「こ、紺崎く……んンッ!?」
まるで電撃の様なキスだった。そう、“一刺し”で全身の自由を奪ってしまう、麻酔毒のように痺れるキス。
「先生……」
甘く、怪しい響きを含んだ囁き。そしてまたキス。
「んンぅ!」
舌と舌が触れあう感触に、思わず背が反ってしまう。まだ、ろくに触れられてもいないというのに、ゾクゾクと痺れる様な快感が雪乃の目をとろんと濡らす。
「ぁ、ふ……だ、ダメよ……紺崎くん……こんな、所で……」
「何を言ってるんですか。ろくな用事も無いくせに、人のことを校内放送で呼び出したりして……“こういう事”を期待してたんじゃないんですか?」
「そ、そんなわけ……っっ……!」
月彦の手が、スーツの上から胸元をはい回る。雪乃は逃げる様に後ろへと下がるも、その背はすぐに窓ガラスによって遮られた。
「じゃあ、早く言って下さいよ。どうして俺を呼び出したんですか?」
そう、確かに呼び出しはした。今すぐ生活指導室に来るように――と。しかし、そんな用件など、キスをされた瞬間に頭の中から吹き飛んでしまっていた。
「ほら、先生。早く言わないと、どんどん脱がせちゃいますよ?」
「だ、ダメよ! 紺崎くん……学校で、こんなこと……」
雪乃は慌てて月彦の手を遮るように抵抗をするが、まるで水の中にでもいるかのように体が巧く動かない。対して、月彦の手は全くのよどみなく、雪乃の衣類をいとも容易くはだけさせてしまう。
「先生、どうして抵抗しないんですか?」
ダメじゃないんですか?――そんな意地の悪い囁き声。確かに月彦の言うとおり、雪乃自身腹立たしい程に抵抗が弱々しかった。
(これじゃ……合意なのと一緒じゃない……)
抵抗をしなければ、やめさせなければ――頭では分かり切っている事に、体が反応しない。ただ、されるがままに衣類を脱がされ、とうとうブラまでもが上へとずり上げられる。
「……くすっ、まさか学校内で先生のおっぱい見られるとは思いませんでした」
「こ、紺崎くん……や、やめて……お願いっ……あんっ!」
むぎゅうっ、と。露出した乳房をいきなり大胆に揉まれる。
「あっ、あっ、あっ……い、やぁっ……くぅぅ……ン……」
抵抗をしようとしたときは、あれほど焦れったく反応の鈍かった体が、愛撫に対しては過敏すぎる程に反応してしまう。
「先生……もう少し足を広げて下さい」
「ぇっ……どうし……ンンンッ!!」
疑問を口にするよりも早く、体の方が勝手に月彦の言葉に反応した。足が僅かながらも勝手に開き、それを待っていたとばかりにタイトミニの中へ月彦の指が滑り込んでくる。
「やだっ、やだっ……だ、めぇっ……ぁあっ、ぁっ……ぁっ……」
だめ――口ではそう言っても、足を閉じる事が出来ない。それどころか、タイツの上からなでつけてくる月彦の指の動きに連動するようにして、ますます大胆に太股を広げてしまう始末だ。
「なんだ、やっぱり先生も“その気”だったんじゃないですか」
月彦の言葉の意図するところが、雪乃にも解った。ただ、キスをされ、胸を揉まれ、軽く指で撫でつけられただけで――そうだと解るほどに、溢れさせてしまっているからだ。
くすりと、また意地の悪い笑い声が、耳元で聞こえた。
「先生、ここは学校ですよ? 良いんですか? こんなになっちゃって……」
「そ、それは……紺崎くんが触ってるから……でしょ……んンッ……!」
反論させておいて、キスで塞ぐ――それがいつもの手口だと解っていても、反論をしてしまう。まるで、そうすればキスをしてもらえると、体が覚えてしまっているかのように。
(やっ、ぁ……キス……ホントに気持ちいぃ…………)
ゾクゾクゾクッ……!
ぶるりと体を震わせながら、雪乃はくたぁ……と体から力を抜いてしまう。それは、最後の最後まで抵抗を続けていた“理性”が陥落した事の証だった。
「……先生、“欲しい”んでしょう?」
うん、欲しい――うっかりそう口に出してしまいそうになって、雪乃は慌てて口を噤んだ。
「んぁッあっ! はひっ……!」
しかし、雪乃のそんな抵抗も、むぎゅうと乳を捏ねられただけで容易くこじ開けられてしまい。
「きちんと口に出して言わないと、挿れてあげませんよ?」
天使の様な悪魔の笑顔――まるで昔の歌の歌詞のような表現が、今の月彦にはよく当てはまった。そして勿論雪乃には、こういう時の月彦に逆らっても無駄だということも解っていた。
「……こ、紺崎くんの……欲し、い……」
だから、羞恥に頬を染めながらも、雪乃ははっきりと口に出した。
「……先生、それだけじゃダメですよ。ちゃんと、“欲しい場所”も示してくれないと」
「えっ……」
「“おねだり”の仕方は前にちゃんと教えましたよね?」
本当に悪魔だ――と、雪乃は思う。この生徒は、一体どれほど自分を貶めれば気が済むのか。
月彦のあまりの仕打ちに、軽い怒りすら覚える。しかし、雪乃が最も怒りを覚えるのは、その言葉の通りに反応してしまう自分自身の体だった。
辿々しい手つきでタイツを脱ぎ、下着を下ろし、片足を抜くと――窓ガラスのサッシ部分の所に半ば腰掛けるようにして、雪乃は俄に足を開く。
(や、だ……私、何……してるの……?)
真っ昼間の学校で、生活指導室で。生徒相手に自ら下着を脱いで。
「おね……がい……紺崎くん……欲しくて、堪らないの……早く……ぅ……」
人差し指と中指で秘裂を割開き、ヒクヒクと痙攣しながら涎を零すそこを見せつけ、言葉の通り雪乃は“おねだり”をする。
「くす……本当に良いんですか? 先生。あと2,3分で授業の予鈴鳴っちゃいますよ?」
「やぁっ……そんな意地悪言わないでぇっ……早くぅっ……ね、お願い……!」
一度羞恥の壁を越えてしまえば、どこまでもはしたなく、貪欲な欲求のままに口をひらき、懇願をしてしまう。
「やれやれ……わかりました。じゃあ、先生の望みのままに……」
月彦がジッパーを下ろすや、グンッ……と凄まじい勢いで剛直が顔を出す。
「先生、いきますよ?」
「あぁっ……紺崎、くんっ……ぁっ、ぁっ……あぁぁァァーーーッッッ!!!!!」
夜半、自らのサカり声で雪乃は眼を覚ました。がばっ、と掛け布団をはね除け起きあがり、はあはあと息を乱しながら周囲を見回す。
暗い室内はどう見ても自宅の寝室に他ならない。そう、紛れもなく先ほどまで見ていたのは夢に相違ないのだ。
「……っ………………っっっ……〜〜〜〜〜っっ!」
夢の内容を思い出すや、雪乃は途端に耳まで朱に染める。身悶えするほどの羞恥と、そしてやり場のない怒りに、無言のままぼすっ、ぼすと枕にパンチを叩き込む。
「もぉッ! なんて夢見させるのよ! 紺崎くんのバカぁッ!!」
『キツネツキ』
第二十四話
その日は、朝から憂鬱だった。
夢の中に、紺崎月彦が出てくるという事自体は、雪乃にとってさして珍しい事ではなかった。雪乃にしてみれば、一応処女を捧げた相手であるし、今現在最も好意を寄せている男性に他ならないから、ある意味ではしょうがないとも言える。
問題なのは、その“内容”だった。
(あぁ……今日も寝不足だわ……)
教材と、返却予定の小テスト答案用紙を抱え、雪乃は頼りない足取りで教室へと向かう。
(私……どうしちゃったのかしら…………)
最近――具体的に言うならば、月彦との遊園地デートの後から――ことさらあの手の夢を見ることが多くなった。それ以前にも、月彦が夢に出てくる事はあったのだが、軽く抱き合ったり、キスをしたり、デートをしたりとかその程度の内容で済んでいた。そのくらいならば、朝目が覚めた後もほんのり良い気分になるくらいで、別段自己嫌悪も感じなかったわけなのだが。
(もうこれで三日連続……はぁ……)
場所は学校であったり、自宅であったり、夜の公園であったりと様々だが、共通しているのは必ず最後は“挿れられる前”に終わるという事だった。そのせいで目が覚めた後もなんとも中途半端な欲求不満に苛まれ、或いは自己嫌悪のせいで朝まで寝付けず、結果このところの雪乃の平均睡眠時間は三時間を割っていた。
(紺崎くんも紺崎くんよ……夢なんだからもうちょっと優しくしてくれたって…………)
等と訳の分からぬ事を考えてしまうあたり、完全に寝不足で頭が働いていない証拠だったりする。雪乃はぶんぶんと首を振り、ぺちんと頬を叩いて気合を入れ直す。
(ダメよ、夢は所詮夢なんだから……きちんと割り切らないと)
それでなくとも、次の授業は月彦の居るクラスなのだ。気合を入れてかからねば、またぞろ授業中に夢の事を思いだして落ち込みかねない。
(……よし、行くわよ、雪乃!)
まるで新米教師の様に教室の前で小さく呟き、そして引き戸を開ける。
(…………ぁっ……紺崎くん……)
教室に入るなり、無意識のうちに月彦の姿を捜して視線を走らせてしまう。いつもの席にいつもと変わらぬ月彦の姿を認めるなり、雪乃はついつい見とれてしまい、両腕からふっと力が抜けてしまった。
ばさばさばさっ……。軽く桃花源入りを果たしていた雪乃の意識を基底現実に呼び戻したのは、自分の足下から聞こえたそんな音だった。
「あっ……!」
見れば、持参した教材、返却する筈だった小テストの答案用紙全てが花びらの様に雪乃を中心に広がってしまっていた。慌てて拾い集めている間に授業開始のチャイムは鳴ってしまった。
(よりにもよって……紺崎くんの前で、こんな……)
普段なら絶対にやらないようなミスをやってしまうなんて。大あわてで用紙を拾い集め、気を取り直して授業を始めるも一度テンパってしまった頭はそうそう都合良くは戻らない。スペルはミスる、訳は間違う、問題をあてられた生徒が発言しているのに聞き逃すといった具合にありえないミスを連発してしまい、泣きそうになりながらもなんとかもつれ込んだ授業後半でまたしても。
「せんせー、テストは返さないんですか?」
生徒のそんな指摘に、雪乃は普段ならば授業の頭で返却している答案用紙がまだ教卓の上に載ったままだということに気がつかされた。
「あ……そ、そうね……じゃあ、授業はここまでにして……」
雪乃はまたしても慌てて答案用紙の返却を始める。既に、授業の残り時間は五分と僅か。スムーズに返却しなければ休み時間に足が出てしまう。それは、雪乃自身の学生時代の経験上生徒に最も嫌われる教師になってしまう要因の一つだった。
本来ならば出席番号順にきちんと整理されていた答案用紙も、先ほど落としたせいですっかり順不同になってしまっていた。もし番号順であれば、生徒の方もそれを予想して席を立ち、作業はさらにスムーズに進む筈だったのだが。
「……紺崎、くん」
次々に生徒の名前を読み上げていく最中、不意に紺崎月彦の名が雪乃の目に飛び込んでくる。月彦も勿論クラスの一因なのだから、こうして順番に答案を返却している以上、いつかはその名前を読み上げることになるのだが、そうだと解っていても尚、雪乃は己の心臓が必要以上に高鳴ってしまうのを抑えられなかった。
名を呼ばれた月彦はさも平然と、他の生徒と同じように歩き、同じように答案用紙を受け取り、席へと戻っていく。――その後ろ姿に雪乃が見とれていると、不意に背後のスピーカーから授業終了を示すチャイムが鳴り響いた。
「あっ……!」
再び現実へと呼び戻された雪乃が真っ先に目にしたのは、当然の事ながら自分を白い目で見る生徒達だった。
その夜、雪乃はまたしても夢を見た。
「先生、大分上手になってきたじゃないですか」
月彦の声が頭上から振ってくる。当然だ、雪乃は今、月彦の前で跪いているのだから。
「んはぁっ……んむっ、んっ……んはっ……んふっ……」
そして、命じられるままに剛直を舐め、頬張る。舌に当たる感触、味、熱……全て、夢とは思えぬ程にリアルに感じられた。
(でも、これは……夢……)
そうでなくては、“真昼の教室”でこんな事、出来る筈がない。
「先生、口だけじゃなくて……胸のほうも……解ってますよね?」
雪乃は――既に露出済みの――巨乳を自ら寄せ上げ、剛直をむぎゅっ、と包み込む。そしてそのまま、唾液を潤滑油にして上下に扱き上げる。
「あぁっ……良いですよ、先生。すごく……エロいです。俺が興奮して、感じてるの、解ってくれてますか?」
むぎゅっ、と挟み込んでいる双乳の間で、剛直がびくっ、びくと震えるのがその合図なのだろう。それは雪乃が乳圧を上げ、より強く擦れば擦るほど、顕著に表れる様だった。
(あぁ……紺崎くんの……凄く、熱い……)
その熱が伝播するように、雪乃の方まで体が熱くて堪らなくなってしまう。剛直を乳で挟み込みながら、さらに先端部を舐め、吸い付くようにして先走り汁を舐め取る。
「くす……本当に、半年ちょっと前までは処女だったなんて信じられないくらい上手ですよ。出来の良い“生徒”を持って、俺も幸せです」
生徒――言い得て妙だが、たしかにその通りだ。セックスに関して言えば、雪乃はあらゆる事を月彦に教え込まれ、仕込まれたのだから。
「っ……本当に、巧くて……っ……先生、俺、もう……」
「えっ…………ぁっ、きゃんっ……!」
びゅるるっ……!
突然、胸の中で剛直がびくりと震え、白濁液が凄まじい勢いで飛び出し、雪乃の髪を、顔を汚した。
びゅくっ、びゅくっ……立て続けに溢れるそれによって、はだけていた服も、そして胸も汚される。だが、雪乃はさほど狼狽えはしない。何故ならこれは夢だから。
「ふぅぅ……先生、すごく良かったですよ」
月彦に手を引かれて立たされ、そのままキスをされる。雪乃にとって最も甘美な瞬間ともいえるそれは、しかし雪乃の希望とは裏腹にほんの一瞬で終わった。
「次は……先生のナカに挿れたいです。良いですか?先生」
勿論、雪乃には断ることも、断る気もなかった。ただ、惜しむらくは――。
「先生? どうしたんですか?」
予想外に雪乃が渋るような様子を見せたからだろうか。月彦がさも意外そうな声を上げる。
(挿れられたら、夢が……終わっちゃう……)
それが、雪乃の懸念だった。少なくとも、これまで見た夢は総じて挿入した瞬間に泡のように消え失せてしまった。だから、雪乃はそれが惜しいと思ってしまう。
(夢でも、いい……紺崎くんと……一緒に……居たい……)
きっと、夢から覚めた後、冷静になって振り返れば何を馬鹿な――と思う事だろう。しかし、夢とはいえ――こうして二人きりの時間を過ごせるというのは、雪乃にとってなんとも甘美な誘惑だったのだ。
「……成る程、そんな事を心配してたんですか」
そして、そんな雪乃の甘い純情は――月彦の皮を被った悪魔にあっさりと看破された。
「解りました。それじゃあ……“今夜”は先生の望み通り……きちんと最後までシてあげますよ」
「ぇっ……最後まで、って……」
「向こうを向いて、黒板に手をついて下さい」
雪乃の問いかけに対する返事は、冷徹な“命令”だった。それでも、雪乃は言われるままに黒板の方を向き、そこに両手を突く。
「お尻、上げて」
ついっ、と指先で背中をなぞられ、雪乃は反射的に尻を差し出すように上げてしまう。
「紺崎……くん? んっ……」
「いやらしい尻ですね。この尻を見てるだけで……堪らなくなります」
いやらしいのは尻のほうではなく、月彦の手つきのほうではないか――その反論は、ついに雪乃の口から出る事はなかった。それよりも早く、月彦の手によってスカートがまくしあげられ、タイツごとショーツがずり下ろされたからだ。
「だ、だめっ……紺崎くっ……んっ、ぁっ、ぁあっ……!」
にゅり、にゅりと。既に濡れそぼっている場所に堅く熱いものが擦りつけられ、雪乃は堪らず声を上げていた。
「だめっ……だめぇっ……終わっ……ン ぁっ、ぁああッ!!!!!!!」
堅い肉の塊が、媚肉を押し広げながらゆっくりと入ってくる――途端、雪乃は弾かれた様に声を荒げていた。
(あ、れ……どうして……目、覚めないの……)
はっ、はっ……下腹部の圧迫感に、そんな浅い呼吸を繰り返しながらも、雪乃は軽い混乱に陥っていた。
そんな雪乃をあざ笑うかの様に、くすりと、背後で悪魔が笑う。
「だから、言ったでしょう? “今夜”は大丈夫だって」
「そん、なっ……どうし――ひぃうっ!」
ずん、と。一際強い――魂まで揺さぶられる様な一撃に、またしても甘い声が出てしまう。
「どうでも良いじゃないですか。……どうせすぐに、そんなこと気にもならなくなるんですから」
「んぁっ……やっ、あぁうっ、ぁっ、あっ、ぁっ、うっ……こ、紺崎、くっ……ぁっ、ぁっ、ぁっ……!」
ぱんっ、ぱんと尻が鳴るほどに突かれ、背後からこれでもかと巨乳を揉みくちゃにされ、雪乃は断続的に甘い声を上げ続ける。
(は、ぁっ……ひぃっ、こ、れっ……凄っ……んっ……こ、えっ……出ちゃう……!)
確かに、月彦の言うとおり。この快楽に比べれば、些細な疑問などどうでもよい事だった。
「あっ、あっ、あんっ! やっ、っ……紺崎くっ……そんなっ、激しくっ……ぁう!」
「ああ、そうでした。……先生は激しくされるより、ゆっくりされるほうが好きなんでしたね」
うっかりしてました――そう耳の裏から囁かれ、途端に月彦の動きがゆっくりとしたものに変わる。
「ぁっ、やっ……あっ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああッ!!!」
が、それとは対照的に、雪乃の声は酷く甲高いものに変わった。
(やっ、だめっ……ゆっくりされたら……!)
雪乃自身、何故そうされたほうが感じてしまうのかは解らない。解らないが、ゆっくりされることで、剛直の存在をよりはっきりと認識させられる事は確かだった。
(ぁっ、ぁっ……ひ、広げられてっ……ぁっ……だめっ……抜けちゃうっ…………ぁっ、あああッ!!)
ゆっくり、小突く――という表現すら似合わぬ程に、先端部が膣奥に触れ、ぎゅっと押しつけられたかと思いきや、またしてもゆっくり――抜け落ちる寸前まで腰を引かれ、また挿れられる。
それを繰り返されるだけで、雪乃はなんとも堪らなく――これでもかという程に感じてしまう。
「ぁあっぁっ……だめっ……ホントに、ゆっくりするのっ……だめぇっ!!」
両足をガクガク震わせながら、雪乃は涙混じりに懇願していた。――背後から笑む声が聞こえるのは、えてしてこういう時だ。
「激しくしても、ゆっくりしてもだめ、だなんて。我が儘すぎますよ、先生?」
「だって、ぇ……紺崎くん、のっ……良すぎて……んひぃっ!!! ぁっ、だめっ……動き、止め、てぇっ!」
こうして“反論”をしている最中まで動かされ、雪乃は危うく舌を噛みそうになってしまう。
「止めませんよ。……こんなにヒクヒクってして、キュウキュウ締めてきて……先生がすごく感じてるの、俺にも解るんですから。…………もっと、感じて下さい」
そして、さらに剛直の動きが遅く――捻りを加えたものに変わる。
「ひぃアッ! ひっぃっ……やめっ、紺崎くっ……それっ……んんっぁっっ! あっ……くぅっ、んっ……!」
そんなにゆっくりされては、イくにイけない。しかし、快感は確実に高められる。まるで、密閉してある容器に少しずつ限界以上の水を注ぎ込まれているような気分だった。
(だ、めっ……いつまでっ、こんな、ことっ……)
ぬぅぅっ、ぬっ……!
ゆっくり膣内を押し広げられ、ゆっくり腰が引かれる――そんなことを百回は繰り返されただろうか。剛直の軌道は一つとして同じものはなく、まるでより雪乃が声を上げたくなる場所を探すかのように、膣内を隅々までほじくり回すように蠢く。
(だ、めっ……も……立ってられな……)
ガクガクと震える両足が限界に達しようとしたその時だった。
「……先生……俺、もう……出ちゃいそうです」
耳の裏から、切羽詰まった声が聞こえた。
「でも安心して下さい。ちゃんと外に出しますから」
「えっ……」
一瞬、雪乃は己の言葉が信じられなかった。ちゃんと外に出す――月彦はそう言ったのに、まるでそれを疑うような、そして残念がるような声を出してしまった自分が。
「聞こえませんでしたか? ちゃんと外に出す――俺はそう言ったんですけど」
「そ、外に……って……」
「ええ。……避妊はきちんとしないといけませんよね、先生?」
そう、月彦が言う事はもっともだ。避妊は、当然しなければならない。
(でも、夢の中……くらい……)
そんな事を思って、雪乃はハッとする。夢の中くらい――その先に続く言葉は一体何なだというのか。
「どうしたんですか? 先生。まさかとは思いますけど、中に出して欲しいんですか?」
口の中に笑みを含んでいるかのような、月彦の問いかけ。まるで、雪乃の“本心”などお見通しと言わんばかりに。
「ほら、先生……言いたい事があるなら、ちゃんと口に出してくれないと解りませんよ?」
「ぁ、ぅ……んぅぅ!!」
“答え”を催促するように、奥をぐりぐりと擦られる。
「……ナカに、欲しいんでしょう?」
「……っ……ぅ…………」
とうとう、雪乃はこくりと頷いてしまっていた。しかし、月彦の姿をした悪魔は、そんな消極的な肯定は許さなかった。
「ちゃんと、声に出さないと解らない――そう言ったはずですけど?」
「やっ、ぁぁ……そんなっ……そんな、こと……言えない……ぁぅうう……!」
また、ゆっくり動かされる。“中出し”をチラつかされているからか、先ほどとは比べものにならない程に雪乃は焦れる。
「じゃあ、外に出すしかないですね。スカートが少しくらい汚れるかもしれませんけど、別に構いませんよね?」
夢なんですから――とうとう、月彦の口からも決定的な言葉が出た。
そう、夢だから――だから、中出ししても、大丈夫。月彦ではない、雪乃の体の内にいる誰かが、そう囁きかけてくる。
「……っ……ナカに……出して…………」
「聞こえませんよ、先生」
消え入りそうな声は、さらに強い声によってかき消された。
「お、お願い……ナカに、出してぇ……」
おやおや――そう聞こえてきそうな、意地悪な笑い声。
「避妊をしないばかりか、自分から中出しを懇願するなんて。教師失格ですね、先生?」
「っっ……!」
「でもしょうがないんですよね? 先生は“生”でするのが大好きで、中出しされるのはもっと好きなんですから。…………危ない日なら、危ない日なほど興奮するんでしょう?」
「な、何、言って――ぁっ、ぃっ……!」
「ほら、もうすぐ出ますよ。舌噛まない様に気を付けて下さいね?」
ゆっくりだった腰の動きが、突然早くなる。そう――否が応でも解る、イきそうな時の月彦の動きだ。
「ぁっ、ぁっ、ぁっ、いやっ……あっ、あっ、あっ、んぁっ、あっひぃっ、あっ、あっあっ!!」
その動きの変化に、否が応にも“期待”が高まる。あぁ、もうすぐ――そう、もうすぐ、待ちに待った、あの瞬間が。
「ぁっ、ぁっ、ぁっ……あぁぁぁあぁぁァァッ!!!!」
ぐぃぃぃぃッ……!
