烏兎の庭 第一部
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10.9.02

デジタル書斎活用術 紀田順一郎 東京堂出版、2002


博識で文章が上手、おまけに調べもの好きなら、随筆が面白くないはずがない。知的でおだやかな文章だが、辛口の批評も効いている。実は、日経新聞日曜最終面の文芸コラムを隔週で担当していたせいで、紀田順一郎と横田順彌を長い間、混同していた。テーマも明治期の文学者や奇人など共通している点もあるせいだろう。

驚いたのは、インターネットを利用した小説の書き方。背景描写などに必要な事物をネットで拾うという。小説というと、作者の心の世界が活字化したものと考えがちだが、実は資料を用いて仮想現実を文字に生み出す、映画の制作や音楽のレコーディングに近い大掛かりな仕事のようだ。執筆というより製作に近い。

松任谷由実が歌詞の題材をひろうために深夜のファミリーレストランへでかけるという話を以前聞いたことがあるが、おそらく現在ではポップスの歌詞やエンターテイメント小説の製作現場はもっと組織化されているのではないか。

狙った購買層に合わせた設定や小物、物語の展開。広告ではそうしたマーケティング手法がかなり緻密に使われているらしい。広告やドラマで俳優が身につけた小物に問い合わせが殺到してヒット商品になったという話も聞く。


音楽や小説というと、アーティストの個人的な作業とつい思ってしまうけど、編集者やプローデューサーと呼ばれる人が寄与する比重は高くなっているのではないだろうか。映画の場合は共同作品であることがはっきりしている。映画は監督一人がつくるのではなく、脚本やキャスティングからロケ地の選定、衣装、方言指導まで、あらゆる協力者がエンドロールで紹介される。

小説や音楽の歌詞には、通常、作者やアーティストの個人名しか表記されないので、周囲が協力した度合いは読者、聴き手からはうかがい知れない。

作者が見たこともない花が小説に登場しているのには、やはり違和感がある。詩や小説の言葉は、すべて作者の感性に裏打ちされているものだとこれまでは思っていた。ネット上の百科事典から、作者の感性によって選び出されたとも言えるが、何となく腑に落ちない。



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