鉄道系バス・プロローグ
バスのような車体を持ちながらも、鉄道車両であったり、或いは鉄路と道路との両方を走ることのできる車両であったり、という特殊用途の車両をまとめてみます。鉄軌道だけを走る車両があれば、鉄軌道と道路との両方を走る車両があります。その鉄軌道も、レールがある場合とない場合があり、その種類は意外に豊富です。
各車種の詳細については、続く個別のページで解説します。
鉄道系バスの種類
表9-0-1 鉄道系バス 一覧
種別 | 鉄軌道 | 道路 | 動力 | 備考 | ||
---|---|---|---|---|---|---|
レール有 | レール無 | エンジン | 電気 | |||
トロリーバス | × | × | ○ | × | ○ | |
レールバス | ○ | × | × | ○ | × | |
DMV | ○ | × | ○ | ○ | × | |
ガイドウェイバス | × | ○ | ○ | ○ | × | 案内輪誘導方式 |
IMTS | × | ○ | ○ | ○ | × | 電波磁気誘導方式 |
道路だけを走るトロリーバス、軌道だけを走るレールバスの二つのモード以外は、道路と軌道との両方を走る事が出来ます。両方を走ることのできる乗物には、「軌陸車(きりくしゃ)」という呼び方もあります。
鉄道系バスの概略
トロリーバス
東京都交通局 50形(53号)
画像:栞より
トロリーバスは、無軌条電車(戦前は無軌道電車)と呼ばれる鉄道車両で、トロリーポールを通じて架線から集電し、電気を動力として走ります。軌道のない道路を走るため、車体、駆動機構はバスと同じです。
路面電車に比べ、軌道を敷設する必要がなく、運行上も自由度が高いため、1950〜60年代にかけて、主要6都市で運行されました。
2024年に山岳観光地の立山黒部貫光が廃止したことで、日本からトロリーバスは消滅しました。
レールバス
南部縦貫鉄道 キハ10形(102号)
撮影:野辺地駅(1987.3.20)
レールバスは小型の気動車です。つまり鉄道車両そのものです。
閑散線区の合理化のため、車両の小型化やバス部品との共通化を図ることで、製造コストと運行コストの削減を図った鉄道車両です。
1950年代には国鉄で、1980年代には第三セクターなどで多く採用されましたが、最大需要に対応できないことや耐用年数が短いなどの欠点から、いずれも短期間で活躍を終えました。
営業運転している現存車両はありません。
DMV
阿佐海岸鉄道 DMV931号
撮影:阿波海南駅(2023.1.28)
DMV(デュアル・モード・ヴィークル)は、鉄道と道路との二つのモードを走る乗り物で、鉄道では車輪で走行する気動車となり、道路ではゴムダイヤで走行するバスとなります。
閑散線区の合理化のため、JR北海道が試験を繰り返してきましたが、実用化を断念しました。これを、徳島県の阿佐海岸鉄道が2021年に、世界初のDMVとして実用化しました。
ガイドウェイバス
名古屋ガイドウェイバス GB-2110型 日野LJG-HU8JLG
撮影:金屋駅(2023.2.17)
専用軌道をガイドレールに誘導されて走る乗り物が、ガイドウェイバスです。
都市交通システムの一つで、道路渋滞が激しい都市区間は専用軌道を走り、郊外区間ではバスとして道路を走るという二つのモードをもっています。
建設省が1970年代から試験を重ねてきましたが、2001年に名古屋ガイドウェイバスが都市交通として実用化しました。
IMTS
トヨタ IMTS-00形(07号)
撮影:トヨタ博物館(2012.1.8)
IMTS(Intelligent Multi-Mode Transit System)は、トヨタが開発した新交通システムで、道路と専用道とを直通運転する乗り物です。専用道では電波磁気誘導方式で走行し、自動運転・隊列走行が可能である点が、ガイドウェイバスと異なります。CNG(圧縮天然ガス)エンジンを搭載します。
2001年に兵庫県で実用化され、2005年には愛知県の博覧会で営業運転していますが、いずれも施設内交通で、公共交通としての実用化ではありません。
鉄道系バスの黎明期
自動車鉄道
アメリカ レール自動車
画像:「鉄道」第37号(1932)より
レールバスの原形ともいうべき車両は、黎明期の内燃車両と一致するようです。つまり、ガソリンで走る鉄道車両を開発するに当たり、既に道路を走っていた自動車を活用し、タイヤを車輪に付け替えたということです。