一際深く剛直が挿入され、雪乃はサカリ声を上げて“ベッドシーツ”を握りしめる。程なくやってくる灼熱の――ドロリとした粘液の奔流を待ちこがれて、はぁはぁと荒い息を重ねる。
が、待てどくらせどそんなものはやってこない。不思議に思った雪乃が恐る恐る“目を開ける”と、そこは昼間の教室などでは無く、自宅の寝室だった。
「ぁっ……」
一体どこで夢と現実が入れ替わってしまったのかは解らない。背後にあった筈の月彦の存在などは泡の様に消え、後に残されたのはベッドの中で悶えていた自分のみだった。
「やだっ……私……っ……」
意識が、急速に覚醒し、“己のあり得ない寝相”にも気がつく。うつぶせの状態から、尻だけを持ち上げた様な、そんな寝苦しい格好で寝ていたのだ。――そう、まるで、月彦に本当に後ろからされていたかのような、そんな格好で。
「声も……出てた……」
最初からかどうかは解らない。しかし、最後の方に限っては、はっきりと“声”として発していた。耳に怒った生々しい己の声の残響がその証拠だった。
「やだ……やだっ……本当にどうしちゃったの……私っ……」
夢の内容を思い出し、雪乃は怯えた声を上げる。夢の中だから、中出しをしても大丈夫――そのような考え方をしてしまう事自体、雪乃には自分が狂ってしまっているとしか思えなかった。
そう、“症状”は明らかに悪化してきている。しかし、雪乃には対処法がまるで解らない。一体どうすれば良いというのか。
勿論、このような事、他人に相談など出来るわけがない。唯一、出来るとすれば――雪乃は、半ば無意識のうちに枕元の携帯電話を手に取った。液晶に表示された時刻は午前三時前。しかし、時間を気に掛けている余裕など、雪乃には無かった。
長めの呼び出し音の後に出た相手の声は過分に不機嫌さを孕んでいたが、そんな事で怯むわけにはいかなかった。
「もしもし、お姉ちゃん?」
雪乃は、泣きそうな声で続ける。
「どうしよう……私…………なんか、ヤバいよぉ……」
「ただの欲求不満ね、間違いないわ」
翌日、仕事が終わるなり雪乃の部屋にやってきた矢紗美は、“相談”を受けるなりキッパリと言い放った。
「欲求……不満って……そんな簡単に決めつけないでよ!」
意を決し、顔から火を噴く思いで相談したというのに、たった一言で切り捨てられては堪らないとばかりに、雪乃は声を荒げる。
「決めつけないでもなにも、じゃあ他に心当たりがあるっていうの?」
じろりと、矢紗美があからさまに怒りの目を向けてくる。相談の内容がくだらないと、そういう意味での怒りではない。単純に、“あり得ない時間”に電話でたたき起こされた事を根に持っている目だった。
「こ、心当たりがあったら……お姉ちゃんなんかに相談しないわよ……」
雪乃は唇を尖らせるように呟いて、矢紗美に催促されて用意した水割りを一気に煽る。そもそもが、素面で話せるような相談内容ではないのだ。
「ねえ雪乃、最近紺崎クンと会ってるの?」
「毎日会ってるわよ……学校で」
「そういう意味じゃなくて、二人きりでって意味よ」
「…………この間、デートしたわ。お姉ちゃんにもお土産あげたじゃない」
「それから一度も二人きりで会ってないの?」
「うっ……べ、別に良いじゃない! 私達には、私達のペースがあるんだから!」
まるで信じられない話でも聞いたかのような矢紗美の反応に、雪乃はつい強がりを口にしてしまう。
(そりゃあ……私だって、今よりもっと……紺崎くんと会って、話もしたいけど……)
教師と生徒という立場上、どうしてもおおっぴらには会いづらいのだ。そして恐らくそれは――月彦の方も同じなのだろう。
(そうよ……紺崎くんだってちゃんと我慢してるんだから……私も、少しくらい寂しくたって我慢しなきゃ……)
うんうん、と雪乃は一人頷き、そして無意識のうちにキュッと足を閉じる。
「ねぇ、紺崎クンってそんなにスゴいの?」
ぴくりと、姉の意味深な一言に雪乃は反応してしまう。
「スゴいんでしょ? それはもう……“夢にまで出てきちゃう”くらいに」
「なっ、なっ……何、言って……!」
雪乃は絶句し、空になっていたグラスにウイスキーを注ぐと照れ隠しに一気に水割りをあおる。食欲が無く、昼からまともに食べていなかったから空きっ腹に酒が良く染みた。
「とりあえずさぁ、それだけシたくてシたくてたまらないんなら、さっさと紺崎クンに声かけてヤッちゃえばいいじゃない」
「し、シたくて……堪らないなんて……だ、誰もそんなこと言ってないでしょ!」
「あんたは言ってなくても、体が求めちゃってるんでしょ? 紺崎クンを」
「ぅ……そ、それは……」
そのことに関しては、雪乃も完全に否定は出来なかった。事実、学校で授業をしている最中でも、その背に月彦の視線を感じるたびに、つい無意識のうちにくいと尻を持ち上げてしまいそうになるのだ。
「紺崎クンに電話して、息を荒げながら“体が熱いの……お願い、今すぐ抱いてぇ”って言えばいいじゃない。若い男なんて単純だから、今からでもホイホイやってくるわよ」
「じょ、冗談じゃないわ! 誰がそんなっっ……」
「ああもう、焦れったいわねぇ。私が代わりに言ってあげるから、携帯貸しなさい」
「なっ……ちょっ、止めてよ!」
矢紗美は嬉々として雪乃のハンドバッグに手を伸ばし、漁り始める。雪乃は大あわてで矢紗美の手からハンドバッグと携帯電話を力任せに取り戻した。
「だいたい電話かけるって言っても、紺崎くんは携帯持ってないの! だから、家の電話にかけるしかないんだけど……でもそれだとお家の人が出ちゃうかもしれないから、こっちからはかけられないのよ!」
そう、その制約さえ無かったら、もし月彦が自分の携帯電話を持ってさえいたら。雪乃は毎晩でも電話をかけた事だろう。
「ふぅん……じゃあ自分でするしかないわね」
「自分で……って?」
「オナニーするしかない、って事」
「おなっっ……!」
雪乃は、またしても絶句してしまう。この姉はどうして、こういった単語をはずかしげもなく口に出来るのだろうか。
「なぁに、オナニーもしたこと無いの? 呆れた、そりゃあ欲求不満になるわけね」
「す、するわけないじゃない! お、男の子じゃ……無いんだから……」
「あのねぇ、雪乃。別に女だってオナニーくらいはするわよ? あんたってそういう所変に潔癖よね、昔から」
「……お姉ちゃんがおかしいだけだと思うわ」
少なくとも雪乃には、自分が潔癖性だという自覚などないし、自分の感覚が普通であるという自負もあった。おかしいのは姉の感覚の方なのだ。
「まっ、どうでもいいけどさ。紺崎クンに抱いてもらうのもダメ、自分でするのも嫌なら、後はもう病院にでも行くしかないわね。……“何科”に行けばいいのかわかんないけど」
「そんな……人ごとだと思ってぇ……」
「何言ってんの。アドバイスはたっぷりしてあげたでしょ? あんたがそれは嫌だって言ってるだけじゃない」
確かに、矢紗美の言う通りではあるのだ。だがしかし、雪乃には痴女のまねごとは当然として、自分で自分を慰めるという行為すら出来る気がしなかった。
(もしこのまま“悪化”したら……)
眠ること自体できなくなるのではないか。そうでなくとも、誰かと旅行になど絶対に行けない。ましてや盆や正月、クリスマスに実家に帰る事すらも。
(でも、本当にどうしちゃったのかしら……)
本当にこれはただの欲求不満なのだろうか。
それにしては、あまりにも――。
「あっ、そーだ」
不意に矢紗美が、態とらしく手を叩いた。
「今日はいいもの持ってきてたんだった」
「いいもの……?」
この姉がいいもの、と言って出したものが本当に良いものだった試しなど無いから、雪乃は毛ほども期待をしなかった。
「……何よ、それ」
「見てわからないの? レンタルのDVDよ」
それは、見れば解る。矢紗美が自前のハンドバッグから取り出した青の袋は雪乃もよく利用するレンタルビデオ店のものと同じデザインだからだ。
「んふふ、考えてみたら凄くタイムリーじゃない。これを見れば、あんたも一皮剥ける事間違いなしよ」
勝手知ったるなんとやら。矢紗美はせっせとプレイヤーにDVDをセットし、リモコンで早速メニュー画面を出す。
「えーと、チャプターメニューはこれね。ああもう、あらすじなんかどうだっていいのよ、濡れ場、濡れ場っと」
「お姉ちゃん……」
何故だか、雪乃はこの姉と血が繋がっていることが無性に悲しくなった。
「ほら雪乃、ちゃんと見て。始まるわよ」
画面が一瞬暗転し、そして“映画”が始まる。――そう、この時雪乃は気がつくべきだった。矢紗美の、意味深な笑みの正体に。
『ユキコ先生っ! 俺っ、俺……ずっと前から先生の事が好きで……!』
『あぁっ……ダメよ、カンザキくん! こんなっ、学校でなんて……あぁぁ……』
テレビ画面に、夜の教室で絡み合う女教師と男子生徒の姿が映し出されるなり、雪乃は口に含みかけていた水割りを盛大に吹き出していた。
「っきゃっ! 何するのよ雪乃、きったないわねぇ」
「何するのよ、じゃないわよ! お姉ちゃん、一体これは何!?」
「何って……」
矢紗美はちらりとテレビ画面のほうに一度目を移す。画面では夜の教室らしい場所で、やや年がいってしまってる感をなんとか化粧で誤魔化した風の女教師と、学生服を着ていなければ間違いなく学生には見えない男が互いの名を呼び合いながらくんずほぐれつを続けていた。
「どう見てもただのB級エロ映画じゃない」
「私が言いたいのは……! ……もういい、お姉ちゃんに言っても無駄だわ」
雪乃はプレイヤーのリモコンをひったくると迷わず映画を終了させる。
「何怒ってるのよ。あんたは“こういうの”好きだろうと思って、わざわざ借りてきてあげたのに」
「……ご苦労様。ほんっとうの本当にご苦労様としか言えないわ、お姉ちゃん」
内容は兎も角、わざわざ配役の名前が似ているものを捜してくるその労力にだけは、雪乃は驚嘆せざるをえなかった。
「……で、どう? 雪乃。少しはムラムラしてきた?」
「〜〜〜〜っっっ!!!」
雪乃は憤怒の表情でリモコンを振りかぶる。勿論実際に投げつけはしなかったのだが、矢紗美はきゃあと態とらしく悲鳴を上げてソファを盾にするようにその向こう側へと飛び跳ねた。
「んもぅ、雪乃ったら、照れちゃって……可愛い」
悪戯猫のように、顔の鼻から上だけをソファの背から覗かせている姉に、雪乃はもうため息しか返せなかった
(……どうして私、お姉ちゃんなんかに相談したんだろう……)
溺れる者は藁をも掴む。しかし、藁は所詮藁なのだ。つかんだ所で再び水の中へと落とされるだけだというのに。
「まぁまぁ、そんなに焦って追い立てなくったってすぐに帰るわよ。本当は今すぐにでも続きが見たくて見たくてしょうがないんでしょ? DVDはちゃーんと置いて帰るから安心しなさい」
「置いて行かなくていい! ちゃんと持って帰って!」
雪乃は喚き散らすが、矢紗美は何処吹く風でせっせと帰り支度を始める。もちろんその帰り支度の中には、DVDをケースに戻すという作業は含まれていない。
「じゃあねー、雪乃。愛してるわ〜」
「ちょっと、お姉ちゃん! 本当に持って帰ってよ!」
しかし雪乃の悲痛な叫びも空しく、矢紗美は投げキッスを残してさっさとリビングから出て行ってしまう。さらにその向こう、玄関のドアが閉まる音が聞こえて、雪乃はがっくりと膝から崩れ落ちた。
「あぁん……もぅ……結局何も解決してないじゃない……」
ただ、部屋が散らかって疲れただけだ。雪乃は仕方なく新たに水割りを作り、つまみと一緒に胃に流し込む。先ほどまでのは付き合い酒だったが、これから呑むのは自棄酒だった。
(……だいたい、お姉ちゃんなんかに相談してまともな答えが返ってくる筈がないのよ)
考えれば考えるほど、矢紗美に相談をしたときの自分はどうかしてたのではないかという気になってくる。酒が気を大きくでもしているのか、別段何も解決してなどいないのに、もう自分は大丈夫という気にすらなってくる始末だ。
(またこんなもの置いていって……誰が返しに行くと思ってるのよ)
雪乃は水割り片手に、空になってしまっているDVDパッケージを手に取る。レンタルDVDのパッケージは白みがかった半透明な代物で、そのケース自体にはあらすじが書いてあるわけでもなんでもなく、管理用のバーコードとタイトルがプリントされたシールが張ってあるのみだ。
(ふんっ、だいたい夜の教室で生徒と二人きりの補習授業っていうシチュエーション自体、ありきたりの癖にリアリティのカケラも無いのよね)
監督の器が知れるわ――などと独り言を呟きながら、雪乃は徐にDVDプレイヤーのリモコンを手に取る。別に、続きが見たくなったわけではなかった。むしろその逆、一体どのような荒唐無稽な理由で、あのようなシチュエーションにもつれ込ませたのかを知りたくなったのだ。
電源を入れ、チャプターメニューを開き、先ほど矢紗美が選択したチャプターの一つ手前を選ぶ。画面は一転、昼間の学校へと移り、丁度問題の女教師が問題の男子生徒に声を掛け、補習授業の旨を伝えている所だった。
(何よ、媚び媚びじゃない。こんな教師居ないわよ)
水割りを口に含みながら、雪乃は憤りを露わにする。
(台詞は棒読みだし、会話の流れも不自然だし、カメラワークもおかしいし、B級どころじゃないわ。アマチュア以下よ)
映画に対して憤りを覚えれば覚える程に、酒がよく進んだ。テレビ画面では、女教師と男子生徒の“世間話”が終わり、二人が立ち去った後――カメラがその遙か背後に居た一人の女子生徒をアップにしていた。あらすじは解らないが、どうやらその女子生徒と男子生徒にもなにがしかの関係があるらしかった。
(三角関係かぁ……何から何までお約束ね)
ふふん、と鼻で笑いながら雪乃は早送りのボタンを押し、次のチャプターの頭までシーンを飛ばす。案の定、画面には先ほどの――矢紗美が選んだシーンが表示された。
「ふんっ……」
雪乃はリモコンを置くと、くいと水割りを一気に飲み干した。画面では以前、夜の教室で女教師と男子生徒が絡み合っている。
「下手くそな女優ね、演技してるのバレバレじゃない」
よく見れば、女性教師役の女は声はもとより表情も仕草も、気のないのが一目瞭然という有様だった。これに比べれば、男子生徒の方はまだその役になりきっていると言えた。
雪乃がそうして愚痴の様な独り言を呟く間に、画面ではとうとう女教師が教室の床に押し倒され、その両乳をもみしだかれていた。タイツは破かれ、ショーツは乱暴に脱がされ、後はどう転んでもなるようにしかならないというその土壇場で急に、女教師はこんな事を言い出した。
『お願い……カンザキくん……先生の事が好きなら、ちゃんと避妊して……』
女教師のその言葉に、カンザキくんとやらはポケットからスキンを取り出し、律儀に避妊を始める。モザイクのせいか、いやに男性器が小振りに見えたりするのだが、何よりも雪乃は“この流れ”に何か納得のいかないものを感じていた。
「……映画のくせに、いちいち避妊なんかしなくてもいいじゃない」
一体誰に――否、“何”に対する憤りなのか。雪乃自身解らなかった。そもそも何故自分はまだこの映画を見ているのか、それすら解らないのだ。
既に疑問は解決された、さっさとこんな胸くその悪い配役の登場する映画など消してしまって、ニュース番組でも見た方がまだためになる筈だ。
「……気のない声なんか上げちゃってさ……」
画面では、スキンを装着し終えた男子生徒が早速腰を使い始めていた。しかし、女優の方はなんとも気が入っていない。いまにも頬杖をついて雑誌でも読み出しそうなやる気の無さだ。
(この女だって……もし、相手が紺崎くんだったら、こんな態度なんか取れる筈ないわ)
そう、あの――男性器と呼ぶのも躊躇われる――肉柱が下腹部に収まれば、弾かれた様に声が出てしまう、息が詰まってしまうのだ。
(そして、何回も何回も……中出し……されるんだから……)
あの麻薬的な快楽には、到底抗いきれない。こうして思い出すだけでも、下腹の奥がキュンと疼いてしまうのだ。ましてや、直に肉柱を挿入され、動かされながら――囁かれでもした時には。
「っ……」
雪乃は下唇を噛み、そっと水割りを置く。いつのまにか、画面の方は山場を通り越し、日常のシーンになってしまっていた。雪乃はリモコンを手に取り、チャプターメニューを開くと再び先ほどの――夜の教室のシーンの頭に画面を戻した。
画面に移る女優は無論、雪乃には似ても似つかないし、ましてや男優の方も月彦には毛ほども似ていない。にも関わらず、だんだんと二人の顔が――雪乃の脳内ですり替わっていく。
「……ぅ……」
むずむずと、下腹が熱を持ち始める。知らず知らずのうちに右手を這わせそうになってしまって、雪乃ははっと腕を引く。
ちらり、と。背後を顧みてしまったのは何故か。当然そこには誰もいる筈もなく、雪乃の目は再び画面に釘付けになる。
(紺崎……く、ん……)
はぁはぁと、息までが荒くなる。画面で女教師がされているように、自分の胸に手を這わせ、揉んでみる。
「ぁっ……っ!」
電撃の様な快感に弾かれた様に声が出てしまい、雪乃は慌てて口を噤む。
(ぇ……嘘……なんで、こんな……)
ただ、自分で触っただけだというのに。雪乃は恐る恐る手を這わせ、先ほどよりも大胆に胸を揉みしだいてみる。
「ぁっ……ふぅ……ふぅ……んぅ……」
今度は、手を引かなかった。ゆっくり、ゆっくりと。指をなじませる様に、部屋着のシャツの上から乳房をこね回す。
(性感帯が開発されるって……こういうこと……なんだ……)
雪乃とて、何の気為しにふと自分の体を触ってみたことくらいはあった。しかし、特別何がどうという事も無く、矢紗美が言う“女でもオナニーくらいする”という言葉も理解できなかった。
そもそも、男っ気の無かった雪乃にとって、“ムラムラした時の対処法”は長らく一つだけ。そう――車に乗り、思い切り峠道をかっ飛ばす。それに尽きた。
しかし今回、車を買い換えてしまったことでそれも出来なくなった。市販のままの車での限界走行など、命がいくつあっても足りないからだ。かといって、弄れば元の木阿弥、月彦にNGを出される車へと変わってしまう可能性がある。
故に、雪乃は悶々としながらも、ただ堪える日々が続いていたわけなのだが。
「んぅ……ぁぅ……」
徐々に、シャツの上から触っているのがもどかしく感じる。雪乃はボタンをいくつか外し、その下へと手を滑り込ませる。ブラをずらし、直に乳肉を、そして堅く尖り始めた先端を、指先でくりくりと弄る。
「ぁっ、ぁっ、ぁっ……」
抑えていても、声が出てしまう。そして、それほどの快感でも徐々に物足りなく思えてくる。手が、次第に胸を離れ、下方へと。ジーンズのボタンを外し、チャックを下ろしかけたとき、唐突に背後でドアの開く音が聞こえた。
「ごっめーん、雪乃ー、家の鍵忘れちゃった♪」
「っっっっっ…………!!!!!!!!」
恐らく、二十余年の人生の中で最も焦りを覚えた瞬間だった。雪乃は慌ててリモコンを手に取ろうとしてお手玉をしてしまい、テーブルの反対側へと放り投げてしまう。
「あれぇ、見ないって言ってたのに早速見てたの?」
くすくすと背後であざ笑う様な声が聞こえ、雪乃は顔を真っ赤にしながらテーブルの下を潜るようにして手を伸ばし、漸く再生を停止させる。
「……お、お姉ちゃん……か……帰ったんじゃなかったの?」
「だから、家の鍵忘れたーって言ったでしょ?」
「か、鍵忘れたって……うちオートロックなのに、どうして……」
ちゃらりと、矢紗美が意味深な笑みと共にポケットから鍵付きのキーホルダーを取り出す。
「それ、うちの鍵じゃない!」
「忘れたっていうか、間違えちゃったっていうのが正しいのよねー、ああ、あったあった。こっちがうちの鍵ね」
矢紗美はソファの裏側に――先ほど雪乃が追い立てた時に矢紗美が隠れた辺り――腰を屈め、鍵束を拾って見せる。
「っていうわけだから、はい。コレは返すわ」
「…………ちゃんとバッグの中に入れておいたのに……どうして間違えるのよ!」
「いやー、酔っぱらっちゃうとダメねー。普段なら絶対やらないようなミスも平気でやっちゃうんだもの」
勿論雪乃には解っていた。先ほど、携帯を捜した時にかすめ取っておいたに違いないのだ。そういう抜け目の無い事をやるのだ、この姉は。
「……で、どうだった?」
にへら、と。矢紗美はこれ以上ないというくらいに意地の悪い笑みを向けてくる。
「……な、何がよ」
「惚けちゃって。“お楽しみ”だったんでしょ?」
「ふ、ふざけないで! 私はお姉ちゃんなんかとは違うんだから!」
「雪乃、雪乃」
ちょいちょい、と矢紗美が指をさしたその先は――。
「…………っっっ!!!」
雪乃は慌ててジッパーを戻し、ジーンズのボタンをかけ直す。
「……私と何が違うって?」
「う、うるさい! 用事が済んだなら早く出てってよ!」
どんっ、どんとまるで張り手でもするようにして雪乃は矢紗美を玄関へと追い立てる。
「はいはい、解ったわよ。早く一人きりになって続きがシたいのよね、雪乃は」
「っっ――!!! さっさと帰れ! 二度と来るなっ、バカ姉ェッ!!」
どんっ、と突き飛ばされる様にして、矢紗美はドアの外へと追い出された。その背後で力任せにドアが閉められる。しかも、ご丁寧にチェーンロックまでかけられたようだ。
「いたた……まったくもう、女のくせに馬鹿力なんだから」
そもそも、矢紗美と雪乃では母親と中高生ほどにも体格が違うから、余計にそう感じてしまうのかもしれない。
(まぁでも、思いの外“お土産”は気に入ってくれたみたいね)
勿論、鍵を忘れたのは態とであったし――そうでなければ鍵のすり替えなど出来ないし――頃合いを見計らって態と物音を立てずに部屋に戻ったのだ。
(あの時の雪乃の顔ったら……ふふっ……)
驚き慌てふためく雪乃の姿を思い出すだけで笑みが零れてしまう。しかし、その笑顔も長くは続かず、マンションから出る頃にはすっかり口元から笑みは消えてしまっていた。
本来ならば、ほろ酔いと“してやったり!”な満足感で愉快で愉快でしょうがない筈なのだ。それであるのに、意識して愉快になろうとしなければ笑顔すらろくに作れない。
なぜ“そう”なのか――それは矢紗美自身が痛いほど自覚している事だった。
(……本当なら、私の方があんたに相談したいくらいよ)
しかし、出来るわけがない。それを妹に相談するという事は、イコール妹の幸せを壊すという事に他ならないからだ。
矢紗美はしばし夜道を歩く。帰る為には“迎え”を呼ばなければならないのだが、何故だかすぐに呼ぶ気にはなれなかった。冬の寒気の中、酔いで火照った肌を冷ます様に歩き、ふと立ち止まって矢紗美は夜空を見上げる。
「紺崎クンが夢に出てくる……かぁ…………私とおんなじだね、雪乃」
平穏――なんとすばらしい言葉だろうか。さらにその語尾に“無事”を追加すると尚よろしい。
特別な幸福など何も要らない。ただ、平々凡々な毎日が繰り返し訪れるだけの、そんな植物のような暮らしの中にこそ本当の幸せはあるのではないか。
平日の放課後、どうという事のない学校からの帰り道。かつて同じ事を考えた男は救急車に轢かれて死んだ事などつゆ知らず、月彦はしみじみとそんな事を考えていた。
性悪狐の策謀に嵌められる事も無く、愛娘と後輩が胃の痛くなる様な衝突をするでもなく、実姉に理不尽な暴力を振るわれるでもなく、幼なじみに罵倒されビンタされることもない。
そんな平凡な毎日がこのまま続いてくれたら――例え無駄とは解っていても、月彦はそれを願わざるを得なかった。
(……今週を無事に過ごせれば……週末は白耀の屋敷でまったり過ごせるんだもんな)
なんだかんだで、あの屋敷は“避難場所”としては最適なのだ。家に居たのではいつ真央が鼻息荒くすり寄ってくるかと恐々とせねばならないし、かといって由梨子の家に行って和めば帰ったときに詰問責めが待っている。
その点、白耀の屋敷は非常に都合が良かった。真央に嘘をつく必要も無ければ、「何なら真央も一緒に来るか?」と気軽に声をかける事も出来る。さすがに真央も、白耀の屋敷ではそうそうモーションもかけられないだろうから、どちらにせよゆっくりと過ごす事が出来る筈なのだ。
(さすがに、毎週毎週誰かとデートじゃ……身が持たないもんな……)
人間、たまには一人でゆっくり過ごしたい夜だってあるのだ。既に白耀には、週末泊めてもらう旨を打診済みだ。空き部屋はいくらでもあるから、いつでも好きな時にいらしてくださいと、快く承諾してもらった。
「やっほー、紺崎クン。今帰り?」
月彦としても、白耀にはもう少しばかり“男”というものはどうあるべきかを教えてやらねばならないと思っていた。真狐を見習え、とまでは言う気はないが、好いた女性と二人きり一つ屋根の下で暮らし続けて何もしないというのはさすがにいかがなものかと思うわけだ。
「ちょっとちょっと、紺崎クン! 私よ、私!」
とにもかくにも、今週末は一人ないし白耀と男同士でゆっくり過ごすと決めているのだ。だから、厄介事を持ち込みそうな危険人物となど関わり合いたくはないし、出来ることなら視界にすら入れたくは無かった。
ましてや、その人物に“借り”があれば尚更だ。
「こらぁ! 無視するんじゃないわよ!」
どげしっ!
突然後頭部に鈍い痛みが走り、月彦はその場に軽く膝をついた。仕方なく振り返ると、そこには私服の矢紗美が肩を怒らせて仁王立ちしていた。
「あぁ、矢紗美さんでしたか。私服だったんで気がつきませんでした」
「……ふぅん、人がせっかく帰りを待っててあげたのに、そういう態度とるんだ」
頼んだ覚えも無いような事を恩着せがましく言われても困る――と、喉まで出かかるが、月彦は敢えて黙った。
「何か用ですか? 俺、これから急いで家に帰ってどうでもいいテレビ番組とか見なきゃいけないんですけど」
「素敵だわ、紺崎クン。そこまで露骨に嫌がられたら、是が非でも貴方を家に帰したく無くなったわ」
にっこり、とやけに威圧感のある笑みを向けられる。
「今気がつきましたけど、矢紗美さんってこうして見るとすっげー美人ですね」
「お世辞を言う時は、お世辞だって気がつかれないように言うのがコツよ、紺崎クン?」
「ははは、バレましたか。じゃあ、そういうわけで俺は先を急ぎますから――」
と、さりげなく去ろうとするも、むんずと肩を掴まれる。
「ちょっと話したい事があるんだけど、先に良いかしら? 何なら、紺崎クンちでその“どうでもいいテレビ番組”とやらを“一緒に見ながら”でも、私は一向に構わないんだけど」
「…………どこか喫茶店でお茶でもどうですか? 矢紗美さん」
やはり、逃げられないのか――まるで詰め将棋で追いつめられる玉将にでもなったような気分だった。
(……矢紗美さんを家に上げるなんて、絶対駄目だ)
何をされるか解らない上に、真央と遭遇した際には何が起きるかも解らない。故に、月彦は泣く泣く矢紗美と行動を共にするしか無いのだった。
「毎度々々で悪いんだけどさぁ、話っていうのは雪乃のコトなのよ」
席に着き、飲み物を注文するなり早速矢紗美は切り出した。
月彦達が入ったのは、裏通り沿いにある、商売っ気のないうらぶれた喫茶店だった。勿論選んだのは月彦で、ここならば間違っても知人やクラスメイト達は入ってこないだろうという理由に他ならない。
「あの子、最近どう?」
「どう……って、何がですか?」
「学校での様子よ。何か変じゃない?」
「変……って言われれば、いつも変ですが……強いて言うなら、最近ちょっとミスが目立つような気がしなくも……」
「雪乃本人からは何も聞いてないの?」
「ええ、何も」
月彦には、矢紗美が何を言いたいのか理解できなかった。確かに最近の雪乃は些か妙と言えなくもないのだが、誰にだって調子の悪い日くらいはある。特に、女性の場合確実に月に一度はそういう時期が来るものだと月彦は思っているから、雪乃がそういう状態なのもきっと“そう”なのだろうと、そのくらいの認識でしかなかった。
「実はね、この間あの子と少し呑んだんだけど」
「……先生、何か言ってました?」
口に出した瞬間、しまったと思った。矢紗美の事だから、「言われたら困るような事をした覚えでもあるの?」と切り替えされかねないのだ。
「……あの子、泣いてたわ」
「泣いてた……?」
しかし、矢紗美から帰ってきたのは意外な答えだった。
「ほら、あの子ってさ……普段は結構意地っ張りでなかなか本音言わないけど、お酒が入るとポロポロ漏らすじゃない」
「ええ、まぁ……確かにそんな感じではありましたね」
以前、矢紗美の部屋で晩餐を馳走になった時の事を月彦は思いだした。
「最初はね、ただの愚痴だったのよ。紺崎クンはどうして携帯を持ってくれないのか、とか全然電話くれないとか。それが気がついたら泣き出しちゃっててね、寂しい、寂しいってほろほろ涙零しながら呟いてたわ」
「ま、まさか……そんな……さすがに……」
いくらなんでもそのくらいの事で泣き出したりはしないだろう――とは思うも、脳裏に浮かぶのはやはり矢紗美の部屋での事。“あの雪乃”なら或いは――と思ってしまうのだ。
「紺崎クンはさ、家に居るときに雪乃の声が聞きたい〜とか、思うことあるの?」
「そりゃあ……ありますけど」
本音を言えば、そのようなことは皆無と言っても良かった。というよりも、雪乃の事をそれほど気に掛ける余裕が在るほどに、真央が一人にしてくれないのだからしょうがない。
「そういう時に、紺崎クンの方から電話かけてあげたりするだけで大分違うと思うんだけどなぁ」
「いや、でもうちは家族用の電話しかありませんから……なかなかそういう事は……」
「紺崎クンさ、どうして自分の携帯持たないの?」
それさえあれば、全ての問題は解決するのにとでも言いたげな矢紗美の顔に、月彦は言葉を詰まらせた。
(違うんです、携帯を持ってないから辛うじて凌げてるんですよ……)
しかし、それを説明出来る筈もない。
「一応前は持ってたんですけど、姉にとられちゃいまして。でも別に不便にも思わなかったから、結局そのままなんです」
だから結局、以前雪乃にしたのと同じ言い訳を矢紗美にもする羽目になってしまった。
「でも、今実際に不便になってるじゃない。これを機会に持っちゃえば?」
「い、いえ……そういうわけにも……携帯持つと金もかかりますし」
「ああ、そういうことなら大丈夫よ。雪乃に言えば多分二つ返事で紺崎クンの携帯代くらい出してくれるわよ。仮に雪乃が出さなくても、私が代わりに払ってあげる」
「そ、そんな……ヒモみたいな真似出来ません!」
過去にも似た様な誘いを雪乃から持ちかけられているだけに、矢紗美の提案には無駄に説得力があった。
「紺崎クンが付き合ってる相手が同年代の女子とかなら、確かにそういうわけにもいかないんだろうけどさ。相手は一回りも上の社会人なのよ? そのくらい甘えても罰は当たらないと思うけど」
「……矢紗美さん、いやに俺に携帯を勧めてきますね。先生にそう言えって頼まれたんですか?」
「んーん、あくまで私自身の考えよ。だって紺崎クンが携帯持ったら、私の方も連絡取りやすくなるし」
帰り道を待ち伏せするような事もしなくていいし、と付け加えて、矢紗美は飲み物に口を付ける。
「……例え携帯を持っても、矢紗美さんにだけは番号もメールアドレスも教えないから安心して下さい」
にっこり、と月彦は微笑むが。
「その時は雪乃の携帯を盗み見ることにするから、安心して」
これまたにっこりと矢紗美に微笑み返しをされ、固まってしまう。
「……喜んで下さい、矢紗美さん」
「何を喜べばいいのかしら?」
「矢紗美さんのおかげで、また一つ携帯を持ちたくない理由が増えました」
「大丈夫よ。ちゃんと雪乃に見られてもバレない用に、男の名前でメール送ったりするから」
「………………。」
雪乃にバレるから云々ではなく、純粋に矢紗美と交流を持ちたくないだけだということを何故解ってくれないのだろうか。
「とにかく、俺は携帯を持つ気はないですから。……話はそれで終わりですか?」
だったら帰る――と、月彦は半ば腰を浮かしながら尋ねるが。
「ううん、これからが本題」
にっこりとサド笑みを浮かべる矢紗美に再び席に着かされる。
「紺崎クン、今度の土曜日――」
「暇じゃないです」
矢紗美の言葉の最後を待たずに、月彦は即答していた。
「やんごとなき事情で朝から夜までみっちり用事で埋まってます」
「じゃあ、私のために時間空けて」
まるで月彦がそうするのが当然だと思っているかのような頼み方だった。
「ほんの半日でいいから。出来れば一日中のほうがいいんだけど」
「先生に頼まれたのならまだしも、どうして俺が矢紗美さんのために時間を空けないといけないんですか!」
空けたところで、どうせやることは決まっているのだ。そんなことのために、“一人でゆっくり過ごす”という壮大な計画を邪魔されては堪らない。
「……たしか、紺崎クンには“貸し”があったわよね?」
「……肩でも揉みましょうか? 矢紗美さん」
月彦は譲らない。平穏無事な毎日を守るために、勇気を振り絞って巨悪に立ち向かう、。
「私さ、紺崎クンのそういう所、嫌いじゃないよ? 若い子ってさ、すぐ“ヤらせて、ヤらせて”ってなるじゃない。その点紺崎クンは妙に落ち着いてるっていうか、全然がっつかないし」
すす、と。不意に何かが足を撫でた。どうやらそれは靴を脱いだ矢紗美の足先の様だった。
「実際、私がモーションかけても全然靡かないし。その余裕はどこから来てるのかしら。……やっぱり、雪乃の体はそんなに“良い”の?」
「ちょっと、矢紗美さん……やめてください」
脛、脹ら脛を撫でていた足が、股間のほうへと伸びてきて、月彦は慌てて手で払う。
「俺はただ、純粋に、先生を裏切りたくないだけです」
どの口で言ってるんだか――そんな良心の呟き声から月彦は頑なに耳を塞ぐ。
「本当にそうなのかしら。それにしては……雪乃にも少し素っ気なすぎるんじゃない?」
「その辺は人それぞれだと思いますよ。毎日ベタベタするのが最良だとは思いません。普段は離れていて、たまに二人きりで濃密な時間を過ごすくらいの方が俺は良いと思います」
「そうねぇ、紺崎クンの言うことももっともだわ。………………私も過ごしたいな、紺崎クンと“濃密な時間”をさ」
「……矢紗美さん。お願いですから、人の話をちゃんと聞いて下さい。俺は先生を裏切りたくないんですよ」
「既に二回も裏切っちゃってる癖に。二回も三回も変わらないじゃない」
「大違いです。……もう、遠回しに言っても解って貰えないみたいなんではっきり言いますけど、矢紗美さんには女性としての魅力をこれっぽっちも感じないんです。いえ、矢紗美さんの魅力がゼロっていうわけじゃなくて、あくまで俺の好みとしては――という話ですが。とりあえずそういうわけなんで、もう俺のことは諦めて下さい」
月彦なりに、勇気を振り絞った大胆発言だった。勿論本音を言えば、矢紗美はそれなりに美人ではあると思うし、発散される色気という点では雪乃に負けず劣らずだと思っていた。しかし、ここは心を鬼にして突き放さねばと、あえて辛辣な言葉を使ったのだ。
矢紗美もさすがにショックを受けたのか、先ほどまでの様にすぐには言葉を返さずに黙り込んでしまった。
さすがにちょっと言い過ぎたかな――月彦が謝罪の言葉を口にしようかと思ったその時だった。
「紺崎クンさ……拳銃とか興味ある?」
急に矢紗美が物騒な事を言い出した。
「べ、別に……興味なんかありませんけど」
「拳銃が嫌ならライフルでもショットガンでもいいんだけど、そういうの撃ってみたいって思わない?」
「思いません!」
他ならぬ矢紗美が言っているのだ。恐らくモデルガンなどでは無いだろう。
「そっかぁ、紺崎クンも男の子だからそういうのに興味あるかと思ったんだけどなぁ」
「一体何の話ですか」
月彦には矢紗美の意図が理解できなかった。一体全体どういう話の流れで拳銃の話になどなったのか。
「何の話って、紺崎クンは私に女としての魅力を感じないんでしょ?」
「……ええ、そう言いましたが…………」
「だったら、物で釣ってみようかなぁって。……でも拳銃がダメとなると……うーん、さすがに覚醒剤とかは横流しも難しいし体にも悪いし……」
「なっ、なに物騒な事言ってるんですか! だいたい、物で釣るって……」
「あら、私ってこう見えて結構尽くすタイプなんだから。紺崎クンの頼みなら、押収品の横流しくらい二つ返事よ?」
「頼みません! 頼みませんから、絶対そんな事はやめてください!」
そんな物騒な“尽くすタイプ”はごめんだとばかりに月彦は声を荒げる。
(先生といい、矢紗美さんといい、どうしてこう……)
デート(?)の誘い一つ断るのにここまで苦労しなければならないのだろう。週末を一人でゆっくり過ごすという望みはそれほど贅沢だとでもいうのだろうか。
「……矢紗美さん、後生ですから解って下さい。今度の週末は本当に無理なんです」
土下座して解ってもらえるものならば、人目を憚らず――といっても店内には他の客は居らず、店員のみなのだが――やっても良いくらいだった。
それほどに、月彦は“休息”を渇望していた。
「……しょうがないわね、解ったわよ」
「いや、そう言わずにマジでお願い――……え?」
はたと、月彦は己の耳を疑った。今、解ったと聞こえなかったか。
「解ったって、そう言ったの。もう……紺崎クンってほんっと強情なんだから」
「諦めて……くれるんですか?」
ただ、デート(?)の誘いを断れただけだというのに、まるで小躍りでもしたいような気分だった。
「だって、このまま無理強いしたら紺崎クンにますます嫌われちゃいそうだし。しょうがないから今回は大人しく雪乃に譲る事にするわ」
はぁ、と矢紗美がため息をつく。月彦は矢紗美の言葉の後半にくっついていた不気味な一言に、胸中で行われていた“月彦祭り”が一斉に止まるのを感じた。
「……どういう意味ですか? 矢紗美さん」
「だから、週末は雪乃に譲るって、そう言ったの。紺崎クンも雪乃なら構わないんでしょ?」
さっきそう言ったわよね?――笑顔で促され、月彦は恐る恐る己の記憶を振り返った。
“先生に頼まれたのならまだしも”……確かにそう言っている自分が居た。
「いや、でも――」
「まさか、紺崎クン……この私が“ここまで”譲ってあげたのに、さらに断るってことは無いわよね?」
“ここまで”――ただ、デート(?)の誘いを蹴っただけであるというのに、それにかかった労力が凄まじかったせいで矢紗美の言葉には無駄に説得力があった。
「そうねぇ、この間の貸しの分も含めて、週末紺崎クンの方から雪乃をデートに誘ってあげて。これなら構わないでしょ?」
どうやら矢紗美の頭の中には、“紺崎月彦はやんごとなき事情で土曜日は朝から晩まで用事で埋まっている”という情報はインプットされていないらしかった。
(さすが先生の姉……先生より酷い…………)
無理難題を言われているのは自分だというのに、ここでさらに矢紗美の申し出を断ってしまったら、ひどく理不尽な真似をしてしまったような錯覚に囚われそうだから不思議だった。
「………………矢紗美さん、一つだけ聞いてもいいですか?」
「なぁに?」
「その提案って、矢紗美さんの独断ですよね? 俺が先生をデートに誘っても、矢紗美さんには何も得は無いと思うんですけど……」
「あら、そんな事は無いわよ? これは一種の保険なんだから」
「保険……?」
月彦には、矢紗美が言わんとする事の意味がわからなかった。
「紺崎クンと雪乃が将来くっついた時、私は愛人にしてもらうの。その為にはいまのうちから雪乃に恩を売ってポイント稼いでおかなくっちゃ」
「………………。」
愛人はポイント制によって成り立つのだという話を、月彦は初めて耳にした。
「まぁまぁ、そう堅くならないで。結婚なんてまだまだ先の話よ。………………紺崎クン次第じゃ、もっと早くなるかもしれないけど」
「……どういう意味ですか?」
んふふ、と矢紗美は意味深な笑みを浮かべる。
「うちの親ってさ、出来ちゃった婚だったのよ」
「へぇ……そうなんですか」
「ついでに言うなら、従姉妹二人も出来ちゃった婚してるわ」
「…………。」
「さらに言うなら、母方の祖父母も――」
「な、何が言いたいんですか!」
「んー、別にぃ。ただ、うちの家系って“そういうパターンの結婚”が圧倒的に多い、ってそういう話よ」
「…………肝に、命じます」
顔を蒼白にしながら、月彦は頷いた。
「…………週末……一応、誘ってはみますけど、期待はしないで下さいね。先生にだって予定はあるんでしょうから」
「ああ、大丈夫よ。紺崎クンの誘いならあの子、親の葬式蹴っぱってでもデートの方を選ぶに決まってるわ。私が保証してあげる」
そんな保証なんか要らない――“週末は一人で”という予定がガラガラと音を立てて崩れ去るのを感じながら、月彦は小さくため息をついた。
月彦は一晩悩んだ。
雛森雪乃とその姉、矢紗美に関して、これほどまでに真剣に考えたのはいつぞや雪乃の部屋に行った時以来ではないだろうか。
議題は勿論、関係を破棄するか否か――に関してだ。
(先生だけなら、大丈夫。全然、我慢できる……)
前は雪乃だけでも手を焼いたものだが、最近はどうもそれにも慣れてしまったらしい。或いは、矢紗美の存在があまりに凶悪過ぎて、雪乃の性格が目立たないだけなのかもしれないわけだが。
(そう、問題は矢紗美さんだ……正直、ついていけない……)
あの強引さは、きっとそういう風にぐいぐい引っ張られるのが好きな人種には魅力的に映るのであろうが、月彦にはそういった属性は皆無だった。
昨日の待ち伏せに関しても、たまたま一人で下校中だったから良かったようなものの、もし真央と二人の所に現れていたら大惨事になるところだったのだ。
(挙げ句、先生とデートしろだなんて……)
渋々引き受けはしたものの、決して納得したわけではなかった。納得したわけでもないのに引き受けたのには――やはり、雪乃に対する負い目があるからに他ならなかった。
(先生が泣いてた……かぁ……)
もし矢紗美からその話を聞かなかったら、或いは断っていたかもしれない。そこまで寂しい思いをさせてしまっているのなら、しょうがない――デートに誘う事を引き受けたのには、そういった心の流れもあった。
確かに、真央は言うまでもなく、由梨子に関しても学校生活の中で隠れて会ったり、話をしたりという形でそれなりに逢瀬は重ねられる。しかし、雪乃とはあくまで教師と生徒としてのみのコミュニケーションで決してそれ以上の事は無い。
だから、余計に寂しいと感じるのかもしれない。
(まあでも、デートに誘えとは言われたけど、丸一日付き合えとは言われてないもんな)
月彦があまりにもあっさりと引き受け、子細についての取り決めをする暇を矢紗美に与えなかったのは無論目論見があるからだ。
(午前中ちょこっと先生に付き合って、午後から白耀の屋敷に行けば……十分まったりできる!)
