路線バスの冷房装置
バスの冷房装置は観光バスを中心に1960年代から取り付けが進んでいましたが、路線バスに関してはドア開閉の頻度が高いことなどから、導入は進みませんでした。冷房開発技術の促進と使用環境の検証を受けて、1970年代中頃に西日本方面から徐々に導入が始まり、1980年代に入ると関東地方でも導入が本格的になり、1990年代に入る頃には一部の地方を除いて冷房車が当たり前になります。バスの冷房装置には、走行用のメインエンジンとは別に冷房用のサブエンジンを装着した「サブエンジン式」と、メインエンジンで冷房用のコンデンサを駆動させる「メインエンジン直結式」の2種類があります。
ここでは、1980年代を中心にした初期の冷房車の特徴について、まとめてみます。
(注1)
サブエンジン式冷房
サブエンジン、コンデンサ、エバポレータをホイールベース間の床下に設置し、冷気をダクトで天井に上げて、車内に配分する構造になっています。そのため、床下にサブエンジンの通気孔があることや、ダクト部分に窓柱が存在することが外観上の特徴になっています。
冷房と走行が別の動力であるため、走行性能に影響がないことやメインエンジン停止中でも冷房装置を稼働できるなどのメリットがあります。
日本国有鉄道 日産ディーゼルUA30L(1977年式)
撮影:上諏訪駅(1977.8.16)
ツーマン車でありながら、観光地へ向かう路線のため冷房装置をもつ国鉄バスの一例。
前輪後ろの網の部分が冷房用のエンジン、その上の窓柱の部分に冷気を上げるダクトがあります。
路線バスに冷房車が導入された初期の1970年代には、サブエンジン冷房が普通でした。
京王帝都電鉄 いすゞBU10(1976年式)
撮影:立川駅(1985.4.15)
中ドアが引き戸のためホイールベース間にスペースがなく、コンデンサをフロント部分に置いたもの。正面に通気孔があるのが特徴。
初期に富士重工製ボディに見られたものです。
日野サブエンジン式クーラーシステム
画像:日野自動車公式カタログ(1988年)
サブエンジン冷房のイメージ図です。
前輪の後ろにエアコン用のサブエンジンがあり、そこから冷気がダクトで天井に上がり、室内に吹き出るようになっています。
観光バスの場合、サブエンジン式冷房車が主流で、2000年代に入るまでそれが標準でした。
メインエンジン直結冷房
従来のサブエンジン式冷房では、2台のエンジンを搭載するため、イニシャルコスト、ランニングコストともに上昇するほか、サブエンジンの騒音も課題になっていました。そこで1980年代に入る頃から、路線バスには直結冷房を用いるケースが増えてきました。直結冷房では、走行状態によって冷房能力が異なるほか、冷房を稼動させたことで走行性が低下するなどのデメリットもあります。これには、高出力エンジンを組み合わせることで解決させるケースも見られます。
外観的には、サブエンジン式で見られた窓柱がない代わりに、屋根上にエバポレータの突き出しがあることが特徴ですが、天井内にビルトインしている場合は、外観上は分かりません。
ヂーゼル機器(→ ゼクセル → サーモキング)
いすゞ以外への装着例も見られますが、これは主にバス事業者側で機器統一を進めるためのユーザー仕様だと思われます。
なお、ヂーゼル機器は1990年にゼクセルに社名変更、さらに2003年にはバスエアコン事業をサーモキングに事業統合しています。その後、2010年にはインガソールランドに吸収されましたが、サーモキング事業部としてブランド名は残されています。
2000年のいすゞのエルガへのモデルチェンジの際、標準品はデンソー製に変わりましたが、サーモキング製は2015年までオプションとして残されていました。
分散式
立川バス いすゞK-CJM500(1980年式)
撮影:国立市(1981.7.5)
いすゞ直結冷房装置
画像:いすゞ自動車公式カタログ(1980)
ヂーゼル機器の分散配置冷房車の一例。
エバポレーターを天井に4ヵ所分散配置しているため、屋根上に突起物がなく、外観上は非冷房車と変わりません。
コンデンサは床下に置いているため、ホイルベース間下部に通気孔があります。写真の車両では、コンデンサを左右に1か所ずつ置いているため、ドア側と非常口側に通気孔が一つずつあります。
イラストはこのタイプのエアコンのイメージ図です。
立川バス いすゞP-LV314L(1984年式)
