かつて、雪乃と教室で、雪乃の車について話をした。
 何故いつも乗車を拒否するのか――そう問う雪乃に、月彦は咄嗟にこう答えた。雪乃の運転が苦手だと。さらに加えて、音が凄いから、スピードが出るから、色が――とも。
 その時、確かに雪乃は並々ならぬショックを受けていた様には見えたのだ。だから、すぐにフォローを入れようとしたのだが月彦自身、真央との事で追いつめられていた事もあって、万全のフォローとはいかなかった。
 その時のツケが、まさかこういう形になって返ってくるとは。
「新車……って、先生……前の車はどうしたんですか?」
「売ったわよ? 一人で二台持っててもしょうがないもの」
「売った……って、そんな、簡単に……」
 月彦は思い出す。大分前に引越を手伝った時の事を。そもそも、雪乃が以前住んでいたアパートを出て行かざるを得なくなったきっかけというのが、車の騒音ではなかったか。
(要らない車、どうでもいい車なら……その時点で処分してる筈だ……)
 それなのに、アパートを変える方を選択したという事は、それだけ車の方が大事だったという事ではないのか。
「ただ、いろいろ弄っちゃってたから、そのまま普通に売るってわけにはいかなくて、結局解体屋やってる友達に引き取ってもらったんだけどね。――ああ、ごめんね。こんな話、どうでもいいよね」
「いえ……どうでもよくは――」
 少なくとも、己の不用意な一言で大切なものを一つ捨てさせてしまったのだ。どうでもよいわけがなかった。
「ああ、先に言っておくけど、紺崎くんに言われたからじゃないわよ? 燃費とか、税金とか、いろいろ考えたら断然軽の方がいいし。むしろ良いキリになった〜って思ってるんだから」
 そんな筈はない、と月彦は思ってしまう。大切なものは、大切にしてきたものはそうそう簡単に捨てられるものではない。幾日にも渡る逡巡と、葛藤があったはずだ。
 だから。
「…………ちなみに、紺崎くん的には……どう? この車」
 まるで顔色をうかがうように、その様に尋ねられたとき、月彦は一瞬言葉に詰まった。
「そ――う、ですね、先生っていうとあの赤い車……っていうイメージが強いから、違和感はありますけど……確かに、単純に移動とか通勤とかを考えるだけなら……こっちの方がいいかも……ですね」
 車の名に疎い月彦には、眼前の新車がどういった機能を備えていて、どのくらい値が張るのかはわからない。――ただ、色違いの車をよくテレビCMで見かけたような覚えがあるから、やはり――“新車”なのだろう。
 外見も、どことなくまるっとした――ミニバンとでも言えばよいのだろうか――少なくとも以前の車の様に二人しか乗れないなどということはなく、便利性のみを求めるならば文句なしでこちらに軍配が上がるだろう。
 ――だからといって、己が良い助言をした、とはとても思えなかった。
「そっ……か。やっぱり、車の善し悪しなんて、ちゃんと乗ってみないとわからないよね」
 まるで独り言のように呟いて、横目で月彦の方をちらり。
「ちなみにこの車……昨日の夜届いたばかりで、まだ全然走らせてないの。……だから、今度の週末辺り、ちょっと遠くまでドライブ行こうかな〜って思うんだけど」
 そこまで呟いて、またちらりと。
(ぐっ……)
 と、唸らざるを得なかった。何故なら、雪乃が言わんとする事は明白であり、そして肝心要のその週末には由梨子と共に植物園でデートをするという予定が組み込まれていたからだ。
(ごめん……先に、約束したのは……由梨ちゃんの方なんだけど……)
 雪乃にここまでさせておいて、知らぬ顔の半兵衛を決め込める程、月彦は人面鬼畜ではなかった。そう、決して――雪乃の体に釣られたのではなく、男として責任は取らねばという想いの表れだ。
「先生……その、週末のドライブですけど」
「えっ、うん……な、何?」
「もし、良かったら……俺も連れて行ってもらえませんか?」
 注意深く観察しなくとも、雪乃がにんまりしそうになる顔を噛みつぶしているのが見て取れた。
「考えてみたら……その、先生とのデートも延ばし延ばしでしたし。本当に、先生の都合がよければ……で、いいんですけど」
「……まあ、一人で行くよりは……紺崎くんが来てくれた方が……私はその方が……嬉しいけど」
 雪乃はまるで恋をしたばかりの十代の乙女のように顔を赤くしながら、ごにょごにょと言葉を付け足すが、何を言っているのかまでは聞き取れない。
「じゃ、じゃあ……週末は空けておくから、それまでに行きたい場所、紺崎くんが決めておいてね」
「……解りました」
「別に――」
 と、雪乃はそこで僅かに言葉を切って。
「と……泊まりになっても、私は構わないから。少しくらい遠くてもいいわよ?」
 泊まりがけでドライブしたい、という意味だと、月彦は理解することにした。
「解りました。……じゃあ、週末、楽しみにしてます」
「う、うん……私も……楽しみにしてるから」
 もじもじと、車の屋根の上に指文字を書く雪乃を見るまでもなく、重いデートになりそうだと――月彦は覚悟を決めるのだった。


 待ちに待った週末――とはお世辞にも言えないその日、事実月彦の気はこれ以上なく重かった。
(あぁ……本当なら、由梨ちゃんと一緒に植物園に……)
 勿論、雪乃とデートの約束をしたその日の夜に、由梨子には断りの電話を入れた。罵倒されても仕方がない――という覚悟で月彦は切り出したが、由梨子は実に由梨子らしい――突然のドタキャンにも二つ返事でのOK、理由すら聞いてこなかった。
 しかし、無理だと切り出す前と後の、明らかな声のトーンダウンが、月彦の胸を痛くした。――否、明らかな、という程の差は無かったのだが、しかしそれは由梨子が隠す様に演技していたからに過ぎないのだ。
 少なくとも、それくらいの事は見抜ける間柄になったと、月彦は自負していた。
(……考えてみたら、前にも先生の割り込みで潰れた事があったなぁ……)
 いつか埋め合わせをせねば、と思うも――そうなると今度は真央との予定にしわ寄せが出てくる。何かと思い通りに成らぬ我が身を呪いたくなる気分だった。
(……やっぱり、せめて……来週まで待って欲しいって言うべきだったかな……)
 由梨子との約束を反故にした、という負い目さえなければ、もっと純粋に楽しめるのではないだろうか。しかしあの時は――雪乃に新車を買ったと言われた時は、自分の不用意な発言の責任をとらねばという思いで頭がいっぱいで、とてもそこまで気が回らなかった。
(でも、まさかそんな……あれだけの会話で、車まで買い換えるなんて……)
 雪乃がそこまで大胆な行動に出るとは、少なくともあの段階ではとても予想が出来なかった。
(そう、予想なんか出来なかった……)
 だから、雪乃に愛車を捨てさせてしまったのは、自分の落ち度ではない。――そう、責任転嫁できたら、どんなに楽か。
(とにかく、今日は……めいっぱい先生に楽しんでもらわないとな)
 極力、雪乃に合わせよう――ぺちんっ、と頬を叩いて気合をいれながら、月彦は待ち合わせ場所へと歩を進める。見上げれば、ゴロゴロとうなりを上げる黒雲が空一面を覆っていた。
(……ああ、やっぱり雨がふるのか)
 少なくとも由梨子と約束を結んだ段階までは、週末は晴れると天気予報が告げていただけに、雪乃の雨女説がいっそう信憑性を持つ形となった。
 月彦は腕時計に目をやり、約束の時間まで十分な余裕があることを確認してから、一旦傘を取りに戻る事にした。
(にしても、先生……よく新車なんて買うお金あったな……)
 その道すがら、はたと。そんな疑問が湧いた。
 住まいこそ豪華だが、それは殆ど宝くじに当たったようなものだ。雪乃自身に大金があるわけではない。
(貯金とか、あんまり無さそうだけど……そう見えるだけなのかな)
 あまり人の懐具合なんて探るべきじゃないな――そんな事を考えながら歩いていると、不意に背後から警笛が鳴った。
「紺崎くん、おはよーっ」
「せ、先生!?……どうしたんですか?」
 徐行気味に車を寄せてきたのは、他ならぬ雪乃だった。
「どうしたもこうしたも……いつまで経っても紺崎くんが来ないから、迎えに行く所だったのよ?」
 月彦は慌てて時計を見る――が、時刻は八時半。待ち合わせの九時まではまだ三十分も余裕があった。
「先生、念のため聞きますけど……待ち合わせって九時でしたよね?」
「そうだけど……なんだかジッとしてられなくって」
「………………」
 どんだけ待ちきれなかったんですか、と月彦は心の中で突っ込む。
「まあ、いいじゃない。こうして予定より三十分も早く会えたんだから」
 さあ乗って乗ってと急かされ、月彦はしぶしぶ助手席に乗り込む。
(……また先生……そんな短いスカートを……)
 今にも下着が見えそうな程短いスカートに、月彦はつい目のやり場に困ってしまう。
(いや、そもそもそんな所に目をやってしまう俺が悪いのか)
 なるべく雪乃の方を見ないようにしながら、月彦はいそいそとシートベルトを締める。
「それで、紺崎くん。どこに行きたいか、ちゃんと考えてくれた?」
「それなんですけど、俺も先生も、知り合いに見られるのはまずいじゃないですか。だから――」
 月彦自身、雪乃と約束をしてからというもの、一応“行きたい場所”を考えはしたのだ。しかし、どれもこれといった魅力を感じず、さらに言うならば雪乃の趣味嗜好も殆どといって良いほどに知らないのだから、到底一人で決められる筈もなく。
「とりあえず、こんな本を買ってみたんですけど、俺一人じゃ決められないんで……面白そうな場所には一応印はつけておきましたから、後は先生が決めてくれませんか?」
 肩掛け鞄から観光情報誌を取り出し、雪乃に見せる。
「私は、紺崎くんが決めてくれたところで全然構わないんだけど」
「俺も同じ気持ちなんですよ。だから、先生が決めちゃって下さい」
「……そう言って、いざ私が決めるとダメ出しするのが紺崎くんでしょ?」
「うぐ……それは……そ、その本に載ってる場所なら、どれも大丈夫ですから」
 雪乃に手渡した情報誌には、隣県の観光名所しか――逆を言うなら、地元の名所名跡の類は一切――載っていない。さすがにそれだけ離れれば、知人友人、特に真央や由梨子と遭遇する確立は極めて低いだろう。
「うーん……そうねぇ……それじゃあ、ここなんかどう?」
「えぇっ……そこですか!? 俺は――」
 と、言いかけて、月彦は口を噤む。雪乃の決めた場所に異存はないと言ったのはどの口だったか。
(でも、そのページには印つけてなかったよな……)
 つまり、気は進まない場所だと暗に示しはしたのだが、どうやら完全に無視されてしまったらしかった。
「そ、そうですね……そこなら俺も、異存はないです」
「よろしい。そうと決まれば、早速出発するわよ」
 出発するわよ、の“わ”よりも早くアクセルが踏まれ、月彦は危うく舌を噛みそうになってしまう。
(……先生、いつになくテンション高いなぁ……)
 これは疲れる一日になりそうだ――月彦はしかと覚悟を決めることにした。


『紺崎クン、これは私からのっていうより、“あの子の姉”としての忠告だけど』
 昨日、矢紗美の部屋から帰る間際の事だった。
『あの子とデートをするとき、……だけは行かない方がいいわよ? まあもう手遅れかもしれないけど』
 にぃ、と悪戯っ子の様な笑みを浮かべながら、矢紗美は寝室へと消えた。“……”の部分が態と聞こえにくく言われたのは明白だった。
 何故それを今――そう、車での移動中に不意に思い出したのか。先ほど雪乃が選んだ場所がどうにも引っかかるのだ。
(あの時……矢紗美さん……“遊園地”って言ったんじゃないのかな)
 時間が経つにつれ、どうもそうだったような気がしてならない。
(でも、今更……やっぱり止めましょうなんて言ったら、先生気を悪くしちゃうしなぁ……)
 つまり、どのみち……もう後戻りはできないのだ。

 高速道路を二時間飛ばしてついたその場所は、隣県一の巨大遊園地だった。
(俺は兎も角、先生は遊園地なんか行って楽しい年じゃあないと思ったから候補から外してたんだけど……)
 そういえば、前に車で出かけたときも雪乃の口から遊園地という単語が出ていたのを月彦は思いだした。
(……もしかして、本当は行きたくて堪らなかったのかな……?)
 それならそれで、はっきり行きたいと言えばいいのに、とは思うも、やはり雪乃も年齢的に言い出しづらかったのだろうか。
(……しかし、遊園地――か)
 遊園地と聞いて、嫌な気になってしまうのは、もちろん矢紗美の忠告のせいというのもあるが、それよりも以前、某性悪狐に化かされた記憶の方が勝っていた。あんな事はもう二度と無い――とは思うものの、しかし……まんまと騙された屈辱の記憶はぬぐい去れる筈もない。
「紺崎くん、どうしたの? 渋〜い顔しちゃって」
「いえ……雨降りそうだな……って思ってたんです」
 事実、月彦達が出発するとほぼ同時に雨は降り出していた。今降っていないのは、それだけ離れた場所に来たからだが、雪乃の雨女っぷりを考えると、いつまた降り出してもおかしくなかった。
「そうね。降り出したら、絶叫系なんか軒並み止まっちゃうから、急いで乗らなきゃ」
「……普通は、雨が降りそうな時は遊園地には行かない――って選択肢になると思うんですけど」
 やはり、行きたくて行きたくてたまらなかったのだろう。
 早く早く、と急かされるようにして雪乃に腕を引かれ、窓口へと連れて行かれる。雪乃が購入した入場券とフリーパスをそのまま受け取るのは些か抵抗があったが、そのどちらも月彦の思惑を遙かに超える高値であった事から、渋々好意に甘んじる事にした。
 入園するなり、やはりというべきか。月彦の腕を引く雪乃の足は、園内随一のジェットコースターの乗り場へと一直線だった。
(あぁ……やっぱり、絶叫系が目当てなのか……)
 何となく、そうではないかなと思っていたが、やはりそうだったのだ。
「あの……先生は、絶叫系が好きなんですか?」
「んー、大好きって程好きじゃないけど。遊園地の乗り物の中じゃ、ジェットコースターが一番好きよ」
 それを大好きと言わずして何を好きと言うのだろうか。
「ちなみに、紺崎くんは?」
「俺は……実は絶叫系はあまり……いえ、恐いってわけじゃなくて、酔っちゃうだけなんですけど」
「ふぅん……」
 にんまり、と雪乃が意味深な笑みを浮かべる。
「紺崎くん、恐いの苦手なんだ」
「いえ、ですから恐いわけじゃなくて、酔っちゃうんです」
 ここを誤解されては男のメンツが保てない。月彦は熱心に力説した。
「じゃあ、恐いわけじゃあ無いのね?」
「ええ、恐いわけじゃないんです」
 はたして、ちゃんと解って貰えたのだろうか。乗り場へと向かう雪乃の足取りは微塵も衰えない。
「紺崎くん、知ってる? 赤ちゃんの頃、ハイハイをする期間が短かった人は、長かった人に比べて車酔いしやすいんだって」
「へぇ……そうなんですか」
 果たして自分はどっちだったのだろうか。帰ったら葛葉に聞いてみようと、月彦は思った。
「だから、紺崎くんも今日いっぱい乗れば、きっと酔わなくなるわ」
 にっこり、と微笑む雪乃の笑顔に、何処か矢紗美の悪魔笑みが重なって、月彦はゾクリと背筋を冷やした。
(……なんだろう、この感じ……先生が言う“いっぱい”と普通の人の“いっぱい”に大きな隔たりがある気がしてならない……)
 あくまで、“そんな気がする”程度の悪寒だが、しかし――それを無視して過去、何度酷い目に遭った事か。
「……いえ、俺は程々にしておきます。二回に一回くらいのペースで先生に付き合いますよ」
「ダメよ、紺崎くん。こういうのは、一人で乗っても全然楽しくないんだから」
「……嫌がる人と一緒に乗っても、楽しくないんじゃないんですか?」
「大丈夫、何度も乗ってるうちに紺崎くんもすぐに好きになるわ。私もそうだったし」
「……先生も?」
 こくりと、雪乃は頷く。
「小学校の頃だったかな、お姉ちゃんに無理矢理乗せられて……泣いて嫌がってもそれでも乗せられてるうちに、恐いの通り越してすっかり好きになっちゃった」
「あぁ……確かに、あの人はこういうの好きそうですね」
 そして、嫌がる妹を無理矢理絶叫系に乗せる事も――と、心の内で付け加えておく。
(その血が、先生にも流れてる……って事か)
 きっと自覚は薄いのだろうが、やはり姉妹なのだ。
「だから、紺崎くんも今は恐くても、きっとすぐに慣れるわ」
「……先生はどうしても俺を臆病者にしたいんですね。そこまで言うならきっちり付き合いますよ。恐いわけじゃないってちゃんと解って貰えるまで」
「うんうん、その意気よ、紺崎くん」
 あれ、ひょっとして巧いことノせられたのかな――そんな考えが頭を掠めたが、後の祭り。ここで前言撤回をすれば間違いなく臆病者の烙印を押されるような気がして――月彦は泣く泣く雪乃に付き合うのだった。


