入門その頃のバス

トレーラーバス

シャーシ 終戦直後、バス車両には大量輸送が求められ、乗車定員100人を超え、全長が14m近くに及ぶトレーラーバスが作られました。ちょうど進駐軍の大型トレーラーが日本の道路を走り始めていたこともあり、その払下げの軍用車部品などを活用して作られたそうです。
トレーラーバスの製造は、日野産業(→日野自動車工業)が主力になりますが、東京都交通局などでは金剛製作所製のものも導入しています。
日野では、軍用車部品を流用したため、ディーゼルエンジン、左ハンドル、前車輪の独立懸架、フルエア式のブレーキなど、一般車両とは異なる特徴のトレーラーバスを製造しています。これらの技術が、その後に続く大型バスの開発に大きな影響を及ぼしたと言えます。なお、左ハンドルは、長い車体を取回す際の左側の安全確認も考慮されたという説もあります。
これらのトレーラーバスは、トレーラーに後輪しかないセミトレーラーになっています。そのため、長さの割に回転半径が小さく、小回りが利くのも特徴でした。
戦後に急増する旅客を輸送することに大きく貢献したトレーラーバスですが、通常のボンネットバスが大型化され、リアエンジンバスの試作も始まる中で、短期間で製造は終了し、1950年代後半には多くの事業者でその役割も終えています。
なお、トレーラーバスに関する総合的な記述は多くなく、ここでは主にトレーラーバスに関する主な参考文献をもとに記載しています。

車形タイプ

日野トレーラーバス 1947 − 1952

表8-3-1 日野トレーラーバス
年式1947-481948-491949-52
原動機型式
(出力)
DA54
(115PS)
-DA54
(115PS)
-DA55
(115PS)
-
全長
(軸距)
5600mm
(3450mm)
 T13B
5500mm
(3700mm)
T11BT12B 
10300mm
(6000mm)
  T26T26
10500mm
(5000+1250mm)
T25   
備考エンジン搭載車=トラクタ、エンジン未搭載車=トレーラー
トラクタの型式はT10〜T13があり、バス用は末尾にBがつく。
トレーラーの型式は、荷台用がT20〜T23、バス用がT25〜T26
(参考掲載)日野T10+T20 1946
日野では、1946年に15t積トレーラートラックT10+T20を製造しており、それが後のトレーラーバスのベースとなっています。
当時の法令では、トラックは全長7m・積載量5tという制約があり、日野ではトレーラーの運行認可と法令改正を上申、それが1947年公布の改正道路運送法につながったとのことです。
日野 T10+T20(模型)
T10+T20

写真:日野オートプラザ(2018.1.8)

日野オートプラザに展示されている模型です。
トラクタは1式半装軌装甲兵車の前半を利用し、DB53型ディーゼルエンジンを搭載しています。運転手の位置から左ハンドルであることが分かります。

日野T11B+T25 1947 - 1948
トレーラートラックT10+T20に続き、日野では1947年にトレーラーバスT11B+T25を製造します。
これは、トラクタ+トレーラーで全長14m近くに及び、乗車定員は96名〜250名と謳われる超大型のバスでした。トレーラーのT25は後輪がシングルタイヤの2軸になっています。

日野 T11B+T25
T11B+T25

画像:日野自動車公式カタログ(1947年頃)

T25型トレーラーは、後輪2軸が特徴。都市部への投入が多かったこともあり、扉が2ヵ所あり、その扉ごとに車掌が1人ずつ乗務したとのことです。トレーラーの前端は、車両旋回時にトラクターと接触しないように、大きなRのある丸妻となっています。また、前部の客席は、トラクターのカプラーにかぶさるため、床が段上げされています。


トラクタ+トレーラーの全長・・・13,880mm
ボディの組み合わせ・・・日国

日野T12B+T26 1948 - 1949
引き続き日野が製造したトレーラーバスがT12B+T26です。
トラクタのT12Bが先に登場し、トレーラーのT26が遅れて登場しています。従って、T12B+T25の組み合わせもあります。
トラクタのT12Bは、エンジンに小改良が加えられたのみで、外観的にT11Bとの区別はないそうです。ただし、間もなくフェンダの形状がRのあるスマートなものにマイナーチェンジされています。
トレーラーのT26は後輪が1軸のダブルタイヤに変わりました。

