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★日田豆田町

湯布院ICから大分自動車道で20分位で日田ICに着く。

ICから市営の無料駐車場を探すのにちょっと手間取ったが,無事 豆田町にたどり着く。

 豆田町は,慶長六年(1601)永山城下町として生まれ,その後日田代官所の陣屋町として永く栄えたところ

御幸通り入り口付近

四百年前の町割、水路、寺社、家蔵などがそのまま残っている。

美術館や色々な資料館、老舗が連なるふるい町並みが散策できる。


 御幸通りは,映画のセットのような町並みだ。

 お菓子屋さん,植木屋さん,手作り小物道具の店,味噌・醤油屋さん,むかし懐かしいラムネを売っている店,骨董屋などなど

 電柱や電線がなく,すっきりした町並みをあちこち店を覗きながらぶらぶら歩きをする。

 天領日田資料館とか草野本家とか旧豆田検番所など面白そうなところがあるが,まあチャンを連れているので入れない。

 日田杉を使った木工品のお店で,おばあちゃんは自分用の椅子を高さを調節してもらって購入。

 今日も少し遅い昼食を御幸通りに面した食堂でとる。
旧家の昔 使っていたままの部屋にテ−ブルをならべただけだが,さすがに軒が凄く高くて,奥には五月人形も飾ってあり,落ち付いた雰囲気にくつろいだ気分になる。  

江戸時代 日田には九州の幕府の直轄地「天領」を統括していた代官所が置かれ,九州の政治・経済・文化の中心地として栄え華やかな町人文化も花開いた。当時の裕福な町人の間では高価な雛人形を贈りあったり,江戸や京のお土産として集めたりしたそうだ。
 今でも旧家には江戸〜大正にかけての古い人形が残っていると言う。
醤油屋さんのお店に飾ってあった雛人形
おばあちゃんが椅子をしつらえた日田杉木工品のお店

★朝倉町の三連水車
        
   パパが「朝倉町に三連水車があるけど寄ってみる?」と言う。
 
 以前,テレビ番組で紹介していたのを見たことがある。まるで田んぼの中を走る蒸気機関車のようだった記憶が残っている。

 まだ田植えが始っていないので,動いてはいないかもしれないが是非見ておきたい。一も二も無く「行こう!行こう!」

 日田からは筑後川沿いに下って小一時間くらいかかる。


 日田市夜明で筑後川の右岸に渡りさらに川沿いに下流へ向かう。
左手に九州電力夜明ダムを見て,杷木町原鶴温泉に到る。ここは,6年ほど前,ちいさい頃の友達グループと宗像市鐘崎の国民宿舎「ひびき」でフグを食べに来た帰りに回り道して寄ったところである。
 
 原鶴の”道の駅”「ファームステーション バサロ」で,おばあチャンはてんぷら惣菜用に野菜・山菜類を大量に仕込む。東京には無い珍しい野菜が新鮮でしかも安く買えるとご満悦。

 さあ〜て寄り道はこのくらいにして本道に戻る。

 
 地図とにらめっこして,わたしがナビゲートしながら目的地のすぐ近くまで来たが,パパが間違えて筑後川の堤防に上がってしまった。
わたしもそれに気付かず筑後川サイドばかりを探したので見つけられない。とうとう1つ下流の橋まで来てしまったところで,道を1本間違えている事に気付く。
 
 水路沿いの道を遡って,やっとのことで先ず2連水車がふたつ現れ,さらに上流に目的の三連水車がど〜んと鎮座している。

 水車は,矢張り稼動はしていなかった。水をすくい上げる柄杓も水を受ける樋も取り外された状態である。記念に2〜3枚パチリ!
 
水を汲み上げているのは田んぼに水が必要な時期の6月中旬から10月中旬頃までだと言うことだ。

 三連水車は全国的にめずらしく,寛政元年(1789)以前の作というだけで、誰が考案したのかさだかでない。

 水車の直径は上車が 4.76m,中車4.3m,下車 3.98mで水車の向こう側の田んぼに揚水している。
 県指定の有形民俗文化財であり,平成2年には国指定史跡に指定された。

 のどかな田園風景の中でゴットンゴットンと音を立てて回る木造の水車。
 200年以上もの間,用水路の水車として35ヘクタールの農地を潤し続けている。


 回っている様子を「癒し・憩いの画像データベース/国立病院九州がんセンター」の「癒しの動画」,「水の流れ」 で見ることができる。

 思いがけずに,三連水車を見ることができ満足して帰路につく。
朝倉ICから高速に乗り渋滞もなし(ここが東京と違うところだよね!)で,午後6時ごろ帰着。


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