 午前中だけで十数回、午後にさらにその倍以上の数の絶叫系巡りを終えたとき、月彦は己が遊びに来たのか、宇宙飛行士になるための加重訓練を受けに来たのか解らなくなっていた。
「あーっ、楽しかったぁ……来て良かったね、紺崎くん」
 硝子張りの外、本格的に降り出した雨を見ながら、雪乃は興奮覚めやらぬといったご様子。
「……そう、ですね……たまには、こういうのも……」
 片や、月彦は平地で生活している限りは決して味わう事のない三百六十度の加重攻撃にすっかり参ってしまっていた。こうして地上に降り立ち、椅子に座っていても尚、上下左右に体が揺さぶられているような気がしてならない。
(……雨が降ってきて良かった……降らなかったら、先生に殺されてたかもしれない)
 恐らく、雪乃はまだまだ乗りたかったに違いない。しかし、本降りとなった雨によってアトラクションが軒並み運行停止となってしまい、やむなく屋内レストランへと非難、昼食を兼ねた小休止と相成ったのだった。
「学生の頃とかはさ、友達とよく来てたんだけど……段々みんな付き合ってくれなくなっちゃって。だから今日は本当に久々だったの」
「それは……良かったです」
 何となくだが、月彦には雪乃の友達とやらが付き合ってくれなくなった理由が分かった気がした。自分とて、後日雪乃に遊園地に行こう、と誘われたら居もしない親戚の死をでっち上げてでも辞退するだろう。
「紺崎くんも最初はあんなに嫌がって青い顔してたのに。もう、完全に慣れちゃったんじゃない?」
「ははは……そう見えましたか」
 ちょっとトイレに――そう断って、隠れて三度も吐いた事など、雪乃は知らないのだ。
「雨が降ってきちゃったのは残念だけど、紺崎くんさえ良かったら、いつでも連れてきてあげるから」
「……そ、その時は……お願いします」
 “その時”は永遠に来ないでしょうけど――月彦は場を誤魔化す為だけの笑みを浮かべ、そっとお冷やに口を付ける。
 既に、昼食は食べ終わっていたが、席を立つ気にはならなかった。ぐるんぐるんと揺れっぱなしの視界と、正常な位置にあるのかすらも怪しい胃の調子が頗る悪く、今下手に体を動かせば本日四度目の“ちょっとトイレに……”になってしまいそうだった。
「そういえば、先生。俺……気になってたんですけど」
「なぁに?」
「学校の掲示板に書いてあった里親募集って、あれ……先生が貼ったんですか?」
「ああ、あれね。友達に頼まれたの。……紺崎くん、もらってくれるの?」
「いえ……うちは、猫は……昔飼ってたんですけど、今はダメなんです」
「そっか。誰か良い里親が見つかるといいんだけど」
「すぐ見つかりますよ。みんな凄く可愛い子猫だったじゃないですか。俺も友達とか知り合いに声かけてみます」
「ありがとう、紺崎くん。……ちなみに、紺崎くんは猫好き?」
「ええ、そうですね……犬か猫か、って言われたら、断然猫って感じです」
 言いながら、月彦は苦笑してしまう。昔、妙子と“犬か猫か”でつかみ合いの大げんかをしたことがあったからだ。
「私は……正直、あんまり好きじゃないの。猫って全然懐かないし、呼んでも無視するし、すぐ引っ掻くし、良いところがまるでないもの」
「そんな事ないですよ? ちゃんと子猫の頃からスキンシップを重ねれば、すごくよく懐きますし、呼べばちゃんと来ますし、よっぽど嫌な事をしない限りは引っ掻いたりしないもんです」
「うちはお婆ちゃんちでいっぱい飼ってたけど……私も妹もいっつも引っかかれてたわ。……でも何故かお姉ちゃんには懐いてたのよね」
「……“同類”の匂いがしてたんじゃないんですか?」
 いっぱい猫がいるなら、お婆ちゃんちで飼ってもらえば――と言いかけて、止めた。“お婆ちゃんちでいっぱい飼ってた”と、雪乃は言ったのだ。
 つまり、今は――飼っていない、或いは飼うことが出来ない状況になっている可能性が高い。
「ねえ、紺崎くん。……私からも聞いていい?」
 不意に雪乃が、ちょいちょいと目線だけで、レストラン内のある方角を示す。
「何ですか?」
 月彦もそれとなく、横目で示された方角へと目をやる。――雪乃が言わんとするものは、すぐに解った。
「ああいうのって、紺崎くんはどう思う?」
 雪乃も、ジッと見つめているわけではない。しかし、ちらちらと……意味深に視線を送ってはいる。
「そう……ですね。きっと、当人達は楽しいんでしょうね」
 雪乃の視線の先――そこでは、四人がけのテーブル席の片側のみに腰掛けた若いカップルがいちゃいちゃいちゃいちゃと、腕を足を体を絡めあいながら一つのパフェを二人で突き合っていた。
 当然のように、周囲からは零度以下の視線を浴びせられているのだが、トリップしている二人を現実世界へと引き戻すには至らない様だった。
(……まあ、でも……別に回りに迷惑かけてるわけじゃないし。視界にさえ入れないようにすれば……)
 一歩退いて見れば、あれはあれで微笑ましいではないかとすら思えてくる。
「私も、少し前まではああいうの見るとイラッて来てたんだけど……最近はちょっと違う感じなの」
「……どういう意味ですか?」
 尋ねると、雪乃はじろりと……なにやら意味深な視線を向けてくる。
「……紺崎くん、私もそっちに行っていい?」
「んぶっ!」
 危うくお冷やを吹いてしまいそうになるのを、地獄の苦しみと共に月彦は堪えた。
「な、何言ってるんですか! 第一、向こうは四人がけのソファー席、こっちは二人掛けの椅子席ですよ?」
「だから……椅子ごと……」
 もじもじとテーブルに指文字を書く雪乃がとても良識ある女教師には見えず、月彦は眉間に指を当てた。
「紺崎くんは、ああいうの見て……いいなぁ、って思わない?」
 微塵も思いません、と言いたい所だったが、雪乃の熱っぽい視線を前にそれは憚られた。
(今日は……全部先生に合わせると決めた日……でも――!)
 さすがにアレは辛い――と、月彦は再度熱々カップルの方へと目をやる。二人はパフェを食べ終え、今にも前戯が始まりそうな程に熱烈なキスを交わし合っていた。
「ま、まぁ……ちょっと、憧れはしますけど……さすがにこんな人目がある所じゃ……」
「そうよね……よっぽどお互いの事しか目に入らないような仲じゃないと、あんな事できないよね」
 はぁ、とため息混じりに羨望の目。暗に“紺崎くんにとって私はその程度の存在なのね”と言われている様で、月彦は胸を押さえた。
(ぐ……すみません、先生……さすがに、俺はこの衆目の中、ピエロになる勇気は……)
 雪乃相手に限った事ではない。真央とでも、由梨子とでも無理だろう。だから許してください――そう心の中で懺悔する。
「じゃあ、そろそろ出ようか。雨も上がったみたいだし、アトラクションも再開するかも」
「……なんですと!?」
 月彦は即座に視線をバカップルから硝子張りの外へと向けた。確かに雪乃の言う通り、雨はすっかり上がって晴れ間が覗いていた。
「ま、待ってください!」
 咄嗟に月彦は席を立とうとする雪乃を呼び止める。
「そんなに急がなくてもいいじゃないですか。食休みはしっかり取らないと消化に悪いですよ」
「でもほら、順番待ってる人も居るのよ? 食べ終わってるのにいつまでも座ってるわけにはいかないわ」
 雪乃に示されて、月彦も気がつく。レストランのレジ前のソファには――否、既にソファには座りきれない立ち待ちの客達がひしめいていた。
(……でも、今出たら……間違いなくまた乗せられる……)
 ぐいぐいと、一体どこにそんな力がと危ぶみたくなるほどの腕力で引きずられ、否応なしに先頭に座らされるのだ。
(ダメだ、今ジェットコースターなんか乗せられたら、降りる前に吐いちまう……!)
 ならば、とれる手段は一つしかなかった。
「だ、だったら……先生……ぱ、パフェでも……食べませんか?」
「……えっ…………」
 完全に席をたっていた雪乃の腰が、すとんと。いともあっさり椅子の上に収まる。
「……それって……二人で一緒に、ってこと?」
「……はい」
 頷いたが最後。やっぱり止めましょう、とは言える筈もなく。
「こ、紺崎くんがそうしたいんなら……私は、構わないけど」
 熱に浮かされたような仕草で雪乃が店員を呼ぶのを、月彦は黙って見守るしかなかった。

 


 いい年をした女性と、教え子ほども年の離れた男が二人仲良くパフェを突き合っている様は、はたしてどれほど周囲の気温を下げた事だろうか。
 少なくとも月彦が確認しただけで、チラチラと視線を送りながらひそひそ話をする数人の女性客や、微笑ましい視線を送る家族連れ、露骨に非難の視線を送る男性客等々、胃が痛くなるようなリアクションをふんだんに取られていた。
 そんな視線に気がついているのかいないのか、雪乃は終始笑顔満面。「美味しいね、紺崎くん」――とニコニコ顔で言われれば、月彦とて引きつりそうになる口元を噛みつぶして笑顔を浮かべざるを得ない。
(車まで買わせちゃったんだから……これくらいは……)
 贖罪。まさにその一言。
 一刻も早くパフェを食べ終え、その場を離脱したいのは山々だが、もう少し待てば再び雨が降り出しそうな空模様が、月彦に一縷の希望を懐かせた。ゆっくりと味のしないパフェを突きながら待った甲斐もあり、程なく雨がぱらつき始めた。
 ここぞとばかりにラストスパートをかけ、月彦は漸く針のむしろのような店内から脱出した。
「いやぁ、残念ですね。また降って来ちゃいましたよ」
「そうね……これからどうする?」
 するりと、いつの間にかさりげなく腕を組まれているわけだが、過剰に振り払うわけにもいかず、月彦はやむなくされるがままになる。
「そうですね……雨が降ってるとなると、大抵の乗り物はダメそうですから。ちょっと早いですけど、お土産でも買いに行きませんか?」
 土産を買って荷物が出来てしまえば、仮に雨が止んでアトラクションが再開しても「俺は荷物番をしていますから」と辞退することができる――そんなこすっからい計算から出た言葉だった。
「お土産かぁ……そうね。じゃあ売店に行きましょ」
 首尾良く雪乃の同意も得られ、売店へと移動する。そこではたと、月彦は我に返った。
(……はて、俺は一体誰に土産を買うつもりだったんだ?)
 当然の事ながら、留守番させている真央には買っていける筈もない。「男友達と山登りに行くから」――と説得した手前、遊園地のロゴの入った買い物袋など見せられる筈もない。勿論、真央に見られる可能性があるから、葛葉に買う事も出来ない。
 そして、由梨子にも買っていく事などできない。由梨子との先約を反故にした上、どの面下げて土産を渡せばいいというのか。
(いや、それだけじゃない……俺自身も下手なものは買えないぞ……)
 少なくとも、今日、この場所に来たという証拠になるようなものは何一つ。
 しかし、そんな事を考えている側から。
「ねえ、紺崎くん。こういうのなんて良いんじゃない?」
 と、相変わらず腕を組んだままの雪乃が手にとったのは、この遊園地のマスコットキャラクター二体セットのキーホルダーだった。
「ほら、これ……二つに分けられるのよ?」
「………………」
 さて、なんと言って断ろうか――そのその思案のみで月彦の脳はいっぱいになった。
「……先生、どうせならそういうミーハーなキーホルダーより、こっちの渋いのにしませんか?」
 と、さりげなく側にあったキーホルダーを手に取り、雪乃に見せる。金属製の、“根性”と書かれた文字のみのそれに、雪乃が露骨に眉を寄せる。
「そんなのじゃ、記念にならないじゃない」
「記念って、一体何の記念ですか」
「決まってるじゃない。紺崎くんとの初めての……ちゃ、ちゃんとした……デートの記念よ」
「…………確かに、ちゃんとしたのっていったら、初めてかもしれませんが」
 だからといってさすがにこれは――と、月彦は雪乃が手に取っているキーホルダーを見る。大きな角付きカブトをつけた白猫のようなマスコットと、丸坊主の少年に鹿の角を生やしたような無駄に濃いマスコット――こんなに特徴的でかつ、この遊園地のテーマは“不可解”だと客に誤解を与えるようなコンビのマスコットキャラは、少なくとも月彦はこの場所以外でお目にかかった事がない。逆を言えば、この二体がこの遊園地のマスコットであるということは、テレビCMなどを通して結構な認知度があるのだ。
「こういう、一つのものを二人でわけて身につけるのって、恋人同士っぽくて、私は……好きだな」
 じぃ、と。おねだりをするような雪乃の目。月彦は正視に耐えず、咄嗟に目を逸らしてしまう。
(何でこう……今日に限って、無理難題ばかりを……)
 雪乃のワガママは聞いてやりたい。しかし――こればかりは、さすがに危険が大きすぎる。
(記念品ってからには……買ってすぐ捨てるってわけにはいかない……)
 たとえ持ち歩かなくても、家に置いておくだけで危険は増す。ましてやあの疑り深い真央の事だ。もし雪乃が車の鍵なり携帯のストラップ代わりなりにキーホルダーを付けている所を目撃した場合、それと対になるものが部屋にあったというだけで推理を結びつけてしまうのではなかろうか。
(……二股がけしてる人って、こういう時なんて言って凌ぐんだろう)
 きっと巧い切り抜け方があるに違いない。――しかし、自分には思いつかない。
「キーホルダーが嫌なら、ああいうのはどう?」
 と、雪乃が指し示したのは、またしても絵柄がペアになってるカレー用の大皿だった。
(……どうあっても、ペアになってる品がいいんだな……)
 つまるところ、そういう“恋人同士っぽい行動”に飢えてるのだろう。
(問題は……先生が憧れる“恋人同士っぽい行動”っていうのが、まんまバカップルの行動に当てはまっちゃう所なんだよなぁ……)
 至極、雪乃に合わせようとすれば、己もバカップルの仲間入りだ。
「貯金箱とか、こっちには目覚まし時計なんてのもあるわよ?」
「貯金箱……ですか。……それくらいならなんとか……」
 真央に問いつめられても、友達の土産だと押し通せない事も無いのではないか。
「じゃあ貯金箱に決まりね。……別に紺崎くんが欲しいのなら、お皿や目覚まし時計も一緒に買ってもいいのよ?」
「い、いいええ!! き、記念品っていうのは、数が多けりゃいいってものじゃないですし、むしろ希少性が薄れて良くないですから、一つでいいですよ」
「そう? まあ、紺崎くんがそう言うなら」
 雪乃は渋々買い物籠にペア貯金箱を放り込み、レジへと向かう。途中、鼻歌交じりにクッキーやらカステラやらも籠に放り込む様を見送りながら、ため息を一つ。
(……折角だし、俺も何か買って帰るかな……)
 勿論、慎重に慎重を重ねて吟味しなければならないのだが。

 結局、売店でも長居をしてしまい、外に出た時にはとっくに日が暮れているという有様だった。
「……先生、ずいぶん買いましたね」
「まあね。友達にあげる分とか……あとは、お姉ちゃんにあげる分かな」
「……矢紗美さんに、ですか?」
 先日の夕食の際に見た限りでは、わざわざ土産を買って行く程仲がよい様には見えなかっただけに、意外に思えた。
(……喧嘩するほど何とやらって事かな?)
 と、月彦が微笑ましく納得し掛けたのもつかの間。
「うん。ちょっとね……今回は……色々“お礼”もしなきゃいけないし」
 続いた雪乃の言葉に、微笑ましさは一気に消し飛んだ。
「えっと……“お礼”って……一体なにの……?」
 どうにも、言葉通りの意味ではない気がして、月彦は問いたださずにはいられなかった。
「ああ、紺崎くんは気にしなくていいの。私とお姉ちゃんの問題だから」
「先生……もし、今日の事を矢紗美さんに話すつもりなんでしたら、絶対止めたほうがいいと思います」
「あら、どうして?」
 やっぱり――雪乃の返事で月彦は確信した。
「今まで彼氏取られたりして悔しい思いをした……っていうのは解るんですけど……その、あの人にはあんまり関わらないほうがいいんじゃないかと」
「大丈夫よ。お土産渡すついでに“この前紺崎くんとこーんな楽しい事してきた”〜って言うだけだから」
「いえ、ですから……先生がそういう事をすると……俺の方にとばっちりが――」
 と言いかけて、月彦は慌てて口を噤む。
「……? 紺崎くん、お姉ちゃんに何かされたの?」
「い、いや……そういうわけじゃなくて、なんて言えばいいのか……とにかく、あんまり矢紗美さんを煽るような事はしないほうがいいと思いますよ」
 それに、と月彦はさらに言葉を続ける。
「俺と先生の、初めてのちゃんとしたデートじゃないですか。折角ですから、二人だけの思い出……っていうことにしておきませんか?」
「……二人だけの……思い出…………」
 雪乃はこういう文句に弱いだろう――と思ったのだが、そのものズバリ。雪乃は無言のまま体を寄せてきて、こくりと頷いた。
「じゃ、じゃあ……荷物も出来ましたし、そろそろ車に戻りましょうか。……ど、どこかに泊まるなら……宿も探さないといけませんし」
「……待って、紺崎くん」
 歩き出そうとした矢先、腕を絡め取った雪乃が石地蔵の様に月彦の足を止める。
「車に戻る前に……ね、その……」
 もじもじと恥じらう雪乃に――日が落ちているから相手には伝わらないであろうが――月彦の顔面は蒼白になった。何故なら、雪乃がこのように恥じらう時には、必ず無理難題を申し立ててくるからだ。
「ここで、もう一つ……思い出、増やしたいな」
「……その心は?」
 雪乃は何も言わず、月彦に身を寄せると顔を上げ、そっと目を閉じた。――ぐはぁ、と吐血して仰け反り伏したのは、胸の中に居るもう一人の月彦だった。
「せ、先生……正気、ですか……」
 日が落ちたとはいえ、ただでさえ煌びやかな遊園地の園内は明るい。周囲にはそれこそ、掃いて捨てるほどに客がひしめいている。そのただ中で――“思い出”を増やせと。
(……なんという公開処刑……ええい、ままよ……!)
 月彦は意を決して、唇を重ねた。
 旅の恥はかき捨て――周囲のざわめきと、好奇の視線に晒されながら、もうこの遊園地には二度と来るまいと、月彦は心に誓った。