何もデート=セックスという方程式に従う必要など無いのだ。ちょっと会って、話をするだけでも十分デートではないか。
結局なんだかんだと考えた割には、出た結論は“現状維持”であったりする。ともかくそれが一番波風が立たない方法なのだ。
翌日、英語の授業が終了するなり、月彦は早速雪乃に声をかけてみることにした。勿論、雪乃にはずせぬ用事があることを願いながら。
「あの、雛森先生」
雪乃が教室から出るなり、そっと後ろから声をかけてみる。ゆらり、と振り返った雪乃は確かに、些か窶れて見えた。
(教室の中で遠くから見てる分には、そんなに気がつかなかったけど……)
こうして面と向かって見ると確かに窶れている。きちんと睡眠、食事はとっているのだろうかと不安になるほどに。
「……どうしたの? 紺崎くん」
「いや、ええと……その、ここじゃなんですから」
月彦は雪乃を先導するようにして、一旦資料室の中へと移動する。もちろん、室内に人影などは皆無だった。
「えーと、改まって話すような事でもないんですけど」
月彦はちらり、と雪乃の表情を覗き見る。なんとも瞼が重そうで、経ったままふらふら、ゆらゆらと今にも倒れそうに見えた。
「っと、その前に……先生、大丈夫ですか?」
「……大丈夫って、何が?」
「何がって、いろいろですよ。ちゃんとご飯食べてますか? 夜は眠れてます?」
「…………誰のせいだと……」
ぼそりと、雪乃が何かを呟くが、月彦には聞き取れなかった。
「えっ、何ですか?」
「……何でもない。用件は何?」
「いやぁ……とっても言いづらい事なんですけど…………先生、今度の休み、用事ありますよね?」
「無いけど……」
「そんな筈ないですって! よぅく思い出して下さいよ、友達と遊ぶ予定あったりしませんか?」
月彦は必死に促すが、雪乃の答えが変わる事はなかった。
「……そうですか。予定……無いんですか」
「うん。私は紺崎くんと違って、週末は基本的に暇なの。紺崎くんは今週末も予定で一杯一杯なんでしょ?」
半ば嫌味じみた雪乃の言い方だが、月彦は頷かざるを得なかった。そういう事にしておかなければ、いざというとき時間が確保できないのだ。
「ええ、今週末も予定がぎっちり……だったんですけど…………土曜日の午前中だったら時間とれそうなんです」
「……えっ……?」
ぴくりと、雪乃が肩を揺らした。
「紺崎くん、それって……」
「ええ、一応……デートに誘ってるつもり……なんですけど……」
「デート……」
ぴたりと、急に雪乃の全ての動きが止まった。そのまま、ゆっくり、徐々に。背後へと倒れ出すのを見るなり、月彦は慌てて雪乃の腕を掴み、体を支えた。
「せ、先生! 大丈夫ですか!?」
「あ、う、うん……ごめんね、ちょっと……気が遠くなっちゃったみたい……」
よろけながらも、雪乃はなんとか自力で立つ。
「本当に大丈夫ですか?」
「うん……大丈夫……大丈夫だから……そんな事より、紺崎くん」
「何ですか?」
「……ほっぺた、抓ってくれる?」
月彦は雪乃に言われるままに、その頬をむにぃ、と摘んでみる。
「もっと強く、抓って」
「わ、解りました」
少しだけ指先に力をこめ、くいっ、と抓ってみる。
「いたたたた……」
「す、すみません、強すぎましたか」
月彦は慌てて手を離し、雪乃の頬をさする。余程痛かったのか、雪乃は両目に涙を浮かべていた。
「良かった……今度は夢じゃなかったんだ」
「当たり前ですよ!」
たかだかデートに誘ったくらいで大げさな――と思うも、振り返ってみれば自分から雪乃を誘うのはこれが初めての事だった。
(……そりゃあ、夢かと疑われもする……か)
雪乃が新車を買った時でさえ、散々水を向けられてやむなく誘っただけだ。そういう意味で、完全に抜き打ちで、純粋に月彦の側から誘うというのは今回が初めてという事になる。今更ながら、雪乃が不憫に思えてくる。昨日矢紗美が言っていた事も、案外本当なのかもしれない。
「それで、紺崎くん」
「はい」
「午前中だけ……なのよね?」
「ええ、残念ながら……午後はどうしてもはずせない予定が入っちゃってまして」
「午前中って事は、午前零時からならOKって事?」
「………………。」
月彦は一瞬、雪乃が冗談を言っているのかと思った。が、しかし――その目が夢見る少女の様に爛々と輝いているのを見て、どうやら本気らしいと悟らざるを得なかった。
「さ、さすがに午前零時は勘弁してください。……せめて、そうですね……八時か九時くらいからなら……」
「八時か九時……に、待ち合わせ?」
「え、えぇ……俺としてはもっと遅くてもいいんですが」
「やだ!」
耳がキィンとなるほどの大声で否定された。
「八時か九時なら、八時に待ち合わせ! 場所は、紺崎くんが決めていいから」
八時か九時、ではなく、何故具体的に九時と言わなかったのか。月彦は己の迂闊さを後悔した。
「わ、解りました……じゃあ、場所は――」
月彦は昨日矢紗美と話をした喫茶店の名前と場所を雪乃に伝えた。なんだかんだで、あの人気の無さを気に入ったのだ。
「……喫茶店って、朝の八時に開いてるの?」
「………………。」
言われてみれば――と、月彦は己の記憶を辿る。確か、開店時間は朝の九時と書かれていた筈だ。
「じゃあ、やっぱり九時待ち合わせで」
じろりと、雪乃が無言の威圧を向けてくる。喫茶店の開店時間ごときでデートの時間を一時間も減らされてたまるかという意志が、刺す様に浴びせかけられる。
「わ、わかりましたよ! じゃあ、普通に駅前で八時に待ち合わせしましょう。それでいいですね?」
「そう、ね……紺崎くん、私は車で行った方がいいの?」
暗に、そこから車でどこかに出かけるのか――そういう意味合いの事を雪乃は聞いてきているのだろう。
「いえ、徒歩でお願いします」
月彦は一瞬考え、そう結論を出した。車に乗ってしまっては、どうしても雪乃の方にアドバンテージが移ってしまう。最悪、そのまま絶対に昼までに帰宅できない場所に連れて行かれる可能性もあるのだ。
(矢紗美さんの例もあるしな……)
人間は学習する生き物なのだ。同じ轍は踏まない――月彦はうむりと頷く。
「解ったわ、紺崎くん。駅前に、朝の八時ね?」
「ええ、それでお願いします」
じゃあそういうわけで――と、月彦は一足先に資料室を後にしようとして。
「紺崎くん!」
呼び止められた。
「……土曜日、私……楽しみにしてるから」
俺もです――そう同意するしか、月彦には選択肢がなかった。
「白耀の家に遊びに行くんだ」
土曜日の朝、さりげなく家を出ようと試みたものの、目ざとい真央に見つかって呼び止められた際、月彦はさも自然にそう言い訳した。
「……何をしにいくの?」
あからさまに疑惑の目を絡みつかせるように向けながら、そんな問いかけを浴びせられる。
「いや、ほら……この間、借りた服をダメにしちまっただろ? それを謝りに行くついでに白耀と将棋でも指そうかと思ってな」
嘘では無かった。事実月彦はメイド服の件を謝りに行くつもりであったし、白耀の屋敷に将棋盤があることも確認済みだった。ただ、屋敷につくのは午後以降になるという点だけが真央に伝わっていないだけに過ぎない。
「何なら、真央も来るか?」
本当なら、二人で服をダメにしてしまったのだから一緒に謝りに行こう、というのが筋というもの。しかし、あからさまに女ッ気のない、それでいてデートらしさのかけらもない用事を全面に押し出す事で、月彦は露骨に真央の興味を奪った。
「……私、行かない」
さもつまらなそうに、足下に小石でもあれば蹴り飛ばしそうな真央のしぐさ。
「まあ、それが良いだろうな。ちゃんと一人で留守番してるんだぞ?」
頭をナデナデ、じゃあ行ってくる――と靴を履こうとした矢先。
「じゃあ、父さま。私……由梨ちゃんの家に行ってもいい?」
「由梨ちゃんの家に? ま、まぁ……良いんじゃないかな」
これだ、と月彦は思う。最近一人で出かけようとすると、何かと真央が由梨子の家に行こうとするのだ。
(お陰で由梨ちゃんと一緒に出かけるのが無茶苦茶難しくなっちまった……)
今回は雪乃とのデートであるから大丈夫だが、もし由梨子と出かける予定であったなら、少々面倒な事になった事だろう。
「また料理教えてもらうのか?」
「ううん、今度は編み物教えてもらうの」
「編み物……かぁ。いいんじゃないか?」
如何にも女の子らしい、それでいて由梨子らしい趣味だ。止める必要性は皆無だった。
「頑張って習ってくるんだぞ、真央。期待してるからな?」
料理を習ってきて、あからさまに毒(?)を盛られるよりは全然マシだと、月彦はことさら編み物を推奨するように真央の髪を、顎の下を撫でる。
「じゃあ、いってく――」
「月彦、出かけるの?」
いざ、とドアノブを握った瞬間、今度は葛葉がぱたぱたとスリッパの音をはためかせながら早足に歩いてくる。
「ああ、ちょっと友達の家に……多分、昼も夕飯も要らないから」
「そう、真央ちゃんも出かけるの?」
うん、と真央が頷く。
「霧亜も居ないし、母さんも昼前にはちょっと出かけるから、二人とも家の鍵はちゃんと持って出なさいね?」
「大丈夫だって。家の鍵くらいいつも持ってるよ」
葛葉に言われるまでもなく、と月彦はポケットから鍵付きのキーホルダーを取り出し、見せる。
(珍しい……母さんがわざわざそんなこと注意するなんて……)
むしろ何故今日に限って、と思ってしまう。
(……つまり、今日は家の鍵を持って出ないと、エラい目に遭うっていう事……なのか……?)
しかし、今日は初めから白耀の屋敷に泊まるつもりなのだ。だからそもそも鍵はそれほど重要ではない筈だった。既に、白耀の承諾まで取り付けてある。泊まれない可能性はほぼ皆無と言っても良かった。
(……いやでも、母さんが言うことだからな……)
白耀が何らかの突発的な用事で留守、あるいは他の理由で失敗に終わるという暗示だろうか。何気ない、母親の日常会話であるのに、今までの事が事なだけに、まるで予言者の神託か何かのように考えてしまう月彦だった。
自分から人を誘っておいて、待ち合わせ時間に遅れるというのは人間として非常に恥ずべき行為だと月彦は思っていた。
だから、基本的には待ち合わせ場所には十五分は早く行くようにしているわけなのだが。
(………………先生、多分……もう居るんだろうな……)
先日の遊園地に行った時の事を鑑みるに、そんな予感がするのだ。下手をすれば、家の近くにまで来ているかもしれない。
(……せっかちなのか、我慢が苦手なのか……)
或いは、それほど想われているという事なのだろうか。自惚れたくはないのだが、時折雪乃から向けられる強烈な波動に気圧されてしまうのも事実だった。
「あっ……」
そして案の定――とでも言うべきか。駅前へと通じる道の途中の曲がり角でばったりと雪乃と遭遇してしまう。
「き、奇遇ね、紺崎くん……こんな所で会うなんて」
さすがに雪乃も些かばつがわるいのか、やや裏返った声でいけしゃあしゃあとそんな言い訳(?)をしてくる。
「……先生、確か……待ち合わせは“駅前に八時”でしたよね? それとも、俺が勘違いしてたんでしょうか」
「わ、私も最初は駅前で待ってたの! でも……紺崎くんがなかなか来ないから……」
月彦は無駄とは解っていても腕時計に目をやらざるを得なかった。時刻は、午前七時半をやや過ぎた辺り。
(先生……いったい何時から待ってたんだ……)
次からは、待ち合わせ時間を遅めにして、時間よりも早く行くようにしよう、そうしようと、月彦は心に決めた。
(じゃないと、そのうち家まで迎えに来られそうだ……)
それは恐ろしい大惨事を引き起こす引き金となることだろう。月彦は改めて、己の平穏無事な生活は薄氷一枚のような危うさの上で成り立っている事を思い知った。
「……まぁ、良いです。予定よりは少し早いですが……出かけましょうか」
「そ、そうね……今日はどこに連れて行ってくれるの?」
すりっ……と。良く慣れた飼い猫のように雪乃がすり寄ってくる。
「え、映画でも見に行ってみようかと思うんですけど、どうですか?」
本来ならば、デートに誘った段階で何処に行くかを決めてしまうのが一番なのだろう。しかし、当日の真央、由梨子の動きが解らない以上、迂闊に何処へ行く、とは決められなかった。
(でもまぁ、真央が由梨ちゃんの家に行くのなら、映画館は安全だろう)
念のため、地元のではなくいくらか離れた映画館に行くつもりではあった。無論雪乃には“学校の友達に見られるとまずいから”と説明するつもりだった。その点に関しては雪乃とて同感な筈だからだ。
「映画……かぁ……なんか本当にデートみたい」
「……本当にデートなんですよ」
夢見る少女のような顔の雪乃を連れて、駅前へと向かう。すでに映画館の場所はリサーチ済みだから、行き先で迷う様な事も無かった。電車で移動すること約三十分、駅からさらにぶらぶらと喋ったり道沿いの店の中を軽く見て回ったりして時間を潰しながら、ほどなく目的の映画館に到着した。
「さて、何を観ましょうか」
上映時間と、現在のラインナップを前に話し掛けるも、雪乃はどこか上の空。
「先生?」
「あっ、うん……な、何?」
「いえ、先生は何を観たいですか?」
「そ、そうね……紺崎くんはどれがいいの?」
何となく、そういう答えが返ってくるのではないかと思っていた。
(……さて、先生はどういうのが良いのかな)
年齢的にアニメは除外したほうが良いだろう。それでいてなるべく良く聞く名前の――CMなどでも流れているものを――重点的にチェックしていくと、最終的に残った候補は四つ。一つは古いアニメを原作にCGと実写で再構成されたもので、学校で級友が見に行って面白かったと零していた映画だ。二つ目は古い漫画が原作の忍者もの、三つ目は最近までテレビでやっていた病院もののドラマの映画版、そして最後は動物ものの映画だった。
恐らく、純粋に人気と評判だけで判断すれば、最初の三つの中から選ぶ事になるのだろう。特に、評判――という点において最後の動物ものは酷く低いものであると認めざるを得なかった。であるのに、それが候補に入ってしまったのは、所謂それが月彦の第一希望だからだ。
(動物ものは良い……心が和む……)
ストーリーなどどうでも良い。ただ、可愛らしい動物の姿がそこにあれば。
(一人で観るんだったら、間違いなくそれだが……)
それでは、デートの意味がない。二人して楽しめるものでなくてはダメなのだ。
「……そうですね。一応候補としては――」
月彦は先ほど思案した三つのタイトルを延べ、さらにさりげなく最後に自分の第一希望を付け加えた。これで雪乃が選んでくれるのなら、何も問題は無いのだが。
「私も、その辺かな……紺崎くんはその中でどれが一番観たいの?」
「先生、ズルいですよ。絞り込んだのは俺なんですから、今度は先生が決めて下さい」
「ズルいの意味がよく分からないけど……じゃあ――」
そして、結局雪乃が選んだのは三番目の、テレビドラマの劇場版だった。
「テレビでやってた時も観てたから」
「じゃあ、それにしましょうか」
月彦は少しだけ残念であったが、仕方がない。人と一緒に観に来た以上、観たい映画が見れない可能性も勿論考慮しておかねばならない事だ。
(……でも、パンフくらいは貰っておこう)
月彦はチケットを購入する際、さりげなくパンフレットを取り、ポケットに忍ばせた。
「私ね、一時期……看護婦さんになろうって思ってた頃があったの」
映画を見終わり、ファミレスで小休止兼少し早めの昼食をとりつつ、映画の感想などを言いあっていた時だった。
「先生が看護婦……いや、看護士……ですか」
それはさぞかし、悪意無き嫌がらせになった事だろう。この雪乃のプロポーションでナース服など着た日には、男性患者達はやり場のない欲求にベッドの上で悶え苦しむのではないか。
「でも、結局教師を選んじゃった。今でも時々思うわ、看護婦になってたらどうなったのかなぁ、って」
「若くて二枚目のお医者さん捕まえて、玉の輿になってたかもしれませんね」
事実、先ほど観た映画にもそのような要素は含まれていた。月彦は元となったテレビドラマを一話たりとも見ていないので推測するしか無かったのだが、どうやら一人の新米看護婦を主人公とした痛快コメディドラマ――を基礎にした風刺映画らしかった。
所々に原作ドラマネタらしいものがちりばめられており(月彦はドラマを見ていないのでさっぱりだったが)、原作ドラマからの伏線らしいものもあり(これまた解らなかったわけなのだが)、土台がコメディドラマであるにもかかわらず、医療ミスや院内派閥の確執、医療器具メーカーとの癒着等々、重苦しいテーマを無理に採用しようとした挙げ句、なんともどっちつかずな内容のまま最後は無理矢理泣かせに入ったような微妙な内容の映画だった。
(……でも、先生……最後はうるうるしてたなぁ……)
テレビドラマの方を見ていれば、まだ見方も変わったのかもしれないが、少なくとも全くの予備知識無しに観て「よし、テレビドラマの方も見てみよう」と思うような出来でなかった事は確かだった。
「まあでも、先生は教師になって良かったんじゃないんですか? そうじゃなかったら、俺も先生に出会えなかったでしょうし」
「そうね。そう考えると……ベストだったって思えるわ」
果たして本当にそうでしょうか――雪乃に対して負い目がある月彦は心の中でそう呟いてしまう。
(俺に“引っかかっちゃった”事自体、間違いの始まりのような気がしなくも…………)
あまり自分の事を卑下したくはないが、少なくとも三つ股(さらに不本意ながら雪乃の姉を加えるなら四つ股にもなる)をするような男よりはまだ、普通に自分だけを愛してくれる男性と付き合う方が幸福なのではないだろうか。
「それで……紺崎くんはこれからどうするの? そろそろ時間だけど……」
言われて、気がつく。時刻はもう午前十一時半を過ぎようとしていた。
(そろそろ先生ともお別れ……か)
いざこうしてデートをしてみると、午前中だけというのはなんとも物足りなく感じてしまうから不思議だった。
(前の時と違って、先生もあんまり無茶言わないもんな……)
せいぜい、電車で移動した後に腕を組みたいと言われたくらいだろうか。
(……実は夕方までは大丈夫って、そう言ったら先生は喜んでくれるかな)
白耀の屋敷へは夕方から行って、夜ゆっくりすればいいのではないか――月彦の中で、徐々にそんな誘惑が膨らんでいく。
「……先生、ちょっと待っててもらえますか」
月彦は席を立ち、ファミレスの隅に置いてある公衆電話から白耀の屋敷へと電話をかける。電話に出たのは白耀ではなく菖蒲の方だった。月彦はてっきり、またにべもなく電話を切られるのではないかと危惧したが、どうやら虫の居所が良かったらしい。到着が遅れる旨の伝言は、意外なほどすんなりと受け取ってもらえた。
月彦はゆっくりと受話器を置き、席に戻る。
「先生、夕方までは大丈夫になりました」
「本当!?」
「ええ、その代わり埋め合わせがちょっと大変そうですが」
真っ赤な嘘だったが、人に喜ばれる嘘ならば許されるだろう。
「ごめんね、紺崎くん……私のために」
ごめんね、と口では言っているものの、嬉しさが全面に出てしまっているらしい雪乃の顔は少しもすまなそうには見えなかった。きっと雪乃に尻尾があれば、ちぎれんばかりに左右に振られている事だろう。
「いえ、普段なかなか時間とれませんから、たまにはこのくらい……」
いつもの事ながら、雪乃のこういった反応は本人にとって非常に得な方向へと働いていると、月彦は思う。これだけ喜んで貰えるなら、もっと無理をしてしまおうかという気にさえさせられるからだ。
「まあ、そういうわけで時間が少し延びたわけですけど……これからどうしましょうか」
「そ、そうね……夕方まで……だいたい六時間くらいかしら。あんまり遠くまで行っちゃうと時間までに戻ってこれなくなるかもしれないわね」
どうやら雪乃の中で“夕方まで”=午後六時までと決められているらしかった。
「先生はどこか行きたい所とかあります?」
映画館に行くことは自分が決めた事であるから、次は雪乃の行きたい所に行くというのが順番としても自然に思えたわけなのだが。
「私が……行きたいところ……」
「ええ、あんまり遠くなくて、駅からもそれほど離れてない場所で、どこかありませんか?」
さすがに六時間という時間はこうしてファミレスで話し込むにしては長すぎる。
「……一つ、あるわ」
ちらり、と。まるで父親に欲しい物をねだる少女のような上目遣いで。
「あんまり遠くなくて、駅からもそれほど離れてなくて、さらに私が一度も行ったことがなくて、ずっと行ってみたかった所……」
「先生がずっと行ってみたかった所……ですか」
何故だろう、月彦はとてつもなく嫌な予感がした。雪乃が今から言おうとしていることは、きっと無理難題に違いないと。
不意に、脳裏で家を出る前に葛葉が言った言葉を思い出した。ちゃんと鍵は持った?――違う、そちらの方ではない。問題なのは、昼前から出かけるから――の一文の方だ。
そして、案の定、雪乃の申し出は――。
「……私、紺崎くんの家に……行ってみたいな」
「おじゃま……しまぁす……」
まさに借りてきた猫状態。紺崎邸に恐る恐る上がる雪乃の様子はそんな言葉が当てはまった。
(俺も初めて由梨ちゃんちに上がる時は緊張したけど……)
雪乃の様子を見るに、その比ではないように思えた。
そう、結局の所月彦は部屋に行ってみたいという雪乃の申し出を受けたのだった。本来ならば、火種を火薬庫に招き入れるにも近しいそんな行為は忌避して然るべきものだったのだが、月彦は敢えて雪乃の申し出を受け入れた。
理由は――家を出る前の葛葉とのやり取りだ。
(何となくだけど……今日は大丈夫な気がする……)
ただのカンと言われればそれまでだが、どうにも葛葉が出かけたのは雪乃を家に招くための前フリとしか思えないのだった。
(もっとどうしようもない時に家に行きたいって言われるよりは、大丈夫な日に招いておいて次からはきちんと断った方が……)
勿論、長居をさせる気などさらさらない。軽く部屋を見せたら、すぐに出ると雪乃にも予め言ってあった。
「け、けっこう普通のお家なのね……」
「別に洞窟に住んでるといった覚えはありませんよ。あ、念のため靴は持って上がって下さいね」
やや前屈み、そろりそろりとつま先で歩く雪乃を先導する様にして、月彦は二階へと上がる。
「どうしよう……私、男の子の部屋に上がるのって初めてだから、なんだかドキドキしてきちゃった」
「じゃあ、止めときますか?」
「嫌よ。ここまで来たんだから、紺崎くんの部屋を見るまでは死んでも帰らないわ」
さりげなく申し出るが、即座に雪乃に拒否された。
「そんなに価値があるものじゃないと思うんですが……俺の部屋はここです」
もったいぶっても仕方がない。月彦はさっさとドアを開けて中に入る。遅れて、そろそろと雪乃が入ってきた。
「ここが……紺崎くんの部屋?」
「ええ。普通でしょう?」
「そ、そうね……普通……だわ……」
雪乃はキョロキョロと、何かを捜すようにしきりに周囲を見回している。ああ、アレを捜しているのだなと、月彦にはすぐに察しがついた。
「もしかして、先生が捜しているのはこれですか?」
月彦はさりげなく、机の下に鎮座されている貯金箱を指さした。
「……どうしてそんなところに置いてあるの?」
思い出の品のあんまりな扱いに、雪乃がムッと眉を寄せる。
「いや、だって飾る所が無いんですよ。だからしょうがなく」
「そうだけど……だったらあのボトルシップをどかせばいいんじゃない?」
雪乃の指摘は尤もだった。何故なら、ボトルシップが来るまでは確かにそこに貯金箱があったのだから。
「ま、まぁ……そうですけどあんな高い所に貯金箱置いたらお金なんか絶対いれられないじゃないですか。だったら、多少日陰でもすぐ手の届く所のほうが……」
「……その割には、全然お金貯まってないみたいだけど」
貯金箱の台座の所にあるデジタルカウンターを指さして、雪乃がじろりと非難の目を向けてくる。
「こ、今月は金穴なんですよ! 何かと出費がかさんじゃって……」
“何かと出費”の中には先生とのデートも入ってるんですよ、と月彦も負けじと非難の目を向けるが、雪乃には自分が原因だという自覚は皆無な様だった。
「さあ、これで満足してもらえましたか?」
月彦はさりげなく退室を促すが、雪乃は敢えて聞こえないフリでもするかのように、ふいと本棚の方を向いてしまう。
「ふぅん、紺崎くんってこういう漫画とか読むんだ」
手に取り、ぱらぱらとめくる雪乃の手つきはなんとも焦れったく、何をするにも時間をかけて退室時間を出来る限り引き延ばそうとしているのがバレバレだった。
(……なんとなく、そうなるんじゃないかなとは思ってたけど……)
いざとなったら、雪乃の腕を引いてでも家から出るしかないと、月彦が思ったその時だった。不意に、雪乃が首を傾げながら尋ねてきた。
「ねえ、紺崎くん。一つ……聞いてもいいかしら」
「何でしょうか」
「どうしてベッドに枕が二つあるの?」
「……え?」
言われて、気がつく。確かにベッドには枕が――自分用と真央用の――二つ置かれていた。
(しまった! 先に片づけておくんだった!)