日野T12B+T26(模型)
T12B+T26

撮影:日野オートプラザ(2018.1.8)

日野T12B+T26(模型)
T12B+T26

撮影:日野オートプラザ(2018.1.8)

日野オートプラザで展示されている模型です。
日野のトレーラーバスのボディは、当初は日国ボディが主体で、後に富士重工が増えてきたということです。この模型のボディは、リアウィンドウの形状から、日国ボディでしょうか。
なお、トレーラーバスはトラクタとトレーラーを切り離せるため、トラクタに予備車を用意することで、故障や検査などの際にトレーラーを休ませることなく使えるメリットがありました。そのため、トラクタとトレーラーの組み合わせは、必ずしも一定してはいなかったようです。


トラクタ+トレーラーの全長・・・13.850mm
ボディの組み合わせ・・・日国、富士

日野T13B+T26 1949 - 1952
トレーラーバスの最終形がT13B+T26。トラクタのみのモデルチェンジとなります。ホイルベースが短縮されたのは、方向転換などの取り回しを良くするためだと思われます。
また、トレーラーバスの製造の最終年度は、1950年頃という記載の文献が多く、正確な年度ははっきりしません。
名古屋市交通局 日野T13B+T26(1949年式)
T13B+T26

画像:名古屋市交通局発行絵葉書

トレーラーのT26は、側窓の数が10個半あり、T25の11個半にくらべると、車体が短いのが分かります。
車体は新日国工業製。

日本国有鉄道 日野T13B+T26(1950年式)
T13B+T26

画像:日野自動車工業公式カタログ(1950年頃)

1950年に国鉄バスに納入されトレーラーバス。
車体は新日国工業製。
なお、1950年に神奈川県内を走行していたトレーラーバスの車内で、乗客の可燃物から出火、車掌からの緊急連絡が運転士に伝わらずに死亡者が出る火災が発生したことなども、トレーラーバスの欠点として、早めに淘汰される原因となったようです。(注1)

日野T13B+T26(模型)
T13B+T26

撮影:日野オートプラザ(2018.1.13)

東京都交通局が導入したトレーラーバスの模型です。旋回する際に、トラクタとトレーラーが90度に近い角度で曲がる様子が表現されています。
これは富士重工製ボディのようです。

トラクタ+トレーラーの全長・・・13.880mm
ボディの組み合わせ・・・新日国、富士、金沢、梁瀬

(参考掲載)日野TT10 1949
トレーラーバスのバリエーションに、トレーラー式のトロリーバスもありました。日野自動車が製作しているので、参考までに掲載します。
日野 TT10(1949年式)
TT10

画像:日野ディーゼル工業公式カタログ(1950頃)

1949年に、日野ではトレーラー式のトロリーバスを試作しています。走行関係は日野、電気品は東芝、車体はトラクタがクラタ製、トレーラーが日国工業製だそうです。
エンジンがないため、トラクタはボンネットがなく箱型ボディになっています。(注2)

金剛製作所製トレーラーバス 1949 − 1951

埼玉県の金剛製作所では、1949〜51年の間に、KTB60型トレーラーバス・トラックを製造しています。参考文献:小関和夫(2007)
これは、いすゞTX40のシャーシに民生デイゼルのKD2型エンジンを搭載したもので、金剛製作所はトレーラーのシャーシ、ボディを製作したとのこと。
また、京成にも車長の短い金剛性トレーラーバスの記録があります参考文献:五十嵐平達(1997)

その他の連結バス

鉄道省 バストレーラー 1935−
鉄道省 ちよだST型
ちよだST型

画像:交友社発行絵葉書(1937頃)

