「月彦ー、電話よー!」
 階下からの声に、今まさに真央と口づけをかわそうとしていた唇がはたりと止まる。
 ちらりと横目で時計を確認すると午後十時を過ぎていた。こんな時間に、しかも自分に電話がかかってくるということに首を捻りながら、月彦はのそりと体を起こす。
「すぐ済むから、な?」
 夜中に電話がかかってきた、というだけで“浮気相手からの電話じゃないの?”というふくれっ面をする真央を宥めながら階下へと降り、母親から受話器を受け取る。
「もしもし?」
『……紺崎月彦ってのは、あんたか?』
 受話器から聞こえてきたのは、どこか険のある男の声だった。ちなみに聞き覚えは皆無。
「ああ、そうだけど」
『姉貴から伝言。“しばらく学校を休みます。真央さんの事は友達に頼みましたから大丈夫です”……じゃあな、確かに伝えたぜ』
「えっ、ちょっと……お前は誰――」
 そこまで言ったところで、一方的に通話が切られる。無機質な不通音をしばし聞いて、月彦もゆっくりと受話器を置く。
「ねぇ、父さまぁ……どうしたの?」
 気がつくと、いつのまに下りてきたのかパジャマ姿の真央が抱きつくようにしてすりすりと体を密着させてきていた。
「ん……あぁ……由梨ちゃん、明日学校休むみたいだ」
 文脈から常識的に考えて、“姉貴”というのは由梨子のことだろう、と月彦は推測した。ということは電話の主は由梨子が言っていた“可愛くない弟”だろうという逆算が成り立つ。
「どうして?」
「わからん。……風邪でも引いたのかな……」
 そういえば最近顔色悪かったな、と思う。
「そうじゃなくて、どうして由梨ちゃんが学校休むって、わざわざ父さまに電話かけてきたの?」
 そっちか、と月彦は苦笑した。
「そりゃあ、真央の送迎の事とか、いろいろあるからだろ。それに電話してきたのは由梨ちゃん本人じゃなくて、どうも弟の方みたいだった」
 そのことが、今更ながらに引っかかる。何故本人じゃなくて家族が電話をかけてきたのか。ひょっとしたら何か事故にでも巻き込まれて重体なのではないか。
(でも、それなら“伝言”も託せないか……)
 つまるところ、自分と直に話がしたくなかっただけではないか、という結論に月彦は達した。何しろ自分は“不肖の弟”であり、由梨子にしてみれば話をするだけでも霧亜から嫌われかねない厄介者なのだから仕方がない。
「そんな顔するな、真央。心配しなくても、俺は由梨ちゃんには嫌われてる」
 疑惑と嫉妬、そして不満と不安の入り交じったような顔でしがみついたまま見上げてくる真央の頭を撫で、そのまま手で髪を梳かす。
「んゥ……父さま…………」
 心地よさそうに声を漏らす真央の背を撫で、さらに尻を掴み、揉む。
「解ってる。早く上に戻ってさっきの続きがしたいんだよな、真央は」
「うん……はやく、したい…………」
「……俺もだ」
 苦笑を零して、真央と共に自室に戻る。途中で“邪魔”が入ったせいか、その夜は普段より二割ほど激しい夜になった。

『キツネツキ』

第十一話

 

 一夜明けて冷静になった頭で考えてみると、やはり尋常な事ではないのではないか、と思えた。由梨子は――正確には由梨子の弟は、だが――“明日休む”ではなく“しばらく休む”と言ったのだ。
「なあ、真央……由梨ちゃんの事なんだが」
 朝、着替えの途中でそっと切り出してみる。もう月彦が“由梨ちゃんの事”と言った辺りで狐耳を不機嫌そうに寝かせてジト目をされたがやむを得ない。
「最近、何か気づいたこととか無かったか?」
「……由梨ちゃんのことが心配なの?」
「ああ、そりゃあな。大切な真央の友達なんだから、心配しないほうがおかしいだろ?」
 今にも目をつり上げてヒステリックに喚きそうになってる真央をうまくなだめながらなんとか情報を引き出そうと試みる。同時に、何故“娘の友達”の事を聞き出すのにここまで気を遣わねばならないのかとやりきれない気持ちになる。
「……由梨ちゃん、お昼ほとんど食べてなかったよ。ダイエットだって言ってたけど……」
「昼食を抜いてたのか。……そういえば見舞いの時もそんな事言ってたな……」
 てっきり自分にケーキを食べさせるためのつくり話だと思っていたが、本当だったのだろうか。
 着替えを終え、いつもより心持ち不機嫌そうな真央と共に登校。いつも由梨子が待っている校門の前には矢張り由梨子は居らず、代わりに話し掛けてきたのは二人組の女子だった。組章を見るに、真央と同じクラスだった。
「あの、私たち宮本さんに頼まれて……」
「ああ、聞いてる。真央のことよろしくな」
 とはいうものの、二人とも既に真央とは友達であるらしく、早くも三人で世間話など始めてしまっている。ひょっとして由梨子以外に友達が居ないのではと内心不安だった月彦は親しげに話をする真央を見て少なからず安堵する。
「あ、そうだ……由梨ちゃんのことなんだけど――」
 二人とも何か聞いてないかな――と月彦が言うのを待たずして、真央が手を引くようにして三人駆け足で昇降口へと向かってしまう。
(……真央、そんなに俺が女の子と話をするのがイヤなのか……)
 あまりにも露骨な愛娘の所行に月彦は唖然とする。強すぎる独占欲の現れ――とも言うべきか。それが自分への想いの強さの裏返しの行為だと解っていてもやるせない。
(自力でなんとか……調べるしかないか)
 とはいえ、下級生のクラスにいきなり尋ねていくのも気が引けるし、何より由梨子の事を聞いている所を真央に見られては元も子もない。否、たとえ見られなかったとしても、後々真央がそのことを耳にするだけでも嫉妬の嵐が吹き荒れることは明白だ。
(しからば独自のコネクションを……)
 月彦は少し考えて、雪乃を尋ねることにした。休み時間になるや職員室に顔を出し、早速雪乃を探す。
「雛森先生……ちょっと良いですか?」
「え、あ……こ、紺崎君!?」
 背後から声をかけたのがまずかったのか、職員室にいた教師全員が振り返るほどの素っ頓狂な声だった。雪乃は赤面し、月彦の手をぐいと引きながら慌てて職員室を後にする。そのままずんずん歩いて校舎の隅の資料室に入って漸く雪乃は足を止め、振り向いた。
「まったくもう……驚かさないでよ、びっくりしたじゃない」
「びっくりしたのはこっちですよ。それにどうして俺はこんな所まで引っ張ってこられたんですか」
 資料室はその名の通り、壁という壁がぎっしりと“資料”の詰まった棚に占拠され、ただでさえ狭いうえに換気もろくにされていないのか極めて埃っぽかった。
「それは……だって、紺崎君がこっそり会いに来るなんて……内緒の話だと思って」
「こっそり、ですか……」
 白昼堂々職員室を尋ねる生徒を“こっそり来た”というこの教師に月彦はもう突っ込む気力すら失ってしまう。
「……まあ良いです。内緒の話といえば、そう言えなくもない用件ですから」
「な、何よ……内緒の話って。ちなみに今度の土日なら空いてるわよ」
「ある生徒の欠席届……その理由を調べてもらいたいんです」
 雪乃の言葉を無視するようにして、月彦は用件を述べた。普段雪乃は職権を濫用して自分をこき使ったりしているのだから、このくらいの頼み事は良いだろう、と月彦は思う。
「欠席届の……理由?」
「ええ。一年の宮本由梨子って生徒です。ちなみに俺の従姉妹と同じクラスです」
「それは……構わないけど、でもどうして?」
「理由は聞かないで下さい。ものすごーーーーく面倒な上、多分説明しても解ってもらえないと思うんで……」
 理由を聞くな、と雪乃には言ったものの、今更になってふと思う。自分は何故こうまで由梨子のことを気にしているのだろうか。由梨子がどういう状態にあるのかを知ろうとしているのだろうか。
(無論、真央の大切な友達だからだ)
 とは思うも、本当にそれだけなのか。月彦には解らない。
「解ったわ。その子の欠席の理由を調べればいいのね?」
「はい、お願いします。放課後……で大丈夫ですか?」
「そうね、その時までには調べておくわ」
「すみません。こんな事頼んじゃって……でも、万が一にも俺がそのことを調べてるってバレるわけにはいかないんです」
 先生なら口も堅いと思って――と、さりげなく雪乃を持ち上げる。
「……な、なんだかよく分からないけど、込み入った事情があるみたいね。紺崎君が言う事だし、きっと正しい事なのよね?」
「それは間違いないです」
 そう、間違いはない筈なのだ。自分は別に不倫をしているわけでも浮気をしているわけでもなく、ただ娘の同級生の安否が気にかかるだけなのだから。
「……ひょっとして、用件って……そのこと……だけ?」
 雪乃は“だけ”の部分をやや強調した。
「ええ。そうですけど……?」
 むぅーと不満そうな顔をする雪乃を、月彦は首を傾げながら見つめる。無論月彦には、雪乃にそんな顔をされる理由が分からない。
「……紺崎君って、釣った魚に餌はあげないタイプでしょ?」
「釣り……ですか? 俺は釣りはあまりやらないんですが……」
「もういいわ。私、次の授業の準備があるから戻らなきゃ」
 ぷい、と雪乃は一足先に資料室から出てしまう。
「……え、ちょっと先生!」
「放課後までには調べておくから、それでいいでしょ」
 追いかけようとする月彦にそう言い残して、雪乃はいつもより早足でつかつかと職員室へと戻っていく。
(……やっぱり先生の考える事はわからん……)
 お尻をぷりぷり振りながら遠ざかる雪乃の後ろ姿を眺めながら、月彦はしみじみと思うのだった。


 結局、雪乃に頼んでも由梨子の欠席の詳細は解らず仕舞いだった。何故なら欠席の理由が「体調不良の為」だったからだ。どこか不満そうな雪乃の態度から、ひょっとして態と曖昧に言っているのではないかとも思ったが、これ以上の深入りは「どうしてそこまで気にするの?」と逆に己の腹を探られる気がして断念した。
(かくなる上は……)
 あまり気が進む事ではないが、直に家を尋ねてみるか――と、月彦は学校から直接由梨子の自宅へと向かった。何故そこまでして――とまたしても疑念が沸いたが、月彦自身己の行動の原動力となっている感情を把握しきれていなかった。最早、真央の友達だから――というだけの事ではなくなっていた。
 とはいえ、そんな意味不明な原動力に突き動かされて家の前まで来たものの、そこで急に我に返ってしまう。一体どの面下げて会えばいいのか。特に理由もなく自分などが尋ねて来たら由梨子とて不審に思うだろう。
(……しまった、せめて真央と一緒に来るんだった)
 そうなれば、単純に見舞いという事に出来る。尤も、真央には拗ねられるだろうが。
 しばし、うろうろと道に迷った熊のように由梨子の家の前で右往左往する。何度もインターホンに指を伸ばしかけ、断念。その繰り返しだった。
「……姉貴に何か用?」
 いい加減日が暮れようかという刻限になって、不意に背後から話し掛けられる。慌てて振り返ると、スポーツバッグを肩から提げた少年が怪訝そうに月彦を見ていた。
(中学生か……)
 制服を見てそう判断。そして顔立ちにどことなく由梨子の面影がある。間違いない――と月彦は思う。
「あんた、紺崎さんだろ。あんたも姉貴に会いに来たんじゃないの」
「あ、あぁ……由梨ちゃ……お姉さんは家に?」
「姉貴、入院してるよ」
「え……」
「昨日、湯上がりにいきなりぶっ倒れたんだ。そのまま救急車呼んで入院。……栄養失調だってさ」
 少年は苦々しく呟き、そして月彦の反応を伺うように視線を向けてくる。
「栄養失調……」
「最近ほとんどメシ喰ってなかったから、ああなるのは時間の問題だったんだ。……くそっ」
 少年は家の塀を蹴りつけ、怒りを露わにする。そして、敵意すら籠もった眼で月彦を睨み付ける。
「……姉貴を追い込んだのは、あんたなんだろ」
「なっ……ちょっと待て、なんで俺が……」
「あんたの見舞いに行ってからなんだよ。姉貴が、ああなっちまったのは」
「俺の見舞いの後……」
 そんな馬鹿な、と思う。少なくとも、見舞いに来ていた時の由梨子は普段通りだった。むしろ、普段よりも優しく自分に接してくれた。何かに思い悩んでいる様子など微塵も無かった。
「……何が、あったんだ」
 食事がとれなくなるほど思い詰めていたのに、表に全く出さなかったのか。そのことにも気がつかない程に己は鈍いのか。
「頼む、お姉さんの入院先を教えてくれないか」
「見舞いにでも行く気なのかよ」
「ああ。本当に俺のせいでそうなったのなら、是が非でも見舞いに行って謝らなきゃいけないだろ」
「姉貴はあんたを歓迎しないぜ。それでもいいのか?」
「……覚悟の上だ」
 ちっ、と少年は舌打ちをしてまた壁を蹴りつける。そして学生ズボンのポケットから折りたたまれたメモ用紙を取り出し、月彦に差し出す。
「姉貴の入院先。本当はあんたが来ても見せるなって言われてる」
 月彦はメモを受け取り、早速開く。そこには記憶に新しい病院の名前と住所、部屋番号が書かれていた。
(俺が入ったのと同じ病院、か……)
 寄寓、と言うほどのことではない。この辺りではそこが最も大きな病院であるのだから、由梨子の病状を鑑みればうなずける事だった。
「ありがとう、早速行ってくる」
 今にも駆け出さんとする月彦を、少年が呼び止める。
「……待てよ。最後に一つ聞いてもいいか?」
「うん?」
「あんたさ……姉貴の彼氏なのか?」
「違うよ」
 さらりと否定して、月彦は今度こそ駆け出した。嫌われていてもいい、邪険に扱われようと、由梨子の為に何かをせずにはいられなかった。
(……恩には恩で報いるんだ)
 病室で一人寝ていた時、由梨子の見舞いがどれほど嬉しかったか。励まされたことか。今度は自分の番だ。自分が由梨子を助けるのだ。
(その為には……話を聞き出さないと)
 しかし、月彦には既に大凡の事が推測できていた。由梨子を追い込める程に、彼女に対して影響力のある人物は月彦の知る限り一人しか居なかった。
 



 

