入門その頃のバス

視野拡大窓

ボディ 自動車の運転台からの視野には死角があります。特に大型車では、その死角は大きくなります。
この死角を少しでも減らすため、自動車の運転台窓は様々な工夫が凝らされてきました。特に、バス車両が大型化し、交通量が増加、それに対して路線バスのワンマン化が進むなどを背景に、1960年代から前面窓を下方に大型化する「視野拡大窓」が現われます。それと並行して、前面窓の下部に別の窓を設置する「安全窓」(セーフティウィンドウ)が登場します。
これら安全のための窓については、新車に標準装備される場合、オプション装備となる場合、そしてユーザー(事業者)の特別仕様として設置する場合があります。
ここでは、それら安全のための窓について、概要を説明します。


視野拡大窓

GMCタイプの視野拡大窓
帝国自動車工業
視野拡大窓
京王帝都電鉄 日野RB10(1968年式)
京王帝都

撮影:八王子駅(1977.7)

標準窓
西東京バス いすゞBU10(1967年式)
西東京バス

撮影:八王子駅(1977.7)

帝国自動車工業では、1964年に運輸省の委託を受けて、前面、後面の窓を大きくした「VISIBLE COACH(またはWIDE WINDOW COACH)を開発しました。(注:同社カタログによる呼称)
4枚の曲面ガラスを細い十字型サッシで固定した前面窓で、窓の有効面積は従来の窓より40%増加しています。このスタイルは、米GMCのスタイルに影響を受けたと言われています。
帝国ボディでは、同時に運転者が体格に関係なく正規の視界が確保できるよう、新しい調整式シートも開発しています。後面窓についても、連続窓にするなど有効面積を34%増加させていますが、こちらはこれ以降の標準仕様となったようです。
オプション扱いの前面窓は、国鉄バス、京王、京成、宮崎交通などが好んで導入しています。

浪速観光バス 日野RB10P(1964年式)
浪速観光バス

画像:所蔵写真(鈴鹿市 1964.9)

Visible Coach 前面窓
帝国ボディ

画像:帝国自動車工業公式カタログ(1964)

この視野拡大窓は、斬新で明朗な印象から、貸切バスにも多く導入されました。
写真の車両は、おでこの方向幕部分を横長の社名表示窓にしたほか、前照灯4灯にするなど、観光バス仕様のスタイルとなっています。

金産自動車工業
防長交通 日野RC320P(1969年式)
防長交通

画像:近畿日本鉄道(1970)「最近10年のあゆみ」

同じようなスタイルのGMC風視野拡大窓は、金産ボディでも生産されています。
帝国ボディと比べると、下2枚のガラスの縦寸法や下辺が直線であることなど、相違点があります。
近鉄系での長距離バス、貸切バスへの採用例があります。

三菱重工業
視野拡大窓
西武バス 三菱MAR470(1966年式)
西武バス

撮影:板橋不二男様(千ヶ滝営業所 1973)

標準窓
高松琴平電鉄 三菱MAR470
琴電バス

撮影:板橋不二男様(1973)

三菱ボディでの採用例です。やはり帝国ボディと似ていますが、細部に相違点が見られます。同じような視野拡大窓は、西工ボディでも生産されています。
三菱ボディは西武バス、西工ボディは宮崎交通などで採用例があります。

ネタ元になったGMC
GMC ニュールックバス
GMCニュールックバス

画像:所蔵写真(トロント市)

日本の視野拡大窓のお手本になったと思われる米国GMCのニュールックバス。1959年から製造され、その前面窓は6枚の曲面ガラスを組み合わせており、特徴的。

通常スタイルの視野拡大窓
川崎重工業
視野拡大窓
種子島交通 いすゞBA30
種子島交通

撮影:板橋不二男様(西之表営業所 1974)

標準窓
京王帝都電鉄 いすゞBU10(1969年式)
京王帝都

撮影:国立駅(1977.7)

川崎ボディでは、通常スタイルの前面窓を、そのまま下方に伸ばした視野拡大窓を採用しています。
導入事例は多くなく、秋北バス、宮崎交通、鹿児島交通系列で見られ、いずれも主に観光バスに採用しています。

富士重工業
視野拡大窓
岩手県交通 日野RE120(1970年式)
岩手県交通

撮影:釜石営業所(1985.8.10)

標準窓
岩手県交通 いすゞBU10D(1971年式)
岩手県交通

撮影:滝沢営業所(1986.4.16)

富士重工でも通常スタイルの前面窓を、そのまま下方に伸ばした13型Dと呼ばれるスタイルを用意します。
これは、茨城オート、西肥自動車、九州産交、宮崎交通などで導入されています。写真は、茨城オートから岩手県交通に譲渡された車両。
(注1)

