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旅行記6 ページ

8/30(火) ヤルカンド→ホータン
ホータン絨毯廠・エイトラスシルク工房・バザール見学            

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ホータン郊外集落のポプラ並木道(両側には水路が流れている)
西域南道のオアシスのポプラ並木は見事である。樹木のトンネルは,長廊と呼ばれとくにホータンでは,さまざまな長廊がたくさん造られていて,オアシス独特の情緒にひたれる。


 6:30 起床 荷物の整理をしていると部屋の外が,騒がしい。
T.H氏が夜中にベッドから転げ落ちた際,運悪くサイドテーブルの角に顔をぶつけて,鼻際に裂傷を負ったという。スルーガイドの王さんが病院へ連れて行く。大したことでなければよいが。

 今日の出発は8時半の予定であるが少し遅れるかもしれない。
レストランで簡単な朝食 マンタ(饅頭),食パン(珍しい!),おかゆ,ゆで卵,ピリ辛野菜炒め(なす・ウリなど),茶,コーヒー,ミルク

 9時30分過ぎ,H氏が無事戻ってきた,3針も縫う重傷であったが幸い今後の旅行に問題なしで,1週間後,ウルムチに着いてから抜糸する予定だと言う。まずは大事にならずに済み,全員の拍手で迎える。
 海外旅行は何が起こるか分からない。個人旅行だとか,一人旅であったらこんなにスムースに処理できなかっただろう。よほどのリスク対応能力と健康に自信が無い限り,個人旅行は慎重にすべきであることと海外旅行保険加入の大切さを痛感。

9:40 ホータンへ向けて出発。走行距離は317km,昨日より本格的な砂漠を通過すると言う。
しばらく,ポプラ並木の続く小麦とトウモロコシ畑,野菜畑の広がる田園地帯を行く。

10:00(ヤルカンドから7km) ヤルカンド河を渡る。川幅は400mくらい,ムスターグ・アタ山塊から流れ下るタシュクルガン川とザラフシャン川が合流してヤルカンド河になり,更に下流でタリム河となる大河であり,南疆最大のオアシス ヤルカンドを形成している。

ポプラ並木の続く国道315号線 ヤルカンド河

10:15(ヤルカンドから30km) 沢府という鎮を通過。南方に沢府石油基地がある。

10:45(ヤルカンドから50km) 葉城(カリガリク)通過。 ガソリンスタンドで給油&トイレタイム。
葉城は,南疆では,カシュガル・ホータンに次いで人口の多い県だとのこと。

11:10(ヤルカンドから56km) チベットへの分岐T字路 国道219号(新蔵道路)である,中国で一番険しい路で,一車線,延長1,070km,ラサまでは3,624km,崑崙山脈の真っ只中に入っていく山岳道路で途中に標高6,780mの峠があり,通過するのに1週間かかるという大変な道だそうだ。

11:15(ヤルカンドから65km) ポプラ並木道が途絶えて,いよいよゴビ灘へ。 ここでカシュガル地区とお別れして,ホータン地区に入る。

ラクダ草のみが僅かな緑のゴビ灘 国道際には青海省西寧からの距離が1kmおきに表示されている


11:25(ヤルカンドから73km) 360°ゴビ灘のなかで素晴らしい眺めを見ながらの青空トイレ。この地点よりしばらく”道路キロ程標”表示なし。

数キロ置きに中国移動通信の基地局が設置されている。砂漠の中からでも電話可能だ。三蔵法師が聞いたら目まわすだろうとくだらないことを考える。

携帯電話の中継基地が一定距離ごとに設置してある

あれ~っ 橋が流されてる!

12:00 橋が雪解け水による洪水で流され修復工事中,下流側の浅瀬を渡河。

12:15 同じく,本道の橋梁が流され工事中(2箇所),仮設橋をバスから降りて渡る。荷を積んだトラックは,重量制限のため両岸で待機している。本橋の完成まで待つのか,水が少し引いたら強行渡河するのか,何時になったら渡れるのか見当がつか無いだろう。
わたし達だって,洪水の直後だったら同じ様な憂き目に会っていることだろう,冷や汗もんだ。このあたり無数の水路と水路跡を横断する。

空荷のトラックは強行渡河 10t制限の仮設橋を渡る我がマイクロバス
こんな小さな橋でも一度雪解け水の洪水にあうとひとたまりもなく,上の写真のような状態となる。 砂山の向こうで青空トイレ