 こんこんと、ノックの音が聞こえて宮本由梨子は思案した。弟は先ほど見舞いに来て帰ったばかり。母親が来るには早すぎる。回診にしては時間が中途半端だ。
 ならば第三者。弟には自分が入院したことは誰にも言うなと伝えた。しかし人の口に戸は立てられない。遅かれ早かれ漏れてしまうとは思ったが、こんなに早いとは思わなかった。
「……開いてます。どうぞ」
 言いながら、さらに由梨子は推理を続けていた。見舞いに来たのは真央か、それともあのお人好しの――月彦か。まさか霧亜ではないだろう。
「……失礼、します」
 随分控えめな声。背を屈めながら病室に入ってきたのは、由梨子の脳裏に浮かんだ誰の顔でもなかった。
「久しぶり、だね……由梨。入院したって聞いて、飛んで来ちゃった」
「……円香先輩」
 どうして――という言葉が喉まで出かかる。何故円香が自分の入院先を知っているのか。
「そんな他人行儀な呼び方しないで。前みたいに“マドカ”って呼び捨てにしてよ」
 円香は控えめながらもベッドの側へと歩み寄り、来客用の椅子を立ててそこに座る。
「これ、お見舞い。“Schwarz”のタルト・タタン好きだったよね」
「……っ……!」
 円香がケーキの箱を差し出した途端、由梨子は思わず口元を抑える。本来ならば食欲をそそる香りすら、最早由梨子には嘔吐の呼び水となってしまう。
「っ……それを、こっちに向けないで下さい」
「どうして? タルト・タタン好きだったじゃない」
 円香は箱を膝の上に乗せ、開く。同時に箱が閉じられていた時とは比べものにならない芳醇な香りが病室を包み込む。
「ほら、由梨――」
「やめてください!」
 ケーキを差し出す円香の手を力任せに振り払う。ケーキはびちゃりと音を立てて病室の壁にへばりつき、ずるりと落ちた。
「由梨……どうして……」
「……ッ……」
 説明してやりたかった。自分が何故入院せねばならなかったのか。今どういう状態なのかを。しかし口を開けばその途端嘔吐してしまいそうで、由梨子はひたすら胸の中に巣くう嘔吐感と戦い続ける。
「……そんなに私の事が嫌いなの? 私が持ってきたから、食べたくないの?」
「……違い、ます」
 かろうじて、口を開く。胃がひっくり返りそうな不快感を堪えて、由梨子は続ける。
「食べられない、病気なんです。……お願いですから、私に食べ物を近づけないで下さい」
 ハッとして、円香は慌ててケーキの箱を閉じ、病室備え付けの冷蔵庫の中へとしまう。
「ご、ごめんね……私……」
「……どうして、私が入院したって、知ってるんですか」
「武士君に聞いたの。ほら……私たちって親友だったじゃない」
 何が親友だ、と由梨子は毒づきたくなった。しかし、第三者から見ればそう見えたのだろう。……それに、確かにそうだった頃もあったのだ。
「武士君……病状までは教えてくれなくて……本当にごめんね。私、由梨が喜ぶと思って――」
「帰って下さい」
 円香の言葉を最後まで聞かず、由梨子はぴしゃりと言った。
「由梨……」
「先輩、この際だからハッキリと言います。もう私に関わらないで下さい」
 由梨子は、円香の顔を見ずに、続ける。
「確かに先輩とは……いろいろありました。けれどそれももう終わりにして、全部忘れて無かった事にしませんか」
「……どうして、そういうこと言うの?」
「もう先輩の顔を見るのも、声を聞くのも嫌だと、はっきり言わないと解ってもらえないんですか?」
 円香が、怯えるように息を呑む。
「わからない……わからないわ…… 私、由梨に好かれるために精一杯頑張ってるのに……なんで……由梨だって、昔はあんなに、私のこと好きだって言ってくれたじゃない!」
「昔は昔です。あの時は……確かに先輩の事が好きでした」
「だったら!」
「今は大嫌いだと、何度言えばいいんですか」
 つくづく頭の悪い女だと思う。吐き気のせいでただでさえ機嫌が悪いというのに、似たような事を何度も言わされる苦痛に由梨子はイライラを募らせる。
「……ねぇ、由梨……どうしたら、由梨は私の事を好きになってくれるの? 前みたいに、一緒に居てくれるの?」
 円香の声は震えていた。今にも泣き出しそうだった。
「私、由梨の為ならどんな事でもやるよ。由梨が好きになってくれるなら、髪型も、洋服も全部由梨の好みに合わせてあげる。エッチの時だって、由梨のしたい事全部させてあげる」
 円香とのエッチ――不意に由梨子の脳裏に記憶が蘇る。初めて、円香に体を委ねた時、二人とも不慣れで辿々しく互いを愛撫し、快感を高めあった夜。そう、確かにあのころは円香の事が好きで、幸福の絶頂に居た。しかし――
「由梨、言ってたじゃない。“私が姉様の代わりをしてあげる”って。あれは嘘だったの?」
 確かに言った。円香との立場が逆転し、自分が円香を支配下に置く。それは由梨子にとって長い間の夢であった筈だった。今まで自分の尊厳を踏みにじり続けてきた円香に命令を下し、思いのままに操る――そう、それは確かに愉しかった。
 しかしそれも長くは続かなかった。多くの物語でそうであると語られているように、由梨子の“復讐”もまた虚しさしか呼ばなかったのだ。円香に言うことを聞かせれば聞かせるほど、自分があれほど嫌悪した円香と同じ事をしているのだという事を自覚させられたのだ。
「霧亜姉様の立場になって、改めて解ったんです、先輩とはもう終わりだって。だから、私の事は諦めてください。例えこの先、先輩が何をしようと、どんな事をしようと、私の心が先輩の方に向くことはありませんから」
 その言葉がトドメとなったのか、円香がぽろりと涙を零す。胸の奥が微かに痛んだが、しかし由梨子には前言を撤回する気は毛頭無かった。
「……なに」
 嗚咽混じりの声。大粒の涙が頬を伝う。
「そんなに……あの子の事が、好きなの?」
「ええ、私は真央さんの事が好きです」
 頬を伝った涙が、スカートを握りしめている手の甲にぽたりと落ちる。
「……私、諦めないから」
 呟いて、円香は立ち上がる。
「私よりもあの子を選んだこと、絶対後悔させてやるんだから!」
 喚き、円香は病室から飛び出していく。由梨子は制止を促すように僅かに手を伸ばしかけたが、円香は止まらなかった。
「……もう終わってるって……どうしようもないって、なんで解ってくれないんですか」
 一人、病室で呟く。決して実らぬ恋に固執する円香が、由梨子にはどうしようもなく哀れに思えた。
 
 



 

「ん?」
 由梨子の病室へと向かう途中、月彦は見覚えのある女子とすれ違った。
(あの子は……確か……)
 由梨子の“彼女”だった子ではないか。えぐえぐと泣きじゃくり、嗚咽を漏らしながらとぼとぼと歩くその姿に月彦は思わず声を掛けようかと悩んでしまう。
(いや、でも……こういうときは……)
 案外そっとしておいて欲しいものではないか、と思い直して何喰わぬ顔ですれ違い、由梨子の病室へと向かう。
(ひょっとして、あの子も見舞いの帰り……なのかな……)
 まさか、涙を堪えきれないほど由梨子の病状は深刻なのだろうか――縁起でもないことを考えながら、月彦は早足に病室の前へと向かう。
 こんこんとノックをすると、一拍おいてどうぞ、と声が聞こえる。その声が些かか細いものの、いつもの由梨子の声と差して変わらない事に少なからず安堵する。
「えーと、俺だけど……由梨ちゃん……入ってもいいかな」
「……先輩でしたか。どうぞ、ちょうど退屈していた所です」
 意外にも由梨子は笑みを零してくれた。どうぞ、とベッド脇の丸椅子に座るように勧められる。
「真央さんは一緒じゃないんですか?」
「ああ……ごめん、急いでたから、今日は一人なんだ」
 椅子に座ろうとして、月彦は気がつく。壁に張り付いたジャムのような物体と、その下に落ちている残骸に。
「由梨ちゃん……これは……」
「気にしないでください」
 由梨子の言葉には有無を言わさぬ迫力があった。月彦はやむなく椅子に座り、そして己の持ってきた土産をおずおずと由梨子の前に出す。
「えーと、これ……お見舞い。本当はケーキにしようかと思ったんだけど、食べ物じゃない方がいいかと思って」
「……白のクリスマスローズ、ですか。ありがとうございます、好きな花です」
「よかった。俺、花とか買ったことないからさ、喜んでもらえるかちょっと不安だったんだ」
 月彦は早速花束を花瓶に差し替え、病室に飾る。思った通り、由梨子には白い花がよく似合う。もらったばかりの小遣いを奮発して買ってきて良かった、としみじみ思う。
 勿論月彦には花の善し悪しなどはわからず、花屋の店員に見舞いようの花で白いのを、と言った結果これになったのだった。
「……教えちゃダメって言ったのに、教えちゃったんですね」
「え……」
「武士に会ったから、ここに来たんじゃないんですか」
 どうやら弟は武士という名前らしい。
「えーと……その……ごめん。俺が無理に聞き出したんだ」
「解ってます。お人好しで変に義理堅い先輩の事ですから、遅かれ早かれ来ると思ってました」
 とはいえ、思っていたほど邪険には扱われていないようだった。少なくとも、由梨子には笑顔が絶えず、迷惑がっているようには見えない。
「倒れたって聞いたんだけど……話とかしても大丈夫なのかな」
「点滴を打ってもらいましたから、こうして話をするくらいなら全然大丈夫ですよ」
 由梨子は微笑むも、その笑顔から依然のような“和み”のオーラが感じ取れない。窶れたな……と月彦は内心思う。
「……バカですよね。私……ダイエットに失敗して、こんなことになっちゃうんですから」
「ダイエットに失敗して、ご飯が食べられなくなったのか?」
「ええ。他に理由なんてあるはずがないじゃないですか」
 さらりと、当然のように由梨子は言う。それはごく自然な仕草で、月彦も思わず頷いてしまいそうになるほどだった。
「……由梨ちゃん、最近……姉ちゃんとはどうなんだ?」
 ぴくりと、由梨子の笑顔が消える。ぎゅ、と両手が掛け布団を握るのを月彦は見逃さなかった。
「霧亜……先輩とは、最近は会ってません」
「そっか。最後に会ったのはいつ?」
「どうしてそんな事を先輩に話さないといけないんですか?」
 あからさまにムキになって、由梨子は反論する。その反応の仕方が過剰であると、由梨子自身気がついたのだろう。言い終えて、はっと口を噤む。
「……だめですね、私…………」
「やっぱり、姉ちゃんに何か言われたんだな」
 悪い予想が当たってしまった。やはり、霧亜がらみの事だったのだ。
「いいえ、先輩。霧亜先輩は何も言ってません」
「何も……言ってない?」
「はい。霧亜先輩はただ、私を捨てた。それだけの事です」
「捨てた、って……」
「先輩が想像しているような、非道いことは何もされてません。ご飯が食べられなくなったのも、単純に霧亜先輩にフラれたのがショックだからです」
 納得して頂けましたか?――と、由梨子は笑顔で零す。
「由梨ちゃんは……それで、いいのか」
「いいも何も、決めるのは私じゃなくて霧亜先輩です。捨てられてしまったらそれまで、それが私と霧亜先輩の関係だったんですから」
「捨てられた――って……まさか、由梨ちゃん……俺のせいで……?」
「それは無いと思います。……いえ、ひょっとしたら一因ではあるかもしれませんが、大部分はそういう問題ですらなかったと思います」
 多分――と、由梨子は視線を月彦から外しながら、呟く。
「霧亜先輩にとって私なんて、最初からどうでもいい存在だったんです。先輩だって、知らない子犬がすり寄ってきたら頭を撫でてあげるでしょう? でも、持って帰って飼いはしない。……霧亜先輩も、それくらいの気持ちだったんですよ」
「由梨ちゃん……」
「先輩との事だって、きっとどうでもよかったんです。例え私が先輩と寝ても、遅かれ早かれ同じ事だったと思います」
「もういい、由梨ちゃん」
 月彦は由梨子の肩を強く掴み、ゆさぶる。ほろり、と由梨子の眼から涙がこぼれ落ちる。
「だめですよね、私……霧亜先輩が全然本気じゃないのに気がつかなくて……きっと、すごく鬱陶しかったと思います。霧亜先輩が気を遣って、私の事好きだって言ってくれてるんだって、もっと早く気づけば――」
「由梨ちゃん……っ……!!」
 月彦は咄嗟に、由梨子の体を引き寄せ、強く抱きしめた。考えての事ではない、無意識の、条件反射的な行動だった。
「もう、解ったから。由梨ちゃんは悪くない、悪いのは姉ちゃんの方だ」
 そして、その原因を作ってしまった俺だ――と、月彦は胸の内で呟く。
「……先輩、痛い……です」
「えっ……あ、ご、ごめん!!」
 今頃になって、月彦は自分が何をしているのか――してしまったのかに気がつき、慌てて由梨子を解放する。
「真央さんを抱きしめる時も、いつもこんなに強くしてるんですか?」
 ふふと、冗談っぽく由梨子は笑う。まだ、目尻に涙を浮かべたままだというのに、もう気分を切り替えたのか。
 否、そうではないのだ。ただ、強がっているだけ。冗談っぽく振る舞うことで、場を和ませようとしているだけなのだ。
「由梨ちゃん……正直、俺は、どうしたらいいか、解らない」
「先輩には関係のない事だって言ってるじゃないですか」
 月彦は由梨子の言葉を無視して、続ける。
「俺が姉ちゃんを殴って、それで由梨ちゃんの気が少しでも晴れるっていうのなら、俺は殴ってもいい」
「え……」
「俺は今まで、姉ちゃんがどんな傍若無人な振る舞いをしても文句一つ言わなかった。俺が姉ちゃんにしてしまった事を考えたら、どんな目に遭わされても仕方ないと思ったからだ。でも、それが間違ってたのかもしれない」
「先輩、何言って……」
「姉ちゃんが俺を嫌って、暴力を振るったりするくらいなら、いい。いくらでも甘んじる。でも、由梨ちゃんや他の女の子にまで迷惑をかけてるなら――」
「止めて下さい! 霧亜先輩を殴るなんて……そんな事、絶対止めてください!」
「由梨ちゃん……まだ、姉ちゃんを庇うのか?」
「庇うとか、庇わないとかそういう問題じゃないです。私なんかの事で、これ以上……先輩達の仲を拗らせたくないんです」
「気遣いは無用だよ。既にこれ以上ないってなくらい、俺は姉ちゃんに嫌われてるからさ」
「それでも、です。……先輩だって、本当は霧亜先輩と仲直りしたいんじゃないんですか? 今度の事で、そのチャンスまで潰しちゃっていいんですか?」
「姉ちゃんと……仲直り……?」
 確かに、それが出来れば話は簡単だ。しかし、それがどんな事よりも困難であることを、月彦は知っている。
「私の事は、本当に良いんです。失恋のショックだって、時間が経てば……きっと大丈夫です。ですから……絶対に、早まったことはやらないでください。いいですね?」
「でも、それじゃあ俺の気が済まない。俺は償いをしたいんだ」
「先輩は真央さんの事と、霧亜先輩と仲直りする事だけを考えていればいいんです。私の事なんてほっといて下さい」
「そういうわけにはいかない。……頼む、俺は由梨ちゃんの力になりたいんだ」
 月彦は頭を下げる。由梨子の力になりたいと、心底思っていた。それこそが、自分が霧亜にしてしまった事、そして霧亜が由梨子にしたことの償いになると、そう信じていた。
「……解りました。先輩がそこまで言うなら……一つだけ、お願いしたいことがあります」
「何でも言ってくれ。出来る限りのことはするつもりだ」
 由梨子は窶れた笑みを零し、そして“お願い”を口にした。