 何のことはない。望まない行動を強いられているという点において、矢紗美の脅迫にさも似たり。手口、経緯こそ違えど、結局雪乃にも弱みを握られ、脅されているようなものなのだった。
「ねえねえ、紺崎くんはどういう所に泊まりたい?」
 園内での公開処刑の後、雪乃のテンションは最高潮に達しているらしく、車に戻っても興奮覚めやらぬといった様子だった。
「……特に希望はないですけど、先生は?」
「そうねぇ……やっぱり、海に近い所がいいかな」
「……じゃあ、それでいきましょう」
 生返事に近い声になってしまうのは、最早生ける屍状態だからだ。絶叫系アトラクション引き回しの刑によって気力体力を奪われ、幾多の公開処刑によって精神力まで根こそぎ奪われた為だ。
(結局あの後も、あっちこっちで記念撮影したりで、もうクタクタだ……)
 ある時は光り輝く噴水をバックに、ある時は間にマスコットの着ぐるみを挟んで。重機関車のような力強さでぐいぐい腕を引っ張られ連れ回され、最早何枚撮ったのかすらも解らなかった。
(……ひょっとして、これから先……先生とデートするたびにこんな目に遭うのか……?)
 それはゾッとしない……生き地獄のような想像だった。
「とりあえず、海の方に行ってみよっか」
 雪乃の要望にそってカーナビで海へと出る道を捜し、出発する。途中、ハイテンション極まりない雪乃からアトラクションの感想やら昼に食べたレストランの味やらで話題を振られ、月彦はもうその受け答えだけで一杯一杯だった。
「ほらほら、紺崎くん、海が見えてきたわよ」
「……真っ暗、ですね」
 昼間ならばまだ趣があったかもしれないが、夜の海では潮の香りと地鳴りにも似た不気味な音が聞こえるばかり。到底、感慨深いもの等は皆無だった。
「折角だから、ちょっと歩いてみない?」
「え……今からですか?」
 言うが早いか、雪乃は手近な駐車場へと車を止めてしまう。
 さすがに冬の海、それも夜となっては人っ子一人居らず、駐車場に停まっているのも雪乃の車のみという有様だった。
「やっぱり、だーれも居ないわね」
「まあ、そりゃあ……」
 真冬の、しかも夜の海に用事がある人など、そうそう居ないだろう。
「紺崎くん、こっちこっち」
 雪乃に誘われるままに、駐車場と砂浜とを隔てる腰ほどの高さのコンクリート壁の上に腰掛けた。すぐさま雪乃がその隣へと座り、二人並んで、夜の海を眺めるという形になる。
「えへへぇ」
 そんな無邪気な少女の様な声を上げて、体をもたれさせてくる雪乃は、とても一回りほども年上の女性とは思えない。
「紺崎くん、もっとこう……」
 雪乃に接している側の腕をとられ、無理矢理雪乃の腰に回される。さらに、腕があった分のスペースをさらに雪乃が詰めてきて、むぎゅうと。
「ン……もっと、強く……」
「……こうですか?」
 促されるままに、右腕に力を込めて雪乃の体を抱き寄せる。くたぁ、と体重を預けてくる雪乃の肉感は、真央や由梨子の比ではなかった。
(……凄い、ボリューム……だ……)
 うっかりすれば、腰に回した手をそのままさわさわと尻のほうへと延ばしてしまいそうになる。それを辛うじて堪えられたのは、昼間雪乃に引っ張り回されて疲労困憊だったという要因も大きかった。
(そうだった……先生って……ホント、体はスゴいんだよな……)
 巨乳であることは言わずもがな。その尻も、太股も――およそ成長途中である由梨子や真央が及ぶ所ではない。
(あぁ……ヤバい、ムラムラしてきた……)
 疲れている時ほど何とやら。己がもたれ掛かっている相手が、性欲の権化と化そうとしている事などつゆ知らず。雪乃はまるで母猫の腹に頭を乗せて眠りこける子猫のように、すうすうと心地良さげに鼻を鳴らす。
「……潮の香りがするね」
「海の側ですから」
「……んもう、紺崎くんったら。そういうことを言ってるんじゃないの」
 ぶぅ、と怒ったような声を出されては心外極まりなかった。
「ほらぁ、もっと強く抱いて?」
 言われるままに、さらに右手に力を込める。が、どうやらそれでも物足りないらしく、腰に回した右手の手首を掴まれ、ぐいと引っ張られた。
「それでね、次はぁ……」
 と、今度は視線でキスの催促。やれやれ、全てはお姫様の仰せの通りに――とばかりに、月彦は雪乃の誘いに乗じ、唇を重ねる。
「ン、あむ……んんっ……あふ……」
 白い、湿った息を吐いて、漸く雪乃が唇を離す。そしてそのまま、月彦の胸元にすりすりと鼻面を擦りつけてくる。
「……紺崎くん」
「何ですか?」
「頭、撫でて欲しいな」
 言われるままに、雪乃の頭を撫でる。
「ん〜っ……」
 すりすりすり……。
 丁度、真央が甘えるときにそうするような――シャツに鼻面を擦りつけたまま呼吸をしているのか、ほんのりと胸の辺りが湿っぽいような暖かいような、不思議な感触に襲われる。
「次はねぇ……ロマンチックな言葉が聞きたい」
「……すみません、さすがにそれは勘弁してください」
 何よりこんな土壇場でロマンチック(死語)な言葉など思いつける筈がない。自分はそんな器用な人間ではないと、月彦は己を知っていた。
 すり、と徐に雪乃が顔を上げる。にぃ、と歪んだ口の端に――月彦は不吉なものを覚えた。
「今日は私のワガママ聞いてくれるんじゃなかったの?」
「……えっ」
 ドキリと、心臓が跳ねた。
「紺崎くん、今……“なんでバレてるんだ!?”って思ったでしょ」
「っ……!」
 文字通り、絶句。たとえ言葉は返せずとも、その 反応で雪乃の言葉を肯定しているようなものだった。
「そんなの、聞かなくったって解るわよ。今日一日の紺崎くんの態度で」
「いや、ええと、その……」
「紺崎くんが思ってるほど、私だって鈍感じゃないんだから」
「……すみません」
「謝る必要は無いわ。……私だって、紺崎くんが嫌がってるのにうすうす気がついてたのに、何度も無理言っちゃったし」
「いえ、別に嫌だったわけじゃ……ないですけど――」
 と言いかけたところで、月彦は雪乃の視線に――先ほどまでの甘えた目とは違う、真摯な目に気がついて、言葉を飲む。
「……すみません、本当は……恥ずかしくて、ちょっと嫌でした」
「ん、正直に言えたから、許してあげる」
 いいこいいこ、と何故か今度は月彦が頭を撫でられる。
「紺崎くん、今……“どうして俺が許して貰わなきゃいけないんだろう”って思ったでしょ?」
「いえ、それは思ってませんけど」
 どうやら、さっきのもただの当てずっぽうだったらしかった。
「……ねえ、紺崎くん」
 “予想”が外れて、些かばつが悪かったのか、雪乃がこほん、と咳をつく。
「これを聞くのは……私としても、かなり勇気がいるんだけど」
「……そういう事を言われると、俺の方まで緊張するんですけど」
「ひょっとして……私と一緒に居ても、楽しくない?」
「そんな事ないですけど……そう見えましたか?」
「だって……紺崎くん、全然笑わないんだもの。苦笑いばっかり」
「…………」
 ああ、だから雪乃に感づかれてしまったのか。
「さっきはさ、“初めてのちゃんとしたデート”って言ったけど、やっぱり違う気がする。私だけ楽しいんじゃ、それはデートって言わないし」
「別に……楽しくなかったわけ、じゃ……」
「紺崎くんとの距離が……ね――」
 すっ、と。雪乃は体を起こし、少しだけ体を離す。
「凄く、遠く感じるの。こうして一緒に居ても、紺崎くん……私が抱きしめて、って言わなきゃ、抱きしめてくれないでしょ?」
「それは……」
 うっかり理由を言いかけて、慌てて口を塞ぐ。
(迂闊に抱きしめたりなんかしたら、そのまま押し倒してしまいそうだなんて、言えるか……!)
 ただでさえ常日頃から下半身人間だという根も葉もない疑いをかけられているというのに、ますます信憑性を帯びてしまうではないか。
「紺崎くん、言いたいことがあるんならはっきり言って欲しいわ。……私に原因があるんなら、直す様に努力、するから」
「いえ、それは無理だと思います。残念ですが……」
 何より、それは通常であれば“長所”となる筈の事なのだ。ただ、雪乃の場合――過ぎたるは及ばざるがごとしの言葉の通り――色気がありすぎるというのが問題なのだ。
 色気がある、という点においては真央も同様であるが、その場合は互いにケダモノと化して体を貪り合うのが性に合っているという点でそれでいい。片や由梨子の場合は、そもそも色気よりもその癒しの雰囲気に依存するところが大きいから、普通に抱きしめあったり、キスをしたりとイチャイチャもできる。
 しかし、言うなれば雪乃は――その両方に真逆。耐え難い程の色気を発散しながら、普段由梨子といそしんでいるような“イチャイチャ”を求められているわけだ。それが、どれほど精神力を要する作業か、きっと口で説明するのは不可能だろう。
「先生……先生が、覚悟を決めて言ってくれましたから……俺も、軽蔑を覚悟で言いますけど」
 しかし、説明しても解ってもらえないのと、説明もしないのは同じではない。
「これは……前にも図書室で話したと思いますけど……先生って、本当に色気がありすぎるんです。だから……その、迂闊に抱きしめたりしたら……俺、暴走しちゃいそうで」
「……紺崎くん」
 はあ、と何故か雪乃はため息をつく。
「私もね、紺崎くんが“そういう病気”だっていうことは重々承知してるし、だからこそ……こうして一緒にデートしたりして治してあげようとしてるんでしょ? それなのに紺崎くんがそれじゃあ、何のために私が付き合ってあげてるんだかわからないじゃない」
「え……このデートってそういう目的だったんですか?」
 言われてみれば、以前そういう“治療”をやるとかやらないとか言っていたような覚えはある。が、しかし今日の軌跡を振り返ってみると――どう考えても治療云々ではなく、単純に雪乃の願望によって振り回されていたような気がしてならなかった。
「それにね、紺崎くんは……やっぱり誤解してるわ。私だって……紺崎くんが考えてる程、清廉潔白ってわけじゃ……ないんだから」
 はて、雪乃を清廉潔白だと思った事はあっただろうか。少し思い出すのが難しい作業だった。
「スカートだって……いつもより短いの履いてきたし、香水も口紅も……とっておきのやつなんだから。……紺崎くんは、気にもしてくれなかったみたいだけど」
「……香水は兎も角、スカートに関しては……意図的に見ないようにはしてました」
「どうして見てくれないの? 紺崎くんに……見て欲しいから、履いてきてるのに」
「いや、ですから……その理由はさっきも説明したとおりで――」
 はあ、とまた大きなため息。しかし今度はその後が違った。雪乃は体を反らせるようにして、すう……と大きく息を吸い込み。
「紺崎くんがエッチしたいって思う様に、私だってエッチしたいって思うの!!!」
 耳を掴まれ、大声で怒鳴られた。
「くぁっ……耳が……キーンって……」
「女に、ここまで言わせるなんて……最低よ、紺崎くん」
 はあ、はあと肩を怒らせながら、雪乃は今にも湯気を噴きそうな程に顔を真っ赤にしていた。
「いいじゃない、ムラムラしてエッチな気分になったって……若い男の子なんだもの。……それを変に格好付けようとするから……ぎくしゃくしちゃうんだわ」
「か、格好付けようとしてるわけじゃなくて……ただ、俺はそんな……露骨に体を求めるような真似をしたくないだけですよ」
「それを格好つけてるって言ってるの! エッチがしたいんなら、素直にしたいって言えばいいじゃない!」
「せ、先生……あの、言ってることが前後してるような……」
 ある時は“我慢する為の練習”と言ったり、今度はシたい時にはシたいとはっきり言えと言われたりでは、どうして良いか解らない。
「もう……どうして普段の紺崎くんって、無駄に紳士で奥手なのかしら……。まるでジキルとハイドみたい」
「……二重人格者みたいな言われ方ですね」
「実際そうじゃない。……え……エッチの時は、あんなに……聞き分けのない子になっちゃうのに」
「そうならない様に、一応努力はしてるつもりなんです」
「それは良いことなんだけど……もう少し、普段も……」
「普段も……?」
「こ、紺崎くんが……我が儘言ってくれないと……私だって懐が深いっていう所……見せられないじゃない」
「……深かったんですか?」
 初耳だった。
「こう見えても、学生の頃……部活とかやってた頃は……“雛森先輩は話が分かる”って、後輩には受けが良かったんだから」
「はぁ……そうなんですか」
 それは多分、度量が大きいという意味ではなく、ノせ易いという意味ではないのだろうか。月彦にはそんな気がしてならなかった。
「だから、紺崎くんも……もう少し普段から……我が儘を言ったり、甘えたりしてくれると……“距離”も縮まると思うわ」
「先生…………それで俺、一回先生に殴られてるんですけど?」
「あ、あれは紺崎くんが時と場所を考えないからでしょ!? あれが……私の部屋だったら……私だって……嫌がったり、しなかったわ」
「…………えーと、話を纏めると……俺はもっと我が儘になって、普段から先生に甘えたり、頼ったりしろって事ですか?」
 雪乃はしばし、何かを思案するように黙り、結局はこくりと頷いた。
(……何ともはや…………)
 開いた口を塞ぐのが難しい、とはこの事だろう。
(それって結局、もっと私に我が儘を言いなさい、っていう先生の我が儘を俺が叶えている事になるんじゃないのか……?)
 一体それの何処が懐が深い事になるのだろうか。どうも雪乃は根本的に何かを誤解しているような気がしてならない。
(……ようは、お姉さん風を吹かせたいのかな? 先生は)
 我が儘を言う“生徒”を時には甘やかしたり、時には叱りつけたり……つまるところそういう事がやりたいのだろう。
(やれやれ……とんだお姉さんだ……)
 おもわず苦笑してしまいそうになり、月彦は慌てて噛みつぶす。
(でもまぁ、それが先生の希望なのなら……叶えてあげなきゃいけないか……)
 適度に甘えて、適度に我が儘を言って――それで雪乃が満足するのならば。
「我が儘を言え……ですか。急にそんな事を言われても思いつきませんが……」
「べ、別に……今すぐ言いなさいとは言ってないわよ? ただ……その、普段から、もうちょっと……頼って欲しいな」
 雪乃に頼らないのは、頼って何度も恐い目に遭っているからなのだが、それはさすがに口には出来なかった。
「だいたい、恋人同士って……そういうものでしょ? 現に、私は今日……紺崎くんにいっぱい甘えたじゃない。だから、紺崎くんも――」
「……そうですね。さすがに他人行儀過ぎたかもしれません。……じゃあ先生、俺も……少しだけ、自分に素直に、我が儘になりますよ?」
「う、うん……い……いいわよ?」
 さあ、無理難題を言いなさい、とばかりに雪乃は身を固くする。月彦はまず、くすりと……笑みを一つだけ零した。
「耳……舐めてもいいですか?」
「えっ……み、耳!?」
「はい。……先生の耳、舐めたいです。ついでに、ぎゅーっ……って、抱きしめたい」
「い、いきなり大胆ね……紺崎くん…………ひょっとして、ハイドになっちゃった?……ンっ……」
 雪乃の軽口を無視して、月彦はぎゅうっ、と雪乃の体を抱きしめ、その耳にそっと舌を這わせる。
「あっ……ン……やだっ……ンっ……」
 雪乃が抵抗するように身じろぎするが、それを封殺するように両腕に力を込め、さらにじっくり……たっぷりと。数分かけて、雪乃の耳だけを攻める。
「やっ……だ、めっ……ンっ……ンッ……」
 ゾゾゾと舌先で舐め上げる都度、雪乃が軽く痙攣するように体を揺らす。はっ、はっ……と湿っぽい息を小刻みに履きながら、月彦の背中へと回した手が、徐々に爪を立ててくる。
「やっ……いやっ……だめっ……もうっ……ンッ…………」
 そして、雪乃の掠れ声がいい加減切なくなった所で――唐突に舌を離し、抱擁も緩める。
「あっ……」
 体を離すなり、抗議でもするように、雪乃がトロンとした目を向けてくる。太股を閉じ、まるで尿意でも我慢しているようにタイトミニを右手でぎゅっと押さえつけているのが、なんとも微笑ましかった。
「先生、次は……キスしてもいいですか?」
「えっ……う、うん……ぁっ……ンッ……!」
 先ほどと同様に、雪乃の体を抱きしめ、そしてそっと唇を重ねる。
「んっ、んく……ンン……んぅ……」
 背中を、後ろ髪を、さわ、さわと撫でながら――舌と舌とを絡ませ合うキス。しかしそれは――耳舐めに比べればあまりにも短い時間で終わった。
「ぇっ……ぁ……」
 当然、雪乃は先ほどよりも露骨に不満そうな顔をする。――そう感じるようにしたのだから、当たり前の事だった。
「さて、と。海は見ましたし、話の方も一段落しましたから、そろそろ車に戻りますか?」
「えっ……も、戻る……の?」
「こんな所にずっと居たら風邪引いちゃいますよ。“話”を続けるにしても、別に車の中でも良いんじゃないですか?」
「そう、だけど……」
 やはり、雪乃は不満そうだ。寒くなど無い、むしろ――体中が火照ってたまらないとばかりに、身をよじり、目で訴えかけてくる。
(そうですよね……先生は矢紗美さんとは違うんですから、露骨に言葉でおねだりなんかしてきませんよね)
 だからこそ、気がつかないフリも出来る。月彦は一足先に腰掛けていたコンクリート壁から飛び降り、車へと歩き出す。
「ま、待って!」
 その後を慌てて雪乃が追ってくるが、どこか足取りが覚束ない。月彦は態と歩速を緩め、雪乃に追いつかせると――自ら雪乃の腰に手を回し、体を密着させる。
「こ、紺崎くん……?」
「いけませんか? これも……先生とこうして歩きたいっていう俺の我が儘ですけど」
「いけなくなんか……っ……」
 そして、腰に回した手で、さすりっ……と。尻を撫でる。ハッと雪乃が視線を向けてきた時には腰に戻し――そう、今のは気のせいだったのではないかと、雪乃が思ったであろう頃合いを見計らって、今度は露骨にぐにっ……と指を立てて揉む。
「ひっ……ぁっ……」
 途端、雪乃は仰け反るようにしてその場で足を止めてしまう。
「先生、車に戻らないんですか?」
「も、戻らないのかって……や、やだっ……」
 ぐいと、雪乃の背を押すようにして、無理矢理歩かせる。尻を揉まれながら歩くのは、月彦が想像する以上に辛い事なのか、車の側についた時には、雪乃は肩で息をしていた。
(そんなに辛いのに……嫌がる素振りも、やめろとも言わないのは――)
 火がついてしまっているからだ。そうでなくては、ただ尻を触ったくらいで、あそこまで過敏に反応する事はないだろう。
(そうだな……“耳を舐められるとスイッチが入る”――そんな風に、先生を躾るのも……面白いかもしれないな)
 特に、最初から考えての事ではなかったが、それはそれでやりがいがあるかもしれない。――にぃ、とハイド月彦は口の端を歪める。
「……先生、一つ聞きますけど」
「な、何?」
「この車って……フルフラットシート……でしたよね?」
「そう、だけど……っ……! 紺崎くん、まさか……」
 勿論、月彦が考えているのは、その“まさか”なのだった。



