HALF AND HALF JOURNAL

                                                     

 

 

無 意味 な

破 片

 


無意味な破片

 

 

 

 

           

Fragments

HHJ

             inutiles

 

 

 

〈バードランドの子守唄〉はこんな真夏の夜にぴったり[A]

     Updated 2007.8.28

特派員―ブッシュ(G.Bush)大統領のこの発言は、おもしろいですよ。イラクの民主主義を徹底的にバックアップするために戦後日本の民主化が成功したことを例に挙げた1

編集長―中途半端はだめだな。日本の民主化がうまく行ったのは、財閥解体、農地解放、右翼団体の解散など民主憲法の環境を手際よく整備したからなんだ。極端に言えば、日本人はそれを運転しただけだ。

ナモネ氏―おかげで、アジアではめずらしい立派な議会制民主主義が定着した。だが、もうアジア人をだませる時代じゃないな。

朝市の〈街じゅう美術館〉

編集長―歴史を学ばない国際交流は絶対に失敗する。教科書とマス・メディアの番組は入念にチェックしなければいけない。

特派員―歴史を学んだ人はやはり違いますね。アウラが違うから、言葉が生きるんだと思います。

編集長―そう、歴史の理解は相互交流を傷つけると思ったら、とんでもない誤解だ。島国の素朴な知性だ。

アロマ―これも日本の民主化の例。朝市で撮った写真だけど、どう?

特派員―悪くないね。そう言えば、〈街じゅう美術館〉のイベントは変ですね。

ナモネ氏―小学生の絵が激減したな。店と事業所が協賛を遠慮したのか…新聞が何も言わないのは、怪しからんよ。

編集長―あれが始まったのはいつだったかな?

特派員―どこかに書いたはずだけど…

アロマ―HHJが街を美術館のように美しいものにしなければならないと理想を打ち上げたら、それに大館市が反撃して大文字焼きをテーマにした絵で大通りを飾ったのよ。

O/DATEゼロ・ダテ〉のポスター

編集長―まあ、理由は何であれ、悪いことは止めるべきだ。

ナモネ氏―横手市は豪華な美術館を持ってるから、あのイベントは大館市民の屈辱だったもんだよ。

アロマ―横手にどんな芸術家がいますか?

特派員―ぼくは編集長をカメラマンとして高く評価する一人ですけれど、ね、何か全然違うな、と感じさせる写真がいっぱいある。

アロマ―最近流行のケルク・ショーズ(quelque chose)ね。〈何か〉が〈すごい〉の意味になる。

編集長―30年哲学をやればいいんだよ。重要なのは、〈私は考える、だから、私はある〉ということなんだ2

アロマ―テーブルの上を撮影するために。

    

アロマ―今年の夏の話題は、リヴァー・ポートの隣の欄干にダークブルーのペンキを塗って黄色を消したこと、大町の空き店舗を会場にしたアート・フェスティヴァル〈O/DATEゼロ・ダテ〉だった。

特派員―あれか…有名無名のアーティストが想像力を競ったらしいけれど、HHJは取材しなかった。田町と栄町が大館に入ってないから、ね。

JR大館駅構内   7.24

編集長―ぼくは悪売りしない主義なんだ。無名の若い才能を評価してくれた画家や原宿の画商の気持を尊重したいと思ってる。作品は売れなければ話にならないが、法外に高く売ることには懐疑的だ。

ナモネ氏―その点、日本の社会は犯罪的だよ。

特派員―HHJは狙ってるけれど、ああいう悪習を裁くのは難しいですね。

編集長―日本のデモクラシー劇場が馬鹿受けしたということだ。アメリカは甘やかした責任を感じなければいけない。

アロマ―明日(28)はジャニーの命日。

    

           ■ 美術品の不正な取引き---1

 

A Lullaby of Birdland; New Glenn Miller Orchestra directed by Ray Mckinley

1 NHK  823

2 方法序説; デカルト(Descartes)

 

▼ マスク・キングダム

▼ V字型の階段の記憶

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈ピクニックのテーマ〉は]無関係なスペイン内戦を想い出させる[A]

          Updated 2007.8.13

ナモネ氏―アロマが〈キューピッドの矢〉と書いたのを見たら、おかしかったよ。

編集長―あれじゃ、〈キューピッドの天〉と読んでしまう。しかし、矢は稲妻のイメージから来るので、何かはっとしましたね。

特派員―うむ、このさりげない話には深い背景がありそうだな。あっ、どうだった?

アロマ―全然ない。でも、朝日と読売におもしろい記事があった。IAEA調査団が刈羽原子力発電所の調査のあと、〈スシを食べた〉と言って安全を強調したそうよ1

特派員―スシ?フランス語なら、憂い(un souci)だ!!!

89日真夜中の大館橋

編集長―どこのスシなのか、IAEA本部に持ち帰って厳密に分析しなければ、危ないんじゃないかな?

アロマ―そうよ。あたしは日本のメディア権力の卑劣さが許せない。地域住民と一般国民の生命を心配してるのは、フランスのジャーナリストよ。

特派員―きのうの午前2時〈ネコヤナギ〉に急いで書いたんですけど、ね、ル・モンドがジャメさんの話を載せていて、日本人にはありがたい情報なんだけれど、ナチスとうまくやってたNHKという放送局や他の報道機関がどうもおかしな動きをしてるような気がして。

ナモネ氏―みんな右の方に曲がると思うよ。

編集長―フランス人はナチスと日本の関係をほとんど知らないんじゃないかな?