日本では、1919(大正8)年に京浜電気鉄道で試運転された矢沼商店製「鉄道自動車」(自動車鉄道とも呼ばれた)が草分けです。(注1)
写真はアメリカのフロリダ州で試運転された「レール自動車」です。
日本車輌製造 軌道自動車(1927年製)
画像:日本車輌製造(1966)「70年のあゆみ」
日本で量産され営業運転を行ったのは、日本車輌が1927年に製造した「軌道自動車」です。単端式の2軸車で、前部のボンネットにT型フォードのエンジンを収めた姿は、バスとほとんど変わりません。車体裾が絞られているのもバスの影響のようです。
画像は日本車輌のカタログモデルですが、これを井笠鉄道が購入し、ジ1形としています。
日本車輌では、方向転換用のターンテーブルも製造しました。
無軌道電車(トロリーバス)
日立製作所 試作車
画像:吉川文夫(1956)「日本のトロリーバス通観」より
1926(大正15)年に日立製作所では、米国フォードの古自動車を改造し、三相交流方式のトロリーバスを試作しました。集電装置はトロリーポールではなく、小さな滑車が滑ってゆく方式だったそうです。
助川町の日立製作所で試運転をしたそうですが、実用化には至りませんでした。
軌陸車(DMV)
アメリカ 軌道・道路両用自動車
画像:「車輌工学」第2巻1号(1929)より
オハイオのトウイン・コーチ・コーポレーションで試作したDMVの原形ともいうべき車両の記録がありました。
大型バスサイズの車両で、4輪のタイヤを履いていますが、モード切替用の陸橋を通過する際に、各輪軸のフランジが4輪軌条トラックに乗ることで、軌道用に切り替わります。切り替え時間は1分とのこと。
ROAD-RAILER
画像:JR北海道(2007)「DMV」より
DMVのベースとなるのは、鉄道と道路の両方を走ることのできる「軌陸車(きりくしゃ)」ですが、これを旅客用として初めて実用化したのはイギリスの「Road-Railer」です。1930年に貨物機器輸送メーカーのKarrier(カーリア)が開発し、LMS鉄道でテスト走行が行われました。
この車両はイギリスとオランダの鉄道会社が購入したそうです。
(注2)
100式鉄道牽引車
画像:JR北海道(2007)「DMV」より
日本では、1940年に日本帝国陸軍の軍用貨物自動車を改造した軍用の鉄道牽引車が存在します。これは本来は鉄道車両ですが、線路を破壊された際にキャタピラーやゴムダイヤを装着して道路を走る事が出来るというものです。
(注2)
鉄道系バスのモード区分
法的位置づけ
表9-0-2 鉄道系バス 関係法令一覧
種別 | 鉄道事業法 | 軌道法 | 道路交通法 | 備考 |
---|---|---|---|---|
トロリーバス | △ | △ | ▲ | △都市交通・・・軌道法 △関電・立山・・・鉄道事業法 ▲道交法上は「車両」(「自動車」ではない) |
レールバス | ○ | × | × | |
DMV | ○ | × | ○ | 阿佐海岸鉄道 |
ガイドウェイバス | × | ○ | ○ | 名古屋ガイドウェイバス |
IMTS | ○ | × | × | 実用例では道路走行なし |
鉄道では、通常の鉄道は「鉄道事業法」、路面電車は「軌道法」に基づいて運行されます。
鉄道系バスの場合、その選択は色々で、同じトロリーバスでも、京都市をはじめとした都市交通の場合は、路面電車と同じで一般道路を走行するため「軌道法」に基づきます。一方、関西電力と立山黒部貫光は、専用道路を走行するため「鉄道事業法」に基づきます。
また、レールのない専用軌道を走行するガイドウェイバスとIMTSは共通性が高いと思われますが、名古屋ガイドウェイバスは「軌道法」、愛・地球博で運転されたIMTSは「鉄道事業法」でした。
一方、一般道路を走行する際は「道路交通法」に基づきますが、トロリーバスは路面電車と同じで、「車両」であっても「自動車」ではありません。従ってナンバープレートなどはありません。
しかし、DMVやガイドウェイバスが一般道路を走行する場合は道交法上「自動車」としての扱いとなりますので、ナンバープレートがついています。
運転免許
表9-0-3 鉄道系バス 運転免許一覧
種別 | 甲種内燃車 運転免許 | 磁気誘導式内燃車 運転免許 | 無軌条電車 運転免許 | 大型自動車 第二種免許 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
トロリーバス | × | × | ○ | ○ | |
レールバス | ○ | × | × | × | |
