい想像だった。
(ぐぅぅ……犯りたい……真央と…………真央をっ……犯したい)
 うっかりすれば、膨張した股間のせいで歩けない――などという事になりかけながら、月彦は辛くも自宅へとたどり着いた。
「はぁ……くそ……水垢離でもして頭冷やすか……?」
 瞼の裏に焼き付いた、無垢な顔立ちには不釣り合いな肉体の残像を打ち消すにはそれしかないように思えた。とにかく、こんな――頭に血液の代わりに溜まりに溜まった精液が逆流してしまっているような状況では、真央を連れ戻す妙案など浮かぶ筈もないのだ。
(ああぁ、くそ……犯りたい……犯りたいっ…………)
 着替えを取りに部屋へと戻り、脱衣所へと向かう最中、ふと月彦は足を止めた。
「ん……?」
 真央は居ない、葛葉も帰宅が遅れると連絡があったばかりだ。霧亜もまだ帰ってきた様子はない。であるのに、何故台所の方からがさこそと音がするのだろうか。
 もしや――月彦は抜き足差し足忍び足で、台所に居るであろう何者かに感づかれないように忍び寄る。
「ったくもー……もうちょっと気の利いた食い物入れときなさいよね、偏食になったらどうしてくれるのよ」
 ぶつぶつと文句を垂れながら冷蔵庫を引っかき回しているのは、予想通りの相手だった。月彦はそろり、そろりと近寄り、すう……と大きく息を吸い込むと。
「くぉら性悪狐ッ、人んちの冷蔵庫で何やってんだ!」
「ひゃあっ!?」
 余程腹が減っているのか、食材探しに夢中の余り頭隠して尻隠さずな体勢の真狐の尻をぺっしーんと思い切りひっぱたいた。
「痛っったいわねえ、いきなり何すんのよ!」
「そりゃこっちの台詞だ! お前こそ何勝手に人んちの冷蔵庫漁ってんだよ!」
「ふん、勝手に漁られるのが嫌なら鍵でもかければいいのよ」
 ぷいっ、とそっぽを向きながらも、やはり腹が減っているのか、調理前の油揚げを囓り始める。
(ったく……この女はっっ……)
 次会ったら必ず文句を言ってやろうと心に決めても、顔を合わせるたびに新しい悪事に手を染めているからついつい“前回の文句”を言いそびれてしまう。
(いや、でも……今日という今日は……)
 とっちめてやろう。何より、今は真央が居ないのだ。
 それは、つまるところ――
「何よ、変な顔して。腹でも痛いの?」
「真狐……お前……いや、いい。どうせお前の事だ、今度の事も全部わかっててやったんだろ」
「何の事かしら?」
 しらばっくれても、そのニヤついた顔が月彦の推理を肯定していた。
「……まあでも、さすがのあたしもまさかあの子が包丁持って乱入するとは思ってなかったわぁ。一体誰に似たのかしらねぇ……くすくす」
「お前……見てたのか」
「んーん、何も見てないわよ? 真っ裸で半泣きになりながら命乞いしてるあんたとか、なーんにも知らない」
「い、命乞いなんかしてねぇ! っていうか見てたんなら助けろよな!」
「い、や、よ。怪我でもしたらどうするのよ。それにぃ、あんたの場合、刺されても自業自得でしょ?」
「うぐ……そ、それは……」
「ねぇねぇ、月彦。いまどんな気分?」
 ぽいっ、と空になったビニール袋を投げ捨てて、真狐がにじり寄ってくる。
「真央に会ってきたんでしょ? 辛い? 苦しい? それとも情けない?」
 真狐は、いつもの服装だ。あの露出狂じみた着物――破廉恥極まりない胸元が、少し屈めば鼻が触れそうなほどの距離にまで近づいていた。
「ほら、なんとか言ってみなさいよ」
「強いて言うなら……犯りたい」
 ぽつりと漏れた本音に、はぁ?と真狐が首を傾げた時には、右手がもう恥知らずな巨乳を掴んでいた。
「ちょっと、何よ、この手は」
「……五月蠅い、犯らせろ」
「はぁ?」
 呆れたような声を出す真狐を無視して、むっぎゅむぎゅと月彦は極上の巨乳を捏ねる。すでにふぅふぅと息まで荒くなっていた。
「なぁに? 真央に逃げられたから、代わりにあたしとヤりたいってわけ? あんたって本当に節操が無いのね」
「黙れ、元はと言えば、何もかもお前が原因なんだろうがッ」
「だからヤらせろって? それって随分話が飛躍してない?」
「御託はいい、今日という今日は逃がさないからな。……徹底的に犯して、その腐りきった性根を修正してやる」
 そう、これは由梨子とのそれとは違い、決して浮気ではない。世直しの一環なのだ。
(そうだ……犯してやる……真央とヤれなくても、こいつなら……おつりが来るってもんだ)
 この、見ているだけで胸焼けがしそうな程に恥知らずな巨乳をいやというほどにこね回しながら、徹底的に犯して、たっぷり種付けをしてやればいい。なんせあの真央の母親なのだ、手加減など無用、壊すくらいのつもりで丁度良い。
(あぁ……くそっ、真狐を犯すって……考えただけで……)
 ミシミシと、ズボンのベルトが軋むほどに剛直がそそり立ってしまう。その事に多少の屈辱を感じながらも、どうしようもない程に猛り狂う獣の衝動に月彦は突き動かされる。
 逃がさない――その言葉の通りに、右手で巨乳を掴みながらも、左手はしっかり真狐の腕を掴む。そのままぐいと抱き寄せ、唇を奪おうとするが――
「待ちなさいよ」
 真狐の手で口元を押さえられ、ぐいと顔を離される。
「あんたがそこまでヤりたくて堪らないっていうんなら、別に相手してあげてもいいわ。あたしだって、嫌いじゃないし」
 ふふん、と相変わらずの人を食ったような悪女笑みを浮かべて、真狐はちょんと指先で月彦の唇を突く。
「でも、こんな所じゃ嫌よ。ちゃんとベッドじゃなきゃ」
「……ンな事言って、まさか逃げる気じゃないだろうな」
「逃げる? あたしが? どうして?」
 ぶんっ、と腕を振って月彦の手を振り払うと、真狐は軽い足取りで階段の方へと向かう。
「こらっ、待てッ!」
 当然、月彦は追うが、真狐は野性の獣さながらの俊敏な動きでトトトンと軽やかに階段を駆け上がるとそのまま月彦の部屋へと入っていく。数秒遅れて、月彦も自室へと突入した。
「畜生っ……どこ行きやがった……やっぱり逃げたか!」
 室内の何処にも、真狐の姿は見あたらなかった。舌打ちをしながら、窓から外を覗こうとした矢先、不意に背後でふわりと、何かが降ってくる様な音と共に、視界が真っ暗になった。
「馬鹿ねえ、逃げないって言ったじゃない」
 背後から目隠しをされたのだと気づいた時には、倒れ込むようにしてベッドに引きずり込まれていた。
(っ……こいつ、今日という今日は……っ……)
 ベッドの中で揉みくちゃになりながらも、月彦はなんとか“上”を取る。
(ふぅふぅ……巨乳っ……真狐の、巨乳っ……)
 まずは、両手と顔面であの質量を堪能しようと、月彦は真狐の胸元に顔を埋めた。
 だが。
(……え?)
 顔を挟めば窒息しかねない程の圧倒的質量は、そこには無かった。否、そもそもこの感触は素肌ではない、セーターかなにかだ。そして何より、この匂いは煙草の――。
「月彦、手が止まってるわよ? あたしを徹底的に犯すんじゃなかったのかしら」
「…………ッ!?」
 “その声”を聞いた瞬間、ゾクリと背筋が冷えた。月彦は恐る恐る顔を上げ、そして……真狐の顔を見た。
「ね、ねねねねねねね姉ちゃんッ!?」
 バネ仕掛けの玩具のように、月彦は後ろに飛ぶようにしてベッドから離れ、そのまま部屋の壁に張り付いた。
「そんなに喜んでくれるなんて、あたしも化けた甲斐があるわぁ」
 くすくすと、ベッドの上で悪女笑みをしているのは紛れもない霧亜。声は勿論のこと、その服装も霧亜そのもの、ご丁寧に煙草の匂いまでもが。
「ひ、卑怯だぞ、真狐! ね、姉ちゃんに……化けるなんて……」
「あら、別に良いじゃない。このほうがスリルがあって良いでしょ?」
「ぜ、全然良くねえっ!……早く、元に戻れよ……そのままじゃ、出来ない、だろっ……」
 先ほどまで、噴火寸前の火山よろしく猛々しかった股間が、急速に萎縮していく。文字通り、月彦は竦み上がっていた。
「ほらぁ、早くこっちにきなさいよ。望み通り、一晩でも二晩でも好きなだけ相手してあげるわよ?」
 ぺろり、と舌を見せながら真狐が笑う。
「や、やめ……ろ、姉ちゃんの姿で、姉ちゃんの声で……そんな事、言う……な……」
 それは、かつて味わった事のない類の嫌悪感だった。月彦はギリギリと歯を鳴らしながらも、辛うじてそんな言葉を絞り出す。
(っ……いくら、見た目が姉ちゃんでも……中身は真狐なんだっ……ッ……)
 構わず、ヤッてしまえばいい。ヤりまくれば、真央がそうであったように、真狐もそのうち変化を解くかもしれない。
「ふふっ、ねえ……月彦。あんた達もさぁ、やっぱり小さい頃は一緒に風呂とか入ったりしたんでしょう?」
 苦渋の顔のまま壁に張り付いている月彦の姿がおかしくて堪らないとばかりに、真狐はにやついた笑みを浮かべる。
「“姉ちゃん”のハダカを最後に見たのはいつ? 五年前? 十年前? ふふ……ねぇ、あたしが代わりに“今の体”見せてあげよっか?」
 すすす、と真狐はセーターをたくしあげていく。白い肌から、黒の下着が目に映るなり、月彦は堪えかねるように目を背けた。
「やめろ……真狐、頼むから……止めてくれ……」
「……どーしよっかなぁ、ねぇ……この娘の姿で迫られるの、そんなに嫌?」
 とんっ、とベッドから下りるような音。ハッと月彦が目を開けると、すぐ眼前に恐姉の顔があった。
「ひっ……やめ、ろぉ………………」
「ザンネン。知ってるでしょ? あたし……人が嫌がる事をするのが大好きなの」
 くい、と顎を持たれたと思った時には、もう唇を奪われていた。
「ンんぅうッ!?」
 目の前に居るのは、姿形の上では間違いなく霧亜。しかし、その舌技は真狐のもの。目を瞑り霧亜の姿を消し去ろうとしても、煙草の匂いのするキスに否が応にも霧亜の事を思い出してしまう。
(ちょっ、真狐っ、……やめっ――)
 情欲と理性の板挟みとはまさにこの事だろうか。さっさと真狐を突き飛ばしてしまえばいいのに、それが出来ない。理性ではそうしたいと思っていても、本能がそれを拒むのだ。
「ンふ……んフっ……んんっ……ッ……」
 さわ、さわと。キスと同時に真狐の手が股間をなで回してくる。蛇のような手つきでジッパーを下ろすと、ズボンの中にするりと指が入ってきて、霧亜の姿に萎縮しきっているものをこれまた巧みに弄ってくる。
(やめ、ろ……本当に、やめて、くれッ……)
 真狐の指使いは巧みで、たちまちジッパーの隙間からにょきりと剛直が姿を現した。
「ンはぁ……ふふ、相変わらずね、ちょっと弄っただけでこんなにして……」
 きゅっ、と剛直を握ったまま、真狐は扱くように手を動かしてくる。
「くっ……」
「くすっ、“姉の手”で扱かれてこんなにしちゃうなんて、月彦ってばホントに変態なんだから。やめろ、やめろって言いながら、本当はいつもより興奮してるんじゃないの?」
「そんな、わけっ……くぁっ……」
「そんなに気持ちいい? ふふっ……じゃあ、もっとスゴい事してあげる」
 剛直をしごきながら、真狐が膝をつく。まさか――と思ったときには、先端がぬろりと咥えこまれていた。
「く、はっ……」
 正視など、出来なかった。月彦は頑なに瞼を瞑り、真狐の頭に両手を沿えて引きはがそうとするも、肝心の力のほうはまるで入らなかった。
「ンくっ、んふっ……んんっ……はふっ……ほら、月彦、目を瞑るんじゃないわよ。ちゃんと見なさい」
「っ……!?」
 それまでは、“霧亜の声”ではあっても、口調やイントネーションは真狐のそれだった。それが、不意に全て霧亜そのものになった。
「聞こえないの? 目を開けろって言ってるのよ」
「……くッ……」
 長く体に刻み込まれた条件反射、月彦は渋々目を開け、そして見た。己の前に跪き、剛直に頬ずりするようにしてしゃぶる、姉の顔を。
「そう、それでいいの。……ちゃんとイく時まで目を逸らすんじゃないわよ?」
 悪女の様に笑って、真狐が口戯を再開する。中身は真狐であると分かってはいても、その様は月彦の中に異様な興奮を呼び覚ました。
(……く、そ……巧すぎ、だろ……コイツ……ッ……)
 真央も巧くなった。もはや、とうに真狐と同等以上の技量は身につけたと思った。それなのに、こうしていざ真狐に口でされると、真央のそれはフェラを覚えたての処女のそれのように物足りなく感じてしまう。
(今まで、手加減……してた、のか? いや、それとも……俺が溜まってる、から……)
 或いは、認めたくはないが――霧亜の姿だから、興奮してしまっているのだろうか。馬鹿な、そんな筈はない、絶対に――。
「くっ、う……真狐、もう、いいだろ……もう、本当に、止めてくれ……」
「なぁに? 出そうなの? 実の姉の唇でしゃぶられて、射精しそうなの? 真性の変態ね、月彦は」
「ち、がうっ……姉ちゃん相手じゃ、ない……真狐、お前だ……見た目は、姉ちゃんでも……実際してるのはお前だろっ……」
「どうかしら? 案外本人にされても同じようになっちゃうんじゃないの? くすくす……」
 ニヤニヤと癪に障る笑みを浮かべる真狐の手技と舌技に、月彦は確実に追いつめられていく。しかし、やはり思った通り――それらの動きは月彦がイく寸前で止められた。
「月彦、イきたかったら……分かってるわよね?」
 剛直を握り、にゅり、にゅりと親指の腹で先端を弄りながら、真狐がにやりと笑う。
「ほら、おねだりしてみなさいよ。“シスコンで変態な僕をお姉ちゃんの唇でイかせて下さい”ってサ」
「っっっ……誰がッ……! ッ……!…………く、はぁぁぁぁッ………………」
「意地張っても何も良いことはないと思うケド、……ほら、早くイきたいでしょ?」
 にゅり、にゅり。ちゅく、ちゅぷっ。
 少しでも気を抜けば、たちまち骨抜きにされてしまいそうな指使い、舌使いにがくがくと膝が笑い始める。月彦は唇から血が出んばかりに歯を食いしばり、その快感に堪え続ける。
「っ……いい、加減に、しろッ……こンの、性悪狐がぁッ!!!」
 これ以上、この愛撫に晒されたら、本当に心が屈してしまう。月彦は渾身の力と矜持を振り絞り、真狐の体を突き飛ばし、己の下に組み敷いた。乱暴な手つきで上着のセーターをまくしあげるようにして、胸元の膨らみを力任せに掴む。
「……何よ、ヤるんじゃないの?」
「くっ……」
 しかし、月彦の手はそこで完全に止まった。眼前の女に対する積もりに積もった怒りも、暴走気味の欲情も、実姉の目でひと睨みされただけで一瞬にして萎縮してしまったのだ。
「卑怯、だぞ、真狐……お前が、姉ちゃんに化けてさえいなけりゃ……」
「ふふん、あんたってば筋金入りのシスコンね。せっかくあたしが“善意”であんたのつまらないコンプレックス払拭してあげようと思ったのに」
「何……だとっ……」
 すっ、と真狐が不意に掌で月彦の目元を覆う。視界の大半を塞がれ、その手を月彦が払ったときにはもう、実姉の姿は消えていた。
「あーあー、折角良い感じにノッてたのに、誰かさんが空気読まないからシラけちゃった。あたし、帰るわ」
 ため息混じりに、真狐はからからと窓を開けるとぴょんと外へ飛び出していった。それを追いかける気力は、月彦には残されていなかった。


 真狐が去っていった窓を、月彦はしばしの間呆然と眺めていた。
(一体何だったんだ……ただの嫌がらせ……か?)
 だとしてもタチが悪い。何か意図があったとしても分かりづらい。相変わらずあの女の考えている事は理解ができないと、首を捻りながら開けっ放しになっていた窓を閉めた。
(……でも、また犯り損ねた)
 それだけが、確固たる事実だった。それも、いつものように真央の目があってやむなく――というワケではない。一度は完全に押し倒しながらも、そこで自ら手を止めてしまったのだ。
(でも、いくらなんでも……出来るか……!)