 
 



「ただいまー」
 玄関を開けると、トトトと小気味のよい足音が近づいてくる。
「父さまお帰りー!」
「おう、ただいま、真央」
 そうそう、と月彦は右手に持っていたケーキの箱を真央に渡す。
「もらい物だけど、お土産だ」
 それは病室からの帰り際、由梨子からもらったものだった。見舞いで貰ったものだが、自分は食べられないから――と。
「ところで真央、姉ちゃんは居るか?」
「ううん、家には私だけだよ」
「そっか。真央……頼みがある」
「なに?」
「俺は今から二階に上がるけど、真央には一階でケーキを食べてて欲しいんだ。台所でも、リビングでもいい。そしてもし俺が下りてくるよりも早く姉ちゃんが帰ってきたら、一緒にケーキを食べようって足止めをして欲しいんだ」
「それは……いいけど……父さま、何をするの?」
「秘密だ。姉ちゃんにバレた時に真央を巻き込みたくないからな。……手伝ってくれるな、真央?」
「う、うん……解った……姉様が帰ってきたら、二階に行かないようにすればいいんだよね」
「ああ、頼むぞ。ケーキは俺の分は残さなくていいからな」
 真央の頭を撫でて、月彦は二階へと上がる。恐る恐る向かうのは霧亜の部屋の前。たとえ部屋の主が不在だと解ってはいても、そのドアノブに触れるのを躊躇ってしまうのは長年の“習慣”のせいだった。
(姉ちゃんの部屋に入るのなんて……何年ぶりかな……)
 帰り道に買った軍手を装着し、音を立てぬようノブをまわして室内に侵入する。自室とは違う、微かな香水の香りがする室内は適度に散らかっており、月彦は歩く場所を選ばねばならなかった。
(俺が入ったって痕跡は、絶対残さないようにしないと……)
 あの霧亜の事だ。髪の毛一本落としただけで侵入を気取られるかもしれない。月彦はそろりそろりと室内を歩み、物色する。
(黒い……時計塔を模した……置き時計)
 霧亜とデートをした際に同型で色違いの時計をそれぞれ買い、交換したのだそうだ。霧亜の部屋に、自分が送った置き時計があるか、無いか――それを確かめて欲しいというのが、由梨子の“願い”だった。小さなものではないから、飾ってあれば絶対に解ると言っていた。
「探さなきゃ、いけないんだろうけど……」
 いざ、霧亜の部屋に入ってしまうと、よからぬものにばかり目が行ってしまう。明らかに霧亜のものではないサイズの上着やスカートがちらばっていたり、下着までおちていたりする。恐らくは……霧亜が連れ込み、“食べた”女の子の衣類だろうが、彼女達はどうやって帰ったのだろうか。
「……見える範囲には……なさそうだな……」
 雑然とはしているものの、死角は決して多くはない。ベッドに、本棚に机、そしてパソコンラック。置き時計が置かれるとしたらそれらの上なのであろうが、どこにも由梨子が言っていたような形状のものは無い。
 一体由梨子はどんな気持ちなのだろう。何故今更に、霧亜の部屋に自分が送った時計があるかを知りたいのだろう。
(姉ちゃんへの……未練、か……)
 そうとしか思えない。或いは、未練を完全に断ち切るための確証が欲しいのだろう。
(もう、ありそうな所といったら……)
 目の前にあるクローゼットの中だけだ。プレゼントされた置き時計がクローゼットの中にある――というだけでも、既に限りなくアウトに近い。近いが、それでもあったならば、由梨子に伝えねばならない。時計は、霧亜の“部屋”にあった――と。
「……っ……」
 月彦は、クローゼットを開いた。そこには――


「えっ、じゃあ由梨ちゃん入院してるの!?」
 夜、夕食の後自室に戻ってから月彦は由梨子の状態について真央に話した。
「ああ、拒食症……だそうだ」
「キョショクショウ?」
「平たく言えば、ご飯が食べられなくなる病気だ。……真央、明日は一緒に見舞いに行こうな」
「うん、私は勿論行くけど……」
 じぃ、と猜疑の目で見上げてくる。
「父さまはどうして、由梨ちゃんが入院したって知ってるの?」
「ああ……それはだな、職員室に行った時にたまたま小耳に挟んだんだ」
 月彦はさらりと嘘をついた。家まで尋ねて行ったといえば、また真央が臍を曲げるかもしれないからだ。
「ふぅん……」
 真央は納得がいったのかいってないのか、依然疑いの目を向けたままだ。
「それで父さま、そんな本買ってきたんだね」
「まあな。さわりを読んだだけだが、結構厄介な病気らしい。……大変だな、由梨ちゃん」
 月彦の手には、帰り道に買った拒食症に関する本が握られている。病気になり、それを克服するまでのエピソードが描かれたエッセイ本だ。
「父さま、お風呂入らないの?」
「……ん、真央先に入ってきていいぞ。俺はもう少し本を読んでる」
「……本なんて、明日読めばいいよ。一緒にお風呂入ろ?」
「真央もたまには一人で入ったらどうだ? 一人の方が湯船も広いだろ」
 月彦は依然机にかじりついたまま、本を読む手を休めない。
「……解った。一人で入ってくる」
 真央はさもつまらなそうに呟き、部屋から出て行く。その落胆ぶりに月彦は些か罪悪感に苛まれるも、今は本を読むのが先決だと、再び目を落とす。
(えーと、なになに……拒食症とは摂食障害の一種であり、正式には神経性無食欲症と呼ばれる――)
 月彦は本を読み進める。エッセイを書いたのは女性のようで、どうやらダイエットが原因で拒食症に陥ったらしかった。
 体重を落とさねばならないという強迫観念に取り憑かれ、食事量を制限。その結果落ちる体重に量に歓びを覚えるようになり、ある種の依存症となってしまったのだそうだ。
(原因はやっぱり心因性なものの場合が多いんだな……)
 作者は当初、自らが摂食障害に陥っていることを認められなかったのだという。家族の薦めで入院したものの、食事をとったフリをして隠れて捨てたりしていたのだそうだ。
(治療には本人の努力もさることながら、周囲の理解、協力も必要、か……)
 月彦はひたすら本を読みふけった。特別面白い本だったというわけではない。由梨子の為に自分になにか出来ることはないかと、そのヒントだけでもと思ってひたすら文字を追った。
「って、うわっ……もうこんな時間か」
 時計を見ると午前一時を回っていた。そこまで熱中して読んでいたのか、と月彦は背後のベッドを振り返った。見ると、真央が一人まるでふてくされるように月彦の方に背を向けて寝息を立てていた。
 
 



 翌日、当然のように真央は機嫌が悪かった。どれくらい悪かったかというと、ろくに口も聞いてくれない程だった。
「父さまは私より由梨ちゃんの方が大事なんでしょ」
 終いにはそう吐き捨てて、一人先に家から飛び出していってしまった。月彦も慌てて後を追ったが、とうとう学校に着くまで真央には追いつけなかった。かろうじて昇降口へと消える後ろ姿が確認できたから一安心ではあるのだが。
 学校では休み時間を利用してエッセイの後半を読み進めた。集団療法などで一度は治った拒食症が、子育てのストレスなどで再発し、家族がバラバラになる寸前にまで陥ったことが書かれていた。
(大変な病気なんだな……)
 エッセイの最後は、治療に協力してくれた友人や家族、そして同じ病気に悩み集団療法で共に励まし合った人々への感謝の言葉で締めくくられていた。由梨子の事があるからか、月彦は著者の女性に必要以上に感情移入してしまい、少し目頭が熱くなってしまった。
(周囲の理解、協力が必要――か)
 今日の見舞いの時にはこの本も持って行ってあげよう、と月彦は思った。己の経験上、入院生活で何が辛いかというと退屈に勝るものはなかったからだ。
(問題は真央、だな……)
 昨夜からどうにも機嫌が悪い。まさか見舞いに行きたくないとは言い出さないだろうが、あの分ではその可能性まで考慮せねばならないかもしれない。
(由梨ちゃんだって、真央が来た方が嬉しいに決まっている)
 ならば自分はその補佐をするまでだ。真央の説得こそ、由梨子の為にしてやれる事の一つだと月彦は確信していた。

 放課後、月彦は駆け足で帰宅した。実は密かに昇降口辺りで真央が待っててくれるんじゃないかとも期待したが、その気配はなかった。そして案の定、真央は先に帰っていた。
(出迎えはなし……か)
 いつもならば真っ先に飛びついてくる筈が、玄関にあるのは真央の靴だけだった。二階の自室に戻ると、ちょうど真央が制服を脱ごうとしている所だった。
「真央、今から由梨ちゃんの見舞いに行か――」
「父さま、今着替え中だから」
 有無を言わさず部屋から追い出され、ドアを閉められる。突然の事で月彦はそのまましばし固まってしまった。あの真央が、着替え中だから等という理由で月彦を部屋から閉め出した事など今まで一度も無かったのだ。
(……まだ機嫌が悪いのか……)
 ここは多少下手に出ても真央の機嫌を取らねばならない。見舞いになど行かない、とへそを曲げられたら元も子もない。
「……真央、もういいか?」
 五分ほど部屋の外で待ち、コンコンとノックをする。その様はまるで思春期の娘相手に気を遣う父親そのものだ。
「……いいよ」
 真央の声を待って、月彦は自室に入る。真央は既に部屋着のスカートと白のトレーナーに着替え終えていた。
「真央、さっきの話の続きだが、由梨ちゃんの見舞いに行こう」
「父さま、場所解るの?」
「ああ、場所は――」
 月彦は簡単に病院の場所と部屋番号を教える。
「由梨ちゃんは真央の大切な友達だもんな。勿論、真央も行くだろ?」
「うん」
 思ったよりも簡単に、真央は首を縦に振った。そうだよな、由梨子は真央にとっても親友なんだから当然だよなと月彦がうんうん頷こうとした所だった。
「でも、父さまは関係ないよね」
 さらりと、冷ややかな口調で真央が言う。
「え……」
「由梨ちゃんは確かに私の友達だけど、父さまとは何の関係も無いよね」
「そ、そういうワケにはいかないだろ。普段真央のことでいろいろ世話になってるんだから――」
「父さま、由梨ちゃんの見舞いに行きたいの?」
 じぃ、と。まるで心の奥底を見透かそうとするような眼。否――そうではない。月彦の本心を見抜こうとしているのではなく、既に決めつけている眼だ。即ち、“見舞いという名目で、由梨子に会いに行こうとしているのではないか”と。
(何を馬鹿な……)
 と思うが、真央の嫉妬は最早病気のようなものだ。説明したところで解ってもらえる筈がない。
「……解った、俺は家に居る。真央、由梨ちゃんの事くれぐれもよろしくな」
 月彦が同行を諦めた為か、真央の疑いの目が些か緩む。が、それでもまだYシャツの襟元に口紅の後を見つけた若奥様が旦那に向ける眼程度の眼はしている。
「そうだ、真央。この本を持っていってあげてくれないか。少しは役に立つかもしれない」
 月彦は鞄からエッセイ本を取り出し、真央に手渡す。真央は無言で受け取ると、ぱらぱらとページをめくりだした。まるで何かを確認するように。
「真央、何やってるんだ?」
「秘密の手紙とかが入ってないかと思って」
 俺はスパイか、と月彦は内心毒づいてしまう。病気だ、真央のこれは正真正銘病気だ。
「……真央、もう気が済んだだろ?」
 手紙が無いとみるや、今度はメッセージ文でも探しているのか入念にチェックをする真央を急かしつける。このままでは見舞いに行っている間に家に女を連れ込むのではと言い出しかねない。
「……一人で大丈夫か?」
「平気」
 玄関まで真央を見送り、送り出す。本当は真央を一人で外出させるのは不安極まりなかったが、送って行く等と言おうものなら何を言われるか解ったものではない。
「ああ、ちょっと待て、真央」
「なに?」
「由梨ちゃんに会ったら伝言を頼む。一言でいい、“無かった”って」
「………………」
 真央は眉をつり上げ、ぷいとそっぽを向いて玄関から飛び出していく。あの様子では多分、伝言は伝わらないだろう。月彦はため息をつき、二階の自室へと移動する。どうやら後日、こっそり尋ねて直に由梨子に伝えるしかなさそうだった。
 無い――とは無論由梨子に頼まれた時計の件だ。クローゼットの中は雑然としていたが、しかしそこにもそれらしいものは無かった。
 捨てたか、人の手に渡ったか。いずれにしろ、由梨子にとっての最後の望みは絶たれたことになる。
「………………」
 今頃になって、真央に伝言を頼んだ事が不安になる。真央が言わなかったのならばまだいい。真央がちゃんと伝えてしまった時――その時、由梨子が妙な事を考えたりしなければ良いのだが。
(いくらなんでも……そこまでは……)
 と思いたい。しかし少なくとも失恋のショックで食事がとれなくなる程には思い詰めているのだ。自分はひょっとしたら、崖っぷちにたたずむ由梨子の背を押すような真似をしてしまったのではないか――。
 その時、階下からがちゃりと音が聞こえた。真央にしては早すぎる。葛葉ならばただいま、という声が聞こえてくる。ならば、音の主は一人しか考えられない。
「……っ……」
 いつもならば、それこそ看守の足音に怯える死刑囚のように自室に籠もってやり過ごすところだった。が、しかし月彦は立ち上がり、自室の外に出た。ちょうど階段を上がって来た霧亜と鉢合わせになる。
「……姉ちゃん、話がある」



 

