バス廃車体全国版

長野県7(国鉄バス)

長野県にある国鉄バスの廃車体をまとめます。長野県内の国鉄バスは、信越自動車部に属する小諸営業所と、中部自動車部に属する下諏訪営業所、伊那営業所がありましたが、分割民営化直前に関東自動車部に移管され、その後JR東日本を経てJRバス関東となっています。そういう経過から、日産ディーゼルの車両が多く見られるのが特徴です。

廃車体
4RA103

撮影:53様(長野県 2005.5.26)

日本国有鉄道 日産デ4RA103(1962年式)
4RA103

撮影:53様(長野県 2005.5.26)

国鉄バスの旧塗装車の廃車体です。窓ガラスが割れてしまっていますが、その割には窓枠などはそのまま残っており、富士重工R11型の面影をしのぶことが出来ます。
国鉄バスの車番は538-2501です。窓配置と車番から型式は4RA103と推察しました。

廃車体
4R92

撮影:ヒツジさん様(長門町 2004.6.26)

日本国有鉄道 日産デ4R92

旧カラーの国鉄バスツーマン車。恐らく1965年式。
このタイプの廃車体はこの地域にほかにもあり、車両自体の数が多かったのか、廃車を処理した業者がまとめて売却したのか、興味が湧きます。

廃車体
6RA107

撮影:小諸市(2010.7.24)

日本国有鉄道 日産デ6RA107

国鉄バスの高出力車で、長野県でよく見られた車両です。路線シャーシですが、高速バスなどに使用されるJNRマークが付けられています。正面は方向幕がおでこにある路線顔ですが、ツタに絡まれてそれも見えません。
山の斜面にある畑で放置され、窓ガラスもサッシごと失われています。
(2015年にGoogleマップで撤去を確認)

廃車体
RA50P

撮影:ヒツジさん様(望月町 2004.7.19)

日本国有鉄道 日産デRA50P
RA50P

撮影:ヒツジさん様(望月町 2004.7.19)

長野県の国鉄バスは秋田県と同じ信越自動車部なので、日産ディーゼルの車両が中心になっています。その中で、富士重工製ボディの観光タイプはどこにでもあるスタイル。国鉄バスではいすゞ車も三菱車もこのボディで入れていたので、よく見ないとシャーシは判別できません。
この廃車体は日産ディーゼルの観光シャーシで、後面の通気孔が左側に2個あるので1976年までのRA50Pだと思います。

廃車体
BU15KP

撮影:立科町(2014.12.21)

日本国有鉄道 いすゞBU15KP、日産デ6RA107
BU15KP

撮影:立科町(2014.12.21)

国鉄バスが2台並んでいました。後ろ姿はほとんど同じですが、前側は3Bと呼ばれる傾斜形と、3Eと呼ばれるワンマン対応の顔つきで、違いがあります。また、後ろ側のエンジン通気孔も異なり、通気孔のないほうがいすゞ車、2つついているのが日産ディーゼルです。
型式は推定ですが、いすゞBU15KPの方は前中折り戸、日産デ6RA107の方は前ドア車で、いずれも小諸営業所に在籍していた模様です。
(ストリートビューによると、2018年4月時点で撤去済み)

廃車体
BU20K

撮影:小諸市(2010.7.24)

ジェイアールバス関東 いすゞBU20K(1977年式)

日野ボディのいすゞ車。サッシ窓になってはいますが、中ドア後ろの車掌台窓は雨樋まで届いていないという過渡期のスタイル。
今これがある場所は小諸市内ですが、小諸営業所は日産ディーゼル主体でした。西那須野などから最終期に転じてきていたんでしょうか。
冷房車。

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80s岩手県のバス“その頃”