居酒屋に呼び出された時から、嫌な予感はしていた。そして、当然のようにその予感は当たってしまった。
「……で、そこで言ってやったのよ。あたしと結婚したかったら貯金五千万用意しろって。そしたらそいつ、どうしたと思う?」
 酒気帯びの顔でケタケタと笑う対面席の女とは対照的に、雪乃はどちらかといえば仏頂面でちびちびとジョッキに口を付ける。
 いきつけ――という程には足を運んでいない店だが、酒もつまみもそれなりに美味しく、普段ならば普通に楽しめる場所の筈だった。
 しかし。
「さぁ……さすがに引いたんじゃないの?」
「そう思うでしょ? でもね、そいつ……親が山もってんのよ。大地主って奴? それで親に泣きついたみたいでね〜、用意してきたのよ、五千万」
「ふーん……」
 雪乃は半ば以上うんざりした声を出しながら生返事。しかし相手はそんな事などお構いなしに話を続ける。
「さすがにちょーっとだけ心が動いたんだけどね〜、そいつ顔も学歴も悪くなかったんだけど、ほら……あっちのほうがすっごい淡泊でさぁ。なんていうの……欲求不満? ああこりゃ絶対愛想尽きるな〜って思ったワケ。だから結局捨てちゃった」
  きっと遠回しにこう言いたいのだろう。男は、自分に五千万以上の価値をつけた――しかし自分はそれに満足するような安い女ではない、と。そしてそれを暗に自慢しているのだ。
 そういう女なのだ、この矢紗美(やざみ)という女は。
 確かに顔立ちは悪くない。くりくりとした猫目と、ウェーブがかった黒髪、そして何より時折口の端から覗く八重歯が、どことなく猫を彷彿とさせる。
 背は女性にしても低い方だから、雪乃と並べばそれこそ大人と中学生のように見えてしまう。
 とはいえ、出るところはしっかり出たその体躯は紛れもなく大人のそれであるのだが。
「あーっ……ごめんね〜、雪乃。ついつい私ばっかりしゃべっちゃって」
 そして、年を考えろと言いたくなる様な――可愛らしいと、本人は思っているのだろう――仕草でてへっ、と舌を出して自分の頭をこつんと小突く。
「せっかく会ったんだから、雪乃からも聞かせてよ。“男”の話」
 やっぱりそう来たか――雪乃は内心うんざりする。矢紗美が酒を飲みに行こうと誘って来たときは大抵男の愚痴か、のろけ話を聞かされ、そして最後に“今度はあたしが聞く番だから”と雪乃に促してくるのだ。
「雪乃ってさぁ、自分からはその手の話全然振ってこないじゃない。真面目な恋愛がしたい〜っていう言い分も解るけど、たまにはハメを外さないと人生息苦しくなっちゃうよ?」
 矢紗美はニヤニヤと、まるで鼠をいたぶる猫のように笑う。そう、これもいつもの事だ。雪乃に“男”など居ない事を見越した上で、あえてそうやって嬲るのだ。
 だから、雪乃は今日の誘いが来たときに、決心をした。
「……私、彼氏出来たよ」
 ジョッキに残ったビールをくいと飲み干し、テーブルに叩きつけると同時にしたり顔で言い放つ。
「えっ……」
 と、目を丸くした矢紗美の顔は、雪乃にとって愉快痛快以外の何者でもなかった。
「良く聞こえなかったんだけど、雪乃……なんて言ったの?」
「彼が出来た。そう言ったの」
 今度は雪乃がニヤニヤと微笑を浮かべる番だった。言葉を失っている矢紗美を尻目に、店員を呼んで追加のビールを注文する。
「まさか」
「本当よ」
「年上? 年下?」
「…………年下」
「職場の同僚?」
「……違うわ」
「じゃあ、どういう関係?」
「…………」
 雪乃は答えに窮した。いくら矢紗美に対して見栄を張るためとはいえ、さすがに教え子――とは、言えない。
「………………大学の後輩」
 雪乃は、ちょっとだけ嘘をつくことにした。
「へぇ……なんて名前?」
「そこまで言う必要は無いんじゃない?」
 些か呂律の怪しい言葉遣いでそう返して、店員からジョッキを受け取る。入店して既に二時間強、酒も良い具合に回っていた。
「ふーん……まあいいけど。……で、どこまで行ったの?」
「どこまでって?」
「もう寝たの?」
 ぶっ、と危うくビールを吹きそうになるも、雪乃は堪える。
「…………まあ、それなりに、ね」
「それなりじゃわからないわ。ねえ、教えてよ」
 いつになく執拗に矢紗美が食い下がってくる。雪乃は酔いと、そして奇妙な優越感から、普段なら恐らく言わなかったであろう言葉をほろりと漏らしてしまう。
「……寝たわ」
「……っ!」
 瞬間、矢紗美が猫騙しを喰らったような顔をする。半分酩酊状態だった雪乃は、その目の奥に一瞬だけ、暗い光りが灯るのを見逃した。
「別に“彼”との事なんて、いちいち人に言う程の事じゃ無いと思って言わなかったんだけどね」
 ささやかな反撃。今まで、長いこと独り身であることを詰られ続けた、その腹いせをここに来て一気に返すべく、酒を含んだ雪乃の口はさらに舌を滑らかにする。
「エッチの時なんて淡泊な誰かさんと違って、もう殆どケダモノ同然なんだから。気を失うまで止めてくれないなんて事もザラだし」
 酒と、長い間味わった屈辱が、普段の雪乃ならば絶対に口にしないような言葉を吐かせる。
「勿論、普段はそんな事ないんだけど。彼、どっちかっていうと甘えん坊だし。週末なんて、いっつも一緒に居たいって言われて、ほら……私もいろいろ予定があるけど、そんな風に甘えられたら断り切れないじゃない? だから結局彼の我が儘聞いちゃって、二人きりの時なんてしょっちゅうキスして、膝枕してあげたり、一緒にお風呂入ったりしてさ。……そりゃあ、色々思う事もあるけど、そこをぐっと飲み込んであげるのが年上の努めじゃない?」
 事実が、“雪乃の理想”によって幾分曲げられた形でのノロケ話を、矢紗美は無言で、面白くもなさそうに聞き続ける。
「まあほら、私はそういう風に充実した恋愛をしてるから。正直、お金持ってるかどうかなんて小さな事どうでもいいって思っちゃうわ。あっ、でもこれはあくまで私の価値観での話だから、気にしないでね」
 価値観なんて人それぞれだから――と、付け加えて、雪乃はくいとジョッキをあおる。あおりながら、ちらりと矢紗美の顔を見て、その唇が震えているのを確認して内心勝ったとほくそ笑んでいた。
「ねえ、雪乃」
「なに?」
「一度その“彼”に会わせてくれない?」
 にっこり、と矢紗美は満面の笑みを浮かべる。その笑みに雪乃は些か気味の悪いものを感じて、一瞬たじろいでしまう。
「……ど、どうして?」
「嘘くさいから」
 歯にものを着せぬ、バッサリとした口調だった。
「だって、それ……モロあんたの好みのタイプの男じゃない。そんな男が都合良く現れました〜なんて言われて、はいそうですかって言えると思う?」
「う、嘘じゃないわ……だって、紺崎君とは本当に……」
「ふぅん、コンザキ君って言うんだ。名字さえ解っちゃえば、後は大学のほうに問い合わせればそうとう絞り込めるわね」
 ニヤリ、と矢紗美が笑う。まるで弱った小鳥を見つけたようなその笑みに、雪乃はどっと冷や汗が吹き出す。
「わ、解ったわよ! 今度……連れてくればいいんでしょ……」
「無理しなくてもいいのよ、雪乃。独り身が長いとついつい幻想を抱いてしまいたくなるのも解らなくもないわ」
「う、嘘じゃないって言ってるでしょ! いーい、今度の週末明けておいて、絶対連れてくるから!」
 がばっと椅子を倒す勢いで立ち上がり、ばんと雪乃はテーブルを叩く。その剣幕に店員はもとより居酒屋中の客がぎょっと目を剥くが、唯一対面に座っている女だけはひどく落ち着き払っていた。
「……楽しみにしてるわ」
 


 

『キツネツキ』

第十九話

 

 


 
 
「ああ、なんて良い天気なんだ」
 昼休み、家庭科調理室の窓から空を眺めながら、月彦はつい呟いてしまう。
 特になんということのない、程々に雲の交じった青空でさえ、一際輝いて見える今日この頃。
 それは偏に、今から始まる“お楽しみ”への期待で月彦の気分が高揚しているからであった。
(……真央には悪いけど)
 結局、真央はなんだかんだで風邪を拗らせ、今日も学校を休んでいた。拗らせた、とは言うものの、特別酷いわけではなく、微熱と咳とくしゃみがいつまでも治らなないのだ。
 とはいえ、真央を普通の病院につれていっていいものかどうか月彦には判断が付かず、結局自宅療養に徹するしかないという状態なのだ。唯一相談できそうな真狐はといえば、最近めっきり顔を出さないから、月彦には本当に打つ手がない。
(……案外、盗みでも働いて捕まってたりして)
 なんだかんだで娘のピンチには駆けつける奴なだけに、そういう事もあるかもしれないなぁ……と漠然と考えながら、月彦はうきうきと調理室の中を歩き回る。と、不意にそのドアが開いた。
「由梨ちゃん!」
「お待たせしました、先輩」
 やや大きめの手提げバッグを持った由梨子が早足に歩いてきて、まるで百年会えなかった恋人同士のようにひしっ、と抱き合う。
「……ちょっと、教室を抜けるのに手間取っちゃって」
「うんうん、俺も今来たばっかりだから」
 月彦はぎゅう、と由梨子を抱きしめながらその髪を撫でる。
 鬼の居ぬ間に――ではないが、真央が学校を休んでいる今ならば、由梨子と共に和みながら昼食を取るのも可能ではないか。そう思って、予め示し合わせて待ち合わせていたのだ。
(……勿論、真央が学校に来てても出来なくはないだろうけど)
 あの独特の勘の良さで嗅ぎつけられるかもしれない――その恐怖が、今まで月彦に二の足を踏ませていた。しかし如何に真央の勘が鋭くても、学校に居なければ邪魔をすることも無いだろう。
 ちなみに、場所を家庭科調理室にしたのは由梨子のアイディアだった。そしてその目論見通り、調理室は無人で人が来る気配すらも無かった。
 二人、調理室の隅に――由梨子が持参した――小さなシートを敷き、まるでちょっとしたピクニックのようにそこに座る。
「先輩と一緒のお昼ですから、ちょっと今日は頑張っちゃいました」
 と、由梨子が手提げバッグから取り出したのは重箱のような弁当箱だった。三段重ねのそれは一段目がオニギリ、二段目がおかず、三段目がデザートとなっていた。
「こ、これは……由梨ちゃん、一体今朝何時に起きたの?」
 おにぎりは兎も角として、おかずの段が凄まじかった。手製のコロッケや海老フライに始まり、ミニハンバーグに焼きウインナー、きんぴらゴボウにひじきの煮付け、豚の角煮やら刻んだホウレンソウの交じった卵焼きやらと、軽く10種類を越える品揃えなのだ。
「大丈夫です。武士の朝練で、早起きには慣れてますから」
 と、微笑む由梨子の顔は些か眠そうに見えた。恐らく、五時前には準備に入ったのではないかと、月彦は何となく推測する。
「それに、角煮とデザートは昨夜の内に準備しておきましたし……私、簡単な料理しか出来ませんから、数で誤魔化しただけなんです」
「いやいや、十分過ぎるよ。由梨ちゃんありがとう」
 朝飯を少なめにして腹を減らしておいた甲斐があったと、月彦は己の先見に感謝をする。
「あと、サラダとか酢の物とかも用意してきたんですけど……先輩、こういうの食べますか?」
 と、由梨子が別のパックを二個取り出し、蓋を開ける。中には片方がポテトサラダと千切りキャベツ、茹でたブロッコリー等々、もう片方が春雨に海藻と細かく刻んだハムとキュウリをあえた酢の物が入っていた。
「勿論、由梨ちゃんが作ってくれたものなら何でも」
「良かった……そうそう、一応クッキーも作ってきたんです」
 さらにごそごそとバッグを漁る由梨子に、さすがに月彦は口元を引きつらせる。
「ちょ、ちょっと由梨ちゃん! いくらなんでもそんなには食べられないって!」
 既に重箱だけで家族でピクニックが出来る程の量があるのだ。そこへさらにポテトサラダと酢の物、クッキーまで出されてはさすがの月彦も食べられる自信が無かった。
「えっ、あ……す、すみません! 私……先輩に誘ってもらえて凄く嬉しくて……つ、作りすぎ、ですよね」
 しゅん、と由梨子は肩を縮こまらせる。そんな様子を見せられては、男として――胃が張り裂けても完食せざるを得ないではないか。
「ま、まぁ……由梨ちゃんと二人で食べるんだし、これくらい量があったほうがいいかな、うん」
 由梨子から箸をつけとり、いただきますっ、と声を上げてから月彦は早速食べ始める。おかずの一つ一つを噛みしめ、味わいながらおにぎりにかじりつき、時折酢の物、サラダなどにも手を出す形で瞬く間に1/3程を食べきってしまう。
 そこではたと、月彦は気がついた。由梨子が箸を置いたまま、全く食べていないのだ。
「どうしたの? 由梨ちゃん」
「えっ……?」
 まるで月彦が食べるのに完全に見入っていたかのような声だった。
「全然箸が進んでないみたいだけど……」
「あっ……そ、う……ですね。……じゃあ、いただきます……」
 と、ちょこちょこと箸を使い始めるも、やはり女の子だからなのか。病気の小鳥くらいの量しか由梨子は食べない。
「……ごちそうさまでした」
「早っ!」
 と、月彦が思わず声を荒げてしまうほどに由梨子の食事は早かった。
「だめだよ、由梨ちゃん。もっと食べないと!」
「すみません、最近……あんまり食欲が無くて――」
 そこまで言って、ハッと、由梨子も月彦の危惧に気がついたのか、慌てて笑顔を取り繕う。
「ち、違うんです! ちょっと、その……最近気になる事が……」
「気になること?」
 あっ、と。まるで失言でもしてしまったかのように由梨子はいきなり口を閉ざす。
「由梨ちゃん、無理にとは言わないけど、話してくれたら……俺も出来る限り力になるよ」
「……でも…………」
 由梨子は不安げに視線を落とす。箸を置いた手が腹部の辺りに宛われていて、そのままぎゅっ……と制服のセーターを握りしめる。
「……先輩、この間の、事なんですけど……」
「この間――」
 見舞いの時の事かな、と月彦は記憶を探る。
「あ、あの後……」
 そこまで言って、由梨子は言葉を詰まらせてしまう。言おう、とする度に空気ばかりが抜けて声にならない。そんな感じだ。
「由梨ちゃん、言って。この間の事なら、俺も無関係じゃないだろうし」
「……っ……あの、後……」
 ぎゅっ、と由梨子が唇を噛み、そして漸く言葉を続ける。
「また、武士の帰りが遅くて……………ここのところ、ずっとなんです。それが、ちょっと心配で………」
「……武士君の事か…………」
 なるほど、確かにそれは心配かもしれないと月彦は納得する。
「確か、部活に入ってるんだったよね。大会が近くて、居残り練習をしてるとかじゃないの?」
「そう……だといいんですけど」
「武士君には直接聞いてみた?」
「いえ、まだ…………そうですね。……今度、聞いてみることにします」
「うん、それが良いよ」
 これにて一件落着、とばかりに月彦は頷き、弁当の残りに取りかかる。由梨子も少しは気が楽になったのか、ちょこちょこと箸を動かして気がつけば残りはデザートだけになっていた。
(………意外に食えるもんだな)
 月彦は己の鉄の胃袋に些か感心せざるを得なかった。由梨子が用意した弁当はどう見ても二〜三人前はあったのだが、気がつけば八割以上一人で食べているという有様。
(そしてデザートは………)
 見るに、どうやら様々な果物を寒天で固めたもののようだった。果物の甘さがさっぱりとした寒天の口当たりで見事に緩和され、デザート特有のあの甘ったるさが無くほどよく満腹感を得ることが出来た。
 最後の締め、とばかりに魔法瓶から熱いお茶を注いでもらい、ふう、と一息をつく。
「もー食えない。ごちそうさま、由梨ちゃん」
「はい、ごちそうさまでした」
 由梨子は空になった重箱をてきぱきと仕舞い、バッグの中に戻していく。そして一通り片付けが終わるや、月彦の横にぴたりと座り、遠慮がちにもたれ掛かってくる。月彦は苦笑して、由梨子の腰に手を回し、ぐいと抱き寄せる。
「あっ……」
 結果、バランスを崩すような形で、由梨子は月彦にもたれ掛かる。
「由梨ちゃん、遠慮なんかしなくていいよ」
「は、はい……ぁっ……!」
 由梨子を抱き寄せるや、その髪に月彦も顔を寄せ、くんくんと鼻を鳴らす。
(………由梨ちゃんって、なんでこんなに良い匂いがするんだろう)
 香水とは違う。下半身に直に来る真央のフェロモンとも違う、なんとも安らぐ香りだった。
(由梨ちゃんみたいな子を癒し系って言うのかもしれない……)
 由梨子を抱きしめながら、月彦はくんくんと犬のように鼻を鳴らす。当の由梨子自身はといえば、ただただ赤面して固まっている。
「あ、あの……先輩?」
「ごめん、由梨ちゃん。……こうしてると、すごく安らぐんだ」
「そ、そう……なんですか?」
 だったらしょうがないとでも思ったのか、由梨子はさしたる抵抗もせず、月彦にされるがままになる。
(確かに……気は安らぐんだけど……)
 それとは別に、ムラムラと体の奥底からこみ上げてくるものがあるのも事実だった。そう、過剰摂取した栄養の分の仕事をしようと、体が――主に下半身が――疼いているのだ。
「ぁっ……んっ……先輩……」
 半ば無意識的に、月彦は由梨子の胸に触れる。制服の上に来た学校指定のセーター越しに、やんわりと、揉む。
「ぁっ、ぁっ……ぁっ……!」
 胸を触りながら、同時に耳を唇だけで食む。さらに舌を触れさせて、ぞぞぞっ……と舐め、今度は軽く歯で噛む。
「ぁうっ!」
 びくっ、と由梨子の体が震えるのを腕で感じながら、胸を触っていた手を徐々に下げていく。腹部、スカート、そして太股に。
(今日は……ストッキングじゃないんだよな…………)
 そのことにやや失望しながら、月彦は由梨子の太股をなで回す。無論、そうしている間にも、ちろちろと耳を舐めることは止めない。
「んっ、はっ……せ、先輩……だめっ、ですっ……」
 はっ、はっ……と小刻みに荒い息を吐きながら、由梨子が形だけの抵抗をする。が、無論月彦が止める筈もない。そのまま、スカートの中へと手を入れる。
「やっ……だめっ……んっ……先輩、やめて、下さい…………」
 由梨子の抵抗が、若干強くなる。スカートの中に入った腕を掴み、押しのけようとするかのように力が込められる。
(……いつになく抵抗するなぁ…………)
 とは思ったが、既にギン立ちになりかかっている下半身の勢いは月彦自身にも止められず、由梨子の制止を振り切るように指先が下着に触れる。そして、その下に潜り込もうとしたその刹那。
「やっ……!」
 信じられない程強い力で、どんっ……と、月彦は突き飛ばされた。あまりの勢いにごろりと床に転がり、そのまま後頭部を強打する。
「あっ……先輩、大丈夫ですか?」
「いちち……だ、大丈夫……ちょっと、頭打っただけだから……」
 由梨子に引かれて、月彦は再びシートの上に座り直す。
「ごめん、本当に嫌だったんだね」
「あ、謝るのは私の方です……突き飛ばしたりして、本当にすみません」
「いやいや、確かに学校でああいう事するのは不謹慎だった。由梨ちゃんが謝ることじゃないよ」
「……そういう、わけじゃ…………」
 由梨子は、俄に言葉を濁す。
「ただ、今日は……その、できない日なんです。それに……もう時間も無いですから」
「そっか、そこまで頭が回らなかった……ごめん、由梨ちゃん」
 確かに、由梨子の言う通りだった。調理室の時計に眼をやると、確かに昼休みの残り時間は十分あるかないか。出来ないことは無いが、かなりおざなりな事になってしまうだろう。
「……っ…………すみません、私、そろそろ教室戻りますね」
 えっ、もう?――と、言いたい所だった。しかし、嫌がる由梨子に無理に迫ってしまったという負い目が、月彦にぐっと言葉を飲み込ませた。
「うん、じゃあ俺も教室に戻るよ」
 シートをたたむのを手伝って、月彦も一緒に調理室の出口に向かう。
「そうそう、由梨ちゃん。武士君の事だけど」
「……はい?」
「もしさ、なんか……拗れる事があったら、俺から話してみたもいいよ。……一応、面識はあるし、中学生の男の子の心理とか、多分俺の方が詳しいからさ」
「……そうですね。もしそうなったら、その時は……先輩にお願いするかもしれません」
 失礼します――そう断って、由梨子は調理室から出て行く。その時の横顔が、妙に思い詰めているように見えて、月彦は俄に首を傾げてしまう。
「……気になることって、本当に武士君の事なのかな」
 勿論、独り言に答える声などあるはずもない。