「だ、ダメよ……紺崎くん……こんなっ…………ちゃんとホテルをとってからにしない?」
 背後で狼狽え慌てる雪乃を尻目に、月彦はてきぱきと車内の全シートを寝かしにかかる。どこをどう弄ればシートを寝かせられるかなど知りもしない筈なのだが、まるで最初から全てを熟知していたかの如く速やかに作業を終わらせられたのは、最早天の采配としか思えなかった。
「俺もそのつもりだったんですけど、先生に“我が儘を言え”って言われましたし……さあ、準備できましたよ」
 さあどうぞ、お姫様――とばかりに月彦はドアを開け手を広げ、車に乗る様に促す。雪乃は戸惑いつつも、観念したように車内へと上がる。その後に続いて月彦も車内に上がり込み、ドアを閉める。
「へぇ……ちょっと起伏があって堅いですけど、ちゃんと寝床にはなるじゃないですか」
「ねぇ……紺崎くん……やっぱり、止めない? こんな所じゃ……もし、誰かに見られでもしたら…………」
「明かりでもつけない限り、外からはまず見えませんよ。第一、外は人っ子一人居なかったじゃないですか」
「そうだけど……でも、車の中でなんて……」
「折角、車内泊が出来る車を買ったんですから、ちゃんと活用しないと勿体ないですよ」
「で、でも……毛布も何もないし……こんな所で寝ちゃったりしたら風邪引いちゃうわ」
「……つまり、寝なきゃ大丈夫、って事ですよね?」
「っっ……やだ……紺崎くん、何考えてるの? …………や、やっぱりダメ! ちゃんとしたホテルじゃないと――っきゃっ!」
「先生、往生際が悪いですよ。……俺の我が儘、聞いてくれるんじゃなかったんですか?」
 逃げようとする雪乃をぎゅっ、と抱きしめて捕獲し、ぼしょぼしょと甘い声で囁きかける。
「そ、それは……普段の時の話! い、今の紺崎くん……意地悪な方でしょ? だったら――」
「ですから、人を二重人格者みたいに言わないで下さい。俺は俺ですよ。先生が言った通り……ちょっとだけ我が儘になった俺です」
「う、嘘っ……そんな優しい声出したって、騙されないんだから……ひっ……」
 雪乃をしっかりと抱きしめたまま、月彦はぐいと――衣類越しに、己の堅く屹立した場所を押し当てる。恐らく、それほどはっきりした感覚としては伝わらなかったであろうが、それでも――雪乃には十分解ったらしく、途端に動きを止めた。
「先生と、エッチしたいんです。……今すぐ、したい……それだけなのに、どうしてそんなに嫌がるんですか?」
「こ、紺崎くんと……するのが嫌っていうわけじゃないのよ? ただ……」
「ただ……何ですか?」
 はぁ、はぁと。半ば演技じみた息づかいで、雪乃の耳元で息を荒げながら、抱きしめている腕を、徐々にその巨乳へと。
「……ぅっ……こ、紺崎くん……一つだけ、約束……してくれる?」
「内容によります」
「私が……本当にもうダメ、って言ったら……もうそこで終わりにして欲しいの。それを守ってくれるんだったら……しても、いいわ」
「それは……難しいですね。先生、何をやってもすぐ“ダメ”って言うじゃないですか」
「だ、だから……本当にもうダメって言った時よ! 紺崎くんにも、大体解るでしょ? 私が、まだ大丈夫かどうかとか、もう無理そう、とか……本当にもう無理そうだな、って思ったら、その時は……ちゃんと止めてほしいの」
「解りました。先生が本当に無理そうだな、って思ったら……そこで止めればいいんですね?」
「う、うん……お願いよ? 私、紺崎くんのこと信じてるからね?」
「大丈夫ですよ。俺だって、今日は結構疲れてますから、そんなに激しくは出来ないと思いますし」
 その一言に安堵したのか、雪乃がホッと息をつくのが解った。その背後で抱きすくめているケダモノが、意地悪な笑みを浮かべているとも知らずに。
(何でだろう……先生がそうやって嫌がれば嫌がるほど……滅茶苦茶にイかせてやりたい……って、思っちまう……)
 それを世の人はSっ気がある、と表現するのだが、月彦にその自覚は無かった。
「どうも……先生は俺を誤解してるみたいですね。今日はまず……その誤解を解くことから始めますか」
「絶対……誤解じゃないと思うけど……んンっ……!」
 抵抗を止めた雪乃を優しく寝かせ、その上で――これまた優しく、胸元、首、頬、肩を愛撫する。
「はぁっ、はぁっ……紺崎、くんっ……ぁ、んっ……!」
 身をよじりながら、焦れったげに腰をくねらせる雪乃が、可愛く見えて堪らない。
(くす……すぐにでも欲しい、って感じですね……)
 雪乃自身にその自覚があるのかは定かではないが、少なくとも体は。成熟しきった牝の肉体はそれを望むように、噎せ返るほどのフェロモンを発散していた。
(だからこそ、俺も……我慢出来なくなっちゃったんですけどね)
 月彦には、別段カーセックスに対するこだわりなどはない。この間の矢紗美とのそれで何かに目覚めたというわけでもない。単純に、雪乃の体を弄っていたら――自分の方が我慢出来なくなっただけに過ぎなかった。
(そして、一番手頃にエッチできる場所が……この車の中だったってわけですよ、先生)
 首を舐め頬を舐め、胸元を特に重点的に愛撫しながら――スーツというには些か慎みにかけるそれのボタンを外していく。
「そういえば俺……先生がスーツ以外の服を着てる所って……殆ど見てない気がするんですが」
 自分の部屋で学校指定の教師用のジャージを着ている所は見たが、そんなものは私用の服とはいえない。夏前に雪乃の部屋に行った時には見たが、やはりスーツの頻度に比べれば絶無に等しい回数だ。
「そ、そう……? い、一応……何着かは、持ってる、けど……でも、あんまり……似合わないって……お姉ちゃん、がっ……ぁっ、ぁあ!」
「また“お姉ちゃん”ですか……ほんと、先生と矢紗美さんって、仲がいいんだか悪いんだか解らないですよね」
 否、解らないのではない――多分、前者なのだ。ただ、雪乃は認めないであろうが。
「まあ良いです。今度……先生の部屋に行った時にでも、見せてもらえませんか? 矢紗美さんに“似合わない”って言われた服を着た先生を」
「えっ……だ、ダメよ! 紺崎くんの前で、変な格好なんて――んんっ! ぁっ、やだっ……んんっ!」
 変な格好とは限らないと、月彦は思っていた。何故なら――矢紗美は、雪乃に男が近づく事を極端に嫌っていた。ならば、その矢紗美が“似合わないからよせ”と言う服は――逆にもの凄く似合うのではないか。
「先生は綺麗ですから、大抵の服は似合いますよ。……どうしても嫌って言うんでしたら、“我が儘”で無理にでも着てもらいますけど?」
 苦笑しながらも、てきぱきと――雪乃の前をはだけさせていく。途中、何度か雪乃が抵抗をするような素振りを見せたが、それは所詮形だけのものだった。
 最後の一枚――シャツのボタンを開けると――窮屈に仕舞われていた巨乳が、黒の下着ごと飛び出してきた。――勿論、車内灯すら点けていない、星の明かりすらもまばらな車内で、下着の色まで判別できる超人的な暗視力を己が身につけていることに関する自覚はない。
「黒……ですか。ヤバいくらい似合ってますね」
 むぎゅっ、と抱きしめながらキス。性欲に踊らされてのキスではない、純粋に感謝、歓喜を表現する――触れるだけのキスだ。
「似合いすぎてて……すぐとっちゃうのは勿体ないくらいです」
「そ、そんなに……似合ってる……?」
「ええ……先生の、白くて大きなおっぱいが……数段いやらしく見えます」
「そ、それって……本当に、似合ってるの? んんっ……!」
 似合ってますよ――ブラの隙間から、月彦は鼻面を谷間に埋め、ふんふんと鼻を鳴らす。香水の香りが強いのは、恐らく雪乃が前もって下着か胸元に振りかけておいたからだろう。
(……勿体ない)
 と思ってしまうのは、香水よりも――純粋に“雛森雪乃”の匂いの方が好きだからだ。月彦は全神経を鼻に集中させ、香水成分を排除、雪乃の体臭のみにターゲットを搾り、胸一杯息を吸い込む。
「や、やだ……紺崎くん……匂いなんて、嗅がないで……」
「匂いも……興奮を高める重要なファクターですよ」
 一頻り、雪乃の胸を堪能した後は、今度は下半身へと手を伸ばす。ストッキング越しに太股を触り、尻の方へと。
「ンッ……ぁっ、んっ……!」
 尻を撫で、揉むのとキスをするのはほぼ同時。辿々しく雪乃の舌を一方的に嘗め回しながら、ぐに、ぐにと。肉付きを楽しむような手つきで、雪乃の尻をこね回す。
「んはっ、ぁっ……や、やだっ……紺崎、くんっ……」
「何ですか?」
 まるで、尻を触る手から嫌々をするように身をよじる雪乃に、苦笑しながらも……手の動きは止めない。
「も、もう……ね、私……さっきから……んんっ……!」
 ぞぞぞ……と、尻の方から秘裂の方へと指を這わせかけて、途中で止める。
「さっきから?」
「さ、さっきから……ああぁぁッ!!」
 ちゅうぅぅぅっっぱッ!
 ブラに包まれていない、柔らかい果肉の部分に唇を吸い付け、離す。尻肉を揉みながら、再び谷間に鼻面をねじ込み、れろり、れろりと嘗め回す。
「やっ……こ、紺崎くん……態と、やってる……! ひぅっ……ぁっ……!」
「ええ、態と……先生のお尻を触って、おっぱいを舐めてますよ」
「そ、そうじゃ……なくて……んんっ、あっぁあっ!!」
 月彦の背に回した手が爪を立て、くいっ、くいと腰を焦れったそうに動かす雪乃が可愛くて堪らない。
(……もっと、焦らして……苛めてみたい……)
 ゾクゾクするような快感と共に、そんな事を思う。
「先生……ストッキング、脱がせますから……お尻浮かせてもらえますか?」
 雪乃は渋々、月彦の言う通りにする。その隙にスカートの内側の方へと手を入れ、するりとストッキングを脱がせてしまう。
(思った通り……)
 一部分だけ湿り気を帯びたストッキングをぽいと隅に投げやり、露わになった太股を直になで回す。否、太股だけでは飽きたらず、足全体を――そして、タイトミニの内側にまで手を這わせ、尻肉を直に。
(あぁぁ……ほんと、凄い肉感……だ…………)
 ぐにぐにと力一杯揉みしだいた時に帰ってくる弾力に、鼻血が出そうな程に興奮してしまう。自覚は無かったが――飢えていたのだ。雪乃の――成熟した女性の体に。
(矢紗美さんには悪いけど……アレじゃあ……物足りない……)
 矢紗美とて、多少背は低いものの一応成人女性らしい体つきはしている。が、しかし――妹のそれには遠く及ばない。
 快感“のみ”では満たされない。例えるならば――本当に食べたいもの以外のもので腹を満たしてしまった時の様な、イマイチ納得が出来ない満腹感のそれに近い。
 しかし、今は違う。雪乃の太股に触れるたび、尻を揉むたびに――これだと。自分が最も食べたかったのはこの“肉”であると。
(ホントは……胸も……揉みくちゃにしたい……でも、我慢だ……)
 ブラを外さずにおいたのは、戒めの為だ。我慢して、我慢して――我慢しきれずに爆発してしまうその時まで。
「こ、紺崎……くん……ぁぁぁっ、ぁ……」
 胡座をかき、雪乃をその上に腰掛けさせるようにして抱きしめ、背後から。
「んぅっ……ぁっ、ぁっ……はぁ……ふぅ……んんっ!!」
 やもすると、うっかりとブラを外してしまいそうになる手を必死に説得しながら、ブラごと、その表面を擦る程度のやんわりとした愛撫を繰り返す。その指は時折雪乃の腹の方へと滑り、さわ、さわとスカート生地の上を越えて太股の方へと。
「こ、紺崎くん……!……ぁっ……」
「何ですか?」
 ちぅっ、と雪乃のうなじにキスをして、舐めるように囁きかける。
「い、いつ……まで……こんな、生殺しみたいな、事……」
「生殺し?……先生は気持ちよくないんですか?」
「わ、私じゃなくて……こ、紺崎くんが…………そうやって、触ってるだけじゃ……つ、辛いんじゃないの?」
「いいえ、全然」
 ぐんっ、と。雪乃の尻の下に敷かれている剛直を動かすと、それだけで雪乃はひぃと声を上げる。
「先生の体に触っているだけで……俺は凄く幸せですから。なんなら、一晩中こうしていても良いくらいですよ」
「ひ、一晩中って……」
「先生がそうして欲しいって言うんでしたら、俺は構いませんよ?」
「い、嫌っ……絶対、嫌よ、そんなの…………壊れちゃう…………」
「不評ですね。……先生を怯えさせない様に、極力優しくしているつもりなんですけど」
「……紺崎くんは“優しい”の定義を間違えてる気がするわ」
「定義なんて、時勢や世論、主観でコロコロ代わるものですよ。……ダメですね、そういう余計な考えが沸く様じゃ」
「ぇ、ぁっ、やっ……!」
 ぐいと、唐突にタイトスカートを捲し上げ、下着を露出させる。ショーツの色も、ブラと同じく黒――少なくとも月彦にはそう見えた。
「ぁっ、ぁっ、そ、こ…………あ、あんッ……!」
 それまで、全く触れなかったその場所に――そっと指先を這わせ。湿ったショーツの上から、しゅっしゅっ、と。優しく縦に擦る。
「あっ、あっ、あっ……んっ、ぁっ、んんっ……!!」
 雪乃の吐息は忽ち切なく、月彦が言う“余計な考え”も沸く余裕もないのか、身をよじりながら甘い声を上げ続ける。
「くす……“これ”は気に入ってもらえたみたいですね。いい声ですよ、先生……ゾクゾクします」
「や、やだ……紺崎、くん……そういう、言い方……ぁっ、ぁっ、ァあッっ……!」
 口答えするな、とばかりに下着の上から――最も敏感な場所に指を当て、くりくりと弄る。
「んんぁっ、ぁっ……や、ぁ…………こ、え……出ちゃう……んんっ……あっ、あっぁあっ、あぁ……ぁっ……」
 雪乃の呼吸にあわせるように、しゅっ、しゅっ、と。ショーツの上にまで浮き出ている割れ目に沿って指を動かす。
(……先生、相当“良い”んですね?)
 不意に、その右手に絡みついてくるものがあって、月彦は失笑してしまう。雪乃の右手が、まるで指での愛撫を急かすように、月彦の右手を掴み、動きを促してくるのだ。
(……このままイかせてあげたいのは山々なんですけど……)
 “予定”が詰まってますから――心の中で一言だけ詫びて、月彦は指を離す。
「やっ、やぁ……止め、……ない……で……」
 きっと反射的に出た言葉なのだろう。語尾に行く程、羞恥の為か声が小さく、か細くなる。
「大丈夫ですよ、先生。すぐに続きをしてあげます…………先生が俺の“我が儘”聞いてくれたら、ですけど」
「こ、紺崎くんの……“我が儘”……?」
 すんなり聞く――と答えてくれないのは、それだけ警戒されているからなのだろう。
「そんなに怯えた顔をしないで下さい。いつかみたいに自慰をしろとか、そんな事は言いませんから。……ただ、先生に口でシて欲しい。それだけです」
「く、口でって……口で、紺崎くんのを……って事、よね?」
「はい。……ダメですか?」
 雪乃からの返事は、沈黙。太股を閉じ、タイトミニの生地を戻しながら、手でぎゅうっと押さえつけながら、戸惑う様にチラチラと視線を這わせてくる。
「……どうしても、しなきゃ……ダメ?」
「いえ……先生がどうしても嫌なら、無理にとは言いませんけど。……ただ、今日は凄く……先生に口でしてもらいたい気分なんです」
 うぅ、と。まるで言葉を知らない幼子の様な困り顔。
「あ、あの、ね……勘違いしないで欲しいのは……その、……紺崎くんのが汚いって思ってるから、口でするのが嫌とか、そういうんじゃないの」
「じゃあ、どんな理由なんですか?」
「それ、は……」
 またしても口籠もる。ここまで言われたからには、月彦としても理由が知りたかった。
(さすがに、何かトラウマがあるとかだったら……無理強いは出来ないし……)
 逆に、大したことのない理由であれば――どんな手を使ってでも、口でしてもらいたいとさえ思っていた。
 矢紗美から話を聞いてから数日――既に月彦の中で、“バイリンガルはフェラが巧い”説はかなり有力な説となっていた。主に、妄想によって。
「先生、俺には言えないような理由なんですか?」
 さも、“俺と先生の仲ってその程度だったんですか……”と含めるような物言い。さすがに、このような言い方をされては、雪乃としても黙っているわけにはいかなくなったようで。
「……キス、したい……から」
「キス?」
 うん、と雪乃は頷く。
「……口で、すると……男の子は、キスしてくれなくなるって……本に、書いてあったから」
「……口ですると……キスをしてくれなくなる……」
 それはある意味で、想定外の答えだった。
「だから、口では……あんまり……したく、ないの……」
「先生……」
「な、何……? んんっ!!」
 月彦は有無を言わさず、雪乃を押し倒し、その唇を奪った。
「ちょっ、こんざきく――んんっ! んっ、んんっ……ん、ふっ……」
 最初は抵抗していた雪乃も、鎮静剤でも打たれたかの様にすぐに大人しくなる。程なく心地よさそうに鼻を鳴らし、身をくねらせながら、ちゅく、ちゅくと舌使いを合わせてくる。
「ん、ふっ、んっ……んんっ……!」
 そのまま、いい加減息苦しくなるまで、じっくりたっぷり。舌を絡ませ唾液を啜りあった後で、口を離すやこんどは雪乃の首筋にキスをする。
「ぁっ、……やっ、だめっ……紺崎くんっ……そこ、痕、残さないで……」
 しかし、月彦は聞かない。首筋、肩口――目立つような場所に片っ端からキスマークを残していく。
「だめ、よ……痕、残ったら……んっ……!」
 だめ、と言う割には――雪乃の抵抗は弱い。キスマークを人に見られたくないという思いはあるが――キスをされたいという思いににもまた抗いがたいのだろう。
「だめ、ですか。それはこっちの台詞ですよ」
「こ、紺崎くん……?」
「まさかそんなくだらない理由で避けられてるなんて思いもしませんでした。……お仕置きとして、目立つ場所にキスマーク百個の刑です」
「ひゃ、百個ってっ……ま、待って、紺崎くんっ……ぁっ……!」
 再び雪乃の首筋に吸い付き、ちぅぅ……と強烈に吸い上げる。
「ショックですよ。……俺は、先生に“その程度の男”だって思われてたって事ですから」
「そんな……こ、紺崎くんは何か誤解してるわ……わ、私はっ……」
「ようは……口でしてもらった後はキスをしない男だって思われてたって事ですよね」
「それは……じゃ、じゃあ……」
「じゃあも何もありません。そんなにキスが好きなら……たっぷりとしてあげます」
 首筋を強烈に吸った後は、今度は太股の方へと吸い付く。
「ま、待って……紺崎くん、私が……悪かったわ……く、口で……ちゃんと、する、から……」
「……別に良いですよ。嫌々してもらっても……しょうがないですから」
「嫌々だなんて……そんな……わ、私だって……紺崎くんに、口でしてあげたかったけど……だけど……」
 と、今にも泣きそうな声を出されては、さすがに“怒っているフリ”も続けられず。月彦は身を起こし、そっと雪乃を抱きしめる。
「解りました。……今回だけは、それで手を打ちます。…………もう二度と、本に書いてあるデタラメを信じたりしないで下さいよ?」
「だって……デタラメかどうかなんて、解らないんだから……しょうがないじゃない。……わ、私は……紺崎くんと違って……経験豊富なわけじゃ……ないんだから」
「一言聞いてくれればいいじゃないですか。“本にはこう書いてあったけど”〜って」
 さすがに正論だと思ったのか、雪乃はうぐと口籠もる。
「まぁ、良いですよ。何にせよ……先生が初めて口でシてくれるんですから」
 そう、初めて――自分の意志で。“その時”を想像するだけで――月彦はもう辛抱堪らなくなるのだった。


