岩手県交通のカラーバラエティ

7.前身3社を取り巻く各社(花巻観光バス)


岩手県交通の母体となった3社は、貸切バス会社を分離した系列会社を持っていたり、また各社が共同出資により設立した特急・急行バス会社がありました。それらと合併後の岩手県交通とは、必ずしも関係が深かったわけではありません。
しかし、車両面、カラーデザイン面などで関係性が見いだせる事例もあるため、ここで振り返ってみます。

花巻観光バス

花巻観光バスは、1969年に花巻バスの貸切部門を分社した会社です。花巻バスとともに岩手県北自動車の資本下に入り、花巻バスが岩手県交通に合併された後も、岩手県北バスの系列の貸切専業会社として残りました。

7-1 花巻観光バス・旧カラー
花巻観光バス

いすゞCRA580(1978年式)岩22か1111
参考:阿武隈様Twitter

1969(昭44)年〜1979(昭和54)年(1987年頃まで使用)
花巻観光バスの基本デザイン。1969年の分社時からこのカラーだったと思われます。側面の社名は箱文字で、当初は「岩手花巻観光」でしたが、1977年の新車以降は「花巻観光バス」に変わっています。また、大型バスには社紋も入ります。
なお、このカラーは、1964年に名古屋〜大阪間で運行を開始した日本急行バスのデザインと同じです。
大型バスでは1978年の新車まで、中型バスでは1979年の新車までこのカラーで入りました。1977〜78年式の大型バスは、その後新カラーに塗り替えられ、旧年式の車両は塗り替えられずに、しばらくそのままで残っていました。

7-2 花巻観光バス・新カラー(初期)
花巻観光バス

日産デRA50P(1979年式)岩22か1307
参考:阿武隈様Twitter

1979(昭54)年〜
1979年から特別仕様の車両に導入された新カラーは、白地に緑色のラインが入ったデザイン。社名や愛称などは、金色の箱文字が使われています。屋根のダミーのロケットを装備したデラックスな車両は、その仕様とカラーデザインともども、大阪の中央観光の影響が見て取れます。
中型バスは1981年式からこのデザインになり、大型の在来車も順次塗り替えられています。

7-3 花巻観光バス・新カラー
花巻観光バス

三菱P-MS725S(1986年式)岩22か2284・2285

1981(昭56)年〜
新カラーは、1981年からは側面の前の方で斜めにカットされ、前方のラインの位置を低くするアレンジが加わりました。側面の社名文字は「HANAMAKI KANKOH」に統一され、車格を表す愛称も同様のゴールドの文字が入ります。
この後、緑のラインに青い補助ラインが入ったり、社名ロゴの字体が変わったり、様々なアレンジが加わりながら、現在に至ります。

7-4 花巻観光バス・ランプバスカラー(TDAカラー)
花巻観光バス

三菱B820J(1971年式)岩22か1648

1981(昭56)年(1983年まで使用)
1981〜83年の間、花巻空港の滑走路延長工事中に、航空機の発着場所と空港ビルとの間での旅客輸送用に使われたランプバスのカラーです。当時花巻空港を発着していた東亜国内航空(TDA)のYS11型航空機のデザインをアレンジしています。
(廃車体をベースにイラストを作成しており、屋根のデザインの詳細や記載以外の文字やロゴなどは不明です)

東亜国際航空の1983年のルートマップより、DC-9型旅客機の写真です。
当時のTDAは赤と緑がコーポレートカラーで、最新のエアバスA300型以外はこのカラーでした。

東亜国際航空

画像:東亜国内航空(1983)ルートマップ

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80s岩手県のバス“その頃”