 何となく釈然としないまま午後の授業とHRを終え、月彦はいそいそと教室を出た。些かばつが悪い思いはしてしまったものの、だからといって折角由梨子と一緒に下校をするチャンスをフイにするわけにもいかない。
(でも、今日は早めに帰るかなぁ……)
 さすがの月彦も、真央にもちゃんと構ってやらねばという意識が芽生え始める。邪険にしているわけではないが、由梨子とこっそり会ったりしている分、真央に対して罪悪感が沸いているのも事実だった。
(さてと、由梨ちゃんのクラスはもう終わってると思うけど……)
 昼休みがあんな別れ方だったから、きちんと一緒に帰ろうと示し合わせることが出来なかった。しかし由梨子ならばきっと――そして多分裏門で――待っていてくれるだろうと月彦は信じていた。
(……次からはちゃんと、由梨ちゃんの体の事も考えないとなぁ…………)
 普段、やり放題中出しし放題の真央で慣れているせいで、ついついそういった相手の体を気遣うということをしそびれてしまう。これは改めるべきだ云々、と思いながら廊下を歩いていると、なにやら不吉な足音が近づいてきた。
「紺崎君」
 その声にびくり、と月彦は体の動きを止める。
(何故なんだろう……)
 自分は雪乃の事は別段嫌いではなければ、どちらかといえば好きな部類の筈なのに。それなのに、声をかけられる度に“厄介な事になりそうだ”という予感を懐いてしまうのは何故なのだろう。
「ちょっといい?」
 良くないです、と言いたくなるのをぐっと堪えて、月彦はしぶしぶ振り返る。
「……なんですか?」
「紺崎君、このあと暇?」
「いえ……暇じゃないです」
「私も今日は早く帰れそうなの。良かったら、何か食べにいかない? 奢るから」
 暇じゃない、と言っているのに。雪乃は聞いちゃいない様子。
「遠慮します。お腹は空いてないんで」
「そう……じゃあ、ちょっとドライブでも行かない?」
「それも今日は遠慮しておきます」
 にべもなく断ると、むぅ……と雪乃が僅かに不満そうな顔をする。
「少し話をするだけ、それもダメ?」
「すみません、友達を待たせてるんで……今日は勘弁してください」
 じゃあ、と踵を返そうとすると、不意にぽつりと、雪乃が呟いた。
「……早引き容認してあげたのに」
 うぐ、と月彦の足が止まる。
「……先生、今……それを持ってきますか」
「じゃあ、私からも言わせてもらうわ。紺崎君は友達と私、どっちが大切なの?」
 そんな“彼女から投げかけられて困る質問”の代表みたいな言葉を吐かれて、月彦は答えに窮してしまう。
「……今日は、友達です。すみません」
「ふぅん……そんなに大切な友達なんだ」
 嫉妬、不満、怒り――そういったものがあわさった眼でジトリと見られる。月彦はチクチクと胸に痛みを感じながらも、場を円満に収めるには多少の嘘は仕方ないのだと己を説得する。
「そ、そういうわけですから……また今度誘って下さい」
「……“次”は絶対付き合ってくれる?」
「……努力します」
 じゃあ、と月彦は別れの挨拶を手短に済ませて、裏門へと急ぐ。しかし、その背後からかつこつと不吉な足音までもがついてきて、十歩と歩かずに月彦は立ち止まった。
「先生、どうしてついてくるんですか!」
「心外ね。たまたま紺崎君と進む方向が同じなだけよ」
 にっこり、と作り笑顔で笑われて、月彦はたじろいでしまう。
(もし、裏門までついてこられたら……)
 由梨子と雪乃が鉢合わせしてしまったら――最悪の事態を想像して、月彦は俄に青ざめる。
「……先生、話って何ですか?」
「あら、友達と帰るんじゃなかったのかしら」
「少しくらいなら、待たせても大丈夫かもしれません」
「……ふぅん、そんなに“友達”と私を会わせたくないんだ。……その友達って、もしかして女の子?」
 ぎくぅっ。
 ジト眼の雪乃の言葉に月彦は心臓を跳ねさせる。
「そ、そんなわけないじゃないですか!」
「そうよね。“俺は先生一筋です”って誓ってくれたものね。私、信じてるから」
 作り物だが、菩薩のような笑み。ううう、と月彦は胸を押さえながら呻き声を漏らしてしまう。
「わ、わかりました……食事でも何でも付き合いますから、もう許して下さい」
「いいのよ、別に。気を遣わなくて。嫌々付き合ってもらってもしょうがないし」
 ぷいっ、と雪乃はそっぽを向く。
(こ、この人はっっ――)
 月彦は百はゆうに超える言いたいことをぐっと堪えて、何とか雪乃の機嫌をとる術を模索する。
 が、意外にも。
「ま、紺崎君本当に困ってるみたいだし、今日の所は引き下がってあげる。……でもその代わり、一つだけ約束してくれない?」
「な、何ですか……?」
 一体どんな無理難題を言われるのだろう、と月彦はビクつきながら尋ね返す。
「今度の週末、私と一緒に夕飯を食べに行く事。これを約束してくれたら、もう今日は何も言わないわ」
「え……」
 しかし、雪乃の提示した条件はあまりにも――月彦が想像した条件に比べて――あっさりとしたものだった。
(土日付き合えとか、家に遊びに行ってもいいかとか、そういうんじゃないんだ……)
 それくらいならいいかな――と、月彦はつい気を許してしまう。
「夕飯だけ……ですよね?」
「うん、約束してくれる?」
「解りました。金曜の夜……でいいんですか?」
「そう。ちゃんと予定空けといてね」
 どうやら夕飯の件を月彦が承諾した事で、雪乃の機嫌も治った様だった。
「じゃあね、紺崎君。買い食い、夜遊びも程々にしなきゃだめよ?」
 ばいばいと手を振って、雪乃が職員室へと戻っていく。月彦はとりあえずため息を一つついて、昇降口へと歩き出した。
(……まあ、夕飯くらいなら)
 無論、悪魔の罠にかかった自覚など、微塵もあるはずがなかった。


 由梨子は、やはり裏門で待っていた。月彦が声をかけるなり、満面の笑みと、そして一瞬何かを躊躇うようなそぶりをみせるも、それはすぐに消えた。
「由梨ちゃん……何か、隠し事してない?」
 帰り道、月彦は尋ねてみた。
「どうしてですか?」
「何か……様子が変だからさ」
「……ちょっと、貧血気味ですから。私、あの時はいっつもそうなっちゃうんです」
 確かに由梨子は血の気が少なそうだ、と納得しかけるもやはり月彦は釈然としない。
(……由梨ちゃん、結構一人で抱え込んじゃう子だからなぁ)
 由梨子に言う気がないのならば、自分が見破って気づいてやるしかない。そう思って、月彦はさりげなく会話の中に誘導尋問を混ぜたりしてみたものの、結局その日、由梨子と別れるまでその原因が分からなかった。
 
 由梨子の家に寄ったにしては、異例の早さ――とも言える六時前の帰宅。しかし、我が家の五十メートルほど手前で、月彦はあんぐりと口をあけた。
「なんだありゃ……」
 見れば、自宅の二階の窓――丁度月彦の部屋の窓からもくもくと煙が上がっているのだ。
(まさか、火事――!)
 月彦は慌てて駆け出し、玄関に駆け込んだ。
「お帰りなさい。どうしたの? 血相変えて……」
 しかし、玄関で月彦を迎えた葛葉の顔はいつも通り、むしろ月彦の様子を見てきょとんと首を傾げる始末だ。
「どうしたの、じゃないって! 二階、俺の部屋から煙が出てる」
「まあ大変。真央ちゃんが何かやってるのかしら」
「真央が……?」
 胸騒ぎを覚えながら、月彦は二階へと駆け上がる。階段を上がりきった辺りで、今度はつーんと、刺激臭が鼻を劈いてくる。
「真央!」
 ばむっ、とドアを開けるなり、月彦はぎょっと目を剥いた。
「あっ、父さま……お帰りぃい……ケホ、ケホ……」
 パジャマの上からピンクのカーディガン。そして口にはマスクという出で立ちの真央が、なにやらごりごりとすりこ木を動かしていた。すり鉢の中を覗き込むと、黒褐色のねっとりとしたもので満ちていて、どうやら刺激臭の元はそれのようだった。
「まっててね〜……もうすぐ、お薬出来るから…………」
 眼も虚ろに、真央はごそごそと黒蜥蜴の干物をどこからともなく取り出し、すり鉢の中へと放り込む。そしてまた、ごりごりとそれをすりつぶしていく。
「なっ、バカ! 薬なんかより安静に寝る方が先だ!」
 月彦はすぐさま真央の手からすりこぎを取り上げ、体を抱え上げてベッドに戻す。
「待てよ……そういや煙は……」
 すり鉢からは煙は出ていなかった。となれば、何か煙を出しているものがあるはずだ――と月彦は室内を見回し、そしてその元凶を見つけた。
 勉強机の上に置かれた小さな三脚台。その上で紫色の液体の入った三角フラスコがアルコールランプにあぶられていて、こぽこぽと沸騰していた。フラスコの口までは無色透明なその気体が口から出るや、いきなり黒紫色の煙に変じてもくもくと窓から立ち上っていたのだ。
「一体どこからこんなモンを……ってうぁちぃ!」
 月彦は三角フラスコを火からどけようとして直手で握ってしまい、悲鳴を上げて窓の外に放り出す。三角フラスコは瓦の上に落ちるなりがしゃんと割れ、さらにぶちまけられた液体がしゅうしゅうと煙を上げて2,3枚の瓦を道連れに蒸発してしまう。
「ケホッ……ケホッ……後は……混ぜるだけだったのに……」
「……こんなモン飲んだら死んじまうぞ。頼むから大人しく寝ててくれ、真央」
 アルコールランプの火を消して、はあ……と月彦はため息をつく。
「だって……風邪、早く治したいんだもん」
 ぷいと、まるで子供のような――実際真央は子供なのだが――言いぐさ。
「……父さま一人にしたら……すぐ浮気するし」
 真央がぽつりと漏らした一言に、月彦はぎくりと胸を弾ませる。
「ば、バカだな……真央。俺が真央を放って、浮気なんかするわけないだろ? 今日だってこんなに急いで帰ってきてやったんじゃないか」
 へそを曲げてしまった真央をあやすように、月彦はベッドに座ってよしよしと髪を撫でる。
(……今日だけで、俺はいったいいくつ嘘をついたんだろう)
 ずきん、と良心の呵責に月彦は胸を痛める。
(でも、本当のことを言ったら……もっと酷いことになる気がする……)
 故に、月彦は嘘をつき続けねばならないのだった。



 真央の風邪も週末にはさすがに快方へと向かい、週明けには学校に行けるだろうということにはなったものの、月彦は素直に喜べなかった。
(……真央の病気が治ったら、由梨ちゃんとの和みタイムが無くなってしまう)
 相変わらず、時折物憂げな表情を見せる由梨子に気を揉むが、依然その原因が分からないままとうとう金曜日の夕方を迎えてしまう。
 さて今日も由梨ちゃんと帰るか――と月彦が教室を出た所で、またしても背後から不吉な足音が忍び寄ってきた。
「紺崎君」
 その声を聞くまで、月彦は数日前に己が交わした約束の事など記憶の片隅にも留めていなかった。
「約束、ちゃんと覚えてる?」
「も、もちろんですよ!」
 月彦は振り返りながら、慌てて返事を返す。
「そう、ならいいんだけど。……六時に紺崎君ちに迎えにいくけど、それでいい?」
「え……と、家に直はまずいんで、なんなら俺が先生のマンションまで行きますよ」
「遠慮なんかしなくていいのよ? 車ならすぐの距離なんだし」
「いえ、遠慮じゃなくて……ほら、もし親とかに見られたら、変に思われるかもしれないじゃないですか」
 無論、月彦が一番危惧しているのは葛葉ではなく、真央に見られる事なのだが。
「……まあ、紺崎君がそう言うなら。じゃあ、六時にマンションの前に車出しておくから、ちゃんと来てね?」
「わかりました」
「ああ、そうそう……ちゃんと一度家に帰って、着替えてから来てね。…………出来るだけ大人っぽい格好がいいわ」
「大人っぽい格好……ですか?」
「ちょっとワケアリなの。詳しくは車の中で話すわ」
「はあ……わかりました」
 釈然とはしないものの、雪乃がわざわざ夕食を食べにいこうというのだから“何か”あるのだろうと適当に納得する。
(でも、そうそう酷い事にはならないさ……)
 言わずもがな、その予想は甘かったと後で後悔する事になるのだが。



 由梨子と共に帰りはしたものの、その日も部屋には上がらず、宮本邸の前で由梨子とは別れた。
(さて、と……次は先生か……)
 なんだか最近、自分の時間というものが全然持てないなぁ……と、うっかり口にでもしようものなら不特定多数の男性に闇討ちにされそうな事を思いながら、月彦はとぼとぼと家路につく。
(大人っぽい服なんて……持ってたかな……)
 所持していた服のレパートリーを思い出しながら、月彦はうーんと首を捻る。元々、そんなに着飾らないたちなだけに、そのレパートリーすらも決して豊富ではないのだ。
(まあ、いいか。適当で)
 今更新しい服を買いに行く時間も、金も無いのだ。ならしょうがない、と月彦はのんびりと帰る事にした。
「ただいまーっ」
「あら、お帰りなさい。丁度よかったわ」
 ドアを開けるなり、紙袋を手にした葛葉がぱたぱたと駆けてくる。
「月彦、ちょっとこれ着てみてくれる?」
 葛葉がいそいそと紙袋から取り出したのは男物のセーターやカジュアル・パンツだった。
「えっ……」
 と、月彦が疑問符を漏らしてしまうのも当然だった。真央の分なら兎も角、月彦の服を葛葉が買ってくる事など非常に希だったからだ。
「今日、デパートで冬物セールやってたの。すごく安かったから、つい買っちゃった」
 と、まるで二十台の新妻のように笑う葛葉に月彦はひきつった笑みを返しながら紙袋を受け取る。
(でも、まさかこんなタイミングで……)
 いくらなんでも出来すぎだ――と考えてしまう。まさか雪乃と葛葉は通じているのでは――そんな疑念すら沸く。
(いや、それこそあり得ない……)
 何処の世界に、息子と女教師の関係を影から援助する母親が居るというのだろう。第一、葛葉と雪乃は面識も無いはずだ。
(てことは……偶然――なのか?)
 にしては、やはり出来すぎている。かといって葛葉と雪乃が通じているとも思えない。仮に通じていたとしても、あの雪乃が「紺崎君に大人っぽい服を買ってあげて」等と頼むだろうか。それとも、葛葉が気を利かせただけなのだろうか。
「ねえ、母さん」
 一人で考えていても答えが出せる筈もなく。月彦は思いきって聞いてみることにした。
「なあに?」
「今日……俺が出かけるって……知ってた?」
「あら、そうなの? じゃあ夕飯は要らなかったかしら」
 と、些か困ったように返す葛葉の顔には、少なくとも演技の様子は微塵もないように見えた。
(勘ぐりすぎ……か……)
 何事に対しても疑り深くなってしまっている己を恥じながら、月彦は母親への感謝の念を新たにする。
「夕飯は友達と食べる事になったんだ。ごめん、朝言えればよかったんだけど」
「あら、そうなの。……じゃあ、お小遣いが要るんじゃない?」
「いや、それは大丈夫。……だと思う」
 答えながら、月彦は財布の中身を思い出す。最近、何かと出費が多くて殆ど空に近かったりする。
 そんな月彦の表情から、葛葉は全てを悟った様だった。
「もう、しょうがないわねぇ。……じゃあ、はい」
 真央ちゃん達には内緒よ、と断ってから、葛葉はエプロンのポケットから一万円札を取り出し、月彦に渡す。
「こんなに!?」
「一体どこに食べに行くのかは解らないけど、一人だけお金が足りない――なんて事になったら恥かいちゃうでしょう?」
「そりゃあ……でも、これはちょっとさすがに多すぎるよ」
「いいから取っておきなさい。お金が要るのは今日だけの事じゃないでしょう?」
 言われてみれば、と月彦は由梨子の事を思い出す。次のデートの時には絶対に、間違いなく時計を買ってあげると約束してしまっていたのだ。
(そのお金をどう捻出するか、確かに悩んでたけど……)
 まさかこんな形で大金が手にはいるとは、夢にも思っていなかった。
(確かに、母さんの申し出は有り難いけど……)
 逆に、至れり尽くせり過ぎて気味が悪い――などと思ってしまう。
「解った。……ありがとう、母さん」
 とはいえ、自分には確かにこの臨時収入が必要であることも事実なわけで、月彦は素直に感謝の気持ちを述べざるを得ない。
(……時間が空いたら、なるべく家事とか手伝わなきゃな…………)
 紙袋を抱えて階段を上がる。――が。
「月彦、待ちなさい」
「うん?」
「着替えるなら、下で着替えた方がいいわよ。……真央ちゃん、さっきまで起きてたから」
 さっきまで起きていた――言い換えれば、今は寝ている、という意味だ。
「今から、出かけるんでしょう?」
「……うん」
 確かに、部屋で着替えて、もし真央が起きたら――面倒な事になるだろう。
 穏便に家を出るには、確かに下で着替えた方が良さそうだった。
「鞄とかは、私が後で部屋に持っていってあげる」
「……ありがとう、母さん」
 葛葉に鞄を手渡し、月彦は一階居間の隅で葛葉が買ってきた洋服に着替える。下は紺のカジュアル・パンツ。上は黒の長袖シャツの上からVネックの灰セーターという出で立ち。虎の子のチョーカーを首にかけて鏡の前に立つと、大学生くらいには見えなくもないかなと思える。
「じゃあ、母さん。行ってくるよ」
「はい、いってらっしゃい。…………気を付けてね」
「うん、解ってる」
「……本当に気を付けるのよ?」
「解ってるって」
 まるで月彦の行く先が蛇の巣か何かであると決めつけているかのように、葛葉はいつになく注意を促してくる。
(確かに、先生は……いろいろ厄介な人だけど)
 基本的に悪い人ではないのだ。そうそう酷い事にはなるまい。最悪、夕食の後グダグダと雪乃の部屋に上がり込むハメになって、そしてなるようになってしまうのが関の山だろう。
 それ以上の事など起こる筈がない。未来を見てきたわけでもないのに、月彦は勝手にそう決めつけてしまっていた。
 そして“天罰”とは、えてして驕り高ぶる人間の元に下されるものだ。まさかその対象が自分になる事など、月彦は夢にも考えていなかった。



 月彦は待ち合わせの時間より十五分ほど早く雪乃のマンションへと着いた。丁度雪乃が地下駐車場から車を出してくる所で、その助手席に素早く乗り込む。
「ふぅん……新しい服ね」
 車に乗るなり、雪乃にまじまじと見られ、月彦は言葉に困ってしまう。
「一応……精一杯大人っぽい服を選んでみたつもりなんですけど」
「うん、これなら多分大丈夫だと思うわ」
 雪乃はご満悦。そしてそのまま車を発進させる。
「それで、夕食って一体何処で食べるんですか?」
「えー……と。……その前に、紺崎君にことわっておかなきゃいけないことがあるの」
「……何ですか?」
 ざわりと、嫌な予感がした。
「紺崎君、大学生って事になってるから」
「……は?」
「私とは大学のサークルで知り合って面識はあったけどその時は進展がなくて、それで最近になって紺崎君がうちの高校に教育実習に来て、それがきっかけで付き合うようになったって事になってるから」
「ちょ、ちょっと先生! いきなり何を言ってるんですか、話がまるで見えないんですけど」
「……話せば、長くなるのよ」
 そして雪乃は漸く、先だっての居酒屋での出来事を月彦に説明した。
「さすがに相手が高校生だなんて言えなかったの。だから、うまく口裏を合わせてね」
「……そんな事、急に言われても。俺、大学の事とかろくに知らないんですよ?」
「大丈夫、私が巧くサポートするから」
「……知りませんよ、ばれても」
 やはり、と言うべきか。雪乃が誘ってくるからには、ただ夕飯を食べるだけでは済まないであろうことは月彦も予想はしていた。
(……つまり、俺は先生の見栄に付き合わされるわけか)
 月彦には、自分の恋人を友人知人に自慢したくなるという感覚が解らないだけに、雪乃が何故そのような大見栄をきってしまったのかが理解しがたかった。
(……まあ、自慢するもなにも、真央や先生との事はおおっぴらに出来ないんだけど)
 唯一由梨子との関係だけは別なのだが、これは真央や雪乃にバレてはまずいという事からやはり公には出来ない。
(紺崎月彦の半分は秘密で出来ています、ってか……)
 我が身の事ながら、苦笑してしまう。その場、その場を真剣に切り抜け、一番良いだろうと思う選択肢を選んできた筈なのに。気がついてみれば見えない鎖でがんじがらめの上、少しずつ底なし沼に沈んでいるような状態。
(いつかは……破綻する)
 それが解っていても、月彦にはどうすることも出来ない。
「そうそう、私のバッグの中に封筒があるから、中を見てくれる?」
「はあ……これですか?」
 月彦は座席の裏に置かれているバッグから茶封筒を取り出し、中に入っていた書類を取り出す。
「……なんです? これ」
「私が出た大学の簡単な見取り図と、教育学部関連の教授の名前、その他諸々の資料よ」
「……それで、俺にこれをどうしろと……」
「覚えて」
「なっ……」
「とりあえず、ある程度の質問には答えられるようになっておいてね。……きっと、質問責めにあうと思うから」
「お、覚えろって……そんな、急に無理ですよ!」
「覚えられるだけでいいの。じゃないと……紺崎君、何もかも終わりになっちゃうかもしれないわ」
「何もかも終わりって……どういうことですか?」
「婦警なのよ、今から会いに行く相手」
「ふ――けい……?」
「そして、もの凄く性格が悪いの。もし紺崎君が実は高校生だってバレたら……」
 そこで雪乃は意味深に言葉を切る。きっと、本当にろくでもないことになるのだろう。
(どうして、この人は――)
 毎度毎度、厄介事に人を巻き込むのだろうか。その婦警とやらの事も、雪乃が月彦の存在さえ黙っていれば全ては丸く収まった筈ではないのか。
(ホント、台風みたいな人だ……)
 “本人”に悪気が無い所までそっくりだと、月彦は思う。
「……先生、一つ聞きたいんですけど」
「何?」
「その婦警さんって……先生とどういう関係なんですか?」
 雪乃は即答はせず、ぎりっ……と微かに唇を噛む。そして、吐き捨てるように言った。
「宿敵よ」