さてなんと言って誤魔化そうか。月彦の頭はフル回転した。
「えーと……それはですね。俺ってきちんと頭が枕の上にのってないと巧く眠れないんです。そのくせ寝相が悪いものですから、何回寝返り打っても必ず枕の上に頭が載るようにしてるんです」
「……本当かしら」
ジトリ、と絡みつくような雪乃の目。
「ひょっとして、紺崎くん……その年でまだ家族に添い寝してもらわないと眠れなかったりとか……」
「そ、そんなわけ無いじゃないですか!」
「そうよね。紺崎くんってマザコンっぽくないし、どちらかていうとシスコンっぽいけど」
「俺のどこがシスコンなんですか……」
確かに姉に対してコンプレックスはあるが、それを雪乃の前で露呈したことはない筈だ。
「紺崎くん。……ちょっと、ベッドに座ってみてもいい?」
「……どうぞ」
「えへへへへ……じゃあ、遠慮無く」
ぽふん、と雪乃がベッドに座り、なにやらシーツを愛しそうになで始める。勿論、ベッドシーツはきちんと毎日洗濯したものに代えているから、“昨夜の残り”が手についたりという事はない。
「……ちょっと横になってみてもいい?」
「かまいませんが……」
えへへ、と照れ笑いを残して、雪乃はするりと掛け布団の下へと潜り込んでしまう。あくまで、ただ横になるだけだと思っていた月彦は思わぬ雪乃の行動に些か面食らってしまった。
「これが紺崎くんのベッドの寝心地かぁ……軋みがちょっと酷いみたいだけど、寝返りで目が覚めちゃったりしないの?」
「……大丈夫です。眠るときはそれこそ泥の様に眠りますから」
確かに、ベッドの軋みは些か酷い。勿論それは、連日連夜酷使し続けているからに他ならないわけなのだが。
「私……なんだか眠たくなってきちゃった」
「ちょ、先生! 何言ってるんですか!」
大あくびをする雪乃から、月彦は慌てて掛け布団を引っぺがそうとする。
「じょ、冗談よ、冗談。私だって、紺崎くんの家族に見つかったら拙い事くらい解ってるんだから」
「だったら早く出て下さい! ちょっと部屋を見るだけっていう約束だったじゃないですか!」
「だってぇ……折角紺崎くんの部屋に入れてもらったんだし、少しくらいゆっくりしたいじゃない?」
「…………言うことを聞いてくれないと、二度と招きませんよ」
まるで聞き分けのない幼子を叱りつけるような言葉を何故一回りも年上の女性に向かって言わねばならないのか。月彦は軽い頭痛を覚えた。
「わ、解ったわよ……じゃあ、最後に一つだけ……我が儘言ってもいい?」
既に我が儘を言い放題で、“最後に一つだけ”も無いものだが、月彦は渋々頷いた。
「紺崎くんも一緒にベッドに入って欲しいの」
「先生……何度も言いますけど――」
「た、ただベッドに入るだけよ! 変な想像はしないで欲しいわ」
心外な、という雪乃の顔。ともかくそれで雪乃が納得するのならば、と。月彦は渋々ベッドに入り、添い寝の形になる。
真央とのそれとは違い、大人の雪乃と二人では些かベッドは狭く感じた。
「もっとこう……こっちに、ね?」
するりと、ベッドの中で雪乃が体を絡ませてくる。
「こういうのって、いいよね。恋人同士って感じで」
相変わらず雪乃の恋人感覚は解らないと思いつつも、邪険にするわけにもいかず、月彦はもぞもぞと動く雪乃にされるがままになる。
「紺崎くん……キス、しよっか」
「キスしたら、ベッドから出てくれますか?」
と、思わず聞き返してしまう所だった。月彦は渋々、雪乃の申し出に応じて、キスをする。
「んっ……」
軽い、唇が触れるだけのキス。ほんの数秒たらずで唇を離すや、雪乃は照れ笑いを浮かべて抱きついてくる。
「えへへ、紺崎くん……大好きっ」
「せ、先生っ……ちょっ……だめですって!」
あんまりそうして節操も為しに抱きつかれては、頭は兎も角“体”の方が反応してしまうではないか。
(もうちょっと……自覚して欲しいよな……自分の色香ってものを……)
真央や真狐の様に、視覚はおろか嗅覚にまで訴えかけてくる蠱惑的なものではないまでも、一介の女教師としてはあまりに場違いなプロポーションの雪乃にギュウギュウ抱きつかれては堪らない。月彦は自然と腰を引く様な姿勢になる。
「だめ、逃げないで」
「に、逃げてるわけじゃ……」
もぞもぞと、雪乃が足を絡めてきて腰を引くことができなくなる。そして今度は、雪乃の方から、唇を押しつけるようにして熱烈なキスをされる。
「んんっ……!」
これは拙い流れだ――月彦は咄嗟に雪乃の肩を掴み、引きはがしにかかるが――それより先にその手首が雪乃の手によって掴まれ、信じられない力で押さえつけられる。
(なっ……!?)
そのまま、ぐいと反転。気がつけば、いつのまにか仰向けになっているところを雪乃に跨られているような体勢になっていた。
「んはぁっ……んっ……んんぅ……」
両手を押さえつけられたまま、ちゅっ、ちゅっと何度も何度も雪乃にキスをされる。いまいちぎこちないのは、いつも受け身で自分からは殆どキスを仕掛けないからだろう。
「んっ……好き……大好き、紺崎くん……」
「せ、先生? ……んっ……」
とろん、と蕩けた雪乃の目にゾクリと背筋が冷えるも、疑問を口にする前に唇はキスで塞がれた。そのまま、ちゅっ、ちゅっ、ちぅと。啄むよなキスを何度も何度も繰り返される。
「ぁ、ふ……私、どうしちゃったのかしら……なんだか凄く……興奮してきちゃった……」
「先生……? あの、いい加減手を離してもらえると助かるんですが……」
およそ女性の力とは思えない、万力のようにがっしりと両腕を押さえつけられ、月彦はそんな情けない申し出しか言えなかった。
「いや……離したくない……」
「せ、先生っ!? ちょっ……何をっ…………」
眼前でふぅ、ふぅと肩を弾ませる雪乃の姿に、月彦は微かな見覚えがあった。そう、あれはまだ――雪乃との馴れ初めの頃の、勉強を見てもらっていた時の――。
「もっと……紺崎くんと……キス、したい」
まるでうわごとの様に呟いて、雪乃がゆっくりと被さってくる。三度目のキスは、なんともねっとりとした、唾液を混ぜ合うようなキスだった。いっそ口をしっかり噤んで抵抗してしまえば良かったのかもしれないが、そんな真似をしようものなら唇に噛みつかれかねないだけのものを雪乃から感じとってしまったのだ。
(馬鹿な……真央じゃ、あるまいし……)
いつぞやの様に薬が入ったわけでもないのに、雪乃のこの変貌ぶりは何なのだろうか。
「先生、本当にダメですって! 家族がいつ帰ってくるかわからないんですから」
「解ってる……紺崎くんが言ってることはちゃんと解ってるの……でも、止めたくないの……止められないの……」
雪乃自身、己の制御が利かないような物言いだった。はあはあと、湿った息を吐きながら体をくねらせ、股間を擦りつけるようにしながら徐々に体を下方へとずらしていく。
「せっ、先生っ……」
「紺崎くん……勃ってる」
言われるまでもなく、月彦は自覚していた。そもそも、こんな無駄にプロポーションの良い現役美人女教師に押し倒され、唇がふやける程キスをされた挙げ句、ハァハァ息を荒げながら股間を擦りつけられて尚、平常心が保てている方が奇跡に近いのだ。
「どうしよう……私、紺崎くんと……すごく……エッチ、したい……」
「先生、何言ってるんですか! 絶対駄目ですって!」
ズボンの上からでもはっきりと解る程に怒張した場所に、雪乃が執拗に股間を擦りあててくる。そのどこか湿り気を帯びた感触に、月彦の方まで理性を削られているような気分だった。
今、ここで欲望に任せて雪乃を抱いてしまう事は簡単だ。しかし――それが一体どのような結果を生む事になるか。
(し、仕方ない……背に腹は……)
このままでは、いずれ雪乃の誘惑に負けてしまうのは明らかだった。ならば、最早打つ手は一つしかなかった。
「わ、解りました……先生、せめて……どこか、先生の部屋とかに移動しましょう。それなら……とにかく、ここはダメです。何度も言いますが、家族がいつ帰ってくるかわからないんで……」
どこかに移動した後ならばシてもいい――月彦の申し出に、雪乃はぴくりと体を震わせて反応した。
「私の部屋に……いくの?」
「え、えぇ……だから、この手を離してもらえますか?」
僅かな逡巡の内、漸く雪乃の手が離れた。見れば、両腕の手首にアザのようなものまで残っている。
(一体この細腕のどこにそんな力が……?)
と首を捻る様な余裕は無かった。一足先にベッドから下りた雪乃がそわそわと、袖を引く様にして急かしてきたからだ。
(全く……こうなったら先生も真央もおんなじだな……)
苦笑を禁じ得ず、月彦も渋々ベッドから下りようとした矢先だった。
「ぐぎゃっ……!」
突然、下半身から凄まじい激痛が走り、月彦はベッドから転がり落ちた。
「こ、紺崎くん!? 大丈夫……?」
「がっ、ぁ……ちょ、先生引っ張らないでくださっ……」
大丈夫?と声をかけつつ、月彦の腕を掴み部屋の外へ引きずろうとする雪乃になんとか“待った”をかける。
「少し……少しだけ、時間を下さい……」
激痛の原因は、怒張しっぱなしの愚息だった。特定のシチュエーションにおいては頼りになる相棒となるそれも、分厚いジーンズの下に封印された状態では正常な歩行すら封じる足かせとなってしまう。
月彦はなんとか気を落ち着かせ、いきりたつ剛直を沈めようと試みるが、十代特有のキカン坊は“今から雪乃とヤるんだろ?”とばかりに全く交渉に応じようとしない。
「……紺崎くん、歩けないの?」
やがて、雪乃にも事情が読み込めたらしい。頬を僅かに染めながら、月彦の側に座り込んでくる。
「あ、あの……先生……あんまり側に来ないでもらえますか」
「どうして?」
「先生に……側に来られると……その、収まるものも収まらなくなってしまいますから……」
どこぞの性悪狐のように、あからさまに誇張してはいないものの、しっかりと衣類にしまい込まれたその豊満な体はただでさえ目を引いて止まない。ましてや、それがこれから――十数分後には、好き放題にできるものともなれば、尚更だ。
「あ、あの……良かったら先生、先に帰っててもらえませんか? 俺も、後から行きますから」
そう、それならば問題は無い筈だ。とりあえず雪乃を先に帰して、後は冷水を浴びるなり座禅を組むなりして気を落ち着ければ、きっと歩けるようになるだろう。
「……嫌、紺崎くんと一緒じゃなきゃ、帰らない」
「先生……」
どうしてそういう訳の分からない所で我が儘を言うのだろうか。
「紺崎くんと少しでも長く一緒に居たいの。……それに、先に帰ったら……紺崎くんが本当に来てくれるか解らないし」
ジトリ、となにやら恨みがましい目を向けられる。
「ちゃ、ちゃんと行きますから! 約束します!」
しかし、雪乃はがっしりと月彦の腕を巻き込む様にして掴んだまま、てんで離れる気配がない。
「ねぇ、紺崎くん……私が……口でするんじゃ、ダメなの?」
「……え?」
「よ、ようは……お家の方がいきなり帰って来た時……裸になっちゃってたり、服が着崩れてたりするのがマズイんでしょ? だから……その、私が、口で……」
「いや……先生? そんな事しなくても、先生が先に帰ってくれたら――」
「わ、私が口でシてあげるって言ってるの!」
正論が、邪論に負けた瞬間だった。雪乃のあまりの剣幕に、月彦は軽く仰け反ってしまう。
(一体何なんだ……? 今日の先生は……)
果たして自分は本当に白耀の屋敷に泊まりにいけるのだろうか。甚だ不安になる月彦だった。
ベッドに座り、足を広げる。ベルトを外し、ジッパーを下ろすなり、グンッ、と天を仰ぐ剛直に、さすがに雪乃ももう悲鳴は漏らさなかった。
(そういや……前にも、由梨ちゃんちで似た様な事になったな……)
まさか十代で下半身の世話を頼まねばならない事になるとは――と嘆いたものだが、二度目ともなると些か慣れてしまう。慣れてはいけないことなのだが。
「凄い……相変わらずね……紺崎くん……」
月彦の足の間に座るようにして、雪乃が赤面しながらもまじまじと剛直を見つめる。いつもならば、そこは真央の特等席なだけに、雪乃がそうして鎮座しているというのがなんとも違和感を覚えてしまう。
「これじゃあ、歩けないのも無理はないわね……」
「先生が興奮させたから、っていう事も忘れないで下さいね」
「だ、だから……私がちゃんと責任とるって言ってるでしょ!」
何で怒鳴られたのか月彦には全く理解できなかった。そして、怒鳴る拍子に、雪乃はさりげなく右手で剛直を掴んでいた。
「本当……凄い……夢で見たのより、二回りくらい……おっきぃかも……」
「夢?」
「な、何でもないの! 私がどんな夢見ようと紺崎くんには関係ないでしょ!」
「そりゃまあ、そうですが……」
やけに高い雪乃のテンションについていけず、月彦は苦笑するしかない。
「私……いつも、こんなの挿れられてたんだ……そりゃあ、息が詰まっちゃうわけよね……」
「あの……先生、出来ればその……はやく、してほしいんですけど」
月彦が何より危惧するのは、雪乃がまだ家に居るうちに家族の誰かが帰ってくる事だった。葛葉ならば、まだなんとか誤魔化しようもあるだろうが、もし真央であれば――帰宅するなり真っ先に部屋に戻ってくるであろうから、危険極まりないのだ。
「わ、解ってるわよ……もう、紺崎くんったら……せっかちなんだから……」
雪乃に言われたくはない、と思ったが、月彦はあえて黙ることにした。
(……先生、後で覚えていて下さいね?)
“お返し”は雪乃の部屋に行った後でたっぷりすればいい。故に、月彦は黙り、雪乃に敢えて反論しない。
「もうっ……キスしただけでこんなに堅くさせて……私の事どういう目で見てるの?」
非難する、というよりは、まるで喜んでいるような声だった。焦れったそうに腰から下を揺すりながら、雪乃が漸く、恐る恐るならが舌を延ばしてきて、ちろりと舐めてくる。
「んぁ……熱い……それに、びくっ、びくって震えて……んっ……」
徐々に減らず口が減り、唇が剛直に触れている時間が長くなる。
「はぁっ、はぁっ……こんなの、舐めてたら……私の方まで……体、熱くなっちゃう……んっ、んく……」
月彦に話し掛けているといより、独り言に近い雪乃の呟き。竿の部分を愛しげに撫でさすりながら、舌で舐めるだけなどもどかしいとばかりにいっきに唇に含んでくる。
「ぉあっ……せ、先生……!?」
突然の雪乃の大胆な行動に、口戯していたのは果たして本当に雪乃だったのかと月彦は一瞬疑ってしまった。
(先生って……確か、口でするの……まだ二回目……だよな……?)
それも一回目の時は正直お話にならないレベル――勿論、由梨子や真央、その母親に比べれば、だが――だったというのに。それがいきなり実戦級にまでレベルアップしていれば、驚きもするというものだ。
「んはぁっ……紺崎くん……気持ちいい?」
トロリと糸を引きながら唇を離し、濡れた目で見上げてくる雪乃の姿がまたたまらなくエロく見えてしまう。普段、学校で真面目に授業をする様を目にしているからだろうか。こういった時の普段とのギャップがさらなる興奮材料となって、愚息にさらなる熱と堅さを与えてしまう。
「ええ……とても、良いです……本当に、前とは段違いです。先生、練習でもしてたんですか?」
「……まぁ、ね」
少し複雑そうに、雪乃はぷいと目を逸らしながら呟く。
「そうだ、紺崎くん……先に、聞いておくけど……最後はやっぱり、顔に……かけたい?」
「……え?」
「だ、だって……紺崎くん……顔にかけるの……好き、なんでしょ?」
月彦は一瞬、雪乃が何を言っているのか解らなかった。理由を探って記憶を辿るうち、漸く思い至ったのは、いつぞやの幽霊とのやりとりだった。
「いえ、俺は別にかけるのが好きってわけじゃ……あの時は、ただ話の流れで……」
「別に……私はいいのよ? 紺崎くんが……そうしたいっていうのなら……」
「いや、本当に好きなわけじゃないんですよ。後始末も大変そうですし……どっちかっていうと、そのまま口の中で出したい派かなぁ、と……」
さすがにフェラ初心者の雪乃に“飲んで欲しい”とまでは言えず、とりあえず顔射願望は人並みより無いという旨だけきちんと伝える。
「解ったわ。じゃあ……最後まで口でしちゃっていいのね?」
「ええ、お願いします……っ……」
返事をするが早いか、ぬっ……とふくよかな唇に先端部が含まれる。
(うあ……ほんと、先生の口の中……気持ちいい……)
唇の感触や、舌の感触もさることながら、何よりも本物の女教師にそうされているというのが要らぬ興奮を呼んでしまう。AVやエロ本などではもはやありきたり、やり尽くされたシチュエーションではあるが、見るのと実際にされるのとでは大違いだった。
(っ……それに、先生……かなり巧くなってるし……)
無論、真央や由梨子には及ばないが、現役女教師が膝を突いてしゃぶっているという光景が、それを補って余りあった。
「んちゅっ、んふっ、んくっ、んちゅっ……!」
それでいて、雪乃の唇使い、舌使いもこれまたなんともねっとりとした――まるで、飢えに飢えた所にあめ玉でもぶら下げられたかのような――そう、たっぷり焦らした後の真央のように貪欲な舌使いなのだ。
(っ……うぁ、……先生、マジで、エロい……エロ、すぎる……)
うっとりと目を細め、剛直をしゃぶる雪乃の顔が真央とだぶって見えて仕方ない。嫌々しているわけでもなく、義務でやっているわけでもなく、心底から剛直を舐めたい、しゃぶりたいと思っている女の顔だ。
「はぁ……はぁ……先生、もう、ヤバいです……出そう、です…………」
やや汗ばんだ手で雪乃の頭を掴み、前後運動を促すようにかるく力を込める。月彦の意図を分かったのか、雪乃がよりいっそう口戯を激しいものにする。
やばい、出る――そう思った、その刹那だった。月彦の耳が、開閉するドアの音を拾ったのは。
「っ……!?」
慌てて、月彦は雪乃の頭を引きはがしにかかる――が、絶頂寸前での寸止めを嫌う獣欲が抵抗でもしているのか、巧く手に力がこもらない。
「せ、先生……止めて下さい! 誰か、帰ってきました!」
掠れた裏返り声を絞り出すが、雪乃は余程熱中しているのか、些かも口戯を緩めない。そうしている間にも、階下では確実に何者かが歩き回っている足音が響いていた。
葛葉ならば、まだいい。いきなり二階に上がってくることは無いだろう。しかし、真央ならば。
「せ、先生っ……ほんとに、もう……ぅあぁ……!」
気持ちいい、堪らない――現役女教師のフェラは、それこそ頭にかけた指が反ってしまうほどに月彦をとろけさせた。このまま続けていれば破滅は免れないかもしれないというのに、どうしても制止することが出来ない。
ぎぃ、と。階段が軋む音が聞こえた。最初は、空耳であることを願った。しかし、ぎぃ、ぎぃと立て続けに聞こえるそれは間違いなく、何者かが二階へ上がってくる事を示していた。
「せ、せんせぇ……ッ!」
月彦は最後の理性を振り絞って、雪乃の唇から剛直を引き抜いた。――刹那、溢れた白濁が雪乃の髪と顔、肩口などを汚した。
「きゃっ……こ、紺崎くん……!?」
白濁の熱い塊を浴びて、雪乃が悲鳴を上げる。まるで、夢から覚めたような声だった。
「もうっ……やっぱりかけたかったんじゃない。そうならそうと――」
「そんな事言ってる場合じゃないんです! 誰か帰ってきたんですよ!」
えっ、と。足音でも聞いたのだろうか、途端に雪乃が顔を青くする。大あわてでバッグからウェットティッシュを取り出し、白濁液を拭うが、その時にはもう足音は部屋の真ん前まで来ていた。
万事休すか――月彦はそう思ったその瞬間、足音は不意に部屋の前を通り過ぎた。程なく聞こえたドアの音は、足音の主が隣の部屋――つまり霧亜の部屋に入った事を意味していた。
(ね、姉ちゃんだったのか……)
真央であれば、間違いなくこの部屋に直行するはずであるから、それは間違いなかった。月彦はホッと安堵のため息をつく。
「……先生、これで俺がヤバいって言ってた事、解ってもらえましたか?」
「そ、そうね……寿命が縮むかと思ったわ……」
こくこくと頷く雪乃に、月彦もまったく同感だった。
手早く白濁液の処理をして――といっても、服にかかってしまった分は完全に拭いきる事は出来ず、仕方なく香水を拭きかける事で対処をして――月彦と雪乃はそろりそろりと部屋を出た。
「本当は、お化粧もし直したいんだけど……」
「そんな暇はありません。いつ姉が部屋から出てくるかわからないんですから」
さあ急ぎましょうすぐ出ましょうと雪乃の背中を押すようにして玄関まで来たところで、月彦は己が致命的な忘れ物をしていることに気がついた。
「紺崎くん……私の靴……」
「すぐ取ってきます!」
雪乃を玄関先に残して、部屋にダッシュ。雪乃のハイヒールを手にとるなり、即座に玄関にとって返す――筈が。
「月彦」
部屋を出るなり、思わぬ声によって呼び止められた。
「………………。」
まるで、両足を即座に氷漬けにされたような気分だった。月彦は恐る恐る背後を振り返ると、一体いつ部屋から出たのか、如何にも寝不足という目の霧亜が気怠そうに壁にもたれ掛かっていた。
「誰か来てたの?」
「……いいや、部屋には俺一人だけど」
「本当に?」
ハイヒールを後ろに隠したまま、こくりと月彦は頷く。内心では勿論、冷や汗ダラダラだった。もしここで霧亜が何かの気まぐれを起こして階下を覗き込むか、降りるかするだけで雪乃のことがバレてしまうのだ。
「……まぁいいわ」
しかし意外にも、霧亜はあっさりと引き下がった。ふらふらと、幽鬼のような足取りで自室に戻りかけて、はたと足を止める。
「……今から出かけるの?」
「その、予定だけど……」
まさか、使いでも頼まれるのでは――真央が来てからこそ減ったが、以前はよく煙草を買いにパシらされていただけに、ついそんな面倒事への危惧を抱いてしまう。
「……だったら、口紅は拭いた方が良いわよ」
「えっ……うわっ……!」
反射的に己の唇を触ると、その指先は見事にピンク色に染まった。慌てて袖口で口元を拭った時には、霧亜はもう自室に引っ込んだ後だった。
「……姉ちゃん?」
大丈夫か?――いつになく不審な姉の様子にそんな声が喉まで出かかった。しかし、結局声には出ず、月彦はそろそろと階下へと降り、雪乃と合流した。
「今の声って、紺崎くんのお姉さん?」
「ええ……まあ、そういうことになります」
「ちょっと見てみたい気もするけど……さすがに今はまずいかしら」
「当たり前です!」
そのうち母親まで見たいとか言い出しかねない雪乃の腕を引いて、月彦は逃げる様に自宅を後にした。雪乃も家を出ると、月彦の歩速にあわせて横に並び、しっかりと腕を巻き込むようにして組んできた。
「せ、先生……誰かに見られでもしたら……」
「……いいの。私が、こうしたいんだから」
いつになく強気(?)の雪乃にしっかりと腕をロックされ、月彦は仕方なく少しでも人目に触れる時間を少なくするためにも、早歩きになる。
(うわっ……ちょっ……先生、そんな……胸をぎゅうぅうって……擦りつけるみたいにされたら……)
折角大人しくなったキカン坊がもぞもぞと動き出すのを感じて、月彦は即座に素数を思い浮かべねばならなかった。
「ねぇ、紺崎くん……どこかでタクシー拾おうよ」
「えっ……わざわざタクシーですか?」
「だって……早く……帰りたいじゃない……」
熱っぽい目でちらりと見上げられては、否定もし辛かった。
「そりゃあ……紺崎くんは一回出して……スッキリしちゃったかもしれないけどさ……」
「いや、ええと……それを言われると辛い所ですが……じゃあ、解りました。先生の言うとおり……タクシーを拾いましょう」
霧亜の帰宅でいったんは平生に戻った様に見えた雪乃だったが、どっこい。人間の体というのはそう簡単に“欲求”が消え去ったりはしないものらしかった。
駅前でタクシーを捕まえて――善良そうな運転手のオジサンが可哀相になるくらい雪乃が急かして――雪乃のマンションへとやってきた。
「紺崎くん、早く行こう?」
「え、えぇ……解りました……」
ふぅふぅと鼻息荒く、これまた尋常ではない力でぐいぐいと雪乃に引っ張られながらも、月彦ははたと背後を振り返った。
(……気のせいか?)
