どんよりとした空だった。予報では昼から雨になると言っていた。
 またか、と思う。ひょっとして本当に雨女なのでは――そんな事を思いながら、月彦はとぼとぼと待ち合わせの場所へと向かう。
 駅前――からやや離れたファーストフード店の駐車場。見覚えのある赤い車を見つけて、月彦はふぅと小さくため息をついた。
(本当なら今日は――)
 いや、その先は考えまい――月彦はとぼとぼと歩き、車に近づく。しかし、車内は無人だった。
「紺崎君!」
 呼びかけられて、ドキリとする。見れば、スーツ姿の雪乃が店のロゴが入った袋をかかえて歩いてくる所だった。
「時間ぴったりね。……朝ご飯は食べてきた?」
「ええ、軽くですけど」
「じゃあ、はいっ」
 と、ハンバーガーの包みを一つ渡される。食べてきた、と言っているのに何がはいっ、なのか月彦は理解に苦しみつつ、結局受け取って助手席へと座る。それを待っていたかのように、ぱらぱらと小雨が降り出した。
「私はちょっと寝坊しちゃって……でも、待ち合わせ場所が飲食店だとこう言うとき便利よね」
「……そうですね」
 いっそ潔く遅れてくれていれば、約束の時間を一秒でも過ぎただけでこれ幸いにと帰る事ができたかもしれない――月彦はそんな詮ないことを思う。
(……ある種の災害かもしれない)
 そして自分は人身御供なのだ。今回に限っては、まさしくその表現が適切だった。数多のクラスメイト達を救うため、月彦は己の身を投げ出すことに決めたのだった。
「シェイクも飲む?」
「はい、じゃあ……頂きます」
「ポテトもどう?」
「……先生、結構買いましたね」
 紙袋の中を見て、月彦は些かぎょっとする。そこにはゆうに大人二人分の食事は賄えるほどの量が入っていた。
「新商品が一杯出てるみたいだったから、とりあえず一個ずつって思って」
「ああいう店の新商品をいちいち買っていたらお金がいくらあってもたりませんよ」
 とはいうものの、月彦が最初に渡されたアボカドバーガーはなかなか斬新な味だった。胃の調子さえ万全であればもう一つ、と言いたいところだ。
「こ……紺崎君!」
「どうしたんですか?」
 月彦と同じく新商品のバーガーを囓った雪乃が、突如声を荒げる。
「……これ、凄く美味しいの」
「………………それはよかったですね」
「本当なんだって! 紺崎君も一口食べてみて!」
 まるで子供のように、雪乃は歯形のついたバーガーをずいと押し出してくる。月彦は止むに止まれずハンバーガーにかじりつく。
「……どう?」
「確かに美味しいですね。これ、何バーガーですか?」
 包み紙に張ってあるシールを見ると“えびシュリンプ”と書かれていた。はて、シュリンプとは海老の英訳ではなかったか。
 海老と二重に書かれているだけあって、確かにハンバーガーからは強烈に海老の味がした。それでつい美味い、と言ってしまったが、はたして二口目を食べても美味しいと感じるかどうかは未知数だった。
 月彦は雪乃にハンバーガーを返し、己はシェイクを啜る。実は朝食を食べてきたというのは嘘だった。最近胃の調子が悪く、めっきり食欲が落ちているのだ。
「……ところで紺崎君」
「はい」
「さっきからずっと聞こう、聞こうって思ってたんだけど――」
「何ですか?」
「……どうして喪服なの?」
 じぃと、雪乃は月彦の真っ黒な背広を凝視してくる。
「…………いろいろと事情があるんです」
「ふぅん……ひょっとして、紺崎君流のおしゃれなのかしら」
 そんなことを言いながら、雪乃は珍しいものでも見るようにしげしげと視線を上下させる。
「……まあでも、これはこれで、なかなか……。背広姿の紺崎君って悪くないかも……」
 と、なにやら照れるような顔。どうやら雪乃は、月彦が此度のデート(?)の為にどれほど苦心したのかてんで解って居ない様だった。
(一体、どうしてこんな事に……)
 月彦は、過去一週間を振り返らずにはいられなかった。


 

『キツネツキ』

第十七話

 

 


 自分のクラスの英語の担当が雪乃になる――それを知った時から、漠然と嫌な予感はしていた。そして勿論、その予感は当たった。
 単純な教師としての力量で言えば、雪乃は良くも悪くも中の中。ある部分においては前任の国東より勝っているし、ある部分については劣っている。クラスメイトからも目立った不満は上がらず、強いて上げるならば、幾人かの男子生徒が黒板に向かう雪乃のお尻の魅力に悶々とし、眠れぬ夜を送る程度だ。
「それじゃあ、この英文の訳を――……徳川さん」
 はい、と返事をして指された生徒が起立し、前へ出て黒板に書かれた英文を訳し始める。
 同様に、雪乃がいくつか例文を書き、また数名の生徒が指されてその訳を始める。他の生徒達もその間、黒板に書かれた英文をノートに写し、各々で和訳する――わけなのだが。
「………………」
 月彦はなるべく雪乃が視界に入らないように、雪乃が前に居るときは後ろの黒板に書かれた英文を写し、後ろに居る時は前を写し、というような事をやっていた。
 但しそれでも時折、ふとした拍子に雪乃の方を見てしまう事があった。そしてそういうときは大抵――目が合ってしまう。
(……気まずい)
 例えるなら――そう、年上の従姉妹が教育実習で自分の学校へ来、しかも自分のクラスを受け持った時のような、そのような類の気まずさだった。但し、月彦の場合はさらに別の要素も加わる。
「できました」
 一番最初に和訳に取りかかった女子がチョークを置き、雪乃に声をかける。
「はい。じゃあ読んでみて」
「ええと……“私は休日、家でずっと待っていました。しかし、彼はやってきませんでした”」
 どきんっ。
 女子が和訳文を読み上げた瞬間、月彦の心臓が嫌なリズムで跳ねる。全身からは冷や汗が吹き出し、呼吸が乱れる。
「うん、ばっちりよ」
 雪乃は作り物の笑顔でうんと頷き、そして一瞬で真顔に戻って、今度は月彦の方をちらり、と見る。月彦は雪乃の方を見ていないが、そうしていると何故か解った。
「できました」
 また別の生徒がチョークを置く。月彦はもう耳を塞ぎたい心境だった。
「“彼女は、彼が知らない女の子と水族館に来ているのを目撃しました”」
「“彼は何故か携帯電話を受け取ろうとはしません”」
 次々と和訳が発表され、その都度月彦の胃はギリギリと締め付けられる。別段教科書との何の関連性もない、それでいて書かれている英文の文法についてもなんら共通点の無い問題。最初こそクラス一同戸惑いをかくせなかったが、それも三回目ともなると誰も不思議に思わなくなった様だった。
 それが雪乃の授業スタイルであると。最初にまず簡単な和訳問題で頭をほぐしてから、教科書の内容に入るのだと。どうやらクラスメイト達は理解している様だ。
(……一体どういうつもりなのか)
 と、月彦は胸を押さえながら思わざるを得ない。確かに、近々家に行く――とは言った。が、はっきりと日時を指定したわけではない。自分とて予定はあるのだから、そうそう雪乃の相手ばかりをしているわけにはいかないのだ。
(それに、今度の土日は――)
 片方は真央の為、そしてもう片方は由梨子の為に使うと決めていた。真央に関しては、最近帰りが遅くなることが多くてあまり構ってやれないから、どこかにつれていってやろうという親心。由梨子に関しては例の時計を買いに行こうという目論見だ。
 だから、雪乃に構う事は当分出来ない。そう面と向かって言えればいいのだが、なかなか踏ん切りがつかない。下手をすれば、ますますもってプレッシャーをかけて来かねないからだ。
 しばらく堪えていれば、雪乃も飽きるだろう――そう思って、月彦はただひたすら耐え抜く決心をした。
 が、甘かった。女の執念というのはかくも恐ろしいものか、事態は月彦が予想もしなかった方向へと転び始めたのだ。



「今日は、みんなに簡単なアンケートをしてもらいます」
 授業も残り十五分となった所で、急に雪乃がそのような事を言い出した。
 大半の生徒はホッと安堵の息、授業に比べればアンケートなどよほど楽だという気持ちは、月彦にも分かる。――そう、相手が雪乃でなければ、月彦もああ今日は得をしたと胸をなで下ろしていた所だった。
 雪乃が予め用意していたプリントの束を、座席の先頭の生徒に列人数分を渡していく。これもまたプレッシャーの一環なのか、月彦の列だけ何故か雪乃自らがプリントを配布した。月彦は無論、雪乃の方を見れず、ただただ机の端にぱさりと置かれるプリントの束を横目で見るのみだ。
「それじゃあ始めて。チャイムが鳴ったら回収するから、それまでにね」
 やれやれ、と思いつつも月彦もアンケートとやらに取りかかる。プリントは数枚を端だけホチキスで留めた代物だった。さっと目を通した所、どうやら英語の授業内容に関する意識調査の類のようだった。
(……なるほど、なんだかんだで、やることはちゃんとやるんだな)
 月彦のクラスは雪乃にしてみれば海千山千。それまでどのような授業をされてきたのか解らないクラスだ。各人の力量はおろか、名前すらまだおぼろげという状態で、少しは授業方針の指針が欲しいというところなのだろう。
 アンケートの内容を大まかに言えば、英語が好きか、嫌いか。予習復習はするか。家庭ではどれくらい自習をするか。英語が苦手な人はどの部分が苦手か等々、ひどくまっとうな代物だった。
 月彦はさらさらと、別に嘘をつく必要もないので正直に記入した。一枚目は五分とかからずに書き終わり、ぱらりとめくる。二枚目も、やはり英語に関する設問。月彦はスラスラと解答し、三枚目へ。
(ん……?)
 てっきり三枚目も英語に関する質問だと思っていた月彦は少々面食らった。三枚目の先頭には“性に関する意識調査”と銘打ってあった。
 はてな、と思う。何故英語の授業でこのようなアンケートをやるのか。月彦はしばし考え、そして一つの推論にいきついた。
 それは月彦にとって忘れることの出来ない事件だった。真央が襲われかけ、その代わりに女生徒が犠牲になった忌まわしき事件。闇から闇へと葬られ、結局真相は分からず仕舞いであるが、雪乃を含む学校側には何か動きがあったのかもしれない。
 設問は初っぱなから“性行為に興味がありますか?”というなかなか大胆な文言となっていた。月彦はしばし逡巡した後、五段階の選択肢のうち上から二番目“それなりに興味がある”を選んだ。
 二問目以降もなかなか大胆な質問が続き、七問目で“レイプに興味がありますか?”と書かれていた時、月彦はああやっぱりな――と奇妙な納得をした。
 そして勿論、正直に“全く興味がない”の所に○をつけた。
 順当に設問をクリアしていき、そしてさらに月彦はぱらり、とめくる。そして、うん?とまた首を傾げる。
 四枚目の冒頭には“年上の女性に興味がありますか?”と書かれていたからだ。はてこの質問に女子はどう答えるのだろうと首を捻ったが、きっとプリントは元々二種類用意されていて、女子の列に配ったプリンとには年上の男性に――と描き直されているのだろうと推測し、納得することにした。
(うーん、年上かぁ……)
 年上の女性、として真っ先に頭に浮かんだのは、何故かあの鼻持ちならない性悪狐だった。月彦は無難に“やや興味がある”と答えた。
 二問目には“一問目で興味がある、と答えた方に質問をします”と断った上で、“貴方が年上の女性に求めるものは何ですか?”と書かれていた。
 選択肢には(1,金銭 2,包容力 3,奉仕 4,束縛 5,その他)となっており、さらに複数選択可と書かれていた。
(……おっぱい)
 年上の女性に求めるモノは何だろうと、月彦が考えて直感的に出てきた単語がそれだった。結局月彦は二番とその他と選んだ。
 “貴方が女性とデートをしたいと思う場所はどこですか?”、“貴方は女性のどういう部位に魅力を感じますか?”等々、その後にも赤裸々な質問がいくつも続いた。いやはや、最近の性教育というのはここまで調べるものなのか。月彦は驚きを通り越して感心せざるを得なかった。
(……“貴方は週にどれくらい自慰をしますか?”)
 赤裸々な質問に慣れてきたとはいえ、さすがにこの一文には月彦は衝撃を受けた。このような質問、真面目な答えなど到底返ってこないのではないか。
 無論月彦は正直に“まったくしない”を選んだ。
 その他にも、ありとあらゆる赤裸々な設問に月彦は正直に答えた。数の強み、とでも言うべきか。どうせ四十分の一の意見なのだから、と集団心理丸出しで月彦は解答し続け、五枚目をめくって最後まで答え終わった所で丁度四時限目終了のチャイムが鳴った。
「はーい、そこまでー。一番後ろの席の人、プリントを回収して持ってきてね」
 一斉に椅子を引く音がして、月彦のプリントもまた最後尾の男子に回収され、雪乃の手元へと渡る。雪乃はとんとんとプリントを束ね終えると、些か足早に教室を出て行った。
「ふぅ……疲れた……」
 雪乃の授業が終わるといつもこうだ。月彦は骨格を失ってしまったかのように、ぐだぁ、と机の上に項垂れる。とはいえ、今日に限れば後半がアンケートだったという事もあり、いつもより僅かながら余力はあった。
「おぅい、飯だぞ! 飯! 飯!」
「解ってるって……そう急かすな」
 食欲魔神と化した友人に迫られ、月彦は渋々昼食の準備を始める。
「なんだ、まだ調子悪いのか。今日は楽なモンだったろうが」
「まあな……カズ、お前あのアンケート正直に答えたか?」
「嘘をつくのも面倒だろ。あんなモン、三分でぱぱーっとやって後は寝てたぜ」
「マジか。結構量あっただろ。俺は時間ギリギリだったぜ?」
 鞄から弁当箱を取り出しながら尋ねると、うん?、と級友が些か不思議そうな顔をする。
「アンケートって、さっきの授業アンケートの事じゃないのか?」
「勿論」
「……二枚のアンケートに、十五分もかかったのか?」
 今度は月彦がえっ、という声を漏らす番だった。
「二枚? 五枚じゃなく?」
「……お前、一体何に答えたんだ?」
 という友人の呟きは、最早月彦の耳には入っていなかった。大あわてで同じ列の男子を捕まえ、アンケートが二枚だけだった事を確認する。
「まさか……」
 目眩がした。まさかまさかまさかまさかまさか。いくらなんでも、そこまで――。
「お、おい……月彦!」
 友人和樹の叫び声すらも、教室を飛び出していく月彦の耳には届かなかった。

「先生!」
 月彦はダッシュで職員室に駆け込んだ。そのあまりの声の大きさに、職員室にいた教師全員が月彦の方を向いた。
「あ、いえ…………雛森先生は――」
 ぎょっとした目を向けられて、月彦は些か冷静さを取り戻す。職員室を見回すが、何処にも雪乃の姿は無かった。
「失礼しました!」
 ぺこりと辞儀をして、今度は学校中を捜す。図書室から屋上、中庭、体育館まで。しかし、どこにも雪乃の姿は無く、月彦はがっくりと肩を落として教室に戻る――途中で、廊下の奥に雪乃の姿を認めた。
 勿論、月彦は走った。背を向けて――恐らく、職員室へと戻ろうとしているであろう雪乃の前にずざぁっ、と躍り出る。
「先生! どういう事ですか!」
「……紺崎君?」
 雪乃はきょとんと、それこそどうしたのとばかりに不思議そうな顔をしている。その手には、先ほどのアンケート用紙がまだあり、月彦はホッと胸をなで下ろす。
「先生、今度という今度はもう我慢が出来ません。……俺が書いたアンケートを返してください」
「そんな事出来るわけないでしょ? 第一、無記名なんだからどれが紺崎君が書いたものかなんてもう解らないわ」
「いいえ、解る筈です。俺の分だけ量が多かったんですから。調べてみればすぐに解ります」
「ふぅん……、じゃあ調べてみるといいわ」
 雪乃は不敵な笑みを浮かべ、あっさりとプリントの束を渡してきた。月彦はそれをむしり取るようにして、大急ぎで束の多いものを捜す。――が、見つからない。四十近い束を全てチェックしても、五枚になっているものは一つも無かった。
「そん、な……」
「もう気が済んだかしら?_」
 脱力した月彦の手から、雪乃はプリントの束を拾い上げる。
「そうか……後の三枚を予め破いて、何処かに隠したんですね! そうに決まってる!」
「馬鹿なことを言わないの。どうして私がそんなことをしなきゃいけないの?」
 そう言って困ったように微笑を浮かべる雪乃は、月彦の知っている雪乃とは少し違っていた。別人――とまでは言えないが、何か悪いものが体に入り込んでいるような、そんな違和感。
 一体どうしたのか――月彦はそう問いただそうとして、止めた。人通りの多い廊下には他の生徒も多数居て、その中の何人かが男子生徒と女教師の奇妙なやりとりに興味を持ち、しげしげと野次馬を始めていたのだ。
(ここじゃ……ダメだ……)
 雪乃を問いつめるならば、邪魔の入らない場所じゃなければ。しばし雪乃を睨むようにして視線を交わした後、不意に雪乃が体を寄せてきた。
「……紺崎君、あなたがいけないのよ」
 ぼそりと、周囲にいる生徒には聞こえない程の音量で雪乃が呟き、そしてすたすたと職員室の方へ去ってしまう。
 月彦はただ、呆然とその後ろ姿を見送った。



「最近ちょっと付き合いが悪いぞ、月彦」
「悪い、今度こそ絶対付き合うから、今日は許してくれ!」
 和樹の放課後遊びに行こうという誘いをまたしても断るはめになってしまい、月彦はさすがに頭を下げる。
 確かに、和樹の言う通りだ。昔の自分はこうではなかった――少なくともこんなにも連続で友人の遊びの誘いを断らなければならないという事は無かった。
(和樹と千夏にも埋め合わせをしないとなぁ……)
 自分には時間が足りないと、月彦は切に思う。埋め合わせをしなければならない相手が多すぎるのだ。それでもなんとか、危急を要する順番に何とか片づけていくしか、月彦には手がない。
 この場合、最も危急を要するのは言うまでもなく雪乃だった。あのようなアンケートを一体何に使うのか。あの後半三枚には、月彦の性癖のほぼ全てと言ってもいいような赤裸々な内容がぎっしりなのだ。
 雪乃があれを一体何に使うつもりなのか、月彦は気になって仕方がなかった。月彦の想像力では、到底平和利用が出来そうな類ではないからだ。仮に、何かの間違いで真央の手にでも渡ろうものならば――月彦は弱点ばかりを責められ、三日で本当に枯らされてしまうかもしれない。そういう意味では、月彦にとって生命線とも言える書類だった。
 なんとか和樹に許しを請い終え、月彦は足早に職員室へと向かった。そっと中を覗き込むと、同僚の教師と談笑している雪乃の姿が見えた。
 失礼します、と断ってから月彦は職員室内に入り、雪乃の側へと歩む。雪乃も月彦の接近に気がついたのか、一端会話を中断し、くるりと月彦の方を向く。
「あら、紺崎君。何か用かしら?」
「……話したい事があります。時間とって頂けませんか」
「無理ね。これから職員会議なの」
 これまた、いつもの雪乃とはうって変わったつれない態度だった。
「……じゃあ、待ちます」
「何時間かかるか解らないけど」
「何時間でも、待ちます」
 ぴくりと、雪乃が唇を震わせた。まるで、にやけそうになる口元を噛みつぶして、無理矢理不機嫌そうな顔を誂えたような、そんな不自然な動きだった。
「……俺、図書室で待ってますから。会議が終わったら、絶対来てください」
 雪乃からの返事は無く、月彦はくるりと背を向けて職員室を後にした。返事こそ無かったが、必ず来てくれるものと月彦は信じていた。
 