 豆知識(タクラマカン砂漠について,ガイドさんが話してくれたこと等をまとめる

○ タクラマカン砂漠は,タリム盆地の中央を占める巨大な砂漠,面積33万k㎡ ほぼ日本の国土面積に近い。
”タクラマカン”とは「入ると出られない(地)」という意味。砂漠の面積の85%が流動性砂丘に覆われ,砂丘の高さは100~150mにもなる。
 
○ 砂漠いろいろ
 国道315号沿いでは,砂漠らしい砂漠いわゆる流動性砂丘は殆ど見かけない。砂利と砂が交じり合ったゴビ灘が主である。
 
 砂漠といっても,その外貌はさまざまである。
  山脈に近いところでは、雪どけ水に押し流されて円磨された礫が主体のいわゆるゴビ灘となっている。 礫は昼夜の温度差の大きい厳しい気候に晒され風化が進み,かつ強風のためお互いにぶつかり合い円磨され長い年月を経て,細礫→砂→微砂となって行く。
 
 ゴビ灘には,先ずラクダ草が生える。さらに砂が多くなるとタマリスク(紅柳)が生える。
風によって砂が根元に吹きよせられたタマリクスは,埋もれまいとして上へ上へと伸びていく。

 砂とタマリクスが競い合って,やがて人の背丈ほどの小山が無数にできあがる。

 砂山が高くなりすぎると,タマリクスは,根が地下水面に達しなくなり,枯れてしまう。
 そして,無数の丸い砂山の連なりができる。流動性砂丘の誕生である。
 なんと巧みな自然の摂理であろうか!
 

12:20 小さなオアシスを通過。
 オアシス内の水路はコンクリートで護岸され,取水ゲートもあり,貴重な水を有効に使うべく立派な灌漑設備が作られているのに感心する。

12:45 ”ホータンまで151km”の案内表示

12:50 (ヤルカンドから167km) 再び小さなオアシス通過

13:15(ヤルカンドから197km) 青空トイレ

砂漠道路の脇で,こんな可憐な花を見つけました

13:35(ヤルカンドから230km) ピーサン(皮山)への分岐点。 ピーサンには石油基地があるという,左手数キロ先のオアシス方面に目を凝らすも,それらしきものは見つけられなかった。

14:00 (ヤルカンドから235km) 左手に新しい町を建設中。住宅,工場,発電所,ガソリンスタンド,ダム湖などが造られている。

14:30 (ホータンへ50km) 緑が多くなり,集落が点々と存在する。干しブドウ乾燥小屋もある。やがて,ポプラ並木道が現れホータン近しを思わせる。

14:40 やや大きな川を渡る。バザールあり。ポプラ並木道が続く。道路は舗装されているが,デコボコ,かなりの悪路である。
 国道を横切って,すなわち崑崙山脈側から砂漠方向に小さな水路が沢山流れ下っている。

14:55 ”左墨玉”へ表示あり,われわれは右手の4車線の快適道路に入る。日本流に言えば”墨玉バイパス”だ。ホータンまであと27km。

14:58 墨玉大橋で,カラカシュ河を渡る。
 道路の両側は水田・トウモロコシ畑,胡桃・ポプラ並木が続き,ホータン郊外の農村地帯の感じである。
しかし,左手(北側)は,すぐ傍まで砂丘が迫っていて,ここでも人間と砂との凄絶な闘いが繰り広げられていることをひしひしと感じる。

15:15 家並みが増て、西域最大のオアシス都市ホータン市街へ。
「玉山」と銘名してあるホータン県のシンボル彫像の横を通って台北路に入る。

15:20 ようやく”ホータン賓館”到着。すぐに遅い昼食を摂る。
 メニューは,肉入りナン,鶏・野菜の炒め物,ヨーグルト,ラグ麺,スイカ・・・・・

ホータン賓館

16:45 一休みして元気いっぱい! ホータン市内観光にでかける。
ホータンのローカルガイドは”アティカムさんというウイグル美人,日本語が大変上手である。
さっそくホータンの紹介をしてくれる。

○ ホータン地区は,7つの県と一つの市よりなり,面積247,800k㎡(日本の本州とほぼ同じ),人口174万(ウイグル族96%,漢族2.7%,回族その他1.3%) 新疆でもっともウイグル族の割合が高い。
○ 山地が33%,砂漠が66%,耕地がたった1%。
○ 崑崙山脈から北流するカラ・カッシュ(黒い玉)川とユルン・カッシュ(白い玉)川(両者は合流してホータン川となる)の扇状地に広がるオアシスで,古代シルクロード南部の重要な町であった。
 また,玉の産地としても名高く,仏教も盛んであった。しかし,11世紀始にカラ・ハン朝軍がホータンの仏教政権を滅亡させた際,町は徹底的に破壊され,古代遺跡は少ない。 
○ ホータンの郊外に「マリカワト故城」がある。紀元前3~後11世紀に渡って繁栄した仏教国干闐国の都である。11世紀に滅亡し、今はわずかな痕跡を残すのみ。
○ 特産は”シルク”と”玉”と”絨毯”そして”和田美人”。
  桑の白い皮から作るホータン紙も有名であったが,作る人が一人となってしまってあと3~4年で消えてしまうかも知れないという。
○ ホータンには3種類の病院がある。民族医学(ウイグル医学)病院・漢方医学病院そして西洋医学病院。
○ 小・中・高校は,ウイグル族と漢族は別々。


