プロフィール

イシタキ人権学研究所
と
石瀧豊美
 出会いの記憶 



メール イシタキ人権学研究所
設立 2003年4月1日
目的 石瀧の著作の刊行とホームページを通じての情報発信
所長 石瀧豊美
研究分野 近代史・教育史・地方史・部落史
所属学会 明治維新史学会・教育史学会・軍事史学会・社会経済史学会九州部会
所属研究会など 福岡地方史研究会
→福史連(福岡県地方史研究連絡協議会)
役職など 福岡地方史研究会会長
福岡教育大学非常勤講師(人権・同和問題論A)
代表的著書 『増補版 玄洋社発掘―もうひとつの自由民権―』(1997年8月、西日本新聞社)
『筑前竹槍一揆の研究』(2004年10月、イシタキ人権学研究所)
『玄洋社・封印された実像』 (2010年10月、海鳥社)
『筑前竹槍一揆研究ノート』 (花乱社選書 2) (2012年5月、花乱社)

 著作一覧はこちら
石瀧が
講師をつとめる
常設講座(一部)
朝日カルチャーセンター福岡古文書講座(1998年〜 第1・第3火曜)

石瀧塾(須恵町アザレアホール、2005年〜 第4火曜)
講演テーマ 人権・同和研修、地方史(郷土史)
その他
 第37回(平成24年度)
福岡市文化賞(郷土史部門)
受賞
2016/02/12改訂
2015/09/18改訂
2011/09/11改訂



イシタキ人権学研究所について

石 瀧 豊 美

 少しは関心を持ってくれる人もあって、イシタキ人権学研究所の講座に参加したいとか、会員組織なのかとか、問い合わせを受けることがある。送迎など、仕事を手伝いたいというありがたい申し出を受けたこともある。残念ながらまだそこまで行っていないし、手を広げて、冒険をして、虻蜂取らずにしたくないという用心深さも私にはある。身の丈に合わせて動かねば。

 2001年、2002年と、ピンチヒッターで福岡県部落解放・人権研究所の事務局長を務めた。その時に蓄えたノーハウで、自分で本を出せるという感触を得た。一方、私が原稿を書き始めて30年程になる。しかし、多くは新聞・雑誌に埋もれたままで、読者の目にふれることはない。テーマ別に単行本化したいと思い、地元福岡の出版社をいくつか回ったのだが、どうも日の目を見そうにない。人が動くのを待っていると、こちらは年を重ねる一方だ。そうやってこれまでどれだけ待たされたことか。自分で出すしかない、と思い至ったというわけである。

 個人名で出す私家版という手もあるが、社会的に認知されるものにしたいし、責任の所在をはっきりしたいと考え、イシタキ人権学研究所の名を思いついた。石瀧の名前は画数が多く重たいので、カタカナ表記に。人権研究所では他と競合しそうなので、人権学研究所とした。これは本邦の嚆矢と言ってよかろう。

 立地条件を考えなくてよいのは、インターネットのおかげ。1冊目の『解死人の風景』(2003年4月発行)の表紙に明示するので、発行日に合わせて、急ぎホームページを立ち上げた。かろうじてカラ・ホームページにならなくて済んだ。

 イシタキ人権学研究所はインターネット上のバーチャルな存在なので、連絡先はわが家だが、看板はどこにもない。私は所長と自称しているが、今のところ、協力者は妻と今年小5になる長男にすぎない。私にはマスコットキャラクターという発想はなかったのだが、小さな職人「ちいさなあり」がさらさらとイッシーくんを作ってくれた。このように、わが研究所の実態は家内制手工業といったところだ。

 活動の主眼は第一に、私の本の出版であり、第二に、インターネットでの情報発信にある。私の著作目録は印刷すると何十ページにも及ぶだろうから、もはや単行本に付録として収録することは不可能である。ホームページ上でなら、刻々と追加できてとても便利だ。

 著作目録だけでなく、私の集めた本の目録なども公開したいのだが(そこまで行けば少しは研究所らしくなりそう)、まだそこまで手が回らない。図書目録は誰よりも私がいちばん必要としているのだから、これはいずれ実現しなくてはいけない。

私は不特定多数を相手にしようとは思っていない。少しずつ身の回りに波紋が広がるように、理解者が増えて受け入れてもらえばいい。本の販売はクチコミが頼り。後は講義・講演を頼まれた先への持ち込みである。一般書店では手に入らない。

 最後にひとこと―。
 あなたの知らない内に、新しい本が出ているかもしれませんよ。よかったら、時々、私のホームページにアクセスしてみてください。
『部落史は 思ったより おいしい』表紙裏より

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