とちゅんっ、とちゅん……!
「ぁっ、ァッ……ぁっ……!」
 とちゅんっ、とちゅんっ、とちゅんっ……!
「あっ、ぁっ、ひぁっ、ぁっ……せん、ぱっ……おね、がっ……も、やめっ……ぁっ、ぁあっあァァッ!!!」
 月彦に背を向ける形で跨らせられ、まるで手綱でも引く様に両手を握られたまま、由梨子の体は好き放題に突き上げられる。
「ひぃっ……んぅッ! ぁっ、ぁっ……だ、めっ……またっ、んっ……せんぱっ……止めっ……」
「ん、またイきそう?」
 背後から聞こえてくるその呟きは、いかにも“だったら少し動きを緩めよう”というようなニュアンスを含んだ響きに聞こえる。が、実際は。
「ひぁぁぁあッ!! やっ、やぁっ、い、イクッ……やっ、またっ……イくゥッ!!」
「んっ、良いよ。好きなだけイッて……俺も、由梨ちゃんがイくとき、無理矢理突くの、好きだから」
「そん、なっ……せんぱっ……止めっ……ひぐっ……ウゥゥっ〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」
 言葉通りの事を実行され、由梨子はイきながら歯を食いしばり、今にも途切れそうな意識をつなぎ止めねばならなかった。そう、自分が今跨っている相手は、例え意識を失ったからといって、行為を止めてくれる様な人物ではないのだから。
(だって……もう、何回も……)
 激しい行為の最中に意識を失したが、その都度より大きな刺激によって強制的に覚醒させられたのだ。それはまるで熟睡しきっている所に突然冷水をかけられでもしたかのように、由梨子の自我を追いつめ、正常な思考に負担をかけるのだ。
「っ……く……由梨ちゃんのナカは本当によく締まる、なっ……俺も、出す……よ」
 両手首を掴んでいた手が離れ、由梨子の腰――足の付け根当たりをしっかりと掴む。
 そして次の瞬間には――。
「やぅうッ!!」
 どりゅっ……そんな鈍い衝撃と共に、下腹に熱いものが広がる。
(やっ、ぁっ……す、ごい……ぜん、ぜん……ちがう……)
 避妊具をつけたままの時と、感じる衝撃が段違いなのだ。まるで、体が浮かされるのではないかという程の衝撃は、下腹を通じて脳髄にまで響き渡るのだ。
(せん、ぱい……まだ、するつもり、なんだ……)
 既に、何度出されたか数えていられない程に出されたというのに。下腹部に収まっている剛直は、些かも萎えない。それが、今の由梨子には恐ろしく思えてならないのだった。
「ふーっ……ふーっ……由梨ちゃん……すっごく良かったよ……」
 月彦が体を起こしてきて、背後から包み込まれるようにして抱きしめられる。
「あ、の……先輩、お願いが……あるんですけど……」
「うん? 何かな」
「本当に、もう……私、限界で……せ、先輩も……これだけ、したら……」
「由梨ちゃんは……もう、シたくない?」
「い、え……先輩と、するのが……嫌ってわけじゃないんです……ただ、前にも、言いましたけど……」
「“イかせたらイかせただけ女の子は喜ぶわけじゃない”――かな? 由梨ちゃんが言いたいのは」
「は、はい……だから……っきゃっ!」
 ただ抱きしめるだけだった月彦の手が、もぞもぞとはい回り、由梨子の膨らみを掴み、むにむにと揉み始める。
「由梨ちゃんをイかせたいんじゃない。……俺がもっと由梨ちゃんの体を楽しみたいんだ」
「そんな……それなら、もう十分……んっ……!」
「いーや、まだ全然足りない。もっと、由梨ちゃんの体を隅々までしゃぶり尽くしたい」
「せ、先輩っ……やっ……!」
 すり、すりと首筋の辺りに鼻がすりつけられるや、すんすんと嗅ぐ様に鼻を鳴らされて途端に由梨子は顔を赤くする。さらに、“しゃぶり尽くしたい”の言葉を示すかのように、肩口のあたりにれろり、れろりと舌が這い始める。
「でも――」
 しかし、不意に一切の愛撫が止まった。そして、ぼそりと。
「由梨ちゃんが、俺の我が儘を聞いてくれるなら……それでもう、今夜は終わりにしてもいいよ」
「えっ……先輩の、我が儘……ですか?」
 ドキリと、心臓が跳ねたのは決して嬉しいからではなかった。むしろその逆、とてつもない嫌な予感がしたからだ。
「うん。……俺、由梨ちゃんの“初めて”が欲しい」
「せ、先輩……それって――」
 さっと、由梨子は己の顔から血の気が引くのを感じた。
「うん、由梨ちゃんのお尻でシたい」
「だ、ダメです! そんなの、絶対……ダメです、嫌です!」
 お尻でシたい――甘えるような声で囁かれるや否や、由梨子は弾かれた様に大声で拒絶した。
「お、お尻でするなんて……変です、異常です! それだけは出来ません!」
 第一、と由梨子はさらに続ける。
「せ、先輩のなんて入れられたら、裂けちゃいます! だから、絶対にダメです!」
「大丈夫、そうならない様に、今まで時間をかけてじっくりほぐしてきたから。それに、俺もちゃんと“手加減”するし」
「っっっ……だ、ダメなものはダメです! あ、諦めてくださ――ひぅっ……!」
 果肉を揉まれ、尖りっぱなしの先端をくりくりと刺激され、さらには耳まではむはむされ、由梨子はつい甘い声を出しそうになってしまう。
「諦められない。……由梨ちゃんのお尻でシたい……」
 はむはむ、くりくり……。
 まるで、そうすることで由梨子の態度を軟化させることが出来ると思っているかのように。いつになく執拗に耳を舐められ、吸われ、そして乳首を責めていた手の片方が、下方へと……。
「やぁっ……せ、先輩……そこはっ……あっ、ぁっ……」
 一番敏感な場所までくりくりと責められ、由梨子は軽く握った手で荒い呼吸を隠すかのように、口元を覆う。
「い、やっ……先輩、何を……んっっ……」
 なんとも巧みな手つきだった。技量というただ一点においては霧亜には及ばない――そういった認識を改めねばならない程に。
(やっ……またっ……っ……)
 ゾクゾクと、己の内側から沸き起こる前兆に、由梨子は僅かに身じろぎをする。切なげに吐息を漏らしながら月彦の愛撫の虜になっていると、不意に全ての動きが止まった。
「ぁっ……せん、ぱい……?」
「ん、何?」
「その……どうして……」
「……お尻でシても、良い?」
「だ、ダメに決まってます! そんなっ……ぁっ……」
 中断していた愛撫が、急に再開される。くりくり、はむはむ……あまりに的確すぎる愛撫に、たちまち由梨子は達してしまいそうになる、が――。
「ぁっ、はっ、ぁっ……」
 またしても、寸前で全ての愛撫が止められる。すっかりイく心構えだった由梨子の体は不自然に痙攣し、同時に襲ってくるのは凄まじいばかりの焦れだった。
「やっ、ぁっ……」
 太股をすりあわせるようにして、由梨子は月彦に嘆願の目を向けるが。
「……由梨ちゃん、気が変わった?」
「か、変わりません……先輩、お願いですから、諦め――きゃっ……!」
 今度は、月彦に被さられるようにして、前へと押し倒された。
「ンぁあっ……ぁっ、やぅ、ぅぅ……」
 腰のくびれを掴まれ、今度はゆっくりと剛直が前後する。もちろん、由梨子が絶対にイけない速度、動きで――だ。
(やぁぁっ、だめっ、だめぇっ……こんな、こんなのっ…………)
 枕に顔を埋めるようにして、由梨子は焦れによって今にも妥協してしまいそうになる矜持を必死に支えていた。
「はぁっ、はぁっ……んっ……はぁんっ……あんっ、あんっ……ぁあっ、ぁっ……」
 剛直が動くたびに、なんとも切なげな声が出てしまう。ベッドシーツを握りしめながら、気を抜けば自ら尻を振って快感を求めてしまいそうになるのを、由梨子は必死に堪える。
(んぅっ……はぁっ、はぁっ……やっ……こんな、の……続けられたら、気が狂っちゃう……)
 かれこれ三十分……否、四十分はそのように責められただろうか。幾度となく絶頂寸前へと上り詰めての焦らしによって、肌は紅潮し、玉の様な汗が浮かび、吐息はもうこれ以上ないというくらいに切なさを孕んでいた。
「由梨ちゃんも強情だなぁ……そんなに、お尻でするの……嫌?」
 由梨子はもうまともに口もきけず、ただこくりと頷くことでのみ、己の意志を示した。
「……でも、だからこそ……俺は由梨ちゃんのお尻でシたい。由梨ちゃんの事が好きだから……由梨ちゃんの全部が欲しい」
 本来ならば、飛び上がってしまいそうなほどに嬉しい言葉だった。しかし、今回の場合に限っては、素直に喜ぶわけにはいかない。
(先輩……本当に、死ぬほど恥ずかしいんです……お願いですから、解って下さい……)
 由梨子は巧く回らぬ舌のかわりに、涙を溜めた視線に込めて、月彦へと向ける。さすがに、由梨子のそんな目を見ては、些か月彦の方もばつが悪くなったのか。
「……わかったよ、由梨ちゃん。そこまで嫌なら、しょうがない」
「ぁ……せん、ぱい……諦め、て……くれ、るんですか……?」
「うん、お尻でするのは諦める」
 さもあっさりと――あれほど固執していたのが嘘のように――月彦はけろりと言った。
「あぁ……先輩……」
 いろいろと意地悪もされるが、根は優しい人なのだと、由梨子が惚れ直そうとしたその時だった。
「でも、一回挿れるくらいなら、良いよね?」
「……え?」
 由梨子は、始め聞き違いかと思った。
「ただ挿れるだけ。それで我慢するから」
「そ、んな……先輩、それじゃ……」
 殆ど意味がない――しかし、言葉は声にならなかった。剛直がゆっくりと引き抜かれ、そして――最も恐れた場所へと、宛われたからだ。
「い、いやっ……です、先輩……だめっ、止めて、下さい……」
 にゅり、にゅりと。愛液と白濁液に濡れた剛直がその場所を擦るたびに、由梨子は怖気にもにたものを感じた。
「一回挿れるだけだから。そしたらもう金輪際しないし、指でも触らない。……だから、ね?」
 露骨な猫なで声だった。散々イかされ、疲労困憊の中さらに焦らしに焦らされ、肉体的にも精神的にも追いつめられた由梨子にはもう、月彦を再度説得する余力は無かった。
(……一回だけ、なら……)
 それでもう二度と、こんな恥ずかしいことをされないのなら――と、とうとう思ってしまった。そして、まるでそんな由梨子の心の動きが解ったかのように。
「そっか。んじゃあ、挿れるよ、由梨ちゃん」
「えっ、やっ……待っ…………ぅぅううう!!」
 辛うじて這って逃げようとする由梨子を嘲笑うかのように、月彦の手はがっしりと由梨子の腰を掴み、ぐいぐいと先端部をねじ込んでくる。
(やっ、やぁっ……せ、先輩の……本当に、入ってっ…………)
 堅い肉の塊によって、己の尻穴がぐいぐいと押し開かれていく感触に、由梨子は羞恥よりなによりも顔から血の気が引いた。
「んっ、さすがに……キツッ……由梨ちゃん、もっと力抜いて」
「だ、め、です……せん、ぱっ……おね、が……止めっ……ぁっ、ぁっ、ぁっ……」
 しかし、由梨子のそんな悲痛な願いとは裏腹に、剛直は少しずつ、しかし確実に由梨子の中へと収まっていく。
「止めっ……嫌っ……だめっ、せんぱっ……やぁっ、嫌っ、やっ……嫌っ……イヤぁっ……ぁっ、ぁっ、ぁっ……〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!!」
 ゾクゾクと、悪寒めいたものが背筋を駆け抜けたその刹那、由梨子は咄嗟にベッドシーツを噛みしめて声を押し殺した。
「っっっっっ……〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」
 がくがくと、体を揺らしながら。賢明に声を押し殺し、その“波”が去るのを待つ。
「はぁっ、ぁ……ぁっ、ぁ………………」
 ベッドシーツから口を離すなり、そんなため息にも似た吐息。耳元でくすりと、月彦の笑い声が聞こえた。
「由梨ちゃん、イッたね?」
 えっ、と。疑問の言葉は声にはならなかった。
「俺の方がびっくりしたよ。まさか、挿れただけでイッちゃうなんて……由梨ちゃん、実はお尻の方が感じる?」
「ち、違っ……さ、さっきのはっ……やんッ!」
 ずっ、と。突然剛直を動かされて、由梨子は咄嗟に口をベッドに押しつけた。
「ほら、ちょっと動かしただけでそんな良い声出して……これは、“挿れるだけ”で止めたりなんかしたら、由梨ちゃんが可哀相かな」
「えっ……そんなっ……せ、先輩っ……約束が……っっあゥう……!」
 しかし、抗弁も最後まで喋らせてはもらえなかった。月彦は由梨子の腰のくびれのあたりを掴み、ひどくゆっくり、控えめではあるが、その動きは完全に普段のそれの抽送になっていた。
(やっ、やっ……イヤッ……先輩のが……お尻、に…………あぁぁぁぁぁ……)
 一度は血の気が引いた顔が、今度は羞恥の為に真っ赤になる。
(本当に、違うんです、先輩……さっきは、いっぱい焦らされたから、だから……)
 自分は、お尻で感じたり、ましてやイッたりなんかしない。そんな異常な性癖はないと、はっきり説明したかった。
「んっ、んんっ……んんっ、んんっ!!!!」
 しかし、今口を開いてそれを説明するわけにはいかなかった。そう、今口を開けば――
「由梨ちゃん、声……我慢しないで」 
「んんっ、んんっ!? ん、ふ……」
 ぐいと、首を捻らされ、強引に唇を奪われる。くちゅくちゅと、無理矢理歯を開かされ、舌を絡められた後、不意にキスは終わり。
「あはぁぁぁぁっ……はぁぁあっ、んんっ、あふっ……あふぅう……ぁぁぁっ……!」
 唇が離れると同時に、抽送が再開され、思わずそんな色めいた声を出してしまう。
「……やっぱり。由梨ちゃん……お尻も気持ちいいんだ……?」
「や、ぁぁっ、違っ……違い、ます……私、はっ……ぁあっ……やぁあっ、だめっ、だめっ……ですっ……ぁぁぁぁぁっぁあっ!!!」
 シーツを掻きむしるようにして、由梨子は“快感”に堪える。そう、由梨子の体を襲っているのは紛れもない快楽であり、そしてそれは――あまりに背徳的なものでもあった。
(だめっ、だめえっ……お尻、で……お尻で、こんなっ……こんなのっ……絶対、変っ……おかしいっ……嫌ぁぁっ……!)
