廃車体は生きている

バス集会所

地域の集会所として利用されているバス廃車体です。これもバスラーメンと同様、各地で見ることができる廃車体の利用方法です。
バスを活用する理由も恐らく同じで、建物を建てるための費用や手続き、税制面のメリットによるものと推測できます。もっとも最近ではバス車体の維持や防犯上の問題などからか、こういった集会所も減少傾向にあるようです。
集会所
MR470

撮影:Kj様(岐阜県 2018.4.3)

名古屋鉄道 三菱MR470
MR470

撮影:Kj様(岐阜県 2018.4.3)

とんでもない細い道を入った奥にあるというバス集会所。屋根だけでなく、四方も囲われており、よほどの興味がないとバスだとは分かりません。
前ドアと右側面中央の非常口が出入口として使われているようです。右側面のエンジン蓋の所で囲いが切れているのは、これを何かの入れ物に使っているのでしょうか。
ドアや窓の形状などから、三菱ボディのMR470で1964〜66年式と思われます。非常口の窓が固定窓になっています。

公園の集会所
E690

撮影:埼玉県(2012.3.18)

日産自 E690

公園の片隅に置かれた青いバス。看板はありませんが、建物用のドアや室外エアコンの存在(後ろ面にあります)、公園という立地などから、集会所に分類しました。
富士重工製ボディの場合、キャブオーバー車は丸型の旧タイプのボディで作り続けられていましたが、1970年頃には13型と呼ばれるヒサシつきボディに変わりました。
日産「キャブスター」の流れを汲みますが、この年式では単に「ニッサンバス」と呼ばれていたようです。

公園の集会所
RB10

撮影:松山市(2010.5.8)

伊予鉄道 日野RB10

これも公園の片隅に置かれた青いバス。中ドアの脇に木製の表札がついています。タイヤの位置にブロックで足がついており、フェンダは板でふさがれています。
多分、錆などが原因で雨漏りが始まってしまったのでしょう。屋根にはシートがかけられた状態です。
(2018年7月現在、撤去済み)

集会場
MR490

撮影:旅男K様(福岡市 2007.11.4)

西日本鉄道 三菱MR490
MR490

撮影:旅男K様(福岡市 2007.11.4)

綺麗に黄色く塗装された廃車体の集会所。屋根が付けられ、下半分も壁がつけられ、堅く守られている感じです。古い車体ですが、大事に使われているように見えます。
西日本車体の丸型ボディですが、後面2枚窓なので1960年代前半の車両。中ドアは折り戸で、位置がだいぶ前にあるようですが、このシャーシの標準なのか初期ワンマンカーの仕様なのかは分かりません。
(2018年現在撤去済み)

集会所
DR10

撮影:旅男K様(岡山市 2007.3.4)

トヨタDR10
DR10

撮影:旅男K様(岡山市 2007.3.4)

高架橋の下に納まった廃車体の集会所。高架ができてからバスを入れたのか、バスの上に高架橋を造ったのか、興味のあるところです。
その上この車両はトヨタの中扉専用車で、ボディは西日本車体の架装という、これもまた希少なものです。
薄緑に塗りつぶされた下からブルー系のラインが見えます。これが現役時代のカラーなら、元中鉄と言う可能性がありますが、仕様からして自家用バスかもしれませんので、前歴は不明としておきます。
(2016年現在撤去済み)

集会所
RB120

撮影:旅男K様(高槻市 2007.1.27)

高槻市交通局 日野RB120
RB120

撮影:旅男K様(高槻市 2007.1.27)

公園の中で集会所となったバスですが、2台のバスが建物とほぼ一体化しています。手前の車両は西日本車体の日野車で、尺の長いRB120のようです。側面の窓ガラスには「バスにボールをぶつけないでください」との注意書きがありますが、いくつかの窓は既に割られています。
奥の車両は川崎ボディのいすゞ車で、BA741だと思われます。こちらは後面に方向幕があります。
(2016年現在撤去済み)

集会所
BT51

撮影:大阪市(2007.11.21)

大阪市交通局 日野BT51
BT51

撮影:大阪市(2008.3.23)

前後同一プレスのセンターアンダー車を用いた集会所。後ろドアは左側に開く引き戸です。右の写真は後部から見たところ。前側とほとんど同じスタイルです。
大阪市営で保存している「ゼブラバス」は後ろドア折り戸なので、それより新しい車両です。

集会所
BR20

撮影:横浜市(2005.3.26)

横浜市交通局 いすゞBR20
BR20

撮影:横浜市(2005.3.26)

公園に置かれた集会所でしょうか。北村製作所製の丸型ボディの廃車体です。窓にはガラスを保護するための柵がつけられています。非常口側にHゴム固定の中途半端な窓があるのは、この時期の北村ボディの特徴かもしれません。
前中引き戸のワンマンカーで、首都圏では珍しくない窓配置の車両ですが、ちょご姉様より元横浜市交通局とご教示いただきました。
(この廃車体は2007年に撤去されました)

