その後の廃車体

宮城交通1(オリジナル車・・・路線)

宮城県仙台市に本社を置く宮城交通の廃車体です。宮城県にあるもの、岩手県にあるもの、及びその他の県にあるものをまとめて取り上げます。
ここでは、1970年に3社合併により宮城交通が成立してから購入された車両の中で路線バスタイプの廃車体をまとめます。個性的な曲線を持つ宮城交通の初代カラーが廃車体ではまだ残されています。

廃車体
BU04

撮影:一関市民様(宮城県 2011)

宮城交通 いすゞBU04
BU04

撮影:一関市民様(宮城県 2011)

1色に上塗りされていますが、塗料の剥げた跡から宮城交通カラーが覗いています。ただ、下の廃車体と比べてみると、細線の位置が高いので、最初の曲線基調だった宮城交通カラーが見えているのかもしれません。
後面にエンジン通気孔の穴がありますので、1973年式くらいだと思います。

廃車体
BU04

撮影:海さん様(加美市 2005.9.21)

宮城交通 いすゞBU04(1973年式)

宮城交通成立後の標準的ワンマンカーで、後面にエンジン通気孔の穴がある1973年式。
当初は曲線基調の宮城交通カラーでしたが、後に直線基調の名鉄風カラーに塗り替えられました。このカラー初期には、下部に赤ラインが二重に引かれていました。

廃車体
BU04

撮影:左党89号様(南三陸町 2006.12.3)

宮城交通 いすゞBU04

上のものとほぼ同じ年式と思われる廃車体。側面のホイルベース間の広告が残るほか、撮影者によると「石」のシールがあるため石巻営業所所属車であったと想像できます。
正面のいすゞエンブレムは取り外されています。

廃車体
RE100

撮影:海さん様(蔵王町 2006.4.16)

宮城交通 日野RE100

富士重工ボディの日野車です。宮城交通では、このあと三菱車でも富士重工製ボディを投入しています。
写真の廃車体は曲線が特徴の初期宮城交通カラーですが、現行カラーに塗り替えられた車両もあったようです。

廃車体
CCM410

撮影:海さん様(古川市 2005.12.29)

宮城交通 いすゞCCM410(1977年式)

初期型のCCMで、方向幕両脇の形が特徴です。
現在の用途はゲートボール場の休憩所。ゲートボール場というのは、バス廃車体の主要な活躍場所の一つです。

廃車体
CCM370

撮影:海さん様(栗原市 2006.1.14)

宮城交通 いすゞCCM370

こちらは短尺の中型車。宮城交通の中型車は、短尺が多く選択されたようです。
宮城交通の初代カラーで残りますが、前のほうに「一般貸切(限定)」と言うような文字が見えます。また社名を消した跡が6文字分ありますので、分離子会社に移籍してからの廃車かもしれません。

廃車体
RL300

撮影:海さん様(蔵王町 2006.4.16)

宮城交通 日野RL300

1970年代後半から大量に導入された中型車。
後面に「佐」のシールがあるので佐沼配置車両のようですが、前ドア脇には手書き風の「角」のシールも見えます。

廃車体
RL320

撮影:一関市民様(栗原市 2008.12.21)

宮城交通 日野RL320
RL320

撮影:一関市民様(栗原市 2008.12.21)

宮城交通の中型車の廃車体。ゲートボール場で休憩所になっています。
ゲートボール場に面した側は、ボディ全体を白く塗りつぶしてどこの会社のバスか分からないようにしてありますが、裏側を見ると宮城交通の旧カラーが残っています。

廃車体
MK115H

撮影:海さん様(白石市 2005.10.9)

三菱 MK115H

三菱の短尺中型車。まだ路線使用の中型車としては黎明期で、窓配置などもあまりかっこよくありません。
「村」の表記があります。

廃車体
LT312J

撮影:厚木市(2009.3.14)

宮城交通 いすゞP-LT312J
LT312J

撮影:厚木市(2009.3.14)

なぜか遠く神奈川県で見つけた宮城交通の廃車体です。
富士重工製の5Eボディで、よく見ると車長の若干短い9mサイズ。宮城交通では一時期好んでこのサイズの車両を導入していました。
「気」シールが貼られていますので、気仙沼所属車両だったと思われます。

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