 仮にあれが霧亜ではなく、真央に化けていたのならば、容赦なく犯れただろう。真央ではなく由梨子でも、雪乃でも――そして恐らく、妙子でも。
 しかし霧亜だけは、どうしても手を出すことができなかった。
(アイツ……それを分かっててやったのか)
 姿形に惑わされる事はない、中身は真狐なのだから容赦なく犯ってしまえばよかったのだ。しかし、それは同時に何か取り返しのつかないことになってしまいそうで、どうしても出来なかった。
(っ……真央が居ない今が、チャンスなのに……)
 つくづく一筋縄ではいかない相手だと思う。だからこそ、犯り甲斐があるとも言えるのだが。
「くそっ……」
 右手にはまだ、台所でむぎゅむぎゅした巨乳の感触が残っていた。真央も、そして雪乃も十分すぎるほどに巨乳だが、やはりアレには叶わないと断言せざるを得ない。
(だめだ、くそ……折角、収まってたのに……)
 “霧亜の目”で睨まれて萎縮しきっていた剛直が再び活気づき、自己主張を始める。
(真央っ……やっぱり、真央だ……真央が居ないと……)
 真狐を犯すのは無理でも、真央ならば。十分その代用にはなる――そんな事を考えて、はたと。月彦は己が考えた事に肝を冷やした。
(真央が、真狐の……代用?)
 無意識のうちにそう考えてしまった自分に怖気すら覚えた。今まで、そんなつもりで真央を抱いた事など一度も無かっただけに、何故そんな考えが沸いたのか月彦にも分からなかった。
(そうだよ、まるで逆じゃないか。真央とヤれないから、真狐とヤるんだ。そうだ、順番を間違えるな、俺……)
 そもそもあんな誰とでも寝る、ただ巨乳で露出狂なだけの女の何処がいいというのか。確かに、あの恥知らずの巨乳をむぎゅむぎゅしながら後ろから犯すのはなんとも堪らない事ではあるし、いつも意地の悪い笑みを浮かべている顔を泣き顔に変えさせてヒィヒィよがらせるのは思い出すだけで舌なめずりをしてしまうくらい、征服感の満たされる光景だ。
 そのうえ口でさせれば技術は随一ときている。後ろから、前から、或いは跨らせてさんざんに突きあげてイかせまくった後、休憩も兼ねてしゃぶらせるのがまた堪らないのだ。前髪を乱暴につかんで顔を上げさせ、白濁に汚れた剛直を擦りつけるようにして口戯を強要し、最後は無理矢理飲ませる。或いは、あの鼻持ちならない顔にかけて汚してやるのも良い。ついでに恥知らずな巨乳にもぶちまけて、ローション代わりにしながらこね回してやるのも面白いかもしれない。
(そうだ、そうして……最後はじっくりたっぷりしつこいくらい中出しして、匂いが染みついて取れなくなるまで塗りつけてやる)
 やめて、もう許して――あの真狐の口からそんな言葉が出る事を考えただけで、股間が鋼鉄のようにガッチガチにそそり立ってしまう。そこではたと、月彦は我に返った。
(ってぁあッ! 違うだろッ!!! くそ、真狐の事は考えるなっ……考えるなっ……!)
 しかし、考えまいとすればするほど、脳裏にはあの意地悪な笑みと巨乳が次から次へと浮かんできて、月彦の頭の中は真狐を犯す妄想で一杯になってしまう。
(考えるな、考えるな、考えるな、考えるな、考えるな……)
 修行僧の様に座禅を組み、深呼吸をしながら月彦は必死に己の中の強すぎる煩悩と戦った。長い時間と労力を消耗して、漸く股間の強張りが元に戻ったのは既に日が落ちようという刻限だった。
 己の五感全てを遮断して瞑想に耽っていた月彦は、ここにきて漸く、階下で電話が鳴っていることに気がついた。無視するわけにもいかず、階下へと降りるが、受話器へと手を伸ばしかけた所でピタリと呼び出し音は止まった。
 はて、と思い踵を返そうとするとまた鳴り出した。勿論月彦はすぐさま受話器を持ち上げた。
「もしもし?」
『あっ、先輩……ですか?』
「由梨ちゃんか。……どうしたの?」
『あっ、いえ……その、真央さん、まだ……帰られてないんですか?』
「ああっ……」
 真央の事で何か分かったら教えてほしい――由梨子にそう言われていた事を、月彦はすっかり失念していた。
(由梨ちゃんもやっぱり不安、だよな……)
 むしろ、ひょっとしたら自分よりも由梨子の方が真央の事を案じているのではないかという気がしてくる。
(なまじ他人だから、そうなのかもしれないな……)
 否。月彦としても不安ではあるのだ。真央の心中を慮って涙を流しもした。しかし、一度無事な姿を確認してしまうと、やはりどうしても気は緩んでしまうものなのだ。
「ごめん、言うのが遅れたけど……真央の居場所なら分かったよ」
『えっ、真央さん何処に居たんですか?』
 月彦は一瞬考えて、正直に本当の事を言った。
『真央さんの、お兄さんの所……ですか』
「うん、隣町だから、そんなに遠くはないよ。……今日早速行って、話してみたけど……やっぱりダメだった」
『真央さん……怒ってます、よね、やっぱり……』
「……しばらく時間を空けたほうがいいかもしれない。今は何を言っても無駄なんじゃないかな」
 しばらく空けたほうがいい――とは言ったものの、それが出来ないであろうことは誰よりも月彦自身が痛感していた。
 何故なら。
(……こうして、由梨ちゃんの声聞いてるだけでっ……)
 ただ、日常会話をしているだけであるというのに、下半身が反応してしまいそうになるのだ。今にも口から「これからうちに泊まりに来ない?」と出てしまいそうで、月彦は何度も何度も唾を飲んだ。
『あの、先輩……明日、私をそこに連れて行ってもらえませんか?』
「えっ……由梨ちゃんを?」
『はい。……私も、真央さんにちゃんと謝りたいんです』
「いや、でも……それは、どうだろう……」
 由梨子の気持ちは分かるが、それは危険なのではないだろうか。真央の出方が全く読めないだけに、月彦としてはあくまで一人で説得を続けたい所だった。
『お願いします、先輩』
 しかし、受話器の向こうから聞こえてくる後輩の真剣な声に、無碍に断る事など出来なかった。
(それに……押して駄目なら引いてみろって諺もあるし……)
 生ぬるい説得よりも、意外と効果があるかもしれない――股間の疼きを堪えながら、月彦は由梨子の申し出を承諾した。



 翌日、十時に駅で待ち合わせをして、由梨子と共に真田邸へと向かった。道中、白耀とその従者である菖蒲についての予備知識などを由梨子に教えたのだが。
「……実は、まだ半信半疑なんです。真央さんが狐……妖狐だなんて」
「まあ、屋敷につけばいやでも信じるよ。真央の兄貴も妖狐だからさ」
 既に、白耀には昨日のうちに電話で由梨子と共に来訪することを告げてある。勿論、その同伴者が“事情”を知っている事も。
(さて、どうなるかな……真央が臍曲げなきゃいいけど……いや、今以上曲がるってことはないか……ああ、それにしても、由梨ちゃん、その格好は……)
 真央の事が心配で眠れなかった二十五日の夜とは違った意味で、昨日は眠れぬ夜を過ごした月彦には、由梨子の黒タイツが眩しくて堪らなかった。
(俺が黒タイツ好きなの知ってて履いてきたってことは、実は由梨ちゃん俺を誘ってる? ……いやいや、違うに決まってるだろ……何を考えてんだ俺は)
 過充電で液漏れ寸前だが、辛うじて平生は保ててる――そんな状態なのだ。気を抜けば、すぐに思考がヤバい方に転がりそうになってしまい、月彦は一秒たりとも気が抜けなかった。
(……ダメだ、由梨ちゃんに……こんな、ヤる事しか考えてないような男だって思われたくない……我慢だ、我慢……)
 第一、由梨子相手ではダメなのだ。相手を気遣いながらの生ぬるい行為では、この溜まりに溜まった獣欲は解消しきれない。
(そうだ……真央を、早く連れ戻すんだ……)
 いつまでも堪えられるとは限らない。性犯罪者になってしまう前に、なんとしても。
「……先輩?」
「ん、ああ、いや……何でもないよ。白耀んちはもうすぐだから、急ごうか」
 ダメだ、と分かっては居ても、うずうずと手が勝手に動いて由梨子を抱き寄せようとしてしまう。月彦は早足に歩き、漸くいつもの裏口へとたどり着いた。
 紐を引いてちりちりと鈴を鳴らすと、大仰な音を立てて錠前が外れる音がした。
(……開けたのは、菖蒲さん……か)
 この無愛想な対応は間違いなくそうだろう。緊張しているのか、些か身を固くしている由梨子の手を引いて、月彦は邸内へと足を踏み入れた。
「あっ……」
 そんな由梨子の声に促されて、月彦は庭の隅に目をやった。そこには、やはりというべきか。もの言いたげな従者が木陰に隠れるようにしてじぃと様子を伺っていた。掃除の途中だったのだろうか、その手には柄の長い箒が握られていたが、不思議なのはその箒の先にほっかむりがしてある事だった。
「あれって……おまじない、ですよね」
「おまじない?」
「はい。確か“逆さ箒にほっかむり”は……嫌な客に早く帰ってもらいたいときにするおまじない……だったと思います」
「嫌な客……」
 ハッとして、菖蒲の方に視線を戻すと、もうどこにも姿は見えなかった。きゅっ、と由梨子が袖を掴んでくる。
「ひょっとして、私……歓迎されてないんでしょうか」
「いや……違うと思う。菖蒲さんが本当に帰って欲しいのは由梨ちゃんじゃなくて……」
 間違いなく、真央の事だろう。
「にしても、由梨ちゃんよくそんなおまじないなんて知ってたね」
「いえ……祖父母が、そういうことに詳しかったものですから……先輩も言われませんでしたか? 夜に爪を切ると親の死に目に会えなくなる、靴下を履いたまま寝ると蛇が来る……とか、そういうのと一緒に教わったんです」
 成る程、躾に厳しそうな由梨子の祖父母であればそういった事にも詳しそうだと、月彦は合点がいった。
(にしても、これは……)
 見れば、“逆さ箒にほっかむり”は一つだけではなかった。邸内の至る所に、まるで縄張りでも主張するかのように無数に置かれているではないか。
(……早いところ、真央を連れ戻さなきゃな……)
 白耀は兎も角としても、その従者の方が迷惑しきっているのは明白なのだ。早いところ連れ戻さなければ、何をされるかわからない――菖蒲の思い詰めたような顔から、そんな危惧すら浮かんでしまう。
「やあ、月彦さん。お待ちしてましたよ」
「……白耀っ」
 涼風の如き声に振り返ると、若草色の着物に身を包んだ屋敷の主人が静かに立っていた。
「そちらの方が、例の……真央さんのお友達の方ですね。初めまして、真田白耀と申します」
「……は、初めまして、宮本由梨子です」
 ぺこり、と辞儀をされて、由梨子も弾かれたように辞儀を返す。
「月彦さんの話だと……確か、“事情”を知っている方だそうですが……」
「ああ、俺がちゃんと話をした。だから、大丈夫だ」
「そうですか、では……隠す必要はありませんね」
 ふっ、と白耀が微笑を浮かべると、うっすらとモヤのように現れた耳と尻尾が、次第に実体を帯び始める。
「ぁっ……」
 と声を漏らしたのは由梨子だ。白日の下で妖狐の姿を見るのは初めてであろうから、驚くのも当然だった。
「本当に……」
「大丈夫、恐いことなんて何もない。白耀は俺なんかよりもよっぽど人畜無害な奴だからさ」
「ははは、妖狐が人を化かしたり、悪さをしたりしてたのは昔の話ですよ。…………まあ、極々一部では、まだ人を化かしたり、悪さをしたりしている者も居るみたいですが……」
「……ああ、そうだな。ごく一部の、限られた奴だけがな」
 ふっ……と白耀と二人、全く同じタイミングで空を見上げる。同じ心の傷を持つもの同士だからこそ分かり合える境地だった。
「……で、だ。白耀、俺たちが来たのは、当然真央に会うためなんだが……真央は何処に居るんだ?」
「真央さんでしたら、先ほどお風呂に入られてたみたいですが……そろそろ――」
 ちらり、と白耀が屋敷の方を見るなり、「兄さまーーっ」と、何とも甘ったるい声が邸内に響いた。
「もぉ。兄さま何処に行ってたのぉ? 一緒にお風呂入ろうって言ったのにぃ」
 まだ頭にタオルを巻いたまま、和風の邸宅にはなんとも似つかわしくないバスローブ姿で、真央は裸足で庭に飛び出してくるとそのまま磁石のように白耀の左腕にぴったりとくっついた。
「いや、ええと……その……ははは……真央さん、そういった冗談は止めましょう。月彦さんが勘違いされますから……」
「冗談なんかじゃないよ? 真央はね、お風呂でもお布団でもいつでも大好きな兄さまと一緒がいいの。だって、同じ狐の兄さまなら、人間と違って嘘も言わないし、騙される事もないもん」
「真央、違う……俺は、騙したわけじゃ……」
 月彦が苦々しく呟くと、そこで初めてその存在に気がついた、とばかりに真央がジトリとした目を向けてくる。
「あら、性懲りもなくまたいらしてたんですか? お願いですから、つまらない用事で私と兄さまの邪魔をしないで頂けます?」
 昨日と同じく、真央はなんとも感情のこもらない、事務的な笑みを浮かべる。そして、さらにくん、くんと態とらしく鼻を鳴らし――
「兄さま、大変! 嘘つきの人間に交じって泥棒猫の匂いがするよ! 早く追い出して!」
「……っ……」
 泥棒猫――その言葉に、ハッと由梨子は息を飲み、身を縮まらせる。
「いや、ええと、その……月彦さん、一体どういう――」
「……悪い、白耀。とりあえず、また例の部屋貸してくれないか? 俺たち三人だけで話がしたい」
「話? 私の方にはあなた方と話すような事なんて何もありませんけど?」
「真央、悪ふざけもいい加減にしろ。いつまでも俺が下手に出てると思ったら大間違いだぞ」
 怒気を孕ませてキッと見据えると、たちまち真央は“受付嬢笑み”を止めて真顔になる。
「嘘をついて、浮気をした後は、今度は開き直りですか? いつまでも父親風吹かせないでもらえます? もう、貴方とは親子でもなんでもないんですから」
「御託は良い。とにかくさっさと着替えて離れに来くるんだ。いいな」
 由梨ちゃん、行こう――震える由梨子の背を押すようにして、月彦は一足先に離れへと向かう。その背に、真央の刺すような視線をひしひしと感じながら。


 離れで二十分ほど待って、漸く真央はやってきた。
「遅かったな」
「別に、急ぐ必要もありませんから」
 つーんと突っぱねるようにして、真央は昨日と同じように座布団を少し引き、距離をとって座る。
 その服装は、あの夜のものと同じだった。季節に似つかわしくない、丈の短いスカートから延びた白い足は今の月彦には堪らなく眩しく見えたが、今この瞬間に限っては怒りが性欲を凌駕していた。
「白耀には随分甘やかされてるみたいだな。朝風呂は気持ちよかったか、真央?」
「ええ、とっても」
 にっこり、と一瞬だけ満面の笑みを浮かべるが、すぐにまた真顔に戻る。
「昨夜も、兄さまが寝かせてくれなくて、貴方達さえ来なかったらお風呂の後お昼寝でもしようと思ってた所です」
 ふあぁ、と態とらしく真央は欠伸までしてみせる。
「ほう、どういう風に寝かせてくれなかったんだ?」
「そんなの、決まってるじゃないですか」
 くすくすと、まるで母親の様に、真央は笑う。
「兄さま、ああ見えてスゴいんですよ? “誰かさん”より全然巧くて、絶倫で、私何回も失神させられたんですから」
「ほう……」
「一回シただけで、私の弱いところなんて全部バレちゃって、そこばっかり何回も何回もしつこいくらい弄られてイかされて、私がもう許してってお願いしても全然許してくれなくて…………“本当のエッチ”ってこんなにスゴいんだって、私感動しちゃいました」
「……“前の男”はそんなに下手くそだったのか?」
「比べものになりません。比べたら、兄さまが可哀相です」
 ほう。とまるで他人事のように月彦は鼻で笑うが、その実心の方はズタズタだった。
(……ハッタリだ、そうに決まってる)
 妬かせようと、口から出任せを言っているだけだ。そう、十中八九真央が言っていることはデタラメだと分かり切っているのに、残り一割不安を覚えてしまうのは何故か。
(白耀は、真狐の息子だ……)
 真央がそうであったように、平時でこそ純情極まりないように見えるが、その実凄まじいポテンシャルを秘めていてもおかしくはない。
 ヤケになった真央に誘いをかけられてその眠れる力が覚醒、ここぞとばかりにヤりまくったとしてもなんら不思議ではないのだ。
(……そう考えれば、菖蒲さんのあの不機嫌っぷりも、説明がつく)
 白耀は白耀で、ヤッてしまったものの自分に対する義理から表立ってそれを言えないという可能性もある。勿論、あくまで可能性――の話なのだが。
「……話、無いんでしたら、もう戻っていいですか?」
「いや、待て。……由梨ちゃん」
 そもそも、今日ここに来たのは由梨子が真央と話をしたいと言ったからだ。月彦は由梨子に促すように視線を送る。
「あ、あの……真央、さん……」
 正座をしたまま、膝の上でぎゅっと握り拳を作り、まるで懺悔でもするように、由梨子は声を絞り出す。
「真央さんが……私の顔なんて見たくないって……思ってるのは、分かってます。私が真央さんでも、きっとそうですから……でも、それでも――」
 ぱしんっ!――そんな音が、由梨子の言葉を途切れさせた。一瞬、瞬きほどの刹那のうちに、由梨子は頬を叩かれ、畳の上に伏していた。
「……今更言い訳なんて、見苦しいですよ?」
「真央ッ! いきなり何するんだッ」
 怒鳴り散らすように声を荒げ、月彦は慌てて由梨子の体を抱き起こす。
「ッ……いいんです、先輩……叩かれても、仕方がないような事を……したのは私なんですから……」
「……由梨ちゃん……それは違う」
 浮気が罪だというのならば、たとえどんな形であろうともその罪は二分されるべきだ。
「……真央、俺の頬も張れ」
 月彦は由梨子を抱いたまま、己の左頬を差し出すように真央に向ける。
「嘘をついてた俺にだって、腹は立ってるんだろ。悪いのは由梨ちゃんだけじゃない、俺だって同罪だ」
 さあやれ、と促すが、真央は奇妙な微笑を浮かべたまま手を出そうとはしなかった。
「成る程、それが泥棒猫の手口なんですね」
 口元に笑みを浮かべたまま、真央はまるで汚いものでも見るような目で、由梨子を見る。
「軽く頬を叩いたくらいで、これ見よがしに倒れたりして。同情を引くのが、本当に巧いんですね。そうやって“その人”も誑かしたんですか?」
「真央ッ、いい加減に――」
「先輩! 待ってください!」
 愛娘のあんまりな言いぐさに、とうとう腹に据えかねて月彦が組みかかろうとした瞬間、意外にも由梨子がそれを制した。
「真央さん……私はもう、今日限り……先輩とは会わないつもりで来ました。学校でも、極力先輩を避けます、真央さんとは……クラスが同じですから、全く顔を合わせないというわけにはいかないと思いますけど……それでも、なるべく真央さんの目障りにならないようにするつもりです」
「由梨ちゃん……そんな……」
「だから許して欲しい、とでも言いたいんですか?」
 真央の口調は、如何にも“虫が良すぎる”と言いたげだった。
「はい、許して……欲しいんです。私じゃなく、先輩を」
「ッ……由梨ちゃん!」
 異を唱えようとした口を制すように、由梨子が掌を向ける。
「真央さんの言うとおり、私は卑怯な女です。私が霧亜先輩に捨てられて、先輩はそんな私に同情してくれて、色々構ってくれてただけなのに、それを私が勝手に勘違いして、先輩の事を好きになって……」
 一瞬、由梨子が唇を噛むのを月彦は見逃さなかった。
「先輩と寝た回数だって、真央さんが思ってる程多くはありません。先輩はいつだって、真央さんを裏切るわけにはいかないからって嫌がってたのを、私が……しつこく誘ったんです。最初のきっかけだって、私が薬を使って無理矢理――」
「由梨ちゃん、それは違――」
「先輩は黙ってて下さい!」
 血を吐くような由梨子の叫びに、月彦は口を閉じざるを得なかった。
「もう、いいんです。先輩……私のことを庇って嘘をつくのは止めてください。本当は……私の事なんて好きじゃなかったって、ただの出来心の遊びだったんだって、真央さんに言ってあげて下さい」
「そんな……」
「ただの出来心の“遊び”なら、真央さんだって一度くらいは許してくれます。今度の事で真央さんがあんなに怒ったのだって、先輩の事が本当に好きだからな筈ですから」
 本当に好きなら、許せる筈――念を押すように、由梨子が真央を見据える。
「…………そうだね」
 真央はなんとも退屈そうに、枝毛でも捜しているかのように髪を弄りながらふんと鼻を鳴らす。
「由梨ちゃんとの事はただの遊びで、好きでもなんでもない。ただの出来心だったって認めるなら、今回だけは許してあげてもいいよ、父さま」
「真央っ……!」
 ふんと鼻を鳴らす仕草と、“許してあげてもいい”という傲慢な態度。その二つが嫌になるくらい母親のそれと似ていて、月彦はギリギリと歯を鳴らす。
(許してあげてもいい、だと……?)