 


 

「い、言っておくけど……私、初めてなんだからね? 下手、だから……絶対期待とか、しないでね?」
「下手でもなんでも構いませんけど、期待はしてますから。……早く、お願いします」
「もうっ……知らないんだから」
 月彦は車内の端でもたれ掛かるようにして座り、さあお願いしますとばかりに待機状態。雪乃は渋々……何故か目を逸らしながら、ぶつぶつと何かを呟きながら、手探りでズボンのベルトを外す。
「っきゃ!」
 そして、ホックを外した瞬間、自動的にジッパーを下げながら、グンと天を仰ぐ剛直に悲鳴まで上げる始末。
「……先生、いい加減慣れて下さい。初めて見るわけじゃないんですから」
「そ、そうだけど……こ、こんなに大きかったかしら……」
 頭から大きなハテナを出しながら、雪乃は恐る恐る……肉柱を握ってくる。
「毎回同じ事を言われてる気がしますけど、俺も同じようにしか返せません。先生の気のせいです、普通ですよ、これが」
「……普通、じゃあ……無いと、思うんだけど……」
 さすり、さすり。肉柱を撫でながら、雪乃はゆっくりと唇を寄せていく。
「じゃ、じゃあ……やる、わよ?」
「はい……あの、先生……別に、そうやって宣言しなくても……普通にしてくれればいいですから」
 とはいえ、その“普通”が雪乃には解らないのだろう。恐る恐る……本当に恐る恐る、雪乃は唇を近づけ、ぺろりと舐める。
「こ、こんな感じ……?」
「え、えぇ……もっと、いろいろお願いします」
「い、いろいろ……って……」
 ぺろり、ぺろりと。何度も雪乃が舌を這わせてくる。真央や由梨子、そして矢紗美の口戯にすっかり慣れた月彦としては、それはあまりに弱々しい、もどかしい舌戯だった。
(まあ、仕方がない……初めて、なんだから……)
 むしろ巧かったら、どこでそんなテクをという話をせねばならない所だった。
(先生の……口の、初めて、か……)
 例え拙かろうが、やはり“初めて”を貰うというのは感慨深いものがある。月彦が雪乃の頭を撫でながら、しばし感じ入っていると。
「っきゃあッ!!」
 突然雪乃が悲鳴を上げて、口を離した。
「せ、先生……?」
「い、今……急に、びくんって……」
「……それは気持ちよかったからですよ。そんなに大げさに驚かないで下さい」
 さあ、続きを――促す手に力がこもってしまうのは、それだけ焦れているからだ。
「舐めるだけじゃなくて、咥えたり、しゃぶったりしてください」
「く、咥え――…………わ、わかったわ……」
 まるで、反論しても無駄だと悟っているかの様に。雪乃は口をあけ、んくっ――と、剛直を頬張る。……が、すぐに口を離した。
「こんな感じでいいの?」
「はい。……あの、そうやって聞き返すよりも、続きを……して欲しいんですけど」
「……解らないことがあったら俺に聞け、って言ったのは、紺崎くんじゃない」
 ぶぅ、と拗ねたように口を尖らせながら、雪乃は再びその唇に剛直を含む。
「んむっ、んっ……んっ……」
 眉根を寄せるようにしながら、んぐんぐと頭を前後させ、舌を絡めてくる。その心地よさに、思わずあぁ……と声が漏れてしまいそうになる。
(……これは、なかなか……斬新な、眺め、かもしれない……)
 雪乃と寝るのは今日が初めてというわけではない。が、しかし――口でしてもらうというのは、矢張り別種の要素が絡んでいる気がしてならなかった。
(でも……バイリンガルの人がフェラが巧いっていうのは……やっぱり都市伝説だな……)
 或いは、これからきちんと仕込んでいけば、上達は早いのかもしれない。しかし現段階では、やはり真央や由梨子、矢紗美の方が巧いと言わざるを得なかった。
(それでも、いい……“先生”が、こうして……口でしてるってだけで……)
 学校では、流暢に英文を話し、時には生徒を褒め、然りもする。聖職者として本来あるはずのその口が――今は。
(滅茶苦茶興奮は……する。できれば、こういう場所じゃなくて、学校とかだと……)
 スリリングだが、心は躍る。放課後――或いは昼休み。人気の無い教室の片隅で、雪乃を跪かせ、奉仕させるのだ。
(っっっ……やっぱりダメだ。絶対、“口”だけじゃ収まらなくなっちまう……!)
 月彦は己を知っている。だから、矢張りそれはダメだと――やりたいが、ダメだと思い直す。
「んっ、んくっ……んっ……んむっ……」
 雪乃が頭を前後させるようにして、しきりに口を、舌を動かす。しかし、月彦を興奮、感じさせるのはそういった直接的な快感よりも、“妄想”によるものが大きかった。
 “口でしてもらっている”というより、“雪乃の口を汚している”という感覚――それに、堪らないほど興奮してしまうのだが――悲しいかな、月彦は“巧すぎる口戯”に慣れすぎていた。いかな興奮をかき立てられるシチュエーションとはいえ、技術が伴っていなくてはイくまでには届かない。
「……ありがとうございます、先生。もういいですよ」
「え……も、もう……? だって、紺崎くん……まだ……」
「別に、イくまでしてもらわなきゃいけないっていうものでもないじゃないですか。先生がちゃんと口でシてくれた……それだけで俺は十分嬉しいですよ」
 ありがとうございます、と再度、囁くように言って、きちんと――雪乃に口づけをする。
「ぁ……こ、紺崎くん……ごめんね。……やっぱり、下手だった?」
「そんなことないですよ。本音を言えば、もっとして欲しい所だったんですけど……やっぱり、先生と一緒に気持ちよくなりたいです」
 フェラは、これから先、ゆっくり仕込んでいけばいい。自分好みのフェラをする女に――そう、どうせ雪乃には、“何が普通か”等、判断することは出来ないのだから。
「あっ……ンッ、ぁっ……こ、紺崎……くん……そこっ……」
「約束だったじゃないですか。口でシてくれたら、続きをするって」
 雪乃の体を背後から抱きしめるようにしながら、再度タイトミニを捲し上げ、しゅっ、しゅっ……と。ショーツの上から、浮き出た割れ目をなぞる。そして、雪乃の反応を見ながら――。
「あっ、あぁっ、ぁっ!」
 くちゅり。
 ショーツの下に指を入れ、すっかりぬちょぬちょになったその場所を――愛でる。
「あぁぁぁっ、ぁ……やっ、ぁっ……」
「先生のここ……スゴいことになってますね。……濡れてる、っていうより……溢れちゃってるって感じです……そして、凄く、熱い」
「っっ……い、言わないで、よ……こ、紺崎くんが……あんなに、いっぱい……触ってきたから、でしょ……」
「それだけでしょうか。……口でしてて、先生も興奮したんじゃないんですか?」
「そ、そんなわけないでしょ! わ、私は……そんな、変態じゃあ、ないわ……」
「……別に変態ってことはないと思いますが……まあ、それなら……先生が欲求不満だったって事にしておいてあげます」
「欲求不満だなんて……っ……」
 否定をしても、体が“本音”を白状してしまっていた。秘裂をなで回す指に指に合わせて艶めかしく動く腰が、待ちわびていた――と。
(前にシてから随分たってるし、先生……自分でするのとか、すっごい苦手そうだもんな……)
 たとえ自慰をしたとしても、到底満足できなかったであろう事は容易に想像できる。
むしろそれは――この熟れた体を持て余す新たな要因になっただけではないのか。
(女性にだって性欲はあるよな……。すみません……俺も、出来れば毎日……先生の相手をしてあげたいんですけど……)
 例え月彦の性欲が許しても、“事情”が許さないのだ。
(だから、今日はせめて――)
 雪乃には心ゆくまで快感漬けになってもらおう。――そう、本人が望む望まないにかかわらず。
「先生、指……入れますよ?」
「ン……やっ、だ……そんなこと、わざわざ、言わなくても……あんン……!」
「言った方が、より意識できて……より感じられるんじゃないですか?」
 宣言通り、ゆっくりと――雪乃がもどかしいと感じる程の速度で、中指を埋没させていく。
(うぁぁ……ぬっちょぬちょだ……そして……吸い付いてくる……)
 指を入れているだけで堪らなくなるとはこの事だろう。早く、早く……挿れたい――しかし、月彦は我慢する。
(我慢、したほうが……気持ちいい……)
 だから、まずは指で。
「こ、こんざき……くん?」
「何ですか?」
「あの、ね……紺崎くんは、気がついてないかもしれないけど、さ……さっきから、私のお尻に……紺崎くんのが……」
「先生のお尻に当ててますけど、それが何か?」
「何かって……そんなっ、びくんっ、びくんって……震えて……と、透明なのが……スカートにも……ンぅ……!」
「……我慢、してるんですよ」
「が、我慢……?」
「先生に挿れたいのを……必死に我慢してるんです。我慢したほうが……気持ちいいですから」
「っっ……そんなっ……我慢、なんて……」
「……指、増やしますよ」
 ぬろり、と一度中指を抜き、今度は人差し指と一緒に埋没させていく。
「ぁっ、ぁああっ、あっ、ぁっ……!」
「指……二本でキツキツですね……ぎゅうっ、ぎゅうっ……って締め付けて来ますよ、先生のナカ」
 ふぅ、ふぅと手負いの獣のような息を吐きながら、月彦はゆっくりと……雪乃のナカを愛撫する。成熟した肉体には、あまりに似つかわしくない――経験の少ない膣内が、無理な挿入で傷ついたりしない様、丁寧にほぐす。」
(そう、だ……先生のナカって、……すっげぇキツいんだよな……)
 凡そ、その体躯からは想像できない程に。
(そして……中出しした時なんか……腕の中でびくん、びくんって痙攣するみたいに震えながらイッて……ぎゅううぅって締め付けてきて……)
 病みつきになりそうなその“味”に、毎回度を超して、雪乃の体を求め続けてしまうのだ。
(ああ、でも……ダメだ……中出しは……ダメなんだ……)
 そう、避妊はしなければならない。――しかし、こうして雪乃に密着して、“少女”ではない……“女”の匂いを嗅いでいると、段々――堪らなくなってくる。
「……や、だぁ……紺崎、くんっ……私、もう……んんっ……!」
「ふぅっ……ふぅ…………先生、挿れたい……」
 指を埋没させたまま、ぬち、ぬちとナカをほぐし、囁きかける。
「こ、紺崎……くん? やだっ……どうしたの……ンぅぅ!」
「挿れたい……無茶苦茶挿れたい、です……先生……」
 ショーツから指を抜き、今の今まで殆ど触れていなかった胸元を――ブラを上に外すなり、むぎゅうっ、と両手で握りしめるようにして揉む。
「はぁ……はぁ……挿れたい、です……先生」
「っ……わ、私は……ダメだなんて、一言も……んんっ!!!」
 ぐいと、体を押すようにして雪乃を四つんばいにさせ、ショーツの上から剛直を擦りつけるようにして動かしながら、両手でこれでもかと、今までの鬱憤を晴らすかのように巨乳を揉みくちゃにする。
「挿れたい……いいですか、先生?」
「だ、だから……私は、ダメだなんて……言ってな――んっぅっ、やっ……そんなに、強くっ……んん!」
「じゃあ、良いんですね? 挿れます、よ……」
 揉みくちゃにしていた手を一旦止め、雪乃のショーツを膝上まで下ろす――そこで、“待った”がかかった。
「ま、待って! 紺崎くん……ひ、避妊……ちゃんと、しなきゃ……」
「避妊……?」
 そんな言葉は知らない、とでも言いたげなオウム返し。――しかし、雪乃にかけられたその言葉が、少なからず月彦の頭を冷静にした。
(そうだ……避妊は、しなきゃ……)
 雪乃の色気に中てられ、完全にケダモノと化す所だった。危ない危ない、と車内に転がっている上着を手探りで捜しポケットから避妊具を取り出す。
 その装着は最早手慣れたものだが、事、避妊に関しては余程信用がないのか、雪乃の訝しげな視線に見守られる中、一枚目の避妊具をつけ終え、月彦が二枚目の封を破ろうとしたその時だった。
「ちょっと待って、紺崎くん……何しようとしてるの?」
「何って……万が一破れちゃっても大丈夫な様に二枚重ねにするだけですけど」
「ダメよ!」
 当然の正論――を言ったつもりだったが、雪乃に凄まじい剣幕で怒られた。
「スキンを重ねてつけると、余計破れやすくなるんだから。絶対やっちゃダメ!」
「そ、そうなんですか? ……先生、詳しいんですね」
「……誰のせいで、“避妊”に詳しくなったと思ってるのよ」
 ひょっとして、俺のせいだろうか――月彦にその自覚は薄かった。
(でも……一枚で大丈夫、かな……)
 ムラムラと、己の内側に沸き起こる、いつになく強烈な獣欲に月彦は一抹の不安を覚えた。
(何で俺……今日はこんなにムラムラしてるんだろ…………相手が先生だから……なのか……?)
 その理由は、月彦にも分からなかった。とにかく、雪乃の――“女”の匂いを嗅いでいると、それだけで頭が、クラクラと。
(や、べぇ……ほんと、なんだこれ……頭、おかしくなりそうだ……)
 避妊、の持つ意味――その危険性に冷水をかけられたように、一度はまともになった思考が、再び暈かされていく。
「こ、紺崎……くん?」
「大丈夫、です……大丈夫ですから……」
 宥めの言葉とは裏腹に、雪乃はまるで月彦から逃げようとするかのように距離をとり、胸元を手で、タイトミニで秘裂を隠すような仕草をする。
(先生……、俺は……ッ……)
 はぁはぁと、息を乱しながら、雪乃を見る。愛しい恋人を見る目ではない――完全に、捕食者が獲物を見る目だ。
(先生に……中出し……したい……)
 どうにも抑えがたい衝動に突き動かされて、月彦はゆらりと――雪乃に被さった。
 