 図書室で娯楽小説などを読みながら待つこと約二時間。室内からは他の生徒の姿が消え、受付の中年女性から“あんたさえ帰ればあたしも帰れるのに”というオーラをひしひしと感じながらも、月彦は一人で待ち続けた。
 外はもう暗く、殆ど日が落ちてしまっている。
(……先生、もしかして来るつもり無いのかな)
 さすがに月彦もその種の不安に苛まれ始めた頃、がらがらと入り口の引き戸が開いた。――雪乃だった。
 雪乃は月彦の方にまっすぐは来ず、受付の女性と何か話をしている様だった。程なく、女性がぺこりと辞儀をして図書室から出て行く。多分、自分が代わりに残るから、今日は帰っても良いですよ――といったやり取りが交わされたのでは、と月彦は推測した。
 女性の退室を見届けてから、雪乃は改めて月彦の方を向いた。そして、つかつかと、別段急ぐでもゆっくりでもない足取りで近づいてくる。
「……ふぅん、本当に待っててくれたんだ」
 些かつまらなそうな声で、そんな言葉。さすがに月彦も、少しばかりムッとしてしまう。
「紺崎君の事だから、すぐに帰っちゃうものだとばかり思ってたわ」
「…………俺はそんな人間じゃないですよ」
 売り言葉に買い言葉、月彦もついそんな返事をしてしまう。雪乃はそんな返事すらもあざ笑うかのように、ふん、と鼻を鳴らす。
「職員会議っていうのはね、嘘よ」
「え……」
「紺崎君に、少しは待たされる辛さを味わって貰おうと思って」
「………………」
 月彦は何も言えなかった。暗に、先日交わした約束めいたことに関して責められているのだと、さすがに解る。
「紺崎君の目的は、これでしょう?」
 と、雪乃が掲げたのは、A4サイズの紙が楽に入る大きさの巨大な角二封筒だった。中に入っているのは――やはりあの三枚だろう。
「まだ私も見てないわ。……これから私が聞く事に紺崎君がちゃんと答えたら、返してあげる」
「……本当ですか?」
「ええ。ちゃんと答えたらね」
 雪乃は封筒をテーブルの上に置き、月彦と対面する形で着席する。そして指を組み、じろりと心の底まで看破するような冷めた視線を向けた後、ぽつりと口を開いた。
「……紺崎君は、私のことどう思ってるの? 正直な所を聞かせて」
「どう……って……」
「好きなの? 嫌いなの?」
 非常に難しい質問だった。好きな部分もあるし、嫌いな部分もある――というのが正しい答えなのだが、どうも雪乃が聞きたいのはそういうことでは無いらしい。
 ならば、好きな部分のプラス成分と嫌いな部分のマイナス成分を足した場合、残った数値は正負のどちらかになるか――という点で月彦は判断することにした。
「ええと……そりゃあ、好き…………ですけど」
「それは教師として? それとも異性として?」
 これまた難問だった。月彦はうーーーんと長考する。
「よく……わかりません」
 たっぷり五分ほど悩んだ挙げ句、月彦はそんな解答しか出来なかった。雪乃の眉がぴくぴくと揺れる。
「……そう。つまり紺崎君は、私の事なんてどうでもいいって思ってるわけね」
「そ、そんな事、一言も言ってないじゃないですか!」
「言わないだけで、そう思ってるんでしょ?」
 キッ、と睨まれて、月彦は上体をのけぞらせる。年上の女性に、こうまで感情を込めて睨み付けられた経験など、月彦には殆どなかった。
(どうでもいいなんて、思ってない……)
 それは間違いない。間違いないが、月彦には他にも懸念せねばならない事項が多すぎて、その結果どうしても雪乃の件が後回しになってしまうのだ。――しかし、そんな事が言える筈もない。
「……やっぱりダメね。これは返せないわ」
 ぷいと、雪乃がそっぽを向きながらそんな事を言う。
「そんな! 俺、ちゃんと答えたじゃないですか!」
「……答えてないわ。ちっとも本気が伝わってこないもの。何か隠してるって見え見えよ」
 じろり、とまた睨まれる。自分の回りにいる女性というのは何故こうも勘の鋭い者ばかりなのだろう――月彦は泣きたくなった。
「私の事が好きなら、もう少し……何かあってもいいと思うわ。でも、紺崎君はいつもなしのつぶて。それなのに好きだなんて、とても信じられない」
「それ、は……」
「つまり、紺崎君は私から見たら、まったく理解不能な生徒なのよ。これはそんな紺崎君の中身をよりよく知るためのアンケートなわけ」
「俺の中身って……」
 そのアンケートを見ても、自分が好きな女性のタイプと性癖、ムラムラする周期とシチュエーションくらいしか解らないと思うんですが――という言葉を月彦は黙って飲み込む。
「……だから、紺崎君が今日、ここで私に秘密にしている事を一切合切言ってくれれば、このアンケートは私にとって無意味なものになるの。……私が言ってること、わかる?」
「……ようするに、俺が先生の事を好きなのに、どうして電話したり、家に行かないかを正直に言え……ってことですか?」
「……ま、まぁ……要約するとそういうことになるわね」
 要約も何も、回りくどすぎると月彦は思う。それならそうと、最初から正面切って言ってもらえればどれほど話が簡単だったか知れない。
「……解りました。先生がそこまで言うなら……俺もぶちまけますよ。……絶対引いたりしないでくださいね?」
 うん、と雪乃は頷き、いつになく真面目な顔をする。
「……俺、実は病気なんです」
「……えっ?」
「性病とか、そういうんじゃないんですけど。なんていうか……魅力的な女性を前にすると、理性が吹っ飛んじゃう病気なんです」
「紺崎君、それって……」
「ええ。先生なら解って頂けると思いますけど……“ああいう風”になっちゃうんです」
 何を思い出したのか、雪乃が口を噤んだまま顔を真っ赤にする。
「……そして、先生は……俺にとって魅力的過ぎるんです。先生と一緒に居ると、始終自分を抑えなきゃいけなくて、辛くてたまらないんです。……だから、ついつい距離をとってしまうんです」
「そ、そんな話……私が信じるとでも思ってるの!?」
「信じてもらえないんですか?」
 月彦は些か芝居がかった口調で、テーブルの上の雪乃の手を掴む。ぎりっ、と力を込めながら、じろりと野獣めいた目で雪乃を見る。
「今だって、こうして先生と二人きりで……本当は襲いたくてうずうずしているのを必死で押さえてるんですよ?」
 はあはあと、意図的に息を荒くする。ひっ、と雪乃が怯えるような声を漏らしたのをきっかけに、月彦は手を離し、浮かせていた腰を落として着席する。
「……とまあ、そういう事情があるんです。また先生の家に行って、この間みたいなことになったら……今度こそ先生を妊娠させてしまうかもしれません。俺はそれが恐いんです」
「そ、そうね……あの時の紺崎君、避妊もしてくれなかったし…………」
 ちらり、とまた非難するような目。
「……さて、“俺の秘密”は話しました。約束通りこの封筒は――」
 と、手を伸ばし掛けた所で、それを拒否するようにばんっ、と雪乃が封筒の上に手を乗せる。
「せ、先生……?」
「ダメよ。まだ渡せないわ」
「そんな……約束が――」
「ねえ紺崎君。……その病気、私が治してあげようか?」
「えっ……」
 ざわりと、月彦は全身の毛が際だつのを感じた。嫌な予感――そう、己が意図した方角とは別の方角へと話が転がる、そんな予兆だ。
「い、いや……無理ですよ、治すのなんて。今までカウンセリングとか色々受けたんですけど、結局どれもダメだったんですから!」
 月彦は大嘘をぶっこくが、雪乃は聞いちゃいない様子。
「ようは、紺崎君がきちんと我慢できるようになればいいわけでしょ?」
「それは……そうですけど」
「……そういうのって、やっぱり経験を積むのが一番だと思うの。……紺崎君が私とずっと一緒に居ても大丈夫な様になれば、それが完治したって事でしょ?」
 にっこり、と雪乃が満面の笑みを浮かべる。
「い、いや……でも、そうそうすぐに治るとは――」
「大丈夫。時間の許す限り、いくらでも付き合ってあげるわ」
「それに、先生を襲っちゃうかもしれませんし――」
「そ、それは――……私がちゃんと避妊しておくから、紺崎君は気にしないで」
 ピルさえ飲んでおけば、妊娠だけは避けられると言われれば、月彦は最早唸ることしか出来ない。
「……やっぱりダメです。先生にそこまでしてもらうなんて――」
「何言ってるの。このままじゃ紺崎君、将来は性犯罪者確定よ? ……そうならないように、教師の私が最善を尽くすのは…………至極当然だと思うわ」
 言っていることは至極もっともなことに聞こえる。――が、しかし照れるような、まんざらでもないようなしまりのない顔で言われては、“生徒のため”という言葉がどこまで本当か疑わざるを得ない。
「安心して、紺崎君。私が絶対、紺崎君を性犯罪者になんてさせないから。きちんと更正させてあげるから」
「こ、更正って……」
 まるで現時点で性犯罪者のような言われようだった。
「……そうね、まずは治療プログラムの一環として、休日はずっと私と過ごす事。これから始めましょう」
「なっ……ちょっと待って下さいよ! そんな、休日はずっと一緒だなんて……俺にも予定が……」
「勉強なら私が教えてあげるし、買い物なら付き合ってあげるわ。……何が不満なの?」
 と、雪乃は些か気分を害したご様子。
「そ、そりゃあ……友達と遊んだりもしたいですし、家でゆっくりしたい時だってありますよ!」
「それもそうね。じゃあ、毎週土曜日は私と過ごす。これならどう?」
「……それもキツいです。せめて月一くらいでなんとか……」
 月彦は恐る恐る直訴するが、むーっ、と雪乃が露骨に不満そうな顔をする。
「……紺崎君、本当に病気を治す気はあるの?」
「あ、ありますけど……でもそんな、休日を殆ど献上なんて……」
「………………紺崎君の病気の事、ご両親は知ってらっしゃるのかしら」
 ぼそりと、雪乃がそんな事を呟く。月彦は全身に冷や汗が吹き出すのを感じた。
「せ、先生……脅す気ですか! 先生を信用して、俺は秘密を打ち明けたんですよ!?」
「脅すなんて人聞きが悪いわ。……私はただ、紺崎君にあんまり治療の意欲が無いみたいだから、ご家族の方に相談してみようかな、って思っただけなんだけど」
「……母は心臓が弱いんです。お願いですから、早まった真似はしないで下さい」
 月彦はもう、土下座をして全てを辞退したい気持ちだった。雪乃の方も、さすがに月彦の狼狽ぶりを哀れに思ったのか、少し譲歩する気になったようだった。
「解ったわ。じゃあ“治療”は紺崎君の予定と相談の上で決めるとして……そうね、じゃあとりあえず第一回は今週の土日。これは譲れないわ」
「えっ……ちょっ……そんなっ! 待って下さい、今週は両方とも予定が――」
「……紺崎君、あれも嫌これも嫌じゃあ、人生通らないのよ?」
 と、雪乃もこれだけは譲れないと身を乗り出してくる。
「勿論、紺崎君がどうしても用事を優先させたいっていうんなら、私としても無理にとは言わないけど。……但し、今度の学期末の英語の試験がもの凄く難しくなるのは覚悟しておいてね」
「ちょっ……せ、先生!」
「多分、全員赤点ね。追試も絶対やらないから、殆ど留年しちゃうことになるかもね」
「なっ……そんな、病気の治療と期末試験、何の関係があるんですか!」
「何も無いわよ? ただ、私がそうしたいだけ」
 公私混同ここに極まれり。月彦はもう、言葉もなかった。
「どうする? 選ぶのは紺崎君よ?」
「……治療を、お願いします」
 まるで宗旨替えを強要された信徒のように、月彦はがっくりと項垂れた。


 土日は、雪乃と過ごす。不可抗力的にそうなってしまい、月彦はまず二人の女の子に謝罪をせねばならなかった。言わずもがな、真央と由梨子だ。
 由梨子の方は比較的すんなりと了承してもらえたが(それでもかなり落胆されて月彦の胸は痛んだが)、問題は真央の方だった。
 何故駄目になったのかとしつこく聞かれ、月彦は言い訳に窮した。結局葛葉に頼んで友達の家族に不幸があり、その葬式に出席しなければならないという形で口裏を合わせてもらい、漸く納得してもらえたのだった。
(すまない、真央――)
 こうしなければ、数多の生徒が留年の憂き目を見ることになってしまうのだと、月彦は胸の内で謝罪をした。これは浮気ではなく、一種の人柱なのだと。厄神への人身御供なのだと、月彦は心の中で詫び続ける。
 例のアンケートについては、土日の“治療”が終わった後に返すという形で雪乃と約束した。無論、その間雪乃はアンケートの内容を決して見ない、という条件も取り付けた。
(土日さえ辛抱すれば、後は……どうとでもなる)
 二日間雪乃と共に過ごし、“もう大丈夫”だという事を証明すれば治療の名目で束縛されるいわれはなくなる。そうなれば、晴れて由梨子や真央と共に“お出かけ”を楽しむことも出来るはずだ。
(そうだ、一種の修行と思えばいい……)
 確かに最近、前にも増して自制力が落ちていると月彦は感じていた。これを機会に鉄の自制心を身につけられれば、少しは苦労も減るかもしれない。
 我が身に降った不幸(?)にも、なんとかそのように前向きな考え方をしながら、月彦は残りの日数を過ごし――そして、運命の土曜日の朝を迎えた。
 かねてよりの打ち合わせ通りにファーストフード店の駐車場で待ち合わせ、車に乗り込むや月彦の目は即座に雪乃の足に吸い込まれた。
(……ストッキング――か)
 が、しかし――やはりというべきか。雪乃が履いていても、由梨子のそれほどには理性を揺さぶられない。それは雪乃の魅力が足りない――というよりは、黒タイツと由梨子の相性が抜群なだけなのだろう。
 雪乃の場合は、やはり足よりも胸、或いは尻の方に目移りがしてしまう。どこかの露出狂巨乳女とは違い、胸元を過剰に露出したりはせず、あくまで常識的な赤のスーツ姿だ。しかし下はいつも学校で見ているのタイトスカートではなく、タイトミニを履いている。その状態で雪乃が座席に座ると、お尻の方に大分生地が持って行かれるため今にも下着が見えそうな程に太股が露出してしまっていた。
 ……そんなものをずっと見ていたらおかしくなってしまいそうだから、月彦はなるべく見ないように努める事にした。
「紺崎君、どこか行きたい所とか、ある?」
「いえ、特にないです」
 しいて言えば家に帰りたいです――という言葉をぐっと飲み込む。
「というか、先生。今日はただ“治療”をするだけなんじゃないんですか?」
「……って言っても、私の部屋で二人でじっとしてるだけっていうのもつまらないでしょ?」
 それは確かに雪乃の言う通りだった。
「だから、どこか行きたいところとかあったら遠慮無く言って。隣の県くらいまでだったら何処でもいいわよ?」
「隣の県って……そんなに遠くまで行って日帰りできるんですか?」
「泊まっちゃえばいいじゃない。………………ホテル代くらい、私、持ってるわよ」
 もじもじとそんな事を言われ、隣の県は絶対ダメだなと月彦は決意を固める。
「じゃあ、近場で。どこか先生が行きたい所でいいですよ」
「それじゃダメなのよ。今日と明日は紺崎君の為に使うって決めてるんだから、紺崎君が行きたい場所じゃないと」
 どうしてその謙虚さを、図書室の段階で発揮してくれないのだろうか。
「俺はほんと、何処でもいいですから。先生が行きたい所行きましょう」
「何処でも良いって……」
 雪乃は些か不満そうな顔をする。が、すぐにまた笑みを取り戻す。
「そうねぇ……じゃあ、折角のデートなんだし、遊園地とか行ってみる?」
 一体いつのまに“デート”にされてしまったのか、月彦は頭痛を覚えながらも、そっと車外を指し示す。
「……この雨の中ですか?」
 月彦の言葉に誘われるように、ザアアと一気に雨足が強くなる。季節はずれの大雨は、傘を差していてもずぶぬれになりそうな激しさだった。
「じゃ、じゃあ映画館とか……」
「映画ですか……まあ、それなら――」
 と言いかけて、月彦は朝、家を出る際のやり取りを思い出した。
(確か、真央は――)
 月彦は自分が用事、という事で拗ねていた真央に霧亜が声をかけていたことを思い出した。『真央ちゃん、私と映画でも見にいかない?』――確か霧亜はそう言っていた筈。
「や、やっぱりダメです! 映画は止めておきましょう」
 自分の住む町に映画館がいくつあるかなど、月彦は知らない。しかし、万に一つでも真央とばったり――等という可能性がある以上、月彦には踏み切る勇気が無かった。
「映画もダメ……うーん……他に屋内で遊べる所っていうと……ゲームセンターとかカラオケとかボウリング場とかかしら」
「ボウリングは――」
 月彦はまたしても思い出す。月彦が土日は遊べない、と言った時、『じゃあ、今回は友達と遊びに行くことにしますね』と由梨子が返していた事を。
(……友達とよく行って言ってたような…………)
 ならば、こちらも由梨子とかち合ってしまう可能性がある。無論、真央に見られるのよりは何倍もマシではあるが、自分との予定を断った月彦が、教師とはいえ他の女性と遊んでいる姿を見たら由梨子はどう思うだろうか。間違いなく、良い思いはしないだろう。
「だ、ダメです! ボウリング場も、カラオケもゲーセンも止めておきましょう!」
 由梨子の行き先が解らない以上、同年代の者が行きそうな場所は全て危ない。無論、ある程度離れれば映画館もゲーセンも大丈夫ではあろうが、そうなると今度は“お泊まり”の可能性が出てくる。
「……紺崎君。自分は意見を言わないで、アレも嫌コレも嫌って言うのはどうかしら?」
「うぐ……」
 確かに、それに関しては雪乃の言う通りだった。月彦はここにきて、如何に自分が身動きの取れない体なのかということを思い知る。
「解りました……じゃあ、山に行きましょう」
「山?」
 雪乃が怪訝そうな顔をする。
「ええ、山です。観光施設の無い、寂れた、人気のない所に行きたいです」
「えっ……」
 と、雪乃が息を呑むも、月彦の方は“そこならば真央も由梨子も居ないだろう”と己の提案に安堵し気がつかない。
「……わ、解ったわ。人気がない山奥ね」
 雪乃が急に車を発進させた為、月彦は囓りかけだったアボカドバーガーを喉に詰まらせてしまった。



「もう、折角今日に備えて洗車してきたのに」
 衰えることのない雨足に、雪乃がため息を漏らす。
「先生の車に乗る時って、いっつも雨ですよね」
「……紺崎君って、ひょっとして雨男だったりするのかしら」
 月彦から見れば雪乃が雨女なのだが、どうやら相手からはそう見えるらしい。
 小一時間ほど走り、雨足がやや弱まりだした頃。道に傾斜がかかり始める。山の麓に入ったのだ。
「……さすがに、車少ないですね」
「そうね、こんな時期に、それも雨の日に山の上に行こうと思う人なんてやっぱり珍しいんじゃないかしら」
 そしてなにやら雪乃はバックミラー越しにちらり、と月彦の方を見てくる。
 うん、と思って月彦が見た時には、もう視線は前に戻っている。気のせいかと思って外の景色とフロントガラスに当たる雨を見ていると、またちらり、と視線を感じる。
「紺崎君さ……」
「はい?」
「車酔いとかは強い方?」
「そうですね。子供の頃は結構酔ったんですけど、最近はマシになりました」
「そう……」
 雪乃の返事には、些か落胆が含まれているように感じられた。
 道は次第に本格的な山道になっていく。右へ左へのカーブが続き、確かに車酔いしやすい体質の者ならばあっさりと吐いてしまうような道だった。
 道沿いにたまに民家らしいものが見えるものの、その割合も徐々に減りつつあった。そして、その民家が見えるたびに、何か様子をうかがうように、雪乃はちらりと月彦の方を見てくるのだった。
「紺崎君、大丈夫? 気持ち悪くない?」
「ええ、大丈夫です」
「少しでも気持ち悪くなったらすぐ言ってね、“休憩”するから」
「大丈夫ですって」
 雪乃の過剰な気遣いに苦笑していると、雪乃がハンドルの側のボタンを操作した。途端、ゴォォと暖房が強くなる。
「やっぱり、山に入ると少し寒いわね」
「そう……ですね」
 月彦としては、些か過剰とも感じる暖房だったが、雪乃が寒いのならば仕方ない。たとえ互いのこめかみに汗が浮いていようとも、寒いと言うのならば堪えるしかなかった。
 また、“民家”の側を通り過ぎる。あれは民家だ。少なくとも月彦はそう思いこんでいた。例え入り口の側の看板に“ご休憩”云々と書かれていても、断じて休憩するわけにはいかなかった。
 
