入門その頃のバス

三菱ボディ(観光バス)

ボディ 三菱自動車工業の観光バスボディは、観光・高速バスシャーシとして評価の高い三菱のシャーシとともに歩んできました。
早くからセミデッカーを開発するなど、他メーカーとの違いを見せますが、最もエポックメイキングな出来事は、1982年にシャーシ・ボディ総合設計により誕生したエアロバスの発売でした。このエアロバスは、三菱の観光バスのシェアを一気に高めるとともに、他メーカーのボディから純正の三菱ボディへの移行も推進しました。この「エアロバス」の名称は、三菱のバスの代名詞ともなり、「エアロ」を冠した名称でシリーズ化され、それは21世紀に入っても続いています。


1962−1976

標準床車 1962−1976
大井川鉄道 三菱MAR470
MAR470

撮影:板橋不二男様(金谷営業所 1974頃)

1962年に高速バス用シャーシMAR870とともに登場した観光ボディは、正面窓を上方に拡大し、ヒサシを大きく張り出させたスタイルでした。後面は、傾斜した2枚窓でおでこの丸いスタイルとなり、その後に路線バスボディでも採用された形です。
雨樋は全周に回され、外観上のポイントにもなっています。

琴参バス 三菱B805N(1972年式)
B805N

撮影:OKMR様

琴参バス 三菱B805N(1972年式)
B805N

撮影:OKMR様

1968年頃に正面窓を若干上方に拡大し、ヒサシを浅くするマイナーチェンジを行いました。
このボディでは、ドア側の後ろのほうに小さなサイズの窓があり、非常口側と窓配置を合わせているのが特徴です。
前照灯と社名表示窓の間の飾りは「ヒゲ」という通称で呼ばれ、このボディの特徴の一つです。

岩手県交通 三菱B806N(1975年式)
B806N

撮影:北上車庫(1988.3.17)

1969年に東名急行バスに納入された正面のマスクが、左右の前照灯を直線でつないだスマートな形状のもので、「東名グリル」という通称で呼ばれます。これが後の標準となったようで、他社にも広く普及しました。

シャーシの組み合わせ・・・三菱

セミデッカー 1967−1976
元日本交通 三菱B907S
B907S

撮影:ヒツジさん様(丸子町 2004.3.2)

三菱では早くからセミデッカーを生産していました。1960年代に試作的な車両が作られ、1967年から量産に移され、B9系に架装されています。
当初は、床の高さは標準床車と変わらないため、側窓の位置はそのままで、幕板の幅が大きかったのが特徴です。

1977−1982

スタンダード 1977−1982
鹿児島交通 三菱MS512N(1979年式)
MS512N

撮影:西鹿児島駅(1987.3.10)

名古屋鉄道 三菱MS513N
MS513N

撮影:板橋不二男様(一宮営業所 1988)

1977年にフルモデルチェンジが行われ、正面、側面、後面ともに窓が大型化され、角張ったイメージになりました。後面の窓はルーフラインまである大型の3枚連続窓になっています。リベットも大幅に減少しており、基本スタイルは翌年にフルモデルチェンジした路線バスにも踏襲されています。
三菱MS系のボディとして知られています。

全高・・・標準床3,080mm

セミデッカ 1977−1982
京浜急行電鉄 三菱MS513N
MS513N

撮影:双葉SA(1986.8.18)

引き続きセミデッカー(商品名はセミデッカ)が設定されています。元々窓の大きいスタイルで登場しているため、セミデッカーはより明朗な外観に見えます。
なお、このシリーズでは、各種ハイデッカータイプの客室部分の高さはすべて同じで、運転席部分のスタイルで名称を分けているにすぎません。

全高・・・3,330mm

パノラマデッカ 1977−1982
小田急バス 三菱MS513R
MS513R

撮影:神奈川県(1982.5.18)

セミデッカーよりワングレード上を狙ったパノラマデッカーも設定されました。ベースはセミデッカ、フルデッカと同じで、前部の屋根形状と、最前部の客窓の高さが異なるだけです。
初期には、ドーム部分の前面と側面の窓は分かれていました。
パノラマデッカーは富士重工製ボディとともに人気のあるモデルとなっています。