視野拡大窓
立川バス 日産デK-U31LA(1980年式)
立川バス

撮影:立川駅(1981.10.10)

標準窓
立川バス いすゞK-CJM500(1980年式)
立川バス

撮影:上水営業所(1985.1.14)

富士重工3Eと呼ばれるボディでの視野拡大窓。
大型方向幕とのセットでは標準仕様になるようですが、小型方向幕の場合は、前面窓の大きさが目立ちます。
名古屋市交通局、西肥自動車などで見られます。

帝国自動車工業(→日野車体工業)
視野拡大窓
京王帝都電鉄 日野RE140(1977年式)
京王帝都

撮影:八王子駅(1977.7)

標準窓
西東京バス 日野RE100
西東京バス

撮影:八王子駅(1977.7)

帝国ボディは1968年に日野RE系が登場した当時はGMC風の4枚ガラスを続けていましたが、1969年頃から通常の前面窓を下方に拡大したものに変更しています。製造コストや破損時の交換費用などを考慮したものと思われます。
同様の視野拡大窓は、金産ボディでも存在し、近鉄バスなどが採用しています。
そのまま日野車体に引き継がれ、京王では1980年代まで導入を続けています。

呉羽自動車工業
視野拡大窓
相模鉄道 三菱MR410(1976年式)
相模鉄道

撮影:ポンコツ屋赤木様(鶴ヶ峰駅 1989.3.23)

標準窓
東京都交通局 三菱MR410(1976年式)
都営バス

撮影:53様(渋谷車庫 1984)

呉羽ボディの視野拡大窓。
川崎市営、相模鉄道、東京都営のほか、視野拡大窓の常連である鹿児島交通でも見られました。
なお、三菱ボディでも1975年までのボディスタイルで視野拡大窓の設定があり、西肥自動車、鹿児島交通などで見られました。

視野拡大窓
東京都交通局 三菱K-MP107K(1982年式)
都営バス

画像:東京都交通局(1983)「都バスガイドブック」

標準窓
東京都交通局 三菱K-MP107K(1981年式)
都営バス

撮影:53様(渋谷駅 1983.11.3)

東京都営バスの早稲田営業所では、1979年に上の旧型ボディで視野拡大窓を導入しましたが、1980〜83年のB35型ボディでも視野拡大窓を採用しています。このボディスタイルで、全体を下方に伸ばすのは希少な例です。

西日本車体工業
京都市交通局 日野K-RE101(1980年式)
RE101

撮影:京都駅(1981.11.15)

西日本車体でも、前面窓を下方拡大した仕様を用意します。
1978年のモデルチェンジで登場した78MCと呼ばれるボディで、写真の車両は大型方向幕とのセットでの採用です。

助士席側の視野拡大窓(標準装備)
日野車体工業
岩手県北自動車 日野P-RR172BA(1984年式)
岩手県北バス

撮影:盛岡営業所(1985.7.24)

日野では、1981年に中型バスをスケルトン構造にフルモデルチェンジしますが、同時に路線タイプの前面窓に、初めて助士席側の視野拡大窓を標準装備しました。
車体構造やスタイルなど、この車両が及ぼした影響は数多くありますが、視野拡大窓についても、メーカー、ユーザー問わず追随する例が多く見られます。

西日本車体工業
西日本鉄道 いすゞKC-LV380N(1996年式)
西鉄バス

撮影:小倉駅(2017.12.9)

西日本車体では、1983年にモデルチェンジした58MCに、助士席側の窓を下方に拡大したB-Ⅱ型というバリエーションを用意します。

助士席側の視野拡大窓(ユーザー仕様)
呉羽自動車工業
諏訪バス 三菱K-MP118M(1983年式)
諏訪バス

撮影:KOTETSU倶楽部様(茅野営業所 1992)

京阪バスでは、1983年から前面窓を視野拡大窓にし、前面角に安全窓を設ける仕様に変りました。この時、三菱車(呉羽ボディ)については、助士席側のみを拡大するという仕様でした。(日野車は全体を拡大)
写真は、諏訪バスに譲渡された車両。

東京都交通局 三菱P-MP118K(1984年式)
都営バス

撮影:53様(渋谷車庫 1984)

呉羽自工のスケルトンタイプの過渡期のボディで、都営バスの都市新バスと日本交通では助士席側の下方拡大仕様を導入しています。

セーフティウィンドウ

ツーマン車
日本交通 三菱AR870(1964年式)
日本交通

撮影:板橋不二男様(大山升水高原 1978.8)