特派員―まあ、ともあれ、その記事はふざけてませんよ2

Philippe Jamet,chef de la délégation d'experts sur place et directeur du département de sûreté des installations à l'AIEA…il a confié à la presse ne pas être "trop inquiet" :"Quand on décide de mettre en service ce genre de centrale, il faut étudier très précisément ce qui doit être vérifié, démontré, où sont les priorités, quels sont désormais les niveaux maxima de séismes à prendre en compte. Il faut élaborer une méthodologie (...). C'est un des tests que nous devrons conduire dans les prochains mois", a

précisé l'émissaire de l'AIEA.

 

L'AIEA confirme la fermeture, pour plusieurs mois, de la centrale nucléaire japonaise touchée par un séisme

国連原子力機関(AIEA)の施設安全局長、現地視察団長フィリップ・ジャメ(Philippe Jamet)は、あまり心配していない、と記者団に内心を語った。〈この種の原子力発電所を稼動させる決定をするとき、非常に正確に研究しなければならないのは、何が確認され証明されるべきか、優先はどこにあるか、それから勘定に入れるべき地震の最大の基準はどんなものか、ということです。方法論を練らなければなりません。これは、次の数か月以内に私たちが行なうことになっているテストの一つですね。〉810日金曜日、たぶん東京での発言です。

アロマ―日本の報道機関もいるはずだけど、全然違うストーリーね。

編集長―外国人のジャーナリストだけにしゃべったのかもしれない。

特派員―翻訳だけで、ストップがかかったんだと思いますね。

アロマ―あたしが、変だな、と思ったのはAFP BB NEWSの記事も日本のマス・メディアのように表面的だってことよ。あれは最近AFP(フランス通信社)と契約したヤフー・ジャパンが日本語でニュースと映像を配信してるサイトだけど、〈地球人になろう 国際ニュースコミュニティ〉という歌い文句からずれてる。リズムが合わないのよ。ファッション情報にも重点を置いてるけど、何か…

編集長―ということは、きっと世界のあらゆる動きをできるだけ正確に映し出す鏡なんだと思わせたいのだよ。それに必要な言語の媒介者(メディアトゥール)が国際テロ組織のメンバーかあやつり人形だとしたら、今はそういう危険な状況だが、このミラーは支配の道具になる。

アロマ――住民は何を信じていいのか、毎日迷う。でも、こんなときは、何と言ってもHHJが一番おいしいですね、はい。自分の知性と感性を信じることができる。HHJ,HHJ…お月様も知ってるHHJ

         

 

A Moonglow and Theme from “Picnic”; New Glenn Miller Orchestra directed by Ray Mckinley

1朝日(asahi.com)、読売(yomiuri online) 20070810

2 LEMONDE.FR avec AFP et Reuters | 10.08.07 | 10h27 >>>

L'AIEA confirme la fermeture, pour plusieurs mois, de la centrale nucléaire japonaise touchée par un séisme

 

 

 

 

 

 

 

 

 


何にもできないので疲れてしまった〈眠そうな二人〉[A]

          Updated 2007.8.3

特派員―アミダクジという遊びは編集長から聞きました。迷路の下の到着点に適当に金額を書いて、みんなで順番に線をたどる。100円にたどりついた人は指定されたとおり100円出す。しかし、金額が記されていない到着点があって、そこに行った人は金を集めて買い物に行く役割です。お菓子やジュースがそろったら、みんなでパーティ。それをなぜアミダクジと呼ぶのか、謎ですが、編集長は夢のメカニスムに似ているな、とあるとき考えた。

新町の市営アパート群

[風呂屋町バス停周辺]

編集長―それを適用すれば、大館市役所という指示記号をたどると、終着点は中町の空き地だ。市役所は中味がない、あるいは殺風景な場所だ、という冗談に取れる。夢の中では普通中町の空き地しか現れないので、市役所に関係するストーリーだとは思わない。 

半分半分放送局長―ただ文書の迷路を映画化したんだ。行政機関の文書を読むと、ときどき裏の意味が潜んでるような単語や意味が分かりづらい文章に出会う。すると、意識は迷路の中に入り込む。

アロマ―記憶と想像の迷路ね。

放送局長―そう。長谷川編集長はただ自分の意識を解読してる。〈大館市役所〉という表示はどうでもいいんだ。公文書を読んだあとに市庁舎を出て行く市民の視界を映すという設定なのだ。撮影の方法論について言うと、どこを通り、どこで終わるか、なんてことはほとんど予想しなかった。しかし、ルールは決めた。自分の自由で迷うのはナンセンスだからな。つまり、街路の曲がり角に会ったら、必ず曲がる。同じ方向に2度続けて曲がれない。公園の入口は通行してもしなくてもいい、好きなように選べる。行き止まりに入ったら、撮影は終わり。あの空き地は編集のときに直感的にラスト・シーンに選んだものだ。それに意味があると思わないでほしいね。

アロマ―しかし、このあいだ飲んだとき言ってたわよ。あなたの無意識は私の意識、私の意識はあなたの無意識。自由に想像してもいいのよ。

特派員―そうだ。ラスト・シーンは米監督の立派なフィクション、すぐれた名作ですよ。それを選んだということに意味が発生するんです。

          

放送局長―いずれにしても、ある場所から出発して同じ地点に戻るっていうことはない。市役所は市役所じゃない、つまり、定義とは違う存在なんだ。文書の迷路が漠然と開いて見せるのは、それだよ。

特派員―じゃあ、どこを出発点にしても同じだ。

放送局長―映像は違う。それでいいんじゃないか?