 雪乃は三十分ほど車を走らせ、そしてなんとも高級感漂うマンション――といっても、雪乃のマンションほどではないが――の側の有料駐車場に車を止めた。
「ついたわ」
「ついたわ……って、先生、もしかして――」
 てっきり、その宿敵とやらとは店かなにかで待ち合わせをしているものばとばかり、月彦は思っていた。
「直接家に連れてくるように言われたのよ」
「……次から、そういう事は先に言って下さい」
 仮に雪乃に声をかけられた段階で全てを聞いていたら、月彦は頑として断っていただろう。婦警の――それも雪乃が言うにはすさまじく性格の悪い――家に、しかも質問攻めにあうために行くなど、知っていたら承知する筈がなかった。
「言おうとしたのに、紺崎君が取り合ってくれなかったんじゃない」
 しかし、雪乃の言い分もこれまたもっともな事だった。
「……次からは、ちゃんと聞くようにします」
 それでその後の厄事が回避できるのなら、五分十分を惜しむ事はない。今回ばかりは警告を聞こうとしなかった自分が悪いと言い聞かせて、月彦は雪乃の後に続く。
 雪乃のマンションに比べれば些か見劣りはするものの、やはりセキュリティは固いようで、入り口で一度部屋の主を呼び出してドアを開けて貰わねばならなかった。
 月彦は雪乃に続いてエレベーターへと乗り込み、最上階へと上がる。通路を歩いて、一番奥の角部屋の前で、雪乃は足を止めた。
 すう……はあ……。
 雪乃が深呼吸をするのを見て、月彦もまたつい深呼吸をしてしまう。
「紺崎君、気を引き締めてね。……ここは蛇の巣よ」
「……そんな所に生徒を引率してこないで下さい」
「大丈夫よ、紺崎君なら。……私、信じてるからね?」
「……どういう事ですか?」
 雪乃からの答えはなく、無言のままインターホンが押される。程なく『はーい、すぐ開けるね〜』、と妙に明るい声が帰ってきた。
 がちゃん、と鍵が外れる音がして、ドアが開く。月彦はごくり、と喉を鳴らし、体を強張らせた。
「あはぁっ、雪乃。ひっさしぶりーっ!」
 婦警というからさぞキツそうな女性を想像していた月彦は、ドアを開けて現れた女性とのギャップに少々面食らった。背は低く、ピンクのセーターに白のミニスカート、黒の靴下という出で立ち。外側にぴんと跳ねた赤毛のショートカットと口から覗く八重歯がどことなく猫を彷彿とさせ、同様に猫のようにくりくりとした眼がじぃ、と月彦を見てくる。
(……そうだ、家で制服なんか着てるわけないじゃないか)
 単純な勘違いに気がつき、安堵のため息が出てしまう。
「約束通り、連れてきたわ」
「……どうも、初めまして、紺崎です」
「私は矢紗美。へえへえ、ふぅん…………随分若いんだ。キミ、本当に大学生?」
 早速来たか――月彦は心臓を硬直させながらも、それをおくびにも出さぬよう取り繕う。
「だから、そう言ってるじゃない」
「ふーん、ねえ、紺崎クン?」
「はい?――っ!」
 返事をした瞬間には、もう影が飛びかかっていた。一瞬の隙をついて唇を奪われ、飛びかかった時と同じようにぴょんっ、とすぐさま距離をとられる。
「なっ――!」
 その突然の奇襲に絶句したのは、月彦だけではなかった。
「味見、味見。大学生にしてはちょっと青臭い味ね」
 ぺろり、と舌を出しながら、まるで獲物を狙う猫のような眼で月彦を見据えてくる。
「お、お姉ちゃん! い、いきなりっな、何を――」
「あはっ、ちょっと味見するくらい良いじゃない。お互い大人なんだし、ねえ、紺崎クン?」
「全然良くない! お姉ちゃんはそうやっていつも!」
「話は後。とにかく二人とも上がって」
 ぴょんっ、と矢紗美は一足先に部屋に引っ込んでしまう。はあ、と大きくため息をついたのは雪乃だ。
「……やっぱり、連れてこない方がよかったかもしれないわ」
 無理矢理引っ張ってきた張本人にそんな事を言われては、月彦には立つ瀬がなかった。
「紺崎君も紺崎君よ。あんなに簡単にキスさせることは無いじゃない」
 避けようと思えば避けられたんじゃないの?――と言いたげなジト眼。被害者はこちらの方であるのに、なぜそんな眼を向けられるのか、月彦は納得のいかないものを感じた。
「……それよりも先生、さっき何か……とんでもない事を言いませんでした?」
「とんでもない事?」
「その、おねえちゃん……とか何とか」
 雪乃は何を今更――という顔をして、くいくいとドア横の表札を指さす。表札にははっきりと“雛森”と書かれていた。
「雛森矢紗美。三つ上の不肖の姉よ。……言ってなかったっけ?」
「初耳ですよ!」
 ただ、性格が悪いだけの婦警ならば、どうとでもなると思っていた。しかしそれが、雪乃の姉となれば話は別だ。
(つまり、先生より……数段厄介って事だ……)
 本当に気を付けるのよ?――今頃になって、家を出る際にかけられた葛葉の言葉が蘇る。自分が飛び込もうとしているのは蛇の巣どころではない、虎穴なのだと。月彦は今更ながらに己の不明を嘆くのだった。


 


 矢紗美の部屋は入り口にダイニングキッチン、その先に八畳ほどの居間という間取りになっていた。それとは別に寝室らしき部屋へと続くドアや、書斎のようなものもちらりと見え、雪乃の部屋に比べれば確かに見劣りはするものの女性の一人暮らしとしてはなかなか豪奢な部屋だった。
「外は寒かったでしょー? ささっ、遠慮しないで入って入って」
 まるで十年来の知り合いのように気安い声で手招き。誘われるままに、月彦は居間の炬燵へと導かれる。
(あれ……)
 と思ったのは、それが掘り炬燵だったからだ。
「この方が足が楽でしょ?」
 対面の席に矢紗美が座り、月彦の右手側に(そして月彦寄りに)雪乃が座る。
「ちょっと、雪乃。何座ってるの? あんたは鍋の準備でしょ」
「準備って……どうして私が――」
「私が材料は買っといてあげたんだから、あんたが準備するのが道理じゃない」
「そもそも、今日呼んだのはお姉ちゃんでしょ! どうして客の私が料理なんかしなきゃいけないの?」
 たちまち、ギャアギャアという口論が始まり、月彦はいたたまれなくなる。
(……先生と矢紗美さんって仲が悪いんだ……)
 あながち“宿敵”というのもうなずける、と月彦は一人掘り炬燵でヌクヌクする。
「そういえばあんた、昔から料理下手だったわねえ。女なら普通は彼氏には手料理食べさせたいって思うものだけど……」
 そしてちらり、と猫の目が月彦を捕らえる。
「ちなみに紺崎クン、雪乃の手料理食べたことある?」
「いえ、無いです」
 ここで嘘をつく必要は無いと思って、月彦は正直に答えた。なっ、と口を大きく開けたのは雪乃だ。
「う、嘘よ! 紺崎君、ほら……この間食べさせてあげたじゃない、忘れたの?」
「……なにを作ってあげたの?」
 くすくすと矢紗美がうすら笑みを浮かべながら促す。その顔を見るに、雪乃の嘘を見破った上で嬲ろうとしている事が月彦にも解った。
「……う……あ、アレよ! 紺崎君の大好物の……ね、作ってあげたわよね?」
 必死な顔ですがりついてくる雪乃に、月彦は苦笑いしか返せない。
(……頼むから、俺に振らないで欲しい…………)
 胃がきりきりと痛むのを感じながら、月彦もまた窮地を脱出すべく頭をフル回転させる。
「……そ、そういえば、せ――雪乃先輩と、矢紗美さんって姉妹なのにあんまり似てないですよね」
 とにかくこの話題から脱出すべく、月彦は強引に切り出してみる。
「私は父方の祖母似で、雪乃は母親似だもんね。一番下の瑤子も母親似かな?」
 この二人の下にさらにもう一人台風娘が居るのか――月彦は軽い目眩すら覚えてしまう。
「へえ……三人姉妹なんですね」
「そうね。ちなみに紺崎クンは、兄弟は居るの?」
「ええと、姉が一人居ます」
「可愛がってもらってる?」
「……いえ、あんまり」
 あら、と矢紗美が悪い笑みを浮かべる。
「私だったら、紺崎クンみたいな弟がいたら絶対可愛がってあげるんだけどなぁ」
 ねっとりと絡みつくような視線を向けられ、月彦はぞくりと背筋が冷える。
「や、矢紗美さんは弟が欲しかったんですか?」
「勿論、妹より断然弟が欲しかったわ」
 自己の存在を否定されるような矢紗美の言葉に、さすがに雪乃もかちんと来たようだった。
「私も、姉より弟が欲しかったわ。紺崎君みたいな」
「あら。私がついて行ってあげないと夜、トイレにも行けなかったのは誰?」
 矢紗美の反撃に、忽ち雪乃が赤面する。
「い、今さらそんな昔の事……どうでもいいじゃない!」
「紺崎クン、知ってる? この子ったら幼稚園の頃ね――」
「ダメぇええええええええええええ!!!!」
 まるできかん坊の子供のように雪乃が大声を上げて、ばんばんとテーブルを叩く。矢紗美はそんな雪乃を見ながら、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべるばかり。
 そして月彦はといえば。
(…………もう帰りたい……)
 プチ修羅場のような空気に、完全に参っていた。


 小一時間ほどのやり取りの後、“身内の恥暴露大会”は雪乃が半泣きにされる形で幕を下ろした。
「うぅ……もう、死にたい……」
 最後に寝小便をした年から、初めて生理が来た年まで全て矢紗美にバラされ、逃げるように台所へと向かう雪乃の後ろ姿は一回りも二回りも小さく見えた。
「ふん、妹の分際で姉に逆らおうなんて十年早いわ」
 口では完全に言い負かした形の矢紗美はすっかりご満悦。
(どこの家の“姉”も、こんななんだろうか……)
 霧亜に散々迫害されている月彦としては、ついつい雪乃の立場に己を重ねてしまう。
(宿敵……かあ……)
 もし霧亜が女ではなく、男だったら。そして同様に月彦に対して迫害を加えたら、或いは雪乃と同じようにそう思ったかもしれない。
(もし、俺に弟が居たら……)
 絶対虐めたりはしない。毎日可愛がってやるのに――そんな詮ない事まで月彦は考える。
「さて、と。邪魔者も居なくなったし、紺崎クン……いくつか質問いいかしら?」
 ついに来たか――月彦は気を引き締めながら、はい、と答える。
「ぶっちゃけ、雪乃のどこに惚れたの?」
 しかし、矢紗美の質問は月彦が想定したような大学関連のものとは無縁のものだった。故に。
「……えっ?」
 と、間の抜けた声で聞き返してしまった。
「雪乃と付き合っている理由よ。何かしらあるんでしょう?」
「ええと……はい。……それは……雪乃先輩の事が好きだから、ですけど」
「雪乃の何処に惹かれたの?」
「それ、は――……ええと、全体的に、なんとなく、です」
 まさか「あのないすばでぃです」等とは言えるはずもなく。月彦は答えに窮し、以前雪乃に答えたままの答えを返してしまう。途端、矢紗美はぷっ、と吹き出した。
「……紺崎クン、それ……雪乃の受け売りでしょ?」
「っ……!」
 何故ばれたのだろう、と疑問に思うより先に、矢紗美が続ける。
「やっぱり。どうせしたり顔で“人を好きになるってことは〜”とか説教されたんでしょ?」
「………………はい」
 そこまで見透かされているのならば、嘘をついても仕方がなかった。
「あれね、母さんの受け売りなのよ」
「……矢紗美さんの、お母さんの?」
「そう。雛森の女はね、“なんとなく”男を好きになるの」
 矢紗美はテーブルの上に両手の肘をつき、指を組んで顎を乗せる。
「そして、なんとなく……嫌いにもなるのよ」
 まるで嫌われるのは月彦であると言わんばかりに、にぃ……と眼を細めて矢紗美は笑う。その予言者のような口ぶりに、月彦はただただ困ったような笑いを返すしかなかった。



 夕飯は鍋――というのは雪乃と矢紗美の話から聞いてはいた。しかし、そこに予想外のものが付随してきた。
(さ、酒ぇ……!?)
 鍋の準備が進むにつれて、どかどかと居間に運ばれてくる尋常ではない量の酒。ダース単位のビールに加え、焼酎、日本酒、ウィスキーにワイン……etcと、見ただけで酔っぱらいそうな量の酒がキッチンから運び出され、炬燵がぐるりと包囲される。
「紺崎クンはいける口?」
 はい、とでも答えようものなら、一体何リットル飲まされるか解ったものではない。無論、月彦は――
「いえ、俺下戸なんです。お酒は全く駄目で……」
「あら残念。でも、ワインの2,3本くらいなら平気よね?」
 その基準は絶対おかしい、とは思うものの、下手に逆らわない方が良いと判断して月彦はただ空笑いを繰り返す。
 程なくテーブルの上にカセットコンロが用意され、雪乃が巨大な土鍋をえっちらほっちらと持ってくる。
「あっ、俺が持ちますよ」
「いーのいーの、紺崎クンはお客様なんだから、座ってて」
 立とうとする月彦を、矢紗美が止める。雪乃は些か危なっかしいながらも、無事カセットコンロの上に土鍋を乗せた。さらに、追加用の食材が乗った大皿や、各自の小皿などをてきぱきと運んでくる。
「ああもう、何よこの野菜の切り方は。こんなにバラバラじゃあ火が均一に通らないじゃない!」
「文句があるなら、お姉ちゃんが切ればいいじゃない」
「……聞いた? 紺崎クン。雪乃ってば自分の料理下手を棚に上げて、いつもこうやって人任せ。そりゃあ手料理の一つも作れないわけよねー」
「……っっっっっ!!!!!」
 雪乃は憤怒に顔を歪ませ、今にも罵声を上げようとするも、しかし矢紗美に逆らえば再び恥の暴露大会が始まってしまう為、ぐっと堪えざるを得ない。
「さてと。紺崎クンもお腹空いてるでしょ? たくさん飲んで食べてね」
 矢紗美がカセットコンロに火を入れると、再び土鍋ががたことと音を立てて揺れ始める。フタを開ければ、白菜や椎茸、豆腐などに囲まれて手足をギュウギュウに縛られたタラバガニが真っ赤に茹で上がっていた。
「……こらっ」
 それを見るなり、矢紗美は膝立ちになり、ごつんっ、と雪乃の頭を小突く。
「何よこれは! 蟹は胴と足を切って入れるのが常識でしょ!」
「う、うるさいわね! 味が変わるわけじゃあるまいし、どっちだっていいじゃない、そんな事!」
「紺崎クン、今の聞いた?」
「いちいち紺崎君に振らないでよ、迷惑してるじゃない!」
「ちょ、ちょっと……二人とも落ち着いて下さい。確かに、味が変わるわけじゃないんですから、別にこのままでもいいじゃないですか」
 仲裁に入りながらも、内心“どうして俺がこんな事を……”と思ってしまう。
(喧嘩なら、二人だけの時にしてほしい……)
 本人達は兎も角、第三者である月彦としては目の前で喧嘩をされると居心地が悪い事この上ない。
「と、とにかく……食べませんか? ほら、蟹もすごく美味しそうじゃないですか」
「そうね。調理した雪乃はヘタクソだけど、蟹は折り紙付きだからどんどん食べて」
 ああ、またそんな煽るような事を――と、月彦は泣きたい気持ちになりながら、雪乃の様子をちらりとうかがう。
 しかし、そこはさすがに二十四才の大人。そうそう軽々に釣られてたまるかとばかりに憮然な顔で蟹の足に手を延ばす。
「熱っ!」
 しかし巨大なタラバガニは到底皿にとることなどは出来ず、その足をもごうとやっきになっていた矢先、雪乃は悲鳴を上げて指を咥える。
「あーあ。だから言ったのに」
「……っっっ!」
 予め切り離しておけばこんな事にはならなかった、と暗に言い含められて、雪乃はぷるぷると唇を震わせる。きっと、言いたいことは山ほどあるのだろう。それを言わないのは、また喧嘩になれば月彦が困ると悟ったからなのだろう。
(……先生、我慢してください)
 月彦は心の中で雪乃を応援しながら、自分も何とか蟹の足をゲットしようと藻掻く。が、確かに矢紗美の言うとおり、熱々に茹で上がっている蟹の足を胴体から切り離すのはなかなか大変な作業だった。
「はいっ、紺崎クン。これ食べて」
 と、月彦が悪戦苦闘している間にいち早く足の切り離しに成功した矢紗美が小皿にのせ、はいと差し出してくる。
「あっ、いえ……自分で出来ますから」
「いーのいーの。うちの不肖の妹のせいで紺崎クンまで怪我しちゃったら申しわけないもの」
 と、強引に月彦は皿を受け取らされる。ちらり、と横目で恐る恐る雪乃の顔色をうかがうと、唇を震わせて青筋を浮かせていた。
(ううぅ……なんでこんな目に……)
 矢紗美に蟹の足を返すわけにもいかず、月彦は雪乃からの刺すような視線に晒されながら、既に切れ目が入れてあった足のから殻からてろんっ、と中身を抜き取り、カニ酢に漬けながらもしゃもしゃと食べる。
 当然、味などわかる筈もない。
「紺崎君、はいっ」
 と、今度は雪乃の方から蟹の足を差し入れられる。
「いえ……俺はまだありますから、先輩が食べちゃって下さい」
 さすがに悪く、やんわりと断ろうとするも。
「……お姉ちゃんのは貰って、私のは食べないんだ」
 まるで拗ねた子供のような声でぼそりと言われては、しぶしぶながらも受け取らざるを得ない。
「どう、紺崎クン。美味しい?」
「……はい。美味しいです」
「まだまだたくさんあるから、どんどん食べてね」
 今度は矢紗美自らが台所へと立ち、新たな蟹をきちんとバラバラに切り分けて持ってくる。
「……お姉ちゃん、どうしたのよこの蟹。これ、買ってきたんじゃないでしょ」
 と、そこへイチャモンをつけたのは雪乃だ。しかも一体いつのまに開けたのか、栓の開いた缶ビールを手に握っている。
(ちょっ、先生が酒呑んだら……)
 俺は一体どうやって帰れば――と、月彦が口を挟む前に、姉妹は再び口論を始めてしまう。
「北海道の知り合いに送ってもらったのよ」
「嘘ばっかり。また男に貢がせたんでしょ。お姉ちゃんが前言ってた、北海道研修の時に知り合った男に」
「さあね」
「お姉ちゃん……もう二十七でしょ? いい加減男遊びは止めたら?」
 年齢の話になった途端、ぴくっ……と矢紗美の眉が揺れる。
(なんか……生々しい話になってきたな……)
 月彦としては、ただひたすら二人の矛先が自分に向かない事を祈りつつ鍋を突くしかなかった。
 しかし、その願いは脆くも崩れ去った。
「……ねえ、紺崎クン」
「な……何ですか?」
 恐々としながら、月彦はうわずった声を返す。
「雪乃とは、結婚するの?」
「えぇっ!?」
 予想だにしながった質問に、月彦は手にもっていた蟹の足を落としてしまう。
(結婚なんて――)
 考えたことも無かった。それが当然だ。自分は本当はまだ大学生ですらない、一介の高校生なのだから。
「えーと……」
 一体なんと答えたものか。月彦は助けを求めるように雪乃の方をちらりと見る。しかし月彦の思いとは裏腹に、雪乃は微かに頬を赤らめ、何かを期待するような目で瞬きもせずにじぃ……と見つめ返してくる。
(ぐはあっっ……!)
 例えるなら、助けを求めた相手に槍で心臓を貫かれたような心持ち。だらだらと、冷や汗ばかりが流れ出る。
「ええと……俺はまだ学生なんで、ちょっと結婚とかは早いかな……って」
「そうなんだ。じゃあ、今は雪乃の体だけが目当てで付き合ってるわけね」
 ぎくぎくぎくぅううう!
 全身をメッタ刺しにされたのではないかという程の鋭い痛みが、月彦を襲う。
「ち、違います! 俺は…………雪乃先輩とは、真剣に…………」
 と、そこで続く言葉を見つけられず、月彦の舌は凍り付いてしまう。
「真剣に……?」
 目を爛々と輝かせながら、続きを促してきたのは雪乃だった。月彦はもう、奇声を上げて部屋から飛び出したいのを必死に堪え、なんとか舌を動かす。
「し、真剣に進路の事とかで相談に乗って貰ったりとか、そんな……体だけの付き合いなんて……」
「進路……やっぱり紺崎クンも教師志望?」
 そんな事は考えた事もなかったが、雪乃の後輩である以上、そうでなければつじつまが合わないだろう。
「ええ、まあ……」
「ふぅん……じゃあ、“あの問題”は大丈夫なわけね」
 雪乃もまた、小さくこくりと頷く。
「あの問題?」
 嫌な予感を禁じ得ないが、月彦は好奇心に勝てない。
「大丈夫よ、紺崎クンが教師になるんなら、何の問題もないわ」
「……うちのお父さんって、“公務員”じゃないと許してくれない質なのよ」
 だから、“婦警”に“教師”なのか。月彦は奇妙な合点を覚えて内心納得してしまう
(……うん?)
 そして同時に、会話の奇妙な流れにも気がつく。
(なんか……二人とも……結婚を前提に話してるような……)
 月彦を大学生だと思いこんでいる矢紗美は兎も角、雪乃までその流れに乗るような発言をするのはいかがなものだろう。
(このまま話をしていたら、“お父さん”とまで会わされそうだ……)
 月彦は話題を逸らすべく、頭をフル回転させる。しかしそうそう妙案など浮かぶ筈も無く、出来ることといえばきわどい質問をのらりくらりと交わしながらひたすらに蟹の足を食べることのみだった。


 