どうも見られているような――そしてつけられているような気がするのだ。
(姉ちゃんにバレそうになったせいで……自意識過剰になっちまったのかな……)
それでなくとも、道中べったりしたままの雪乃は人目を引いた筈だ。やはり、厳格に叱りつけてでも止めさせるべきだったかもしれない。
(……普通は逆なんだよな。先生が叱らなきゃいけないんだ、年齢差と、立場上……)
しかし、悲しいことに逆なのだ。特に、今日に至っては。
「あぁん、もう……こんな時に限ってぇ……」
何か厄介な荷物でも下ろしているのか、ボタンを押してもエレベーターがなかなか降りてこない。焦れったそうにお尻をくねくねさせる雪乃がもう、苦笑を通り越して可愛く見えてくる。
(……くす、そんなにシたくてシたくて堪らないんですか、先生)
そこまで待ちこがれると、ついつい意地悪をしたくなるのが人の性というもの。月彦は不意に、そして大仰に腕時計に目をやる。
「あっ、もうこんな時間か」
白々しく言ったその刹那、えっ……と雪乃が身を固くした。
「な、何……何か用事なの? 夕方までは大丈夫なんじゃないの?」
見ていて可哀相になるほど、おろおろと雪乃が慌て始める。勿論、月彦は天使の様な笑顔を浮かべながら。
「いや、いつも見てる番組の時間だなーって。まあ、今はどうでもいいことですね」
恐らく、自分がからかわれた事が解ったのだろう。雪乃が瞬間湯沸かし器のように顔を真っ赤にする。
「バカぁ! ひ、ひとの気も……知らないで……」
「あ、先生。エレベーター来ましたよ」
照れ隠しの雪乃のパンチをひょいと避けて、月彦は一足先にエレベーターに乗る。雪乃も慌てて後に続いた。
やがてドアが閉まり、エレベーターが上昇を始める。月彦はそろり、と雪乃の背後に忍び寄った。
「……先生、もう少しですね?」
「んっ……!」
ふぅ、と軽く囁いて息を吹きかけただけで、雪乃はぶるりと身を震わせる。そんな雪乃の初々しい反応が可愛くて、月彦はそっと背後から抱きしめ、耳を食んだ。
「ひぁっ! こ、紺崎くんっ!?」
雪乃が甲高い声を上げるのも構わず、月彦はぬろり、ぬろりと耳を舐め、そして甘く噛む。
「ぁっ、ぁっ、ぁっ、ぁっ……!」
その間、雪乃は感極まった声を上げ、がくがくと太股を震わせていた。
(耳を舐められると……堪らなくなっちゃうんですよね? 先生は……)
他ならぬ月彦が“そういう風”に成る様、躾けたのだ。勿論、まだまだ回数をこなさなければ完全にパブロフとはいかないだろうが、それでも今の欲求不満気味のムラムラ雪乃には効果覿面の様だった。
「やっ、だぁっ……だめっ……やめ、てっ………………ぁっ、ぁっ……!!」
雪乃の足が次第に自重を支えられなくなり、抱きしめている月彦の腕にかかる体重が増えてくる。程なく、エレベーターは軽快な音を立てて目的の階層へと到着し、ドアが開くやいなや月彦は何事も無かったかのように雪乃から離れ、エレベーターから降りた。
「先生、降りないんですか?」
「こ、紺崎くん……〜〜〜〜〜っっっっ……!!」
雪乃が顔を赤くしたまま、親の敵でも睨むような目を向けてくる。よろよろと、壁にもたれ掛かりながらなんとかエレベーターから降りた雪乃に、月彦はそっと肩を貸す。
「ほら、先生。歩けますか?」
さも、親切な仕草に――旗からは見える。しかし、雪乃の腰へと回した手は、さわさわと尻を撫でていたりする。
「や、だ……紺崎くん……もう、苛めないでぇ……」
息を荒げながらも、とうとう泣きが入り始めた雪乃にさすがに忍びなく、月彦は純粋に肩を貸して雪乃の部屋の前へと移動する。
手が震えるのか、ドアを開けるのにやたらともたつく雪乃を微笑ましく眺め、漸く部屋の中へと入るなり――月彦は再度背後から雪乃を抱きしめた。
「漸く部屋に着きましたね、先生?」
「んぁっ、やっ……またっ……ひぃっ……!」
玄関先で、靴も脱がずに雪乃の体をまさぐり、耳を舐める。はぁはぁと荒げた息を吐きかけ、ズボンの下で痛い程に屹立した剛直を、肉付きの良い尻に擦りつける。
「やっ……こ、紺崎くんっ……お、お尻に……当たって……やっぁぁぁぁ……」
はみはみと雪乃の耳を甘噛みしながら、これでもかと尻に擦りつける。雪乃も最初は抵抗をするように身をくねらせていたが、徐々に、自ら尻を擦りあてるような仕草をし始める。
「あぁっ、ぁっ……だ、めぇ……ホントに、我慢できなくなっちゃう……!」
「我慢なんかしなくていいんですよ。もう部屋には入っちゃってるんですから…………なんなら、玄関先でもう始めちゃいますか?」
悪戯っぽく囁き、月彦は一旦抱擁を解くとくるりと雪乃の体の向きを反転させる。そして、今度はその唇を奪う。
「んんぅ!」
雪乃が一瞬、驚いた様に目を見開き、そしてすぐにトロリと蕩けさせる。両腕を月彦の背に回してきて、唾液をねだるように自ら舌を延ばしてくる。そんな雪乃のキスに応じながら、月彦は両手でこれでもかと、肉付きの良い尻をこねまわす。
「あぁあッ! だ、めぇ……あぁぁっ……やあっ……ぁぁぁ……」
「ダメ、じゃないですよ。こうして欲しくて堪らなかったんでしょう?」
タイトミニの下に窮屈そうに仕舞われた尻は、普段の学校生活においてさえなかなか凶悪な兵器だ。それに加えて、雪乃にモデル歩きでもされた日には、ぷりぷり振られるお尻に多くの男子生徒の視線は釘付けとなってしまう。
もちろん、月彦もその中の一人だ。
「あぁぁっ、あっ……だ、めっ……も、やめっ……あっ、ぁあっ! んんんっ……!!」
キスから、再び耳へと唇を付け、れろれろと嘗め回しながら、ぐにぐにと尻をこね回す。途端、雪乃が甲高い声を上げて――そして途中で自ら唇を塞いで――仰け反るようにして身を震わせた。
「……先生、イきましたか?」
意地悪く囁くが、返事は返ってこなかった。雪乃はそのまま、へなへなとその場に膝を突いてしまった。
「お尻揉まれただけでイくなんて、よっぽど溜まってたんですね、先生?」
「ち、ちがっ……何、言って……っきゃあ!」
へたり込んでいる雪乃を、休ませるかとばかりに月彦は抱え上げ、“お姫様だっこ”をする。
「こ、紺崎くん……!?」
驚く様な声を上げて、雪乃がかぁ、と顔を真っ赤にする。
(こういう風に抱かれるの、先生好きでしたよね?)
意地悪く微笑みながら、月彦は小声で「今日はどっちですか?」と尋ねる。
「え……ど、どっち……って……」
「危ない日ですか? それとも大丈夫な日ですか?」
「……っっ…………!」
その質問が意味する所が解ったのか、雪乃が、ますます顔を赤くする。
「きょ、今日……は…………………………だ、大丈夫な……日……だと思うわ……」
「“思う”――ですか。それだと、きちんと避妊をしたほうが良さそうですね」
びくっ、と。まるで怯える様に、腕の中で雪乃の体が震えた。
「だ、大丈夫よ……今日は、絶対……大丈夫だから……」
「本当ですか? 先生……ひょっとして“生”でシて欲しいからって、嘘ついてたりしません?」
「なっ……ど、どうして、私が……そんな、嘘を……」
「そうですよね。妊娠しちゃって一番困るのは先生ですし、そんな大事な事で嘘なんかつきませんよね」
「あ、当たり前よ! それに……ちゃんと……薬も飲むから……だから……」
ちらり、と。ねだるような上目遣い。勿論、雪乃が言いたいことは月彦にも解っていた。
「解りました。……じゃあ、今日は心おきなく、生でいっぱいできますね」
ぼしょぼしょと囁いてやると、それだけで雪乃はぶるりと身を震わせた。くすりと、月彦は態と、雪乃に聞こえるように微笑を漏らした。
「じゃあ、ベッドに行きましょうか」
雪乃は、無言でこくりと頷いた。
嘘を、ついてしまった。その事実は、思いの外雪乃の心に衝撃を与えた。
(私……どうして――)
自分で、自分の行動が信じられない。何故、正直に答えなかったのか。“今日は安全な日ではない”――と。
(だめ、だめ……やっぱりだめ……ちゃんと、言わなきゃ……)
避妊をして――しかしその言葉は決して声になることはなく、雪乃の体は寝室へと運ばれる。
(あぁっ……だめっ……あぁぁぁ……っ!)
ドキドキと、不必要なまでに鼓動が高鳴る。焦れに焦れた後での、念願のエッチ――それも、“お姫様だっこ”でベッドに運ばれるなんて。雪乃は興奮のあまり鼻血が出そうになる。
「先生、どうしたんですか? 随分息が荒いみたいですけど」
「……だ、だって……きゃっ……!」
夢のような時間は唐突に終わりを告げた。寝室につき、ベッドに下ろされたのだ。
「こ、紺崎……くん……」
はぁはぁと、肩を弾ませながら、雪乃は濡れた目で月彦を見上げる。
(だめ……いきなり、なんて……先にシャワー、浴びなきゃ……ああでも……シたい……早く……紺崎くんと……エッチ……シたい…………)
自分でも耳障りな程に吐息が荒い。上体だけを起こし、きゅっ……と太股を閉じる。タイトミニの上から押さえつけたその場所はもう、下着が張り付くほどに溢れさせてしまっていた。
「先生……今日は本当にどうしたんですか? まさか本当に欲求不満だったんですか?」
月彦の苦笑も当然だと、雪乃は思う。そして恐らく、月彦の言う通り“本当に欲求不満”だったのだろう。
(ムラムラするって……こういう事を、いうんだわ……)
月彦に触れたくて、触れて欲しくて、抱いて欲しくてたまらない。体中の細胞一つ一つに至るまで、紺崎月彦を求めて涎を垂らしている様な、そんな状態なのだ。
「紺崎くん……早く……ね? 私、もう…………」
はぁはぁと、汗ばんだ手で月彦の腕を掴み、半ば無理矢理にベッドに引きずり込む。戸惑うような声を上げる月彦を押し倒し、その上に跨る自分が、雪乃は信じられなかった。
(や、だ……何、してるの……私……これじゃあ、……殆ど痴女じゃない……)
まるで、どす黒い不定形の何かに体を乗っ取られでもしたかの様。
(紺崎くんの……二重人格が移っちゃったみたい……)
そして、それが解っていて尚自分ではどうすることも出来ない。こんな凄まじい衝動に、どう抗えばいいというのか。
「くす……先生。俺の部屋での続きがしたいんですか?」
苦笑混じりに、月彦がそんな事を言う。確かに、この体勢は月彦の部屋でのそれにそっくりだった。ただ、唯一の違いは。
「……じゃあ、今度は俺も遠慮しなくていいですね」
月彦の手が、さわさわと雪乃の体をはい回る。雪乃が身じろぎをして声を抑えているうちに、その手は尻の方へと。
「やっ、だ……紺崎くん……ぁあっ……」
「お尻触られるだけでそんなに気持ちいいんですか? 先生」
電車で痴漢にあったら大変ですね?――そんな意地の悪い囁きを零しながら、ぐに、ぐにと好き勝手に揉まれる。
(ち、がう……紺崎くん、だから……)
例え、他の有象無象の男に尻を同じように触られたとて、不快感しか感じないだろう。実際に試したことなど無いにもかかわらず、雪乃には何故かその確信はあった。
「んっ、本当にいいお尻です。でも、やっぱり俺は――」
すすす、と月彦の手が、胸元の方へと伸びてくる。あぁ、やっぱり――そんな事を思う間に、神業のような速さでブラまで露出させられる。
「先生といえば、やっぱりこのおっぱいですよね」
ぐいと、ブラを上へとずらされる。露わになった乳房を力任せに掴まれた瞬間、雪乃は甲高い声を上げて背を反らせていた。
「あっ、ぁっ……あふ…………っ……」
ぎゅうっ、と握りしめるように掴まれただけで、ゾクゾクするほどに感じてしまう。腰までもが、まるで股間を擦りつけるように勝手に動いてしまう。
「……先生、乳首までピンッピンに勃ちゃってますよ?」
「やぁっ、い、言わないでぇっ……ぁああっ!」
はむっ、と咥えこまれ、ちぅぅと吸われた瞬間、雪乃は大きく声を上げて軽く達してしまった。
「だ、めぇ……吸っちゃ、だめっ……やっ、噛まないでぇえ!」
堅く尖った先端は何をされても過敏に反応してしまう。吸われ、甘く噛まれ、舌でれろれろと舐められるたび、雪乃は喉を震わせて声を上げた。
「んぱぁっ……先生、凄いですね。俺のズボンにまで染みちゃってますよ?」
言われて、かぁと顔が赤くなる。確かに、月彦の言う通り、これだけ濡らしてしまって、さらにそれを擦りつけたりしていたら――。
「こ、紺崎、くん……あのね、私、もう……」
「解ってます。おっぱいが気持ちいいから、もっとして欲しいんですよね?」
違う――と、雪乃は掠れた声で言った。気がつくと、自らタイトミニの下へと手を忍ばせ、タイツごとショーツを下ろそうとしていた。
「欲しいの……紺崎くんのが……欲しくて、欲しくてたまらないの……」
はぁはぁと、唇が触れそうな距離で切なく訴えながら、雪乃は自らタイツとショーツを脱ぎ捨てた。そのまま、直に――月彦のズボンへと股間を擦りあてる。
「先生、だめですよ。そんな事したら、ズボンに染みが残っちゃうじゃないですか」
しかし、雪乃のその行動は月彦によって止められた。ぐいと尻を掴まれ、持ち上げられる。
「やぁっ……シたいのっ、紺崎くんとエッチ……エッチ……したいの……!」
「してるじゃないですか。……それとも、こうしておっぱい触られるだけじゃ、全然物足りないんですか?」
そう、物足りないのだ。早く、早く欲しい――と、雪乃は目で訴えかける。
「……わかりました」
するりと、まるで手品師のように月彦は雪乃の下から容易く脱出してしまう。
「……俺としては、本当はこのままたっぷり……2時間くらいはおっぱいを触ったり、お尻を触ったり、舐めたり揉んだりキスしたりしてイチャイチャしたかったんですけど、先生がそこまで言うなら、望み通りにシてあげます」
月彦がベルトを外すや、グンッ……とジーンズのホックをはね飛ばすようにして、逞しすぎる剛直が姿を覗かせる。
はしたないとは解っていても、それを目にした瞬間、雪乃は感嘆の声を漏らしてしまっていた。
「それで、先生は“どこに”欲しいんですか? 口ですか?」
「えっ……ど、どこに……って……」
そんなの、決まっている。言うまでもない――しかし、月彦の意地悪な笑みを見ていると、どうもそう簡単には事は済みそうになかった。
「あ、アソコ……に…………」
「“アソコ”じゃあ解りませんよ、先生。せめて場所を示してくれないと」
「ぅ……そ、そんな事……」
「出来ないんですか? じゃあ、しょうがないですね。欲しい場所が解らないんじゃ、俺としてもどうすることも出来ませんから、このまま時間切れまでずっとおっぱいを触って過ごすことに――」
「っっ……わ、解った……わよ……」
弾かれたように、雪乃は大声を上げていた。そして、月彦の方に対して足を広げ、自ら――両手の指で、秘裂を押し広げる。
(……こんな事……本当に、する、なんて……)
また夢でも見ているのではないか――雪乃は頬を抓りたくなった。
「こ、ここに……欲しい、の。 欲しくて……堪らないの……」
「……へぇ、俺は場所を示して欲しい、って言っただけなのに。自分から広げて見せるなんて……先生、よっぽど欲しいんですね」
「っっ……そ、それは――」
欲しいときは、欲しい場所を広げて見せろ――そう言ったのは夢の中の月彦であった事を思いだして、雪乃はハッと口を噤んだ。せめて、現実の月彦には、夢の中で自分が毎日どれほど恥辱にまみれた行為を強いられてきたかを隠したかった。
「じゃあ先生、ちょっと待ってて下さいね。今、スキンをつけますから」
「えっ……ちょ、ちょっと……紺崎……くん?」
信じられないものでも見たような声を出す雪乃を、信じられない言葉でも聞いたような目で月彦が見返してきた。
「どうしたんですか? 先生」
「だ、だって……今日、大丈夫な日って……言ったじゃない……」
「ええ、ですけど一応念のためにって思って」
「わ、私がつ、つけなくていいって言ってるの!」
気がついたときには、雪乃は月彦の手からひったくるようにしてスキンを奪い取っていた。
「先生……?」
目を丸くした月彦の呟きで、雪乃は漸く、少しだけ正気を取り戻した。
(えっ、や……私、今……何、して……)
ふぅふぅと、発情したケモノのように息を荒げ、月彦から無理矢理避妊具を取り上げた自分の行動を思い出して、羞恥より先に肝が冷えた。
すぐに、月彦に謝ろうと思った。月彦はきちんと、自分との約束を守り、避妊をしてくれようとしたのだ。それなのに――。
「今日は、本当に……大丈夫、なんだから……それに、私も……直接、紺崎くんを……感じたいの……だから、こんなの、使わないで欲しいの……!」
しかし、実際に雪乃の口から出たのは、そんな言葉。月彦に謝罪し、避妊を勧めるどころの話ではなかった。
「ねぇ、お願い……紺崎くんだって、つけない方が……いいんでしょ?」
「それは……そう、ですけど……でも……」
「不安なら、最後だけ外に出せばいいじゃない。……ね?」
自分が知らないうちに、自分の体が悪魔にでも乗っ取られてしまったのではないか。信じられないような言葉を次々に吐く己の口が、雪乃は恐くて堪らなかった。
どうも雪乃の様子がおかしい――とは思いつつも、そこはそこ。多少不審に見えても目の前に極上のエサをぶら下げられた躾のなっていないケダモノが、素直に理性の忠告に耳を貸すかというと答えは否。
「解りました……じゃあ、本当に良いんですね?」
「うん、来て……紺崎くん」
雪乃に腕を引かれ、抱き込まれるようにして被さる。同時に、先端を雪乃の入り口へと宛い――。
「ンッ……あぁっ、ぁぁあああッ!!!」
深く、深く挿入するに従って、ぎゅううっ、と包み込まれるようにして雪乃に抱きしめられる。
「あっ、あっ、ひぃっ、ぁっ……ふっ……あっ、んぁっ……す、ご……ナカっ……ぐぃぃっって広げられて……奥、までっ……来る……あぁッ!!」
ぐっ、と奥まで挿れるや、雪乃が背を仰け反らせて声を荒げる。ぎり……と背中に爪をたてられ、月彦はしばしそのまま動かずに雪乃の様子をうかがった。
「せ、先生……?」
「はぁっ……はぁっ……いいの、大丈夫……動いて、紺崎くん……」
やはり、いつもとは違う。いつもの雪乃ならば、もっと戸惑い、恥じらい、声を出すのを躊躇う所だ。
(それに……なんか、ナカも……ぅあ……)
ヒクヒクと、蠢いたかと思えば、まるで吸い付くようにして締め上げてくる。まるで、焦らしに焦らした後の真央のそれのように、肉襞がみっちりと隙間無く剛直に絡みついてくるかのようだった。
「ちょっ……先生、これ……なんか、ヤバいんですけど……んんっ……!?」
迂闊に動いたら、すぐにでも爆発させてしまいそうで、月彦は冷や汗混じりにそんな弱音を吐くが、聞く耳は持たないとばかりに後頭部へと手を回され、キスをされる。
「んんっ!? んんっ……!」
相手は本当に雪乃かと、疑いたくなるような濃厚なキスに目を白黒させながらも、培った技術は無意識のうちに雪乃の舌の動きに応じ、くちくちとはしたなく音を立てる。
「んむっ、あむっ……んっ……」
段々雪乃の舌使いになれてくると、空いた手で雪乃の巨乳をこね回す余裕すら生まれる。乳肉を揉みしだきながら、指先で先端を擦る様に摘んでやると、雪乃はキスをしたまま喉奥で噎んだ。
「んはぁっ……ねぇ、紺崎くん……早くぅ……」
「わ、わかりました……」
早く、とは勿論動いて、という意味だろう。月彦はゆっくりと腰を引き、そして再び雪乃のナカへと突き挿れる。
「あっ、あっ、あっ……」
肩を弾ませながら、剛直と肉襞が擦れるたびに雪乃が声を荒げる。
「あっ、あっ、あぁっ、あっ、あぁっ!」
そして、声を上げながら、うねうねと腰を使ってくるから。
「ちょっ、先生っ……そんなっ……ぅっ……くっ……」
ただでさえ暴発しそうな所を、薄氷の上を渡るようにそろそろと腰をつかっているというのに、そんな予定外の動きまでされては。
「ま、待って……先生、ちょっ……止めて下さい!」
今にも死にそうな声でなんとか制止を懇願し、漸く雪乃は腰をくねらせるのを止めた。
「ぁん……どうしたの? 紺崎くん」
「ど、どうしたのって……先生、やっぱりその……スキンをつけたいんですけど」
このままではいつ暴発するか解ったものではないという旨を、月彦は雪乃に説明するが。
「……だぁめ、つけさせてあげない」
「……え?」
一瞬、雪乃の言葉が理解できなかった。
「せ、先生……どうして……うあぁあっ……!」
再び雪乃が腰をくねらせ初めて、月彦は危うく舌を噛みそうになってしまった。
「ぁんっ……さっきも、言ったでしょ? 今日は、大丈夫な日、なの……だから、あんっ……直接、生で……ね?」
「せ、先生……何、言って……ちょっ……本当にヤバッ……」
月彦は脂汗を流しながら、咄嗟に腰を引こうとした。――しかし、それは万力の様に締め付ける雪乃の手と、腰に絡みついた足によって阻まれた。
「ぬ、くおっ……ぉぉ……!」
まさに火事場のなんとやら。月彦は両手で雪乃の腰を押さえつけ、渾身の力を振り絞ってなんとか腰を引き、暴発寸前でどうにか剛直を引き抜いた。
「やんっ……!」
どびゅるっ……そんな反動を残して迸った白濁が雪乃の顔にまで飛んだ。びゅる、びゅると立て続けに打ち出されたそれらが、雪乃の頬、胸、腹と白い軌跡を残していく。
「や、だ……紺崎くん……どうして……」
「どうして、じゃないですよ……先生……危うく中に……」
月彦は息も絶え絶えだった。雪乃に中出しをしたいという己の中の本能に抗い、辛うじて一矢報いはしたものの、その疲労は通常の射精の比ではなかった。
「中で……良かったのに……」
「え……? 先生、今、なんて……」
「な、何でもないの! もう……どうして今日の紺崎くん、そんなに聞き分けがいいの? いつもは、もっと……意地悪なのに……」
まるで、意地悪でない事を責めているような言い方だった。
「……それを言うなら、先生の方こそ……いつもはきっちり避妊しろって言うのに、今日に限ってどうしてそんなに甘いんですか?」
ジトリ、と訝しむような目でみると、途端に雪乃は慌て出して。
「そ、それは……い、いつも……紺崎くんに我慢させてばかりだから、たまには……ご褒美あげなきゃって、思って……」
「……俺がきちんと我慢できた時なんてありましたっけ……」
我が事ながら、月彦はとんと思い当たる節がないのだった。
「へ、屁理屈ばっかり言ってないで、紺崎くんは……いつもみたいにしてくれたら、それでいいの! わ、私に遠慮なんか……しなくていいんだから」
元より、遠慮などするつもりはなかった。そもそも、雪乃に対する好意の大半はこの悩ましげな体によるものであり、即ち雪乃とエッチをするというのは“好き放題にガッツリ犯る”という事でもあるのだ。
(でも……本当に生でしちゃっていいのか……?)
何か裏があるのでは――と思案を巡らすも、どうしても雪乃の意図が分からない。例え本当に安全日なのだとしても、中出しなど妊娠の危険を増しこそすれ、雪乃にとって利点など在るはずもないのだ。
(或いは、本当に……“我慢した生徒”へのご褒美のつもり……なのかな?)
ご褒美としては些か屈折した形ではあるが、もし本当にただそれだけならば、何も警戒する必要などないのだ。当初の予定通り、悩ましげで……それでいて尚かつ、欲求不満気味の雪乃の体を思う存分堪能すればいいだけの事だ。
(……そう、だよな……“罠”なんか無いよな……)
月彦としても、できれば生でシたい――というのが本音だった。ならば、徐々に結論がその方向へと妥協していくのは否めなかった。
「解りました、先生」
「ン……やっと、解ってくれたの?」
「ええ、折角先生が中出しを承認してくれてるのに、変に疑っちゃってすみませんでした」
「…………しょ、承認……したわけじゃ、ないのよ? ただ、いつもダメって言ってるから、今日くらいは……って」
さも、年上ぶった口調ではあるが、はあはあ、ふうふうと雪乃の方がすっかり待ちきれない、とばかりの息づかいをしていては、説得力も威厳もカケラもなかった。
「くす……じゃあ、今度は先生に上になってもらいましょうか」
今日の雪乃の様子ならば、いつもの様に後ろから無理矢理犯るよりも、上に跨らせて好きに動かせてみたほうが楽しめるのではないか――そんな理由から出た提案だった。
「えっ……わ、私が……上に……?」
「はい。是非それでお願いします」
月彦はごろり、と仰向けになり、雪乃に跨るように促す。そして、促されるままに雪乃が跨り、指で秘裂を割開くようにして、剛直の先端を埋め、ゆっくりと腰を落としていく。
「ぁ、ぁあっ、ぁっ……はぁぁぁ…………やっぱり……す、ごい……紺崎くん、の……ぐぃぃっって……広げられちゃう……ンぅぅ……あぁっぁっ……あぁんっ……!」
「ンっ……こっちも、先生のナカにずぶずぶ飲まれてって……くはっ……」
ずんっ、と。雪乃が完全に腰を落とすと、剛直の先端に俄に雪乃の体重を感じた。
(あぁっ……コレ、だ……この、ぐっぽり根本まで包まれて、太股でがっしり挟まれてる感じが……)
真央相手ですら得られない――そう、モデル並みの身長と、成熟した大人の体。その二つが相まって初めてなし得る、独特の一体感に月彦はつい声を出しそうになる。
(真狐、と……シてる、みたいだ……)
乳のボリュームなど、些か実物に比べて足りない点があることは否めないが、バーチャル真狐としては、雪乃は十分すぎる素材だった。そして、そのせいでいつも――いつになく、月彦は猛らされてしまうわけなのだが。
「先生……早く……早く、動いて下さい……」
「わ、解ったわ……ンッ……ぁっ、ぁっ……あっ……」
月彦の胸板に手をつき、くいくいと雪乃が腰を振り始める。出だしにしてはあまりに大胆なその動きに、月彦はまたしても掠れた声で喘いでしまった。
(くっ……先生っ、最初から、随分飛ばすな…………)
根本までくわえ込まれたまま、縦横無尽に腰を振られ、さすがの月彦も「もっとちゃんと動いてくれませんか?」等と軽口は叩けなかった。
「んっ、ぁっ、あっ、あんっ……あんっ……ンッ…………ど、どう……? 紺崎、くん……気持ち、いい……?」
「……、ッ……良い、ですよ……なんか、前したとき、より……断然、動き方が……ッ……く、ぁっ……!」
褒められて気を良くでもしたのか、腰をくねらせるだけだった雪乃が今度はベッドのスプリングを利用して上下に動き始める。たぱん、たぱんと肉と肉がぶつかるような音を響かせながら淫らに腰を振る雪乃に、月彦はみるみるうちに追いつめられていく。
(そんなっ……馬鹿なっ……先生に、こんなっ……ッ……!)
こんな一方的な展開は認めない――とばかりに、月彦は両手を伸ばし、目障りなほどに揺れる雪乃の双乳を掴み、こね回す。先ほど己がかけた白濁液をローション代わりにして、にゅりにゅりにゅむと、肉欲丸出しの手つきで、指の股から乳肉が飛び出すほどに力を込める。
「あぁあんっ……紺崎、くんっ……そんな、強く、ぅ……」
雪乃の手が、巨乳を捏ねる手の手首を掴む。そのまま引きはがされるかと思いきや、まるでさらなる愛撫を要求するように、ぐいとさらに引き寄せられた。
「はぁっ……はぁっ……紺崎くんっ……紺崎くんっ……!」
「っ……先生っ……」
雪乃の腰の動きが、さらに激しくなる。雪乃に操られるようにして双乳を捏ねていた手が、今度は力ずくで引きはがされ、ベッドへと押さえつけられた。
そのまま――。
「んっ……くっ……んふっ……」
雪乃が被さってきて、唇を奪われた。
くちゅっ、くちゅっ、ぬちゅっ――いやらしい音が、骨振動で耳へと伝わる程に、雪乃のキスは激しかった。
(こ、れ……本当に先生……だよな?)
と、思わず疑ってしまったのは、動きの大胆さ、積極差が普段の雪乃とはあまりに違っていたからだ。
「んはっ……んっ、ぁっ……ぁっ……紺崎くんの、私の中で……びくん、びくんって……震えてる……イきそう、なの?」
お互い、湿った息がかかるほどの距離で、月彦の両手首を押さえつけたまま、雪乃は情欲に支配された目でぬらりと見つめてくる。
「せ、先生の方こそ……ヒクッ、ヒクって、痙攣するみたいに締め付けてますよ……イきそうなんじゃないんですか?」
「……うん、もう……すぐにでもイッちゃいそう……でも、その前に……」
くちゅ、くちゅと腰の動きを唐突に弱められて、月彦はつい掠れた声を出してしまう。
「……紺崎くん……精子出したいって、言って」
「……え……?」
「お願い……私の中に、精子出したいって……言って……」
「いや、あの……先生、それってどういう――痛っ……!」
理由を尋ねようとするなり、ぎりぎりと手首がありえない力で締め上げられ、月彦は絶句せざるを得なかった。
「お願いだから、言ってほしいのっ……紺崎くんに“おねだり”して欲しいのぉ……」
「お、おねだり、って……ッ!」
また、ぎりぎりと手首が締められる。
「わ、解りました……俺、先生のナカで、イきたいです……」
恐らくは、いつも自分が散々言わされている事を、逆に言わせてみたい――そんな所なのだろう。ならば、少しくらい雪乃の言うことを聞いて、優越感を感じさせてあげるのも悪くはないかと、月彦は言われた通りにしたわけだが。
「だめ、精子出したい……って、言い直して」
些か細か過ぎる雪乃の注文に逆らったところで、手首に無用の痛みが走るのは目に見えていた。だから、月彦は言われるままに。
「せ、精子……出したい、です……」
「……出したいのは、どこ?」
ふぅ、ふぅと息を荒げながら、雪乃がまるで焦らすように――そしてその場所を誇張するように腰をくねらせる。
「せ、先生の……ナカ……です」
「続けて、言って」
「せ、先生のナカに……精子、出したい、です……」
「んっ…………もっと、言って」
さらに、雪乃が息を荒げる。心なしか、体全体が紅潮するように赤みを帯びていた。
「先生のナカに……精子、出したい……」
「んぁあっ……ぁふっ……」
ぶるりと、雪乃が肩を抱き、震える。
「ンぁっ……だ、め……そんな事、言われたら……私も、紺崎くんの精子……欲しくなっちゃう……」
「え、え……? あ、あの……先生? う、わ……」
むぎゅうっ……不意に雪乃が体を倒してきて、月彦の胸板に巨乳を押しつぶすようにして被さってくる。柔らかくも途方もない、そのボリュームについつい月彦はうわずった声を上げてしまう。
「はぁ、はぁ……どうしよう……私、紺崎くんの精子……凄く欲しい……」
「いや、ええと……その、あの……せ、先生……」
お気を確かに――そんな月彦の遅すぎる反論は、雪乃の腰使いによって止められた。
「せ、先生……ンくっ……!」
被さられたまま抱きしめられ、キスで唇を塞がれて、ちゅぐちゅぐと腰を使われる。ただでさえ、雪乃にしてはあまりに大胆な腰使いと、長い焦らしのせいでテンパっていた剛直が、そう長く持つ筈もなく。
「あっ……!」
びゅぐんっ、と。白濁が溢れた瞬間、雪乃が糸を引きながら唇を離した。
「ぁ。ぁっ……ああああァああああぁあああッ!!!」
びくんっ!
びくっ、びくんっ!