 尻穴を刺激され、快感を得てしまう自分自身の体に嫌悪を懐きながらも、それでも徐々にその快楽に抗しきれなくなっていく。
「駄目なんかじゃない……お尻で感じてる由梨ちゃん、凄く可愛いよ。……ほら」
 不意に、ぐいと月彦に体を抱き起こされ、強引に部屋の“ある方角”を向かされる。
そこには――。
「えっ、やっ……」
 視線の先にあるものは、男の部屋にはあまりに不釣り合いな立ち見鏡だった。元を正せば、葛葉の部屋にあったものを真央がねだり、月彦の部屋へと持ってきたのは良いものの、もっぱら本来の用途には使われず主に行為の最中の羞恥プレイの際にばかり使われているものだった。
 そして、今鏡に映っているのは当然の事ながら由梨子自身。それも――。
(これ、が……私……?)
 室内に光源など皆無。それこそ月明かりで室内の輪郭だけが朧気にわかるくらいだというのに、その鏡だけはまるで得体のしれない力でも帯びているかのように由梨子の痴態を映し出していた。
 そう、そこに居るのは、どうみても――尻穴を犯されて口が締まる暇も無いほどに声を荒げ、悶えているている自分自身だった。
「やっ、せん、ぱい……これ……あぁっぁああぁぁッ!!」
 ゾクゾクゾクゥッ……!!
 眼前に映し出された己の痴態と現実。そして“一番恥ずかしい場所”を貫く剛直の感触に、由梨子は思わず甘い声を上げながら容易く達してしまう。
「由梨ちゃん……またイッたね。……そんなにお尻が良いんだ」
「良く、なんて……ぁぁぁぁぁあッ!!!」
 ずず、ず……ゆっくりと引き抜かれた剛直が一気に突き入れられ、由梨子は背を逸らしながら声を上げる。
「はあっ……はあっ……せん、ぱ……も、嫌……れす……もうっ……止めっ……」
 息も絶え絶えに、由梨子は懇願するが。
「嫌だ、止めない」
 返ってくるのは、そんな冷淡な返事。
「お尻で感じてる由梨ちゃんをもっと見たい。そして――」
 ぱんっ、と再び尻がなるほどに強く突かれる。
「っ……あヒぃッ!! はあっ、はあっ……はぁぁぁっ…………」
「お尻を犯されて、由梨ちゃんがイく所も、もっと見たい……」
 気がつけば、はあはあと息を乱しているのは自分だけではなくなっていた。背後からも、手負いのケモノのような息づかいがずっと、由梨子の後ろ髪のあたりにかかっていた。
(先輩も……イきそう、なんだ……)
 徐々に、月彦の動きが容赦のないものになっていく。由梨子の事を気遣っての動きではない、自分がイく為だけの動きだ。
 月彦は犯す――という表現を使った。事実、その通りだと由梨子は思う。自分は、決してこの行為に納得したわけではない。月彦に無理矢理されてるようなものなのだ。
(でも、私……)
 鏡の方へと目をやると、そこに写っている女の顔は照れながらも喜んでいるようにしか見えない。必死に隠そうとはしているが、感じてしまっているのをまるで隠しきれていないようにしか見えないのだ。
「由梨ちゃん……そろそろ俺も……出そう……だ……」
「せん、ぱい……あぁんっ! あんっ、あっ……あんっ、あんっ………あっ、あっあっ、あっ………!」
 抽送が、徐々に小刻みに早く。それに応じて、由梨子が上げる声もまた小刻みになっていく。
(やっ、イ、イクッ……本当に、お尻で、イかされちゃう……!!)
 もはや力の入らない上半身をくたぁ……とベッドに伏せさせたまま、しかし尻だけは月彦に差し出すように高く上げ、由梨子はベッドシーツを握りしめながらはぁはぁとその瞬間が来るのをいつしか待ちわびていた。
「っっ……ゆり、ちゃんっ……!」
「せんっ、ぱいっ……あっ、あっぁっ……やっ……熱いのっ、出てっ…………あっ、あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」
 己の中に熱い液体が迸る感触と、それに伴う電撃のような絶頂。ケダモノのように声をあらげながら、由梨子の意識は幾度目か解らない深い谷の底へと落ちていくのだった。

 



「うう、ん……」
 もぞもぞと、無意識のうちに“抱きマクラ”へと手を伸ばし、はて?、と。いつもならばもにゅもにゅとほどよいボリュームと弾力を掌に残してくれる筈のそれが無い――そんな違和感から、月彦の意識は覚醒した。
(あっ……)
 と思う。そこにいつも触っているものなど、在るはずがないのだ。何故なら、今朝に限れば、隣で寝ているのは真央ではなく、由梨子なのだから。
(あぁ、そうだ……昨夜は、由梨ちゃんと……)
 本来ならば、今まで出来なかった分――がっつりと犯る予定だったのだが、志半ばで由梨子が完全にダウンしてしまった為、やむなく月彦も寝ることになったのだ。
(やっぱり、由梨ちゃんまだ本調子じゃあないのかな……退院してから、けっこう経ってるけど……)
 己の超人的な体力、精力にまるで自覚がないのだから、結論としてはどうしてもそうなってしまうのだ。
(まぁ、いいか。体力なんか無くても、由梨ちゃんは可愛いし……)
 昨夜の由梨子の姿を思い出して、月彦はついにやけ顔になってしまう。顔を真っ赤にするほど恥ずかしがりながらも、いざお尻を責められるとすっかり腰砕けになってしまい、嫌だ嫌だと口では言いながらも何度も何度もイく由梨子の姿を思い返すだけで、ムラムラと息子が反り返ってしまうのだ。
(すっげぇ可愛いかったもんなぁ……またシたいな、由梨ちゃんのお尻で)
 布団の中で、ぎゅうっ……と由梨子を抱きしめながら、まるでそれを催促するかのように、由梨子の尻の辺りに堅くそそり立った剛直を押し当てる。
(それにしても、由梨ちゃん良く寝てるなぁ……ひょっとして前の日あんまり寝てなかったりするのかな)
 もう無理、限界だから止めてください――己の腕の中で、すぅ、すぅと寝息をたてる相手が何度そう懇願していたか等、月彦の記憶にはまるで残っていなかった。当然の事ながら、由梨子が泥の様に眠っている原因が寝不足などではなく、過度の疲労によるものだとは月彦は気がついていなかった。
(あぁ……でも由梨ちゃんって、こうして寝てても……うぅぅ、和むなぁ……)
 抱きしめたまま、すんすんと鼻を鳴らしているだけで、まるで上質のアロマでも嗅いでいるかのように気分が安らぐのだ。
 これが真央だったらそうはいかない。あの母譲りの体に、これまた母譲りの蠱惑的な匂いはおよそ安らぎとは無縁のものだ。己の獣性が高ぶりこそすれ、鎮められることなど皆無だった。
 しばしそうして、すーはすーはと由梨子の匂いを嗅ぎながら様々な妄想に耽っていた月彦だが、はたと。別の欲求が首を擡げた。
(……由梨ちゃんの寝顔、見たいなぁ……)
 丁度、由梨子の背中側から抱きしめているような形で寝ているから、このままでは寝顔が見れないのだ。
 思い立ったが吉日、月彦は由梨子が起きない様、そろりそろりと体を起こし、そっと由梨子の寝顔を覗き見た。
「ぐはぁっ……!」
 刹那、思わずそう叫んでしまいそうになった。
(や、やばい…………これは、可愛過ぎる……)
 目眩すら覚えながらも、月彦はしばしそうして由梨子の寝顔に見入った。
(うぅ……可愛い、やばい……襲いたい…………)
 そして、月彦の思考が物騒な方向へと傾きかけたのを、まるで察知でもしたかのように。
「んっ……ぅ……」
 由梨子がぴくぴくと、瞼を震わせ、そしてゆっくりと開いた。
「あ、起こしちゃったか……おはよう、由梨ちゃん」
「……っ……ぁっ……せんぱい……おはよう、ございます……」
 何故だか一瞬、おぼろげだった焦点が月彦の顔で結ばれるなり由梨子は怯える様に身を竦めたのだが、勿論その理由が月彦には分かる筈もない。
「……? 由梨ちゃん?」
「あっ、いえ……起きたとき、いつもと風景が違うと、びっくりしませんか?」
「ああ、確かにね。たまーに友達の家に泊まったりすると、結構びっくりするんだよなぁ……」
 苦笑して、月彦も再び布団の中に潜り、そして先ほどまでと同じように由梨子の体を抱きしめた。その腕の中で、もぞもぞと由梨子が動き、体の向きを反転させる。
「先輩……」
「んっ…………」
 由梨子に促され、そっと唇を重ねる。舌は使わない、互いに唇のみで食むようなキスは、一分ほどで終わった。
「んっ……夢みたい、です……クリスマスにこうして……先輩と一緒に朝を迎えられるなんて」
「俺もだよ、由梨ちゃん。今、すっげぇ幸せだ」
 ちゅっ、と由梨子の頬にキスをすると、今度は由梨子が頬にキスを仕返してくる。すると月彦もまた仕返しをし、それに対して由梨子が――などと、キャッキャウフフなじゃれあいを続けること一時間弱。
 二人にとって至福の時間は、月彦の腹の虫というチャイムによって中断された。
「……由梨ちゃん、お腹空かない?」
「そう、ですね。いい加減起きましょうか。シャワーも浴びたいですし……」
「勿論一緒に、だよね?」
 一瞬躊躇い、そして照れ混じりに頷く由梨子が、月彦にはもう愛しくて仕方ないのだった。


 二度目という事もあって、月彦と一緒の朝風呂は一度目の時のようにギクシャクすることはなかった。
 とはいえ、暗い寝室とは違い、明るい浴室で月彦に裸をまじまじと見られるのはやはり恥ずかしく、由梨子は極力背を向けるような形で背中を流し終え、一度目と同じように二人一緒に湯船へと収まった。
「ふぅ……やっぱり朝風呂は気持ちいいね」
「そう、ですね。私も、休みの日とかはよく入ります」
 朝風呂は気持ちいい――そう、そのことに関しては全く同感だった。月彦と一緒に入れるのなら、尚のことだ。
 ただ、由梨子にはどうしても気にかかって気にかかって仕方がない事があった。
 それは。
(先輩……また、勃ってる…………)
 一度目と同じく、月彦に包み込まれるようにして抱かれて風呂に浸かっているわけなのだが、これまた一度目と同じように背中に熱い塊が当たっているのだ。
(昨日、あんなに……シたのに……)
 そう、あんなに――不意に、昨夜の事を思いだして、由梨子は途端に耳まで赤くなってしまう。
(っっ……そうだ、私……お尻まで……)
 泥の様に深い眠りと、その後のさわやかな目覚めのせいですっかり忘れてしまっていたが、間違いなく――自分は第二の処女を月彦に差し出しているのだ。
(やだっ……恥ずかしい………………)
 尻での行為をしてしまった自分に、今更ながらに、顔から火が出そうになる。それも、ただ挿れられただけではない。あんなに、何度も、何度もイかされ、喘がされ……。
「ンッ……」
 不意に、“その時”の快感が蘇ってきて、思わず声を漏らしそうになってしまう。
「……由梨ちゃん?」
「な、なんでも無いです……ちょっと、雫が落ちてきて、冷たくって声がでちゃっただけ、です」
 咄嗟に言い訳をするも、果たして通じたかは怪しかった。
(でも、先輩……二度としないって言ってたし……これからは、もう――)
 あんな、死ぬほど恥ずかしい目に合う事は無い――そう思うと、いくらか安堵できるのだった。まさか月彦が“二回目”を狙っている事など、由梨子は毛ほども危惧していなかった。
 ちゃぷっ……そんな音を立てて、由梨子は己の腕のあたりをそっとさすってみる。
(……っ……ちょっと、筋肉痛になってる…………)
 腕だけではない。足や、腰、全身の様々な場所から奇妙な痛みが走った。間違いなく、何度も何度も何度も何度もイかされ、全身を不自然に強張らせ、痙攣させられた結果だった。
(先輩……どうしてそんなに……絶倫、なんですか……)
 はあ、とため息をつきたい気分だった。普通で良いのに。ごく普通の、一般的なエッチが出来ればそれでいいのに。今もこうして背中にあてられている力強い剛直が由梨子には恨めしくすら思えてくる。
(……やっぱり、少し……口でシておいたほうが……)
 良いのかもしれない。そんな考えが沸いたのは、“今夜”の為だった。真央が帰ってくると思われるのは二十七日、よって由梨子が紺崎邸に居られるのは二十六日の夜までなのだが、大事をとって二十六日の朝には家を出、あとは普通にデートをして別れる――というのが当初の予定だった。
 つまり、今夜もう一晩月彦と共に過ごすわけなのだが、また昨夜の様にイかされ続けたら、今度こそ壊されてしまうかもしれない――冗談や誇張ではなく、由梨子には本気でそう思えるのだ。