撮影:国立駅(1984.8.29)
関東鉄道 いすゞP-LV314K
撮影:獣様
1984年にモデルチェンジしたいすゞLVにおいても、分散配置の直結冷房が標準になっており、屋根上には突起がありません。
非常口側の前輪後ろにコンデンサを置き、通気孔があります。
その車内を見ると、天井の左右に吹き出し口があります。クーリングユニットは、この部分の天井に設置されています。
集中式(屋根上形)
京浜急行電鉄 いすゞP-LV314L(1989年式)
撮影:獣様(横須賀駅)
新潟交通 いすゞU-LV324N(1994年式)
撮影:新潟駅(2017.8.26)
京浜急行電鉄 いすゞP-LV314L(1989年式)
撮影:獣様(神奈川県)
ヂーゼル機器製の中で、エバポレータを集中配置したタイプ。いすゞP-LVの後期から見られるようになりました。屋根上の中央前部に突起があります。
非常口側の前輪後ろにコンデンサを置き、通気孔があります。
その車内は、前部の天井にクーラーユニットの出っ張りがあるのが分かります。
集中式(半屋根上形)
那覇バス いすゞP-LV314L(1989年式)
撮影:獣様(那覇市)
那覇バス いすゞP-LV314L(1989年式)
撮影:獣様(那覇市)
やはり、いすゞP-LVの後期から見られるようになった集中式ですが、屋根上の突起が小さいタイプ。その分、車内天井への張り出しが大きくなります。
集中式(室内形)
岩手県交通 いすゞU-LV324K(1994年式)
撮影:長谷川竜様(盛岡駅 2014.5.18)
茨城交通 いすゞKC-LV380L(1996年式)
撮影:勝田駅(2017.5.14)
1990年にモデルチェンジしたいすゞU-LVからは、集中式が標準になりますが、クーリングユニットを室内に置いたことで、屋根上の突起のないタイプになりました。
非常口側の前輪後ろにコンデンサを置き、通気孔があります。
国際興業 いすゞU-LV324L
撮影:獣様(埼玉県)
新集中式直結冷房装置
画像:いすゞ自動車公式カタログ(1990)
その車内は、前部天井に大きな突起が見えます。屋根上に張り出さない代わりに、車内に張り出しているという格好です。
イラストはこのタイプのエアコンのイメージ図です。
なお、この時期にも屋根上に突起のあるタイプも存在しました。特に中型バスLRは、室内高が低い分、車内の張り出しを少なくするためか、屋根上形が標準仕様となっているようです。
日本電装(デンソー)
1996年に社名をデンソーに変更しています。
最終的に、バスエアコンのトップメーカーとなっています。
大型バス(屋根上形)
千葉海浜交通 日野RC321(1979年式)
撮影:筑西市(2012.12.1)
岩手県交通 いすゞK-CJM470(1983年式)
撮影:53様(滝沢営業所 2006.8.19)
東京都交通局 日野K-RE101LF(1982年式)
撮影:城北交通公園(2018.12.17)
初期の日本電装製はエバポレータが後部屋根上にあり、大きな突起が目立ちます。日野RE系列がこの形でした。
コンデンサは床下に1か所となっています。後輪の前にある通気孔がその位置です。
いすゞ車(川重ボディ)への取り付け例もあります。従来屋根上にあったエンジン冷却用のダクトが側面に移り、外観上のポイントになっています。
当初はこのように縦寸法が大きく目立ちますが、技術的な面はともかくとして、冷房車であることが遠目で分かるというメリットはありました。
日ノ丸自動車 日野KC-HU2MLCA(1996年式)
撮影:米子駅(2016.5.28)
エアコン
画像:日野自動車公式カタログ(1985)
日野自動車ではスケルトンタイプのボディになるのに合わせ、エバポレーターの位置を前寄りに変更しています。また、屋根後部にあった初期のものと比べると、大幅に薄型となりました。
コンデンサの通気孔は、前輪の後ろにあります。
国際興業 いすゞP-LV314K
撮影:獣様(埼玉県)
車内写真は、いすゞ車に採用された例。前方の天井にクーリングユニットの張り出しが見えます。
大型バス(室内形)
奈良交通 日野KK-HU2MMCA(2000年式)
撮影:JR奈良駅(2017.1.22)
大分交通 日野KC-HU3KLCA(1999年式)
撮影:別府駅(2018.10.17)
デンソー製にも見られる室内形の一例です。
屋根上には突起がなく、その分室内の張り出しが大きくなっています。
