入門その頃のバス


窓の形状

ボディ バスの客窓(側面の窓)の形状は、時代とともに進化しており、現在ではピラーが細くガラス面積の大きいものが主流を占めています。こういった進化は、バスボディの製作技術と深く関係していますが、同時に交通車両の流行にも対応しています。
終戦後からしばらくは、上部のスタンディウィンドウをHゴムで固定したいわゆる「バス窓」が主流でしたが、1960年代になると上部も可動式にしたものが登場し、観光バスには視界の広い大型の引違い窓が登場します。そして、車両構造がスケルトンタイプに進化する頃、ピラーレスの固定窓も多くなり、この傾向は観光バスだけでなく、路線バスにも広がります。
こういった窓の形状は、ドアの形状と同様にメーカーで標準仕様を決めてはいるものの、ユーザーの意向も多く取り入れられます。メーカーも、ユーザーの志向をにらみながら仕様を変えているようです。しかし、やはり1990年代後半以降、標準仕様による統一が進み、ユーザーによる相違は徐々に見られなくなっています。
ここではそんな客窓の形状を、眺めてみます。


路線バス

スタンディ・ウィンドウ付(バス窓)
1950年代初頭から上部に固定式のスタンディーウィンドウ(立席窓)を配した窓スタイルが現れます。スタンディーウィンドウは立ち客のための窓という意味です。
スタンディーウィンドウはHゴムにより固定されているため、四隅にRがあります。下段についても、初期の新三菱、川崎ボディでは下辺にRをつけてスタイルを整えていましたが、最終的には1970年代までRをつけていたのは西日本車体のみでした。
この窓スタイルは鉄道車両でも見られ、1952〜57年の国鉄の気動車や、同時期を中心にした私鉄車両などでも用いられました。これらの鉄道車両の窓を「バス窓」と呼ぶ鉄道愛好家が現れ、それが定着した結果バス愛好家に逆輸入され、バスについても「バス窓」と呼ばれるようになりました。
1970年代中頃を最後に、この窓スタイルの新造は各メーカーとも終了しています。

日本国有鉄道 日野RE100(1975年式)
RE100

撮影:久慈駅(1985.8.24)

1950〜70年代にかけて20年間ほど、バスの標準的な窓形状だったスタンディウィンドウ付の「バス窓」。上部のスタンディ・ウィンドウ部分は固定式で、下部の窓が上昇式となっています。
写真は夏なので、ほとんどの窓が開かれています。ストッパーは数か所あり、一番前や一番後ろは全開状態、中間部には途中のストッパーまで開けた状態も見えます。
側面の方向幕にこの固定窓を利用する例もあります。その場合、写真の車両のように、下部の窓は左右引き違いになります。

国鉄 キハ51(参考画像)
キハ518

撮影:南小谷駅(1978.3.27)

戦後の国鉄の気動車にも上部Hゴム固定窓が採用され、これがバスの窓と似ていることから、後に鉄道愛好家の間で「バス窓」と呼ばれていました。
国鉄気動車がこの窓を採用したのは1952年からで、バスがこのタイプの窓になったのと同時期です。

2段窓(上下開閉式窓)
1965年に川崎ボディが上下段ともにアルミサッシを用い、上段が下降する窓スタイルを導入しました。このスタイルは、窓が大きい外観上のスマートさに加え、上段を可動式にして立ち客にも風を入れるという新機軸が人気を呼びました。
川重に続いて金産ボディが「バス窓」と並行して多く生産しているほか、ユーザー仕様で帝国、富士重工でも見られます。その後、1970年に富士重工が標準仕様化し、1970年代中頃までにすべてのボディメーカーが追随しています。廉価版として、上段が固定されたものも見られます。
この窓スタイルは、バス愛好家の中でよく「サッシ窓」と呼ばれます。恐らく「アルミサッシの窓」という意味から来ているのだと思いますが、用語の重複があるような気がします。

東野交通 いすゞBU05P(1970年式)
BU05P

撮影:黒磯駅(1977.8.9)

メーカー標準でサッシ窓を最初に導入したのは川崎ボディでした。
窓を開ける際、上段は下降し、下段は上昇します。よく見ると、上段の上側に窓をおろす際のつまみが付いているのが分かります。

サンデン交通 日野RE120P(1970年式)
RE120P

撮影:厚狭駅(1980.4.1)

川崎ボディに続いて金産ボディが採用したサッシ窓。上段は固定のままで、桟の位置も高めです。このような形態は、1970年にサッシ窓を導入した富士重工の初期車にも見られました。
上段固定のサッシ窓は、外観は新機軸としながらも製造コストを優先したものと思われます。