 恐怖と緊張で、今にも足が震え出しそうだった。歯を食いしばって、それを堪える。
「……何よ」
 明らかに敵意を含んだ声。夜通し遊んででもきたのか、霧亜は焦げ茶のハンチング帽の下から如何にも寝不足という眼を向ける。相変わらずの男装で、ズボンの微妙なラインなどからかろうじて男ではないと解る容姿だ。そんな格好をせずに年相応に着飾ればさぞかし――と、月彦は詮ない事を考えてしまう。
「用があるなら早く言いなさいよ。私は眠いの」
「由梨ちゃんが入院した」
 月彦の言葉に、霧亜は何ら反応を返さなかった。
「姉ちゃん、由梨ちゃんに何かしたのか」
 月彦はカマを掛けてみる。由梨子は何もされていない、と言ったが、由梨子が嘘をついている可能性もあったからだ。
 ここに来て漸く霧亜は僅かな反応を見せた。くすくすと、笑みを漏らすという形で。
「あの子がそう言ってるの?」
「……いや、由梨ちゃんは何も言ってない。俺が勝手に聞いてるだけだ」
「そう。じゃあ答える必要はないわね」
 霧亜の態度は如何にも気怠そうだった。それは単純に眠気を堪えているから、というだけではない。恐らく、本当に興味がないのだ。由梨子に対して。
「姉ちゃん、由梨ちゃんに貰った時計は……何処にやったんだ」
「さあ、何処かその辺に転がってるんじゃないの」
「探したけど、見つからなかった」
 これは、半ば月彦からの宣戦布告だった。暗に含めたのだ。不在時に勝手に部屋に入った、と。
 月彦自身、不思議だった。昨日はあれほど霧亜に事が露見するのを恐れ、手袋までしたというのに。今こうして、そのことを自らバラしてしまった事が自分でも信じられなかった。
 一つは、怒り――というのもある。由梨子が入院したと聞いても、霧亜はまるで興味を示さない。例え一時のものとはいえ、体を重ねるほど仲を深めた相手が入院したというのにだ。
「……部屋、入ったの」
 気怠そうな声だった。それ故、油断しかけた。気がついたときには、霧亜の右拳が眼前にまで迫っていた。
「っく……!」
 ケダモノのような反射神経で、月彦は咄嗟に霧亜の腕を掴む。いつもならば、呆気なく殴られている所だったが、今日は勝手が違った。
 霧亜もまた、月彦の行動が余程予想外だったのか。先ほどまで気怠そうだった眼が俄に開く。それはそうだろう、月彦とて、己が霧亜に対してこのような行動をとってしまっている事に驚いているのだから。
「……いい加減に、しろ、よ」
 怒りはある。しかし、性根に叩き込まれた“恐怖”がまだ完全には拭いきれない。絞り出すような声で、月彦は続ける。
「本気を出せば、女の姉ちゃんが男の俺に腕力でかなうワケはないんだぜ」
 ぎりっ、と霧亜の腕を握りしめる。己があれほど畏怖し、恐れてきた霧亜の手はこんなにも細かったのか。弱々しかったのか。これならば、勝てる。今すぐにでも組み伏せて、力づくで――
「……月彦」
 不意に耳に届いたその言葉が、月彦の思考を中断させる。霧亜の口から出たとは思えない程に優しい響きだった。そんな声で名を呼んで貰ったのは何年ぶりか――
「ッ……!」
 ぐい、と霧亜が腕を引こうとする。月彦は咄嗟に力を込めてそれを拒む――その刹那、今度は霧亜が腕を押し出してきて、月彦はバランスを崩す。慌てて体勢を立て直そうとした時、胸ぐらを掴まれ引っ張られると同時に足を払われる。だんっ、と廊下に俯せに体を強かに打ちつける。
「誰が誰にかなわないって?」
 げし、と肘を踏まれ、体重をかけられる。
「腕力があっても所詮愚図は愚図ね。少しばかり人が優しくしてあげていたらすぐつけあがって……月彦、また“お仕置き”してあげようか?」
「っ……!」
「今度は誰を寝取って欲しいの? 真央ちゃん? それとも真央ちゃんの母親かしら」
「待……て、真央には――ぶっ……!」
 げし、と後頭部を踏まれ、そのままぐりぐりと捻るように顔面を廊下に擦りつけられる。不意に後頭部に乗っていた足が退いたかと思えば、今度は脇腹に鋭い痛みが走る。
「がフッ……!」
「反省の言葉が聞こえないわよ、月彦。ああそう、もう由梨ちゃんに鞍替えしたから、真央ちゃんの事なんてどうでもいいのね」
 サディスティックな笑みを浮かべながら、霧亜は月彦の腹を蹴りつける。つま先がみぞおちに突き刺さり、呼吸さえままならずとても返事どころではなかった。
(まさか――)
 霧亜の言葉に、僅かに引っかかるものを感じる。ここのところの真央の異常なまでの嫉妬ぶりは、もしや霧亜のせいではないのか。影で霧亜が、真央に良からぬ事を吹き込んでいるのではないのか。
「そんなに欲しいならあの子、あんたにあげるわ。何なら見舞いにでも行って、今後一切あんたに絶対服従するように“命令”してあげてもいいわよ」
 ふざけるな、と返してやりたかった。しかし、霧亜の蹴りのせいで喋る事が出来ない。。
「ふふ、考えてみたらあんた達お似合いだわ。お互いタチの悪い女に引っかかって“初めて”を失ってる所までそっくり。……ねぇ、知ってる? あの子、私の前に付き合ってた子に脅されて、トイレの代わりまでしてたのよ?」
 愉悦の笑みを浮かべながら、霧亜は態と優しい口調で言う。
「由梨ちゃんとはもう寝たのかしら? まだなら抱きながら言ってあげると良いわよ。“この便所女”って。あんたも飲ませてやったら案外喜ぶんじゃない? アハハハハハハハハハハハハハッ!」
 芝居がかった高笑いだった。そう、愉快だから笑うのではなく、月彦に屈辱を与える為だけの笑い。
「ッ……だま、れ……由梨ちゃんに、謝、れ……!」
 ぎりっ、と歯を食いしばり、月彦はなんとか四つんばいにまで体を起こす。が、そこまでだった。痛烈なつま先蹴りがみぞおちに再び突き刺さり、月彦は廊下に轟沈する。
「謝れ? 世界中の誰でもなく、あんたにだけは言われたくない台詞ね」
「……ッ……あたるなら、俺だけにしろって、言っ――」
 また、顔を踏みつけられる、鼻を強打し、赤い飛沫が廊下を汚す。
「いーい、月彦。あんたは私に逆らう権利も、私がやる事に口を挟む権利もない。警告はこれが最後よ。次は無いわ」
 先ほどまでの高笑いも、その前の加虐的な笑みも消え、霧亜は無表情に言い放ち、霧亜は自室へと戻る。月彦は廊下に伏したまま、だんっと拳を大きく叩きつけた。




 真央は日が落ちる寸前に帰宅した。――恐らく、由梨子がそうするようにし向けたのだろう。そういう気遣いだけは行き届いている娘なのだ。
「父さま、お顔どうしたの?」
 自分なりに手当をしたつもりではあったが、やはりバレてしまった。頬の辺りには青あざがあるし、鼻血もまだ止まらないからティッシュを突っ込んだままだ。
「ん、ああこれか……ちょっと通りすがりのお姉さんに声をかけたらひっぱたかれてな……」
「…………っ〜〜ッ!」
 こらこら真央、本気にするな、と月彦は頭を撫でて宥める。
「そんな事より、由梨ちゃんの様子はどうだった?」
 愛しの真央が見舞いに行ったのだ、さぞかし上機嫌だったろう。
「……由梨ちゃんの容態が気になるの?」
 じろり、と非難するような目。しかし月彦もいつまでも譲ってばかりはいられない。
「当たり前だろ。真央が見舞いに行って嬉しそうじゃなかったのか?」
「いつも通りだったよ。ちょっと窶れてたけど……学校の話とかして、すぐに由梨ちゃんが帰ったほうが良いって言うから」
 そこで真央は言葉を切る。何かを思い出したのか、むすーっと一際不機嫌そうな顔をする。
「……一応、父さまからの伝言を伝えたの。そしたら由梨ちゃん、“先輩は来ないんですか”って言ってた。……すごく、残念そうだった」
「それは――」
 俺が行かなくて残念だったのではなく、伝言の内容で落ち込んだだけだろう、と月彦は思うが、説明が面倒なので黙る。
「次からは父さまと一緒に来るようにって言われた。……どうして?」
「……それはつまり……真央一人だといろいろ危ないからだろうな」
 言いながら、微かに顔が緩んでしまう。たとえ社交儀礼だと解っていても、あの由梨子が“今日は来ないのか”と気に掛けてくれたことが嬉しかったのだ。――そしてそれを、真央がめざとく見抜いたようだった。
「……由梨ちゃんからの伝言。“本ありがとうございます、早速読んでみます”だって。じゃあ私勉強しなきゃいけないから」
「えっ、お、おいっ……真央!」
 月彦が止めるのも聞かず、真央は一人でずかずかと二階に行ってしまう。
「……今まで勉強なんてしたことないくせに……」
 そういえば真央はちゃんと学校の勉強にはついていけているのだろうか、と不意に不安になる。真央から勉強に関する話はほとんど聞いたことがないのだ。
(そういや、真央は姉ちゃんから勉強教わったって言ってたな……)
 真央の中で、霧亜は一体どのような位置に置かれているのだろう。単なる同居人か、それとも頼れる相談相手か。
(真央まで嫌われなくて、良かった……)
 と、月彦は思わざるを得ない。娘の真央までもが、自分と同じように霧亜に迫害を受けるのは耐えられそうになかった。その時は例え過去がどうあろうと真央の盾となり、霧亜に真っ向から反撃するだろう。
「……っ……」
 しかし、本当にそんなことが出来るのか、という疑念がちくりと胸を刺す。由梨子の為に出来なかった事が、真央の時に出来るのか。たとえ出来たとしても、自分は真央と由梨子をそのように差別しているのか。
「……どうすりゃ良いんだ、畜生……!」
 いっそ霧亜を憎めれば、嫌いになれればどんなの楽か。公明正大な正義の元に霧亜を糾弾することが出来ればどんなに良いか。
(由梨ちゃんは、無視されるより嫌われてる方がマシって言ってたよな……)
 どっちもどっちだ、と月彦は苦笑する。自室に戻ろうと階段を上り掛けたところで、不意に玄関がの戸が開き、ただいまと葛葉の声が聞こえた。月彦は上がる足を止め、玄関へと向かう。
「おかえり、母さん」
「あら、月彦。珍しいわね……荷物、持ってくれるの?」
 葛葉が両手に二つずつ提げていた買い物袋を全て受け取り、台所へと運ぶ。
「ありがとう、助かったわぁ。……月彦、顔どうしたの?」
 食材を冷蔵庫に仕舞いながら、葛葉がめざとく月彦の傷に気がつく。
「ん、転んだ」
「喧嘩も程ほどにね。仲良くしなきゃダメよ?」
 転んだ、と言ったにも関わらず、葛葉は微笑みながらそんな事を言う。聞き違えたのか、それとも殴られたような傷だから勝手に喧嘩だと思いこんだのか、いずれにせよその話はそこで終わった。
「夕飯、何作るの?」
「ハンバーグだけど、ひょっとして手伝ってくれるのかしら」
「うん」
 どうせ自室に戻っても真央が当てつけに勉強しているだけだろう。ならば葛葉の手伝いでもしていたほうがいい。何より、月彦は今無性に誰かの役に立ちたくてたまらなかった。
「ふふ……本当に今日はどうしたのかしら。……わかった、もうお小遣いを使い切っちゃったんでしょう?」
「うん、バレた?」
 確かに、由梨子の見舞いに持っていった花束と本とで八割方使い切ってしまっていたから、嘘ではなかった。
「しょうがないわねぇ。でも、無駄遣いしたわけじゃないみたいだし、今回だけ……特別よ?」
 真央ちゃんたちには内緒よ?――と、葛葉は人差し指を立てて秘密、のポーズをする。どう見ても二十歳そこそこにしか見えない母親にそのようなポーズをとられて、月彦はもう愛想笑いをするしかなかった。




 夕飯の支度は思ったよりも楽しかった。作るのが好物のハンバーグだったから、というのあるが、何より何かを手伝う、人の役に立つという行為が月彦の心の救済となったのだ。
「月彦、そろそろ真央ちゃん達呼んできてくれる?」
「うん」
 真央はともかく、霧亜は寝ているだろうな――と思いながら、月彦は階段下から大声を出す。
「真央ー、姉ちゃん、飯だって」
 程なく、がちゃり、とドアが開く音がしてとんとんと足音が下りてくる。なんと、霧亜だった。
「姉ちゃん……」
 てっきり寝たものだとばかり思っていた。いや、寝ていたのだろうか、俄に目が充血しているように見えた。月彦はまた蹴られぬ様、自ら道を空けて霧亜を通す。
「真央ー! 飯だぞー!」
 再び呼ぶも、真央が下りてくる気配はない。しょうがないな、と呟いて月彦は階段を駆け上がり、自室に入る。
「真央、聞こえないのか。晩ご飯だぞ」
 真央は月彦の机の前に座り、一心不乱にペンを走らせている。この距離で聞こえないわけはないから、意図的に無視しているのだろう。
「真央、飯――」
「私、いらない」
 振り返りもせず、ぶっきらぼうに言う。
「いらないって……由梨ちゃんのところで何か食べてきたのか?」
 苦笑しながら聞くも、真央は返事を返さない。ただただ一心不乱にペンを動かし続けている。
「真央、今夜は真央も大好きなハンバーグだぞ。俺も手伝ったんだ。是非真央に食べて、感想聞かせてほしいんだ」
「食べたくない」
 またしても背を向けたまま言われ、さすがに月彦もかちんと来る。
「真央、どういうつもりだ? まださっきのことで臍を曲げてるのか?」
 月彦の方も、多少攻撃的な口調になってしまう。真央は背を向けたまま、ペンの動きだけをぴたりと止める。
「邪推しすぎだ。俺は純粋に由梨ちゃんの事を心配してるだけで、真央が勘ぐってるようなことは何もない。真央はそんなに俺が信用できないのか?」
 月彦はしばらく真央からの返事を待つ。が、数分が経っても真央は何も言わず、再びペンを動かし始めた。
「勝手にしろ」
 月彦は吐き捨て、ばたんとドアを閉める。閉めた後で猛烈な後悔が襲ってくる。
(……最低だ、俺……)
 霧亜には人にあたるな、と言っておきながら、自分は由梨子と霧亜のことが上手く行かないイライラを真央にぶつけてしまっている。かといって、今すぐ戻って謝る気にもなれない。真央も悪い――という気持ちが、少なからずあるのだ。
 月彦は結局階下にもどり、葛葉に真央の夕食はいらない旨を告げた。
「そう。真央ちゃんも年頃だもの、そういう日もあるわよ」
 葛葉はいつでも大らかだ。うんうんと笑顔で頷き、そして晩餐が始まる。
 会話は決して多くはない。それも喋るのは月彦と葛葉ばかりだ。霧亜は黙々と箸を進め、己の膳を平らげていく。まるでこの夕食への参加は不本意で、ただ葛葉への家族としての義理を果たすため――そんな印象を月彦は覚えた。
「どう? 霧亜。美味しい?」
 月彦とばかり話すのに飽きたのか、不意に葛葉が霧亜にふる。霧亜は答えず、ただこくりと頷いた。
「よかったわぁ、今夜のはね、月彦が手伝ってくれたの」
 ぴくり、と霧亜の箸が止まる。そしてそのままテーブルの上に箸を置き、席を立つ。
「ごちそうさま」
「霧亜!」
 吐き捨てるように言い残し、霧亜が階段の方へと消えようとした時、不意に葛葉が大声を出した。そのあまりの音量にテーブルに居た月彦までもがびくりとのけぞった程だ。
「……後で私の部屋に来なさい。いいわね?」
 霧亜は俄に足を止めたが、返事は返さずに階段を上っていく。
「全くもう、あの子ったらこんなに残して……」
 ふう、と葛葉がため息をつく。そういえば葛葉は大らかの見本のような母親だが、“お残し”については厳しかったな、と月彦は懐かしいことを思い出す。
(勿体ないお化け、か……)
 きちんと食べないと勿体ないお化けが来る――幼い頃はそう脅されてむりにでも食べたものだ。自分がそうだったのだから、霧亜もきっと信じていた時期があったのだろう。あの霧亜が――と考えると、少し微笑ましく思ってしまう。
「……話って、姉ちゃんなにかしたの?」
「ん……最近あの子、ちょっと夜遊び多いでしょう? 少し注意しておいたほうがいいかな、って思ったの」
「へぇ……母さんでもそういうこと考えるんだ」
 外泊する、の報告にも二つ返事でOKする母親の意外な一面を見た気がして、月彦は少し感心してしまう。
「月彦、貴方もよ。くれぐれも……責任をとれないようなことはしちゃだめよ?」
「う、うん……解ってる」
 どきっ、と胸が弾んだのは雪乃との事を思い出したからだった。そうだ、ああいうことは慎んだ方がいい――うんうんと頷きながら、月彦は肝に銘じた。