 何様のつもりだと、月彦は真央を睨み据える。だが、真央も負けじと睨み返してきて、二つの視線の交差点には文字通り火花が散った。
(……さては、真央……由梨ちゃんの嘘に気がついてるな)
 その上で、父親の性格上由梨子の言葉を肯定など出来る筈がないとたかをくくっているのだ。
(……甘いな、真央。甘すぎる……お前は、分かってない)
 紺崎月彦という人間を、だ。例え道理が曲がっていようが、真実とは違っていようが、時として月彦という男が何よりも重視する事柄を、この娘は知らないのだ。
 即ち――。
「分かった、認める」
「…………言っとくけど、言葉だけじゃダメだよ。証拠として、由梨ちゃんとの事は遊びだったって、ちゃんとはっきり言って」
 まさか認めるとは思っていなかったのか、真央が慌てたように言葉を付け足してくる。今度は、月彦がふんと鼻で笑い飛ばす所だった。
「……何を勘違いしているんだ?」
 月彦はぐいと、由梨子の背に手を回し、抱き寄せる。
「俺は“由梨ちゃんとの事は本気だった”事を認めるって言ってんだ」
「「えっ……?」」
 二人分の“え?”が室内に木霊する。
「あの、先輩……一体……」
「こういうことだよ、由梨ちゃん」
 ぐいと、さらに由梨子の体を抱き寄せると、これ見よがしに真央の目の前で唇を奪ってみせる。ざわりと、真央の髪が浮き、刺すような視線を視界の外に感じながら、月彦は鉄の味のするキスを続けた。
(そうだ、真央……お前は分かってない)
 紺崎月彦という人間が、何よりも“鼻持ちならない女”の思い通りになる事が嫌いな男であるという事を。
「……どういう、つもり……?」
 ぴりぴりと、部屋中の空気が震えているような、そんな怒気を孕んだ声に月彦はようやくキスを止め、真央の方を見据える。
「どうもこうも、こういう事だ。真央、お前があくまで家に帰らないっていうのなら、本当に親子の縁もここまでだな。俺は由梨ちゃんと宜しくやるから、お前は好きなだけ白耀と仲良くすればいい」
「せ、先輩っ、そんな……ダメです、それは――」
「いいんだ、もう決めた」
 由梨子の体をしっかりと支えながら、月彦は優しく微笑みかける。
(そう……真央の態度にも確かに腹が立つが、由梨ちゃんを捨てる事なんて……俺には出来ない)
 その結果、真央を捨てる事になっても仕方がない――少なくとも、今この瞬間だけはそう思えた。
「……わかりました」
 ふぅぅ……怒気を二酸化炭素に変換して吐き出しているような、そんな息づかいだった。
「じゃあ、貴方とはもうこれきりですね。今まで育ててくださってありがとうございました」


 真央との二度目の交渉もまた決裂に終わり、一緒の昼食の準備を進めていたらしい白耀の誘いを手短に断って、月彦は由梨子と二人、屋敷の外に出た。
「あの……先輩……」
 離れを出てから、殆ど無言だった由梨子が、屋敷から出るなり弾かれたように声を出した。
「やっぱり、戻ったほうが……今なら、まだ……」
「どうして?」
「どうして……って……」
「俺は真央じゃなくて、由梨ちゃんを選んだんだ。今更後悔なんてしないよ」
「でも……!」
「いいんだ。……それより、由梨ちゃん……頬、大丈夫?」
 見ると、微かに腫れているようだった。月彦は手近な自販機で冷えた缶ジュースを一つ買い、由梨子に手渡した。
「冷たくて嫌かもしれないけど、冷やした方が腫れは引くと思うから」
「……はい、ありがとう……ございます」
「手袋、使ってくれてるんだね」
 缶を握る由梨子の手を見て、月彦はなんともくすぐったい気分だった。
「はい……先輩からの、プレゼントですから」
 言われて、月彦はハッとする。
(……しまった、俺は……由梨ちゃんのマフラー……つけてない……)
 別に、真央に会うからとか、意図しての事ではなかった。単純に、マフラーをつける程寒くはなかったからというだけの理由だ。
「分かってます、真央さんに会うのに、私が贈ったマフラーはつけていけませんよね」
「……いや、違うんだ、由梨ちゃん……そういう、わけじゃ……」
 ただ、忘れていただけ――そう言おうとして、月彦は口を噤んだ。どのみち、由梨子からの贈り物を軽視した事には代わりがないではないか。
「先輩、やっぱり……なるべく早く、真央さんに謝って、さっきの言葉は取り消した方がいいと思います」
「……っ……由梨ちゃん、どうして……そんな事を言うんだ」
 月彦には、何故由梨子がここまで真央との仲直りに執着するのか理解できなかった。
(俺は……由梨ちゃんを選んだのに……)
 なのに、一番喜んで欲しい由梨子自身はといえば、苦渋めいた顔こそすれ笑顔の一つも見せてくれないのだ。それが、月彦には不満だった。
「先輩が、本当に……私の事が好きで、私を選んでくれたのなら……私も、こんな事……言いません」
 真央に口汚く罵られた時ですら見せなかった、今にも泣きそうな顔で、由梨子は続ける。
「でも、私にだって……さっきのが先輩の本心じゃない事くらい……真央さんへのあてつけで言っただけだって事くらい、解ります」
「っ……!」
 真央へのあてつけ――鋭い所を突かれて、月彦は言葉を返せなかった。
「……由梨ちゃん、それは――」
「先輩っ」
 由梨子の声に、月彦は言葉を切られた。そのまま由梨子は何も言わず、ただ黙って首を振った。
「もっと、自分に素直になって下さい。じゃないと、真央さん……本当に帰ってきてくれなくなっちゃいますよ?」
「……っ……」
「私、今日はこのまま帰ります。真央さんとの仲直りが巧く行く様、祈ってますから」
 早口に言って、由梨子はまるで逃げるように走り去った。月彦は一瞬呼び止めようとして、そして結局は出しかけた手を下に下ろした。
(真央へのあてつけ……か……)
 確かに、そうとられても仕方がない言い方だったかもしれない。事実、真央があそこまで母親じみた真似をしなかったら、月彦としてもどうしたか自分でも解らなかった。
(でも、だからって……今更――)
 真央には、本当に悪いことをしたと思っていた。それこそ、百万回土下座をしても足りない程に、その心を深く傷つけてしまったに違いないと。
 しかし、いざあのように高圧的な態度を取られ、挙げ句由梨子の頬まで張られては、黙っている事など出来なかった。そしてその後は売り言葉に買い言葉――どちらが本当に悪いか等、分かり切っている。分かり切っているのだが……。
(真央へのあてつけ……だけじゃ、なかったんだけどな……)
 真央の事が好きで、由梨子の事も同じくらいに好きで、どちらと決め倦ねて――最終的なきっかけになっただけなのだ。しかし、それは――由梨子には伝わらなかった。今更言葉でどれほどそれを伝えようとした所で、苦し紛れの言い訳にしか聞こえないだろう。
(もしかして……このまま……)
 真央からも、由梨子からも捨てられて終わる――そんな第三の結末が待っているのではないか。月彦には、それが決して杞憂ではないように思えるのだった。



 由梨子と別れた後、月彦はしばし逡巡はしたものの、結局白耀の屋敷へは戻らなかった。
(……あんだけ大見得を切っておいて、のこのこ戻れるか)
 由梨子には悪いが、そんな事をすれば真央がつけあがるのは目に見えている。男として、そして父親として、例え非が己にあろうとも、これ以上は譲れないという一線はあるのだ。
 かといって、ただ帰るというのも何となく気が引けた。このまま帰った所で、再び悶々とした欲求に悩まされるのは目に見えているからだ。
 じっくり真剣に物事を考えたい時にこれほど煩わしいものもそうはないのではないか。そして、性欲によって歪められ下された判断というものは往々にして間違っているのだから質が悪い。
(…………………………先生、今家に居るかな)
 だから、そんな発想が不意に湧いたのも、きっと過充電気味の性欲のなせる技だったに違いないのだが、少なくとも月彦はそうは思わなかった。あくまで、由梨子とも真央とも距離が開いたこの機会に、普段なかなか構うことの出来ない雪乃にたっぷりサービスをしてあげようという親切心に他ならないのだと。
(そうだ、真央だって……白耀とヤッてるとか言ってるんだ、だったら……もう、俺だって……)
 勿論、真央の言葉など嘘だと思っていたが――真実だとしても信じないが――真央がそういうつもりなら俺も、と。むしろ大義名分を手に入れたような気分だった。
(そうだ、俺には真央が居なくたって……)
 由梨子と雪乃の二人で十分ではないか。二人だけならば、ローテーションの回りも早くなり、雪乃を欲求不満にさせる事も無くなるだろう。
 そうと決まれば話は早い。善は急げとばかりに月彦は駅へと戻り、電車に飛び乗り、自宅最寄りの駅へと着くなり早足で雪乃のマンションへと向かった。
(……先生、いきなり尋ねたら驚くだろうな)
 雪乃の事であるから、門前払いはしないだろう。きっと快く迎えてくれる筈だ。少しだけ甘えて、そしてその後は――。
(大丈夫、先生なら……ちょっとくらいやりすぎても……)
 由梨子相手では無理でも、雪乃ならば。既にその頭の中はありとあらゆる淫らな妄想で一杯になっていた。はやる気持ちを抑え、漸くマンションの玄関口へと来ると、迷わず雪乃の部屋に呼び出しをかけた。
 しかし。
「あれ……」
 もしや、留守なのか。どれほど呼び出しをかけても、反応は皆無。仕方ない、少し待つかと外に出て、茹だった頭を寒風に晒すこと十数分。
「あっ……」
 性欲に暈けた頭が冷えた事で、幾分冷静さを取り戻したのか、月彦は唐突に貴重な情報を思い出した。それは、かれこれ一週間ほど前に雪乃と会話を交わしたときに聞いた言葉だった。
『うちさ……盆と暮れと正月とクリスマスは、家族みんな揃って祝うのが鉄の掟なの』――雪乃は確かにそう言っていた。それはつまり、クリスマスからは実家に帰っているという意味ではないのか。
「いや、そんな……まさか……」
 信じたくはなかった。さらに三十分ほど待ってみたが、雪乃が帰ってくる気配は皆無だった。ここにきて、月彦は自分が雪乃の携帯の番号すら知らない事に気がついたのだった。
(……これは、罰……か)
 普段、雪乃を蔑ろにした己への罰だ。あの雪乃の事だ、連絡さえつけば、きっと飛んで駆けつけてくれるに違いない。しかし、肝心のその連絡手段が無いのだ。
(そうだ、学校……学校に誰か残ってないかな……)
 休み中とはいえ、誰かしらは居るのではないだろうか。しかし、その留守番役の誰かがいたとして、怪しまれる事無く雪乃の携帯の番号を聞き出す事が出来るだろうか。実家の番号にしても同様の事が言え、月彦はしばし思案した後、断念した。
(じゃあ、矢紗美さんは――)
 選択肢の最後尾に回したことからも解る通り、出来れば頼りにしたくない相手だった。しかし、これまた矢紗美の携帯の番号など知るよしもなく、うろ覚えの記憶を頼りに自宅を尋ねた所できっと留守であろうし、警察署に問い合わせていち婦警の連絡先を聞き出すのは、学校のそれの数倍難しいであろう。
(まてよ……って、事は……)
 真央は無理、由梨子ともあのように気まずく別れた後、いきなりヤるというのは不可能に近い。雪乃、矢紗美は連絡がつかない。真狐に至っては連絡する手段すらなく、仮に運良く遭遇できたところでまた先日の様に意地の悪い真似をするに決まっている。
(何だ、何だ……これは、偶然……なのか?)
