バス廃車体全国版

群馬県1(国鉄バス)

群馬県にある国鉄バスの廃車体です。群馬県には草津温泉、白根火山などをエリアとする長野原営業所があり、現在ではJRバス関東に引き継がれています。東京地区から東名高速線関連の車両が転じてきた過去もあるようで、廃車体にもそういった面白みがあります。

廃車体
BH20P

撮影:ハミングバード様(群馬県 2009.4.19)

日本国有鉄道 いすゞBH20P(1969年式)
BH20P

撮影:ハミングバード様(群馬県 2009.4.19)

他に現存するものがあるかどうか不明ですが、貴重な存在であることは間違いない国鉄バスのオバQの廃車体です。特徴あるエンジンは欠き取られてしまっていますが、高速バス用のBH20Pです。フロントマスクや段落ちした側面窓が国鉄オバQの特徴。当初は東名高速線で使用されていたはずですが、晩年に長野原に転じてきて一般路線で余生を送ったようです。
車番は641-9927

廃車体
5R94

撮影:ハミングバード様(群馬県 2007.2)

日本国有鉄道 日産デ5R94(1969年式)

国鉄バスの廃車体で、上から別の色を塗られていますが、一部に元カラーが見えています。前中引き戸の近距離タイプに見えますが、側面にJNRマークを入れる台形のデザインがあり、出力の多少高いUD5型エンジンです。車番は528-9***が確認できるそうです。
撮影者によると現役時代は小諸営業所の所属だったそう。また型式も撮影者によります。

廃車体
B907NA

撮影:ヒツジさん様(嬬恋村 2004.7.7)

日本国有鉄道 三菱B907NA(1974年式)

レタス畑の隅に置かれた国鉄バスの廃車体。側面最前位の窓が下がった国鉄ハイウェイバス風のスタイルが貫禄をかもし出しています。恐らく長野原で貸切兼用に使用されていたものと思われます。
国鉄バスの車番は644-4907です。
(無名の乗務員様によると、2011年9月現在撤去済みです)

廃車体
B907NA

撮影:ちょご姉様(渋川市 2004.9.21)

日本国有鉄道 三菱B907NA(1974年式)

上の車両と同じく長野原の貸切兼用車。後ろから見るとこんな姿です。ハミングバード様によると東京営業所からの転入車だそうです。
国鉄バスの車番は644-4904です。
(木村様によると、2011年9月現在撤去済みです)

廃車体
BU20KP

撮影:ハミングバード様(群馬県 2008.8.31)

JR東日本 いすゞBU20KP(1979年式)
BU20KP

撮影:ハミングバード様(群馬県 2008.8.31)

国鉄バスの観光型の廃車体です。車番は641-9902で、長野原で貸切(乗合兼用)に使用されていたようです。車内には千葉22か1982の表記が残っているとのことで、一時期千葉に転じていたようです。
1番違いの641-9903“その頃”に盛岡にも転じてきて「白樺号」などに使用されていました。この年式の貸切車はCRAにモデルチェンジされていたので、国鉄バスにはよくあった路線シャーシの観光ボディと言うことのようです。
なお、車内に「JR東日本バス」の表示が残っているとのことで、JRバス関東には引き継がれずに廃車になったようです。

廃車体
BU10K

撮影:ヒツジさん様(群馬県 2004.7.7)

日本国有鉄道 いすゞBU10K(1979年式)

国鉄バスの前ドア車。富士重工の路線バスはすでに3Eタイプに移行していますが、長距離路線車などには傾斜窓も並行生産されていました。国鉄バスの観光路線にはよく見られ、日産ディーゼルや三菱でも同じボディが架装されていました。
国鉄バスの車番は531-9404です。

廃車体
CPM500

撮影:ヒツジさん様(長野原町 2004.7.7)

日本国有鉄道 いすゞK-CPM500(1980年式)

国鉄バスの前ドア車。上の車両とよく似ていますが、年式が1年違うため、シャーシ型式が変わりました。
フロントにはペンキで文字が書かれ、看板の役目を果たしているようです。国鉄バスの車番は531-0401です。
(ハミングバード様によると、2009年に解体されました。)
(注1)

廃車体(群22あ1938)
RC721P

撮影:ハミングバード様(群馬県 2009.4.19)

JRバス関東 日野RC721P改(1982年式)
RC721P

撮影:ハミングバード様(群馬県 2009.4.19)

国鉄バスによくあった前ドアでメトロ窓の観光路線車。見た目は似ていても長さや出力、サスの違いによって詳細は千差万別でした。
この車両もそんな1両。国鉄時代の車番が537-2471だったものをJRバス関東の車番M537-82171に変更していますが、年式を示す数字の次の数字がリーフサスを示しています。KM様によると、本来のエアサス搭載シャーシをリーフサスに改めて製造された改造扱いであるため型式の後に「改」が付きます。国鉄バスならではの独自仕様といえるでしょう。
(注2)

廃車体(群22あ1721)
LV318M

撮影:ハミングバード様(群馬県 2004.7)

JRバス関東 いすゞP-LV318M(1984年式)

長野原は前ドア車が主体ですが、珍しい2ドア車。撮影者によると「長野原では2扉車は短命」と言われつつも最後まで長野原から動かなかった車両とのこと。
国鉄時代の車番は531-4478で、JRになってからM531-84278になったそうです。

廃車体
MS715SA

撮影:ハミングバード様(群馬県 2009.4.19)

JRバス関東 三菱P-MS715SA(1986年式)

国鉄バスが上野湾岸線などに投入するため東京営業所に配置した車両(注3)。富士重工製ボディの三菱車で、国鉄バス時代には多数見られた組み合わせ。JRバスでの車番はH644-86411
東京営業所から館山営業所へ移動していますが、撮影者によると長野原への配置実績はなかったとのこと。どうしてこの地に廃車体があるのかは分かりません。方向幕には「特急東京駅」が残っているそうです。

廃車体(群22あ2103)
RA53TE

撮影:ハミングバード様(群馬県 2006.2)

JRバス関東 日産デP-RA53TE(1987年式)

民営化直後にJR東日本として増備された貸切車です。富士重工R3ボディですが、スィングドアを採用するなどグレードアップが図られています。
この車両は長野原支店で使用されていたそうです。車番はH648-87428(製造時は648-7928)です。

注意事項
本ページは、「廃車体は文化遺産である」と言う趣旨によって作成しております。当サイトを訪れる方は、この趣旨を御理解いただける方だと思いますが,万が一,本ページの悪用による廃車体への損傷等があった場合は,本ページ及び関連する事項は即刻削除いたします。
(注1) KM様(掲示板2011-10-17)によると,531-0401は長らく西那須野に配置されていた車両とのこと。
(注2) K-RC721P改という型式は、KM様(掲示板2011-10-17)による情報です。
(注3) KM様(掲示板2011-10-17)による情報です。
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