 別に勿体ないお化けが恐かったわけではなく、単純に自分が作った料理を捨ててしまうのが嫌で月彦は霧亜の残した分まで食べてしまった。
(エネルギー充電百二十%って所か――)
 本来ならばうきうきうずうずして真央と一緒に風呂へ、或いは寝室へと向かう所だが今日は勝手が違う。何せ真央の機嫌がああなのだ。
(でも、真央だって昨日はしていないんだから、したい筈だよな……)
 他ならぬ自分が、真央を抱きたくてうずうずしているのだ。食欲を満たした後には性欲を――とはよく言うが、今の月彦はまさにそんな感じだ。 
 食器洗いを手伝い終え、秘密の小遣いを貰った後で月彦は自室へと戻る。ドアを開けると、真央はまだ勉強をしていた。
「なんだ、真央。まだ勉強してたのか」
「うん、試験が近いから」
 言われて、気がつく。そういえばもうすぐ中間試験ではないか。
「そうか。何処か解らないような所はないか?」
「大丈夫」
 つれない返事だった。しかし月彦は食い下がる。
「真央、勉強で疲れたろ。一端休憩入れて風呂にでも入らないか?」
「いい、後ではいるから」
「真央と一緒に入りたいんだけどなぁ……」
 ぴたっ、とペンが止まる。にょきっと伸びた狐耳がぴくぴくとまるで背後の様子をうかがうように蠢き出す。
 ほらみろ、もう一押しだ――と月彦がほくそ笑みかけた時だった。
「父さま一人で入ってきたら?」
 これまた真央の口から出たとは思えない言葉だった。そんな馬鹿な、と月彦は思わざるを得なかった。
「真央、いつまで臍曲げてる気だ? 由梨ちゃんの事は誤解だって、何度も言ってるだろ?」
「父さまこそ、私になんか構わないで由梨ちゃんに電話でもすればいいじゃない」
「真央……」
 月彦は口を開きかけて、止めた。今の真央には何を言っても無駄だろうと判断したのだ。少し時間を空けて、改めて説得した方が良さそうだった。
「解った。一人で入ってくる」
 月彦は着替えを用意し、自室を出る。出る間際、ちらりと後ろを振り返ったが、真央の後ろ姿しか見えなかった。


 深夜。月彦に背を向けるようにして寝ていた真央はむくりと体を起こした。暗い室内で、獣のそれのように輝く目で、そっと月彦の様子を観察する。
 寝ている――と判断し、真央はそっとベッドを抜け出した。足音を立てぬ様、抜き足差し足で部屋から出る。
 昼間はなんとも思わぬ廊下の軋みすら遠慮がちに鳴らし、真央は階下へと降りた。目指すは台所。冷蔵庫だった。
 きゅうーっ、とお腹が鳴る。成長期の体はどこまでも貪欲だ。ただ一食を抜いただけで夜も眠れない程にお腹が減ってしまう。
(……父さまが、悪いんだ……)
 自分をぞんざいに扱い、由梨子の心配ばかりするからいけないんだと。真央はぶうと頬を膨らませる。
 心配させてやろう、と思った。自分も由梨子と同じく食事を拒否すれば、きっと月彦は心配するだろう。真央、真央と構ってくれるだろう。
 しかし、その目論見は巧くいかなかった。月彦は心配するどころか怒りを露わにし、勝手にしろとまで言ったのだ。
(父さまは私より、由梨ちゃんの方が大切なんだ)
 由梨子から聞いたのだ。月彦が何故入院の事実を知り、病室の場所まで知ったのか。由梨子の家まで尋ねて行き、弟から情報を聞き出したことを。
 変だとは思ったのだ。入院の事だけなら学校で知ってもおかしくない。しかしその入院先まで知るには、何らかのアクションを起こさねば無理な筈だ。そして事実、月彦は行動していた。そして、真央にそのことを隠した。
 さすがに真央も、月彦が由梨子と具体的に浮気――つまり肉体関係にあるとまでは思っていない。そんな事は由梨子の現状を見れば瞭然だ。とてもそんな事をする体力が残っているようには見えない。
 しかしそれでも、月彦が自分以外の女に好意を――たとえそこまで行かなくても、気に掛けている、というだけで真央は不愉快になってしまう。自分でもどうにもできないイライラが胸の奥から沸いてきて、止まらなくなってしまうのだ。
(父さまが心配してくれるまで、ご飯食べてあげないんだ)
 真央はそう心に決めた。夕飯は勿論、朝も昼も抜く。抜きたいが――しかし、食事を抜くという事は真央が思ったよりも辛く、厳しいことだった。その為真央は苦肉の策に出ることにした。即ち、“こっそり食べる”ことにしたのだ。
 冷蔵庫を開ける。ラップをかけられた皿の中にハンバーグが五つある。それとは別の皿にはハンバーグが二つにキャベツ、茹でたニンジンとブロッコリーが盛られている。これは恐らく、真央の分として作られたものだろう。
 冷蔵庫の中を見ながら、真央は悩む。これをそのまま食べてしまったら、夜中に自分がこっそり起きて食べたことがバレバレだ。なんとか巧く誤魔化さねばならない。
(こっちのハンバーグなら……)
 恐らく、朝食用にととってある五つ。これが一個減っただけならばわからないのではないか。真央は涎が溢れそうになるのを抑えながら皿を取り出し、ラップを外す。ちらり、と視線を走らせた先は冷蔵庫の上の電子レンジだった。暖めた方が美味しいに決まっているが、葛葉に気取られる可能性がある。
 結局、真央は直接食べる事にした。冷たいハンバーグは焼きたての味に比べるべくもなかったが、それでも空きっ腹にはありがたすぎる味だった。あっという間に一個を食べ終えてしまい、またお腹がぎゅうーっと鳴る。
 成長期なのだ。普段からも成人男性並に食べ、日に日にすくすく成長している真央にとって、ハンバーグ一個きりというのはあまりに酷な食事量だった。
(もう一個くらいなら……)
 五つが三つに減っても、大丈夫なんじゃないか。確かに葛葉は少なくは感じるだろうが、それが真央によるものとまでは解らないのではないか。だったら――と、ハンバーグを掴んだ瞬間、突然視界が真っ白になった。
「ハンバーグは温めた方が美味しいぞ、真央」
 ビビッ、と尻尾の毛が逆立つほど驚き、真央は恐る恐る振り返る。台所の照明スイッチの側に月彦が呆れたような顔で立っていた。
「と、父さま……」
「解ってる。お腹が減ってるんだろ。すぐに準備してやるから、待ってろ」
 真央は身を縮こまらせ、顔を赤くしてこくりと頷いた。


 真央がベッドを抜け出したのは、すぐに解った。何故なら月彦は眠ってはいなかったからだ。
(二晩もしないと、さすがに――)
 目が冴えてしまうのだ。出来ればすぐにでも隣で寝ている真央を襲いたかったのだが、これ以上機嫌を損ねてはならないとひたすら自重を続けていた。
 そんな矢先、真央がベッドを抜け出したのだ。最初はトイレかとも思ったが、帰りが遅い。それで様子を見に来たら――
「どうだ、真央。美味いか?」
 真央は控えめにこくり、と頷く。食卓には保温していたご飯にレンジで暖めなおした真央用のおかずがある。真央はばつがわるそうにそれらを食べている。
「お腹が減っているのなら、夕飯の時にちゃんと来ればよかったんだ」
「……あの時は、食べたくなかったの」
「本当にそうか? 意地を張っていただけじゃないのか」
 ふう、と月彦はため息をつく。
「真央はいい。きちんとお腹が空いて、ちゃんとこうして食べられる。でも、それが出来なくなった子もいるんだぞ」
「由梨ちゃんのこと?」
「ああ。食べなきゃ生きていけないのに、食べられない。無理に食べても吐いてしまう。それって凄く辛いはずなんだ」
「……うん」
「だから俺は心配をするし、気にもかける。それは当たり前の事で、決して由梨ちゃんだから心配しているわけじゃない。解るな?」
「……………………うん」
「だから明日は俺も一緒に見舞いに行く。いいな、真央?」
「……………………」
「どうしてそこで黙るんだ……」
「だって……お見舞いに行ったら、由梨ちゃんともお話するんでしょ?」
「そりゃあな」
「……して欲しくないの」
 箸を咥えたままじい、と月彦の方を見てくる。いじらしい仕草ではあるが……。
「真央、さすがにそれはどうかと思うぞ。真央とはこうしていつも一緒にいて、一番喋っているんだから、由梨ちゃんとも少しくらいいいだろ?」
「父さまの言ってることは解るの……。でも、だめなの。父さまが他の女の子と話してるのを見ると……」
「……困ったな」
 やれやれ、と月彦はまたため息をつく。これはもう、正攻法で説得しても無駄かな、とさえ思える。
(“治療”が必要かもしれないな……)
 真央の嫉妬の激しさはほとんど病気の域だ。早めに何とかしないと今後ますます悪化する可能性もある。
「……ごちそうさま」
 食事を終えた真央が箸を置く。
「お腹一杯になったか?」
「うん」
「そうか。……真央はもう、すぐ寝るのか?」
 月彦は暗に含める。そして真央にも、その言葉の意味がすぐに通じたようだった。
「父さまが、起きてるなら……私も起きてる」
 ちらり、と意味深な目で月彦の方を見る。昨日もしてないのだ。空腹さえ収まれば、次に体が何を求めるか――親娘ゆえになんとも似通っている。
「わかった。じゃあ俺は先に部屋に戻ってるから、真央は自分の食器をきちんと洗ってから来るんだ。いいな?」
「う、うん……」
 月彦の言葉で体に火がついてしまったのか、どこか挙動不審気味に真央は立ち上がり、自分の食器を流し台へと運ぶ。その後ろ姿を、月彦は“牡”の目でじっくりと眺める。
(……ほんと、良い体になってきてるなぁ…………)
 つくづく真央は成長期なのだと実感する。そりゃあお腹が空いてたまらないだろう、としみじみ思う。
(今夜は、いっぱい“栄養”をつけさせてやるからな、真央…………)
 そこではた、と月彦は思う。栄養か――それも悪くない。突如己の頭に浮かんだ案にほくそ笑みながら、月彦は自室に戻るのだった。



 

 

 


