「どうぞ、上がって下さい」
 由梨子に促されるままに玄関のドアを潜り、そのまま二階へと上がる。他人の家独特の雰囲気に些か緊張しつつ、月彦は貸し付けられた猫のように落ち着きのない動作で由梨子の後に続いた。
「そんなに気を張らなくても大丈夫ですよ、親も弟もしばらく帰って来ませんから」
 つまり、今家には二人きりなのだと、暗に仄めかしている。月彦の緊張は尚更となった。
「な、なぁ……別に家じゃなくても良いんじゃないのか? それこそ、人気のない喫茶店とかでも、どこでも――」
「ああ、その話ですけど、先輩」
 自室のドアを開け、月彦を先に中に入れてから、由梨子は自分も後に続く。後ろ手にドアを閉め、かちりと鍵をかける。
「真央さんの件で相談がある――というのは、実は嘘です」
「何だとっ!?」
「先輩を私の部屋に連れてくるための口実です。用件は別にあります」
「用件……」
 月彦が必要以上に身構えていると、不意に由梨子はすっと右手を差し出した。差し出された右手の先には――男性用の避妊具が握られていた。
「ずっと先輩のことが好きでした。……抱いて下さい」

キツネツキ

第八話

 秋である。それはもう紛れもないほどに。
 天高く――とも評されるように、その季節は本来ならば冬越しに備えて大抵の獣は肥え太る時期である。
 太るのは獣だけではない。人間とて、かつて獣であった頃の事を本能的に覚えているのか、秋は食べ物が美味しいと感じる者も多いようだ。
 であるのに――というには、秋は太るものと一般化しすぎのような気もするが――紺崎月彦は冬も目前だというのに順調に減量を重ねていた。
 理由は言うまでもない。
「なーんか最近グッタリしてるよな、お前」
 同級生、静間和樹の声がどこか遠くで聞こえる気がする。
「ん? なんか言ったか?」
 目の下に狸の化身のようなクマをばっちりつけて、固形栄養食をぼりぼり囓ってる月彦は寝ぼけ眼でそう答えた。
「大丈夫かー、って聞いとるんや」
 千夏の声もする。姿は割と側にいるというのに、声だけが遠い。ああこりゃいよいよお迎えが近いかなぁと月彦は妙に達観していた。何せ毎日顔を合わせている友人達ですら、まるで何年も会っていなかったかのような錯覚さえ覚えるのだ。これが走馬燈というものかと自嘲気味に笑みを零す。
 平日の昼休み。いつもの屋上での昼食。だが今日はさすがに寝不足と相まってあまり食欲が湧かない。それでも、弁当は既に食べた。それに加えて自前で買った栄養食を食べるのがしんどいのだ。
 月彦は思う。毎日これだけ食べているのに体重がさっぱり増えないのは何故だろうかと。恐らくカロリー量にして軽く五千は超えている筈だ。プラス、栄養ドリンクやらなにやらも飲んでいるというのに、体からは力が抜けていくばかりだった。
「大丈夫だ……最近ちょっと憑かれててな」
 何が一番辛いかといえば、やはり寝かせてもらえないことだ。否、その最中は微塵も辛いとは思わない。辛いのは“それ”が終わっても学校で眠れないことなのだ。
 あんなこと、言わなければよかった――と月彦はひどく後悔をしていた。そう、それは今週頭、家で夕食をとっているときにたまたまテレビで流れたCMがきっかけだった。隣町でやっている水族館、そこで今イルカとシャチのショーをやっている旨を知らせるCM。それを見た時、つい無防備にも言ってしまったのだ。
『真央、今度見に行くか?』――と。
 深い思慮など何もない。単純に愛娘を喜ばせたいが為の申し出だった。そしてそれは、月彦が思った通りの効果を――否、思った以上の効果をもたらしたのだった。
 週末、二人で行くことになった。それはいい。だが、余程楽しみなのだろう。まだ週の初めだというのに真央は早くも興奮冷めやらぬといった具合でそれはそのまま夜の生活へと反映された。
 いつもの二割り増し……否、三割り増しは積極的な真央。プラス、おねだりの積極性は五割り増し、具体的な交接時間は十割り増しという有様だった。つまり、月彦は三日ほど完徹なのである。
(この調子じゃあ週末迎えるまえに死ぬな……)
 ゼリー状の栄養食をパックから吸い上げながら、月彦はまるで人ごとのように考えていた。
「マジで調子悪ぃみたいだな。熱でもあるんじゃねえか?」
「せやなぁ……保健室連れていったろか?」
 いつもはからかい、悪口ばかり叩く友人らもさすがに心配なようだった。つまり、それほど――見た目にも解る程に弱っているということだろう。
 月彦は不意にポケットを探る。そこには口を紐で縛られた、小さな布袋が入っている。中身は――大分前に真央から持たされた丸薬だ。
 真央曰く『栄養食』だそうだが、どっこいそんな生やさしいものではない。命を削って直接体力、精力に変換しているのではないかと疑いたくなるほどの劇薬だ。しかも以前のものに比べて改良(改悪というべきか?)でもされたのか、効果が終わった後も興奮作用だけは持続し、理性が著しく損耗したまま日常生活を送らねばならないという後遺症のおまけもついている。何故そんなことを知っているのか、無論試してしまったからだ。
 出来ることならば、捨ててしまいたい。だがそれには細心の注意を払わねばならない。迂闊なことをすれば雛森雪乃との事のようになってしまうからだ。妖狐の媚薬の前に通常の人間の理性は全く役に立たない――という事がまさに証明された事例だった。あのような事故は避けなければならない。
「……保健室、行く……かなぁ」
 恐らく今寝れば誰に何をされようと夕方くらいまでは起きない自信があった。午後の授業はサボる事になるが、今すぐ仮眠をとれるという誘惑は抗いがたく、月彦は体の欲求に従う事にした。

「真央さん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫……」
 大丈夫、とはいったものの真央の意識は既に眠りの谷の崖っぷちに立っていた。
「最近、眠れなくて……」
 うっかり「父さまが寝かせてくれないの」とノロけそうになって慌てて言葉を切り替える。事実は逆なのだが、真央は勝手にそのように記憶を改変してしまっていた。無論態とではなく、無意識のうちに。
「……また、悩みでもあるんですか?」
 真央の調子が悪い、もしくは様子が変となると由梨子は二言目にはそう聞いてくる。その心遣いは嬉しいが、今回に限れば無用だった。なぜなら真央は今とても幸せだから。
(土曜日は……父さまとデートだ……)
 その事を考えるだけで顔がにやけてしまいそうになる。あとたった二日なのに、待ちきれない。もし、何らかのアクシデントで一日でも延びてしまったら途端に発狂してしまいそうだった。
 それほど、真央は楽しみにしていた。月彦と出かけるのは初めてというわけではない。散歩やちょっとした買い物程度のことならば週に二,三度はある。が、今度のそれはそのような“にわかデート”ではない。正真正銘のデートだ。楽しみでない筈がない。
 故に――
「あのね、由梨ちゃん……私」
 自分が至福の絶頂に居るが故に――
「土曜日……デートするの」
 つい他人への配慮が欠けてしまった。ノロけてしまった。
 寝不足と疲れによる注意力が著しく散漫になっている真央は、その時由梨子がどのような顔をしたのかを見逃した。それはほんの一瞬の事で、真央が再び由梨子の顔に気を止めた時にはいつもの笑顔に戻っていた。
「そうなんですか、それは良かったですね」
「うん、すっっっっっごく楽しみなの!……早く土曜日が来ないかなぁ……」
 まるで夢見る乙女の様に、真央は空を見上げる。その視界の外で、由梨子がきゅっとスカートを握るような仕草をしたことには気がつかない。
「……何処で、デートするんですか?」
「隣町の水族館に行くの。私、水族館って行ったことないから……どんな所なのかなぁ…………由梨ちゃんは行ったことある?」
「……ええ、何度か」
「楽しかった?」
「そうですね、それなりに……楽しめました」
 由梨子の声のトーンがいつもとは違うことに、真央は気がつかなかった。気がついていれば、或いはそうはならなかったかもしれない。
 真央は至福だった。至福で、由梨子を信頼しすぎていて、安心しきっていた。昼食を食べ終えて眠気が増したことも要因だった。
「……真央さん?」
 由梨子が問いかけた時、真央はすうすうと寝息を立てていた。

 無事生きて金曜日の夜が迎えられた事を、月彦は感謝した。体調も大分回復し、万全とまではいかないまでも、今夜の凌ぎ方次第では明日を楽しく過ごせるだけの力は残せそうだった。
 三日完徹はさすがに真央も堪えたようで、土曜日まで少し控えようという月彦の言葉を意外とすんなり受け入れた。ただ、行為そのものは無くとも四六時中くっついてきていろいろ動きづらくはあったのだが、寿命が縮むよりはマシだった。
 なんだかんだで、月彦としても明日のデートは楽しみではあった。それは単純に真央と出かけるのが楽しいという意味でもそうだったし、真央が喜ぶ姿を見れるのが嬉しいという意味でもそうだった。
「……もうちょっと自重してくれたら、もっと連れてってやってもいいんだが……」
 デートに行くぞ、と言うたびに今回の事のようになるのでは体が持たない。逆に、普段辛抱するなら連れて行く、という風に持って行けたら――。
 否、そう巧くいくだろうか。ただでさえ行為を忌避するような真似をするとすぐさま浮気を疑われ或いは自分の事が嫌いになったのかと拗ねるのだ。単純に疲れているとでも言おうものなら――“栄養剤”が待っている。
 誰かに相談など、出来る筈もない。「実の娘に毎日迫られ、エッチを強要されて殺されそうです」――雑誌の悩み相談を見てもそんな間抜けな投稿記事は見たこともないし、投稿したところで本気にされる筈がない。
 ううむと悩んでいると、突然隣の部屋からどすんと地響きが響く。がた、がたと立て続けに何かが崩れるような音。ったく、何をやってるんだか――月彦はため息をつく。
 一昨日辺りから、ずっと隣の部屋――つまり霧亜の部屋が騒がしいのだ。夜中までがたがたと物音が続き、当然何をしているのかなど確認できる筈もない。顔を合わせただけで鉄拳が飛んで来かねないからだ。
 部屋の片づけでもしているのだろうか。以前ドアが半開きになっている時にちらりと覗いた限りではすさまじいばかりに散らかっているのは月彦も確認している。姉なりに何か思うところがあったのかもしれない。
「ま、俺には関係ないか……」
 ごろり、とベッドに横になったところでがちゃりとドアが開いた。反射的に月彦は体を起こしてベッドの端に座り直した。
「……上がったよ、父さま」
 寝間着に身を包み、湯上がりのせいか妙に色っぽい真央が静かな足取りで室内に入る。危なかった。うっかり横になどなっていたら真央に飛びつかれてそのままなし崩しに……となる所だったと、月彦は冷や汗を拭った。
 真央は落ち着き無く尻尾を振ったり耳をぱたぱたさせたりしながら月彦の隣に座り、かくんと頭を肩に乗せてくる。
「父さま、明日だね」
「そ、そうだな……」
「……もう、二日もしてないよね」
 すすすっ、と尻尾の先で月彦の背中を撫でてくる。世の普通のカップル達は真央のこの二日“も”していないという発言をどう思うのだろうか。
「でもね……私、我慢する」
「我慢?」
 てっきりなし崩しに押し倒されるものだとばかり思っていた月彦は真央の意外な言葉につい嬉しげな声を返してしまう。
「明日の夜まで……我慢、するの……」
「な、なるほどな……楽しみは後に、か……うん、良いことだ」
「だから、ね……今夜は、父さまも……我慢して、ね?」
 頬を染めたまま、じぃと上目遣いにそんな事を言う。言葉とは裏腹に、まるで“私を押し倒して下さい”といわんばかりに加虐心をそそる仕草だったが、月彦はぐっと堪えた。或いは真央がそれを望んでいるかもしれないことも承知の上で。
「我慢もなにも……ここんところずっと俺は自分からは何もしてない筈だが……」
「そ、そう……かな? そんなこと……ないと思う……」
 かあぁ、と真央はまた顔を赤くする。なんともいじらしい仕草だ。
「まあでも、そうだな……真央が本当に我慢出来るかどうか――試してみるのも面白いかもしれないな」
 ぎゅうっ、と真央を抱きしめて、不意にそんなことを囁いてやる。片腕はそのまま真央を抱き寄せ、空いた手で軽く胸元をまさぐる。
「ぇ……や……だ、だめ……そんな、事……されたら、私……我慢できなくなっちゃう…………」
「そっか。じゃあ止めておくか」
 あっさりと愛撫を止め、抱擁を止めると真央は恨むような目を向けながらうぅーっ、と唸る。なんだ、やっぱりしてほしいのか――と思いつつも、月彦はあえて口にも出さず、手も出さない。
「じゃあ、明日に備えて寝るか」
「う、うん……」
 ごろり、と横になった月彦の横に真央はぴたりと体を寄せる。さっきの僅かの愛撫と囁きですっかり体に火が入ってしまったのだろう、終始焦れったそうにもじもじしていた。それが解っていて、月彦はやはり手を出さない。
 普段はさんざん真央に誘われてなすがままになっているのだから、これくらいの悪戯は良いだろうとほくそ笑む。しかし、焦らせば焦らした分だけその反動がすさまじいという事にまでは月彦は頭が回っていなかった。

