保育に熱心な幼稚園の教員は失望し、そうでない教員は感謝した。その新たなる生徒は、大層手のかからない子供だったのである。悪く言えば、消極的で、活発ではない。子供の名前はトロウス・ゴルティ・ザーリップ。わが
ラルテニア帝国
皇帝の孫。
皇太子が、「彼を普通の生徒として育てるよう」に、一般の(といっても貴族向けの)幼稚園にほうり込んだのである(アニビスク『備忘録』)。
「まったく、困ったものだ」
と幼稚園園長は思ったという。
王立学院付属幼稚園の校庭の隅で、独りきりで泥遊びをしている
皇孫殿下を、彼女は見付けた。たとえ
皇太子が自身の子を「下々の市井に入れて、厳しく育てよう」と考えたとしても、
王者には王者らしく育ってもらわねばならない(アニビスク前掲書)。さもなければ、彼女も他の職員も、生活が脅かされよう。
「こんなところでなにしているの?」
と礼儀を失わない程度に親しげに。
「おしろ」
とトロウスは口の中で応える。一度、彼は同窓生に苛められひどく怒ったことがあった。彼は大声で怒鳴りつけたのである。効果はてきめんで、いじめっこは「声の勢い」に驚き後ろへひっくりかえり、音波は窓ガラスと共鳴し何枚かヒビを入れて……砕き割った! 以後、同窓生たちは、この幼き雷神を遠巻きにするようになったという(エド・ネッリ『カルデラ通信』)。
幼稚園園長は溜め息をついた。ソイディアの諺に「熱いシチューに懲りた者は、氷を食べる時にも、熱が冷めるのを待つ」というのがなかったか。彼女は、しかし、声が小さいと彼をしかることはせず、目下の彼の行動を咎めることにする。
「これ、おしろ?」
「うん」
彼女は、皇孫の作った泥の山を見つめる、
「お城は、もっとまっすぐな形じゃなかったかな?」
「これは、キェヴァンのおしろ」
と皇孫、
「セレシア人たちに攻められてもいいように、建物は地面の下」
彼は、時々、五歳児とは思えない言葉を使うことがある。だが、そんな言葉は、どうやら、テレビのニュースを見て覚えたもののようだ。この「キェヴァンの城」も、一昨年に終結した史上初の核戦争「
セレシア大戦」で使用された要塞を、模したもののつもりらしい。
園長は、幼き建築家に、新たな問題を提起する、
「みんな、あっちで遊んでいるよ」
皇孫は、興味なさそうに、校庭で遊ぶ児童を見る。
「みんなと一緒に遊びなさい」
「いや」
「いまは、みんなと遊ぶ時間なのよ」
皇孫は、大声で拒否したい衝動を、かろうじて抑えた、「いや」
園長は小さく溜め息をついて、トロウスの両脇を持って抱え上げた。
「よいしょ、よいしょ、よいしょ」
彼は校庭の中央に立たされてしまった。園長は手を叩き、一同の関心を引く。
「さあ、何をしましょうか」
普通、こういうとき、園児は自分のしたいことを自己主張するものである。やりたくないものをやらされるよりは、まず、自分のやりたいことを明確に主張する。ただし今回、まず彼らは選択したくないことの選択を強制された。皇孫と遊ぶことである。彼らは、皇孫と遊ぶと不愉快なことがおこることを充分すぎるくらい理解していた。あるときは無礼講で、あるときは作法どおりにせよなど、彼らの年代でできるようなものではない。当然、そういう厄介者は敬遠したくなるというもの。
皇孫が提案した、
「屋内で絵を画こう」
一同は賛成する。これならば、なにも彼に付き合う必要はない。教員たちは本質的な解決になってないと感じたが、皇孫に率いられた将来の重臣たちは、教室へ戻ってしまった。
園児たちは思い思いに絵を画いている。印象派や立体派の絵画が次々にできていく。皇孫も、ひとつ、印象派の作品を画きあげた。
教師は園児を集合させ、それぞれ自分が描いた絵の説明をさせていく。表現力が拙いために説明が必要というだけでなく、むしろ、「説明する」という訓練のために行われているものである(ラルツァペ「先帝陛下と教育問題」)。