「あ、あの……先輩……こんな事、お願いするのは……すごく、はしたない事だって、思うんですけど」
「うん……?」
「その……口で、しても……良いですか? せ、先輩……ずっと、おっきいまま、ですし……」
「ああ、別に気を遣ってくれなくてもいいよ。いつもの事だから」
 と、月彦は昨夜と同じようにけろりと返してくる。
「でも……昨日も、結局口でシてませんし……それに先輩、私……口でするの……結構好きですよ?」
 だから、むしろお願いしたい――そんなニュアンスを込めて、由梨子は月彦に視線を送る。月彦はしばし考える様に黙った後。
「解った。由梨ちゃんがそこまで言うなら、お願いしようかな」
 と、俄に腰を上げると湯船側を向いて浴槽の縁へと腰掛ける。至極、由梨子は湯に浸かったまま奉仕する形になるのだが、これはきっと寒がりな自分への月彦の配慮であると、由梨子には解った。
(先輩、いつもはこんなに優しいのに……)
 どうして、エッチの時は悪魔みたいになるんですか――そんな恨みがましい目を一瞬だけ向けて、由梨子は萎え知らずの剛直にそっと手を這わせる。
「……何か、懐かしいな」
「懐かしい……? 何がですか?」
「いや、ほら……初めて由梨ちゃんの家に行った時も、こんな感じで……」
「ぁっ……」
 と、由梨子は咄嗟に顔を赤らめてしまう。
「む、昔の事を言うのは、狡いです……先輩……」
「ごめんごめん。……でも、ほんと……由梨ちゃん、あの頃よりずっと可愛くなったよ。カドがとれたっていうか……うん、本当に可愛い」
「やだっ……先輩……そういう風に言われたら、私っ……」
 可愛い、と言われて喜ばない女子はまず居ないし、由梨子もまた例外ではない。ましてや、惚れた相手からとなれば尚更だ。
(本当に……先輩にそういう事言われたら、私……舞い上がっちゃうんですから……)
 恥ずかしさを紛らわすように、由梨子はそっと唇を剛直の先端につけ、ちゅっ……と軽く吸った後、れろり、れろりと舌を這わせ始める。
「うっ……」
 と、月彦が呻くのを聞きながら、由梨子はさらに舌を這わせる。ギンギンにそそり立った肉柱の根本から先端までをなんどもなんども往復し、時折その根本に成っている房の部分もはむはむと甘く食む。
(んっ……先輩っ……先輩っ…………)
 由梨子は目を閉じ、唇と舌から伝わってくる感触のみに集中するようにして口戯を続ける。唾液を絡め、カリ首の下のあたりを特に舌先で刺激する。
「っ……いいよ、由梨ちゃん……もっとっ……」
「はい……んむっ……んくっ……」
 勿論由梨子には、次に月彦がどうして欲しいかなど解っていた。くっ、と剛直を口に含み、唇でカリ首を引っ掻くようにしながら頭を前後させると、たちまち月彦の手が由梨子の頭をつかんできた。
「はあ、ふっ……由梨ちゃんっ……っ……んっ……やばい、出そう……だ……」
「んふっ……んくっ……っ……んっ……」
 出して貰わねば困る、とばかりに由梨子はよりいっそう熱を入れて口戯を続ける。少しでも月彦の性欲を発散させて、淡泊な状態で夜に持ち込まなければならないのだから。
(ぁっ……先輩の、ムクムクって……大きく……っ……)
 来る――そう思った瞬間、びゅるりと口腔内に苦いものが溢れた。
「んぅっ……!」
 由梨子は幾度と無く打ち出されるその塊を巧みに受け止め、唾液と絡めるようにして嚥下していく。
(やだっ……先輩の、すごく、濃い…………)
 昨日、あんなにシたのに――と、またしても思ってしまう。そう、由梨子にとっては人生観が変わるほどの激しいエッチであっても、まさか相手の月彦が毎晩毎晩その倍は激しい夜を送っているとは知るはずもなかった。
「んくっ……んふっ…………んっ…………ぷはっ…………んっっ……く……ふぅ……全部、飲んじゃいました」
「ありがとう、由梨ちゃん。……すごく、良かったよ」
 照れ混じりに笑う月彦が、由梨子にはなんとも愛しく見えるのだが。
(でも、先輩……まだ勃ったまま……なんですね……)
 その体の一部に関しては、もはやため息も出なかった。
「……じゃあ、今度は俺が由梨ちゃんを気持ちよくする番かな」
 ぽつりと、月彦が漏らした言葉に、由梨子は背筋が冷えるのを感じた。
「え……せ、先輩?」
「由梨ちゃん、湯船から出て、壁に手をついてお尻を上げてもらえる?」
 笑顔で催促する月彦は――見た目こそは普段の優しい月彦なのだが。
「あ、あの、先輩……気を遣ってくれなくても良いですから、私は、昨日で十分――」
「いいからいいから、さあ立って」
 半ば以上強引に立たされ、そして壁に手をつかされ、尻を持ち上げさせられる。
「やっ……先輩っ……こんなっ、やっ……嫌ァァァァッ………………!!」
 性欲を発散させる為に口でしたというのに。まさかそれがトリガーになってしまうとは夢にも思っていなかった。
 悲痛な由梨子の叫びは、月彦が中出し三回してひと心地つくまで続いたのだった。

 



「よし、ベッドメイク完了ー!」
 しゅぱーん!と、高級ホテルのベッドメイカー顔負けの手つきで自室のシーツを予備のものに取り替え、毛布と掛け布団をきちんと直して、月彦は階下へと降りる。階段の途中から、ふわりと鼻を擽るのは、えもいわれぬみそ汁の香りだ。
「あっ、先輩……もう少しで準備出来ますから」
 台所では部屋着のトレーナー、ロングスカートの上からエプロンをつけた由梨子が少し遅めの朝食の準備を進めていた。
「俺も何か手伝おうか?」
「いえ、本当にもう少しですから……先輩は休んでて下さい」
 どこか窶れたような笑みを残して、由梨子は再びキッチンの方へと向き直る。
(……? 由梨ちゃん、お風呂から上がってからなんか調子悪そうだな……)
 見れば、足取りも、手つきもどことなく頼りない。昨夜、夕飯の支度をした時と比べるまでもなく、なんとも緩慢な動作なのだ。
(もしかして風邪……? いや、それとも湯当たり……?)
 由梨子の不調の原因を真剣に探るも、月彦の思考が真相である所の“過労”にいきつくことは無かった。
 結局の所、由梨子は低血圧なのではないかと、そんな無難な結論におちついて、月彦は言われたとおりに由梨子の後ろ姿を眺める事にした。
(あぁ……良いなぁ……なんか、“新妻”って感じで)
 正確には、新妻というよりは幼妻といったほうが近い。およそ知り合いの女性の中で、由梨子ほどエプロンが似合う女性は居ないのではなかろうか。
 ただ、料理をする後ろ姿を見ているだけで和む事が出来る。由梨子を妻に出来る男はきっと幸せであろう――そう、最初の数分は、そんな具合にのほほんと眺めていられたのだが。
(……やばいな、なんか……)
 勿論最初は自覚など無かった。気のせいか?――と思うと、どうやらそうではなく。朝食の支度をしながら右へ、左へと動く由梨子の背中を見ているうちに、ムラムラと得体のしれない何かが首を擡げてくるのだ。
(……襲いたい…………)
 由梨子の無防備な背中に、うずうずと思わず手を伸ばしそうになってしまう。いかん、いかんと自粛しようとするも、我慢すればするほどに、その衝動は月彦の中で強烈なものへと育っていく。
(や、べ……昨日、あんまりシてないからかな…………すげー欲求不満気味だ……)
 風呂場での行為など、ほんの息抜きのようなものだ。もっとガッツリと犯らなければ、真央の不在で溜まりに溜まった性欲はとても解消しきれないのだ。
(料理してるのが、真央なら……問答無用で犯るんだが……)
 由梨子では――と、躊躇してしまう己と、だからこそ犯りたいと鼻息荒く息巻く己が居る。そして、いざとなった時、どちらが主導権を握るかといえば――。
「……由梨ちゃん」
「きゃっ……せ、先輩……!?」
 気がついたときには、由梨子の背後へと忍びより、その体を抱きしめていた――まさにそんな感覚だった。
「由梨ちゃん、ごめん……由梨ちゃんの後ろ姿見てたら、また……」
 ぐり、ぐりと怒張した剛直をズボンとスカート越しに尻へとすり当てると、由梨子はたちまちひぃと悲鳴を漏らした。
「そんな……先輩、さっき、お風呂場でも……」
「あんなんじゃ、全然足りない。もっと……由梨ちゃんとシたい」
「ま、待って下さい! もう少しで、もう少しでご飯の準備が出来ますから……ぁぁっ……」
 そんなに待てない――そう示すかのように、月彦はエプロンの内側へと手をいれ、もぞもぞと由梨子の胸を揉みしだく。そのまま由梨子の上半身をキッチンに押し倒す様にして被さり、はむはむと耳を舐め、唇でしゃぶり尽くす。
「あぁぁっ……先輩っ……だめっ、ですっこんな、所、でっ……ぁあっ……」
 由梨子の抵抗は、なんとも弱々しかった。月彦はそれは、“まんざら嫌でもない”という風に解釈した。
 もぞもぞと、衣服の上から由梨子の体を愛撫しながら、さんざんに由梨子の尻に剛直を擦り当て、いい加減我慢出来なくなってきたところでロングスカートをまくしあげ、下着を露出させた。
「やっ、だ……だめっ……あぁぁぁっ……」
 やはり、抵抗は弱い。月彦は下着の上から由梨子の股ぐらに鼻先を埋め、態と鼻を鳴らすようにしてぐりぐりと秘裂を刺激する。
(……少し、湿ってきてる……)
 いくら由梨子が濡れやすいとはいっても、そうそう簡単にはいかない様だった。
「や、だ、先輩……そんな、所の匂いなんて、嗅がないで、下さい…………ひぅぅぅ……」
 勿論月彦とて、いつまでもそんな変態じみた行為に甘んじるつもりもなかった。由梨子の抵抗が弱い事を良いことに、あっさりと太股の辺りまで下着を卸すと、今度は両手で尻を揉みこね、親指で秘裂を押し広げるようにして直に舌を這わせる。
「やぁぁっ、ぁぁぁっぁ……!!」
 がたんっ、とシンクの方で何かが落ちるような音がしたが、月彦は頓着せずに由梨子の秘裂を舐め続ける。たちまち、唾液とは違う類のもので潤み始め、今にも太股に垂れんばかりになった。
「……由梨ちゃん、そろそろ挿れるよ」
「だ、めっ、です……先輩っ……ぁあっ、ぁっやあっ……ぁぁぁぁあっ……!!」
 ズボンの前を開けて、すでに怒張しきっている相棒を取り出すと、狭くてキツい由梨子の中を割開くようにゆっくりと埋めていく。
「あっ、あっ、あっ……やぁぁっ……せん、ぱい……ほんとに、だ、め……おみそ汁、冷めちゃい、ますぅ……はあ、はあ…………」
 くたぁ、と伏せてしまいそうになる上半身を辛うじて肘だけで支えたような格好で、由梨子は剛直を深くめり込ませていくに従って苦しげな声を出し始める。
 右手には未だおたまが握られたままであるのが、月彦の目にはなんとも健気に映り、そこで罪悪感でも沸けばまだ良かったのだが。
(……もっと、感じさせてあげたい……)
 いつも、時間制限つきのエッチで満足に感じさせてやれないから――そんな月彦の親切心が一般人と致命的なズレを伴っている事が、由梨子にとっては不幸といえば不幸だった。
「はあ、はあっ……あ、んぅっ……ひぁっ……ぁぅっ……ふぅっ、ふぅっ……ぁぁっ……ぁぁっ、ぁうっ……ぁあッ……!」
 由梨子の腰を掴み、尻を鳴らすようにして幾度も幾度も突き上げ、次第に月彦の方も息が荒くなってくる。
「せ、先輩っ……待って、待って……下さい……中、には……また、シャワー……あびなきゃ、いけなくなっちゃいます、からっ……」
 そして、それを察したらしい由梨子が息も絶え絶えにそんな事を懇願してくる。それもそうか、と月彦は思って、さんざんに由梨子の中を突きまくり、三度ほどイかせてたっぷり良い声で鳴かせた後、自らはイく寸前で剛直を引き抜き、どぷりっ……と由梨子の尻を白く汚した。
「ああァァァッ……! ぁぁっ、ぁ……はひ、はひぃ…………はあ、はあ…………」
 剛直が引き抜かれ、万力のような力で固定されていた腰が解放されるや、由梨子はずるりと――捲し上げられたスカートが尻についていた白濁で汚れることなどまるで頓着していないかのように――その場にへたり込んだ。
「ゆ、由梨ちゃん! 大丈夫……?」
 さすがにこれは容易ならざる事であると、月彦は慌てて声をかけるが、しかし虚ろな目をした由梨子は呼びかけても揺さぶっても返事らしい言葉を返すことはなかった。