 真央が家から飛び出した途端、突然ありとあらゆる女運が離れていったように感じるのは錯覚なのだろうか。まるで、座敷わらしに見放された家が瞬く間に没落するかのように。
(ぐぅぅ……ダメだ、ヤり、たい……)
 なまじ、雪乃の部屋に行けばやり放題だと思っていただけに、それが不可能と解ったときの反動も凄まじかった。
(ヤりたい、犯りたい……犯りたい……)
 ふぅ、ふぅとなま暖かい息を吐きながら、気がつくとまるで物色でもするように周囲を見渡していた。そして、視界に映った――比較的巨乳気味の女性に狙いをさだめ、どうやって人目に着かない場所へと連れ込むか――などと算段を練り始めて、はたと。
(ヤバいっ、何考えてんだ俺!)
 ぶんぶんと頭を振って邪な考えを打ち払うも、冷静になれるのはほんの一時だけだった。
(だめだ、くそ……今はこんな事、考えてる場合じゃ――)
 真央の事や由梨子の事。考えねば、思案せねばならないことは山ほどあるのに。脳に直接媚薬でも注入されたかのように女を犯すことしか考えられなくなっていた。
(……初めは無理矢理でも、イかせまくって最終的に合意さえとれれば……和姦、だよな……)
 気を抜くと、好みのタイプの女性を眺めながらそんな事を考えてしまい、月彦は慌てて額を近くの塀に打ち付けた。
(ダメだ、ダメだ……ヤバい、ヤバい……)
 どれほど気を落ち着けようとしても、症状は悪化こそすれ緩和される気配は微塵も無かった。邪悪な怪物が、皮膚を突き破って現れようとしているようなおぞましい感覚に、背筋すら冷えた。
「はぁ……はぁ……くそ……」
 目眩すら感じて、月彦は壁にもたれ掛かるようにして路地裏へと入り、そこでがくりと膝を突いた。
(っ……真央、……)
 溜まりに溜まった性欲――それがまるで、ある種の呪いのように、月彦の精神を蝕んでいく。
 無意識のうちに脳裏に浮かぶ、愛娘の肢体。背筋がゾクゾクするほどに心地よい喘ぎ声――それらが、月彦の意志とは無関係に何度も何度も反芻される。
「くっ……ま、お……」
 先ほど塀に打ち付けた頭がズキズキと痛む。しかしその痛みすら、この正気を失いそうな程に狂おしい衝動に比べれば愛しくすら思える。
(真央、真央……っ……)
 今すぐこの手で、あの母譲りの肉体を……顔立ちの割に成熟した体を力一杯抱きしめたい。唇を奪い、鼻を擦りつけるようにして髪の匂いを嗅ぎ、耳をしゃぶりたい。
(あぁ……駄目だ、やっぱり……真央だ……真央じゃないと……)
 妄想の中で何度も何度も愛娘を犯し続け、月彦はそのように結論づけた。仮に今、何らかの偶然で雪乃と遭遇できたとしても、自分は決して心底満足は出来ないだろう。そんな予感めいた確信を懐いてしまうのだ。
 そう、まるで自分の為に誂えられたように相性の良い、愛娘の体でなければ。
(そうだよ……俺だって、こんなに真央とシたいんだ……真央だって……)
 そうに違いない。何故なら、“そう”なる様――決して自分からは離れられぬ様、毎晩毎晩体に躾たのだから。
(――ああ、そうだ……そういう事か)
 成る程、と月彦は天啓でも受けたような気分だった。そう、ここに来て、月彦は気がついてしまったのだ。
 浮気をしたから謝る、相手が怒っているから宥める――そんな事は所詮、人の世界の理屈だ。そんなもので半獣半人の真央を説得しようとするから、そもそも無理が生じる。獣ならば、獣らしく連れ戻せば良かったのだ。
「何だ……簡単な事じゃないか」
 そう、最初から何も悩む事など無かったのだ。真央が父親など嫌い、家に帰りたくないというのならば、そんな真央が今一番望んでいる事をしてやればいいだけの事なのだ。勿論、それは謝罪などではない。
 即ち――。


 



 計算が狂ったと、言わざるを得なかった。
(父さま、どうして――)
 白耀の屋敷の一室で、真央は呆然自失としていた。少なくとも、傍目からはそう見えるような状態だった。
(どうして、どうして――)
 先ほどから、考える事はそのことばかりだった。おかしい、こんな筈じゃなかった、一体どこで間違えてしまったのだろう。
 浮気を隠していた事には、心底腹が立った。刺し殺してやろうとすら思った。しかしそんなどす黒い殺意も夜が明け、幾分頭が冷えれば、純粋な怒りへと変わった。
 絶対に許すものか――頑なに思った。土下座をされようが、泣いて縋られようが、絶対に許すものかと。その決意は月彦が尋ねてきて実際に土下座をされた瞬間ですら揺るぐことはなかった。
(そうだよ、父さまは……全然解ってない)
 自分がどれだけ父親の言葉を信じていたのかを。確かに、時には怪しんでみたり、それとなくプレッシャーをかけて揺さぶってみたりはしたが、心の底では自分の気持ちを裏切る筈はないと信じていた。
 しかしそれは、あのクリスマスの夜に見事に裏切られた。その時、自分が受けたショックがどれほどのものか、あの父親はまるで解っていないのだ。
(死んじゃいたいくらい、辛くて、苦しかったんだから)
 家を飛び出した所で、行く宛などありはしない。故郷の里を母親の手によって滅ぼされた真央が辛うじて逃げ込む事が出来たのは兄の屋敷だけだった。
(浮気をする父さまなんて嫌い、大ッ嫌い)
 幾度となく、そう思った。
 なのに。
(嫌い……嫌い、嫌い……父さまなんて大嫌い……嫌い、なのに……)
 実際顔を合わせてしまうと、ついその胸に飛び込みたくなってしまう。虚勢を張り、無理矢理にでも他人のフリをしなければ、その衝動を抑えきれなかった。
(兄さまと浮気したなんて、嘘だよ……父さま)
 全て、月彦に妬かせたくて、自分の味わった心の痛みの万分の一でも感じて欲しくてついた嘘だ。
 父親に、もっと気に掛けて欲しい。心配して欲しい。やきもきして欲しい――そんな思いが、真央につれない態度をとらせてしまうのだ。
(それなのに、父さま……由梨ちゃんと一緒に来るなんて)
 一体どういうつもりなのだろうか。由梨子との事はほんの出来心のお遊びだった、俺には真央しか居ない――そう言ってくれるのなら、いつか許そうとは思っていた。
 それなのに。
(由梨ちゃん、卑怯だよ……父さまが優しいの知ってて、あんな言い方するなんて)
 真央には、態と身を引く事で月彦の気持ちを己の方へ傾けようとしている汚い策略にしか見えなかった。きっと今頃は、心の中で舌を出しているに違いない。
(由梨ちゃんの事も、好き……だったのに)
 由梨子は、学校に行くようになって初めて出来た友達だ。思慮深くて、礼儀正しくて、友達思いで……故郷の里の友達のように、自分を苛める事もない、本当の友達だと思った。だからこそ、裏切られた時は二重にショックだった。
(嫌い、嫌い……人間なんて、みんな嫌いっ……)
 そう思わなければ、辛くて堪らなかった。
(嫌い、嫌い、キライ、キライ……キライ……人間、キライ……)
 しかし、嫌いだと強く思えば思う程、それを否定するかのように、優しかった父親や親友の顔ばかりが脳裏に蘇ってくる。
(とう、さま……)
 優しくて、そして時々意地悪な父親。顔も見たくないくらい嫌いになった筈なのに、脳裏に思い描くだけで胸の奥がきゅんと疼いてしまうのは何故なのだろう。
(い、や……捨てないで、捨てないで……父さま……)
 あんなのは、売り言葉に買い言葉だ。本心などではない。
(私が、本当に父さまから離れることなんて出来ないって、父さまだって解ってる筈なのに……)
 月彦にはっきりと絶縁宣言をされた時に感じた、あの喪失感。まるで半身をもぎ取られたかのようだった。
(はやく……父さまに謝らなきゃ……)
 でなければ、本当に捨てられてしまうかもしれない。
(……っ…………でも、でも……ぅぅぅ…………)
 出来ることならば、今すぐ月彦の元に駆けていきたい。そして、捨てないでと哀願したい。しかし、そんな事をしたら……あの父親はまた浮気をするのではないか。
(父さまに捨てられるのは、嫌……だけど、浮気されるのも嫌……)
 あの日の夜。自室の扉を開けた先に広がっていた光景は、生涯忘れる事はないだろう。あんな思いは、もう二度としたくなかった。
「真央さん、真央さん」
 真央が板挟みに苦しんでいると、不意にそんな優しい声が耳を擽った。
「開けますよ」
 すっ、と障子戸を開けて現れたのは兄の白耀だった。
「菖蒲がそろそろ夕飯の支度を始めるそうなんですが、何か食べたいものとかはありますか?」
「……ありがとう、兄さま。でも、いい……私、今日はいらない」
「真央さん……そうやって朝もあまり食べなかったじゃないですか」
 白耀が困ったように笑みを浮かべる。真央としても、この優しい兄を無駄に困らせたくはないのだが、体が受け付けないのだ。
(だって……あの人が作るご飯、全然美味しくないんだもん……)
 単純に、父親との事で食が進まないというのもあるが、それより何よりあのメイドの作る食事の味は酷いのだ。
(兄さま……ひょっとして、舌がヘンなのかな……?)
 と疑りたくなるほどにすさまじい味なのだ。頭痛を感じるほど塩辛いみそ汁や、苦虫でも混ぜてあるのではないかと疑りたくなるような白米にはもううんざりだった。
(ひょっとして……私、迷惑なのかな……だから、嫌がらせされてるのかな……)
 しかし兄の態度を見るに、そうは思えなかった。食事自体はあのメイドが膳に用意して運んでくるわけなのだが、あまり食の進まない自分に「それなら茶漬けなら如何ですか」と必ず勧めてくる辺り、やはり優しい人だと真央には思えた。
「……真央さん、やっぱり……月彦さんの所に戻られた方が……」
「嫌ッ! 父さまの所なんて絶対帰らない!」
 半ば条件反射的に答え、真央はぷいと白耀に背を向ける。白耀はしばし困ったようにその場に立ちつくして、やむを得なそうに静かに障子戸を締めた。
(……ごめんね、兄さま……やっぱり、ちょっと迷惑……だよね)
 それでなくとも、かつて母親と共謀して騙してしまったという負い目があるだけに、真央はどうしてもこの優しい兄が苦手だった。
(私も、こんなに優しくしてくれる兄さまの事……もっと好きになりたいけど……でも、ダメなの……)
 ぎゅっと、真央は己の胸を掻きむしるようにして、右手を握りしめる。
(もう、私の体……父さまのモノなの……。そういう風に、躾られちゃってるの……)
 そう、文字通り躾られてしまったのだ。毎晩毎晩、殆ど欠かさず抱かれ、大事な部分を執拗に愛でられ、まるでマーキングでもするように中出しをされ続けた結果だった。
(やっ……ちょっと、思い出した、だけ……なのにぃ……)
 つんっ、とブラの下で体が反応してしまうのを感じて、真央は思わず身じろぎしてしまう。
(だ、め……ずっと、シてなかったから……止まらなくなっちゃう……)
 うずうずと、手が動きそうになってしまうのを、真央は意志の力で必死に堪える。もうじき、食事の支度が済んだ旨を告げに白耀が戻ってくるのは分かり切っている。だから、堪えねばならない。
(や、ぁ……シたい……シたい、よぉ……父さま、父さまぁ……)
 自分で、指で弄るなどもどかしい。他ならぬ月彦本人に押し倒されたいと、真央は切に願う。
(やっ……とう、さまの事……嫌い、なのにぃ……大嫌いに、なったのにぃ……私……父さまにレイプされたいって……思っちゃってる……)
 嫌がる自分を、大嫌いな父親に無理矢理犯して欲しい――そんな歪んだ願望が、どこからともなく溢れてくるのだ。
(ンぁ……無理矢理、父さまに押さえつけられて……服も、下着も破られて……後ろから、ケダモノみたいに……)
 己で考え出した妄想に興奮を抑えきれなくて、真央はとうとう自らの手で胸元をまさぐり始めてしまう。
(嫌っ、て言っても……全然聞いてくれなくて……私も、父さまにレイプなんて、嫌、なのに……何回もイかされて……それで、いっぱい、中出しされて……あぁぁ……っ!)
 ふーっ、ふーっ……そんな荒い息を吐きながら、真央は残る手をスカートの下へと伸ばしていく。
 しかし。
「……おや、月彦さん……どうなさったんですか?」
 えっ、と。障子戸の向こう、さらにやや離れた庭の辺りから兄のそんな呟きが聞こえて、真央はハッと弄る手を離した。
「ああ、ちょっと忘れ物を……な」
「なるほど、そうでしたか」
 えっ、えっ、えっ――真央は障子戸に張り付くようにして、二人の会話に聞き入っていた。
 忘れ物とは何だろう。真央が覚えている限り、月彦は手ぶらでやってきた筈だ。忘れるようなものなどあっただろうか。
(ううん、そんなの……どうでも良い……父さまが、今……お庭に、居る……)
 さっきのことを謝り、撤回するのなら今しかない。そう思って障子戸を開けようとするも、後一歩、どうしても開けられなかった。
(……やっぱりダメ、そんな風に下手に出たら……また、父さまが浮気しちゃう……)
 でも、謝らなければ本当に捨てられてしまうかもしれない。真央がそんな板挟みに動けないでいると、不意に。
「っきゃっ……!」
 無造作に、障子戸が開けられた。
「……ああ、ここに居たか、真央」
「え……とう、さま?」
 あれほど恋いこがれた父親の姿を見上げるなり、真央は微かに首を傾げた。
「白耀、何度も悪いが……少しだけ真央と二人きりにしてくれるか」
「解りました。では僕は母屋の方に居ますから、何かあったら呼んでください」
 白耀が去り、月彦が後ろ手に障子戸を締める。そう、そこに居るのは間違いなく月彦であるというのに、何なのだろう、このザワリとした感覚は。
(父さまじゃ……ない? ううん、父さまは、父さまだけど……)
 姿形は、間違いなく月彦。なのに、まるで飢えた虎かなにかと同じ檻に入れられているかのように緊張してしまうのだ。
「待たせたな、真央」
 一瞬、ほんの一瞬――瞬きほどの間に、真央は月彦に右腕を掴まれていた。そしてぐいと、引き寄せられる。
「望み通り、襲いに来てやったぞ」
 耳元で呟かれたその言葉に、真央はぶるりと体を震わせた。


「えっ……」
 突然の事に、“演技”が遅れた。だから、ついそんな……歓喜ともとられるような声を漏らしてしまった。
「な、何……言って……」
 慌てて真央が取り繕い、仏頂面をすると、まるで娘のそんな心根を全て見透かしているかのように、月彦はくつくつと笑った。
「冗談だ、そんなに嬉しそうな声を出すな、真央」
「っっっ……な、馴れ馴れしく、しないで……もらえますか……もう、“貴方”とは……親子でも何でも、ないんですから」
 真央は思いきり腕を振って月彦の手を振り払い、距離を取る。つれない素振りにつれない言葉を重ねはしたが、その胸の内は期待と不安で高鳴っていた。
(この父さま……意地悪な方の父さまだ……)
 何度も、何度も。こうなった月彦に背筋がゾクゾクするような“意地悪”をされ、月彦無しでは生きられないような体に躾られた真央には、それがすぐに解ってしまった。
(そんな……どうして……やっ、父さま……そんな目で、見ないでぇ……)
 凡そ、父親が娘を見るような目ではない。鳥の巣を覗き込んだ蛇が、卵を品定めしているような目に、尻尾の付け根からゾクリと悪寒にも似たものが走ってしまう。
(だめ、だめ……兄さま、呼ばなきゃ……このままじゃ、私、父さまにレイプされちゃう……!)