 宴もたけなわ、と言うべきか。
 月彦にとって味のしない夕食が始まってから、かれこれ二時間が経過した。
「だーかーら、私はお姉ちゃんとは違うの!」
 ばんっ、と雪乃がテーブルに手を叩きつけ立ち上がるや、空になった酒瓶がばたばたと倒れ、テーブルから転がり落ちていく。
「だいたい、お姉ちゃんなんて男を都合の良い道具くらいにしか思ってないクセに!」
 ひっく、と体を揺らしながら、真っ赤な顔で雪乃が力説する。
(……先生、随分酔ってるな………………)
 一体帰りはどうするつもりなのだろうか――その懸念すら億劫になる程に、雪乃の泥酔っぷりは酷かった。
 一方、雪乃とほぼ同量の酒を飲んではいるものの、矢紗美の方はまだまだ正気の様だった。少なくとも外見的にはさほどの変化は見受けられない。
「紺崎君。この女はね、利用できそうな男となら誰とでも寝ちゃうんだから。気を付けないとダメよぉ……?」
「はぁ……そうします」
 苦笑しながら、月彦もちびり……とビールの注がれたグラスに口をつける。略奪を終えた後の野武士のような勢いで酒をかっくらう姉妹に挟まれ、さすがに自分だけ全く飲まないわけにはいかず、ちびちびと飲む事にしたのだ。
(それでも、もう五杯目だ……)
 最初にビール、次にワイン、焼酎、ウイスキー、そしてビール。銘柄などいちいち覚えてはいない。とにかく勧められるままに呑み続けた。
「嫌ねえ、酒癖の悪い女って。紺崎クンもそう思わない?」
「いえ……これくらいなら、別に……っってうぁっ!」
 突然横からぐだぁ……と雪乃に寄りかかられ、月彦は素っ頓狂な声を上げる。
「えへへへへへ……紺崎くぅん……大好き」
 雪乃はずるりと、鮹のような動きで月彦の体と炬燵の足の間に強引に体を入れてくる。
「ねえ、キスしよ……?」
「なっ……ちょっ、先輩!」
 首に手がかかり、顔を寄せられて月彦は慌てて上体を仰け反らせて逃げる。
「だ、ダメですよ! や、矢紗美さん、助けて下さい!」
 むちゅうっ、と頬に雪乃の唇が押しつけられるのを感じながらも、月彦は必死に助けを求める。が、肝心の矢紗美はそんな二人の醜態を楽しんでいるかのようにクスクスと笑うのみで助けるそぶりなど微塵もない。
「あのね、紺崎君……私……寂しいの……」
 ついと、潤んだ目での、上目遣い。
「学校から帰ると、あの広い部屋にいつも独りぼっちなのよ? 紺崎君携帯持ってないから、電話も出来ないし……」
「いや、ええと……それは……」
「もっとずっと……いつも一緒に居たいのに、どうしてたまにしか会ってくれないの?」
 ごろにゃーんと、発情期のメス猫のようにべたべたと絡みつきながらの甘い声。呂律も怪しく、やはり雪乃はそうとうに酔っている様だった。
「……やっぱり」
 ニヤリ、と笑ったのは姉猫の方だった。
「毎週会ってる、なんて嘘ついて。そんな事だろうと思ったわ」
「嘘じゃないもん!」
 酔っぱらったからか、はたまた姉の前だからか、急に子供のような口調になった雪乃がいーっ、と舌を出す。
「ふんだ、紺崎君とは学校で毎日会ってるもんねー、私は嘘なんかついてないんだからっ」
「ちょっ、先生……それは――あっ」
 言っちゃマズいだろう、と言おうとしたそばから、月彦もまた致命的なミスをしてしまう。
「ぷっ、くくくく……あはははっ! なぁんだ、あんた達ってそういう関係だったんだ。どーりで、大学生にしても若すぎるって思ったわ」
「……バレちゃいましたか」
 折角覚えた大学の地理も教授の名前もなんの役にも立たないままバレてしまい、月彦は徒労からはあ、とため息をついてしまう。
「ふぅん……高校生なんだ」
 じゅるり。
 まるでそんな音が聞こえてきそうな、露骨な舌なめずり。
(……何だろう、この悪寒は……)
 ゾクリと冷たいものが背筋を駆け抜け、矢紗美の方を見れない。どうしようもなく嫌な予感がして、今度は雪乃に助けを求めてしまう。
「先生、ちょっとっ、しっかりして下さい!」
 月彦は泥酔している雪乃の肩を揺さぶる。しかし、先ほどまでの大騒ぎが嘘のように雪乃はすうすうと心地よさそうな寝息を立てるばかり。
「あー、無理無理。そうなったらもう起きないわよ、その子」
 くいっ、と日本酒をあおりながら、矢紗美がにぃと笑う。
「雪乃も私と同じでお酒は強いんだけどねー、どういうわけか焼酎だけはダメなの。ざっと五合は呑んでるから……明日の昼までは何やったって起きないわ」
「明日の昼まで……ですか」
 つまり、その時間まで自分も帰れないという事だ。
「…………ふふっ……高校生かぁ……」
 呟く矢紗美の目は、完全に鼠を狙う猫そのものになっていた。

 



 泥酔してすやすやと眠る雪乃を矢紗美と二人で寝室のベッドの上へと寝かし、再び居間の炬燵へと戻る。
「じゃあ、俺もそろそろ帰ります」
 と、言えれば話は簡単なのだが、そうはいかない。第一、月彦一人では帰り道すらろくに解らないのだ。
(……タクシーを呼べば帰れなくもないけど…………)
 ひょっとして葛葉がいつになく大金をくれたのはその為では――などと思いつつも、由梨子へのプレゼントの事を考えると躊躇ってしまう。
 仕方なく、炬燵の席へと戻る。ガスがきれたのか、それとも矢紗美が止めたのか、カセットコンロの火は消えていた。
「さっすが現役高校生ね。大分余るかなーって思ってたけど、全部食べ切っちゃったか〜……ひょっとして足りなかった?」
 立ったついで、とでもいうかのように、矢紗美は冷蔵庫から酒のつまみと新たな酒を持ってきてテーブルの上に並べる。
(まだ呑むのか……)
 空いた酒瓶から立ちこめる匂いで部屋中に酒気が充満し、不慣れな月彦としては息をしているだけで酔ってしまいそうだった。
「いえ、丁度良いくらいです。ごちそうさまでした、蟹……とっても美味しかったです」
「いいのよ。どうせタダで貰ったものだし」
 そしてなにやらもどかしげに、矢紗美はくねくねと身をよじる。
(……なんだろう)
 そんな矢紗美を見ていると、月彦はなんとも奇妙な気分になるのだ。
(さっきのあの目……)
 自分が高校生だとバレた時に見せた、矢紗美の目。文字通り獲物を狙う猫のような目を見た瞬間、月彦の体にある種の警告が走った。
(初対面の筈……だよなぁ……)
 しかし初めて会った気がしない。月彦は恐る恐る、その疑問をぶつけてみることにした。
「あの、矢紗美さん」
「なぁに?」
「俺……矢紗美さんと会うの……初めてですよね?」
「少なくとも私はそう思うけど、何処かで会ったかしら?」
 やはり矢紗美にも心当たりは無い様だ。
(気のせい……か……)
 そんな筈はない、とは思うも、しかし確かに矢紗美と会った記憶はない。月彦が黙り込んでいると、矢紗美がまた焦れったそうに体をくねらせながら「ねえ……」と話し掛けてきた。
「そんな話より、私……紺崎クンの話が聞きたいわ」
「俺の話……ですか?」
「うん。特に……雪乃との馴れ初めとか、ね」
「…………」
「素面じゃ話しにくい? もう少し呑む?」
「いえ、お酒は……もう、十分です」
 グラスに五杯呑んでる人間に対して“素面”と言える辺り、このバッカス姉妹の恐ろしさが垣間見える。
「それとも、雪乃に口止めされてるとか?」
「いえ……そういうわけじゃないんですけど」
「じゃあいいじゃない。聞かせてよ」
 そういった話題が大好き、とでもいうように、矢紗美はずいと身を乗り出してくる。
「ええと……何から話せばいいのか……」
 いとも簡単に話す気になってしまったのは、きっと月彦も酔っていたからなのだろう。そうでなければ、いくら肉親とはいえそのような事をぽろぽろと漏らしてしまう筈が無かった。
(先生との、馴れ初めは……確か――)
 月彦は記憶を辿り、最初の一石となった出来事を思い出した。
(そうだ、確か姉ちゃんが……)
 学校に出鱈目な電話をかけ、それがきっかけで雪乃に生徒指導室に呼ばれたのだ。
(…………きっかけは姉ちゃんだったのか)
 月彦自身、はたとその事実に気がついたという形。考えてみれば、由梨子も、そして雪乃も霧亜がらみで知り合ったという事になる。
(……ただの偶然だ)
 酒に浸かった脳みそでそう考え、月彦は口を開く。
「そう……ですね。最初は俺が先生に生徒指導室に呼ばれて……まあ、それは濡れ衣だったんですけど。それから、英語の成績が悪かったりで、勉強を教えてもらったりしているうちに……ですかね」
「……気がついたら教師と生徒以上の関係になっちゃってた、って事?」
「……です」
 さすがに媚薬の件は伏せた。それは雪乃も知らない事だ。
「ふぅん……案外普通なのね」
「人と人との出会いなんて、案外そんなものじゃないですか?」
 そうね、と呟いて、矢紗美は輪切りにされたサラミソーセージをぱくつく。触発されて月彦も手を伸ばす。塩辛い味に喉の渇きを感じた所で……矢紗美から缶ビールを差し出される。
「紺崎クンさぁ……雪乃とはもう寝たの?」
「ぶっ」
 あまりにストレートな質問に、折角口に含んだビールの半分ほどを吹き出してしまう。
「……すみません」
 苦笑しながら差し出されたティッシュでテーブルをフキフキ。噎せた喉を落ち着かせてから、改めて。
「……矢紗美さんには、隠し通せると思えないんで正直に言いますけど…………そういう関係にはなりました」
「ふーん、ヤッちゃったんだ」
 どこか熱っぽい矢紗美の目に、一瞬暗い光りが宿る。奈落の底を彷彿とさせるその黒い輝きに、月彦は本能的にびくりと身を強張らせてしまう。
「雪乃が見栄はってるだけかと思って、念のために聞いてみたんだけど、やっぱりヤッちゃってるんだ。……失敗したなぁ……まさかネンネの雪乃が生徒に手を出すなんて思ってもみなかったわ」
「失敗……?」
「紺崎クン、雪乃と寝たんでしょ? じゃあ、あれって思わなかった?」
「あれ、って思った事……ですか」
 矢紗美が言わんとする事が解らなくて、月彦はしばし記憶を巡る。
(あっ……)
 そして、一つだけ心当たりがあることに気がつく。
「あの子、処女だったでしょう?」
「……はい」
「どうして……って思わなかった?」
 確かに、思った。
「身内の私が言うと角が立っちゃうかもしれないけどさぁ、あの子美人じゃない? スタイルもいいし、この私ですら時々羨ましいって思っちゃうわ。……それなのに、どうして今まで独り身で居られたんだと思う?」
 グラスに残っていた琥珀色の液体を、矢紗美は一口で飲み干してしまう。そして新たに氷と酒を追加し、グラスをカラカラと振って混ぜ合わせる。
「……ひょっとして、内面的な問題ですか?」
 さすがに身内に向かって“性格のせいですか?”とは言えなかった。人は良いのだが、“厄介な人だ”と相手に思われるような性格では、敬遠したがる男も多いのではなかろうか。
「まあ、それも無くはないかもしれないけど、殆ど関係ないわ。世の中、紺崎クンみたいないい子ばかりじゃないのよ?」
「……どういう意味です?」
「男の中には、女と一晩の関係を築く為なら嘘なんていくらでもつける奴もいるのよ。そういう連中から見れば、雪乃みたいなネンネは絶交のカモね」
「うっ……」
 またしても矢紗美の言葉が鋭く胸に切り込んでくる。月彦は己の胸を押さえ、俄に呼吸を荒くする。
「そいつらから見たら、とりあえずヤれればいいだけだから、性格なんかいくらでも我慢できるってわけ。……事実、雪乃の体目当てに近寄ってきた男は何人も居たわ」
 体目当て、という言葉がまたしても月彦の胸を抉る。
「その、人たちは……どうなったんですか?」
 少なくとも、雪乃が処女であった以上、それら全員の目論見は失敗したことになる。
 くすりと、矢紗美がグラスを手に意味深に笑う。
「さっき、私と雪乃が全然似てないって言ったわよね。それって顔とか、体格だけの話じゃないの。性格……ううん、性(さが)って言ったらいいのかな。そういう所でも、私と雪乃は全然違うわ」
 ついと、不意に月彦の足に何かが触れてくる。すすす……と動くそれは、矢紗美の足先だった。
「雪乃は“遊び”で男と寝るなんて事は絶対出来ない子よ。でも、私はそんな不器用な雪乃が愛しくて堪らないの。だから、“遊び”で雪乃に近づいた男はみんな――」
 矢紗美はそこで言葉を句切り、グラスに注がれた酒を一口に飲み干してしまう。
「じゃあ……矢紗美さんが?」
「私は雪乃と違って男遊びなんて苦じゃないもの。むしろ好きなくらい。でも、そんな私には出来ない生き方をしようとする雪乃も好きよ。だから、雪乃が“本命”の男と付き合う時まで護ってあげる筈だったんだけど」
 掘り炬燵の中ですす……と足が蠢く。最初は脛の辺りを撫でるだけだったその足が、ついと付け根の辺りに忍び寄ろうとして、月彦は慌てて足を閉じる。
「や、矢紗美さん、何を……」
 足を閉じて尚、矢紗美の足が強引に割り入ってくる。そのつま先が丁度月彦の股間の辺りにまで伸び、くにくにと揉むように蠢く。
「ちょっ、矢紗美さんっ! やめて下さいっ」
 さすがにこれ以上されたら反応してしまう――と、月彦は両手で矢紗美の足首を掴み、引きはがす。
「矢紗美さんがどういうつもりなのか知りませんけど、お、俺は先生を裏切るような真似は出来ません!」
「ふぅん、一丁前に雪乃に操を立ててるの? でも、どこまで本気なのかしら」
「ど、どこまでもです! お、俺は……せ、先生一筋、なんですから!」
「……ふふ、解ったわ。紺崎クンがそこまで言うなら――」
 とんっ、とグラスをテーブルに置いたかと思えば、矢紗美が掘り炬燵の中に潜ってしまう。かと思えば――
「ぷはっ」
「うわっ……!」
 月彦と同じ辺から顔を出してきて、仰け反った月彦の肩を押さえつけるようにして押し倒してくる。
「これから、テストしてあげる」
「テスト……?」
「そう。紺崎クンが本当に雪乃の事が好きなら、私が何やってもちゃんと堪えられる筈よね?」
 すすっ……と、今度は矢紗美の手が股間をなで回してくる。
「もし雪乃を裏切ったら――その時はどんな手を使ってでも貴方達二人を別れさせるから。そのつもりで頑張ってね」

 


「て、テストって……一体何をするつもりなんですか!」
「ふふふ……」
 矢紗美はずいと掘り炬燵から下半身を出し、月彦の腰の上に跨ってくる。
「紺崎クンが想像している通りのコトよ」
 くねくねと身をよじり、腰を月彦の股間に擦りつけるように前後させてくる。その刺激によって股間に急激に血が集まり始めるも、最早月彦の意志ではどうにもならない。
(こういう時は……!)
 “何か”をされるまえに逃げるのが一番であると、月彦は過去の様々な経験から学んでいた。
「……すみません、俺は先生以外とはそういう事をする気はありません」
 良心の呵責に堪えながら呟き、月彦は力任せに矢紗美の下から脱出を試みる。雪乃に比べれば大人と子供ほどに差のある矢紗美を押しのける事は決して難しくは無い――筈だった。
「っ……んがっ……!」
 しかし、一体何をどうされたのか、視界がぐるりと回ったかと思えば俯せに寝かされ、片腕の間接を極められているという状態。
「ダメよ、逃がさない」
 圧倒的強者を思わせる矢紗美の呟き、そしてかしゃんと、何かが手首に填められる。
「力ずくなら何とかなると思った? 腐っても鯛、酔っぱらっても婦警なんだから、素人の男の子一人くらいはねじ伏せられなきゃ……ねえ?」
 くすくすくすっ……笑い声と共に、もう片方の手にもかしゃんと何かが填められる。
「や、矢紗美……さん、何を……」
「ああ、安心して。本物じゃなくて“遊び用”の玩具だから。……金属製だけど」
 月彦は両手を動かそうと試みる――が、丁度後ろ手の辺りで手錠のようなもので拘束されているらしく、全く自由が効かなかった。
「抵抗はもうお終い? 一応足用のと、口用のもあるけど……紺崎クンはこういうプレイは好き?」
 一体どこから取り出したのか、矢紗美がちゃらりと見せたのは足錠のようなものとボールギャグだった。
「す、好きなわけないじゃないですか!」
「ふうん、紺崎クンってノーマルなんだ。……そうよね、雪乃相手じゃあ普通のエッチしか出来ないか……ふふふっ」
 支配者のような目で月彦を見下ろし、矢紗美は足先でぐいと月彦の体を転がしてくる。仰向けに寝かし直された途端、月彦はずっと燻っていた疑念の正体に気がついた。
(真狐の、あの目と同じなんだ……)
 自分をただの獲物としか見ていない目。そんな矢紗美の目に見覚えがあるのは当たり前だ。かつて自分を襲った真狐の目と同じ光を放っているのだから。
「や、やめて下さい! こんなコト……婦警が未成年にやっていいんですか!」
 がちゃがちゃと手錠を鳴らしながら、月彦は精一杯抗議する。
 しかし。
「いいわ……紺崎クン。すごくいい眼よ……興奮しちゃう」
 月彦の説得など全く聞こえていないとばかりに、再び矢紗美が跨って来て、両手でセーターごとシャツをまくり上げてくる。
「胸毛も無いんだ……ホント、成長途中って感じ……」
 さわさわと、両手で二つ円を描くようになで回される。
「雪乃ったら、自分ばっかり高校生とヤッて……ズルいわ。私だって、高校生としたのなんて大学二年の冬が最後なのに」
 さわさわと体をまさぐった後、矢紗美は炬燵のテーブル部分を後方へずいと押しやり、自分は穴に下りる形でベルトを外し始める。無駄とは解っていても、月彦は両足をばたつかせて抵抗を試みる。
「あぁン……そんなに暴れないで……ゾクゾクしちゃう……」
 ぶるっ、と体を震わせ、矢紗美が感極まった声を上げる。既にテスト云々というより、どう見ても矢紗美自身の欲望で事が進められている気がしてならないのだが、それを口にしたところで何も変わらないだろう。
(何とか……この手錠を……!)
 とにかく両手が自由にならないのが一番辛い。月彦は必死に金属の環から手を抜こうとするが、玩具とは名ばかりのその道具は一向に壊れる気配が無かった。
「きゃっ……うわぁ……スゴぉい」
 そしてとうとうベルトが外され、ズボンのホックも外されて――剛直が矢紗美の眼に晒される。
「んふふっ、もうこんなにガッチガチにしちゃって。紺崎クン、拘束されて興奮しちゃったの?」
「……違います。ズボンの上から、矢紗美さんが散々触ったから……です」
 自分はそんな変態ではない、とキッパリと矢紗美に宣言をする。が、伝わったかは怪しかった。何故なら、既に矢紗美は、月彦の顔になど目もくれていないからだ。
「はぁっ……はぁっ……スゴい……握ってるだけで、ぴくぴく震えて……あぁぁっ……あぁっ!!」
 うずうずとこみ上げてくる“何か”を必死に堪えているような矢紗美の仕草。
「だめ、だめ……もう我慢出来ない……味見、ちょっと、味見するだけ……んぷっ……」
「っう……!」
 不意に、ぱくっ……と剛直を咥えられ、月彦は呻き声を漏らしてしまう。
「はぁっ、はぁっ……んっ、んぷっ、じゅるっ……はぁあっ……こーこーせぇの……生チンポぉ……んんぷっ……んっ、じゅるっ……はぁっ……んんっ……!」
 先ほどまでの余裕たっぷりな様子とはうって変わって、矢紗美は陶然とした顔で剛直をしゃぶり続ける。
「っ……うっ……ぐっ……や、矢紗美……さんっ、やめて、下さい……!」
 その激しい“口撃”に、やもすれば出してしまいそうになるのを月彦は精神力で堪える。
「ぷはぁっ……ふぅっ……ふぅっ…………んっ、ふぅぅ…………」
 剛直全体が唾液まみれになるほどたっぷりとしゃぶられ、漸く矢紗美が唇を離す。陶然とした顔は相変わらずだが、俄に冷静さは取り戻している様だった。
「ふぅ……ふぅ……紺崎クンって、案外我慢強いのね……若い子って、普通すぐ出しちゃうのに」
 そう言って、先端部ににじみ出た透明な液をぺろりと舌先ですくい取る。
「まぁ、でも……イきそうになっても絶対イかせてあげないんだけどね。…………ふふっ」
 にゅりにゅりと、唾液を絡めるようにして、手で肉柱を扱かれる。
「……っ……!」
「くすっ……ほら、イきたいでしょ? 出したいでしょ? “雪乃先生とは別れます”って言えたら、イかせてあげてもいいわよ?」
「……絶対、言いません」
 どうやらそれが“テスト”の内容らしかった。こうなれば、月彦は雪乃云々よりも男の意地として矢紗美の思い通りにはなるまい、と思う。
(誰が、屈するもんか……!)
 俺は“あの”真狐の巨乳の誘惑にも耐えきった(?)男なのだと。少しばかり男を漁って経験豊富な女性に多少焦らされたからといって屈するような男ではないのだと。月彦は気丈な構えを見せる。が――
「うっ、く……!」
 再び、剛直の先端が矢紗美の口に含まれる。にゅぷ、にゅぷと音を立てて吸われ、何度も腰を浮かせて喘ぎを漏らしてしまう。
「っぷはっ……腰をびくびくさせちゃって、可愛い……でも、イかせてあげない」
「〜〜〜っっっ……ぅっ……っく!」
 竿を横笛に見立てるように口をつけ、ちろちろと筋を舐められる。そんな弱い刺激ではもどかしいと感じこそすれ、到底イける筈もない。
「はあっ……はあっ……くっ、うっ……!」
 弱すぎる快感が、徐々に“苦痛”に思えてくる。肉柱の根本に溜まりに溜まったものを吐き出したくて堪らず、頭の芯まで痺れてくる。
「随分辛そうねぇ、紺崎クン。……雪乃相手じゃあ、こんな風に焦らされた事も無いでしょ?」
 にゅりにゅりと親指の腹で先端を弄るその仕草が何処かの性悪狐そっくりで、月彦はますます屈してたまるかという意志を固める。
「あぁンっ、もうっ……紺崎クンったら、そんなに睨まないで…………我慢出来なくなっちゃうじゃない んっ、く……」
「っ……くっ!」
 ぬぬぬっ……と一気に深くくわえ込まれ、月彦は反射的に腰を突き出すようにして浮かせてしまう。が、そんな月彦の動きをまるで読んでいたかのように、矢紗美はまたしてもあっさりと口を離してしまう。
「はぁ、ふぅ……ねえ、ほら……早く言いなさいよ……雪乃と別れるって…………ねえ、言ってよ……」
 見れば、攻め手の側の矢紗美の方まで息を荒くし、焦れったそうに肉柱をにぎにぎしている。
「そしたら、すぐにでもイかせてあげる。びゅくっ、びゅくって飛び出してきたドロッドロのチンポ汁、全部飲んであげる。ねぇ……だから言ってよぉっ……!」
「っ……い、言いません!」
 執拗に手で扱かれ、ちろちろと舐められながら、月彦は意地でも屈さない。
「お、俺は……先生の事が……好きなんです。だから、そんな事は、言えません……!」
 とはいえ、その“先生”のせいでこんな目に遭わされている事を考えると、途端に決意が崩れてしまいそうになるのも事実。
(でも、あの体は――捨てがたい!)
 その今にも崩れそうな決意を肉欲が補強し、月彦は辛うじて矢紗美の攻勢に堪え続けていた。とはいえ、それでも快感の焦れからくる苦痛は耐え難く、月彦自身、どれほど堪えられるか見当もつかなかった。
「んもう……本当に強情なんだから……」
 しかし矢紗美の方は、月彦の目に宿っている光を見て崩し難しとみたのか、名残惜しそうに肉柱から手を離し、絡みついていた先走り汁にぺろりと舌を這わせる。
「しょうがないから、攻め方を変えることにするわ……」
 そしてにぃ、と猫の様に笑う。
「な、何を……する気ですか!」
「紺崎クンに雪乃を諦めさせるのは難しそうだから――」
 矢紗美は絨毯の上に置きっぱなしになっていたボールギャグを手に取る。
「まず、紺崎クンを私から離れられない体にして、じっくりたっぷり調教していく事にするわ」
「なっ、ちょっ……矢紗美さん! さっきと言ってる事が――ふぐっ!」
 月彦は必死に頭を振って抵抗するも空しく、口にボールギャグを噛まされる。
(矢紗美さんも……先生と同じだ……)
 “雛森の女”に主旨の一貫性を求める事は無理なのだと、月彦は身をもって理解したのだった。
 