 土曜日は幸いなことに頗る快晴だった。これでもし大雨でも降ってデートが中止にでもなったら真央の不満はそれはもう並大抵の事でははらせなかっただろう。
 シャワーを浴びて軽く朝食をとり、早速二人で出かける。真央のはしゃぎようはそれはもうすさまじく、今にもスキップを始めてしまいそうだった。半年ぶりに散歩につれていってもらえる犬ですらここまでではないだろうというテンションの高さに、月彦は苦笑しつつも内心はやはり嬉しかった。
 またしてもメイド服を着ていこうとする真央を止めて、何とか普通の格好にさせる。薄手のセーターにチェックのスカート、黒のニーソ(髪はツインテ)という出で立ちを見てあぁやっぱり真央は可愛いなぁと月彦は至福を感じる。
 駅まで歩き、そこから電車に乗る。そういえば前に遊園地に行った時も電車だったなぁと振り返りつつ、まさか今度の水族館も真狐の仕業ではあるまいなと杞憂が湧く。いやいや、そんなはずはない。あれは新しくできたものではなく、比較的前からある建物の筈だ――記憶の改変でも受けていない限りはその筈だと月彦は用心深く頷いた。
「……? 父さま?」
「いやなんでもない。ちょいと昔のことを思い出してただけだ」
 真央の手を引いて電車に乗る。電車の中は空いてはいないがさして混んでもいない――しかし座る場所はないという具合だった。これが満員電車とかであれば真央が痴漢を受けてしまうことを懸念せねばならなかった。
 親バカと言われてもいい。世界で一番真央が可愛いと月彦は思っている。電車などに乗って痴漢されない筈がないと。だからさして混んではいない車内でも必要以上に周囲を警戒してしまう。
 目的の水族館である“谷ノ宮アクアスタジアム”は以前行った――そしてもう存在しない――フォクシーランドよりも遠く、電車で四十分ほどかかった。さらにそこからバスで二十分ほどかけて漸くの到着である。
 入り口で入場券を買い、ショーの時間帯を確認する。およそ一時間後だなと腕時計で確認して、先に館内を二人で回ることにした。
「わぁぁ…………」
 薄暗い館内に入るや、真央がそんな感嘆を漏らす。
「父さま、サカナがいっぱいいるっ!」
「ああ、そりゃあ……水族館だからな」
 もしかして真央は水族館が何かを知らなかったんだろうか、と月彦はふと思った。
 “谷ノ宮アクアスタジアム”の中は月彦の記憶にある水族館とさして大差はなく、左右に巨大な水槽のならんだ通路を進み順に見ていくといった感じだった。所々、小さめの――といっても家庭用のそれに比べれば遙かに大きな――水槽があり、熱帯魚等が別途鑑賞できるようになっている。
「うわぁぁ…………キレイ…………」
 真央はうっとりとした目で熱帯魚に見入っている。うんうん、楽しんでいるようでなにより、と月彦が背を向けて大水槽のほうをゆうゆうと泳ぐウミガメを眺めていた時だった。
「……これ、食べられるのかなぁ」
 ぼそりと、背後から呟きが聞こえた。
「……真央、お腹空いてるのか?」
「ううん、空いてないよ」
 さっき家で食べてきたばかりだよとばかりに微笑む真央。なるほど、人間と妖狐では魚に対する考え方が違うものなのかもしれないと月彦は納得した。
 そのまま館内を闊歩し、深海魚コーナーを過ぎた辺りでショーが始まる旨を告げるアナウンスが鳴った。
「よし、行くか、真央」
「うん!」

 イルカ・シャチショーは当然の事ながら屋外で行われる。客の入りは座席に対してほぼ八割といった具合で、なかなかの人気と言えるだろう。客の四割方は月彦らと同じようなカップルであり、残りはほとんど家族連れといった風だった。
「わぁぁ……おっきなサカナ……」
「いや、真央……あれは魚じゃなくて哺乳類――」
 と、説明しようとして月彦は止めた。重要な事は知識ではない、真央が楽しんでいるかどうかなのだ。
 眼前のプールでは二匹のイルカとシャチが女性トレーナーの指示の元見事な連携で泳ぎ回り、ボールをつつきまわしたり宙に釣られたわっかを潜ったりしている。真央はもう子供のように歓声を上げ、すっかりイルカ達の虜になってしまっていた。
「ん……?」
 ふと、月彦の目が女性トレーナーに止まる。はて、何処かで見たような――プールごしで距離があるせいでいまいち確証がもてないがあれは――いやしかしそんな事があるだろうか。
 月彦が訝しんでいる間にもショーはどんどん進み、恒例の――女性トレーナーが言うにはそうらしい――ジャンケンタイムとやらが始まった。どうやら観客の中から何名か無作為に選ばれ、イルカ達とジャンケンをするというものらしかった。とはいえ、イルカ等には当然ヒレしかないので、プールに一端潜った三匹が全員頭を出したらパー、二匹が頭を出したらチョキ、一匹ならグーということになるらしい。
 勝てばイルカ達からのキス+賞品があるということで、会場のちびっ子はプールの柵ギリギリまで身を乗り出してアピールを始める。
 まず、イルカ・シャチ等が三人の子供を指名した。正確にはイルカ、シャチらが鼻先を向けた子供を女性トレーナーが指名したわけだが、三人の子供らはぐるりとプールを迂回してステージ上へと上がった。選ばれなかった真央は残念そうだったが、こればかりは仕方がない。
 しかし、子供達は未だ諦めずにアピールを続けている。どうやらまだ選ばれる余地があるようだった。手元にあったパンフレットを見てみると、トライできるのは五人とある。つまりあと二人は選ばれるのだ。
 しかしそれはイルカ等によってではなく、女性トレーナーが無作為に選ぶことになっているようだった。女性トレーナーはしばし悩むような仕草をしたあと、まず親子連れの父親を指名した。側にいた子供から歓喜の声が挙がる。そして最後の一人は――


「父さま、絶対勝ってきてね!」
 真央に見送られて、月彦はステージ上へと向かう。まさか自分が選ばれるなど考えてもいなかった。会場には三百人近い人がいるというのに。三百人中五人の中に選ばれて嬉しい、というよりどちらかといえば恥ずかしい、の気持ちの方が勝ってしまう。それはもう一人選ばれた中年男性のほうも同様のようで、ステージに向かう傍ら「困りましたなぁ ……」等と月彦に笑いかけてきた。見れば、男性がいた辺りの座席には真央と同じくらいの年の(極めて誤解を招きやすい表現だが)娘がいた。月彦はどことなくこの男性に親近感を覚えつつも、ステージの上へと上がった。
 ステージに上がり、女性トレーナーに導かれるままにプールサイドへと向かう。女性トレーナーはウェットスーツの上から水族館のロゴ入りのTシャツ、スポーツサングラスという出で立ちで、ボディラインを見るにやはり似てるなぁと月彦は思うも、確証がない。
 まず先に選ばれた子供三人が順番にジャンケンにトライし、最初は子供が勝ち、二番目、三番目はイルカたちの勝ち、という結果だった。ジャンケンに負けてもキスはもらえるから、子供達はそれなりに満足して客席に戻っていった。
 いよいよ男性の番となり、男性はうしっ、と軽く気合いをいれてからジャンケンに臨んだ。二度あいこが続いた後、見事勝利してキスをもらい、賞品を手に客席へと戻っていく。
 いよいよ月彦の番がきた。客席の視線が一気に集中する。ぐっ、とその視線に絶えてプールサイドへと進む。
「……パーを出せば勝ちよ」
 不意に、横にいる女性トレーナーがぼそりと呟いた。月彦は反射的にそちらを見た。女性トレーナーは微かに口元に笑みを浮かべていた。
「やっぱり先生っ!? なんでこんな所に――」
「バイトよ。親戚のオジさんに頼まれてやってるの」
「バイトって……確か公務員は……」
「しーっ」
 と、“女性トレーナー”は人差し指を立てて月彦の言葉を遮った。
「ガソリンが値上がりしてねぇ、他にもブレーキパッド代えたりタイヤ代えたりでいろいろピンチなの」
「でも、もしバレたら――」
 月彦が喋ろうとしたその声は拡声器ごしのかけ声に遮断された。否応なくジャンケンが始まってしまい、月彦はパーを出し、そして勝った。
「はい、口止め料。……確かに渡したわよ?」
「く、口止めって……」
「彼女可愛いじゃない。……デート頑張ってね、紺崎クン」
 笑顔だが、サングラス越しに奇妙な迫力が伝わってくる。それは学校にバラしたら承知しないという意味か、それとも別のものなのかは解らない。賞品のイルカのぬいぐるみを受け取りながら、月彦は渋々頷き、ステージを後にした。