引き違い窓(メトロ窓)
デラックスな観光バスの窓を大型化し、スマートさを強調する試みは1950年代初めから見られます。その際、横桟のない左右引き違い窓が考えられたようです。当初はほんの一部のデラックス車両の仕様だったようですが、1960年代に入ると貸切車の仕様として徐々に標準化し、更に1970年代に入ると観光路線バスなどにも採用されるようになって行きます。
これらの引き違い窓は「メトロ窓」と呼ばれます。パリのメトロ(地下鉄)の窓がこのような形状をしていたためだとの説があります。

伊予鉄道 日野K-RE101(1979年式)
RE101

撮影:松山市民様(森松営業所 2001)

引き違い窓を路線バスに導入する例としては、観光路線、都市新バスなどの特殊路線、初期の中型バスなどに見られます。1970年代からの現象です。
一般の路線バスでありながら、ある程度クオリティの高い設備とともにメトロ窓を導入する例は、遠州鉄道や伊予鉄道などに見られました。

富士急行 日野P-HT275A(1985年式)
HT275A

撮影:御殿場駅(1986.1.7)

車体がスケルトン化されると、引き違い窓も隅のRがなくなり、角型になります。同じ頃、サッシをブロンズ色にする傾向も見られました。

引き違い窓(T字窓)
引き違い窓のバリエーションですが、特にスケルトンタイプのボディになって、側窓の縦寸法が大きくなったことから多く見られるようになったのが「T字窓」です。引き違い窓の上部に固定部分があり、窓枠の形が「T」の字に似ていることから誰かがそう呼ぶようになったのだと思います。

富士急行 いすゞP-LV318M(1986年式)
LV318M

撮影:吉田営業所(1986.8.19)

路線バスでも引違窓のバリエーションとして、T字窓の導入例があります。1984年から生産の川重の初代キュービックボディでは、側窓の縦寸法が大きいため、引き違い窓を選択すると上部が固定になるのが初期の標準仕様でした。

近江鉄道 日産デU-UA440NAN(1992年式)
UA440NAN

撮影:南草津駅(2015.8.29)

富士重工ボディの前後ドア車でのT字窓の採用例。通常なら下部固定の逆T字窓になる所ですが、近距離貸切にも使える兼用車で、車内に補助席を備えることから、開口面積の大きいこのタイプになったようです。
固定窓部分は、ピラーを隠したアウターガラスとなっています。

上部引き違い窓(逆T字窓)
こちらは固定窓のバリエーションとして登場したと解釈できるもので、固定窓の上部に引き違い窓があり、その形状から「逆T字窓」と呼ばれます。
やはりスケルトンタイプのボディになってから普及したもので、窓枠をブロンズ色にしたものが主流です。
路線バスでは、1990年代に西のほうから採用例が増加し、2000年代に入る頃には標準的な仕様になっています。

岡山電気軌道 三菱U-MP618K(1995年式)
MP618K

撮影:岡山駅(2016.11.23)

ツーステップバスで、逆T字窓と中ドア4枚折り戸の組み合わせは、1980年代末期〜1990年代にかけての都市型バスの王道でした。
ここでは、窓の形状が分かりやすいように、シルバー色のサッシの車両を掲載しました。

観光バス(貸切バス・高速バス)

引き違い窓(メトロ窓)
デラックスな観光バスの窓を大型化し、スマートさを強調する試みは1950年代初めから見られます。その際、横桟のない左右引き違い窓が考えられたようです。当初はほんの一部のデラックス車両の仕様だったようですが、1960年代に入ると貸切車の仕様として徐々に標準化して行きます。
引き違い窓の上にスタンディーウィンドウのような横長の窓がついたりする例もありますが、バリエーションとして普及したのは、傾斜させてスマートに見せる方法です。

標準タイプ
岩手県北自動車 日野RV730P(1978年式)
RV730P

撮影:西根町(1986.8.3)

観光バスの標準的な外観でもあったメトロ窓。ガラス面積が大きく、外観がスマートに見えるほか、車内からの眺望にも優れています。前側の窓を後ろに、後ろ側の窓を前側に開けるため、もちろん全開はできません。

弘南バス いすゞP-LV219S(1985年式)
LV219S

撮影:盛岡支所(1986.5.18)

スケルトンタイプのボディの時代になると、引き違い窓はブロンズ色のサッシが標準になりますが、更にT字や逆T字が増え、普通の引違窓はグレードの低い車両や自家用バスなどに限定されるようになります。
写真の車両は、スケルトンタイプ初期の引き違い窓採用車両で、ブロンズ色サッシ。

傾斜タイプ
松電観光バス いすゞBH20P(廃車体)
BH20P

撮影:本社営業所(1988.11.23)

引き違い窓の観光バスでスマートさを出すために窓を傾斜させたものが見られます。実用的かどうかはともかくとして、上級クラスの観光バスに導入する例が多く、川崎丸型(オバQ)などこの窓を標準仕様とする車両もありました。
基本的にはユーザーの選択によるもので、導入した事業者には偏りも見られます。
モノコックボディの時代の産物で、1980年代前半以降見られなくなりました。

日本国有鉄道 三菱B907NA(1974年式)
B907NA

撮影:板橋不二男様(長野原営業所 1978)