 四十分ほど山道を登りきったそこはなんとも寂れた展望台だった。丸太小屋風の展望台はあるものの、有料双眼鏡などといったものは一切なく、ただ屋根と椅子、簡単なテーブルがあるのみで自販機はおろかトイレすら無かった。
「……思った通り、人っ子一人居ないわね」
 その展望台の側、無駄に広い駐車場の角にぽつんと車を止めて、雪乃はエンジンを切る。雨足は幾分弱まったものの相変わらずで、それは車から出てちょっと景色でも――という気概を萎えさせるには十分過ぎた。
「紺崎君、大丈夫?」
 雪乃に顔を覗き込まれかけて、月彦は慌ててそっぽを向いた。実は、少し前からかなり危うい状態に突入しており、口を開くことが出来なくなっていたのだ。
「顔色悪いわよ? やっぱり酔ったんじゃないの?」
「いえ、大丈夫です」
 渇いた声で、辛うじてそう返す。喋るだけで、今にも逆流してきたものが口から溢れそうだった。
「酔ったなら酔ったで、遠慮なんかしないで言ってくれればいいのに。途中、車を止める所だっていっぱいあったんだから」
 言いながら、雪乃は漸く暖房を弱め、さらに少しばかり窓をスライドさせて空気を入れ換える。それだけで、幾分月彦の嘔吐感はましになった。
「……紺崎君は、もっと私に頼るべきだと思うわ」
 ちらちらと、月彦の方を見ながら、そんな言葉。
「もしかしたら、紺崎君は対等の関係で居たいって思ってるのかもしれないけど、私の方が年上なんだから。もっと甘えてくれてもいいのよ? 」
「いえ、そういうわけには……」
 下手に甘えて、借りを作ってしまったら何に利用されるか知れない。月彦には、雪乃に甘える気は毛頭無かった。
「……それで、これからどうするの?」
「どうって……べつに……」
 確かに頂上には着いた。しかしこの雨では景色を眺めながらのんびり過ごすというわけにもいかない。尋ねられた月彦も答えに困り、むうと唸る。
(……山じゃなくて海って言うべきだったか)
 しかしどちらにしろ同じ結果になったであろう事は否めない。無言の車内に、ただただ雨音だけが響く。
「……先生?」
 ガラスに当たる雨を見ていた最中、ふと月彦の右手が雪乃に握られる。
「紺崎君……」
「はい」
「き……」
 雪乃は言葉を詰まらせ、一端窓の外に顔を向ける。ぎゅうっ、と右手が雪乃に強く握られる。
「キス、しよっか」
「え……?」
 と、尋ね返すと、雪乃は顔を真っ赤にする。
「き、聞き返さないでよ! こんな、恥ずかしいこと……二度も言えるわけないでしょ!」
「いや、だって……何の脈絡もなしにいきなりそんなこと言われたら――」
「てて、て、て手を握ったじゃない! もうっ……紺崎君は鈍すぎるわっ」
「……俺のせいなんですか?」
 少なくとも今までの人生の中で“手を握ったらキスの予兆”等という情報は一度も耳にしたことがなかった。
(……この人、本当に年上なのだろうか)
 と、疑いたくなる程に、異性間の距離の取り方やコミュニケーションの仕方が稚拙だと思う。
(……って、俺もあんまり人のことは言えないんだけど)
 キス云々の前に鼻息荒くすり寄り、股間をまさぐったりしてくる愛娘のお陰で、月彦もまた常識的な男女間の付き合い方などは無知も良い所だった。
「ああもう……どうしてこうなっちゃうのかしら……」
 雪乃は耳まで顔を赤くしたまま、がっくりとハンドルに手を引っかけるようにして伏せている。どうやら、先ほどの“キスしよっか”は雪乃にとって相当な一大決心だったらしい。
「……紺崎君だって、そういうつもりで、人気のない場所に来たかったんじゃないの?」
 僅かに首を擡げて、左目だけでじろり、と睨まれる。
「……いえ、別に。俺はただ、人気のない場所が好きなだけです」
「本当に、ほんとーーーーに、やましい気持ちなんか微塵もなくて、単純に山に来たかっただけってこと?」
「はい」
 ぶちんっ。
 何か人間の耳には聞こえない帯域で、袋の帯のようなものが斬れる音がしたような気がした。
「ねえ、紺崎君。もう一度聞くわ」
「はい」
「私のこと、どう思ってるの?」
「それは……まあ、好きか嫌いかで言うなら、好き……ですけど」
「……質問を変えるわ。異性として、魅力を感じる?」
「そりゃあ……でも――」
「“でも”は無し。イエスかノーで答えて」
「…………イエス、です」
「……じゃあ、どうして……何もしないの?」
「いや、だって……俺と先生は――」
「…………もう良いわ」
 ぴくぴくと、雪乃の眉が震える。何故かは解らないが、雪乃は怒っているように、月彦には見えた。
「……ようく解ったわ。紺崎君の気持ち」
「え、解ったって――ぐぇっ」
 月彦の言葉を完全に無視する形で、雪乃はエンジンをかける。ホイルスピンをさせながら瞬時に車の向きを変えると、今まで延々登ってきた山道を尋常ではないスピードで下り始める。
「ちょっ、せ、先生……何処に……」
「……紺崎君が今一番行きたい場所に連れて行ってあげる」
「お、俺が行きたい場所って――ぐぁっ!」
 ぐんっ、と体が横に振られ、口から舌が飛び出しそうになる。
「せ、せんせ……あ、雨っ、雨降ってるんですから……スピード、スピード落としてっっっ――ああぁ!」
 月彦がどれほど懇願して、雪乃はスピードを緩めるどころか怒りをぶつけるようにしてアクセルペダルを踏みまくる。
(まさか、連れて行くって――)
 天国かと、月彦が半ば以上本気で思う程の無謀なスピードでコーナーに突入し、対向車線など知らないとばかりに道路幅をめいっぱい使ってのコーナリング。みるみるうちに迫ってくるガードレールを擦るようにしてコーナーを抜けた先に、クラクション全開の大型トラックが凄まじい勢いで迫ってくるのを、ぐりんっ、と尻を振って華麗に避ける。その反動は安定の悪い三点式のシートベルトでは吸収しきれず、月彦は頭を思い切り窓ガラスにぶつけてしまった。
「せ、先生……あの、スピードを――」
 月彦は恐る恐る申し出るが、雪乃はもう微塵も月彦の方を見ようとはしなかった。

 

 



「着いたわ」
 山を下り始めてから、一切口を利かなかった雪乃が漸く言った一言がそれだった。
「着いた、って……ここ……」
 月彦は窓から覗くその場所をしげしげと見る。表札には“紺崎”の文字。まごうこと無き自宅だった。
「早く帰りたかったんでしょ、紺崎君」
 突っ慳貪とした口調。怒りすら滲んだ目で睨み付けられ、月彦は些か怯んでしまう。
「いや、でも――」
「早く降りて」
 最早、言い訳を聞く気はない――そのように聞こえた。月彦は渋々、シートベルトを外して車外に出る。
「ええと、あの……先生……今日は――」
「無理矢理誘っちゃって悪かったわね。もう二度と誘わないから。安心して」
 完全に月彦の言葉に被せる形で、それでいてさも事務的な口調でそれだけを言い残し、雪乃は車を発進させる。爆音を立てて走り去っていくその後ろ姿を、月彦は雨に打たれながらただ呆然と見送るしかなかった。
「……何……なんだ?」
 と、思わざるを得ない。
 自分はただ、聞かれた事に答えただけなのに。それで怒られるのでは納得がいかないと、月彦は疑問を通り越して怒りすら覚えてしまう。
(………そもそも、“デート”の筈では無かった)
 あくまで、自分が雪乃と二人きりでもきちんと正気を保てるか――その訓練だった筈だ。しかしそんな事実すら、雪乃の中では勝手に“デート”であると脳内変換でもされてしまったのだろうか。
 しばし雨に打たれながら雪乃との一連のやり取りを思い出しては首を捻り、いい加減喪服も濡れてきた所で家に入れば濡れないという事に考えが至る。
「……ただいま」
「あら、月彦。随分早かったのね」
 ドアを閉めるや、ぱたぱたと小気味の良い足音が近づいてくる。準備が良いというかなんというか、葛葉は手にバスタオルを持っていた。早速受け取り、髪を拭く。
「今夜は泊まりになるんじゃなかったの?」
「……なんか、都合が悪いみたいで、無かったことになった」
 くすくすと、微笑混じりに尋ねてくる葛葉に、月彦は口を尖らせて答える。何があったのか知らない葛葉はあらまぁと暢気な返事を返してくる。
「何か沮喪をしたんじゃないのかしら」
「俺は何もしてないよ」
「何もしないことが失礼じゃないとは限らないわよ?」
「え……?」
 母さんそれどういう意味――そう尋ねるよりも早く、葛葉は濡れたバスタオルを手にぱたぱたと家の奥に引っ込んでしまう。
「…………俺は、怒られるような事は何もしてない」
 誰に対する言葉か、月彦は独り言を呟き、二階に上がる。当然の事ながら、真央は霧亜と出かけているから部屋は無人だった。
「……真央」
 勉強机の上にこれでもかとばかりに広げられている雑誌(ページの内容はデートスポット集、所々赤く○がつけられている)は、恐らく真央が残していった当てつけだろう。はあ、と月彦はため息をつきながら本を閉じ、本棚に戻す。
「……今更帰っていいなんて言われてもなぁ…………」
 由梨子も友達と出かけているだろうし、真央を呼び戻すわけにもいかない。月彦は着替えながら、はあ、ともう一度ため息をつく。
「大体なんで迷惑かけられてる方の俺が怒られないといけないんだ……」
 雪乃の仕打ちを思い出せば思い出す程に、メラメラと怒りが沸いてくる。脅しじみた言葉で半ば強制的に折角の土曜日に狩り出された挙げ句、訳の分からないことで怒られて「もう帰っていい」ではたまらない。
「……あの先生、人の休日の予定ぶっ壊したっていう自覚あるのかな…………」
 恐らく無いだろう、と月彦は思う。あの年までまともに男性経験が無かったのも、やはりその辺りに一因があるのではないか、とそんな事まで考えてしまう。
「でも、まぁ……これで――」
 別れ際、雪乃は言っていた。“もう二度と誘わない”と。ならば今日は駄目でも、明日は真央と共に過ごす事は可能ではないか。そしてこれから先も、雪乃の不意の襲来で予定が潰される事も無くなる。
 考えてみれば、これは自分にとって願ったりな展開ではないのか。懸念の一つだった、雪乃との関係が切れる良いきっかけだ。
「…………でも何か、釈然としないなぁ……」
 着替えを終え、ベッドにごろりと横になる。そうやってどれほど思案を凝らしても、気分が晴れることは無かった。


 胸の内に残るモヤモヤの正体は、時間の経過と共に露わになり始めた。そう、それは丁度、化石の上に積もっていた土が水で洗い流されるように、徐々に……しかしはっきりと姿を現し始める。
 悪いのは、本当に雪乃なのか。
 自分には本当に、何の責任も無かったのか。
「………………………………」
 月彦は無論、雪乃が言う“治療”の内実に気がついていた。雪乃が言っていることはあくまで建前で、本当は“デート”をしたがっているのだと。
 その上で、あえて気がつかないフリを――あくまで“建前”のままやり過ごそうとした。そのことに罪は無かったか。
(でも、それは――)
 月彦はなんとか弁明を考える。が、しかし――雪乃の好意に気づいていながらも、あくまで気がつかないフリを、素っ気ないフリを続けた事への罪悪感は拭えない。
 勿論それは、教師である雪乃とそれ以上の関係になってはいけない――という倫理観からきたものである。………しかし、今となってはそれすら、本当にそうだったのかと疑念を懐いてしまう。
 本当に雪乃の事を思うならば、雪乃とは教師と生徒という関係でありたいと思うのならば、きちんと話すべきなのだ。つかず離れず、生殺しのような真似をせず、はっきりと“その気はない”という旨を。
 それをしなかった時点で、自分には雪乃を責める資格はない。
(本当に休日を潰されたのは、どっちだ……)
 自分が軽はずみに言った、“部屋に行く”という言葉を真に受けて、雪乃が待っていたのだとしたら。雪乃は間違いなく、自分の数倍の時間を無為に過ごした事になる。
 気を持たせるような事を言い続け、かと思えば雪乃からのモーションには惚け続ける。……これでは、雪乃が怒るのも当たり前ではないのか。
 思考がそこに至るや、月彦はベッドから飛び起きた。部屋着に軽く上着だけを羽織り、滑るように階段を下りる。
「あら、また出かけるの?」
 台所の方から、どこか嬉しそうな葛葉の声が聞こえる。
「うん。ちょっと“友達”の家に行ってくる」
「解ったわ。真央ちゃんには私から巧く言っておくから、安心して行ってらっしゃい」
 葛葉に見送られて、月彦は急いで靴を履いて玄関から飛び出す。外は、まるでその選択が正しいとでも示すかのように、雲の暮れ目から光りが覗いていた。

 記憶を頼りに雪乃のマンションを尋ね、エントランスのインターホンでこれまたおぼろげな記憶を頼りに部屋番号を押す。
「えーと、すみません……紺崎ですけど…………」
 マイクらしき穴に向けて月彦は喋りかける。が、しかし返事はない。月彦はしばし、エントランスの中を見回したりして時間を潰す。
(……カメラがあるのか)
 エントランスの天井の隅には、カメラがジーッと機械音を立てていた。月彦は再び視線をマイクへと戻す。
「あのー、先生。紺崎ですけど……留守ですか?」
 月彦は自分で言いながら、しまったと思った。そうなのだ、雪乃があの後まっすぐ家に帰ったという保証は何処にもないのだ。
(先に電話でも掛けてから来るべきだったか……)
 いやしかし、電話で話をしてしまったらその場で謝ってしまいそうだった。それほどに月彦は罪悪感を感じ、そして強く雪乃に謝罪したいと思っていた。それも可能な限り、誠意のある形で。その為には、直に尋ねて、顔を合わせて頭を下げるしかないと思ってやってきたのだ。
「先生……留守ですか?」
 これで返事が無かったら出直そうか――と思った時だった、微かに、何かの音がスピーカーから聞こえた。
『……紺崎君?』
 機械を通して些か耳当たりが変わっているものの、それは紛れもない雪乃の声だった。
「はい、俺です。……あの、ちょっと話があるんですけど……いいですか?」
 月彦はつい、うきうきと弾んだ声を出してしまう。が、しかし雪乃からの返答はなかなか無かった。
『……話って、何?』
 たっぷり二分ほど待たされた後、雪乃の返答はそんな言葉だった。
「ここじゃ、ちょっと。直接会って、話したいんです」
『…………』
 雪乃からの返答は無く、スピーカーから何か機械的な音が聞こえた途端、エントランスのもう一つのドアが開いた。入っても良い、という意図だと月彦は理解して、ゆっくりとマンション内部へと足を踏み入れた。
 廊下、エレベーター、廊下と雪乃の部屋の前まで来るのに一切誰とも会わなかった。ドアの前に立ち、軽く深呼吸をした後、コンコンとノックをする。
 程なく、ドアノブが回り、開かれる――が、それはほんの拳一つほどの隙間しかなかった。しかも見れば、その隙間にはチェーンが張ってあった。
「……何?」
 ドアの隙間の向こうに立つ雪乃の姿は、まるで幽鬼か何かの様。部屋の明かりを付けていないのか、どんな顔をしているかも暗くて見えない。声まで、まるで生気が感じられなかった。
(やっぱり……まだ、怒ってるんだよな…………)
 月彦は覚悟を決め、恐る恐る切り出した。
「すみません、中に……入れてもらえませんか。すぐ済みますから」
 雪乃からの返答は無く、無言のままドアが閉められた。その向こうで、かちゃかちゃとチェーンロックが外される音が微かに聞こえる。
(ちゃんと会って、そして言うんだ……)
 電話越しや、インタオーフォン越し、ドアの隙間越しで話すわけにはいかない。何故なら、自分は今日、雪乃に別れを告げに来たのだから。 



 再びドアが開かれ、月彦は部屋の中に通された。
(……散らかってる)
 最初に感じた印象はそれだった。否、ただ雑多としているだけではない。一度はきちんと片づけた所へ、意図的にものをぶちまけたような――。そう、散らかっているのは衣類、それも今日雪乃が着ていたものばかりだった。
 肝心の雪乃自身はといえば、これまた引っ越しの時に見た教師用の赤ジャージの上下という出で立ちだった。雪乃は月彦に背を向け、無言のまま部屋の奥へと歩を進める。
「えーと……先生。なんて言ったらいいか……今日は――」
 目のやり場に困りつつも、とにかく月彦は自分が言うべき事を言おうと口を開いた。しかしそれよりも早く、前に居た雪乃がくるりと振り返った。
「紺崎君、ごめんなさいっ」
「えっ……」
 自分が謝るよりも先に雪乃に謝られて、月彦はきょとんと呆けてしまう。
「紺崎君は元々用事があるって言ってたのに、それを私が無理矢理誘っちゃったのに……私、あんな事で癇癪起こしちゃって……本当にごめんなさいっ」
「いや、ちょっと先生……頭を上げてください! 悪いのは――」
「用事って、お葬式か何かだったんだよね……だから紺崎君、喪服着てたんでしょ? それなのに、私……私……」
「待って、ちょっと先生落ち着いて、俺の話を聞いてください!」
 どんどん嗚咽混じりの涙声になっていく雪乃を宥め、リビングのソファに座らせ、自分もその隣に座る。ぐしぐしと鼻を啜る雪乃の背中をぽんぽんと叩きながら、なにやら妙な事になったと月彦は内心困り果てる。
 見れば、いつぞや雪乃と二人寿司を食べたリビングのテーブルの上には洋酒の瓶が並び、うち五本は栓が開いていた。食べかけのおつまみなども広がっており、雪乃がたった今まで酒をかっ喰らっていたのは明白だった。
(酔っぱらってるのか……)
 月彦は壁掛け時計を見る。短針は午後三時をやや過ぎた頃。月彦と雪乃が別れてから約三時間経っている計算になる。その間に洋酒五本とはなかなかのハイペースなのではないだろうか。
「ごめんね、紺崎君……ごめんね」
「解りましたから、謝らないでください。悪いのは、俺の方なんですから……」
「すぐ謝ろうって思ったの。でも、勇気が出なくて……それで、それで…………」
 ひしっ、と月彦の胸元を掴み、雪乃はそこに顔を埋めて懺悔(?)を続ける。酔っているせいか、月彦がどれほど問いかけようとも反応が無い。
(……困った)
 怒髪天をつく勢いの雪乃に土下座で謝って、そのまま別れ話をする筈が何がどうしてこうなってしまったのか。
(……とりあえず、話を合わせて落ち着かせる方が先決か)
 酒も入って情緒不安定になっている雪乃を出来るだけ素に近い状態に戻さねばならない。別れ話をした所で、翌朝その記憶も無いというのでは話にもならない。
「……ええと、先生。別に俺は怒ってなんかないですから、だからそんなに謝らないで下さい」
「……本当? 本当に怒ってない?」
 案の定、と言うべきか。やっと雪乃から返事らしい返事が返ってきた。
「ええ、怒ってませんから。安心してください」
「良かった……私、紺崎君に嫌われちゃったかと思って…………」
「俺が先生を嫌いになるわけないじゃないですか。……どうです? 大分落ち着きましたか?」
「……うん、ありがとう、紺崎君」
 少し腫れた目で、雪乃は漸く笑みを零す。
「あっ」
「どうかしましたか?」
 笑みを零すなり、雪乃が声を上げ、今度は顔を真っ赤にしてしまう。
「ご、ごめんね……私、こんな格好で……それに、部屋も散らかってて」
「ああ……気にしないで下さい。いきなり尋ねた俺が悪いんですし、気にしませんよ」
「ほ、本当はちゃんと片づけてたのよ!? でも、その……わ、私、すぐ着替えてくるね!」
「あっ、先生待ってください!」
 立ち上がろうとする雪乃の肩を捕まえ、無理矢理ソファに座らせる。
「着替えなくていいんです。そのままでいいですから」
「でも……」
「先生が正気に戻ってくれてさえいればいいんです。俺は元々、話をする為にここに来たんですから」
 月彦の真摯な声から、“話”の内容を悟ったのか、雪乃がハッと息を呑む。羞恥と酒気による赤ら顔から、一瞬にして血の気が引いた。
「いやっ……」
 雪乃が突然に頭を振る。
「いやっ、聞きたくない!」
「先生!」
 月彦は雪乃の肩を再度掴み、軽く揺さぶる。
「大事な話です。ちゃんと聞いてください」
 月彦は雪乃の目を見据える。逃げるな、言葉から耳を逸らすな、と訴えかける。
「先生とは……今までいろいろありました。でも、もう……今日で終わりにしましょう。俺はもう、先生とは会いません」