 “その時”の事を考えて、真央は早くも呼吸を荒くしてしまう。勿論、父親の目からはそうだと解らぬよう、必死に息を押し殺し、つれない素振りは続けたままだ。
「な、何も……用が、無いなら……早く、出て行ってくれませんか……そこに居られると、迷惑、です……」
 そう、迷惑なのだ。こうして同じ部屋に居られるだけで、側に居られるだけで、自分の意志とは無関係に体の方が勝手に月彦に犯される為の準備を始めてしまうから。
「用……か。そうだな、忘れ物をしたと思っていたのはどうやら俺の勘違いだったみたいだ」
「だったら……早く……」
「まあ、そう焦るな。それとも何だ、俺にここに居られると、都合の悪い事でもあるのか?」
「……っ……!」
 また、あの目だ。心を読まれているような気がして、真央は咄嗟に月彦の方から顔を逸らした。
(だ、め……私の、気持ち……父さまに、バレちゃう……っ……)
 このつれない態度が全て演技だとバレてしまったら。本当は、襲われたくて堪らないのだと知られてしまったら。
(絶対……父さま、何もしてくれなくなっちゃう……だって、父さま、意地悪、だから……)
 そう、自分が本当の本当に我慢できなくなるまで、にやにやと支配者の様な笑みを浮かべながら嬲ってくるに決まっているのだ。
「そうだな……確かに、用もないのに居座るのも白耀に悪いな。かといって、このままただ帰るのも芸がない」
 ふむ、とまるで独り言のように呟いて、月彦は部屋の中央に坐したまま思案をするような仕草をする。真央は、出来るだけ月彦から離れる様、部屋の片隅に張り付くようにして、その動向をうかがう。
「そうだな、折角だ。……帰る前に本当に真央を襲っちまうか」
「……えっ」
 ぎくりと、身を固くした瞬間には、その足が月彦に掴まれていた。
「やっ、嫌っ、嫌ぁっ……!」
 そのまま、ずるずると月彦の元まで体が引き寄せられ、あっという間に組み敷かれる。
「どうした、真央。随分抵抗が弱いじゃないか……本当に嫌なら、もっと大声を出してもいいんだぞ?」
「っっ……い、いいの……? 私が、本当に大声、出したら……兄さま達が来ちゃうよ?」
 勿論、そんな大声を出すつもりなど無かった。あくまで、“襲われるのは嫌”というポーズの為だけの台詞だ。
(でも、父さまなら……解ってくれるよね? 私が、本当はそんな事出来ないって……)
 犯りたい、というのが父親の望みであれば、それを叶えたいという想いは何物にも優先する。例え、浮気をされて、死ぬほど腹を立てていても、求められたら拒めない――それが、真央の本音だった。
 しかし。
「……それもそうだな、じゃあ止めるか」
 真央の希望とは裏腹に、月彦はあっさりと組み敷く手をどかすとそのまま座り直してしまった。
 えっ、と。うっかり落胆の声を出してしまいそうになる真央の目の前で、月彦はそのまま立ち上がると、障子戸に手をかけた。
「と、父さま……どこ、行くの?」
 もう、演技どころの話ではなかった。矢も楯もたまらず、真央は月彦を呼び止めていた。
「帰る。真央も、俺がここにいると迷惑なんだろ?」
「そんな……わ、私を……襲うんじゃ、ないの……?」
 語るに落ちるとはまさにこの事。今にも泣きそうな声で、真央は息を荒げながらすがりつくような目で呟く。
「まさか。ここでそんな事が本当に出来るわけないだろ。……そうだな、誰の邪魔も入らない俺の部屋とかでなら、兎も角として」
「……っ…………」
「そういうわけだ。じゃあな、真央。白耀と達者に暮らせよ」
 いともあっさりと、月彦は部屋から出て行く。勿論、真央には去り際に月彦が残した言葉の意味が分かっていた。
(父さま、襲って欲しかったら……部屋まで着いてこいって、帰ってこいって……言ってるんだ……)
 そうすれば、望み通り犯してやると。
「ンッ……っ……」
 先ほどまで、ただの妄想に過ぎなかったものが、途端に現実味を帯びてくる。真央は堪らず、ごくりと生唾を飲み干した。
(でも、そんな……そんな、事……帰る、なんて……)
 それでは、自分は何のために家を飛び出したのか。連れ戻しに来る月彦に対し、つれない素振りをとり続けたのか。全ては、浮気を戒める為ではなかったのか。
(それなのに……やっ、でもっ……でもぉっ……)
 うずうずうずっ……一度は押し倒された体のうずきを堪えきれず、真央はぎゅうと太股を閉じたまま尻尾をくねくねさせてしまう。
(だ、め……父さまの……欲しい……)
 そして、次の瞬間には障子戸を開け、月彦の後を追いかけていた。
「おや、真央さん……どうなさったんですか?」
 部屋を出てすぐの廊下で危うく白耀にぶつかりそうになってしまうも、そんな事に構ってはいられなかった。真央はすぐに辺りを見渡し、月彦の姿を捜した。
(ぁっ……)
 月彦は、思いの外近くにいた。まるで、真央が部屋を飛び出してくると見透かしたように、足を止めて庭の木などを眺めていた。
「真央さん……?」
「ぁ……に、兄さま……あの、ね……私……」
「着替えを取りに一度家に戻りたいそうだ。……だよな、真央?」
 白耀になんと言おうか、狼狽しきっていた真央にまるで助け船を出すように、月彦が口を挟んでくる。
「なるほど、そうでしたか」
 恐らく、人の良い兄は真央と月彦の間にある暗黙の了解など知るよしもないだろう。単純に、意地を張って帰るに帰れなくなっている娘に対し父親が助け船を出した、くらいに思ったのかもしれない。
「そういう事でしたら、どうか僕の事はお気になさらず」
 白耀は安堵の笑みを浮かべ、邪魔者は退散とばかりに屋敷の奥へと消えていった。程なく、月彦も裏口へと歩き出し、真央も逡巡した後その後に続いた。――屋敷を出た後、寡黙な従者が念入りに塩を撒いていた事など、当然知るよしもなかった。

 紺崎邸への道中、真央と月彦は殆ど会話らしい会話をしなかった。真央は一応、今でも着替えさえとれば真田邸に戻るつもり、というポーズを続けねばならなかったし、その為には怒っているようなフリも続けねばならなかった。
 月彦はといえば、何を考えているのかまるで解らない――少なくとも真央には、そう見えた。いつも通りのようにも見えるし、その実、月彦の皮を被った“何か”のようにも見えるのだ。
 電車を降り、家へと近づくにつれて、一度は収まりかけていた興奮が再び蘇ってきた。
(もうすぐ……家に、着いちゃう……)
 ふぅ、ふぅと肩で息をしながらも、口元にやった手でなんとかその荒い息だけは押し殺しながら、真央は父親の背中を凝視する。
(部屋に、戻ったら……父さまに、襲われちゃう……レイプ、されちゃう……)
 ぞくんっ。
 尾の付け根から奔る快感に、思わず声が出そうになってしまう。
「……真央」
「……っ……な、何、父さま」
 前を歩いていた月彦が唐突に立ち止まって振り返り、真央も慌てて足を止めた。
「尻尾、出てるぞ」
「えっ……ぁ……」
 指摘されて、真央は慌てて尻尾を隠した。妄想に更ける余り、つい隠すのを疎かにしてしまったのだ。
(でも、父さま……どうして解ったの?)
 完全に背を向けていた筈なのに、何故解ったのだろう。やはり、今日の父親はいつもと違う――不安と期待にさらに息を荒げながら、真央は月彦の後へと続く。
 程なく紺崎邸へと到着し、玄関を潜ると懐かしい匂いに俄に頬が緩んだ。そう、最早真央にとっての“我が家”は故郷の里の家ではなく、愛しい父親の住むこの家なのだ。
 父親の後に続いて、部屋へと入る。月彦はそのままどっかりとベッドに腰を下ろし、真央はその隣に身を寄せたい誘惑を堪えながら、形の上だけでも着替えの用意を始める。
(あぁ……父さま、早く……)
 そんな期待を込めて、背後をちらりと振り返ってしまう。背後から押し倒され、獣のように犯される事を期待しながら、真央はひどくもったいぶった手つきで服を選び、バッグにしまっていく。
 しかし、今か今かと待ち望むその瞬間はいつになってもやってこなかった。真央は時折背後を気にしながら、なんとももたついた手つきで着替えを詰め込んでいく。
「真央、まだ終わらないのか?」
「も、もう少し……」
「持っていく服が決まらないのか? 手伝ってやろうか?」
「いい、自分で決められるから」
 つれない素振り――しかしその実、真央の胸中は不安で一杯だった。
(父さま、いいの……? 準備が終わったら、私……また出て行くんだよ?)
 さすがに、自分の方から抱いて欲しいと促す事は出来なかった。そう、月彦の方から手を出させる、というのは真央の矜持が許せるギリギリの妥協点なのだ。
 しかし、どれほどゆっくり作業を進めても、月彦から“待て”がかかることはなく、とうとうバッグは一杯になってしまった。
「……どうした、真央。まだ何か持っていくものがあるのか?」
 満杯になってしまったバッグを前に、もう一度ひっくり返して詰め直そうかどうか悩んでいる真央に、月彦の言葉は何処までも冷酷だった。
(ダメ……このままじゃ、父さま、引き留めてくれない……)
 直感的にそう感じて、真央はしばし悩んだ。
 そして。
「……と、父さま……あっち、向いててくれる?」
「何故だ?」
「兄さまの所に戻る前に……この服も、着替えたいの……」
「ふむ……着替えたいなら着替えればいい」
 但し、と月彦は冷酷な声で言葉を足す。
「ここは俺の部屋だ。真央に命令される筋合いはないな」
 つまり、着替えるなら俺の目の前で着替えろと、月彦はそう言っているのだ。
「……ン…………」
 真央は一瞬躊躇うように身じろぎをする。そう、さも他の部屋で着替えるかどうか悩んでいるようなフリをしたのだ。そして、如何にも仕方ないという動作で立ち上がると、おずおずとスカートのホックを外して月彦の前で脱いでみせる。
「と、父さま……そんなに、見ないで……」
 スカートを脱いだ瞬間、ギラついた視線が太股の辺りに絡みつくのを感じて、真央は咄嗟に尻尾で太股を隠すような仕草をした。
「同じ事を何度も言わせるな。ここは俺の部屋だ、俺が何を見ようと、俺の勝手だ」
 そうだろ、真央?――思わず、はいと頷いてしまいそうな、支配者然とした声だった。
 ぞくんっ、と尾の付け根から迸るものを感じながら、真央はさらに脱衣を続け、下着だけの姿になる。
(ぁぁ……父さまに、見られてる……)
 父親の視線を全身に感じながら、真央は下着姿のまま絨毯の上に座り、態と足を開くようにして靴下を履き替えた。
(だ、め……こんな事、したら……下着の色が変わっちゃってるの……父さまに、バレちゃう……)
 しかし、そんな真央の気持ちとは裏腹に、体の方はまるで男を誘うように挑発的に動き、とうとうブラまで外してしまう。月彦からは何も見えぬ様、しかし立ち見鏡越しで背後の月彦が何を見ているかだけは横目で確認しながら、真央はショーツを脱ぎ捨て、すぐに新しいものにはき直した。
 新しいブラはつけず、上には直接薄手の白いセーターを着た。ブラをあえてつけなかったのは、その方が月彦の好みだからだ。
(やだ……乳首、すごく浮いちゃってる……)
 肌にぴったりとフィットし、体のラインを律儀にトレースしているセーターにははっきりと、二つの突起が浮き出てしまっていた。真央はちらり、と月彦の顔色をうかがうように視線を這わせて、新しいスカートを手に取り、足を通す。先ほどまで履いていたスカートよりもさらに丈の短い、少し屈んだだけで容易く下着が見えてしまうようなスカートだ。
「…………随分薄着だな。それで寒くないのか?」
 着替え終わるなり、月彦から当然の質問をされた。
(寒いよ……寒い、けど……)
 この部屋に居る間だけは別なのだ。何故なら、こうして父親の視線を感じているだけで、肌が熱く火照ってしまうのだから。
「じゃ、じゃあ……私、兄さまの所に帰る、から……」
 月彦の言葉を無視して、真央はそれとなくバッグを手に、部屋から出ようとする。勿論、本当に白耀の元に返る気などさらさらなかった。
 だから。
「待て、真央」
 月彦に呼び止められた時は、本当に、飛び上がりたくなる程に嬉しかった。
「な、何……? 父さま……ぁっ……!」
 足音も、動くような物音も何も立てず、突然背後から抱きしめられ、真央は手にしていたバッグをどさりと落とした。
「……全く、正気か? そんな格好で外に出るなんて……白耀の所にたどり着くまでに五回は襲われるぞ」
「そん、な……ぁっ、あんっ」
 さわさわと、腹部の辺りを張っていた手が唐突に胸元へと到達し、むぎゅううっ、と強く掴まれる。
「勿論、最初の一回は今、ここで……だ」
「やっ、父さま……あぅぅぅ……」
 もぎゅっ、むぎゅ。
 もっぎゅむぎゅ、むぎゅぅうう。
 いつになく強い月彦の手つきに、真央はたまらず声を上げてしまう。
「そして、その次も、その次も……全部ここだ。そんなエロい格好をして、発情した牝の匂いをぷんぷんまき散らしてる真央を外に出すわけにはいかないからな」
「はあ、はぁ……やぅ……とう、さまぁ……そんな、おっぱい、ばっかりぃ……んぅぅ……」
 肉欲丸出しの手つきで、もぎゅむぎゅとセーターごと胸を捏ねられる。待ちに待ったその愛撫に、真央はつい“不機嫌なフリ”を忘れてしまう。
(やっ……父さま……そんな、おっぱい、むぎゅむぎゅってされたら……頭シビれてきちゃうよぉ……)
 同じ事を自分でやっても、ただ痛いだけ――それほど強い揉み方なのに、背骨が溶けてしまいそうな程に感じてしまうのだから不思議だった。
(はぁ、はぁ……だ、めぇ……おっぱい……凄く、熱いぃ…………父さまの揉み方、いやらし過ぎだよぉ……)
 下を見れば、自分の胸がどれほど卑猥な揉み方をされているのか一目瞭然だった。
(だめぇ、だめぇ……そんなに、強く揉まれたら……また、おっぱい大きくなっちゃう……母さまみたいになっちゃう……)
 むぎゅうぅぅうっ――強くこね回す月彦の手に自らの手を沿えて、真央は自ら愛撫を促すように動かす。そう、胸の奥ではどう思っても、体は――心底月彦からの愛撫を欲していたのだ。
「……どうした、真央。随分いい声で鳴くんだな…………俺の事は嫌いなんじゃなかったのか?」
 くつくつと、背後から意地の悪い笑い声がして、そして不意に、セーター越しに堅くそそり立った場所を押し込むように指が食い込んでくる。
「ンぁッ……あうぅぅぅ!」
「それに、俺とはもう親子でも何でもないんじゃなかったかな。そんな“大嫌いな他人”にこんな事をされて、気持ちいいのか?」
「っ……き、気持ちよく、なんて……」
 月彦の言葉に、真央は漸く先ほどまで自分がとっていた態度を思い出した。
(そう、だ……簡単に、父さまを許しちゃ……だめ、なんだ……)
 この身を溶かすような麻薬的な快楽に、浮気をされた事などすっかり忘れてしまう所だった。真央は咄嗟に唇を閉じ、声を押し殺す。
「もっと抵抗しても良いんだぞ? こんな事されて嫌じゃないのか?」
 ぐにぐにとゴム鞠のように両乳をこね回しながら、堅くそそり立った場所だけはセーター越しに摘むように刺激されて、真央は言葉を返すどころではなかった。胸の先から迸る痺れるような快楽に声が出てしまいそうになるのを必死に堪え、壁に手を突くようにして爪を立てる。
「はぁ、はぁ……ンッ……ンぅ……ふぅ、ふぅ……ンぅぅ!!」
 いつになく執拗に胸ばかりをこね回され、禁欲生活を強いられていた体の方が徐々にそれだけの刺激では物足りなくなる。真央の意志に反して、上体が屈むと同時に、まるで尻を月彦に差し出すようにして突きだしてしまう。
(やっ、いやぁっ……とう、さまぁ……もう、おっぱい、止め、てぇ……このままじゃ、私……胸、だけで……)
 ちらりと、不安げな目で背後の月彦を見る。そんな真央の気持ちを察してか、くすりと意地の悪い笑みが聞こえた。
「やっ……っっ……ンッ!!!」
 胸元から月彦の手が離れた――と思った時には、セーターの下へと潜り込んだ手に直接両乳を捏ねられていた。
「どうした、真央。直接揉まれるのはそんなに“良い”のか?」
 ぼしょぼしょと囁かれ、れろりと内耳を舐められ、真央は思わず甲高い声を上げてしまう。
「か、勝手に……決めつけ、ない、で……」
 荒い息を抑えながら、真央は可能な限り気丈な目と声で、月彦に反論する。
「もう、私……父さまの事なんて、好きでも、なんでもないんだから……だから、こんな事されても、気持ちよくなんて……ないの……」
「……ほう?」
 それは面白い――とでも言いたそうな声だった。父親のそんな声に、ぞくんっ……と、また尾の付け根から痺れが奔る。
(やっ……だめっ……こんな事言ったら……絶対、父さまに……もっとスゴい意地悪されるって、分かり切ってるのに……)
 最初は、浮気をした父親が本当に許せなかった。だから、つれない、素っ気ない態度をとった。しかし、いつの間にかその理由がすり替わってしまっていることに、真央自身気がついていなかった。



「真央、しゃがめ」
 ぞくんっ、と。痺れが走るほどに圧倒的な言葉だった。いつもであれば、問答無用で従う所だったが。
「ど……どうして、私が……言うこと、聞かなきゃいけないの?」
 実際に真央の口から出るのは、如何にも反抗的な言葉だった。それを戒めるように、ぎゅうっ……と両乳首が抓られる。
「あぅッ……」
「全く……犬は三日飼えば恩を忘れないというが……狐はたった一週間かそこら抱いてやらなかっただけで、誰が“主人”かも忘れてしまうのか?」
 不機嫌そうな、しかしどこかこの状況を楽しんでいるような声だった。
「きゃっ……」
 セーターの中から手が抜かれ、振り向かされると、そのまま頭を押さえつけられるようにして膝をつかされた。
「手を、後ろで組め」
「……っ……」
 真央は渋々、さも不本意といった態度で言われた通りにする。密かに、その後にされるであろう“意地悪”に胸を躍らせながら。
「それで良い。手は絶対にそのまま動かすなよ」
 ジッパーが開かれ、ぐんっ……とそそり立った剛直が眼前につきつけられる。最早、何を命じられるか、火を見るよりも明らかだった。
「舐めろ」
 尻尾の付け根がゾクゾクするような冷たい声だった。思わず“はい”と返事をしてしまいそうになるのを堪えて、真央はあえてぷいとそっぽを向く。
「舐めろ、と言っている」
「い、嫌っ……んんんっ……ンごォ……!」
 しかし、抵抗空しく鼻を摘まれ、口を開けたが最後、鉄のように堅くそそり立った剛直が喉奥まで挿入され、真央は思わず息を詰まらせた。
「あぁ……良いぞ、真央。噛んでもいいが、手は絶対に動かすなよ」
 それは、口戯等という生やさしいものではなかった。月彦は真央の頭を両手で掴むと、逃げられぬ様固定したままゆっくりと腰を使い始める。
「ンンンッ!! んんっ、んふっ、んんっ!!」
 噛んでも良い――そうは言われたが、本当に噛める筈など無い。もし仮に噛んだ所で、噛みきる事など出来ないのではないか――そう思ってしまう程に、剛直はいつになく堅く感じられた。
(あぁ、ぁ……私の、口と喉……父さまに、犯されてる……)
 真央の体の事など微塵も考えていないような大胆な腰使い。何度も何度も喉奥を突かれ、激しく噎せそうになるのを堪えながらも、苦痛とは裏腹に父親にそういった扱いをされる事に真央は喜びにも似た感情が沸くのを抑えきれなかった。
(やっ……スゴ……い……口、のなか……じゅぽ、じゅぽってぇ……音がっ……響いてっ……)
 故意かどうかは解らない。月彦の両手によって両耳が塞がれ、そのせいで剛直が行き来するたびに口腔内で生まれた音が頭の中で反響し、まるで脳を直接犯されているような気にすらなってくる。
 両腕は拘束をされているわけではない。ただ、言葉の戒めによって体の後ろで両腕が互いにつかみ合っているだけだ。だから、本気で抵抗をしようと思えばいつでも出来る。だが、真央はそれをしない。する気もない。
「真央ッ……出す、ぞ……全部、飲め」
「ンっ……ンくっ……んっ、んんんんんんんッ!!!!!」
 ぐっ、と一際深く剛直を挿入され、堅くそそり立った竿が真央の口腔内でびくんと跳ねる。同時に、喉奥で溢れる特濃の灼熱が溢れ、真央は一瞬白目を剥くようにして体を跳ねさせた。
(やっ……何っ、これぇええっ……)
 どりゅっ、どりゅっ、どりゅっ……!
