金沢浪漫紀行回顧録(4)


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◇金沢城にて

2002年、平成14年。

この年から、夏に行われる星空のコンサートと市民コンサートを「MUSIC WAVE」として開催。場所も金沢城に戻りました。更に、昼に市民コンサート、夜に星空コンサートと一日で行いました。

 

この年、私は出演者として参加。「お城のステージに立ちたい」というかねてからの夢が実現しました。この頃から、大勢でのお祭り騒ぎ的なものではなく、吹奏楽としてしっかりした演奏をしようという方向になっていく。人数も50人弱になり、その意味では本来の吹奏楽のスタイルになった。

 

そういえば、フリーマーケットもやりましたね。この日は暑かったので、タイヘンだったみたいです。

 

史跡は、金石の本龍寺は客で見に行きました。それだけ?みたいです。

 

余談ではありますが、この年、芸術村にパフォーミングスクエアが誕生。それまでドラマ工房でしていたブラスの練習も、ここでするようになりました。(もちろん、合唱やオケの練習も)

ちなみに設計をしたのは、海野洋司先生です。多才な方ですねェ。

 

2003年、平成15年。

これまでは、星空のコンサートの次の日に市民コンサートをやっていました。前年は、それを一日でやりました。 この年は、星空のコンサートの前に市民コンサートをやろうと言う事に。ブラスバンドは、その市民コンサートのゲストとして演奏する事になりました。

 

なので、まずは市民コンサートから。

ずっとお城の中のステージでやっていたのを、今回は文化ホールで行いました。私はスタッフで、二階席のドア係でした。一階席に比べて、特に神経を使う場面もなかったので、二階席からじっくり演奏を聞かせていただきました。(もしかしたら、特等席?)

 

事件(?)が起きたのは、星空のコンサートの時。

台風の襲来。前日までかなりの激しい雨と風。壊れた家も出たんじゃなかったかな?これまで、少々の雨でも実施してきた星空のコンサートですが、初めて観光会館に変更することになりました。

 

毎年、1〜2万人くらいは見に来てくれているこのコンサート。観光会館では2000人くらいしか入らない。当然、入れない客も出てくる。客の対応にはタイヘンだったことと思います。私はホールの中で、ロープを張って客を誘導する係をしていました。

 

当日は一転して晴れましたが、機材の移動や出演者、スタッフの連絡。何よりも、お客の足(お尻?)も濡れてしまう事なども考えると、晴れたからと言っても、お城での開催は難しかったかもしれないですね。こうした野外のコンサートは、晴れればいいけど、雨が降るといかにタイヘンか、実感させられました。

 

ゲストは奇しくも前回と同様、森山良子さん。それをネタに笑いを取るあたりは、さすがですね。

 

史跡は、金石の大野湊神社のハープは、楽器運びのお手伝いもあってスタッフで参加。

湯涌創作の森は宗次郎さんでしたが、諸事情で参加できませんでした。ちょっともったいなかったかなァ。

 

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