トロウスの絵は、単色の人物画(とおぼしきもの)。ふぞろいの目がふたつあって、デフォルメされた口があり、線1本の鼻梁が中心にある。そして、顔からは放射状に長い線で表現された髪の毛が伸びている。全体の感じから、かろうじて女性らしいと判断できる。教師は自分で解答を用意した。
「(この人は)おかあさんですか」
トロウス・ゴルティの母親は病気がちで、息子になかなか会えないと聞く。
「ちがいます」と皇孫、「アルマ・アルツァ、です」
意外な人名を聞き、教員の顔から一瞬、血の気が退く。思わず、「なぜ」と聞きそうになってしまう。しかし、かろうじて彼女は精神的打撃に堪えた。そして、無意識の愚問を発することなく、平静を装って質問をする。
「どういう人ですか」
「そこの小学校(王立学院付属小学校)に通っている女学生です。ぼくの、とっても大事な、大好きな、友達です」
ああ、と教諭は絶望の声をあげそうになる。が、平静を装う彼女は、
皇孫殿下を自席に下がらせ、「次の生徒」に同じく稚拙な自作絵の説明をさせたのである。
皇孫の描いたアルマ・アルツァの肖像画は、
「皇孫殿下の寵愛される女性」
というコメントつきで、
王立学院から
ラルテニア文化教育省に渡された。文化教育省の官吏たちにささやかな衝撃を巻き起こしながら、大臣に届けられる。大臣は直ちに参内し、緊急の謁見を求めた。そして、件の絵を、その日のうちに
皇帝に手渡した。
最初、
皇帝は、その絵に顔をしかめた。……これが、どうしたというのだ?
文教大臣セルソルク侯は厳かに宣言する。
「皇孫殿下の描かれた、殿下ご自身の寵愛なさる姫君アルマ・アルツァの肖像画、でございます」
老皇帝は飛びあがらんばかりに驚く。
「あの、アルマ・アルツァか!」
侯爵セルソルクは、冷や汗を拭いながら肯定する。
「殿下ご自身が、王立学院付属小学校のアルマ・アルツァと断言なさったようで……
王立学院付属小学校に、アルマ・アルツァという名の者は他におりません。また、別人である可能性もありません」
皇帝の顔に深い懊悩の皺が刻み込まれる。侯爵の報告は続く。
「どうやら、殿下は正真正銘、そのアルマ・アルツァに深い好意を抱いておられるようでして……」
皇帝は深い溜め息をついた。
アルマ・アルツァ。正確にはアルマ・アルツァ・ラルビーエ。
フロイディア帝国連邦にとって昨日の敵は今日の友(そして将来は敵に戻るかもしれない)という関係の、同盟国
ナンビアから来た「留学生」であった。ただし、
ナンビア帝の、一人娘の王女。ザーリップ家の現在一人っ子(そして最後まで一人っ子だった)トロウスとの縁談。幼すぎるという欠点はあるとはいえ、家格に不釣り合いはないと言えよう。だが、事はそれほど単純ではない。
ラルテニアは現在、
帝国連邦の盟主の座を維持している。だが、もし、一人っ子同士の縁組みをするとなると、将来、
ラルテニアが同君連合の名の元に併合されるだけでなく、盟主の座を蹴り落とされかねない。確かに、成功すれば利益は大きい(長年悩まされてきた北の大国
ナンビア全土が手に入る)。が、失敗すれば、それこそ文字どおりすべてを失ってしまうのである。ばくちに打って出るには、掛け金があまりにも大きすぎた。
「うむ……」
侯爵が、もうひとつ報告をする。
「実は、父君の皇太子殿下は、この縁組みに乗り気で、『婚約だけならば早い時期でも結構ではないか』とおっしゃられていまして」
「あのばかめ」
と
皇帝は吐き捨てるように言う。
「よし。何とか理由をつけて、縁談が持ち上がる前に、アルマ・アルツァを帰国させろ」
「しかし」と侯爵は反論しようとする。
「わかっておる」と
皇帝は反論を封じた。
アルマ・アルツァは、
ナンビアが平和(反セレシア同盟)を保証するために差し出した、いわゆる人質である。その人質を帰そうというのである。この行動にも、少なからぬ危険が伴う。これ幸いとばかりに、再び