「父さま、終わったよ」
 洗い物を終え、真央は早足に月彦の部屋へと戻った。既に、うずうずと体がうずき始めている。
 月彦を心配させる試みも失敗に終わった。食欲に負けてお腹一杯食べてしまった今となっては――もう、意地を張っても仕方がない。
 それに、月彦が言う事も尤もかなとも思ったのだ。食事がとれない――食べ物がとれないということは確かに辛いことだ。由梨子は大変だと思う。月彦が心配するのも無理はない、と。
 しかし理屈ではなく、感情で許せない。月彦がほかの女の子を見るのが、話をするのが。それ以上の事などもってのほかだ。
 同時に、それほど好きな月彦から暗にモーションをかけられれば、体の方が反応してしまう。先ほどだって、風呂に入ろうと誘われて危うく気持ちが崩れてしまいそうになった程だ。
(父さまと、したい……)
 一晩我慢した体は早くも火照り、愛撫を欲しがっている。頭の中は月彦に犯される妄想で一杯になり、腹部を中心に下半身がじぃんと痺れてくる。
「真央、こっちに来い」
 言われるままに、ベッドに腰掛けている月彦の隣に座る。くたぁ、と月彦にもたれるように体を任せ、熱っぽい吐息を吹きかける。全身で表現するのだ。自分は今、発情しているのだと。
「ところで真央。念のためもう一度聞くが――……本当にもうお腹一杯なのか?」
「うん、いっぱいだよ」
 もどかしかった。そんな言葉より、早く唇を塞いで欲しかった。ベッドに無理矢理押し倒して、胸をこね回されたかった。
「そうか。……一応、デザートも用意してたんだけどな」
「デザート?」
 何だろう――と考えた瞬間、ぞくり、と背筋が冷える。今宵の月彦は、何かをたくらんでいる。
「デザートって……何?」
 問いながら、真央は呼吸を乱してしまう。怯えよりも強い期待に、尻尾がそわそわと蠢いてしまう。
「まあ、そうもったいつけるようなものじゃない。真央もよく知ってるものだ」
 そう言って、月彦が見せたのはビー玉ほどの大きさの丸薬だった。確かに、それが何か真央が知らぬ筈は無かった。母親が作っていたのを見よう見まねで、自分が作った代物なのだから。
「真央、昨日シてないから溜まってるだろ。……今、これを飲ませたら、どうなるんだろうな」
「えっ……」
 尾の付け根から、ぞくりと、快感が身体を貫く。自分で作った薬だ。それを飲めば、どうなってしまうかなど分かり切っている。ただでさえ発情してしまっている今、こんなものを飲んでしまったら――。
「口を開けろ、真央」
 背中に手を回され、抱き寄せられる。眼前に黒い丸薬をつきつけられ、命令される。
「だ、だめ……父さま、やめ、て……」
「何言ってるんだ。これは真央がくれた“栄養剤”だろ? 毒でも何でもない」
「で、でも……」
「それとも、真央は自分が飲めないような薬を俺に持たせていたのか?」
「……そ、それ、は…………」
 そう言われては、返す言葉が無かった。もう一度口を開けろ、と命令されて、真央の口は自分の意志に逆らって開いてしまう。……そのように調教されてしまっているのだ。月彦に命じられれば、自分の意志など関係なく身体が従ってしまうように。
 口の中に丸薬がいれられる。舌の上に乗ったそれから、微かに甘い味がするのは、練り固めた薬を糖で包んでいるからだ。甘い味がしているうちに吐き出せば、効果は発揮されない。が――。
「飲み込め」
「……んっ」
 命令され、飲み込んでしまう。
「……ぁっ……」
 まだ、糖衣は溶けていない筈。なのに、火のついた炭を放り込まれたように身体の内側が熱い。みるみるうちに、頭がぼう……ととろけてくるのが解る。
「と、父さま……私……」
 もう、我慢できない――と、身をよじりながら真央が言おうとした時だった。月彦はポケットから小さな布袋を取り出し、それをひっくり返して掌の上に中身を全て出した。
「まだ四つあるな」
「え…………」
 意味深な月彦の言葉に、ぶるっ、と尻尾が震える。まさか――という思いに、真央は思わずベッドの上で月彦から距離を取ろうとしてしまう。
「さあ真央、飲むんだ」
 しかし、そんな事は月彦が許さない。逃げようとした真央を押し倒し、両腕を頭の上で交差させて押さえつけ、真央の口元に薬を突きつける。
「だ、だめっ……父さま、そんな……二粒も一気に飲んだりしたら……」
「二粒? 何言ってるんだ。全部真央が飲むんだ」
「ひっ……」
 真央は演技ではなく、半ば本気で怯えた。月彦は、本当に自分に五粒全て飲ませようとしているのだ。
「五粒なんて……そんな量飲んだら……死んじゃう……」
「大丈夫だ。五粒くらいなら理性がぶっ飛んでケダモノになるだけで死んだりはしない」
「えっ……?」
 まるで試したことがあるような口調に、真央は思わず疑問の声を出してしまう。
「…………って、真狐が言っていた。だから大丈夫だ、真央」
「で、でも……母さまの薬と、私の薬じゃ……ぜ、全然違う、から……」
「真央の薬のほうが効かないってのか? じゃあ尚更大丈夫じゃないか」
 違う、逆なのだ。母親の、真狐の薬はきちんとした分量で調合された薬で、自分の薬はそれをまねただけのもの。正確な分量など解る筈もなく、よって薬によっては真狐の薬以上の催淫効果をもたらしたりもする。
 しかし、月彦はそんな事は全くお構いなしのようだった。
「真央、飲め」
「……っ……ま、待って、父さま……ひ、一つだけ……私のお願い、聞いて?」
「なんだ?」
「さ、三粒は私が飲むから……残り一つは、父さまが…………」
 これが、真央に出来る最大の譲歩だった。真央が何より恐れるのは、薬の過剰摂取による理性喪失でも、発狂死でもない。薬の効果が最大限発揮され尚かつ正気を失わなかった時、いつぞやのように月彦に放置される事なのだ。
 月彦も薬を飲めば、絶対にそれはない。だから真央は、これだけは譲れないと交渉する。
「……成る程、な。解った、俺も一粒飲もう。それなら、真央も飲むんだな?」
「う、うん……」
「よし。じゃあまずは真央が三粒飲むんだ」
 月彦が一粒ずつ、真央の口に丸薬を含ませる。真央は立て続けに三粒、飲み干した。
「つ、次……は……父さまの番、だよ?」
 既に最初の一粒の効果が出始め、はあはあと息を荒くしながら真央は急かす。解ってる、と月彦は微笑を浮かべ、丸薬を口に含む。そして――
「んんんぅ!?」
 唐突のキス。舌と共に何かが真央の口の中に押し込まれ、真央は反射的にそれを飲み込んでしまう。
「……やっぱり気が変わった。悪いな、真央」
 いつになく悪い笑みを浮かべる父親に、真央は反論をしようとした。が、それは――
「ぁぁぁぁぁぁッ……!」
 身体の奥底から沸き起こる強烈な衝動と、痺れにも似た快感によって意味のない喘ぎに変わってしまう。
「ぁっ、ぁっ、ぁっ……ぁッ!」
 パキパキと、糖衣が割れて中からどろりとした媚薬が溢れ出し、それが全身へと伝播していくイメージ。爪の先まで性感帯にされていくようなその圧倒的な力に、真央はぶるぶると身体を震わせベッドの上にうずくまる。
 はあはあと、いくら呼吸をしても息苦しい。酸素が全く足りない、頭がぼうっとして何も考えられなくなる。
「もう効きだしたのか。さすがに早いな……」
 呆れるような、それで感心するような月彦の呟き。不意に、パジャマの上からぎゅうっ、と乳房を掴まれる。
「きゃあっあぁっあッ!!」
 悲鳴にも似た声を上げて、真央はいきなり達してしまう。月彦は真央がイッてしまった事に気がついていないのか、それとも気づいた上で無視しているのか、そのままぎゅうっ、ぎゅうっと豊満な乳房をこね続ける。
「あっ、ぁっ、あうッ、あうッ!!」
 月彦が手に力を込めるたびに、真央の身体はびくんっ、と勝手に撥ねてしまう。度を超した快感に身体がついていけず、電気ショックでもされているかのようにびくん、びくんと跳ね続ける。
 くすっ、と含み笑いを残して、月彦が手を離す。
「んぁ……」
 途端、焦れる。先ほどまで掴まれていた右乳房の当たりがじぃんと熱くなり、うずうずしてくる。
「やぁっ……だめっ、して……!」
 真央はろくに焦点も合わせられない眼で月彦を見上げ、訴える。
「もっとして、触ってぇ!」
 力の入らない四肢を総動員して、真央は這うようにして月彦に縋る。が、月彦はあっさりと真央の手を振り払い、ベッドから立ち上がってしまう。
「慌てるなよ、真央」
 いつもの月彦の口調ではない、冷たい声。
「夜はまだ長いんだ。……じっくり、可愛がってやる」
 媚薬で限りなく敏感にされてしまった身体。そこへの期待を誘う声に、尾の付け根から快感がゾクリと身体を貫き、真央はイッてしまった。 