「大丈夫、です……ちょっと、疲れただけ、ですから……」
 しばらく体を休めた後、由梨子はそう言ってなんとも力無く笑った。
「本当にごめん! 俺もちょっと悪のりし過ぎたよ……」
 満足に体が動かないらしい由梨子の代わりに、月彦はてきぱきと朝食の用意を済ませ――もちろんみそ汁も温め直して――由梨子と並んで席についた。勿論、由梨子が座っているのは本来ならば真央が座る筈の席だった。
 朝食は、白米にのり、卵焼きに納豆、紅ジャケとった如何にも日本食といった献立だった。ローストチキンにケーキ、ハンバーグとなんともごってりしていた夕飯とは対照的に、これはこれで――と月彦はがっつりご飯をお代わり三杯もした。
「由梨ちゃん……食べないの?」
 三杯目をよそおうと、殻になった茶碗を手に席を立ったところで、由梨子の食事があまり進んでいないことに月彦は気がついた。
「あ、いえ……ちょっと、ボーッとしてて……」
「しっかり食べなきゃだめだよ。いつまでも体力がつかないよ?」
「そう、ですね……弟にも、よく言われます」
 また力無く笑って、由梨子は箸を動かし始めた。しかしその動きはなんとも頼りなく、緩慢なものだった。
(由梨ちゃん、本当に大丈夫なのかな……)
 ひょっとして、自分は取り返しのつかない事をやってしまったのでは――今更ながらに肝を冷やした月彦は、“午後の予定”を少しばかり変更する事にした。
(本当なら、由梨ちゃんと二人、軽く散歩とかしに外に出る予定だったけど……)
 由梨子がこの調子では、外を連れ回すのは危険だと判断したのだ。
 だから。
「由梨ちゃん、外に出るのは止めて、昨日観れなかった映画でも観ない?」
 朝食を終え、後かたづけが終わるなり、そんなことを提案してみた。
「そう、ですね。私も、あまり外は……」
 やはり体力的に自信がないのか、由梨子はあっさりとその提案にのってきた。
 食事の後かたづけを済ませて、二人して居間のソファに座り、DVDをセットする。昨夜とは違うDVDにしたのは、とくに理由があってのことではなかった。強いて言うならば、自分よりも由梨子の方が乗り気で選んだ映画という事なのだが、ようは月彦なりに気を遣ったつもりだった。
 しかし。
「……ん……?」
 映画も始まって十五分ほど経った頃だろうか。すぅ、すぅと小さいながらも規則的な息づかいを耳にして、月彦ははたと由梨子の方を見た。
「由梨ちゃん……?」
 くたぁ……と、月彦の方にもたれ掛かるようにして、由梨子はすっかり寝入ってしまっていた。月彦は少しだけ、由梨子の体を揺さぶって覚醒を促してみたが、余程眠りが深いのか、てんで起きる気配は無かった。
(……由梨ちゃん、あんなに観たがってた映画なのに……)
 よほど体が休息を欲していたのだろう。そうでなければ、この思慮深くて思いやりの行き届いた後輩が一緒に映画を観ている最中に寝入ってしまう筈がないのだ。
 月彦はデッキの再生を止め、テレビを消すと、そっと由梨子を起こさぬように注意しながら己の体をソファから抜け出させた。
「……うーん、このままここに寝かせてあげたいんだけど……」
 寒がりな由梨子は風邪をひいてしまうかもしれない。それに第一、毛布を何枚運んだところで、所詮はソファ。寝苦しくて由梨子が眼を覚ましてしまうのではなかろうか。
 考えた結果、きちんとベッドへと運んだ方がいいという結論に達した。これまた由梨子を起こしてしまわぬよう、そっと腕を体の下へと入れて優しく持ち上げ、自室のベッドへと運ぶ。
(もっと……由梨ちゃんの体の事も考えなきゃ、な……)
 ここまで消耗させてしまう前に気づいてやれなかった己の迂闊さを悔やみながら、由梨子の体をベッドに優しく横たえ、掛け布団をかける。
 共に過ごす時間が減ってしまうのは残念だが、仕方が無かった。全ては由梨子をここまで追い込んでしまった己が悪いのだ。
(そう、由梨ちゃんは真央や真狐、大人の先生達とは違うんだから……もっとセーブしないと)
 そうでなければ、いつか本当に壊してしまうかもしれない。月彦はそのことを肝に銘じるのだった。

 


「ン……」
 瞼をゆっくりと開けはしたものの、意識の覚醒にまでは至らず。由梨子はたっぷり三十秒ほど現在の状況の把握に勤しんだ後。
「……っっっ……!!!?」
 ふいにがばっ、と。バネ仕掛けの人形のように体を起こした。
「ん、由梨ちゃん起きた?」
 ベッドに凭れるようにして文庫本を読んでいたらしい月彦が、くるりと由梨子の方を振り返る。が、そんな事で由梨子の混乱は収まらなかった。
「せ、先輩っ……えっ、どうして……い、今何時ですか!?」
「んーと、七時を過ぎたくらいだったかな」
「七時……」
 由梨子は絶句しながらも、必死に己の記憶を振り返った。月彦と朝食を食べた記憶はある。最も、朝食とは名ばかりの、どちらかと言えば昼食に近い時間帯の食事ではあったが、十二時は過ぎてはいなかった。その後、一緒に映画を観ようという事になった筈なのだが――。
「わ、私……寝ちゃったんですか……?」
 最早わかりきった事であるにもかかわらず、由梨子は聞かずにはいられなかった。映画を観ている最中での居眠り――それは恥ずかしい、というよりも血の気が引く程の失態だったからだ。一人で映画を観ている時ならば、映画がつまらなかったからの一言ですまされるそれも、愛しい相手と一緒に観ている時となれば、話はまるで変わってくる。
「随分疲れてるみたいだったからさ。起こすのも悪いと思って」
 今、この時に限っては月彦の優しい笑みが恨めしくすら思えた。
(先輩……どうして、起こしてくれなかったんですか……)
 喉までその言葉が出かかったが、しかし口に出すことはできなかった。元を正せば、自分が悪いのだ。真央が留守であり、家族も家を空けるという天佑に巡り会えたにもかかわらず、眠気の誘惑に負けて睡魔に体を明け渡してしまった己の責なのだ。
(そんなっ……こんなのって……)
 珠玉のように貴重な二人きりの時間が、一気に六時間以上も減ってしまった。それも、偏に己のだらしなさが原因で、だ。
 それよりなにより、由梨子が気になるのは月彦はどう思ったか――だった。一緒に観ようと選んだ筈の映画であるのに、早々に寝こけてしまった自分に対し、きっと月彦は呆れたに違いない。なんと自分勝手な女なのだろうと、軽蔑したに違いないのだ。
(どうして……いつも…………)
 人間が、生きていく上で失敗をしてしまうのは仕方がない。完璧な人間など居ないのだから。それならばせめて、好きな人の観ている前でくらいは、完璧とはいかないまでも失敗だけはしないようにしたい――ずっと、そう心がけてきた。
 それなのに。
「……すみません……先輩。折角……クリスマスに誘ってくれたのに……私……」
 もはや、由梨子には謝ることしか出来なかった。抗弁も言い訳も見苦しいだけだ、悪いのは自分、それだけは間違いないのだから。
「由梨ちゃんが謝る事なんてないよ。元を正せば、由梨ちゃんがそんなに眠らなきゃいけなくなるくらい追いつめちゃった俺が悪いんだからさ」
「そんな事ありません! 先輩は……先輩の、せいじゃないです。……私が、だらしないだけ、ですから……」
 そう、だらしがない――その一言に尽きる。今日だけの事ではない、昨夜にしてもそうだ。あの時も、映画を観ようと言っている月彦を無理矢理にベッドへと誘ったくせに、蓋を開けてみれば、先にダウンしたのは自分の方だった。
(このままじゃ……ダメ、だ……私、先輩に甘えすぎてる…………)
 今回の、これほどの失態をしてしまったというのに、被害者である月彦はといえば怒っているそぶりすら見せない。否、それは巧妙に心の内に仕舞われているだけなのかもしれないが、面と向かって罵倒されるより、そのように気を遣われる方が由梨子には心苦しかった。
「本当に、すみません……」
 ぎゅっと掛け布団を握ったまま、由梨子は思わず溢れそうになる涙を堪えながら、押し殺した声で謝った。ここで涙を見せるのは卑怯だ。それは月彦の同情を誘う、何とも卑劣な手段に他ならない。
 だから、涙だけは零してはいけない――由梨子は己の矜持を振り絞って、涙を堪え続けた。
「まあまあ、過ぎたことを気にしてもしょうがないよ。それよりさ、由梨ちゃんお腹空いてない?」
「あっ……す、すみません! すぐ、準備しますから……!」
 そう、七時といえばとっくに夕飯の支度に取りかかっていなくてはいけない時間だ。由梨子は慌ててベッドから出て、階下へと向かおうとするが――。
「ああ、そんなに急がなくてもいいよ。ご飯の準備なら、俺がもう済ませちゃったから」
「えっ……」
 どういう事だろうか。本来の打ち合わせでは、二晩続けて自分が月彦の好物料理を振る舞う筈だったのだが。
「いやほら、確かに由梨ちゃんの手料理も食べたかったけど、いつ目を覚ますかわからなかったし……それに、昨日のお詫びも兼ねて、今度は俺の手料理を食べてもらおうかと思って」
「お詫び……って……先輩は、何も……」
 悪いことなどしていないのではないか。少なくとも、由梨子にはとりたてて心当たりは無かった。
(……強いて上げるなら、エッチの時の……)
 あの“意地悪月彦”だが、それはもうそういうものなのだと、由梨子の中では割り切られているから、今更謝ってもらうような事ではなかった。
 月彦に腕を引かれる様にして階下へと降りると、程なく台所の方からふわりと食欲を擽る香りが漂ってきた。
「ささ、由梨ちゃん。座って」
「あの、先輩……私も何か手伝――」
「いいから、いいから」
 肩を押さえつけられるようにして、強制的に椅子へと座らされる。まるで病人のような扱いだった。
「本当はクリスマスらしい料理とか作れたら良かったんだけど……」
 はにかみながら、月彦が配膳を始める。大皿に盛られているのは麻婆豆腐だろうか、深皿の方には肉じゃがが、蓋つきの器はどうやら茶碗蒸しのようだった。
「由梨ちゃんの料理ほど美味くはないとは思うけど、これでも母さんの手伝いとか結構やってる方だからさ。食えないほど不味いものでもないと思うよ。……料理がちぐはぐなのは、愛嬌って事で勘弁してもらえると嬉しい」
「そんな……先輩、十分凄いと思います。武士には、絶対料理なんて作れませんし……」
「……俺も、中学生の頃はまだまださっぱりだったよ」
 苦笑しながら、月彦は茶碗に山盛りの白米をのせて由梨子の前に置く。さも、“たくさん食べて体力をつけなきゃね?”とばかりの量だ。
(そうだ……たくさん、食べなきゃ……)
 確かに、その通りなのだ。あんなに簡単にダウンしてしまう様ではダメなのだ。きちんと月彦に合わせて一晩過ごせるくらいの体力を身につけねば、そもそも真央を抜いて“一番”になるなど烏滸がましいにも程がある。
「すみません、先輩……本当は、私が……作る筈だったんですよね。それなのに……」
「しょうがないよ。由梨ちゃんの手料理はまた今度食べさせてもらうからさ」
「はい……私、頑張りますから」
「期待してるよ。……んじゃ、冷めないうちに食っちまおう」
 はい、と由梨子は手を合わせ、麻婆豆腐と肉じゃがをそれぞれ小皿に移し替える。
(先輩の手料理……かぁ……)
 怪我の功名、塞翁が馬とでも言うのだろうか。自分の手料理を月彦に味わってもらえないのは悲しかったが、逆に月彦の手料理を食べられるのなら、差し引きはむしろプラスに近かった。
「……先輩?」
 麻婆豆腐をレンゲで掬い、いざ口に運ぼうとしたところではたと。由梨子は対面席側から向けられる異様な視線に気がついた。
「あ、あの……そんな風に見られてると……」
「ああ、ごめん。一応味見はしたんだけど……やっぱり気になっちゃって」
「気持ちは、私も凄くよく分かります。やっぱり、不安……ですよね」
 ふふ、と由梨子は微笑み、そしてそっと麻婆豆腐を口に運んだ。
「……どう? 不味かったら不味いって、はっきり言ってくれると助かるんだけど……」
「……そんな事ないですよ。とっても美味しいです」
 世辞ではなかった。由梨子が自分で作る麻婆豆腐よりも些か辛めではあったが、その分挽肉のうま味と豆腐の味がより引き立ち、むしろ自分が作るそれよりも麻婆豆腐らしい、と感じてしまうくらいだ。