「ちょ、ちょっと……紺崎くん、待っ――……やぁあッ!!」
 月彦に覆い被さられながら、雪乃は半ば以上本気で悲鳴を上げた。
「どうしたんですか、先生。 どうしてそんなに嫌がるんですか?」
「だって――……ンぅ!!」
 言葉の続きが、キスで飲み込まれる。そのまま両手を押さえつけられながら、ぐいと、足の合間に体を入れられる。
(だって、紺崎くんが“そういう風”になった時はいつもっっ……ぁ、ぁ、ぁ……)
 過去の経験から、危険であると。骨の髄まで染みついた恐怖が警報を慣らすが――抵抗が出来ない。まるで、口づけという毒針で体が麻痺してしまったかのように。
(でも、一応……避妊は……してくれてる……)
 唯一、そのことのみが雪乃の安堵出来る要因だった。以前の様に、問答無用のまま何度も何度も何度も何度も中出しをされるような事だけは。
(また……あんなコトされたら……っ……)
 あの後は随分と“後遺症”に苦しんだものだ。よく耐えられたと、乗り越えられたと自分でも思う。しかし、今度も耐えられるとは――限らない。
(学校で……紺崎くんの顔を見る度に……お腹の奥がキュンってなって……)
 授業中も“そのこと”で頭がいっぱいになってしまって、うっかり悩ましげに尻を振ってしまったのも一度や二度ではない。……そう、本当に大変だった。だからこそ、これからは――きちんと、避妊をしなければ、させなければならない。
「っ……先生……挿れます、よ……?」
「ぁっ、ぅ……こ、紺崎くん…………ひぁっ……!!」
 ぎゅう、としがみつかれるように抱きつかれ、れろりと耳を嘗め回されながら囁かれる。
(ぁあっ……み、耳……はっ……!)
 雪乃も月彦の背に手を回し、かり……と、爪を立てる。ぐい、ぐいと下腹に押し当てられる灼熱の塊が、徐々に――雪乃の一番弱い場所へと近づいてくる。
 一瞬、抱擁が緩んだのは――左手で、狙いを定めたからだろう。
「ひはっ……ぁああああッ!!!」
 ぐっ、と。先端が押しつけられたその刹那、雪乃のナカが無理矢理に押し広げられる。
「くひっ、ぃいいっ……はッ……はッ……ちょっ……待ッ……んんんんンぅぅううう!!!」
 先端が入るまではゆっくり。しかし、その後は一気に押し込まれ、ごちゅっ……と、奥を小突かれ、押し上げられる。
(やっ……広がるっ……広がっちゃう……!!)
 ぎち、ぎちと己の下腹が軋むのを感じながらも、それ以上の快楽に雪乃は歯の根が合わなくなってしまう。
「ぁ、ぁ、ぁっ……ぁっぁあっ!! はひっ……はひぃぃぃいっ!!!」
「ッ……はぁぁぁ……先生のナカ……深くて、キツくて……最高、です…………ほら、先生……解りますか? ちゃんと根本まで入っちゃってますよ?」
 まるで根本まで入らなかった事があったかのような言い回しが少しだけ引っかかったが、雪乃には言葉を返す余裕など無かった。
「……すぐにでも動いてあげたいのは……山々なんですけど……もう少し、こうして奥まで入れたまま……先生のナカの感触を味わっててもいいですか?」
「いい、も……なにも……ッ……」
 自分には決定権など無いのだと。雪乃は思い知っていた。たとえダメだと言ったところで、この年下の二重人格者は止まらないだろう。
「んぷっ……んっッ……ふぅ、ふぅ……先生の、おっぱい……大きくて……ふぅはぁ……」
 その証拠に、雪乃の返事などまるで待つそぶりすら無く、両手でむぎゅむぎゅと乳をこね始める。その手つきはまさにいやらしいの一言。欲望丸出し、揉まれている雪乃の方が恥ずかしくなるほどの容赦の無さだ。
(紺崎くんって……本当に……おっぱいが好きなのね……)
 文字通り、しゃぶりつくようにして巨乳を弄び続ける月彦に、驚きを通り越して愛しさすら感じる。
(紺崎、くんのせいで……私まで……おっぱい触られるの……好きに、なっちゃいそう……)
 エッチの度にさんざん揉まれ、吸われ、舐められ続け、性感帯でも開発されたのだろうか。それとも、一心不乱にむしゃぶりつく月彦の様に母性でも刺激されるのか。
 ドキドキと、胸が高鳴るのを雪乃は感じた。
(でも、恐いのは――)
 そうやって月彦が舐めたりしゃぶったりする度に、奥まで挿入されたままの剛直がびくん、びくんと蠢くことだ。――まるで、“良くないモノ”が胎動しているかのような、不気味なリズムで。
「先生……そろそろ、動いてもいいですか?」
 元よりダメと言った覚えもなく。そして良いと言った覚えもないのに、ぐっ……と、月彦が腰を使い始める。
「くっ……ンッ……!」
 ずっ……と。膣壁が擦られる感覚に、つい声が出てしまう。
「先生は……確か、“ゆっくり”が好きでしたよね?」
「そ、そんな事――んんぅ!!」
 いちいち覚えてなくてもいいのに――雪乃は唇を噛むようにして、喘ぎを押し殺す。
「っっ……やっ……ぁっ、ぁぁぁァぁ……あっ、ぁあっ……!! んんっ、ンンッ!!」
 しかし、やがてそれでも抑えきれなくなり、右手で口を覆うことで漸く声を抑えるが。
「……先生、ダメですよ、それは」
 ぐいと――凡そ一介の学生とは思えない力で手首を握られ、そのまま無理矢理引きはがされる。
「さっきまではちゃんと可愛い声を聞かせてくれてたのに、どうして急に嫌がるんですか?」
「だ、だって……恥ず、かしい…………」
 体を触られて、声が出てしまうのには――少しだが慣れた。しかし、こうして挿れられて、腰を使われて――喘ぐのは、まだ抵抗があった。
「別に、いやらしい声を出したからって、先生を軽蔑したりなんかしませんし、むしろ……“あの先生”がこんなに感じてくれてるんだって、俺は嬉しくなるんですよ?」
 “あの先生”というのがどういう意味なのか、雪乃には気になった。が――。
「……まあ良いです。恥ずかしいとか、そういうことを考える余裕も無くなるくらい、先生を快感漬けにしてあげれば済む話ですよね?」
 ハイド月彦独特の論法によって機会は失われ、そして――恐ろしい議題が勝手に評決される。
「ま、待って……紺崎くッ……あン……ンッ……あっ、ぁっ、ぁっ……!!」
 ゆっくり、そう……ゆっくりと、月彦は腰を使ってくる。まるで、その速度が、一番雪乃が“堪らなくなる”速度であると知り尽くしているかのように、的確すぎる動きで。
「あっ、あっ……やだっ……ぁっ……あっ、あっ……!」
「くす……、必死で声を抑えてるのに、それでも出ちゃう先生……凄く可愛いですよ」 
 まるで、年下の少女の体でも愛でているような口調。慰めるように後ろ髪を撫でられて、雪乃の顔は真っ赤になった。
(私の方が……年上、なのに……)
 本当は、それは自分の台詞なのに、と。雪乃は思う。
(“紺崎くんの喘ぎ声可愛い”とか……言ってやりたい、けど……)
 雪乃には到底、この年下男からアドバンテージを奪える気がしなかった。
「はぁっ、はぁっ……やっ……んんっ……ぁっ、ぅ……ふぅっ……あっ、あんっ……あんっ……!」
 ゆっくり動くだけだったものが、時折――ずんっ、と。押し込んでくるようになる。その都度、子宮ごと体が揺さぶられ、甘い声が出てしまう。
「先生……あんまりいやらしい声出さないで下さいよ。俺の方が……我慢できなくなっちゃうじゃないですか」
「こ、紺崎くんが……出させて……るんでしょっ……ンッ……ぁっ、ひぅッ!!!」
 ぬぬぬっ……と引いた後、一息に突かれ、ずんっ、と。
(やっ……そんなにっ……奥っ……ずんってされたら…………ッ……)
 かぁっ……と。全身が一気に火照り出すのを雪乃は感じた。
(だ、め……思い出しちゃう……ッ…………!!)
 反射的に、ぎゅっ……と太股を閉じてしまう。――が、無論、間には月彦の体があるから、完全に閉じる事など出来る筈がない。
「先生、どうしたんですか? 急に……息が荒くなりましたけど」
「そ、それ……は、最初からっ…………んぁっ……!!!」
「確かに、挿れてからずっとハァハァ言ってますけど……何か違うんですよね。…………まるで、“スイッチが入っちゃった”みたいな感じに見えるんですけど」
「っっっ……!」
 この教え子は、何故こうも――こういう事に関しては――超人的な洞察力を発揮するのだろうか。
(ち、がう……私は、そんな女じゃないッ……!)
 子宮でモノを考えるような女ではない――雪乃にとって、それは侮蔑すべき女の代名詞だった。だから、認めたくない。自分は、そんな女ではないと。
(だい、じょうぶ……まだ、耐えられる……我慢、出来る…………)
 はぁはぁと息を荒げながら、雪乃は己に暗示を刷り込むように、そう繰り返し念じる。極太の肉柱で膣内を執拗に擦り上げられ、ずんと膣奥を小突かれるたびに快感に屈してしまいそうになる心を、漆喰で塗り固めるように、何度も。
(それに、今日は……ちゃんと、避妊も、してくれてる…………)
 だから、大丈夫。この間の様な事にはならない。あの……子宮を襲う濃くて熱い、身も心もとろけてしまいそうに凄まじい――悪魔的な快楽と、その後遺症……中毒症状にも似たそれに耐えねばならないような事はない。
(そう……今日は……“生”じゃない……)
 そうでなかったら――ひょっとしたら、耐えられなかったかもしれないと。雪乃が思ったその時だった。
 不意に、月彦の動きが止まった。
「……やっぱり、ダメですね」
「だ、ダメって……何が……」
「“何か違う”――先生もそう思ってるんじゃないんですか?」
「わ、私は……別に……」
「先生には、悪いんですけど……このままじゃ俺、例えイッても満足できそうにないです……いえ、気持ちいいのは気持ちいいんですけど……なんていうか、先生とのエッチって、こういうんじゃないっていう感じがして」
「えっ……?」
 ゾクリと、悪寒が走った。そんな雪乃の反応を察したように、くすりと……月彦が笑う。
「察しが良くて助かります。どうやら先生も“その気”みたいですね」
「その気って……」
「先生も、生の方がいいんじゃないんですか?」
「っ……!!」
 生――そう聞いた瞬間、体が震えた。
「生って聞いた瞬間、……きゅっ、て締めましたね。先生?」
「……こ、紺崎くん……何、言ってるの?」
「隠さなくてもいいんですよ。だってほら……“生”、って言っただけで……」
「やっ……!」
 雪乃の意志とは無関係に、ゾクリと。体が震えてしまう。かぁ……と、火照ってしまう。
「ち、違う……これは、嫌だから……」
「嘘でしょう? 嫌じゃなくて、好きだからじゃないんですか?」
「い、や……言わないでっ……お願い、紺崎くん……それ、以上は……」
「生でするのが大好きなんですよね。……いや、生じゃないと満足できない、の方かな」
「やっ……!」
 月彦の言葉に、勝手に体が反応してしまう。きゅんっ……と、締め付けてしまう。
「ち、がう……私は、……」
「そんなにハァハァ言いながら、目もとろんってさせて言っても説得力ゼロですよ。……それにほら、先生の体……期待と興奮でどんどん熱くなってきてますし」
「いやっ……いやぁぁっ……聞きたくないっ……!」
 聞きたくないし、認めたくはなかった。まるで催眠を促すような月彦の言葉も、そして――それに反応してしまう自分の体も。
「……口で言っても、無駄みたいですね」
 不意に月彦が体を離し、同時にゆっくりと――剛直が引き抜かれる。微かな星明かりと、街灯の明かりで辛うじて見える剛直――そのぬらついた表面に、月彦の手が触れる。
(だめっ……!)
 咄嗟に、そう言おうとした。しかし、言葉は――でなかった。
 雪乃の目の前で、スキンが取り払われる。暗い車内で、びくん、びくんと脈打つ剛直の輪郭が、いやにはっきりと見える。
(ぁっ……ッ……)
 きゅんっ、と下腹が疼き、咄嗟に雪乃は太股を閉じ、手で押さえつける。しかし――それでかえって、己が期待と興奮でどれほど溢れさせてしまっているかを思い知るきっかけとなってしまった。
「先生、何か異論はありますか?」
 ある――とは、雪乃には言えなかった。


「こ、紺崎くん……あぁぁっ……!」
 ダメだと、頭では解っているのに、抵抗が出来ない。
 容易く組み敷かれ、押し倒される。
(紺崎くんの……あんなに、びく、びくって……)
 押し倒された雪乃の丁度腹部の上あたりに、臍まで反り返った剛直があった。小刻みに震え、トロリ、トロリと垂れた先走り汁が雪乃の腹の上に奇妙な文字を形作る。
「それじゃあ、先生の要望通り……生でしちゃいますよ?」
「よ、要望通りって……私は、そんな事言った覚えはっ……ひっ……!」
 剛直の先端部が秘裂に押し当てられた途端、雪乃は身を固くし、悲鳴を漏らす。
(やぁぁっ……ホントに、挿れられちゃうっ……生で、されちゃう……!)
 抵抗をしなければならない。しなければならないのに。
「ほら、先生……解りますか? 今……入り口の所に来てますよ。……これからゆっくり、先生のナカに挿れてあげますね」
「やっ、やぁっ……だめっ……だめ、よっ……紺崎くんっ……あっ、ぁあっ……本当に、入ってっ……ぁああっあっ……!」
 今になって――やっとダメだと言えた。言っても、絶対に月彦は途中で止めたりしないだろうと分かり切っているから。
「あっ、あっ、あっ……だめっ、だめっ……ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 ゆっくり挿入される剛直の圧迫感と、れろれろと耳を嘗め回す舌の動きに雪乃は完全に腰砕けになってしまう。――当然、雪乃には、何故月彦がそのように執拗に耳を攻めてくるのか理解はできない。
(やっ……ホント、違う……さっきと、全然違うぅぅ!!)
 スキン越しに挿入されるのと、生とでは。その感触、快感共に段違いだった。
「ひぁっ、あひっ……やっ、ぁっ……こ、れ……ひぃっ……ぁあっ、あぁぁぁっ……! あウうぅうう!!」
 ずんっ、と奥を小突かれるなり、体が弓なりに跳ねてしまう。がちがちと、歯が成るほどの快楽に、口を閉じることすらもままならない。
「くすっ……先生、すっかりアヘ顔になっちゃってますね。そんなに“良い”んですか? “生”が」
「やっ……見なっ……れぇっ……んぁあああッ!!!」
 気を抜くと、呂律まで回らなくなってしまう。まるで、そんな雪乃の反応を楽しむ様に、月彦はゆっくりと腰を引き、ずちゅんっ、と。
「ひはぁぁぁァあッ!!!」
 ぎり、ぎりと月彦の背に爪を立てながら、雪乃はたった一突きで容易くイッてしまう。
「もうイッちゃいましたか。……エッチしてるときの先生ってほんと初々しくて可愛いですよ……もっともっと感じて下さい」
「ッ……ぁ、あっ……だ、めぇ……も、っ……これ、以上、はぁ……ひぃうっ……んんっ!!! あっ、はうっ、んんぅ!!!」
 ずん、ずんと。車が揺れるほどに強く突かれ、顎を浮かせながら雪乃は声を荒げる。
「はっ、ぁああっ……ら、めっ……だめっっ……えっ、こんなっ……こんなぁっ……壊れっ……ひゃぅううッ!!」
「大丈夫ですよ。多少車内で揺さぶったくらいじゃあ車なんて絶対壊れませんから、安心してください」
「ちがっ……ひぃっ……ンッ! はあっ、はぁっ……ンぁあああッ!!! はぁ、ひぃっ……んんっっ、あっ、あんっ、ああぁンッ!!!」
 最早、声を抑える――等という事は不可能、念頭にも浮かばなかった。あまりにも過剰供給される快楽から自我と意識を守るために、声という形で少しでもそれを逃がすしかないのだ。
「あぁぁあっ、ぁぁぁァぁああっ! はぁっ、はぁっ……おね、がっ……こ、ざき……く……も、許しっ……」
 立て続けに三回ほどイかされ続け、漸く腰の動きが止まった隙に、雪乃は辛うじてそれだけの言葉を紡ぎ出すことが出来た。
「何を言ってるんですか。生が良いって言ったのは先生ですよ? それなのに速攻で止めてくれだなんて、我が儘すぎます。……お仕置きです」
 お仕置き――とは、名ばかりの熱烈なキスだった。しかし、雪乃にとっては名ばかりどころではない、紛れもないお仕置きだった。
「やぅ……んんっ……ン! んっ、ンンーーーーーーーーーーッ!!!!」
 ただでさえ、キスをされてゾクゾクする中、ぐりゅんぐりゅんと剛直でかき回され、雪乃は痙攣するように体を跳ねさせ、喉で叫び声を上げる。
(だ、め……もう……頭の中、ぐちゃぐちゃ…………)
 ふはぁ、とキスが終わるや否や、ドロリとした思考力でそんな事を思う。きっとまだ、“再挿入”から二十分と経っていない。それなのにもう十時間は抱かれ続けた後のように雪乃は消耗していた。
「ふぅっ……ふぅっ……先生がそうやってしょっちゅうイッて、可愛い声上げながら……締め付けてきますから……俺の方も、そろそろヤバくなってきました……」
 しかし、耳元で囁かれたその言葉に、落ちた思考力が幾分かだけ回復する。
「今日は……ずっと……いえ、正確に言えば……最近ずっと。授業中とか、学校で先生を見かけるたびに……ムラムラし続けてましたから。……ヤバいくらい、濃いの出ちゃいそうです」
「こ、紺崎……く、ん……?」
 まさか、と。
「先生っ……先生に、中出し……したい、です。したくて、したくてたまらないんです……」
「な、に、言ってっ……こ、紺崎くん……約束、した……でしょ?」
 きちんと避妊はする、中では出さないと――以前、そう誓った筈……だった。
「すみません……確かに、約束はしました……。でも、今日の俺……ほんと、ヤバいくらい……先生に中出ししたくて、堪らないんです……」
「だ、ダメっ……絶対駄目よっ、紺崎くん! きょ、今日は……大丈夫な日じゃっ無ッ…………ぁあああっ!!」
 雪乃の意向など聞かない、とばかりにずんと、突き上げられる。
「はぁ、はぁ……先生のナカ……マジで、気持ちいい…………このまま、奥、で…………」
「ひっ……こ、紺崎くんっ……お願いっ……やめっ――……ぁっ、ぁぁぁっ!!!」
 ぎゅううううっ、と万力の様な力で腕ごと抱きしめられ、一切の抵抗を封じられたまま、ぐりゅん、ぐりゅんと腰を使われる。
「はぁ、はぁっ……先生……先生っ…………!」
「いやっ……いやっ、ぁっ……おね、がいっ……紺崎くんっ……外、にっ……中はっ、嫌ッ……お願い、だからっ……いやっ、いやっ……いやっ……だめっ、いやっ……いやっ、イヤッァああああ!!!!」
 かぶりを振りながら、イヤイヤをする雪乃などまるで頓着せず、月彦は己の欲望のままに腰を使い――そしてぐんっ、と一際深く突き入れてくる。
「い、イヤッ……だめっ……妊娠しちゃうッ……赤ちゃん、出来ちゃうぅ!!!!!」
 雪乃が涙混じりの絶叫を上げるのと、特濃の白濁がぶちまけられるのは同時だった。
「ひァっ……あっ、こん、なっ……くひぃぃいいいッ……!」
 極太の肉柱が、びくんと脈打つように膨れあがり、その都度、人の体内から出されたとは思えぬ程熱い奔流がごびゅるっ、と雪乃のナカに溢れる。
 そう、文字通り溢れた。ごぷ、ごぷと――汚らしい音を立てて、結合部から漏れだしたそれは雪乃の尻を伝い、まくれ上がったスカートを、そしてシートを汚した。
(い、やっ……こんなっ、ぁっ、ぁっ…こんなっのっ…やっ、スゴ、過ぎっ………… ぁっ、ぁっぁっ……ぁああっぁぁぁあああ!!!)
 びゅぐっ、びゅぐと子宮口に浴びせられる白濁のうねりに、雪乃は己の意志とは無関係にイかされる。背を反らせ、爪を立て――しかし、せめてもの抵抗として、必死に口だけは噤み、サカり声だけは上げずに済んだ。
「ふーっ……ふーっ…………先生……好きです、先生…………っ……」
 こちゅ、こちゅとマーキングでもするように腰をゆっくり動かしながら、月彦が口づけをしてくる。
 好きです、先生――本来ならば、嬉しくてたまらなくなる筈の言葉をかけられても、雪乃には何故か――それを鵜呑みにすることが出来なかった。