編集長―しかし、あの空き地がラスト・シーンだというのは話がうまい、と思わせるね。殺風景、つまり、風景を殺すのは政治の力なんだから。ぼくは自分の意識や心理を解読してるとは思わないね。環境と社会と政治が迷わせたり恐れさせたりして複雑な内面を作るんだ。

アロマ―日本の寄せ集め文化がそうなってるということよ。

中町の空き地 東映があった場所

編集長―それもあるけれど、米監督が〈映像は違う〉と言うのを聞くと、やはり世界大戦以後のヨーロッパの知識人や芸術家に似て、人間を全体的に理解しようという反省があるね。単なる心理解剖は人の幻影のフィクションでしかないと知ってる。肉体の面からも存在に迫らなければいけないが、人の動きと行為を理解しなければ、真実には近づくことができない。

放送局長―要するに、他人を傷つけたり断片的にとらえないということだ。それで人間が生きてる環境がクローズアップされる。

アロマ―ラッシュ・アワーがすごい迫力!

         

アミダクジ・モードの映画と市営アパート  前編 後編

 

A Two Sleepy people; Hoagy Carmichael / Jack Teagarden and His Orchestra

       参照; アミダクジ・モードの図

行為を描いた作品の例

▼ 朝の食事

 

 

 

 

 

 

 

 

 


★〈われわれの楽しみ〉って、聞いたことがない[A]

          Updated 2007.8.1

特派員―ナモネ氏がアミダクジ・モードのムーヴィ《文書》を見て、感激していましたよ。

半分半分放送局長―そうか、そうか。新しい芸術に理解があるのは、うれしいよ。

特派員―新町の市営アパートのシーンに幸福感を味わったんです。あれは写真でも映像でも見たことがない、と言ってナモネ氏は涙を浮かべた。

アロマ―そして、終戦の年の9月大館にやって来た陽気なGIを見たとき〈自由が来た〉としみじみ思ったが、あのときと同じ気持だよ、と。

鍛治町の市営アパート  左側

放送局長―何だ、先にそれを話してくれなきゃあ、君、あのアパートは偶然見えたものなんだ。特別な意味のあるシーンじゃないよ。

編集長―ディレクターの制作裏話よりその方がおもしろいと思うね。ナモネ氏は鍛冶町の市営アパートの撮影にも言葉にならないほど感激していた。これはなぜなのか、疑問の煙がしばらく渦巻いたよ。

特派員―青春のロマンスでしょうか?

放送局長―防火建築だから、燃え上がらなかった恋愛だったにちがいない。

          

放送局長―しかし、まあ、どっちのアパートも表参道の有名な同潤会アパートと印象が似てる。大町のアパートは一階が店舗だけど。

編集長―原宿の方は関東大震災のあとに建築されたアパートだ。アールデコの思想や生活様式の思想よりも防火がデザインのテーマなんだ。環境はさまざまなヴァリエーションを作るけれど、生物は同じ目的を持てば必然的に同じ形と構造を選ぶ。住む人には窮屈な空間だったはずだ。

アロマ―国際的な建築家安藤忠雄があのアパートの跡地に古い建築物を部分的に利用した新しいビルを設計したけれど、あたしは感心できない。あの外観は失敗作よ。原宿のイメージに合わないもの。

向かい側の銀映(映画館)

編集長―そう、弘前駅前の地下駐車場入り口にもあれと同じガラスが使われていたけれど、《外部を映さない内部も見せないガラス》というのはニヒルな精神の象徴だ。

放送局長―自閉的な宣言(マニフェスト)のような建築だよ。理想じゃなくて、社会の現在を忠実に映してる。

特派員―理想が見つからない、ということでしょう。

編集長―うむ、そうかもしれないな。鍛冶町のアパートは無人化してるが、なぜ修理と管理に熱意を傾けなかったのか、不思議だ。1世紀の半分で新しく建て替えなければならないというんだから、な。

放送局長―なるほど、ね。あそこに怪獣が生息してるとは気がつかなかった。金を食らって毒を吐き出す怪獣、モダンさを馬鹿にしたがる怪獣。

編集長―放火する癖もある、といっても、中心街を焼き尽くした2度の大火について原因が怪しいという話は聞いたことがないが…

         

アミダクジ・モードの映画と市営アパート 前編  後編

 

A  Our Delight; Billy Eckstine & His Orchestra

; 新町の市営アパートの写真はトップページにあります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈悪夢〉はリアルな名曲だが、日本の音楽界では許されない[A]

          Updated 2007.7.18

アロマ―71日から新しくウェッブログを始めたの。《ジャニー》というタイトル。よろしく。

ナモネ氏―ダレナニ君から聞いたよ。簡単にできるらしいな。小坂鉄道の写真が楽しみだ。しかし、検索には〈ジャニー〉というのが無数にあった。

特派員―オリジナルがどこかに追いやられて…現代社会で仮象が実体を分からなくしたり実体の役割を演じたりする出来事に似てる。

ナモネ氏―漢字も仮装するのがうまい。私は、そういうのは嫌いだ。ところで、北朝鮮はとうとうヨンビョンの原子炉を止めたな。

特派員―中国とアメリカの努力には素直に感謝しなければなりませんね。

美容院の入口

ナモネ氏―日本には外交がないという国際社会の定説が今度も証明されて、残念だ。自民党は拉致問題の解決を本気で願ってない。

特派員―まるで禅問答ですね。脳神経細胞をいたずらに混乱させる、そういう話はお断りですよ。

          