「いーなぁ……」
 客席に戻るや、真央がぶうと頬を膨らませていた。いいなぁ、というのはイルカやシャチにキスをされたことを言っているのだろう。良かった、と月彦はホッと胸をなで下ろす。相手が水棲哺乳類ではさすがに真央の嫉妬の虫が騒がないらしい。
「ちゃんと勝って、ぬいぐるみもらってきたんだからいいだろ?」
 八百長だけど――と月彦は心の中で付け加えた。
「うんっ、大事にするね!」
 と、真央はむぎゅうとイルカのぬいぐるみを抱きしめる。イベントの景品のわりには比較的作りがしっかりしているように見える。ちょっとしたマクラにも使えそうだ。
「……それで、父さま。あの女の人と何を話してたの?」
 ぎくり、と胸が弾み、歩みが止まる。さすがにめざとい……。
「ああ、いや……何出したら勝てますかねぇ、と相談をだな……」
「ふぅん……」
 じぃ、とあからさまな猜疑の目。いっそ本当の事を言おうかとも思ったが、秘密を守る者は少ない方が良い。真央が喋るとは考えにくいが、ついうっかり――という場合もある。
 まもなくショーの全行程が終了した旨がアナウンスで伝えられ、客達がぞろぞろと館内へと戻り出す。月彦は混雑を避ける為に邪魔にならない所に退避し、後から館内に戻ることにした。
 大分人もまばらになったところで館内に戻る――が、一足先に館内に下りた真央が突然慌ててUターンしてくる。
「?……真央、どうした?」
「う、うん……父さま、やっぱり……向こうから出ない?」
 館内に戻る道は客席の両翼にそれぞれ一カ所ある。が、どちらでも館内に戻れる事には変わりなく、あえて逆の道から戻る意味は何もない。
「別にいいけど……何かあったのか?」
「あ、あのね……来るときもあっちからだったでしょ? だから、向こうから戻ったら違うサカナが見れるかもしれないって思って……」
 違うサカナも何も館内にさえ戻ってしまえばどうとでも動けるのだから変わりはないと月彦は思ったが、あえて何も言わず真央の言うとおりにすることにした。月彦の方も別段こっちの道から行かねばならないという理由は無いからだ。
 館内に戻った後、まだ見ていないコーナーをたっぷり堪能して水族館を後にした。真央はといえば、どこか漫ろで周囲の目を気にしているようだったが、水族館を出てからはそれも無くなった。そのまま周囲をぶらぶらと歩き、手頃なファミレスで昼食をとることになった。
「まだ家に帰るには早いな……映画でも見に行くか?」
「うん、行きたいっ」
 テーブルがなかったら飛び跳ねそうな勢いで、真央が返事をする。その勢いにやや圧倒されながら、水族館での事は別に気にするような事じゃあ無かったんだなと月彦は理解した。ちなみに月彦は日替わりランチライス大盛りを、真央はきつねうどんとチョコレートパフェを食べた。
 食事を終えた後は映画館を探して歩き、三十分ほど経った頃に漸く一件の映画館を見つけた。現在上映中のものをチェックするとアニメものがいくつか、あとはアクションもの、恋愛ものといった感じだった。
「真央、どれがいい?」
「うーん……」
 いくつも張られたポスターを長めながら、真央が首を捻る。最終的にアニメか恋愛物の二つに搾られ、上映時間の関係上早く見れるのが恋愛ものの方だということでそっちを見ることになった。
 現在やっている上映の終了時間に合わせてチケットを買い、映画館の中に入る。真ん中の辺りの席に並んで座り、上映を待つ。やがてブザー音が鳴り響き、明かりが落とされた。
 映画館特有の長ったらしい宣伝に欠伸が出そうになった頃、漸く本編が始まった。映画の内容は大凡次のようなものだった。主人公である若い女性には二回りほども年の違う恋人が居て、女性の悩みはその恋人が自分になかなか手を出してくれず、肉体関係に至れない事だった。物語の序盤は男性が不能或いは同性愛者なのではないかと疑い、中盤にさしかかる辺りで男性の過去に別の女性の影が映り始める。主人公の女性は好奇心と、半ば嫉妬も手伝ってその女性の正体を洗い出す。――そして物語の後半、主人公の女性は男性の告白によって真実を知る。男性が以前付き合っていた相手というのは、行方不明になっていた主人公の女性の母親だった。
「ぶっ……」
 男性の告白のシーンで月彦はつい吹き出してしまった。偶然とはいえ、なんという映画を選択してしまったのか。そーっと横目で真央の方を見ると、真央もまた月彦の様子をうかがうように視線を走らせていた。
 スクリーンでは、主人公の女性が真実を知ってショックで泣いている。男性が女性を抱きしめ、慰める。女性はやがて泣きやみ、そして言う。今更“娘”にはなれない――と。
 男性は観念したように目をつむり、女性と共にベッドの上に倒れた。そしてそのまま濃厚なキスシーンが始まった。それはもう、下手なAVなど問題にならないほどのエロチックな仕草だった。
 キスの合間に、二人の荒い息づかいが映画館に木霊する。エロい、なんとエロい演出なのか――ただキスシーンを見ているだけで、ついごくりと喉を鳴らしてしまう。
 否。月彦は気がついた。息を荒げてしまっているのは自分だけではない。そっと、再び隣に視線を送る。映画館の暗さのせいで良くは見えないが、些か濡れた目で、真央はじいと月彦の方を見ていた。
 どうやら真央はすっかり主人公の女性に感情移入してしまっているようだ。ひどくばつが悪いことこの上ない。スクリーンに目を戻すも、そこではポルノ映画顔負けの濃厚なラヴシーンが展開されていた。舌を絡め合いながら、互いの衣類を脱がせていく。主人公の女性の乳房が露出し、男性のいかつい手がそれを掴む。映画館中に女性の艶めかしい声が響き渡る。
「……父さま……」
 真央が呟き、そっと手を握ってくる。どう対応していいか迷っているうちにラヴシーンもいよいよ大詰め。男性が激しく腰をふり、女性の喘ぎ声が大音量でスピーカーから木霊する。
「こっ、こら……真央っ!」
 月彦の手から離れ、いつの間にかズボンの上へと伸びてきていた手を慌てて払う。まずい、これはまずい、頼むから早く終わってくれ――月彦は心の中で祈り続けた。
 祈りが通じたのか、唐突にラヴシーンが終わった。スクリーンでは幸せそうに眠る主人公の女性の元から男性が去っていくシーンが映し出されていた。やがて目覚める女性、そして発見する置き手紙。
 そこには言葉では伝えられなかった男性の胸中が切々とつづられていた。主人公の女性が今更“娘”にはなれないのと同様、自分もやはり“恋人”にはなりきれないという事。主人公の女性の中に元恋人であり母親の面影を見、自分の本当の気持ちに気づいたという事。最後に、自分を置いて姿を消した主人公の女性の母親を捜しに行く旨がつづられており、読み終えた女性が泣き伏す――というところでエンドロールが始まった。
「サイテーの男だな」
 月彦らの背後に座っていたカップルの男の方がぼそりと呟き、席を立った。小声ではあったが、その言葉は妙に月彦の胸に残った。
「ほ、ホント……最低だよな、真央?」
 カラ笑いを浮かべて真央の方を見る。じとぉ……と針のような視線が月彦の全身に突き刺さる。こらこら、真央、これは映画の話だぞと心の中で訴えかけるも、真央の迫力に押されて口には出来ない。
 こんな事ならば多少待ってもアニメ映画の方を見るべきだったと思っても最早後の祭り。楽しいデートも映画一本で台無しになってしまうことがあると、月彦は思い知ったのだった。

 なんとも後味の悪い映画を見終えた後、気分直しになればとゲームセンターへと向かった。が、BGMと効果音の喧しさに真央が音を上げてしまい、大した気晴らしにはならなかった。
 その後の会話も少なく、盛り上がりに欠けた。こりゃあ大失敗かなぁと、定食屋のメニューを長めながら月彦は小さくため息をついた。
 出かける前に、もっと真央の好みについてリサーチしておくべきだったのだ。気心の知れた男友達と出かけるわけではないのだから。
「真央、何が喰いたい?」
 自分の注文を決め終え、真央の方に目をやる。見れば、真央は座ったきり、メニューを手に取りもしていない。
「真央?」
「あっ、……うん、何?」
「いや、注文は決まったか?」
 決まるもなにもメニューを見もしていないのだからそんな筈はないのだが、真央は慌ててメニューを手にとった。が、しかしどこか上の空。結局父さまと同じのでいいと言い出して、月彦の方が焼き肉定食から和風ハンバーグ定食へと(真央はハンバーグの方が好きだから)変更する羽目になってしまった。
 真央の態度が漫ろなのはやはり映画のせいだろうか。アレのせいでまた妙な疑いを深めてしまったのかもしれない。月彦にしてみれば言いがかりも良いところなのだが、本当に、何度否定しても解ってもらえないのだから堪らない。
 が、しかし――本当にそれだけかな、と月彦は思う。確かに真央の態度はどこか上の空、漫ろだ。だが決して不満だからとか、そういうわけではないように見える。そうであれば、それはもうあからさまに抗議の視線を送ってくる筈なのだ。
 確かに、視線は感じる。時折、それも月彦がよそを向いている時に限って。そして視線に気づいて真央の方を見ると、真央は慌てて目をそらしてしまうのだ。
 はて、前にもこんな事があったような――と月彦は記憶を探るが、どうにも心当たりがない。本当に心当たりがないのか、思い出したくないだけなのかは判別がつかないが、とにかく真央の態度の理由が分からなかった。
 注文をして、実際にメニューが来るまでも、やはり上の空。というよりは、無駄にそわそわしているというように見える。そんなに食事が待ち遠しいのか、いやどうもそうではないようだ。
「何だ、真央。どこか他に行きたい所でもあったのか?」
 気になって、つい聞いてみる。が――
「えっ……行きたい、ところ?」
「ああ。さすがにこの時間じゃああんまり遠く行くわけにもいかないが――」
 外に目をやれば、既に辺りは暗くなり始めている。
「行きたいところ、なんて……ご飯食べたら、すぐ帰るんじゃないの?」
「まあ、俺はそのつもりだったが……真央が嫌なら――」
「嫌じゃないよ。私は……早く帰りたい」
 早く帰りたい――その一言が、何気なく月彦の胸にぐさりと突き刺さる。そうか、そんなにつまらなかったのか――と。
 夕食を心持ち早めに済ませ、定食屋を出る。
「父さま、あれは何?」
 駅へと向かう道すがら、真央が指さして尋ねてくる。月彦は見上げ、ああ、と納得する。
「ホテルかな。いや、旅館か……多分ホテルだ、うん」
「ホテル……」
 何か思う所があったのか、真央は顔を真っ赤にする。こらこら、真央。ホテルといっても普通のホテルもあるんだぞと月彦は心の中で忠告する。それが通じたのか通じなかったのか、真央はぎゅうと月彦の腕にしがみつくようにして身を寄せてくる。
「なんだ、寒いのか?」
「う、うん……ちょっと、寒い……かも」
 月彦としてはこの時期にしては暖かいと感じこそすれ寒いとは思わなかったが、やはりこれも真央は感じ方が違うのだろうと解釈する。
 一体何を勘違いしたのか、歩道ですれ違った若い男性が月彦の方を見て露骨に舌打ちをする。全く何を勘違いしているのか――と、思う。自分はただ、愛娘が寒いというから身を寄せているだけで、けっしてイチャついているわけではないというのに。勝手に邪推をしないで欲しいものだ。無論、様々な理由から口に出来るわけはないのだが。
 駅につくと、目当ての電車の到着時間までまだ多少余裕があった。
「真央、トイレは大丈夫か?」
 聞きながら、まるきり幼い子にかける言葉そのものだな、と苦笑してしまう。
「ぇっ、あ……うん、大丈夫」
 月彦の質問が余程意外だったのか、真央はびくんと体を揺らして素っ頓狂な声で答えた。
「そうか? なるべく行っておいたほうがいいぞ」
「う、うん……」
 真央は頷きながら、月彦の方をちらりと見てくる。
「じゃ、じゃあ……行ってこよう、かな」
「うん」
「……その、……父さまも、一緒に――」
「ん?」
「な、なんでもない……い、行ってくるね!」
 月彦にぬいぐるみを預け、小走りに真央はトイレの方へと向かう。月彦は首を捻りつつ、二人分の切符を購入した。

