廃車体は生きている

エビスタ西宮のバスショップ

ネガティブなイメージの廃車体をうまく活用してお洒落な空間に変えたのが「エビスタ西宮」の「バスショップ」です。
2003年に阪神電気鉄道が阪神西宮駅前に建設した商業施設「エビスタ西宮」のオープンに合わせて、自社の廃車バスを提供し「バスショップ」としてオープンさせたのが始まり。半年後には3両を”増車”し、6両での店舗展開となりました。
私が訪問したときは、時間帯が悪くて、ほとんどの店が開店前。人影もまばらで、せっかくのポジティブな雰囲気が表現できませんでしたが、綺麗にお化粧されたバスたちの第2の人生は、充分に輝いているようでした。
しかし、その後に店舗の閉鎖があり、公式サイトによると2011年時点で3店舗での営業になり、2017年時点ではすべてなくなっています。

GEORGIA
HT235BA

撮影:阪神西宮(2005.3.22)

阪神電気鉄道 日野P-HT235BA

GEORGIA(ジョージア)のコーヒーショップになった日野車です。
イメージカラーのブルーに塗られ、内外に自販機が置かれています。中央部に大きな入口が作られ、気軽に入ってコーヒーブレイクを楽しむことが出来るようになっています。
(2017年時点で撤去済み) エビスタ西宮

Chez car
LV314M

撮影:阪神西宮(2005.3.22)

阪神電気鉄道 いすゞP-LV314M

デザートカフェChez car(シェカール)。バスショップの中で唯一のいすゞ車。やはり青を基調としたカラーに塗られています。
中央部がカウンターになっており、この窓からジェラートなどをお客様に渡します。車内で食べることも出来るようになっています。やはり営業中に撮影したかったですね。
ちなみに側面方向幕が「OPEN」「CLOSE」を表示するようになっています。
(2007年時点で、下の写真の店に変わっていました)

プラスワン
LV314M

撮影:阪神西宮(2007.11.28)

阪神電気鉄道 いすゞP-LV314M

上の写真のバスが靴修理・合カギの店に変わっていました。店の作りは以前とあまり変わらないように見えますが、後ろドアが木のドアに替えられています。色は前後のバスとはっきり違う黄色と緑のツートンになっています。
(2017年時点で撤去済み) エビスタ西宮

Wheelers
HT235BA

撮影:阪神西宮(2005.3.22)

阪神電気鉄道 日野P-HT235BA

カフェバーWheelers(ウィラーズ)になった西工ボディの日野車。ここまでが最初の3両で、いずれも違うボディを持つというのも粋な計らいでした。
エビスタ西宮 後ドアはアルミの開き戸に交換されており、ここから車内(店内)に入るようです。窓にはグラスや調味料がびっしりと並んでいます。やはり青系のボディカラーに塗られています。
(公式サイトによると2010年現在、撤去済み)

ひろや
HT235BA

撮影:阪神西宮(2005.3.22)

阪神電気鉄道 日野P-HT235BA

ここからは2003年10月に増設されたバスショップです。
「ひろや」のバスショップは2台あり、こちらはたこ焼き、たい焼きなどを販売する1台。西工ボディの日野車です。
このバスショップの面白いのは、方向幕がそのまま入っているところ。正面は「阪神西宮」、側面は「森林公園前→阪神西宮」という幕が出ていました。
(公式サイトによると2010年現在、撤去済み)

ひろや
HT235BA

撮影:阪神西宮(2005.3.22)

阪神電気鉄道 日野P-HT235BA

もう1台の「ひろや」は駄菓子やおもちゃを販売する店。日野の純正ボディを持つ車両で、6店舗の中では最も原形をとどめています。ドアや窓の形もそのままです。また、赤とベージュのツートンカラーは、どこかのバス会社にでもありそうな感じです。
方向幕はやはり入ったままで、側面は「回送」になっています。
(公式サイトによると2010年現在、撤去済み)

Wa' Bar
HT235BA

撮影:阪神西宮(2005.3.22)

阪神電気鉄道 日野P-HT235BA

こちらは6台の中では最も姿を変えている「ワ・バール」。豚トロ焼など“和”のテイストを楽しむ店だそうです。オレンジ色系に塗られ、レトロ調の装飾が施されています。
こんなデザインのレトロ調バスも、どこかの町で走っているような気がしてしまうのは錯覚でしょうか。
(ストリートビューによると、2014年3月時点で撤去を確認) エビスタ西宮

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