(武士が辛いものダメだから……いつも甘めに作ってたけど……)
 なるほど、こうすれば辛さを際立たせつつも苦痛にはならないのだと、由梨子は目から鱗が落ちる思いだった。
「んっ……本当に美味しいです、麻婆豆腐……この味付けって、先輩のお母さんの味付けなんですか?」
「うん、母さんの麻婆豆腐をマネして作ってみたんだけど、やっぱり及ばないかな……」
 照れ笑いを浮かべながら、月彦も自分の皿へと麻婆豆腐を移し、食べ始める。
「……先輩のお母さんって、料理上手なんですね」
「そんな事ないって。普通だよ」
 月彦は謙遜するが、少なくとも普通ではない、と由梨子は思う。麻婆豆腐に比べれば肉じゃがの方は新たな発見があった――という分けではなかったが、これまた実に肉じゃがらしい味だった。
(……ひょっとして私……先輩に気を遣ってもらってたのかな……)
 母の料理を見よう見まねで作った――月彦の言葉が真実であるならば、月彦の母の料理は間違いなくこれらの料理の数段美味しいのだろう。それは、ゆうに自分の作る料理の味を越えているように、由梨子には思えるのだ。
 即ち、月彦に料理上手などと褒められて気をよくしていたものの、その実、母親の料理に劣るものしか作れない自分に対して、月彦が気を遣って褒めてくれていただけなのではないか――。
 愛しい相手の手料理を馳走になっているというのに、ついそのような後ろ向きな事を考えてしまう自分が、由梨子は嫌になる。
「由梨ちゃん……どうしたの? やっぱり美味しくない?」
「あ、いえ……そんなことないです。とっても美味しいです」
 ハッとして、慌てて返したせいでひどく嘘っぽくなってしまった。
(本当に、美味しいんです……だって、先輩が作ってくれたものなんですから)
 それなのに、何故素直に笑顔でいられないのか。つくづく、由梨子は自分が嫌になるのだった。



 夕飯を終え、二人して片づけを済ませたあとは、三度、一緒に風呂に入った。もちろん、朝風呂の時と同じ轍は踏まないとばかりに、月彦はきちんと自重し、自分からは何も仕掛けなかった。由梨子の方としても、悪戯に手を出せば朝の様な目にあうと思ったのか、これまた何も仕掛けて来ず、結果最初に入った時のようにどこかギクシャクとした入浴になってしまった。
 風呂から上がった後は、今度こそはとばかりに居間で映画を見た。中途半端に見てしまった一本目、由梨子が途中で眠ってしまった二本目ではない、まっさらの三本目は些か古い――しかし、当時はそれなりに評判になった映画だった。
 平たく言えば、沈没しつつある豪華客船の中で繰り広げられる人間愛をテーマにしたもので、何度かテレビでも放送されていて月彦もこれが初見ではなかった。無論、由梨子とてそうなのだろうが、しかしレンタルビデオ店で映画を選んだ際、二人で見たい映画の一位に上り詰めたのがこの映画だったのだ。
 だから、最後に――そう、二人で過ごせる最後の夜にこそ相応しいと思い、最後の一本にこれを残した。
 そして、やはりその選択は間違っていなかった。既に何度か見た映画であるというのに、由梨子とこうして“最後の夜”に見ると全く別の映画を見ているかのようだった。様々な要素が絡み合い、一緒になることが出来ないまま引き裂かれていく主役の二人に必要以上に感情移入してしまい、月彦は思わず目尻に涙すら浮かべてしまった。
 さらに言えば、映画をエンディングのスタッフロールが終わるまで見続けた事など今まで生きてきた中で初めての事だった。DVDの再生が終わり、テレビ画面がメインメニューのそれに切り替わって尚、数分の間月彦は動けなかった。
「……由梨ちゃん?」
 それまで、身を預けるようにしていた由梨子が、ぎゅう……としがみつくように抱きしめてきた。そこで始めて、月彦は言葉を出す事が出来た。
「私……泣きそうになっちゃいました」
「……実は、俺も」
 苦笑して、由梨子の腰へと手を回し、抱き寄せる。
「何度も見た筈なのに、まるで始めての映画見てるみたいだった」
 私もです――そう言って、由梨子は微笑んだ。その優しい笑顔に、月彦は胸の奥がきゅんと高鳴ってしまう。
「ど、どうする? 由梨ちゃん……まだ二本、あるけど……」
「そう、ですね……どうしましょうか」
 由梨子は、迷っている様だった。それもその筈か――と、月彦は思う。
(……今夜が、一緒に過ごせる最後の夜なんだもんな……)
 その貴重な残り時間の使い方で悩むのは仕方ない。立場が逆であれば――否、今の自分の立場であっても、やはり由梨子との過ごし方には悩まざるを得ない。
「……先輩、映画の続きは……また、今度でもいいですか?」
 苦渋――迷いに迷った末に絞り出されたような声だった。
「先輩と一緒に観たら、きっと……面白いし、楽しい時間になるっていうのは分かってます。でも――」
「うん、分かってる。……映画は、また今度だね」
 ちゅっ……と、軽く唇が触れ合うだけのキス。そう、やはり由梨子も同じ気持ちなのだ。貴重な残り時間をどう過ごしたいか――突き詰めていけば、答えは一つしかないのだから。
 月彦は由梨子の肩からそっとカーディガンを脱がせ、昨夜と同じように由梨子の体を抱え上げる。そのまま居間の明かりを消し、階段を上がり、自室へと由梨子を連れて行く。
 暗い寝室。そのベッドへと由梨子の体を横たえ、自らも滑り込むようにして二人、掛け布団を被った。その中で、最早辛抱堪らないとばかりに月彦は由梨子を抱きしめる。
「あぁ……先輩っ……!」
 由梨子もまた、月彦の背にしっかりと手を回し、肩に指をひっかけるようにして、キスをせがんでくる。
(由梨ちゃん……)
 共に過ごせる最後の夜――それが、どうやら由梨子の想いにも拍車を掛けているらしかった。いつになく積極的に抱きついてきて、そしてキスをせがまれる。
「んっ……せん、ぱい……もっと、強く……強く、抱いて下さい……」
 由梨子に催促されるままに、月彦は両腕に力を込め抱きしめる。
「強く、強く……息が、出来ない、くらい、……んっ……」
 せがまれた通りに、呼吸も封じるほどに強く抱きしめ、そのまま今度は月彦の方から唇を奪った。何度も、何度も互いの唇を食むようにして、舌を絡め合い、唾液を混ぜ合うようにして嚥下する。
「はっ、ぁ……先輩っ……先輩っ……!」
 いつしか、由梨子が上をとる形になっていた。そのまま、何度も何度も、啄むようにキスを重ねて、はたと。由梨子が首を傾げた。
「先輩……どうしたんですか?」
「……うん?」
 月彦はあえて、分からないというような声を出した。
「どうして……何も、しないんですか?」
 いつもならば、キスの最中にはもう胸元へ、腰へ、尻へと手を這わせている筈だと、由梨子の目は語っていた。そしてそれは、確かに月彦が今一番やりたい事でもあった。
「いや、ほら……昨日、すこしがっつき過ぎちゃったからさ。少し、控えめに行こうと思って」
「そんな……そんなの、先輩らしく……ない、です……先輩は、もっと……」
 と、露骨に不満そうな顔をされるが、月彦は苦笑を浮かべるばかりで決してがっつこうとはしなかった。
(……今夜は、優しくするって、決めたんだ……だから――)
 もう、今夜はケダモノにはならない――そう、由梨子がダウンしている間に、月彦は猛省し、心に堅く誓ったのだ。今宵に関しては、極力優しく、処女を抱く紳士のようになろうと。
「由梨ちゃんだって、いつも……“もっと優しくして欲しい”って言ってたろ?」
「それは……そ、そういう時も、確かに……ありますけど……」
 しかし、やはり由梨子は不満らしかった。
「今夜は、違うんです……今夜だけは、先輩にも、遠慮なんかしてほしくないんです」
 遠慮をして欲しくない――そんな由梨子の呟きに、月彦はのどまで“昨夜のアレでも遠慮してたんだよ?”と出かかった。が、辛うじて飲み込んで苦笑いを浮かべる。
「由梨ちゃん、別にクリスマスだからって、一晩中エッチしなきゃいけないわけじゃないんだからさ」
 “普通”で良いじゃないか――そんな説得(?)を試みるが。
「……それが、先輩の本心だったら、私も……何も言いません。でも、先輩は――」
 さわっ……と、由梨子の手が寝間着ズボンの上から、すっかりテントをはってしまっているその場所を撫でる。
「本当は……ひ、一晩中……エッチしたい、って……思ってるんじゃないんですか?」
「……そんな事ないよ。俺はこうして、由梨ちゃんと一緒にベッドに入って、イチャイチャしてるだけで本当に幸せだから」
 それは、決して嘘ではなかった。だから、さも自然に振る舞えた――その筈なのだが。
「先輩、昼間の事は……本当に気にしなくていいんですよ? あれは、私が……だらしなかっただけなんですから」
「……そんなの関係ないって」
 そう、優しく、甘々なエッチがしたいだけなのに。どうして由梨子はこうまで異を唱えるのだろうか。
 むしろ月彦にはそっちのほうに得心がいかないのだ。
「……先輩、先輩の言葉……信じても、良いんですか?」
「勿論」
「……分かりました」
 そう言って、由梨子はなにやらもぞもぞとベッドから這い出してしまう。
「由梨ちゃん……? うわっ……」
 そして、そのまま部屋の明かりをつけ、月彦が突然のまぶしさに目を覆っていると。
「先輩……少し、目を瞑って壁の方を向いていてもらえますか?」
 瞼の向こうから、そんな声が聞こえた。一体何をするつもりだろう、とは思いつつも、結局月彦は由梨子に言われたとおり、ベッドの上でくるりと向きを変えて素直に壁の方を向いた。
(何だ? 何だ? 由梨ちゃん……どういうつもりだ……?)
 背後では、なにやらしゅるり、しゅるりと衣擦れの様な音が聞こえた。勝負下着にも着替えているのだろうか――と、月彦が勝手な想像をしていると。
「……お待たせしました。先輩」
 そんな由梨子の言葉に誘われて、月彦は瞼を開き、そしてくるりと由梨子の方に向き直った。――刹那、その心臓が不可視の刃によって貫かれた。
「ぐはっ……ゆ、由梨ちゃん……その格好は……」
「そんなに……驚かないで下さい……いつも、学校で見てるじゃないですか」
 確かに、部屋のドアの前に佇む由梨子の格好は、紛れもなく登下校時に見る制服姿そのものだった。――そう、その足に履かれている黒タイツまで、そのままだった。
「由梨ちゃん、その制服……わざわざ持ってきたの?」
「はい……本当は、もっと……大人っぽい下着とか、そういうのも考えたんですけど……私、持ってませんし……それに……買ってもきっと似合いませんから……」
 それだったら――と、由梨子は顔を赤らめながらさらに言葉を続ける。
「前に、先輩が好きだって言ってくれた……制服と黒タイツなら、って……。せ、先輩が着て欲しいって言ってくれなかったら、そのまま……バッグから出さずに、持って帰るつもり、だったんですけど」
「……えーと、由梨ちゃん、イマイチ話が見えないんだけど……」
 うっ、と由梨子がますます顔を赤くする。
「……あの、地味で……わかりにくいかもしれませんけど……その、一応……先輩を誘ってる……つもり、です……」
「さ、誘ってる……って……」
「優しくしてくれるのは、嬉しいんです。でも、今夜は……今夜だけは……遠慮なんて、してほしくないんです」
 由梨子は顔を赤らめたまま、震える手でそっとスカートの端をつまみ、ゆるゆると持ち上げる。
「お願いします……今夜の事が、一生忘れられなくなるくらい……激しく、抱いて下さい、先輩……」
「っ……由梨ちゃん……!」
 眼前の光景に、月彦はもう絶句に近い状態だった。由梨子の制服姿など、さんざんに見慣れている筈なのに、例えそこに黒タイツという要素が加わっても、強固に塗り固めた自我が揺らぐほどではないというのに。
「あ、あの……やっぱり、私じゃ……ダメ、ですか? 真央さんじゃないと……」
 恥じらいながらも、自らスカートを持ち上げ、下着を見せる由梨子の姿のなんと凶悪な事か。まるでこめかみに破城鎚の一撃を食らったような気分だった。
(ダメな事なんて……あるもんか……っ!)