 肉竿が震えるたびに、ドロリとした塊が喉奥に打ち出され、それらがぬろりと体の内側を降っていく感触に背筋すら冷える。まるで、未知の怪物か何かに襲われ、体の中に卵でも産み付けられているかのようだった。
「ふぅぅ……まだだ、まだ……出る……」
「んくっ……ンぅぅ……」
 まるでモノかなにかのように口を使われ、そのまま問答無用で射精までされて、特濃の精液をこれでもかと飲まされる。そんなシチュエーションに真央はゾゾゾと尻尾を立てて興奮するが、その“量”が些か計算外だった。
(スゴ、い……まだ、出るの? 父さま……私、パンクしちゃうよぉ……)
 由梨子と浮気をしたのではなかったのか。それにしてはな量に、真央は驚きながらも身震いしていた。長い射精が漸く終わり、剛直が口から引き抜かれた時には目尻に涙すら浮かべていた。
「ンく……んふぅ……ふぅ、ふぅ…………」
 生臭い精液の匂いが、体の内側から鼻腔を突く。牝としての本能をダイレクトに揺さぶるその匂いに、真央は強制的に己の体が発情させられるのを感じた。
(ズルいよ……父さま、こんなの……媚薬と一緒だよ……)
 ただでさえ、“久しぶり”で感度が跳ね上がっているというのに。
(父さま……もしかして、全部解っててやったの? 父さまの飲んだら……私がもっと我慢出来なくなるって、解ってて……)
 あり得る事だと、真央は思った。事、そういった“弱み”を見抜く眼力が桁外れなのだ、この父親は。
「どうだ、真央。“嫌いな男”に無理矢理口を犯されて、精液を飲まされた感想は」
「……っ……」
 真央は一瞬、答えにつまった。“嘘”をつくにしても、一体何と言えばいいのか、まるでわからなかったからだ。
「……か、感想……なんて……こ、こんな……気持ち悪い、の……早く、吐き出したい…………」
 ほう……と、また月彦が意地悪な笑みを浮かべる。
「そんなに俺の事が嫌いか? 真央」
「……嫌い、父さまなんて、大ッ嫌い」
「そうか、そんなに嫌いか」
 それならしょうがないな――とでも言うかのように、月彦は真央の髪を撫でつけ、いきなり鷲づかみにする。
「い、痛っ……父さま、何を」
「真央、ベッドに上がれ」
 髪を掴まれるあまりの痛さに、演技をする余裕もなかった。真央は這うようにしてベッドへと上がり、そして瞬く間に押し倒された。
「“兄さま”はそんなに良かったのか? 真央」
「え……」
 一瞬、何を聞かれているのか解らなかった。ぎゅうっ、と答えを催促するように胸を強く掴まれる。
「白耀と寝たんだろ?」
「……っ、そ……そう、だよ? 兄さまの方が、父さまなんかより、全然巧くて、スゴかったんだから」
「……どんな風にスゴかったんだ? 言ってみろ」
 ここに来て漸く、真央にも月彦が言わんとする事が解った。
 だから。
「に、兄さまはね……まず、キスが……スゴいの」
「ほう……キスか」
 月彦が被さってきて、くいと顎を上げさせられる。次の瞬間には、唇を奪われていた。「あン……んちゅっ……んっ……!」
 密かに待ちわびていた、愛しい父親とのキスに、甘露にも似た味が口腔に広がる。
(あぁっ……父さま、父さまぁっ……!)
 思わず、月彦の後頭部に手を絡めてしまいそうになるも、真央はなんとか自制した。まだ、それはダメなのだ。
「んんぅ、あむ……んっ、ちゅっ……んちゅっ……はぁはぁ……んんっ……!」
 最初こそ、嫌々仕方なく――というポーズを維持していた真央だが、途中からは完全に自分から月彦の唇を求めるように、積極的に舌を絡め始めていた。
 しかし、そんな珠玉のような時間も、月彦がついと頭を引いただけで簡単に終わってしまった。
「……こうか?」
「…………全然だめ、兄さまは……もっと、もっといっぱいキスしてくれたよ」
 そうか、と微笑み混じりに言って、月彦が再び唇を重ねてくる。今度はもう逃がさないとばかりに、真央は両手を月彦の首に絡め、ねっとりと舌を絡め合った。
(父さま……父さま、父さま、父さま……)
 会えなかった間の分。そして、浮気が発覚して、離ればなれになっていた分を取り戻そうとするかのように、真央は執拗にキスを求め、舌を絡め合った。
(ぁんっ……やっ……父さまっ……そこ、はっ……あぁぁぁ……)
 そして、キスをしながら、やんわりと月彦が胸元をまさぐってくる。最初の、肉欲丸出しの手つきではなく、真央の体を労るような手つきだった。
(だめ……父さま……私が、キスされながら、おっぱい触られるの、弱いって……知ってるのにぃ……)
 何故キスだけに没頭させてくれないのだろう。最初こそ優しかった手つきが、次第にまた、ゴム鞠でも捏ねるような手つきに代わり、堪らず真央はぶるりと体を震わせながら喉を震わせた。
「……キスしながら、こんな風に胸も触られたんだろう?」
 はあ、はあと真央は肩で息をしながら、こくりと頷く。
「それで、次は? 体中にキスでもされたのか?」
「ど、どうして……解ったの? あんっ……!」
 ちゅっ、と頬にキスをされた後は、息をつく暇もなく、耳、額、首……と立て続けにキスをされた。セーターを捲し上げられ、胸元にも、特に堅く尖った先端部は重点的に吸われ、舌でてろてろと嘗め回された。
「だ、だめっ……父さま、そこはっ……ぁっ……」
 両方の乳首をこれでもかと責められた後は、腹部を経由してスカートの中へと潜り込まれた。しかし、肝心の場所へは、ショーツ越しにかるく鼻を擦り当てられただけで、太股にばかり何度も何度もキスをされた。
「と、父さま……も、もう……」
「うん?」
 敏感な場所を敢えて避けるようなキスに辛抱堪らず、真央は制止の声を出していた。
「どうした。白耀は体中にキスをしてくれたんじゃないのか?」
「……ほ、本当は、違う……の……兄さま、途中で……我慢できなくなったみたいで……いきなり、私の下着脱がせて……そこにばっかり、……何回も……」
「“途中で我慢が出来なくなって”?」
 それは嘘だろう――くすりと、月彦が鼻で笑い飛ばす。
「我慢出来なくなったのは白耀じゃなくて、真央の方じゃないのか?」
「えっ……」
「焦らされるのに我慢できなくなって、自分から下着を脱いで白耀を誘ったんだろ?」
「そ、そんなっ……っ……」
「嘘は良くないな、真央。そんなに、思い出すのも恥ずかしいような言葉で白耀を誘ったのか?」
「嘘、なんて……やっ……とう、さま……」
 真央は怯えるような上目遣いで月彦の顔を見るが、そんな事をした所で到底許してもらえない事は真央自身、誰よりも解っていなかった。
(父さま……私が、シて欲しい事……全部してくれるんじゃなかったの……?)
 そういう“遊び”なのだと、真央は思っていた。しかしこの“遊び”にはとんでもない落とし穴があったのだ。
(父さまの前で……自分から、下着を脱いで……誘う、なんて…………)
 初めてやることというわけではない。しかし、何度やらされても、慣れないものは慣れない。
(でも、父さまが……しろっていうのなら……)
 真央には、逆らう事など出来なかった。俄に体を起こし、スカートの中へと手を入れ、真央は渋々といった手つきでショーツを脱ぎ、ベッドの外に落とす。そのまま、スカートを抑えるようにして秘部を隠したまま、真央は意味深な目を月彦に向ける。
「こ、これで……いいの? 父さま……」
「真央。白耀の前でもそういう風にしたのか?」
 違うだろう?――何処までも意地悪な顔で、月彦は微笑みかけてくる。
「本当は、こうしたんじゃないのか?」
「えっ……やだっ、父さま…………っっ……」
 肩を押されるようにしてベッドに寝かされ、無理矢理に足を開かされる。月彦の手が退かされるなり、真央は慌てて足を閉じようとするが。
「閉じるな、真央」
 月彦の一言で、ぴたりと。閉じようとした足は止まり、真央の意志に反して、開いたままになってしまう。
(やっ……こんな、格好……)
 丈の短いスカートでは、到底全てを隠しきれない。羞恥に顔を染める真央に、さらに追い打ちをかけるように“命令”が降った。
「そうだな、それでもまだ弱いか……真央の事だ、自分の指で開いて見せるくらいの事はしたんだろ?」
「っっ……そ、そんな事……」
 してない――とは、言えなかった。真央に出来る事はといえば、月彦の言葉通り、自らの指で秘裂を割開くようにして、月彦に見せつける事のみだった。
(はぁ、はぁ……や、ぁ……こんな、格好……恥ずかし、過ぎる、よぉ……父さまぁ……)
 真央は涙すらにじませながら月彦を見るが、当の月彦はといえば、まだ何か悪巧みの続きがあるのか、意地悪な笑みを浮かべたままだった。
「真央、まだそれで全部じゃないだろ?」
「……ぇっ……」
「俺には言えないような恥ずかしい言葉で、白耀を誘ったんだろ?」
 ゾクゾクゾクゥッ……!
 父親の底なしに意地悪な言葉に、真央は身震いするほどに興奮してしまう。
(や、ぁ……父さま、どうして……そんなに意地悪なの……?)
 こんな、月彦以外の人間に見られたら、それだけで自殺してしまいたいくらい恥ずかしい格好をさせておいて、さらにはしたない言葉で男を誘ってみろだなんて。凡そ血の繋がった父親の所業とは思えなかった。
「……お、お願い……ま、真央を……抱いて、父さま……」
 そして、そんな仕打ちをされればされるほど、尻尾の付け根からゾクリと快感が走ってしまう。虜になってしまうのだ。
「ま、お? 違うだろ?」
 最早、何が違うのか、手本を示す気にもならないといううんざりした口調で、月彦はNGを出す。真央はごくりと唾を飲み、唇を舌で濡らしてから、再度“おねだり”をする。
「……淫乱で、マゾな……真央に……入れて……下さい……」
「“レイプしてください”の間違いじゃないのか?」
 ゾクゥッ……!
 まるで己の心の奥底に潜む願望を見透かされたような月彦の言葉に、真央ははっと息を飲む。そして、次の瞬間には。
「い、淫乱……で、マゾな……真央を、犯して……レイプして、下さい……お願い、します……」
 月彦にNGを出されるたびに、ゾクリとした快感に身悶えするたびに蜜を溢れさせ、ヒクヒクと蠢くその場所を自ら広げ、はあはあと悶えながら真央は“おねだり”をする。
「そうか、なるほどな……そんな誘い方をされたんじゃ、いくらオクテの白耀でもケダモノになっちまうか」
 くつくつと嘲るように笑って、月彦はずいと身を乗り出し、真央が広げている場所へと顔を近づける。
「自分でこんなに広げて、恥ずかしくないのか? 奥まで丸見えだぞ」
「っっ……それはっ、父さまが……そうしろって――」
「それで、真央。その後白耀はどうしたんだ?」
 真央の抗弁など全く聞く気はない、とばかりに月彦は言葉を被せる。
「えっ……に、兄さまは……」
「真央の“おねだり”通りにしてくれたのか?」
 勿論、答えなど最初から決まっていた。


「挿れるぞ、真央」
「やっ、嫌っ……父さま、やめっ……ァ、ァァァァア!!!」
 それまでのネチネチとした焦らしからは一転、真央の足の間に強引に体を入れるようにして、月彦は一気に剛直をねじ込んだ。
「やハァッッ……ひうぅぅうっ……ひんっ……んぅぅ……はぁふ……」
 びくっ、びくと陸に上がった人魚のように体を跳ねさせる真央の膝裏を持ち上げるようにしてさらに開かせ、ずんっ……と。
「やぁぁぁあっ……らめ、ぇえ……そん、な……久しぶり、なのにぃ……」
「久しぶり……?」
 真央の言葉が理解できない、とばかりに月彦は首を傾げてみせる。
「白耀とヤりまくってたんだろ?」
「っっ……と、父さまとは、っていう、意味……ンぅ……!」
「そうだよな。…………真央、先に言っておくが……イくんじゃないぞ?」
「えっ……? あンっ……」
 根本まで挿入したまま、月彦は弄ぶような手つきで真央の乳を捏ねる。
「だってそうだろう? 真央は俺の事が大嫌いなんだろ? そして今は嫌で嫌で堪らないのに、無理矢理レイプされてるわけだ。なのに、感じたり、イッたりするのは変じゃないか」
「っっ……でも、でもぉ……あぁぁぁぁっ……」
「ほら、真央。おかしいだろ? どうしてそんな声が出るんだ?」
 ぐっ、ぐっ……ゆっくり、小刻みに腰を使いながら、月彦は真央の耳を舐めるようにして囁きかける。
「ほら、言ってみろ。俺の事は嫌いだって、言え、真央」
「ンぁっ、あふぅっ……き、嫌いぃ……父さま、なんて……大ッ嫌い、なのぉ……あぁんっ……」
 そうだ、それで良い――そんな含み笑いを漏らして、月彦はさらに腰の動きを激しくする。
(大嫌いなのに、無理矢理犯されているのに、イかされる――そういうのが良いんだろ?)