「くすっ、くす……ほら、紺崎クン……」
「ふぐっ……ぅううううっ!」
 両腕を拘束されたまま、膝だけを立てた状態で俯せに寝かされ、背後から被さるようにして剛直を扱かれ。
「あはっ、腰びくんっってなっちゃうくらい気持ちいいんだ?」
 ボールギャグを噛まされ、反論することすら出来ず。
「ほら、ほら……イきそう? イきそうなんでしょ? くすくすくすっ……でもだぁめ、まだイかせてあげない」
 にゅりっ、にゅりと先走り汁を絡めるように指でなで回され、扱かれ、その都度月彦はボールギャグの穴から唾液を零し、呻き声を漏らす。
(っ……こんなっ……!)
 最早何故自分がこんな目に――などと思う心は微塵も残って居ない。あるのは、たった二つの事柄だけ。
 即ち“矢紗美の思い通りになってたまるか!”と“今に見ていろ”である。
「ふぐっ……!」
 月彦は何度も、何度も両腕の拘束から逃れようと試みる。が、しかし玩具とはいえ金属製の拘束具は一介の高校生に引きちぎれるような物ではなく、全ての試みは無駄に終わっていた。
「強情な子って、好きよ。……ますます紺崎クンを雪乃から取り上げたくなったわ」
 ぺろり、と頬を舐められながら、にゅりにゅりと扱かれる。
(もしかして――)
 最初、矢紗美にキスをされた直後、雪乃は言っていた。そうやってお姉ちゃんはいつも――と。あれは、いつも矢紗美に男を寝取られ続けたという意味ではないのか。
 矢紗美の目には雪乃の体目当てに言い寄ってきた男であっても、当の雪乃にしてみれば折角出来た彼氏。それを何度も奪われてきたのではないか。
(いや、そもそも――)
 矢紗美の基準が正しい保証すら無い。雪乃が連れてきた男が本当に体目当てだったのか、今の矢紗美を見れば見るほどそれが疑わしくなってくるのだ。
(先生の事が、愛しくて堪らないって――)
 その言葉も何処まで本当か知れない。或いは、単純に好きなのではないのか。妹の“彼”を寝取るのが。
(確かに、先生とは違う――)
 あれほど悩まされた雪乃の素行すら霞んで見える程、矢紗美のそれは質が悪い。
(絶対に、屈するもんか……!)
 こうやって今まで何度も矢紗美に“彼”を奪われ続けた雪乃の為にも、せめて自分くらいはと月彦は決心を固める。もとより、“この手の女”には意地でも屈さないというのが月彦のポリシーだった。
「くすっ……いいわ、紺崎クンのその眼。“絶対屈するもんか”ってひしひし伝わってきて……あぁんっ、ゾクゾクしちゃう」
 ぶるり、と矢紗美が体を震わせ、そしてついとその体が離れる。が、月彦の体勢からは、矢紗美が何をしているのか、しようとしているのかを目で確認するのは困難だった。
「大サービスよ、紺崎クン。……雪乃とは格が違うってトコ、見せてあげるわ」
「っっふっ……ぐっ!?」
 にゅり、にゅりと矢紗美は奇妙な手つきで剛直に触れてくる。両手で、それも扱くというよりは多量の先走り汁を指に絡めるような動きに、否が応にも不安が増す。
(何だ、一体何を――)
 と思っていた矢先、ついと矢紗美の片手の感触が消えた。そしてほぼ同時に“何か”が月彦の尻に触れた。
「ふぐっっ……ぐっ!?」
「んふふっ……こんなトコ触られるの初めてでしょ?」
 意地の悪い声で笑い、再び矢紗美が被さってくる。
(なっ――)
 月彦は絶句した。何故なら、矢紗美が指を伸ばしてきたその場所は。
「ぐっ、ふぐっ! ぐっ、うううううぅぅうううっ!!!!」
 ぬぅっ、と己の中に侵入してくるものに対し、強烈な嫌悪感が沸く。体を激しく揺さぶって抵抗をするが、それを封じるかのように矢紗美の右手がきゅっと剛直を握る。
「大丈夫……すぐに気持ちよくなるわ」
「うううぅ! ううぅーーーーーーーー!!」
 挿入された指がゆっくりと蠢く。月彦は暴れに暴れたが、やはり矢紗美の支配下から逃れる事は出来ない。
「ふふ、嫌がってるフリなんかしちゃって。本当は気持ちよくてたまらないクセに」
「ふっ、ふぐっ……うっ、ううううっ!!」
 無論、月彦は気がついていなかった。矢紗美がしている行為そのものは、他ならぬ月彦自身が由梨子や真央に何度もした事であると。
 それよりも何よりも、逆に“挿入される”という屈辱が困惑を呼び、そして月彦の矜持を蝕んでいた。
(こんなっ……女にっ……!)
 この手錠さえ無ければ!――がちゃがちゃと執拗に鎖を鳴らして脱出を試みるが、やはり叶わない。そうしている間にも矢紗美の右手は剛直を的確に愛撫し、そして左手の指は艶めかしく前立腺を刺激してくる。
「ふっ、ぐ、ぅっ……!」
「ほら、ほら……イきそうなんでしょ? ドロッドロの精液、ちゃんと手で受け止めてあげるから出しちゃっていいのよ?」
 誰がッ!――と、睨み返す余裕は、もう月彦には無かった。矢紗美の愛撫は的確であり、確実に快感を増大させて月彦の理性を追いつめていた。
(くっ、そ……!)
 白く濁りそうな程に湿り気を帯びた行きをボールギャグの穴から漏らしながら、月彦は懸命に絶頂を堪える。
「あはっ、……びくんっ、びくんって震えて……ふふっ……雪乃の為に一生懸命我慢してるの? でも、もう一押しって感じね……」
 そして。
「んっ、ンンンーーーーーーッ!!!」
 挿入されていた指が、二本に増やされる。先走り汁でたっぷりと滑りを増した二本の指は的確に前立腺を刺激し――。
「ングッ……ゥううう!!!!」
 月彦の矜持は、呻き声と共に折れた。


「あはっ、すっごぉい!」
 びゅぐっ、びゅぐと吐き出される白濁の固まりを右手の平で受けながら、矢紗美は快哉を上げる。
「さっすがヤりたい盛りの高校生ね……紺崎クン、一体何日我慢してたの? 凄い量……手から溢れちゃう」
 剛直の先端部を包むように持っていた矢紗美の指の間から、どろりとした白い固まりがしたたり、ぼとり、ぼとりと絨毯の上に落ちていく。
「んっ……凄く濃くて……ゼリーみたい……ねばねばで、匂いもキツくて……んぁっ……ぁっ……やっぱり、若い子っていいわぁ……」
 一頻り射精が終わるや、矢紗美は白く汚れた右手を己の唇に近づけ、れろりと舐める。
「あぁンっ、もう……こんなに凄いのが出るって知ってたら、口でイかせてあげたのにぃ……んっ、ちゅぷっ……はぁ……こんなに、零れて……」
 矢紗美が身震いしながら右手を舐めている間、月彦はといえば完全に脱力状態で横たわっていた。
(負けた――)
 矢紗美の手技に屈してしまったと、忘我と放心の狭間を揺蕩っていたのだ。
「んふふっ……すっかり大人しくなっちゃったわね。……どう、雪乃なんかより全然良かったでしょ?」
 後ろ髪を掴まれ、ぐいと顔を上げさせられる。そんな非人道的な扱いをされて尚、月彦の心は折れたままだった。そんな月彦の様子にますます加虐心を煽られたのか、矢紗美がぶるりと体を震わせる。
「……見て、紺崎クン。紺崎クンが出したものでこんなに絨毯が汚れちゃった」
 ずいと、ドロリとした白濁の散った絨毯を見せつけられる。
「高かったのよ、この絨毯。ま、買ったのは私じゃあないんだけど。こんなに濃いの零されたら、匂いがこびりついて使い物にならないじゃない。どうしてくれるの?」
 先ほどまでとは一風違う、さらに高圧的な言葉。心の折れた相手を一気にたたみかけ、己の支配下へと組み込む――その第一歩。
「ほらっ、言ってみなさいよ。どう弁償するの?」
「ふぐっ……!」
 後ろ髪を掴んでいた手が不意に緩み、月彦はそのまま白濁のたまり場に顔面から突っ込む。生ぬるい感触と強烈な牡液の匂いに、俄に意識が覚醒する。
「ぐぅうっ!」
 が、月彦が顔を上げる事はできなかった。ぐり、と矢紗美の脚が後頭部に乗ったからだ。
「ふふっ……なんて無様な格好なの。両手縛られて、口にもギャグをつけられて……ふふふっ……折角だから写真に撮ってあげるわ」
「っっ、んぐっ!?」
 辛うじて頭を捻り、横目で矢紗美がポケットから携帯電話を取り出すのを見た。そしてレンズ付きのそれが、ぱしゃりとシャッター音を立てるのも。
「ほら、紺崎クン、見える?」
 そして、わざわざ撮った画像を月彦に見せつけてくる。そこには、ズボンとトランクスを膝下まで脱がされた状態で拘束され、頭から精液の海に突っ伏した無様な男の様子がくっきりと映されていた。
「ふふっ……ねえ、紺崎クン。もしも、よ。これはあくまで仮定の話。もし、私が……“うっかり”この画像を雪乃の携帯に送っちゃったらどうなるかしら?」
「っっっっ!!!」
「雪乃は怒る? それとも呆れる? ねえ、紺崎クン……知りたくない?」
「んンンンンゥ!!!! んうっ、ぐっ……!」
 矢紗美のあまりの所行に、再び月彦の心に火がつく。
「なぁに? その呻き声は。試して欲しいって言ってるのかしら」
「んぐっ、ふっ、ぐっ……!」
 月彦は呻き、必死に首を振る。が――
「あ、送っちゃった」
 てへっ、と舌を出しながら矢紗美はいけしゃあしゃあと月彦に液晶画面を見せつけてくる。そこには確かに雪乃の携帯にメールが送られた旨が、送信履歴として残っていた。
 びきっ……そんな音を立てて、手錠の鎖が軋む。しかし、切れない。
「ゴメンねぇ、紺崎クン。でも、ダメならダメってちゃんと言ってくれなきゃ」
 ボールギャグを填めた張本人にそのような事を言われ、月彦の両腕にますます力がこもる。
「なぁに、その目は。もしかして紺崎クン……まだ自分の立場が解ってない?」
 不愉快そうな声とは裏腹に、矢紗美はうっとりと恍惚に潤んだ目で月彦を見下ろし、ぺろりと舌なめずりをする。
「“最初”だからあんまり手荒なことはやらないでおこうと思ったけど、紺崎クンがそのつもりなら……」
 ふふっ、と意味深な笑みを残して、矢紗美は寝室の方へと消える。
(今更、だ――)
 例え矢紗美が鞭を持ってこようが蝋燭を持ってこようが、二度と屈するかと。快感にこそ弱いが、痛みならば。霧亜に痛めつけられた自分に分があると、月彦は情けない根拠ながらも自信をみなぎらせる。
 が。
 寝室から戻ってきた矢紗美が見せたのは、月彦の想像を遙かに超える“凶器”だった。
「ふぐっ!?」
 “それ”を見るなり、月彦は芋虫のような動きでその場から逃げようとした。が、その背が矢紗美に踏まれる。
「待っててね、紺崎クン。すぐ付けるから」
 悪戯っ子のような声と同時に、なにやら衣擦れの音が月彦の耳に届く。矢紗美が履いていたミニスカートがぱさりと背に落ち、月彦は恐る恐る振り返る。
「お・ま・た・せ。……どう? 紺崎クンのには負けるけど……」
 ぺろり、と舌なめずりをしながら矢紗美が己の股間に生えているものを艶めかしく扱く。黒く、男性器を象ったものが同色のパンツのようなものから突きだしているのだ。
 よく見ればそれは、ただ扱いているだけではなく、何かを塗っているのだとわかる。それは、一体何の為か。
「もっと大きいのや、イボ突き、バイブ機能付きなんてのもあるけど……紺崎クンが壊れちゃうかもしれないし、最初はこれでいいよね?」
 必死に逃げようとする月彦の背から再び被さってきて、そんなことを囁いてくる。勿論、何も“良い”筈は無く、月彦は必死に首を振って拒否の意を示す。
(冗談じゃない……!)
 男ならばまだしも――否、男の方が絶対嫌だが――女性相手に掘られようものなら、真狐のレイプに注ぐ第二のトラウマ確定の出来事となってしまう。
 言わずもがな、月彦は今までに無く懸命に抵抗をした。しかし、背後から被さってくる“ケダモノ”の荒い息づかいが耳の裏に当たると、途端ボールギャグの奥でひいと声を漏らしてしまいそうになる。
「ねえ、紺崎クン……挿れてもいい?」
 いつもならば自分が言う側の言葉を囁かれ、さらにディルドーを尻に擦りつけられ、月彦は身を強張らせる。
「ふぐぅぅうう! ぅううっ!! んぅうう!!」
 ぶんぶんと首を振り、これでもかと拒否の意を示す。が、尻に押しつけられる剛直は一向に退く気配がない。
「大丈夫、痛いのは最初だけ、すぐに病みつきになって、私から離れられなくなるわ」
 矢紗美はまるで猫にそうするように、月彦の顎の下を撫でてくる。
「うちの署長なんてハマり過ぎて、月に一度はコレで掘ってあげないとダメな体になっちゃったんだから。そして今じゃあ私の言いなり……くふっ……男って馬鹿よねぇ」
「ううぅうッ!!」
 自分はそうはならない――決意を瞳に込め、矢紗美を睨み付けながら月彦は渾身の力を括約筋へと送る。そこへ、黒い凶器が忍び寄ってくる。
「あぁぁっ、良いわぁ……最高よ、紺崎クン……なんて良い眼をするの!? お願いだから、簡単に“堕ち”て失望なんかさせないでね?」
 月彦の肩に、首に真っ赤なマニキュアの塗られた爪を立てながら、矢紗美が吠える。
「あぁ、ダメ……紺崎クンがそんな顔するから、私の方が先にイッちゃいそう」
 耳の裏にはあはあと手負いの獣のような息が当たり、ぐぅっ、と固まりが押しつけられる。
「ぐっ……がっ……!」
 月彦は全身を強張らせて矢紗美の侵入を拒む。が、しかし凶器は確実に、月彦の中へと侵入してくる。
「ふ、ふっ……力を抜け……なんて言わないわ。こうして、嫌がる子を無理矢理犯す方が……んっ……犯してるって実感できるし」
「……――ッ!!」
 不意に呟いた矢紗美の一言が耳に届くや、雷のように月彦の体に衝撃を与える。
(ま……こ……?)
 刹那、月彦の脳裏に忌まわしい記憶がフラッシュバックする。
 完全に体の自由を奪われ、一方的に犯され、精を搾り取られる恐怖。懇願は無視され、喚き声は嘲笑され、情欲に濡れたケダモノの眼で自分を見下ろしながら腰をくねらせる女の影。
(また、俺は――)
 あんな目に遭うのか。
(い、や、だ――ッ!)
 半ば忘我状態。しかし骨身に染みた恐怖が、肉体を突き動かす。めきめきと、手錠の鎖が軋む。
「はぁっ、はぁっ……ほら、紺崎クン……もうちょっとで入っちゃうわよ? もっと抵抗してよ……つまらな――」
 ばきんっ。
 酷く固いものが弾けるような音が、矢紗美の言葉を止めた。
「……えっ?」
 ころりと、いびつに歪んだ金属の環が絨毯の上に転がる。それに一瞬目を奪われた矢紗美の隙を、獣は見逃さなかった。



