南疆鉄道の夜行寝台列車で天山山脈を越えトルファンへ向かう。
01:00 ホテル発
01:15 クチャ駅到着
外気は,”涼しい”を通り越して少し寒いくらいだ,15℃くらいかな?
駅の待合室に入る際,レントゲンによる荷物検査がある。ここで刃渡り15cm以上の刃物類は没収される。
待合室は,結構込んでいる。軍人さん専用の席が設けられているのには,違和感を感じる。
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乗 車 |
01:40 カシュガル発ウルムチ行きの南疆鉄道 N948列車に乗車。
わたし達は,2階建て6号車の1階 NO.13,14コンパートメント。左右に2段ずつ寝台がある。ベッドの幅・長さともJRの寝台車より広く快適に眠れそうだ。
定刻にすべるように発車。しばらくして,ガタンガタンと車輪のきしむ大きな音がして停車,駅でもないのにどうしたのかな?(翌朝聞いた所によると,乗客の一人が,デッキから振り落とされての緊急停車だったというが,真相は不明)
すぐ寝入ってしまい,目を覚ましたのは,翌朝7時。寝ている間にコルラ(庫爾勒)・カラシャール(焉耆)を通過してしまったらしい。
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車内通路 |
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二段ベッド |
メモ 「南疆鉄道の豆知識」
○ 南疆鉄道は,トルファン~カシュガル間を結ぶ全長1,451kmの天山山脈越えの山岳鉄道である。
○ トルファン~コルラ間が1976年着工,1979年末開通 わずか3年間の突貫工事である。1981年営業運転開始。
コルラ~トルファン間に掘られたトンネルは29,架けられた鉄橋の数は36にも達すると言う。
余談であるが25年前のNHKシルクロードの撮影機材・ジープなどがまだ試運転中の同線を使って運搬された。
○ コルラ~カシュガル間は,国家第9次5ヶ年計画の重点プロジェクトとして,1996年9月6日から敷設工事が着工され,1999年全線開通した。
○ ウルムチ~カシュガル間は1589km,所要時間は約23時間。
余禄 : 新聞報道ほかによると,青海省ゴルムド~ラサ(1,142km)を結ぶ青海チベット鉄道のレール敷設が完了したそうだ。こちらは最高点5,072mのタングラ峠を越える。
06年貨物列車,07年7月に客車が営業運転に入る。五つ星ホテル並みのシャワー・トイレ付きの個室や天井をガラス張りにしたパノラマ車両もつくる予定とか。
いつか乗車してみたいルートである。
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07:30 起床
列車は,渓谷沿いの山あいに入っている。どこへ行く道路か?線路に並行している。
08:00 食堂車(5号車)で朝食。 お粥・まんとう・ゆで卵・漬物6種の簡素なメニュー
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食堂車の中 |
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朝食 |
08:20 巴侖台(パングルダイ)駅通過 ここは炭鉱の町のようだ。
天山山脈を貫く南疆鉄道沿線の素晴らしい景観を満喫!
09:00 ループトンネル通過。
どんどん高度を上げていく,この辺りで標高2500mくらいか?