ラルテニアに侵攻してくるかもしれぬ。特に、現在、軍隊の主力はセレシア戦争の戦後処理のため東部へ移動している。ガラ空きに近い北部を
ナンビアに攻められると、非常にまずい事態になる。
「わかっておるのだ」と
皇帝は、自らに言い聞かせるように繰り返した。
ナンビア帝国駐
ラルテニア大使
ラルガイン伯は困惑していた。
「はて……。わが国の王女の帰国を許可するとおっしゃられましても、王女の留学は本国政府が決定したことですし、王女自身、当地での滞在を非常に気に入っている様子ですので」
セルソルク侯の弟たる
子爵ニュイルプス・エルデュークは、しつこく繰り返した。
「いえ、姫君は未だ小さいお年ごろ。もうセレシアの戦火は収まったことですし、そろそろ母国の土を踏むのもよろしかろうと、わが国の皇帝が内々にもらしたことでして」
「しかし、本人は、当分滞在するつもりのようですが。かなり、この新都が気に入ったようで」
大使公邸の窓から外を見ていた警備主任ドレイク巡査は、「不審人物」を凝視したまま、呟く。
「はたして、気に入ったのは新都でしょうかな」
「え?」とラルガイン。子爵とともに巡査の背中を見やる。
「新都が好きと言うよりも、皇孫殿下が気に入られたからではないのですか」
「ば……ばかっ……」
ラルガイン伯は、疑問が氷解したというように、うなずく。
「よく『ままごと』をされておられるようですが……。二人とも、もう、本気で共同生活をやろうとしているのではないか、と小官には思えますが」とドレイク巡査。
「なるほど、ありそうな話ですなあ」とラルガイン。
ラルテニア外相エルデューク子爵の上着の内側は冷や汗でびっしょりとなる。
エルデュークは、口を開き、閉じようとして、再び口を開く。
「確かに、あの幼い二人は、ただの友人と言うには緊密すぎます。二人の婚約を認めても構わないと、わが国皇太子は言うのですが……」
「皇帝陛下
が反対なさっておられるのですね?」
「閣下にはどう思われます?」
「若すぎるということを除けば、両国の平和と友好に非常に良い影響をもたらすと考えますが」
「失礼ながら、本心からでしょうか」とエルデューク。
「わが帝国連邦は、ご存じのとおり、複数の帝国が集団で統合加盟することにより、成立しています。ナンビア・ラルテニア両大国が結ぶことになると、わがラルテニアが他の連邦加盟国を併合しようとしていると見なされるかも知れません。特に、両国に挟まれる形になる、現皇后外戚のノレンバン帝国は、そのような姻戚関係を大きな脅威とみなすことでしょう。これが、先の大戦中ならばともかく、平和な今、両国の、しかも一人っ子同士の婚姻となると、周囲に及ぼす影響が大きすぎます。必ずしも良い影響だけとは限りますまい」
レフ・ヒヴェデップ・ラルガインは、装飾過剰な
タスパロフ様式の椅子に深く座って、天井を見る。その目は、絢爛豪華なシャンデリアよりもはるか遠くを見ているかのようであった。
「あなただから、正直に申し上げましょう」と
伯爵、座りなおして、エルデュークに向き直る。
「いま、わが国政府に王女アルマ・アルツァを返すことになれば、文字どおり、再びダルハン紛争が起こりかねません。わが国には、それだけの用意があります」
かつて
ナンビア帝国は積極的な南進政策を採り、
フロイディア帝国(現
ラルテニア)とダルハン地方にて武力衝突、一大戦争に発展した。しかし「再び
ダルハン紛争を起こす」ということは、現在、その地方を領有する形で「独立」していったセヴォードニアと
ノレンバンを滅亡させることを意味する。
「そうさせないためにも、むしろ、この婚約は推し進めるべきでは」とラルガイン。
エルデュークは、背筋が凍る思いをした。……まさか、こいつ、二国の縁戚化を進めるべく、手を打っていたのではあるまいな?