アロマ―それより国連拷問禁止委員会の審査報告よ。藤里劇場の変なドラマが9月からやっと公開裁判に移る。

ナモネ氏―ジュネーブと秋田の間には何かある、なあ。舞台裏の雑音しか聞こえないが、こんな〈もたもた〉〈こそこそ〉は異常だ。

アロマ―最新ニュースでは、被告は記憶の一部が失われてるけれど、弁護側は起訴事実を認めるそうよ1

特派員―記憶の二部はどんなストーリーになるかな?518日発表された文書です。〈日本に対する国連拷問禁止委員会の結論及び勧告2

ナモネ氏―肝心な点を拾ってくれ。

特派員―委員会は、日本政府が20007月の報告書提出期限を守らないで5年以上も遅れたことを苦々しく思っていますね。しかし、さらに重要なのはその報告書の作成が国連拷問禁止委員会が定めたガイドラインに忠実でないということです。〈締約国内でどのように条約諸規定が実際に適用されているかに関する詳細情報が不足している〉〈条約が保障する人権の実施について具体的事例や統計を用いた分析によらず、法規定に限られたものとなることが多い。

ナモネ氏―ふうむ、日本の国家機関らしいやり方だな。法律の条文でお茶を濁して、ブタ箱の実態は書かない。信頼されるわけがない。

特派員―ええ、おもしろいのはここですね。〈主要な懸念事項及び勧告---拷問の定義〉三つに分けて引用すると、

a 条約1条が意味するところの「拷問」として説明されうるあらゆる行為は、日本国の刑法等によって犯罪として処罰可能であるという締約国の主張があったが、委員会は、条約1条に規定されている拷問の定義が、締約国の刑法に未だ含まれていないことに憂慮をもって注目する。

b委員会は、条約の定義による「精神的拷問」は、刑法195条及び196条において明確に定義づけられていないことについて、また脅迫など関連する行為に対する刑罰が不適切であることについて、懸念を表する。

c委員会は、日本の法制度が、例えば自衛隊員や入管職員など、あらゆる種類の公務員、公的資格で行動する個人、又は、公務員若しくは公的資格で行動するその他の者の扇動により若しくはその同意若しくは黙認の下に行動した個人をカバーしていないことに懸念を表する。

 ショッキングな審査ですね。特派員は、B-29の空襲で崩れ落ちた大都市の無残な骸骨を見る思いです。このリンクはあちこちにいっぱい付けられる。

アロマ―あるいは、完全に潰れたバケツ。

ナモネ氏―タイムリーだ。沖縄戦の集団自決問題を忘れなければいい。沖縄では教科書から本質的な事実が削られることに反対運動が高まってるぞ。

アロマ―これも重要だわ。〈時効---委員会は、拷問及び虐待とされる行為が時効の対象とされていることに憂慮をもって注目する。委員会は、拷問及び虐待とされる行為のための時効は、それら深刻な犯罪についての捜査、起訴及び処罰を妨げうることに懸念を表する。特に、第二次世界大戦中の軍性奴隷、いわゆる「慰安婦」の被害者による提訴が消滅時効を理由に棄却されたことを遺憾とする。

特派員―取り調べの透明化が遅れてることも批判されてる。ただ、原文が見つからないので…

         

 

A  Nightmare; Artie Shaw and His orchestra

1 秋田さきがけ新報 2007/06/18 21:59

NHK 630 55

2 国連拷問禁止委員会の審査報告  News for the people in Japan HP

 

▼ 日本史の教科書検定: だまされると、沖縄戦の拡大版になる

▼ 死刑を必要としない世界

▼ 恐怖と希望による支配

 

 

 

 

 

 

 

 

 


グッドマンの〈夕暮れ〉は落日の赤い輝き[A]

        Updated 2007.7.4

アロマ―日本とロシアの〈美しい過去〉って、何なのかなあ?〈エリツィン以後の北方領土を眺める〉に書いてた…

編集長―知らないだろうね。伊豆半島の戸田(へだ)という漁港に記念博物館があるが、1854(安政元)年ロシアが日本と和親条約を締結するために下田に来たディアナ号が114日津波に遭い、戸田の港に修理に向かう途中沈没した。そのとき村の人々が乗組員を救助したり、船大工が西洋の造船技術を学んで初の西洋式帆船を造った1。ゴルバチョフ(M. Gorbatchev)が話したことはよく覚えてないが、たぶんそれだ。

半分半分放送局長―日本とロシアの間の〈美しい過去〉って、他にはないね。

忘れな草

特派員―1891511日の大津事件も、〈美しい過去〉と言えるんじゃないでしょうか?日本を訪問したニコライ皇太子が琵琶湖から京都に人力車でもどる途中、大津の町で,警備中の津田三蔵巡査がサーベルで突然頭を切りつけた暗殺未遂事件2。明治天皇は深く悲しんで京都のホテルに見舞いに行き、ロシアの軍艦でのディナーでは有栖川宮熾仁親王と北白川宮能久親王とともに謝罪した。

放送局長―ロシア帝国の皇帝になる皇太子だから、なあ。運が悪ければ、君、外交関係が破綻して日本海とオホーツク海に火花が散っていた。

特派員―文明開化以来最も意義のある国際劇場ですね。旅行中の接待と警備の責任者は有栖川宮の弟の威仁(たけひと)親王で、東京では、ニコライは有栖川宮熾仁(たるひと)の霞ヶ関の邸宅に泊まることになっていた。歓迎のために特別に改装した洋風建築ですよ。

アロマ―ショッキングなのは、ギリシアの親王と二人の人力車夫が悲劇を止めたけれど、護衛巡査が誰も助けようとしなかったということね。何か悪いことが起きるという流言で配置したのに…安全装置が犯罪計画のスタートだった。

編集長―確かに国際的に見て非常に危ない事件だったな。ぼくの推理では、今はまだ触れたくないが、あれは明治政府と天皇に恨みを抱く徳川派と玄洋社の陰謀だ。目的は、その後の歴史が大声で語ってる。