弓の様に背を逸らし、白濁のうねりにあわせて白い尻を震わせ、戦慄き、搾り取るように肉襞が剛直を締め上げてくる。そして、それらの絶頂に堪える様に、ぎちぎちと手首を握りしめられ、月彦は声を漏らす事すらできなかった。
「はーっ……はーっ……ひはーっ……ひはーっ…………んっ……あぁぁぁぁっ……紺崎、くんの……熱くて、ドロドロしてて……お腹の、中……火傷、しちゃいそう……ふーっ…………ふーっ…………」
湯気が出そうな程に火照った肌に玉の様な汗を浮かべて、雪乃はくたぁ……と脱力した。
「ふぅ……ふぅ……ねえ、紺崎くん……本当に、夕方で……帰っちゃうの……?」
にゅぐにゅぐと腰を動かしながら、雪乃は甘えるような声を出し、そっと月彦の髪などを撫でてくる。そこで漸く、月彦は己の両手があの万力のような握力から解放されたのだという事に気がついた。
「私……もっと紺崎くんと一緒に居たいな……紺崎くんもそうでしょ?」
だったら――そう続けようとする雪乃の呟きは、月彦の声によって遮られた。
「……先生、何を言ってるんですか?」
雪乃の尻をつかみ、ごちゅんっ、と。
「ひアうッ!」
「……どさくさに紛れて、人の予定を勝手に変更しないでもらえますか」
ぼそりと、月彦は“冷酷な声”で囁く。
「や、やだ……紺崎くん……急にどうしちゃったの……?」
「どうもこうも……先生が大分ノッてたみたいでしたから。この際、先生に“責める楽しさ”も味わってもらおうかと思って、大人しくしてただけですよ、俺は」
ぐいと雪乃の体を押し返し、逆に押し倒す。
(つかの間の優越感はどうでした? 先生……)
怯えるような目で見上げる雪乃を組み敷き、月彦はぺろりと舌なめずりをする。
半脱ぎだった雪乃の衣類を丁寧に剥ぎ取り、タイトミニだけの格好にする。それも剥いでもよかったのだが、あえて残すことにした。
「でもまぁ、お陰でずいぶんと……先生の“違う面”が見れて面白かったですよ」
さも、計画通り――という言い方だが、勿論そんな筈はなかった。雪乃の腰使いに文字通り腰砕けになっていたのは事実であるし、“大人しくしていた”のではなく、“大人しくせざるを得なかった”というのが本当の所だった。
(でも、初心者の先生にはそんな事までは解らないだろう……)
雪乃が、並々ならぬテクニックを身につけつつある事など、気づかせてはいけないのだ。主導権はあくまで自分が握り、雪乃を思いのままに染める――そうでなくては。
「やだ……紺崎くん……また、恐い目……してる……」
「先生、いつもそんな事言ってますけど、それは先生が穿った見方をしているからですよ。教師なら、もっと澄んだ目で生徒を見て、評価してください」
月彦は微笑んで、そのまま雪乃の膣内から剛直を引き抜いた。
「ぁっ、やんっ……」
「先生、そんな残念そうな声を出さなくても、またすぐ続きをシてあげますよ。…………だから、四つんばいになって下さい」
「四つんばい……う、後ろから……シたいの? 紺崎くん……」
「ええ。後ろから、先生の牛みたいなおっぱいをむぎゅむぎゅしながら、ガッツリ犯りたいんです」
まさかそんなあけすけに言われるとは思ってもみなかったのか、雪乃が途端に顔を真っ赤にし、黙り込んでしまう。
しかし、それも長くは続かずに。
「……こ、これで……良いの?」
結局、言われるままに雪乃は四つんばいになり、月彦に尻を差し出すような姿勢になる。
「ええ、バッチリです。……じゃあ先生、二回戦、始めちゃいますか」
肉付きの良い雪乃の尻を両手で捏ね、親指で秘裂を割開くと、月彦は先端部をぐいと宛った。
(先生、いっぱい鳴かせて、そしてイかせてあげますからね)
ずんっ、と一息で剛直を突き入れ、雪乃が嬌声とも悲鳴ともとれる声を上げるのを、月彦は愉悦の笑みすら浮かべて見下ろすのだった。
“ガッツリ犯りたい”――月彦の言葉は、正しく真実を表していた。
「はぁっ……はぁっ……こん、ざき、くん……ぁぁあっぁっ……!!」
絶頂というには、あまりに頻繁にやってくるその波に、うっかり肘でも突こうものなら、ぱんと平手打ちでもされたかのような音を伴い、一際強く突き上げられ、雪乃は仰け反るようにして腕をピンと延ばさざるを得なかった。
「先生、どうしたんですか? 俺はまだ三回しかイッてませんよ?」
正確には、“後ろから”にしてからの抜かずの三発だった。そしてその間、雪乃の方はその倍は軽くイかされているのだから堪らなかった。
(そ、っか……もう、四回も……)
安全日でもないというのに、最初の一回を合わせて、合計四回も中出しされてしまった。
(もう……今更、違う、なんて……言えない……)
そう、まさに今更だ。何故そんな嘘をついたのかと、月彦に詰問責めにあうのは目に見えていた。そしてその時、雪乃には己の正当性を示す自信がまるでないのだから始末に負えなかった。
「あぁっ……本当に、先生のおっぱい……スゴいです……こうしてむぎゅっ、ってしてるだけで……」
ぐぐんっ、と。僅かにパワーダウンしかけていた剛直が、己の中で再び力を取り戻すのを感じて、雪乃は嬉しいやら悲しいやらなんとも複雑な気分だった。
(私も……紺崎くんみたいに……純粋にエッチを楽しめたら……)
つい、いろいろなことを考えすぎてしまうのは性分なのだろうか、それとも妊娠しない男と妊娠してしまう女の違いなのだろうか。
(でも、本当に私……どうしちゃったんだろう……どうして……)
妊娠が恐いくせに、何故自ら避妊を避けるような事ばかりしてしまったのか。未だに己の行動が理解できなかった。
(どうして、私……あんなコト……言っちゃったんだろう……)
紺崎くんの精子が欲しい――息を荒げながら呟いた自分の言葉が耳に蘇ってきて、雪乃はたちまち顔を赤らめてしまう。
(だめ、だめ……あんなの、ただの気の迷いよ……はやく、忘れなきゃ……)
雪乃は必死にかぶりをふって記憶を消去しようと努めるが、その実大事なことを忘れていた。――そう、その“恥ずかしい事実”を知っているのが己一人ではないと言うことを。
「そういえば、先生……さっき、ちょっと気になったんですけど」
剛直を根本まで挿入したまま、かぶさるようにして両乳をもみしだきながら、その手つきとは無縁のような真面目な声で、ぼそぼそと月彦が耳打ちを始める。
「先生、“精子出したい”って言われると、興奮するんですか?」
「ぇっっ……」
ちょうどそのことを憂慮していただけに、ひょっとして月彦に心を読まれたのではないかとすら、雪乃は考えてしまった。
「ほら、さっき……先生がそんなコト言ってたじゃないですか」
「あ、あれは……ほんの冗談で……ンっ……ぁっ、やぁぁっ……こ、紺崎くん……どこ、舐めて……」
腰をゆっくり、小刻みに動かしながら右耳をはむはむ、れろれろ。次は左耳を同じようにされて、ぽつりと。
「先生。正直に答えて下さい。…………興奮するんですか?」
「んっ、く…………い、いやっ……そんなの、言えない……」
剛直からの刺激と、耳舐めのせいで、すっかり蕩けかけた思考力では、そんなバレバレの否定しか出来なかった。
「言えない、ですか。……解りました。じゃあ、実際に試してみることにしますか」
「ぇ……た、試すって……ひっ……」
ふう、と耳にまた優しく吐息がかかり、はむっ……とくわえ込まれる。
(やっ、やぁぁぁっ……み、耳、だめぇっ……!!)
正確には、耳を舐められるのが弱いのではない。耳を舐められながら、剛直を巧みに動かされて、その同時責めがヤバいのだ。
「ぁあっ、ぁっ、ぁっ……ぁっ……!」
くんっ、と雪乃は尻を持ち上げるようにして、両手はベッドシーツを握りしめ、なんとかその快楽に堪える、が。突然、耳舐めの方が中断された。
「先生……、俺……もっと先生のナカに、精子……出したいです」
「ぁっ……やっ……紺崎、く……ん……」
そして中断されるなり、囁きだとしてもあまりに艶めかしい声で、そんな言葉を吹き込まれる。
(やだ、私……っ……)
そして、月彦のそんな一言でまるでスイッチでも入ってしまったかのように、かぁ……と体が熱く反応するのが、雪乃にも解った。
「んっ……ふぅ…………ふぅ…………ふぅ…………」
体の紅潮に伴い、鼓動が早く。そして呼吸までもが勝手に荒々しくなってしまう。雪乃はそれを月彦に悟られまいと、タブーである肘突きをしてまでも、口元に手を当てるようにして己の息の荒さを隠した。
「どうしたんですか? 先生……俺、肘ついちゃダメだって、言いましたよね?」
先ほどまでならば、間違いなくこちゅんっ……と、一際強く突かれ、無理矢理肘を伸ばされる所だった。雪乃自身、それを覚悟もしていた――が、しかしいつまでたっても月彦はそれをやってこなかった。
「くす……先生って、ホント……“体の方”は素直ですよね。肌、どんどん火照ってきてますよ?」
「ッッ……!」
「先生って欲張りなんですね。三回も中出ししたのに、まだ足りないんですか?」
「ンっ……く……やっ、言わないでぇっ……」
ほんの数分、或いは十数分前の“感触”を思い出して、雪乃はますます吐息を荒くしてしまう。ねっとりと濃い、人の体内から打ち出されたとは思えないほど熱を帯びた粘液が、まるで膣壁を押し広げようとするかのような勢いで、何度も何度も己の一番弱い場所へとあびせられる、あの悪魔的な快楽――。
(だ、め……折角、気にしない様に……すぐに忘れる様に、してたの、に……)
ぎゅうっ……ベッドシーツを握りしめるようにして、雪乃は必死に荒い息と、何度も何度も肉襞を叩く精液の感触を忘れようと努める、が。
「どうして言ったらダメなんですか? ……“欲しく”なっちゃうからですか?」
「っっっっ……ンぅ……!」
そんな雪乃の努力を嘲笑うかのように、ちゅこちゅこと浅く腰を使われ、否が応にも意識が下半身の方へと向けられてしまう。
(い、や……紺崎くん、絶対、全部……気がついてる……私の、体が……今、どんな風になってるのか……知ってて、ニコニコ笑ってる……)
月彦の顔自体は、振り返りでもしないかぎり見ることはできない。が、しかし雪乃には何故かそうだと確信できるのだった。
「ほら、先生……今度は先生が言う番ですよ」
「わ、私の番って……ど、どういう……意味……?」
「そんなの、先生自身が一番良く解ってるんじゃないんですか?」
まるで、答えを急かすように、とんっ……そんな衝撃が、膣奥から伝わる。
「ぁんっ……んぅ……ふぅ……ふぅ…………」
「どうしたんですか? さっき先生が言った事をもう一度言えばいいんですよ」
「い、や……言えない……そんな事、絶対、言えない……」
雪乃はかぶりをふりながら、泣きそうな声を上げた。そう、月彦が言わせようとしている言葉など、最初から分かり切っているのだ。
何故なら、その言葉こそ――雪乃が今、一番口に出してしまいそうな言葉なのだから。
「言わないなら、“四回目”は無しですよ。もちろん、“五回目”も、その先も」
「っ…………――ッ!」
四回目、五回目……そしてさらにその先――想像した瞬間、雪乃は思わずごくりと生唾を飲んでしまった。
(だ、め……も……頭、痺れ…………)
“恥ずかしい”という感情すら、耳障りな己の呼吸音の中へと消え失せてしまう。雪乃はそっと体を捻り、濡れた目で月彦の方を見上げる。
「欲しい……の……」
はぁはぁと、切なげに吐息を漏らしながら。雪乃はさらに言葉を続ける。
「紺崎、くん……私……紺崎くんの、精子……欲しい、の……欲しくて、欲しくて……堪らないの……」
「よく、素直に言えましたね、先生。ご褒美です」
ちゅっ、と頬にキスをされて、被さっていた月彦の体が離れた。――次の瞬間。
「ぁぁああンッ! あひっ、あぁっ、あひぃぃっ……!」
突然、荒々しく抽送が始まり、目の前に火花が散った。
「先生、大サービスです。今日はそうして、肘ついてても良いですよ。……その代わり、先生の蕩けちゃいそうなくらい良い鳴き声、いっぱい聞かせて下さいね」
「やっ、ぁっ、こ、こん、ざき、くっ……ぁあっ、あンッ……やめっ、は、激し、過ぎっ……ひぅっ……んんっ、あはぁあっ……あぁぁッ!!」
先ほどまでの“三回”など、単なる前戯――そうとしか思えない程に、凄まじい快楽だった。散々耳元で“言葉責め”をされ、体を火照らされ、感度を上げさせられた上好き勝手突き上げられて、雪乃はもうベッドシーツを掻きむしるようにして声をあげる事しか出来なかった。
「はぁっ……はぁっ……はーっ……はーっ…………んくっ、んちゅっ……んっ……」
そして、時折思い出した様に被さってきては、むぎゅむぎゅと双乳を好き勝手に捏ねられ、キスをされた。された、とはいっても胸元へと手が伸びてくるなり雪乃の方から自発的に首を捻ってキスをせがんでいるわけなのだが、勿論雪乃自身が考えてやっている事ではなかった。
「んちゅっ、んっ……んんっ、ンッ……んんっ!!」
キスをしながらも、ちゅぐちゅぐと腰の動きは止まず、雪乃は喉奥だけで何度も噎び、そして小刻みにイかされる。
「んはっ、ぁ……紺崎、くぅん……好き……大好き、ぃ……ぁあンッ……!」
「俺も、ですよ……先生……そろそろ、イきますよ?」
名残惜しげに糸を引いて唇が離れ、腰のくびれがしっかりと掴まれる。
「あァッ、あっ、ひぃっ……んっ、あっ、ぁっ、あぁっ、あっ、あっ……!!」
ぱんっ、ぱんと尻が鳴るほどに強く、そして激しく突かれ、抉るように腰を回され、雪乃は尻だけを持ち上げる様な姿勢で声を荒げ、ベッドシーツに唾液の染みを作る。
「はぁっ、はぁっ……だ、めぇっ……こんざっ……くっ……も、わた、し……イくっ……イくっ……いくっ、いく、イクッぅううッ……!!!」
それまでのような、小刻みな波ではない。自我も理性もまとめて攫ってしまうような大波に雪乃は四肢を痙攣させるようにしてイき、ぎゅうぅうっ、と剛直を締め付ける。
「っ……くっ……先生っ……ッ……!」
ずぬぬぬぬっ……!
締めた膣内をこじ開けるようにして剛直を一番奥までねじ込まれて、雪乃はもう声も出せなかった。そして、次の瞬間には、“声も出せない”が“何も考えられない”に変わるほどの――。
「ひぁァァ……あ、つい……熱い、の……出てる、ぅ…………はぁぁぁぁぁぁ…………」
びゅるんっ、びゅるんっ……!
剛直ではなく、ウナギか何かが暴れているのでは――そんな錯覚すら覚えてしまうほどに激しい律動。そして、膣内を満たしていく特濃の牡液の感触に、雪乃はただもうひたすらに脱力し、“余韻”に浸った。
(はーっ……はーっ……紺崎くんの……精液……熱くて、濃くて……あぁぁぁ…………)
膣内にたっぷりと吐き出されたものの感触を確かめるように、雪乃は無意識のうちにぎゅぬ、ぎゅぬと搾り取るように締め付けてしまう。
(だ、め……だめ、なのにぃ……こ、れ……クセに、なっちゃう……クセに、なっちゃうぅぅ……)
当然の事ながら、雪乃は覚醒剤の類になど手を出した事はない。だから、麻薬に依存せねばならなくなった人々の気持ちなど分からない。そう、分からなかったのだが――今は想像できてしまう。
即ち、“こんな感じなのではないか”――と。
「……先生、楽しんで貰えましたか?」
耳の裏にかかる月彦の吐息も、些か荒かった。――とはいえ、今し方四十二.一九五`走ってきましたとばかりの雪乃のそれに比べれば、せいぜい五十メートル走った程度だ。
「……でも、まだですよ」
「やっ、こ、紺崎くん……ァァァあッ!!」
にゅぐりっ、と。剛直が膣壁に擦りつけられる。
「あぁっ、あぁっ、あぁぁあッ!! ひはぁぁぁぁあッ……!!」
何度も、何度も。まるで肉襞に精液を刷り込むかのように。
(ひっ……やっ、ぁっ……だめっ、だめっ……だめぇぇえええッ!!!!)
雪乃はシーツを噛みしめながら、その“麻薬的”な快楽に必死に堪える。そうでもせねば、ますますクセになってしまいそうだったからだ。
「……まだまだ、これからが本番ですよ、先生」
そして、不意に月彦の動きが止まった。
「これくらいで、俺が満足するわけ無いじゃないですか」
そんなの、先生が一番良く分かってるでしょう?――およそ年下とは思えない様な、絶対的強者を匂わせる口調だった。
「こ、紺崎、くん……やっ、……やめっ……」
雪乃の嘆願めいた声は、頭から無視された。月彦は雪乃の片足を跨ぐようにして、残った足を己の肩へとかける。
「夕方まで、まだ時間もありますし。当分の間は“欲求不満になった”なんて言えない様、時間ぎりぎりまでじっくりたっぷり腰が抜けるくらいイかせ――もとい、可愛がってあげますよ、先生」
宣言通り、雪乃の“欲求不満解消”にたっぷり付き合った後、いつの間にか意識を失ってしまっていたらしい雪乃の巨乳を心ゆくまでもにゅもにゅしたり、お尻をぐにぐにしたりしてから、月彦はシャワーを失敬して部屋を後にした。
時計を見ると、既に午後八時を回っている。完全に予定時間をオーバーしていた。
(……まぁ、でもこれくらいならギリギリ許容範囲か)
午前中で終わる筈だったデートが思いの外長引いてしまったものだ。しかしこれで、雪乃もしばらくは大丈夫だろう。
(なんか……いろいろ引っかかる事は多かったけど……きっと大丈夫だよな、うん)
特に、避妊に関する事が一番不安だったりするわけなのだが、そこはそこ。雪乃を信じるしかなかった。
(さあ、後は白耀の所に……)
休みはまだ一日残っている。
エレベーターを降り、正面玄関から出たその刹那。
「あら、紺崎クン?」
いけしゃあしゃあと。狙い澄ましたようなタイミングでマンションの前を通りがかった矢紗美に満面の笑みで挨拶をされ、月彦はガックリとその場に膝を突いた。
「奇遇ね、こんな所で会うなんて」
飛び跳ねるようにして矢紗美が駆け寄ってくる。月彦は必死に矢紗美の方を正視しまいと体を捻り、なんとか他人のそら似とごまかせないかどうかを思案する。が、どう楽観的に見積もっても成功する確率はゼロだった。
(何故だ……何故こんな、悪夢の様な偶然が起きるんだ……)
月彦は石地蔵のように目を瞑り、両手で耳を塞いでこれは夢だ、悪夢だと自分に言い聞かせてみたりもするが、そんな事で奇跡が起きる筈もない。
「どうしたの? 紺崎クン。具合でも悪いの?」
「……ええ、ちょっと目眩が……」
「あら大変。すぐどこかで休まなくっちゃ」
「いえ、大丈夫です。家に帰るくらいなら平気ですから」
「遠慮なんかしないで。すぐそこに私の車があるから、家まで送ってあげる」
「“俺の家”じゃなくてどうせ矢紗美さんの家なんでしょう?」
月彦は立ち上がって、矢紗美を振り切るようにして歩き出す。
「もう、紺崎クンったら疑り深いんだから。ちゃんと、紺崎クンの家に送ってあげるわよ」
しかし、矢紗美もまた早歩きをしてその横に並んできて、あろう事か勝手に腕まで組まされる。
「たださ、その前にちょこーっとだけ、ね? 今日は雪乃とデートしていっぱい楽しんだんでしょ? だからさぁ、お膳立てしてあげた私にもお裾分けぇ」
「……まさか、最初からそれが狙いだったんですか?」
月彦は思い出す。雪乃の部屋に入る前に感じた、謎の視線を。あの正体は矢紗美だったのだ。恐らくは、ずっと付けられていたのだろう。
(……だとしたら、なんつー暇人なんだ、この人は……)
そんな事をする時間があるなら、星の数ほど居るであろう男友達とデートでもすればいいのに。己の価値観では到底理解できない矢紗美の行動に、月彦はさらなる目眩を覚えてしまう。
「んふふ、さぁ、どうかしら。紺崎クンが私の家まで来てくれたら解るかもしれないわよ?」
「…………矢紗美さんには悪いですが、俺は直帰します。この後予定があるんです」
「そんな予定、キャンセルしちゃえばいいじゃない。どうせ大した用事じゃないんでしょ?」
「大事な用です! ……少なくとも、矢紗美さんと一緒に居るよりは」
ぶん、と月彦は力任せに腕を振って、矢紗美の腕を振り切り、ずかずかと一人で歩き出す。
「あーあ、いいのかしら、私にそんな態度とっちゃって」
背後で、そんな負け惜しみにも似た声がしたが、月彦は聞こえなかったフリをして歩き続ける。――しかし、突如夜の闇の中に走った閃光が、月彦の足を止めた。
「……矢紗美さん? 今、何を――」
月彦は足を止め、振り返る。閃光の正体は、矢紗美が手にもっていたデジタルカメラだ。
「あぁ、気にしないで。ちょっと夜の映り具合を確かめただけだから。紺崎クン、用事あるんでしょ?」
「…………矢紗美さん、“夜の”ってどういうことですか。まさか――」
「なぁに、私がとった写真見たいの? 良く撮れてるわよ? たとえば、これとか」
矢紗美がデジカメの液晶画面部分を向けてくる。――そこに映っていたのは、紛れもない紺崎月彦と、その腕にしっかりと捕まり、恋する少女のように頬を染めて笑顔を浮かべている雛森雪乃の姿だった。
「…………矢紗美さん、それをどうするつもりですか」
「別に、どうもしないわよ?」
ただ――と、矢紗美は悪戯猫のような笑みを浮かべる。
「私さー、こう見えておっちょこちょいだから。ひょーっとしたら、休み明けの月曜日の朝とかに、出勤途中でこのカメラ落としちゃったりするかも。そんな事はありえないとは思うけど、紺崎クンの学校の生徒がよく通る道とかで、うっかり――ね」
「…………矢紗美さん」
ぶちんっ、と。その時、月彦の中で何かが切れた。
(……この人は……毎回毎回……っ……!)