 



「……え?」
 永遠とも思える、一瞬の間の後に雪乃の口から漏れたのは、そんな疑問符。
「紺崎君……何、言ってるの?」
「今までのらりくらりと、曖昧な態度をとってきてすみませんでした。俺は……その、先生が求めてるような、深い関係になる気はありません」
「……どうして? 紺崎君、どうしてなの?」
 今度は、月彦が肩を掴まれる番だった。爪が食い込む程に、荒々しく。
「やっぱり、さっきの事で怒ってるの?」
「そうじゃありません。むしろ……あれは俺の方が悪かったと思ってます。そして先生のお陰で……俺は決心がついたんです」
「決心って……」
「先生と別れる決心……です」
 月彦もまた、苦悶の顔をする。それほどに、“別れる”という言葉を使う事に抵抗があった。
 そもそも、自分と雪乃の関係をどう定義すればよいのか、月彦自身把握していなかった。
 強いて言うならば、教師と生徒以上恋人未満――そんな曖昧な位置取りだろう。だから“別れる”という単語が正しいかどうかは月彦にも解らない。ただ、この場合……雪乃に自分が言わんとする所が通じれば、言葉の正違はさほど関係が無かった。
「……すみません、もっと早く言うべきだったんですよね……。こんなに遅くなってしまって、本当に申し訳ないと思ってます」
 言葉を紡ぐたびに、胸の奥がズキズキと痛む。それはまるで己の血を言葉に代えて吐き出しているかの様。故に、月彦は確信する。自分は、間違いなく――雪乃を好きだったのだと。
(でも、これで良い……)
 そもそもが、事故のような出来事から始まった奇妙な付き合いなのだから。本来の形に戻るのが一番な筈なのだ。
 月彦の肩に食い込んでいた雪乃の爪から、すっと力が抜ける。あぁ、解ってもらえたのだなと、月彦が安堵とも落胆ともとれるため息をつこうとしたその時だった。
「……ふぅん、そういう事。……危うく騙される所だったわ」
「え……?」
 月彦が伏せていた目を上げると、そこにはどこか得意げな笑みを浮かべた雪乃が居た。
「あの、先生?」
「紺崎君、やっぱり怒ってるんでしょう?」
「いや、俺は――」
「怒ってないフリなんかして、嘘の別れ話なんかで私を焦らそうとしても無駄よ」
「フリでも嘘でもなくて、俺は本心で――」
「じゃあ、どうして!」
 それまでの得意げな笑みが消えたと思った刹那、壁を震わすような大声。
「……どうして、あんなこと言ったの…………」
「あんな事……?」
「“先生を俺だけのモノにしたい”なんて……あれは、私の事が好きだっていう意味じゃなかったの?」
「あぁ……」
 そういえば、前に来た時、そんな事を言ったっけなぁ――と、月彦はおぼろげな記憶を辿る。
(何故って言われても――)
 その場のノリで、等とでも言おうものなら、このまま首を絞められそうだった。
「ええと、先生……その、勘違いしないで欲しいんですけど」
 じろり、と雪乃に睨まれる。前髪の間から覗く涙目は、えもしれぬ迫力があり、月彦はうぐとたじろいでしまう。
「……俺は、先生の事が嫌いだから、好きじゃないから別れようって言ってるんじゃないんです」
「…………どういう事?」
「先生と俺は、そのままずばり、教師と生徒じゃないですか。だから、その……やっぱり、深い関係になるのはまずいと思うんです」
 間が空いた。
 たっぷり、十秒ほどの時間の後、突然月彦はぱちんという音と共に右頬に痛みを感じた。
「え? え?」
「紺崎君。私の聞き間違いだったらごめんね。…………何だから別れたいって?」
「いや、ですから……先生と俺は教師と生徒だから――ぶっ」
 今度は左頬を叩かれた。
「……あの、なんで俺……叩かれるんですか?」
 月彦は二度目に叩かれた左頬を抑えながら、ちょっとだけ涙目になる。
「紺崎君。もう一度だけ聞くわ。…………私の事が嫌いだから別れるんじゃなくて、教師と生徒だから別れたいって言っているのね?」
「はい――ぶっ!」
 今度は、両手で挟むように頬を叩かれた。
「………解ったわ。紺崎君……貴方は、私に教師を辞めろって言っているのね」
「なっ、ちょ……そんな事、一言も言ってないじゃないですか!」
「言ってるわよ。“俺と別れたくなかったら教師をやめろ”――そういう事でしょ? 紺崎君が言っているのは」
「違います! 俺が言いたいのは、先生にはもっと良い……先生にふさわしい人を見つけて欲しいって事です!」
 ごちんっ。
 そんな音がして、目の前に火花が飛び散った。拳が振り下ろされたのだ。
「……ったぁ〜っ…………何するんですか!」
「紺崎君。勘違いや思い違いもいい加減にしないと、私……そろそろ本気で怒るわよ?」
 ずいっ、と鼻が触れそうな距離で睨まれる。
「紺崎君、貴方は今……自分がどれくらい卑怯な事を言っているか気づいてる?」
「え……卑怯?」
 自覚など有るはずがなかった。自宅で精一杯最善策を考え、そして勇気を振り絞って施行しているのだというのに。それをまさか卑怯と呼ばれるなんて。
「私と本当に別れたいのなら、“好きだけど○○だから一緒になれない”なんて言わないで、はっきり“嫌いだから”って言うべきなのよ。――例え、本当はそうじゃなくてもね。そうしないのは、紺崎君の中に“悪く思われたくない”っていう見栄があるから。違う?」
「それは……でも――」
「第一、そんな風に希望を残されたら、言われた方は必死になって“○○”の部分を何とかしようって思うわ。それって二重に卑怯だと思わない?」
 うぐ、と月彦は黙ることしか出来ない。
「教師と生徒だから無理――かといってまさか紺崎君が退学するわけにはいかないでしょ。となれば、私が辞めるしかない。紺崎君が言ったことは、そういう事なのよ」
「ちょ、ちょっと待って下さい! 先生、それは、そこだけは違います! そんなの、先生の気持ち一つでどうとでもなるじゃないですか。俺の事なんて放っておいて、また新しい人を――」
「……紺崎君」
 わしっ、と月彦は首を掴まれる。しかし、力は入っていない。宛われてるだけだ。
「…………今、私……すっごく手に力込めたいわ」
「ど、どうしてですか……?」
「あのね、紺崎君」
 はあ、と雪乃はため息を一つつく。
「…………私、こう見えても紺崎君より随分年上なの」
「……知ってます」
「一般常識だってちゃんとあるし、やって良いことと悪いことの区別もつくわ。……その私がっ」
 くっ、と軽く親指が押し込まれる。かはっ、と月彦は微かに噎せる。
「公私混同まがいの事をしてまで、生徒の一人にアタックし続けてるのはどうしてだと思う?」
「わ、わかりません……」
「っっっ……貴方のことが好きだからに決まってるでしょ!」
 ぎゅううううっ、と強烈に首をしめられた後、ぽいと投げ出すようにして月彦は解放される。げほげほと咳をしながら前を見ると、肩をいからせながらも顔を真っ赤にしている雪乃が居た。
「紺崎君の事を少しでも多く知りたいから、紺崎君と少しでも長く一緒に居たいから、馬鹿な真似だと解っててもやっちゃうのよ! 自分でもどうしようもないの!」
 肩を怒らせたまま、はあはあと呼吸を整える雪乃の顔は依然真っ赤だが、そのような事を面と向かって言われた月彦もまた顔を赤くする。
「で、でも……先生、俺には解りません…………先生は、どうして……その、俺なんかに、そこまで――」
 別に、運命的な出会いがあったわけでもない。デートを重ねたわけでもない。なのにどうして、と月彦は思ってしまう。
「……そんなの、“なんとなく”に決まってるじゃない」
 赤い顔のまま、胸を張ってそんな事を言われる。
「何となく……ですか?」
「そう、何となく、よ。それとも何? 紺崎君は、誰かを好きになるのに理由が必要だと思ってるの?」
「そりゃあ……何かしらはあるんじゃないかと」
「……じゃあ、もし好きになった相手から、好きになった理由の全てが消えてなくなっちゃったら、その人のことを紺崎君は嫌いになるの?」
「え……」
「人を好きになるって、そんな損得勘定みたいな事でいいの? 好きだった部分が無くなったから好きじゃない――それって、本当にその人の事を好きだって言えるの?」
「……よく、解りません」
 月彦はまたしても言葉がなかった。その様な哲学めいた事、考えたことも無かった。
「……だから、人を好きな理由なんて“なんとなく”っていう曖昧なので丁度いいの。……ううん、そうでなくちゃいけないのよ。はっきり明確化しちゃいけないものだって、この世にはあるの」
「そうですね……それは、何となく解る気がします……」
 この世には、曖昧なままにしておいたほうが良い事柄もある。雪乃のその言葉だけは、妙に説得力を感じた。
「……で、紺崎君」
「はい?」
「紺崎君も……私の事、好きだって言ってくれたわよね?」
「ええ、まぁ……」
「私のどんな所が好きなの?」
 これだ、と月彦は目眩を覚えた。先ほどまでの自論と全く相反するような質問を平気で投げかけてくるこの支離滅裂さが、さすが雪乃と思わざるを得ない。
「紺崎君、人には尋ねて、自分は答えないのは人の道に反するわよ?」
 明確化しないほうが良い、と言った舌の根も渇かぬうちにこれだから、月彦はやれやれと思わざるを得ない。
(俺が、先生を好きな理由、か――)
 雪乃のあのような話を聞いたばかりだからか、明確な“これ!”という理由が思い当たらない。その中でも、比較的大きな塊を拾い上げると、そこには“おっぱい”と“おしり”という文字が書かれていたりするのが、なんともはや。
「も、もちろん……俺も、“なんとなく”ですよ」
「……紺崎君、目が泳いでるわよ?」
「…………ごめんなさい。本当は先生の胸とお尻がすごく好きです」
 ほとほと自分には誤魔化したり、嘘を突いたりする才能が米粒ほども無いと月彦は落胆し、正直に白状をした。
「……軽蔑、しますか?」
 すっ、と雪乃が手を挙げた。また叩かれるかと思った刹那、その手は優しく月彦の首を巻き込んだ。
「せ、せんせ――むぐっ」
「正直に白状した生徒を叱る教師は居ないわ」
 膝立ちになった雪乃に、ぎゅっ、と包み込まれるように抱きしめられ、月彦はジャージの生地越しに柔らかい感触を鼻先で感じる。
(うわ……ぁ……)
 息苦しい程に密着しているというわけではない。生地越しにではあるが、呼吸もできる程度の抱擁。――しかしそれが、月彦の鼻腔に良からぬものを運び込む。
 強いて言うなら、色香。大人の女の香りが、ジャージの生地越しにガンガン吸い込まれ、頭がくらくらしてくるのだ。
「ねえ、紺崎君」
「は、はひ……」
 このような、慈愛に満ちた雪乃の仕草でよもや欲情を覚えてしまっているなどと悟られたくはなく、月彦は必死に平生を装いながら返事をする。
「私と、本当に別れたい?」
 すっ、と雪乃は抱擁を解き月彦の目を覗き込んでくる。
「……紺崎君が本当に別れたいって思ってるのなら――多分、それはあくまで教師と生徒としての関係に戻るっていう意味だと思うけど、そうなりたいって思ってるのなら、私……それでもいいよ」
 紺崎君が本当にそうしたいと思っているのなら――雪乃は月彦の耳元で、もう一度繰り返した。
「お、俺は――」
 倫理観、社会道徳、良識、常識――それらを排除した上で、月彦は純粋に己の想いを計る。自分は、本当はどうしたいのか。
「俺は……やっぱり、先生と………………別れたく、ない、です――」
「……そう。じゃあ、もう……何も問題はないじゃない」
 そっと雪乃の手が頬に振れ、そのまま唇を重ねる。それは予兆も何もない、しかしごく自然な、恋人同士のキスだった。


 どうやら自分で思っていた以上に、自分は雪乃の事が好きらしい――雪乃と唇を重ねながら、月彦はそんな事を思う。例えその理由が“あの胸と尻を他の牡に取られてたまるか”的な肉欲丸出しのエゴが大半を占めていようと、それでも良いと雪乃は許してくれた。
「んっ……」
 ただ、唇を重ねるだけのキスは、すぐに終わった。雪乃の方から唇を惹いて、そして膝立ち状態からぺたんと、ソファの上に正座をするような格好になる。
「こんな……感じで良かったのかな……」
「……何がですか?」
「な、何がって……!」
 また器用に顔を真っ赤にして、雪乃がプンスカと怒る。
「き、キスに決まってるでしょ……」
「……先生」
 ずい、と月彦は雪乃との距離を詰める。
「えっ――んぐっ……!」
 そしてやや強引に――半ばソファに押し倒すようにして――唇を奪い、軽く下唇を食む。そのまま、くちゅくちゅと唾液を啜るような音を立てながら、雪乃の唇を嘗め回し、舌同士を絡め合う。
「んっっ! んっ……んぁっ……んっ……んっ……ぁ……」
 最初は月彦を押しのけようと力んでいた雪乃の手から、徐々に力が抜けていく。かと思えば、胸を押すような姿勢をとっていたその手が、そろそろと月彦の背に回り、肩に指をかけるような形になる。
「んっぁ……」
 とろりと糸を引かせて、今度は月彦の方から顎を引いてキスが中断される。ぁっ、と雪乃は小さく喘ぎ、露骨に物足りないという目で月彦を見上げる。
「先生も、人の事言えませんね。……勘違いしてるんですから」
「ど、どういう意味……よ」
 キスでとろけていた所に話し掛けられ、雪乃はハッと正気を取り戻してぷいとそっぽを向く。
「キスに正しいやり方なんてありませんよ。自分がしたいようにすればいいんです」
「……わ、解ってるけど……でも、やっぱり、変なことしちゃったら――」
「笑ったりなんかしませんよ。不器用なキスでいいじゃないですか」
「……前からずっと思ってたんだけど、紺崎君って……妙に場慣れしてるわよね」
 えっ、と月彦は固まる。
「……き、気のせいですよ」
「本当? もしかして二股かけてたりして」
 きっと本心ではないのだろう。ちょっとふざけた、悪戯っぽい質問だったが、その一言は大きく月彦の胸を揺さぶった。
「ま……まさか、二股なんてかけてるわけないじゃないですか」
 三股だから嘘ではない、嘘ではない――と、月彦は必死に己の良心を誤魔化す。
「今、正直に言えば許してあげるけど?」
 月彦の態度に不審なものを感じたのか、雪乃がずいと迫ってくる。実は、他にも好きな子がいるんです――そう喉まで出かかったが、辛くも飲み込む。
「お、俺は……先生一筋ですよ」
 心の中で、もう一人の自分が絶叫を上げながら暗い谷底に落ちていくのを感じながら、月彦は渇いた声で宣言する。
「本当ね? 私、信じるからね?」
 ぐっと肩を掴まれ、じっと真摯な目で見られ、今更『ごめんなさい、嘘です』等とは言える筈もなく。
 こくこくと、月彦は顎の動きのみで雪乃に返事をする。
「もし嘘だったら、絞め殺しちゃうんだから」
 それは俺をですか、それとも相手をですか――という問いは、月彦には出来なかった。それよりも先に、雪乃に唇を塞がれたからだ。
「んっ……!」
 不器用ながらも、濃密なキス。雪乃なりにせいいっぱい“キスらしい事”をしようとしているのが十二分に感じられて、月彦もまたそれに応じる。
「んっ、あむっ……んっ……」
 次第に熱の籠もった吐息が混じり、ちゅぱちゅぷと水音を立てながらもぞもぞとソファの上で体をまさぐり合う。
「先生……」
 しかし、そういった攻防の主導権を握るのは、やはり経験的にも月彦となってしまい、呟き混じりに雪乃の頬や首筋などにキスをしながら、もぞもぞと雪乃が来ているジャージの裾をめくりにかかる。
 と、その手を急に雪乃が止めた。
「ま、待って……紺崎君」
「何ですか?」
 今更止めろと言われても、盛りのついた♂は止まらないぞとばかりに、ふうふうと鼻息荒く雪乃の顔を見る。
「ええと、その……やっぱり、今は、ちょっと――」
「……嫌、なんですか?」
「嫌とか、そういうんじゃなくて……ほら、私……こんな格好だし……」
 と、雪乃はちらりと視線を下に向ける。
「だから、ちょっと仕切直しっていうか……シャワーとかも浴びたいし」
「俺は気にしませんよ、そんなの。どんな格好でも、先生は先生じゃないですか」
「わ、私が気にするの! ねっ、お願い……紺崎君とだから、尚更ちゃんとしたいの。シャワー浴びるまで、待っててくれる?」
「……解りました」
 これが真央相手であれば、問答無用で押し倒す所なのだが、雪乃相手だと妙に遠慮をしてしまう。
(……一応、初心者だしな)
 見かけとは裏腹に、と月彦は雪乃の体をちらり、と見る。ジャージの奥に隠された熟れた肉体の線は由梨子や真央とは明らかに違う色香を醸し出していた。
 ごくりと。無意識のうちに生唾を飲んでしまう。ほんの少しだけ、このまま押し倒して続きをしてしまおうという悪い心が出そうになるのを、月彦は必死に堪え、雪乃の上から体を退かす。
「ごめんね、なるべく早く浴びてくるから」
 雪乃は逃げるようにソファから立ち上がり、いそいそとシャワーの準備を始める。その姿が脱衣所に入るのを見送ってから、月彦もまたソファに座り直す。
 ここへ来て、月彦は僅かながらに後悔をした。
(……仕切直さない方が良かったかもしれない)
 やるならやる、とあのまま勢いで行ってしまったほうがよかったのではないかと、そう思ってしまうのだ。
 こうしてインターバルが入ってしまうと、嫌でも頭に真央や由梨子の事が浮かんでくる。
(だからって……今更――)
 やっぱり今日は帰る――等と言える筈もない。義理と人情の連合軍と本能と肉欲の連合軍に板挟みにされ、月彦は一人ソファの上で悶え狂う。
 何かで気を逸らさなければ――そう思った矢先に目についたのは、テーブルの下に落ちている雑誌だった。それがただの雑誌であれば、別段気にも止めなかったのだが、その裏表紙に見覚えがあったのがきっかけとなった。
(……真央が机の上に置いていた雑誌だ)
 手に取ってぱらぱらとめくってみると、これまた呆れるほどに軽薄な内容の雑誌だった。流行のファッションの特集に始まり、人気のあるデートスポット等々、思わず「こんなけしからん本は読んではいかん!」と真央をしかりつけたくなるような内容だった。
(何々……来年はポケットの中の生地を外に出し、靴下は両方違う柄のものを履くのが流行る……)
 そんなバカな、と思いつつも、月彦もまたついつい熟読してしまう。
「ん……?」
 ナンパの実体験談のコーナーに目を奪われていた矢先、月彦はふと奇妙なものを見つけた。よく見るとそれは付箋で、雑誌の上から何枚か飛び出していた。
 月彦は条件反射的に付箋が貼られているページを開いた。
「えーと、何々……初めてのデートで絶対失敗しない11のコツ。まず彼氏とキスをするときは手を――」
「こらぁああッ!!!」
 ごちんっ、と突然頭に何かが降り注ぎ、視界に火花が散った。すかさず手の中から雑誌の感触が消える。
「ひ、人が居ない隙にっっ……それはプライバシーの侵害よ! 紺崎君!」
 頭を抑えながら振り返ると、体にバスタオルを巻いただけの格好の雪乃が顔を真っ赤にして仁王立ちをしていた。
「プライバシーって……それは先生の日記帳でも何でもなくて、ただの雑誌じゃないですか」
「雑誌でも同じ! この部屋にあるものを勝手に触っちゃだめよ? 解った?」
 全く油断も隙もないわ――などとブツブツ良いながら、雪乃は月彦から取り上げた雑誌を脱衣所の方に持っていってしまう。
 あまりの暴論――そして暴力に、月彦もまた些かムッと腹を立てる。
「解りました。……じゃあ、先生、こうしましょうか」
「えっ……っきゃっ!」
 月彦は衣擦れの音すら立てず、ケダモノの俊敏さでソファから躍り出ると、バスタオル一枚の雪乃の背後からずいと忍び寄る。
「俺も先生と一緒に、シャワーを浴びます。…………それなら、文句はないですよね?」