 月彦はふらふらとベッドから這い出ると、まるで花の蜜に吸い寄せられる蜜蜂のように、由梨子に歩み寄った。
「先輩……んっ……!」
 そして強く、強く抱きしめる。由梨子の望み通り、呼吸すら止まってしまう程に。
(折角、我慢してたのに……)
 いつもがいつもなのだから、今夜くらいは――最後まで“優しい先輩”のままでいようと思ったのに。由梨子がそこまで望むのならば。
「分かったよ、由梨ちゃん……」
 ぎゅう、と。息もつかせず、何も喋らせないままに、月彦は由梨子の耳元へと囁きかける。
「今夜は、手加減無しだ。……一生忘れられない夜にしてあげる」


 先輩っ――由梨子は息も吸えないほどに抱きしめられながら、口の形だけでそう呟いた。
 これで、良いのだと。優しい月彦と二人、ベッドの中でイチャイチャと過ごすのは確かに由梨子にとって夢ではあったし、そうしたいという想いも少なからずあった。事実、もし昼間あのような失態をしてさえいなければ、月彦の提案をあっさりと受け入れ、今尚イチャイチャしていたかもしれない。
(……これ以上、先輩に我慢なんて……してほしくないんです……)
 いっぱいエッチをしたいというのが月彦の望みならば、由梨子としては極力それを叶えてあげたいのだ。何故ならそれは、月彦にとって自分がただの後輩ではなく、きちんと“女”として見て貰えている証でもあるのだから。
「ぁっ、はっ、ぁ……はあ、はあ……」
 突然、抱擁が緩んだかと思った瞬間には、両手で体をまさぐられていた。背中が、腕が、肩が、尻が。愛撫と呼ぶにはあまりに荒々しい手つきで撫でられる。
「んぅっ……!」
 そんな愛撫に吐息を荒くしたのもつかの間、こんどは唇が奪われ、そのままベッドへ引きずり込まれるようにして押し倒される。刹那、由梨子は後ろ手で辛うじて部屋の明かりを消した。
「んはっ、んっ……ん、ふぅ……は、ぁふ……」
 まるで、噛みつかれているような、口の回りが唾液まみれになるような荒々しいキスだった。同時に、ブレザーの上から胸元がこれでもかと揉まれ、その手も次第に下方へとずれていく。
「んっ……先輩っ……タイツ……破ったり、しても……いい、ですからぁっ……んっ! 制服、も……少しくらい、汚しても……んっ、ぁっ、ぁあッ!!」
 噛まれるようなキスが終わるや、由梨子は懇願するように言った。むしろ、破って欲しい、汚してほしいと願ってさえいるような、そんな切実な声だった。
 月彦はふんふんと、まるで由梨子の匂いを嗅ぎ回るかのように制服の胸元に鼻を埋め、そのまま下へ、下へと体ごとずれていき、とうとうスカートの下へと潜り込んだ。
「あぁっ……先輩っ……せんぱいっ……あァッ!」
 すり、すりとタイツとショーツ越しに鼻を擦り当てられただけで、由梨子は仰け反るようにして声を上げていた。すでに、その場所はじっとりと熱を帯び、すっかり蒸れてしまっているのが、これで月彦にもバレてしまっただろう。
「はあ、はあ……せん、ぱい……ぁあっ…………」
 びっ、びっ……と、引き裂く様な音がスカート越しに聞こえた。恐らく、タイツの一部が――恐らくは歯か爪で――破かれ、引き裂かれているのだろう。
「ひぅッ……あぁんっ……!」
 そして、露出した太股を、れろり、と嘗め回される。なんども、なんども執拗に舐められた後、ちぅっ……と強く吸われ、その度に由梨子ははしたなく声を上げた。
「……由梨ちゃん……」
 ふぅ、ふぅと荒い息を吐きながら、月彦はゆっくりと体を起こした。
「由梨ちゃんに……口でシて欲しい。……いいかな」
 由梨子は返事の代わりに微笑を浮かべ、ベッドの端に腰掛けている月彦の足の間へとしゃがみこむ。眼前には、すでに寝間着ズボンをつきやぶらんばかりに怒張してしまっているものが、びくっ、びくと不気味な痙攣を繰り返していた。
(……先輩……興奮、してくれてるんですね……)
 その何よりの証である剛直がなんとも愛しく感じられて、由梨子は頬ずりするようにして身を寄せた。しばしそうして、ズボンの上からさすり、頬を擦り当てた後、寝間着ズボンをずり下げるようにしてそっと剛直を解放した。
「先輩……んっ……あ、むっ……」
 いつもならば、まずはキス。そして全体にたっぷり舌を這わせた後、先端部を咥えるのだが、由梨子はあえてセオリーを崩した。
「ん、むっ……んぷっ、んっ……!」
 初手から剛直をくわえ込み、喉奥ギリギリまで飲み込んだ後、頭を前後させて唇でカリ首を引っ掻く様にして刺激する。それが月彦に対してどういう効果となっているのかは、引きつった様に由梨子の頭に当てられている月彦の手が証明していた。
「くっ……ふぅ……や、べ……制服、着てるから、かな……すっげぇ……興奮する……」
「……嬉しい、です。……先輩がそんな風に喜んでくれるから、私も……制服着たまま口でするの、好きになっちゃいそうです」
 別段、特別な事をしているという自覚はなかった。しかし、改めて意識させられれば、確かに背徳的な行為ではあるのだ。
「んはっぁ……先輩の……すごく、熱いです……熱くて、堅くて……んっ……」
 浴室での時のように、“鎮めなければ――”などと考えての口戯ではない。純粋に、月彦に感じて欲しいから、奉仕したいから、するのだ。
「んっ……はぁっ……せん、ぱい……はあ、はあ……」
 何度も口に深くくわえ、息切れするほどに激しく動き、たまにする“息継ぎ”の時ですら、由梨子は片時も離したくないとばかりに手で竿を撫で、顔が自らが塗りつけた唾液で濡れるのも構わないとばかりに剛直に頬ずりをする。
「っ……ゆり、ちゃん……そんなにっ……」
 もちろん、そんな由梨子のなりふり構わない様な口戯が月彦の目にどれほどいじらしく、そして可愛らしく映るかなど、当の由梨子には自覚など無かった。
 それ故に――。
「きゃあッ……!」
 頬ずりを止め、カリ首にそってレロレロと舌を這わせていた矢先にいきなり月彦に頭を押さえつけられ、びゅぐりっ……と熱いものをかけられた時は、由梨子は本当に驚いた。
「はあっ……はぁっ……ごめっ……由梨ちゃん……ちょっと、我慢、出来なかった……」
 ごめん、とは言いながらも、月彦の両手は由梨子の頭と剛直の位置を完全に固定し、びゅぐびゅぐと凄まじい勢いで打ち出される白濁は由梨子の髪と、頬、額――あらゆる場所にたっぷりとあびせられ、トロリと糸を引いては制服の肩や、リボンを汚した。
「んっ……いいんです……先輩が、いっぱい感じてくれたんですから……」
 由梨子は白濁液を拭いもせず、月彦を見上げて微笑む。――そんな姿が、ゾクリと。月彦の中の“ケダモノ”を刺激するとも知らずに。
「……由梨ちゃん……ベッド、上がって」
「は、はい……きゃんっ!」
 手を引かれるようにして、ベッドに上がったまではよかった――しかし、その後俯せにされ、“伏せ”の姿勢のまま強引に膝だけをたてたような姿勢にさせられる。
「や、やだ……先輩っ……んっ……!」
 咄嗟の事とはいえ、“嫌”などと言ってしまった己を恥じ、由梨子は慌てて口を噤む――が、言われた方の月彦としては、そんな言葉などまったく意にも介していないかのように、由梨子のスカートの下に鼻面を埋めるようにして、しばしふがふがと鼻を鳴らした後。
「……由梨ちゃん、このまま……挿れるよ」
「えっ……先輩、それ――」
 どういう意味ですか――そう返すよりも先に、タイツがびりりと破かれ、そして指先でショーツが横にズラされた。あっ、と思った時には。
「あっ、いっ……そんなっ……せんぱっ……あぅぅうううッ!!!」
 ずぬぬぬぬっ……!!
 肉襞を引っ掻くようにして、巨大な肉柱が強引に由梨子の膣内へと割入ってくる。しかも、いつもならば一端奥まで突き入れた後、一呼吸おいてゆっくりと動き出す筈が――。
「はぁっ……あふっ、ひぃっ……せん、ぱっ……あぁあっ……あひぃっ……ぁあっ…あぁあっ、あっあぁっ…!!」
 腰のくびれを掴まれたまま、ずぬっ、ずぬと好き勝手に突かれ、由梨子は早くも腰砕けになってしまう。
(せん、ぱい……強引、過ぎ、ます…………あぁぁっ……)
 しかし、“そういう風に抱いて欲しい”と頼んだのは自分なのだ。だから、“イヤ”とは決して言ってはいけない。由梨子はそう己に課していた。
「はあっ、はあっ……由梨ちゃん……由梨ちゃんっ……」
「んっ、ひぅううううッ……!!」
 ずぬぬぬぬっ……!