放送局長―日本とロシアの関係は、それから狂ってしまったね。〈エリツィン以後の北方領土を眺める〉という記事に注文を付けるとすれば、日ソ共同宣言についてゴルバチョフが言ったことを書かなければいけないな。〈タイミングを失った〉と共同宣言の有効性を否定した。日本の外交責任者はどんな時間の観念を持っているのか、という皮肉だ。国際社会では12時の次は1時だが、日本ではそうならない。現実に流されない不変の努力が必要なんだ。

特派員―今日(3)のイタル・タス通信を開いて、眠気が覚めましたね。タイランドのシクリット(Sikirit)女王がモスクワを公式訪問したというニュースです。プーチン(V.Poutine)大統領の招待で、シャムとロシア帝国以来の両国の外交関係樹立110年を祝う。

編集長―そうか…それは〈美しい過去〉に関する会話に付けたすか

特派員―タス通信のだじゃれ?

編集長―日本の皇室はあやつり人形だ。天皇皇后両陛下が5月スエーデンとバルト3国とイギリスを訪問して、隣国ロシアの人たちとの友好と信頼の向上には関心がないと宣伝してしまった。そういう政治色の強い役割を皇室に演じさせたことは、戦後はないんじゃないかな?憲法違反じゃないか?

特派員―そうですねえ…しかし、外務省と宮内庁の関係者は行動の意味を十分に自覚してるんでしょうね。

アロマ―だったら、ヒロシマ・ナガサキは永遠に美しい夏を楽しんでるわよ。

特派員―うむ、そうだな。間違いを認めたくない人間は、何が何でも正当化しようと最後まで必死になる。世間体が立派で所得が多い頭のいい人たちのこの闘争は、凄絶だよ。

アロマ―でも、皇太子徳仁(なるひと)のロシア訪問が実現できれば、間違いなく国際劇場はハッピーエンドよ。雅子妃は父親の外交官時代にモスクワ生活の経験があるから、おもしろいキャストじゃない?

編集長―うむ、シクリット女王の招待には、案外そういうサジェスチュン(暗示)が含まれてるかもしれないな。国際的には、日本の宮内庁と外務省はロシアについて何を考えてるんだ、と疑問に思わせる効果がある。

特派員―島国向けの正しい国際外交入門の番組を見せてもらってる。

  □ 東京駅暗殺事件~23

A At sundown; Benny Goodman trio

1 戸田村立造船郷土資料博物館HP

2  Nicholai Aleksandrovich Romanov

  明治天皇; ドナルド・キーン(Donald Keene)

3 MOSCOW, July 2 (Itar-Tass)  02.07.2007, 20.11

Queen Sikirit arrives in RF to take part in jubilee celebrations

 

 

▼ エリツィン以後の北方領土を眺める

▼ 日本とロシアの関連記事一覧

大津事件と構図が似ている昭和の事件と比較してみる

▼ 東京駅暗殺事件~1

 

 

 

 

 

 

 

 

 


男たちをうれしがらせた歌のナンバー・ワン〈あたしの家に来てよ〉[A]

        Updated 2007.6.24  

アロマ―第3セクターに関するHPを探したら、北海道のふるさと銀河線を見つけたの。北見市と池田町を結んで明治時代から走る古い鉄道1〕

特派員―ハッカの町とワインの町だね。それで?

アロマ―平成元年6月4日開業したんだけれど、去年4月21日で廃止されてしまったのよ。年間4億円の赤字がつらいのは分かるけれど、3セクターは国鉄の赤字経営からスタートしたんだから

特派員―国に責任がないとは言えないな。第3セクターは民活法でバックアップされた事業なんだ。

米内沢駅のプラットフォーム跡

ナモネ氏―そうだ。自民党が起死回生のために敷いたレールだ。公明党と手を組んでレールを取り外すのは、変だ。

半分半分放送局長―鉄道は仏教の教えに反することなんだろう。

アロマ―銀河線の廃止から教訓を学ぶとすれば、沿線自治体が陸別町をのぞいて反対しなかったことね。住民は、廃止決定に〈ブーイング〉2〕

放送局長―終わったあとでセンチメンタルになるのは、嫌だな。

放送局長―第3セクターというのは、忘れていたが、民間の活力と経営のノウハウを活用するのが特色だったな。内陸線は、なかなかうまく行ってると思ってたが。

ナモネ氏―沿線自治体は廃止に反対してる。住民も反対だ。経営が苦しいのは最初から分かっていたことで、理由にならない。苦しいときはじっと辛抱して時を待つことだ。

アロマ―ところが、6月の県議会で秋田県の担当者はやっと裏の事情を打ち明けてる。つまり、県の財政状況が厳しいのよ。

特派員―毎年1億5千万円を赤字負担に出すのは嫌だということだね。しかし、その論理では内陸鉄道が秋田県のまずい政治の犠牲になる。工藤嘉左衛門議員がそれに積極的なのは、県議会の責任には頬かむりしたいから。食糧費などの公費悪用問題でHHJの住民監査請求をはねつけたのと同じ態度なんだ。

ナモネ氏―〈無駄や重複〉を止めろ、と2月定例議会で息巻いてたな。小又川の森吉ダムは建設する科学的な必然性があったというのか、ねえ?

アロマ―秋田県の財政問題も根本的に何とかしなければいけない、ということね。

放送局長―うむ、そうだ。しかし、国の補助金が秋田県の赤字負担額にいくらか入ってると思うんだが、君?