「い、一緒にって……私と、紺崎君がってこと?」
「ええ。勿論そうですけど?」
 いけませんか?とばかりに月彦は胸を張る。
「で、でも……紺崎君は着替えが――」
「下着とかなら、“この前”のが残ってるんじゃないかなって期待してるんですけど」
 うぐ、と雪乃が唸る。
「確かに……ちゃんと取ってあるけど――」
「それなら何の問題もないですよね」
 と、月彦は早速シャツをぽーんと景気よく脱ぎ捨て、ズボンのベルトを外しにかかる。
「じゃあ……私、水着捜さなきゃ――」
「水着?」
 こっそり脱衣所から出ようとする雪乃の手を、月彦は無慈悲に掴む。
「シャワーを浴びるのにどうして水着が必要なんですか?」
「だ、だって……恥ずかしいじゃない…………」
「俺だって裸になるんだから、条件は一緒じゃないですか」
 うぅ、と雪乃が子供のように唸る。
「紺崎君は恥ずかしくないの?」
「そりゃあ恥ずかしいですよ。でも、だからって水着を着ようとは思いませんね」
「…………やっぱり、場慣れしてる気がするわ」
「先生の気のせいです」
 月彦はズボンと靴下を脱ぎ、さらに下着も堂々と脱ぎ捨てる。――やいなや、雪乃が軽く悲鳴を上げた。
「こ、紺崎君!」
「え?」
「それ……」
「ああ――気にしないで下さい。ただの生理現象ですから」
「気にしないでって……」
 雪乃の視線は、完璧に月彦の股間に釘付けになっていた。
「むしろ、好きな人と一緒にシャワーを浴びようって時にこうならない方がおかしいと思いますけど」
「そ、そうなのかしら……。ねえ、紺崎君……」
「はい?」
「……一緒にシャワーを浴びるだけ、なのよね?」
「ええ、その予定ですけど」
 予定って――と、雪乃が掠れた声で絶句する。そのままなにやら顔を赤らめ目を潤ませ、視線をぷいと逸らしてしまった。
 月彦は苦笑し、雪乃の背中を押すようにして浴室へと入る。その広さは、前に利用した時に知っているから、今更驚く事はない。
(……先生も往生際が悪いな)
 体にバスタオルを巻いたままの雪乃を見て、月彦はくっ、と口元を歪める。さて、どうやってこのバスタオルをひん剥いてやろうか――などと、悪い心が沸く。
「……やっぱり先生、シャワーは止めてお風呂にしましょう」
「えっ……おふ、ろ……?」
「ええ。これだけ広ければ、二人で入っても申し分ないと思いますし」
 もうそれで決定だ、と言わんばかりに月彦は進み出て、浴槽に栓をしてお湯を出し始める。
「で、でも……お風呂だと溜まるまで時間かかるわよ?」
 と、雪乃が不安げに肩を抱くのも無理はない。暖房が効いていたリビングとは違い、基本的に浴室は寒いものだ。殆ど素っ裸の状態で、湯が溜まるまで待つというのは風邪を引くのと同義だと、雪乃は言いたいのだろう。
 無論、そんな事は月彦は百も承知だ。
「だったら、その間……体を温めながら待てばいいじゃないですか」
「あ、暖めながらって――んんっ……!」
 刹那のうちに雪乃を抱きしめ、その唇を奪う。そのまま、唇を食むように動かして、雪乃の体から力が抜けるまで、執拗に舌を、唾液を絡める。
「ぁ、ふ……ぜ、絶対……紺崎君、場慣れ……してるわ…………」
「気のせいです」
 そう言って、月彦は再び唇を塞ぐ。要らぬ邪推など出来ない様、頭をとろけさせる為に。

 



「んんんっ……んっ……!」
 唇を奪いながら、雪乃の背を浴室の壁に押しつける。――無論、壁は冷えているであろうから、背に回した左手をクッションにして、雪乃の背が直接壁に触れないようにする配慮は忘れない。
 そうして押しつけ、逃げられないようにした所で、バスタオルごと雪乃の胸を掴み、揉む。
「んんっ、んっ……!」
 唇を塞がれたまま、喉の奥で噎ぶ雪乃の声を聞きながら、ぐにぐにと雪乃の巨乳を堪能する。
(真央より、大きい……)
 その辺りは、さすが年上、大人の女性であると感心せざるを得ない。
 バスタオルは、剥ごうと思えばすぐにでもはげる。が、あえてそのままに、バスタオルごと、揉む。
(でも、真狐よりは――)
 あの圧倒的な質量には、さすがに及ばない。それでも、片手に余るような巨乳は月彦の巨乳欲を満たすには十分な質量であり、遮二無二揉み捏ねる。
「……ぁっ、ぁっ……やっ……!」
 雪乃の唇を解放すると、そのような小刻みな喘ぎ。ぎゅうっ、と月彦は強く右手に力を込める。
「まだ、寒いですか?」
「さ、寒くは……でも、こんな所で…………」
「男は、二人きりになれる場所なら、何処でだってこういう事をしたいっって思うものですよ」
 まるで全人類の男代表のような口ぶりで、再び雪乃にキスをする。唇――だけではない。頬、顎、首、耳――雪乃が可愛らしく反応を返す箇所を余すところ無く攻める。
「ぁっ、ま……待って、紺崎、くん……」
 月彦は雪乃の言葉を聞き入れ、ちゅっ……と、胸の膨らみの付け根の辺りを吸うのを最後に、一端キスを止める。
「こ、こういうときは……私は、どうすれば……いいの?」
 情欲に濡れた――しかし、不安げな目で、月彦を見る。
(あぁ、本当に解らないんだな――)
 と、月彦は思う。先ほど、自信満々に恋愛論を語った雪乃とは別人じゃないかと思う程に、その立ち振る舞いは辿々しかった。そんな雪乃が――たまらなく愛しい、と感じてしまう。
「……何も、しなくていいんですよ」
「えっ……ぁっ……」
 ちゅっ、とまた軽く、雪乃の胸の膨らみ――バスタオルから露出している白い部分を吸う。
「そうやって、可愛い声を上げてくれるだけで、俺は満足です。…………勿論、それ以上のことをしてくれたら、大満足ですけど」
「そ、それ以上の事……って?」
「それは俺が言うことじゃないですね。…………先生がしたいって思う事を、すればいいんです」
 これではまるで立場が逆だなと、月彦は心の内で苦笑しながら、ちゅっ、と雪乃の首にキスをする。
 そのとき、ついと。何かが下半身に触れた。
「……先生?」
「こう、したら……紺崎君も、気持ちいい?」
 さす、さすと辿々しい手つきで、雪乃の白い指が剛直を撫でる。
「ええ。……凄く、いいですよ」
 恐る恐る、といった雪乃の手つき。最初はただ指先で触れるだけだったそれも、次第に、掌まで使って竿の筋を撫でるような動きになる。
「これで……いいの? あんっ……!」
 不安げな雪乃の耳をはむっ、と優しく食み、その内側にゾゾゾと舌を這わせる。
「ぁっ、あっ、ぁっ……!」
「……男が感じるのは、何もそこだけってワケじゃないですよ?」
 雪乃の耳から舌を離すと同時に、月彦はバスタオルに指を引っかけ、ついと剥がしてしまう。あっ、と雪乃が咄嗟に隠そうとするのを、体を密着させて妨げる。
「先生。あんまり意地悪しないで下さい」
「い、意地悪なんて――」
「俺がどんなに、先生の裸を見たいか……解らないんですか?」
 屹立しきっている怒張を、ぐっ、と雪乃の腹の辺りに押し当てる。途端、かぁっ、と雪乃が顔を真っ赤にする。
「だ、だめ……紺崎君、そんなに……押し当てないで………………」
「離れても隠さない、って約束してくれたら止めます」
「隠さない、隠さないから……だから――」
 月彦は無言のうちに腰を引き、離れる。そして――見る。浴室灯の下で照らし出された、雪乃の裸体を。
「……先生、駄目ですよ」
 約束を破って隠そうとする雪乃の手を、月彦は掴む。
「だって……やっぱり、恥ずかしいわ…………」
「でも、約束は約束……ですよね?」
 これは当然の権利だと、月彦は雪乃の裸体に見入る。じっくり、たっぷりと、それこそ舐めるような視線で、雪乃の体の、隅々まで。
「ううぅ……だ、だめ……紺崎君……そんなに見ないで…………恥ずかしい…………」
「こんなに綺麗なのに、どうして恥ずかしいんですか?」
「り、理屈じゃないの! ね? もう良いでしょ……お願い、バスタオルを返して……」
「駄目です」
「こ、紺崎君……」
 雪乃が泣きそうな声を出す――が、月彦は引かない。
「今、解りました。先生がそこまで恥ずかしがるのは、恥ずかしさに慣れてないからなんですよ」
 言うや、月彦は雪乃に体を密着させ、そして――膝立ちになる。
「えっ、やだっ……紺崎君!」
「裸を見られるより、もっと恥ずかしいことがあるって……教えてあげます」
 逃げようとする雪乃の抵抗などものともせず、月彦は雪乃の局部に鼻が触れそうな程に顔を近づけ、秘裂をぐいと指で押し開く。――そして、舐める。
「い、いやっ……!」
 雪乃の悲鳴が、浴室に響く。
「だめっ、だめっ……紺崎君……そんなっ……シャワーも、まだなのに……」
 雪乃の両手が月彦の頭を掴み、それまでとは比べものにならない程の力で引きはがそうとしてくる。――が、月彦は離れない。
 じゅるっ、ぴちゃっ、じゅるるっ――湯が出る音にも負けじと、態とそんな汚らしい音を立てて、雪乃の秘裂を舐め、啜る。どうだ、見られるのなんかよりもよほど恥ずかしいだろうと、暗に雪乃を責め立てる。
「い、や……お願い、紺崎君……本当に、止めて…………汚い、わ…………」
 せっぱ詰まった、決壊寸前のような涙声だったが、月彦は容赦しない。じゅるりと、一際大きく音を立てて吸った後は、雪乃にも解る程に指でぐいと秘裂を割り開き、奥まで覗き込むように目を這わせた後、すぼめた舌を差し込んで膣肉を直に舐める。
「あはぁっ……あぁぁっっ!」
 かりっ……と、雪乃が爪を立ててくる。月彦は構わず、躊躇無く、ぬろっ、ぬろっ……と雪乃の膣肉の味を堪能する。
(……挿れたい)
 雪乃の味を知れば知るほど、牡としての本能が首を擡げる。この女は、間違いなく極上の牝だ。今すぐ犯して、子を孕ませろ――そんなドロリとした欲望が頭の奥からにじみ出てくる。
「……っ……ふ、ぅ……先生の味がします……」
 頭が痺れるような濃厚な牝の味にくらくらしつつも、月彦はあくまで巧者ぶり、雪乃を見上げる。
「……バカ、もう……知らないんだから…………」
 拗ねているような、怒っているような、尖った口調。雪乃は湯気が出そうな程に赤くなった顔でぷいとそっぽを向く。月彦は苦笑し、ほどよく湯の張った浴槽を見るなり蛇口を捻り、湯を止める。
「……お湯、溜まりましたけど。どうします?」
「どうって……」
「……“予定”通りにお風呂に入るか、それとも――」
「それとも……何、よ……」
 月彦は、あくまで答えなかった。

 


「今度という今度は悟ったわ。……紺崎君ってそうとう意地悪でしょ?」
「俺のどこが意地悪なんですか。今だってこうして――」
 月彦は洗面器で湯を掬い、風呂椅子に座っている雪乃の背中からざばぁっとかける。
「健気に、先生の背中を流してるじゃないですか」
「その健気の裏に悪魔の顔を見たわ……」
 酷いことを言う教育者も居たものだと、月彦は憮然としながらウォッシュタオルにボディソープを塗りつけ、ごしごしと雪乃の背を洗う。
「い、った……紺崎君! もうちょっと加減してよね」
「あぁ、すみません。……俺も、女性の背中を流すのなんて初めてで」
 真央と風呂に入るときはそれはもう泡姫顔負けの組んずほぐれつで互いの体を洗い合うからなぁ、と苦笑する。
「もうちょっと……優しくお願いしたいわ。…………何事も」
 ぶつぶつと文句を言う雪乃の背を、幾分力をセーブして擦り、さらに肩、腕を洗う。
(ゴクリ……)
 そうして腕を持ち上げて洗うと、脇から雪乃の横乳が見え、ついつい唾を飲んでしまう。
「紺崎君、先に言っておくけど」
「は、はい!?」
「前は、自分で洗うからね?」
 うぐ、と月彦は釘を刺される。
「俺が洗っちゃだめなんですか?」
「当たり前でしょ!」
 浴室に響くような大声で却下される。
(……今更なのに)
 何をそんなに隠したり、恥ずかしがる必要があるのだろうと月彦は不思議でならない。また無理矢理密着して、雪乃が一番恥ずかしい場所をいやというほど嘗め回してやろうか――そんな事を思ってしまう。
「どうしても駄目ですか?」
「駄目」
「胸だけ、他の場所には一切触りませんから」
「あーのーねぇ……」
 雪乃がたまりかねたように振り返る。そしてじろりと、抗議の目。さすがに無理かな、と月彦が思った矢先、雪乃ははあとため息をついた。
「解ったわよ。胸だけなら…………洗ってもいいわ」
 但し――、と雪乃は大声で付け足す。
「後ろからよ? 前に回って洗ったりとか、そういうのは駄目だからね?」
「はぁ……解りました」
 よっぽど見られるのが嫌なんだな、と納得しつつ、月彦は両手の平に直にボディソープを塗りたくる。
 そして、背後から――。
「っきゃッ!」
「えーと、こんな感じですか?」
 もみゅもみゅとボディソープを塗りたくるようにして、雪乃の巨乳をもみくちゃにする。
「ちょ、ちょっと……紺崎君! なんで、手で――」
「タオルで洗うなんて、一言も言ってませんよ」
「て、手で洗うとも言ってないでしょ! ぁっ、ちょっ……だめっ、ぅっ…………」
 前屈みになって逃げようとする雪乃を逃がすまいと、月彦はぴったりと体を寄せ、さらににゅむにゅむと揉む。
「こ、紺崎君……」
「何ですか?」
「あの、だからね、あんまり、そうやって……押し当てられると……っっっ!」
「ただの生理現象ですから、気にしないで下さい――そう言った筈ですけど?」
「き、気にならないわけないじゃない! ぁっ、やだっ……だめっ……こ、擦りつけ、ないで……」
 殆ど無意識に、月彦は雪乃の背に密着したまま、屹立した剛直を擦りつけるように腰を動かしてしまっていた。
「先生が言ったんですよ? 揉むなら後ろからじゃないと駄目だって」
「そんなことっ、言ってなっ……ぁっ、ぅっ……やっ…………」
 もにゅうっ、もにゅっ、むにゅっ。
 ボディソープをたっぷりと塗りつけながら、これでもかと雪乃の巨乳を堪能する。その質量を楽しむようにぐにっ、と指の合間から肉が盛り上がるほどに力を込めたかと思えば、先端部を摘んでくりくりと弄る。
 そうして巨乳に触れれば触れるほど、月彦の中の“牡”も刺激されて、剛直の硬度も、熱も増す。
(挿れたい…………)
 またしても、その衝動が沸き起こる。しかし、月彦は我慢する。まだ、駄目だ。まだ……もう少し、我慢して、そして――
「ん……先生?」
 急に雪乃が大人しくなり、声を上げなくなった。月彦は――そういう時だけ異様に働く――耳に神経を集中させる。
 はあはあと、抑え気味ながらも熱っぽい吐息が雪乃の口から漏れていた。
「せ、ん、せ、い?」
「ぅっ……な、何……よ」
「何よ、じゃないです。どうしたんですか、急に黙って」
「べ、別に……いいじゃない。喋りたくない時だって、ある、わ……」
「…………欲しくなっちゃいましたか?」
「なっ……!」
 雪乃は咄嗟に振り返り、顔を真っ赤にする――が、否定の言葉は出なかった。何かを言いかけ、口だけは空けたものの、そのままぷいと正面をむき直す。
「も、もう……いいでしょ? それだけ、触ったら……紺崎君だって、気が済んだんじゃない?」
「まさか」
 もみゅっ、と一際強く揉む。
「こんな極上のおっぱい、一日中触ってたって飽きませんよ」
「で、でも……いい加減湯船に入らないと……凍えちゃうわ……」
「そうですか? なんか、先生の体……さっきより随分火照ってきてる気がしますけど」
「それはっ……紺崎君が、そんなの……押しつけるから、でしょ……………………そんな、熱い、のを…………」
「なんでもかんでも俺のせい、ですか。……別に構いませんけど」
 ふう、ふうと鼻息荒く、月彦は執拗に巨乳を揉み続ける。ぎゅむっ、と強く、爪でも立てるかのように揉んだかと思えば、やんわりと、円を描くように。かと思えば、くりくりと先端を弄るような――。
「……先生、次は俺が髪を洗ってあげます」
「……ぅっ、っく……いいわ、髪、くらい……自分で――ひっ……!」
「駄目です、俺が洗います」
 いいですね?――と、半ば脅すようにして、月彦はくいくいと腰を使い、雪乃の背に先走り汁を塗りつける。
「だから、代わりに――先生は俺の前を洗って下さい」
「ま、前って――」
「洗ってくれますよね?」
 その言葉は、丁寧語ではあるが命令以上の強制力を含んでいた。くっ、と雪乃が些か悔しげに声を漏らすも。
「……解ったわよ……洗えば……いいんでしょ…………」
 にっ、と月彦は口の端を歪める。純白のカンバスは、しかし――確実に汚されていくのだった。