 帰りの電車は行きのそれとはうって変わって混雑極まりない状態だった。月彦は真央を壁側に立たせ、自分はその壁に手を突いて踏ん張り、ゆるいカーブの度に押し寄せてくる人ごみの圧力に絶え続けた。
 目当ての駅についた頃にはすっかり消耗しきって電車から降りるときには軽く足が縺れた程だった。恐らく、ただ単純につり革を手に立っているだけならばここまで疲れはしないのだろうが、あの恐ろしい圧力を真央にかぶせることだけは耐えられなかった。
「父さまになら、ぎゅーってされてもいいのに……」
 家へと歩きながら、真央がそんな暢気な事を言う。違う、あれはそんな生やさしいレベルの圧力ではないと月彦は説明しようかと思ったが、その気力が残っていなかった。
 漸く慣れ親しんだ家に着き、自室に入るなり月彦はベッドに大の字に寝転がった。
「あー……なんだかんだで自分の部屋が一番落ち着くなぁ……なあ、真央?」
 上体だけを起こして、真央の方を見る。真央はぬいぐるみを抱いたまま、こくんと頷いてベッドに座る。
「やっぱり、部屋が……一番いい、よね」
「ああ……って真央、なんか近いぞ」
「そう、かな」
 真央の手からぽろりとぬいぐるみがおちる。にじりっ、とさらに寄り、月彦の肩にそっと手を乗せてくる。
「え、あ、あれ……真央?」
 ぐいっ、と押され、月彦はベッドに押し倒される形になってしまう。そのまま、四つんばいに獲物に忍び寄る獣のような足取りでさも自然に月彦に跨ってくる。
「父さま……私、わたし……」
 軽く拳を作った手で口元を抑えながら真央は呟く。そこにきて漸く、月彦は真央がいつもの――そう、発情してしまっている事に気がついた。
「真央、怒ってたんじゃなかったのかっ!?」
「怒る? どうして……?」
「いや、あんな映画だったから……」
「うん……いやらしい映画だったよね……すごく、興奮しちゃった……」
 そっちか!――と、月彦は心の中で突っ込んだ。
「あんな映画見ようだなんて……私、父さまが誘ってるのかと思っちゃった」
「か、考えすぎだ……。真央、そんなに……欲求不満だったのか?」
「べ、別に……そういうわけじゃ、ないけど……」
 全然そういうわけじゃない、という風には月彦には見えない。真央はあからさまにはあはあと息を荒げ、腰をくねらせて股間を擦りつけるような動きをしてくる。
「父さまは……大丈夫なの?」
「大丈夫って……何がだ?」
「したい……って……思わないの?」
「いや、そりゃ多少は思うが……」
「多少?」
「い、いや……すごく思う。うん、凄くしたいって思うぞ」
 あからさまに不満そうな真央の声に月彦は慌てて意見を訂正した。
「……父さま、ズルい」
 しかし真央はむすーっと、顔全体に不満の色を露わにする。
「すごくしたい、って思ってるのに、どうしてそんなに平気なの? 真央のこと、押し倒したいって思わないの?」
 こんな風に、とでも言うかのように、真央は上体をかぶせてくる。
「お、思う……が、そこはほら、我慢しなきゃいけないだろ?」
「どうして我慢するの?」
「どうして、って……そりゃあ……」
 ヤりたいからって欲望のままにヤるのは人間じゃなくてケダモノだ、という言葉が喉まで出かかるが、月彦は飲み込む。
「私は、いいのに」
「いいって……」
「父さまなら……いつでも、どんなことでも。父さまがしたい、って言ってくれるだけで、私……私、もう…………」
「ま、待て……とにかく落ち着け、な、真央?」
 明らかにオーバーヒート気味な真央を落ち着けようと、月彦は真央の肩を掴んで引きはがす。さながら、発情期の種馬を宥める調教師のような心持ちだ。
「父さま、真央とするの……嫌なの?」
「嫌じゃない。が、気分の切り替えというか、心の準備というか、とにかく今はダメなんだ」
 テンションの差がありすぎる、と月彦は判断した。真央がこんなテンパった状態で事を始めてしまったら終始圧倒されてエラいことになるのは経験からいくらでも予想がつく。が、逆に変に焦らしても後が恐いということも分かり切っているから始末が悪い。
「まずは、風呂にでも入ってだな、一度リフレッシュするべきだと思うんだ」
 結局月彦に言えたのはその程度の事だった。真央はしばらく不満そうな顔で悩んだ後、俄にコクリと頷いた。
「お風呂から出たら……してくれる?」
「あ、あぁ……善処する」
「解った……お風呂から上がるまで、我慢する、ね」
 ふぅふぅ息を荒げながら、真央は漸く納得したようだった。説得が通じて、月彦はホッと安堵するも、今夜はちと覚悟を決めた方がよさそうだと判断した。

 風呂には月彦が先に入り、真央が後から入った。一緒に入らなかったのは、真央が言い出したことが原因だった。
「今、父さまの裸を見たら、私……爆発しちゃうかもしれない」
 そんな事をぽつりと漏らしたのだ。何がどう爆発するのか多少気にはなったものの、どうにも恐ろしい目に遭うような気がして別々に入ることにしたのだった。
 とはいえ、風呂に入って気分を切り替えれば逆に何を恐れることがある、という気になってくる。真央は可愛いし、母親譲りで体つきも――そんな娘に迫られて、男として何をためらう事がある、と思い始める。
 先ほど真央が言っていたことは、多分本心なのだろう。月彦が望むのならば、どんな事も……真央はやるに違いない。あんなに可愛い娘が、自分の命令通りに――それは男として夢の一つではあるかもしれない。
 が、惜しむらくは――というか、月彦として一つ枷となっているのは文字通り真央が“娘”という事だ。可愛い、とは思う。が、やはり真狐とする時のように欲望のままに陵辱してやろうとするとどうしてもためらいが生じる。どうもその辺りが真央は不満というか、母親と差別されていると感じているのではないか、と月彦は思っていた。
 真狐とする時のように、強引に、遠慮無く――それが真央の望みならば、月彦はそうするのが真央のためなのかもしれない。しかしそれで本当に良いのか――そう考え出すと、もう答えは出ない。ぐるぐると、二つの考えが互いを否定し合うだけだ。
 いっそ真央が自分の娘ではなかったら――そんな事を月彦が考えていた時、不意に階段を上がってくる足音が聞こえた。真央が風呂から上がったのか――にしては、少しばかり早いような気もする。まさか、我慢できなくて風呂に入ったフリだけして上がってきたのか――と思っていると、足音は部屋の前を通り過ぎていった。
 ああ、霧亜が帰ってきたのかと納得する。そして程なく、もう一つ足音が階段を上ってきて、今度こそ部屋の戸が開いた。
「父さま、どうしよう……」
 湯上がりパジャマ姿のなんとも色っぽい真央が、部屋に入るなりすがりつくようにして身を寄せてくる。
「な、なんだ……どうした?」
「さっき、さっき……下で……」
「下……姉ちゃんに何かされたのか?」
 月彦が尋ねると、真央は首を横に振る。
「由梨ちゃんが……姉様と一緒に……」
「由梨ちゃんが……?」
 そういえば部屋の前を通り過ぎていった足音は一つではなく二つが重なったものだったような気がする。成る程、部屋を片づけていたのは客を呼ぶ為か、と月彦は納得する。そういえば今でこそ殆ど無くなったが、昔、真央が来る前はしょっちゅう家に女の子を連れ込んでたなぁと月彦が思いだしかけたところで、不意に気がついてしまった。
 つまり。こんな時間帯に霧亜が由梨子を部屋に連れ込んだ――その理由、目的は、過去の事から考えても一つしかないのだということに。事前に部屋を片づけていたのならば、出先でたまたま話が弾んで続きを――というワケでも無いだろう。
 真央はそのことを察しているのか、いないのか。いや、察しているからこそ、こんなにも動揺しているのだろう。月彦はそう判断したが――
「今……隣に由梨ちゃんが、居る……んだよね」
「ま、まぁ……そうなんだろうな」
「ううぅ……」
 真央は何か窮したようなうなり声を上げる。それがどうも、親友が隣の部屋で姉の毒牙にかけられることを心配しているわけではないように見えて、月彦は首をかしげた。
 もしや、と思って、月彦は真央の胸元にそっと手を伸ばしてみる。
「やっ……だ、だめ……」
 真央は過剰とも言える反応で、月彦の手から逃げた。
「何が駄目なんだ? さっきはあんなにしたいって……言ってただろ?」
「したい……けど、でも……隣に、由梨ちゃんが居たら……」
「関係ないだろ? この部屋から声は漏れないんだから」
 確か、そういう仕組みだと真央が昔説明した筈だ。
「で、でも……やっぱり……恥ずかしい…………」
 真央は顔を真っ赤にして拒絶の意を示す。恐らく、本当に恥ずかしいのだろう。そうでなければ、さっきあれほどに暴走しかかっていた真央が自分の手から逃げるなどあり得ない。
「そっか。隣に由梨ちゃんが居るんじゃ――仕方ないな」
 とは、月彦は思っていない。否、むしろ逆に――
「風呂から上がって、さっき焦らした分も含めてたっぷりと真央を可愛がってやろうと思ってたのに、残念だな。今日の所は“我慢”するとするか」
 我慢、という言葉を強調すると、真央は大きな耳をぴくんと反応させて月彦の方を見た。
「だめ……」
「駄目?」
「父さまは、我慢、しちゃ……だめ」
「でも仕方ないだろ。真央は嫌なんだろ?」
「い、嫌じゃ……ないけど……由梨ちゃんが帰ったら……」
「俺の予想じゃ、当分は帰らないな。下手したら今夜はお泊まりだ」
「お泊まり、って……」
「真央は知らないかも知れないけどな。姉ちゃんは……手が早いんだ。かなり」
 月彦の言い方に説得力を感じたのか、真央はさしたる疑問も持たずにすっかり信じ込んだ様だった。
「あの姉ちゃんが部屋に女の子を呼ぶってことは、つまり……そういうことだ」
「そんな……じゃあ、由梨ちゃんと、姉様が……」
「まあ、由梨ちゃんも……真央が隣にいるって事で嫌がるかもしれないけどな。果たしてそれを姉ちゃんが聞いてくれるかな」
「ぁ……」
 想像したのか、ぴくんと真央が体を揺らす。そして、何かを期待するような目で、じぃと月彦を見る。
「どうした、真央?」
 月彦は態と気づかないふりをして、いつも通りに話しかける。
「と、父さまは……無理矢理、しない、の?」
「俺が、無理矢理真央を?」
 うん、と真央は頷く。息が、荒い。
「俺は姉ちゃんとは違うからな。真央が嫌がることはしない」
「そん、な……」
 切なそうな声。それが如実に表している。真央が、これからどうされることが一番“嫌”なのかを。だが、それを解った上で……少しばかり意地悪してやるか――と、そんな気が沸く。
「真央、こっちに来い」
 ベッドに腰掛けたまま、手招きする。
「ぇ……で、でも……」
「大丈夫だ。何もしない」
 何もしない、と名言すると、真央は少し落胆したように見えた。だが、月彦の言葉には従い、隣に腰掛ける。
「そこじゃない、こっちに座るんだ」
 促し、自らの太股の上に座らせる。ためらう真央を、半ば強引に。
「んっ……!」
 真央が、僅かに呻く。月彦は構わず、ぎゅうと背後から真央の体を抱きしめる。
「解るか、真央。今俺が、どれだけ……真央が欲しくなってるか」
「っ……ン……」
 真央の尻の辺りに、衣類ごしに怒張を押し当てる。真央が腰を浮かそうとするのを、両手でしっかりと抱きしめて阻止する。
「だ、め……父さま、そんなに……押しつけ、ないで」
「押しつける? 俺が? 真央の方が尻を擦りつけてきてるんだろう?」
 真実は、違う。月彦の方が、真央を挑発するように怒張を擦りつけている。
「だめ……ホントに、だめ……我慢できなく、なっちゃう……!」
「我慢出来ないのか? 隣に由梨ちゃんが要るのに」
「ぁ、ぅ……だ、だって……父さまが……」
 くすり、と月彦は含み笑いをする。そして、態と冷酷な口調で言った。
「真央……“口でしろ”」