特派員―それについては、問い合わせてみないと、分かりませんね。ただ国が内陸鉄道の廃止問題について何か意見を言ったという話は、住民には洩れてこない。森吉ダムです。

アロマ―でも、内陸鉄道では住民がいろんな知恵を出してる。

放送局長―そうだな。小中学生の通学を19年度からスクールバスに切りかえるというのは痛いが、去年は旅行代理店のツアーで旅行客が3倍近く伸びた。これは明るい材料だ。

アロマ―編集長は、あたしと一緒にグッド・アイディア・クラブを設立したばかりなの。グッド・アイディアがいっぱいあればいいなあ。

放送局長―駅の建物を多目的に利用できる空間にすれば、おもしろくなる。

アロマ―うん、それをつなぎ合わせると、もっとおもしろい鉄道になるんじゃない?

放送局長―そう、重要な問題は駅にあるんだ。

特派員―ぼくもグッド・アイディア・クラブに入りたいな。

       

 

A  Come on –a my house; Tony Pastor & His Orchestra

                                     Singer; ?

1 ふるさと銀河線HP

2 JANJAN市民メディア・インターネット新聞 三宅一成

3 あきた県議会だより

 

623日の出来事

▼ 断水………北見市民のパニックの背景

▼ 阿仁川のページ

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈私の失われた地平線〉は、おかしなメロディを響かせる[A]

        Updated 2007.6.4  

編集長―ぼくは博英の名前を聞いて育ったけれど、労働基準法を作った労働大臣だったということしか知らなかったね。大学に入ったときは、歴史の中の人物で、石田博英が大館出身だと言ったことがない。民主主義の立場から自民党独裁を批判していたので。大学の自治なんて、どこにもなかったな。ロックアウトで何度キャンパスが閉鎖されたか、分からない。

半分半分放送局長―石田博英には、じゃあ、会ったことがないのか?

栄町の古典的な建築物

編集長―いや、3度ある。最初は70年代の後半で、東京で偶然見かけた。それから80年代に入って夏祭りで栄町住民が山車を曳いて三の丸の邸宅に寄ると、博英があいさつした。ぼくは撮影係りだから、ヴィデオ・カメラであいさつしただけだ。最後は、93年の秋米代川ドキュメンタリーの第1部を撮影したあと、10月博英が死んだので、市民葬のあとローズガーデンに行って遺影に手を合わせた。夫人はその夏竹村デパートで逗子の女流画家の個展を主催していたので、遠慮がいらなかった。夫人が言うには、〈博英は裏切り者〉

ナモネ氏―裁判官の娘で多喜二ファンの共産主義者だよ。有名な女性だ。

編集長―開放的な印象を受けたけれど、長谷川という名前は記憶にないようだった。

放送局長―東京で偶然というのは?

編集長―こういうことだ。真夏のある暑い日、地下鉄日比谷線の神谷町で降りた。それまで降りたことがない駅だが、地上に出ると、大通りの向こうに白い建物のギャラリーがあった。窓が広くて、いくつか大理石の古代風の彫像が立っていた。飾りのような細い螺旋階段が脇にある。絵になる光景なので、ぼくは立ち止まって眺めた。すると、左側の斜め向こうの歩道に大柄の男が見えた。誰なのか、すぐ分かった。普段着で歩いてソ連大使館に入って行ったよ。

放送局長―三木武夫内閣の運輸大臣だったとき、か?

編集長―さあ、もっとあとだろうな。

放送局長―人気は衰えてなかったな。三木首相がロッキード事件で田中角栄の汚職を裁いたり、革新系の市長が全国的に増えていた時期だ。

編集長―言ってみれば、デモクラシーの反撃だよ。

特派員―博英と白い大理石の彫像と長谷川喜作という構図は、無意味な偶然でしょうね?

編集長―何の意味もないな。

放送局長―神谷町駅は、東京タワーに一番近い。東京タワーはテレビ塔だよ。

特派員―何かを象徴するようなシーンだと思いますね。

        

アロマ―1980年長谷川テルを描いたTBSのドラマを見たとしたら、博英はどう思ったかな?

特派員―テルとの関連を考えれば、シャンハイ支局に送り込まれたのは何か深い訳がありそうですが?

編集長―想像するしかないが、中国情勢からすれば、新米記者にできることはないだろうな。他人の手を借りなければ、売国奴の女のために活動するのは難しいよ。

特派員―あれ以上立派な愛国者はいませんよ。ぼくはチョンキンに潜入してレポートを書いてきます!

アロマ―お断りですわ。

放送局長―博英は、ラジオ放送を自由に聞けるんだから、テルの番組を記録してくれ…そういうことじゃないのかな?個人的な理由と新聞社の仕事で。

編集長―博英と森繁とテルの動きを関連づけて言ってくれないか?

特派員―1938(昭和13)2月か9長谷川テルはウーハン(武漢)の国民党国際宣伝処で対日反戦放送を行なう。111日都新聞が怪しいラジオ放送の女の名を日本全土に広める。テルは首都チョンキン(重慶)に逃げて宣伝放送を続ける。1939(昭和14)4月、早大を卒業した石田博英は中外商業新報(後の日本経済新聞)のシャンハイ支局に勤務する。早大中退の森繁久弥はその年東京放送局(NHK)のアナウンサー試験を受けて入社すると同時に、満州の新京放送局に入る1浅草喜劇の古川ロッパ一座の役者が電波でしゃべりはじめると、チョンキンに爆弾の嵐。

アロマ―いやらしい声と一緒に!

放送局長―…?

       

□ V字型の階段の記憶 11

A  My lost horizon; Les Brown & His Orchestra

                                Featuring Doris Day

1         テレビドラマ人名録HP

 

TBSのドラマとは?

