バス廃車体全国版

群馬県3(草軽交通)

草軽交通の廃車体です。草軽交通はその名前に由来から分かるように群馬県の草津と長野県の軽井沢を結ぶ鉄道が前身で、現在も軽井沢に本社を置いています。今回は、その廃車体の所在地として群馬県側が多かったことから群馬県の一コーナーとしてまとめます。

廃車体
R270

撮影:ヒツジさん様(小諸市 2004.7.11)

草軽交通 三菱R270(1957年式)

天窓付の貸切車で、富士重工R11型ボディ。車体には「草軽」の文字が残っています。
天窓付きの貸切バスは1950年代中ごろに流行しましたが、いずれも上級車種で、どこにでもあったということではありません。更にこの車両は、当時としてはかなりのロングサイズです。
実は参考文献の「富士重工業のバス達」にこれとそっくりな車両がありました。それは1957年式の「外国人専用観光バス」で、東京のバス事業者を中心に同一車両デザインで納入されたということです。シャーシメーカーは複数あったそうですが、窓配置や屋根上のダクトの位置などから三菱と想定しました。
(撤去済み)
(注1)

廃車体
MR470

撮影:ハミングバード様(群馬県 2011.4)

草軽交通 三菱MR470

呉羽ボディの前ドア車の廃車体。方向幕両脇にスピーカーのようなものがあります。色は見慣れた旧東急カラーになっていますが、屋根脇と窓下にグリーンのラインが見えます。旧塗装でしょうか。
車番はNo,131。1970年までは草軽交通ではこのような付番方法だったそうです。
正面2灯なので、1964〜66年式くらいのようです。

廃車体(長野22あ529)
5RA110

撮影:ヒツジさん様(群馬県 2004.7.7)

草軽交通 日産デ5RA110

草軽交通の観光タイプの廃車体。側窓の縦寸法の小さい初期タイプ。
車長が長いので5RA110と推察しました。年式は1966〜70年。登録番号は、同社の場合、長野と群馬との間を移動することがあるので、年式とリンクしません。
車検標章から、1987年までは使用されていた模様。

廃車体(群22あ703)
5RA106

撮影:ハミングバード様(群馬県 2004.9)

草軽交通 日産デ5RA106

かつての東急バスカラーを長く残していた草軽交通の格下げ路線車。平成初頭まで現役だったそうです。車番は1258
年式は1970〜73年。
現在では農家の物置になって余生を送っています。

廃車体
RC320P

撮影:ヒツジさん様(群馬県 2004.7.7)

草軽交通 日野RC320P

傾斜メトロの日野車。草軽交通では貸切車を路線バスに格下げして使用していましたが、この車両には行き先表示板の設置跡が見当たりません。
車番は1141だそうです。
(注2)

廃車体(長野22あ1108)
RV730P

撮影:ハミングバード様(群馬県 2006.12)

草軽交通 日野RV730P

帝国ボディの日野RV。撮影者によると草軽交通の日野RVは2両しかいなかったとのことで、これはそのうちの1両。現役時代の姿が撮影者のサイトに掲載されていますが、正面は傾斜窓で丸みのあるスタイルですので、この型式では初期の1972〜73年式のようです。
草軽交通では最後は路線バスに格下げされていました。

廃車体(群馬22あ2595)
RA51T

撮影:Kj様(長野原町 2015.6.22)

草軽交通 日産デK-RA51R
RA51T

撮影:Kj様(長野原町 2015.6.22)

富士重工のR1型フルデッカーで、赤とゴールドの東急貸切カラー。側面最前位の窓は段下げでさらに固定窓となっています。
車番は1289です。

注意事項
本ページは、「廃車体は文化遺産である」と言う趣旨によって作成しております。当サイトを訪れる方は、この趣旨を御理解いただける方だと思いますが,万が一,本ページの悪用による廃車体への損傷等があった場合は,本ページ及び関連する事項は即刻削除いたします。
(注1) 日本バス協会公式サイトの観光バスデータベースによると、草軽交通(当時草軽電気鉄道)の免許取得は1957年。この車両は、軽井沢への外国人観光客のためにこのとき導入されたのでしょうか。
(注2) 型式、車番はハミングバード様によります。貸切から乗合に格下げ使用されていたそうです。
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