バス廃車体全国版

長野県6(伊那バス)

長野県にある伊那バスの廃車体です。
伊那自動車は、伊那市、駒ケ根市などの上伊那と呼ばれる地区を営業エリアとしており、駒ケ岳ロープウェイに接続する山岳路線で遅くまでツーマン車を使用していたことでも知られます。1975年に伊那自動車の社名を伊那バスに変更しています。
日野車が多いのが特徴ですが、いすゞ車も一定数存在していました。いすゞ車では、遅くまで北村製作所製ボディを導入していました。

廃車体
BH15

撮影:下伊那郡(2007.11.25)

伊那自動車 日野BH15(1960年式)

川崎ボディの日野ボンネットバス。ボンネットの部分は破損していますが、剣道面は残っています。
伊那バス時代に1回塗り直しをしているようで、車番に206620の二つが重なって見えます。車内は三方シート。

(2011年2月に撤去を確認)

廃車体
RB10

撮影:海さん様(長野県 2011.7.10)

伊那バス 日野RB10(1962年式)

伊那バスの2ドア車ですが、恐らく元々中ドアツーマン車だったものに前ドアを増設したものと想像します。中ドアの後ろに日野のサイドマークがあります。
ちなみに車番は37512です。

廃車体
BT51

撮影:ヒツジさん様(伊那市 2004.3.2)

伊那バス 日野BT51

金産ボディのサッシ車。伊那バスではこの時代のボディでもサッシ窓を好んで入れていたようです。金産ボディはこの仕様に早くから対応していました。
(ストリートビューによると、2012年5月時点で撤去済み)

廃車体
RC320P

撮影:長野県(2021.5.22)

伊那バス 日野RC320P

サロンバスの切り文字が入った固定窓の貸切バス。五角形のウィンカーに側面ウィンカーという仕様から、新しくても1972年くらいだと思います。
サロンバスブームより前の年式なので、改造車かもしれません。

廃車体
RC320P

撮影:長野県(2018.7.10)

伊那バス 日野RC320P(1969年式)
RC320P

撮影:長野県(2018.7.10)

金産ボディの観光タイプですが、路線バスに格下げする際に、中ドアを増設しています。
増設された中ドアは、雨樋の所まで開口部があり、出入口灯の位置が屋根肩部分に上がっています。他のボディと共通のドア部品を使用したのでしょうか。
車番はA44551

廃車体
RC320P

撮影:ヒツジさん様(南箕輪村 2004.2.14)

伊那バス 日野RC320P(1969年式)
RC320P

撮影:ヒツジさん様(南箕輪村 2004.2.14)

金産ボディの観光タイプ。前ドアのまま路線バスに格下げされ、そのまま廃車になったようです。
正面は中途半端な傾斜窓で、屋根のカーブが深いずんぐりしたスタイルは、金産自工の特徴。後ろの方にある非常口も幅が狭いのが特徴です。
車番はA44187
(撤去済み)

廃車体
RC320P

撮影:ポンコツ屋赤木様(長野県 2018.9.9)

伊那バス 日野RC320P(1969年式)
RC320P

撮影:ポンコツ屋赤木様(長野県 2018.9.9)

整備工場の駐車場に置かれた観光タイプ。帝国ボディの前ドア車で、最後は前ドアのまま路線バスに格下げされていたようです。
以前はこの敷地内には、もっと古い伊那バスの廃車体が置いてありましたが、これが最後まで残されていました。
車番はA44188

廃車体
RC320P

撮影:長野県(2018.7.10)

伊那バス 日野RC320PT

農場にたたずむ貸切バス。全体が白く塗られていますが、その下から伊那バスの青色が見え始めています。
エアコンの室外機が取り付けられ、入口には郵便受けもありますので、ここに住めるようになっている模様。
同じような車両では中ドア増設で路線バスに格下げされた車両もありましたが、これは貸切のまま残ったようです。ドア窓が分割窓なので、1970年式以前だと思います。

廃車体
BT51

撮影:伊那市(2011.2.19)

伊那バス 日野BT51改(1970年式)

