★由布院温泉
国道210号(日田〜大分)を湯布院へ向かって走る。並行して走る高速自動車道大分線は現在往復4車線拡幅工事中で,ところどころで工事用車両が出入りしているのが見える。
水分峠をトンネルで抜けて,阿蘇からの”やまなみハイウェイ”と合流して湯布院町に入る。思えばこのあたりはいまから40年近く前におばあちゃんとの新婚旅行で通過したはずだ!今昔の感はなはだし。
湯布院? 由布院?
ところで,”湯布院”と”由布院”はどう使い分けているんだろうか!よく分からないぜ。
地図で拾ってみると
由布院温泉,JR由布院駅,湯布院町役場,由布院郵便局,由布院小学校,湯布院IC
調べてみたら
1955年(昭和30年)に湯平村と由布院町が合併したときに,湯平の「湯」を取って「湯布院町」とした由。由布院盆地や由布院駅などには,昔のままの「由布院」が使われている。いままた周辺町村との合併話の中で,こんどは合併後の名称として,一般に知れ渡った文化的香りのする”湯布院”や”由布院”を使ってもらっては困るという話が起きているそうだ。
湯布院温泉は,名前がよく知られている割に大資本のどでかいホテルや,巨大レジャー施設がまったく無い静かな温泉である。
町の人たちがこのような温泉町に仕立てたのだと言う。そのあたりの話が「NHKプロジェクトX」でー湯布院・癒しの里の百年戦争ーで取り上げられていたことを思い出す。
17時過ぎ,今夜の宿「山光園」に到着。
宿は湯布院の町の中心から離れた田園地帯にあり,町の喧騒も聞こえず静かなたたずまいで,なかなか快適そうな宿である。
平成11年に全室リニューアルしたそうで,民芸調和風の全部屋から,ふたこぶ駱駝の形をした特徴ある頂上の由布岳が目の前に見える。
敷地内の3本の源泉から62℃,500リットル/分の豊富な湯(軟水単純泉)が,湧き出していて飲用もできる”本当の温泉”である。(”本当”と言う意味は,近頃の温泉は,沸かし湯とか再利用のところが多く,安心して入れない温泉が多いなかで,自然のままの湯だということ)
4500坪の庭の中に離れ部屋や露天風呂が点在して居る。 (写真右)
大浴場 (男1女1),大露天風呂(混浴1,女1),家族露天風呂4
リュウマチ,神経痛,婦人病,皮膚病に効用あり(育毛にも効果ありと書いてあるが,わたしには手遅れだ!)
さっそく,パパとまあちゃんとわたしは混浴露天風呂に入る。誰も入っていない,誰も入ってこない。
貸しきり状態でゆっくり,のんびり身体をのばして,打たせ湯もたっぷり使って肌もすべすべ,ああ〜いい湯だな〜。
おばあちゃんも女湯大浴場の浴槽,壁に瑪瑙がはめ込まれていて素晴らしかったとご満悦であった。
さて,夕食であるが,何種類出たかよく覚えていない!1つだけ印象に残っているのが”いずみ鯛”。なんか大味で,「美味しい!」と言うわけでもないへんてこな味である。翌日訪れた金鱗湖の説明板で,いずみ鯛とは実は,テラピアであることが判明した。
お酒(由布美人,由布の生酒,にごり酒)少々(小さな瓶で各1)を4人で飲んで,お風呂で温まった身体に,酔いが回ってすぐにバタンキュ〜。
★湯布院散策
翌朝は,6時半に起床し,先ずは大浴場に入る。
朝焼けの由布岳と高原の澄んだ空気で心地よい朝をむかえる。
朝食は,大食堂で。一度に30〜40人くらいが食事できる広さで,3グループに分けて順番に食事するシステムになっている。
食事の内容は,とくべつ良くもなし,悪くも無く,(まあ,まあ++と言った感じ)。
出かける前にもう一度お風呂へ,今度はまあちゃんとおばあちゃんと露天家族風呂に入る。4っあるうち3っが使用中で,仕方なく1番小さい風呂に入る。
10時半,チェックアウト。
町の中心へ向かう。先ずは金鱗湖,有料駐車場を避けて,シャガール美術館の駐車場を借りて散策する。
。“金鱗湖”という名前は、江戸時代に湖面に跳ねる魚が金色に輝くのを見てつけられたといわれている。
水はとても澄んでいて,水面もきらきら輝いている。朝霧でも発生していれば幻想的なんだろうか?
金鱗湖周辺は、湯布院観光の中心地で,いつも観光客で賑わっている。
民芸品を売る店,焼酎を各種揃えている店,ガラス工芸品の店,手作り小物を並べたお店,雑貨屋さん,パン工房などなど。
観光客がぞろぞろぞろぞろ歩いている。
おばあちゃんは,味噌,醤油,椎茸,漬物類を物色。
これらのお店が並んでいる通りの由布院駅側に車を移動。コンビニエンスストアーで牛乳2本を買って,駐車場を使わせてもらう。
こちら側も同じようなお店が並んでいる。お店はちょっと覗いただけにして,まあチャンが目ざとく見つけた公園のブランコでひと遊びして,湯布院とお別れ。