いろんな処ぶらりんこ  錦秋編


 この話は「幕末ぶらりんこ」 会津若松・飯盛山 から始まります。          幕末ぶらりんこ 会津若松・飯盛山へ

 塔のへつり・大内宿 〜会津ぶらりんこ〜 (散策日 11月29日)

会津ぶらりんこ第二日目、午前中は旅行会社のオプションにあった「塔のへつり・大内宿」・相乗りタクシーを利用、ざっとですがまわってきました。

会津武家屋敷前から相乗りタクシー(会津タクシー)に乗りました。6人乗りが満員。みんな考える事は同じです。(笑)そうですよ。錦秋の会津を満喫したい!塔のへつりは紅葉の名所。大内宿は昔の村落がそのまま残っている(50軒)貴重な場所。行くのがとても楽しみでした。

塔のへつりまで会津若松から約50分。素晴らしい景観でした。橋を渡って(写真(1))向こう側へ。写真(2)の場所から岩場を歩くとかなり急な階段があってその上にお堂がありました。ここには重要文化財に指定されている不動明王像が安置されているようでしたが拝観する事はできませんでした。 しかしこのつり橋、手すり部分のロープがすっごく低い位置にあって、怖かった〜。



会津武家屋敷(ここから出発!) 塔のへつり(1) 塔のへつり(2)



塔のへつりを後にし、こんどは大内宿へ。会津若松とは全然温度が違います。寒かったです。それに帰り際は雨まで降ってきてしまって・・。それにしても、江戸時代にタイムスリップしたような場所。茅葺き屋根の家が50軒ほど残っていて、旅館やお土産屋を営んでいます。タクシーの運転手さんの話では、本当に運がいい、今まで火災や天災の被害に遭う事なく、大内宿は平成の現代まで無事家屋をそのまま残す事ができたそうです。(奇跡!・・と言いたいですが、火災に関しては村民の方々の努力の賜物だと思います。)
大内宿は参勤交代の際、ここでお殿様は本格的な旅支度に整え、そして江戸表へと旅立っていったとの事。会津って本当に山に囲まれています。戦国時代はこういう山を越えて近隣諸国が攻め込んできたわけでしょう?「険しい山を越えてやってくる者」・・会津の人がよそから来る人に対して最初は警戒するって・・、わかるような気がしました。
大内宿で売っている物は素朴な物ばかり。お餅が美味しかったです。後、壁掛けとして小さなちゃんちゃんこが売っていました。「うちのおばあの手作り」の文字に吸い寄せられて、つい買ってしまいました。(笑) まあ、こんな小さな物にまで手抜きをしない縫い方! ちゃんちゃんこは綿入りでした。私が着たいくらいです。(笑) 滞在時間が1時間と少なくて、蕎麦処・三澤屋さん(有名らしい)で蕎麦を食べ(すっごい早さで)、集合場所へともどりました。



大内宿(1) 大内宿(2) 蕎麦屋 三澤屋



午前11時50分、タクシーに戻り、この後会津若松・御薬園へ。そこでタクシーを降りました。この相乗りタクシーの旅、残念なのは大内宿をじっくり見られなかった事。かかった金額と時間・・しかたがないかなとも思いますが、次回はぜひゆっくりと・・。 この後いったん旅館に戻り、娘を置いていよいよ私一人の「会津・幕末ぶらりんこ」の始まりです。   
           
 話は「幕末ぶらりんこ・会津新選組史跡」へ移ります。                  幕末ぶらりんこ・会津新選組史跡へ