「えっ……」
 まさかの言葉に、真央の全身が反応する。ぞくっ……と、体の内側に稲妻に似た快感が走る。
「……もし、俺がそう言ったら……真央はその通りにするのか? 隣に、由梨ちゃんが居ても」
 しかし、真央が待ち望んだその言葉はただの冗談の様だった。落胆しつつも、しかし一度は浴びせられたその言葉に体が熱くなるのを感じる。
「答えろ、真央」
「んんんっ!!」
 ぐぐっ、と怒張を押しつけられる。ただ、衣類越しに押し当てられているだけ。それだけなのに、もう溢れ始めていた。先ほど風呂上がりに履いた新しい下着が張り付く程に。
「だ、め……父さまに、そんな事……言われ、たら……私、逆らえ、ない……」
 ちらり、と壁の方に目をやる。そちらは、霧亜の部屋。由梨子が連れ込まれた部屋。真央には解る。霧亜の部屋に連れ込まれるという事の意味を。一度その手に触れられれば、逃げることなど出来はしない。そのことは、真央も十分解っていた。
 もし、あの強引さの半分でも父親に、月彦にあれば――と、思うことは少なくない。霧亜と由梨子の仲がどこまでのものかは解らないが、その点においては、由梨子が羨ましい、と真央は思う。
「逆らえない、か。本当にそうなのか、試してみようかな」
 ぞくっ……。背筋を走る悪寒にも似た期待に、思わず声を出してしまいそうになる。
「やっ……だ、め……言わない、で……」
「嫌ならしなければいいんだ。簡単な事だろ?」
「で、も……」
「命令だ。真央……跪いて、口でしろ」
「っっっ……!」
 体が震える。あまりに恋い焦がれた言葉に、ただそう囁かれただけで、軽く達してしまう。抱きしめていた腕を通じて、ひょっとしたらそのことがバレてしまったかもしれない。
 出来ない、とは言えなかった。無論嫌、とも。
「父さま……そんなに、口で……して、欲しい、の?」
「ああ。してほしい」
 してほしい――と、頭の中でもう一度響く。月彦にそう言われるだけで、どんな事でも、どんなに恥ずかしい事でも出来る気がした。まるで催眠術でもかけられているみたいに体が勝手に動いてしまう。
 拘束するかのような抱擁が解かれた瞬間、真央は言われたとおりに跪き、月彦の足の間に体を入れた。そうしろ、と言われたわけでもないのに、愛しげに、怒張をなで回す。
「手でしろ、とは言ってない筈だけどな」
 月彦の声に、びくんと慌てて手を引っ込める。
「……でも、まあいい。真央がしたいようにやってみろ」
 あぁ、父さまは優しい――と、月彦の言葉に胸の奥がじんとなる。本当は、欲しくて欲しくてたまらなかった。隣に由梨子がいるという枷も、月彦の言葉によって免罪符を得た。もう我慢する必要はない、自分の好きにして良いのだ。
 真央は両手で怒張を撫でる。愛しげな手つき――それはまるで、陶芸家が粘土をこねているかのように見えなくもない。が、実際はそれとは雲泥の差。創作の為の行為ではなく、あくまで欲望の為の手つき。
「ああぁ……」
 感極まって、つい声が漏れる。手だけでは飽きたらず、鼻面を擦りつけてしまう。
「ま、真央……何を……」
「んっ……父さまの、匂いを……つけてるの」
 ズボン越しに怒張に頬ずりしながら、うっとりと月彦を見上げる。月彦はなんとも理解に苦しむという顔をしていたが、真央としても説明は難しいと思っていた。大好きな牡の匂いを身に纏うという、牝としての歓びは、所詮牝にしか解らないのだ。
「な、なぁ……真央、早く、口で……」
 先ほどまでの冷酷な口調とはうって変わって、どこかせっぱ詰まったような声。真央としてはそんな自覚は無かったが、“焦らし”になっていたようだった。もう少し焦らして、父さまを窮させてみようかな――と、母親譲りの意地悪が首を擡げかけるも、結局それは止めた。
 寝間着代わりのハーフズボンを下ろし、トランクスも下げて怒張を露出させる。いつ見ても、惚れ惚れするほどに隆々とそそり立つそれにもう一度頬ずりをする。熱く、堅い感触が頬に辺り、思わず下半身に痺れにも似た快感が走る。
(これが……私の中に、入るんだ……)
 無論、今すぐではない。が、さして遠い先の事でもない。しげしげと観察すればするほどに、到底体の中になど収まらないようなモノに見える。
(また……奥をぐりぐりってされて……いっぱい中に出されるんだ……)
 剛直を見ながら、想像する。否、それは想像ではなく、半ば過去の体験の反芻だった。じぃん……と下腹に痺れるような快感が走り、真央はそれを堪えるかのように剛直に唇を付けた。
「んっ……ぁ……」
 ほおばり、しゃぶる。手で軽く撫でながら、余すところ無く舌を這わせる。それは、月彦に気持ちよくなって欲しいというのが半分、愛しい相手の剛直を心ゆくまで味わいたいのが残りの半分という舌使いだった。
「んむ、んっ、んっ……っはっ、ぁ…………んっ…………」
 傍目から見て、その仕草は到底“命令されて、仕方なくやっている”様には見えない。むしろ嬉々として、余すところ無くしゃぶりつくそうとしているようにしか見えず、そして事実その通りだった。
「随分嬉しそうだな……真央、口でするの、好きか?」
「……うん、大好き」
 事実、その通りだった。数多の行為の中で最も自分が月彦を気持ちよくしてあげられている、と実感できるから、真央は口戯が好きだった。
「っ……俺も、真央に……口でされるのは、好きだ」
 そして、月彦がこのように褒めてくれるから、尚好きなのだった。
「多分、真央のほうが……っ……真狐より……」
 真狐より――何なのか。その続きが聞きたくて、真央は一端舌と手の動きを止めたが、月彦は続きを言ってくれなかった。
「……母さまより、上手?」
 どうしてもその言葉が聞きたくて、尋ねてしまう。答えを急かすように、剛直の先端を親指の腹で撫でながら。
「っ……あぁ、多分、な……。真央、途中で、止めないでくれ……」
 勝った――と、真央は心中でほくそ笑む。自分はあの母親に勝ったのだと、月彦の心を――少なくとも口での奉仕という点に置いては――奪い取ったのだと確信する。
「父さま……嬉しい……んっ……んふっ、んっ……」
 じゅぷじゅぷと汁っぽい音を立てながら、月彦が弱い所を入念に責める。そして時折焦らし、焦らしては責め、責めては焦らす――と向こうが予想していると感じたら、イく寸前までたっぷりと責める。その辺りの駆け引きの巧さは――さすがに母親譲りだった。
「っくっ、ぅ……マジ、か……真央、うま、すぎ――」
 褒められて熱が入ったからか、いつになく月彦が弱音を吐く。剛直を真央が刺激するたびに情けないような声で喘ぎ、真央の頭を掴んだ手に力を込める。それは、気持ちよすぎてイきそうな時の月彦の癖だった。真央は十分過ぎるほどにそれが解っているから、強く掴まれると愛撫を緩める。まだ、味わい足りないからだ。
「頼む、真央……もう、勘弁してくれ……」
 はあはあと息を乱しながら、これまた情けない声で月彦が音を上げる。どうしようかな――という言葉が喉まで出かかって、やはり止まる。自分はあの母親とは違う。父親が、月彦がイきたいと望むのならば、イかせてあげたいと思う。本音を言えば、もっともっと味わっていたかったが、仕方がない。
 剛直の根本に舌をのばし、ぞぞぞっ、と先端までゆっくりと舐めてからくわえ込む。ぐぷ、ぐぷと唾液とからめながら先端部をしゃぶり、舌でなでつけ、吸いながら頭を前後させる。
 くっ、と月彦が呻いた瞬間、剛直がぶるっ、と震えた。
「んんんっ!?」
 無理矢理奥まで銜えさせられ、どくっ、どくと牡を流し込まれる。嚥下する――というよりは、直接流し込まれているといった勢いに些か驚きつつも、熱くて濃いものがどろりと体の内側を通っていく感触にうっとりと目を細めてしまう。
(んぁ……やだっ……すごく、濃い…………)
 吐き出され、嚥下させられた牡液の濃厚な香りが内側から鼻腔に達し、思わずぶるりと体が震える。あぁ、自分は月彦のモノにされているのだ、と実感する。
 ふうふうと荒い息をする月彦が押さえつけていた手をどけても、真央はそのまま剛直をしゃぶり続ける。白濁の射出はもう止まっていたが、剛直の先端部に唾液を少し流し込み、吸って少しでも多く味わおうとする。その味も感じ取れなくなって漸く、真央は唇を離した。
「んはっ、ぁ……父さまの、凄く、熱い……喉、火傷しちゃうかと思った…………」
 唇を離して、自分の一つの失敗に気がつく。つい欲張って、最後の一滴まで吸い出してしまった。綺麗に舐めとってしまった。これでは、顔に出してもらえない、汚してもらえない。舐めて綺麗にしろ、と頬に剛直を擦りつけてももらえない。そうされるのが、尻尾がゾクゾクするほど好きなのに。
「ん……ちゃんと綺麗にしたんだな。偉いぞ、真央」
 頭を撫でられ、褒められる。月彦にそうされるのは嬉しいが、複雑な心境だった。むしろ何か落ち度を指摘され、「もう一度だ」と言われる方が――と、真央はつい考えてしまう。
 いっそ、もう一回口でしたいと言ってみようか――と思う。顔に出して欲しい、と言ったら、月彦は自分を軽蔑するだろうか。それよりはミスを装って――否、さっきのように頭を押さえつけられたら、やっぱり口に出されてしまう。尤も、それはそれで真央は大好きなのだが……。
「……父さま、まだ……元気、だよね」
「ん……真央がさっきから、そんなものを見せつけてるからな」
 そんなもの?――と、月彦に指さされて真央は初めて気がつく。月彦が指さしたのはパジャマの胸元だった。体全体の発育はそこそこなものの、しょっちゅう揉まれるせいか――はたまた遺伝か――胸元ばかりが非常識に発達してボタンが巧く留まらなくなっているのだ。あの母親には遠く及ばないまでも、確かにこれは……男の目を引くかもしれない、と思ってしまう。
「真央……今なら、胸で出来るんじゃないか?」
「ぇ……胸、で?」
「ああ。真央に胸で、して欲しいな」
 して欲しい――そう言われたら、真央は逆らえない。するしかない。
「解った……母さまみたいに巧くできないけど、頑張る、ね」
 真央はゆっくりとパジャマのボタンを外す。指先は月彦に命じられる歓びに打ち震え、最早隣に居るであろう由梨子への気遣いは頭の片隅にも残っていなかった。