「
わが国には」とエルデュークは
シルニェ語で話そうとして、部外者の警備主任に気付き、
ヴァルスヴォン(語)に切り替えた。
「貴国がその政策を採られる場合のために、二つの意見がでてきております。一つは皇帝のものです。それは、《われわれは、『神聖体制への賛歌』の精神を貫き通す》というものです。すなわち、いかなる者もわれらに敵対するあたわず。
特に、皇帝は、いかなる国であろうとわれらの領土を侵す者に対しては、すべての兵器をもってこれを阻止すると言っております」
ラルガインは「トン・タハト!」と
シルニェ語で言う。「まさかあれではあるまい」ともとれるし「まさかそのようなことはあるまい」ともとれる言葉である。
エルデュークは「
そのまさかです!」と
シルニェ語で応えて、
ヴァルスヴォン語に戻る、「原爆、水爆、化学兵器、もちろん長距離弾道弾に搭載されてあるものです」
ラルガインは内心の動揺を隠そうとするが、かえって不自然な無表情が顔に浮かんでくるのであった。
「一方、皇太子は次のように言っています。来るなら来ればよい、われらは戦わぬ」
ラルガインは、今度の方が落ち着かない。
「(ノレンバン帝都)テーヌクだろうと、(セヴォードニア首府)エゲメートだろうと、(ラルテニア北辺)ダルハンだろうと、汚い金属の破片を冠に加工した聖ユビウスの十二帝冠などの一つや二つも、くれてやる……と言っています」
「
皇太子は
危険な平和主義者ではなかろうか」と、こっそりラルガインは思う。が、もちろん口にはしない。
「そして」とエルデュークは、テントロイートス語で締めくくる、「私の意見としては、貴国を信用するとしか言えません※」
ラルガイン伯は大きく息をついて椅子に深く座り直す。
「とにかく、本国政府に至急報告いたしましょう」と駐
ラルテニア大使。
「貴国政府から申し出を受けた。わが国政府が安全保障のために貴国に預けた王女アルマ・アルツァは、その任務が完了したため、帰国するように……。ということですな?」
ラルテニア帝国外相は「大使のご協力に感謝致します」と表明した(エルヴァック・クロフテン放送「199年3月ラルガイン公爵家対談特集」)。
その日、初めて、トロウス・ゴルティは飛行機というものに乗ることとなった。彼は最初、ジェット飛行機の離陸時の騒音に驚いたが、他の子供たちのように
「ひこうき、ひこうき」
と騒いだりはしない。彼は滑走路を、嵐のような轟音を立てながら走る飛行機を、じっと見る。自ら起こす大きな風による揚力に乗り、飛行機は機首を上げる。そして大地を離れ、大空へと飛び立って行く。皇太孫はほほ笑み、うなずく。飛行機の物理学的原理を、即座に理解したのであった(スオホテンプ誌「女帝アンナ・カーニエ陛下による先帝陛下の回想」)。
「
うるさいわね」とアルマ・アルツァ。彼女は、
ナンビアと
ノレンバンを歴訪するトロウス・ゴルティ
親善大使に同行して、帰国する。
皇帝ガイウス・トネコンノは、幼き孫を「
親善大使」として派遣することにためらったが、
皇太子トナレイ・イリウスが「良い経験になるから、ぜひとも行かせよ」と強硬に進めたのである。なお、彼女が「うるさい」と言ったのは、もちろん、飛行機の騒音のことである。人民は、警備兵によって幾重にも隔てられていて、歓呼の声も怒号の声も、ここまでは聞こえてこない。そのうえ、民間機の立入りは、すべて差し止められた。今さかんに離着陸を繰り返しているのは、警備のための軍用機である(エルヴァック・クロフテン放送、前掲映像)。
当時の記録によれば、戦闘機、地上攻撃機、戦略爆撃機が24時間態勢で警備に当たったとある(
トニャラルベン『セレシア帝国崩壊』)。戦闘機や地上攻撃機を動員することも、「警備」と主張できよう。しかし、建物の破壊を本来の任務とする「戦略爆撃機」が動員されるとはいかなることか。戦略爆撃機に対艦ミサイルを搭載することはあるが、帝国紀元187年当時、