「いい? 洗うだけだからね? それ以上は――しないんだからね?」
「何度も言わなくても解ってますから。早く……してください」
 月彦が湯船の縁に腰を掛け、対面する雪乃は風呂椅子に腰を掛けるという位置取りで、月彦はわしゃわしゃと雪乃の髪を泡立てる。そして雪乃は――
「……先生、そんなに怖がらなくても噛みついたりはしませんよ」
「っっ! 子供扱いして……こんなものっ……」
 わしっ、と爪を立てるように掴まれ、さすがの月彦もぎゃあと悲鳴を上げる。
「痛いじゃないですか!」
「ご、ごめん……こんな感じでいい?」
 と、雪乃は慌ててやんわりと、撫でるようにして剛直に触れる。途端、鋭い痛みが緩やかな快感へと代わり、おふう……と月彦は満足げに息を吐く。
「そんな感じです。次はローショ……じゃなかった、ボディソープを使ってみてください」
「こう……?」
 にゅり、にゅりと雪乃の手が辿々しく、屹立した肉柱にボディソープを塗り込んでいく。ろくに男をしらないその手つきがなんとも可愛らしくてたまらず、月彦はシャンプーをする手も程々にその光景を鼻息荒く見入ってしまう。
(……風俗に行く男の気持ちが、少しだけ分かった気がする)
 そんな事を思いながら、にゅり、にゅりと剛直を撫でる白い手に見入る。雪乃はただひたすら、竿部分を優しくさするように手を動かしており、次第にそれだけでは――物足りなくなる。
「……先生、もっと……先端の方も触って下さい」
「先の方ね……解ったわ。……こう?」
 ぐんっ……と、ちょっとした握り拳ほども有りそうな先端部を包み込むように雪乃が触れる。その丸みに沿うように指を這わせ、カリ首を擦るようにされて、月彦はたまらずうっ、と呻いてしまう。
「ごめんっ、痛かった?」
 慌てて雪乃が手を引いてしまう。
「……いいえ、逆ですよ。……凄く良いから、続けて下さい」
「そ、そうなの? ……じゃあ……」
 と、また辿々しい手つきながらも、雪乃が剛直を撫でてくる。それも、カリ首のあたりを特に丹念に擦るように。
(……まずい事を言ってしまったかもしれない)
 と、月彦は些か後悔をしていた。何故ならそこは“弱点”の一つでもあり、そこばかりを攻められるとすぐに……堪らなくなるからだ。
「せ、先生……もっと、色々……して、下さい」
「そ、そうね……解ったわ」
 そして、雪乃はまた――今度は最先端の鈴口の辺りに親指の腹を当て、先走り汁を弄ぶようににゅりにゅりと動かしてくる。
(それ、も――……)
 ゾゾゾっ、と背筋に寒気が走る。平静を装っている仮面が剥がれかけるのを何とか堪え、余裕の笑みを作る。
「先生……そこは、あんまり……っ……」
「ぁっ、そうだよね……雑菌とか入っちゃったら、まずいかもしれないし……」
「ええ、その通りです」
 雪乃は親指は離したものの、しかしその目は、依然透明な液を漏らし続ける先端部に集中していて。
「……小指だったら、入っちゃいそうね」
「………………入れないで下さいよ?」
 恐い事を言う雪乃に月彦は先ほどとは違う意味で背筋を冷やす。
 雪乃は俄に逡巡し――その目に好奇心の光りが入っていた為――月彦はハラハラしたが、結局は竿部分を握るようにしてこしゅこしゅと上下するような動きに変わった。
「男の子って……こうやって……自分でするんだよね……?」
「………………先生、なにげにスゴい事聞きますね」
「えっ……あっ――」
 今頃になって自分が言った事の大胆さを理解したのか、雪乃がまた顔を赤くする。
「ぁっ、で、でも……紺崎君はそういう事しないんだよね! うん、先生解ってるから――」
 あたふたと何かを誤魔化すように、こしゅこしゅという手の動きを加速させる。うん?と月彦は首を傾げる。
「先生……今変な事言いませんでした?」
「い、言ったわよ! だから何? 過ぎたことをそうやって――」
 雪乃は誤魔化すように湯を汲むと、ざばぁっと月彦の下半身にかける。が、無論そんな事で月彦が気を逸らされるわけもない。
「そうじゃなくて。その後です。……俺が自分でしないとか、そういう事を言いませんでした?」
「えっ……わ、私……そんな事、言ったかしら?」
 雪乃も、己の発言の迂闊さに気がついたのか、赤かった顔からさぁっ、と血の気が引く。
「……どうして、その事を先生が知ってるんです?」
「そ、そうよ! 確か図書館で、紺崎君が病気の事を相談してくれた時に教えてくれたんじゃない!」
「いいえ、絶対に言ってません。先生がそのことを知ることが出来たのは、例のアンケートを見た時だけの筈です」
 うっ、と雪乃は固まってしまう。そして、ばつが悪そうに、視線を斜め下に動かした。
「先生、見ましたね?」
「……み、見てない、わ……」
「俺との約束を破って、見たんですよね?」
「…………っっ…………………………み、見たわよ! でも、それが悪いの!?」
 突然雪乃は開き直り、ずいと胸を張るようにして月彦を睨む。
「先生、開き直りましたね?」
「私は……紺崎君の事が好きなんだから、紺崎君の事をもっとよく知りたいって思うのは当然じゃない!」
「でも……約束しましたよね? 土日先生と一緒に居たら、返してくれるって。それまで絶対中を見ないって」
 うぐ、と雪乃がたじろぐ。どうやら“約束”を破った事に関してはさすがに罪悪感があるらしかった。
「……罰が必要ですね」
「なっ……っぷはっ……!」
 反論しようとする雪乃に、月彦は無慈悲に湯をかけ、髪についた泡を洗い流す。
「教師だって、遅刻した生徒には罰則を課したりするじゃないですか。同様に、約束を破った教師にも罰が必要……そう思いませんか?」
「うぅ……何を、しろって言うの?」
「話が早くて助かります」
 にっこり、と月彦は邪悪な聖職者のような笑みを浮かべる。
「本当なら、俺がされたのと全く同じものを先生に書かせて俺が読む――って言いたいところですけど、先生が正直に答えてくれる保証もないですからね。……俺が勝手に、罰の内容を決めさせてもらいます」
「やだ、紺崎君……目が、恐いわ」
 事実、この時月彦はもう、眼前の雪乃を尊敬するべき教職者だとは思っていなかった。“弱み”を握った、美味そうな一匹の牝だとしか、肉欲に包まれつつある脳では認識できなかった。
「安心して下さい。そんな無茶な事は言いませんから。…………この場で、俺の前で自慰をする。それで許してあげますよ」



「じ、自慰って――」
「解りやすく英語で言うなら“オナニー”をしてくださいって事です」
「……紺崎君、水を差すようだけど」
「はい?」
「オナニー、はドイツ語。英語だとマスターベーションって言うのよ?」
「……っ!」
 間違いを指摘され、今度は月彦が顔を赤くする。くっ、と俄に気圧されるも、すぐにコホン、と尤もらしく咳を突く。
「は、話を逸らそうとしても無駄ですっ。……先生には、罰を受ける義務があるんですから」
「……紺崎君にも、英語の補習が必要のようね」
「お、俺の英語力は、今は関係ないじゃないですか!」
 月彦は雪乃を強引に立たせ、今まで雪乃が座っていた椅子に今度は自分が座り、雪乃にも浴槽の縁に腰掛けるように促す。
「話が違うわ……こんな変態的な性癖があるなんて、紺崎君嘘を書いたわね!」
 がっちりと足を閉じ、胸元を格下まま雪乃が喚く。変態的な性癖、という言葉に月彦は少なからず心にダメージを受けた。
「……違います。女性はどのように自慰をするのか、というあくまで学術的な興味から言っただけです」
「……嘘ばっかり」
 じとぉ、とはっきりとした軽蔑の目を向けられ、月彦はたじろぐ。
(……やっぱり、真央にさせるようにはいかないか)
 確かに普通の女性にとって、“目の前で自慰をしろ”と迫るのはあまりに変態的な要求だったかもしれない、と月彦は今更ながらに己の無鉄砲な要求を後悔した。
(……かくなる上は)
 とはいえ、後悔した所で時間は戻らない。ならば、と月彦は即座に頭を切り換える。
「……先生、解ってくれないんですか?」
「何をよ! じ、……自慰をしろだなんて、そういう変態みたいなことを言う生徒の気持ちなんてわかるわけないじゃない!」
「俺は、誰のでもない……先生の自慰が見たい――そう言ってるんですよ?」
 じっ、と。月彦は真摯な目で雪乃を見る。
「罰だなんて、口実に決まってるじゃないですか。先生もさっき言いましたよね、“好きな相手のことを知りたいって思うのは当然だ”って。同じように、俺も……知りたいんです。先生が自分で、どうやってするのか」
「そんな言い方……紺崎君、卑怯よ!」
「卑怯でもなんでもいいです。先生が自分でシて、可愛くイく所を見せてもらえるなら」
「……っっ……!」
 雪乃が赤面のまま引きつった顔をし、その裏に迷いの影を見て、月彦はさらに押し込む。
「恥ずかしいのは解ります。……でも、だからこそ、先生のそんな姿を見たいんです。…………俺がこれだけ頼んでも、やっぱり駄目ですか?」
 駄目なら仕方ない、諦めます――と、暗に含めた言い方だった。そのように水を向けても、雪乃の性格ならば、絶対引いたりはしないと、月彦は信じていた。
「………………解った、わよ……」
 屈辱と羞恥――恥辱の交じった声で、雪乃が呟く。
「今回、だけよ。確かに、約束破ったのは私なんだし……今回、だけ…………紺崎君の言うこと……聞いて、あげる……」
「見せてくれるんですか?」
 あくまで大げさには喜ばず、しかし確かな歓喜を含めた声。雪乃は無言のまま、こくり、と小さく頷く。
「……本当に、こんな事…………紺崎君の頼みじゃなかったら……殺されたってやらないんだからね?」
「解ってます。……さぁ、先生?」
 月彦が促すと、雪乃は渋々……といった具合に足を開いた。濡れた恥毛と、その下に隠されている場所に、月彦がごくりっ、と生唾を飲んでいるとすぐに足が閉じられた。
「そ、そんなに食い入るように見ないで!」
「先生、それは無理ですよ。大好きな先生の、一番綺麗な場所なんですから」
「っっ……こ、紺崎君って……本当に…………っクッ……わ、わかったわよ…………」
 再び、雪乃が足を開く。今度は勝手に閉じられないように、月彦はずいと椅子を引いて極近くにまで体を寄せる。
「さあ、先生」
「もうっ……知らないから…………」
 泣きそうな声を出して、雪乃は恐る恐る左手を秘裂に伸ばす。
「……へぇ、そういう風にするんですか」
 月彦が声を上げると、ぴくっ、と雪乃の手が一瞬止まる。が、もう何を言っても無駄だと悟っているのか、再びゆっくりと指が動き、辿々しい手つきで自らの秘裂を慰めていく。
「懐かしいですね、先生。……確か、前にもこうやって……見せてもらった事ありましたよね?」
「っっっ……」
 また、雪乃の手が一瞬止まる。
「あの時は、ただ……見せてもらうだけでしたけど。……やっぱりこうして、先生が自分でシてるのを見る方が……何倍も興奮します」
 雪乃からの返答はない。ちらり、と月彦が見上げると、雪乃はなんとも悔しそうな――恥辱に堪えるように唇を噛みしめていた。そして月彦と目が合うや、ぷいとそっぽを向く。
 自分はあくまで、無理矢理やらされているのだと。好きでやっているのではないのだと、そう示すことで辛うじて矜持を保っている――そのように見えた。
「……先生、そんな控えめな動かし方でイけますか?」
 秘裂の周囲を辿々しく指先でなで回すだけのようなその愛撫。さすがにイけないだろう、と月彦はヤジを飛ばす。
「そんな、事……言われたって…………自分でするなんて……初めてなんだから…………」
「嘘ですね」
 特に根拠も無い癖に、月彦は言い切ってしまう。
「どうして紺崎君にそんな事が解るの!?」
「カンですけど。でも、何となくそう思うんです。…………本当はあるんでしょう?」
 と、確信を込めて見上げると、雪乃は慌てて目を逸らした。やはり――と思う。
「……解りました」
 月彦はあっさりと立ち上がると、ざぶんと湯船に足を入れてしまう。えっ、と振り返ろうとする雪乃の背から、月彦はひしっ……と抱きしめる。
「ちょっとっ、紺崎君!?」
「初回特別サービスです。俺が……先生に自慰のやり方を教えてあげます」
 雪乃の腹の辺りにそっと手を回し、体を密着させて……そして、先ほどそうしたように、熱く屹立した剛直を雪乃の背に押し当てる。
「う、ぁ……」
「先生、覚えてますよね。これが……先生のナカに入った時の事」
 ぐっ、ぐっ……と押し当てながら、雪乃の耳元に囁きかける。
「その時の事を思い出しながらすればい良いんです。ほら……指を動かして」
「……っくっ…………」
 雪乃の意志とは関係なく――まるで手だけが月彦に服従を誓ったように、雪乃の秘裂へと伸びる。
「んっ……!」
 自慰を開始してから始めての甘い声。くすっ、と月彦は雪乃に聞こえないように、口の形だけで笑う。
「その調子ですよ、先生。……もっと、声が出ちゃうような事をしちゃってください」
「こ、紺崎君……貴方っ…………ぁっ……」
「……体と頭の疎通が巧く行ってないみたいですね。そんなんじゃイけませんよ?」
 雪乃がまた振り返り、何かを言おうとするよりも早く、ぐっ……と剛直を押し当てる。それだけで、雪乃は口を開いたまま固まり、渋々前を向き直る。
「ンッ…………ぁっ……ぁっ……」
 雪乃が指を動かすたびに、次第にちゅっ、ちゅっ、という水音が聞こえ始める。それに応じて、微かな喘ぎ声も。
(この位置だと……よく見えないな……)
 雪乃の肩越しに覗く形になってしまい、肝心の指の動きが追えないのだ。そのことに不満は感じるが、右手で胸を弄る様子はよく見えるので、月彦は何とか溜飲を下げる。
(……少し慣れてもらわないと、本当にイけなそうだし)
 特等席で見せてもらうのは次の機会だとほくそ笑み、今はただそうして、雪乃が抑えがちに漏らす喘ぎ声に耳を傾ける。
(……本当に、可愛い人だ)
 真央や由梨子とは違う意味で、そう感じる。厳しいところや厄介なところも確かにあるが、なんだかんだで――最終的には自分の我が儘を聞いてくれる。甘えさせてくれる――雪乃のそんな面に、月彦は心を惹かれれてしまう。
(もっと、先生に甘えたい…………)
 我が儘を言いたい、意地悪をしたい――と、そんな想いが沸々と沸く。
「先生……途中で、申し訳ないんですけど――……俺、もう……我慢出来そうにないです」
「えっ……こ、紺崎……くん?」
 ただ、腹部に回すだけだった手でわしっ……と雪乃の巨乳を掴み、ぎゅうと捏ねる。
「先生に挿れたい…………いいですか?」
「だ、駄目、よ……ちゃんとお風呂から出て、避妊、してから――んぐっ」
 右手の人差し指と、中指を雪乃の口に差し込み、塞ぐ。そのままにゅぷにゅぷと出し入れをするようにしてしゃぶらせ、左手で相変わらす乳を揉みしだく。
「嫌です……今すぐ挿れたいんです」
 はあはあと荒い息を雪乃の耳の裏に吐きかけながら、これでもかと剛直を雪乃の背に擦りつける。
「んっはっ……だ、だめっ……紺崎くん、我慢、して……っきゃっ!」
 雪乃を半ば抱え上げるようにして立たせ、そのまま押し、浴室の壁に押しつけるようにして手を突かせる。
「ひっ……!」
「先生に挿れたくて、もう……俺、こんなになってるんです。それなのに、我慢しろなんて言うんですか?」
 雪乃の太股の間に剛直をねじ込み、ぐんっ、と剛直の竿だけで雪乃の体を持ち上げるようにして擦りつける。
「う、嘘……お風呂に入る前から……ずっと、そんなじゃないっ……」
「雲泥ですよ。先生のを舐めて、おっぱいを触って、そして……先生のいやらしい声を聞いて、こうなったんです」
 ぐぐぐっ、と月彦が力を込めると、雪乃の踵が徐々に地面から離れていく。
「だめ、だめっ……紺崎君……お願いだから、避妊……して……」
「嫌です……先生と、……生で……したいです…………」
「な、生ってっ――……あぅッ……!」
 腰を軽く前後させ、にゅりっ……と、雪乃の秘裂に剛直を擦りつける。先ほどまで自慰をしていた雪乃のそこは、月彦に先走り汁を塗りつけられるまでもなく、濡れそぼっていた。
「先生だって、生のほうが……興奮するんじゃないんですか?」
「そ、そんなことっ……嫌っ、……紺崎君、だめっ、やめてっ……そんなに……擦りつけないで…………」
 ぐりぐりと執拗に擦りつければ擦りつける程に、雪乃が切なげな吐息を漏らす。――そうと知れば、尚更月彦が止めるわけはない。
「いいですよね? 先生」
「……っ……ぅっ……だめっぇ……そんな、熱いの…んっ……ぁ……」
 両手で雪乃の乳をもみくちゃにしながら、ぐいぐいと剛直だけで雪乃の体を持ち上げる。既に雪乃は、片足のつま先のみ地面についているという状態だ。
「先生……前に先生とした時の事が忘れられないんです。……後生です、生で……させてください」
「……ぅぅ…………さ、最後は……ちゃんと、外に……出してよね……?」
 それが、“折れる”合図だった。月彦は腰に込めていた力を緩め、雪乃の両足を着かせる。
「生でシて……いいんですか?」
「そ、その代わり……最後は……外よ? 解ってるわよね?」
「……解りました。じゃあ、先生……ちゃんとお尻を突き出して下さい」
「……くっ……これで、いい、の……?」
 浴室の壁にしっかりと手を突き、雪乃が渋々に尻を差し出す。
「はい。……じゃあ、行きますよ」
 月彦は雪乃の腰をしっかりと掴み、剛直を宛った。