車窓には,牛馬が放牧されている草原が広がって居る。天山山中にもこんなのどかな情景があるのかとホッとした気分になる。
そのうち左右に雪をかぶった峰々(標高4000㍍~4500㍍位か)が現れる。みな歓声を上げて写真を撮るのにおおわらわ。
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羊と馬の放牧 |
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雪をいただく天山の峰々 |
09:25 長いトンネルに入る。
全長6,000mの奎先(ケイセン)トンネルだ,標高3,000m。
このトンネルは氷河の下の岩盤を掘っているためかトンネル内は常に氷点下だとのこと。
6,000mを10分で抜けると天山山脈の北側,景色は一変してたおやかな稜線が波のようにうねる高原のなかの阿拉(あら) 渓谷を下って行く。
09:40 ハルダハト大橋通過
半円を描いて架かる大橋からは,眼下に広がる牧草地,振り向くと万年雪を頂いた天山山脈の壮大な景観を見ることが出来る。この辺りの標高は2,500m。トルファンまであと200km。
三方を山に囲まれた雄大な草原,ハラゴントン草原というそうだ。
10:55 国光駅通過
プラットフォームで,駅員さんが直立不動で列車を見送っていた。思わず映画「ポッポ屋」の高倉健の姿が目に浮かんだ。下り線には,西安→コルラの超長距離列車が停車していた。
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廃墟となった鉄道建設時のキャンプ跡 |
車窓に,廃墟となった建物群があちこちに見られる。鉄道建設時の作業基地と思われる。左方の高みには,墓地と慰霊碑らしきものも見える。犠牲者を祀ったものと思われる。
列車はループを巧みに多用して,どんどん高度を下げ,ポプラ並木が現れてきた。
11:10 星源駅通過
トンネル内で,2,000mの長さで一回転し60m下るループ式の夏爾溝(カルコウ)トンネルを含めて数箇所のトンネルで,ゴツゴツした荒れ山地帯を抜け扇状地性の比較的平坦なゴビ灘を下る。(標高1,300m)
12:00 魚児溝(ギョジコウ)駅着
この駅は,1976年から始まった南彊鉄道建設の為に造られた。当時は,多くの建設作業員で賑わったことであろう。
列車は,ここで15分間の停車。乗客たちは皆ホームに降りて休息。
わたし達も,それぞれ記念写真タイム。標高 750m 随分下ってきたもんだ!
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皆,ホームに降りて一息つく |
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N948列車を背景に記念写真 |
12:30 食堂車で昼食 トマトと卵のスープ・ニラ炒め・肉じゃが・トマトと卵の炒め物・玉ねぎと肉の炒め物・ご飯。
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昼食 |
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ボゴダ峰? |
左側が開けた広い・台地状のゴビ灘のはるか彼方に真っ白な雪を頂いた峰が見える。方角からして旅の二日目に訪れた天池から眺めたボゴダ山(標高5445m)であろうか。
列車でなければ味わえない景観をゆっくり楽しんだ旅もそろそろ終わりに近づく。
13:55 トルファン駅到着
上海~ウルムチ線(蘭新鉄道&北疆鉄道)とトルファン~カシュガル線(南疆鉄道)の分岐点で,かなり大きな駅である。
駅前で列車を待つ人たちの雑踏を抜けて窓ガラスもスッカリ直ったバスとチーさんに再会。
すぐにトルファン市内へ向かう。
トルファン駅は大河沿と云う鎮にあり標高は800m。トルファン市街は,標高10~100mで駅から60kmも離れている。
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わたし達の乗ってきたN948列車 |
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トルファン駅 |
うわ~っ 暑い! 暑い! さすがは火州だ
本日の気温は36℃とか,実際はもっとあるらしい。気温自体は,今まで通ってきたカシュガルやホータンと差ほど変わらないのに湿気が高い感じがする(1~2月頃のタイバンコック並みだ!)。
大きなすり鉢のようなトルファン盆地の底に当たるため熱の発散が遅いからだと,本に書いてあったが同じ理由で地山中の水分が多くて湿度が他所より高いこともあるんではなかろうか?
トルファン駅から少し下り,トウタ高速(トルファン~ウルムチ~タイホウ)に入り40分ほどで市街地へ。高昌路という名前の付いたメインロードの両側は,しだれ楡の並木で彩られている。
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しだれ楡の並木道 |
メモ 「トルファン(吐魯番)の豆知識」
○ トルファン市の人口25万人,ウイグル族70%・漢族18%。カザフ・タジク・キルギスなど多くの民族が共存している。
○ 夏の気温は高温で乾燥していて,4~5月は風も強い。最高気温は50℃にもなる。降雨量13mm/年・蒸発量2,000mm/年。