中ドアツーマン車の場合、左方側面の確認を目的に、側面腰板に安全窓を設置するケースが見られます。

前面窓下の安全窓(メーカー仕様)
呉羽自動車工業
立川バス 三菱P-MP118M(1984年式)
立川バス

撮影:立川駅(1985.3.28)

1984年に登場した呉羽ボディの新スタイルでは、前面窓の助士席側下部に安全窓を装備しています。標準装備での安全窓は、このボディが最初です。下に挙げた三菱ボディの登場後に「エアロスターK」と名付けられました。
ユーザーによっては、安全窓を装備しない仕様も可能です。

三菱自動車工業
長崎県交通局 三菱U-MP218M(1995年式)
長崎県営

撮影:長崎営業所(2018.10.16)

1984年に登場した三菱「エアロスターM」は、助士席側前面窓を下方に拡大すると同時に、その下に安全窓を設置しました。そのため、前面窓と安全窓が一体化して、デザインと機能を両立させることに成功しました。
この安全窓は、ユーザーによっては設置しないことも可能です。

三菱自動車バス製造(→三菱ふそうバス製造)
岡電バス 三菱KC-MP717K(1997年式)
両備バス

撮影:岡山駅(2016.11.23)

1996年にモデルチェンジした2代目の「エアロスター」でも、先代の特徴であった安全窓を設置しています。ただし、助士席側前面窓の下方拡大は行わず、直線的なフォルムに仕上げています。
先代と同様に、安全窓を設置しないことも可能です。

富士重工業
富士交通 日産デKC-UA460KAM(1998年式)
富士交通

撮影:恵庭市(2018.11.9)

富士重工では、1997年から販売される日産ディーゼルのノンステップバスに、四角形の安全窓を装備しています。写真の車両は、元西武バス。
このボディでの安全窓設置は少数派で、安全窓を装備しない事業者が多いようです。

日野車体工業
名阪近鉄バス 日野KL-HU2PMEA(2001年式)
名阪近鉄バス

撮影:大垣駅(2017.1.22)

2000年にモデルチェンジした「ブルーリボンシティ」では、扇形のような安全窓を設置しています。
安全窓の形状が曲線的なのは、前面窓下全体を観光バス「セレガ」と同じように黒塗りにするカタログデザインをベースにしているからです。

川重車体工業(→IKコーチ→いすゞバス製造)
西日本JRバス いすゞKC-LV280N(1997年式)
西日本JRバス

撮影:京都駅(2016.3.5)

安全窓というより、デザイン上の要請から設置されたものと考えた方がいいものですが、1984年にモデルチェンジしたいすゞの「キュービック」では、前面角に縦長の安全窓を標準装備しています。

前面窓下の安全窓(ユーザー仕様)
京阪バス
長野電鉄 日野K-RC301(1983年式)
長野電鉄

撮影:長野営業所(1992)

京阪バスでは、1983年から前面窓を視野拡大窓にすると同時に、前面角に小窓を新設しています。
この仕様は、スケルトンバスのHTRJにも引き継がれています。
写真は、長野電鉄への譲渡後。

京都市交通局
京都市交通局 いすゞK-CLM500(1981年式)
京都市営

撮影:京都駅(1981.11.15)

京都市交通局では、1981年から安全窓を設置するようになりました。
当初は、助士席側前面窓下に横長の安全窓、コーナー部に縦長の安全窓と、2か所に設置していました。この方法は、川崎ボディのほか、日野ボディ、西工ボディにも共通する特徴です。

京都市交通局 三菱KC-MP617K(1995年式)
京都市営バス

撮影:IKD様(洛西営業所 2009.7.25)

京都市営バスの西工ボディの一例。78SCボディの時期から始まり、写真の58MCでも踏襲しています。

京都市交通局 日産デPDG-RA273MAN(2008年式)
京都市営バス

撮影:京都駅(2016.3.5)

京都市営バスでは、西日本車体の96MCには、このような大きな長方形の安全窓が設置されます。

京都市交通局 いすゞKL-LV280N1(2004年式)
京都市営バス

撮影:京都駅(2016.3.5)

京都市営バスのいすゞ車は、キュービックLVでは設計上の安全窓があったため、ユーザー仕様の安全窓はありませんでしたが、2000年にモデルチェンジしたエルガでは、横長の安全窓が付けられました。

奈良交通
奈良交通 日野KC-HU2MPCA(1995年式)
奈良交通

撮影:学園前駅(2017.1.22)