17:00~17:50  バスは,町の東側でユルン・カッシュ川を渡る。水は土色に濁っているが,5月ごろは澄んでいるという。
 先ず,「和田地毯公司」というじゅうたん工房を見学。ホータンの絨毯は,”和田地毯”として知られウイグル族独特のデザインが特徴である。
 ウイグル族の女性達が見事な手さばきで大きな絨毯を織っていく様子に目が釘付け!! 幅5~6mくらいの絨毯を6人で織っている,1日8~10時間・週6日の労働だそうだ。
幅5.6m長さ5.7mの絨毯を7人で4ヶ月かけて織り上げると言う。

 続いて,お決まりのショップへ。
妻は,90×80cmの絨毯を3枚購入(送料込みで38,000円)。1ヶ月くらいかかると言っていたが,10/4現在未着,果たして無事着くかどうか? 10/13 神戸税関経由で無事到着,ホータンの香りぎっしりつまった絨毯です。旅の大切な思い出の品となりました。

18:05 町から東へ17kmのところにある吉雅アトラスシルク工房
 ホータン王に嫁ぐ中国の王女が,髪の毛の中に数個の繭を隠して国境を越え,絹の製法を伝えたと言う伝説からも知られるように,ここは,シルク工芸発祥の地の一つである。
 繭玉から糸を紡ぐ様子・染色・織っている様子を見学。
化学染料と天然染料を使ったものがあり,後者の値段は前者の2倍。
幅40cm長さ6.4mの布地を織るのに4日間かかるそうだ。

 続いてまたしてもショップへ連れて行かれる。
赤・青・黄色など鮮やかな色合いの縦縞模様のアトラスシルクは,ウイグル族の民族衣装に使われ,ホテル・レストラン・町中でも鮮やかな色彩のワンピースを着た女性をよく見かける。アトラスとはウイグル語で「結んで染める」と云う意味。

手作業で糸を紡む 色彩鮮やかなアトラスシルク ホータン美人が集合

 この工房は,どうも観光客相手の施設に思えてならない。
手造り工場とはいえ,いささかチャチだ! ホータンには1970年代に既に工員1,500人という絹織物工場ができているとの記事を読んだことがある。

9:00~19:35 バザール
 熱気ムンムンの大バザールを散策する。
バスを降りたところで,人だかりしている一画がある。パキスタンから来た商人が,万病に効く薬を売っているとのこと。きっと”蝦蟇の油”みたいな口上をまくし立てているのだろうか。こういうのはアジア独特の光景かも知れない。パキスタンの”寅サン”ってところかな!

 カーテン・エプロン・帽子(飾り物が着いた小さな帽子が珍しい)・生地・アトラスシルクの洋服・絨毯・衣類・時計・日用雑貨から薬・木の実(くるみ・イチジク・ヒマワリ)・香辛料・羊の丸焼き・アヒルの丸焼き・ナン・ラグ麺・ヨーグルト・シシカバーブ・かぼちゃの揚げ煮・・・・・・・・・・・・興味深いものがいっぱい,いっぱい♪
日曜日には10万人の人出とか!

通りいっぱいに拡げられた露店 ちっちゃな飾り帽子
ありとあらゆる香辛料が揃う 羊の丸焼き  買っていきねぇ~
ヨーグルト売りのウイグルおばさん達 気立てのよさそうなお母さん 
おいしいシシカバーブだよ~ん
シャンツァイ入りビーフン麺
辛そうだが美味しそう!
カボチャの蒸し煮
とっても甘くて美味でした!
スカーフをパルダ風に使う娘さん
直射日光と砂塵から肌を守るためのスタイルだが,なかなかいいファッションだ。


19:45 ホテルに戻る
20:45 レストランにて夕食。
メニューは,トマト・蒸し鶏・餃子(?)・川魚姿揚げ・インゲン炒め・ナス炒め・麻豆腐・ポロウ(羊と人参のピラフ)・ハミ瓜・・・・・・・

ホータン名物のポロウ

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