○ 世界でも有数の低地にあり,トルファン地区の全面積のうち約4,000k㎡が海面よりも低い。市の南40kmにあるアイディン湖は,海抜ー154mで死海についで世界第2位の低地にある湖である。標高5,000mを越える天山山脈の麓にありながら海抜は0に近いという不思議な場所である。
○ 周囲の山は赤茶けた不毛山(チョルタク山)。北から南へゆるく傾斜した地形で,この斜面に多くの”カレーズ”が掘られていて,天山山脈の豊富な雪解け水をブドウの栽培など農業用水や生活用水として利用されている。ちなみに新疆でカレーズがあるのはトルファンだけ。
○ トルファンは古くよりその名が知られているが,天山南北路と河西回廊へ通ずる要地であり北方勢力と漢土がせめぎあう係争地として戦乱が絶えず,めまぐるしく支配者が交代した波乱に満ちた歴史的背景をもつ。
前漢時代~「車師前部国」(交河城) → 魏晋南北朝期「車師国と漢人勢力(前涼・前秦・後涼・西涼・北涼・・・・)の対立」 → 5世紀中葉(AD450「沮渠氏高昌国」(モンゴル系やトルコ系の支配下の傀儡政権) → 6世紀「麹氏高昌国」(高昌城) → AD640~8世紀末「唐西州(唐の支配下・安西都護府を交河城に置く) → 9世紀中葉五代十国時代「西ウイグル王国(天山ウイグル王国ともいう,いわゆる回鶻高昌国)」(高昌城は冬都,ペゼクリク千仏洞) → 13世紀初「モンゴル帝国に従属」 → 14世紀前半「チャガタイハン国支配」 → イスラム化
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15:00 トルファン賓館到着
ホテルは,市街地南部の一画,ブドウ棚に覆われた涼しげな道”青年路”に面した「トルファン賓館」。 エントランスは,イスラムっぽい様式であるが,設備は上等。
部屋がさすがにエアコン無しでは居られない。エヤコン全開にしてしばし休憩。
一息ついて,外を眺めようとして気がついたのだが,窓がどういうわけか二重窓になっていて,外窓と内窓の間に30cmくらいのスペースがある。何故だろう?よく分からない!
でも洗濯物を乾かすのには好都合だぜ!
外窓は開放して,内窓を閉めて部屋内はエヤコンがんがん。
間のスペースに洗濯物を吊るす,なにしろ日差しは強烈、,外気は高温・低湿の乾燥室だ。Tシャツなんかものの30分もしないで乾いてしまう。
われながらいいことに気がついた,さっそく,いささか貯まった洗濯物を処理する。旅も残すこと後4日,これがこの旅最後の洗濯となった。 ホッ!!
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涼しげなブドウ棚通り
葡萄棚(中国語で葡萄藤架という)は,歩道だけでなく車道まで覆い尽くしていて壮観だ!
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トルファン賓館 |
17:00~18:30 再集合しバスで10分ほどの旧市街地でぶどう園を経営するウイグル族のアリムさん宅を訪問する。
妹さんや,姪っ子さんら一家総出で,明るく陽気な歌と踊りで出迎えてくれた。
ぶどう棚の下で,何種類もの干しぶどうや撒子(センズ)というラグ麺を揚げたような菓子・スイカ・ハミ瓜を戴く。自家製葡萄酒(同行者のなかには,数本買い求める方もいたようだ)も美味しかった。
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ウイグル舞踊でお出迎え |
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ブドウ棚 |
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干しブドウ各種
種無し・野生ブドウ・馬の乳房・緑真珠・女人香・・・・・・数百種類もあるそうだ。 |
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ラグ麺揚げ? |
さて,それから干しブドウなどのお店開店!
無農薬自然栽培,手造りが売り物だが値段がちと高い。我が方は,300元/kgのもの3種類,合計1kg (約4,500円)を求める。
バザールなどでは,この1/10くらいの値段で売っているがこれはお奨めではないと言う。
何故かと云うと,安売り干しブドウは,
- 大量生産で品質が悪い,去年の売れ残りが混ざっていることがある。
- 農薬を使っている(ちなみに自家用ぶどう園では農薬は使わない)。
- 添加物・保存料を大量に使用。
- 黄色の干しブドウは食品安全上極めて問題なことが多い。硫黄の水につけて干すと色鮮やかとなり通常1ヶ月くらいかかるのに1~2週間で乾燥する。黄色が異常にきれいなものは危険でさえある。
以上,スルーガイドの王さんの自身の体験を踏まえた話である。
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12種類の干しブドウ
安くないけど品質抜群だよ~ |
ホテルに戻り休憩。
19:30 別棟 イスラムレストランで夕食
メニューは,
ポロウ・シシカバブ・チキンスープ・ピーマンと肉の炒め物・羊のシチュー・青菜炒め・川魚に姿蒸し・厚揚げ・玉ねぎとピーマンの肉載せ・スイカ・・・・
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