「あぅっっくっ……やっ……ちょっ……かひぃッ!」
 ぐっ、と何かが押し当てられたと思ったのもつかの間、一気に膣口が押し広げられ、そのままひどく固い肉塊が強引に押し込まれる。
「こ、紺崎、く――」
 一瞬背を反らせ、壁に爪を立てるようにしてがっくりと項垂れる。拳を握った腕でも入れられたのではないかという危惧に慌てて背後を振り返るも、勿論そのような事は無く、根本まで、剛直が入れられただけだった。
(やだ……すごく、熱い……)
 下腹部に挿入された剛直の放つ熱に、全身が火照ってしまう。じぃんと、下腹が痺れるような感覚がして、次第に息苦しさも和らいでくる。
(もう、本当に――)
 我が儘でどうしようもない生徒だと、雪乃は半ば呆れていた。一度弱みを見せたが最後、あの手この手で何かと雪乃に迫り、恥辱極まりない事をやらされ、挙げ句は――。
(拒みきれない私にも、問題はあるけど……)
 惚れた弱み――その一言に尽きる。月彦に強引に迫られれば、本気で説得されれば、嫌と言えない自分が居る。ドラマなどでよく見る、どうしようもない男に延々貢ぐ女の心理が少しだけ雪乃にも解った気がした。
「先生のナカ、すごく暖かい…………」
 ひしっ、と月彦がしがみついてくる。
「紺崎君のほうが、熱い……わよ」
「そんなことないです。先生のナカ……とろっとろで暖かかくて……すごく、気持ちいいです」
 ふうふうと鼻息荒く、両手で遮二無二乳をこね回してくる。
「……紺崎君、本当に……おっぱいが好きなのね」
「ええ、好きです。おっぱいも、お尻も……先生の体は、全部好きです」
 乳をまさぐっていた手が、再び腰に添えられる。
「んっ……!」
 ゆっくりと腰が引かれ、ぱんっ、と尻が鳴るほどに突かれる。それが合図だったかのように、ぱんっ、ぱんっ、と手を打つような音が浴室に響く。
「あっ、あっ、っぅっ……んっ……!」
 どれほど抑えようとしても、勝手に口から声が飛び出してしまう。
(やだ……もう、声……出ちゃってる……)
 羞恥に、顔が染まる。明らかに、前に月彦にされた時よりも感じている。容易く、声が出てしまっている。
(生で……なんて……)
 避妊具無しの、直接の交接。月彦の牡根の感触をいやというほど感じさせられて、雪乃は痺れにも似た快感を感じてしまう。
(生の方が興奮するなんて……絶対嘘……)
 月彦はそう言うが、雪乃は認めていなかった。認めていないが……しかし、そうして月彦に避妊具無しで入れられると……体の内側からトロリと熱いものが溢れてしまうのだ。
「うっ、っくっ……あっ、あんっ! あんっ……!」
 そして次第に、声を抑えようとする事すらも気怠く感じられ、快感のままに声を漏らしてしまう。その剛直の動きが、はたと止まる。
「先生……」
 背後で、そんな呟き。ぐっ……と剛直が押し込まれたと思ったら、ぴったりと背中に密着される。
「紺崎、くん……ン……」
 顎に手を添えられ、後ろを向かされてキスされる。
(あぁっ、ぁ……!)
 まるで体の内側が蕩けるような感覚。月彦の舌に誘われるようにして自ら舌をさしだし、舐められ、しゃぶられながら、次第に頭までとろけてくる。
「んぷっ、んっ……んんっ!」
 そうやって唇をあわせたまま、月彦がゆっくりと腰を使ってくる。
(あぁっ、あぁっあ……!)
 ゆっくり、ゆっくり。ぬろぉ……と引き抜かれたかと思えば、ぬぅっ……とやはりゆっくりと雪乃のナカに押し込まれる。
(あっ、あっあっあっ………………!)
 雪乃には、先ほどまでのような早い攻めよりも、逆にそうやって焦らすように攻められる方が辛かった。足が、勝手にがくがくと震え始める。
「あはぁっ……」
 漸く唇が解放される。吐く息までピンク色になったのでは、と思う程に、甘く、頭まで痺れるようなキスだった。
(もう、こんなキス……どこで覚えたのよ……)
 そう面と向かって抗議してやりたい気分だった。しかし、とても言う余力がないから、目だけで雪乃は抗議する。
「……先生、キス嫌でしたか?」
 しかし、月彦はそんなとんちんかんな事を聞いてくる始末だ。
「……バカ。……上手よ、すごく上手。……上手すぎて……頭痺れちゃうくらい……一体どこで――」
「そうでしたか。……じゃあ、もっと痺れさせてあげます」
「ってっ、こ、こらっ……そんな――んぅ……!」
 またしても顎を掴まれ、唇を奪われる。くちゅ、くちゅと唾液を混ぜるように舌を絡めた後、互いに唇を食みあい、また舌を絡める。そのような最中にも、ゆっくりと、剛直が出し入れされる。
(んんっ、ん――!)
 そくぞくぞくっ……!
 キスをされながら、ゆっくりとなぞるように剛直を出し入れされて、雪乃は早くもたまらなくなってしまう。
「こ、紺崎、くん……待って……」
 半ば強引にキスから逃れるようにして、雪乃は狼狽えた声を出す。
「……先生?」
「あ、あの、ね……ちょっと、あのっ……うっ、ぁ………………」
 ぬううっ、と押し込まれ、雪乃は声をうわずらせてしまう。
「先生、どうかしたんですか?」
「はぁっ……はぁっ……だから、その…ぁっ………そうやって、うっ……ゆっくりされると、私、逆に……うっ……っく……」
「ゆっくりされると……何ですか?」
 最早解っててやってるとしか思えない腰使いで、月彦は雪乃の両胸をもみくちゃにしてくる。
「ま、待って……私――……ぁ……」
 そしてぴたりと、腰の動きが止まる。
「駄目ですよ、先生。まだ……イかせてあげません」
「こ、紺崎……くん?」
「もっともっと蕩けて、エッチに夢中になってください」
 そして、また唇を奪われる。三度目のそのキスはひどく荒々しいものだった。
「んんっ、んんんンッ!!!!」
 同時に、ごりゅっ、ごりゅと剛直が蠢く。膣肉をほじくり出すようなその動きに、雪乃は目を見開き、悲鳴にも近い声で噎ぶ。
「んはっぁ……じゃあ、先生……動きますよ」
「えっ……ぁっ……ひうっ!!」
 ぬろぉ、と腰を引かれ、ごちゅんっ!と一気に突かれる。
「んっっ、っく……先生、締めすぎ、です……俺、動きにくいじゃないですか」
「そ、そんな……私に、言われても――あうッ!」
「先生に言わないで、誰に言えばいいんですか?」
「だ、だって……私……ひっ……んっ……っく……」
 掌では衝撃を支えきれなくなり、雪乃は腕を壁につくようにして、抽送を受け入れる。
「あぁっ、んっ! あっ、ひぁっ……っくっ、ぁっ…………やっ、だぁっ……んんっ……こんなっ、あうっ……」
 口を閉じる暇も無く、ましてや唾を飲み込む余裕も無く、開きっぱなしの口からははしたなくトロトロと唾液が糸を引いて落ちる。
 力無く首を下げれば、背後に立つ月彦の足と、その前にある自分の足。その太股から足首にかけて、てらてらと光沢を放つものが滴っていて、雪乃は赤い頬をさらに朱に染める。
(私の方が、年上、なのに――)
 年下の、十ほども年の離れた男子にいいようにされている。口を閉じる間もないほどに喘がされ、はしたなく溢れさせられている。
「あぁぁっあっ、やっ……いやっ、も、……だ、めっ……こ、紺崎っ、くん……私――」
 意地も、見栄も、羞恥も、何もかも快感という波に押し流される。ただ、愛しい相手と一緒に達したい――その一念のみが、頭を支配する。
「先生……おれも、もう……イきそう、です……」
「ぁっ、こ、紺崎君……あんっ!」
 はむっ、と耳を噛まれ、雪乃は危うくイきそうになってしまう。そのまま耳の裏を舐めながら、月彦は信じられない事を囁いてきた。
「先生……俺、このまま……先生のナカに、出したい……です」
 



「ちょっと、紺崎君! な、何……言って――……あぁっ……!」
 雪乃の前で月彦の両手が交差し、ぐぐっ……と尋常ではない力で胸をがっしりと掴む。
「先生のナカで……出したい…………」
「だ、駄目よ! 絶対駄目っ! 外に出すって、さっき約束したでしょ!?」
 雪乃は何とか月彦の腕の中から逃げようと試みるが、熊かなにかに抱きつかれたかのようにまるで力が叶わない。
「あっ、ンッ……!」
 はむっ、と耳を甘噛みされ、ついそんな声を出してしまう。そのままはみはみと噛まれた後、ぬろっ……と舌が差し込まれる。
「先生……お願いします……」
 まるで、瀕死の患者かなにかのようにせっぱ詰まった月彦の声。はあはあ、ぜえぜえ……耳の裏にかかる吐息は、要求を呑まなければ月彦が本当にどうにかなってしまうのではないか――そう思わされる程に切実だった。
(だからって――)
 さすがに、それだけは簡単に飲むわけにはいかない。
「こ、紺崎君……落ち着いて……そんな事されたら、私……妊娠しちゃうかもしれなのよ?」
「……先生、大丈夫って言ってくれたじゃないですか。図書室で――」
「あ、あれは……でも、そんな……うっ……」
 ぬぅっ、とまたゆっくりと腰を使われる。固い固まりが、下腹を広げるように侵入してきては、ゆっくり退いていく。
 はあ、はあという喘ぎは、耳元の月彦だけのものではない。雪乃の唇からも、絶え間なく漏れ続ける。
(やだ……っ……)
 雪乃は、気がつく。焦れてきている自分に。先ほどから何度か達しそうになるたびに愛撫を止められ、焦れが炎の様に体の内側から雪乃を焦がしていく。
「先生……」
「やっ……紺崎君っ……そこ、はっ……ぁぁあっ!」
 月彦の右腕が、さわさわと腹部を這い、結合部の辺りへと宛われる。そのまま、肉柱によってぐいっ……と押し広げられてる肉唇をなぞり、そして……雪乃が最も敏感な場所に中指が触れる。
「あぁっぁっ、やっ……そこ、触っちゃ……ぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
 くりくりと優しく弄られ、雪乃は月彦の腕の中で身じろぎをする。
「先生、そんなに締めたまま動かれたら……暴発しちゃいますよ?」
「こ、紺崎君っ、だめ……やっ……ぁぁぁあっ、っぁあっ、あっ!」
 動いたら暴発――そう言われれば、雪乃は動けない。くりくりと淫核を弄る手に翻弄されながらも、はあはあと悶えるばかり。
(だめっ……イ、く――……!)
 下腹から痺れにも似た快感の波が広がろうとした矢先、月彦の指が唐突に止まってしまう。
「やっ……!」
 そのあまりに露骨な寸止めに、雪乃は喘ぎ、つい月彦の方を振り返ってしまう。
「先生も……イきたいんじゃないんですか?」
 くり、くりと……雪乃がイってしまわない程度に優しく……淫核が弄られる。同時に、ぬっ……と、ゆっくりと出し入れされる、剛直。
「中出しさせてくれたら……腰が抜けるくらいイかせてあげますよ」
「だ、駄目…………絶対……駄目、なんだからっ……」
 弱い――と、雪乃自身思ってしまう程に弱々しい口調だった。快感に飢えている体が、月彦に屈しかけているのだ。
「はぁっ……はぁっ……だめ、よ……紺崎君…………今日、は……危ない日、なんだから……ぁぁぁあっぁっ……!」
 ぬっ、と押し込まれた剛直の先端が膣奥を小突き、雪乃はイきそうになるが――すんでのところでイけない。かりっ……と、浴室の壁に爪を立て、はあはあと肩を揺らす。
(だ、め……負けちゃう…………)
 まるで頭の中に白い霧がかかったかの様。それは月彦に焦らされれば焦らされる程に濃くなり、思考力がみるみるうちに落ちていく。
「先生……どうしても駄目ですか?」
 はあ、はあ。ぜえ、ぜえ……月彦の方も限界なのか、耳の裏に当たる吐息は前にもまして余裕が無かった。
(だ、だめ……そんな声で、言われたら――)
 じゅんっ……と、体の奥で泉のようなものが沸き、それが波紋を伴って思考を揺さぶる。そして雪乃は――白濁とした思考の中で、小さく何事かを呟いた。
「……解りました。いいんですね?」
「えっ……?」
「先生、今言いましたよね? 中で出してもいいって」
「ま、待って……私は――ひっ!」
 月彦が身を起こすや、ぐっ……と腰が掴まれる。ぬろぉ……と剛直が引いたと感じた次の刹那には――
「あぁんっ!」
 ぱんっ、と尻を叩くような音。
「あっ、あっあっ……やっ、こ、こんざき、く――……だめっ、だめっ……なっ、中っは……中はっ……だめっ……あっぁっあっ!」
 容赦のない抽送に揺さぶられながらも、雪乃は抵抗を試みる。が、しかし腰を掴む月彦の握力、腕力は人並みを外れていて、どんな身じろぎも全くの無意味だった。
 雪乃に出来ることは、ただ、背後から犯され――喘ぐことのみだった。
「はぁっ……はぁっ……先生っ……ヤバいです、もうっ……俺、出そう――」
「だ、ダメッ! 紺崎、くんっ、外っ…外っ……にっ……あっ、あぁぁぁぁぁぁああああぁあッ!!!!」
 雪乃が声を荒げ、最後の嘆願をしようとした矢先だった。ぐんっ、と一際深く剛直を押し込まれ、拘束されるように抱きしめられ、イかされた――その刹那。
 びゅぐうっ!――そんな凄まじい音と共に、熱い固まりが雪乃の中に満ちた。
「ひっ……ぁっ……あぁぁ!」
 あまりの事に雪乃は目を見開き、つま先立ちになる。
 びゅぐうっ、びゅるっ、びゅっ……!
 凄まじい勢いで打ち出される濃厚な牡液の感触は、その熱いうねりとは裏腹に、悪寒にも似た冷や汗を呼ぶ。
(やっ……ほ、本当に……)
 びゅぐっ、びゅぐと膣壁を広げる勢いで打ち出される白濁の勢いは衰える事を知らず、延々と雪乃の膣奥を叩き続ける。
「あっ、あ、ぁっ……ぁっ…………」
 雪乃は壁に腕をついたまま、首だけをがっくりと下げる。とろり、とろりと滴っているのは他でもない、中出しされた精液だった。あふれんばかりのそれが結合部から糸を引いて垂れ、下に掌ほどの白い溜まりを作っていた。
(まだ、出て…………)
 びゅっ、びゅっ……と、未だに震える剛直と、その先端から打ち出される白濁に、雪乃は半ば放心状態になる。くたぁ……と、体の力を抜き、体重を預けるも、雪乃を背後から拘束している月彦の腕は、そのくらいではびくともしなかった。
「はーっ……はーっ…………先生が、焦らすから……ヤバいくらい、出ちゃったじゃないですか…………」
「じ、焦らして、なんて……紺崎君、お願い……もう、気が済んだでしょ? 早く――」
「気が済んだ?」
 冗談でしょう、とばかりに月彦が抽送を再開する。
「ひっ……やっ、やだっ……早く、抜いて……、うごかさ、ないで……」
「ダメですよ。こうやってしっかりと……先生に俺の匂いをつけるんですから」
「に、匂いって……」
 そんな、ケダモノみたいな――と、雪乃が素っ頓狂な声を上げるも、月彦の方はどうやら大まじめな様だった。
「たっぷり塗りつけて……先生を、俺のモノにします……」
「ぁっ……っ……こ、紺崎……く、ん……」
 ぬっ、ぬっ……と前後する剛直。そのたびに、熱い牡液が雪乃の膣壁に塗りつけられる。
(また、そんな事……言って――)
 先生を俺のモノにします――月彦の言葉が、雪乃の頭の中で何度も反響する。たったその一言で、中出しに対する抗議の気持ちも萎えてしまい、雪乃は大人しく、無言で月彦のマーキングを受け入れる。
(……できれば、“モノ”より“女”ってはっきり言って欲しいな……“俺の女”って……)
 そんな想いを込めて、首と肩だけでちらりと月彦の方を振り返るが、テレパシーではないのだからそんな事で通じる筈もない。
(こんな……危険日に平気で中出しするような……酷い男の子なのに……どうして、私…………)
 立て続けに、月彦に視線だけの抗議をする。が、その目も、絶頂と中出し、その後のマーキングによってすっかり潤み、トロンと蕩けてしまっていては抗議の意味を成さない。
「先生……可愛い……」
「なっ……」
 突然マーキングが終わったかと思えば、ぎゅううっ、と息苦しい程に抱きしめられる。
「きゅ、急に……何よ……」
「いえ、ただの俺の本音です。……先生、すごく可愛いって思ったら、つい口から出てしまいました」
「っっっ……い、今更、機嫌を取ろうとしても遅いんだから! わ、私……怒ってるんだからね!」
 実際には怒っているというより照れのほうが強かったりするのだが、ここぞとばかりに雪乃は声を荒げる。
「も、もう……いいでしょ。次からは、ちゃんと避妊を――」
「嫌です」
 またしても、丁寧語だが――命令に近い響きの言葉。
「まだ……全然足りません」
「た、足りないって……」
「先生……俺、書きましたよね? 自慰はしないって。何でだと思います?」
「し、知らないわよ、そんなの……紺崎君がオナニーをしない理由なんて、私が知るわけないでしょ!」
 ぷりぷり怒りながら、雪乃は月彦の腕の中から逃げようとするが――しかし、いや、やはり――逃げられない。
「……それはですね、こうして――」
「ひっ……」
 雪乃の中で、ぐんっ……と半立ちだった剛直がたちまち臨戦態勢になる。
「先生とエッチをするとき、いっぱい中出しする為ですよ」
「や、やだ……紺崎君……冗談、だよね?」
 雪乃は恐る恐る背後の月彦を振り返る。月彦は、天使のように無垢な笑顔を浮かべていた。
「安心してください。ちゃんと約束通り、クセになっちゃうくらい先生のナカに出して、イかせてあげますから」
 その言葉の何処に“安心”を感じろというのか。そして浴室には、哀れな女教師の悲鳴が木霊するのだった。



「やっ、やぁあっ!……だめっ、だめっ……紺崎君っ……だめっ、止め――ぁあぁあっ、あああっあァッ!!!」
 尻を掴む月彦の手に力がこもり、背中が浴室の壁に押しつけられる。そうして逃げられないようにされた上で、奥の奥まで剛直を押し込まれ、イかされる。
「あひぃッ!!! あぁっ、あっ……また、中、に………………ぁ…………ぁ…………」
 どくんっ……!
 どくっ、どくっ、どくっ……。
 子宮口を押し上げるような勢いで吐き出される牡液に、雪乃はもう諦めにも似た声しか出せない。
 後ろから立て続けに二度、湯船に浸かりながら一度、そして今度は……尻を持たれ(無理矢理)両手を月彦の首にかけさせられての、抜かずの四回目。
「ふーっ…………ふーっ…………先生の中……気持ちよすぎです……」
「こ、紺崎くん……――ンンッ!」
 抗議の言葉も、キスによって防がれる。最初は雪乃も口を閉ざしたり、舌を引っ込めたり、侵入しようとしてくる月彦の舌を噛もうとしたりと抵抗をするが、それも長くは続かない。
「んぷっ、んっんく…………んっ、んんっ……」
 次第に瞳がとろんととろけ、抵抗できなくなる。そうされた上で、ぐにぐにと尻を揉まれながら、ぐりぐりと――牡液を塗りつけられる。
「んはっぁ……」
 とろりと糸を引いて唇が離れ、同時に漸く剛直が引き抜かれる。
「あぁっ……」
 と、名残惜しげな声を漏らしてしまうも、もはやそれを隠そうとする気力もなかった。雪乃はなんとか足を下ろして立とうとするが、その足も力がはいらず、ぺたんとそのまま座ってしまう。
(腰、抜けちゃった……かも……)
 くたぁ……と浴室の壁にもたれるようにして呼吸を整える。度重なる絶頂と、キスの余韻で頭がうまく働かない。頭を動かすと、まるで酔っぱらった時のようにぐらり、ぐらりと揺れた。
(ぁ……)
 そんな雪乃の目に入ったのは、自分の側に立つ月彦の――その股間に聳える肉柱だった。些かも衰える事無く、グンッ……と屹立している様はもう、呆れるしかなかった。
「……ぅっ…………」
 うずっ……と、下腹の奥が疼く。先ほどの、あの凄まじい中出しの衝撃が蘇り、雪乃はきゅっと太股を閉じる。
(……だ、め……こんなの続けられたら……本当に、クセに……なっちゃう…………)
 その事に、恐怖すら覚える。
(でも、大丈夫……さすがにもう、紺崎君も――)
 と、己を元気づけようとした雪乃は、またしても信じられない言葉を耳にした。
「……さてと。じゃあ先生……そろそろお風呂は終わりにして、寝室で本番ですね」
 