中型バス
阿寒バス 日野P-RJ170BA(1989年式)
撮影:美幌営業所(2016.6.12)
メインエンジン直結クーラ
画像:日野自動車公式カタログ(1981)
1982年から登場の日野RJ/RRの路線バスタイプは、エバポレーターを最前部に配置しました。このような配置は珍しく、恐らく外観的なインパクトを狙ったものと推察できます。
その後、日野自動車では小型バスのRBでも似たような配置をしているほか、2005年の日野・いすゞ統合モデルのセレガ/ガーラでも同じようなインパクトのモデルを発表しています。
加越能バス 日野KK-RJ1JJHK(1999年式)
撮影:高岡駅(2016.4.23)
中型バス日野RJ/RRは1988年のモデルチェンジの際に、エバポレーターの位置や形状を大型バスに近いスタイルに変更しています。
富士重工
当初から屋根の中央部にエバポレーターを配置していました。
関東バス 日産デK-U31KA(1981年式)
撮影:高円寺駅(1983.7.22)
越後交通 いすゞP-LV314L(1987年式)
撮影:本社営業所(2014.11.14)
富士重工製のエアコンは、日産ディーゼル製のバスに標準搭載されます。屋根中央部にエバポレータを配置しています。上から蓋をしたような形状が特徴です。コンデンサは、後輪の前側にあります。
日産ディーゼルのバスに多く見られますが、富士重工製のボディを架装する場合には、いすゞ、日野、三菱に搭載することも可能です。
東京都交通局 日産デU-UA440HSN(1993年式)
撮影:新宿交通公園(2018.12.17)
富士重工製エアコンの車内です。室内への突起は少なく、通気孔が目立ちます。
茨城交通 日産デP-RM81G(1990年式)
撮影:水戸駅(2014.8.23)
中型バスに取り付けられた富士重工製のエアコンです。基本的には大型バスのものと変わらず、屋根中央部にエバポレータを配置しています。床下のコンデンサは、後輪の前側にあります。
三菱重工
エバポレーターの位置は、当初は後部屋根上で、スケルトンタイプのボディになると同時に前側に移っています。この点は、ヂーゼル機器やデンソーと同じ傾向です。重量配分の都合でしょうか。
大型バス
諏訪バス 三菱MP117M(1979年式)
撮影:岡谷駅(1988.11.23)
MP冷房システム(メインエンジン駆動式)
画像:三菱自動車公式カタログ(1984)
三菱重工製のエアコンは三菱製のバスに標準搭載されます。
初期にはエバポレーターは床下にありましたが、1978年に三菱ボディのモデルチェンジに合わせて、後部屋根上に移りました。1983年から、屋根上の突起は若干薄くなっています。
従来屋根上にあったエンジン冷却用のダクトは、このモデルから冷房車、非冷房車問わずに側窓部分に移りました。この傾向はその後、他のボディメーカーにも波及してゆきます。
旭川電気軌道 三菱U-MP618P(1993年式)
撮影:旭川駅(2016.6.11)
新型直結冷房システム
画像:三菱自動車公式カタログ(1985)
1985年のモデルチェンジで「エアロスター」となるのに合わせ、エバポレーターの位置が前寄りの中央部に位置を変えます。
モノコックボディ時代には、別ユニットの印象が強くありましたが、冷房が標準になる中で、自然な形状に変わります。
コンデンサの位置は、後輪の前側です。
1996年からのニューエアロスターにも標準搭載されていましたが、2012年からデンソー製が標準となったため、三菱重工製はオプションに変わっています。
中型バス
立川バス 三菱K-MK116J(1981年式)
撮影:拝島営業所(1982.11.3)
中型バスは、当初は屋根上3か所に分散配置しており、キノコ型のエバポレーターが特徴でした。
防長交通 三菱U-MK618J(1995年式)
撮影:新山口駅(2016.5.29)
1983年頃から、中型バスのエバポレーターも集中配置型に変わり、車体後部に置かれました。
涼風バス
名古屋鉄道 三菱K-MP118M(1981年式)
画像:所蔵写真(日本ライン今渡駅 1985頃)
名古屋鉄道では冷房車採用初期に、小容量の直結冷房と強制換気・送風を組み合わせた「涼風バス」を導入しています。
屋根上にキノコ型のエバポレーターが4個並びます。外観的には同時期の中型バスの分散式とよく似ています。
(注2)