全高・・・3,330mm

福島交通 三菱K-MS613N(1981年式)
MS613N

撮影:53様(福島県 2002)

1980年以降、ドーム部分の形状が変わりました。ドームの窓ガラスが前と横で連続となり、ヒサシが出るなどスマートさが増しました。
なお、パノラマデッカーの場合、側面最前位の客窓は1段下がる形になりますが、車長によってその部分の窓幅が異なります。

フルデッカⅠ 1977−1982
帝産観光バス 三菱MS513R
MS513R

撮影:山梨県(1980.5.17)

バリエーションとして設定されたフルデッカーは、正面窓が上下に分かれた独特のスタイルになっています。上部の明かり窓は側面に回りこんでおり、富士重工の「R1フルデッカー」の影響がうかがえます。
なお、写真の車両は、側面窓がピラーレスの連続窓になっています。

全高・・・3,330mm

帝産観光バス 三菱K-MS613S
MS613S

撮影:盛岡駅(1986.5.22)

1980年には上下の前面窓が連続した形にマイナーチェンジしています。

フルデッカⅡ 1980−1982
コトデンバス 三菱K-MS615S(1980年式)
MS615S

撮影:OKMR様

大阪ハトバス 三菱K-MS615S
MS615S

撮影:京都市(1981.11.12)

観光バスのスケルトン化の流れを受けて、1980年に急遽スケルトン風モデルを発表しました。フルデッカⅡと呼ばれるボディで、これまでのフルデッカⅠの先頭部を1枚ガラスの角張ったスタイルに変え、側面窓を連続窓にしたもの。基本断面は変わらないため、先頭部の屋根に段差があります。

1981年には後面を垂直に切り上げた形に変わりました。これで、見た目にはベース車の面影はなくなりました。
更に1982年には全体の断面を前後と同じにしたものも作られています。

全高・・・3,320mm

倉敷市交通局 三菱K-MS615S
MS615S

撮影:OKMR様

1982−1992 エアロバス

観光バスのスケルトンタイプ化の流れが進んでいた1982年、三菱自動車がフルモデルチェンジを行い、エアロバスを誕生させました。エアロバスは、直線的なスタイルを残しながらも、前後に曲線的な造形を取り入れ、全体的に空力特性に優れた構造としています。
正面は、角型2灯のヘッドライトと社名表示、大型バンパーを一体化したグリルを採用、その後の観光バスのスタイルに大きな影響を与えました。
ハイデッカー 1982−1992
岩手県北自動車 三菱P-MS725S(1989年式)
MS725S

撮影:長谷川竜様(東八幡平交通センター 2013.6.1)

標準となるボディは、フルデッカーとなっています。
エアロバスは、その秀逸なボディデザインとインパクトから、三菱の観光バスのシェアを一気に高めました。また、ボディと一体化したモデルでもあり、標準ボディの比率も高めました。

全高・・・3,260mm

福島交通 三菱U-MS726S(1992年式)
MS726S

撮影:ソルティドッグ様(郡山駅 2014.4.26)

スタンダードルーフ 1983−1992
富士モーターサービス 三菱P-MS715S(1986年式)
MS715S

撮影:岩手県交通ファン様(2005.3.20)

1983年にエアロバスに標準床タイプが追加されました。全体的に扁平な印象を与えます。
正面2枚ガラス、ヘッドライト4灯、メトロ窓を標準としていますが、写真の車両はフルデッカーと同じ2灯のグリルを選択しています。

全高・・・3,010mm

スーパーエアロⅠ 1984−1988
日本急行バス 三菱P-MS725S(1985年式)
MS725S

撮影:京都駅(1989.2.11)

時代の要請でスーパーハイデッカーの設定が急務となり、1984年にはエアロバスシャーシそのままでスーパーエアロⅠを設定しました。これはフルデッカーを基本に、途中からかさ上げしたものですが、数は少なく、他に類を見ない造形です。

全高・・・3,475mm

スーパーエアロⅡ 1984−1988
岐阜乗合自動車 三菱P-MS725S(1985年式)
MS725S

撮影:山梨県(1986.8.18)