 それはきっと、矢紗美にとっては“あり得ない反撃”だったに違いない。
「ばきんって……えっ……? まさか――きゃっ!」
 困惑する矢紗美を、月彦は力ずくでねじ伏せる。咄嗟に柔道の寝技のような動きで“上”を取ろうとする矢紗美の腕を掴み、洒落臭いとばかりにギリリと握りしめる。
「ひっ……!」
 それだけで、矢紗美は全ての抵抗を止めた。月彦はそのまま手を離さず、しっかりと矢紗美を組み敷き、見下ろす。
「や、やだ……紺崎クン、ひょっとして怒ってる? やーね、さっきのは冗談、全部冗談よ」
 矢紗美の弁明など右から左へ聞き流し、月彦は片手で半ば強引にボールギャグを外す。
「メールだって、送ったフリしただけだし、ちょーっと脅かしたらすぐ解放してあげるつもりだったんだから。……紺崎クンなら解ってくれるよね?」
 勿論月彦には聞く耳などある筈もない。自分が組み敷いているのは雛森雪乃の姉ではなく、一匹の獲物であるという認識でしかないのだから。
 矢紗美もまた、そういった獣性に敏感な質らしく、月彦の目を見るなりびくりと身を震わせる。
「わ、解ったわ……紺崎クン。怒らせちゃったお詫びにヤらせてあげる。勿論、雪乃には内緒でね、だから……それで許してくれない?」
 今度は、媚びるような上目遣い。月彦は鼻で笑い飛ばしたい気分だった。
(ヤらせるから、その代わり?)
 そんなものがまだ交渉材料になると思っている矢紗美が哀れにすら思える。最早矢紗美を犯す事は決定事項であり、後はただ――どう犯るかを吟味するだけだというのに。
「ねえ、ほら……私もさっきので凄く興奮してこんなになっちゃってるの。……挿れたくない?」
 矢紗美は自らディルドー付きのパンツを脱ぎ、秘部を露わにする。上はセーター、下半身は裸という出で立ちで脚を開き、濡れた秘部を強調する様に指で広げる。
 そんな矢紗美を前に、月彦は意図的に表情を緩め、いかにも“許した”かのようなそぶりを見せる。
「解りました。それで手を打ちます」
 にやりと笑いそうになるのを誤魔化すような口の動き。矢紗美もまたあくまで怯えるようなそぶりをしながら、内心ほくそ笑んでいるのは明白だった。
「じゃあ、矢紗美さん……俯せになってもらえますか?」
「えっ……俯せ?」
 困惑しつつも月彦の指示通りに俯せになる矢紗美の尻の上に月彦は跨る。
「えっ、えっ……?」
「悪いですけど、縛らせてもらいますね」
 出来の良い男性秘書が報告書を読み上げるようにさらりと言い、月彦は躊躇なく矢紗美のセーターの袖を肩口から引きちぎると、それを紐代わりにして矢紗美の両腕を後ろ手に拘束する。
「ちょっ、何を……!」
 異変に気づき、矢紗美が暴れるが月彦の手は止まらない。あくまでニコニコと、まるで荷造りでもしているかのように、迅速に、そして厳重に矢紗美の両手を縛り上げる。手錠とは違い、毛糸が材料のセーターで十分に拘束するにはその生地の殆どを必要とした。結果、矢紗美は赤いブラだけをつけた状態で俯せに転がされる形になる。
「な、なぁに? 拘束プレイに目覚めちゃったの? 言ってくれれば、手錠ならまだ予備があったのに」
 矢紗美の声は微かに震えていた。それは月彦に対する怯えか、それともセーターを破られた事に対する怒りかは知れない。そして、どうでもいい事だった。
 次に月彦が手にとったのは、先ほど外したボールギャグだった。
「……それも使うの? だったら、涎くらい拭い――ンンっ! やだっ、ちょ……んんぐっ!!!」
 勿論、矢紗美の言葉など聞き流して、月彦は強引に矢紗美の口にボールギャグを装着する。
「さてと、次は何をされたんでしたっけ。……ああ、思い出しました」
 月彦はいきなり、なんの遠慮も無く矢紗美の秘裂に中指を突き挿れる。
「ンンぅ!」
 途端、矢紗美はびくんと尻を震わせ、持ち上げる。構わず月彦は中指でぐちゅぐちゅと矢紗美の中を乱暴にかき回す。
「んぅっ、んっ……んふっ……んぅ!」
 何を言っているのかは全く解らないが、言わんとしている事は推測できた。恐らくもっと優しく――その様な類の事を言っているのだ。勿論、月彦は――
「解りました、指を増やして、もっと激しく、ですね」
 これまた冷静な秘書のようにさらりと言い、そのまま実行した。
「ンンンンぅうう!!! んんっ! んんっ、ンっ!」
 矢紗美が、さらに尻を持ち上がる。最早膝立ちで尻だけを突き出すような体勢になりながら、月彦の指の動きに合わせるように腰をくねらせ始める。
(さすが……経験豊富、って所か……)
 逃げようとするのではなく、さらに快感を求めるように尻を持ち上げてくる辺り、雪乃とは違う。とはいえ、そうしてただ矢紗美に快感を味わわせているだけでは、“報復”とは言えない。
「んっ、ふ、ぅ………………」
 ついと、唐突に指を抜く。途端、矢紗美が酷く焦れったそうな声を上げて、月彦の方へ抗議の視線を送ってくる。
 月彦は無視して、矢紗美の尻に両手を宛い、親指でぐいと秘裂を開く。
「へぇ……随分遊んでるって聞きましたけど、綺麗な色じゃないですか。ひょっとして挿れる方が専門で、挿れられた事はあんまりないんですか?」
 蜜を滴らせながら、ひくひくと蠢くそこに息を吹きかけるように語りかける。
「矢紗美さん、俺は質問しているんですけど?」
「ン゛ンぅ!」
 月彦は無慈悲に、矢紗美の尻を叩く。キッ、と矢紗美が睨み付けてくると、またべしんっと尻を叩く。
「それとも、こうして叩かれたいから態と答えないんですか?」
「んん! んふっ、んンーーーーーーっ!!」
 矢紗美の抗議の呻き声を嘲笑で無視しながら、二度、三度と月彦は尻を叩く。
「くす……どうやら尻を叩かれるのは本当に好きみたいですね」
 ぺしん、と叩いた手でそのまま尻を揉み、先ほどと同様に両手の親指で秘裂を開くと、よりヒクつくように蠢いているのが見える。
「そういえばさっき、ヤらせてくれるとか――そんな事を言ってましたよね」
 尻から手を離し、月彦は矢紗美の背に被さる。丁度、先ほどまで自分に矢紗美がそうしていたように。
「俺ははっきり言って、先生以外の女性とする気はないんです。……でも、矢紗美さんがどうしてもして欲しいって言うのなら、してあげなくもないですよ」
 にゅりっ、と秘裂の表面に剛直を触れさせ、滑らせる。それだけでボールギャグから湿った息が漏れて、月彦はまた口元を歪ませる。
 無論、月彦には矢紗美が答えられない事など百も承知だった。否、仮に答えられたとしても、その答え通りにするつもりなど毛頭無かった。
 矢紗美にも矜持があるのか、露骨に媚びを売るような目をしたりはしない。そう、丁度先ほど月彦がそうした様に、“誰が!”という不屈の意志を込めて睨み返してくる。
(……その目が見たかったんですよ)
 心の内でそう呟いて、月彦がぐっと剛直を秘裂の入り口に宛う。
「わかりました。矢紗美さんがそこまで“お願い”するのなら――」
「ンッ、んぐっ、んんんんンンーーーーーーーーッ!!!!」
 そして、容赦のない挿入。矢紗美が悲鳴を上げるのも構わず、膣道を押し広げ、最奥部を小突く。
「あれ……?」
 そしてはたと、月彦は首を傾げる。“いつも”と違う違和感を感じて、再びぐっと腰を突き出す――が。
「んんんんっ!! んんっ!! んンーーーーっ!!」
 月彦の腕の中で尋常ではなく矢紗美が暴れ、また剛直の先端部の感触からもこれ以上入らないであろう事が解る。
(……矢紗美さんの、狭い……のかな?)
 由梨ちゃんでも全部入ったのに――と、月彦は著しく不満だった。復讐に狩られ、いつもより下半身に血が集まっている事には気がついていないのだ。
「矢紗美さん。……まだ、全部入ってないんですけど」
 あまりの巨塊を無理矢理入れられたからか、目尻に涙すら浮かばせている矢紗美の耳元に、月彦はぼそりと残酷な一言を囁く。
「っ……ぅ……!?」
 首だけで月彦の方を振り返った矢紗美の目には、今日一番の“怯え”が色濃く表れていた。それを見るなり、ゾクリと、月彦の中で得たいの知れないものが猛る。
「先生とだと、きゅっ……って根本まで包んでくれて、すっごく気持ちいいんですけど。これじゃあ、全然ダメですね」
 自分の言葉が、矢紗美の矜持を傷つけていることを実感しながら、月彦は愉悦の笑みを浮かべる。
「狭い割になんかユルいし、イける気がしないですね。やっぱり遊びすぎなんじゃないんですか?」
 月彦は、嘘をついた。雪乃より遙かに体格の小さい矢紗美の膣が狭いのは本当であるが、締め付けもまた強烈だった。だが、あえて――矢紗美のプライドを傷つける為に嘘をついた。
「このままじゃイけそうにないんで、先生との事を思い出しながらすることにしますね。……良いですよね、“先生”?」
 ここで再び矢紗美が涙混じりの目で睨み付けてくるが、それは最早月彦の復讐心を満足させる結果にしか繋がらない。
 月彦は手を伸ばし、ブラをずらして矢紗美の胸元をまさぐりながら徐々に腰を使う。
「はぁ……はぁ……先生……先生っ……」
 それはもう、愛しい人の名を呼ぶ様に。雪乃とするときですらそんなに熱心には呼ばないという程、“先生”と呟きながら月彦は腰を使う。
「くっ、ぅ、……っ、っ……!」
 閉じられない口から、しかし精一杯押し殺そうとしたと見える嬌声が辿々しく漏れる。
「気持ちいいですか? 先生」
 ぐっと押し込み、悲鳴を上げて体を逃がそうとする矢紗美の体をしっかりとつかんでそれを阻止する。
「先生はこうして、奥をぐりぐりってされるのが好きでしたよね」
「っっっっ!! んっ、んふっ……んぶぶぶぶぅぅっ……うぅゥッ!!!! ンゥーーーッッ!!!」
 ごりゅっ、ごりゅと無理矢理膣道を伸ばすような月彦の動きに矢紗美は暴れ、悲鳴を上げる。
「ダメですよ、矢紗美さん。先生はそんな交尾中の豚みたいな声を上げたりしません。ちゃんと先生の代わりになって下さい」
「ングッ……フーッ、フーッ……フーッ……」
 抽送を止め、矢紗美の顎をつかんでくいと振り向かせる。ボールギャグの穴から唾液を零しながら月彦を睨むその目には、まだ強い光が宿っていた。
(さっきは……俺がこんな感じだったのか)
 そんな事を思って、月彦は口元を歪める。
(そりゃあ……矢紗美さんも虐めたくなるわけだ)
 そして同様の気分が己の中で高まるのを感じる。負けん気の強そうな矢紗美の顔を、怯えと哀願で染めてやりたいと思う。
(…………俺って、ひょっとしてSっ気があるんだろうか)
 等という分析は、全てが終わった後にゆっくりやることに決めて、月彦は矢紗美の耳に強めに歯を立てる。
「……次、NGを出したら……無理矢理根本までねじ込みますからね」
 そしてぼそりと、可能な限り冷酷な声で囁く。同時に矢紗美が身を竦ませるのを腕の中で感じ取り、ゾクリと月彦もまた身震いをする。
「じゃあ、いきますよ……“先生”」
 月彦は抽送を再開するが、矢紗美は相変わらずくぐもった声しか出さない。それもその筈、そういう器具を取り付けているのだから。
 しかし、月彦は気がついた。矢紗美の動きが妙だったのだ。両腕を封じられている矢紗美は否が応にも上体はカーペットの上に伏せたままになる。至極、抽送の度に前後に揺さぶられる形になるのだが、その反動を利用して矢紗美はボールギャグをカーペットに擦りつけていた。
「どうしたんですか、先生?」
 月彦は再び抽送を止め、矢紗美の上半身を抱き起こすようにして問いかける。矢紗美は物言いたげな目でジッと月彦を見る。喋れず、手も封じられている矢紗美には身振りと視線しか意志を伝える術が無いからだ。
「……コレ、外して欲しいんですか?」
「ンぐっ……んっ……」
 一瞬の逡巡の後、矢紗美は大きく頷いた。……月彦が、また残酷な笑みを浮かべる。
「お願いします、外して下さい――そう言えたら、外してあげてもいいですよ」
「っっっっっ……!!!」
「言えないんですか? じゃあダメですね」
 どんっ、と半ば突き飛ばすようにして再び矢紗美を伏せさせ、その腰に手を引っかけるようにして抽送を再開させる。
「ンンッ、ンぐっ……んんっ……んふっ、フーッ、フーッ……ンンンッ!!」
「あぁ……先生、良いですよ……んっ……ほら、もっと腰を使って下さい」
 促すように、ぺしんと尻を叩く。渋々……とでもいうように腰を使い始める矢紗美の背を見下ろしながら、月彦はますます快感を高めていく。
「……先生、今日はこのまま“ナカ”で良いですよね?」
 良い感じに気分が高まってきた所で、月彦はまた囁きかける。
「んぐっ……!? んぅゥ! うーっ、うゥー!!!!」
 矢紗美は当然のように大声を上げ、首をぶんぶんと横に振る。
「はぁっ、はぁっ……ダメならダメ、ってちゃんと、言ってくださいね? そしたら、外に出しますからっ……ふぅっ……ふぅっ……」
 矢紗美の耳の裏に息を吹きかけながら、月彦は最後のスパートをかける。
「ンンんぐぅ! うーーーーッ!!! んぅっ! んっ! んぅうぅう!!!」
 矢紗美の必死の声は、ただその響きだけで許しを請っているのがわかるものだった。だが、月彦は――。
「はぁっ……はぁっ……すっげ、気持ちいい……先生の、ナカ……出します、よ……ッ…………!」
「ンンッ……………………ッ………………!!!!」
 どくんっ、と下腹部に“衝撃”を受けた刹那。矢紗美の瞳からほろりと涙が伝う。
「はーっ……はーっ……やべっ……すっげぇ出る…………」
 逃げられぬ様、月彦は矢紗美の体をしっかりと抱きしめ、その膣奥にびゅぐんっ、びゅぐんと子種を注ぎ込んでいく。その量は相変わらずで―― 一度出しているにもかかわらず――ぶびゅるっ、と汚らしい音を立てて糸も容易く結合部から漏れだしてしまう。
「ふぅ……ふぅ……もう、少し待ってくださいね……まだ、出ますから……」
 先端部を矢紗美の膣奥に擦りつけるようにして、最後の一射をびゅるっと出すや、矢紗美の体から力が抜ける。
 ひとまずだが、“陵辱”は終わった――とでも思ったのか。だとすれば、“妹の彼氏”の本性をあまりに知らなすぎると言わざるを得ない。
「ふぅぅ…………さて、と……じゃあ、このまま二回目……いきますね」
 月彦の呟きに、矢紗美は再度身を固くして背後を振り返る。
「安心してください。さっきはああ言いましたけど、無理矢理根本まで……なんてしませんから。ちゃんと何度も突いて、少しずつ矢紗美さんのナカ伸ばして全部入るようにしてあげますから」
「っっっ……ンンッぐっ……!」
 矢紗美は悲鳴を上げ、這って逃げようとするが、無論逃げ切れる筈もなく、容易く月彦に組み敷かれてしまう。
「くすっ……そうやって“怯えるフリ”をする矢紗美さん、可愛いですよ」
 月彦が“正気”に戻るには、まだ時がかかるのだった。


 



「凄いですね。涎が溢れて、犬みたいですよ?」
 矢紗美の上半身を炬燵のテーブルの上に乗せ――予め乗っていたカセットコンロなどは端に寄せた――月彦は背後から突き上げる。突きながら顔を上げさせ、そして前面にある立ち見鏡に映る醜態を、矢紗美自身に見せつけているのだ。
「んんっ! んんンぅっ、ふ……!」
 呻き声を上げ、首を振って目を逸らそうとする矢紗美の髪を掴み、阻止する。
 既に後ろからだけで三度。溢れた白濁が太股を伝い、炬燵のカバーを汚す事など無論月彦は頓着しない。ただただ、快楽を貪るのみだ。
「うん……?」
 その時、不意に月彦の耳に奇妙な音が飛び込んでくる。低く、唸るようなその音は炬燵の周辺から聞こえ、視線を走らせたその先にあったのは――矢紗美の携帯電話だった。
 恐らくは、マナーモードに設定された携帯がメールかなにかを受信したのだろう。月彦はニヤリと悪い笑みを浮かべ、携帯電話を手に取る。
「……そういえば俺、矢紗美さんに写真とられたんですよね」
「んぐっ、んぶっ……んんんっ!!!」
 これから始まる事を悟ったのか、ボールギャグの穴から唾液を零しながら矢紗美が暴れる。
「まずは俺の写真を消去、と。…………おや、これは――」
 そして月彦は見た。写メでとられた画像が保存されているフォルダには、月彦以外の様々な男達のあられもない姿を撮った画像が収められていたのだ。老若問わず、外国人から明らかに小学生だろうという体格の男子まで。その数は夥しいの一言だった。
「随分遊んでるんですね、先生の言った通りだ」
「んんっ! んぶっ、んんっ、んっ!」
「とりあえず俺の写真は消して……と。他のは……どうしようかな」
「ンンーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!」
 ニヤリと悪魔の笑みを浮かべる月彦に対し、矢紗美は必死に声を荒げ、首を振る。が、必死の懇願とは裏腹に月彦の指はよどみなく動き、フォルダごといっきに画像を消してしまう。
「ああ、すみません。間違って全部消しちゃいました」
「………………!!」
「大丈夫ですよ。容量が開いた分はちゃんと…………矢紗美さんの写真で埋めてあげますから」
 ぱしゃん、ぱしゃんと電子音めいたシャッター音を立てて、月彦は矢紗美の痴態画像を携帯に収めていく。最初こそ抵抗のそぶりをみせた矢紗美だったが、次第にその無力を悟り、月彦にされるがままとなっていった。
「矢紗美さん、抵抗しないんですか? こんな所も撮っちゃいますよ?」
 唾液まみれの矢紗美の顔はもとより、とろとろと白濁を零す秘裂のアップ等々、数十枚に及び月彦は撮り続けた。
「さてと、後はこの画像を誰に送りましょうか。リクエストはありますか?」
「ッッッ!?」
「何を驚いてるんですか? さっき矢紗美さんが俺にやったことじゃないですか」
 とはいえ、月彦もさすがにそこまでやるつもりはなかった。後で雪乃が起きる前に雪乃の携帯から画像を消せば良い月彦とは違い、矢紗美の画像を本当に誰かに送ってしまったらそれこそ大変な事になってしまう。――幸い、その程度の“先”を考える頭は今の月彦にも残っていた。
(でも、送るフリくらいなら――)
 画像を添付せずに空メールを送るだけでも、矢紗美にはショックを与える事が出来る筈だ。月彦は適当な送信相手を捜すべく、アドレス帳を開こうとした。――しかし、自身が携帯を持っていない為、操作を間違えて送信済みフォルダを開いてしまう。そこではたと、気がついた。
(これは……さっき先生に送ったメール……)
 送信済みフォルダの最上段にあるのは、紛れもない先ほど矢紗美が送ったメールだ。しかしそれには、何の文章も画像も添付されていない、ただの空メールだった。
(矢紗美さんも、ハッタリだったのか)
 ならば、単純に自分の痴態写真をコレクションの一つとして加えたかっただけなのだろうか。
(……ひょっとして、そんなに悪い人じゃあないのかな)
 とは思うも、しかし写真を撮られた事は事実であり、若干怒りは収まったモノの消えたわけではない。
「……まぁ、良いです。さすがにそこまでしちゃったら、矢紗美さんと同じになってしまいますね」
 ぽいと携帯を捨て、再び矢紗美の体を押し倒す。ボールギャグの金具を外すと同時に、さもそうするのが当然とでもいうかのように、ずんと貫く。
「んはっ……ぁっ……あんっ、あっ、あぁっ、あ!」
 どろりとした唾液と共にボールが矢紗美の口から落ち、途端に矢紗美が喘ぎ始める。
「ん……? くぐもった声でよく分かりませんでしたけど、ひょっとして矢紗美さんも結構楽しんじゃってます?」
「っ……うる、さい……んっっ! ぁっ、ぁん!」
 ギャグを外した途端、気力まで復活したのか、矢紗美が振り返るようにして睨み返してくる。
「貴方、ねぇ……あたし、にっ……ぅんっ……こんな、コト、して……あんっ! ただで、ぅ……ぁあぁッ!」
「すみませんけど、文句を言うか喘ぐか、どっちか片方にしてもらえませんか?」
「っっっッッ!!!!! こ、殺し……ンッ! 殺して、やるっ……ぁっ、あぁッ! んっ、ぁっ、……こらっ、奥、突くの、やめっ……ンンッ!!」
「止めませんよ。止めたら……俺のコト殺すつもりなんでしょう?」
 何を大げさなコトを――と月彦は嘲笑すらしながら、矢紗美のナカを味わう動きを止めない。
「んぁあッ、ひうっぅ……今、ならっぁっ……許っしッ……ぁっ、ひぁっ……だか、らっぁっ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜ッッッ!!!!!」
「へぇ……矢紗美さんってナカより、こっちをコリコリされる方が気持ちいいんですか?」
 矢紗美の言葉など右から左。結合部に手を伸ばし、勃起している突起部を指先で弄ぶ。
「ひぁっ、ひゃぁあァ! そこ、らめっ……そこ、やぁぁあっっ、コリコリらめぇええェッ!!」
 甲高い声を上げて、矢紗美が尻をぶるりと震わせる。同時にぎゅうっ、と収縮が始まり、月彦の方も呻き声を上げてしまう。
「く、は……ッ……」
 締まる――などと口にでもしようものならば、折角折った矢紗美の矜持が復活してしまいかねない。月彦は意地でも平生を装う。
「っ……それで、締めてるつもりですか? これなら、先生の方が……全然……っくッ……」
 ヤバイ、出る!――限界が瞬く間に近づいてきて、月彦は冷や汗を掻く。
「ッ……く、矢紗美さん、出します、よ――」
「ぇ、やっ……らめっ、外、外にぃっ……ぁっ、ぁぁぁあああああッ!!!」
 ぱんっ、ぱんと尻が鳴る程に腰を打ち付け、反動でガタガタとテーブルが揺れるもお構いなし。絶頂を前にしたケダモノには周囲への気遣いも、そして妊娠の危惧すら皆無だった。
「ぁあっぁっ、ぁっぁっぁっ! らめっ、らめっ……ぁあっあっ、中、らめっ、ぁああぁぁあああァァッ!!!!!」
 暴れる矢紗美の肩をテーブルに押さえつけ、月彦はギリギリまで剛直を押し込み、びゅぐん……と牡液をぶちまける。
「ひっ、ぁ……!」
 舌を突き出すようにして白濁の衝撃を受け止め、矢紗美もまたびくん、びくんと全身を震わせる。
「ふーっ……ふーっ…………なんだ、矢紗美さんもイッちゃったんですか?」
 ごちゅ、ごちゅとマーキングをしながら尋ねると、またしても矢紗美が睨み返してくる。
「っっ……なんで……そんなに、元気なのよ……それに、こんなに――」
「さぁ、“ヤりたい盛りの高校生”だからじゃないですか?」
「い、異常よッッ……雪乃のバカ……よりにもよって、こんな奴と――ぁあぁッ!!」
「こんな奴、なんて……随分酷いですね。それじゃあまるで俺が節操の無いケダモノみたいじゃないですか」
「その通りじゃ――ぁぁああぁああッ!!! やっ、っちょ……動かさっ…………っっっ!!」
「勘違いしないで下さいね。先に手を出してきたのは矢紗美さんの方なんですから。俺はただ、やられた事をやり返しているだけです」
「っっ……これ、だけすれば……十分、でしょ……もう、これ……解い――んぁッ!」
「ダメです。解いたらまた、合気道だか柔道だかの技で俺を押さえ込む気なんでしょう?」
「し、しないっ……もう、何もしないから、だから――」
「変ですね……俺にいろいろやられて、随分頭に来てる筈の矢紗美さんがそんな下手に出るなんて。これはもう何か罠があるとしか」
「っっ……この、悪ガキッッ、いいからさっさと解きなさい! いい加減にしないと、ッ……ほ、本当、ッくっ……〜〜〜っっっ!!!」
 矢紗美の言葉を阻害するように腰を動かすと、唇を噛んで声を押し殺してしまう。
「それとも何ですか。矢紗美さん、ひょっとして――」
 月彦は矢紗美の脚を肩にかけ、潜るようにして挿入したままテーブルの上で反転させる。赤のブラは既に外れており、矢紗美が身につけているものは両手を拘束している破れたセーターと黒の靴下のみだ。
「……クセになっちゃいましたか?」
 ぐっ、と中出しした牡液を擦りつけるように剛直を動かすと、途端矢紗美は腰を撥ねさせ、唇を噛む。
(……そんな所だけ、先生とそっくりなんだ)
 外見も性格も全然違うのに“中出しがクセになりやすい”という点だけ酷似している姉妹――微笑ましくて、月彦はつい笑みを零してしまう。
「な、何笑って……あぁンっ!!」
「良い声ですね。……矢紗美さんのそういう声、もっと聞かせて下さい」
「だ、誰っが……こんな、か、固い、だけ、の……粗チンなんかでっ……ッぅ!」
「じゃあその粗末なモノすら満足に入らない矢紗美さんは何ですか?」
「う、うるさい! と、とにかく、動かさ――ッん! ぁっ、うっ、んっ!」
 腰をつかいながら、今度は一転、ケダモノの様な攻めから恋人同士のような甘い愛撫を開始する。ひどく慣れた手つきで首を撫で肩を撫で、そして胸元を触る。
「へえ、背が低くても、出るところはちゃんと出てるんですね。さすが……先生のお姉さんですね」
「バカ……雪乃の胸と……比べたりなんかしたら殺すわよ。あっちが、非常識なだけ、ンッ……なんだから……ぁっ……」
「そうですか?」
 俺はもっと非常識なおっぱいを知ってますけど――と月彦は心の中で付け加え、矢紗美の乳を堪能する。
 大きさそのものは真央以下だが由梨子以上。つんと上を向いた先端に唇を這わせ、舌先で転がしながら歯で軽く噛む。
「ッ……もうっ、さっさと出して、終わりにしてよ……いつまで……んっ……!」
「すみません。俺……女性の胸がすごく好きなんです。先生の大きいおっぱいも良かったですけど、矢紗美さんのも弾力があって好きですよ」
「っ……だから、何っよ……ぅっ……言っとくけど、今更、懐柔しよう、ったって……んぁっ……!」
「そんなつもりは毛頭ありませんけど」
 ぐりぐりと剛直で擦る位置をずらしながら、矢紗美が弱い箇所を捜す。しかし矢紗美も然る者、巧みに反応を誤魔化してそれを月彦に悟られまいとしている様だった。
「っ……ぁっ、ぁあン!!」
 しかしその偽装もいつまでも続けられるものではない。突然矢紗美が甲高く、ひどく甘い声で戦慄いた刹那、月彦はにやりと口元を歪める。
「ぇっ、いやっ、ちょっ……あンッ! やっぁっ、っ……そこ、っ……はっ、んんっ、ぁっ……!」
「なんだ。ちゃんとナカでも感じられるんじゃないですか。……じゃあ、ココを擦りながら、矢紗美さんが大好きな場所をコリコリしたら、すごく気持ちいい筈ですよね」
「え……や、やだ、ちょっ……何言って――ひッっ! ぁっ、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!!」
 月彦は小刻みに腰を動かしながら、右手で淫核を刺激する。
「ぁあぁぁぁぁぁっ、あうっ、ぁっっ、ぁぁっ、ぁぅっ! やっ、らめっ、そこっ……らめっ……あっあぁぁあぁぁっぁぁぁぁッ!!!」
「ぅっ、ぉ……!」
 両足でブリッジするような体勢のまま、腰をガクガクと揺さぶり、矢紗美が声にならない声を上げる。同時にきゅんっ、きゅんと膣内が締まり、月彦もまた声を漏らしてしまう。
「ぁっ、あっ、あっぁっぁっぁあっあっ、ら、めっ、らめっ……ぁっ、ぁっあっ、い、イクッ……ぁあっ、イくぅううッ!!!」
 くんっと矢紗美がつま先立ちし、潮を吹きながらイッてしまう。
「くす……潮吹いちゃうくらい良かったんですか。……でも、俺はまだイッてませんよ」
「ぇっ……ぁっ、やあっ、らめっ、あっあっ、あっ、あぁぁぁぁあァァァーーーーーーーーッッッ!!!!!」
 絶頂で痙攣をするように跳ねる矢紗美の体を無理矢理押さえつけ、月彦はスパートをかける。ぎゅうっ、と収縮した膣内を無理矢理こじ開けるように貫き、そしてびゅぐんっ、びゅぐんと白濁をぶちまける。
「ぁぁぁっぁっ……また、ナカにぃ…………」
 もう、何かを諦めたような声で矢紗美が陶然と呟く。月彦も俄に脱力し、矢紗美に被さりながら、耳元で一言。
「さて次は……絨毯の上に下りてやりましょうか」
 時刻は午前二時。真央とのHローテーションで言えば、一番月彦のテンションが上がる時間帯だった。