DMV | ○ | × | × | △ | △=中型自動車二種免許 |
ガイドウェイバス | × | × | ○ | ○ | |
IMTS | × | ○ | × | ○ |
通常、営業運転するバスを運転するには、大型自動車第二種免許が必要です。また、鉄道車両を運転するには、動力車操縦者運転免許が必要です。
鉄道系の車両については、その走行する場所によって複数の免許が必要になる場合があり、さらに時代によって解釈が異なる場合があります。
なお、「無軌条電車運転免許」については、以前は、大型自動車第二種運転免許所持者には、取得試験が免除されていましたが、2009年11月の省令改正により、その特例が廃止されました。その結果、両方の取得が必要になりました。
運行主体
表9-0-4 鉄道系バス 運行主体
種別 | 鉄道事業者 | 軌道事業者 | バス事業者 | 備考 |
---|---|---|---|---|
トロリーバス | △ | △ | △ | △都市交通・・・軌道事業者 △関電・立山・・・鉄道事業者 △バス部門が担当するケースあり |
レールバス | ○ | × | × | |
DMV | ○ | × | ○ | |
ガイドウェイバス | × | ○ | △ | △バス区間はバス事業者が運行 |
IMTS | ○ | × | × |
鉄道系バスは、定められた法令に従い「鉄道事業者」や「軌道事業者」が運行主体となりますが、特殊な事例もあります。
都市交通のトロリーバスは、軌道事業であることから、各交通局では、同じ軌道法による路面電車と同じ部署が担当するのが普通です。ただし、名古屋市と大阪市では、車両や運行がバスに近いという実態から、途中でバス部門に変更になったそうです。(注3)
ガイドウェイバスは、1989年に西鉄が運行する際に軌道法が適用され、名古屋ガイドウェイバスもこれを踏襲し軌道事業者となりました。一般道を運行する区間については、車両をバス事業者に貸与する形となり、バス事業者が運行します。なお、運転業務は軌道区間もバス事業者に委託するため、軌道・道路を通じて運転士は変わりません。(バスラマ(2001)「名古屋ガイドウェイバスが運行開始」P12-18)
鉄道系バスの今後
つまり、鉄道ともバスともどっちつかずの車両であるがゆえ、導入事業者は少なく、必然的に生産両数が少ないため製造事業者も保守事業者も限られ、結果的に高コストになったり維持できなくなったりするのです。
トロリーバス
関西電力 電気バス
撮影:黒部ダム駅(2022.11.16)
トロリーバスは、立山黒部貫光が2024年で廃止したことで、日本から完全消滅しました。
2018年までトロリーバスを運行していた関西電力は、2019年から電気バスに切り替えており(写真)、立山黒部貫光も同じ手法がとられます。
そもそも、山岳観光地の環境維持を目的に、化石燃料ではないトロリーバスが選択された経緯があり、電気バスが量産可能になった現在、トロリーバスを維持する必然性は薄れたということです。
レールバス
元有田鉄道 ハイモ180-101
撮影:有田川鉄道公園(2010.7.10)
レールバスは、時期によって流行した歴史がありますが、現時点で営業運転をする車両はなく、紀州鉄道が2017年に運転を終了したのが最後になっています。
南部縦貫レールバス愛好会、くりはら田園鉄道公園、有田川鉄道公園で動態保存されているのが救いです。
DMV
阿佐海岸鉄道 DMV
撮影:阿波海南駅(2023.1.27)
DMVはJR北海道が実用化を断念したものの、阿佐海岸鉄道が2021年に実用化しました。これは世界初の実用化を売り物に観光振興を含めての導入であり、その将来は観光振興の成果に懸っています。改造ノウハウも特定の業者にしかなく、10数年後の車両更新時期での判断如何では楽観視できません。
(注4)
ガイドウェイバス
名古屋ガイドウェイバス
撮影:金屋駅(2023.2.17)
名古屋ガイドウェイバスは、2026年の自動運転バス化が発表されており、短い歴史にピリオドが打たれることが決定的となりました。これも、法的にガイド輪を格納する必要があることから、量産されたノンステップバスが導入できないという点でやむを得ない判断となりました。
以上のように、2024年現在運行している鉄道系バスも、先行きは安泰ではありません。
今後、新しいモードが開発されたり、DMVなど実用化されているモードが他の事業者に普及するなどの展開があれば別ですが、そうでなければ、過去の遺物となってしまう可能性もあるのです。