奈良交通では、1991年から日野車に安全窓を設置しています。四角形の斜め上をカットしたような形状になります。
1992年からの呉市交通局でも同じ形のものを設置していました。
なお、1998年頃からの日野自動車のワンステップバスのカタログでも、同じ形状の安全窓が設置されています。

長崎自動車
長崎自動車 日野KC-HT3KMCA(1998年式)
長崎バス

撮影:長崎市(2018.10.16)

長崎自動車では、1998年から安全窓を採用しました。日野車体では、奈良交通と同じ形態です。
西日本車体では助士席側前面窓を下方拡大したB-U型を導入しており、安全窓の設置はありません。

長崎自動車 いすゞPKG-LV234N2
長崎バス

撮影:長崎駅(2018.10.16)

いすゞエルガ・日野ブルーリボンUでは、京都市営バスと同タイプの安全窓を設置しています。標準設計化が進んだ時期にも安全窓についてはユーザー仕様が存在するという一例です。

小型バスの安全窓(メーカー仕様)
トヨタコースター
トヨタコースター

撮影:長野県(2013.5.6)

トヨタでは、1969年に登場したコースター(初代)において、既に左側面に四角い安全窓を標準装備しています。かなり早い採用事例です。
1983年のモデルチェンジで2代目にも引き継がれています。この時のメーカーカタログでは、「サイドロアウインドゥ」と書かれています。

いすゞジャーニーQ
いすゞジャーニーQ

撮影:長野県(2010.7.19)

小型バスにおいては、1980年代以降のモデルチェンジの際、安全窓を組み込む設計が増えています。
いすゞでは4t車ベースの大きめの小型バス「ジャーニーQ」において、1980年のマイナーチェンジの際に、左側面に四角形の安全窓を標準装備しています。

日産シビリアン
日産シビリアン

撮影:長野県(2016.4.3)

1982年にモデルチェンジした日産シビリアン(2代目)では、左側面の最前部に縦長のセーフティウィンドウを標準装備しています。上級車種では熱線入りガラスとなります。デザイン上のアクセントにもなりますが、機能面でも生かされています。

日野レインボー
日野レインボー

撮影:長野県(2016.1.7)

日野では1985年にモデルチェンジしたリアエンジンの「レインボーRB」から、左側面にセーフティウィンドウを設置しています。

三菱ローザ
三菱ローザ

撮影:山梨県(2013.7.28)

三菱では1986年モデルチェンジのローザ(3代目)から、左側面窓の下に安全窓を標準装備しました。デザイン的にも側面窓と一体化しており、他のメーカより進化が見られます。

視野拡大窓の効果

帝国自動車工業
帝国ボディ

画像:帝国自動車工業公式カタログ(1964)

帝国ボディ

画像:帝国自動車工業公式カタログ(1964)

帝国ボディのGMCタイプ視野拡大窓の車両カタログに、運転席から魚眼レンズで撮影した比較画像と、視野の下限線の図解があります。
視野が下方に12°拡大しており、約1.15m先では、通常サイズの前面窓では見えなかった身長1mの子供が確認できると図解されています。

日野レインボーRR・RJ
日野レインボー

画像:日野自動車工業公式カタログ(1983)

1981年にモデルチェンジした日野の中型バス「レインボー」のカタログで、左方向の安全性を高めたことが、写真で解説されています。

三菱エアロスターK
三菱エアロスターK

画像:三菱自動車公式カタログ(1985)

三菱エアロスターK 「クラス初のセフティウインド採用」と謳った三菱のカタログ。
前面窓そのものも上下に大きく拡大、前ドアの通しガラス、運転席サイドウィンドウの下方拡大と併せて、視界はかなり拡大しています。
左前方の外から安全窓越しに運転席を見た画像では、その効果が強調されています。もっとも、実際のワンマンバスは、運転席脇に大きな運賃箱を設置するため、安全窓の効果は発揮できません。ユーザーにより安全窓を設置していないのは、そういう理由もあると思います。

いすゞキュービック
いすゞキュービック

画像:いすゞ自動車公式カタログ(1990)

いすゞキュービックLVのカタログでは、大型1枚窓のフロントウインドウと、コーナーの安全窓等により視界が良好であることをアピールしています。
コーナーの縦長の安全窓は、いすゞの呼称で「OKウインドウ」というそうです。視界OKという意味でしょうか。

(注1)
ぽると出版(2013)「東京急行のバス達」P105によると、東急では1971年に狭隘な商店街を走る経堂線用に富士重工の視野拡大窓車を13両導入したという。実際の走行環境に合わせて視野拡大窓を採用した事例。
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80s岩手県のバス“その頃”