▼ V字型の階段の記憶 2

▼ V字型の階段の記憶 3

▼ V字型の階段の記憶 10

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈アリス・ブルーガウン〉はワルツ風の香り高いミラー・サウンド[A]

        Updated 2007.5.28

特派員―今までの流れから見て、石田博英がどういう役割を演じるか、楽しみですね。

編集長―ナモネ氏や他の大勢の知人が黙っているから、どんなドラマを作ればいいのか、戦後生まれには分からないな。でも、母さんが最近話してくれたけれど、小繋の次男が営林署の仕事を請け負う米代トラックの荷台に博英を乗せて演説を手伝った。GHQが作った憲法を承認するかどうかという目的があった総選挙のときに。秋北バスの運転手のサングラスをかけた男ですよ。

ナモネ氏―ああ、あの〈愚連隊〉か…しかし、憎めない男だったな。

アロマ―病気に負けて、とうとう418日息を引きとったの。520日にはきみまち阪のバラ、はせがわ食堂のアイドル、礼子おばさんが心臓手術よ。

食堂の長椅子に黒を塗った美術作品

半分半分放送局長―男心を悩ませただろうな。

特派員―一番上の、きみまち阪の岩みたいに荘厳な兄の長女ですよ。

ナモネ氏―そうか…緑色のサングラスが運転するバスにはよく乗ったもんだ。こっちが運転手を選ぶわけにはいかないから、なあ。しかし、何と言うか、フランスの映画《ヘッドライト》…あの哀切きわまりないテーマ音楽がぴったりなところがあった1

アロマ―作曲したジョゼフ・コスマ(Joseph Kosma)は、ナチスに迫害されたハンガリー難民よ2

放送局長―ううむ、地平線をさすらう感じが出てる

編集長―大館能代間の国道7号線ストーリーだよ。

ナモネ氏―曲がりくねった悪路を一生懸命走ってな。あれの暗い情念は、日活のアクション映画にもなかった。そこが不思議だったが、だんだん見えてきた。長谷川秀之との共通点だな。

       

編集長―これも最近母さんから聞いたことだけれど、博英は二ツ井の仁鮒(にぶな)生まれなんです。米代川の左岸、藤里事件の現場ですね。

ナモネ氏―あの大柄な体は喜之助によく似ていたが。

編集長―父親か祖父が花岡鉱山の事業にかかわっていたらしいですね?

ナモネ氏―その辺は、本人も家族も明らかに逃げていたな。しかし、早稲田時代の博英は左翼の活動家で有名だった。資金稼ぎのためか、大学の近くで喫茶店を経営したっていう話だ。麻疹(はしか)の流行で追い出されたのかもしれんな。

放送局長―おれたちも70年にやられて放浪生活、というのは冗談。何の話だっけ…そう、このメモを見ると、石田博英はシャンハイから帰って1年後19464月に大館選挙区で立候補した…長谷川喜之助が黒幕だったという想像は、どうだろう?

特派員―長谷川テルは1947年4月あたりに満州で死んだと言われている。

編集長―しかし、死亡時期をもう少し前にずらせば、博英が政治の世界に入ろうとした動機がドラマチックになる。

放送局長―日付の操作か?そう言えば、博英は新聞記者なんだから、当然誰よりも早く長谷川テルの死を知っただろうな?

編集長―満州帰りの兵隊の漠然としたうわさか、情報のネットワークで。これはそう簡単に壊れない。

ナモネ氏―ふう…博英は、はせがわ食堂でも演説したことがあった。昭和22年衆議院の選挙に大館から立候補したとき…ううむ、そのときはまだ食堂がなかったな。議員になってから、だった。喜之助は後援会の会員で、敗戦後の困窮とは無縁で、あきれるほど金を持っていた人だ。

編集長―占領期の大館は、東京大空襲で逃げてきた女の人の想い出によれば、女子どもが外出できないような恐ろしい町だったそうだけれど?

ナモネ氏―関東大震災で生き残った人だな。聞いたことがない話だが、そういうときがあったかもしれんな。右翼と革新系の対立で。

       

□ V字型の階段の記憶 10

A Alice bleu gown; Glenn Miller Big band

1 1955年制作。監督 Henri Verneuil (アンリ・ヴェルヌイユ) 

原題 Les gens sans importance(普通の人たち)

2  19051022 - 196987日 〈枯葉〉の作曲者。

 

▼ V字型の階段の記憶 11

▼ V字型の階段の記憶 9

 

 

 

 

 

 

 

 

 


〈レモンの雫〉って、サイクリングのときは天国の贈り物のようだ〔A〕。

        Updated 2007.5.16

ナモネ氏―石垣昇が市議選で復活して、根性があるな、と感心していたら、公職選挙法違反で14日逮捕された。

特派員―本人は容疑を否認している。身内2人は1月上旬酒などを持って有権者を買収した事実を認めてるけれど。これに関して、HHJの疑問に答えるように市民の立場から切り取った調査記事はありません。読売新聞の地方版だけですね、視点を変えてるのは1。つまり、菓子折りを受け取った女性が証言して、石垣昇が〈今年もよろしく〉と言ったが、〈選挙には触れなかった〉そうです。

ナモネ氏―年始回りだな。

編集長―リヴァー・ポートにあいさつに来たのが2月上旬で、そのときは市議選に立候補すると宣言しましたよ。去年まではなぜか市議選に出ないと言ってた男が、ね。ぼくのアドバイスは、妄想的な大きい話はしない方がいい、ということ。しかし、ポスターを持ってくると言いながら、それっきり連絡がないので、リヴァー・ユートピアは向こうの意思に沿って協力しないことに決めた。