集会所
MR490

撮影:相模原市(2006.12.2)

小田急バス 三菱MR490(1963年式)
MR490

撮影:相模原市(2006.12.2)

やはり公園内に置かれた廃車体です。三菱ボディの丸型ボディで中ドアが引き戸のワンマンカーです。
ブランコの側は、子供が下に入るのを防ぐためか、車体下に板が張られています。塗装は最近明るい色に塗り替えられたのか、綺麗な状態です。
(注1)
(2016年現在撤去済み)

集会所
BR20

撮影:旅男K様(札幌市 2009.5.5)

札幌市交通局 いすゞBR20
BR20

撮影:旅男K様(札幌市 2009.5.5)

バスに屋根をつけて建物と一体化し、主にグリーン系の淡い1色塗りにするという町内会の集会所が、まるで全国にチェーン展開されているようです。
この町内会は2台の同形のバスを並べています。川崎航空機の1965年頃のボディですが、通常はスタンディーウィンドウの下にしかない雨樋が上にもあるのが特徴。非常口の窓が角丸の固定窓なのは札幌市仕様でしょうか。
(注2)

自治会館
BU05

撮影:韮崎市(2005.8.27)

山梨交通 いすゞBU05(1968年式)

自治会の集会所になっているツーマン仕様のBU05。方向幕の部分に地区名称が書かれています。塗装は若干変化しているようですが、山梨交通の面影が残ります。
情報提供者によると、車番はA324だそうです。
(情報提供:ちょご姉様)
(2017年現在撤去済み)

集会所
RV100P

撮影:兵庫県(2010.11.20)

神姫バス 日野RV100P

公園の片隅で金網に囲まれ、銀色1色に塗られたバス集会所。金網はボールをぶつけられて窓ガラスが割られるのを防ぐためでしょう。
神姫バスの貸切車で、金産ボディの丸みのあるボディに正面傾斜窓の組み合わせは1970年前後のスタイルと思われます。ヘッドライト上のヒゲ飾りが特徴。

集会所
RC300

撮影:奈良県(2011.11.3)

奈良交通 日野RC300P(1971年式)

やはりグリーン系1色に塗られた集会所。前ドア脇には表札や掲示板が付けられています。
車両は金産ボディで、後輪にフェンダカバーがあるのが特徴。また側窓はこの時期の金産ボディが得意だったサッシ窓です。

集会所
BH20P

撮影:三重県(2011.11.25)

三重交通 いすゞBH20P

三重交通では相当数を購入していたオバQのいすゞBH20Pが集会所として残っていました。
やはり1色に塗りつぶされていますが、一部に下地のグリーンが覗いています。

集会所
U20H

撮影:ちょご姉様(沖縄県 2004)

琉球バス 日産デU20H(1978年式)

集会所に改造されている車両。車体中央部に大きな開口部が増設され、新しい玄関となっているようです。
元の車両は1978年の沖縄通行方式変更に伴い新造されたいわゆる730車と思われます。

老人福祉センター
MS613S

撮影:栃木県(2012.12.1)

三菱 K-MS613S

団地の一角に置かれたバス。ちゃんと屋根が掛けられており、雨漏りなどの心配がないようになっています。
社名表示窓に自治会名が、ナンバープレートの位置に「老人福祉センター」の文字があります。
「自家用」表示がありますので、元は自家用の送迎バスだったようです。型式は、トランクリッドの大きさなどからの推定です。

集会所
MP118K

撮影:大阪府(2018.7.13)

大阪市交通局 三菱K-MP118K(1982年式)
MP118K

撮影:大阪府(2018.7.13)

比較的新しいバスの集会所です。呉羽車体が当時中型車と同じスタイルで先行的に製作した角型の大型車で、関西などの一部の事業者にしか見られないレア車でした。後のエアロスターKには見られない方向幕周りやリアスタイルに特徴が見出せます。
後ろドア部分はシャッター式の出入口に改造され、エアコンの室外機も見えます。リアタイヤのカバーは現役時代の物がそのまま活用されているようです。

注意事項
本ページは、「廃車体は文化遺産である」と言う趣旨によって作成しております。当サイトを訪れる方は、この趣旨を御理解いただける方だと思いますが,万が一,本ページの悪用による廃車体への損傷等があった場合は,本ページ及び関連する事項は即刻削除いたします。
(注1) 元所有者と年式は、小田急バス私設ファン倶楽部内の「除籍車両追跡調査会」の調査結果を参照しました。
(注2) 元札幌市交通局であると言うことは、相互リンク先の気・ま・ま・な・博物館に記載の情報に基づきました。
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80s岩手県のバス“その頃”