「ぁ、んぁ……とう、さまぁ…………」
 熱に魘されたような声。真央はとろんと蕩けた目で月彦を見上げてくる。
 室内にはひっきりなしにはあはあと真央の荒い呼吸音が木霊し、その湿った吐息に部屋の湿度まで上がっている様に月彦には感じられた。
(まずい、な……)
 くらくらする頭を振り、必死に正気を保ちながら、月彦は己の目算が甘かった事を認めざるを得なかった。
 ベッドに横たわる真央。パジャマ姿ではあるが、それがもうほとんど汗でぐっしょりと濡れている。放っておくと真央が自ら自慰を始めてしまうから、両手は後ろ手にタオルと紐で縛ってある。
 本当ならば、こうして真央を焦らした上で、“説得”を試みる筈だった。多少卑怯な策だとは思ったが、真央の病気とも思える嫉妬ぶりを直す良い方法が他に思いつかなかったのだ。
 しかし、計算違いが起きた。それはひょっとしたら一端口に含んだ丸薬を微量ながら接種してしまった為かもしれないし、可愛くてたまらない愛娘の発情した姿を見ているからかもしれない。
 とにかく、焦らそうにも月彦のほうが真央を抱きたくて抱きたくてたまらなくなってしまったのだ。
(あと、このエロい匂いはなんだ)
 何の香り、と具体的に分別不可能な匂いが、部屋中に充満していた。恐らくは、極度の発情状態に陥った真央の身体から発せられる強烈なフェロモンだろう。息をしているだけで、正気を失いそうなほどに興奮、猛らされてしまう。
 換気をしようか、とも思ったが、そんな事をすれば例の術が効果を成さなくなってしまう。今の真央に声を抑えろというのはあまりに無理な相談に思えた。
「父さまぁ……は、やく…………」
 しゅっ、しゅっ……と太股を擦り合わせながら、真央が誘う。月彦はまるでその声に誘われるように、真央の身体に被さる。
(くっ、そ……!)
 気がつくと、真央だけでなく自分までがはあはあとケダモノのような呼吸をしている。月彦は真央の肩を掴み、ベッドに押し倒してその胸元をまさぐる。
「あはぁぁぁぁっ……!」
 聞いているだけで下半身がギンギンになってしまいそうな、蕩けた声。無論、声を聞く前からすでに寝間着のジャージをつきやぶらんばかりにそそり立っているのだが。
「んんぅっ!」
 そのまま、物欲しそうな真央の唇に食らいつく。
「んちゅっ、んっ、ちゅっ、んっ……ちゅむっ、んぷっ、んんっんっ!」
 ぴちゃぴちゃと汚らしい唾液の音を立てて、互いに唇を貪り合う。真央の唾液は例の媚薬の味がしたが、月彦は頓着しなかった。
「はっあむっ、んっ、むっ……んっくっ……ちゅっ、んっ……!」
 何処までも貪欲に、呼吸を忘れて舌を絡め合う。酸素不足で頭痛がするほどキスをしあって、漸く月彦は唇を離した。
「ふはぁぁぁぁっ……」
 とろりと、唾液が二人の唇の間で糸を引く。大きく息を吸った後は、またキス。今度は舌を絡めながら、両手で真央の胸元をまさぐる。
「んんんぅーーーッ!!」
 びくびくびくっ!
 真央が喉を鳴らし、身体を撥ねさせる。イッたな……と、心の内で呟きながら、ややぐったりした真央の舌を一方的に嘗め回し、吸う。
「んんっぁっ、んぁっあぁぁあっ……!」
 舌を絡めながら、パジャマ生地の上から堅く尖った突起を指で擦り、爪で引っ掻く。真央がブリッジをするように、月彦の下で暴れるが、構わずイジリ倒す。
 胸を弄られて真央が喉奥で悲痛な叫びを上げること数回、漸く月彦は唇を離した。月彦を見上げる目はキスをする前よりも数段トロけ、恍惚としていた。
「く、そ……だめだ……」
 たまらず、月彦は真央の肩の当たりの生地を掴み、強引に肘の当たりまで引っ張って上半身を露わにする。ぴんっ、ぴんとパジャマの前のボタンがはじけ飛び、たぷんっ、と真狐譲りの巨乳が顔を出す。
「はあ、はあ……真央の胸……エロすぎ……」
 服を脱がすと、先ほどよりも一掃濃い匂いが鼻を突く。毒気にも近いそれにあてられ、月彦の頭がくらりと揺れる。
「とう、さま……? きゃんっ!」
 ぴんぴんに勃起した乳首をいきなり口に含まれ、嘗め回されて真央が悲鳴を上げる。
「ぁぁぁぁぁっ……とう、さ、まぁ……んぁああっ!」
 両腕が自由であれば、きっと月彦の髪を掻きむしっただろう。それほどに、真央は身を激しくよじりながら喘ぎを漏らす。
「んぷっ……ぷふぅ……真央、真央っ……!」
 月彦は飢えた乳飲み子のように貪欲に、真央の乳首に吸い付き、舐める。時折軽く噛んでは真央に声を上げさせ、その後は労るように乳房全体を舐める。
(舌が……痺れちまいそうだ……)
 真央の唾液だけではない。肌に浮いた汗の玉までもが、媚薬の味がする。真央の肌を舐めれば舐めるほど、それを接種してしまって猛ってしまう。
「あっあぁああっあっ、はぁぁぁっ……! だ、だめぇっ……父さまっぁ……ぁぁあっっ、む、ね……だめええっ!」
 真央がいくら声を上げ、身をよじっても月彦は愛撫を止めない。舐め、吸い、唾液まみれにした白い巨乳をこんどはこれでもかともみくちゃにする。真央がイこうが、大声で戦慄こうが些かも加減はしない。
「とう……さまぁ……どう、したの……? とうさま………んぅっ………薬、飲んで、ない、のに……あんっ……!」
 さすがの真央も、月彦のいつにない発情っぷりを疑問に思ったようだった。真央の問いに、月彦はちゅぱっ、と音を立てて漸く乳房に吸い付いていた口を離す。
「うる、さい……真央が、そんなにエロい匂いさせるから、だろうが……」
「え、エロい匂い……って……私、そんな……」
「自覚が無いのか。こんなに、男を狂わせるような、ヤりたくてヤりたくてたまらなくなっちまうような匂いさせといて……」
「えっ、嫌っ……やっ――!」
 月彦は咄嗟に、真央の股ぐらに顔を埋め、すんすんと鼻を鳴らす。真央は顔を真っ赤にして慌てて足を閉じようとするが、意味が無い。
「やああっっ、止めて、父さま! そんな所の匂いなんて嗅がないでぇ!」
 真央の懇願も空しく、月彦は真央の股ぐらに顔を埋めたまま態と真央が聞き取れるほどにあざとく鼻を鳴らし続ける。
「ううぅっっぅぅ………………」
 真央はキツネ耳を伏せ、必死にその音から逃れようとする。しかし、ただでさえ人のそれより性能の良い耳は嫌でも音を拾ってしまうし、己の股ぐらにぐりぐりと押しつけられる鼻の感触が己の匂いを嗅がれているということを忘れさせてくれない。
「ぷはぁぁぁぁっ……真央の匂い……たまんねぇ…………………」
 月彦は顔を上げるなり、血走った目でぎろりと真央を見る。ひい、と真央が怯えるほどにケダモノめいた目だった。
「真央、ヤらせろ」
「やっ、やぁ………父さま、こ、恐い………きゃんっ!」
 真央の意見などもとより聞く気ない、とばかりに月彦は真央を俯せにさせ、その尻尾を掴んでぐいと尻を持ち上げさせる。
「ふーっ、ふーっ………!」
 己の衣類を忽ち脱ぎ捨て、真央のパジャマズボンに手を掛ける、ぐい、と膝まで引き下ろすと、上を脱がせた時よりも数倍濃い発情した牝の匂いが室内に広がる。
 月彦はごくり、と唾を飲んで真央の尻に手を宛い、ぐにぐにと揉む。揉みながら、親指でくぱぁ、と秘裂を割り開き、溜まっていた蜜を滴らせる。
「やっぁぁぁぁ……」
 ヒクつく膣を見られるのが恥ずかしいのか、真央が尻を振ってイヤイヤをするが、無論月彦は聞き届けない。それどころか――
「ぁっ、やぁあああああああァァアッ!!!」
 割り開かれた秘裂、そこに月彦は鼻面をつっこみ、じゅるじゅると蜜をすすり上げる。普段のそれよりも濃厚な牝の愛液は同じく発情している牡にとって至上の甘露。月彦はごきゅごきゅと喉を鳴らして蜜を啜り続ける。
「ぷはっ……」
 口を離したそこからとろりと垂れる蜜を指先で掬い、絡め取る。
「見ろ、真央。……薬のせいかな、蜜までローションみたいにトロットロだ」
「っぅ…………」
 真央の眼前でにゅぱぁ、と指を開いてトロけ具合を見せ、真央が目を伏せた刹那、いきなり剛直を突き入れる。
「えっ、あっあぁっぁぁぁぁぁぁぁぁあッッ!!!!」
 ごちゅっ、と根本まで剛直を入れるや、真央が嬌声を上げてびくんっ、びくんと身体を揺らす。
「う、はっ……真央のナカ……たまんねっ……まるで発情期みたいだ」
 熱く猛った剛直よりも数段熱い真央の膣。さらに極上の肉襞がローションのようにトロットロの蜜ごとからみつき、締め付けてきて月彦は忽ち射精してしまいそうになる。
「あっあっ、あぁぁあっあっ……ひぃっ、ぁっ…………そ、っ……な……と、……さまっ、いき、なり……あひぃぃいいいッ!!!」
 月彦は腰のくびれを掴み、いきなり腰を使い始める。真央が悲鳴を上げるのも聞かず、ただただ真央の膣の感触の虜となる。
「ああぁっあっ、ひうっ! んっあっ、あぃっいっ! んっ……やっ、ひぁっ、ふっ……んんんぅ!!! あぁっあっ、やあっ、と、さまっ……ちょっ、待っ…………やめっっ……あっ、あァーーーーッ!!!!!」
 ぐりんっ、ぐりんと剛直でかき回すたびに、真央が尻尾を立てて甲高い声で鳴く。びゅるっ、と結合部から熱い汁を迸らせ、いったんはくたぁ……となるが、それも月彦が突き上げるまでのほんの刹那の休息。
「す、っげ…………ぎゅうっ、ぎゅうっってッ……ま、真央っっ…………!」
 あまりの具合の良さに、たまらず月彦は腰の動きをどんどん早めてしまう。過去最短ではないか、という早さでごちゅっ、と真央の膣奥を小突き、どくどくと牡液を迸らせる。
「ぃあッ…ひっ………やっ、出て……ああっあぁああああッ!!!!」
 ぶるるっ、と身体を震わせ、真央が今までにないほどに締め付けてくる。まるで、精液を搾り取ろうとするかのような動きに、月彦は歯を食いしばって意識を保つ。そうせねば、気を失ってしまいそうなほどの度を超した絶頂だった。
(やっべぇ……絶対これ、俺にまで薬が回ってる…………)
 射精後特有の脱力感。頭に霧がかかるかのような気怠さの中でそんな事を思う。思いながらも、月彦は己の牡液をたっぷりと発情した牝の膣内に塗りつける。
 ぬちょっ、ぬっ、ぬぷっ――ローションのような愛液によって薄まった白濁が漏れ出すのも構わず、徹底的に塗り込む。
 この牝は、俺のモノだ――そう、主張する。
「ああっ、あっあっ、あっ、あ、あ、あ、あ、あ、あ………………」
 背後からぎゅうと抱きしめられ、マーキングをされている真央がそんな、震える声を出す。月彦はその腕の中で、真央の身体がかぁぁと発熱するのを感じる。
「……どうした、真央。まさか……中出しされて、ますます発情しちまったのか?」
「んっ、ぁっ、あっ……ぁっ……ち、が…………う………………んぁああッ!!」
 否定する真央のナカを、こちゅんと軽く小突いてやる。
「あぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁぁ……………………」
 発情した牝の甘い声が、月彦の心までとろけさせ、ゾクゾクさせる。また犯して、中出ししてやりたくてたまらなくなる。
「真央……動く、ぞ……」
「ひぁっ……?……やぁっ……らめっ……あひぃいいッ!!」
 身体を起こし、ごちゅんっ、と突く。くたぁ、となっていた尻尾が一瞬でぴんっ、とそそり立ち、ぞわぞわと毛を逆立ちさせる。
「ぁあああっ! と……さまっ……やぁあっ、ひあっ、あっ、んっ! はああっあっ、んっあっあっあっあッ!!!」
「っ……凄い、声だな……真央が、すっげぇ気持ちよくてたまんないってのが、聞いてるだけで、解る、ぞ……」
 何故なら俺もだからな――と、月彦は口の中で呟く。以前発情期の真央を抱いたが、今の真央の具合の良さはそれ以上だった。恐らくは、過剰摂取した媚薬が体液に混じって放出され、月彦のほうまでその影響を受けているのだ。
 現に、先ほど真央の蜜を啜ってからというもの身体が熱くてたまらない。挿入している剛直がじんわりと熱を持ち、感度が格段に跳ね上がってしまっている。
「ふーっ……ふーっ……真央っ…………真央ッ!」
 腰をつかいながら、真央の身体に抱きつき、両手で巨乳をもみくちゃにしながらベッドに押し倒し、ぐりぐりと膣奥を擦る。後ろ手に縛られている真央は抵抗も出来ず、ただただ身をよじり、悸くだけ。
「やあぁあああっひあっ!ああっひぅっんっ! あっひぃぃっ! ああぁあっ……らめっ、らめえええっ! とう、さまっ……そんなっっあひィッ!! あぁああっっ、らめっ……わた、し……死んじゃうっ……狂っちゃうッ……!」
 真央の悲鳴に、月彦がふいにくすり、と笑みを漏らす。
「……そう言えば、俺が止めると思ったのか?」
 逆だ、と月彦は呟き、ぐい、と真央の頭を掴んでベッドに押しつけ、そのキツネ耳に唇を寄せる。
「真央がそう言えば、俺はこう考えるぞ。“狂いそうなほどに気持ちいいのか、じゃあもっと頑張ろう”ってな」
 ひぃ、という真央の声を無視して、月彦は体を起こし、一気にスパートをかける。ぱちゅんっ、ぱちゅんと蜜を飛ばしながら突き、それがぱぱぱぱぱと断続的な音へと変わっていく。
「いぁぁぁあッッ! あうっあっぃっっんんぅっ! ぁっ、ぃっ、らめっ、らめっ……と、さまっ……らめっあああっんあっあっぃあっああっあっあっァ!!!!」
「ほんと真央はいい声で鳴くなぁ……安心しろ、また、中でたっぷりと出してやるから」
 剛直を根本まで押し込み、ぐいぐいと押しつけながら囁く。
「ら、め……また、中になんて出され、たら……私、本当、に……あああぁああッ!!」
 しかし、真央の言葉が聞き届けられる筈もない。月彦は真央の尻を掴み、ぐにぐにと捏ねながら己が最も気持ちいいと思う腰使いで高みへと登っていく。
「はぁっ……はぁっ……真央っ……真央っ…………真央ッ!!」
 中出しをされ、一掃熱を帯びた真央の膣内。その肉襞の動きまでもが活発になったのか、初回よりも遙かに持つ筈の二度目すらすぐに限界を感じる。
 極上の膣肉の感触はなんとも形容しがたい。腰を動かすたびに下半身が溶けて無くなってしまいそうなほどの快楽が脳髄を貫く。真央の悲鳴のような嬌声がまた、耳に心地よい。月彦には解っている。こうして嘆願など一切聞かず、一方的に犯される事を真央自身望んでいるのだと。
「あああぁっあっぁあぁぁあっ、とう、さまっ……も、ゆる、し……んっあっっ、あっあっ、ああぁぁぁぁぁぁッァァァッ!!!!!!……ひっっ…………………………!!!」
 月彦はぐいっ、と真央の身体を引きつけ、己の腰に溜まった熱塊をたっぷりと真央のナカに吐き出していく。
「ひぃぃぃいいいッ!!!」
 どりゅっ、どりゅっ!
 凄まじい勢いで吐き出されるドロリとした牡液に、真央が泣き叫ぶ。
「はぁっ……はぁ……す、げぇ……まだ、出る……」
 月彦は身体を逃がそうとする真央の腰を掴み、ぐいと引き寄せたまま心ゆくまで射精を楽しむ。膣内に濃厚な牡液が満ち、それでも尚射精は止まらず、結合部からごぽごぽと漏れだし、ベッドを汚す。
「あっ、あっあっ…あぁっ、あっ……………………」
 声にならない声を上げ、身震いする真央をぎゅうと抱きしめたまま、腰だけを動かして牡液を塗りつける。
「やっ……らめっっ……そんなにっ、塗りつけ、ない、でぇぇぇぇ……!」
 牡液を塗りつけるたびに、月彦と真央の身体の間に挟まれている尻尾がゾクゾクとそそり立とうとするのが解る。
(つまり、尻尾が勃ちそうになるほど、イイって事か)
 そうとわかれば、愛しい愛しい娘のためだ。月彦はいつになく執拗にマーキングを行う。
「ひっぃ……と、うさま……も、もう…………や、め、て…………あぁぁっ…………あぁぁぁぁぁっ…………」
 ぞぞぞっ、と尻尾がまた動く。月彦は苦笑して、腰をゆっくりと動かす。真央……と、優しく耳元で囁きながら。ぬりゅっ……ぬりゅっ……と。
「やぁぁっ……とう、さま……もう、抜いて、……ひぃんっ……ぁああっあっ……だ、め…………どう、して……そんな、に……あぁぁあっあっ…………んっ、んんんんんんッ!!!!」
 真央が声を押し殺し、びくんっ、びくっ……と数回身体を震わせる。きゅきゅきゅうっ、と膣内が締まり、未だ萎えぬ剛直を締め付けてくる。
「くす……真央、塗りつけられてるだけで、イッたな……」
「……ぅぅ…………」
「そんなにいいのか、塗りつけられるの」
 真央は答えず、ただ頬を染めて顔を背けた。
「俺は……好きだぞ。真央に中出しして、こうして塗りつけるの…………真央を俺のモノにしているような気がして、凄く興奮する」
「……ぅ………………」
「真央、次は口でシてほしい……いいか?」
 真央は戸惑うような目で月彦を見る。この優しい口調が逆に恐い――そんな不審の混じった目だ。それは単純に二回も出したからさすがに少しは頭が冷静になったというだけに過ぎないのだが。
「ああ、違ったな。真央に頼むときはこう言わなきゃいけないんだった」
 月彦は名残惜しみつつも剛直を引き抜き、真央の身体を起こしてその眼前に剛直を突きつける。
「真央、口でしろ」
 人が変わったかのような冷酷な口調。真央はぶるっ、と身体を震わせ、はい……と返事をした。


 月彦は胡座をかき、真央は後ろ手を縛られたままその股ぐらへと誘われる。
「んふっ……」
 惚れ惚れしそうなほどに猛った剛直を口に含み、んふんふと鼻を鳴らしながらいきなりむしゃぶりつく。
 媚薬のせいで身体はすっかり発情しきっていて、先ほどまで散々後ろから犯されていたというのにもう欲しくてたまらない。
(いつもと、違う……)
 と、真央が感じたのは当然だった。幾度と無く頬張った剛直に舌を這わせると、何処か甘い、そしてぴりぴりと舌先が痺れるような感じがするのだ。
「舌が痺れるか? さっきまで、真央のナカにたっぷり埋まっていたモノだからな。……言わば、媚薬漬けになっていたようなもんだ」
 そうは言われても、真央には月彦の言葉が理解しづらかった。真央は知らないのだ、媚薬を過剰摂取した結果、己の身体がどれほど――そう、普段にもまして――男を引きつけ、焚きつけるような状態になっているのかを。
「んぁっ、あむっんぅ……」
 そんなことはつゆ知らず、真央はうっとりと目を細めながら剛直を頬張り、嘗め回す。舌が痺れようがしったことではなかった。とにかく、この肉塊を頬張り、どろりとした牡液を早く味わいたかった。
 出来れば、両手で竿を弄りながらじっくり味わいたかったが、手はタオルの上から紐で縛られてしまっている。解放してもらえるように父親に懇願しようかとも思ったが、これはこれで悪くない――などと思ってしまう。
 両手を封じられてしまえば、いざというとき殆ど抵抗が出来ない。そう、月彦がどんな酷いことを――といっても、そんなに酷いことはしないと真央は信じていたりするのだが――しても、享受するしかなくなるのだ。
(……うぁ……)
 その想像に、ゾクリと快感が走る。尻尾がぞわぞわと立ち、誘うようにぶんぶんと振られる。くねくねと身をよじりながら、濡れそぼった目で剛直を咥えるその様が目の前に居る父親にどれほどエロく見えるか、真央は自覚していない。
(今、私……父さまに何されても、逆らえないんだ……)
 剛直を舐めながら、そんな事を考える。たとえば、軽く歯を立ててみたらどうだろう。月彦は怒り、自分を折檻するだろうか。するとしたら、どんな事か。
 悪い子だ、と尻を叩かれるだろうか。それとも髪を掴まれて言葉で詰られるだろうか。
「…………っ……」
 想像するだけで身震いしてしまう。媚薬の効果も相まって、ただ剛直を頬張って奉仕しているだけで、何度もイきそうになってしまう。
(欲し、い……)
 ぐぷぐぷと唾液を絡め、嘗め回す。そういえばあの母親が男は口でされながら尻の方に指を入れてやると良い――と言っていたのを不意に思い出す。試してみようか、と思ってすぐに断念する。両腕は封じられているのだ。
(父さまの、欲しい…………)
 決して媚薬のせいだけではない熱が、全身を火照らせる。媚薬というなら、大好きな、この世で唯一自分が認めた牡の匂いこそがこれ以上ない媚薬。月彦の側に居るだけで、月彦と肌を触れさせているだけで、真央は底なしに感じてしまう。
(父さまに、孕まされたい…………)
 じぃん……と、下腹部が痺れる。一体あと何年待てば自分の身体は妊娠できるようになるのか。待ち遠しい、待ち遠しくてたまらない。
 自分がパートナーと認めた牡の子を孕む。それは牝にとって至上の幸福だ。相手が血の繋がった父親であるとか、そんなことは関係ない。ただ、好きになった相手がそうだった、それだけの話だ。
「どうした、真央。随分物欲しそうな顔だな」
 月彦にそう言われるほど、顔に出ていたのだろう。いっそ口に出してしまおうか。父さまの子供が欲しい――と。
「……そうか、また欲しくなったんだな。口でしてるだけでそんなに溢れさせて……折角出してやったのに、大分流れ出てしまったな」
 欲しいのは子種ではなく、それによって成される子の方だったが、真央はあえて否定しなかった。子種が欲しいのも、あながち間違いではないからだ。
「うん……欲しい……」
 真央は頷き、焦れったそうに太股を擦り合わせる。が――
「だめだ。俺は真央の口でイきたい」
 要望が却下されたというのに、真央はぞくりと身震いする。口でイきたいと、そう言ってくれている。月彦のその一言が、真央の口戯を一掃熱の入ったものにする。
「うっ、おっ……なんだ、急に……ぅッ……!」
 月彦が狼狽えるほどの口戯。それまでのものがただ単純に剛直の味を楽しむ為だけに頬張り、舐めていたのに対し、月彦をイかせる為の動きに切り替える。喉の奥までくわえ込み、ぎゅうきゅうと締め付け、裏筋をれろれろと嘗め回す。
「っ……ま、お………………うぁっ……!」
 最初の頃は、月彦は口戯をしている真央の方をあまり見ようとはしなかった。きっと、照れがあったのだろう。だが今は違う。前髪が邪魔であれば前髪を払ってでも、己の剛直をくわえこむ愛娘の顔を見る。見て、はあはあと息を荒げる。
「なんつー……エロい顔してんだ……やっべ…………!」
 月彦が腰を引こうとするのは、イきそうになっている証拠。それを過ぎると、今度はぐいと頭を押さえ込んでくる。
「んんんーーーーーッ!!!!」
 どくんっ、と喉の奥で剛直が震える。どぷっ、どぷと立て続けにドロリとしたものが体の中に流し込まれ、生臭い匂いが内側から鼻腔をつく。
「はあっ……はあっ…………」
 月彦が息を荒げながら、真央の髪を撫でてくる。真央は剛直を頬張ったままその愛撫を心地よさそうに受け、最後の一滴まで飲み干す。
「ふぅ……ふぅ……真央、すっげぇ良かったぞ……」
 両腕を封じられているから、月彦の手で身体をおこされ、剛直が引き抜かれる。口の中にまだ残る牡液の味と、べっとりと喉に張り付いているような濃い粘りに真央はぞくぞくと身震いをする。
「さて……どうするかな、次は……また真央に上になってもらうか」
 萎えない剛直を眼前に突きつけられながら、そんな事を言われる。真央は思いきって言ってみることにした。
「ま、待って……父さま……その前に、これ、解いて……ほしい、な……」
「ん、そうだな。真央がそう言うなら――」
 そう言って、月彦はあっさりと真央の両手の拘束を解いてくれた。軽い失望が、真央の胸に湧く。てっきり却下されるものだと思っていたのだ。却下されて、生意気な口を利いたお仕置きを――と、そこまで想像して、じぃん……と体の中がまた熱くなる。
「ぁ……」
 あの媚薬は、牡の精液と反応して活性化でもするのだろうか。どろりとした牡液を飲んで、真央の身体にまた火がついてしまう。
「ん、どうした? 真央」
 首を捻る月彦に、真央はひしっ、としがみつく。
「んっ……ぁっ……やっ、から、だ…………あつ、い………………」
 媚薬の効果は以前続いている。が、少しは慣れた――とそう思っていた。しかし、浅はかだった。じんじんと下腹が痺れるように疼き、真央は半ば自分が押し倒すようにして、月彦とベッドに横になる。
「くすっ……本当に、良く効く媚薬だな」
 違う、全てが媚薬のせいじゃない――と真央は言いたかった。しかし、口を開けば切ない喘ぎ声か、牡液をねだる淫らな言葉しか言えない。
 くすっ、と月彦が笑う。笑って、月彦を押し倒しかけていた真央の身体を、逆に押し倒し返す。力強い、牡の力で。
「でも、違うな、真央。真央がヤりたいからヤるんじゃない。俺がヤりたいから、真央を犯すんだ」
 押し倒され、ぐっ……と乳房を掴まれる。あぁ……と声を漏らし、真央は屈服させられる歓びに打ち震えた。


