入門その頃のバス

輸入車(観光バス)

ボディ+シャーシ 日本の観光バスに輸入車が急増したのは、1970年代の終わりごろのことです。この時期、主要な高速道路網が完成し、バス旅行のバラエティ化が進んでいました。観光バスはサロンルーム、トイレ、給湯設備、音響設備の導入などデラックス化・重装備化の一途を辿っていました。また外観的にもハイデッカーや窓の大きいスマートな外観のバスが登場するなど、様々な付加価値が評価される時代になっていました。そういった中で、高速化や重装備に耐えられ、かつハイセンスな外観を持つ外国製バスは、差別化にはもってこいの存在でした。
差別化の主役となったのが2階建てバスで、1980年代初頭に、輸入車による2階建てバスブームが起こりました。2階建てバスは、外観上のインパクトに加え、流行中だった重装備と座席定員を両立できる点が評価され、貸切バスの看板車として全国的に導入が進みます。当初国産の2階建てバスに量産車がなかったことから、すべて輸入車で賄われ、日本向けにカスタマイズされた輸入2階建てバスの普及につながりました。
このブームを発端にして、1980年代には、外観的な差別化の観点から、スーパーハイデッカーやハイデッカータイプも含めた輸入貸切バスが相当数就役しています。


ネオプラン 1979-

日の丸自動車興業 ネオプラン・スカイライナーN122/3(1982年式)
ネオプラン

撮影:板橋不二男様(塩屋岬 1991)

西ドイツのネオプラン(ゴットローブ・アウヴェルター社)からは、大阪の中央交通が総代理店となり、1977年にN116シティライナー(3軸スーパーハイデッカ―)を輸入、1979年にはダブルデッカーのN122スカイライナーの輸入を開始し、1980年代前半のダブルデッカーブームを巻き起こしました。(注1)
また、ネオプランのダブルデッカーは、車体後部で斜め上に上がるカラーデザインが特徴的で、その後の日本の観光バスのカラーデザインに大きな影響を及ぼしました。

焼津観光自動車 ネオプラン・スペースライナーN117/2(1985年式)
ネオプラン

撮影:板橋不二男様(浜松市 1991頃)

引き続き1981年にネオプランから輸入された、客室を2階のみとし運転席を1階に置いた、いわゆるUFC(アンダーフロアーコックピット)タイプ。これは「スペースライナー」と名付けられています。
写真の車両は後輪を1軸としたN117/2。

元帝産観光バス ネオプラン・スカイライナーN326J
ネオプラン

撮影:樋口一史様(山形県 2008.6.11)

1981年に台東区が上野−浅草間の定期路線バスに側面窓が平面ガラスのN326を導入し、それを改良して連続窓化したN326Jが日本専用型式として登場しています。
ネオプランのエンジンは通常はベンツですが、1983年以降、代理店の中央交通により、日産ディーゼルのエンジンを搭載して逆輸入したタイプも設定されています。

バンホール 1982-

旭川電気軌道 バンホール・アストロメガTD824(1982年式)
バンホール

撮影:板橋不二男様(旭川市 1991.7.9)

ベルギーのバンホール社からダブルデッカーを輸入したのは、1982年のこと。三井物産が輸入代理店となり、主に名鉄系の事業者に納入されました。(注1)
丸みを帯びた正面窓と丸いヘッドライトが特徴です。エンジンは西ドイツのダイムラー・ベンツ製。
ミッドシップエンジンの「アストロン」T818もありました。
また路線バスでは、1985年には名古屋鉄道が、ワンステップの中型バスAU138Jを輸入しています。

ドレクメーラー 1982-

元はとバス ドレクメーラー・メテオールE440
ドレクメーラー

撮影:江東区(2014.11.30)

西ドイツのドレクメーラー社からも1982年に、伊藤忠商事、東京いすゞが代理店となり、ダブルデッカーの輸入が開始されました。東京ヤサカ観光バスとはとバスを皮切りに導入されています。(注1)
エンジンは、これもダイムラーベンツ製
1987年には、床が傾斜した「ヨーロコメット」をはとバスが輸入し、日本におけるシアタータイプの皮切りになりました。

MAN 1983-

大阪日本観光バス マン22-320HOCL
マン

撮影:板橋不二男様(鶴見営業所 1990年代)

西ドイツのMAN社からは、1983年にバルCSB商事がダブルデッカーを輸入しています。大阪中央観光を中心に使用されていました。
エンジンもMAN社製。オートマチック車。

メルセデス・ベンツ

ベンツ O303RHD
ベンツ

画像:メルセデスベンツ公式カタログ(1987年発行)

ドイツのメルセデスベンツ製のバスは、各種のルートで輸入されているようですが、これは高速バス、貸切バス用のハイデッカー。正面、側面ともに大きなカーブドガラスを用いています。
1987年の東京モーターショーに出品され、日本急行バスが名古屋−神戸間の高速バスに「ベンツ特急」として使用したことで知られます。

ボルボ

ボルボK-B10M(1985年式)
B10M

撮影:木村様(栃木県 2010.1.16)

スウェーデンのボルボからは、センターアンダーフロアエンジンのB10M型シャーシを輸入し、富士重工がボディを架装したことで知られます。
1985年に茨城県で開催されたつくば博覧会の連節バスでは100両が科学博覧会協会に納車されています。
引き続き1987年には、リアオーバーハングを2階建て構造にしたスーパーハイデッカーが登場し、2001年まで生産されています。
フロントのラジエーターに斜めラインが入る点が、ボルボの特徴です。

イーグル・バス

イーグルバス 20R
アメリカ

撮影:ちょご姉様(朝霞市 2010.5.7)

ベルギーのモル社によるイーグルは、アメリカで長距離バス用に販売されており、「アメリカン・イーグル」の名で知られます。
20Rはアメリカの長距離バス路線に使用されるハイデッカータイプの3軸車で、ステンレス製ボディを持っています。
1989年に東京モーターショーに出品され、日本の高速バス市場への参入を目論んだようですが、導入実績はないそうです。
(注2)

(注1)
クラリオン(1985)「日本全国2階バス総登場」P.7−8
(注2)
九段書房(1989)「日本のバス1990」のP.23を参考にしました。
(注3)
和田由貴夫(1985)「全解説国産バスと輸入バス」日本のバス1986 P.72-94 にこの時期の輸入バスの状況と意義について、詳しく書かれています。
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80s岩手県のバス“その頃”