いい加減にしろと、怒鳴りつけたい気分だった。しかし、月彦は深く息を吸い込み、その怒りを押さえつける。怒鳴った所で、何も解決はしないのだ。
「悪く思わないでね? 私だってこんな手使いたくないんだから。でも、紺崎クンが悪いのよ? 私がこんなに誘ってるのに乗ってきてくれないんだから」
成る程、矢紗美の考え方では恐らく万事が万事そうなってしまうのだ。悪いのは自分ではない、相手の方であると。
「光栄に思っていいのよ? 紺崎クン。私がここまでなりふり構わず熱心に口説いた男なんて、紺崎クンが初めてなんだから」
この脅迫まがいの誘いが、矢紗美にとっては“口説く”ということらしい。つまり、あくまで自分は求愛行動の一つを行っているに過ぎず、他人の迷惑になっている事などカケラも自覚がないという事だろう。
(よくもまぁ……今まで刺されずに生きてこれたもんだ……)
或いは、矢紗美の誘惑を迷惑だと感じてしまう自分の方が稀有なのだろうか。月彦にはその辺りの判断はつかない。つかないが――ただ一つ、はっきりとしている事は、このまま矢紗美を野放しにしておけば、これから先も際限なく迷惑をかけられるということだ。
「……解りました、矢紗美さん」
月彦はそれまでの警戒一色の態度から一転、全てを悟りきった菩薩のような微笑みを浮かべる。
「確かに、最近の俺……ちょっと矢紗美さんに素っ気なすぎましたね。すみませんでした」
ぺこり、と軽く頭を下げる。月彦の態度の急変に、矢紗美は一瞬だけ警戒するように眉を寄せたが、しかしすぐに。
「……解ればいいの! 今度の事だって、私がちゃんと雪乃の相談に乗ってあげたりしたから、デートだって巧くいったようなものなのよ? その辺ちゃんと考慮してよね」
「すみませんでした」
月彦は再度頭を下げる。
「んもぅ、紺崎クンったら。そんな言葉だけの謝罪よりさ……ね、解ってるでしょ?」
そして、月彦の態度が軟化したとみるや、再び猫なで声でニャアとすり寄ってくる。
「雪乃とたっぷりシた後で疲れてるのは解るけどさぁ、紺崎クンなら二連戦くらいへっちゃらでしょ? それにぃ、うちに来れば栄養ドリンクとかもいーっぱいあるし」
「確かに。今日は先生が思いの外あっさり失神しちゃったんで、少し物足りないと思っていた所です」
月彦は張り付いた様な笑みを浮かべたまま、そっと矢紗美の腰に手を回す。
「あ、あっさり失神しちゃった……って……紺崎クン、さらりとスゴい事言うのね。……一体雪乃とどんなエッチしてるの?」
「さぁ、それは俺の口からはなんとも。……矢紗美さんの車、どっちにあるんですか?」
「えっ……あっ、……こ、こっちよ。んぅ……やだ、紺崎クン……ここじゃまだ、早いわ」
「すみません」
矢紗美の尻を撫でる手を止め、上っ面だけの謝罪をする。勿論、それが上っ面だけの謝罪である事は、浮かれ始めている矢紗美には解らない様だった。
(……最悪の場合、白耀の屋敷に行くのは、諦める)
断腸の思いだが、やむを得なかった。
(それより、悪戯猫の躾が先決だ)
誰もやらないのならば、俺がやるしかない――待ちに待った休日を台無しにされて、ほんの少しばかり本気でキレてる月彦だった。
「さ、さ。遠慮無く上がって、紺崎クン」
「おじゃまします」
矢紗美の部屋に上がるのは、これで三度目だった。ダイニングキッチンを抜けて、通された先は前回三人で鍋を突いた居間だった。
「飲み物とってくるけど、紺崎クンお腹空いてる?」
「いえ、お構いなく」
本音を言えば、昼から何も食べていないから腹ぺこではあったのだが、ここで下手に手料理など馳走になって気持ちが萎えてしまっても困るのだ。
程なく、部屋に戻ってきた矢紗美が手にしていたのは、片手では持ちきれないくらいの栄養ドリンクだった。
「はい、どうぞ。好きなだけ飲んじゃって」
「……はぁ、ありがとうございます」
月彦は些か顔を引きつらせながらも、軽く五本ほど飲み干した。真央の薬に比べれただの水と言っても良いくらいの代物だが、それなりに腹に力が入る様になった気がしなくもない。
「本当に何も食べなくていいの? 材料ならあるわよ?」
「いえ、大丈夫です。ドリンクだけ頂きます」
六本目、七本目、八本目……いい加減ゲップが出そうな程に飲み干して、漸く一息つく。
「……随分飲むのね。雪乃から大食漢だって事は聞いてたけど……」
「喉も渇いてましたから。よかったら矢紗美さんも如何ですか」
「そ、そうね……少し、飲んでおいたほうがいいかしら…………」
ちらりと、月彦が飲み干した瓶の量を見て、矢紗美もまた二本ほど瓶を開ける。
「ふぅ……やっぱりキくわぁ……体が一気に熱くなってきちゃった……」
「そうですか?」
ならば、矢紗美に真央の薬を飲ませてみたらいったいどうなるのだろうか。月彦は少し考えて、その先を考えるのを止めた。
「んふふ……ねぇ、紺崎クン」
空き瓶を片づけた矢紗美が、対面席ではなく、月彦の左側の辺へと入り、すすすと身を寄せてくる。
「飲むものも飲んだしぃ、そろそろ……ね?」
ちょん、ちょんと。矢紗美が足先でつついてくる。確かめる迄もない、寝室に行こうという合図だ。
「そんなに焦らなくったっていいじゃないですか。俺だって少しくらい炬燵でまったりしたいですよ」
「んもぅ、そんなのは後でいくらでもまったりすればいいじゃない。ねぇ、早くぅ」
くいくいと、袖口を引くようにして矢紗美が促してくるが、月彦は軽く笑い飛ばすばかりで頑として動かない。
「まぁまぁ、慌てず急がずテレビでも見ながらゆっくりしましょうよ」
と、月彦がリモコンを手に取り、テレビをつけようとしたその時だった。その手の中から、まるではたき落とすようにリモコンが奪われる。
「もう! テレビなんかいつだって見られるでしょ!?」
怒った様に声を荒げて、無情にもリモコンは壁にに叩きつけられた。飛び散ってしまった電池がコロコロと転がるのを横目で見てから、月彦はニッコリと笑顔を浮かべる。
「どうしたんですか? 矢紗美さん。そんなに焦って、何かこの後、急ぎの用事でもあるんですか?」
「わ、解ってる……くせに……ねぇ、紺崎クン……お願いだから意地悪しないで」
きっと、同じ台詞を雪乃から、涙混じりに言われたら――心も動いた事だろう。
しかし。
「……いやぁ、こんな話……矢紗美さんの前でするのもアレなんですけど。……先生って、本当にプロポーション良いですよね」
月彦はあくまで惚け、しらばっくれる。
「急に……何の話よ」
「何って、先生の話ですよ。先生、服着たままでも十分スゴいんですけど、脱ぐともっとスゴいんですよ。あれだけグラマーなのに着やせするんですから、サギですよね、ホント」
矢紗美からは何の言葉も返って来なかった。そう、言葉こそ返って来なかったが、しかしその目には、はっきりと悋気の炎が宿っていた。
「そのくせ、感度はいいですし。今日だって、先生の部屋に行くとき途中で我慢できなくなって、エレベーターの中で抱きしめながら耳とか舐めちゃったんですけど、それだけで先生軽くイッちゃったりしたんですよ」
「……っ……」
ごくりと、微かだが矢紗美が喉を鳴らすが、月彦はあくまで気がつかないフリをして話を続ける。
「部屋に入った後も、玄関先で靴を脱ぐよりさきに抱き合っちゃったりして。先生、キスをするだけで本当に良く反応してくれますから。そうやってたっぷりキスして、体をまさぐってるだけで、脱力してしゃがみ込んじゃうくらい感じてくれるんですよ。あぁ……でも本当に気持ちよかったなぁ……先生のお尻」
わさわさと、月彦は態と矢紗美の目の前で指を動かしてみせる。
「ああ、それから先生って“お姫様だっこ”でベッドに連れて行ってあげると、凄く喜んでくれるんですよね。喜んでくれるだけじゃなくて、興奮もしちゃうみたいで、その後の乱れ方もスゴかったですよ。……だから、俺もついつい頑張っちゃいました」
「……な、何よ……なんで、そんな話を、私に聞かせるのよ!」
とうとう、堪りかねたように矢紗美が声を荒げる。ふぅふぅと、不必要なまでに息を荒くしているのは、月彦の言葉通りに忠実に連想をしているからだろうか。
「いやぁ、まあ聞いて下さいよ。ただのノロけ話です。こんな話、矢紗美さんくらいにしか出来ないんですから」
「……そうかも、しれないけど…………不愉快だわ」
「だったら、耳を塞いでて下さい。俺は勝手に喋りますから」
促すも、矢紗美は結局耳を塞ぎはしなかった。月彦もまた話を続ける。
「先生って、年上で、しかもあんなにグラマーなのに、エッチの時になるとまるで初心者なんですよね。何をするにも恥ずかしがって……でもそれが初々しくて可愛くて、もっともっと恥ずかしがらせてみたいとか、考えちゃったりして」
「……っ……」
矢紗美はもう、何も言わなかった。苦渋とも、羨望ともつかない顔で、ただ月彦の話に聞き入るばかりだ。
「俺とするまで処女だった、っていうのもあるんでしょうけど。先生って、なんていうか……“俺色に染めたくなる”タイプの人なんですよね。矢紗美さんとは違って」
ぴくりと、矢紗美が反応する。微かに、唇を噛むような仕草を見せるが、月彦は見て見ぬふりをする。
「まあ、そういうわけでエッチの度に色々教えたりしながら、俺も頑張っちゃうんですよね。それでつい張り切りすぎちゃって、先生が失神しちゃったりなんてこともたまにありますけど……ああ、そんな事言っても矢紗美さんには解りませんよね。矢紗美さんとそこまで本気でシたことなんて無かったですし」
「何よ……私としたときはいつも……手を抜いてたって言いたいの?」
「いえ、そういうわけじゃなくて、本気になれないって言ったほうが正しいですね。……だって、矢紗美さんより先生のほうが“良い”んですもん」
月彦は良い、の部分をことさら強調する。
「ど、どういう意味よ……そりゃあ、雪乃の方が背も高いしスタイルも良いけど……」
「俺が言っているのはそういう小さな事じゃないんですよ。もっと総合的な、女性としての魅力という意味でです」
ぎりと、矢紗美がまた下唇を噛む。矢紗美とて、自分が美人であるという自覚はあるのだろう。それを真正面から否定されるよな事を言われては、当然黙っていられる筈がなかった。
「雪乃に劣っている部分があることは認めるわ。……でも、そこまで言われる程――」
「世間一般での評価は兎も角として、少なくとも俺個人の好みの話をするなら、矢紗美さんと先生はそれこそ月とすっぽんですよ。そうでなかったら、俺がここまで矢紗美さんの誘いを断り続けるわけがないでしょう?」
「そ、それは……雪乃に操を立ててるだけでしょ!」
「勿論、それもありますが。果たして先生が居なくても、矢紗美さんの誘いにのったかどうか……俺、強引な女性って嫌いなんですよね」
うっ、と矢紗美が僅かに顎を引く。どうやら、“強引な女性”という自覚はあったらしかった。
「さて、と。夜も大分更けましたし、俺はそろそろ帰りますね。ドリンクごちそうさまでした」
「え……? ……ちょ、ちょっと、紺崎クン!」
すっくと立ち上がった月彦の動きが余程予想外だったのか、矢紗美の行動はひどく遅れた。慌てて立ち上がり、縋る様に月彦の上着の袖を掴んでくる。
「か、帰るってどういう事よ! 今夜は……泊まるんじゃなかったの?」
「俺がいつそんな事を言いました? 俺はただ、先生のノロケ話がしたくて矢紗美さんちに来ただけですけど」
そんな、と掠れた声で言う矢紗美の顔色は蒼白にすら見えた。それが、怒りに満ちた月彦の胸中に僅かながら愉悦という名の蜜を落とした。
「だ、ダメよ! 帰さないんだから! うちの近くには駅もバス停も何もないから、徒歩じゃあ帰れないわよ!」
「それは困りましたね。まあ、それならそれで何処か大きな道路まで出て、ヒッチハイクでも何でもして帰りますよ」
では、と玄関に向かおうとするも、頑なに矢紗美に腕を掴まれて阻止される。
「だ、ダメって言ってるでしょ! 良いじゃない、一晩くらい……と、泊まって……くれたって……」
「嫌です。矢紗美さんの部屋に泊まるくらいなら野宿でもしたほうがマシです」
さらりと言って、月彦は力任せに腕を振るい、矢紗美の手を振り切る。が、すぐにまた上着の別の箇所が掴まれる。
「矢紗美さん、離してもらえませんか?」
「だって、だってだってぇ! 離したら、紺崎クン……帰るんでしょ?」
「強引な女性は嫌いだと、そうも言った筈ですけど?」
「ううぅぅぅ……!」
進退窮まってうなり声を上げる矢紗美の目には涙すらにじんでいるように見えた。
「良いじゃないですか。矢紗美さんは俺以外の男性にはモテモテなんですから。その中からまた矢紗美さん好みの男の子を見繕って好きに調教しちゃえば」
月彦は再度矢紗美の手を振り切り、歩き出そうとするがまたしても掴まれる。
「そういう問題じゃないの! 紺崎クンが……良いの……」
「諦めて下さい」
月彦はやむなく矢紗美を引きずりながら玄関までやってくるが、こうも邪魔をされては靴を履く事すら出来ない。
「ねぇ、お願い……私の事が嫌いなら、ちゃんと……紺崎クンに好かれる女になるように頑張るから……だから……」
「矢紗美さんお得意の“何でもするから”ですか? これで三回目ですね。その割には、矢紗美さん……全然俺のお願い聞いてくれませんよね?」
「だって、それは……紺崎クンが……」
「本当に何でも聞いてくれるんなら、今すぐその手を離して下さい」
「そ、それは……ダメ……」
「矢紗美さん、俺は強引な女性は嫌いですけど、従順な女性は好きですよ?」
「ず、ズルいわ……紺崎クン……そんな風に言うなんて……」
「何もズルくなんか無いです。矢紗美さんが俺を諦めてくれたら、何もかも丸く収まる話じゃないですか」
「そ、そんなの……無理に決まってるじゃない!」
それが、月彦には解らない。何故、“無理に決まってる”のか。何故ここまで矢紗美に猛執されるのか。もしその原因が仮に“髪型”であったりするならば、今すぐ丸坊主にするのも辞さないくらい、迷惑だったりするわけなのだが。
「やれやれ……なんだか解りませんけど……意地でも帰してくれそうにないですね」
苦笑。それこそ、矢紗美の様子を見ていると、無理にでも帰ろうものなら後日背後から撃たれるのではないかという危惧すら浮かぶ。
「解りました。最後に……一度だけ、矢紗美さんに“チャンス”をあげます」
「チャンス……?」
不安げな瞳で見上げてくる矢紗美は、とても海千山千の男共を平らげてきた好色婦警には見えない。
「ええ、今から三つの条件を提示しますから、矢紗美さんがそれを遵守してくれるのなら、今夜も、そしてこれからも、俺が気が向いた時だけは相手をしてあげますよ」
月彦は玄関から踵を返し、ダイニングキッチンの椅子へと腰掛ける。
「まず一つ。俺の登校、或いは下校中に待ち伏せをするような真似は絶対に止めて下さい。今後、矢紗美さんがそういう行動をとったら、俺は二度と矢紗美さんの相手はしませんし、口もききません」
「で、でも……他に紺崎クンに会う方法が……」
「二つ目」
矢紗美の反論を無視して、月彦は続ける。
「既に予定が入っている休みに、無理矢理自分の予定をねじ込むのも止めて下さい。俺が無理だと言ったら無理なんですから、その時は潔く引き下がって下さい」
矢紗美の反論を待たずして、三つ目、と月彦は続ける。
「カメラ、録音機、或いはそれらに類する機器を使った脅迫の類も絶対にしないで下さい。矢紗美さんがこれらの行動をとった場合もまた、俺は先生との破滅覚悟で矢紗美さんと縁を切ります。……どうですか、矢紗美さん。これらの三つの条件を守って貰えますか?」
「うぅ……」
矢紗美は月彦の様に椅子には座らず(キッチンには食卓の周りに四つの椅子があるのだが)まるで飼い主に“待て”を命じられた犬の様に、月彦の足下にぺたりと座り込んでいた。
しかし、その太股はひっきりなしに焦れる様に動き、見上げる目には情欲の火が灯っているのが、明らかに犬とは違う所なわけだが。
「そ、それを守るって……約束したら……今夜、泊まってくれるの?」
「泊まる――かどうかは矢紗美さん次第ですね。あまりにも呆気なく、矢紗美さんの方がオチちゃったら、そのまま帰りますし。矢紗美さんが朝まで付き合ってくれるっていうのなら、泊まることになるでしょうね」
「っ……んぅ…………わ、解ったわ……約束する……するから……だから……」
「本当ですか? 矢紗美さんってけっこう“口だけ”な所がありますからね」
「ほ、本当よ! ちゃんと紺崎クンの言う通りにするから……ね?」
膝立ちになり、ズボンを掴むようにしながら矢紗美が懇願してくる。かつては、圧倒的な力(そして器具)と技量で自分の“処女”を奪おうとした女の変わり様に、悪いとは思っても月彦はついつい笑みを零してしまいそうになる。
「……悪いですけど、信用できませんね。先に、“証”を見せてもらいましょうか」
「証……?」
「そうですね。とりあえず――」
月彦は足を組み、まるでマフィアのボスかなにかのように、膝の上で指を組む。
「足でも舐めて貰いましょうか」
「なっ……」
「矢紗美さんの事です。今までそんな事、男にやらせた事はあっても、自分がしたことなんて一度も無いんでしょう?」
だからこそ、“証”になるのだ。月彦にしてみれば、女性にそのような事をさせて悦にいるという趣味などないし、むしろそういった行動をさせるのは自己嫌悪にすら繋がる愚行だった。
しかし、今回は相手が相手だ。
「どうしたんですか? 矢紗美さん。出来ないんですか?」
やっぱり、今度の“何でもするから”も口だけだったんですね――月彦の言葉に、矢紗美は唇を噛みながら見上げてくる。その目尻は涙でいっぱいになり、今にもこぼれ落ちそうだった。
(肉欲と矜持の板挟み、って所ですか)
男の、それも自分より一回りも年下の男に屈し、その足を舐めるという行為は恐らく矢紗美のプライドが認められないのだろう。しかし、それさえくぐり抜けてしまえば、その先に待っているのはめくるめく官能の夜。その狭間で、矢紗美は揺れているのだ。
「矢紗美さん。……俺は従順な女性は好きですよ」
「……っ……!」
再度呟いたその言葉が、最後の一押しとなったらしかった。矢紗美が恐る恐る、月彦の足の先へと手を伸ばしてくる。モタついた手つきで、ゆっくりと靴下が脱がされ、やがて矢紗美はその足の指先に口づけをした。
刹那、ゾクリと。全く予期していなかった快感が胸の内で沸くのを、月彦は感じた。
(バカな……)
そう思い、即座にその“波”を打ち消そうとするが、自分の足に口づけをし、ちろり、ちろりと舌を這わせている矢紗美を見ていると、えもしれぬ愉悦がゾクゾクと沸き起こってしまうのだ。
「あんっむ……」
矢紗美が、まるで乳幼児が両手でパンを持ってかじりつく様な仕草で、足の指を一つ一つくわえ込み、嘗め回してくる。その仕草は手慣れている――とは言い難かったが、動作に迷うという事はなかった。
つまり、男にやらせた事はあるのだ。嫌がる男に命じ、そのプライドをズタズタにするために。そしてその時の経験が、どうすれば相手が――即ち、月彦が喜ぶかを教えているのだ。
「ンぁ……これで、いいの?」
「矢紗美さん、足は二本ありますよ」
ふぅふぅと息を乱し、濡れた目で見上げてくる矢紗美に、月彦は足を組み替えながら、冷酷に言い放った。
本来ならば、矢紗美の覚悟、決意の程を試すという意味であれば、片足で十分な筈だった。それなのに、両足を命じた理由は――偏に、もっと見たくなったのだ。
即ち、鼻持ちならない――例えるなら、どこかの性悪狐のような――女が、自分に跪き、無様に足を舐めて寵愛を乞うその様を。
(バカな……姉ちゃんじゃあるまいし……)
そう、あの姉ならば、如何にもこういう事は好きそうだと、月彦は思った。しかし自分は違う――そうではないと信じたかった。
(そう、俺は違う。俺はただ……矢紗美さんが本気で約束を守るかどうかを知りたいだけだ)
他意はない、と己の良心に言い訳をするが、それが嘘であることは何より月彦自身が解っていた。
「……紺崎クン、一つだけ……聞いても良い?」
靴下を脱がしながら、矢紗美が恐る恐る申し立ててくる。
「何ですか?」
「雪乃にも……こういう事、させてるの?」
「まさか」
矢紗美の質問を、月彦は一笑に付した。
「勘違いされない様に言っておきますけど、俺は矢紗美さんじゃないですから、異性を傅かせて足を舐めさせて喜ぶ――なんて趣味はありません。あくまでこれは、矢紗美さんが本当に約束を守ってくれるかどうかを確かめるためのものです」
月彦の応えに納得したのか、矢紗美は目を伏せ、そして諦めたように足の指を口に含み、れろれろと嘗め回してくる。
(う、お……しかし、これはこれで……)
通常のフェラとは違った心地よさがあることは、認めざるを得なかった。普段の生活で、およそ足の指をこのように舐められる事などは無いから、余計にそう感じてしまうのかもしれなかった。
矢紗美は丁寧に、足の指一本一本をくわえこみ、しゃぶり、指の股まで舌を這わせてくる。その為、月彦の方がああしろこうしろと命じる間も無く、足舐めの儀式は終了した。
「ありがとうございます、矢紗美さん。……これで、俺も矢紗美さんを信じる事が出来ます」
どこまでも解りやすい飴と鞭。月彦は矢紗美の手を引く様にして抱き上げ、抱擁しながら良い子、良い子とばかりに頭を撫でる。
「……っ……わ、私に……こんな事させたの、貴方が初めてよ、紺崎クン……」
「解ってます。いつもは……させる側なんですよね?」
目尻に滲んだ屈辱の涙をぬぐい取るように、月彦は舌を這わせ、そして優しいキスをする。
「でも、こういう事をさせるのが好きっていう矢紗美さんの気持ち――少しだけ理解できました。俺も、矢紗美さんが舐めてるのを見て、胸がキュンってしちゃいましたもん」
心にも無い事を言って、またキス。本当はキュン、ではなく、ゾクリ……だったのだ。
「さてと、今度は俺が約束を守る番ですね」
月彦は椅子から降り、一旦しゃがみ込むと昼間雪乃にそうしたように、矢紗美の体を抱き上げる。
「寝室はあっちでしたっけ? 矢紗美さん」
月彦の言葉に、矢紗美はまるで処女のように小さく頷いた。
一体どうしてしまったというのだろうか。矢紗美には、己の心の動きが理解出来なかった。
(あんな事までさせられたのに……)
一回りも年下の男に命令されて、足まで舐めさせられた。そんな屈辱的な行為、男にやらせた事はあっても、自分からした事など皆無だった。
事実、屈辱の余り落涙までしかけた。――にもかかわらず、結局は跪き、まるで従者が主人に奉仕でもするように足の指を舐めしゃぶってしまったのは何故か。
そして何より、こうして両腕で姫か何かの様に抱きかかえられ、寝室へと運ばれる際に感じる胸の高鳴りは何なのか。
「明かり……は別に付けなくてもよさそうですね」
寝室のドアを開け、体がベッドへと横たえられる。室内は常夜灯の僅かなオレンジ色の光によって微かにものの輪郭が解る程度の視界だ。その中で、黒い影が、矢紗美に被さってきた。
「矢紗美さん、大丈夫ですか? 随分息、荒いですよ?」
苦笑混じりの声に、かあ……と顔が赤くなる。
「ば、ばかぁっ……紺崎クンが、散々焦らしたからでしょ……」
「焦らしたつもりはありませんでしたが……まあ良いじゃないですか。これからたっぷり……矢紗美さんがシたい事をするんですから」
さわさわと、闇の中で黒い手が体をはい回る。下に着ていたシャツごとセーターが捲し上げるようにして脱がされ、たちまちブラまで外される。
「あぁっ……!」
堅く尖った先端をくりくりと刺激するように揉まれ、矢紗美は弾かれたように声を出してしまう。
「ぁっ、ぁっ……い、や……そんなっ……もっとぉっ、もっと……」
「もっと……何ですか?」
くりくりと擦るようにつまみながらの、耳元に息がかかるような囁き。
「い、やぁ……解ってるでしょ……欲しいのっ、紺崎クンのチンポ欲しくてたまらないのぉ」
「やれやれ……いきなりそれですか。先生といい、矢紗美さんといい、ムードもへったくれも無いというか………俺としてはもっと前戯というか……事に及ぶ前の雰囲気作りみたいなのを楽しみたい所なんですが」
「そんなの嫌ぁっ、チンポっ、紺崎クンの麻薬チンポ今すぐ欲しいのっ!」
砂漠で迷い、喉がカラカラの時にオアシスを見つけ、その水を掬う器に拘る者が居るだろうか。手で掬うのすらももどかしい、頭から水に突っ込んでがぶがぶと飲みたい――今、まさに矢紗美はそんな気分だった。
(早く……早く、紺崎クンの……欲しい……)
矢紗美は自らストッキングと下着を脱ぎ、誘う様に足を開く。
「ほら、ね? ちゃんと広げててあげるから……早く、……早くぅ……」
「矢紗美さん、本当に麻薬中毒者か何かみたいですよ?」
苦笑を買おうが、そんな事はどうでも良かった。この男は、月彦は知らないのだ。自分が今までどれほど我慢してきたかを。
(夢にまで、出て来るんだから……)
初めて月彦と関係を持ってからというもの、徐々に。そして二度目以降ははっきりと、自分の体が“虜”にされつつあるのを、矢紗美は感じていた。ムラムラと沸き起こるどうしようもない程に強い肉欲は、他の男と遊んだ所で到底解消される事が無く、ましてや自分でシた所でムラムラが募りこそすれやはり解消される事は無かった。
日に日に月彦の出てくる淫夢を見る割合が増え、そのくせ最後の瞬間――即ち射精に至る直前に目が覚めてしまうから、ますます欲求不満になってしまう。
そんな経緯から、漸く本物の月彦とセックスが出来るという段階にまでこぎ着けたのだ。最早、恥も外聞も無かった。
「ねぇ、早く挿れてぇっ、焦らさないでぇ!」
「そうは言われても、こう暗い中じゃあなかなか……」
困った様な月彦の声だが、矢紗美には解っていた。この一回りも年下の男はまた焦らしているのだ。その堅く、そそりたった剛直を矢紗美の入り口に宛っては、ぬるりと。如何にも滑って入れ損ねた――という体を装い、二度三度と挿入ミスを繰り返していた。
(この……子は……っ……!)
一体何処まで自分をからかうつもりなのだろうか。怒りと屈辱で噛みしめた唇が震える。
(この、私が……ここまでして、へりくだって、お願い……してる、のに……)
この男は解っていないのだ。自分が今相手をしている女が、どれほど価値のある女なのかを。だから、あれほどまでに素っ気のないフリも出来るのだ。
(雪乃なんかより、私のほうが……断然、良い女……なんだから……)
妹に負けているのは、あのモデル並のプロポーションのみだ。他は、全てに置いて勝っていると、矢紗美は自負していた。
(そうよ、だから……紺崎クンにだって、いつか……解る筈だわ。私の方が、雪乃なんかよりも良いって事に……)
そうなれば、立場は逆転だ。今度は月彦の方が傅き、跪く番になるのだ。
(その時までは……悔しいけど……)
自分の方がへりくだざるを得ない。しかしそれも永遠ではない、月彦が自分の良さに気がつくまでの辛抱であると。そう、矢紗美は己の矜持を説得する。
「あぁ、やっと場所が解りました。……じゃあ、挿れますよ、矢紗美さん」
「んっ……良いわ。来て…………あっ、あっ、あっ……ぁっ、あっあっぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
まるで、握り拳でも入れられているのではと錯覚してしまうような、圧倒的な質量が膣肉を押し広げながら、一気に矢紗美の最奥までねじ込まれる。
「かふっ……かひっ、ぃ……」
くん、と膣奥を小突いて尚尺が余るその剛直を無理矢理に押し込まれ、矢紗美は舌を突き出すようにして息を詰まらせる。
(あぁぁぁあっ、コレッ……コレぇええ! コレが、ずっと……)
欲しかった――息さえ満足に吸えれば、そう漏らしていた事だろう。
「んっ……締まりはいいんですけど……やっぱり、矢紗美さんの中……狭いですね」
ぐぐぐっ、と無理な形に撓っていた剛直が少しだけ後戻りをする。月彦が自分の体を気遣って、腰を引いてくれたものだと、矢紗美は思った。
「はぁっ……はぁっ……ごめん、ね…………紺崎クン……はひぃっ!」
しかし、それは矢紗美の早合点――或いは希望的憶測に過ぎなかった事を、すぐに思い知らされた。
「ああ、大丈夫です。気にしないで下さい。前回に引き続いて……こうして小突いて、また矢紗美さんの中を延ばしてあげますから」
「ひぃっ、ひぃっ……やっ、やめっ、てぇっ! あぃっ、あふっ、やっ……奥、そんなに強く突かないでぇえっ!」
「ん? 止めてもいいんですか?」
不意に、剛直の動きが止まる。それどころか、ゆっくりと引き抜かれ始め、矢紗美は慌てて月彦の腕を掴んでいた。
「ま、待って……紺崎クン……」
「どうしたんですか? 俺のやり方に不満があるんじゃないんですか?」
うぐ、と矢紗美は唇を噛む。
「……こ、紺崎クンの、好きに、して……いいわ……」
「まるで、自分の方が立場が上みたいな言い方ですね」
「――っ……!」
矢紗美は反射的に、月彦の顔を見上げた。暗い室内、だが幾分目が慣れたのか、悪魔の様な笑みを浮かべた年下男の顔が、そこにはあった。
「……好きに、して…………下さい」
「……良く言えましたね、矢紗美さん」
良い子、良い子、とばかりに頭が撫でられる。無論、矢紗美にはこれが解りやすい飴と鞭の飴であることなど解っていた。
(っ……いつまでも、私の方が下手に出てると思ったら、大間違いなんだからね……)
いつか――そう、いつか。きっと、月彦が自分抜きでは生きられない程に依存してしまうようになったその時こそ――そんな妄想で辛うじて矜持を支えながらも、矢紗美は大人しく頭を撫でられるままになる。
「じゃあ、さっそく好きな様にさせてもらいますね。……矢紗美さん、四つんばいになってもらえますか」
ぬ゛るんっ、と剛直が引き抜かれるや、たちまち正体不明の“焦れ”に矢紗美は襲われ、言われるままに四つんばいになり、月彦の方に尻を向ける。
「そうそう、それで良いんです。…………やっぱり、矢紗美さんみたいな人は、後ろから犯らないと調子でないんですよね」
「わ、私みたいなって……どういう意味っ――あっ、あぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
「そりゃあ勿論、生意気で、口うるさくて、小賢しくて――つまり、俺が大嫌いな部類の女性ですよ」
反論をする余裕は、矢紗美にはなかった。ぐいと尻を割開かれ、忽ち肉柱を根本まで無理矢理挿入され、完全に息を詰まらせてしまったのだ。
「くひぃぃぃぃ……ひぃ、は……お、奥……に、ぐぃぃ……ってぇ……はぁん!」
「痛い様にはしませんから、安心して下さい。動きますよ?」
尻を揉んでいた手が、腰のくびれへと移動し、がっしりと捕まれるや、ばちゅんっ、ばちゅんと蜜を飛ばすようにして突かれる。
「ひはぁっ、はひぃっ、ひんっ、はっ、ぁ……ふぅ……ンあぁっ!」
一突き一突き、律儀なまでに体が跳ね、弾かれたように声が出てしまう。
(や、だ……スゴ、い……何よ、これぇ……)
一度目よりも二度目。二度目よりも、今回のほうが良い。まるで媚薬を塗った男性器でも挿れられているかのように、天井知らずに感度が跳ね上がってしまう。
「は、ぁふ……だめっ、ぇ……だめぇっ……こんな、こんなのぉ……良すぎるぅぅ……病みつきになっちゃうぅぅ……」
上体から力が抜け、蕩けるような声を出しながら、矢紗美はくたぁ……とベッドに伏せてしまう。途端、抜け落ちる寸前まで腰が惹かれるや、ごちゅんっ、と。
「――きゃフぅッ!!! あぁぁぁぁぁ……」
「肘を突いちゃだめです。ちゃんと体を支えてて下さい」
「やぁぁっ、むりっ、むりぃ……そんなのっ……ンぁあっ!」
「俺はいつだって止めていいんですよ? 中途半端に終わった分は、先生に後始末してもらえばいいんですから」
「……っ……ぅう、わ、解った……わよぉ……」
矢紗美はベッドに爪を立てるようにして、しっかりと腕を伸ばす。そう、逆らう事など出来ないのだ。少なくとも、今の状況では。
「そうです。ちゃんとそのままで居て下さいね」
口調こそ丁寧だが、まるで支配者か何かのような口ぶり。そしてまた、ゆっくりと抽送が開始され、矢紗美の全身は麻薬の様な快楽の虜になる。
「あぁぁっ、あぁっ、ぁあぁ……ひぃ、ひぃ……んっ、はひぃ……!」
身を溶かしてしまうような快楽に、矢紗美は何度も肘を突きそうになってしまうが。その都度、“肘を突くなら、もう止めますよ?”とばかりに剛直が抜け落ちる寸前まで腰を引かれ、慌てて踏ん張り直さねばならなかった。
くつくつと、まるでケモノのような笑い声が聞こえたのはそんな時だった。
「な、何よぉ……何が、おかしいのよぉ……」
「いえ、別に。……やっぱり姉妹だな、って思って」
「何よ、それ……どういう意味――くひぃぃぃい!」
「すみません、矢紗美さん。……おしゃべりしてる余裕、無くなってきました」
矢紗美の言葉を切るように、月彦が被さってきて、ぎゅうっ……と抱きしめられる。そして、耳元でボソリと囁かれた。出そうです――と。
「ぁっ……」
「でも、大丈夫です、安心して下さい。ちゃんと、外に出しますから」
「えっ、やっ……だめっ、ちょっ……紺崎クンっ……あっ、あっあっ……!」
被さられたまま、抱きしめられたまま、腰だけの動きで剛直が出し入れされ、ほじくるように捻られる。
「やぁっ、んぁっ……今日、は……大丈夫、だからぁっ……ナカに、ナカにぃ……!」
「今日“は”? 今日“も”大丈夫なんじゃないんですか?」
くすりと、あざ笑うような息づかい。
「さすがに、そう毎回々々安全日だから大丈夫って言われたら、疑いたくもなります。妊娠して困るのは矢紗美さんも同じでしょうから、まさかそんな大事な所で嘘をつくとも思いませんが……念のために、外に出しますよ」
「やっ、嘘じゃっ……ひぃっ、やめっ、やっ、ぁっ、ぁっ、ぁぁあああァッ!!!!」
猛獣の様な動きをする肉柱に膣内を穿り回され、しっかりとイかされた後、ぬ゛るんっ……と撓るようにして引き抜かれた。
「あぁっ、ぁっ……やぁぁぁっ……紺崎クンのせーし……ナカに欲しかったのにぃ……」
びたびたと、己の背中にふりかかる熱い粘液を感じながら、矢紗美は必死に抗議をする。
「すみません。……でも、これは俺なりの最低限のけじめって言うか……ようは先生と矢紗美さんのランク付けっていうことで」
「らんく……づけ……?」
「ええ」
つまり、と。月彦は剛直の先についている白濁を矢紗美の尻で拭うと、些かも萎えないそれを再び矢紗美のナカへと挿入し始める。
「……矢紗美さんとエッチはしても、金輪際中出しはしない。……そういうランク付けです」
「やっ、紺崎クンっ……ちょっ、待――ぁぁぁぁぁぁぁッ……」
まだイッて間もない膣内を再び肉柱で陵辱され、矢紗美はベッドシーツを掻きむしりながら苦悶の声を上げる。
(何よ、ランク付け……って)
はぁはぁと。ベッドに涎の染みをつくりながら、矢紗美は懸命に思考する。
(私には……絶対、中出ししない……なんて……)
つまり、雪乃にはしているという事だろうか。――否、そんな事は今はどうでも良かった。問題なのは――。
「はぁ……はぁ……ど、どうして、よ……ちゃんと、避妊はするって、言ってる……じゃない……」
「矢紗美さん、むしろ俺の方が聞きたいですよ。……どうして、中出しに拘るんですか?」
「そ、それは……」
矢紗美にも、理由は分からなかった。理由は解らないが、求めるのだ。己の意志のさらに奥底、女としての――否、牝としての本能とも言うべき部分が。
「とにかく、ダメです。……本当は、きちんとスキンも付けてシたい所なんですけど……先生の部屋に忘れてきちゃいましたから」
「やっ、ほ、本当に大丈夫だから……だから、ね? 紺崎クン、お願い……」
「ダメです」
矢紗美の要求はにべもなく却下された。喉が渇いてカラカラなのに、水を口に含む事は許されても飲み干す事は許されない。月彦の言っていることは、即ち矢紗美にとってそういう事だった。
「その代わりと言っては何ですけど、約束通り……今夜は寝かせませんよ、矢紗美さん」
「そんなっ……それじゃあ、生殺し…………ひぃっ……」
そして、さわさわと、肉欲丸出しの手つきで、月彦の手が腰のくびれから乳房のほうへと伸びてくる。
「やっ、いやぁっ……お、お願いっ……紺崎クン……あっ、やっ、あっぁッ、あっ……あーーーーーッ!!!」
挿入されたままだった剛直が、むくりと。まるで首を擡げるように動いて、それを合図とするかのように、抽送が再開される。
そして、矢紗美にとって長い夜が、幕を開けたのだった。
「んぐ、んむっ、あむ……」
月彦はベッドの端に腰掛け、足の間に跪いて一心不乱に剛直にむしゃぶりつく矢紗美の姿を見下ろす。
正直、悪くない眺めだった。される事は同じでも、両腕を拘束され、口汚く罵られながらされるのと、こうして跪かせ、頭を撫でながら“させる”のとでは大違いだった。
「んっ……上手、ですよ、矢紗美さん。口でする事に関しては、確かに……先生より、矢紗美さんの方が巧いです。それは、認めます」
雪乃も、確かに目覚ましいまでの成長を遂げていたが、それでも――踏んだ場数が違うのだろう。
(まあそれでも、真央には敵わない――かな?)