 一際深く突き入れられ、同時に背後から被さられ、ぎゅうと抱きしめられたまま小刻みに腰を使われる。
「はあっ、はあっ……せん、ぱっ……やっ……ッ……」
 また、“イヤ”を言ってしまう所だった。由梨子は唇を噛むようにして閉じるも、しかしこうして被さられ、耳元で月彦に名を呼ばれながら突かれるのは、由梨子としては良い意味で些か耐え難い事だった。
「由梨ちゃん、由梨ちゃんっ……由梨ちゃん……っ……」
 もぞもぞと、制服越しに胸元をまさぐりながら、さらに月彦は由梨子の耳元に囁いてくる。
(先輩、が……私の名前……呼んで、くれてる……)
 不思議と、それだけで由梨子は舞い上がってしまいそうになるのだ。それが、立て続けに、切なげに、こちゅこちゅと腰を使われながら、何度も何度も名前を呼ばれ、由梨子はもう体がとろけてしまいそうだった。
「はぁっ、はぁっ……せん、ぱいっ……せんぱぁいっ……私、もう……私っ……私っ……はあ、はあっ……だめ、ですっ……もう、溶けちゃいそうですぅ……ぁあッ……!!」
 由梨子はあまりの快感にサカり声を上げながらも、それでもイくときは一緒にイきたいと、ベッドシーツを握りしめて必死に堪える。
 きっと、月彦にもそれが伝わったのだろう。被さっていた体がふいと遠のき、腰がしっかりと掴まれ、そして――。
「はぁあぁっぁぁぁんっ! ぁあっ、ぁんっ、ぁんっ、あんっ、ぁあっ、ぁっ、ぁっ……はあはあっ……んくっ……ンッぅぅ!」
 イく時用の動き――それからもたらされる、津波のような快楽は由梨子の自我をぐちゃぐちゃにかき回した。最早自分が既にイかされてしまったのか、それともまだ辛うじて堪えられているのか、それすらも由梨子が分からなくなった頃、一際深く――。
「んんっ、くふっ……あっ、……あぁぁぁァァぁッ!!」
 膣奥が小突かれ、由梨子の意識は数秒トんだ。途端、ずるりと剛直が引き抜かれ、びたびたと、己の尻、太股のあたりにひどく熱いものがふりかけられるのを、由梨子はぜえぜえと息をきらしながら、思考停止状態で受け止め続けた。


 月彦はかつて無い、不思議な程の昂りの虜となりつつあった。
「はあっ、はあっ……はあっ……」
 眼下には、今し方己が犯し、そして汚した由梨子の下半身があった。避妊のためではない――当然、避妊薬は昼間のうちに飲み直してはいるのだが――由梨子を汚したいと思ったからあえて抜き、そして白濁をまき散らしたのだ。
(や、べぇ……こんなこと……絶対、マズいのに……)
 そう、やってはいけないことだ。いかに由梨子本人から汚しても良いという許可を得たにしろやりすぎだと。月彦は己が白濁まみれにした由梨子のタイツと、紺のスカートを見下ろして早くも後悔に苛まれた。
(……でも、滅茶苦茶エロい…………なんで、こんな……興奮するんだ……)
 元を正せば、由梨子に始め口でしてもらった時に感じた、あのゾクリという背筋が冷えるような感覚のせいだった。
 そう、その時月彦は思ったのだ。由梨子を汚してみたい――と。
(制服を汚すプレイは……真央とやったことはあるが――)
 比ではない、と月彦は思う。同じ制服姿を汚すにしても、由梨子のそれを汚すのは、まるで禁忌を犯しているような、そんな背徳めいた興奮を覚えてしまうのだ。
 所々破れ、白い太股が露出してしまっている由梨子の下半身。それでも尚黒タイツによって覆われている部分が大半なのだが、それらはさらに白濁によってデコレイトされ、それを眺める月彦をさらに興奮させる一因となっていた。
(だめだ……こんな不純な動機で由梨ちゃんを汚すなんて……っ……)
 クリスマスだというのに。
 二人きりで過ごせる最後の夜だというのに。
(っ…………由梨ちゃん……ごめん……俺、もっと……由梨ちゃんを汚したい……)
 もっと、もっと由梨子を汚れた白で染め上げてみたい――そんな衝動にかられるようにして、月彦はぬらぬらと光沢を放つ剛直をまるでティッシュでも使うかのように、スカート生地を使って拭った。
 また、由梨子の中へと挿れるのだから、そんな事をする必要など皆無だった。ただ、やりたかったからやった――動機など、それで十分だった。
「……由梨ちゃん、挿れるよ」
 はあはあと息をきらすばかりで、グッタリしたままの由梨子に冷酷に呟き、月彦は由梨子の片足を抱え上げるようにして突き挿れる。
「ンぁあっ……ぁっ……せん、ぱい……ぁっ、あぁんっ……!」
 はあはあ、ぜえぜえと息を切らすばかりだった由梨子も、こうして挿れた瞬間、なんとも可愛らしい声を上げて反応し始める。
「ぁっ、あんっ……! こん、な……格好……ひぅっ……だ、だめっ……です、奥、にぃ……あぁあッ!!」
 はあはあと大げさに肩を揺らしながら、由梨子が甘い息を漏らす。先ほど後ろからした時も、何とも良い声で鳴いたが――。
(由梨ちゃん、やっぱり交差位好きなんだな……)
 正確には、好きなのではなくより感じてしまうのだろう。なにせこうして由梨子の片足を跨ぎ、残った足を肩にかけるようにして腰を前後させるだけで――。
「あぁぁっ、ぁあっ……ひィ……ンぅうッ! やだっ、やだっ……せん、ぱい……わた、し……また、っ……またっ……イッちゃいます……!」
 スカートとタイツの一部が白く汚れている以外は、まださほどに乱れていない制服姿で喘ぐ由梨子のなんと男心を擽る事か。正しく、禁忌を破る――決して冒してはならない聖域へと踏み行っているようなそんな背徳的な快感に、頭の中までもが痺れてくる。
「由梨ちゃん、良いよ。……いっぱいイッて」
「やぁっ……先輩と一緒、いっしょが……ンぁっ……やっ、動きっ、止めっ……あぁあああァァッ!!!!!」
 由梨子の制止などまるで無視して、月彦は好き勝手に腰を使った。由梨子は腰回りを痙攣させるようにして声を荒げ、派手にイく。
 そんな痙攣じみた絶頂が収まるまで、月彦は由梨子の足に頬ずりをするようにして待ち、そして再び、今度は己がイく為に腰を動かし始める。
「やぁうッ! はひぃっ……はひっ……あっ、ンッ!! ぁっ……はあっ、はあっ……せんっ、ぱい……せんぱいっ…………」
 肌を紅潮させながら、由梨子がそっと右手を伸ばしてきた。何かを求めるようなその動きに、月彦はすぐに由梨子の意図を察知し、その手を握りしめるとそのままラストスパートをかけた。
「あぁああっぁっ、ああっ、あんっ、あっ、あんっ! ぁっ、ぁっ、ぁっ! はあはあっ……ンンンッ!! はあっ、あんっ!!」
 由梨子が力一杯握りしめてくるたびに、呼応する様に膣内がぎゅうっ、ぎゅうと締め付けてくる。それをこじ開けるように突き挿れるのがなんとも気持ちよくて、月彦は夢中になって由梨子の膣内を抉り続けた。
「あっ、ぁっ、ぁっ……せんっ、ぱっ……やっ……もっ……私っ……あっあァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
「っ……由梨ちゃんっ……!」
 ぎゅううううっ!――自分は兎も角として、華奢な由梨子の指の骨が折れてしまうのではないかという程に強く握りしめられたその刹那。月彦もまた限界を迎え、剛直を瞬時に引き抜いた。
「はあっ……はあっ……はあっ…………」
 びゅるっ、びゅうっ、びゅっ、びゅっ、びゅっ……!
 第一射は由梨子の胸の辺りまで飛び、リボンとブラウス、そしてブレザーを白く汚した。第二射、第三射も同じように、制服にかかってはそれらを濁った白に染めていく。
「せん、ぱ……ンッ……」
 大事な制服をそこまで大胆に汚したにも関わらず、由梨子の目には月彦を責めるような色は皆無だった。それよりも、むしろ――
「由梨ちゃん……っ……」
 月彦は由梨子の足を肩から下ろし、汚れた制服のボタンを外し、由梨子の前をはだけさせる。ブラをずり上げ、真央に比べれば小振りながらも綺麗なお椀型をしたその胸元にむしゃぶりつくようにして、再び剛直を突き挿れる。
「んンンぅッ!! はあっ、はあっ……せん、ぱい……せんぱいっ……」
 由梨子は乳にむしゃぶりつく月彦の後ろ髪を引っ掻く様にして撫で、そしてそっと顎の方へと手をそえるとそのまま誘う様に――
「んちゅっ……んっんくっ……んちゅっ……」
 己の唇へと導き、密にキスを重ねながら互いの腰をすりあわせるようにしてくねらせる。
「んはぁっ……はあぁっ……んんんっ、ちゅっ、あむっ……んんっ……ちゅっ……」
 最早、言葉も何も要らなかった。ただ、互いの肌を、体温を求めるように密着し、息をする間ももったいないとばかりに唇を重ね、腰をくねらせる。
(んっ……由梨ちゃん……!)
 ぼう……と、頭の芯が痺れるようにして、月彦はもう眼前の相手の事しか考えられなくなっていた。愛しくて、愛しくて堪らない後輩と少しでも長く唇を触れ合わせたくて。その暖かくも柔らかい、それでいて適度に窮屈で心地よく締め付けてくる膣内を味わっていたくて。
「んはっんっ……ああッ!! あっ……ンンンッ!!」
 ぐちゅにちゅと腰をくねらせるに従って、堪りかねたように声を上げる由梨子の唇をさらに塞ぐ様にキスを続け――。
「んんっ、ぁっ、んんっ……あぁっ……あっぁっあっ、あーーーーーーーーーーッっ…………ンーーーーーーッ!!!!!!」
 由梨子が一足先に仰け反る様にイッて尚、その唇を塞いでごちゅくちゅと優しく腰を回し、ビクビクと痙攣するように締め付けてくる由梨子の膣をかき回す。それによって、さらに由梨子は声を上げようとするが、押さえつけるようにして月彦がキスを続けているためにそれすら叶わない。
(由梨ちゃん……由梨ちゃんっ……)
 もっと汚したい。もっと抱きたい、キスしたい、舐めたい、挿れたい、突きたい、吸いたい、噛みたい――。
 際限のない欲求が次から次へと沸いて出て、止まらない。月彦はそれらの欲求を逐一叶える代わりに、その想いを刷り込むようにして入念に腰をくねらせ続けた。
「はぁっ……はぁっ……由梨ちゃん……出す、よ……」
 今度は、外にではない。ナカへ――由梨子の一番大事な場所を汚したい――はたしてそこまで伝わったかどうか。最早、その事自体はどうでもよかった。
「んっ……」
 月彦は再び由梨子の唇を塞ぎ、そして一番奥まで突き挿れると、そこで己の子種を解放した。
「んんっ……!!」
 由梨子が目を閉じ、眉根を寄せてしがみつくようにして爪を立ててくる。びゅぐっ、びゅぐ、びゅぐっ……月彦は一滴残さず由梨子の中へと注ぎ込み、さらにそれらを刻み込むように腰をくねらせる。
「あぁッ……あッ! あっ、ひぁっ、ぁぁぁぁああっ!!」
 とうとう堪りかねたのか、由梨子が仰け反るようにして声を上げる。月彦はもう一度キスで塞ごうか――と、痺れた頭で考えたが、キスよりも今度は由梨子の喘ぎ声が聞きたいと、本能からの囁き声に従った。
「あっ、ふっ……ンッ! ぁっ、ぁっ………あふっ……あんっ…!」
 聞いているだけで、耳から溶けてしまいそうなほどに官能的な声だった。由梨子のそんな声がもっと聞きたくて、月彦はもう夢中になってキスをし、さらには由梨子の耳を舐め、腰を使う。
(だ、めだ……もっと……もっと……由梨ちゃんが、欲しい……)
 離れてしまう前に。聖夜が終わってしまう前に。もっと、由梨子と何か――確かな絆を作りたい。漠然としたそんな思いから、月彦は焦燥にも似た衝動に囚われ始めていた。


 うつら、うつら……。
 極度の疲労と眠気から真央は何度も何度も意識を失したが、その都度バスの窓ガラスに頭をぶつけ、辛うじて意識を保っていた。
(寝ちゃ……だめ、寝たら、乗り過ごしちゃう……)
 辛うじて乗ることができた最終便のバスなのだ。下手に終点になどいってしまうと、逆方向のバスがある可能性は極めて低かった。
(もうすぐ……帰れる、父さまの所に……)
 長い旅だった。母親に教えて貰った近道は険しく危険も多かったが、しかし真央は殆ど不眠不休で踏破した。偏に、クリスマスの夜までに帰って来たかったからだ。
 勿論、月彦に渡すためのプレゼント――手編みのセーターも完成済みだ。多少不格好ではあるが、初めて作った割には我ながら良くできたと思える完成度だった。
(待っててね、父さま……もうすぐ、もうすぐだから)
 家族が皆出かけてしまい、月彦は一人でクリスマスを過ごしている筈だ。そこにひょっこりと自分が帰れば、さぞかし喜んでくれる事だろう。
 真央、頑張ったな――そう言って優しく髪を、そして頬を撫でてくれるに違いない。その瞬間を思い描くだけで、真央はもう桃源郷にでも居るかのような気分になってしまうのだ。
「あいたっ……」
 ごつん、と窓ガラスに頭をぶつけ、俄に意識が覚醒する。危うく桃源郷ではなく、夢の世界へと行ってしまう所だった。
 何度も何度も頭を打ちながら、漸く最寄りのバス停へと降り立った後は、長旅の疲れも忘れて真央は走った。昨日の雪の残りだろうか。道路の端々には黒く汚れた雪が積もっていた。本来ならば、父親と一緒にホワイトクリスマスを楽しめる筈だっただけに、真央は俄に複雑な気持ちになった。
 だが、過ぎたことをいつまで悔やんでいても仕方がない。自分は今実際にこうして二十五日の夜までに帰ってきたのだ。クリスマスをやるのは今からでも遅くないではないか。
 はあはあと、息を切らせて真央は漸く自宅の前までたどり着いた。見上げた先にある窓ガラスには、明かりは灯っていなかった。
(父さま、もう寝ちゃってるのかな……)
 この期に及んで、月彦が家を空けているという発想は、真央の中には生まれなかった。自分がかくも急いで帰ってきた以上、月彦は家に居て当然であると、半ば確信めいた思いすら懐いていた。
 玄関の鍵を静かに開けたのは、もし月彦が寝入っている場合に備えてだ。こっそりと部屋まで行き、そのままベッドに潜り込んでびっくりさせてやろう――そして、会えなかった間の分めいっぱい甘えよう。