 母親ほどではない――この前提のために誤解を与えがちだが、真央の胸も同級生等に比べれば非常識な程に育ってしまっている。外を歩けば人の目を引きまくるし、そして大抵の場合衣類のほうが胸元だけ規格外のために窮屈になり、ただでさえ大きいそれが脱いだときには一回り大きくなったかのような錯覚にさえ陥る。
 月彦としても人並み――否、恐らく平均的な男子よりも些か余分に巨乳には弱い。そのため、真央がパジャマの上着を脱ぎ、その白く大きな乳を寄せて剛直を挟み込む様には思わず生唾を飲んでしまう。
「ん、と……こんな、感じで……いいん、だよね……」
 真央はそのままぎゅむっ、と挟むと上下に擦り始める。寄せられた質量は思いの外大きく、十分な包容力があった。
 ただ、惜しむらくは滑りが足りないこと。ローションでも在れば良いのだが、無論そんなものはない。真央もそれを感じたのか、自ら唾液を垂らして滑りを良くする。
「んっ、んっ……!」
 にゅむっ、にゅむっと乳の狭間で剛直が擦り上げられる。それは感触的な快感よりも、視覚的な興奮の方を大きく刺激し、その興奮が快感を呼ぶ。一度出したばかりだというのに、早くも限界が近くなる。
「んぁっ、ぁっ、んむ……」
 乳で擦り上げながら、真央が舌を伸ばして先端を舐める。さらに両側から乳ごしにマッサージでもするように捏ね、先端部をしゃぶる。もう、月彦がして欲しいことを口にしなくとも、真央には十分過ぎるほどに伝わっているようだった。
「んっ、ぁっ、ふ……父さまの、凄く……熱い…………んっ、んっ…………」
 両手で剛直ごと巨乳を抱き込むようにして擦り上げる。包み込む圧力がいっそう増し、月彦は思わずうわずった声を上げてしまう。それを真央は聞き逃さず、ますます圧力を高め、早く擦り始める。
「っ……真央、駄目だッ……もうっ――」
 月彦の限界を感じ取ったのか、真央は剛直の先端部を塞ぐように双乳を抱きしめる。剛直が痙攣するように震え、谷間の奥から勢いよく白濁が溢れ、真央の顔と胸元を汚す。
「んっ…………ぁ……凄い……びゅくっ、びゅくって、震えてる…………」
 自らの胸の間で震える剛直の振動にうっとりと目を細め、白い乳房をさらに白くデコレイトした液体を舌先で舐めとっていく。
「真央、舐めるなら……先にこっちだろ」
 月彦自身、平静の思考ではない。獣のように息を荒くしながら、白濁に汚れた剛直をぐいと真央の頬に押し当て、擦りつける。んぁ……と聞いているこっちがゾクゾクするほどの可愛らしい声で真央が鳴き、“命令”通りにするのを見、また興奮が高まる。
 全く、どうしてこう――男を興奮させるのが巧いのかと、月彦は関心を通り越して呆れる思いだった。いつもこれだから、真央がおねだり上手すぎるから、やりすぎてしまうのだ。
「真央、上がれ」
 ベッドの上に、という意味だ。真央は熱に魘されたような仕草で、しかし月彦の言葉は理解したのか言われたとおりに上がる。ベッドの端に座る月彦の体にもたれ掛かるようにして身を寄せ、期待に満ちた目で月彦を見る。
「巧かった、気持ちよかったぞ」
 左腕を真央の背中にまわしてぐいと抱き寄せ、右手で真央の胸をこね回す。白濁と、唾液のついた胸元はぬるぬると滑り、触れているだけでまた剛直を擦りつけたくなる。が、それをなんとか我慢して、右手をそのまま……真央のパジャマズボンの下へと潜り込ませる。
「あぁっ……!」
「相変わらずだな。舐めてるだけで、胸で挟んでるだけで、こうなるのか」
 熱い蜜の溢れてくる場所に、躊躇無く指を入れる。ひくひくと蠢く肉襞に、己の牡液を擦りつける。――そうすると、真央がとてもいい声で鳴く。
「んぁっはぁ……! やぁっ、う……だ、め……父さま、そんなっ、の……擦りつけちゃ、んっ……!」
「“そんなの”?……解るのか?」
「だ、だって…………あぁぁぁあっぁ!!!」
 びくんっ、とのけぞって、真央があっさりとイく。はあはあと呼吸を整えながら、自らの秘部をまさぐっている月彦の腕をぎゅっと掴む。
「そうか。そうだったな……真央は俺に中出しされた後、シャワーを浴びる時にもう一度自分の指でかき回して、擦りつけながらオナニーするのが大好きだったんだよな」
 耳元で囁きながら膣内に入れた二本の指を蠢かすと、真央が顔を真っ赤にして月彦の顔を見た。
「や、やぁぁ……父さま、言わない、で…………」
 また、よりいっそう真央の顔が赤くなる。
「全く……真狐でもそんな事はしないぞ。あんなに中出しされても、まだ満足できないのか?」
 責めるような口調と同時に、真央の中に入れた指を些か乱暴に折り曲げる。
「ぁあァッ!!! ……ち、違う、の……あれは、その……だ、だって……最近父さま、一緒にシャワー浴びてくれないから……だから……」
 じぃ、と恨みがましい目で真央が見上げてくる。確かに、ここのところ真央と終わった後のシャワーは別々に浴びるのが習慣化してしまっている。理由は――言うまでもない。
「……真央の言い分は解った。つまり、“後でオナニーする気力も無くなるくらい、中出しして、イかせて欲しい”――そういうことだな?」
「えっ……」
 と、真央が一瞬、怯えるような声を出す。そしてすぐに、期待の籠もった眼差しを。
「そ、んな……本当に、満足してないワケじゃ…ぁあン!!」
「そうして欲しいんだろ。だから、こんなにキュウウって締め付けるんだろ」
「ち、違う……違う、の……あっ、ぁっ……んっ……!」
 問答無用、と真央の唇を塞ぎ、舌を絡める。膣内をまさぐりながら、真央の舌を吸う。腕の中で真央の体が震え、小刻みにイくのを感じ取る。
 全く、嘘つきな娘だ――と、月彦は心の中で一人ごちる。ただ、口では嘘をついても真央の全身が“白状”している点はまだかわいげがある。
「……真央、まずは上になれ」
 唐突にキスを止めて囁く。
「え……?」
「俺に黙って勝手にオナニーしてた罰だ。真央の大好きな“後ろから”はおあずけだ」
 ふさふさの尻尾を愛撫しながら囁き、耳の内側を舐める。真央はまた可愛い声で鳴いた後、素直にはい……と、返事をした。