(一体、何者なのよ……コイツ……)
 不可解。かつて経験した数多の男達のどれにも当てはまらない、文字通り“怪物”が目の前に居た。
「矢紗美さん、どうしたんですか? 元気ないみたいですけど」
「っっっ……!」
 自分を絨毯の上に押し倒し、そうするのが当然のように犯している男に向かって、何時間してると思ってるのかと、矢紗美は罵声を浴びせたかった。
(タフとか、絶倫とか、そういう次元じゃないわ……)
 過去、矢紗美もそういった手合いの男達を相手にした経験はあった。それこそ、二人、三人を相手に一晩中ヤり続けた事もある。だが、そういった経験があるからこそ、眼前の男の異常さが寄り際立つのだった。
(この色ガキ……どういう体の構造してるのよ……)
 男性の射精は、回数を重ねる毎に確実に量、濃さが激減する。それは矢紗美も知っている。“実験”と称して後輩を何人か見繕い、何度も射精させて大体何回くらいが限界なのかを調べた事もある。
 だが、この男は、月彦は。
「……矢紗美さんッ……出します、よ……!」
「っ……っ!」
 腰を掴まれ、逃げられないようにされた後、びゅぐんっ……とまた中出しをされる。どろりとした熱い塊が、凄まじい勢いで膣内に注ぎ込まれてくるのが“振動”で解る。
(だ、め――!)
 膣壁を叩くその奔流の凄まじさに、つい声を出してしまいそうになるのを、矢紗美は唇を噛んで堪える。
(何よ、これ……ッ……奥に、張り付いて……ッ!)
 これまでは膣奥ギリギリまで挿入され、そのまま中出しをされた。びゅぐんっ、びゅぐんと剛直が震え、牡液が溢れるたびに強引に肉襞が押し広げられ、結合部から漏れだした。
 矢紗美は過去、どんな男相手でもその様な凄まじい射精をされた経験が無かった。そもそも、“挿れさせてあげた”事自体が――“犯した”回数に比べれば、だが――希有なのだが。
(それを、今度は……ッ……)
 一体どういう心境の変化があったのだろうか。ギリギリまで挿入していた剛直を逆にギリギリまで引き抜き、まるで矢紗美の膣内を精液で満たそうとするかのような射精。とはいえ、さすがの月彦の辞書にも“衰え”の項目はあるのか、最初の方に比べればその量は格段に少なくはなっていた。――それでも、数日我慢した常人よりは遙かに多いのだが。
「くっ……ンッ……!」
 矢紗美は、自分が色めいた声を漏らしている事に気がついた。先ほどまでは中出しされると、それを膣壁に塗り込むような剛直の動きによって大半に外に漏れだしてしまっていた。だが、今回の月彦はそれをしてこなかった。
(やっ、ッ……凄く……熱い…………ッ……)
 びたぁ……と膣の内側に張り付いた牡液は、人間の体内から放出されたとは思えぬ程に熱を帯びていて、それがじわじわと矢紗美の下腹部へと広がっていく。
(子宮が……灼けちゃう……ッ……!)
 手を封じられた矢紗美にはどうすることも出来ない。辛うじて身をよじっても、それはさらなる焦燥しか呼ばない。
(ち、がう……これは……)
 そして、矢紗美は気がつく。本当に熱を帯びているのは、牡液の方ではない。自分の下腹部の方なのだと。
『クセになっちゃいましたか?』
 先ほどの月彦の得意げな声を思い出して、矢紗美はギリッと奥歯を噛みしめる。決して認めたくはない。認めたくはないが――しかし、体は求めていた。
 特濃の牡液をぐりゅぐりゅと膣壁に塗りつけられる、あの感触を。背徳と堕落の入り交じった、本能的な快楽を。
「……やッ!」
 不意にぬぅっ……と剛直が引き抜かれた。その瞬間、矢紗美は声を上げていた。
「だ、め……止めないでぇ…………」
 息も絶え絶えに、自分の意志とは無関係に唇が動く。
「もっと……してぇ……」
 もし両手が自由であれば、きっとすがりついていた。それほどの強烈な衝動が下腹部から突き上がり、本来の矢紗美の意志を完全に無視していた。
(どうして、こんな奴に――ッ)
 己がやろうとしたことは棚に上げて、怒りの籠もった目で月彦を睨み付けた――つもりだった。しかし実際には、情欲に飢えた、濡れた牝の目でじぃと見上げることしか出来ない。
「どうしたんですか? ずっと止めろ、止めろって騒いでたじゃないですか」
「やぁぁっ……意地悪言わないでぇ! 早く入れてっ、かき回してぇ!」
 腰をうねうねとくねらせながら、矢紗美は声を荒げていた。
「さすがに俺も疲れましたから、そろそろ帰ろうかなって思うんですけど」
 相変わらず股間はギン立ちのクセに、月彦はそんな事を言う。無論、意地悪で言っているのは矢紗美には百も承知だった。
「いや……続けて、お願い……。何でもするから、だから――」
「……何でも?」
 月彦の声は極めて冷酷だった。まるで悪魔に契約を求められた時のような悪寒が背筋を走る。
「紺崎クンの言うこと、なんでも聞くから、言うとおりにするから……だから、して…………」
 しかし、下腹部の熱で焦れに焦れた体が矢紗美の意志とは無関係に返事を返してしまう。膣内に残った白濁の感触が、まるで強力な媚薬のように矢紗美の体を蝕んでいた。
「解りました。……じゃあまず、その証拠を見せてくれますか?」
 月彦の補助を受けて、矢紗美は膝立ちの状態にさせられる。反対に月彦は炬燵のテーブルに腰掛け、ずいと股間を強調する。それだけでもう、矢紗美は何を要求されているのかを理解した。
「んぷっ……」
 何も言われないうちから、矢紗美は剛直に口をつけ、奉仕を始める。
(だ、め……もう、逆らえない……)
 体に引きずられる形で、心まで屈してしまう。そうなってしまえば、後はもう、ケダモノのように快楽を貪るのみだった。



「んっ……良いですよ、矢紗美さん……そのまま、そう……舌で……」
 矢紗美の髪を撫でながら、その達者な口戯に月彦は陶然と酔う。
(……にしても、随分と――)
 大人しくなったものだと思う。ほんの少し前までは止めろだのなんだのとギャアギャア騒いでいたのが、ものの数分でこのていたらくだ。
(ひょっとして、随分前から我慢してたのかな?)
 雪乃同様、矢紗美もクセになりやすい体質なのだろうとは推測していた。だから“こうされたら弱いんじゃないかな?”――と思い、それを実行した。結果、効果は覿面だった。
「んぷっ、ふっ…………んっ、んっ……!」
 うとぉ……と濡れた目を細め、剛直にむしゃぶりつく様はそれだけで牡の情欲を刺激する姿だった。月彦は僅かに悩み、そしてとうとう――矢紗美の拘束を解く事にした。
(もう大丈夫だろう……)
 そもそも、矢紗美の腕っ節を警戒しての拘束だったのだ。当の矢紗美に逆らう意志がないのならば、拘束は無意味だ。
 破れて絡みついているセーター生地をさらに破るようにして拘束を解くと、矢紗美は剛直を加えたままにぃ……と雅に笑む。
「んふっ……んっ……じゅるっ、んっ……!」
 そして手も加えた口戯を始め、そのあまりの快感に月彦は背を仰け反らせてしまう。
「んはっ……きもひいー? ほんらひふんっ……んぷっ……んっ……」
「ッ……ええ、すごく……良いですよ」
「んくっ、んっ……わらひも、おいひーよ……ほんらひふんほ、ひんぽっ……んっ……じゅぷっ、んっぷっ……」
 先ほどまでの毒舌、反抗が嘘のような従順な態度。例えるなら、噛みつき、引っ掻き、手の施しようの無かった野良猫が、一転して甘え上手な飼い猫へと変貌したようなもの。
 至極、月彦にも情が湧く。
「んんっ、……ひんぽっ……ひんぽっ……おいひー…………んくっ……」
「っ……や、矢紗美さっ……それ、やばっ……くぁっ……!」
 ぐいっ、と月彦は矢紗美の頭を抑え、そして喉奥へと剛直を押し込む。
「んんんんっ!!! んっ!」
 どくりっ、どくっ……どくっ……。
 矢紗美の喉奥にこれでもかと白濁をぶちまける。矢紗美の方もさすがに慣れたものの用で、ごくり、ごくっ、とよどみなく喉を鳴らし、それらを嚥下していく。
「んぷっ、ふぅ……もうっ……喉じゃなくて、口に出して欲しかったのにぃ…………」
 口を離した後も、焦れったげに剛直を手で弄りながら、濡れた目で見上げてくる。
「紺崎クンの……ゼリーみたいな精液……舌でレロレロって転がして、唾とくちゅくちゅって混ぜてゴックンってしたかったのにぃ……ぁっ……まだ中に少し残ってる……。んっちゅっ……」
「ッうぁっ……!」
 そして、尿道に残っていた分まで吸い上げ、ぺろりと舌なめずり。
「ねぇ、紺崎クン……約束ぅ」
「えっ……」
「もう、さっきからおまんこの奥が熱くてたまんないの……だから、ね?」
「……解りました。約束……ですもんね」
 ノリノリの矢紗美に半ば気圧されながらも、月彦はその体を抱き留め、そして優しくカーペットの上に寝かせ直す。そして――
「んぁっ! あっ、……ぁぁぁぁぁぁぁ…………ふぁぁ……!」
 尋常では無いほどに――恐らく、フェラをしながらそうとう興奮したのだろう――濡れそぼっている矢紗美の中に挿入するや、なんとも甘い声。
「あぁっ、ぁッ! そこっ、そこ、いいのっ……ぐりゅぐりゅってしてぇッ!!」
 矢紗美に言われるままに、月彦は剛直を深く挿入し、ぐりゅっ、ぐりゅと動かす。
「あっ、あッ、あッ、あァーーーーーーーーーッ!!!!! あぁっ、ァッ、ひぃっ、……す、ご、い……コレ、いいっ……凄く、いぃ、のっ……!」
 自由になった両手を月彦の首に絡め脇に絡め、或いはカーペットに爪を立てながら、矢紗美は悶え狂う。
「あはぁぁあっ、紺崎クンのぉっ……かったぁいおちんぽでぇっ、ぐりゅぐりゅってされるとぉ……んぁっ! 凄く、いいっ……んぁぁあっぁっ、もっと、もっと濃いの擦り付けてぇえッ!!」
「っ……う、わっ……!」
 矢紗美が両手を肩に掛けてきて、自ら腰を使って剛直に肉襞を擦りつけてくる。
「ちょっ……矢紗美さっ……それ、ヤバっ……!」
「なぁに……? さっきまで人のこと好き勝手犯しておいて、もうギブなのぉ?」
 腰をぐねぐねと動かし、さらに脚まで絡めてくる。
「ほぉらぁ……早くぅ、続きぃ……もっと、ごりゅごりゅってシて?」
「は、はい……ッ、こう、ですか……?」
「あぁっ、ぁんっ! ぁっ、ぁっ、ぁっ……あぁぁぁっっ、いいっ、すごくっ、いぃのぉっ……あぁっっぁっ、ぁっ、!」
 矢紗美に指示されるままに、月彦はギリギリまで挿入してぐりゅんっ、ぐりゅんと腰をくねらせる。その都度、矢紗美は甲高い声を上げて仰け反り、痙攣するように締め付けてくる。
(くっ……いつの、まにかっ……)
 場の主導権が矢紗美に移ってしまっている。口戯の段階までは確かに自分が握っていた筈なのに――月彦は剛直から伝わってくる過度の快感に歯を食いしばりながら、何とか主導権を取り戻すべく策を練る。
「はぁっ、はぁっ……ねぇ、紺崎クン」
 きゅぅぅううっ、と締め付けながら、矢紗美がなんとも悪い笑みで――そして情欲に濡れた目で――じぃと見上げてくる。
「なっ、なんでしょうか」
「雪乃にも、こんな風にシたの?」
 きゅんっ、と締め付けられる。
「はぅっ……こ、こんな風に、って……?」
「惚けちゃってぇ……私にシたみたいに、雪乃も犯したのかって聞いてるの」
「そ、そんな事は……してません……ッ……」
 たぶん、と月彦は冷や汗混じりに心の内で呟く。
(どっちかっていうと、襲われたのは俺の方の、筈……)
 少なくとも、最初は――月彦は雪乃との馴れ初めを思い出して、自説に自信を持つ。
「嘘ばっかり。嫌がる雪乃を無理矢理犯して、何度も何度も中出しして、そして虜にしちゃったんでしょう?」
「し、してませんっ……!」
 きゅんっ、とまた締め付けられる。危うく暴発しかけ、月彦は咄嗟に腰を引こうとするも、矢紗美の脚が絡んでそれもできない。
(凄い……尋問だ……)
 冷や汗どころか脂汗を滲ませながら、月彦は絶頂を堪える。もし、今快感に負けて出してしまったら――完全に矢紗美に主導権を握られてしまう。そんな予感がしたからだ。
「どぷっ、どぷって。ドロッドロの濃いのを何回も何回も出して、塗りつけて、イかせたんでしょ。処女の雪乃相手にそんな事するなんて、紺崎クンって大悪党ね」
「なっ……だからっ、そんな事、してませんっ……せ、先生とは、ふ、普通に……く、ぁ……」
 嘘でしょう? とばかりに矢紗美が肉襞でにゅりにゅりと剛直を扱いてくる為、月彦は弁明すら困難になってしまう。
「どうせ学校でもしてるんでしょ? あの子は真面目だから、当然嫌がるけど……でも、紺崎クンの言うことには逆らえないから、放課後の教室なんかで――ううん、授業サボってトイレの中でとか」
「なっ……くっ……」
「ローターつけたまま、授業させたり、英語でおねだりさせたり、エロい事言わせたりしてるんでしょ。この変態っ」
「っっ……邪推も、いい加減、にっ……!」
 月彦は腰を軽く引き、ずんっ、と大きく突く。途端、矢紗美の言葉は止まり、代わりに甲高い声で鳴く。
「あぁンッ! あぁっ、ぁっ……可哀相な、雪乃っ……こんなのっ、挿れられ、てっンッ……何度もびゅぐんっ、って出されてっぇっ、あんっ! ぐりゅぐりゅってっ、されたらっ、もう、逆らえなっっぅんっ……!」
「だっ、か、らっ……そんな事、してませんって、何度っ……っぁっ……!」
「あぁっぁっ……んっ……紺崎クンも、イきそう、なの? はぁ、はぁっ……いい、よっ……出して、ぇっ……びゅぐぅっ、って、塗りつけてぇっ……!」
「っ、ぁ、くっ……い、言われなく、てもっ……くはっ、ぁっ……!」
 ぐぐぐっ、と一際深く――根本まで強引に挿入し、びゅぐんっ、と牡液を迸らせる。
「あぁぁあああっああッ!! ぁああっ、いいっ、これっ、良いのぉっ! ぁああっっ、イくっ、おまんこイクッ、イッちゃうゥウッ!!!!」
 月彦の背に爪を立てながら、矢紗美が狂った獣のように声を荒げる。その間も、びゅぐんっ、びゅぐんと射精は続き、結合部からごぽりと漏れ出してしまう。
「ぁぁぁっぁあンっ……ぁあっ、ぁっ……すご、い…………おまんこ灼けちゃいそう…………はぁぁ…………」
 きゅんっ、きゅんと搾る取るように締め付けながら、矢紗美はすっかりご満悦の様子だった。
「はーっ…………はーっ…………つ、疲れた…………」
 さすがの月彦も疲労を覚え、矢紗美に被さるようにして項垂れる。
「ねぇ……紺崎クン」
 そんな月彦の耳に、ぼそぼそと悪い声が届く。
「次は……あっちでしない?」
 矢紗美が指さしたのは、寝室へと続くドアだった。