ナモネ氏―妄想的な大きい話と言えば、小坂鉄道に旅客列車を復活させる運動とそれのバックグラウンド・デザインを想い浮かべるが。

特派員―性格から想像すれば、もっと派手な名誉がほしいんじゃないかな、と思いましたね。

編集長―そう。政治思想的な位置は右翼と左翼の両方だから、大館市民が石垣昇を媒介者として期待すれば、市議選の勝利は間違いなし、と読んだのかもしれない。しかし、彼は現実を見るのが苦手な種類の人間なんだ。

ナモネ氏―インターネットを否定するというのは、同情するよ。

編集長―市議になったので、内陸鉄道を存続させる運動と小坂鉄道に旅客列車を復活させる運動から一歩後に下がってもらいました。リヴァー・ユートピアは政治と無関係な場所にいる超然主義ですよ

特派員―ところで、大館警察署の留置場にぶち込まれてる石垣市議のことを心配しないではいられませんが、ね。

編集長―うむ、ぼくが問題にしたかったのはそれだよ。ちょうど510日のNHKが伝えていたが、国連の拷問禁止委員会が日本の代用監獄制度を批判しているんだ。

ナモネ氏―取り調べの間中ずっと豚箱、留置場に閉じこめるのは、自白の強要につながるということだな。

特派員―非人道的だ、フレーム・アップを製造する装置だ、と非難していますよ。

編集長―特に長時間の取り調べは、それだけで残酷な拷問だ。急いで警察の取り調べの透明化を要求する記事に付け加えなくちゃいけない。

特派員―はい、はい。帝国時代の明治41年の法律の中で現代人は生活してる2

ナモネ氏―法務省と警察が世界の流れに逆らってまでも民主化したがらないのは、不思議な現象だ。秘密があるんなら、理解できるが、ねえ。

A Lemon Drop; Woody Herman & His orchestra

1  515

2  代用監獄制度について HP

 

▼ 石垣市議の逮捕: 人間の権利に対する挑発

▼ 検察庁の決意; ヴィデオで取り調べを記録

 

内陸縦貫鉄道の鷹巣駅

 

 

 

 

 

 

 

 

 


デュークの〈キャラヴァン〉は重低音が異常な恐怖をかき立てる[A]

        Updated 2007.5.4

編集長―文化学院というのは、芸術学校じゃなかったかな?

アロマ―ファッション・スクールよ。

自転車の篭と花

特派員―即興のドラマを作ってるなどと失礼なことを言いましたが、文化学院について少し歴史を振り返りたいと思います。文化学院は、1921年、デモクラシーが花開いたということになってる大正10年に建築家西村伊作が各種学校として創立した。歌人の与謝野鉄幹・晶子夫妻が協力して教師としても教えた。伊作の理念は〈小さくても善いものを〉〈高価なものより美しいものを〉日露戦争への反戦を歌った晶子は、〈完全な個人を作ることが唯一の目的〉と言っている1925(大正15)年大学部として文学部と美術部を設立したが、第2次世界大戦中の1943年西村校長は不敬罪で逮捕された。天皇を侮辱したとされる内容は分かりませんが、その結果91日学院に閉鎖命令が下りて陸軍に接収された。以上が文化学院HPの記事。ところが、由緒ある旧館の校舎を2003年千代田区がまちづくりの重要物件に指定すると、再び悲運が襲いかかる。2年後ビックカメラの子会社日本BS放送株式会社が経営権を握り、2006年校舎の建て替えを決定、今、一生懸命壊してるところです。文化学院は自由主義の教育で数多くの芸術的才能を育てたので、ウィキペディアに上がっている有名人はさながら現代社会のカタログですね。

半分半分放送局長―ふうむ、なるほど。この人もOBなのか…しかし、そんな歴史破壊の報道は見たことがないな。

       

編集長―日付から考えると、謀略放送局をNHKから独立させるために文化学院の建物が選ばれたのかもしれないな。

放送局長―西村伊作の建築は西洋人の気に入っただろう。しかし、この人は根本的にすぐれた頭脳を持ってるね、自分の建築物で人間教育しようと思いついたんだから、なあ。

ナモネ氏―何と言っても、環境の力は底知れないもんだ。

特派員―興味が湧いたでしょう?この建築家は、封建的な住居では近代的な精神が育たないと批判して西洋的な要素を取り入れた新しい住宅を設計した人ですよ。アメリカのバンガローをモデルにして、〈家庭生活の核となる居間を中心とした間取りの洋風住宅〉を作った1。一般住宅の文明開化は大正時代にようやく始まったんですね。これがサンプル。

放送局長―玄関とサロンがひとつの空間なのか…進駐軍のハウスのような間取りだよ、君。小さい箱だが、内部は広々としてる。

編集長―文化学院の閉鎖は、やはり謀略放送局のために計画されたものだな。しゃれたアーチ型の入口には気がつかなかったけれど、保存する価値があるね。ロシア料理店の〈赤いサラファン〉は見つかったか、アロマ?

アロマ―それが、サーチで探したら、ヒットしないの。ロシア人が経営してる〈サラファン〉ていうロシア料理店はあった。御茶ノ水駅から明大通りを南の方にずっと下がったところに、ね。

編集長―そうか…

       

□ V字型の階段の記憶 9

A  Caravan; Duke Ellington & His Orchestra

1 HP 西村伊作の住宅---大正デモクラシーの住まい

 

▼ 文化学院のアーチ型の入り口  Weblog 2007.3.13

▼ V字型の階段の記憶 10

▼ V字型の階段の記憶 8

 

 

 

 

 

 

 

 

 


                       

                                               

 

Atelier Half and Half