 真央は肩に掛かっていただけの上着を脱ぎ、パジャマのズボンに手をかける。衣類を脱ぐときに、月彦に背を向けたりはしない。あえて正対して、そして脱ぐ。
 裸を見られるのは恥ずかしい。が、それ以上に――相手が月彦に限れば――真央は嬉しさも感じていた。今この瞬間だけは月彦は自分のコトを考えていると確信できるからだ。月彦の目がいつもの優しい目ではなく、欲情しきった牡の目になっていることも嬉しかった。
 こうして月彦の前で脱衣することは珍しくはない。が、しかし慣れることもない。いつもボタンを外す指は震え、下着を脱ぐときは糸を引かないか不安になる。月彦に脱げ――と、そう命じられただけで、真央は軽くイきそうになるくらいに興奮してしまうのだ。
「はぁ……はぁ…………」
 呼吸が荒いせいで、衣類を脱ぐという行為自体が、酷く重労働に感じる。それでも漸く全ての衣類を脱ぎ終え、月彦に命じられた通りに跨る。月彦はベッドの上に大の字に近い形で仰向けになっていて、真央の一挙手一投足を観察するように見ていた。
 その目が、いつもより些か冷ややかに感じるのは、やはりさっきのコトが原因だろうか、と真央は思う。本当に満足していなかったわけではない――と、真央は弁明したかったが、信じてもらえるとは思えなかった。
 そう、満足していなかったわけではないのだ。ただ……例えるならば、デザートのようなもの。主食の後に、ちょっとした余韻を楽しむための行為――月彦に出されたものを自らの指で膣内に塗りつけながらその余韻を楽しむのが真央は好きだったのだ。無論、月彦に抱かれていた時のコトを思い出しながら――だ。
 それを、勘違いされてしまった。そして宣言されてしまった。いつもよりも激しくやる――と。
 そして、そのコトを自分の体が喜んでしまっているコトも真央は知っていた。月彦の責めを期待し、待ちこがれているのが否が応にも解る。
(また……エッチな体にされちゃうんだ……)
 ぞくぞくする快感と共に、そんなコトを思う。月彦自身は自覚がないかもしれないが、自分がこんなにも――求めるようになってしまったのは、半分以上は月彦が原因だと、真央は思いこんでいた。
 月彦に抱かれたばかりの頃に比べて、何倍も感じやすくなってしまっている体。それは月彦にそうなるように“調教”されたからだ。キスをされただけで全身から力が抜け、囁かれただけで止めどなく溢れさせてしまうようにされたからだ。
 恐らく――否、絶対に他の牡が相手ではこうはならない。相手が月彦でなければ――そう、文字通りすっかり身も心も月彦のものにされてしまっているのだ。
「はぁ……ふぅ……」
 眼下の剛直を見る。隆々とそそり立ち、臍のほうを向いているそれを掴み、自らの秘部へと宛う。
「んっ……くっ」
 覚悟を決めて、徐々に腰を落とす。巨大な肉塊が下半身を刺し貫いていく感触に尻尾がぞくぞくする。このまま、全身を貫いてしまうのではないか――そう錯覚してしまう程に堅く、熱い代物だった。
「んぁ、は、ぁ……やっ、父さまの……大きっい……全部、入らなっ……んっ!」
「……さっき、真央がいやらしい脱ぎ方をしたせいだな。……そのせいで、いつもより興奮しちまったかもしれん」
 月彦の手が真央の太股に添えられる。やっ、だめ――、とその言葉が出る前に、ずんっ、と下腹部が貫かれた。
「あひィッ!!!」
「……でも、元はといえばあんな……男を誘うような脱ぎ方をした真央が悪いんだから、自業自得だよな」
 ぐっ、ぐっ、と肉塊が最奥に押しつけられる。真央は必死に腰を浮かそうとするが、月彦に押さえつけられていてそれも出来ない。
「そ、んな……わた、し……普通に、脱いだ、だけ、なのに……」
「本当か? 学校で着替える時もあんな……見せつけるような脱ぎ方をするのか?」
 相手が女子でも顔を赤くするぞ……と、上体を起こし、囁いてくる。無論、本当は違う。態と……そう、月彦が言うように、誘うように脱いだ。見せつけるように……脱いだ。
「誰に教えられたわけでもないのに、デフォルトで知ってるんだもんな。男を、牡を猛らせ、襲いたくてたまらなくするような脱ぎ方、見せ方を……さすが、真狐の娘だ」
「あぁっぁっ……やっ、ぁっ、うっ……!」
 深々と剛直を入れられたまま、耳をしゃぶられる。それだけで、真央は軽く達してしまう。
「耳を舐められただけでイッたのか」
「ひぃうっ!」
 イッてキュウゥ、と剛直を締め付け、そのお返しとばかりに軽く小突かれる。耳を舐められただけじゃない、挿れられたまま、耳を舐められるのに弱いのだと真央は弁明したかったが、余裕が無かった。
「……真央、いつまで受け身で居る気だ?」
「あうっ……! ぁっ、んっ……!」
 月彦が再びごろりと寝転がり、急かすようにずんっ、と突き上げる。それで漸く、真央は自分から腰をくねらせ始める。
「っ……そうだ。もう少し、激しく……」
 月彦が手を伸ばし、両乳房を揉んでくる。ただ触られるだけでも弱いのに、挿れられたまま、しかもぎゅうっ、と強く揉まれて思わず声を漏らしてしまう。
「……こうやって、強く握ると強く締め付けて仕返しをする……真狐と同じだな」
 そう言われたところで、真央にはどうすることも出来ない。殆ど条件反射、快感を堪えようとして自然と下腹部に力が籠もってしまうのだ。
「そして、上に跨らせると無口になって動きが悪くなるのも同じ――か」
「んっぁっ、だって、っはっ……んっ、……あんっ!」
 真央には、母親の、真狐の気持ちが多少なりとも理解できた。こんなに巨大な、堅くて熱いものを深々と差し込まれて動けと言われても動ける筈がない。いつぞやの時ならばまだ動けたが、今日は――違う。多分本当に、興奮しているのだ、月彦は。
「本当にいつもより動かないな……ひょっとして……気にしてるのか? 隣の事を」
 となりのこと――そう月彦の言葉を反芻して、真央は思い出した。そう、隣には由梨子が来ている筈なのだ。
 だが、月彦の危惧は大外れだった。真央自身、由梨子のことは決して軽んじているわけではないが、それでも――忘れていた。月彦との行為に溺れて、どうでもよくなっていた。だが――。
「なぁ、真央……静域の術だっけか……声や音が漏れなくなる術ってのは……たとえば窓やドアが開いてても有効なのか?」
「えっ……それ、は――」
「試してみるか? 隣に、由梨ちゃんに聞こえるかどうか――」
「やっ……だ、だめっっ……父さま、絶対だめっ……!」
 術は、密室でこそ効果を発揮する。そうでなくては――なんの防音効果ももたらさないことは真央には十分解っていた。
「どうしようかな。……真央の“だめ”はして欲しいって意味の場合もあるからな」
 月彦の言葉に、ぞくりと快感が走る。窓を開けられたら、ほぼ間違いなく――由梨子に聞かれてしまう。自分の声を、月彦にイかされ、あられもなく叫んでしまう声を。
「や、めて……お願い、父さま……そんな事、されたら……学校、行けなく、なっちゃう……」
 必死に懇願するも、体は――まるでそうされることを望むようにすっかり発情しきっていた。結合部からは尋常ではない程の蜜を溢れさせ、月彦の腹部をびしゃびしゃにしてしまっている。胸の頂はつんと尖り、尻尾まで……堅くそそり立ってしまっている。
「真央がイく時の声は凄いからな。あのサカり声を由梨ちゃんが聞いてどう思うか……個人的には凄く興味があるんだが――」
「いやっ……だめ、父さま、やめて……!」
「それに――だ。こっちだけ聞くのは……不公平だと思わないか?」
 月彦に促されて、真央はハッと気がついた。月彦との行為に没頭しすぎていて気がついていなかったが……確かに、聞こえる。由梨子の声が。
「やっ……由梨、ちゃん――本当に、姉様と……」
「気がついてなかったのか。“あの”由梨ちゃんもこんな声を出すんだな……少し意外だった」
 そう言う月彦はどこか平静のそれとは違っているように真央には見えた。まさか、ひょっとして――“いつもより興奮している”のは由梨子の喘ぎ声のせいなのでは――そう考えてしまう。
「まあ、見た目がどんなにクールでツンツンしてても、好きな相手の前では――んんっ!?」
 月彦に最後まで喋らせず、真央は被さって唇を塞いだ。そのままぐりんっ、と腰をくねらせる。
「んっ、、んっ…………っは、……真央?」
「だめ……由梨ちゃんの事なんて、考えないで……」
 月彦にしがみつくようにして体を密着させ、腰だけはさっきまでの降着が嘘のように大胆に動かす。
「うっ、おっ……あっ……!」
「由梨ちゃんの声なんて聞かないで……父さまは、私の……真央だけの、モノなんだから」
 はあはあと息を荒げながら、本能に従って腰を動かす。キスで唇を塞がなくても、どうすれば男を黙らせられるかは“本能”が教えてくれる。そして、どうすれば――目の前の男が自分のことしか考えられなくなるかも。
「ちょっ、、真央っ、いきなりっ……どうしっ……くぁっ……ま、待っ……!」
 先ほどされた事を、そっくりお返しする。腰をくねらせながら、月彦の耳に舌を差し込む。自分がされた時ほどではない。程ではないが――月彦も意外なほどに反応を返してきた。
 そうか、と思う。人間も、月彦も耳は弱いのだと――真央は納得してますます大胆に舐める。耳だけではない、首筋や、耳の裏、顔まで。
「はぁっ、んぁっ……父さまっ……父さまっ…………!」
 普段ならば、自分の方が先にイッてしまってこんなに大胆に腰は振れない。が、今は嫉妬が半ば快感を麻痺させていた。気持ちよくないわけではない。それよりも――目の前の牡を自分の事に夢中にさせたくてたまらない。イくのは、その後でもいい。
「父さまっ、父さま……父さま、父さまっ………んっっ…!!」
 それでも、だんだんイくのを我慢できなくなる。舐めるのをやめて、直接キスをして、舌を絡めて無理矢理誤魔化す。最早腰から下は完全に真央の思考から独立していた。真央がイきそうになるのも構わずに、勝手に……そして淫らに動き続ける。
「んっ、んんんんーーーーーーーーーーンンッ!!!!!!!」
 そして、唐突に中に出される。いつもは月彦の方から何らかのサインが送られ、それで覚悟が出来るのだが今回は本当に唐突だった。
「んんっ、んんーーーっっは……ぁっ、あぁンっ……あんっ……ぁ……………………」
 びゅるっ、びゅっ、びゅぐぅっ!
 止めどなく膣内に溢れる熱い液体にたまらずキスを中断して声を上げてしまう。
「あっ、ぁっ、あっ……ぁっ…………ぁっ……!」
 わけのわからないうちにイかされ、頭がぐちゃぐちゃになる。痙攣するように体を震わせながら、ただただ下半身から伝わってくる熱の感触にのみ執着し、うっとりと真央は脱力する……。
 はあはあという荒い息が二人分、しばらく室内に木霊する。
「……真央、いきなりどうしたんだ?」
 沈黙を破ったのは、月彦の方だった。
「なんでいきなりあんな……ゆ――んんっ!?」
 喋ろうとする月彦の唇を、真央が再びキスで塞ぐ。そのままたっぷりと舌を絡めて、そして離す。
「……今は言わないで、父さま。……真央の事だけを考えて、真央だけを……見て?」
 そこまで言って、漸く月彦は理解したのか、納得のいった顔をする。
「解った……でもそれは、俺が努力することじゃあないな」
「え……あ、あんっ…」
「真央しか見れないくらいに、真央の声しか聞こえないくらいに……夢中にさせてくれ」
「父さま……んっ……」
 再び、キス。無論、それはさらなる行為へのきっかけ。
「あっ、あっ……父さま……あっ……!」
 夢中にさせてくれ――そう言った筈なのに、積極的に愛撫をしかけてくるのは月彦の方だった。でも、それでいい。月彦が自分に夢中になってくれているのなら、それが一番なのだ。
(父さま……もっと、真央を見て……。真央に、夢中になって……)
 とろけるようなキスをし、胸元を荒々しく揉まれながら、真央は心の内で呟く。
「はあっ、はあっ……とう、さまぁっ……!」
 月彦は体を起こし、先ほどまでのようにベッドに腰掛けたまま、真央の体を上下に揺さぶる。ごちゅっ、ごちゅっ、と最奥を小突かれ、真央は早くもイきそうになる。
「はぁぁぁっ、ぁぁぁあああっ!!!」
 両手を月彦の背に回し、しがみつく。
「あっ、ああっあっ……あっ、んっ…だめっ、ぇ……濃い、の……塗りつけ、ないでっぇ………! あっ……ぁっ……!」
 腰が勝手にうねうねと動く。それはもう、真央の意志では止まらない。
「ぁっあっあっ、らめっ……あっ……あっ、いっ……んっ……!」
 純粋に真央の腰使いを楽しむように、先ほどから月彦の動きが止まった。両手を真央の尻に沿え、優しく揉みしだいている。
「随分気持ちよさそうだな……真央? さっきイッたばかりなのに、すごい動きだな」
「ぁっ、やっ……んっ、ぁっ、だって……腰、勝手に、動いちゃうっ……」
「解ってる。……可愛いな、真央は」
 可愛い――そう囁かれただけでぞくりと体が震える。内側からとろけそうになってしまう。
(あぁ……父さま、好き。大好き……)
 どちらともなく唇を合わせる。そのまま、ごちゅんっ、と月彦が突き上げる。真央は喉の奥で噎ぶが、キスはやめない。
 ぴちゃぴちゃと音を立てて舌を絡めながら、互いに淫らな腰使いで快感を貪り合う。
(あぁっ……イくっ……父さまにキスされて……またイッちゃうっ!)
 真央がイきそうなのを察したのか、真央の体を上下に揺さぶっていた動きが止まる。ならば――とばかりに真央が腰を激しくグラインドさせ、剛直を締め付ける。
(あっ、あっあ、っぁっ、ぁっ……イくっ、イクッ……!!!)
 唇を合わせたまま、びくんと体が震える。
「んんんっんっんーーーーーーッ!!!!!」
 舌を吸われながら、イかされる。あれほど激しかった腰の動きも止まり、ぐたぁ……と月彦にもたれ掛かる形で脱力する。
「はーっ……はーっ………………」
 荒い呼吸を整えていると、不意に尻を掴んでいた手に力がこもる。ぞくりっ、と……背筋が冷える。
「真央、俺はまだイッてない」
 少し、不満そうな声。真央はこういう時にズルいと思う。自分は、たとえ挿れられてすぐでも中出し――即ち月彦がイけば、無理矢理自分もイかされるのに、その逆はないのだ。
「だ、め……父さま、少し、休ませ――きゃんっ!」
 容赦なく、体が上下させられる。イッたばかりの膣内を、無理矢理刺激される。
「真央、俺を夢中にさせてくれるんだろ……?」
 月彦もはあはあと息を荒げながら、真央の体を揺さぶる。揺さぶりが止まったかと思えば、今度はぎゅうと尻尾を握ってくる。
「ひィン!!」
 尻尾を握られて、反射的にぎゅうと剛直を締め付けてしまう。それを待っていたとばかりに再び上下に揺さぶられる。
「あっ、あっ、あっ、あっ……あァッ!」
 ごちゅごちゅと体の奥底を突き上げる熱塊に、だんだん何も考えられなくなる。月彦にしがみついて、声を上げることしかできなくなる。
「いい声だ……聞いてるだけで、こっちまで……興奮してくる」
「やっ……そんっ……なっ……あンッ……! 言わなっ……んっ……!」
「本当の事だ。……っ、真央、また……出す、ぞ」
「えっ、やっ……あっ、あァァッ!!!!!」
 びゅぐんっ!びゅぐっ!
 体が浮くのではないか、という程の勢いで吐き出される白濁に、頭の中まで真っ白になる。
「あっ、あっあっ――!」
 濃厚な牡液の感触に、無理矢理イかされる。それも、ただ奥を小突かれてイかされたさっきのそれとは比べモノにならない程の、途方もない快楽によって。
「あはぁぁぁぁぁぁ……!」
 クセになりそうなほどの――否、すでになってしまっているのだろう。牝である真央にとって、大好きな牡に中出しされる快楽は何物にも代え難く、抗いがたい。
「……っ……ほんと、良い声で鳴くよな、真央は。そんな声で鳴かれたら……また、中に出してやりたくなるじゃないか」
 僅かに力を失っていた剛直が、真央の中でぐぐっ、と力を取り戻す。それを感じ取って、またぞくりと……背筋を快感が走る。
「真央、立て」
「ぇ……」
「立って、壁に手を突け」
 そう言って、月彦は壁の方を指さす。それは、霧亜の部屋がある方の壁だった。