「……先生、ひょっとして……怒ってますか?」
 ふぅふぅと、相変わらず荒っぽい息づかいの合間に、なんとも似合わない――気遣いの言葉。
「あ、たり……前、じゃない……こんな、事……されて……」
「すみません……でも、本当に――俺、先生を見てると……我慢、できなくなっちゃうんです……」
「やめて……そんな風に言われても、誤魔化されてるようにしか、聞こえないわ……」
 先生の事が好きだから――そう言われて、誤魔化されているように感じてしまうのは、そう言われることで月彦への怒りが揺らいでしまうからだ。
 勿論、揺らぐだけでそれ以上は――許せる筈は、無いのだが。
(今日という今日は……しっかり、教えてあげなくちゃ……中出しが、どんなに危険か、って……)
 自分は兎も角、月彦はまだ学生だ。そんな状況で妊娠などしたら――互いの人生が壊れてしまいかねないのだ。
「誤魔化してなんかいません……それに、自分でも解らないんです。……どうして、先生とするときは……いつも、我慢出来なくなるのか。…………先生の事が、本気で好きだから、かもしれません」
「えっ……」
 思わずそんな言葉が出てしまって、雪乃は慌てて口を塞ぐ。今は、怒っていなければならないのだ。
 こんな――片思いの相手から突然デートに誘われた少女が上げるような声は、出してはいけない。
「考えてもみてください、先生。……どうでも良いと思ってるような、或いは大して好きでもないと思ってるような相手に……中出しなんて、絶対出来ませんよ? そんな事をして……もし本当に孕ませちゃったりしたら、お互いにとって最悪じゃないですか」
「そ、それは……そう、だけど……」
「先生とだから、先生が相手だから……どうしようもなくムラムラしちゃうんです。例え、先生に軽蔑されて、嫌われることになっても……それでも――って、思っちゃうんです」
「き、……嫌いに、なんて……さすがに、そこまでは…………」
「いえ、良いんです。自分でも……最低な男だって、解ってます。……だって、俺……今、出したばかりなのに……また、先生に中出ししたいって、思っちゃってるんですよ?」
「っっっ……こ、紺崎、くん……!」
 ゾクリと、背筋が冷えた。
(また、中出し……なんて……)
 ぎゅうと、太股に力がこもる。子宮が熱を帯びて、体中が火照ってしまう。
「おかしいですよね。男として、人として駄目ですよね。……でも、我慢できないんです。……先生が、好きだから」
「やっ……!」
 どきんっ、と。心臓が跳ねた。
(好きだから、我慢できない、なんて……)
 それは、平時であればきっと――ただの誤魔化しとしか思えなかった事だろう。
 しかし、月彦の様子が。末期患者を思わせる様な切羽詰まった声が、雪乃の母性本能をこれでもかと刺激する。
(ダメッ……そんな風に言われたら……私、紺崎くんのコト……許しちゃう……!)
 怒らねばならないのに。
 叱らねばならないのに。
(どうしよう……私、このまま、じゃ……本当に、妊娠しちゃう……)
 どうすればいいのか、一番良い方法は分かり切っている。今すぐ、例えどんな乱暴な手段を使ってでも月彦を引きはがし、思い切り叱りつける。その後、避妊の為のアフターケアをすぐ行うべきだ。
 そして、きちんと教えるのだ。セックスの際は、必ず避妊をする旨を。中出しは、最低でも就職をしてから。――つまり、社会的に責任をとれるようになれるまでお預けだと。
(でも、そんな事……今の紺崎くんには、言えない……出来ない……)
 ぜぇ、ぜぇと。まるで瀕死の患者の様な息づかいで、命乞いにも似た切実な声を聞かされては。――母性が、疼いてしまう。
(紺崎くんも……苦しいんだよね……)
 そうでなくては、“例え嫌われる事になっても”等とは言えないだろう。つまり、それくらい――どうにもならないくらい強い衝動に、苦しめられているのだ。
「……先生、どうしても嫌だったら、殴るなり、引っ掻くなり、噛みつくなりしてくれても、構いませんから。そうすれば……俺も、少しは……頭が冷えるかも……しれませんから」
 闇の中、まるで野性の獣のように目を輝かせながら、ふぅ、ふぅと鼻息荒く月彦が被さってくる。
 ちゅっ、ちゅっ……と首筋にキスをしながら、右手で大胆に乳をこね回し、止まっていた腰が、徐々に動き出す。
「っ……わ、私が……紺崎くんに、そんな事……出来るわけ、ないじゃない……ぁっ……わ、私も……紺崎くんのコト……好き、なんだから……ンッ……!」
「俺、も……好きです。……先生…………止まらなくなっちゃうくらい、好き、です……」
 止まらなくなる、というのは腰の動きがか、それとも暴走がか。どちらにせよ、雪乃にしてみれば同じ事だった。
「ぁっ、ぁっ……こ、紺崎……く、んっ……あっ、いやっ…………あぁあああッ!!」
 片足を持ち上げられ、肩にかけられるようにして無理矢理足を開かされ、一際深く剛直が突き入れられる。
(やだっ……こんな、恥ずかしい格好……ッひっ……ぃ……お、奥にっ……深ッ……ぁっ、あっ、あっ……!!!)
 抽送の度に、ぐじゅっ、ぐぷと汚らしい音を立てて、恥蜜によって些か薄まった白濁汁が溢れ出し、太股を、シートを汚していく。――が、そんなこと、まるで頓着できなかった。
「先生っ……本当に、嫌なら……抵抗してくれて、いいんですよ? 先生が止めてくれなきゃ……俺、自分じゃ……絶対止まれませんから」
「そ、そんな事っ……あんっ……! い、言われっ……ぁあっ! ひっ……んっ……やっ、だめっ……ひぃっ、あっあぁッ!」
 ずんっ、ずんと膣奥を小突かれる快楽に、まともに言葉すら返せない。
(な、に、これっ……さっきより……ひぃッ!!!)
 まるで、中出しをされた事で――膣内に強力な媚薬でも塗りつけられたかのような。尋常ではない快感に、雪乃は完全に腰砕けになる。
(だめっ、だめっ……これっ……こんなのっ、だめっ……あっ、あっ、やっ……あっ、ぁっぁっぁっ、ぁぁぁぁッ!!!)
 雪乃がイくのと、ぐりんっ……と体が反転させられるのは同時だった。
「ふーっ……ふーっ……先生……本当に、嫌だったら……抵抗、してくださいね? 嫌じゃなかったら……四つんばいになって下さい」
 抵抗をせねばならないと、頭では解っている。しかし、実際には――雪乃は四つんばいになっていた。
(やだっ……どう、して――)
 自分の体が、自分の思い通りにならない。そのことに恐怖を感じながらも、しかし――それ以上の快楽が。
「ひぃっ、あっ……やぅっ……あぁぁぁあああッ!!」
「ほら、先生……“伏せ”になっちゃだめですよ。ちゃんと手を伸ばしてください」
 ずんっ、と一際強く突かれ、雪乃は悲鳴を上げて背を逸らし、手を伸ばす。
「そうです。……そうじゃないと……後ろから突いたとき、先生のおっぱいがたゆたゆっ、ってなりませんからね」
「そ、んっ……なの、この、暗さじゃ……それに後ろから、じゃっ……いひぃぃぃっ!!」
「見えるかどうか、じゃなくて……なってるかなってないか、が問題なんですよ」
 わかりましたか?――背後から被さられ、囁かれながら耳をこれでもかとしゃぶられる。
「ぁっ、くっ……んっ!! ぁぁあっ……ふっ……んんっ……!」
 耳をたっぷりと舐められた後は、腰を掴まれこれでもかとばかりに執拗に突きまくられる。喉が枯れるかと思う程に声を上げさせられ、腕から力が抜けそうになると一際大きく突き上げられて、無理矢理に体を起こされる。無論、その間、幾度と無く雪乃は一方的にイかされ、その都度制止を懇願するが、当然のように聞き入れられなかった。
「あぁっ……本当に、先生のナカ最高ですよ…………もう、出ちゃいそうです……」
 れろ、れろと弄ぶように耳を舐めながら、ぐりゅんっ、ぐりゅんと剛直を撓らせ、膣内をかき回しながら、悪魔のような声で。
「やっ……こ、紺崎くんっ……だめっ……やめて……!」
「嫌なら抵抗してください……って言ったのに、しないってことは……中出しで良いって事ですよね?」
「よ、良くないっ……! お願い、止めて……紺崎くんっ……ぁぁあッ!!」
「だから、言葉だけじゃ……止まらないんです。行動で、示して下さい」
「そ、そんなっ……ひぁっ、やっ……だめっ、やめっ……あっ、ぁっっっぁっぁっ……!」
 “行動”で示そうにも、後ろから――それもしっかりと腰を掴まれ、好き放題突かれていては何が出来るというのか。
(ううん、違う……例え、“抵抗できる体勢”でも――)
 きっと、何も出来ないだろう。何故なら、理性の残っている頭よりも遙かに先に――体の方は、快楽に屈服してしまっているのだから。
「くっ、ふ……先生……また、奥で……先生の一番深いトコで出しますから……いっぱい感じて、良い声で鳴いてくださいね」
「やっ、やだっ……嫌っ……やめっ……あっ、ひっ……んんんっ!!! ぁっ、ふっ……やっ、びくんって大きくっ……ぁっ、あぁぁぁぁっぁアぁぁぁぁ!!!!!」
 どぷんっ……!
 腹部に強烈な圧迫感を感じた刹那、雪乃の頭の中は真っ白になった。
「あっ、あっ、アッ!!! あっ、あぁーーーーー〜………………くぅぅ〜〜〜〜〜ッッ!!!」
 シートに爪を立て、食いしばった歯から泡のような涎を零しながら、雪乃は必死に耐える。――そうしなければ、あまりの快感に自我まで屈してしまいそうだった。
(だめっ、こんなのっ……こんなの続けられたら…………!)
 びゅぐん、びゅぐんと骨まで震えるような、射精の凄まじい振動の度に、二十余年の間培ってきた理性の壁に罅が入るのを感じる。それが壊されてしまえば、もう……獣になるしかないというのに。
「はーっ……はーっ……先生、解りますか……俺が、どれだけ先生の事が好きか……先生が好きだから、こんな風に……濃いのがいっぱいでちゃうんですよ?」
 被さられ、好き勝手に乳を捏ねられ、耳を舐められながら囁かれるも、雪乃にはもう、耳を貸すゆとりはなかった。