側面最前部の窓を1段下げたスタイルも、高速バスに多く見られました。国鉄の東名高速バス、小田急箱根高速バス、東北急行バスなど、1960年代からの老舗高速バスに見られます。
セミデッカーのように車体を大きく見せるための手法かも知れませんが、床の高さは同一レベルです。

引き違い窓(T字窓)
引き違い窓のバリエーションの一つとして、上部が固定窓となった仕様があり、その形状からT字窓と通称されます。
1980年代に入り、スケルトンタイプのボディになると、窓の縦寸法が拡大され、これまでの引違窓ではガラスが大きくなりすぎて、開閉に支障をきたすほか、ガラスの大型化によるコスト増を防ぐため、T字が採用されたものと思われます。
1982年登場の三菱エアロバスが標準仕様として導入したのに続き、各メーカーのハイデッカータイプの標準仕様はこの窓形状となりました。

旭川電気軌道 三菱P-MS725S
MS725S

撮影:旭川駅(2016.6.11)

T字窓を採用したエアロバス。
写真の車両は、最後部の側窓が固定窓ですが、最前部の側窓を固定窓とするなど、固定窓と組み合わせる例も多く見られます。

固定窓
固定窓は、高速バスや貸切バスに見られる窓形状です。1960年代の高速バス試作車などでの採用例がありますが、冷房故障など非常時を考えると一般的な普及は難しかったようで、当初は夜行高速バス車両などにとどまっていたようです。
1970年代後半に貸切バスのグレードが高まり、カーブドガラスの採用やスケルトンタイプのボディに進化していく過程の中で、固定窓の貸切バスは徐々に増えていきます。1980年代のバブル期には、豪華仕様の貸切バスが多かったため、固定窓車もそれに比例して増えますが、1990年代以降、補助席を持つ合理的で汎用性のある貸切バスが増えたため、固定窓車の比率は低くなっています。

中央観光バス 三菱MS513R
MS513R

撮影:板橋不二男様(大阪府 1982頃)

豪華な観光バスとして固定窓を採用した車両。モノコックボディ時代の固定窓のスタイルは、冷房装置の信頼性とのかかわりもあり、そう多くはありませんでした。

伊予鉄道 日野P-RU638BB(1986年式)
RU638B

撮影:松山駅(2010.5.8)

スケルトンタイプのボディになると、固定窓はピラーレスになり、外観的に窓が大きく見えるようになります。
補助席を必要としない豪華サロンバスやトイレ付高速バスなどに多く採用されています。
写真の車両は最前部の側窓下辺のラインが斜めになった仕様ですが、1980年代に富士重工が採り入れたことで流行の一つとなり、日野車体、川重などでもユーザーオプションの設定をしていたようです。

上部引き違い窓(逆T字窓)
固定窓のバリエーションと考えられる逆T字窓は、ボディがスケルトンタイプに移行する1980年代から普及しました。通常は固定窓と同じで客席からの眺望を確保でき、外気を取り込むことも出来るというメリットがあります。
1987年以降、補助椅子をつける際の開口部の位置の関係から「T字窓」に移行し、こちらは補助席のない高速バスに残る程度になりました。

富士急行 P-MS725SA(1985年式)
MS725S

撮影:双葉SA(1986.8.18)

スケルトンタイプのボディになると、日野車体や富士重工などで観光バス、高速バスに逆T字を採用するケースが増えていきます。
写真の車両は補助席付ですが、この時期にはこの窓形状が可能でした。

カーブドガラス
カーブドガラスは、1975年に富士重工が採用したもので、上部が屋根のカーブに合わせてカーブしている側窓形状です。窓の小さいものコックボディの時代に、窓を最大限大きくしたものです。
1980年に川崎ボディのハイデッカーが追随しますが、各メーカーともスケルトンタイプの角張ったボディに移行する中、それ以上の広がりにはなりませんでした。川崎も1987年には生産を終了し、富士重工のみが2000年まで作り続けました。

元ケイエム観光 三菱MS513R
MS513R

撮影:ヒツジさん様(高山村 2004.7.31)

アウターガラスとすることでピラーレスの連続窓風になったタイプ。1977年に富士重工が採用したもの。
写真の車両は、セミデッカータイプのボディと相まって、車両を大きく見せる効果があります。また、車内からの眺望も、通常は見えない上の方が見え、利用客には好評でした。

茨城交通 日野KC-RU3FSAB(1994年式)
RU3FSAB

撮影:水戸駅(2014.8.23)

カーブドガラスのパイオニアである富士重工は、R13型ボディから始まり、写真の17型までカーブドガラスが選択でき、2000年まで生産が続けられました。
写真の車両は下部を引き違い窓としたもので、窓の開閉が必要な場合は、カーブドガラスでもこういう仕様は可能です。

ページ上部へ戻る
メニュー

80s岩手県のバス“その頃”