国鉄バス(鉄道省)では、旅客輸送と並行して貨物輸送も行う方針を示し、1935年からバストレーラーを導入、トラクタに乗客を、トレーラーに貨物を乗せる方法を採用しています。
主力となったのは東京瓦斯電気工業製のちよだST型のようで、前輪脇にエンジンを横置きした箱型ボディになっています。写真の車両は初期型に比べてフロントグリルや正面窓の形状が変わっており、増備車だと思われます。
なお、国鉄バスでは、その後、トラクタを旅客用とした車両も導入しているそうです。(注3)

親子バス 1946
東京都交通局 親子バス
親子バス

画像:東京都交通局発行絵葉書(2011発行)の一部

東京都交通局では、1946年に、進駐軍から払い下げを受けたGMCやダッジのトラックシャーシを改造したバスに、部品も燃料もない老朽車(ダイアモンドT)をエンジンを下して連結した2両連結のバスを登場させています。これはその外観から「親子バス」と呼ばれました。(注4)

ツインバス 1950
表8-3-2 いすゞツインバス
年式1950
原動機型式
(出力)
DA45
(90PS)
軸距4300mm+4300mmBX91改造車
備考ツインバス試作車1両のみ
神姫バス いすゞ
ツインバス

画像:神姫バス発行絵葉書(1997発行)

いすゞでは、トレーラーバスと同様に輸送力増強への対応として、「ツインバス」を試作しました。
ツインバスは、いすゞBX91のシャーシを改造し、2軸の前車体+1軸の後車体としたもので、両車体は幌でつながれます。連節バスと異なり、前後の車両は左右に折れ曲がることはできませんが、上下に折れ曲がることはでき、また第3軸が前輪と逆相に操舵します。
トレーラーバスと同じ理由で、その後の量産はされませんでした。
(注5)

ボディの組み合わせ・・・川崎

トレーラーバスについての未解決点
  1. 乗車定員は96人とする文献が多く、ラッシュ時には150人の乗降があるとの想定で作られたとのこと。ただし、東京駅前での試作発表会では「250人乗超大型車」という触れ込みだったため、最大250人と記載する文献もある。
  2. トレーラーの型式にT26T26Aとが見られるが、その違いは不明。長さの違いではないようだ。
  3. トレーラーの全長について。長崎県交通局公式Webサイトに、短い車両の写真がある。
  4. 1950年代発行の別府ケーブルカーの絵葉書に、大分交通のトレーラーバスと思われる車両が写っているが、これがメトロ窓になっている。このような仕様があったのか、後天的な改造なのか不明だが、トレーラーバスのバリエーションについては、まだ調べ尽くされていないのではないかと思われる。
  5. トレーラーバスの最終製造年度は、概ね「1950年頃」と書かれているが、車史研(1987)「1960年代のバス」の巻末表に1952年との記載があったため、表8-3-1ではそれを踏襲している。
トレーラーバスに関する主な参考文献
  1. 根本直樹(1993)「私の知っているバス達(第7回)」バスラマ19(90-94)
  2. 和田由貴夫(1995)「日野バスファミリーの系譜」バスラマスペシャル1995(78)
  3. 長尾循、五十嵐平達(1997)「トレーラーバスの思い出」モデルカーズ33(32-40)
  4. 鈴木文彦(1999)「日本のバス年代記」(33-36)
  5. 小関和夫(2007)「日本のトラック・バス(トヨタ・日野ほか編)」(11-16)
  6. 佐藤信之(2010)「昭和のバス名車輛」(186-190)
(注1)
日本バス協会(2008)「バス事業100年史」P.101による。
(注2)
吉川文夫(1994)「日本のトロリーバス」によると、このトレーラー式トロリーバスは、名古屋市交通局に試験的に導入されたとのこと。1両しかなかったと記載されている。
(注3)
加藤佳一(2014)「つばめマークのバスが行く」P.21、30などにバストレーラーに関する記述がある。
(注4)
日本バス協会(2008)「バス事業100年史」P.35による。
(注5)
いすゞ自動車(1957)「いすゞ自動車史」P.105などをはじめ各書籍に、ツインバスは試作車1両にとどまり、八戸市交通部に納車されたと書かれているが、写真のように神姫バス創立70周年の記念乗車券にその画像がある。その理由は不明。
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80s岩手県のバス“その頃”