センターアンダー車には珍しい観光タイプボディ架装車で、更に車長も長いBT51改です。このサイズは間もなくBT100として型式認定されます。
この車両は最後には路線バスに格下げされたため、中ドアが増設されており、珍車が更におかしな外観になっています。

廃車体
BM320

撮影:畦道ノスタルヂィ様(長野県 2021.9.21)

伊那バス 日野BM320

リンゴ畑の中に置かれている伊那バスのマイクロバス。伊那バスの名物とも言える、ハイルーフ仕様の日野レインボーです。

廃車体
BM320

撮影:畦道ノスタルヂィ様(長野県 2021.9.21)

伊那バス 日野BM320

同じ敷地内に置かれた同型車。倉庫として使用されているのか、フロントガラスは波板でガードされています。

廃車体(松本22か67)
BM320

撮影:長野県(2018.7.10)

伊那バス 日野BM320(1975年式)

伊那バスでは、過疎路線のダウンサイジングを早くから進めており、いすゞと日野の小型バスを路線バスに導入していました。中でも日野車はハイルーフの特徴ある外観となっています。
この廃車体は、林道の休憩所として秘かに生き延びていました。
車番は50210

廃車体
BU04

撮影:長野県(2018.7.10)

伊那バス いすゞBU04(1977年式)

北村製作所の前中ドア車。サッシの中桟が上の方にあり、ドアの窓も小さいのでちょっと古めに見えますが、車番から、このスタイルでは最終年式だと分かります。
車番は52624

廃車体
BU04

撮影:ヒツジさん様(伊那市 2004.7.4)

伊那バス いすゞBU04(1977年式)

伊那バスのサッシ窓車。サッシ窓になると同時に、正面窓の縦寸法が拡大されました。初期のサッシ窓車は、上段固定が標準のようです。
写真の車両は前中ドア車で、車番は52610と書いてあるようです。

廃車体
CLA470

撮影:ヒツジさん様(南箕輪村 2004.7.4)

伊那バス いすゞK-CLA470(1980年式)

北村ボディもK-C系の時代になると、正面2枚ガラス、上段下降式のサッシ窓になるなど、それなりに近代化されます。他メーカーのボディと比べると見劣りはするものの、伊那バスのようにいすゞ車はほぼ北村オンリーの事業者の場合、この車両はそれなりに新しく感じられたものと思います。
車番は55619。この年式はなぜかエアサスで導入されたようです。

廃車体
CLA470

撮影:ヒツジさん様(南箕輪村 2004.7.4)

伊那バス いすゞK-CLA470(1980年式)

上の廃車体と1番違いの55620。撮影者によるとこの付近に55621もあり、同型車全3両が揃っていることになります。
廃車体を見ていると、このようなことがよくあります。どうせなら違うものが残っていたほうが良いのに、と言うのは贅沢でしょうか。

廃車体
CLM470

撮影:長野県(2018.7.10)

伊那バス いすゞK-CLM470(1981年式)

こちらは駒ヶ岳のツーマン路線にも兼用されることから前中ドアとなった車両。そういった仕様の違いだけでなく、塗り分け線も若干異なるのが面白いところです。
車番は56642

廃車体(松本22あ768)
CLM470

撮影:ぽんたか様(伊那市 2015.8.15)

伊那バス いすゞK-CLM470(1981年式)

電気が来ていますので、建物として使われていると思われる廃車体。元伊那バスですが、色は塗り替えられています。駒ヶ根営業所のワンツーマン車のため、前中ドア車。
車番は56641
方向幕が一部残っており、「大曽倉」と出ていたことが分かります。

廃車体
CCM410

撮影:ヒツジさん様(南箕輪村 2004.7.4)

伊那バス いすゞCCM410(1979年式)

伊那バスにこの時期だけ入った北村製作所製の中型車。前後ドア車に比べると窓割が細かく見えます。
車番は54618
(2018年7月現在、撤去済み)

廃車体
CDM410

撮影:長野県(2018.7.10)

伊那バス いすゞK-CDM410(1984年式)

1984年にまとめて導入された前後ドアの中型車のうちの1台。車番は59632
ただでさえ方向幕が出っ張っているのに、大型方向幕になるとこうなります。いまだに「伊那バス」の幕が入ったままなのはご愛嬌です。

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