 真冬の夜――それも、エンジンをかけていない、暖房の無い車内は本当ならば極寒。厚着も無しではとうてい人が耐えられる筈もない気温となる筈だった。
 しかし今や――窓ガラスを曇らせる程に熱気に包まれ、そして――哀れな女教師の喘ぎ声が頻繁に木霊していた。
「おね、が……紺崎、く――……も、ほんとに、無、理ッ……ゆるし――……ァはぁああッ!!」
 はぁ、はぁと息も絶え絶えに嘆願する雪乃を完全に無視して、月彦は雪乃の肩を掴み、ずんっ……と突き入れる。
(あぁっ……こうやって突くたびに……たゆたゆっ、って……)
 眼下で揺れる、二つの柔らかい塊に、ムラムラと無尽蔵に性欲が沸いてくるのだから月彦としても困ったものだった。
「先生、だらしがないですよ。まだたったの…………ええと、十一回くらいじゃないですか」
「じゅ、十三回、よ……こ、紺崎くんが……出した、回数、だけで…………わ、私は、その三倍は……ンぁッ!!!」
「ズルいですよ、先生ばっかりそんなにイッて。……じゃあ、俺も先生と同じだけイくまできちんと続けましょうか」
「な、何言って……もう、ホントに、やめっ……くひぃっ!!」
 月彦は挿入したまま後方へと寝そべり、強引に雪乃を上にする。
「はぁっ、はぁっ……だ、めっ……もう、動けないっ……」
「……じゃあ、俺が手伝ってあげますよ。先生、天井低いですから、頭……気を付けてくださいね」
 月彦は再び雪乃の足の付け根を掴み、ずんっ、ずんと突き上げる。さすがにベッドでする時のように簡単にはいかないが、この性欲魔神にはその程度のハンデはハンデにもならなかった。
「やっ、やっ、ぁっ……おくっ、にっ、ずんっ、ずんっってぇっ……ひぃっ……やっ……も、イきたくっ……無ッ……あっ、ぁぁぁああぁあッ!!!!」
「イきたくないのにイッちゃうなんて。……先生って、本当にエッチが好きなんですね」
 ぎち、ぎちと。雪乃がイく時特有の締め付けを嘆息混じりに堪能しながら、腹立たしい迄に揺れる巨乳を両手で揉みくちゃにする。
(あぁ……先生のおっぱい……ほんと、ナカの具合も、おっぱいも最高ですよ、先生……)
 年では矢紗美の方が上だが、肉体の成熟っぷりは明らかに雪乃の方が上だと、月彦は思う。――否、単純に好みの差かもしれないが。
(もう、ホントに……この体見てるだけで、触ってるだけでっ――!)
 ぐんっ、と剛直が熱を持ち、反り返ってしまうのだ。溢れるほどに中出しをしても――収まりがつかないのだ。
(……おや……?)
 不意に、窓ガラスから光りが差し込んで、雪乃が慌てて悲鳴を上げて体を伏せさせる。むぎゅ、と押しつぶされる巨乳の感触に酔いしれつつも、月彦はその髪を撫で。
「なんだ、まだまだ動けるじゃないですか」
「っ……だ、だって……紺崎くん、車――」
「ええ、そうですね。あ、ライト消えましたよ……案外、俺たちと同じ目的の車じゃないですか?」
 一瞬差し込んだのは、間違いなく車のライトの光だ。そして、僅かに離れた場所で車は止まりった。エンジンをかけっぱなしなのは、暖房を切らさない為だろう。
「ほら、先生……いつまでそうしてるんですか? ちゃんと体を起こしてください」
「い、嫌よっ……もし、見られたら……」
「大丈夫ですよ。車内は暗いんですし、外からライトで照らされて覗き込まれでもしない限りは見えません」
「だ、だけど……ひぅッ!!」
「強情ですね。……でも、そんな風に恥ずかしがる先生も大好きですよ」
 月彦はやむなく、自ら体を起こし――胡座をかく。雪乃の尻を持ち、そのままゆっくりと上下に揺さぶる。
「やっ、やぁっ……み、見られ、ちゃう……ひぃ!!」
「大丈夫です。ほら、先生……?」
 余計な事は気にするな、と月彦は優しく口づけをする。宥めるように、最初はそっと――雪乃がキスに夢中になってくると、徐々に、荒々しく。
(……本当に、先生はキスが好きなんですから……)
 泣きじゃくる幼子に飴を与えているような気分で、月彦は雪乃とキスを続ける。
(まあ俺も、先生とキスするのは嫌いじゃないですから……おあいこですね)
 未熟な雪乃にキスを教えるのは、月彦としても楽しい事だった。何故なら、月彦の回りには――由梨子を含め、異様にキスの巧い娘ばかりだからだ。
「んくっ、んぁっ、んふっ……んっ……!」
 キスで慣らしながら、月彦は徐々に……雪乃の体を揺さぶり始める。こちゅっ、こちゅっ……ぬちゅっ……散々に中出しして、精液漬けになっている子宮を、さらに堕とす為に。
「ぁっ、ぁっ、ぁっ……やっ、ぁ……紺崎、く、んっ……あっ、あっ、あんっ!!」
 とうとう雪乃がキスを中断し、喘ぎ出す。それでも月彦は無理矢理雪乃の唇に吸い付き、キスを続行する。
「ンンンッ!! んはぁっ、はひっ……あひっ、ぃ……!! んぷっ、んんんっ!!」
 腕の中で、雪乃の体が時折小刻みに痙攣する。その都度、軽くイッているのだろう、きゅっ、きゅっと断続的に締まる雪乃のナカに、段々我慢が効かなくなる。
(イヤ、イヤって言いながらも、先生……自分から腰振っちゃうんですよね)
 きっと、気がついていないだろう。そして自分が指摘すれば、即座に止めてしまうだろう。だから、月彦は言わない。雪乃が腰を振っている――そのほうが、自分も気持ち良いから。
「はぁ……ふぅ……先生、ヤバいです……もう、出そう……」
 月彦がわざわざ耳元でそう囁くのは、その方が――雪乃の反応が良くなるからだ。
「こ、紺崎くん……また……ぅっ!」
「はい。……先生の、ナカに……」
「そ、んな……お願い、紺崎くん……もう、止めて……これ以上、されたら……私……あっ、私っ……ぁぁああッ!!」
「クセになっちゃえばいいじゃないですか」
 かぁぁ、と。見ていて哀れになるくらい、顕著に雪乃は顔を赤くする。
「な、何、言って……そんな事、あるわけっ……あぁッあんっ!!」
「別に良いじゃないですか。……俺はもう、完全にクセになっちゃってますよ。大きくて柔らかいおっぱいや、キツくてきゅうきゅう絡みついてくる、先生のナカが。……だから、先生もクセになっちゃって下さい」
「い、嫌っ……そんなの、絶対っ、嫌ぁっ……はぁっ、はぁっ……おね、がいだから……紺崎くんっ……抜いてっぇ……!」
 言葉だけを聞けば、さも嫌がっているように聞こえる。
 が、しかし。
(説得力ゼロですよ、先生)
 両手を月彦の背に回し、肩に爪が食い込むほど強く、両足をぎゅっと閉じてまるで全身でしがみつくようにしながら、“抜いて”もないものだと。
(あと何回中出ししてあげたら……心の方も素直になれますか、先生?)
 そう遠くない未来だろうと、月彦は思う。だから、口先だけの拒絶になど耳を貸さず、容赦なく。
「あっ、いやっ……また、出てっ……ひっ、あ、熱っっ……ぁっ、ぁっ、ぁっ……ぁぁぁあッ!!!!!……イヤッァ……だめっ、イくっ……イッちゃう……ひぅうぅッ!!」
 中出しに合わせて、ぎゅうぅぅぅ、としがみつき、戦慄く。腕の中でびくん、びくんと雪乃の体が震えるのを感じながら、月彦もまた――極上の体を持つ牝に中出しをする至福に酔いしれる。
(本当に嫌なら、中出しされてイッたりなんか……しませんよね、先生?)
 びくっ、びくっ……と小刻みに震えながら必死に呼吸を整える雪乃の背を優しく撫でながら、月彦は胸の内で呟く。
「先生……ほら、顔を上げて?」
 雪乃の顎を持ち、絶頂の余韻の残っているうちにキスをする。ちゅく、ちゅくと舌を絡ませ合えば、それを喜ぶように――雪乃のナカがきゅう、きゅうと締まった。
「ふは、ぁ……こん、ざきく……も、いいでしょ? 少し、休ませて……」
「……先生、見えますか? さっき止まった車、揺れてますよ」
 雪乃の言葉を無視して、窓の外を指し示す。同じく暗い車内の様子こそ見えないが、不審な触れ方をする車の輪郭だけは、容易に確認がとれた。
「俺たちも、負けてられないですよね」
「こ、こんざき……くん? い、嫌ぁっ……!」
 怯える雪乃に、悪魔の様に微笑みかけながら押し倒す。暴れる両手を押さえつけ、ぎしっ……と車が軋む程に強く、肉柱を打ち込む。
「ひはぁぁあっ!! ひっ……ぁっ……んんっ、んんんっ!!!」
 珍しく、キスをしても雪乃の抵抗は止まらなかった。とはいえ、ろくに力もはいらない手をばたつかせる程度の抵抗など、片腕で十分だった。
「はぁっ……はぁっ……先生っ…………」
 雪乃の両手を手首で重ね、左腕いっぽんで押さえつけながら、空いた右手で巨乳を揉みくちゃにする。揉みくちゃにしながら、遮二無二突き下ろす。
(いい、ですよ……先生……もっと、抵抗、してください……その方が……興奮、します……)
 抵抗する相手を力づくでねじ伏せ、犯し――中出しをする。たまにはそういうのも悪くない――と、思ってしまう。
(ヤバい……絶対、矢紗美さんの影響だ……)
 ヤバい、とは思うも、当然止める気はなく。
「はぁっ、はぁっ……ンぁっ……ひぅっ……くひぃっ……ふぁっ、んっ! あっ……ひぃっ……あっ、やぁっ……も、いやっ……中出し、イヤっ……ぁっ!!」
「それは……妊娠しちゃうから嫌っていう意味ですか? それとも――クセになっちゃいそうだから?」
「〜〜〜っっッ…………ひぐぅうっ!! ぁっ……ぅううっ!!」
 雪乃は、答えない。完全に快感にとろけた――それでいて今にも泣きそうな顔で――ただひたすらに喘ぎ続ける。
(あぁっ……先生が、そんな顔をするから……)
 また、ムラムラと。
「先生……喜んで下さい。また、出ますよ」
「っっ……だめっ……!」
 はぁ、はぁと。喘ぎ声の合間に、雪乃は辛うじてそれだけを言った。
「何が……ダメなんですか?」
「おね、がい…………もう、本当に、だめ……なの……」
 切羽詰まった雪乃の声。
 もう一押しだと、否が応にも解る。
「お願いっ……紺崎くん……私の、事が好きなら……本当に、もう、止めてぇっ……ぁあっ、やっ……中に出されたら……またっ、イッちゃう…………だめっ、だめぇえ!」
「何度も言ってるじゃないですか。先生の事が好きだから……止まらないんです。……さぁ、先生の一番深いところ……大事な所で、受け止めて、下さい」
 ずんっ、と一際強く。杭でも打ち込むように深く、打ち付ける。
「かひっ……ぁっ……いっ……やっ――ひぃぃぃィっっ……っぃぃぃぃっぁぁあ!」
 ギリッ――背に回された雪乃の爪が食い込んでくる。
「だめっ、だめっ、だめっ……やっ……オチちゃう! 紺崎くんの事しかッ……考えられなくなっちゃう!!!……ひっ……ぁっ、やっ、やぁぁぁああアああアぁッッッ………………〜〜〜〜ッッッ!!!!」
 びゅるんっ、びゅるっ、びゅっ……!
 さすがに幾分は衰えたものの、尚濃いそれを――雪乃のナカにふんだんにまき散らしながら、月彦は俄に脱力し、雪乃に被さる。
「ひはっ……ひはぁぁっ……はひッ……んくっ……んんっ……!」
 目を見開き、些か尋常ではない痙攣を繰り返す雪乃を落ち着けるように――優しいキス。当然、にゅぐ、にゅぐと優しく腰を使って牡液を塗りつけることも忘れない。
(先生……俺、本当に先生の事が好きなんですよ? こうして中出しさせてくれて……そしてそれを許してくれる先生が……大好きです)
 そして勿論――真狐並にいやらしい体も。そう、何故雪乃相手だと尋常ではない程に中出しをしたくてたまらなくなるのか、そのヒントがそこに隠されているのだが、性欲全開の月彦には気が付ける筈もなく、また気がつこうともしないのだった。



 “車の揺れ”は結局、夜が明けて結構な高さにまで日が昇るまで続いた。さすがに疲労困憊するほど犯って満足した後は、身を寄せ合って眠った。
 死人のように昏々と眠る雪乃のおっぱいをもにゅもにゅしながら目が覚めた時には夕方、もう日が落ちようとしている時刻だった。
(んぁ……朝……か……?)
 うつらうつらとしながら車内を見回し、そして――昨夜の事を思い出すなり、月彦はいつものことながら愕然とした。
(なっ、なななななっ……なぁああああッッ!!)
 当然、自らスキンを外し、雪乃に“生”を強要したことも。その後も、嫌がる雪乃に幾度と無く中出しをしたことも。
(ヤバい、今度という今度は本当にヤバい……)
 いつもの“あぁ……またやっちまったか”程度の自己嫌悪どころではなかった。パンチの一発や二発は覚悟の上というより、むしろ殴られたい気分だった。
(と、とりあえず……落ち着こう、うん……)
 おっぱいをもにゅもにゅしたり、鼻面を突っ込んでぺろぺろしたりして動揺の沈静化を図るも、逆に別の意味で落ち着かなくなってしまう。
(あぁ……コレだ……このおっぱいのせいで……俺は……)
 否、乳だけではない。太股も、尻も――とにかく、雪乃の魅惑ボディにすっかり狂わされてしまったのだ。
(ダメだ、俺は……先生と一緒に居ちゃ…………じゃないと、いつか本当に妊娠させてしまう……)
 或いは、もう手遅れかもしれない。
(先生に、やっぱり別れましょう……って、言わなきゃ……ああ、でも……)
 このおっぱいは捨てがたい。ずっとこうしていたい――月彦は顔を埋めながら、すぅはぁと息を荒げる。
 雪乃が身じろぎをしたのは、その時だ。
「……ンッ……こん、ざき……くん……?」
「ぁ……先生……」
 おっぱいから頭を上げ、まだ夢うつつな雪乃と目が合うなり、どきりと心臓が跳ねる。どんな罵倒を受けてもしょうがない程の事をやってしまったからだ。
「先生、すみません……俺……」
「……どの事を謝ってるの?」
「えと……全部、です。先生、俺……やっぱり――っ……」
 ぺちん、と。軽く――痛みなど殆ど感じない程の弱さで頬を叩かれる。
「もうっ……本当に赤ちゃん出来ちゃったら、どうするつもりなの?」
 この言葉を聞くのは何度目だろうか。それはイコール、己がやらかしてしまった回数という事だ。
「す、すみません……本当に、すみません、としか」
 月彦は三つ指を突いて、土下座をする。
「……解ってるわよ。紺崎くんの“病気”の事くらい。“あっち”の紺崎くんが本当の紺崎くんじゃないって事も。……だから、許してあげる。“今”の紺崎くんを叱ったってしょうがないもの」
「いえ……俺は、俺です。だから、そんなに簡単に許さないで下さい。むしろ、先生に殴られて、罵倒されたいくらいなんですから」
「か、簡単に許したわけじゃないのよ? ただ、紺崎くんも反省してるみたいだし……それに、別にレイプされたわけじゃ……ないんだから。怒るのも変でしょ?」
「先生、甘すぎます! お願いですから、まずは強烈な一発を、ここにお願いします」
 さあっ、と。月彦は頬を差し出すが、待てど暮らせどパンチは飛んでこない。
「紺崎くん……私の事が好きだから、あんな風になっちゃうんでしょ? ……だったら、そんな紺崎くんを殴ったりなんて……私、出来ないわ」
「いや、先生――あれは――」
 お願いだから騙されないで下さい――と言えたら。しかし、“騙そうとしている”のも自分なだけに、月彦は板挟みに苦しんだ。
「紺崎くんも苦しいんだって、解ったから。……だから、私も一緒に紺崎くんの“病気”と戦ってあげる。昔の偉人も言ってたじゃない、楽しいことは二人分、苦しいことは半分って」
「……偉人の言葉じゃなくて童謡の歌詞だった気がしますが……」
「と、とにかく! ちょっとくらい酷いことをされたくらいで、私は紺崎くんを見捨てたりしないから、安心しなさいっ」
「えっ、いや……違ッ……俺は……むぐっ」
 むぎゅっ、と口が乳に押しつけられ、月彦は喋らせてもらえない。
「私が、必ず更正させてあげる。“普通の男の子”に戻してあげるから。……だから紺崎くんも、頑張って……我慢できるように努力するのよ?」
「先生……俺は、先生と一緒だと、我慢出来なくなるって……言ってるんですけど」
「つまり、私と一緒に居ても大丈夫な様になれば、完治したって事でしょ?」
 確かに、それが出来れば一番なのだが。
(そうやって図書室で一緒に頑張ろう、って言ってから……何回失敗したと思ってるんですか……)
 偏に、自分のせいなだけに雪乃を攻めるわけにもいかないのが悲しい所だった。
「だ、だから……紺崎くんはもっと私と頻繁に会う事! ……いいわね?」
「よ、良くないですよ! そんな……しょっちゅう先生と会ってたら……ますます悪化するか、我慢しすぎで俺が壊れちゃいますよ!」
 本当は真央や由梨子とも会わねばならないからそんな暇はない、と言いたい所なのだが、そんな事言える筈もなく。
「そ、そうね……確かに、我慢のしすぎは良くないわ……。特に、紺崎くんって……我慢した後、爆発しちゃうタイプみたいだし……」
「え、えぇ……その通りです。だから、本当に先生とはもう――」
「じゃ、あ……その時は……私に言って。…………させて、あげるから」
「……え?」
 疑問符と共に雪乃の顔を見ると、ぷいと。頬を染めて視線を逸らされてしまう。
「こ、紺崎くんが……どうしても我慢出来ない時は……中出し、させてあげるって……言ってるのっ」
「……先生、自分が何を言っているか解ってますか?」
「っっっ……! わ、解ってるわよ! 非常識な事を言ってる事くらい! でも、そうしないと……紺崎くんが性犯罪者になっちゃうかもしれないじゃない!」
 酷い言われようだった。
「言っておくけど、紺崎くん……私以外の女の子に“あんな事”したら速攻で逃げられるか、警察に駆け込まれるかのどちらかよ?」
 いえ、案外そうでもないんですよ?――と言いたかった。
「も、勿論……いつも、中出しさせてあげるわけじゃないからね? 紺崎くんがどうしても我慢できないって時だけ……仕方なく、させてあげるんだから」
「……それって、まるで――」
 中出しして欲しいのは雪乃の方ではないか、と思ってしまう。少し前までは“中出しはダメ、絶対”的なスローガンを掲げ、あれほど嫌がってしたというのに。
「いい? 本当の本当に我慢できなくなった時だけよ?」
 雪乃が言葉を重ねれば重ねるほど、説得力が失せていくのを月彦は感じた。
「でも……我慢が出来なくなったら、すぐに言うのよ? べ、……べつに……休日とか、平日とかは、気にしなくてもいいんだから。夜中にいきなり、とかでも……いいんだからね?」
「……先生、そんなに妊娠したいんですか?」
「そんなわけないじゃない! 私はっっ……紺崎くんの為を思って……!」
 雪乃は顔を真っ赤にして怒るが、どう見ても“嘘”を通す為の過剰な演技にしか見えない。
「先生、俺の為を思うんでしたら……“我慢できなくなったら〜”なんて甘やかさないで、殴りつけてでも危険日の中出しはさせないでください。本当に、切実にお願いします」
「……わ、解ったわよ…………危険日の時は、紺崎くんを殴って、止めればいいのね?」
 しかし、雪乃の返事は――不満をありありと残しているような口調。
(……先生、きちんと俺の目を見て言ってくださいよ……)
 何とも頼りない。が、最も頼りないのは己の理性だ。
(一体……どうすりゃいいんだ……)
 禅寺に入ることを真剣に考える段階が来たのかもしれない。いつになく、月彦は落ち込むのだった。

 “いろんな意味での後始末”を終えて、帰路についたのが午後七時過ぎ。高速のサービスエリアで朝食兼昼食兼夕食をとり、自宅の近くにまで帰り着いたのは九時を回ろうとしている頃だった。
「本当にここでいいの?」
「はい。……今日は、本当にすみませんでした」
「……いいのよ。紺崎くんとデートをするからには、覚悟の上だわ」
 一体どのような覚悟なのだろう。想像をするのも恐かった。
「とにかく、もうちょっと加減してくれないと…………事故っちゃったりしたら、紺崎くんだって困るでしょう?」
「も、勿論です……次からは、自重します」
 帰り道の途中、何度も車線を外れそうになったり、ブレーキが遅れたりという危うい状況に陥ったのだ。雪乃曰く「頭がボーッとして、足に力が入らない」のだそうだが、そんな状況でよく無事に帰ってこれたものだ。
「じゃあね、紺崎くん……私も、早く帰って、シャワー浴びてきちんと寝なきゃ……ああ、薬も飲まないと……」
「は、はい……本当にすみませんでした。……今日は、ゆっくり休んで下さい」
「紺崎くんもね」
 既に半分寝こけているような声を出しながら車を発進させる雪乃を手を振って見送り、さてと、と踵を返す。
(……これからが正念場だ)
 雪乃にあえて自宅前ではなく――近所の建設現場前で下ろしてもらったのには当然理由があった。
 まず月彦は剥き出しの土の上にイノシシの如く転がり、全身を土で汚した。次に、落ちていた釘で服に無数のかぎ裂きを作り、さらには袖口を力任せに破った。
(傷も……少しは無いと……)
 勇気を振り絞って二、三カ所の擦過傷を作り、漸く下ごしらえは終了。
(後は……!)
 手頃な距離をジョギングしながら、杖になりそうな木の枝を一本失敬。ほどよく息が切れた所で、漸く自宅へと向かった。
 まずは、こっそり庭の方へと向かい、縁側の庭木の根本に“土産”を埋めて隠す。勿論これは後日頃合いを見て掘り出すのだが、とにかく手に持ったまま玄関へ入っていくわけにはいかない。
 そう、月彦の想像が正しければ。
(ええい……ままよ……!)
 不安と緊張に胸を高鳴らせながら玄関のドアを開ける――意外にも、明かりは灯っていなかった。
「おかえり、父さま」
 しかし、闇の中、キラリと光る目が、月彦の推測が決して杞憂ではなかったことを示していた。
(やっぱり、待っていたか……真央……)
 玄関先で、灯りも点けず――膝を抱え込むようにして。一体いつからそうしていたのか、想像するのが恐かった。
「友達とのハイキング、ずいぶん楽しかったんだね。私、泊まるなんて聞いてなかったよ?」
「……ッ、すまない、真央……もっと、早く帰る予定だったんだが……」
 今にも死にそうな声を出しながら、月彦はふらふらと玄関内に足を進め、そして記憶を頼りに明かりのスイッチを押す。
 そして、真央に見せる。自分の惨状を。
「と、父さま……!?」
 明らかにぶすーっと拗ねていた真央が、咄嗟に目を見開き、悲鳴を上げる。
「どうしたの、父さま……こんなに、怪我して……」
 予め切れ目を仕込んでおいた杖に体重をかけ、慌てて駆け寄ってきた真央の胸の中に、月彦はドンピシャのタイミングで倒れ込み、キメの一言。
「……熊に、襲われた」
 こうしてまた一つ、月彦の言い訳ノートに使用済みを示すペケマークが増えたのだった


 

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