スーパーハイデッカーの第2弾として1984年にスーパーエアロⅡが設定されました。こちらは、全体を高くしたもので、改造扱いになります。
当初は正面窓が上部で2枚に分かれていました。

弘南バス 三菱P-MS725S(1986年式)
MS725S

撮影:高崎営業所(1986.12.27)

当時急速に路線を拡大していた夜行高速バス用にもスーパーエアロⅡは多数導入されました。
正面窓は、途中から1枚ガラスに変更されています。また、一部にはハイデッカーのエアロバスと同様に、おでこの部分に丸みのあるボディもありますが、普及していません。


全高・・・3,475mm

エアロクィーンW 1985−1992
宮城交通 三菱P-MU525TA(1985年式)
宮22か2640

撮影:西根ドライブイン(1986.5.4)

これまでのスーパーエアロ2種類は、標準のエアロバスシャーシにスーパーハイデッカーのボディを架装したものでしたが、重量増加に対応するため、2階建てバスをベースにしたスーパーハイデッカー専用シャーシとして1985年に登場したのが3軸のエアロクィーンです。
ボディスタイルはスーパーエアロⅡとほぼ同じですが、車高は高くなりました。
1988年にエアロクィーンMが登場した後は、エアロクィーンWと呼ばれるようになりました。

全高・・・3,560mm

エアロクィーンM 1988−1992
信南交通 三菱U-MS729S(1990年式)
MS729S

撮影:双葉SA(1991)

1988年にシャーシを強力化するマイナーチェンジに合わせて、スーパーハイデッカーのフロントスタイルを変更し、エアロクィーンMに統一を図りました。より空力特性を考慮した滑らかな正面スタイルで、ライト周りとバンパーをボディ同色としたため、これまでにないスタイリングとなりました。大きなライトの特徴から、「パンダ」などと俗称される場合があります。
この時期、全国的な高速バスブームの真っ只中で、エアロクィーンMは高速バスの代名詞と言えるほど多くのユーザーが導入しました。

全高・・・3,545mm

1988−1992 エアロバス(クィーンバージョン)
新潟交通西 三菱U-MS729S(1992年式)
MS729S

撮影:樋口一史様(潟東営業所 2004.5.8)

新潟交通西 三菱U-MS729S(1992年式)
MS729S

撮影:樋口一史様(潟東営業所 2004.5.8)

エアロクィーンの登場後もフルデッカーは従来のエアロバスが継続販売されていますが、エアロクィーンMの顔を持ったクィーンバージョンと呼ばれるボディも用意されています。
後面の窓はフルサイズが標準ですが、輸入ダブルデッカーの影響からか、小型化することが流行し、ユーザーによって小型で導入する例も多く見られます。

全高・・・3,275mm

エアロクィーンMV 1989−1992
小豆島バス 三菱U-MS729S(1991年式)
MS729S

撮影:土庄町(2005.9.3)

1989年からは、スーパーハイデッカーのバリエーションとして、運転台を下げて2階建て風の顔つきにしたエアロクィーンMVが登場しています。
この車両は、運転台を下げたデザインのためライト間に社名表示窓がありません。
なお、これらエアロクィーンMシリーズを含む初代エアロバスは、1992年には後継のニューエアロバスにモデルチェンジされました。

全高・・・3,545mm

三菱ボディのボディ型式
車体にも名称があるようです。ただし、車体にも車台にも、また銘板にも記載されておらず、書籍などでしかその全容を知ることはできません。ここでは、鈴木文彦(1999)「日本のバス年代記」などをもとに、三菱ボディのバスボディの名称について、まとめてみます。
車体呼称

例:H35型
三菱ボディの車体には、下記のような呼称があるそうです。
K1型=ボンネットバス(1954〜60年)
K2型=リアエンジンバス(1953〜55年)
K3型=フレーム付リアエンジンバス(1955〜67年)
K4型=フレームレスリアエンジンバス(1958〜67年)
K10型=高速、観光バス(1963〜77年)
K11型=セミデッカー(1967〜77年)
G4型=フレームレスリアエンジンバス(1967〜78年)
B35型=三菱MP,MSなどのボディ(1977〜82年)
ただし、これらは基本的には内部呼称だと思われます。

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80s岩手県のバス“その頃”