 以心伝心。例えどれほど言葉で否定しても、態度で虚勢を張っても、月彦には愛娘の心が手に取るように解った。
(あぁ、そうだ。俺は何を悩んでたんだ……最初からこうして、快感をエサに真央を連れ戻せば良かったんじゃないか)
 ほんの数時間前までの自分の苦悩が、今の月彦にはまるで理解できなかった。どうやって真央に謝ろうとか、家に帰ってきてもらおうかとか、そんな事で悩む事自体、ズレているのだ。
「……ほら、真央。どうした……腰が動いてるぞ?」
「ンぁぁァァァ……ひぃぃぃっ……き、気のせい、だよぉ……あひぃっ……ああっ、やぁぁあっ……やめっ、てぇ……そこっ、あぁんっ! ほ、ホントに……嫌ぁぁっ……!」
 月彦は被さるようにして、巨乳を揉みくちゃにしながらゆっくりと腰を使い、真央の弱い場所を丹念に責める。
(……っ……最初に、口に出したのはやっぱり正解だったな……すげえ絡みついてきやがる……)
 表面上は、さもクールに、余裕タップリに真央を言葉で嬲ってはいるが、その実。薄氷の上を張って進むが如く慎重にならざるを得なかった。
 窮屈で締まりの良い由梨子や、回を重ねるたびに反応の良くなる雪乃も決して悪くはないのだが、こうして久方ぶりに愛娘の体を味わうと、そのどちらも物足りないように感じてしまうのだ。
(っ……だめ、だ……まだだ、まだ……ゆっくり、そう……今はまだ、ゆっくり……)
 愛娘の体から絶え間なく発散される発情臭に加え、まるでオーダーメイド品のような極上の膣の感触に早くも我を忘れてしまいそうになる。
「はぁ、はぁっ……ンッ……あんっ……とう、さまぁ……はぁ、はぁ……」
「……どうした、真央。随分物欲しそうな顔だな」
 真央が、キスをしたがっているというのを見抜いた上で、月彦はあえて知らぬフリを通す。
「ンッ……ぅ……ふぅ、ふぅ……い、やぁ……父さまなんか、大、嫌い……」
 そして、真央もまた月彦のそんな仕打ちに気がついているのだろう。はぁはぁと肩を揺らしながらぷいとそっぽを向く。
(くす……真央は可愛いな)
 愛娘のそんな態度が可愛くてしょうがなくて、月彦は少しだけ腰の動きを早めてやる。「ンっぅ! あぁっ……ひぁっ……ひぅっ……ンぅ、うぅ……!」
 途端、真央は背を反らせるようにして大きく体を跳ねさせた。さらに、続けて腰を使ってやると、堪りかねたようにベッドシーツに爪を立て始める。
「やっ、ぁっ……と、さまっ……やめっ……ひぁっ……へぁぁぁぁっ……」
「ん? どうした。どこか痛いのか?」
 あくまで月彦がしらばっくれると、真央は目尻に涙を溜めながら小さく首を振った。
「ちが、うのぉ……と、さま、のがぁ……真央のナカで、ぐいぃぃって反って……弱いトコ……ずっと擦ってるのぉ……はぁ、はぁ……」
「関係ないだろ、そんなの。普通、“嫌いな相手”には何されたって、気持ちよくなんかならないし、イッたりもしない筈なんだからな」
「やっ……でも、でもぉぉっ……! やっ……嫌いぃぃっ……こんな、太くてぇ……堅いので、真央のナカ擦らないでぇ……嫌ぁっ……ホントに嫌なのぉ……」
「……真央、イくなよ。絶対に、イったらダメだからな」
 愛娘の挙動から、絶頂にかなり近づいている事を読みとり、月彦は先に釘を刺す。
「まあでも、俺は好きなときにイくけどな。俺は真央の事が好きで、犯りたいから犯してるわけだし」
「そん、な……と、さま……それ、ズルっ……ンンンぅ!!!」
 問答無用。月彦は真央に被さり、その唇を奪ったままぐりゅんっ、ぐりゅんと腰を使う。たちまち真央は喉を震わせ、腰を撥ねさせながら早くも足を月彦の腰に絡めてくる。
(真央、無理矢理犯されてるのに、“ソレ”はダメだろう?)
 胸の内で苦笑をしながらも、月彦はこれでもかと舌を絡め、腰を八の字に回す。
「ッ……ぁぁぁアッァァァッ!!!!」
 しかし、キスの最中、真央が堪りかねたように顎を上げ、声を上げる。
「はぁ、はぁ……と、さま……も、無理……もう、無理、だよぉ……」
「無理? 何が無理なんだ?」
 愛娘の髪を優しく撫でながら、神父が孤児に微笑みかけるような笑顔を月彦は浮かべる。
「イきたいの……お願い、イかせてぇ……」
「どうしてイきそうなんだ? 俺の事は大嫌いなんだろ?」
「き、嫌い……嫌い、だけど……イきたいの……イきそうなのに、イけないのぉ……」
「嫌いだけどイきたい――か。随分我が儘だな、真央は」
「やっ……はや、くぅ……父さま、イッてもいいって……ぁぁぁッ!」
「ダメだ、絶対イくな、真央」
 厳命するような言葉とは対照的に、月彦はまるでスパートでもかけるように腰の動きを早めていく。
「全く、好きでもない相手に犯されてイきそうになるなんて、どうしようもない淫乱だな、真央は。本当に似なくていい所ばかり、真狐に似る……」
 苦笑混じりに突き上げ、たゆたゆと揺れる巨乳を目障りだとばかりに掴み、爪を立てる。
「ひぁっ、ひぃっ、ひぃぃっ……と、さまっ……やっ、そんなっ……言わっ……あっ、あっぁっ、やぁぁぁっ、早っ……だめっ、あっあっあっ……!!」
「でも安心しろ、真央。……俺がちゃんと躾け直してやる」
 ずぬっ、と。真央の膣奥に先端を擦りつけるようにして、月彦は溜まりに溜まった精を吐き出した。
「あっ、やっ……出てっ……あ、あぁァァ〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
「ンッ……ッ……真央、勝手にイくなよ……絶対、イくな……」
 呪詛か何かのように呟きながら、月彦は射精を続け、愛娘の膣内を汚すという禁忌に陶然と口元を歪める。
「ぁ、ぁっ、ぁっ……ぅ、ぅ……ンぅ……ぁあっ、ぁっ……」
 中出しを受けて、真央は体を不自然に痙攣させる。膨大な量の快感にイきかけるのを、強力なブレーキかなにかで無理矢理止められているかのようだった。
「ふぅ……ふぅ……よし、良いぞ……真央。よく我慢したな……」
「やっ、ぁ……だめ、父さま……こんなの、私……ンぁぁああッ!!!」
 “久しぶり”でついいつもの“アレ”を忘れていたのか、真央が弾かれたように声を出す。月彦はかまわず、にゅぐり、にゅぐと恒例のマーキングを愛娘の膣に行う。
「あっ、ァッ、あっッ……あーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 真央の一番弱い場所にこれでもかと、白濁を塗りつける。
「あヒぃぃぃぃッ! はぁっ、はぁっ……やっ、無理っ……と、さまっ……もう、ホントに無理ぃぃ……おね、が……とう、さま……イッても、いいって……」
「ダメだ。……俺の事が嫌いだと言っているうちは、絶対にイかせない」
「……ぁ…………」
 とろんっ、と。まるで一筋の光明を見たかのように、真央が目をとろけさせる。
「あ、あの……ね、父さまの事は……嫌い……だけど、でも……」
「でも?」
 にゅぐりっ、と。深く、抉るように剛直を動かす。
「あウぅうううッ! はぁ、はぁっ……き、嫌いだけど……でも、それよりもずっと好きなのぉ……」
「ほう、俺から白耀に移って、そしてまた鞍替えか? 尻の軽さも母親似だな」
「やっ……違う、違うのぉ……兄さまとは何もなかったの……全部、嘘なのぉ……」
 先ほどまでのつれない素振りから一転、真央は両手を首に絡めるようにしてキスをせがんでくる。
「父さまが一番好きなの、父さまじゃなきゃダメなのっ」
「……なんだ、真央。もう“終わり”でいいのか?」
 くすりと、意地悪く笑って、月彦は真央の頬を撫でる。
「“大嫌いな父さまに部屋に連れ込まれて、無理矢理犯される”――そんなシチュを楽しみたかったんじゃないのか?」
「そ、それ……は……」
「真央はどうしようもない淫乱で、その上マゾだからな。優しく抱かれるより、無理矢理犯されるほうが興奮するんだろ?」
「そんな……そんな、事……無い……や、優しくされるのも……好き、だよぉ……」
 頬を赤らめながら真央は視線を逸らす。
(優しくされるの“も”好き……か。全く、本当に真央は……)
 苦笑しか沸かず、月彦は赤くなった愛娘の頬にそっと口づけをする。
「真央、イッてもいいぞ」
「えっ、ぁっ……あんっ!」
「本当は強情張って嫌がる真央を無理矢理イかせてやろうと思ったが、予定変更だ。……今まで寂しい思いさせた分も含めて、気が狂うくらいイかせてやる」
「ぁっ、やっ……と、さまっ……あんっ……あっ、あっ、あっ……やっ、ぁっ……だめっ、そんなっ……すぐっ……あっ、ぁっぁっ……あぁッぁッ!!!」
 にゅぐ、にゅぐとゆっくり擦りつけてやるだけで、真央は忽ち体を跳ねさせ、声を荒げる。
「うおっ……くっ……ま、真央っ、ぉ……!」
 ぎゅぬっ、ぎゅぬぬっ……!
 突如、剛直を食いちぎらんばかりに締め付けられ、月彦は脂汗を滲ませながら歯を食いしばる。
(イッてもいいって言った途端、これかっ……)
 ぎゅぬぬっ、ぎゅぬっ、ぎゅぅぅぅぅぅ……!
 まるで剛直をしゃぶるように動く膣内の動きに気を抜けば“暴発”すらしかねない。男のメンツにかけてもそれだけは出来ない、と。月彦は辛くも踏みとどまった。。
「はぁっ、はぁっ……ごめん、なさい……父さまぁ……でも……私、ずっと、我慢してて……」
「……言い訳は良い。……どうやら真央は、俺が躾た事まで忘れてるみたいだな」
「えっ……し、躾……って……」
 怯えたような、しかし期待に胸を躍らせているような、愛娘の目。それが懐かしく感じてしまうのは、やはりそれだけの間を開けてしまったということだろうか。
「イッてもいいとは言ったが、好きな時にイけとは言ってないだろ。……そういう場合、真央がイッてもいいのは、どんな時だ?」
「ぁ……」
 また、とろん……と。真央が瞳をとろけさせる。
「そ、それは……と、父さまに……中出しされた、時……です……」
「そうだ。忘れるな、真央……イくのは、俺が出した後だ」
 ずんっ。一際強く真央のナカを小突く――それが、再始動の合図だった。
「あぁっ、父さまっ……やっ、まだ、ダメっ……あんっ、あんっ……あぁっ……!」
 イッたばかりで敏感になっているのか、真央が抵抗するような素振りをみせる。当然、月彦はそれを腕ずくでねじ伏せ、抽送を再開する。
「あぁっ、ぁっ……だ、めぇっ……とう、さまぁっ……そん、なっ……またっ、イくっ……イくぅ……」
「っ……我慢、しろ……真央……」
 俺も、そう長くは持たない――うっかりそう付け加えそうになって、月彦は唇を噛んだ。
(一回イッて、また……具合が良くなりやがった……ッ……)
 ちゅるちゅると絡みついてくる肉壁の感触に、背筋すら冷える。たちまち剛直の根本に熱い塊があつまってくるのを感じて、月彦は小さく舌打ちをした。
「っ……全く、しょうがない、な……真央は。……また、ナカに出してやるから、好きなだけ、イけ……」
 前回の射精から十分も経っていない。さすがに体裁を繕うために、月彦は下手な強がりまで言わねばならなかった。
「はぁっ、ンっぁ……待って、とう、さまぁ……キス……キスっ……したいぃ……ンンッ……!」
 焦点も虚ろな真央の目に、月彦は全てを悟った。唇を重ね、そのまま舌を絡め合ったままこちゅこちゅと剛直で膣奥を小突き、スパートをかける。
「んフっ……んんっちゅ……んちゅっ、じゅるっ……んんっあむっ、んんっ!」
 もはや、どっちが声を漏らしているのか解らないほどの濃密な獣のキス。それに負けじと、剛直が卑猥な音を立てながら、結合部からぐぷぐぷと白く泡立ったものを溢れさせる。
(っ……ま、おっ……!)
 最後の瞬間まで唇を重ね、月彦はぐいいっ……と剛直を押し込んだ。刹那、真央がハッと息を身を固くする。
「ンンンッ! ンッ、ンンンーーーーーーッ!!!」
 びくんっ、びくんと真央の体が跳ねるのを感じ取りながら、月彦はぎゅううっ、と真央の体を抱きしめる。
(くはぁっ……すっげぇ出る……や、べぇ……)
 ぎゅぬ、ぎゅぬと絞るように締め付けてくる愛娘の肉壁に誘われるように、止めどなく白濁が溢れてしまう。
「ひ、はぁぁ……と、さまの……熱いぃぃ……あた、ま……クラクラしちゃうぅ……」
「……っ……まだだ、真央……」
 にゅぐっ。――俄に剛直を動かしただけで、真央が背に回した手でくっと爪をたててくる。
「あァッ! あひッ……あぁっ、ぁっ……やっ、ぁぁぁっ……と、さまの……濃い、のがぁ……やぁぁっ、そこ、だめぇえっ……そこ、にっ……塗りつけないでぇええッ!!」
 愛娘の悲鳴など聞こえない、とばかりに月彦は容赦なく塗りつけ、これでもかと擦りつけ――。
「やっ、や、めっ……らめっ、やっ……い、イくっ……また、イくぅううッ!!!」
「っ……くっ…………!」
 痙攣するような膣の動きに堪え、ぐたぁ……と真央が脱力するのを待ってから、ずんっ、と。
「あアあぁッ……!」
「……また、勝手にイッたな、真央?」
「やっ……だって、だってぇ……と、さまの……気持ち、良すぎて……」
「全く……しょうがないな……まぁいい。それはそれで、躾のしがいがある」
 真央、四つんばいになれ――耳元で囁き、月彦はずるりと剛直を引き抜く。真央は言われるままに四つんばいになり、尻尾を高く上げる――その光景にゾクリと獣欲が刺激される。
「安心しろ、真央。俺は優しいからな……真央がちゃんと出来るようになるまで、何度でも付き合ってやる」
「ぇっ、とう、さま……それ、どういう意――……ンンッ!」
 被さるようにして挿入し、そのままぐにぐにと両乳をこね回す。こね回しながら、月彦は悪魔の様に耳元で囁く。
「真央がきちんと俺のモノになる様、二度と俺の腕の中から離れたりしない様――いや、離れられない様、徹底的に犯して、中出ししてやる。……クセになるまで、何度も何度も、な」


「はぁ……はぁっ、とう、さま……あぁっ、あんっ……!」
 前から、後ろから。
 下から、上から。
「ふぅ、ふぅ……真央、真央っ……!」
 止めどなく求められ、貪られ、真央は幾度となくベッドシーツを握りしめ背を仰け反らせたか知れない。
(や、ぁっ……スゴ、い……スゴいよぉ、父さまぁっ……!)
 行為が始まって、もう何時間経っただろうか。日はとっくに暮れ、明かりもつけていない室内では時計を確認することも出来ない。しかし、真央の体感時間では、とっくに十時間は超えていた。
 それなのに。
(今日の父さま……全然、ペースが落ちない……あぁっ、だめぇっ……またっ……)
 ケダモノのように後ろから突き上げられながら、真央はぎゅうっ、とシーツを握りしめる。
「ぁっ、ぁっ、ぁっ、ぁあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 どぷりっ……と特濃の牡液を最も敏感な場所に吐き出され、真央はサカリ声を上げながらイく。
「ぁっ、うっ、はひっぃぃい……ぁぁっんんっ、ぁううううっ!!」
 そして、その後に続くマーキング。脳髄を蕩かすようなその刺激に堪らず体を逃がそうとしても。
「ひぁっ、ぁっ……ぁっ、やめっ……父さま、離しっ……ひぅぅぅぅううッ!!」
 凡そ人の力とは思えない怪力で腰をしっかりと掴まれ、月彦が満足するまでは決してマーキングが止められる事はない。真央に出来る事は、月彦が動きを止めるまで、稲妻のような快楽に翻弄され続ける事だけだった。
(ぁああっぁっ、ぁっ……やぁぁっ、そんなに、濃いのぉ……ぐりゅん、ぐりゅんってされたら……本当に、父さまの匂いついちゃう……とれなくなっちゃうよぉ……)
 そう思いながらも、同時にそうされる事に興奮を隠しきれない。大事な場所を牡液で汚され、匂いが染みつくほどに塗りつけられることに牝としての至福を感じずには居られない。――それが、好きで好きで堪らない相手からならば、尚更だ。
「ふーっ……ふーっ……どうした、真央。随分大人しくなったじゃないか……いつもはこれくらい、全然平気だったろ?」
「へ、平気……なんかじゃ、ない……よ、お願い……父さま……これ以上されたら……私、壊されちゃうよぉ……」
「嘘をつくな、真央。……一週間以上もシてなかったな……真央だって溜まってるんだろ?」
「そん、な……」
 背後から被さられ、意地悪く囁かれるだけで真央はゾクリと背筋が震え、身悶えしてしまう。
「と、父さまは……由梨ちゃんと、エッチしてたのに……どうして、そんなに……」
「確かにした。……でもな、ダメなんだ」
「ダメ……?」
「ああ……」
 むぎゅうっ、と。抱きしめるようにして双乳を掴まれる。
「由梨ちゃんじゃ、ダメなんだ。壊しちゃうかもしれないって、気を遣いっぱなしで、全力が出せない……ガッツリ犯れない」
「ぁ……」
 ぞくんっ、と。真央の中に優越感にも似たものが沸く。
「でも、真央なら安心だ。……真央なら、どんなに犯っても、イかせても大丈夫だろ? なんたって……あの真狐の娘なんだからな」
「と、父さま……」
 俺は真央じゃないとダメなんだ――そう言われてるようで、真央はまんざら悪い気ではなかった。
(でも、それならどうして……父さま、由梨ちゃんと浮気なんかしたの?)