ラルテニアにそのような爆撃機は存在しなかった(
ナミュルムル『190年版軍用機大全』、同『連邦兵器と兵士その推移』)。さらに、
フレーデ山輪(大カルデラ)と河港の
聖エルデューク
を結ぶ
エルデューク運河は建設中だった(アビス『エル・
ライスーブロホ伝』)ため、当時はいかなる艦隊も首都近辺を脅かすことはなかったはずである。
おそらく、「何か起こった時」には
ナンビア領土を奇襲し爆撃するつもりだったのではなかろうか。幼き王子と王女は、国籍を越えて、無邪気に
ルブソール語で談笑している。だが、その背後には、一触即発の国際関係があったのである。
幼い二人は、飛行機の中でも、わざと、やがてくる別離の時のことを話さなかった。ただ静かに、談笑している。まるで、「離婚に合意した夫婦に雰囲気が似ていた」と、当時の随員が回想している。
少し気を紛らわせようと考えたのか、ただ子供に対するサービスだったのか、機長が二人を操縦室に呼んだ。客室から見る空と、操縦室から見る空とでは、まったく異なる。客室の窓は壁に空いた小さな覗き窓に過ぎないが、操縦室の窓は、小さいながらも外界に大きく開いた窓なのである。なんといっても、解放感が違う。
「うわあ……」
幼い乗客たちは、圧倒されたような歓声を上げた。
アルマ・アルツァは、綿のような雲がぽつぽつと浮かぶ大空に見入っていた。一方のトロウスは、操縦席を埋め尽くす計器類が気になるようだった。幼き王子の様子を見て、機長は計器を一つ一つ見学者に説明していく。
「これが
高度計」と機長は言いながら、操縦桿を手前に引く。機体は上昇し、高度は変化する。「こちらが
傾斜計」と、機長は操縦桿を左に倒し、左のフットバーを踏む。機体は左に傾き、進路が左へとずれていく。トロウスは、操縦士の操作と、機体の動き、計器の動きとの関連に、目を見張る。大きくうなずき、納得する。
「これは?」とトロウス、航法士席の大きな円い計器を指す。
「最新式の
電探です」
「オイダル・ニュイ……
なに?」
「
投射電波反射波探知装置のことです。ここに見えるのが、あの雲で、この陰はそこの川を示しています」
「座ってみますか」と機長、「そのかわり、誰にも内緒にしておいてくださいね」とトロウスに言う。彼は、初めて操縦席に座った。窓は彼にとって高すぎ、フットバーは遠かった。「ありがとう」と言い、彼は客室に戻った。
このエピソードが今日に伝わっているのは、当然、トロウスが、「内緒にしなかった」ことを意味している。後に彼が空軍士官になったときに、「またなにゆえに」としつこく記者に尋ねられた。そのときに「告白」した言葉が世に残ったからである。しかし、これはまた後の話である。
幼稚園の教員は、新たなる課題を園児たちに課した。「自分が将来なりたいものを画きなさい」というものである。帰国後のトロウスは、また、飛行機の絵を画いている。彼がアルマ・アルツァの絵を画かなくなってほっとしたのも束の間、一部の教師たちは新たに寵愛を得た「飛行機」の絵に頭を痛めていた。「束縛からの解放を望んでいることを示唆しているのではあるまいか」と思ったからである。
子供のころ「将来何になりたいか」と聞かれて、ガイウスは「父よりも強い、誰からも恐れられ敬われる大帝」になると言った(実現した)し、トナレイは「教師になりたい」と言ったらしい。では、彼は? 聞くまでもないかと教師は思いつつも、尋ねる。
「おおきくなったら、なにになりたいですか」
「操縦士になりたい」とトロウス・ゴルティ。「どうして」と教員は聞かなかった。なぜなら、飛行機の操縦士は、男の子にとって、「なりたい職業」の上位を常に占めていたからである。