 なにやらヘバってしまっているらしい雪乃を、大好きなお姫様だっこで抱え上げ、月彦は浴室を後にする。
「ま、待って……紺崎君、まだ……するの?」
「当たり前じゃないですか」
 雪乃の愚問を一笑に付し、おざなりに体を拭いてからまたしても雪乃を抱え上げ、寝室へと移動する。
「ちょ、ちょっと待って……お願い、少し、休ませて……ね?」
 二人で眠るにしても十分すぎるほどに広いベッドだが、しかし腰の抜けている女教師が性獣と化している生徒から逃げ回るには狭すぎた。
 月彦はあっさりと雪乃の両手を組み敷き、頭の上で重ねて押さえつける。その動きには、慈悲の欠片もない。
「こ、紺崎君だって疲れてるでしょ? ね? 少しだけ、少しだけ休憩しない?」
「いいえ全然。……見てくださいよ、俺……先生に挿れたくて、挿れたくて、我慢できないんです」
 ひいっ、と怯える雪乃に剛直を見せつける。そして、強引に足を開かせ、体を入れる。
「あっっ、ああああっぁっ……!」
 悲鳴を上げて逃げようとする雪乃の肩を押さえつけ、月彦は根本まで挿入する。
(うっ……やっぱり、キツい……)
 ほんの半年ほど前まで処女だった雪乃の膣は体格に似合わず窮屈であり、そのくせ成熟した体は思わず声を漏らしてしまう程に巧みに締め付けてくる。これでは自分に限らず、どんな男でも一発で骨抜きにされてしまう事だろう。
「はあっ、はあっ……先生のナカ……マジで良いです…………俺、虜になっちゃいそうです…………」
 月彦もまた息をきらしっぱなし、はしたなく涎を零しながら夢中になって雪乃の体にしゃぶりつく。耳を舐め、頬を舐め、首を舐め、乳を舐め、そして吸い――最後に、雪乃の唇を奪い、そのまま――犯す。
「んんんっ!!」
 くちゅっ、くちゅと舌を絡めながら雪乃の両手を解放する。思った通り、雪乃は抵抗せず、剛直の動きにあわせてくっ、と月彦の背中に爪を立ててくるのみだった。
(ほんと……キスするとすぐ大人しくなるんだから、先生は――)
 そこがまた可愛くてたまらない。押さえつける必要のなくなった手を雪乃の胸に沿え、もみゅもみゅと揉みまくりながら、月彦は腰の動きを次第に早めていく。
「ンァっ……あぁあっあッ!!!」
 たまらず、雪乃がキスの途中で喘ぎ始める。雪乃のそういった声をもっと聞きたくて、月彦はあえて口を塞がず、剛直で雪乃の中を抉るようにして催促する。
「あんっ、あっ、やあっぁっ……こん、ざき、くん……おね、がい……避妊、して……ンンッ!」
 くすりと、月彦は内心ほくそ笑む。
(先生も演技派だな……)
 雪乃は図書室で言っていた。中出しされても大丈夫なように、きちんと自分が避妊をすると。ならば、生でしても、中出ししても問題はない筈ではないか。
(それなのに――)
 危険日だと、危ないと言っているのは誘っているだけなのだと、月彦は思っていた。
 本来、牡の交尾の目的は牝を孕ませ、子を作る事だ。ということは、至極――危険日、妊娠の危険がある牝ほど、牡は交尾に燃える。
 つまり雪乃が危ないと言えば言うほど月彦は焚きつけられる結果となる。
(それに、本当に危ない日なら……本気でダメって言うはずだ……)
 こんなになあなあで中出しされたりはしない、と月彦は心の中で納得してから、意識を眼前の雪乃に戻す。
「……先生、そうやって、あんまり俺を焚きつけないで下さい。……ただでさえ、先生の事が好きで……俺、ケダモノになっちゃいそうなのを、必死で我慢してるんですから」
「た、焚きつけてなんか――……ひっぁっ……やあぁっ、だめっ……だめぇええっ!!」
 雪乃にもどうやら、“月彦がイきそうな時にする動き”が解るようになったようだった。しかし、だめ……という言葉とは裏腹に、両足を月彦の腰に絡めたり、両手でしがみついてきたりするのだから、月彦にはもう雪乃が可愛くて仕方がない。
(それじゃあ“中に出して下さい”って言ってるのと同じですよ、先生……)
 月彦は雪乃に被さり、後ろ髪を撫でながらそっとキスをする。
「くす……先生、また……奥に一杯出してあげますね……」
「だ、だめっっ……だめえぇええッ……あっ――」
 ぐぐっ、と雪乃の中に押し込み、そこで月彦は果てる。
「あぁぁぁあっあぁぁっ!!!!……また、中、でぇ………………」
 びゅぐっ、びゅぐと肉欲の固まりを吐きだしながら、月彦もまたヒクつく雪乃の中の感触を楽しむ。
「フーッ…………フーッ…………フーッ…………」
 呼吸を整えながら、あえて月彦は動かない。雪乃に被さったまま、じっと我慢をする。
「ぁ……こ、こんざき……く……ん……?」
 程なく、雪乃がなにやらもじもじと身をよじり始める。しかし、月彦は動かない。
「どうしたんですか……先生?」
「ど、どうして……その…………」
 雪乃はその先が言えず、顔を赤くしたまま黙り込んでしまう。そして、身をよじる動きでカムフラージュするようにして――くねくねと腰が動き始める。
「……はぁっ……はぁっ…………んっ……ぅ…………」
 きゅっ……と、背中に回った雪乃の手に力が入る。くいっ、くいと自ら腰を使う雪乃に、月彦はもう――我慢が出来なくなる。
「先生がして欲しいのは……これですか?」
 言うが早いか、ぐいっ、ぐいと月彦は腰を使い、“マーキング”をする。
「やっ、ひぃッ……ぁあっ、やっ……んんっ……!」
「嫌、じゃないでしょう。中出しされるだけじゃ物足りなくなってきたんじゃないんですか?」
「なっ……ば、バカ、言わないで…………私はっっ……んンぅ……」
 うるさい口はキスで塞ぎ、ぐっ、ぐっ……と雪乃のナカに白濁を塗り込んでいく。
(もっともっと……蕩けさせてあげますよ、先生……)
 いつになくやる気になっている月彦だった。
 


 絶え間のない責めに、雪乃の時間は完全に壊されていた。
 気がつけば、いつの間にか日は落ちていて、常夜灯の光りだけが寝室を仄かに照らす。
(今は――何時……)
 ぐっ、と下腹を肉柱が突き上げる。
(一体……何回……)
 びゅるっ、と下腹を満たす熱い感触に、そんな思考もトロリと溶けてしまう。
「くフーっ…………くフーッ…………先生……!」
 ぎゅうっ、と抱きしめられ、ぐいぐいと胸の谷間の辺りに顔が押しつけられる。
「こん、ざき……くん……私、もう――」
「だめです……先生、俺…………止まりません…………」
 ぐっ、ぐっ……と肉柱が蠢く。
(あぁっ、まだ、そんなに――……)
 まだ、続くのだと。
 体中……それこそ余すところ無くキスをされ、両手の指を足しても足りない程に中出しされ、執拗に塗りつけられたというのに。それなのにまだ――。
(本当に……病気だわ…………)
 互いに向き合い、抱き合うような形。ふうふうと瀕死の獣のような息づかいで谷間に顔を埋める月彦の後ろ髪を、殆ど力のこもらない手でそっと撫でる。
(このままじゃ……私、殺されちゃう…………)
 そういえば、女性の腹上死は年下男性との交接時のケースが格段に多いという記事を雑誌で読んだのを思い出して、本当かもしれないと思ってしまう。
「ね、ねぇ……紺崎君……私、もう、本当にくたくたなの……だから、ね……?」
 殆ど哀願。月彦の後ろ髪を撫でながら、雪乃は精一杯訴えかける。
「これ以上、されたら……私、壊れちゃうわ…………紺崎君だって――」
 雪乃の説得が聞こえているのかいないのか、月彦はくフくフと鼻面を谷間に押し込み、ぺろぺろと谷間の奥を舐めたりしている。
 この子は――と、雪乃はため息をつきたくなった。
「……解りました」
 漸く谷間から顔を覗かせた月彦の返答は、以外にも雪乃の提案に是、というものだった。
 但し――。
「じゃあ、最後に一回だけ……もう一回だけ……先生としたいです」
「紺崎君……」
 雪乃が呆れている間に、月彦は後方に倒れ、強引に雪乃が跨っている形にし向ける。
「最後は、先生が動いて、俺をイかせて下さい」
「私が……動くの……?」
「嫌ならいいんですよ。……その代わり、俺のペースで、俺が満足するまで続けさせてもらいますけど」
「っっっ……う、動けば……いいんでしょ……んっ……」
 月彦の胸の上に手をつき、雪乃はゆっくりと腰を動かし始める。しかし何度も突かれ、イかされたせいで腰にもてんで力が入らず、なんとも緩慢な動作しかできない。
「……先生、それって……もしかして焦らしてるつもりなんですか?」
「だ、誰のせいで…………力が入らないと思ってるのよ……んっ……ぁ…………」
 くいっ、くいと前後に振ったり、くねらせたり。雪乃なりにせいいっぱい腰を使うが、しかし疲れもあってあまり大胆には動けない。
「くっ……んっ…………ぁっ…………ぁっ…………ふっ……んっ……!」
 腰を使うごとに、にちゃにちゃと汚らしい音がする。何度も、本当に何度も中出しされたものが腰の周辺、太股の辺りにまで広がって音を立てているのだ。
「んんっ……!」
 突然、月彦の両手が雪乃の胸を掴む。ぐにっ、ぐにと。容赦のない……ゴムマリでも揉むようなその手つき。
「はっぁっ……ぁふっ…………」
 月彦のそんな愛撫に誘われるように、雪乃は腰の動きを早めていく。一体、どこにそんな力が残っていたのかと自分で自分を疑いたくなるほどに、大胆な腰使いだった。
「んっ……っくっ……先生、いい……ですよ、もっと……動いて下さい……」
「もっとって……んんっ……ぁっ……あんっ……!!」
 今までは、一方的に突かれるのみだった。自分で動くという慣れない作業が――思いの外、雪乃の快感を高めてしまう。
「ぁっ、ぁっ……やだっ…………紺崎、く、んっ……私っ…………ぁっぁっ……」
「先生……?」
 むにぅっ、むぎゅっ……。
 雪乃の眼前で、これでもかと巨乳が揉まれる。雪乃は月彦の腕を掴み、自らそれを催促するように、動かす。
「はぁっ……はぁ………………んっ……ぁっ…………あぁあっ……ぁっ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!!」
 きゅうっ、と締めたまま、くいくいと腰を振る。固い剛直が自分の中で撓るのを感じて、雪乃は感極まった声を上げてしまう。
(紺崎……君………………)
 しっとりと濡れた目で月彦を見下ろし、さらに腰を使う。月彦の顔をよく観察し、時折くっ……と苦痛めいた顔に歪むのを見て、月彦が弱い動きを探し出す。
「ちょっ……せんせっ……っくっは………………」
 月彦がたまりかねたようにむぎゅうっ、と巨乳を握りしめてくる。かと思えば、はあはあと悶えながら雪乃の腰、太股の辺りをなで回してくる。
「っ……くはぁっ…………先生っ……凄く、良い……です、もっと……もっとしてください…………」
「もっと……ってそんなっ……私、もう…………んっ……!」
 限界が近い。しかし――止められない。くちゃくちゅっ、にちゃにちょっ……汚らしい音をたてながら、雪乃は一心不乱に腰を振る。
「あぁぁっあっ、だ、だめっ……紺崎くんっ……私っ、もうっ……やっ……イくっっ……イッちゃうっっ…………!」
「っっっ……だめ、ですよ、先生……」
 月彦の手が、太股の付け根の上のあたりに乗せられ、ぐっと掴まれる。
「俺がまだ、イッてないんですから…………」
「やっ、やだっ……紺崎君っ……動かな――きひぃいいッ!!」
 ずんっ、と突然下から突き上げられて、雪乃は呆気なくイかされる。
「だ、だめっ……紺崎君っ、だめっ……今っ、だめええッ!! ひぃっ……ひぃいいいっ!!!」
「っっ……すっ……げっ……イッてる時の先生の中……無茶苦茶……気持ちいい…………!」
 太股をがくがくと震わせ、痙攣するようにしてイく雪乃の中を月彦は容赦なく突き上げてくる。
「あっああっあっ……だめっ……だめっ、だめっだめっ……ああぁああっああっあっ、んんあっああひぃいいいいいいィィッ!!!!」
 ベッドのスプリングを使い、腰が浮くほど突き上げられ、雪乃の意識は真っ白になる。
「ううぅっ……っくっ…………先生っっ……っく…………はぁっ…………」
 月彦は雪乃の太股をつかんで引き寄せ、さらに自身も弓なりに体を反らすようにして、どくんっ、どくんと牡液を注ぎ込んでくる。
「ひっ、ひっぁっ……あぁぁぁッぁぁあーーーーーーーッ!!!!」
 ごぴゅっ……そんな音を立てて結合部から溢れるほどの量。これが最後なら、余力など残しても仕方がないとでもいうかのような凄まじい量が、雪乃の中に注ぎ込まれる。
(う、そ……まだ、こんなに…………)
 かぁっ……と全身が火照ってしまいそうなほどの熱量を注ぎ込まれ、絶頂の余韻と相まって雪乃は脱力する。正真正銘、精も根も尽き果て、ぐったりと月彦の上に被さる。
「はぁっ…………はぁっ……先生……んっ…………」
 月彦の手が後ろに回ってきて、キスをされる。雪乃はもう、完全に受け身ながらも、余韻を噛みしめるようにキスを続けた。
「んっ……」
 後ろ髪から、首。背中を通って、月彦の手が尻を掴む。そのままぐりゅっ、ぐりゅっ……と強張りを動かされて、雪乃は喉奥で僅かに噎ぶ。
「ふーっ…………ふーっ…………先生……もう、ホントにダメみたいですね」
 あたりまえじゃない――その言葉は声にならなかった。口すらも上手く動かないほどに、雪乃は消耗していた。
 月彦はそんな雪乃の状態に苦笑して、一度ぎゅうっ、と強く抱きしめると雪乃の尻をつかんで持ち上げ、剛直をぬろりと引き抜いた。
「でも、先生ダメですよ。やるならやるでちゃんと、最後までやらないと」
 月彦は脱力している雪乃の下から抜け出し、胡座をかくようにして――呆れたことにまだ勃っている剛直を眼前に突きつける。
「ほら、先生。ちゃんとこれを綺麗にして終わりですよ」
 雪乃はもう、殆ど何も考えることが出来なかった。ただ、言われるままに剛直に舌を這わせ、白濁とした粘液を舐め取っていく。味など、何も解らなかった。
「……ちゃんと綺麗に…………そう……いい子ですよ、先生」
 一心不乱に剛直に舌を這わせる雪乃の髪を撫でながら、月彦はそんな事を言う。
「んっ……もう大丈夫ですよ、先生。……舐め取ったのは……そう、口の中でクチュクチュってして、飲んじゃってください」
「……ぅ……んっ……」
「はい、お疲れ様でした、先生」
 眼前から屹立した肉柱が消え、雪乃はそのままくたぁ……と横になる。月彦が添い寝でもしたのか、むぎゅっ、とその体が包み込まれるように抱きしめられた。
「……もし、先生が……もう少し胸が大きくて、髪が長かったら――」
 薄れ行く意識の中で、月彦のそんな言葉を聞いた気がしたが、雪乃の記憶には残らなかった。



 空けて月曜日。英語の授業が終わるや、月彦は生徒指導室に呼び出された。呼んだのは、無論雪乃だ。
「えっ……先生が避妊してたんじゃなかったんですか?」
 そこで、月彦は土曜日の夜の件での“真相”を聞いた。
「…………してないわよ。だから、私あんなに止めたんじゃない」
 雪乃は余程怒っているのか、月彦と目を合わさないようにぷいと、窓の方を向いたまま吐き捨てるように言う。
「いや……だって、あれ……てっきり、演技かと……」
「どうして私がそんな演技しなきゃいけないの?」
「そ、それは――………………すみませんでしたぁっっ!!!」
 生徒指導室の床に這い蹲り、恥も外聞も無く月彦は額を擦りつける。
「謝って済む問題じゃないと思いますけど、謝らせて下さい! 俺、ほんと……大丈夫だと思って……」
「確かに、謝って済む問題じゃあないわ。女の子がダメって言ってるのに、無理矢理中に出すなんて、男として最低の行為よ?」
「……なんか、先生が“女の子”って言うと、ちょっと違和感ありますね」
「っっっ……私は真面目にッ」
「ほんっっとすみませんでしたッッ!!!!!!!!」
 月彦は再び頭を下げ、ごつんと額を床に打ち付ける。
「全くもう……その聞き分けの良さをどうしてあの時に見せてくれないのかしら」
 ふう、と雪乃がため息をつく。月彦は恐る恐る顔を上げ、そっと雪乃を見上げる。
「すぐに文句を言おうにも、眼を覚ましたらもう紺崎君帰っちゃってるし……」
 確かに、月彦は事が終わって一眠りした後、雪乃の目覚めを待たずに帰宅した。しかしそれは別に逃げたワケでもなんでもなく、ただ単純に腹が減ったからだった。
「“お腹が減ったので帰ります”だなんて。あの書き置きを見た時は本当に腹が立ったわ。食べ物なら、冷蔵庫の中にいくらでもあった筈よ?」
「いや……勝手に冷蔵庫開けるのは悪いかな、って思って……」
「…………紺崎君、貴方の倫理基準はおかしいわ。どうして冷蔵庫を勝手に開けるのはダメなのに、避妊はしてくれないの?」
「うぐっ…………」
 痛いところを突かれ、月彦は胸を押さえる。
(だって……真央が……)
 と言いかけるも、それが言い訳にならないことは瞬時に理解する。
「……一応、すぐにアフターピルは飲んだけど、それでも完全じゃないんだからね? もし本当に赤ちゃんが出来ちゃってたら……紺崎君責任とれるの?」
「……その時は、はい。……俺に可能な限り……絶対、逃げたりはしません」
「…………もう次からはきちんと避妊をするって誓いなさい。そしたら、今回の事は許してあげる」
「……はい。絶対にもう、中出しはしません」
「それだけじゃダメ。ちゃんと避妊もするのね?」
「はい、します」
「よろしい。……反省したなら、顔を上げてもいいわよ」
 月彦はゆっくりと顔を上げ、雪乃を見上げる。
「先生、本当にすみませんでした。俺……」
「いいから、立ちなさい。ほら、ズボンもこんなに汚れて……」
 雪乃に手を引かれるようにして立たされ、ぱんぱんと膝を払われる。
「……いきなり土下座するとは思わなかったわ。紺崎君も一応、悪いことをしたって思ってくれてるのね」
「あ、当たり前じゃないですか! 俺がそんなに人面鬼畜に見えますか?」
「……時々、見えるわ」
 ぷいと雪乃はそっぽを向き、そして指導室のテーブルに腰掛ける。かと思えば、すぐに立ち、今度は窓際の壁にもたれ掛かったりする。
「先生、あの……」
「何?」
「もう、戻ってもいいですか? その……次の授業が……」
「そ、そうね……もう、いいわ……」
「はい……それじゃあ……」
 すみませんでした、ともう一度頭を下げて月彦は退室しようとする。――が。
「紺崎君、待って」
「え……?」
「……ッ……ぁ……や、やっぱり待たなくてもいいわ。うん……すぐ、戻って」
 またしてもそっぽを向いたまま、そんな要求。月彦は首を傾げて、部屋の入り口に立ちつくす。
「先生、どうかしたんですか?」
 雪乃はなにやら落ち着きが無く、時折足踏みをするようにして数歩歩いては止まり、また歩いてはテーブルに腰掛け、すぐに立ち……という事を繰り返している。
(……そういえば)
 先ほどの授業中も、雪乃の様子はおかしかったと月彦は思いだした。
 序盤の“和訳問題”が今日は無いのかと思えば、雪乃がどこか落ち着きがない。時折くねくねと腰を艶めかしく動かしては、決まって月彦の方を睨んでくるのだ。
「……こ、紺崎君が……あんな事……する、から………………」
 消え入りそうな声で雪乃は呟き、そしてキッ、と睨み付けてくる。
「先生……?」
 月彦が一歩踏み出すと、びくっ……と雪乃は身を震わせ、後ずさる。さらに近づくと、雪乃は壁際にまで後退し、張り付く。
「だ、だめ……だめなのよ、だめ……」
「だめって、何がダメなんですか?」
「……っ……ぅ…………」
 頬を染めたまま、恨みがましい目。雪乃はスーツのスカートの上から、まるで尿意でも堪えているかのようにぎゅっと押さえつけ、焦れったそうに太股をすりあわせている。
「先生……もしかして、本当にクセになっちゃったんですか?」
「っっっ……だ、誰のせいで……ンンッ!」
 月彦は一歩で雪乃との距離を詰め、即座に唇を奪う。くち、くちと軽く、浅く雪乃の唇を食むだけのキスの後、そっと唇を雪乃の耳に寄せる。
「良いんですよ。先生さえよければ……俺、いくらでも頑張りますから。我慢出来なくなったら、いつでも言って下さい」
 雪乃の腰に手を回し、さらに南下してさすっ、さすと尻をなで回す。その手がスカートをまくり上げ、ストッキングの下に入り込もうとしたところで、雪乃が動いた。
「っっっ……調子に――」
 ただならぬ気配を感じ、月彦は咄嗟にバックステップをした――が、遅かった。
「乗るなぁああッ!!!」
 怒れる女教師の鉄拳は、見事に月彦の顔面にクリーンヒットした。良識ある大人の女性と行為に及ぶには、それなりに踏まねばならぬステップがあるのだと、月彦は痛みと共に理解したのだった。

 

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