「や、矢紗美さん……やっぱりマズイですって」
「何言ってるの、紺崎クンだってまんざらじゃないクセに」
 矢紗美はフラフラと立ち上がると、寝室へと続くドアを開け、オレンジ色の室内灯だけを点ける。薄ぼんやりとした闇の中で、ダブルベッドですうすうと気持ちよさそうに寝る雪乃の姿が浮かんでくる。
「ほら、紺崎クンも早く」
 矢紗美はダブルベッドの左半分にぽーんと飛び乗り、手招き。一方、月彦は入り口でたじろぐ。
(こんな事して、もし先生が起きたら……)
 大惨事は免れない。
「だーいじょうぶだって。ほら、こんなコトしても起きないんだから」
 矢紗美は雪乃の頬をつかみ、むにぃ……と横に伸ばして見せる。
「で、でも……さすがに――」
「ふーん……紺崎クンって案外気が小さいんだ。さっき私にドレイになれ、なんて言ってたクセに。失望しちゃうなぁ」
「そ、そんなコト言ってませんよ!」
「いいから、こっち来てよ。……来ないなら、私と浮気した事、雪乃にバラすわよ?」
「なっ……くッ……!」
 やむなく、月彦はベッドに近づき、雪乃の隣にそっと登る。
(うわ……先生の寝顔可愛いなぁ……)
 傍らで寝入る雪乃の寝顔に月彦はついつい見入ってしまう。
(まあ、寝顔は“あの”真狐ですら可愛く見えるからな……いやいや、それにしても……)
 月彦の目は、次第に顔から胸元、腰、尻、脚へと推移していく。
(……良い体だ)
 じゅるり、と涎を拭いかけた所で、月彦は矢紗美の冷たい視線に漸く気づく。
「……紺崎クン、今……すごい目してたわ」
「く、暗いからですよ」
「紺崎クン、雪乃とシたい?」
「えっ……」
 言われて、再び月彦は傍らで眠る雪乃へと視線を戻す。呼吸の度に僅かに上下する胸元を見て、ゴクリと生唾を飲む。
「シたいんでしょ、目がそういってるわ」
 矢紗美は雪乃の上体を抱き起こし、その背後に回るようにして抱きしめる。
「……この大きなおっぱい、揉みくちゃにしたいんでしょ?」
 そのまま、スーツの上からすくい上げるようにして、雪乃の巨乳を持ち上げてみせる。うっ、と月彦が股間を押さえる様にして呻くと、矢紗美はくすくすと悪い笑みをしてぺろりと雪乃の頬を舐める。
「それとも、すぐにでも挿れちゃいたいかな?」
 すすすと矢紗美の両手が腹部を滑り、雪乃の両足の膝裏を持ち上げるようにして足を開かせ、下着を見せつけてくる。
(く、黒っ……!)
 暗い寝室とストッキングのせいでそう見えただけなのかもしれないが、矢紗美のそんな挑発に月彦はごくりと生唾を飲んでしまう。
「くすっ……正直者」
 されるがまま、全く目覚める気配のない雪乃を寝かせ直し、矢紗美がくすりと笑う。
「でも、ダメ。今夜は私が独り占めするんだから」
「えっ、ぁっ、ちょ……矢紗美さんっ……こんな所でっ……ッ……」
 矢紗美に押し倒され、雪乃の隣に寝る形で剛直を咥えこまれる。
「んぷっ……ふふっ、なんか、すっごくいけない事してるみたい」
「……みたい、じゃなくて、そのものズバリだと思うんですけど……ぁっ……!」
 くぷっ、と再び矢紗美に咥えられ、月彦は言葉を失う。
(矢紗美さんって、巧い……)
 剛直を咥えこまれると、全身から力が抜けてしまうのだ。
「ねえ、どんな気分?」
 にゅぱぁ、と糸を引きながら唇を離し、手で扱きながら矢紗美が尋ねてくる。
「“恋人”の隣で他の女とエッチするのって、やっぱりスリルある?」
「……その言葉、そっくりお返しします」
「質問をしているのは私なんだけど?」
 きゅっ、と根本を強く掴まれ、そのままちろちろと先端部を舐められる。
「……すごく、ドキドキ、します……っ……」
「私もよ。ふふっ……こんな事するの、高二以来だもの」
「やったことあるんですか!」
 むしろそっちの方が驚きだと、月彦はつい声を荒げてしまう。
「えーと、矢紗美さんが高二っていうと、先生は……中三?」
「中二ね。雪乃が初めて男を家に連れてきたんだけど……可愛かったから食べちゃった」
「………………」
 なんとも惨い話に、月彦はもう言葉がない。
(……人間にも、そういう人って居るんだなぁ……さぞ恐かったろうに……)
 いきなり喰われたその男子中学生に、月彦は共感を禁じ得ない。
「無理矢理長居させて、終電乗り遅れさせて泊まらせて……ふふ、お酒飲ませちゃったりしてさ。勿論、雪乃は焼酎を飲んでぶっ倒れてたわ。その横で……」
 ふふふ、と悪い笑みを浮かべて、矢紗美は再び剛直を口に含む。
「んぷっ、んっ……んはぁっ……きっとあの子、雪乃の事が好きだったのね……私の下で喘ぎながらごめんなさい、ごめんなさいってずっと言ってたわ。……くふふふふっ、泣いちゃって、ベソかいてても勃つものは勃つし、出るモノは出るんだから、男の子って罪な生き物よね」
「…………その男の子の、気持ちは……っ……凄く、よく……わかります……」
 きっと出会う事があれば親友になれるかもしれないと月彦は思う。――無論、同じ心の傷を持つ者として、だ。
「ふはぁっ……んぷっ……紺崎クンの、さっきよりすっごく固いし、熱くなってる……やっぱり興奮してるんだ?」
「そりゃあっ……だって……ッ!」
 突然、雪乃が寝返りをうち、ごろりと月彦の方に身を寄せる形で泊まる。月彦の心臓はもう、パンク寸前な程に高鳴る。
「や、矢紗美さんっ……やっぱり、マズいですって! い、息が、息っがっぁっぁっ…………」
 頬に雪乃の寝息を感じながら、ぬっぬろっ、と剛直を深くくわえ込まれ、月彦は手足を強張らせる。
「んぷっ、んぷっ、んぷっ…………んんぱっ……んぷっ……」
「ッ…………ぅっ、ぁっ……!」
 強烈に吸い上げられながらの口戯に、月彦は尻を浮かせて喘ぎを漏らす。
「ぷはぁっ……紺崎クンのおちんぽ……すぐにお汁がトロトロ漏れてくるから舐めてて凄く美味しい……病みつきになっちゃいそう」
 そして又、かぷりと咥えられる。
「あ、あの、矢紗美さん……さっきから、言おう、言おうって思ってたんですけど……っ、あんまり、そういう直接的な単語は……」
「んっ……? ……なぁに、恥ずかしいの?」
 にゅりにゅりと手だけで擦りながら、悪い笑み。
「紺崎クンのちんぽ汁が美味しいって、はっきり言ったらダメなの?」
「だ、だから――そういう……はぅっ!」
「んぷっ、んぷっ……んぐっ……〜〜〜〜〜〜〜ッっぱぁっ………ふぅ…………ふぅ……」
 一際強烈にしゃぶられ、舐められ、吸われ――そして当然の如くイく寸前で止められ――矢紗美は俄に体を起こし、月彦の腰の上に跨ってくる。
「はぁ……はぁ……ねぇ、紺崎クン……挿れたい」
 剛直を押し倒すように跨り、そしてにゅり、にゅりと腰を前後させてくる。
「もう、紺崎クンのが欲しくて堪らないの。いい?」
 月彦はちらり、と隣で寝る雪乃に目をやるが、矢紗美にダメだとは言えなかった。
「……ダメよ、紺崎クン」
 しかし何故か、逆にダメ出しされた。
「こういうときは、“ちゃんとおねだりしろ”って言わなきゃ……ダメじゃない」
 一体何がダメなのか、月彦には理解ができなかったが、とろんと蕩けきった目で見下ろしてくる矢紗美には逆らわない方が良さそうだと本能的に理解した。
「……解りました、ちゃんとおねだりしてください」
「やだ……恥ずかしい…………」
 しかし矢紗美は態とらしく照れ、いやいやをする。
「……入れて欲しくないんですか?」
 やむなく、月彦はアドリブで囁きかけ、ぬっ……と自ら腰を動かして矢紗美の秘裂を擦る。
「んぁっ……ぁ…………や、矢紗美のおまんこに……挿れて、下さい……」
 矢紗美は俄に腰を浮かせ、自ら秘裂を開いてみせる。何度も中出しをされたそこは白く濁った液に汚れ、それでも尚新たに溢れてくる蜜でトロトロに濡れそぼっていた。
「それじゃあダメですね」
 これまたアドリブで、月彦は“おねだり”にダメ出しをする。しかし、困ったような“演技”をする矢紗美の蕩けた目の奥にOKサインが見えたような気がした。
「はぁ……はぁ……んっ……おね、がい……します…………いやらしい矢紗美のぉ、はしたないおまんこにぃ……紺崎クンの……固くてふっといのをぉ……ぶち込んで、下さいぃ……」
 もう一度ダメ出しをしたら、果たして矢紗美はなんと言うのか、多少興味があったが、月彦の方もそろそろ我慢の限界が来ていた。
「良くできましたね。じゃあ……矢紗美さん、挿れます、よっ……」
 一瞬、またしても真横にある雪乃の寝顔を見て、“先生すみません”と心の中で謝罪をしてから、月彦は矢紗美の腰を掴み――剛直そのものは矢紗美が自分で握り、固定し――一気に突き入れた。
「んひぃぃぃいいいいッ!!! あっ、……ぁっ、ぁっ…………」
 しかし一気に入れすぎたのか、矢紗美が悲痛な声を上げ、びくんと弓なりに仰け反る。
「すみません、痛かったですか?」
 ぶんぶんと、矢紗美は首を横に振る。
「はぁっ……はぁっ…………挿れられただけで、イッちゃった……」
 かくん、と上体が被さってきて、そしてキス。なにげに、行為そのものが始まってから数えれば、初めてのキスだった。
「紺崎クン、ちゃんと解ってくれてるんだもん。ゾクゾクして、すっごい興奮しちゃった」
 どうやらアドリブのことを褒めてくれてるらしい。
「はーっ……はーっ……す、ごい……おまんこ……溶けちゃいそう……こんな良いの、雪乃には勿体ないわ……」
「……そんな事言われても……って、ぅあっ!」
 ぐりん、と矢紗美が腰をくねらせる。
「ッ……矢紗美、さんっ……不意打ちは、っ……く、ぉっ……!」
 矢紗美の太股を掴み、ずんっ、と突き上げる。
「きゃぅんっ! ぁぁぁあぁぁっ、あんっ! ぁっ、ぅんっ! ぁっ、ぁっ……ぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜っっ!!」
 ぎっし、ぎっし、ぎっし……。
 隣で雪乃が寝ていることも忘れて、ベッドを激しく軋ませながら月彦は矢紗美の奥を突き上げる。
「あぁああンッ!! ぁあっ、良いっ……そこっ、イィっ……ぁあっあっ、ひっ、ぁっ……やっ……らめっ、らめ、らめっ、イくっ……またイッちゃう!」
「もう……ですか? って、う、ぁっ……!」
 突然きゅきゅきゅぅうううっ、と締まり、月彦は矢紗美の脚に爪を立てて暴発を我慢する。
「あはぁぁぁっ……ら、め……イきすぎて、頭……ヘンになりそ…………んぁぁあっ……」
 フーッ、フーッと呼吸を整えながら、ぐちゅ、ぐちゅとゆっくりと腰を回す。月彦には、動く余裕は無かった。
「はーっ……はーっ……ねぇ、紺崎クン? 相談があるんだけど」
「……何、ですか?」
「私と組まない?」
「……えっ?」
「二人でさ、雪乃襲っちゃおうよ」
「なっ……」
 肉親の口から出たとは思えない言葉に、月彦は絶句する。
「私と……紺崎クンでさ、雪乃をエロ可愛く調教しちゃうの。……どう?」
「どう……って言われても……」
 やっぱりこの人は真狐と同じタイプだ――と月彦は確信する。
(……まさか、本人じゃないよな?)
 だとすれば雪乃もまた化かされているという事になるのだが、どうやらそれは考えすぎの様だった。
「紺崎クンさえその気なら、私はいくらでも協力するよ? 雪乃の弱みなんていくらでも言えるんだから。……ううん、そんなのが無くったって、コレがあれば……」
 きゅんっ、と矢紗美が締め付けてくる。
「……か、考えさせて下さい」
 嫌です、とはっきり断らなかったのは、“エロ可愛い雪乃”にもちょっと興味があったからだ。
(うわ、やべ……想像したら……!)
 ただでさえ近かった限界が急速に接近するのを感じて、月彦は慌ててベッドシーツを握る。
「もうっ、私が協力するって言ってるのにぃ……紺崎クンったら焦らし上手なんだからぁ……」
「焦らし上手、とか……そういう次元じゃっ……や、矢紗美さんっ……ちょっ、腰の動き止めて下さいっ……俺、かなりヤバくて……」
 途端、月彦は見た。己に跨っているメス猫がにやぁ……と笑みを浮かべ、そして激しく腰をグラインドさせ始めるのを。
「ちょっっ、や、矢紗美さん! 人の話をっっっ」
「んふふっ、出ちゃいそうなんでしょ? んっ……いいよ、一杯ッ……あんっ、……出して、ドロドロの濃いの、矢紗美のおまんこにいっぱい塗りつけてぇっ!!」
「っっっ…………!」
 最早これまで――月彦はシーツを握っていた手を離し、矢紗美の脚をつかんで一気に突き上げる。
「あぁンっ! あんっ、あっ、あっ、あっ、んっ! んっ、ぁあっあっ、す、ごぉ、いっ串、刺しにっ、されてる、みたいぃっ! あッ、あッ、あッ、あっ、そこっ、あんっ! あっ、あっあっあっあっ、い、イくっ……またイッちゃうっ、おまんこイクゥゥウウッ!!! あぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」
 びゅくりっ、と先端が破裂したのではという勢いで射精が始まり、びゅぐんっ、びゅぐんと矢紗美の中を汚していく。
「ぁっ、ぁっ、ぁっ……あんっ……あはぁっっっ……あんっ……!!!」
 びゅぐびゅぐと牡液が肉襞を押し広げるたび、矢紗美は恍惚の声を上げ、身震いをする。
 そうして矢紗美の中にたっぷり絞り出した後、月彦は疲労困憊、ぐたぁ……とベッドに寝そべる。
「はぁっ……はぁっ……す、ごい……あんなに溢れたのに、まだ、中にこんなに……たぷたぷしてる……」
 己の下腹を撫でながら、矢紗美がうっとりと呟く。その指先が白濁に濡れた恥毛にまで伸び、さらに結合部の辺りから漏れ出す白濁をそっと指で絡め取る。
「ちょっ……矢紗美さん!」
 何を血迷ったか、矢紗美はその指を寝ている雪乃の口元へと運び、唇の中にそっと差し込む。
「んっ……ぅ……」
 雪乃は突然口腔内に現れた異物――と、或いはその苦みに――眉を寄せ、もごもごと口を動かしながらのそりと寝返りを打つ。起きた様子はなく、月彦はホッと胸をなで下ろした。
「私だけ良い思いしちゃ悪いし、お裾分け」
「……先生、本当に起きないんですね」
 あれだけ激しくベッドを揺さぶって、声を上げても雪乃は寝入ったままだ。下手な睡眠薬より効果があるのではとさえ思ってしまう。
「だから言ったじゃない。……今なら何しても起きないって」
「…………………………」
「紺崎クン、今……悪いこと考えたでしょ?」
「か、考えてません!」
「嘘。じゃあどうしてまた大きくなってるの?」
 さすがにこれだけの回数を重ねれば、超人の剛直にも衰えが見える。しかし、依然矢紗美の中に収まっているそれは、再び屹立しかかっていた。
「ねぇ、紺崎くぅん……」
 胸板に手を這わせながら、矢紗美が甘ったるい声で囁きかけてくる。
「もう一回……しよぉ?」
 ちゅっ、ちゅっ……とキスをしながら耳を舐め首を舐め、おねだり。
「……してもいいですけど……矢紗美さん、本当に今日の事……先生に黙っててくれるんですか?」
「ふふっ……どうしよっかなぁ」
 耳元で意地悪な声がして、今度は歯で弱く噛まれる。月彦は矢紗美の尻を掴み、軽く持ち上げてから、手を離すと同時に自身も一気に突き上げる。
「あひっ……!」
 突然の動きに、矢紗美は下を突き出すようにして喘ぐ。その耳元に、今度は月彦が「お願いします」と囁く。
「んふぅぅ……いいよぉ、黙っていてあげる……。だからぁ……つづきぃ」
「本当ですね? 約束しましたよ?」
 念を押してから、月彦はゆっくりと抽送を再開させる。それに合わせて、矢紗美もまた腰を使い始める。
「あはぁぁぁっ、んぁぁぁあっ、コレいいっ、いいっ……あぁああン!! あぁっ、あぁあっ、あンっ!」
 本当に大丈夫なのだろうか――狂った獣のように腰を振る矢紗美の様子を見ていると凄まじく不安に駆られるも、しかし。悲しいかな、やることはきっちりやってしまうのだった。



 月彦が“目を開けた”のは、午前九時をやや過ぎた頃だった。
「んっ……」
 むくりと上体を起こし、寝ぼけた頭でよろよろとベッドを抜け出す。開きっぱなしの寝室のドアを潜り、夢遊病者のような足取りで部屋の中をうろうろ。やがて見つけた浴室でまずは寝覚めのシャワーを浴び、髪を拭く。
 脱衣所に上がった段階で自分の服が無い事にはてな、と首を傾げ、そしておぼろげに脱衣所に入る前から素っ裸だった事を思い出す。とりあえずバスタオルを腰に巻いて寝室へと戻り――そこで、月彦は“目を覚ました”。
「なっ、なななななっ、なっ……」
 月彦はへなへなと、寝室の入り口に崩れ落ちた。カーテンが閉められたままの寝室のベッドの上にはすやすやと心地よさそうに眠る雪乃と、その隣に裸に毛布という状態でこれまた心地よさそうに眠る矢紗美の姿があった。
「ま、またやっちまった…………」
 月彦はOTLの形でがっくりと項垂れる。記憶が飛んだとか、そういう次元ですらない。昨夜の出来事はしっかりと、細部まで記憶に残っていた。
(俺は……俺は…………)
 正気だが、正気ではない――性欲惚けとでもいうような状態でたっぷりしっぽり骨の髄まで矢紗美と絡み合ってしまった。
(……どうしよう)
 月彦はこれからの自分の行動を考え、どうする事が最良かを模索する。
 パターン1,何事も無かったかのようにベッドに入り、寝直す。これが最も安直だが、シミュレートした結果、雪乃の目覚めと共に大惨事は免れないという事が判明した。
 パターン2,すぐさま矢紗美を起こし、どうするかを相談する。これは或いは巧く行くかもしれないが、もし“寝起きの一発”等という展開になってしまった場合、パターン1以上の惨事に発展する可能性を孕んでいる。
 パターン3,今すぐ雪乃を起こす。以下略。
 パターン4,一人で帰る。以下略。
「む、む、む……」
 月彦は悩んだ。それこそ、頭からぷすぷすと煙が出るほどに悩んだ。その結果、一つの結論にたどり着いた。
(紺崎家には、代々伝わる緊急時の発想法がある――!)
 その方法というのも、結局、いつも通りの、そう――“ヤ”で始まり“げ”で終わるアレだった。

 まずは服を着よう――と思い立った矢先、自分の両手にぶら下がっている金属製の環に気がつく。そう、昨夜引きちぎった手錠のなれの果てだ。
(……我ながら、よくこんなものを……)
 引きちぎれたものだと感心する。火事場の馬鹿力は恐ろしい、等と思いながら、矢紗美が寝室の方から手錠を持ち出したという事を思い出して、2人を起こさぬ様こそこそと鍵を捜す。
 鍵は以外にも無造作に寝室の机の引き出しの中で見つかった。引き出しの中には他にも無数の“玩具”が入っており、中にはどう使うのか解らないものも交じっていた。無論、月彦は何も見なかった事にして外した手錠を引き出しに仕舞い、いそいそと服を着た。
 次に、あまりにも無惨に散らかっていた部屋の掃除をやることにした。空になった酒瓶を洗って袋に詰め、ずれていた炬燵を元に戻し、汚れた炬燵布団は――手を出さない事にした。
(ごめんなさい、ごめんなさい……)
 心の中で何度も謝罪しながら、原型が無い程に破ってしまった矢紗美のセーターをゴミ袋に入れる。それでも申し訳なさが消えず、月彦は小物棚にあったメモ帳に一言、“ごめんなさい”と書いてテーブルの上に置いた。
「よし、後は……」
 再び寝室へと侵入し、雪乃が起きてしまわぬ様、慎重に背負う。ぎゅうっ、とブラと服越しに押しつけられる胸と、手で抱える太股の感触にちょっと陶然としてしまうも、あまりのんびりしているわけにもいかない。
「っと、これも持って行かなきゃ――」
 雪乃の私物のバッグもどうにかこうにか拾い上げ、月彦は矢紗美の部屋を後にする。
(……凄い夜だった)
 エレベーターから下り、エントランスを抜けた所でふっとマンションを見上げる。災厄に関しては十二分に警戒していたつもりだったが、その遙か上を行く出来事に月彦自身も戸惑っていた。
(これから俺……どうなるんだろ……)
 眼を覚ました後の、矢紗美の行動が読めない。矢紗美もまた、自分のようにその場のノリ――妙なスイッチが入った状態でああも乱れただけなのか。それとも、あくまであれが素なのか。
(……矢紗美さんも大人なんだし、あんまり大きな事には――)
 そう思いたいが、相手が“雪乃の姉”なだけに月彦は不安だった。何故なら、雪乃以上の職権濫用をされる可能性があるからだ。
(……殺してやるって言ってたな……そういえば……)
 あの時はイケイケで何とも思わなかったが、矢紗美がその気になりさえすればいつでも自分を“撃ち殺す”事が出来るのだ。
(いやいや、さすがにそれは……)
 無いだろう、と思いたいが、雪乃の職権濫用っぷりを見ていると月彦はどうにも安心が出来ないのだった。
「ンっ……」
 どうしたものか、と首を捻りながら月彦が歩いていると、不意に背後で呻き声がした。
「先生? 目が覚めたんですか?」
 背後でもぞもぞと雪乃が身じろぎする。
「降りますか?」
 月彦はしゃがみ、促すが、雪乃は脱力したまま。どうやら自らの脚で立つ気は無い様だった。かわりに、両手がきゅっ……とマフラーのように月彦の首に絡みついてくる。
「こんざき……くん?」
 夢の住人に語りかけるような口調だった。
「はい。先生、大丈夫ですか?」
「……頭……痛い…………」
「二日酔いですか?」
 雪乃からの返事はなく、こつん、と後頭部に頭が当たったかと思いきや、そのままごりごりと額を擦りつけられる。
「せ、先生……?」
「……私、またやっちゃったね」
 何の話だろうか――心当たりが多すぎて月彦には雪乃がどのことを言っているのか解らなかった。
 矢紗美の家を蛇の巣と知りながら月彦を連れてきた事もそうならば、第三者の迷惑も顧みず矢紗美と口汚く罵り合ったのもそうであるし、帰りの算段を全く考えずに酒に手を出した事もその範疇だろう。
「……ごめんね」
 雪乃がすり、すりと鼻先や頬を擦りつけてくる。まるで幼子が甘えてくるようなその仕草がくすぐったくもあり、微笑ましくもある。
「…………先生が、謝る事なんてないですよ」
 やっちまったのは俺の方です――月彦は心の内で呟いて、はあとため息をつく。
(ちゃんと逃げようとしたのに……)
 どうしてああなってしまうのだろう。どうすれば回避できたのだろう。ああでもないこうでもないと思案しながら、月彦は何度もため息をつく。
「お姉ちゃんに、何もされなかった?」
「……はい。大丈夫です、ちゃんと逃げましたから」
「……良かった」
 きゅっ、と少しだけ、腕が締まる。
「…………私、バカだね」
「そんなことないですよ」
「バカよ……」
 くっ、とまた雪乃の手に力がこもる。さすがにそろそろ月彦も息苦しくなってくる。
「一人で見栄張って、紺崎君まで危ない目に合わせちゃって……嫌になっちゃう」
「……先生」
 月彦は思い出す。
 雪乃は矢紗美の事を“宿敵”だと言った。それは恐らく、中二の時に彼氏を寝取られた事に――それだけではないのかもしれないが――起因するのだろう。だが、宿敵だからこそ、逃げるわけにはいかなかったのではないか。
(……俺は、先生を勝たせてあげられたのかな)
 せめて最初から全てを話していてくれば――否、聞こうとしなかったのは自分だと、月彦は再度思う。
(もっと……先生の事を良く知らないといけないな…………)
 決して嫌いではないが、しかしどちらかといえば鬱陶しいという気がしなくもなかった雪乃が、今日に限って愛しく思えて仕方がない。
(……あんな先生見ちゃったからかな…………)
 へべれけに酔った雪乃。寂しい、もっと会いたいというストレートな言葉が、恐らく口にした雪乃の思惑以上に――覚えてはいないであろうが――月彦の胸を揺さぶっていた。
「……あの、先生――」
 それはひょっとしたら、矢紗美との事で雪乃に対して――今更だが――負い目を感じてしまっているから、口にしてしまったのかもしれない。
「もし、良かったら……今度、二人でどこか遊びにいきませんか?」
 ぴくんと、背後で雪乃の体が揺れた。体全体で“えっ”とでも言ったかのように。
「勿論、先生の都合が悪いなら――」
「行く!」
 先ほどまでの呟き声とは比較にならない強い声に、月彦の耳がびりびりと震える。
「いつ? いつ行くの?」
「いや、いつとはまだ……約束できませんけど――」
「決まり次第教えて。絶対その日空けるから」
 ぎゅうっ、と呼吸すら困難になる程に抱きしめられる。
「絶対空けるから。友達の結婚式とかと重なっても空けておくから」
「……さすがにそれは友達の方を優先したほうがいいんじゃ……」
 とはいうものの、雪乃の異様な食いつきっぷりは月彦としても悪い気はしない。
(……こんなに喜んでもらえるんだったら、もっと早く言えばよかったかも……そういうわけにもいかないか)
 既に由梨子との約束期日が超過状態にある現在、新たな約束を抱え込むということがどれほど大変な事か、月彦は過去の経験から嫌と言うほど思い知っていた。
「……先生、もうしっかりと目が覚めたんじゃないですか?」
「……頭、痛い……」
 先ほど“行く!”と声を上げたのは別人ではないかと思う程に気怠い声。首に絡んでいた手も心なしかだらりとほどけ、どうやら意地でも自分で歩く気はない様だった。
(……幸い、通行人は居ない……か)
 閑静な住宅街――と一言で言えばそれまでだが、冬場のせいか、日陰の多い路地には人っ子一人居なかった。
(結構重いんだよな……先生の体……)
 しかしあのプロポーションが重量の源だと思えば、いくらでも力が湧いてくるから不思議だった。己を抱えている男がそんな邪な考えを原動力に動いているとはつゆ知らず、雪乃はまた、甘えるようにすりすりと鼻面を擦りつけてくる。
「紺崎君」
「何ですか?」
 雪乃は答えず、なにやら照れるように後頭部に頬ずりしてくる。
「……好き」
 そして、耳にしか聞こえないような小声でぼしょぼしょと囁かれる。
「俺も、先生の事……好きですよ」
 背後に居るから直接は見えないが、雪乃がデレデレと口元を緩めているのが気配で分かった。
「デート、絶対行こうね」
 脱力していた腕が再びきゅっと締まり、胸まで押しつけられる。心なしか囁き声までも色っぽく感じられて、月彦はつい必要以上に前屈みになってしまう。
(……昨日、矢紗美さんとあんなにしたのに……俺って奴は…………)
 結局駐車場に着くまで雪乃は己の脚で一歩たりとも歩こうとはしなかった。お持ち帰りしようとする雪乃の誘いを丁重に辞して、家に帰った月彦は当然の如く朝帰りの件で真央に質問攻めに遭うのだが、それはまた別の話。

 

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