真央のフェラは、言うなれば対月彦用に究極まで特化したある種の兵器だ。通常ならば、とっくにマンネリになってもおかしくない回数をこなしているのだというのに、未だに真央に口でさせると、十分の壁を越える事すら難しかったりするのだ。
(あぁ……真央に口でしてもらった時の事を思いだしたら……)
途端に、限界が近くなってくる。ムラムラと、肉欲の塊が剛直の根本に集まるような錯覚を感じて、月彦は優しく矢紗美の髪を撫でる。
「矢紗美さん……そろそろ、出そうです」
「んむ……んっ……」
月彦の呟きを受けて、矢紗美がよりいっそう音を立てて吸い、舌の動きを激しくする。忽ち、月彦は限界を迎え。
「んぁっ……!? っきゃっ……!」
矢紗美の髪を掴み、無理矢理剛直から引きはがすと同時に、その顔にたっぷりと白濁の化粧を吐き出していく。
びゅるりっ、びゅるっ、びゅっ……。矢紗美の髪に、肩に、頬に、額に。たっぷりと白の粘液を塗りつけ、剛直の先端に残ったものも、矢紗美の頬に塗りつけるようにして拭う。
「はぁ……はぁ……どう、して……どうしてよ!」
「……どうして、って……何がですか?」
怒るような矢紗美の声に、月彦はきょとんと、何も解らないような素振りをする。
「なんで……顔に、出すのよぉ……紺崎クンの精液……口の中で……れろれろって舐めて、ゴクンって、したかったのにぃ……」
「すみません、俺……顔射の方が好きなんです」
しれっと月彦は嘘をつく。
(まあ本当は、矢紗美さんの顔に“飲みたい”って書いてあったからなんですけどね)
だから、あえて意地悪をし、惚けてみせたのだ。そして、どうやら矢紗美も月彦のそういう魂胆に気がついているらしかった。
「どうして、よぉ……どうして、そんなに意地悪、するの……? 私、ちゃんと……紺崎クンの言うとおりにしてるでしょ……?」
絨毯の上に座り込んだまま、矢紗美はぎゅうと太股を閉じ、手で股間を隠す様にして押さえつける。まるで、尿意でも我慢しているような仕草だが、我慢しているのは尿意では無いだろう。
「意地悪なんかしてませんよ? 俺はただ、きちんと避妊をしたいだけです」
「だから! それは大丈夫なの! 今日は危険日じゃないし、それでも不安なら、ちゃんとピルも飲むから……」
「ダメです。先生に悪いですから」
月彦は矢紗美の体を抱き上げ、自分の膝に座らせる。
「矢紗美さんこそ、ちゃんと自分の立場と、そして俺の立場も解って下さい。こうして、矢紗美さんとエッチをしているだけでも、俺はとっても心苦しいんですから。その上さらに先生を裏切るような真似を強要しないで下さい」
「で、でもぉ……んぅ……」
「俺が矢紗美さんの口から聞きたいのは“でも”なんて言葉じゃなくて、“はい”だけです」
指を二本、矢紗美に咥えさせ、舐めさせる。
「……解って貰えましたか?」
たっぷり指をしゃぶらせた後、矢紗美が頷くのを待ってゆっくりと引き抜く。
「解って頂けたみたいで嬉しいです」
「……こっちには、逆らう権利なんか……無いんでしょ」
ぷいと、嫌味混じりに矢紗美がそっぽを向く。
「不満なら、俺を先生より矢紗美さんに惚れさせてくれれば良いんですよ。……そうしたら、その時は好きなだけ…………解りますよね?」
俺は従順な女性が好きですよ?――そんな事を囁きながら、拗ねた子を宥めるように矢紗美の髪を撫でる。
「……そうやって、雪乃を誑かしてるのね。……紺崎クンの手口は良く解ったわ」
「誑かすだなんて、人聞きの悪い事を言わないで下さい」
確かに、セックスに関しては世間知らずにも程が在る雪乃にいろいろと間違った知識を吹き込み、自分色に染め上げるのはえもいわれぬ楽しみの一つだ。
(でも、それと同じくらい……真っ黒に汚れてる矢紗美さんを白く塗り替えるのも楽しいんですよ?)
今はまだ、エサを目の前にぶら下げて無理矢理言うことを聞かせているに過ぎない状況だが、徐々にエサ抜きでも――その時の事を想像して、月彦はまたムクムクと息子を育て上げてしまう。
「……ねぇ、紺崎クン?」
「何ですか?」
「次は、私が上になってもいい?」
「…………ええ、構いませんよ」
月彦は二つ返事でOKし、ごろりとベッドに横になる。その上に、矢紗美が跨ってくる。
「んっ……もうっ、あんなにしたのに……まだ、こんなに……どういう体の構造してるのよ……」
ぐん、とヘソの方へと反り返っている剛直を手で支えながら、矢紗美がゆっくりと腰を落としてくる。
(あんなに、って言いますけど、ほんの準備体操みたいなモノですよ?)
かれこれ三時間はシただろうか。正確な時刻は解らないが、午前零時は回っているだろう。だが、それくらいで寝かせてくれるほど、満足してくれる程月彦のパートナーは淡泊ではないのだ。
「あ、あんっ……あぁっ……ぐぃぃ……って子宮が押し上げられて……んぅ……ぁあ、ぁ……」
「でも、ちゃんと腰落とせるようになりましたね。……本当に延びたんでしょうか」
「こ、紺崎クンのが……さすがに、萎んできたんじゃないの? んぅ……でも、私には……これくらいが……きゃん!」
「口よりも手を、手よりも腰を動かして貰えますか、矢紗美さん?」
ずんっ、とベッドのスプリングを利用して突き上げ、早く動けと催促をする。矢紗美は一瞬抗議をするように目を向けてくるが、すぐに、腰をくねらせ始めた。
「一度……味わわせてあげたいわ……紺崎クンにも……んっ……体の中に、こんなに太くて、堅い……おっきぃものが……入れられてる、感覚を……んぅ……」
「そんなもの、一生味わいたくないです。……矢紗美さん、もう少し早く動けませんか?」
「んっ……もぅ、そんなの、無理……んっ……ふぅ……ぁっ、あんっ……!」
無理、とはいいつつも、矢紗美は徐々に大胆に腰を使い始める。腰をくねらせるようにして前後させ、あるいはぐりん、ぐりんと腰を回し。狭い膣と恐らく鍛え上げられているのであろう下半身の筋肉の収縮力によって、月彦もそうそう涼しい顔はしていられなくなる。
(……でも、昼間の先生のほうが……スゴかった……かな?)
膣内の感触もさることながら、腰を動かすたびにたぷたぷと揺れる巨乳を眺めているだけで、鼻血が出そうなほどに興奮させられてしまうのだ。そういう意味で、矢紗美の騎乗位はある意味ハンデ戦という事にもなる。
「あぁ……良いですよ、矢紗美さん。さすがです、そうやって跨って……さぞかし、男を喘がせてきたんでしょうね」
「……ンぅ……普通、男の子ってそういう話は嫌なんじゃないの? あんっ……」
「“彼女”から元彼の話を聞かされているのなら兎も角、矢紗美さんとは恋人でも何でもないですから、不愉快にもなろう筈がないですよ」
「……言っておくけど、紺崎クンが思ってるほど……“回数”は多くないわよ。私はあくまで――」
「ええ、解ってます。矢紗美さんの趣味はよく知ってますから」
矢紗美の太股から腰のくびれをなで回しながら、月彦は苦笑する。もし、あの時――手錠から脱することが敵わず、矢紗美にレイプされていたとしたら。或いは今頃は全く逆の立場になっていたかもしれない。
「でも、もう……シてないわよ? んっ……だって……紺崎クンの麻薬チンポの味を覚えちゃったら……他の男なんてどうでも良くなっちゃったんだもの」
「だから人の体の一部に物騒な単語をくっつけないで下さいと何度も……まぁ、確かに……“先生の家系”と相性が良いらしいのは認めますけど。。でも、良いんですか? ひょっとしたら俺以上に相性が良くて、矢紗美さんに忠実な男性が世の中には居るかもしれませんよ?」
「あんっ、それは……んぅ……いぃの。はぁっ……はぁっ……んっ……紺崎クンのチンポに飽きたら、その時考えるから……ぁっ……今は、コレで満足、んっ……するの……」
さりげなく水を向けてご辞退願おうと思った月彦の作戦は脆くも失敗した。尤も、巧く行くとも思ってはいなかったが。
「あぁぁっ……んっ……やだっ……もう、イきそう……あんっ……あぁっ、やんっ!」
「矢紗美さんにしては、随分と早いですね。……といっても、俺もそんなに余裕があるわけでもないですが」
さわさわと、矢紗美の下半身を撫でていた手をたゆたゆと揺れる乳へと沿える。恐らく90は無いであろうが、女性として十分に育った乳房をむぎゅむぎゅと捏ねながら、矢紗美の腰の動きに合わせて月彦もまた下方から突き上げる。
「あっ、あっ、イヤッ、紺崎クンは動かないでぇえ……ぁぁぁ……」
「嫌ですよ。俺だって、もっともっと……矢紗美さんの体を味わいたいんですから」
ぱちゅん、ぱちゅん。
下から突けば突くほどに、矢紗美の体が倒れ込んでくる。そのまま、まるでそれが当たり前のようにキスを重ね、背に腕を回して抱き合いながら、互いに腰を擦りつけ合う。
「んむっんぅ……んくっ……んはぁっ……ぁふぅ……ねぇ、紺崎クン……イきそう?」
「んくっ……ええ、そろそろ……だから、矢紗美さん……ちゃんと腰を浮かす準備、しておいて下さいね?」
しかし、矢紗美からの返事は帰ってこなかった。ふふふ、とまるで妖女のように嗤って、再び口づけをするとよりいっそう激しく腰をくねらせてくる。
「んぶっ、ちょっ、矢紗美さっ……どういうつも――んんっ!!」
慌てて矢紗美の体をどかそうと藻掻くも、両腕は矢紗美によってベッドに押さえつけられ、体は矢紗美の足にがっしりと挟まれる形で固定され、全く身動きが取れなかった。
「腰を浮かすなんて、だぁめ。……今度こそ、子宮で紺崎クンの、ドロッドロでいやらしいチンポミルク飲むんだから……」
「な、何言って……ぜ、絶対駄目ですってっ……くぁっ……」
「ダメかどうかは、私が決めるの。……ほら、ほら……早く出しちゃってよ、私も、紺崎クンと一緒にイくために、我慢してるのよ?」
「ダメですっ、ナカは……絶対駄目、です……」
矢紗美が腰をくねらせる度に、月彦は小さく喘ぎ、脂汗を流しながら射精を堪える。しかし、そんなやせ我慢も、長くは続かない。
「ねぇっ、ほら……もう我慢出来ないでしょ? 早くイッてよ、ねぇ……!」
どちらかといえば、自分の方が我慢できそうに無いような、そんな矢紗美の切羽詰まった声に誘われるように、月彦もまた限界を迎える。
「ええ、もう我慢は無理……です。……っ……先生、すみません……」
さも、最早全てを諦めたかのような素振り。矢紗美が、勝ち――と言ってよいのかも定かではないが――を確信したかのように、口の端を歪めたその刹那。
「えっ、あっ……やぁんっ……!」
月彦はさも簡単に、両腕を押さえつけていた矢紗美の手をはね除け、そのまま矢紗美の尻を持ち上げるようにして剛直を引き抜いてしまう。
びゅるんっ、びゅうっ、びゅく……。
間一髪の間を置いて、矢紗美の背中にびたびたと白濁の雨が降りかかる。
「ふーっ……ふーっ……危ない危ない。間一髪でしたね、矢紗美さん」
月彦は両腕から力を抜き、浮かせていた矢紗美の尻を腹の上に落とす。ぽたぽたと、何かが顔を濡らしたのはその時だ。
「……矢紗美さん?」
どうしたことだろう、と思って、矢紗美の顔を覗き込んだ月彦がぎょっと目を剥いた。
「……して、邪魔、……るのよぉ……」
「えっ、あの……ちょ……」
両目に一杯の涙を溜めて、ほろほろと零す矢紗美に月彦はどうしてよいか解らず、慌てて体を起こす。
「紺崎クンの……ちゃんと、欲しいって、そう、言ってるのに……どうして、意地悪するのよぉ……」
「いや、ええと、あの……俺は意地悪してるわけじゃなくてですね、……あれ、なんで……困ったな……」
まさか矢紗美が泣き出すとは思わなかったから、月彦は本当の意味でパニックになった。
(な、なんでだ……何で急に、こんな……)
確かに、“意地悪”はした。矢紗美が中出しをして欲しくてたまらないのならば、その寸前、ギリギリまで夢を抱かせ、無惨に刈り取るような真似はした。
しかし、それで怒られ、責められこそすれ、まさか泣かれるなんて誰が想像できただろうか。
「と、とにかく落ち着いて下さい。ね? ほら、矢紗美さん……泣かないで……」
えぐえぐと嗚咽を漏らす矢紗美を慰めるように抱きしめ、指先で涙を拭う。
(……ちょっと、辛く……当たりすぎたかな)
年上で、悪女とはいえ、矢紗美とてか弱い女性には代わりがないのだ。許容量を超えたショックには堪えられないのだろう。
(……確かに、少し酷い事を言いすぎたかもしれない)
今日だけに限らず、最近の行動を振り返って、月彦は俄に反省をする。矢紗美には腹立たしく感じる事も多いが、自分の発言にも果たして落ち度は皆無と言えたであろうか。たとえば、矢紗美が何よりも気にしている身体的特徴などを詰ったりしたことは無かったか。
(先生と比べたりするのも……矢紗美さんには辛い事なのかもしれない、な……)
それは、矢紗美自身にはどうしようもない事なのだ。雪乃の方がグラマーなのは事実だが、だからといって矢紗美が女性として総合力に劣っているかのような発言は控えた方が良いのかもしれない。
無論、月彦なりに気を遣って“俺の基準では”という言い方をしていた。が、それでも棘のある言い方には代わりがないのだ。
そうでなければ、あの矢紗美がこうして泣き出すだろうか。
(女の子――いや、女の人、か。とにかく、女性の涙って、堪えるんだよなぁ……)
それまで胸を支配していた矢紗美への怒りも何処へやら。むしろ、申し訳なさで一杯になるのだから、まさに女の涙の効力は効果覿面だった。
「……すみませんでした、矢紗美さん」
返事は帰ってこなかった。僅かに、月彦の言葉に耳を傾けるように、矢紗美が頭の向きを変える。
「確かにちょっと俺、意地悪過ぎでしたね。……反省してます」
矢紗美は、顔を上げない。月彦の腕の中で、胸の中へと顔を埋めるようにして、小さくすすり泣きを漏らすばかりだ。
「お詫びと言っちゃなんですけど、……矢紗美さんの希望、聞いてあげますよ」
「……本当?」
そこで初めて、矢紗美が声を出した。まるで、大泣きしていた所で親に玩具を買ってもらえると解った時に幼子が出すような、そんな嗚咽混じりの声だった。
「ええ、本当です。だからもう泣かないで貰えますか?」
月彦はそっと矢紗美の顔を上げさせて、涙に濡れた頬を指で拭う。
「……うん、泣かない」
まだ目尻に涙を残したまま、無邪気な笑みを浮かべる矢紗美にとりあえず月彦はホッと胸をなで下ろす。
(良かった……あのままずっと泣かれたらどうしようかと思った……)
これで一安心だ――そう思いながら、優しく矢紗美の髪を撫でる。よもやそうして髪を撫でられている矢紗美が“してやったり”とばかりに舌を出しているとは、夢にも思っていなかった。
「ねぇ……紺崎クン、本当に……シてくれるの?」
「え、えぇ……まぁ……はい。せ、先生には本当に黙ってて下さいよ?」
「うん、黙ってる。……だから、ね?」
矢紗美は月彦の腕の中から離れ、そっとベッドに身を横たえると、恥じらいながらもそっと足を開く。
「今度はぁ、ちゃんと……おまんこの奥に、どりゅぅっ、って中出し……シてほしいな」
くいと、はしたなくも自ら指で広げ、矢紗美が誘ってくる。室内は光量に乏しく、本来ならば見えないはずなのに、暗闇で鍛え抜かれた月彦の目にはヒクヒクと蠢く肉襞の動きまでもくっきりと見えた。
「……解りました。……矢紗美さん、念のためもう一度だけ聞きますけど、避妊は万全なんですよね?」
「ん、心配なら……明日一緒に産婦人科にでも行く?」
「い、いえ……矢紗美さんを信じます。……お願いですから、裏切らないで下さいね?」
月彦は些か及び腰になりながらも、矢紗美に被さる。矢紗美が泣き出してしまった際には些か萎えてしまった相棒も、矢紗美の誘惑のポーズですっかり元気を取り戻していた。
それを矢紗美が指で割開いている場所へと宛い、ゆっくりと。
「あぁっ、ぁっ……ぁっ……んっ……紺崎クンの……ほんと、おっき……んぅ……」
「や、矢紗美さんの中も……せま――キツくて……っ……んっ……」
そのまま、被さる様に矢紗美にキスをし、舌を絡め合いながら徐々に腰を使う。乳房に手を這わせ、優しく弄りながら抽送を続けていると、不意にキスの合間に矢紗美がふふふと笑った。
「矢紗美さん?」
「……ごめん、なんかおかしかったから。……紺崎クン、急に優しくなるんだもん」
「そりゃあ……」
目の前で女性に、しかも自分のせいで泣かれたら、優しくもならざるをえないと、月彦は思う。
「ケダモノみたいに責めてくる紺崎クンも良いけど、私……こういうのも嫌いじゃないよ」
「それは……少し意外ですね」
てっきり矢紗美はケダモノエッチのほうが好きだとばかり思っていただけに、月彦は驚きを隠せなかった。
「そりゃあ、がっつりエッチしたい時もあるけど。ていうか殆どがそうだけど、たまには……ね? まぁ、今のところ……紺崎クンしか、そういうエッチしたいって思う相手は居ないけど」
「は、はぁ……そう、なんですか」
喜んでいいのかどうか、月彦には解らなかった。
「んもぅ、喜んでいいのよ! 私は……紺崎クンの事好き、って言ってるんだから」
少し目線を逸らしながら、照れるように矢紗美は呟く。
「……矢紗美さんが好きなのは、俺本人じゃなくて、俺の一部ですよね?」
ふふっ、と矢紗美は意味深に笑って、体を起こすようにしてキスをしてくる。月彦も応じて、しばしくちくちと、舌を合わせる音だけが響く。
「ねぇ、紺崎クン……対面座位、好き?」
「……ま、まぁ……どちらかというと、好き――ですが」
真央が最も喜ぶ体位なだけに、動きやすいという意味でも決して嫌いではなかった。
「じゃあ、シよ?」
「……わ、わかりました」
月彦は矢紗美の体を抱き起こすようにして胡座をかき、対面座位の形を取る。
「んふふっ……さっき一回紺崎クンの前で泣いちゃったからかな」
するりと、白蛇のように手を首に絡めてきて、ちゅっ……と浅いキス。
「なんだか、紺崎クンにすっごく甘えたい気分なの」
「な、なるほど……んぷっ……!」
「んんぅぅっ……んぅっ……んはぁっ……ねぇ、動いて?」
既に待ちきれない、とばかりに矢紗美がくいくいと腰をくねらせてくる。やむなく、月彦も矢紗美の尻に手を沿え、揺さぶるようにして抽送を始める。
「んぁっ、ぁっ……あんっ、あっ、あっ……やだっ……紺崎クン、凄く……慣れてる、みたい……雪乃とは、いつも……んっ、こうして……シてるの?」
「え、えぇ……まあ、そういうときも、あります……」
「あの子、お尻大きいし……重いんじゃない? ふふっ……でも、紺崎クンにはそんな事関係ないか。んっ……」
甘えたい気分――の通りに、矢紗美はいつになくキスをねだってくる。普段から真央にそうされる事になれているから、月彦もまた戸惑う事無くキスに応じ、同時に剛直で矢紗美の膣内を抉ることも忘れない。
「あっ、あっ……んぅっ! あぁっ……もぉっ、紺崎クンったら……そんなに、あんっ、焦らないのぉ……もっと、ゆっくり、ぁあっ……やんっ、もっと……もっとキスして、甘えたい、のにぃ……!」
「ふふ、本当に“甘えたい気分”なんですね。…………でも、普段の矢紗美さんより、今の矢紗美さんの方が可愛いですよ?」
甘えたい――そう言う矢紗美の意向を無視するように、月彦は矢紗美の体を揺さぶる手を早め、イかせにかかる。何故なら、自分の方がそれほど長く持たないからだ。
(……すっかり、真央のサイクルが体にしみついちまった……)
真央が相手であれば、そろそろ出してやれば丁度良いという頃合いで――具体的に言うならば、真央が3〜5回イくのに1回の割合で――ムラムラと射精したくなるのだ。
「ッ……矢紗美さん、すみません……もう、出ちゃいそうです……」
「んっ……謝らなくて、いいのっ……あんっ……今度は、ちゃんと……このまま、ナカで……ね?」
「ええ、解ってます……っ……くっ……」
月彦は矢紗美の尻に指を食い込む程に強く握りしめ、ぐんっ、と剛直を矢紗美の膣内に向けて押し出す。
びゅるんっ、びゅっ、びゅびゅびゅっ……!
途端、矢紗美の膣壁を押しのけるようにして、白濁液がめいっぱいに溢れ出し。
「んぅッ! ……あっ、あっ、あっ……ひぃアッ……本当に出てっ……あっあっ、やぁっ、だめっ、あっ、んぁっ……あぁぁぁぁぁぁああッ!!!!」
ぎり、ぎりと。負けじと矢紗美も月彦の背に爪を立て、舌を突き出すようにしてヨガリ声を上げる。
「はひぃ……はひぃ……ぁぁぁあ……す、ごい……もう、何度も出した後、なのに……こんな……ぁぁぁ……おまんこの奥……凄く、熱ぃぃ…………」
「……っ……満足、して貰えましたか?」
「んんっ……まだ、ダメ……ねぇ、紺崎クン……アレやって?」
「アレ?」
「ぐりゅっ、ぐりゅって……精液塗りつけるやつ。いつもシてくれてたじゃない」
「……解りました」
いつもなら、ほぼ無意識のうちにやってしまうことを改めてやって欲しいと言われると、得てして違和感があるものだ。
しかし、泣かせてしまった手前、矢紗美の申し出を断るわけにも行かず、月彦は見よう見まねで――というのも変な話だが――中出しして尚全く萎えないそれで、白濁液を膣壁に塗りつけるようにして動かす。
「あァあああっ! あぁぁっあひぃ……ひぃぃっ……ぁあっ、これっ……コレ……堪んないのぉ……はひぃぃいっ……んっ、ぁっああっ……スゴい……スゴいわ……、紺崎クン……おまんこ、気持ちよくて溶けちゃいそう……」
ふぅ、ふぅと耳元でケダモノのように息を荒くしながらサカり声を上げられては、段々月彦の方までケダモノと化したくなってくる。
「はぁっ……はぁっ……んっ……ねぇ、紺崎クン……今度はぁ……」
はいめんざい、と矢紗美が耳を舐めるような声で囁いてくる。
「甘えたいんじゃなかったんですか?」
「んぅ、それはさっきまでの話。今度は……紺崎クンに後ろから抱きしめられて、クリ弄られながら中出しされてイきたいのぉ」
「……解りました、お姫さまの仰るとおりに致します」
月彦は矢紗美の体を抱え上げ、一旦剛直を引き抜くとくるりと向きを変え、再び自分の胡座の上に落とす。
「あぁんっ! もうっ……紺崎クン、挿れる時はもっと優しく……ぁふっ、ぅう……」
矢紗美の抗議には反論すら返さず、片腕で矢紗美の体を抱きしめながら、言われるままに右手の指先でピン立ちしている淫核を優しく弄る。
「や、やだっ……そんなっ、いきなりっ……触っ……んぅっ……あ、あんっ……あんっ、あっ、あっあっ……」
「……矢紗美さん。今気がついたんですが……」
語りかけながらも、月彦は指先でくりくりと、淫核を弄る。
「こうしてると、俺、すっげぇ動きづらいんですが……矢紗美さん?」
「な、何? んぅっ……やっ、ちょっ……紺崎、クン……ゆ、び……止め――」
「指がどうかしたんですか?」
ぷっくりと勃起している淫核を軽く指で挟んだり、擦ったり、指の腹でくいくいとレバーでも倒すように弄んだりと、矢紗美の反応を伺いながら、月彦は“最も良い”愛撫の仕方を捜す。
「やっ、やだぁっ……どうして、そんなに巧いのよぉ……ふ、普通……んぅ……お、男の子って……加減、知らない、のにぃ……やっ、あっ、っ……イくっ……イッちゃうぅ!」
「もうですか? 随分早いんですね」
まだ、腰を動かしてすらいない。ただこうして背後から胸をもみゅもみゅしたり、淫核を弄ったりしているだけであるのに。
(……そういや矢紗美さんって、クリ弱いんだったっけか……)
過去のプレイを思い出して、そんな事を思う。それならそれで、もっと序盤から重点的に責めればよかったと、月彦は少しだけ後悔した。
「あっ、あっ、あっ……いやっ……ほんとに止めっ……あっ、あっ、ぁっ、ぁっぁっあぁぁ〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!」
びくんっ、びくっ、びくっ!
月彦の腕の中で、軽く痙攣をするようにして、矢紗美が達する。矢紗美がイッている最中は、指での愛撫を止めたのはせめてもの情けだ。
「矢紗美さんって、本当にクリ弱いんですね。……それなら今度、クリフェラでもしてあげましょうか? 三時間くらい」
「え……さ、三時間って……こ、紺崎クン?」
ふぅふぅと肩で息をしながら、「冗談でしょ?」と振り返るようにしてそんな呟きをする矢紗美に、月彦は大マジの目で応える。
「矢紗美さんには本当に悪いことをしたって思ってますから、別にそれくらい構いませんよ?」
「だ、ダメよ……絶対、だめ……そんな事されたら、私……頭がどうにかなっちゃうわ……」
「そうですか……絶対駄目ですか」
なら、むしろやるべきだ――そう考えるのが、紺崎月彦の思考法だった。
(待てよ、矢紗美さんが弱いなら……先生も弱いのかも……)
思わぬ収穫に、不本意ながらもニタリと笑みを浮かべてしまう。
「とりあえず、弄りながら動くのはちょっと難易度高いみたいですから、先に動いて、矢紗美さんがイきそうになったらクリも弄りますね?」
「えっ、ちょ、ちょっと待って……やだっ、まだイッたばっか――あぁん!」
矢紗美の太股を持ち上げるようにして、月彦は大きく揺さぶる。
「だめっ、だめぇっ……まだっ、まだなのぉっ……んんっ! ぁっ、ふっ……くぅぅん!」
「すみません。でも……俺も、矢紗美さんが感じてる所みて、大分興奮しちゃいましたから」
自分では動いていなくとも、淫核を弄るだけで矢紗美が悶えながらうねうねと腰をくねらせたせいで、早くも少々油断ならない状況になってしまっているのだ。本来ならば、そこでなるべくイかないように努力するのが普通なのであろうが、そうもいかないのがケダモノの辛いところ。
即ち、人間と違ってケダモノは我慢が苦手なのだった。
「ほら、矢紗美さん、後ろ向いて下さい」
どうやらそれだけで、矢紗美に意志は伝わったらしかった。身を捻るようにしながら、くちゅくちゅと唾液を絡み合わせるようなキスをし、キスをしながら、ぐちゅぐちゅと腰をくねらせる。
「んふっ、んんっっふーっ……んぷふぅっ……んあふっ……んふーっ……ンンンッ!!!!!」
動きを止め、淫核を弄り出すなり矢紗美が大きく喉奥で噎ぶ。慌てて口を離そうとする矢紗美の後頭部に左手を回し、無理矢理唇を合わせるようにしてキスを続行。矢紗美の体を揺さぶる動きこそ止まったが、その代わりに淫核を弄る事でうねうねと矢紗美が腰をくねらせ、射精寸前の月彦としてはそれだけで十分過ぎる起爆剤だった。
「んンッ……んっ、んんっ!? んんンーーーーーーーーーーーッ!!!」
あえて、出る――と言わず、前触れも何も無く矢紗美に中出しをする。びゅぐ、びゅぐと白濁が跳ねるように飛び出すたびに、それらが灼熱の脈動となって矢紗美の膣内を打ち付け、その都度矢紗美がビクン、ビクンと腰を撥ねさせる。
「ンフーッ……んフーッ…………ぷはぁっ…………ぁふぅぅ………………」
ゆっくりと、糸を引く様にして、唇を離す。
「も、ぉ……い、いきなり出す、なんてぇ……危うく、意識、トんじゃう所……だったじゃない……あぁんっ……」
「すみません、矢紗美さんのナカが気持ちよくて、我慢できなくなっちゃって」
優しく、労るように矢紗美の淫核を触りながら、とりあえずの謝罪。勿論、少しも悪いとは思っていなかったりする。
「んふふ……そんなに、気持ちよかったの?」
きゅっ、きゅっ……と締め付けながら、矢紗美が悪戯っぽく、顎の下に指なぞ這わせてくる。
「ええ、トロトロでギュウギュウで、ぬっちょぬちょでぐちゅぐちゅでこうして挿れてるだけで堪んないですよ」
「じゃあさ、今度は――そのトロットロになっちゃってる私のおまんこ、ケダモノみたいに後ろから犯してみない?」
「……わ、解りました……」
この人、ある意味真央以上だ――月彦はもう観念して、矢紗美の気が済むまで付き合う覚悟を決めた。
そして漸く矢紗美から解放され、部屋を後にすることが出来たのが翌日の夕方。勿論、白耀の屋敷でゆっくり過ごす暇などは無く、泣く泣く電話をしてとりあえず「部屋に泊まった事にしてほしい」という謎の要求だけをして、家へと帰った月彦を待っていたのは当然の事ながら欲求不満気味の愛娘。
“二日分”をたっぷり搾り取られて、月彦はまた枯れ木の様に月曜日を迎えるのだった。
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