 そんなに不自由なエッチしか出来ないのなら、何故――真央はそこが不思議で堪らなかった。
「どうした、真央。まさか……真央も俺に手加減して欲しい、なんて言うのか?」
「それ、は……」
 手加減などして欲しくない。いつだって全力の月彦を受け止めたい。しかし、それを口に出すのは憚られた。
(だって、そんな事言ったら……)
 この父親のことだ。きっと鬼の首をとったように、無理を強いてくるだろう。
(でも、どんな事……されるんだろう……)
 あるいは、させられるのだろう。ゾクゾクと、己の中の好奇心が首を擡げるのを抑えきれず、真央はソワソワと耳を震わせてしまう。
「わ、私も……父さまには、手加減なんて……して、欲しくない……よ……」
 だから、ついそんな答えをしてしまう。この後に言われるであろう無理難題に心を躍らせながら。
「そうか。真央がそう言うなら、やっぱり俺も手加減は出来ないな」
 被さったまま、そして巨乳を掴んだまま、月彦が妙に明るい声を出す。
「……でも、ちょっと辛そうだな。本当は少し疲れてるんじゃないのか?」
「えっ……」
 しかし意外にも、月彦の口から出たのはそんな気遣いの言葉だった。
「なんたって久しぶりだからな、本当はもうくたくたで、続きなんか出来ないんじゃないのか?」
「そ、んな……」
 確かに、くたくたに疲れてはいる。四肢を動かすのも億劫なほどに体にはまるで力など入らなかったが、だからといって続きをしたくないという事などあるはずがなかった。
(だって……本当に久しぶりの、父さまとのエッチなのに)
 それこそ、しっぽりと夜が更けるまで――もとい、夜が明けるまで、濃密に睦み合いたかった。離れていた時間の分を埋めるように、どこまでも貪欲に求めて欲しかった。
(父さま……変だよ……父さまが、そんな優しいこと、言うなんて……)
 先ほどまでの意地悪で理不尽な父親はどこへいってしまったというのだろう。ひょっとして、もう“正気”に戻ってしまったのだろうか。
「どうした。真央……何を悩んでるんだ?」
 正直に答えれば良い――月彦は笑顔で答えを促してくる。真央は答えに窮し、そして――。
「……あの、ね……父さま……私、ちょっと……くたくた、かも……」
 戸惑いながらも、真央は“嘘”をついた。そう、本来ならば疲れてなどいない――そう言ったほうが、より無茶な事をしてもらえる筈なのだ。
 それなのにあえて嘘をついたのは――父親の言葉に裏を感じたからだ。
「そうか……くたくたなのか……じゃあしょうがないな」
 しかし、真央のそんな期待はまんまと裏切られた。心底残念そうな呟きと共に月彦はむくりと体を起こし、あっさりと真央から離れてしまう。
「やっ……父さま……」
 今のは嘘だと、真央は咄嗟に口にしそうになった。だが、自分から離れた月彦の向かう先を見て、その言葉を飲み込んだ。
 月彦はベッドから立ち上がると、机の引き出しの二段目を開けた。そこは、いつも真央が“お薬”をしまっている段なのだ。
「疲れて無理……でも、“栄養剤”を飲めば、全然大丈夫だろ?」
 それまでの明るく優しい声とは裏腹に、拒否することを絶対に許さないような冷酷な声だた。
(父さま、やっぱり……)
 ゾクゾクゾクッ……!
 期待を決して裏切らない父親の行動に、真央はぶるりと身を震わせる。
「や、やだ……父さま……父さま、そんな……」
「何が嫌なもんか。……疲れてるんならしょうがないだろ?」
 まるで、神父が孤児に菓子を与えるような優しい笑みで、月彦は丸薬を摘むと真央の口元へと押し当てる。
 真央は渋々、丸薬を口に含み、嚥下する。ふぅ、と息をつくのもつかの間、その時には既に新しい粒が唇に押し当てられていた。
「と、父さま……ンぅ……」
 拒絶など許されない。立て続けに二粒、三粒……次第に体が熱くなり、ぼう……と頭の奥が痺れ始め、最早自分が何粒飲まされたのかすらも解らなくなる。
 ドクンッ。
 心臓が、大きく跳ねる。
「はぁ……はぁ……ンっ……ぁぁぁ……ぁっ、ぁっ……やっ……」
 ドクッ、ドクッ、ドクッ……!
 耳が遠くなったかのように、回りの全ての音がぼやけ、代わりに聞こえるのは、狂おしいまでに高鳴る、己の心音だった。
「はっ、はっ……はっ……やっ、……から、だ……あつ、い……」
「くす……相変わらず、真央の薬は良く効くな。……これならまだまだ出来そうだな、真央?」
 ぺろり、と舌なめずりをしながら、月彦が押し倒してくる。
「はぁ……はぁ……ふぅ……んっ……やっ、っ……と、さまっ……やぁあああッ、ひィうッ……!」
 組み敷かれ、軽く胸を触られただけで、真央は電気ショックでも受けたように仰け反り、容易くイッてしまう。
「胸触っただけでコレか。……じゃあ、挿れたらどうなるんだ?」
「ま、待って……父さま…………あっ、あァーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 視界に火花が散る程の圧倒的な快感に、真央の意識は一瞬にしてホワイトアウトした。しかし、そんな思考の空白状態も――
「あっ、あぁぁぁぁぁッ!!!」
 さらなる快感によって、無理矢理意識を覚醒させられる。
「はぁっ、はぁ……ぇっ、……と、さま……いま、の――」
「どうした、真央……挿れただけで失神したのか?」
 くすっ……そんな苦笑を漏らして、ずんっ、と容赦なく突き上げられる。
「あヒぃッ! はあっ、はあっ……あァッ! ンぁっ! あぁぁッ!」
 ひと突き、ひと突きの度に、稲妻にでも打たれているように不自然に体がはね回り、意識を失してしまいそうになる。真央にはもう、己が感じているのが快感なのか、それともただの苦痛なのか解らなくなっていた。
「真央、一回や二回失神したくらいで、俺が満足するなんて思うなよ? 真央とずっと出来なくて……すっげぇ溜まってるんだからな」
 そして、父親からかけられた“嬉しすぎる言葉”に、頭のネジが二,三本吹っ飛んでしまう。――後に残ったのは、ケダモノとしての本能のみだった。



 本音を言えば、少しだけ「やりすぎたかな?」と思った。しかし、二度三度と真央を抱くにつれて、それが杞憂に過ぎなかった事もすぐに解った。
「はぁっ、はぁっ……んぷっ、んんっぷっ、んんんっ!!!」
 胡座をかいた月彦と対面座位の形で足をからめ、真央は自ら腰をくねらせるようにしてキスをねだってくる。
(う、お……真央、それはっ……)
 鋼鉄のようにそそり立った剛直を捻り、撓らせるような“膣圧”に、月彦は呻き声を漏らしてしまいそうになる。
「んくっ……んんっ!!!」
 しかし、実際に呻く事は出来ない。口で息を吸う事すらさせない程に、真央がキスをねだってくるからだ。
「ンッ……っ、こら、真央っ……んんんんっ!!」
 強引に首を捻り、キスを回避した所で無駄骨だった。真央の両手によって強引に顔を前に戻され、そして。
「んちゅっ……んんんっ……ちゅっ、んんっ……れろ、れろっ……あむっ……んはぁっ……父さまぁ……」
 ふはぁ、と息継ぎをするように真央が大きく息を吐き、すぐにまたキス。ぐりゅ、ぐりゅと腰をくねらされ、いつしか真央主体のペースになりつつあった。
(くおっ……でも、これはっ……)
 薬を飲ませたのは、ただの余興だった。折角、久方ぶりにがっつりと心ゆくまで真央を犯せるというのに、ただケダモノエッチを続けても芸がない。ならば、少しくらい媚薬を使って、イきやすくなってる真央を犯しまくるのも一興かと、そう思った。
(誤算、だった……)
 そう、月彦は大事な事を忘れていたのだ。即ち、真央に媚薬を盛ったら、どうなるか――を。
(くそ……こっちまで……ムラムラしてきちまう……)
 真央の全身から発散される強烈な発情臭に、クラクラと目眩すら覚えてしまう。以前にも似たような状態の真央をの相手をして、枯れ果てる寸前まで追い込まれた事を、今更ながらに月彦は思いだしていた。
「んぁぁ……ねぇ、とうさまぁ……どうしたのぉ……?」
 捻るような腰の動きは相変わらずで、真央が上目遣いになんとも甘ったるい声を出す。
「もっとぉ……ごちゅ、ごちゅってぇ……真央の頭の中真っ白になっちゃうくらい突き上げて欲しいのぉ」
 尻尾をくねくねさせながらのおねだり。くっ、と月彦は唇を噛みしめ、覚悟を決めた。
「こう、か……真央」
「ぁっ、ぁあっ! ひっ……あああァ!! あーーーーーッ!!!!!」
 真央の望む様に、尻を握りしめ上下に揺さぶり、突き上げてやる。たちまち、真央がサカリ声を上げてイき、搾るように締め付けてくる。
「くおっ、ぁっ……くっ……ま、真央っ…………ッ!」
 最早、勝手にイく真央を叱りとばす余力も無かった。
(お、男には……男のメンツってものが……ッ……!)
 そうそう何度も何度も容易くイかされるわけにはいかない。月彦は脂汗を流しながら、早くも真央に薬を飲ませた事を後悔していた。
「はーっ……はーっ……父さまぁ、とうさまぁ……」
 父親のそんな心中など知るよしもなく、真央はいつになく貪欲に、ためらいなく快楽を貪ってくる。
「はむっ、んちゅっ……んっ、んんっ、んっ!!!」
 何度も、何度も真央にせがまれる度にキスをし、ちゅこちゅこと体を揺さぶる。キスをしたまま何度もイッているのか、時折不意打ちのように強烈に締め付けられ、当然月彦もそうそう持つはずがなかった。
「あはぁぁぁっ……とうさまぁ……出してぇ……真央のナカ……汚してぇぇ」
「ま、真央っ……っく……」
 また、不意打ちのように締め付けられ、堪らず月彦は射精してしまった。
「あぁあッ、ぁッ! ひんっ……あっ、ぁっ、ぁっ……尻尾っ……ぁぁぁぁぁッ!!!」
 その際、真央を道連れにするように、月彦は尻尾の付け根を掴み、ぎゅうと握りしめる。途端、弾かれたように真央は声を荒げ、これまた雑巾でも絞るかのように痛烈に締め付けてくる。
「あッ、あっ、あっッ、あーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
「くはぁっ……ッ……やべ、吸われるっ……」
 そう、錯覚してしまう程に、凄まじい収縮だった。射精しているのは自分の筈――なのに、まるで真央に無理矢理精を吸い取られているかの様に感じてしまう。
「はぁっ、はぁっ……やっ、ぁっ……から、だ……あつい、の……だ、め……全然、足りないのぉ……!」
 ぐりゅ、ぐりゅと自ら剛直に肉襞を擦りつけながら、真央が今にも噛みつきそうな勢いで戦慄く。
「ま、真央……? ふわっぷ!」
 大丈夫か?――と、声を掛けようとした矢先、月彦は両肩を押されるようにしてベッドに押し倒された。
「はぁ……はぁっ……とうさまぁ……からだ……すごくあついの……あつくて、あつくて……ガマンできないの……」
 ふぅ、ふぅと肩を大げさに揺すりながら、真央は完全に騎乗位の形をとるとくりん、ぐりんと腰を回し始める。
(く、お……ちょっと、舐めてたか……)
 真狐の薬と、それによって変貌してしまう愛娘を、だ。
「っ……真央、少し、激しく、するぞ……」
 だからといって、押されっぱなしになるのも癪だった。最後の矜持を振り絞り、真央の足の付け根を掴み、押さえつけるようにしながら、月彦は強く突き上げる。
「あっ、あぁぁぁぁっぁぁぁぁッ!!!!」
 喉を見せるようにして真央が仰け反り、一際甲高くサカり声を上げる。ぎゅううっ、と締まる膣内をこじ開けるように、月彦は何度も何度も突き上げるも、その都度強烈に締まる膣にたちまち限界が迫ってくる。
「はーっ……はーっ……ひぁっ、ひぃ、うっぅ……とーさま、もっと、もっとぉ……」
「あぁ、解ってる……真央……」
 真央が上体を被せてきて、ちゅく……と唇を重ねている間も、月彦は休まず突き上げる。
「ンんっ! ンンンッ!! ンンッ!!! ふはっ……やぁっ、とうさま……それ、やっ……ぁっ、あァーーーーーーッ!!」
 突き上げながら、片手を真央の尻の方へと回し、尻尾の付け根をこしゅこしゅと擦ると真央はまた一段と良い声で鳴いた。
「っ……ダメ、だ……出すぞ、真央……!」
「ぁっ、やっ……ひぅっ……ぁっ、やぁっ、また、イくっ……イくぅうう〜〜〜〜〜〜ッ!!!!」
 背を逸らし、腰を突き出すようにして、月彦は真央の膣奥を突き、どぷどぷと牡液をまき散らす。それに合わせて真央もまた仰け反り、声を荒げ、痙攣するように膣を締めた後、くたぁ……と脱力して被さってきた。
 そのまま、はぁはぁと互いに呼吸を整える。
(あぁっ……くそっ……さすがに、大分……スッキリして、きたな……)
 性欲に暈けていた頭が、漸く少しはマシになり始めるのを感じて、さすがにそろそろ折り返しかな――などと、月彦が思った時だった。
「とう、さま……」
「ん? どうした、ま――お……ンッ!?」
 キスをねだっているのかと思って応じた――その瞬間、“何か”を口移しされ、月彦は反射的に飲み込んでしまった。
「真央……何を飲ませた……」
「ふふふ……とうさまぁ……これで、私と一緒だね」
 真央は妖しい笑みを浮かべ、なにやら見覚えのある布袋を逆さに持ち、空であることを証明するように振って見せる。
「真央、まさか……」
 どくんっ――。
 まるで、月彦の推測を証明するかのように、心臓が大きく跳ねる。
「ぐがっ、ぁっ……」
 どくんっ。
 どくんっ、どくんっ。
 高鳴る鼓動は意志の力などでは到底抑える事など出来ない。ぎゅん、ぎゅんと凄まじい音を立てて全身に血液が巡り、その都度異様なまでに興奮が高まっていく。
「あはぁっ……スゴい……父さまの……ムクムクって……大きくなってるの……ぁぁっ、ぁぁっ!」
「っ……ま、おぉぉ……」
 月彦は荒く息を吐きながら、真央の胸をぎゅうっ……と掴むとそのまま乱暴に突き飛ばした。
「きゃんっ……!」
「真央……」
 真央の下から脱出し、むくりと体を起こす。ふぅ、ふぅと肩で息をしながら、月彦はまるで獲物を見るような目で真央を見下ろす。どく、どくと心臓が脈打つたびに、体中の血が人間のものから獣のそれへと変えられているかのようだった。
「父さま……」
 怯えるような、しかし期待しきっているような愛娘の目に、月彦は憤りにも似た感情を覚えた。乱暴な手つきで、真央の尻尾を掴み、悲鳴などまるで無視してぐいと持ち上げ、強制的に四つんばいの体勢を取らせる。
「あぁぁっ……とうさまぁっ……好き、大好き、だよぉ……ぁっ、ぁぁぁぁぁっぁあッ!!!!!」
 愛娘の言葉になどまるで耳を貸さず、月彦は尻を掴むようにして秘裂を割開き、肥大した剛直をねじ込んだ。最早、快楽を貪る事以外、何も考えられなかった。

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