 真央は音を立てずにそっと玄関の扉を開け、中へと入る。靴を脱いで、抜き足差し足二階へ向かおうとして、はたと。人のそれよりも闇に強い半妖の目が、見慣れないものを拾った。
「えっ……」
 玄関に、きちんと揃えられている女物の靴を見るなり、真央ははてと首を傾げる。これは一体誰の靴だろうか。間違いなく自分の靴ではないし、霧亜が履く様なデザインでもなければ葛葉のものとも思えない。ならば、自分の留守中に葛葉が新しい靴を買ってくれたのかなと思うも、それにしては見覚えがあるデザインなのだ。
「………………?」
 真央は些か釈然としないものを感じて、直接二階へ行くのは止める事にした。そのまま電気もつけずに居間の方へと移動すると、ソファの上にまたしても見慣れないカーディガンが無造作に置かれていて、真央ははてと首を傾げた。
 否、見慣れていないわけではなかった。少なくとも、過去に一度だけ、このカーディガンを見たことがあった。その筈だったのだが、しかし真央は自分のその記憶の方が間違っているのだろうと思う事にした。もし、記憶の中の――いつぞや、友人の病室に見舞いに行った時に見た――ものと同じならば、そんなものがここにある筈がないからだ。
 カーディガンなんてこの際どうでも良い、はやく愛しい父親の元へと急ごう――そう、それが最も正しく、本能に忠実な行動である筈なのだが、実際に真央がとった行動は全く違っていた。セーターの入った袋を置き、カーディガンを手に取る。くんっ……と匂いを嗅いでみると、不思議な事に知り合いの顔が思い浮かんでしまった。
 やっぱりおかしい――と、真央は思う。長旅で、嗅覚までもが狂ってしまったのだろうか。
 次に向かったのは、脱衣所だった。月彦のベッドに潜り込む前にシャワーを浴びてきちんと旅の垢を落とそう――そう思っての事だった。が、実際脱衣所に入った真央は、真っ先に洗濯籠を漁った。自分のものでも、霧亜のものでも、そして葛葉のものでもない、女物の下着と、洋服をそこに見つけた瞬間、不意にぐらりと天地が逆になったような目眩を覚えた。
 まさか、まさか。
 真央は半ば呆然としながら、浴室の方へと足を踏み入れた。未だ乾いていないタイルの水気を靴下が吸い、足がいっきに冷えたが、そんな事は全く頓着しなかった。真央はそのままタイルの上に四つんばいになるようにして、電気も付けずにじぃと排水溝の蓋を睨み付けた。
 やはり、あった。自分のものでも、霧亜のものでも、そして葛葉のものでもない、女の髪の毛。真央は震える指先でそれを摘み上げ、指の腹で転がす様にして観察したあと、無造作に捨てた。
浴室を出て、脱衣所を後にし、台所へとやってきた。一見、きちんと片づけられているように見えるが、唯一。真央が旅立つ前には無かったものが――テーブルの上に置かれたままになっている黒い影が、真央の目にとまった。
 近づいて、真央はそれを見据えた。卓上用の小さなクリスマスツリーだった。その付け根の辺りから延びているコードの途中にスイッチらしきものがあり、かちりと操作するとたちまちちかちかと目映いばかりのイルミネーションが輝きだした。
 真央はひどく冷めた目で、しばし輝きを見つめ続けた。一体これはどういう事なのだろうか。このツリーはどういう風に解釈をすればいいのだろうか。否、それよりも何よりも、あの靴は。カーディガンは、洗濯物は、髪の毛は。
 不意に、くるりと背を向けて、流し台の方を見た。洗い物籠の中に包丁が一本だけ入れっぱなしになっていた。
 真央は無意識のうちに、包丁を在るべき場所へと戻そうと手を伸ばし、そして流しの下の戸を開けた。が、しかしそこで不意にその手が止まった。
 じぃと、包丁の刃を見つめる。使い古された家庭用の万能包丁の筈であるのに、今宵に限って不気味な光を放っているかのように見えるのは何故だろうか。
 窓から漏れる微かな月明かりに翳すようにして、真央はしばし包丁の放つ光に見とれた。包丁の刃によって照り返された月明かりはなんとも美しく、それ自体がしっとりと湿っているかのようだった。
 刃の光りは美しい。反対にツリーの放つイルミネーションの方はどうだろうか。規則的に輝くまがい物の光源目掛けて、逆手に握り直した包丁を振り下ろしてしまったのは意識しての事ではなかった。
 ガッ、ガッ、ガッ……。
 何度も、何度も。まるで親の敵の死体でも解体するかのように、真央はツリー目掛けて包丁を振り下ろした。
 プラスチック製のツリーは忽ちズタズタに壊れ、色とりどりの電球があたりに散らばった。ふう、ふうと肩で息をしながら、真央はそのまま台所を後にした。
 手にはまだ、包丁が握られたままだ。そのままゆっくりと、足音を殺すようにして階段を一段、また一段上がっていく。
 最早、自分が何をやっているのか、何をしようとしているのか、真央自身にも分からなかった。ただ、狂おしいばかりの黒い感情に突き動かされて、その矛先を求めて、真央は父親の部屋へと向かうのだった。
 



 綺麗――その一言に尽きた。
 カーテンの隙間から僅かに漏れる月明かりに照らされた由梨子の体は、まるでそういう形をした芸術品か何かのようであり、月彦は純粋に、下心なしに見とれた。
「せん、ぱい……?」
 どうしたんですか?――由梨子が息も絶え絶えに首を傾げてくる。
「ん、由梨ちゃん……綺麗だな……って思って」
 ハッとした様に、由梨子が顔を赤らめる。月彦としては、嘘をつく必要などまるでなかった。こうして上に跨り、羞恥に頬を染めながらも懸命に腰を振る由梨子の体は本当に綺麗で、愛しくてしょうがなかった。
(本当に、綺麗だ……)
 すでに、あらかたの衣服は白濁液で汚し、脱がしてしまっていた。そうして直に、月明かりに照らされた白い肢体を見上げていると、神々しいとすら感じてしまう。
「せ、先輩……そんなに、じろじろ……見られたら……んっ……」
「綺麗だから、見てるんだ。だから、隠さないで」
 胸元を隠すかのような動きをする由梨子の右腕を掴み、そっと下ろさせる。張りのある、形の良い乳房は由梨子が腰を使うたびに、たゆたゆと小さく揺れた。
「そんなに……綺麗、ですか……?」
 目を伏せるようにして、由梨子が小さく呟く。
「ああ、綺麗だ」
「……真央さんよりも、ですか?」
 そして、伏せ目がちに、由梨子はどこか悲しい目を向けてくる。月彦は一瞬言葉に詰まったが、しかし――既に結論は出ていた。
 嘘を、つく必要は無い――と。
「ああ、……真央より、綺麗だ」
 少なくとも、今この瞬間に限れば――そんな卑怯な後付けを心の内で付け足して、月彦は己の内に巣くった罪悪感を緩和した。
「……先輩……っ……!」
 しかし、由梨子はそんな月彦の複雑な心境には気がつかず――或いは、気がついて尚、目を背けたのかもしれないが――涙声に近い声を上げて、被さる様にして抱きついてくる。
「だったら――……っっっ………!」
 “だったら”――掠れる様にして紡ぎ出されたその言葉の先が、由梨子にはどうしても言えないらしかった。月彦の胸板に顔を伏せるようにして、嗚咽ともとれるような呻き声ばかりを漏らす由梨子にしてやれる事は、ただ優しく肩を抱き、背中をさすってやる事だけだった。
(……本当にごめん、由梨ちゃん……)
 一番は真央に譲り、自分は二番で良い――かつて由梨子はそう言った。しかし、そんな事はあり得るだろうか。
(無理……してたんだよな、やっぱり……)
 そう、うすうすは月彦も感じていた。しかし、あえてその事には目を瞑り、逸らし続けた。何故なら、そういう事にしておいた方が、自分にとっても非常に都合が良かったからだ。少なくとも、真央とイチャつく分には全く由梨子に気兼ねする必要は無いという、免罪符が得られたも同義なのだから。
「……苦しいんです。先輩と、真央さんが一緒に居るところを見るだけで、想像するだけで、胸の奥がぎゅううって締め付けられるんです」
「由梨ちゃん……」
「二番なんて、本当は嫌です。真央さんにも、他の誰にも先輩を取られたくないんです。たった二日だけじゃなくて、ずっと……ずっと、先輩と一緒に居たいんです」
「……っ……」
 堰を切った様に紡ぎ出される由梨子の言葉は、鋭利な刃物のように月彦の心をズタズタに切り裂いた。
(そ、う……だよな……俺が由梨ちゃんだって、そう思う筈だ……)
 仮に、由梨子にもう一人想い人が居たとして、その相手と自分とを二股がけにされたらどうか――月彦は改めて、己の所業の悪魔的なまでの罪深さに吐き気がした。
「……ごめんなさい、先輩……」
 しばしの沈黙の後、由梨子はまるで懺悔でもするように呟いた。
「本当は……先輩にいっぱいエッチしてもらって、いっぱい話をして、そのまま……楽しく終わりにしようって、そう思ってたんです……なのに、私――っ……」
 ぎゅうっ、と。肩にかかった由梨子の手が、痛い程に爪を立ててくる。
「もうすぐ、帰らなきゃいけない……また先輩から離れなきゃいけないって思ったら……凄く、切なくなって……だから、私……私っ…………」
「由梨ちゃん、大丈夫だから。……由梨ちゃんが謝るような事は何もない。悪いのは俺の方なんだから」
 別れが切ないのは、月彦もまた同感だった。この不遇な後輩の為に、何かをしてやりたい、しなければならないと、切に思う。
「由梨ちゃん……俺に何か出来る事……無いかな。俺、由梨ちゃんの為に……何か、してあげたい」
 本当は、真央と別れて由梨子をとるのが、その想いに最も報いる事なのだろう。しかし、それだけは月彦には選べなかった。或いは、真央がただ親しいだけの異性という事であれば、或いは由梨子のために苦渋の決断をしたかもしれない。
(でも、真央は……家族なんだ……)
 血を分けた娘なんだ――しかし、そのようなこと、由梨子に言える筈もない。
「……だめです。先輩……そんなに、私を甘やかさないで下さい」
 しかし、由梨子は拒否するように顔を伏せたまま、ふるふると首を振る。
「甘やかしとか、そういうんじゃない。俺が、由梨ちゃんに何かしてあげたいんだ」
「だめ、です……」
 顔を伏せたまま呟く由梨子の声は、酷く掠れていた。まるで、本当は頼みたい事があるのに、言い出す事が出来ず、しかしもう喉まで出かかっているような――少なくとも、月彦はそう感じた。
「……今まで、由梨ちゃんはずっと我慢してきたんだから。今夜くらい、思い切り甘えて欲しい。……だから、言って」
 後ろ髪を撫でながら、そっと、優しく月彦は囁いた。しばし間が空いたのは、きっとその間、由梨子の中でも逡巡が繰り返されたのだろう。
「……って――」
「うん?」
「真央、さんより……好きって、言って、欲しいです」
 嘘でもいいですから――耳を澄ましていなければ、間違いなく聞き逃す様な音量で、由梨子はまるで独り言のように呟いた。
「……分かったよ、由梨ちゃん」
 月彦はぎゅっ、と由梨子の体を抱きしめ、そして耳元に、はっきりと。
「……由梨ちゃんが、一番好きだ。真央よりも、誰よりも」
「……っ……」
 ぴくりと、由梨子が微かに身を震わせた。構わず、月彦は言葉を続けた。
「嘘なんかじゃない。俺は、本当に由梨ちゃんが――ンッ……!?」
 唐突に、由梨子が上体を動かしたかと思った瞬間には、キスで唇を塞がれていた。
「……だめ、です。先輩」
 ただ、触れあうだけのキスの後、由梨子は目尻に涙をにじませたまま、そっと微笑む。
「私は、“今夜限りの嘘”で十分ですから。……だから、“嘘じゃない”なんて、嘘でも言わないで下さい」
「……ごめん……ンッ……」
 再び、キス。唇を食むような、優しいキスだった。
「んっ……んっ、ふっ……あむっ、……」
 月彦もまた、由梨子の唇を食むようにして返し、由梨子にまた返される。くち、くちと唾液が爆ぜるような音をたてて、次第にキスが激しいものに変わっていく。
(由梨ちゃん……っ……)
 由梨子の中へと埋めたままになっていた――そして、些か硬度を失い掛けていた――剛直が、俄に元気を取り戻す。由梨子もまた、後味の悪さを誤魔化すように、次第に腰を動かし始めた――その矢先だった。
「――お話、終わった?」
 突然、ぱちりと部屋の明かりがつけられ、場にあまりにそぐわないなんとも明るい声が聞こえた。
“その声”を聞いた瞬間の衝撃を形容する言葉を、月彦は知らなかった。ぴたりと、時を止められたように月彦は動きを止め、そしてそれは由梨子も同様だった。
 ゆっくりと唇を離しながら、互いの目を見合ったまま一切視線をそらせなかった。突然の明かりは眩しく、視界がろくに効かなかったが、しかしそれでも眼前の由梨子が蒼白になっている事だけは容易に見てとれた。そして、それは月彦もまた同様だった。
 しばしそうして二人、固まった後。先に“声がした方”――即ち部屋の入り口の方を見たのは由梨子の方だった。
「ぁっ……」
 と、小さく、掠れた声で呟いたまま、由梨子は完全に固まった。その後で、月彦も部屋の入り口の方へと顔を向けた。
 既に、察しはついていた。そもそも、月彦が“その声”を聞き間違う筈がないのだ。
「ただいま、今帰ったよ、父さま」
 部屋の入り口に、両手を体の後ろに隠すようにして立つ愛娘の笑顔のなんと無邪気な事か。
「ま、真央――」
 何故、どうして――そんな呟きは、カラカラに乾いた舌では巧く発言できなかった。真央は、月彦のそんな状況を全て察したように、ニッコリと最高の笑みを浮かべ、そして隠していた右手と、右手に握られているものを月彦の視界に露わにした。
「浮気、したんだね」
 ゆっくりと振りかぶられる、銀色の刃。そして愛娘の頬を伝う、一筋の光。月彦に出来る事は、己へ向かって振り下ろされる刃を見続ける事だけだった。


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