「父さま、それは……」
 予想通り、真央は躊躇うような声を出す。が、無論月彦は聞き届けない。
「関係ないだろ、“隣のこと”なんて」
 そう、関係がない。真央が月彦を夢中にさせてくれるなら、隣のことなどどうでも良い筈なのだ。
「どうした。言うことが聞けないのか?」
 少し怒ったような口調で焚きつけてみる。真央は怯えるようにびくんと体を揺らし、そして渋々ながら月彦の言葉に従った。両手を壁に付き、尻を差し出すように突き出して、不安げに月彦の方を振り返る。
「真央、隠すな」
 ふさふさの尻尾が、物欲しげに蜜を溢れさせている箇所を隠そうとするのをむんずと掴んで、無理矢理暴く。尻尾を乱暴に掴まれて、真央が小さく悲鳴を上げたが、月彦は頓着しない。
「全く、何度注意しても尻尾で隠すクセが治らないな。……今度やったら“お仕置き”だな」
「おし……おき?」
 怯えたような声で、真央が呟く。そう、怯えたような声のクセに、目だけは――“どんなことをされるんだろう”とばかりに期待に満ちている。もしかしたら失言だったか――と思いつつ、月彦は真央に被さる。
「んっ……ぁっ……」
 まだ、挿れない。挿れずに、ただ、体を密着させて真央の双乳の感触を楽しむ。
「父さまっ……どうして……」
「どうして? 壁に手を突けとは言ったが、挿れてやるとは一言も言ってないぞ」
 言いながら、少し意地悪かな――と内心思う。真央のあからさまに切なそうな顔を見ると、途端に前言撤回したくなる。
「……嘘だ」
 髪を撫でて、頬にキスをする。
「本当は、俺だって真央が欲しい。真央の中に挿れたくてたまらないんだ」
「父さま……ぁンっ!」
「ほら、真央……しっかり踏ん張れよ、挿れる、ぞ」
 真央が両足を軽く開き、両腕に力を込めるのを確認してから、一気に最奥まで挿入する。
「んっっ……あっ、あっ、あぁぁぁあっあッ!」
「いい声だ……もっと鳴け、真央」
 月彦自身、真央の嬌声に猛りながら、遮二無二腰を叩きつける。腰のくびれを掴み、ぐりぐりと擦りつける。
「あぁぁぁぁぁぁぁァァッ!!!!!」
 悲鳴にも近い、真央の叫び声。常識的に考えれば、間違いなく隣に聞こえているだろう。だが、本当に聞こえているのであれば、真央がこうまで遠慮無く声が出せる筈がない。
「だめ、だめ……父さま、こんな、の……立って、られなっ……んんっ!!!」
「なんだ……もう音を上げるのか。まだ挿れたばっかりだぞ?」
 ぐぐぐっ、と深々と挿れながら、真央の双乳を捏ねる。捏ねながら、尖った先端を摘み上げる。
「だ、だって、ぇ……父さまに、挿れられて、ごちゅんって、されると……力が、抜けちゃって……ふにゃあって……きゃんっ!!」
「……こうすれば、ちゃんと立てる……だろ?」
 ふさふさの尻尾の付け根をぎゅうと掴む。途端、真央が悲鳴を上げてくんっ、と尻を上げる。そのまま尻尾の付け根を擦り続けると、尻がどんどん持ち上がり、ついにはつま先立ちになる。
「だめ、……ぇ……父さま、尻尾は……」
「駄目なら触らない。真央がちゃんと立っていれば――な」
 再び被さり、乳を捏ねながら今度は耳を舐める。――また、真央が悲鳴を上げる。がくがくと太股を震わせて、何度も崩れ落ちそうになるのを、無理矢理尻尾を握って立たせる。
「あっ……あっっ、ぁっ…………ンっ、あっ……あっ、あぁっぁぁあぁっ!!」
「ッ……く……また、イッたな。真央がそうやってすぐイッてぎゅんぎゅん締め付けてくるから……こっちも持たないんだッ……」
 いらだたしげに、強く胸を掴む。そのせいでまたぎゅうっ、と締まり、月彦は眉根を寄せる。
「はあ……はあ……ただでさえ、真央の中……ぬるぬるで、トロットロで……たまんねぇのにっ……くそっ……」
 口調が、徐々に乱暴になる。自分の奥底に潜む獣が首を擡げ始めるのを実感しながら、月彦はひたすら真央の中を蹂躙する。
 事実、真央の体を味わいながら、射精を我慢するのは拷問に近い行為だった。ただでさえ男を昂らせるような体つきをしている上に、一度挿入すればトロトロの肉襞がきゅうきゅう吸い付いて来て離れない。否、離したくないと、ずっと繋がっていたいと思ってしまう。
 たっぷりと中に出して、本来ならば役目を終えた怒張は萎み、気分は収まる筈なのだ。それなのに依然膨張したまま、気分は萎えるどころかますます欲しくてたまらなくなる。まるで、真央の膣分泌液事態が強力な媚薬にでもなっているのではと疑いたくなるような現象だった。
 月彦自身、恐いと思う。真央の体に、心底溺れてしまいそうな自分が、だ。真央との行為をどこか忌避するような態度をとってしまうのは、単純に疲れが途方もないという事の他にそういった事が“病みつき”になるのが恐いというのもある。否――ひょっとしたら、既になりかけているのかもしれなかった。そうでなければ、事前に媚薬を飲んだわけでもないのに前後不覚になるまで交接し続けるというのは尋常の事ではない。
「はぁっ……はぁ……くっそ……だめ、だ……止まん、ね……ッ……」
「えっ、あっ、きゃっ……あっ、あッあっあァあっあっ!!!!」
 覆い被さり、体ごと真央を壁に押しつけるようにして、剛直を叩きつける。瞬間的に理性が消え失せ、本能のみで真央を求め続ける。
「あっ、あっあっ、とう、さまっ、わた、し、もっ……んっ、あっ……私っっ……あっ、やっ……も、ッ……らめ、、、ッ……あァッ――ああああァうッ!!!!!」
 真央が一際高く鳴いた刹那、限界が来た。真央の体の一番奥に、どくりと。夥しい量の牡液を叩きつける。
「あっ……ああっ、あうっ……あっ…………あっ……あっ……はぁぁぁぁ…………」
 真央もイッたのか、とろけるような声を出して月彦の腕の中でがくがくと体を震わせている。どろりと、濃い白濁が膣液の滑りを借りて真央の太股を伝っていく。
「ふーっ…………ふーっ………………ふーっ…………」
 まるで側に本物の獣が居るのではと錯覚してしまいそうな鼻息。それが自分のものだと気づくのに数秒を要した。
「とう、さま……まだ、こんな、に……いっぱい……きゃんっ……!」
 余韻に浸る真央を抱え、無理矢理ベッドに押し倒す。驚く真央の両腕を押さえつけ、かまわず抽送を始める。
「と、父さまっ……やっ……んっ!……そん、なっ……また、後ろから、なんて……んんっ!」
 俄に抵抗しようとする真央の頭をベッドに押さえつけるようにして、剛直を押し込む。
「はあっ……はあっ……真央の、中……たまんねっ……」
 真央の抵抗が止むと、腰のくびれを掴んで本格的に犯す。先ほど出したものが抽送の都度溢れ出し、ベッドの上にシミを作る。
「やぁぁっ……だめぇぇ、父さまっ……そんなに、濃いの、塗りつけないでッぇ……」
「ッ……何、言ってんだ……こうされるのが、好きな、くせにっ……」
「やぁぁっ! だめ、だめっ……またっ……すぐっ…………」
「イッていいぞ、真央。何度でも……俺も……また、真央の中に出して、塗りつけてやる。真央の中を……染め上げてやるから、な……」
 耳元で囁き、真央がぶるりと体を震わせるのを感じ取る。
「やっ…………父さま……」
「言っただろ。今日は……真央が後で自分でする気力も残らないくらい……イかせ続けてやるって」
 ひぃっ、と真央が怯えたような声を上げ、その声に月彦はますます獣性を猛らせる。
 
 紺崎月彦の“人間”としての記憶はここで途切れた。

 朝を迎えると――否、場合によっては昼、或いはまた夜という事もあるが――大抵後悔をする。“またやってしまった”――と。
 真央とする際に最後まで意識が在るのは最近は希で、大抵は記憶が途中で途切れてしまっている。そして翌日、真央から「昨日の父さまはスゴかった」等と言われて恥ずかしくなるのだ。それは例えるならば――月彦自身そこまで深酒したことはないが――泥酔した者が昨夜の醜態を友人からなじられるような気持ちに似ているかもしれない。
 土曜日の――デートだけではなく、全てを含めた――疲れのせいで日曜日は寝ても起きても横になり続けるようなダラダラした過ごし方をして、あっという間に月曜日になった。ちなみに隣に泊まった筈の由梨子はといえば、いつのまにか帰宅していたようだった。といっても、月彦自身月曜日の朝になるまで由梨子の事自体忘れていたわけだが。
 だから月曜日の朝、いつものように真央を待っていた由梨子の顔を見た途端、土曜の夜に微かに聞いた喘ぎ声がちらついてなんともばつが悪くなってしまったのには困った。由梨子自身はそのことを気にしてもいないのか、いつもの無愛想さで真央と共に一年の昇降口の方へと消えていった。
(あの子があんな声を出すんだからなぁ……世の中わからん)
 真央には聞くな、考えるなと言われた事だが、やはり考えてしまう。普段からあんなにツンツンせずに、可愛らしい声の一つも出せば――もっと男子にも好かれるだろうにとそんな保護者じみた事まで考えてしまう。
 いかんいかん、考え方が年寄りじみてきたとかぶりを振りながら自分の教室に向かっていた時だった。突然背後から声をかけられた。
「すみません、先輩。ちょっといいですか」
 全く予期していなかった声に、一瞬それが誰の声であるのか解らなかった。振り返っても尚、信じられなかった。声の主は宮本由梨子その人だったからだ。
「先輩に相談したいことがあります。放課後お時間宜しいですか」
「へ……相談したいこと? 俺に?」
「真央さんの事です」
「真央のっ……!?」
「はい」
 由梨子の顔は真剣だ。険しいと言っても良いほどに。恐らく……余程重大な事なのだろう。
「真央の事と言われたら、授業サボってでも時間を作るぜ。どうすればいい?」
「では放課後、裏門で待っていてください。多分、私たちの方が早く授業もHRも終わると思いますけど、私は真央さんを送らないといけませんから」
「解った。終わったらすぐ行って待ってる」
 お願いします、と言い残して由梨子は自分の教室がある校舎の方へと戻っていった。由梨子が直接自分を頼るような事とは一体何だろう。まさか、真央がイジメにでも巻き込まれているのだろうか――そんな危惧が沸く。
 月彦が見る限り、最近の真央の様子に特に変わったところは見られなかった。やたらとくっついてくるのもいつもの事だし、エッチをねだるのもいつものことだ。何より、先週一週間はデートだデートだと浮かれっぱなしだったではないか。
 では何だろう――由梨子は自分を嫌っている。余程の事が無い限りは頼ったりはしない筈だ。ということは、やはり余程の事が起きたのだ。
 まさか、真央の正体がバレたのか。いや、しかし何故それで自分にコンタクトをとる必要があるのか。
「うーん、わからん……」
 結局、その日は一日中気がそぞろで授業どころでは無かった。由梨子の言う用件が一体何なのか気になって仕方がなかった。
 全ての授業を終え、HRが終わって一緒に帰ろうぜという和樹の誘いも振り切って由梨子との待ち合わせ場所へと向かう。
 案の定、由梨子の姿はまだ無かった。まあ仕方ないなと月彦は待ち続け、十分ほど経ったところで意外にも早く由梨子が戻ってきた。
「……お待たせしました」
 肩で息をしている。恐らく真央を送って、走って戻ってきたのだろう。その気遣いが嬉しくて、お礼を言おうとした矢先、由梨子はぷいといきなり歩き出してしまう。
「お、おい……何処へ……」
「ここでは人目があります。落ち着いて話が出来る所へ移動します」
「移動しますって……何処へだよ」
 場所を変えるつもりなら最初からそこで待ち合わせれば良かったのに、と月彦が思った矢先、由梨子が答えを返した。それは、月彦の疑問への答えでもあった。
「私の家へ、です。そこなら落ち着いて話が出来ます」








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