「……うっ…………!」
 と、呻き声が出てしまうほど、二度目の挿入は気持ちよかった。真央が声を上げ、両手を首に絡めてくる。足までもが腰にまわされ、まるで意地でも離さない、離れない――そういう決意の表れのように思える。
(誰が……離す、もんか)
 こんな極上の牝を――そんな思いで、月彦もまた真央の身体をぎゅうと抱きしめる。
「あぁぁっぁっ……と、さまっ……苦、しいっ……んんぅ!」
 苦しい、と言われて尚、月彦は腕に力を入れ、ぎゅうと抱きしめる。そうやって真央を抱きしめれば抱きしめるほどに、剛直にかかる圧力も高まるようだった。
 真央は首にかけていた手を背中に回し、しがみつくように力を込めてくる。ずんっ、と軽く突き上げ、悲鳴が漏れる真央の唇にむしゃぶりつく。
(真央っ、真央……!)
 互いの唇を貪りあいながら、声にならない声で呟き続ける。真央もまた、小刻みに腰を使われ、キスの合間に辿々しく声を漏らし続ける。
 キスをしながらたっぷりと腰を使い、真央が何度もイッてぎゅうっ、と締め付けるのが何とも心地よい。圧力のかかった膣をぐいと無理矢理押し開く時などはあまりの快感に思わず声を漏らしてしまうほどだ。
 突きながら、たゆたゆと揺れる巨乳をたっぷりとこね回し、嘗め回す。先端を吸い、突起を食み、柔肉をぎゅうと握りしめ、愛娘の身体をこれでもかと堪能する。
「あぁっ、あぁっ……父さまっ……父さまぁぁあっ……んぅっ……ぁぁぁっ……!」
 トロけた目で月彦を見上げ、母親譲りの豊満な身体を捧げる真央が愛しくてたまらない。月彦は真央の尻に手を回し、抱え上げるようにして胡座をかいた己の足の上へと乗らせる。対面座位――甘々エッチをする時に、真央が一番好きな形だ。
「ぁぁっぁ……とう、さまの……奥、ぐぃぃっって……押して……んっ……!」
「嫌か?」
 嫌な筈はない。月彦が座位に持っていこうとしている最中から、真央の目は期待に満ち、はあはあと息を乱していたのだ。
「んぁう!」
 こちゅんっ、と真央の身体を軽く揺さぶる。ぎゅうっ、と両手両足で真央がしがみつき、甘い声を上げる。
「んぁっ、ぁっ、あっ、あうっ、あうっ……んっ……ぁあっあ!」
 こちゅっ、こちゅと最奥を小突きながら真央の身体を上下に揺さぶる。無論、尻を掴んでいる両手はその肉付きを楽しむようにぐにぐにといやらしく蠢いている。
「あぁっぁっ……とう、さまぁっ……父さまっ……好きっ……大好きぃっ……!」
 嬌声の合間に呟いて、真央が一掃強くしがみついてくる。月彦もまた、ぱたぱたと熱を払うように落ち着きのないキツネ耳にそっと唇を近づけ、俺もだ、と呟く。
「俺も、真央の事が好きだぞ。他の誰よりも、真央の事が好きだ」
 腰の動きを止め、代わりにぐぐっ、と真央の腰を落とさせる。
「解るだろ、真央。俺がどれくらい、真央に発情しちまってるか。三回も出したのに、このザマだ。……もう、真央無しじゃ、俺は生きられん」
 それは半分以上本気だった。きっと真央が居なくなれば、性欲の捌け口を何処に向けてよいやら解らず、発狂死しかねないだろう。それほどに、真央に依存してしまっているのだ。
「わ、私、も……父さま、無しじゃ……あぁあッ!!」
「……俺たち、似たもの同士だな」
 さすが親子だ、と呟いて、月彦は抽送を再開する。次第に、下半身に痺れのような熱が溜まり始める。
「こうやって好きなだけ中出し出来るのも、真央だけだもんな。……他の子だったら、避妊したりなんだりで、とてもそうはいかない」
「あんっ! わ、私だって……もう少し、したら……きっと、生理が…………」
「ああ、そうだろうな。祝うべき事なんだろうが、ちょっと寂しくもあるな。…………まあその時はその時だ、今までと変わらず中出ししまくって、真央を孕ませてみるのも……いいかもな」
 囁きながら、さすがにそんな鬼畜な真似はできないな――と月彦は苦笑する。月彦は極めて冗談のつもりだったが、真央のほうは月彦のその一言に何か感じ入る事があったのか、途端に顔を真っ赤にして胸板にぐりぐりと埋めてしまう。
「まあ、生理が始まるのはまだ随分先みたいだからな。……それまでたっぷり中出しして、イかせてやるからな」
 覚悟しておけよ、と囁き、徐々に抽送を早めていく。互いに気持ちよくなる動きから、イくための動きへ。
「っ……あっうッ! ああんっ、あっ、あんっ! ぁっ……とう、さまっ……ああっあ、っ、ああっあんっ……あんっ!」
 月彦が真央の身体を上下に動かすのに合わせ、真央もまた腰をくいくいとくねらせる。そのねじれがなんともたまらず、月彦もまたうわずった声を上げてしまう。
「うっ、はっ……真央のナカ……俺が、イきそうになると……どんどん良くなってくるからっ……反則、だッ……」
 まるで、性器ごしに牡の快感を感じ取っているかのように、真央の膣の具合は天井知らずに上がっていく。媚薬入りの天然ローション漬けにされた剛直を極上の肉襞でたっぷりと締め付けられ、月彦はもうイく事以外何も考えられなくなってしまう。
「はあっ、ふうっ……畜生っ……ま、たっ……真央に、病みつきに、なっちまうっ…………!」
 高圧的な態度を取り、真央を従わせ、犯し、屈服させるのはたまらない。牡として至高の快感だ。しかし、実際の所は逆だ。真央の匂いに、身体に、極上の膣に屈服させられているのは他ならぬ月彦の方ではないか。
「くっ、そっ……くそっ……!」
 悔し紛れに、遮二無二突き上げ、真央をイかせてもその都度ぎゅうっ、と閉まる膣が回り回って月彦の首を絞める。
「あぁぁぁぁぁっ……とう、さまっ……イきそう、なの……? んっ! あっ、あんっ! あっあっ、あぁああっあっ……んっぁっあぅううっ! んっ……あっ、あんっ、あんっ、あんっ……あんっ……!」
 高校一年とは思えない豊満な乳房も、肉付きの良い尻も凶器だ。牡の本能をゾクリとさせるイく時の顔も、声もたまらない。その全てが、月彦には無くてはならないものになりつつある。
「くっ……そ…………真央、出す、ぞ……!」
 最奥まで剛直を突き入れ、ぎゅうと真央の身体を抱きしめる。
「んっ……あっ、あっ……とう、さまっ…………あぁぁぁあァーーーーーーッ!!!!!!」
 中出しされ、イきまくる真央のナカにこれでもかと、牡液をぶちまける。
(ッ……真央……反則、だ……)
 己の精液を受け止め、恍惚とした目ではあはあと身震いする真央が愛しくてたまらない。そんな顔をされたら、そんな顔で搾り取るように締め付けられたら、もっともっと中出ししてやりたくて、たまらなくなる。
(殺される……俺は、いつか絶対、真央に……殺される……!)
 そんな確信を抱きながらも、月彦はますます、真央の身体に溺れていくのだった。
 
 



 翌日。
 それまでの不機嫌っぷりが嘘のように、真央はまれに見る上機嫌だった。
 どれくらい機嫌が良かったかというと――
「……父さま、由梨ちゃんのお見舞いに……行きたい?」
 自室で制服に着替えがてら、不意に真央がそんな事を聞いてくる。
「あのね、……少しくらいなら、お見舞いに行っても、いいよ?」
「え……?」
 さすがに月彦は我が耳を疑った。昨夜まであれほどに、月彦が由梨子に本を渡してくれ、と頼んだ時ですら、検閲をされたというのに。この変わりぶりは一体どうしたことか。
「私、父さまの事……信じてるから……」
 真央は顔を赤くしてそんな事を呟き、逃げるように部屋から飛び出していってしまう。月彦は気がついていなかった。自分の何気ない一言が、真央を舞い上がらせ、有頂天にしてしまったのだということに。

 その日の登校は前日とは正反対、真央は月彦の隣にぴったりと寄り添い、喜色満面今にもスキップを始めそうな勢いだ。
 月彦はといえば、そんな真央にぐいぐいと押される形でふらふらと蛇行をしながら学校に向かう始末だった。
(真央のこの元気は、一体どこから……)
 明け方近くまでヤってヤってヤり抜いたのは自分も真央も同じ筈だ。であるのに、自分ばかりが消耗し、枯れ木のようになってしまっている。真央の方は、昨日の夜より調子が良さそうに見えるくらいだ。
(しかし、困ったもんだ……)
 ちらり、と見るのは真央の後方。家の塀の上を、ぞろぞろと猫が数匹、興味深そうについてきている。さらに道の反対側を見れば、犬の散歩中らしい主婦が必死にリードを引いている。そうしないと、飼い犬の勢いが止められないのだ。
「父さま、どうしたの?」
「いや……やっぱり今日は学校休んだ方が良かったかもな……」
 頭上に大きな?マークを出している真央は、きっと気づいていないのだろう。媚薬の過剰摂取の副作用。本来の作用そのものは夜を徹してヤッたお陰で消え失せたのだろうが、あの牡を誘うようなエロい匂いだけが消えていないのだ。
(俺だって……こんなに消耗してなきゃ……)
 間違いなく押し倒しているだろう。それほどに、真央のフェロモンは強烈だった。それこそ、野良猫や飼い犬を集めてしまうほどに。
(……真央のクラスメイト、今日は難儀するだろうな………………)
 そんな事を考えているうちに、校門に到着する。由梨子の友達――という二人を見るなり、真央が小走りに駆け寄り、声をかける。真央に声を掛けられた二人が、一瞬戸惑うように互いを見、そして真央の方を向き直って俄に顔を赤らめたのを月彦は見逃さなかった。
(……女の子にも有効か)
 キリスト教徒でもないのに月彦は十字を切り、そのまま枯れ木のような足取りで己の昇降口へと向かった。


「紺崎さん!」
 由梨子の友人の二人と一緒に昇降口で履き物を代え、教室へ向かおうとしていた所で、不意に見知らぬ女子に声をかけられた。否、全く見たことがないわけではない、どこかで見た顔だった。
 あの時だ――と、真央は瞬時に思い出した。以前、由梨子と下校するときに声を掛けてきた、三年生の女子。
「ごめん、先に行ってて」
 真央は由梨子の友人二人にそう言って、声を掛けてきた女子のほうに向き直る。女子は真央に歩み寄り、あの時とは全く違うにっこりとした笑顔を浮かべる。
「良かった、私、紺崎さんに会いたくて、ずっと待ってたの」
「私に……?」
 うん、と女子は頷く。
「前に一度会ったことあるよね。私、佐々木円香。由梨子の親友なの。……由梨子があんなことになっちゃって、由梨子に紺崎さんの事をよろしくって、頼まれたの」
「由梨ちゃんが……私の事を……?」
「うん。だから、困った事があったら、何でも言ってね」
 力になるから、と円香は真央の手を強引に取り、握る。どこかいやらしいその手つきに、なぜだか真央はぞくりとした悪寒を感じてしまう。
 ハッとして、円香の顔を見る。先ほどと変わりのない笑顔。だが、真央には何故かそれが作り物かなにかのように見えてしまう。
 円香の指が、手の甲を撫でてくる。真央は咄嗟に、円香の手を振り払ってしまった。しかし当の円香は全く気分を害した様子もなく、にこやかに真央に微笑みかけてくる。
「私ね、本当はずっと前から、紺崎さんとは友達になりたいって思ってたの。………………これから、よろしくね」

 

 

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